判例全文 | ||
【事件名】錦絵の写真転載事件 【年月日】平成27年9月24日 大阪地裁 平成27年(ワ)第731号 損害賠償請求事件 (口頭弁論終結の日 平成27年7月9日) 判決 原告 P1 同訴訟代理人弁護士 横井盛也 被告 明治図書出版株式会社 同訴訟代理人弁護士 井坂光明 主文 原告の請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は原告に対し、625万円及びこれに対する平成27年2月5日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は、著作権の保護対象ではない別紙1本件錦絵目録記載の絵画(以下まとめて「本件錦絵」といい、個別に「本件錦絵1ないし4」という。)を所有する原告が、原告の許諾を得ず本件錦絵を被写体とする写真を利用してその発行する教材に掲載したほか、その際、被写体である本件錦絵が原告所有であることを表示しなかった被告に対し、以下の請求をした事案である。 @ 無許諾の利用が不法行為であることを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求 189万円 @’無許諾の利用により不当利得したことを理由とする不当利得に基づく損失相当額の返還請求(@の予備的請求) 121万5000円 A 本件錦絵が第三者の所蔵品であるかのような虚偽の表示をしたことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求 280万円 B 上記@(@’)、Aの不法行為を理由とする慰謝料請求 100万円 C 弁護士費用 56万円 1 判断の基礎となる事実(争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実) (1) 当事者 ア 原告は、美術の著作物である本件錦絵の所有者である。なお、本件錦絵は、いずれも著作権の保護対象ではない。 イ 被告は、図書の出版及び販売、教育機器及び教育材料の製造及びその販売等の業務を行う株式会社である。 (2) P1コレクションについて ア 原告は、原告の祖父P2が蒐集した本件錦絵を含む「P1コレクション」と称する江戸時代及び明治時代に制作された錦絵(浮世絵版画)及び肉筆絵巻約1万点(以下これらを「原告所蔵品」という。)を所蔵し、この所蔵品の写真映像・画像(以下これらを「原告映像」という。)の使用・利用につきP1コレクション蔵品映像利用規定、P1コレクション所蔵品映像利用規定を定め、出版社・テレビ局などから原告映像の使用・利用申し込みがあった場合は、上記利用規定を提供し、その遵守を条件に有償にて利用許諾し、その収益を得ている。 イ 原告は、原告自身が直接利用者の依頼を受け原告所蔵品の写真貸与業務、対価請求業務を行うほか、写真貸与を業務とする代理業者(写真エージェンシー、フォトエージェンシーフォトライブラリーなどの名で呼ばれることが多い。以下これらを「写真エージェンシー」という。)に上記の業務を有償で委託し、代行せしめる場合もある。 ウ 原告は、このほか全国各地の美術館や博物館等において開かれる特別展に「P1コレクション」の名で原告所蔵品を公開し、徴収された入場料の一部を収益として受け取っている。 エ 本件錦絵を含む原告所蔵品は、著作権の保護対象ではない。 (3) 本件錦絵の映像の第三者への利用許諾 ア 原告は、本件錦絵1ないし3の写真撮影を株式会社講談社(以下「講談社」という。)に許諾し、同社は、その撮影した写真を、その発行する別紙本件錦絵目録記載1ないし3の各「本件教材掲載写真の出典」欄記載の出版物(甲18ないし甲20)に掲載した(以下、これらの掲載された写真を本件錦絵1ないし3に対応して「本件錦絵写真1ないし3」という。)。 イ 原告は、本件錦絵4を自ら撮影し、この写真(以下「本件錦絵写真4」という。)を、原告が契約をしていた写真エージェンシーの株式会社オリオン経由で株式会社朝日新聞社(以下「朝日新聞社」という。)に有償にて貸し出し、同社において、その発行する別紙本件錦絵目録記載4の「本件教材掲載写真の出典」欄記載の出版物(甲21)に掲載した。 (4) 被告の行為 ア 被告は、上記(3)の経緯で講談社及び朝日新聞社発行の出版物に掲載された本件錦絵写真1ないし4を、何らかの方法で複写又は撮影して、遅くとも平成13年から、その発行する教材「最新歴史資料集」(甲1、以下「本件教材」という。)に以下の使用態様で掲載した。 (ア) 本件錦絵写真1 使用枚数:3枚続き全部 使用個所:中頁 (イ) 本件錦絵写真2 使用枚数:3枚続き全部 使用個所:中頁 (ウ) 本件錦絵写真3 使用枚数:3枚続きの内2枚 使用個所:中頁 (エ) 本件錦絵写真4 使用枚数:3枚続き全部 使用個所:中頁 イ 被告は、上記掲載につき、原告の許諾を得ていないし、対価を支払っていない。