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【事件名】「トムとジェリー」の日本語版DVD事件
【年月日】平成27年8月28日
 東京地裁 平成26年(ワ)第3539号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成27年7月8日)

判決
原告 有限会社アートステーション
被告 A(以下「被告A」という。)
被告 株式会社メディアジャパン(以下「被告会社」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士 松谷栄士


主文
1 被告会社は、別紙被告商品目録記載のDVD商品を輸入し、複製し、頒布してはならない。
2 被告会社は、原告に対し、15万3000円及びこれに対する平成26年3月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告の被告Aに対する請求及び被告会社に対するその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、原告と被告Aとの間では原告の負担とし、原告と被告会社との間ではこれを3分し、その2を原告の負担とし、その余は被告会社の負担とする。
5 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、別紙被告商品目録記載のDVD商品を輸入し、複製し、頒布してはならない。
2 被告らは、原告に対し、連帯して405万円及びこれに対する平成26年3月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 2につき仮執行宣言
第2 事案の概要
1 前提事実(証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
 原告は、映像ソフトの企画、制作、販売及び輸出入等を業とする有限会社である。
 被告会社は、ビデオテープ等の記録媒体の企画、製造、販売及び輸出入等を業とする株式会社であり、被告Aは、平成22年当時、被告会社の代表取締役を務めていた者である。
(2) 原告の著作権
 原告は、著作権の保護期間を満了した外国の映画作品である「トムとジェリー」30作品につき、日本語音声を収録し直して、別紙原告商品目録記載の各DVD商品(以下「原告商品」という。)を製作、販売している。
 原告商品に収録されている日本語音声の台詞(以下「本件著作物」という。)には創作性があり、原告はこの著作権を有している(甲4、弁論の全趣旨。後記のとおり、原告が単独で有しているのか、原告と被告会社とが共有しているのかは、当事者間に争いがある。)。
(3) 被告会社によるDVDの複製、販売
 被告会社は、別紙被告商品目録記載の各DVD商品(以下「被告商品」という。)を製造、販売している。
 被告商品には、原告商品と同一の日本語音声が収録されている(甲5)。
2 本件は、原告が、被告らは被告商品を輸入、複製及び頒布し、もって原告の著作権(複製権及び譲渡権)を侵害していると主張して、被告らに対し、著作権法112条1項に基づき、被告商品の輸入、複製及び頒布の差止めを求めるとともに、民法709条に基づき、連帯して損害金405万円及びこれに対する平成26年3月14日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 被告らは、原告と被告会社との間では「トムとジェリー」30作品に関する共同事業の合意が成立しており、本件著作物の著作権は両者の共有となっているなどと主張して、これを争っている。
3 争点
(1) 共同事業の合意の成否
(2) 被告Aに対する請求の可否
(3) 原告の損害額
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(共同事業の合意の成否)について
〔被告らの主張〕
 原告の代表者であるB(以下「B」という。)は、平成22年8月頃、被告Aに対し、共同事業合意書(乙1。以下「本件合意書」といい、同合意書に基づく共同事業を「本件共同事業」という。)を持参して、「ミッキーマウス」16作品及び「トムとジェリー」30作品に関する共同事業への出資を求めた。本件共同事業の具体的な内容は、原告が原版映像の取得及び日本語字幕の製作を行い、被告会社が日本語吹替えの費用等を負担し、商品に関する著作権等の権利を原告と被告会社が共有するというものであった。そして、被告会社は、このうち「トムとジェリー」30作品の製作費相当額のほぼ半額である90万5000円を原告に支払ったから、原告と被告会社との間では、本件共同事業のうち「トムとジェリー」30作品に関する部分について合意が成立しており、本件著作物の著作権は被告会社も共有している。
 したがって、被告会社による被告商品の輸入、複製、頒布行為は、原告の著作権の侵害行為には当たらない。
〔原告の主張〕
 Bが共同事業への出資を提案したところ、被告Aはこれを躊躇したのであって、結局、本件共同事業の合意は成立していない。本件合意書には押印がないし、被告らの主張する90万5000円の支払は別の債務の支払である。
