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【事件名】「週刊新潮」の橋下大阪市長“出自”記事事件
【年月日】平成27年10月5日
 大阪地裁 平成26年(ワ)第2019号 損害賠償請求事件

判決


主文
1 被告は、原告に対し、275万円及びこれに対する平成23年10月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを4分し、その1を被告の、その余を原告の各負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、1100万円及びこれに対する平成23年10月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、被告がその発行、販売する週刊誌「週刊誌X」に「血の雨が降る「大阪決戦」!「同和」「暴力団」の渦に呑まれた独裁者「原告A」出生の秘密」と題する記事を掲載したことにより大阪府県知事の地位にあった原告が名誉及びプライバシーを毀損、侵害されたと主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権として1100万円及びこれに対する被告が同週刊誌を発行、販売した日である平成23年10月27日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがない事実又は掲記の証拠等により容易に認定できる事実)
(1) 当事者(弁論の全趣旨)
ア 原告は、平成23年10月27日当時、大阪府知事の職にあり、次期大阪市長選挙に出馬する意向を表明していた者である。
イ 被告は、雑誌等の発行及び販売を目的とする株式会社である。
(2) 原告に関する特集記事の記載内容(甲1の1・2、2、弁論の全趣旨)
ア 被告は、平成23年10月27日、週刊誌である「週刊誌X」の平成23年11月3日号(以下「本件雑誌」という。)を販売した。
イ 本件雑誌の22頁から29頁には、「血の雨が降る「大阪決戦」!「同和」「暴力団」の渦に呑まれた独裁者「A」出生の秘密」と題して、別紙記載のとおり、原告の特集記事(以下「本件記事」という。)が掲載されていた。
ウ 本件記事内には、次のような小見出しと、この各小見出しに係る記事が存在する。
(ア) 「オヤジはヤクザで同和に誇り」叔父が『新潮45』に語った!(以下、本件記事のうち同小見出しに係る記事を「本件記事1」という。)
(イ) 12年前「従兄弟」が逮捕された凄惨な「金属バット殺人」(以下、本件記事のうち同小見出しに係る記事を「本件記事2」という。)
(ウ) なぜか「同和予算」だけは削れない「A」の情念(以下、本件記事のうち同小見出しに係る記事を「本件記事3」という。)
エ 本件雑誌の発行部数は、約55万部である。
2 争点
(1) 名誉毀損行為の有無
(2) プライバシー侵害行為の有無
(3) 名誉毀損の違法性阻却事由等の有無
(4) プライバシー侵害の違法性阻却事由の有無
(5) 損害の発生及びその額
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(名誉毀損行為の有無)について
【原告の主張】
ア 本件記事1について
(ア) 摘示事実
 本件記事1は、原告の実父であるBが、暴力団であるC組の組員(やくざ)であったという事実を摘示するものである。
(イ) 社会的評価の低下
 本件記事1は、一般の読者に対し、原告自身が、暴力団組員と繋がりを有しているとの印象を与える。
 したがって、本件記事1の掲載行為は、暴力団撲滅を社会的政策として推進している現代日本社会において、原告の社会的評価を大きく低下させるものであって、名誉毀損行為に該当する。
イ 本件記事2について
(ア) 摘示事実
 本件記事2は、原告の従兄弟(以下「原告従兄弟」という。)が、金属バットで人を殺害して、殺人の容疑で逮捕され、有罪判決を受けて刑務所において服役していたという事実を摘示するものである。
(イ) 社会的評価の低下
 上記事実の摘示により、一般の読者は、原告には、従兄弟という比較的身近な身内に殺人犯がおり、原告はこのような重大な法を犯す犯罪者と強いつながりを有しているのではないかと考え、原告自身の性格・行状を疑問視する。
 したがって、本件記事2の掲載行為は、原告の社会的評価を大きく毀損するものであって、名誉毀損行為に該当する。
ウ 本件記事3について
(ア) 摘示事実
 本件記事3は、原告は、同和団体の関係者であって、同和団体の幹部に対しては対等に議論できる関係にはなく、そのため原告は同和関連予算の削減に消極的であるとの事実を摘示するものである。
(イ) 社会的評価の低下
