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【事件名】カラオケリース業者の“注意義務”事件
【年月日】平成27年8月27日
 大阪地裁 平成24年(ワ)第9838号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成27年6月2日)

判決
原告 一般社団法人日本音楽著作権協会
同訴訟代理人弁護士 田中豊
同 中野雅也
同 松本正文
被告 P1
同訴訟代理人弁護士 西田收


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は原告に対し、4012万2390円及びこれに対する平成26年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
 本件は、音楽著作物(歌詞・楽曲)の著作権者から信託を受けて、音楽著作物を管理している原告が、カラオケ装置のリース業者(以下「リース業者」という。)である株式会社ミューティアル(以下「訴外会社」という。)の代表者であった被告に対し、著作権(演奏権、上映権)侵害を理由として、民法709条に基づき4012万2390円(著作物使用料相当額3647万4900円及び弁護士費用相当額364万7490円の合計額)及びこれに対する不法行為の後の日である平成26年11月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 なお、本件訴訟では、当初、訴外会社も被告とされていたが、その後両者ともに破産手続が開始したことから、原告は、訴外会社に対する訴えを取り下げるとともに、免責が確定した被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求を、悪意で加えた不法行為(破産法253条1項2号)に基づく損害賠償請求であると主張するようになった。
2 前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
ア 原告
 原告は、著作権等管理事業法(平成12年法律第131号)に基づき、文化庁長官の登録を受けた音楽著作権管理事業者である。
 原告は、内国著作物については著作権信託契約により国内の多くの作詞者、作曲者、音楽出版者等の著作権者から著作権ないしその支分権(演奏権、録音権、上映権等)につき信託を受け、外国の著作物については我が国が締結した著作権条約に加盟する諸外国の著作権仲介団体との相互管理契約によるなどしてこれを管理しており、飲食店や社交場において演奏される音楽著作物のほとんどは、原告がそれぞれの著作権者から信託を受けて管理する音楽著作物(以下「管理著作物」という。)である。
イ 株式会社ミューティアル
 株式会社ミューティアル(訴外会社)は、平成14年6月19日に設立された株式会社であり、リース業者として、主として大分県、熊本県、福岡県のスナック等の社交飲食店(以下「社交飲食店」という。)に通信カラオケ用のカラオケ装置をリースしていた。(甲4)
ウ 被告
 被告は、平成14年6月19日、カラオケ装置等のリースを目的とする訴外会社を設立し、平成19年7月31日、その取締役に就任し、平成22年6月1日、その代表取締役に就任した者であるが、設立時以来、取締役就任の有無にかかわらず対外的には訴外会社の代表者として振る舞い、訴外会社の業務全般に従事して経営上の決定をするなど、訴外会社の経営を実質的に支配してきた。
(2) 通信カラオケのシステム等について(甲7、甲8の1ないし4)
ア 通信カラオケとは、音楽著作物であるカラオケ用楽曲をホストコンピュータの記憶装置にデータベースの構成部分として複製し、それを、カラオケ装置を設置している側が送受信装置を用いて通信回線により送受信して利用に供するシステムをいう。通信カラオケにより音楽著作物を演奏・上映して利用するには、従前のカラオケ装置と同様、マイク、スピーカー、モニターテレビが必要であるが、そのほかに端末機と呼ばれる受信・再生用機器が必要となる。
