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【事件名】「大阪府知事は『病気』である」名誉毀損事件
【年月日】平成27年9月29日
 大阪地裁 平成26年(ワ)2016号 損害賠償請求事件

判決


主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して110万円及びこれに対する平成23年10月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その1を被告らの負担とし、その余は原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告らは、原告に対し、連帯して1100万円及びこれに対する平成23年10月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
 本件は、大阪府知事であった原告が、精神科医である被告aが執筆し、被告株式会社bが発行した月刊誌c平成23年11月号(以下「本件雑誌」という。)に掲載された「大阪府知事は『病気』である」と題する別紙記事(以下「本件記事」という。)によって名誉を毀損されたと主張して、被告らに対し、不法行為に基づき、連帯して、損害賠償1100万円及びこれに対する不法行為日(本件雑誌の発売日)である平成23年10月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提事実
 以下の事実は、当事者間に争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる。
(1) 原告は、被告らが本件雑誌を発売した平成23年10月18日当時、大阪府知事の職にあった者であり、次期大阪市長選挙に立候補する意向を表明していた。
  被告株式会社bは、雑誌及び書籍の発行及び販売を目的とする会社であり、月刊誌cを発行している。
 被告aは、精神科医、ノンフィクション作家であり、本件記事を執筆した者である。
(2) 被告aは、cの編集者であるdから、本件雑誌において原告に関する特集記事の掲載を企画しているとして、原告の人間性を分析する記事の執筆依頼を受けた。
(3) 被告aは、「大阪府知事は『病気』である」という大見出し(以下「本件大見出し」という。)の下に、本件雑誌の42頁から47頁にわたって掲載された本件記事を執筆した(なお、本件大見出し及び本文中の4つの小見出しは、被告aに報告した上で本件雑誌の編集部が付したものである。)。
(4) 被告株式会社bは、本件記事を掲載した本件雑誌を発行し、平成23年10月18日、これを発売した。
(5) 本件記事の内容は、概略以下のとおりである。
ア 本件記事は、「『最も危険な政治家』e(原告のことをいう。)研究」と題した特集記事の一つであり、「大阪府知事は『病気』である」との本件大見出しのすぐ下に「a 精神科医、ノンフィクション作家」と記載されている。また、本件大見出しの左隣の行には、「挑発的発言、扇情的な振る舞い、不安定な感情―それらから導き出せるのはある精神疾患である。」との記載がある。
イ 本件記事の本文は、大きく4つの項目に分かれており、それぞれ「『いじめ』育ちの空気読み」、「すり替えと弱者攻撃」、「掃除をしない高校生」、「知事の『病名』」の小見出しが付けられている。
ウ(ア) 「『いじめ』育ちの空気読み」の項目(以下「項目A」という。)には、原告が、@ 大阪府知事選に立候補することは2万パーセントないと言っていたにもかかわらず、f党の推薦の確約をとると一変して立候補を表明したこと、A g弁護士会から懲戒処分を下された際、「道頓堀で尻を出すより下品だ」と批判するなど、他人を攻撃する際に幼児反応にこだわった発言をしていること、B 世間の空気を読めるのが政治家であり、府民に選ばれた自分に従えと威圧していること、C g弁護士会から懲戒処分を受けた際の報告集会で、いったん謝罪の辞を述べたが、会場からヤジが飛ぶと豹変し、弁護士会に対する罵倒を続けたことなどが記載され(以下、この記載を「本件記載部分A」という。)、さらに、原告の過ごした少年期に照らして考えられる原告なりの「空気を読む」ということが、自分の考えや感情を相手に伝え、相手の考えや感情を受け止め、理解を共にしていこうとするコミュニケーションではなく、ある小集団の中の強者・弱者、あるいは多数派・少数派の関係を察知することであるなどと記載されている。