2 争点(2)(被告Aに対する請求の可否)について
〔原告の主張〕
 本件の首謀者は被告Aであり、被告会社は税務対策上の名義会社にすぎないのであって、被告A個人の責任を追及するのは当然である。
〔被告らの主張〕
 被告Aと原告の間には何らの法律関係も存在しないから、本件訴訟のうち被告Aに対する部分は不当な訴訟である。
3 争点(3)(原告の損害額)について
〔原告の主張〕
 被告らは、被告商品を少なくとも各5000枚(計1万5000枚)は販売している。そして、被告商品の小売販売価格は1枚500円であるが、被告らによる卸価格はその65%に当たる325円となるほか、1枚当たりの製造・販売に要する経費額は55円を上回らないことからすると、被告商品1枚当たりの利益額は、270円を下回らない。
 以上より、被告らの著作権侵害行為により原告の被った損害の額は、405万円(270円×1万5000枚)を下回らない(著作権法114条2項)。
〔被告らの主張〕
 被告会社は原価1枚80円の被告商品を1枚97円で各3000枚(計9000枚)販売したから、その利益額の総額は合計15万3000円((97円−80円)×9000枚)である。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(共同事業の合意の成否)について
(1) 本件全証拠を精査しても、本件共同事業の合意の成立を認めることはできない。
(2) この点に関して被告らは、原告代表者のBが本件合意書を持参して「ミッキーマウス」16作品及び「トムとジェリー」30作品に関する共同事業への出資を求め、被告会社はこのうち「トムとジェリー」30作品の製作費相当額のほぼ半額である90万5000円を原告に支払ったから、原告と被告会社との間では本件共同事業のうち「トムとジェリー」30作品に関する部分について合意が成立していると主張する。
 しかし、本件合意書には、原告と被告会社の共同事業についての記載があるものの、原告及び被告会社のいずれも本件合意書に押印していない。そして、本件証拠上、他に本件共同事業の合意が原告と被告会社との間でされたことを直接裏付ける契約書、合意書その他の書面は提出されていない。
 また、被告らは上記90万5000円の支払を証する証拠として被告会社の普通預金通帳(乙5)を提出するが、原告が本件共同事業に係る支払の振込先として指定していたのはB個人の口座であったのに(甲12)、上記通帳によれば被告会社が90万5000円を振り込んだのは原告の口座であって、B個人の口座ではない。
 そして、仮に、上記90万5000円の振込が、本件共同事業に係る何らかの支払であったとしても、本件合意書によれば、本件共同事業に要する費用の総額は544万円であり、被告会社はその半額を負担すべきものとされていたのであって(本件合意書の第2項及び第3項)、90万5000円という金額はおよそ本件共同事業の合意の成立を推認させるに足りない。
(3) これに対し、被告らは、「ミッキーマウス」16作品及び「トムとジェリー」30作品の製作費用の総額は276万円であるところ(乙4)、このうち「トムとジェリー」30作品の製作費用は180万円であり、Bからその半額の90万円だけでも出資してほしいと求められたため、上記支払をした旨主張する。
 しかし、Bがこのような申し出をしたことを裏付ける客観的証拠は見当たらないし、果たして製作費用の総額が276万円であることから直ちに「トムとジェリー」だけの製作費用が180万円ということになるのか、疑問がなくはない(「180万円」という金額は、総額276万円を「ミッキーマウス」の作品数である16と「トムとジェリー」の作品数である30とで按分した金額であるが、原告は、一緒に製作することで費用も安くなっているのであって、単純に分けられるものではない旨主張している。)。そもそも、被告らの主張によれば、Bから支払を求められた額は「90万円」というのであって、被告会社が現に支払ったとする金額「90万5000円」と完全に一致しているわけでもないし、この点について被告らから合理的な説明もされていない。
(4) また、被告らは、平成22年12月頃にBから「トムとジェリー」30作品のマスター(量産用プレスをするための原盤)としてDVDを受け取っており、このことは本件共同事業の合意が成立していたことの証左である旨主張する。
 しかし、原告は、被告Aに渡したのはマスターではなく単なる検証盤DVDであり、以前から被告らの関連会社にDVDのプレスを発注していたことから、今回も字幕等の検証をしてもらうために渡したにすぎない旨主張するところ、この主張自体、特に不自然、不合理として排斥すべきところも見当たらない。そうすると、Bが被告Aに「トムとジェリー」30作品のDVDを渡していたとしても、このことから直ちに本件共同事業の合意の成立が認められるということにはならない。
(5) さらに、被告らは、本件共同事業の合意が成立していたことの証拠として、Bの平成24年4月9日付けメール(乙6)を提出する。