イ 通信カラオケ用のカラオケ装置は、「通信カラオケ事業者」と呼ばれる者(株式会社第一興商、株式会社エクシングがその2大業者である。)からリース業者に販売され、社交飲食店等にリースされるが、当該カラオケ装置には、通信カラオケ事業者が著作権者から複製権及び公衆送信権の許諾を得て作成した楽曲データが予めそのハードディスクに蓄積されている。そして当該装置が社交飲食店等に設置された後は、その後に出された新譜の楽曲データが、逐次、通信回線を経由して社交飲食店等に送信され、カラオケ装置内のハードディスクに蓄積されていく。当該カラオケ装置を利用して楽曲データを再製する末端のユーザーである社交飲食店等は、ハードディスクに蓄積された楽曲データを利用するのであり、利用の都度ホストコンピュータにアクセスして通信を受けるわけではない。
ウ 以上のような通信カラオケを利用するためには、社交飲食店等の経営者は、カラオケ装置のリースを受けるだけではなく、カラオケ用楽曲データに関する情報サービスの提供を受ける必要があり、リース業者との間では、カラオケ装置のリース契約とともに情報サービスの提供を受けることを目的とする契約(以下「情報サービス提供契約」という。)を締結する。そして、リース業者から、その事実を通信カラオケ事業者に連絡してもらい、これを受けた通信カラオケ事業者から、通信回線を開通してもらうことにより、当該社交飲食店等におけるカラオケ装置が初めて利用可能となる。
エ リース業者は、リース料の支払が遅滞するなどの事態が生じた場合には、通信カラオケ事業者に指示して通信回線を経由して一定の信号を送信することによって、社交飲食店等に設置されたカラオケ装置を使用して再生(演奏・上映)することができないように制御する(一般に、「ロックする」という。)ことができる。この措置がとられた場合、社交飲食店等に設置されたカラオケ装置のハードディスクに既に蓄積されているカラオケ用楽曲データの利用が不可能になる。
(3) 訴外会社は、多くの社交飲食店の経営者との間で、カラオケ装置のリース 契約とともに情報サービス提供契約を締結し、カラオケ装置を当該店舗に搬入し、営業用に稼働できる状態にして引き渡すとともに、カラオケ用楽曲データを提供していたもので、最盛期には、そのリース先の店舗数は600軒を超えていた。
(4) 本件訴訟提起及びその後の経緯
ア 原告は、平成24年9月11日、管理著作物の著作権侵害を理由に、訴外会社については民法709条に基づき、被告については民法709条又は会社法429条1項に基づき、原告に生じた著作物使用料相当損害金等の連帯支払を求めるほか、訴外会社に対し、著作権法112条1項に基づき、訴外会社のリース先で原告と利用許諾契約を締結していない店舗(以下「無許諾店舗」という。)148軒に対するカラオケ用楽曲データの利用禁止措置をとるよう求める本件訴訟を提起した。
イ 訴外会社は、平成26年1月9日午前10時、大分地方裁判所において破産手続開始決定を受けた。
ウ 被告は、平成26年2月6日午前10時、大分地方裁判所において、破産手続開始決定を受けた。その後、同年9月11日に破産手続廃止決定及び免責許可決定がなされ、同年10月15日、これらが確定した。
エ 原告は、平成26年10月28日、訴外会社に対する訴えを取り下げた。
オ 原告は、被告との関係での本件訴訟の中断事由の解消を受け、平成26年12月4日、訴状において無許諾店舗と主張していた店舗の一部との間で和解契約が成立したとして、これら店舗に関する損害発生分につき、訴えの一部を取り下げ、また維持する不法行為に基づく損害賠償請求は、破産法253条1項2号にいう「悪意で加えた不法行為」に基づく損害賠償請求であると主張するようになった。
カ 原告は、平成27年5月11日実施の弁論準備手続期日において、被告に対する請求のうち、会社法429条1項に基づく請求を取り下げた。
3 争点及び当事者の主張
(1) 訴外会社のカラオケ装置リース先店舗による管理著作物の無許諾利用
(原告の主張)
 別紙「無許諾店舗一覧」(以下「別紙」という。)記載の各店舗の経営者は、いずれも、訴外会社との間で通信カラオケ装置のリース契約及び情報サービス提供契約を締結して通信カラオケ装置を店舗内に設置し、訴外会社を介して通信事業者から通信回線の開通を受けることによりカラオケ用楽曲データの配信を受け、原告の許諾を受けることなく、別紙「対象期間」欄記載の期間中、各店舗の社交飲食店営業に管理著作物を利用した。
(被告の認否及び主張)
ア 別紙「対象期間」欄記載の期間の点について後記イで認否するとおりである点を除き、別紙記載の各店舗(別紙記載88ないし92、95を除く。)の経営者が、原告との間で、管理著作物にかかる利用許諾契約を締結することなく、被告との間でカラオケ装置のリース契約を締結し、管理著作物を利用していたことは認める。ただし、別紙記載79、83の各店舗については、訴外会社は、カラオケ装置周辺機器の賃貸借契約のみ締結しており、情報サービス提供契約は締結していない。