(イ) 「すり替えと弱者攻撃」の項目(以下「項目B」という。)には、原告が大阪府知事になった際、1年で1100億円の収支改善を図るなどと主張し、府職員の給与の削減、福祉、教育、文化施設の切捨てなどを行ったが、実績としては府債残高が急増したことが記載され(以下、この記載を「本件記載部分B」という。)、選挙の際に主張したことのない政策を強引に主張し、無知が露呈すると別のことを言って恥じない、弱者を徹底して攻撃する、文化・芸術を嫌悪するなどの原告の人間性を分析する必要があるなどと記載されている。
(ウ) 「掃除をしない高校生」の項目(以下「項目C」という。)には、原告の高校時代をよく知る教諭の言として、片付けや掃除をせず、汚れ仕事のときは逃げ、地味なことはせず、感情交流ができず、コミュニケーションにならず、嘘を平気で言い、ばれても恥じない、約束を果たせない、人望は全く無い、相手が傷つくことを平気で言い続ける、スタンドプレーをよくする、文化、知性に対し拒絶感があるようだった、原告を評価する先生はまずいない、などの人物評が記載され(以下、この記載を「本件記載部分C」という。)、さらに、原告が荒れた小学校、中学校に在籍していた頃、強い子を見つけてパシリをして勢力下に入り、他の子に目を付けられないという処世術を学んだが、いじめや暴力のない高校時代には「空気を読む」能力が発揮できずに屈折した感情を抱いていったのかもしれないなどと記載されている
(エ) 「知事の『病名』」の項目(以下「項目D」という。)には、「これ以上私たちは、自己顕示欲型精神病質者の空虚な言動に振り回されてはならない。WHOの分類(ICD10)を使えば、演技性人格障害と言ってもいい。」と記載があり、それに続いて、「演技性人格障害は、@自己の劇化、演技的傾向、感情の誇張された表出、A他人に容易に影響を受ける被暗示性、B浅薄で不安定な感情性、C興奮、他人の評価、および自分が注目の的になるような行動を持続的に追い求めること、D不適当に扇情的な外見や行動を取ること、E身体的魅力に必要以上に熱中すること、で特徴づけられる」とした上で、本件記事でこれまで記載のあった各項目の事実を踏まえると、原告はA以外の5項目が当てはまるほか、関連病像とされる自分の欲求達成のために他人をたえず操作する行動、自己中心性も顕著であるなどと記載されている(以下、この記載を「本件記載D」という。)。
3 争点及び当事者の主張
(1) 争点1(事実の摘示か、意見又は論評の表明か)
(原告の主張)
 本件大見出しは、そのすぐ下の「a 精神科医 ノンフィクション作家」との記載と、左隣の行にある「挑発的な発言、扇情的な振る舞い、不安定な感情―それから導き出されるのはある精神疾患である。」との記載があること、「知事の『病名』の項目に、自己顕示欲型精神病質者あるいは演技性人格障害という具体的病名が記載されていることなどを踏まえると、原告は精神疾患(自己顕示欲型精神病質者あるいは演技性人格障害)という病気に罹患しているということがその内容であると読み取れる。
 このように、本件記事は、本件大見出しの「大阪府知事は『病気』である」との記述により、大阪府知事たる原告が精神疾患(自己顕示欲型精神病質者あるいは演技性人格障害)を患っているという事実を摘示するものである。
(被告らの主張)
 本件記事は、「原告が精神疾患にかかっている」との事実を摘示したものではなく、精神科医である被告aが原告の政治家としての言動やその人物評を材料として、精神医学の知見に基づいて原告の人間性を分析評価することにより、原告が政治家として信用、信頼に値しない人物であるとの意見ないし論評を表明したものである。被告aが、原告自身の言動や原告を知る人物の証言から原告の人間性の分析を試みた結果が本件記事であることは、本件記事を一読すれば明らかである。
 客観的な診断が可能な身体的疾患と異なり、人格障害の分類、判断は当該個人の言動を評価して該当性を評価するものであって、「自己顕示欲型精神病質者」や「演技性人格障害」という分類名が本文に記載されていても、原告が病気(精神疾患)であるという事実を摘示したことにはならない。
(2) 争点2(名誉毀損該当性)
(原告の主張)
 本件記事のうち、本件大見出しは事実の摘示にあたり、それに基づく「政治家として信用・信頼に値しない人物である」との趣旨の部分は意見・論評に該当する。
