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【事件名】ソースコードの著作物性事件
【年月日】平成27年9月17日
 東京地裁 平成25年(ワ)第19974号 損害賠償等請求事件(甲事件)、
 平成26年(ワ)第23117号 損害賠償請求事件(乙事件)
 (口頭弁論の終結の日 平成27年9月17日)

判決
甲事件原告・乙事件被告 株式会社SELTECH(以下「原告会社」という。)
乙事件被告 A(以下「乙事件被告A」という。)
乙事件被告 B(以下「乙事件被告B」という。)
乙事件被告 C(以下「乙事件被告C」という。)
上記4名訴訟代理人弁護士 佐伯洋平
同 中原澄人
甲事件被告・乙事件原告 株式会社ウェルインテクノロジー(以下「被告会社」という。)
甲事件被告 D(以下「被告D」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士 谷原誠
同 大菅 剛
同 小林大貴
同 前田真樹
同 正田光孝
同 岩本健太郎
同 西宮英彦
同 仲村諒


主文
1 被告会社は、原告会社が別紙製品目録記載1の製品を開発して販売することが、被告会社の別紙製品目録記載2の製品の著作権を侵害する旨を、原告会社の取引先その他の第三者に告知し、流布してはならない。
2 被告会社及び被告Dは、原告会社に対し、連帯して、100万円及びこれに対する平成25年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 甲事件における原告会社のその余の請求及び乙事件における被告会社の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、甲乙事件を通じて、原告会社に生じた費用の3分の1並びに被告会社に生じた費用の3分の1及び被告Dに生じた費用の3分の2を原告会社の負担とし、原告会社に生じた費用の2分の1、乙事件被告A、乙事件被告B及び乙事件被告Cに生じた各費用並びに被告会社に生じた費用の3分の2を被告会社の負担とし、原告会社に生じた費用の6分の1及び被告Dに生じた費用の3分の1を被告Dの負担とする。
5 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 甲事件
(1) 主文第1項同旨
(2) 被告会社は、原告会社に対し、株式会社日本経済新聞社の全国版朝刊社会面に、別紙謝罪広告記載の謝罪文を、12ポイントの活字で、縦2段抜き、横9センチメートルの大きさで1回掲載せよ。
(3) 被告会社及び被告D(以下、併せて「被告ら」という。)は、原告会社に対し、連帯して、2000万円及びこれに対する平成25年9月21日(被告会社に対する訴状送達の日の後であり被告Dに対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 乙事件
(1) 原告会社は、別紙製品目録記載1の製品を製造し、頒布し、又は販売してはならない。
(2) 原告会社、乙事件被告A、乙事件被告B及び乙事件被告C(以下、併せて「原告ら」という。)は、被告会社に対し、連帯して、2000万円及びこれに対する平成26年9月15日(原告らに対する訴状送達の日の後であり乙事件被告Cに対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
(甲事件)
 原告会社は、被告会社が、「原告会社による別紙製品目録記載1の製品(以下「原告製品」という。)の開発・販売行為は被告会社の別紙製品目録記載2の製品(以下「被告製品」という。)の著作権を侵害する」旨の虚偽の事実を原告の取引先その他の第三者に告知・流布したと主張して、不正競争防止法2条1項14号、3条1項、4条、14条及び会社法429条1項に基づき、被告会社に対して上記事実の告知・流布行為の差止め及び謝罪広告の掲載を求めるとともに、被告らに対して損害賠償金2000万円及びこれに対する平成25年9月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
(乙事件)
 被告会社は、@原告製品は、原告会社が被告会社の著作物である被告製品を複製又は翻案したものであるから、原告会社が原告製品を製造、販売することは被告会社の複製権、翻案権ないし譲渡権を侵害する旨(以下「本件プログラム著作権侵害」という。)、A原告らが原告製品及び「LunaBox」の開発に当たって被告会社の営業秘密である被告製品及び「Luna」のプログラム情報を不正に取得し使用したことは、不正競争防止法2条1項4号、5号の不正競争行為に該当し、また乙事件被告A、乙事件被告B及び乙事件被告C(以下、併せて「乙事件被告Aら」という。)が被告会社との間で締結した秘密保持等についての誓約書(以下「本件誓約書」という。)1条及び4条の秘密保持義務にも違反する旨(以下「本件営業秘密不正取得等」という。)、B乙事件被告Aらが原告製品及び「LunaBox」の開発販売に携わったことは、本件誓約書6条の競業避止義務に違反し、また被告Aが被告会社の代表取締役として競業取引をしたことは会社法423条1項、356条1項1号、365条にも違反する旨(以下「本件競業避止義務違反」という。)を主張して、著作権法112条1項、不正競争防止法4条、民法709条、415条、会社法423条1項及び2項、350条に基づき、原告会社に対して原告製品の製造販売等の差止めを求めるとともに、原告らに対して損害賠償金2000万円及びこれに対する平成26年9月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