イ 「対象期間」欄について
(ア) 別紙記載1ないし6、9、10、12ないし15、18ないし21、24、26ないし35、42ないし44、46、48ないし52、54、55、58、62ないし69、72、77、78、82、86、87、93、94の各店舗については、別紙「対象期間」欄記載の期間、管理著作物の利用をしていたことを認める。
(イ) 別紙記載11、45、53、59、60、61、80、81、84、85の各店舗については、別紙「侵害開始日」欄記載の日に管理著作物の利用を開始したとの主張を否認する。
(ウ) 別紙記載7、8、16、17、22、23、25、36ないし41、47、56、57、70、71、73、74ないし76の各店舗については、別紙「侵害開始日」欄記載の日に管理著作物の利用を開始したとの主張を認めるが、同別紙「対象期間」欄記載の末日まで管理著作物の利用をしていた事実を否認する。
(2) 被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求
(原告の主張)
ア カラオケ装置のリース業者は、カラオケ装置のリース契約を締結した場合において、当該装置が専ら音楽著作物を上映し又は演奏して公衆に直接見せ又は聞かせるために使用されるものであるときは、リース契約の相手方に対し、当該音楽著作物の著作権者との間で著作物利用許諾契約を締結すべきことを告知するだけでなく、上記相手方が当該著作権者との間で著作物利用許諾契約を締結し又は申込みをしたことを確認した上でカラオケ装置を引き渡すべき条理上の注意義務を負う。
イ 被告は、訴外会社が設立された平成14年6月19日の当初から、その業務全般を支配しており、同日以降、訴外会社をしてリース業者が条理上負うべき前記注意義務を履行させるべき立場にあったのに、訴外会社をして、著作権侵害を生じさせる蓋然性の極めて高いカラオケ装置を、原告との間で著作物利用許諾契約を締結させ又は原告に対してその申込みをしたか否かを確認しないまま次々と顧客でありリース先である社交飲食店に引き渡させただけでなく、自ら又は従業員をして、リース先の社交飲食店の経営者に対し、著作権料は支払いたい人だけが支払えばよいなどと虚偽の説明をして、訴外会社との間でカラオケ装置のリース契約及び情報サービス提供契約を締結するよう勧誘し、また、契約申込書に実際のカラオケ装置の設置日より遅い年月日を記入するなどカラオケ装置を設置してから著作物利用許諾契約締結までの間の著作物使用料相当額の支払を免れる方法を指導していた。
ウ そして被告は、訴外会社設立前から、有限会社エム・ティー・エス(以下「MTS」という。)の代表取締役としてリース業者の負うべき注意義務を熟知していたものであり、そればかりか原告から、平成18年6月8日から平成22年6月17日までの間に合計8回、リース業者が、上記ア記載の注意義務を負うこと、及び、リース先店舗が無許諾でカラオケ装置を利用していることを認識した場合には、カラオケ装置を引き揚げ、カラオケ用楽曲データの送信をロックするなどして、著作権侵害を生じさせない措置を講じるべき注意義務を負うことの説明を受け、リース先店舗による無許諾利用を解消するよう説得され、また、平成23年6月14日付及び同年8月18日付通知書をもって、リース業者の注意義務について再度説明を受け、当該注意義務に違反すれば、リース業者及びその経営者が著作権侵害に基づく損害賠償義務を負うことを通告されたのである。
エ 被告の上記イの行為は、原告の管理著作物の著作権を侵害する行為であり、しかも上記ウからすると、被告は、リース業者の負うべき注意義務を熟知しながら故意に無視していたといえ、また、その行為態様は、道義的に非難されるべき悪質なものであるから、原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権は、破産法253条1項2号にいう被告が「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」というべきである。なお、ここでいう「悪意」とは、通常の「故意」と同義に解すべきである。
(被告の主張)