 本件記事は、原告が精神疾患(自己顕示欲型精神病質者あるいは演技性人格障害)であるとの事実を摘示することで、原告が精神に異常をきたしているとの印象を一般読者に与えるものであり、それに伴って原告の社会的評価が低下することは明らかである。
(被告らの主張)
 本件記事は、「原告が精神疾患にかかっている」との事実を摘示したものではなく、精神科医である被告aによる原告の人間性の分析を基に、原告が政治家として信用、信頼に値しない人物であるとの意見ないし論評を表明したものである。
 本件記事には被告aの原告に対する意見または論評として否定的見解が示されてはいるが、これを読んだ一般読者が被告aの見解を支持し、原告において否定的評価を下すものとは限らないから、本件記事は原告の社会的評価を低下させるものではない。
(3) 争点3(公共性及び公益目的の有無)
(被告らの主張)
 本件記事は、国民、府民の強い関心を集める著名な政治家である原告の性格・人間性を精神分析の手法を用いて評価、論評したものであり、公共の利害に関するものである。原告は、当時大阪府知事として在職し、大阪市長選への立候補も表明していた著名かつ有力な政治家であったことから、その人格や人間性は有権者に知らせる必要のある事項である。
  また、本件記事は、原告の政治家としての資質、適性に関する判断材料を国民・府民に提示することを目的として執筆・掲載されたものであり、専ら公益を図る目的に出たものであることは明らかである。
(原告の主張)
 本件のように個人の精神分析に関する表現については、当該分析の内容が不正確なものであれば国民、府民は不正確な判断材料を基に誤った判断を下すことにつながるのであるから、結果的に公益が害されることになる。被告らの原告に対する精神分析の過程がおよそ結果としての正確性を追求していると認められないような場合には、公益を図る目的があったとはいえない。
 本件では、被告aは、申し込んでも会ってもらえないと判断したこと、直接面談しても嘘をつかれるだろうと思ったこと、原告がお金も時間も労力もかけるに値しない人物だと判断したことなどを理由に、原告に面談を申し込むことすらせずに本件記事を執筆しており、正確性を追求しているとは到底いえないから、本件記事の執筆、発行に公益を図る目的があったとはいえない。
(4) 争点4(真実性及び真実であると信じたことについての相当な理由〔以下「真実相当性」といい、これと真実性を併せて「真実性等」という。〕の有無)
(被告らの主張)
ア 被告aが意見又は論評の前提として摘示した各事実は、以下のとおり、その主要部分においていずれも真実であるから、被告らの行為は違法性を欠く。
(ア) 本件記載部分Aで前提としている事実は、@ 当初は立候補しないといっていた大阪府知事選に、f党の推薦が得られるや立候補を表明したこと、A g弁護士会について「道頓堀で尻を出すより下品だ」と批判したこと、B 府民に選ばれた知事に従うよう府職員らに指示していたこと、C g弁護士会から懲戒処分を受けた際の報告集会で、いったん謝罪の辞を述べたが、会場からヤジが飛ぶと豹変し、弁護士会に対する罵倒を続けたことであるが、これらは、いずれも真実である。
(イ) 本件記載部分Bで前提としている事実は、@ 原告が大阪府知事としてコストカットを行うに当たり、福祉・教育・文化施設を切り捨てたこと、A 財政再建を主張していた原告が知事に就任してから、かえって府債残高が増加したこと、B 原告は文楽を評価せず、h氏を高く評価するなど、文化・芸術に対して嫌悪感があることであるが、これらは、いずれも真実である。
(ウ) 本件記載部分Cで前提としている事実は、@ 原告の高校生時代の言動、エピソード(「大掃除の時、汚れ仕事から逃げていく。帰ってしまう。地味なことはしない。話していても、壁に向かって話しているような思いにこちらがなる。感情交流ができず共感がない。伝達、伝言のようでコミュニケーションにならない。目と目を合わせることができず、視線を動かし続ける。嘘を平気で言う。ばれても恥じない。信用できない・約束を果たせない。自分の利害にかかわることには理屈を考え出す。」、「バレーボールで失敗した生徒を罵倒。相手が傷つくことを平気で言い続ける。」、「文化、知性に対して拒絶感があるようで、楽しめない。馬鹿にされていると敏感に感じるのか、見返そうとしているようだった」)、A 小学校、中学校時代に強い子を見つけて勢力下に入る処世術を身に付けたことであるが、これらは、いずれも真実である。