 原告が、政治的中立性が強く求められる大阪府の知事職にあったことからすれば、本件記事3を読んだ一般の読者は、原告は特定の団体に特別な配慮をしており、公平な立場で判断を下すことのできない偏頗な考えを持った人間であるとの印象を受ける。
 したがって、本件記事3の掲載行為は、原告の社会的評価を低下させるものであって、名誉毀損行為に該当する。
【被告の主張】
 原告の主張は否認ないし争う。本件記事は、いずれも原告の名誉を毀損するものではない。
ア 本件記事1について
 本件記事1には、原告とBの間には、原告が幼い頃を除きほとんど交流がなかった事実や、Bが所属していた暴力団が既に解散している事実も記載されており、本件記事1の読者が、原告自身が暴力団組員とつながりを有しているとの印象を受けることはない。
 また、本件記事1には、原告が反社会的勢力の力を利用して弁護士として示談交渉をしていたなどという事実は一切記載されていない。
 むしろ、本件記事1を読んだ一般読者の中には、原告が、恵まれない環境の中、努力して地位を築いたと肯定的な評価をする者も存在しうるのであって、本件記事1の掲載行為は、必ずしも原告の社会的評価を低下させるものではなく、名誉毀損行為に該当しない。
イ 本件記事2について
 そもそも、ある人物の親族に犯罪を行った者がいても、そのことのみで当該人物の社会的評価が低下するということにはならない。
 また、従兄弟という身分関係は、原告と原告従兄弟の間に強いつながりや近しい関係があるという印象を一般に与えるものではない。しかも、本件記事2には、原告従兄弟が、東大阪市長選の際、ある候補者から、原告が代表を務める政党の推薦を得るために口利きを頼まれたのに対し、自分は直接会えないといって断った事実や、原告が、従兄弟と付き合いがないと発言していた事実も記載されており、原告と原告従兄弟との間に直接の交流がないことが明記されているのであるから、本件記事2の一般読者が、原告が重大な法を犯す犯罪者と強いつながりを有しているのではないかと考えるということはあり得ず、本件記事2の掲載行為は、原告の社会的評価を低下させるものではなく、名誉毀損行為に該当しない。
ウ 本件記事3について
(ア) 摘示事実
 本件記事3は、@原告が大阪府の財政について約650億円の歳出削減を行いながら、同和関連の予算については約9億円しか削減していない事実、及びA大阪府が同和関連の会社・団体に対して無利子で貸付けを行っているが、いまだ返還がなされていないという事実を摘示しているのみであって、原告が主張するような事実が摘示されているものではない。
(イ) 社会的評価の低下について
 本件記事3は、同和問題という、その対応について賛否両論あり得る政治課題に対する原告の対応について報じたに過ぎず、本件記事3の販売により原告の社会的評価を高める場合さえあり得るのであり、本件記事3の掲載行為は、原告の社会的評価を低下させるものではなく、名誉毀損行為に該当しない。
(2) 争点(2)(プライバシー侵害行為の有無)について
【原告の主張】
ア 本件記事1
(ア) 本件記事1は、B及び原告の叔父が暴力団組員であるという事実並びに原告が同和地区出身であるという事実を摘示するものである。
(イ) そして、@これらの事実は私生活上の事実に過ぎないこと、A実父及び叔父が暴力団組員であるという事実は、暴力団撲滅活動が推進されている現代社会においては、一般人の感受性を基準にして公開を欲しない事実である上、原告が同和地区出身であるという事実も、歴史的経緯に照らし、一般人の感受性を基準にして、公開を欲しない事実であること、B本件記事1公表当時においては、上記事実が世間一般に知れ渡っていたとはいえないことからすれば、本件記事1の掲載行為はプライバシー侵害行為に該当する。
イ 本件記事2
 本件記事2が摘示する、原告の従兄弟が殺人犯であるとの事実は、私生活上の事実であるとともに、一般人の感受性を基準にして公表を欲しない事実であり、かつ、本件記事2により初めて世間に公表された事実である。
 したがって、本件記事2の掲載行為は、プライバシー侵害行為に該当する。
【被告の主張】
 原告の主張は争う。
(3) 争点(3)(名誉毀損の違法性阻却事由等の有無)について
【被告の主張】
ア 本件記事1について
(ア) 事実の公共性
 本件記事1の掲載当時、原告は大阪府知事の公職に就いており、次期大阪市長選挙にも出馬する意向を表明する等、国政の中枢を担うことも期待されていた極めて有力な政治家(公人)であった一方で、原告の政治手法の苛烈さや危うさも強く指摘されているという状況にあった。
 このように、原告は国民的な注目度も極めて高い公人であり、そのような原告が、どのような経歴で、どのような育ち方をしたのか(実親の人格がどのようなもので、実親からどの程度影響を受けたのかという点を含む。)という事実は、有権者が、原告の大阪府知事、大阪市長候補者としての適格性や、原告が当時代表を務めていた政党を支持すべきか否かを判断する際の材料となる事実である。