ア 原告の主張アにつき、リース業者が、リース契約の相手方に対して、当該音楽著作物の著作権者との間で著作物利用許諾契約を締結するよう告知する義務を負うことは争わないが、リース業者が、リース契約の相手方が当該著作権者との間で著作物利用許諾契約を締結し又は申込みをしたことを確認した上でカラオケ装置を引き渡すべき条理上の注意義務を負うとの主張は争う。
イ 原告の主張イの訴外会社における被告の地位、役割については認めるが、その余の主張及び原告の主張ウは、否認ないし争う。
 被告は、無許諾店舗の存在が判明して以降、リース先店舗に対し、原告の許諾を得るように指導してきた。
ウ 原告の被告に対する損害賠償請求権が破産法253条1項2号にいう被告が「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」であるとの主張は争う。同号にいう「悪意」は単なる故意ではなく、積極的な害意であることを要する。
(3) 損害
(原告の主張)
ア 使用料相当額 3647万4900円
 別紙記載の各店舗において、無許諾のカラオケ演奏が別紙「対象期間」欄記載の各期間について行われたことにより、原告は、別紙「使用料相当損害金」欄記載の金額について、損害を被ったものであり、その合計は3647万4900円である。
イ 弁護士費用 364万7490円
(被告の主張)
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(2)について
(1) 社交飲食店の経営者が通信カラオケ装置を店舗内に設置して、著作権者の許諾を得ないまま、同装置により音楽著作物である歌詞及び楽曲を演奏、上映し、同楽曲を伴奏として客や従業員に歌唱させるなどして、その営業に利用する場合には、社交飲食店の経営者が演奏権又は上映権を侵害している行為主体というべきであるところ、別紙記載の一部店舗において期間等について争いがあるものの、訴外会社からリースを受けたカラオケ装置を用いて原告の管理著作物を利用していた別紙記載の各店舗の経営者は、みな原告からその許諾を得ていなかったというのであるから、少なくともこれらの者が訴外会社からリースされたカラオケ装置を使用して著作権侵害行為をなしていたことは明らかなことということができる。
 そして、カラオケ装置のリース業者は、カラオケ装置のリース契約を締結した場合において、当該装置が専ら音楽著作物を上映し又は演奏して公衆に直接見せ又は聞かせるために使用されるものであるときは、リース契約の相手方に対し、当該音楽著作物の著作権者との間で著作物利用許諾契約を締結すべきことを告知するだけでなく、上記相手方が当該著作権者との間で著作物利用許諾契約を締結し又は申込みをしたことを確認した上でカラオケ装置を引き渡すべき条理上の注意義務を負うものと解するのが相当である(最高裁平成13年3月2日第二小法廷判決・以下、この判決を「平成13年判決」という。)から、別紙記載の各店舗の経営者によって著作権侵害に使用されたカラオケ装置をリースしていた訴外会社は、上記注意義務に違反していのたであれば、これによって、別紙各店舗の経営者による著作権侵害行為を幇助する不法行為をなしていたということができる。
(2) 原告は、訴外会社の代表者であった被告が、訴外会社が設立された平成14年6月19日の当初から、その業務全般を支配しており、同日以降、訴外会社をしてリース業者として条理上負うべき前記注意義務を履行させるべき立場にあったことから、被告が訴外会社をして、著作権侵害を生じさせる蓋然性の極めて高いカラオケ装置を、原告との間で著作物利用許諾契約を締結させ又は原告に対してその申込みをしたか否かを確認しないまま次々と顧客である社交飲食店に引き渡しさせたとことが不法行為を構成する旨主張し、また被告自ら又は従業員をして、社交飲食店の経営者に対し、著作権料は支払いたい人だけが支払えばよいなどと、虚偽の説明をして、訴外会社との間で、カラオケ装置のリース契約及び情報サービス提供契約を締結するよう勧誘し、また、契約申込書に実際のカラオケ装置の設置日より遅い年月日を記入するなど、カラオケ装置を設置してから著作物利用許諾契約締結までの間の著作物使用料相当額の支払を免れる方法を指導することなどの点でも著作権侵害の不法行為を構成する旨を主張している。