イ なお、仮に本件大見出しの記載が事実の摘示に当たるとしても、ここでいう「病気」は、原告が自己顕示欲型精神病質者あるいは演技性人格障害という偏りのある人格の持ち主であるという事実であるところ、精神科医としての専門知識と経験を有する被告aが、本件記事に記載された原告の言動や関係者の証言に基づいて原告の分析を行った結果、原告は自己顕示欲型精神病質者あるいは演技性人格障害に該当し、偏りのある人格の持ち主であるという結論に至ったのであるから、かかる事実は真実である。
ウ 仮に前記ア記載の各事実が真実でなかったとしても、被告らは、原告の言動を報じた新聞報道、原告の自著を含む出版物の記載、原告が高校在籍中、原告を指導していた教諭への取材等から、これらの事実を真実と信じたものであって、そのように信じたことには相当な理由があるから、被告らには故意又は過失がない。
(原告の主張)
ア 本件記事は、大阪府知事たる原告が精神疾患(自己顕示欲型精神病質者あるいは演技性人格障害)であるという事実を摘示するものであるが、原告が精神疾患、すなわち精神に異常をきたしている事実はなく、これは虚偽である。被告aは、あらかじめ決めた結論に沿うような証拠資料を収集する作業をしたに過ぎず、精神分析の結果が真実であることを立証する資料は示されていない。
 仮に本件記事が意見又は論評にあたるとしても、その前提としている事実はいずれも真実ではない。
イ また、被告aは、原告がお金も時間も労力もかけるに値しない人物だと判断して、原告に対する面談を申し込まなかったというように、被告aが原告の精神分析に真摯に向き合う姿勢を有していないことから、被告らにおいて、原告が精神に異常をきたしていることを真実であると信じるについて相当な理由はない。
(5) 争点5(意見ないし論評としての域を逸脱するか否か)
(原告の主張)
 本件記事は、原告が精神異常者であると読み手に印象づけて原告自身の社会的信用性を攻撃するという目的で、被告aが精神科医であることを利用し、大阪府知事は病気である等と揶揄して自分の論評の正確性を担保させている。被告aは実際に原告を診察したわけでもないのに、被告aの意見であるなどの注記も一切ないまま大阪府知事は病気である等と断定的発言を用いており、本件記事は被告aの考える結論に都合のいい資料だけを集め挙げ、専門医の観点から分析しているように見せかけているだけに過ぎない。演技性人格障害などという病名につきその要件は挙げられているものの、記述されている事実との関連性については何ら論じられておらず、医学的見地からの論評としての体を一切なしていない。
 以上より、本件記事が正当な論評の域を超えた人身攻撃に当たることは明らかである。
(被告らの主張)
 精神医学の知見に基づいて政治家の人格や人間性の分析を行うことは多くの実例があり、政治家の資質を世に問う方法として広く行われている正当な手法である。政治家に対する精神学的見地からの分析を試みる場合、分析対象である政治家本人に対する問診が行われたことはなく、新聞、テレビ等で報道され、書籍としても出版されるなど分析資料となる過去の言動やエピソードには事欠かないことから、被告aが直接の問診を行わずに本件記事を執筆したとしても、正当な論評の域を超えた人身攻撃に当たるということにはならない。
(6) 争点6(原告に生じた損害)
(原告の主張)
  本件記事の掲載及び本件雑誌の販売により、原告は名誉を毀損されたものであるが、本件記事の記載は誰の目にも行きすぎた表現が用いられており、どのような言い訳を試みても表現の自由によって保障された言論の範囲を逸脱していることが明らかである。それにもかかわらず、被告らは、原告に対して反省し謝罪するどころか、原告が病気であることは真実である旨の侮辱的な主張を続け、また被告aは原告代理人に対し、「eを連れてこい。」と語気鋭く迫ってきた。被告らのこうした訴訟態度により、本件記事の掲載及び本件雑誌の販売による原告の精神的損害はより一層拡大した。これらの事情に照らせば、原告が被った精神的苦痛を慰謝するのに必要な慰謝料は1000万円を下らない。
 また、被告らの名誉毀損行為によって、原告は、本件訴訟の提起、追行のために弁護士に委任せざるを得なくなったところ、その弁護士費用として100万円が損害と認められる。
(被告らの主張)
 否認ないし争う。
第3 争点に対する判断
1 争点1(事実の摘示か、意見ないし論評の表明か)について