 したがって、本件記事1が摘示する事実は、公共の利害に関わる事実に該当する。
(イ) 公益目的
 本件記事1の掲載行為は、国民の正当な関心事について報道することにより、有権者に対し、原告の大阪府知事、大阪市長選候補者としての適格性や原告が代表を務める政党を支持するか等に関する判断材料を提示することを目的とするから、専ら公益目的で行われた行為というべきである。
(ウ) 真実性(相当性)
a 真実性
 Bが暴力団組員であったことは真実である。
b 相当性
 また、被告は、原告の叔父を初めとする複数の関係者らに対して直接取材を行った者からの情報提供を受け、自らも独自の取材を行った上で本件記事1を作成した。したがって、仮に本件記事1の摘示する事実について真実性の証明ができていないとしても、被告がこれを真実であると信じたことについては相当な理由がある。
イ 本件記事2について
(ア) 事実の公共性
 原告は国民的な注目度も極めて高い公人であるところ、そのような立場にある者の親族に重大犯罪で服役した者がいるという事実は、有権者が原告の大阪府知事、大阪市長選候補者としての適格性を判断する際の材料となる事実である。
 したがって、本件記事2が摘示する事実は、公共の利害に関わる事実に該当する。
(イ) 公益目的
 本件記事2の掲載行為は、国民の正当な関心事について報道することにより、有権者に対し、原告の大阪府知事、大阪市長選候補者としての適格性や原告が代表を務める政党を支持するか等に関する判断材料を提示することを目的とするから、専ら公益目的で行われた行為である。
(ウ) 真実性(相当性)
a 真実性
 原告従兄弟が殺人に関与して逮捕され、服役していた事実は真実である。
b 相当性
 被告は、十分な取材により上記事実の存在を裏付ける複数の関係者証言を得た一方、同事実を否定するような情報は何ら得られなかったという状況の下本件記事2を作成した。したがって、仮に本件記事2の摘示する事実について真実性の証明ができていないとしても、被告がこれを真実であると信じたことについては相当な理由がある。
ウ 本件記事3について
(ア) 事実の公共性・公益目的
 本件記事3が、公共の利害に係る事実を摘示するものであること、及び専ら公益目的で作成されたことは明らかである。
(イ) 真実性・相当性
a 真実性
 本件記事3のうち、原告が約650億円の予算削減をしながら、同和予算の削減が小規模なものに止まっているというものであるという事実は、真実である。また、本件記事3には、D政党大阪府議団長のコメントとして「E株式会社に約25億円が無利子で貸し付けられている」「Fには約70億円が無利子で貸し付けられている」「Gに31億円が無利子で貸し付けられている」との記載があるが、これも真実である。
b 相当性
 被告は、可能な限り取材を行った上で本件記事3を作成した。したがって、仮に本件記事3の摘示する事実について真実性の証明ができていないとしても、被告がこれを真実であると信じたことについては相当な理由がある。
【原告の主張】
ア 本件記事1について
(ア) 事実の公共性
 原告は物心が付いたときにはBと別居しており、Bが原告の人格形成に影響を与えているとはいえず、Bが暴力団組員であるという事実は、原告が公職に就く適性を有しているかの判断材料にはならない。
 したがって、本件記事1掲載当時、原告が当時大阪府知事であったことを考慮しても、本件記事1の摘示する事実が公共の利害に関わる事実であるとはいえない。
(イ) 公益目的
 Bが原告の人格形成に影響を与えた事実は存在しないにもかかわらず、Bが暴力団組員であるという事実を摘示する行為は、国民が本来投票の際に考慮すべき立候補者の政治思想や政策、人間性について考える機会を失わせてしまうものであり、公益を損なうものである。
 被告は、原告の社会的信用の失墜のみを目的として本件記事1を掲載したのであって、本件記事1の掲載行為は、専ら公益目的によるものとはいえない。
(ウ) 真実性・相当性
a 真実性
 本件記事1の摘示する事実は真実ではない。
b 相当性
 被告は、本件記事1を、十分な取材に基づかず記載しているのであり、真実であると信じたことにつき相当な理由は存在しない。
イ 本件記事2について
(ア) 事実の公共性
 原告と原告従兄弟には一切面識がなく、同人が原告の人格形成に影響を与えたという事実は存在しない以上、原告の地位等を考慮しても、本件記事2が摘示する事実は公共の利害に関する事実であるとはいえない。
(イ) 公益目的
 原告と原告従兄弟には一切関わり合いがないにもかかわらず、原告従兄弟の犯罪行為の存在を摘示する行為は、国民が本来投票の際に考慮すべき立候補者の政治思想や政策、人間性について考える機会を失わせてしまうものであり、公益を損なうものである。
 被告は、原告の社会的信用の失墜のみを目的として本件記事2を掲載したのであって、本件記事3の掲載行為は、専ら公益目的によるものとはいえない。