2 前提事実(証拠等を掲げた事実以外は、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告ら
 原告会社は、平成21年9月7日に設立された、電子機器の製造・販売、ソフトウエア業等を主な目的とする株式会社である。
 乙事件被告Aは、原告会社の設立以降現在に至るまで、原告会社の代表取締役に就任している者である。乙事件被告Aは、原告会社の設立時から、株式会社ウェルビーン及び同社から事業を承継した被告会社において事業部長として業務を行っており、平成22年2月16日には被告会社の代表取締役に就任したが、平成23年6月1日に退任した。
 乙事件被告B及び乙事件被告Cは、被告会社のもと従業員であり、乙事件被告Bは平成23年7月に、乙事件被告Cは同年11月に被告会社を退社した。
イ 被告ら
 被告会社は、コンピュータ・プログラムの開発及び販売等を主な目的とする株式会社である。被告会社は原告会社と競争関係にある。
 被告Dは、平成23年6月1日以降現在に至るまで、被告会社の代表取締役に就任している者である。
(2) 本件誓約書
 乙事件被告C及び乙事件被告Bは、平成21年8月26日付けで、また、乙事件被告Aは、平成22年3月1日付けで、被告会社宛の本件誓約書に署名押印した。
 本件誓約書には、以下の条項がある。
ア 「私は、貴社の業務に従事するものとして、以下に例示される情報、その他貴社の経営、営業および技術に関する情報で秘密とされているもの(秘密情報として明示または黙示に指定されたもののほか、合理的に判断してその性質上秘密として扱うことが必要とされる一切の情報を含む)(以下「秘密情報」という)について、口頭、映像、電子的手段、書面等秘密情報の伝達・保存のための媒体・方法がいかなるものであるかを問わず、貴社からの事前の書面による同意を得ない限り、第三者に開示ないし漏洩しないことを約束します。これは私が貴社を退職その他貴社の業務に従事しなくなった場合も同様とします。
@ 製品の技術、設計に関する情報
A 製品の企画開発/実験データ等に関する情報
B 製品の製造原価、価格設定等に関する情報
C 製造委託状況に関する情報
D 財務に関する情報
E 人事に関する情報
F 貴社の顧客に関する情報
G 他社との事業提携に関する情報
H 貴社の関連会社に関する情報
I 上記以外の情報で貴社が特に秘密保持対象として指定された情報」
(第1条)
イ 「私は、貴社の業務に従事中であると、貴社の業務に従事しなくなった場合であるとを問わず、秘密情報を自己のためにまたは貴社の利益を害するために使用しないことを約束します。」(第4条)
ウ 「私は、貴社の業務に従事中及び貴社の業務に従事しなくなった後1年間、貴社と競合関係に立つ企業に、就職したり役員に就任するなど、直接間接を問わず関与しません。」(第6条)
(3) 被告製品について
 被告会社は、被告製品を開発し、販売している。
 被告製品は、コンピュータを仮想化して複数の異なるOSを並列に実行できるようにするという機能(以下「ハイパーバイザ」という。)を携帯電話等で利用してリアルタイムマルチOS環境を実現することを可能にしたものである。被告製品は、特定のOSをホストとして利用し、当該ホストOSの機能を利用して、当該OSの上で他のOSを作動させるもの(以下「ホストOS型ハイパーバイザ」という。)の構成をとるが、被告会社は、平成23年4月ころ、被告製品を、特定のOSに依拠することなく複数のOSを作動することが可能なもの(以下「ベアメタル型ハイパーバイザ」という。)の構成に対応する作業を進めていた。(乙2、38)
(4) 原告製品について
 原告会社は、原告製品を開発し、平成23年9月に販売を開始した。
 原告製品は、ベアメタル型ハイパーバイザの構造をとり得る。原告会社の会社案内には、原告製品の特徴として、「MOS−Sは複数のOSをひとつのCPU(複数CPUも可能)で動かす事が可能!CPUやOSに依存せず、仮想環境を提供」、「Rich OSとRTOSの共存により過去資産を活用」、「高速起動、GPL対策、即電源断、NFC、DRM等セキュリティ強化等 使用用途は無限大」、「MOS−Sは1つソリューションで各機能を実現 ・高速起動(英訳省略)・ハードセキュリティ(英訳省略)・仮想OS対応(英訳省略)」などの記載がある。(乙7)
(5) 「Luna」について
 被告会社は、株式会社トライウイン(以下「トライウイン」という。)との間の契約により、「Luna」というウィルコムのPHSを搭載したデジタルフォトフレームを開発し、これを平成23年4月にトライウイン及びその子会社である株式会社T.MAP(以下「T.MAP」という。)が発売した(乙37)。
(6) 本件セットトップボックス(LunaBox)について
 原告会社は、平成23年5月13日ころ、T.MAPとの間で、「Lunaシリーズ及びサーバーシステム開発」に係る開発基本契約(以下「本件開発基本契約」という。)を締結した。本件開発基本契約の対象は、Android搭載型セットトップボックス(テレビでインターネットを利用するための装置。以下「本件セットトップボックス」という。)である(乙37)。
 本件開発基本契約の契約書には、要旨、以下の記載がある。(乙37)
ア 件名 Lunaシリーズ及びサーバーシステム開発
イ 契約日 2011年(平成23年)4月27日
ウ 仕様 T.MAP−LUNA−0001