 この点、確かに、上記メールには「既に787000円のPSGからの入金がありましたので、当初の約束通り純利益折半ということで、393500円の御社取り分で補填されました。」、「私の事業計画どおりにしていれば、あと145000円の出資で『トムとジェリー』だけでなく『ミッキーマウス』も御社は入手できたことになります。」などという記載があるところ、これらの記載だけをみると、あたかも「トムとジェリー」30作品については本件共同事業の合意が成立していたかのようにみえなくもない。
 しかし、上記メールの趣旨は必ずしも判然としたものではない上(被告ら自身も、なぜ「あと145000円」の出資が必要なのかは不明であるとする。)、メールの後半部には「当社との共同事業を一方的に解消した御社の行為」などという記載もみられることからすると、上記メールは、法的な評価はともかく、被告会社が本件共同事業に参画しなかったことを非難するとともに、仮に参画していれば被告会社に利益が出ていたことを伝える趣旨であるようにもうかがわれる(そもそも「トムとジェリー」30作品についてのみ合意が成立していたのであれば、原告と被告会社との間で折半されるべき利益は、「PSGからの入金」の78万7000円全額ではなく、このうち「トムとジェリー」30作品についての部分に限られるはずである。)。そうすると、上記メールは、必ずしも本件共同事業の合意の成立を認めるべき根拠となるものではない。
(6) かえって、原告及び被告会社の事後の行動に照らせば、両者間に本件共同事業の合意が成立していたとはおよそ認め難い。
 すなわち、本件合意書には、本件の共同事業で得られた利益を原告と被告会社とで折半する旨の規定があるところ(第3項)、原告は被告会社に対し、これまで原告商品の販売等で得た利益を被告会社に現に分配していないばかりか、販売数量等の報告すらしていないし(この点は被告らも自認している。)、被告会社もまた、原告に対して被告商品の販売数量等の報告をせず、利益の分配もしていないのであって(被告らも明らかに争わない。)、原告及び被告会社ともに、共同事業が成立したことを前提とした行動を取っていない。
 また、被告会社は、Bから「トムとジェリー」30作品のDVDを受領してからわずか数か月後の平成23年4月には、第三者に対し、何らの枚数制限等も設けずに当該DVDの複製、販売の「権利」を「許諾」し、その対価として1タイトル10万円のみを受領しているのであって(甲13)、このことは、多額の投資をして本件著作物の著作権を正当に取得した者の行動としては、いささか不自然であるものといわざるを得ない。
 さらに、被告会社の販売していた被告商品には、著作権が被告会社に帰属する旨の記載がないばかりか、被告会社の名称等の記載すらないのであって(甲22の1ないし3)、この点においても、被告会社自身、自己に著作権が正当に帰属するとは考えていなかったのではないかとの疑いを差し挟まざるを得ない。
(7) 以上からすると、原告と被告会社との間に本件共同事業の合意が成立していたとの被告らの主張は、理由がない。
 したがって、被告会社による被告商品の輸入、複製、頒布行為は、原告の著作権の侵害行為に該当するというべきである。
2 争点(2)(被告Aに対する請求の可否)について
 原告は、本件の首謀者は被告Aであり、被告会社は税務対策上の名義会社にすぎないなどとして、被告Aに対しても差止め及び損害賠償の請求をしている。
 しかし、本件証拠上、被告A自身が被告商品を輸入、複製、頒布した事実はこれを認めるに足りないし、被告会社の法人格を否認すべきほどの事情も見当たらない。
 したがって、原告の被告Aに対する請求は、いずれも理由がないものといわざるを得ない。
3 争点(3)(原告の損害額)について
 原告は、被告商品1枚当たりの利益額を270円とし、被告会社による販売数量を合計1万5000枚と主張するが、これを裏付ける客観的資料を何ら提出しないし、本件証拠上も被告会社の具体的な利益額及び販売数量をうかがわせる証拠は見当たらない。
 したがって、本件においては、被告会社の自認する利益額及び販売数量を採用せざるを得ないところ、これによると、被告商品1枚当たりの利益額は17円、販売数量は合計9000枚というのであるから、その利益額の総額は15万3000円となる(17円×9000枚)。なお、被告会社は他に複製、販売の「権利」の「許諾」の対価として10万円を受領しているが(上記1(6))、原告はこの10万円については本訴の訴訟物に含めていない。
4 結論
 よって、原告の請求は、被告会社に対し、著作権法112条1項に基づいて被告商品の複製及び販売の差止めを求めるとともに、民法709条に基づき、15万3000円及びこれに対する不法行為の後の日(訴状送達の日の翌日)である平成26年3月14日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告会社に対するその余の請求及び被告Aに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 東海林保
 裁判官 瀬孝
 裁判官 勝又来未子