また本件教材に掲載した写真及び資料の提供者名を列挙し掲載した本教材裏表紙の「写真・資料提供(敬称略・順不同)」欄には、原告の氏名も、通称である「P1コレクション」の名称の記載もなく、その他、 本件教材中には本件錦絵が原告の所蔵品であることを表示する記載はない。 2 争点 (1) 本件錦絵写真の無断複製を理由とする不法行為 (原告の主張) 被告又は被告の指示を受けた者は、上記1(3)記載の講談社が発行した出版物に掲載された本件錦絵写真1ないし3及び朝日新聞社が発行した出版物に掲載された本件錦絵写真4を複写又は撮影し、原告の許可を受けずにこれらを本件教材に転載したものであり、その行為は、以下の理由から不法行為を構成する。 ア 商慣習又は商慣習法違反を理由とする不法行為 絵画などの所有者、それら絵画などを被写体とする写真を代理貸与する写真エージェンシー及び書籍出版社においては、絵画などを被写体とする写真については、その使用や利用に一定の財産的価値が存することから、従前から、@出版社などが、他者の所蔵する絵画などを被写体とする写真を出版物などに掲載する場合には、被写体である絵画などの所有者の許諾を得た上で、所有者又は写真エージェンシーに対価を支払うこと、A出版社などが他者の所蔵する絵画などを被写体とする写真を、既存出版物から別の出版物に転載する場合は、被写体である絵画などの所有者の許諾を得た上で、所有者又は写真エージェンシーに対価を支払うことという商慣習又は商慣習法が存在している。 そして所蔵品コレクションや写真エージェンシーは、合理的な商慣習に従って得られる使用・利用の対価をもってその存立の基盤としているのであり、商慣習又は商慣習法に従って対価を得ることは、法律上保護される利益であるから、商慣習又は商慣習法に違反して対価なしに無断で写真を複写又は撮影して利用する行為は、その法律上保護される利益の侵害となる。 したがって、被告がした本件錦絵写真の無断利用行為は、原告の上記法律上保護される利益を侵害するものとして不法行為を構成する。 イ 所有権侵害を理由とする不法行為 物の所有者は、その物を見せるか否か、写真撮影させるか否か、その場合の条件・方法について決定する権利を有する。したがって、本件錦絵を忠実に複写した写真、あるいはその写真をさらに忠実に複写撮影した写真を公表する行為が所有者である原告の意思に反してなされる場合、その行為は原作品である本件錦絵について有する原告の所有権(入場料の徴取や写真撮影の許可を自由になし得る権利)を侵害するものといえる。 したがって、原告の意思に反してなされた本件錦絵写真1ないし4の本件教材への上記掲載行為は、所有権侵害行為として不法行為を構成する。 (被告の主張) ア 原告主張の商慣習ないし商慣習法の存在は否認する。 イ 被告の行為が本件錦絵について原告の有する所有権を侵害する旨の原告主張は否認ないし争う。美術の著作物である本件錦絵の被告による利用は、所有者の排他的支配権能をおかすことなく、その無体物としての面の利用をするものにすぎず所有権侵害ではない。 (2) 本件錦絵写真利用に係る被告の不当利得(予備的請求) (原告の主張) 被告は、原告の許諾を得ずに、本件錦絵写真を複写又は撮影して本件教材に掲載しているが、これは上記商慣習又は商慣習法に違反するものであり、法律上の原因なくなされている。 被告は、出版を業とする株式会社であり、上記商慣習又は商慣習法を知悉しながら、遅くとも平成13年以降毎年、上記掲載行為を続けてきたものであり、これにより原告に支払うべき対価の支払を免れて、その対価分の利益を受け、そのため原告に損失を及ぼした。 被告は悪意の受益者として、その受けた利益に利息を付して返還すべき義務がある。 (被告の主張) 否認ないし争う。 (3) 所蔵者名虚偽表示に係る被告の不法行為 (原告の主張) 被告は、本件錦絵が原告所蔵品であることを認識し、あるいは容易に知り得たにもかかわらず、本教材裏表紙の「写真・資料提供(敬称略・順不同)」欄にその所蔵者である原告の氏名も、通称である「P1コレクション」の名称も記載しなかったが、他方で同欄に本件教材に掲載した資料等の提供者の名称を記載しており、その結果、本件錦絵があたかも他者の所蔵品であるかのごとく表示されている。 この被告の行為は、原告が当該錦絵について有する所有権を否定するに等しく、日本有数の錦絵コレクションの継承者としての原告の信用を著しく毀損するものであり、このため原告は耐え難い精神的苦痛を受け続けている。 (被告の主張) 仮に原告が本件錦絵の所蔵者であるとしても、その記載が欠落したにすぎず、被告が所蔵者名について虚偽の表示をしたとはいえない。そもそも、所蔵者名を記載すべき法的義務はなく、原告の主張は失当である。 (4) 損害 (原告の主張) ア 被告の無許諾利用に係る損害額 被告が本件錦絵写真を原告の許諾を得ず利用した行為により原告が被った損害額は、以下のとおりである。 (ア) 被告の無許諾利用に係る不法行為により原告が被った損害額 189万円 被告が発行を開始した平成13年の時点において、被告が原告に本件錦絵写真の利用許諾を求めていたならば、原告は当時適用していた利用規定である「平成13年1月10日改訂利用規定」(甲25)を被告宛てに送付し、その後、毎年最低でも同規定に基づき写真使用料金を請求することができたものであるから、損害額の算定の基礎には上記利用規定を用いる。 (イ) 本件教材における本件錦絵写真の利用形態は次のとおりである。 @ 本件錦絵1 利用枚数:3枚続き全部 使用個所:中頁 A 本件錦絵2 利用枚数:3枚続き全部 使用個所:中頁 B 本件錦絵3 利用枚数:3枚続きの内2枚 使用個所:中頁 C 本件錦絵4 利用枚数:3枚続き全部 使用個所:中頁 よって、上記利用規定に基づく使用料金は別紙2「無許諾使用に係る不法行為による損害額計算表」のとおり算定される。 なお、別紙2の計算において、上記利用規定の第16項に明記された損害賠償金は算入せず、通常使用料金のみで、2次使用、3次使用等に係る割引は行っていない。 (ウ) 精神的苦痛に対する慰謝料 100万円 原告は、被告の無許諾利用そのものに関し、また、被告の不誠実な対応に関して多大な精神的苦痛を受けたのであり、それを金額に換算すると、その額は100万円を下らない。 イ 被告の不当利得行為により原告が受けた損失額 121万5000円 被告の不当利得行為により原告が受けた損失額は、別紙3「不当利得行為に係る損害額計算表」のとおり121万5000円である。 ウ 所蔵者名虚偽表示の不法行為に係る損害額 280万円 所蔵者名虚偽表示があった場合に、錦絵1点につき5万円の損害を認めた裁判例があり、また原告の利用規定(甲25)において、損害賠償金の上限を10万円としていることに照らし、損害額を錦絵1点1使用につき5万円として算定する。 別紙4「所蔵者名虚偽表示の不法行為に係る損害額計算表」のとおり計算すると、損害額は280万円である。 エ 本件訴訟における原告の請求金額 (ア) 無許諾使用に係る不法行為による損害額(別紙2)(予備的には不当利得による損失額(別紙3)) 189万円 (イ) 所蔵者名虚偽表示の不法行為に係る損害額(別紙4)280万円 (ウ) 慰謝料 100万円 (エ) 弁護士費用 56万円 弁護士費用のうち、被告が負担すべきは、上記(ア)ないし(ウ)の合計額の金額の約1割である56万円とするのが相当である。 (オ) 合計額 625万円 以上により損害額の合計額は625万円である。 (被告の主張) 争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)について (1) 原告は、本件錦絵を被写体とする写真である本件錦絵写真を無断で転載して利用する行為は、主位的に、商慣習又は商慣習法に違反するもので原告の法律上保護される利益を侵害する行為であるから不法行為を構成すると主張し、予備的に、本件錦絵写真の原作品である本件錦絵について原告の所有権を侵害する行為として不法行為を構成する旨主張する。 (2) ところで原告は、本件において、本件教材への本件錦絵の掲載が、原告の許諾を受けて撮影された本件錦絵写真をさらに複写ないし撮影するなどの方法でなされたことを問題にしているが、そこで利用の対象となっているのは、有体物である本件錦絵そのものではなく、有体物である本件錦絵を撮影して得られた写真から感得できるところの本件錦絵の美術の著作物としての面、すなわち無体物としての面であるから、被告の行為は、その行為態様だけでなく、その利用対象の面においても、有体物である本件錦絵の排他的支配権能をおかすものでないことは明らかである。 したがって、そこでは本件錦絵の所有権侵害は問題となり得ないから、原告が予備的請求原因として主張する所有権侵害の主張はこの点で明らかに失当である。 (3) そして、本件錦絵の無体物の面は、原告も自認しているとおり、著作権の保護対象となるものではないところ、原告は、その上で、そのような無体物の面の利用について所有者の許諾を得て対価を支払う商慣習又は商慣習法があり、これにより不法行為法にいう法律上保護される利益が基礎づけられるように主張する。 しかし、事実上の商慣習に違反しただけでは不法行為法上違法とはいえないことは明らかであるから、ここで問題とされるべきは、少なくとも、それ自体で法規範足り得る商慣習法である必要があるが、商慣習法が存在すると認められるためには、事実上の商慣習が存在し、それが法的確信でよって支持されていることが認められなければならない。 (4) そこで原告主張に係る商慣習法の存否について検討するに、証拠(甲32ないし甲83(枝番があるものは枝番を含む。))