エ 契約金額 随時見積にて提示
オ 契約金支払先 原告会社
カ 履行期間 2011年(平成23年)4月27日〜2013年(平成25年4月27日)詳細は各開発物に準ず
キ 履行場所 原告会社(関連会社含む)
  ハード設計 UMEC/GMI他
  ソフト設計 リファイナー(サーバー)
          ナノコネクト(サーバー)
          ヴァーチュオーゾ(買い物サイト/Lunaマーケット)
          GT(端末)
          他
(7) 被告会社による権利侵害警告
ア 被告会社は、平成25年2月25日付けで、原告会社に対し、警告書(以下「本件警告書」という。)を送付した。本件警告書には、以下の記載がある。(甲3)
 「前略 御社による著作権侵害の件で以下のとおり連絡致します。
 御社が開発したとして販売している下記製品(以下「本製品」といいます。)は、弊社が開発し販売している「EM−VRT」の著作権を侵害しうる製品です。

〔本製品〕
・仮想マシーン(MOS−S:MultiOSSolution)
・TrustZoneを利用したSecureOS/TrustedOS
 本製品は、御社の代表者A氏が弊社の取締役であった頃に、弊社の「EM−VRT」に関する秘密情報を利用して弊社に秘密裏に制作を進めていた可能性が非常に高いものであり、その制作販売の時期、経緯からしても、本製品の制作販売は「EM−VRT」の著作権を侵害する可能性が非常に高いものです。
 そして、本製品が御社によって多数の者に対して販売されると、弊社の著作権が現実に侵害され、弊社に回復困難な甚大な損害が発生する可能性が高まります。
 したがって、弊社は御社に対して、本製品の制作、販売を直ちに中止し、既に販売した本製品の回収をするとともに、お詫びの文書を頒布して著作権侵害による損害の拡大を回避する措置をとるよう要求します。
 なお、本書面到達後速やかに上記要求に応じない場合には、しかるべき法的手段を講じることを申し添えます。
 草々」
イ(ア) 被告会社は、平成25年3月18日付けで、以下の第三者に、ご連絡と題する書面(以下「本件通知」という。)を、本件警告書の写しを添付して送付した。
@ 平成25年3月27日発 NTTコムウェア株式会社(甲5の1)
A 平成25年4月8日発 NVIDIA Japan(甲5の2)
B 年月日不詳 アーム株式会社
C 平成25年3月27日発 ブラザー工業株式会社(甲5の3)
D 年月日不詳 東亜エレクトロニクス株式会社
E 年月日不詳 日本ベンチャーキャピタル株式会社
F 平成25年3月15日発 E(個人事業主)(甲5の4)
G 平成25年3月15日発 F(個人事業主)(甲5の5)
H 平成25年3月15日発 乙事件被告B(個人事業主)(甲5の6)
(イ) 本件通知には、以下の記載がある。(甲4)
 「セルテック宛に添付警告書を発送致しました。
 同警告書の記載のとおり、著作権侵害の可能性があります。
 したがいまして、かかるセルテックの行為に加担して損害を拡大させることとならないようご注意頂ければと存じます。
 宜しくお願い致します。」
3 争点
(1) 本件通知の内容は虚偽か(本件プログラム著作権侵害が認められるか)
(2) 本件営業秘密不正取得等が認められるか
(3) 本件競業避止義務違反が認められるか
(4) 原告会社の損害及び謝罪広告の必要性
(5) 被告会社の損害
4 当事者の主張
(1) 争点(1)(本件通知の内容は虚偽か(本件プログラム著作権侵害が認められるか))について
(原告会社の主張)
ア 本件通知の内容は虚偽であり、被告会社は、何らの事実確認及び調査を行うことなく、競争関係にある原告会社の営業上の信用を害する虚偽の事実を第三者に告知したものであって、これは不正競争防止法2条1項14号の不正競争行為に該当する。
 すなわち、本件警告書及び本件通知には何ら具体的なプログラム著作権侵害の理由についての記載がないところ、被告製品はプログラムとしての著作物性を有するとは認められない上、原告製品はベアメタル型ハイパーバイザであるのに対し、被告製品はホストOS型ハイパーバイザであり、両製品は、ホストOSの有無という点においてソフトウエアの基本構成自体が全く異なり、複数のOSを動かすための動作方式、メカニズムも全く異なるのであるから、原告製品が被告製品のプログラムに依拠して開発されたと評価すること自体あり得ない。
イ 被告らは、原告製品は被告製品にTrustZoneを付加したに過ぎないと主張するが、TrustZoneを利用しないベアメタル型ハイパーバイザも可能なのであるから、被告らの主張は誤りである。
 また、原告製品の基本的な開発期間は3ヶ月程度であったが、バグの修正等を含め製品化可能な開発の完了までに要した期間は9ヶ月程度である。原告製品はベアメタル型ハイパーバイザであるところ、そのソフトウエアとしての容量は32キロバイトに過ぎず、一般のプログラマーが1ヶ月程度で作成できる容量である上、原告製品は大手半導体メーカーの支援を受けて制作されたものであるから、開発期間が上記のとおりであることは複製ないし翻案の根拠とはならない。
ウ 被告Dは、被告会社の代表取締役として、プログラム著作権侵害に関する事実確認や調査等を行うことなく本件通知をしたものであり、その任務懈怠につき悪意又は重過失が認められるから、会社法429条1項に基づき、原告会社に生じた損害を賠償する責任を負う。
(被告らの主張)