 確かに、被告が訴外会社の設立以降、代表取締役への就任の有無にかかわらず、同社の業務に従事して経営上の決定をしていたということからすると、代表取締役に就任していない期間を含めて、被告は訴外会社をして上記注意義務を履行させるべき地位にあったといえるが、後記認定の事実関係からすると、被告は訴外会社をして上記注意義務を履行させていたと認められないし、また被告自らでないとしても、主張にかかるような従業員による不当な勧誘や指導がなされていた事実が全く認められないわけではないところ、これは訴外会社の経営方針を反映するものと推認され、その意味では訴外会社の経営を決する被告が無関係とはいえないから、これらの点からすると、被告には管理著作物の著作権について直接侵害者となる別紙の各店舗の経営者による不法行為についての幇助者ないし教唆者として共同不法行責任が成立することは免れそうにないということができる。
(3) しかし、被告が破産免責を受けていることからすると、原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権が認められるためには、その損害賠償請求権が単なる不法行為に基づくものではなく、「悪意で加えた不法行為に基づく」もの(破産法253条1項2号)であることが必要であるところ、以下に検討するとおり、本件において被告に成立が認められ得る不法行為をもって「悪意で加えた不法行為」というには足りないというべきである。
 なお、原告は、破産法253条1項2号にいう「悪意」を単なる故意と同義であると主張しているが、同項3号に、「破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権(前号に掲げる請求権を除く。)」とあることに鑑みると、同項2号の「悪意」が「故意」と異なる内容を含むことは明らかであって、したがって「悪意」とは単なる「故意」を超えた、権利侵害に向けた積極的な害意を意味するものと解するのが相当である。
(4) そこで、被告が「悪意で加えた不法行為」をしたといえるかについてみるに、証拠によれば、以下の事実が認められる。
ア 訴外会社設立前の事情
 原告は、平成13年1月頃、原告との間で著作物利用許諾契約を締結せずに管理著作物を利用しているP2に対して、管理著作物の利用を禁ずる内容の仮処分決定の発令を受けて執行しカラオケ装置にその公示も得ていたが、その頃、被告が代表取締役を務めていたMTSは、仮処分執行後に、上記店舗にカラオケ装置を設置した。そこで原告は、同年1月17日、上記経緯を指摘した警告書をMTSに送付し、同社に対し、同店舗からカラオケ装置を撤去するよう求めた(甲27の1、2)ところ、これに対して被告は、平成13年1月23日、原告九州支部に電話し、同担当者P3に対し、前記カラオケ装置の設置は、リース先店舗の経営者から、経営者変更により、仮処分とは無関係である旨の説明を受け、求められるままに行ったものである、1月末の集金日までに解決するつもりである旨述べた。その際、P3は被告に対し、MTSの行為は、著作権侵害行為に当たるものであることを指摘した上、早急にカラオケ装置を撤去するよう求め、結局、MTSはカラオケ装置を撤去した。(甲28)
イ 訴外会社の設立及びその営業等
(ア) 被告は、平成14年6月19日、カラオケ装置等のリースを目的とする訴外会社を設立し、自らは取締役に就任することがないまま、MTSと同様のカラオケリース業を開始した。なお、その一方、先に原告から著作権侵害問題で警告を受けていたMTSを休眠会社とした。(被告本人)
(イ) 訴外会社は、設立時、社員4人で事業を開始し、その後、営業社員が10人を超える規模にまでなったが、営業社員の給与は新規契約取得数が多いほど高額となる出来高払いとされていた。(被告本人)
(ウ) 訴外会社は、社交飲食店との契約において、カラオケ装置のリース契約と情報サービス提供契約とが一体となった契約書を用いていたが、複数ある書式のいずれにも、その契約書には、カラオケ装置を設置する社交飲食店がカラオケ装置を営業目的で利用する場合には、当該店舗の責任において原告と必要な利用許諾契約を締結するものとし、訴外会社に責任を負担させないものとする旨の条項(第39条)が定められていた。(甲8の1ないし3)
 また訴外会社の営業社員は、リース契約を締結するに当たり、当該店舗の経営者に対し、積極的に徴求はしないものの、原告に提出すべき利用許諾契約の申込書を交付していた。(被告本人)