(ウ) 真実性・相当性
a 真実性
 本件記事2の摘示する事実は真実ではない。
b 相当性
 被告は、本件記事2を、十分な取材に基づかず記載しているのであり、真実であると信じたことにつき相当な理由は存在しない。
ウ 本件記事3について
(ア) 真実性
 原告は、歴代の大阪府知事の政策と比べて、同和関連予算削減に積極的な立場にある以上、本件記事3の摘示事実は真実ではない。
(イ) 相当性
 原告が上記立場にある事実は、調査すれば容易に知ることが可能であり、被告には上記事実が真実であると信じることにつき相当な理由は存在しない。
(4) 争点(4)(プライバシー侵害の違法性阻却事由の有無)について
【被告の主張】
ア 本件記事1について
 原告は、国民的な注目度も極めて高い公人であり、その言動・人物像が国民の関心の対象となっていた。
 このような原告の人物像に迫るため、原告が育った環境、原告の実父の人物像や職業に関する事実は、多くの国民が知りたいと思い、また、知る価値のある事実である。
 原告が実父であるBと別居していたなどの関係を含め、Bが暴力団組員であったとの事実は国民、大阪府民に対して隠さず情報として提供されるべきであり、その上でその事実をどのように判断するかは国民、大阪府民の判断にゆだねられる事柄である。
 他方、原告は、自ら大阪府知事という公職に就くことを選択し、さらに大阪市長選への出馬を表明していた者であるから、上記事実の公表による不利益は甘んじて受けるべき立場にある。
 よって、本件記事1については、その摘示する事実を公表する利益が、これを公表されない利益を優越することが明らかであり、プライバシー侵害に関する違法性阻却事由が存在する。
イ 本件記事2について
 原告は、国民的な注目度も極めて高い公人であり、その言動・人物像が国民の関心の対象となっていたのであるから、原告の親族に重大犯罪によって服役した者がいるという事実は、国民が正当な関心を寄せる事実であり、同事実を公表する理由は十分認められる。
 また、原告従兄弟が、原告が知事を務める大阪府の府議会議員の秘書を務めており、東大阪市長選の際にもある候補者から原告への口利きを頼まれたことがあり、これは今後もあり得ることであるから、このような親類の存在についても公表した上で、その評価を国民・府民にゆだねるべきである。
 上記のとおり、原告は、事実公表による不利益を甘受すべき立場にあることをも考慮すれば、本件記事2については、その摘示する事実を公表する利益が、これを公表されない利益を優越することが明らかであり、プライバシー侵害に関する違法性阻却事由が存在する。
【原告の主張】
 被告の主張を争う。
 被告による本件記事1ないし本件記事2が摘示する事実は、原告の政治家としての資質には本来無関係である一方、原告としては強く秘匿しておきたいと欲する事実であって、事実を公表する利益がしない利益を優越することなどあり得ない。
(5) 争点(5)(損害の発生及びその額)について
【原告の主張】
 被告の名誉毀損・プライバシー侵害行為により、原告は、以下のとおり、少なくとも1100万円の損害を被った。
ア 慰謝料 1000万円
イ 弁護士費用 100万円
【被告の主張】
 原告の主張は否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(名誉毀損行為の有無)について
(1) 被告による本件記事1ないし本件記事3が記載された本件雑誌を販売した行為が、原告の名誉を毀損するに足りる行為と評価できるかについて検討する。
 本件各記事がどのような事実を摘示するものと認められるか、また、上記行為が原告の名誉を毀損する行為と評価できるか否かは、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として、記事本文の内容、記事の見出し、記事全体から読者が受ける印象等を総合的に考慮して判断すべきである。
(2) 本件記事の記載内容
ア 証拠(甲2)によれば、本件記事は、見開きの中央にポイントの大きな活字で「血の雨が降る『大阪決戦』!特集『同和』『暴力団』の渦に呑まれた独裁者『原告A』出生の秘密」とのタイトルが付され、リードの部分には、「『同和』と『暴力団』の渦に呑まれた、稀代のスター知事の出生の秘密に迫る」と記載され、以下のとおり、本件記事1ないし3の各記事が掲載されている。
イ 本件記事1について