ア 原告会社は、以下のとおり、被告製品のプログラムを複製又は翻案して原告製品を制作・販売したものであるから、被告会社のプログラム著作権を侵害したといえ、本件通知は真実であるから、原告会社の請求には理由がない。そして、被告会社は、原告会社に対し、著作権法112条1項に基づき、原告製品の製造販売等の差止めを求める。また、著作権侵害についての原告会社の故意又は過失も明らかであるから、原告会社は、被告会社に対し、民法709条に基づき、損害賠償を求める。
イ 被告製品のプログラムは、従来のハイパーバイザがPC等のサーバーに使用することを前提としていたところ、携帯電話等でもハイパーバイザを利用したリアルタイムマルチOS環境を実現することを可能にしたものであり、多額の助成金を受けて開発されたものであってこのようなホストOS型ハイパーバイザは被告製品の他にはないのであるから、著作物性が認められる。
ウ 原告製品が被告製品を複製又は翻案したものであることの根拠は、@原告製品はホストOS型ハイパーバイザの構造をもとり得ること(原告製品は被告製品にTrustZoneを付加したに過ぎないこと)、A被告製品に依拠せずに、わずか3ヶ月で原告製品を完成することは不可能であること、B原告製品がホストOS型ハイパーバイザとしても販売されていること等である。
 原告製品のプログラムは、別紙被告説明図記載図1の構造をとっており、被告製品のプログラムは、同図2の構造をとっており、RTOS上で複数のゲストOSを稼動させるという点については、両プログラムは全く同じ構造になっている。被告製品がホストOS型ハイパーバイザであり、原告製品がベアメタル型ハイパーバイザの構造をもとり得るとはいえ、両者は明確に分類できるものではなく、基本構造が共通であり、原告製品は被告製品にTrustZoneを付加したに過ぎないことから、依拠性が認められる。
 また、原告会社が原告製品の開発を始めたのは平成23年6月以降であったと思われるから、原告製品の開発期間は多くてもわずか3ヶ月間であったことになり、被告製品のプログラムに依拠することなく原告製品を開発することなど到底できない。被告会社は、被告製品を開発するのに、平成17年から平成23年までの間に限っても3億円を優に超える多額の費用をかけており、原告製品もその開発には多くの時間と費用を要するものである。実際に、被告会社は平成23年4月の段階で被告製品をベアメタル型ハイパーバイザに対応させる作業を進めていたが、ホストOS型ハイパーバイザである被告製品の構成を利用したために短期間で開発することができた。
 さらに、乙事件被告Aらは、被告会社のもと従業員として被告製品の開発等をしていた者であるから、被告製品のプログラムの情報にアクセスすることが容易であった。
 以上によれば、原告製品のプログラムが被告製品のプログラムを複製又は翻案したものであることは明らかである。
(2) 争点(2)(本件営業秘密不正取得等が認められるか)について
(被告会社の主張)
ア 被告製品に関する情報の不正取得及び使用等
 前記(1)記載のとおり、乙事件被告Aらは、被告製品に関するソースコードの情報を窃取して持ち出し、原告会社は、これを利用して、原告製品を制作した。
 被告製品に関するソースコードの情報は、被告会社の社内サーバーに保存されており、本件誓約書を締結した被告会社の従業員かネットワーク管理者の許可を得た者しかアクセスできない状態であるなど秘密として管理された有用かつ非公知の情報であったから、営業秘密に該当する。
 よって、乙事件被告Aらの行為は、不正競争防止法2条1項4号の営業秘密の不正取得及び使用行為に該当し、また本件誓約書1条及び4条に違反する行為であり、原告会社の行為は、不正競争防止法2条1項5号の不正取得された営業秘密の不正使用行為に該当する行為である。
イ 「Luna」に関する情報の不正取得及び使用等
 被告会社は、「Luna」を開発した後、その後継機種に当たる「LunaBox」というAndroid搭載型セットトップボックスに関する開発契約をT.MAPとの間で締結する予定であったが、乙事件被告Aは、被告会社代表取締役在任中の平成23年5月13日ころ、被告会社に無断で、原告会社の代表取締役として、T.MAPとの間で本件セットトップボックスに係る本件開発基本契約を締結した。
 そして、乙事件被告A及び乙事件被告Cは、被告会社から「Luna」に関するソースコードの情報を窃取して持ち出し、原告会社は、これを利用して、本件セットトップボックスの開発を行った。「Luna」と本件セットトップボックスは、インターネット接続機能を備えている点において共通している部分がある。
 「Luna」に関するソースコードの情報は、被告会社の社内サーバーに保存されており、乙事件被告Cの許可を得ていない被告会社の従業員や外部の者はアクセスできない状態であるなど秘密として管理された有用かつ非公知の情報であったから、営業秘密に該当する。
ウ 小括
 よって、乙事件被告A及び乙事件被告Cの行為は、不正競争防止法2条1項4号の営業秘密の不正取得及び使用行為に該当し、また本件誓約書1条及び4条に違反する行為であり、原告会社の行為は、不正競争防止法2条1項5号の不正取得された営業秘密の不正使用行為に該当する行為である。
 被告会社は、被告製品及び「Luna」に関するソースコードの情報を不正取得等されたことにより、営業上の利益を侵害され、原告らにはこれにつき故意又は過失があるから、被告会社は、原告らに対し、不正競争防止法4条ないし民法415条(本件誓約書違反)に基づき、損害賠償を求める。
(原告らの主張)
ア 前記(1)記載のとおり、原告製品の開発にあたって参考となり得る被告製品のソースコードはない。