(1) 本件記事は、「大阪府知事は『病気』である」との本件大見出しの下、その左隣に「挑発的発言、扇情的な振る舞い、不安定な感情―そこから導き出せるのはある精神疾患である」と記載し、さらに、本文中の項目A〜Cにおいて原告の過去の言動や学校時代のエピソード等を批判的に紹介した後、項目Dの「知事の『病名』」の中で、「これ以上私たちは、自己顕示欲型精神病質者の空虚な言動に振り回されてはならない。WHOの分類(ICD10)を使えば、演技性人格障害と言ってもいい。」と記載し、これに続けて、「演技性人格障害は、@自己の劇化、演劇的傾向、感情の誇張された表出、A他人に容易に影響を受ける被暗示性、B浅薄で不安定な感情性、C興奮、他人の評価、および自分が注目の的になるような行動を持続的に追い求めること、D不適当に扇情的な外見や行動を取ること、E身体的魅力に必要以上に熱中すること、で特徴づけられる」とした上で、原告について「A項をのぞいて、5項目が当てはまる。それ以外に、関連病像とされる自分の欲求達成のために他人をたえず操作する行動、自己中心性も顕著である。」などと記載するもの(本件記載部分D)である。
 上記のような本件記事の内容に加えて、被告aが「精神科医、ノンフィクション作家」との肩書きで本件記事を執筆していることをも踏まえれば、本件記事のうち「大阪府知事は『病気』である」との本件大見出しは、本件記載部分Dの記述と相まって、マスコミ報道やテレビ番組又は自著等における原告の発言や態度、高校時代のエピソード等、本件記載部分A〜Cの事実を前提として、被告aが精神科医としての立場で原告の言動を分析すると、原告は自己顕示欲型精神病質者(シュナイダーの10分類のひとつ)あるいは演技性人格障害(WHOの分類)の特徴に当てはまると評価できるとの意見ないし論評を表明したものと解するのが相当である。
(2) これに対し、原告は、本件記事は、「大阪府知事は『病気』である」との本件大見出しの記述により、原告が精神疾患(自己顕示欲型精神病質者又は演技性人格障害)を患っているとの事実を摘示するものであると主張する。
 しかしながら、本件記事は、医師が患者としての原告を診察、検査するなどの医療行為を経て診断を確定した上でこれを医学的事実として記載したという内容のものではなく、上記のとおり、被告aが、マスコミ報道やテレビ番組又は自著等における原告の過去の言動や原告に関する事実関係(エピソード)を独自に収集した上、それらを精神医学上の分類に当てはめて分析するという体裁のものであって、本件記載部分Dは、上記のような分析の結果、原告は自己顕示欲型精神病質者ないし演技性人格障害の特徴に当てはまるとの被告aの意見ないし評価を述べたものに過ぎず、このことは、本件記事の体裁、内容からして、一般の読者にとっても明らかであるというべきである。そして、本件大見出しの「大阪府知事は『病気』である」との記述も、本件記事全体の内容を踏まえてみれば、被告aによる上記のような分析結果をとらえて「病気である」と表現したものに過ぎないことが容易に読み取れる。
 したがって、本件大見出し及び本件記載部分Dは、本件記載部分A〜Cに挙げられた原告の過去の言動等を精神医学的に分析すると、自己顕示欲型精神病質者あるいは演技性人格障害の特徴が見られるとの被告aの評価を記述するものであって、このような評価の正当性自体は、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項ということはできないから、本件記事のうち本件大見出し及び本件記載部分Dは、本件記載部分A〜Cに記載の事実を前提とした意見ないし論評の表明であると解するのが相当である。
2 争点2(名誉毀損該当性)について
(1) 上記1で判示したとおり、本件記事は、本件大見出しと本件記載部分Dとが相まって、 精神科医である被告aが原告の過去の言動等を分析した結果、原告は自己顕示欲型精神病質者あるいは演技性人格障害と評価できるとの意見を表明するものと解されるところ、専門家によるこのような意見が政治家としての原告の社会的評価を低下させ、原告の名誉を毀損することは明らかというべきである。
 これに対し、被告は、本件記事の読者が被告aの見解を支持し、原告に対して否定的評価を下すとは限らないと主張する。しかし、本件記事は、精神科医である被告aが専門家の立場で原告の言動等を分析したものであり、その旨が本件記事に明記されていることを踏まえれば、本件記事の読者においては、原告の人格に精神医学的観点から何らかの問題があるとの印象を受けるのが通常であると考えられるから、被告の上記主張は、採用することができない。