 本件記事1の冒頭には、「『あいつのオヤジは、ヤクザの元組員で、同和や』・・・ルーツを辿る」という記載があり、Bがいわゆる被差別部落が存在する一帯で生まれ育ち、BがC組という名の暴力団の組員であったこと、その後、原告がBとの死別後に転居した先も同和地区内であったという事実を記載している。そして、ノンフィクション作家であるI(以下「I」という。)による、原告がねじれた境遇で育ったという論評を加えた上で、原告が自分の生い立ちを意識した時期について「暴力団関係の示談交渉も請け負うようになった彼(原告)に、叔父(原告叔父)は、“何かあったら、相手にわしの名刺を見せい”と言ったそうですから、その頃には、もうその“力”に気づいていたでしょう」というFの言を引用している。また、本件記事1の末尾には、原告の政治手法について、「その苛烈さを読み解く鍵は彼のルーツにあるのだろうか」と記載されている。
ウ 本件記事2について
 本件記事2においては、冒頭箇所で、金属バットを凶器とした殺人事件の要旨が記載された上で、「残忍なこの殺人事件に当時、注目する者はいなかった。だが事情が分かれば、話は別で、今改めて関心を呼ぶやもしれない。なにしろこの容疑者、大阪府知事、原告A氏の従兄弟というのだから」と記載した上で、原告従兄弟が有罪判決を受けた殺人及び殺人未遂事件の概要を記載し、原告従兄弟が刑事収容施設に収容されたこと、原告従兄弟が出所した後、大阪府議会議員の秘書等の仕事をしたこと等が記載され、「実父がヤクザで、従兄弟が殺人での逮捕歴ありとは・・・。異様な人気を誇る稀代のスター知事は、その血脈までが類を見ないほどの異様性を帯びている」と記載されている。
エ 本件記事3
 本件記事3においては、冒頭で「なぜか『同和予算』だけは削れない『橋下知事』の情念」との見出しが掲げられ、「・・・約650億円の削減を果たしたが、ほとんど減らない予算があった。同和予算である」と記載した上で、原告が府の歳出削減に着手しながら、同和予算の削減にはほとんど手を付けられておらず、同和事業は名称を変えて継続されていることを記載している。そして、原告が同和事業の削減に着手しない理由について、「これらの会社には部落解放同盟の幹部がいることが多い。知事は解同に対して、ようモノを言わん」という大阪府議団長の言を引用し、さらに、「府が同和の実態調査をしたところ、差別は克服され、解消されているという結果が出ています。しかし、知事は同和差別はなくなっていないと言い張る。議会で同和関係のことを質問すると語気を強めて、ムキになって反論するんです」という元大阪府議会議員の発言を引用する。そして、本件記事3の末尾には、「この削らせまいとする情念、一体どこからくるのだろう」と記載されている。
(3) 本件記事1は原告の名誉を毀損するものと評価できるか
ア 一般の読者の普通の注意と読み方を基準とし、記事本文の内容、記事の見出し、記事全体から読者が受ける印象等を総合的に考慮すれば、本件記事1は、少なくとも、Bが暴力団の組員であったという事実を摘示したものということができる。
イ そして、一般社会においては、反社会的勢力である暴力団と政治家との関係に対しては強い否定的評価が加えられており、このことは政治家としての資質等に関する有権者の判断に大きな影響を与える事項というべきところ、Bが暴力団員であったという事実の摘示により、原告自身の政治家としての資質等について否定的な判断をする一般読者は相当多数存在するものと認められるから、本件記事1によって原告の社会的な評価は低下するものというべきである。
 この点、被告は、本件記事1には、原告はBとの交流はほとんどなかったし、Bの所属していた暴力団が既に解散したというように、暴力団との関係が過去のことであることを示す事実が記載されていることを指摘して、本件記事1は原告の名誉を毀損するものではないと主張する。しかしながら、これらの点を考慮しても、原告の政治家としての資質等について否定的判断をする一般読者が相当数存在することは否定しがたい上、本件記事1は、原告が自分の生い立ちを意識した時期に関しても、暴力団関係の示談交渉も請け負うようになった頃、その“力”に気づいていたと述べて、原告の政治手法の苛烈さを読み解く鍵は、原告のルーツにあるのだろうかと提示するというように(上記ア)、原告が弁護士となった時期以降の暴力団勢力との関係を暗示する記載も存在するから、被告の指摘する点は、前記認定を左右するものではないというべきである。
(4) 本件記事2は原告の名誉を毀損するものと評価できるか
ア 一般の読者の普通の注意と読み方を基準として、記事本文の内容、記事の見出し、記事全体から読者が受ける印象等を総合的に考慮すれば、本件記事2は、原告の従兄弟は、金属バットで人を殺害した結果、殺人の容疑で逮捕され、有罪判決を受けて刑務所で服役していたという事実を摘示したものといえる。
イ そして、原告の親族が殺人罪という極めて重大な犯罪を犯したという事実の摘示により、原告の政治家としての資質等について否定的な判断を行う者は相当多数存在するものと認められるから、本件記事2は、原告の社会的評価を低下させるものというべきであり、この点は、原告従兄弟が原告の近親者ではないことや、原告と原告従兄弟の間に直接の交流がないことも記載されている点を考慮しても左右されない。
(5) 本件記事3は原告の名誉を毀損するものと評価できるか