 また、被告会社において、被告製品に関するソースコードの情報は、平成23年6月以降、無償で公開されている。
イ 「Luna」はフォトフレーム(本体そのものにディスプレイがあり、本体を操作して利用するもの)であるのに対して、本件セットトップボックスはテレビモニターに接続して、リモコン、キーボード等で操作する機器であり、全く仕様が異なり、本件セットトップボックスの開発において参考となり得る「Luna」のソースコードはない。よって、「Luna」に関するソースコードの情報を原告らが不正に取得・利用したという事実は一切ない。
 また、被告会社において、「Luna」に関するソースコードの情報にはパスワードが設定されておらず、被告会社の従業員はもちろん、社外の者であってもアクセスできる状態にあったから、秘密に管理されていたとはいえない。
(3) 争点(3)(本件競業避止義務違反が認められるか)について
(被告会社の主張)
ア 競業避止義務違反
 前記(2)記載のとおり、乙事件被告Aらが被告製品及び「Luna」に関するソースコードの情報を原告会社に持ち込んで、原告製品を制作・販売したり本件開発基本契約を締結したりした行為は、被告会社と競合関係に立つ原告会社に関与したものであり、本件誓約書6条違反に当たる。また、乙事件被告Aが被告会社の代表取締役在任中に株主総会の承認を受けずして原告会社の代表取締役として本件開発基本契約を締結したことは、会社法423条1項、356条1項1号、365条にも違反する。
 よって、被告会社は、原告らに対し、民法415条(本件誓約書違反)、会社法423条1項、350条に基づき、損害賠償を求める。
イ 乙事件被告Aの主張について
 乙事件被告Aが正式に被告会社代表取締役を辞任する旨の意思表示を行ったのは平成23年6月1日であるから、本件開発基本契約を締結した当時、乙事件被告Aは被告会社の代表取締役であった。被告会社及びその株主が、乙事件被告Aが被告会社の事業の部類に属する取引を行うことや本件開発基本契約を締結することについて承認していた事実はない。
ウ 乙事件被告C及び乙事件被告Bの主張について
 乙事件被告C及び乙事件被告Bはいずれも被告会社を退職した後1年以内に原告会社でソフトウエア開発委託業務を行っている。
 本件誓約書6条は、コンピュータ・プログラムの開発等を業とする被告会社の固有の製品技術・設計等に関する秘密の保護を図るためのものであり、このような情報を熟知し得る立場にあった乙事件被告C及び乙事件被告Bが被告会社退職後直ちに競合会社に転職し被告会社の秘密情報を流出させた場合の被告会社の営業上の損失は莫大であるから、乙事件被告C及び乙事件被告Bに退職後の競業避止義務を課す必要性は極めて高く、その期間が退職後1年間に限定されていることなどからすれば、公序良俗に反するものではない。
(原告らの主張)
ア 乙事件被告Aについて
 乙事件被告Aは、被告会社の代表取締役に就任する以前から、原告会社の代表取締役としてセットトップボックスに関するソフトウエア開発業務に従事しており、被告会社の当時の代表取締役であったG(以下「G」という。)及び被告会社の一人株主である被告Dはそのことについて十分に認識していた。したがって、被告会社及びその株主は、乙事件被告Aが被告会社の事業の部類に属する取引を行うことについて包括的に承認していたというべきであり、本件誓約書6条にそもそも該当し得ない。
 乙事件被告Aは、平成23年4月27日、メールにて、被告D及びGに対し、今後はトライウインの業務に関与していきたいことを理由に被告会社の取締役を辞任する旨伝え、同日代表取締役を辞任したから、乙事件被告Aが同年5月13日付けで本件開発基本契約を締結したことは会社法423条1項の責任を生じさせないし、少なくとも被告会社は乙事件被告Aがトライウインと仕事をすることを了承していた。また、本件開発基本契約は、原告会社が原告(反訴被告)であり、T.MAPが被告(反訴原告)である当庁平成24年(ワ)第27613号報酬金請求事件、同第33950号貸金返還等反訴請求事件(以下「別件訴訟」という。)の判決において、あくまで具体的な請負契約締結前の基本的事項の取り決めに過ぎないと認定されているのであるから、少なくとも競業準備行為として会社法356条1項1号の「取引」には該当しない。
イ 乙事件被告C及び乙事件被告Bについて
 乙事件被告C及び乙事件被告Bは、被告会社を退職後、いずれも個人事業主として複数の企業から個別に業務を受託して生計を立てていたから、本件誓約書6条に違反する事実はない。
 本件誓約書6条の規定は、労働者の職業選択の自由を制限するものであり、乙事件被告C及び乙事件被告Bはソフトウエア開発等の業務以外において生計を立てる道がないにもかかわらず、同条は退職後の競業避止義務の対象職種や態様を「貴社と競合関係に立つ企業に、就職したり役員に就任するなど、直接間接を問わず関与しません。」などと抽象的かつ広範な表現で規定している上、場所的な制限もなく、退職後の競業禁止にあたって何らの代償も付与されていないから、公序良俗に反するものであり無効である。
(4) 争点(4)(原告会社の損害及び謝罪広告の必要性)について
(原告会社の主張)
 原告会社は、被告会社が本件通知をした平成25年3月当時、取引先であるNVIDIA Japan及びNTTコムウェア株式会社との間で契約締結交渉を進めており、各契約により合計1億2000万円の粗利益が見込まれていたにも関わらず、本件通知により当該粗利益を逸失したのであるから、上記1億2000万円は本件通知の送付と相当因果関係の認められる損害というべきである。