(エ) 平成13年3月2日には、カラオケ装置リース業者の著作権侵害について法的責任を認める最高裁判決(平成13年判決)が言い渡されて広く報道されたが、被告においても、その判決内容を、遅くとも平成14年中に知っていた。しかし、被告は、訴外会社の営業においてその旨の対応をするよう社員を指導することはなく、また社員においても同様であった。(被告本人)
ウ 原告の訴外会社に対する説明及び要請等
(ア) 訴外会社は、その後、社交飲食店に対するカラオケ装置のリース数を増やしていき、最盛期にはリース先の店舗数で600軒を超えたが、そのリース先には、原告と利用許諾契約を締結しない店舗が増えていった。(被告本人)
(イ) そのため、原告は、平成18年6月8日から平成22年6月17日までの間8回にわたり、福岡市所在の原告九州支部の担当者をして大分市所在の訴外会社の事務所を訪問させ、訴外会社に対し、平成13年判決の趣旨内容を説明するとともに、その趣旨に従ってリース先の無許諾店舗に対してリース業者としての責任を果たすよう求めた。(甲21、甲24、甲29の1、2)
(ウ) また原告は、その間の平成19年6月22日、訴外会社に対し、「業務協定締結に関するご案内」等を送付した。同書面は、平成13年判決において示された、カラオケリース業者が負うべき注意義務の内容についての説明とともに、リース先店舗の著作物利用許諾契約締結を円滑に進めるため、訴外会社に対し、原告との間で、業務協定を締結するよう勧誘する内容が記載されていた。(甲29の3、甲29の4)
 他方、訴外会社は、その間である平成21年10月14日及び平成22年5月28日、原告に対し、リース先の社交飲食店の名簿を任意提出したりもした。(甲22の1)
エ 本件訴訟提起直前の原告による訴外会社に対する通知警告等及びこれに対する訴外会社の対応
(ア) 原告は、平成23年6月15日、訴外会社に対し、原告との間で著作物利用許諾契約を締結することなくカラオケ用楽曲データの提供を受けて管理著作物を利用している店舗(無許諾店舗)に対して、速やかに原告の許諾を得るよう指示、指導し、これに従わない場合には、警告の上、リース契約を解除し、カラオケ装置を引き揚げるなどの措置をとるよう要請した。(甲22の1ないし3)
(イ) 原告は、平成23年8月19日、再度、訴外会社に対し、と同趣旨の要請をした。(甲23の1、2)
(ウ) 原告は、平成23年9月29日、大分地方裁判所に対し、訴外会社を相手方とする証拠保全を申立て、同年11月17日、同裁判所は、訴外会社本店事務所において、訴外会社とカラオケ装置のリース契約及びカラオケ用楽曲データの情報サービス提供契約を締結している店舗について、訴外会社が保管する契約書等の記載内容を検証するとの内容の証拠保全決定をした。そして証拠保全手続は同月29日実施されたが、訴外会社は、その場で原告に対し、上記契約書等を任意に提示した。(甲6、甲20の1、2)
(エ) 原告は、平成24年3月12日、訴外会社に対し、「通知書」と題する書面を送付し、同年5月11日までに訴外会社のリース先無許諾店舗116店舗による著作権侵害を解消すること、及び、当該116店舗以外のリース先に対して著作権侵害の発生防止の措置を講じることを求め、さらに、同期日までに当該116店舗による著作権侵害がすべて解消されない場合には、訴外会社に対して差止請求及び損害賠償請求を含む法的措置をとることになる旨通知した。(甲6)
(オ) 訴外会社の代表者である被告は、同年3月23日、原告に対し、無許諾店舗の未払使用料の清算方法について問い合わせをした。これに対し、原告は、原則一括払いであるが、月額使用料を下回らない最大12回までの分割払いであれば承諾する旨回答した。(甲6)
(カ) 同じく被告は、同年4月6日、原告に対し、被告のリース先の利用許諾契約申込書を取りまとめる意向を示し、同申込書の「契約申込みまでの利用期間・使用料相当額」欄の記載方法について問い合わせた(甲6)。
(キ) 訴外会社は、同年5月10日頃、原告に対し、「著作権協会加入進捗状況報告書No−1」、「著作権協会加入進捗状況報告書No−2」を送付し、同年5月9日時点における前記無許諾店舗116軒の利用許諾契約締結に向けた交渉の進捗状況を報告した。(甲10の1)
 同報告書No−2においては、無許諾店舗116軒の店舗名、住所、ビル名等の情報が記載されていた。(甲10の1)
(ク) 訴外会社は、同年5月14日及び同月31日、原告九州支部に対し、無許諾店舗116店舗のうち34店舗分の申込書及びリース先に関する報告書を提出した。(甲6)