ア 本件記事3は、本件記事の一部をなすところ、本件記事のタイトルとリードのもと、本件記事1及び本件記事2に引き続く形で記載されており、本件記事3の内容を検討するに当たっては、その評価にあたっては、単に本件記事3のみを取り出すべきではなく、本件記事のタイトルとリード、さらには本件記事3に至るまでの本件記事の記載内容をも考慮に入れる必要があるというべきである。
 そして、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とし、記事本文の内容、記事の見出し、記事全体から読者が受ける印象等を総合的に考慮すれば、本件記事3は、Bが被差別部落の出身であり、原告も同和地区に居住していた経験があることから、原告は、同和団体に対して物を言えない、すなわち対等な立場で対応することができず、そのために、同和関連予算削減には消極的であるとの事実を摘示するものと認められる。
イ 本件記事3は、大阪府知事という政治的中立性が要求される立場にある原告が、自らの出自を原因として、特定の団体に対して特別な配慮をしていること摘示するものであり、原告の社会的評価を低下させるに足りる行為として、名誉毀損行為に該当するものと認められる。
ウ この点、被告は、本件記事3について、原告が同和予算を約9億円しか削減していない事実や大阪府が同和関連の会社や団体に無利子で金銭を貸し付け、その返還を受けていない事実を摘示したのみであるという主張をするが、本件記事3の上記記載内容に照らし、採用できないことは明らかである。
 また、被告は、本件記事3の記載によって、原告の社会的評価が高まる可能性があるとも主張するが、同記事中には、「なぜか『同和予算』だけは削れない『原告A』の情念」との見出しや、「これらの会社には部落解放同盟の幹部がいることが多い。知事は解同に対して、ようモノを言わん」、「この削らせまいとする情念、一体どこからくるのだろう」というように、原告の政策の合理性に疑問を呈する記載が含まれており、これらの記載も併せ読むときは、原告に対して否定的な評価をする読者は相当多数いるものと認められる。
(6) なお、被告は、原告が、本件雑誌の発行、販売の後に行われた大阪市長選挙に当選した事実を掲げ、本件記事の記載によって原告の社会的評価が低下していないと主張するが、原告が大阪市長選挙に当選したことをもって原告の社会的評価が低下していないということはできないから、被告の主張は採用できない。
2 争点(2)(プライバシー侵害行為の有無)について
(1) プライバシー侵害の判断基準
 ある事実の公開が、原告のプライバシーを侵害すると認められるのは、当該事実が、@私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られる恐れのある事実であること、A一般人の感受性を基準として当該個人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事実であること、及びB一般の人々にいまだ知られていない事実であり、同事実の公表により当該個人が実際に不快・不安の念を覚えたことが必要となると解するのが相当である。
(2) 本件記事1
 そこで検討すると、本件記事1は、原告の実父及び叔父が暴力団組員であるという事実及び原告が同和地区の出身者であるという事実を摘示するものであるところ、これらの事実は、私生活上の事実であり(上記@)、暴力団に対する今日の社会的評価や同和問題に関する歴史的経緯に鑑みれば、一般人の感受性を基準として原告の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事実(上記A)であるというべきである。
 この点、証拠(甲3)によれば、被告は、本件雑誌の発売日(平成23年10月27日)に先立つ平成23年10月18日に、上記事実を摘示する記事を記載した雑誌を一般に販売している事実が認められるが、同雑誌の販売日が本件雑誌の発売日の9日前に過ぎないこと、及び本件雑誌と上記雑誌の読者数及び読者層は異なるものと認められることからすれば(弁論の全趣旨)、上記各事実は、本件雑誌発売当時、一般の人々にいまだ知られていない事実であるというべきである(上記A)。また、同事実の公表により、原告は実際に不快・不安の念を覚えたものと認められる(上記B)(弁論の全趣旨)。
 したがって、本件記事1の掲載、販売行為は、原告のプライバシーを侵害するものと認められる。
(3) 本件記事2
 本件記事2が摘示する事実は、私生活上の事実であり(上記@)、自らの親族に殺人罪という極めて重大な犯罪に及んだ者がいるという事実は、一般人の感受性を基準として原告の立場に立った場合、公開を欲しない事実であると認められ(上記A)、さらに、本件記事2は、本件雑誌発売当時、一般に知られていない事実であり、同事実の公表により、原告は現実に不快・不安の念を覚えたと認められる(弁論の全趣旨。上記B)。