によれば、原告所蔵品の映像は、講談社が昭和52年に発行した全12巻の「錦絵幕末明治の歴史」等の出版物を介して、既に一般にも容易に入手され得る状態になっていたが、その出版物から映像を得て転載利用あるいは放映しようとする出版社や放送事業者は、原告から許諾を得て原告の定めた利用規定に従い利用料金を支払うなど、原告主張の商慣習法が存在するかのような対応をしていることが認められる。 また各掲記の証拠によれば、@ 文化庁、国公立博物館、資料館等においては、その所蔵する資料写真の使用を許可するに当たり、その使用に所定の料金を徴収しているところが多く、また館外所蔵者の所蔵品の資料写真の写真原版を貸し出す場合には、その利用につき所有者の許諾を求める扱いとされていること(甲27ないし甲31(枝番があるものは枝番を含む。) )、A 国立国会図書館の所蔵する資料を放映する場合、及び、同図書館の許可を得て出版物等に掲載された資料を、別の出版物等に再利用する場合には、著作権が消滅した著作物であっても、事前に同図書館の許諾を要するものとされていること(ただし、無償である。甲16の1、2)、B 写真エージェンシー等は、その管理する写真を、著作権の有無にかかわらず有償で貸与していること(甲14、甲15)などの事実が認められる。 (5) そうすると、これら事実によれば、著作権の存否とは関係なく、著作物の無体物の面の利用については、その所有者から許諾を得ることが必要であったり、対価の支払を必要としたりすることが一般的になっており、そのような慣習が存在するように見受けられるところである。 しかし、原告所蔵品の映像は一般に入手可能であるのに、その利用のため、原告の定める利用規定に従って契約締結をするという上記の前者の中には、原告所蔵品の文化的価値を尊重して、その対価支払が当然と考えてしている者もいるであろうが、そうでなく、本件錦絵の所有者である原告との紛争をあらかじめ回避して円滑に事業を遂行するため、原告の定める利用規定に従っている者もいるであろうことは容易に想像できるところであり(原告は、利用規定に従わずに原告所蔵品の映像等を利用した者に対する訴訟を複数回提起している(乙1、乙2、弁論の全趣旨))、その点をおいたとして、その対価の支払根拠は、結局、原告との合意に基づくことになるから、このような事実関係から、原告主張に係る商慣習又は商慣習法の存在を認めることはできない。 他方、後者の博物館等については、あたかも著作権のない無体物を有償利用させているように見えるが、その利用者は、直接写真撮影をできない所蔵品等について写真映像を利用することができることから、博物館等から資料写真の写真原版を借り受け、その対価(対価額は少額にとどまる。)を支払っていると考えられ、そこには対価を支払う経済的合理性も認められるし、なによりそのような有償契約を利用者に求める根拠は、所蔵品の所有者としての博物館等の所有権の権利行使としても、写真原版自体の所有権行使としても説明できるものであり、必ずしも原告主張に係る商慣習又は商慣習法の存在を認めさせ得るものではない(なお、博物館等が、館外所蔵者の所蔵品の資料写真の写真原版を貸し出す場合に、その利用につき所有者の許諾を求める扱いとされているのは、その資料写真の被写体となる所蔵品の所有者によるその公開範囲を決する権能を受けてされているものと解されるのであって、これも結局、所有権の問題として説明され得る。)。 そうすると、上記事実関係があるからといって、それが原告主張のような商慣習があると認めることさえ困難であるし、したがって、さらにそれから進んで、それが法的確信によって支持され商慣習法にまで至っているものとは認めることはできないというほかない。 また、そもそも原告が商慣習又は商慣習法で保護されると主張する利益は、著作権法の保護しようとしている利益と全く一致しているものであるところ、著作権法は、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に独占的な権利を与え、その権利の保護を図り、その反面として、その使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのないようにするため、その発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、その権利の範囲、限界を明確にしているところであるから、著作権法が保護しようとしているのと同じ利益であり、しかも著作権法が明確に保護範囲外としている利益を保護しようとする慣習は、著作権制度の趣旨、目的に明らかに反するものであって、それが存在するとしても、そこから進んで、これを法規範として是認し難いものである。 (6) したがって、本件錦絵を被写体とする写真である本件錦絵写真を無断で転載して利用する行為が、商慣習又は商慣習法に違反するもので原告の法律上保護される利益を侵害するとの原告の主張は採用できないというほかない。 2 争点(2)について 上記1(4)のとおり本件錦絵を含む原告所蔵品の利用については、多くの出版社、放送事業者が原告の定める利用規定に従って利用契約を締結して対価を支払っている事実が認められる。 しかし、上記1で説示したとおり、著作権の保護対象ではない本件錦絵の無体物の面の利用について所有者から許諾を得て対価を支払うべき商慣習又は商慣習法の存在は認められないから、その利用は本来的に自由であるはずだし、またその利用が本件錦絵の所有権を利用したともいえるわけではない。 そうすると、原告所蔵品の利用者の多くが原告の定める利用契約の締結に応じたからといって、これに応じずに本件錦絵の無体物の面を利用することが法律上許されないわけではないから、本件錦絵を掲載した本件教材の販売により原告が利益を得、他方で原告が被告と利用契約の締結をした場合に得られるはずの対価を得られなかったとしても、被告が法律上の原因なく利益を得たということはできず、またそのために原告に損失が及ぼされたということもできない。 したがって、原告の被告に対する不当利得返還請求には理由がない。 3 争点(3)について 原告所蔵品である本件錦絵が掲載された本件教材には、その裏表紙の「写真・資料提供(敬称略・順不同)」欄に原告の名称も、その通称である「P1コレクション」の名称も記載されていないことは当事者間に争いがないところ、原告は、同欄には他の写真・資料提供者の名称が記載されていることから、この行為が、あたかも、本件錦絵が他者の所蔵品であるかのごとく表示するもので、原告の所有権を否定するに等しいとして原告の信用を著しく毀損する旨主張する。 確かに本件錦絵の所有者が原告であるとの知識を前提にすれば、本件教材裏表紙の「写真・資料提供(敬称略・順不同)」欄に原告の名称が記載されていないことは、これを見る者をして原告がもはや本件錦絵の所有者ではないと認識させる可能性があることを否定できないといえる。 しかし、指摘に係る「写真・資料提供(敬称略・順不同)」欄(甲1)には、小さな文字で数百単位の所蔵者名称が記載されているのであるから、上記知識を有する一般読者であっても、現実にそのような点に気付いて上記認識に至り得るとは考えられないし、また原告の名称がないことに気付いたとしても、記載漏れの可能性も容易に想い至るところであるから、原告の記載がないことをもって本件錦絵の原告の所有権が否定されたと積極的に理解されるとまで解することはできない。 そうすると、本件錦絵の掲載箇所ごとに他者の名称を所蔵者として付記したというのならともかく、上記のような事実関係のもとでは、これによって、原告の所有権が否定されるとは理解されず、さらにそこから進んで原告の信用が毀損されるような事態が生じるとまでは認められない。 したがって、本件教材の「写真・資料提供(敬称略・順不同)」欄に原告の名称を記載しないことが原告の本件錦絵の所有権を否定するものであり不法行為を構成する旨の原告の主張は採用できない。 なお、証拠(甲28の1、甲29の3、甲30の1、甲31の1、甲102、甲103の2、甲107の1、甲109、甲110、甲111、甲112の1、甲113、甲114、甲115、甲116の1、甲117、甲118、甲119、甲121)によれば、博物館、資料館等からその所蔵品の写真原板等を借り出して出版物等で利用する場合においては、所蔵者名を明示することが義務づけられていることが一般的であると認められるが、これはその利用規約等に従って貸与を受けるという契約関係に入った者の契約上の義務にすぎないと解される。 したがって、上記慣行から著作物の所有者があたかも著作者人格権の一つである氏名表示権類似の権利を有するものと認める余地はないし、またその旨の商慣習法が認められるわけではないから、本件教材において、他の写真・資料の所蔵先を明示しながら、所蔵先として原告を明示しなかったことがいかなる意味においても不法行為を構成することはないというべきである。 4 以上の次第で、その余の争点につき検討するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、すべて棄却することとし、主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第21民事部 裁判長裁判官 森崎英二 裁判官 田原美奈子 裁判官 大川潤子 別紙1 本件錦絵目録
別紙2 無許諾使用に係る不法行為による損害額計算表
別紙3 不当利得行為に係る損害額計算表
別紙4 所蔵者名虚偽表示の不法行為による損害額計算表
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