(3)(ママ) よって、本件記事は、原告の社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものというべきである。
3 争点3(公共性及び公益目的の有無)について
(1) 原告は、本件記事が掲載された本件雑誌が発売された当時、大阪府知事の職にあり、次期大阪市長選挙に立候補する意向を表明していたものである。本件記事は、公の要職にありその政治手法や言動について社会的関心を集めていた原告について、精神科医である被告aが、精神医学的な知見に基づいてその言動等を分析し、原告の人格を批判的に論評する内容のものであって、その見解の正当性や表現の適切性について議論の余地はあるとしても、本件記事の記述内容が上記の主題を離れてこれと無関係な人身攻撃や誹謗中傷にわたるものとまでは認められない。
 したがって、本件記事は、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認められる。
(2) この点に関し、原告は、被告aが原告本人に対する取材を行っておらず、本件記事の内容について正確性を追求する姿勢が窺われないから、公益を図る目的があったとはいえないと主張するが、原告主張の事実を踏まえても、上記判断を覆すには至らない。
4 争点4(前提事実の真実性等)について
(1) 前記1のとおり、本件大見出し及び本件記載部分Dは、本件記載部分A〜Cに記載した事実に係る原告の言動等を前提として、これらを精神医学的に分析すると、原告は自己顕示欲型精神病質者又は演技性人格障害と評価できるとの意見ないし論評を表明することにより、原告の社会的評価を低下させるものである。
 したがって、本件記事の執筆及び掲載による名誉毀損が違法性を阻却するか否か等を判断するに当たり、上記意見、論評の前提となった事実(本件記載部分A〜Cに記載された事実)が重要な部分について真実であったか否かが問題となるので、以下、この点について検討する。
ア 本件記載部分Aについて
 本件記載部分Aのうち、@ 大阪府知事選に出ることは「2万パーセントない。」と発言していた原告が、i・f党選挙対策委員長と会談して態度を翻し、f党推薦の知事候補として立候補を表明することとなったなどの経緯を記載した部分については、証拠(乙2)によれば、大筋において真実であると認められる。また、原告が、A g弁護士会から懲戒処分を受けた際、処分内容が発表直前に知られていたことについて「道頓堀で尻を出すより下品だ」などと発言したこと、B 府民に選ばれた知事に従うよう府職員らに指示していたこと、C g弁護士会から懲戒処分を受けた際の報告集会で、いったん謝罪の辞を述べたが、会場からヤジが飛んだ後、g弁護士会を罵倒したことなど、本件記載部分Aで挙げられた原告の発言内容は、いずれも、マスコミ等で報道されるか、原告自身のブログ又は著書から引用されたものであり(乙3、9、10、弁論の全趣旨)、重要な部分について真実であると認められる。
イ 本件記載部分Bについて
 本件記載部分Bのうち、@ 原告は、知事に就任後、一年で1100億円の収支改善を図る、次年度には黒字化すると主張して、府職員の給与を削減するとともに、私学助成の削減、府立高校に勤務する非正規事務補助員等の解雇、国際児童文学館の閉館など、福祉、教育、文化施設に関わる予算を削減したこと、A それにもかかわらず、原告が知事になってから府債残高が急増したこと、B 原告が「『文楽では視聴率はとれない、hでないと駄目』」といった発言をしたことなどについては、いずれも、証拠(乙5、9〜14)及び弁論の全趣旨によれば、その重要部分について真実であると認められる。
ウ 本件記載部分Cについて
(ア) 本件記載部分Cには、原告が高校生の頃をよく知る教諭から聞いたエピソードとして、高校生時代の原告は、「大掃除の時、汚れ仕事から逃げていく。帰ってしまう。地味なことはしない。話していても、壁に向かって話しているような思いにこちらがなる。感情交流ができず共感がない。伝達、伝言のようでコミュニケーションにならない。目と目を合わせることができず、視線を動かし続ける。嘘を平気で言う。ばれても恥じない。信用できない。約束を果たせない。自分の利害にかかわることには理屈を考え出す。」、「バレーボールで失敗した生徒を罵倒。相手が傷つくことを平気で言い続ける。」、「文化、知性に対して拒絶感があるようで、楽しめない。馬鹿にされていると敏感に感じるのか、見返そうとしているようだった」などの事実が記載されている。