 さらに、被告会社は、原告会社がこれまで取引をしたほぼ全ての取引先に対して本件通知を送付しているが、特定の企業相手にソフトウエアを開発して納品している原告会社にとって、本件通知の内容は回復しがたい損害を与えるものであったから、信用喪失に係る無形的損害が民事訴訟法248条等を根拠に認定されるべきであり、その損害額は2000万円を下らない。
 以上のとおり、原告会社の損害額は合計1億4000万円を下らないところ、原告会社は、被告らに対し、上記損害の一部である2000万円及びこれに対する遅延損害金の支払と信用回復措置としての謝罪広告を求める。
(被告らの主張)
 否認ないし争う。
(5) 争点(5)(被告会社の損害)について
(被告会社の主張)
ア 被告会社は、T.MAPとの間で本件セットトップボックスの開発を請負代金8809万5000円で請け負う予定であったが、原告会社、乙事件被告A及び乙事件被告Cが、T.MAPとの間の本件開発基本契約に基づき本件セットトップボックスの開発を行ったため、被告会社は、原告らによる本件営業秘密不正取得等及び本件競業避止義務違反の各行為により、8809万5000円の損害を被ったといえる。少なくとも、T.MAPから原告会社に現実に支払われた1800万円については、被告会社の損害であるといえる。また、T.MAPは、既に本件セットトップボックス等の発注の内示を受けていたのであり、同発注により、被告会社は少なくとも発注額合計の2割である4730万円の利益を得ることができたはずであったのに、これを逸失した。
 なお、原告会社が本件開発基本契約により損失を被っているとしても、これは原告会社には本件セットトップボックスを開発する技術がなかったためであり、「Luna」等を開発した実績がある被告会社が本件セットトップボックスを開発していれば利益を得ることが可能であった。
イ さらに、原告会社は、別件訴訟において、原告製品の販売により、1億2000万円の粗利益を得ることができたと主張するところ、この粗利益は被告会社が得ていたはずのものであるから、被告会社は、原告らによる本件プログラム著作権侵害、本件営業秘密不正取得等及び本件競業避止義務違反の各行為により、1億2000万円の損害を被ったといえる(不正競争防止法5条2項、著作権法114条2項)。
ウ したがって、被告会社の損害額は、合計2億0809万5000円となるところ、被告会社は、原告らに対し、上記損害の一部である2000万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める。
(原告らの主張)
 否認ないし争う。原告らは本件開発基本契約により何ら利益を得ていないのであるから、損害が推定されることはない。別件訴訟の判決においては、原告会社とT.MAPとの間の請負契約の締結そのものが否定されており、原告会社には一切利益はないどころか、むしろ本件セットトップボックスの開発により9000万円の経費を負担しており、大赤字である。T.MAPから原告会社に支払われた1800万円についても、別件訴訟の判決によれば「本件セットトップボックスの開発費の一部を負担する趣旨で行われたもの」と認定されており、被告会社の利益でないことは明らかである。また、実際にはT.MAPに対する本件セットトップボックス等の発注はなかったのであるから、発注内示額が被告会社の逸失利益となることはあり得ない。本件セットトップボックスは、主に、@自宅等のテレビモニターにおいてインターネット等が使用可能となる機能に加え、A当該装置を購入・設置したユーザーのみ視聴可能なテレビ番組等をケーブルテレビ局等が配信することが実現可能となる機能を有するソフトウエアで、平成23年当時にこれらの機能を備えるセットトップボックスを市販していたメーカーはないのであるから、これを被告会社が開発することが可能であったとはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件通知の内容は虚偽か(本件プログラム著作権侵害が認められるか))について
(1) プログラムとは、電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものであり(著作権法2条1項10号の2)、これが著作物として著作権法上保護されるためには、その具体的記述に、作成者の思想又は感情が創作的に表現されていることが必要である。そうであるから、原告製品のプログラムの具体的記述が、被告製品のプログラムに依拠し、被告製品のプログラムの創作的表現の本質的特徴を看取できる程度に類似するといえる場合に、本件プログラム著作権侵害が認められる。
 本件についてこれを見るに、原告製品及び被告製品のプログラムについては、本件全証拠によっても、各具体的記述が不明であるばかりでなく、両製品の具体的内容(各プログラムの詳細な構成や機能、動作など)すら明らかでない。仮に、被告会社の主張するとおり、原告製品及び被告製品のプログラムの構造の一部が同一であるとしても、RTOS上で複数のゲストOSを稼動させるという構造が同じというだけでは、原告製品のプログラムが被告製品のプログラムを複製ないし翻案したものであるとは到底認められない。
(2) この点に関する被告会社の主張は、必ずしも判然としないものの、原告製品が被告製品の複製又は翻案であるとする根拠として、@原告製品はホストOS型ハイパーバイザの構造をもとり得ること(原告製品は被告製品にTrustZoneを付加したに過ぎないこと)、A被告製品に依拠せずに、わずか3ヶ月で原告製品を完成することは不可能であること、B原告製品がホストOS型ハイパーバイザとしても販売されていることを挙げているため、以下念のため検討する。