(ケ) 原告九州支部は、前記申込書すべての「契約申込みまでの利用期間・使用料相当額」欄に記入漏れなどの不備があったため、すべての申込人に対して連絡を取り、訂正を求める交渉をした。(甲6)
(コ) その際、申込人の多くは、訴外会社から、原告との利用許諾契約の必要性について説明を受けておらず、過去分の使用料を支払うべきことも聞いていないなどとして、過去分の使用料の支払に応じなかった。そのため、同年6月20日までに、申込書の提出があった34店舗のうち、6店舗は原告との間で利用許諾契約が締結され、1店舗は交渉を継続したが、それ以外の27店舗は、利用許諾契約締結に至らなかった。(甲6)
(サ) 訴外会社は、同年5月28日頃、原告に対し、「著作権協会加入進捗状況報告書No−1」を送付した。同報告書には、訴外会社のリース先のうちの無許諾店舗の店舗名、住所、ビル名等の情報が記載されていた。(甲10の2、弁論の全趣旨)
(シ) 原告は、同年6月21日、訴外会社に対し、上記(ク)ないし(コ)の経緯を説明し、上記(エ)で述べたとおり、期限とした同年5月11日までに訴外会社リース先の無許諾店舗116店舗による著作権侵害が解消されなかったとして、予告どおり差止請求及び損害賠償請求を含む法的措置をとることになる旨通知した。(甲11の1、2)
(ス) 原告は、同年9月11日、訴外会社及び被告を相手取って本件訴訟を提起した。
オ 訴外会社のリース先店舗の説明等
 原告が、訴外会社のリース先である社交飲食店において、原告との利用許諾契約締結の交渉をしたところ、以下のような説明をなした者もいた。
(ア) P4の経営者は、平成22年6月6日、原告従業員のP5との面談の際、カラオケ設置時に、「JASRACの著作権手続は、NHKの受信料と一緒で皆がしているわけではない、著作権料は支払いたい人だけが支払えばよい」という趣旨の説明を訴外会社の担当者から受けた旨述べた。(甲30の1)
(イ) P6の経営者は、平成22年9月13日、原告従業員のP7と電話で交渉した際、「カラオケを設置したことでいずれJASRACが著作権手続交渉のため訪店すると思う、その際、遡及金額の支払を要求されるので、著作権手続を締結する前に訴外会社に連絡してもらえれば、遡及金額について相談に乗る」、「病気をしていた、一時期閉店していたなどと主張して、遡及期間を負けてもらえばよい」という趣旨の説明を訴外会社の従業員から受けた旨述べた。(甲30の2)
(5)ア 以上により検討するに、被告には、MTSの代表者としてカラオケ装置のリースが著作権侵害に加担するものとの警告書の送付を原告から受けた経験があった上、平成14年中には、リース業者の法的責任を認めた平成13年判決を知ったというのであるから、遅くとも、原告九州支部の担当者の訪問を受け平成13年判決の説明を受けた平成18年6月当時には、当該最高裁判決で示された注意義務の概要を知り、それを怠った場合には、カラオケ装置を使用して営業を営む社交飲食店の店舗経営者とともに不法行為責任を負うことを知っていたということができる。
 しかし、そうであるのに、訴外会社が、その営業において平成13年判決に従った対応をするようになった旨の主張立証はないし、そのことをうかがわせるような事実関係も認められない。そればかりか、その後であっても、一部とはいえ、上記(4)オのとおり、原告に対する著作権の支払をする必要がないような著作権侵害の教唆ともとられる説明を受けたリース先店舗の経営者が存在するというのであるし、現に訴外会社のリース先における無許諾店舗の割合は、原告との契約締結率の全国平均より多いことさえうかがえることからすると、訴外会社においては、遅くとも平成18年以降であっても、平成13年判決で示された注意義務をあえて無視した営業がされていたものということができ、したがって、この関係では、訴外会社の意思決定をしていた被告は過失により平成13年判決で示された注意義務を怠る経営をしていたというにとどまらず、むしろ故意によりこれに反する経営をし、リース先の無許諾店舗でなされる著作権侵害に加功していたとみるのが相当である(訴外会社で用いる契約書の裏面に、原告と利用許諾契約を締結すべき旨が記載されていることや、また訴外会社の営業社員は、契約締結時に原告に提出すべき利用許諾契約の申込書を交付していたという形式的対応の事実は上記評価を妨げない。)。