 同記載のうち、「嘘を言う、ばれても恥じない、信用できない」という部分は、本件記載部分Dでも改めて引用されており、その余の部分も含め、上記のエピソードの存在は、原告を自己顕示欲型精神病質者ないし演技性人格障害と分析するに当たって前提とされた重要な事実であると認められる。
(イ) しかしながら、上記の内容については、被告aが原告の高校時代の教諭から聴取した内容に基づくものであるというのみで、当該聴取内容が真実であることについての客観的な証拠がなく、上記事実(高校時代のエピソードの存在)を真実であると認めることはできない。
(ウ) また、真実相当性について検討するに、そもそも、被告a本人の供述及び陳述書(乙21)並びにj氏の陳述書(乙22)以外には、当該教諭が上記のような内容を語ったこと自体を裏付ける証拠がなく、当該教諭について、その氏名はもとより、どのような立場で原告に接したかについても明らかでない。その他、被告aが当該教諭から聴取したとする上記事実について裏付け取材をするなどして確認したことを認めるに足りる証拠もないから、被告らにおいて、仮に上記事実について真実であると信じたとしても、そう信じるについて相当の理由があったとは認められないというべきである。
(2) まとめ
 以上のとおり、本件記事による意見ないし論評の前提とされた事実のうち、本件記載部分A及びBに記載された各事実は、その重要部分について真実であることの証明があったと認められるが、本件記載部分Cに記載された事実については、重要な部分について真実であることの証明がなく、被告らにおいてこれを真実と信ずるについて相当の理由があったとも認められない。
 したがって、本件記事の執筆等による名誉毀損につき、違法性が欠け、又は故意若しくは過失が否定されるとの被告らの主張は、理由がない。
5 小括
 以上によれば、被告aが本件記事を執筆し、被告株式会社bが本件記事を掲載した本件雑誌を発売した行為は、原告の社会的評価を低下させる行為であり、名誉毀損として共同不法行為を構成し、被告らは、これにより原告が被った損害(精神的苦痛)を連帯して賠償すべき責任を負う。
6 争点6(原告に生じた損害)について
(1) 慰謝料
 本件記事は、全国的に販売される月刊誌に掲載されたものであり、それによる影響は大きいというべきである。また、本件記事の内容は、精神科医が専門的知見に基づいて原告を自己顕示欲型精神病質者あるいは演技性人格障害と分析したというものであるから、原告の政治家としての資質、能力に対する社会的評価を低下させる程度は小さいとはいえない。他方で、原告は、当時大阪府知事の公職にあり、選挙によって選出される地方公共団体の首長(政治家)として、その資質、能力に関わる言動が社会の批判にさらされることもある程度容認すべき地位にあったこと、その他、本件に顕れた一切の事情を総合して勘案すると、被告らが本件記事を執筆又は本件雑誌を販売して原告の名誉を毀損したことにより原告が被った精神的苦痛を慰謝するための金額としては、100万円をもって相当と認める。
(2) 弁護士費用
  原告は、本件訴訟を追行するために弁護士に委任しているところ、弁護士費用のうち被告らによる上記不法行為と相当因果関係を有する損害は、10万円と認めるのが相当である。
7 まとめ
 以上によれば、原告の被告らに対する請求は、不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)として110万円及びこれに対する不法行為の日である平成23年10月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があり、その余の請求は、いずれも理由がない。
第4 結論
 以上の次第で、原告の被告らに対する請求は、上記の限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、その余の請求は理由がないから、これをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第24民事部
 裁判長裁判官 増森珠美
 裁判官 松阿彌隆
 裁判官 秋田康博
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