ア @及びBについて
 被告会社は、乙第3号証及び乙第8号証に基づき、原告製品がホストOS型ハイパーバイザの構造をもとり得るなどと主張するが、仮にそうであるとしても、これによって原告製品が被告製品にTrustZoneを付加したに過ぎないということにはならず、被告会社の主張は、複製ないし翻案の根拠とはならない。
イ Aについて
 被告会社は、被告製品に依拠せずに、わずか3ヶ月で原告製品を完成することは不可能であり、被告製品に改良を加えれば3ヶ月で被告製品にTrustZoneを付加し原告製品を開発することができる旨主張するところ、前記(1)及びア記載のとおり、原告製品が被告製品にTrustZoneを付加したに過ぎない製品であると認めるに足りる証拠がなく、また原告製品の具体的内容が明らかでない以上、3ヶ月で原告製品を完成することが不可能であると認めることもできないから、被告会社の主張は、複製ないし翻案の根拠とはならない。
(3) 以上によれば、被告会社による本件プログラム著作権侵害に基づく請求には理由がない。そうであるから、後記2(2)説示のように「(原告会社)宛に添付警告書を発送しました。同警告書の記載のとおり、著作権侵害の可能性があります。」などと記載した本件通知の内容は、原告会社が被告会社の被告製品に係るプログラム著作権を侵害したと被通知人に受け取られるものであるから、虚偽であると認められ、本件通知が原告会社の営業上の信用を害するものであることはその記載内容から明らかであるから、被告会社が本件通知を行った行為は、不正競争防止法2条1項14号所定の信用毀損行為に該当すると認められ、同行為の差止請求が認められる。また、被告会社は、少なくとも上記信用毀損行為について過失があるから、同法4条に基づく損害賠償責任を負う。そして、当時の被告会社の代表取締役であった被告Dは、原告製品の分析結果等具体的な根拠に基づくことなく本件通知を行ったと認められるから、少なくとも上記信用毀損行為について重過失が認められ、会社法429条1項に基づき、被告会社と連帯して損害賠償責任を負う。
 なお、被告会社による各文書提出命令の申立て(平成26年(モ)第3819号、平成27年(モ)第783号)については、前記説示に照らせば、侵害行為があったことを合理的に疑わしめる程度の疎明がなく、証拠調べの必要性が認められないことから却下する。
2 争点(4)(原告会社の損害及び謝罪広告の必要性)について
(1) 逸失利益について
 原告会社は、被告会社が本件通知をした平成25年3月当時、取引先であるNVIDIA Japan及びNTTコムウェア株式会社との間で契約締結交渉を行っていたところ、本件通知の送付によってこれらの契約締結によって得べかりし1億2000万円の粗利益を失ったと主張するが、証拠(甲16、17、19、乙31、32)によれば、契約締結交渉を行っていたことは認められるものの、本件通知送付時にどの程度具体的に契約の成立が見込まれていたか不明であるから、本件通知とこれらの契約が締結に至らなかったこととの間の相当因果関係は認めがたい。
(2) 原告会社の信用喪失に係る無形的損害の額について
 前記第2、2(前提事実)(7)記載のとおり、本件通知は、本件警告書写しを添付して、訴外会社6社及び乙事件被告Bを含む技術者等3名に送付されたものであるところ、本件通知の内容は、「(原告会社)宛に添付警告書を発送しました。同警告書の記載のとおり、著作権侵害の可能性があります。従いまして、かかる(原告)の行為に加担して損害を拡大させることにならないようご注意いただければと存じます。」と記載したものであり、また、添付された本件警告書の内容は、原告製品の分析結果等具体的な根拠に基づくことなく、「著作権を侵害する可能性が非常に高いものです。」、「(原告製品)の制作、販売を直ちに中止し、既に販売した(原告製品)の回収をするとともに、お詫びの文書を頒布して著作権侵害による損害の拡大を回避する措置をとるよう要求します。」などと記載したものであり、これらの内容に鑑み、第三者に原告会社との取引を躊躇させるものであると認められる。このほか、原告会社の売上高への影響等の実害が生じたことを認めるに足りる証拠はないことその他一切の事情を総合考慮すれば、本件通知による無形的損害の額は、100万円と認めるのが相当である。
(3) 以上のとおりであるから、甲事件における原告会社の請求は、被告会社に対する信用毀損行為の差止め並びに被告らに対する損害賠償金100万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。なお、本件全証拠によっても、原告会社につき損害賠償のみでは填補できない業務上の信用の低下があるとは言い難いから、謝罪広告の必要性を認めることはできない。
3 争点(2)(本件営業秘密不正取得等が認められるか)について
(1) 前記1記載のとおり、原告製品が被告製品を複製又は翻案したものであることを認めるに足りる証拠はないから、原告らが、被告製品に関するソースコードの情報を不正に取得・使用したとの被告会社の主張には理由がない。