(別紙)被告商品目録
1 「トムとジェリー Vol.1」 商品No. MJU−001
 収録作品
 1−1 トム氏の優雅な生活
 1−2 ジェリーとジャンボ
 1−3 恐怖の白ネズミ
 1−4 インディアンごっこ
 1−5 おかしなアヒルの子
 1−6 夢と消えたバカンス
 1−7 人造ネコ
 1−8 ブルおじさん
 1−9 ワルツの王様
 1−10 お家はバラバラ

2 「トムとジェリー Vol.2」 商品No. MJU−002
 収録作品
 2−1 可愛い逃亡者
 2−2 おしゃべり子ガモ
 2−3 恋のとりこ
 2−4 トム君空を飛ぶ
 2−5 可愛い子猫と思ったら
 2−6 ショックで直せ
 2−7 南の島
 2−8 トムさんと悪友
 2−9 ジェリーと金魚
 2−10 計算違い

3 「トムとジェリー Vol.3」 商品No. MJU−003
 収録作品
 3−1 パーティ荒し
 3−2 ふんだりけったり
 3−3 ごきげんないとこ
 3−4 玉つきゲームは楽しいね
 3−5 復讐もほどほどに
 3−6 星空の音楽会
 3−7 花火はすごいぞ
 3−8 逃げてきたライオン
 3−9 西部の伊達ネズミ
 3−10 土曜の夜は

(別紙)原告商品目録
1 「トムとジェリー@」
 収録作品
 1−1 トム氏の優雅な生活
 1−2 ジェリーとジャンボ
 1−3 恐怖の白ネズミ
 1−4 インディアンごっこ
 1−5 おかしなアヒルの子
 1−6 夢と消えたバカンス
 1−7 人造ネコ
 1−8 ブルおじさん
 1−9 ワルツの王様
 1−10 お家はバラバラ

2 「トムとジェリーA」
 収録作品
 2−1 可愛い逃亡者
 2−2 おしゃべり子ガモ
 2−3 恋のとりこ
 2−4 トム君空を飛ぶ
 2−5 可愛い子猫と思ったら
 2−6 ショックで直せ
 2−7 南の島
 2−8 トムさんと悪友
 2−9 ジェリーと金魚
 2−10 計算違い

3 「トムとジェリーB」
 収録作品
 3−1 パーティ荒し
 3−2 ふんだりけったり
 3−3 ごきげんないとこ
 3−4 玉つきゲームは楽しいね
 3−5 復讐もほどほどに
 3−6 星空の音楽会
 3−7 花火はすごいぞ
 3−8 逃げてきたライオン
 3−9 西部の伊達ネズミ
 3−10 土曜の夜は
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