 したがって、本件記事2の掲載・販売する行為は、原告のプライバシーを侵害する行為であると認められる。
(4) まとめ
 以上によれば、本件記事1及び2を掲載した本件雑誌の販売行為は、原告のプライバシーを侵害するものというべきである。
3 争点(3)(名誉毀損の違法性阻却事由等の有無)について
(1) 名誉毀損の違法性阻却要件
 事実を摘示することにより行われた名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実(国民の正当な関心事と評価できる事実)に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定され、いずれにせよ民事上の不法行為は成立しないと解するのが相当である(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁、最高裁昭和56年(オ)第25号同58年10月20日第一小法廷判決・裁判集民事140号177頁参照)。
(2) 本件記事1の公共性及び公益目的について
ア 本件記事1が、公共の利害に関する事実(国民の正当な関心事と評価できる事実)であり、かつ、公益目的を有するものと認められるかについて検討する。
イ 本件雑誌の発売当時、原告は、公務員(大阪府知事)であった以上、原告に関する事実については、公共の利害に関する事実と認められるのが原則である(刑法230条の2第3項参照)。また、現実には、Bが暴力団組員であったという事実から、原告の大阪府知事としての資質・能力に否定的な判断を行う一般読者は相当多数存在するものと認められるから、本件記事1は、具体的な記事の内容からそのような否定的評価をすることの当否は別として、相当数の読者の関心事となるべき点を含むものであったことは否定できない。
ウ しかしながら、上記認定のとおり、本件記事は、記事のタイトル及びリード自体において「血の雨が降る『大阪決戦』!特集『同和』『暴力団』の渦に呑まれた独裁者『A』の出生の秘密」、「『同和』と『暴力団』の渦に呑まれた、稀代のスター知事の出生の秘密に迫る」というように煽情的な表現を用いた上で、これに続く本件記事1においては、Bの出自や、暴力団に所属したこと、Bの死亡の態様、原告が同和地区に移り住んだこと等を掲げて、原告の生育史が「非常にねじれた境遇」であったとの評価を記載し、その後の本件記事2においても、Bが暴力団の組員であったことを指摘して「血脈までが類を見ないほどの異様性を帯びている」と表現しているのであって、このような点に照らして本件記事1をみれば、単に原告の政治家としての資質を評価したものとは認められず、原告が大阪府知事という公人の地位にあるからといって、本件記事1の目的が専ら公益を図ることにあったと認めることはできないというべきである。
(3) 本件記事2の公共性及び公益目的について
ア 本件記事2についても、現実には、同事実から、原告の大阪府知事としての資質・能力に否定的な判断を行う一般読者が相当多数存在することは否定できず、また、具体的な記事の内容からそのような否定的評価をすることの当否は別として、相当数の読者の関心事となるべき点を含むものであったことは否定できない。
イ しかしながら、本件記事2は、(2)ウのとおり扇情的な表現によるタイトル及びリードのもと、上記認定のとおり、ある殺人事件等の犯行内容を詳細に説明した上で、その犯人の一人が原告従兄弟であると示し、原告従兄弟のその後の経歴を指摘した上で、「実父がヤクザで従兄弟が殺人での逮捕歴ありとは・・・その血脈までが類を見ないほどの異様性を帯びている」と述べているのであって、このような点に照らして本件記事2をみれば、単に原告の政治家としての資質を評価したものとは認められず(むしろ、原告を不当に貶める表現を含むものといわざるを得ない。)、原告が大阪府知事という公人の地位にあるからといって、本件記事2の目的が専ら公益を図ることにあったと認めることはできないというべきである。
(4) 本件記事3について
 弁論の全趣旨によれば、本件記事3については、公共の利害に関する事実であると認められ、また、本件記事3のみを取り出してみれば、公共の利益を図る目的がなかったとまではいいがたい。
 しかしながら、本件全証拠によっても、本件記事3、とりわけ原告が同和地区の出身者であること等が原因となって、同和団体に対して対等の立場で対応できず、そのため、同和関連予算の削減に消極的であるといった事実が真実であったことの証明があったとは認められない。