(2) 被告会社は、さらに、乙事件被告A及び乙事件被告Cが、「Luna」に関するソースコードの情報を窃取して持ち出し、原告会社は、これを利用して、本件セットトップボックスの開発を行ったと主張するが、その根拠としては、「Luna」と本件セットトップボックスは、インターネット接続機能を備えている点において共通している部分があると主張するのみであるところ、両者がインターネット接続機能において共通するというだけでは、原告会社、乙事件被告A及び乙事件被告Cが「Luna」に関するソースコードの情報を不正に取得・使用したとの事実を認めることはできず、他にかかる事実を認めるに足りる証拠はない。
(3) よって、本件営業秘密不正取得等の事実は認められず、これに基づく被告会社の請求には理由がない。
4 争点(5)(被告会社の損害)について
 争点(1)及び(2)に係る前記判断によれば、原告会社による本件プログラム著作権侵害及び本件営業秘密不正取得等の事実は認められないから、これらに基づく損害賠償請求にも理由がないことは明らかである。そこで、以下、仮に、争点(3)に係る本件競業避止義務違反の事実が認められる場合に、被告会社の損害が認められるかという点について検討する。
(1) 被告会社は、本件競業避止義務違反により、本件セットトップボックスの開発に係る請負契約の締結や本件セットトップボックス等の受注の機会を逸したことによる損害を主張するが、被告会社がその根拠として引用する別件訴訟の判決(乙37)においては、原告会社の主張した本件セットトップボックスの開発に係る請負契約の成立は否定され、同契約に基づく報酬金の請求は棄却されているのであるから、被告会社が8809万5000円の損害を被ったということにはならない。
 この点、被告会社は、被告会社であれば本件セットトップボックスを開発する技術があったので上記請負契約を締結し利益を得ることができた旨主張し、その根拠として、被告会社には「Luna」等を開発した実績があることを主張するが、これにより直ちに被告会社には本件セットトップボックスを開発する技術があったということにはならず、被告会社の主張には理由がない。
 さらに、被告会社は、原告会社が本件セットトップボックスを開発するにあたりT.MAPより1800万円の開発資金を受領していることから、少なくとも同額は被告会社の損害であるとも主張するが、別件訴訟の判決(乙37)において同額は開発資金として認定されており、かつ本件セットトップボックスの開発に係る事業は失敗したとされていることなどからすれば、同額が原告会社の利益であるとは認め難く、したがって同額が被告会社の損害であるとはいえない。
 なお、仮に乙事件被告Aが被告会社の代表取締役在任中に競業行為をしたとして会社法423条1項に基づく責任を負うとしても、被告会社はなお損害の発生を立証する必要があり、かつ乙事件被告Aが競業取引により利益を得たことが同条2項の損害額推定規定の適用を受けるために必要であると解すべきところ、前記のとおり、被告会社に損害が発生したことを認めるに足りる証拠がなく、かつ乙事件被告Aが本件開発基本契約に基づく本件セットトップボックスの開発により利益を得たとも認められないのであるから、被告会社の損害は認められない。
(2) また、被告会社は、原告製品の販売による粗利益相当額1億2000万円の損害を被った旨も主張するが、本件全証拠によっても被告会社がかかる損害を被った事実は認められない。
(3) よって、仮に本件競業避止義務違反を前提としても、それによって被告会社の損害が発生したことを認めるに足りる証拠はないから、その余の点につき判断するまでもなく、被告会社の本件競業避止義務違反に基づく請求にも理由がない。
5 結論
 以上によると、甲事件における原告会社の請求のうち、被告会社に対する信用毀損行為の差止めを求める部分並びに被告らに対する損害賠償金100万円及びこれに対する平成25年9月21日(被告会社に対する訴状送達の日の後であり被告Dに対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める部分には理由があるが、その余の甲事件における原告会社の請求及び乙事件における被告会社の請求にはいずれも理由がない。
 よって、上記の限度で甲事件における原告会社の請求を認容し、その余の原告会社の請求及び乙事件における被告会社の請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 沖中康人
 裁判官 廣瀬達人
 裁判官 宇野遥子


(別紙)製品目録

(1) 製品名 FEXER OX(旧名称:MOS−S)
    種類 ベアメタル型ハイパーバイザ
    製作者 原告会社
    機能 独立した複数のOS(ゲストOS)を同時に動作させる
(2) 製品名 SecureOS
    種類 TRUST ZONE対応セキュリティOS
    製作者 原告会社
    機能 ARM社(英国)のハードウェアセキュリティ(TRUST ZONE)を有効化させる
2 製品名 EM−VRT
  種類 ホストOS型ハイパーバイザ
  製作者 被告会社
  機能 ホストOS上で別のOSを動作させる
 以上

(別紙)謝罪広告
 貴社製品である「MOS−S」及び「SecureOS」は、貴社が当社とは独自に開発した製品であるところ、当社が当該製品を当社の著作権を侵害するとの誤解を与える告知を行って貴社の名声を傷つけ且つ貴社の信用を毀損したことは誠に申し訳ありません。今後は絶対にこのような不徳義なことは致しませんことを誓います。
 以上

(別紙) 被告説明図
【図1:原告製品「MOS−S」「SecureOS」の構造】(省略)
【図2:被告製品「EM−VRT」の構造】(省略)
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/