イ しかし、被告は破産免責を受けているのであるから、原告が被告に対して不法行為に基づく損害賠償請求権を行使するためには、上記のとおり、被告に権利侵害に対する単なる故意が認められるだけでは足りず、「悪意」、すなわち、権利侵害に向けた積極的な害意が認められる必要があるところ、そのような観点で見てみると、上記認定事実から認められるところからは、訴外会社ひいては被告に「悪意」があるとまで認めることはできないというべきである。
 すなわち、確かに被告の一連の対応が、いずれもリース会社としての対応如何で避けられ得る著作権侵害がなされることを全く意に介していないとして非難されるべきことは否定できないが、訴外会社ひいては被告にとっては、リース先との契約を増やして利益を増大させることに意味があるのであって、それ以外に原告の管理する著作物の著作権を侵害することそのもの自体に意味があるとは考え難いところである。そうすると、訴外会社ひいては被告の行為が平成13年判決で求められた注意義務を全く無視するものであるとしても、それだけでは、直接には訴外会社の利益を増大させることを目的としてなされた行為であるとしか評価できず、原告に対する害意に基づくものとは認め難いというべきである。
 また、そもそも著作権侵害をする直接の主体となり得るのは社交飲食店の経営者であるところ、訴外会社の営業にかかわらずこれらの経営者が原告と著作物利用許諾契約を締結すれば著作権侵害の問題が生じようがないところ、訴外会社が著作物利用許諾契約締結の必要性を積極的に説明しないとしても、上記(4)イ(ウ)の事実からすると、少なくとも、訴外会社は、社交飲食店経営者に対し、その必要性の判断を自らする機会は与えていたということができる。そして、訴外会社からリースを受けていた社交飲食店の大半は無許諾店舗ではなかったというのであるから、この点でも、訴外会社ひいては被告が平成13年判決で求められた注意義務を全く無視していようとも、自らの利益増大の目的を超えて、原告に対する害意があったとまでは認め難いというべきである(なお、上記(4)オのように、訴外会社の従業員が、積極的な虚偽説明をした事実も認められないわけではないが、これは2件にしかすぎない。逆に上記(4)エ(コ)からすると、多くの無許諾店舗では、積極的な虚偽説明を受けたことを訴えておらず、原告との利用許諾契約の必要性について説明を受けていないという不満をいうにとどまっているのというであるから、上記2件は、出来高増大を欲した営業社員が過剰な営業活動をしたものとみるべく、この点でも訴外会社ひいては被告が原告に対する積極的な害意を訴外会社の営業を主導していたとは認め難いといわなければならない。)。
ウ 要するに訴外会社ひいては被告の行為がいかに非難に値しようとも、それは他者の利益を顧みずに自らの利益を図ったということにすぎず、そのような行為の結果として無許諾店舗に経営者による原告の管理著作物についての権利侵害が起きようとも、これをもって、原告の権利侵害に向けた積極的な害意、すなわち破産法253条1項2号にいう「悪意」があるとは認められないというべきである。
エ なお原告は、無許諾店舗の解消に向けての訴外会社の非協力や、無許諾店舗からの過去分の使用料徴収に向けての交渉過程において、訴外会社ないし被告が事実を隠蔽したり、虚偽の報告をなしたりしたことなどにうかがえる一連の悪性をもって、被告の不法行為が「悪意」をもって加えたものであることを基礎づけようとしているが、本件において問題としている不法行為は、無許諾店舗においてされた著作権侵害にリース業者として加功した点をとらえていうものであるはずであるから、上記の点で、訴外会社、ひいては被告の対応が不誠実であることを否定できないとしても、そのような事情をもって、本件で問題とすべき被告の行為が「悪意」をもってなされたとは評価できないというべきである。
(6) したがって、本件では、被告が「悪意をもって加えた不法行為」をしたものと認めることができないから、これに基づく損害賠償請求権も認められない。
2 以上の次第で、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求には理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 森崎英二
 裁判官 田原美奈子
 裁判官 大川潤子


別紙(掲載を省略)
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