 被告がそのように信じた理由に関し、証人J(本件雑誌の特集担当デスク)は、証人尋問及び陳述書(乙17)において、原告が大阪府知事に就任した後、大阪府の予算を約650億円削減しながら、同和関係予算の削減が約61億円のうち約9億円にとどまったこと、D政党大阪府議団長であるKに対し、F等への貸付けにつき取材を行ったこと等を挙げる。しかし、証拠(乙15、16の1・2)によれば、原告は、本件雑誌の販売に先だつ被告からの取材依頼に際し、平成25年10月25日、大阪府府民文化部人権室(同和企画担当)の回答書面を添付して回答を行っているところ、同書面には、大阪府は現在同和対策事業を行っておらず、予算はゼロであること、同和問題はいまだ解決したとはいえない状況にあり、大阪府は既存の一般施策(特定の地域・者を対象としない通常の施策)で対応することとしたこと、同和問題の課題に活用できる施策については、原告の知事就任後122事業から58事業まで削減し、予算も61億2694万4000円から52億4739万9000円まで削減したことが記載されていたことが認められ(被告はその一部を本件記事3中に記載している。)、また、被告は、上記原告への取材依頼において、F等への貸付金への対応の理由等について回答を求めていないから(乙15)、Jの上記証言する点のみでは、被告において本件記事3の上記摘示事実が真実であると信じるにつき相当な理由があったとは認められない。そして、その他、被告は、原告の同和関係の施策が、原告が同和地区の出身者であること等から、同和団体に対して対等の立場することで対応できないといった事情により左右されているとの点について、何ら客観的な根拠を挙げるものではない。以上の点に照らせば、被告において、原告が同和地区出身者であること等によって、同和団体に対して対等の立場で対応できず、そのため同和関連予算の削減に消極的であるという事実について、真実と信じるにつき相当な理由があったと認めるに足りる証拠はないというべきである。
 したがって、本件記事3について、名誉棄損の違法性阻却事由等は存在するとは認められない。
(5) まとめ
 以上によれば、その余の点について検討するまでもなく、本件雑誌の販売行為は、本件記事1ないし3により、原告の名誉を違法に毀損する行為であったと認められる。
4 争点(4)(プライバシー侵害の違法性阻却事由の有無)について
(1) プライバシーを侵害する行為であっても、当該事実を公表する利益が、同事実を公表しない利益に優越する場合には、当該行為の違法性が阻却されると解するのが相当である。
(2) しかしながら、上記3のとおり、本件記事1及び2については、少なくとも公益を図る目的があったとはいえないから、これらの事実を公表する利益は必ずしも大きくない一方、本件記事1及び2は原告の名誉を毀損する事実であり、原告の名誉の保護にとってこれを公表しない必要性が大きいことに鑑みれば、これらの事実を公表する利益が、同事実を公表しない利益に優越するとは認められず、本件記事1及び2の掲載による原告のプライバシー侵害行為について違法性が阻却されるとは認められない。
(3) したがって、本件雑誌の販売行為は、原告のプライバシーを違法に侵害したものと認められる。
5 争点(5)(損害の発生及びその額)について
(1) 名誉毀損に係る損害
 上記のとおり、被告は、本件記事1ないし本件記事3を掲載した本件雑誌の販売行為により、原告の名誉を違法に毀損したものであり、著名な雑誌の発行機関である被告が、原告の名誉を毀損する複数の事実を摘示して原告の名誉を毀損したという侵害態様、本件記事1ないし3の内容、及び本件雑誌が約55万部と相当多数の読者に対して販売され、上記行為により、摘示事実1ないし3が相当多数の読者に知れ渡ったこと等のほか、原告の地位も含めた諸般の事情を総合考慮すれば、上記被告の行為に係る名誉毀損の慰謝料額は150万円と認めるのが相当である。
(2) プライバシー侵害に係る損害
 上記のとおり、被告は、本件記事1及び2を掲載した本件雑誌の販売行為により、原告のプライバシー権を違法に侵害したものであり、上記プライバシー侵害行為の態様、公表された事実の内容、本件雑誌の販売数、その他諸般の事情を総合考慮すれば、上記行為によるプライバシー侵害に係る慰謝料額は100万円と認めるのが相当である。
(3) 弁護士費用
 本件事案の性質等を勘案すれば、本件雑誌の販売による名誉毀損及びプライバシー侵害行為と相当因果関係を有する弁護士費用相当の損害額は25万円と認められる。
(4) まとめ
 以上によれば、本件雑誌の販売行為により原告に生じた損害は275万円であると認められる。
第4 結論
 以上によれば、原告の請求は、主文掲記の限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、その余の部分は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第3民事部
 裁判長裁判官 長谷部幸弥
 裁判官 玉野勝則
 裁判官 内田健太
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