判例全文 line
line
【事件名】美川憲一氏の事務所独立事件
【年月日】平成27年7月16日
 東京地裁 平成25年(ワ)第32688号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成27年5月21日)

判決
原告 株式会社エービープロモーション
同訴訟代理人弁護士 五十嵐啓二
同 飯嶋康宏
同 木下いずみ
同 村瀬敦子
同 大谷龍生
被告 X1ことX(以下「被告X1」という。)
被告 株式会社Y(以下「被告会社」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士 弘中惇一郎
同 弘中絵里
同 大木勇
同 品川潤
同 山縣敦彦


主文
 原告の請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告に対し、連帯して、1億3554万8125円及びこれに対する平成25年4月24日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告に対し、連帯して、5170万1928円及びこれに対する平成24年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告らは、別紙衣装目録記載の各衣装(以下「本件衣装」と総称する。)を複製し、展示し、譲渡し、貸与し、変形してはならない。
4 被告らは、別紙譜面目録記載の各譜面(以下「本件譜面」と総称する。)を複製し、演奏し、展示し、譲渡し、貸与し、編曲してはならない。
5 被告X1は、原告に対し、624万5050円及びこれに対する平成25年4月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告会社は、原告に対し、1000万円及びこれに対する平成14年2月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
7 被告会社は、原告に対し、776万2361円及びこれに対する平成25年4月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、芸能プロダクションである原告が、@芸能人である被告X1と専属的所属契約を締結していたところ、被告X1が同契約を一方的に破棄して独立し、被告会社も被告X1と共同して上記独立を敢行したとして、被告らに対し、債務不履行に基づく損害賠償金(移籍金相当額)1億3554万8125円及びこれに対する請求の日の翌日である平成25年4月24日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の連帯支払、A被告らが上記独立に当たり原告の所有する本件衣装及び本件譜面を無断で持ち出し原告の所有権を侵害したとして、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償金(各製作費相当額)合計5170万1928円及びこれに対する不法行為の後の日である平成24年9月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払、B原告は本件衣装の著作権者であり、上記無断持出し等の後も被告X1は芸能活動を継続しており被告らによる著作権侵害のおそれが生じているとして、被告らに対し、著作権に基づく侵害予防請求として、本件衣装の複製、展示、譲渡、貸与及び変形の差止め、C原告は本件譜面に係る音楽の著作権者であり、上記無断持出し等の後も被告X1は芸能活動を継続しており被告らによる著作権侵害のおそれが生じているとして、被告らに対し、著作権に基づく侵害予防請求として、本件譜面の複製、演奏、展示、譲渡、貸与及び編曲の差止め、D被告X1に金員を貸し付け、また、被告X1が支払うべき債務を立替払したとして、被告X1に対し、貸金返還請求として300万円及び立替金返還請求として324万5050円並びにこれらに対する請求の日の翌日である平成25年4月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払、E被告会社に金員を貸し付けたとして、被告会社に対し、貸金返還請求として1000万円及びこれに対する貸付けの日である平成14年2月27日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による利息の支払、F被告会社が支払うべき債務を立替払したとして、被告会社に対し、立替金返還請求として776万2361円及びこれに対する請求の日の翌日である平成25年4月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求めた事案である。
1 争いのない事実等(後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実を含む。)
(1) 当事者等
ア 原告は、芸能人の舞台、テレビ、ラジオ、映画その他の出演に対する仲介並びに斡旋の業務等を目的とする株式会社であり、昭和63年10月25日に設立された。X2(以下「X2」という。)は、その代表者である。(甲1)
イ 被告X1は、「X1」の芸名で歌手等として芸能活動を行っている者である。
ウ 被告会社は、芸能タレントのマネージメント等を目的とする株式会社であり、平成3年3月28日に設立され、被告X1がその代表者である。被告会社の業務のほとんどは被告X1の芸能活動のマネジメントである。(甲2)
エ 株式会社ABプロ(以下「ABプロ」という。)は、芸能人、タレント、モデル、アーティスト等の育成、養成、マネジメント、プロモート、キャスティング及びコンサルタント業等を目的とする株式会社であり、平成24年8月22日に設立された。X3(以下「X3」という。)は、その代表者である。(乙4)
(2) 原告と被告X1の間の所属契約
 原告と被告X1は、原告が設立された頃、被告X1が原告に所属して芸能活動を行う旨の契約(以下「本件所属契約」という。)を締結し、以後、被告X1は原告所属のタレントとして芸能活動を行ってきた。
(3) 原告、X2及びABプロの間の覚書
 原告、X2及びABプロは、平成24年7月頃以降(時期については争いがある。)、@ABプロは原告及びX2の負債について責任を負わない、AX2はABプロの顧問としてABプロの利益となることを全面的に協力する、BABプロは原告及びX2に対し必要な調査を行うことができる、CABプロ、原告及びX2は本件に関する情報を他者に漏らさない旨の覚書(乙1。以下「本件覚書」という。)を締結した。
(4) 被告X1の原告からの「独立」
 被告X1は、平成24年8月14日頃、記者会見において原告からの独立を検討中である旨発言し、さらに、同年9月5日頃、原告から独立する旨の記者会見を行った。そして、被告X1は、この頃以降、ABプロの所属タレントとして芸能活動をするようになり、これに伴って本件所属契約はその頃事実上終了した。(甲18、37。以下、この本件所属契約の終了を「本件独立」ということがある。)。
(5) 原告及びABプロの事務所
 原告は、従前、被告会社所有の東京都港区<以下略>所在の建物の1室(以下「本件事務所」という。)を賃借して事務所として使用していた。現在、本件事務所はABプロの事務所として使用されている。
(6) 本件衣装
 本件衣装は、いずれも被告X1の舞台衣装である。
 本件衣装は、従前、原告が借りた倉庫(トランクルーム。以下「旧倉庫」という。)に保管されていたが、平成24年8月下旬頃、旧倉庫から搬出された。
(7) 本件譜面
 本件譜面は、いずれも、被告X1が歌う楽曲の伴奏を舞台用に編曲したものであり、本件事務所に保管されていた。
(8) 時効の援用
 被告X1は、原告に対し、平成27年5月21日の本件口頭弁論期日において、前記Dの請求について時効を援用するとの意思表示をした。
 被告会社は、原告に対し、同期日において、前記E及びFの各請求について時効を援用するとの意思表示をした。
2 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 本件所属契約の債務不履行に基づく損害賠償請求について
ア 被告X1による本件所属契約の債務不履行の有無
(原告の主張)
(ア) 芸能プロダクションが所属タレントの商業的価値を築き、維持するためには、高額の費用及び多くの労力をかけて当該タレントの育成教育、多種多様なプロモーション活動等を継続的に行う必要がある。仮に所属タレントが当該プロダクションを通さずに芸能活動を行い、あるいは当該プロダクションから独立すると、投資が無に帰し、当該タレントの商業的価値を奪われ、多大な損害を被ることになる。したがって、芸能プロダクションに所属するタレントは、当該プロダクションとの間で、当該プロダクションに専属的に所属する旨の合意をし、当該プロダクションの許可なく独立あるいは他のプロダクションに移籍しない義務を負う。
 本件においても、本件所属契約には、被告X1が原告から独立するには原告の承諾を要することが当然に含まれていた。
 また、本件所属契約は契約期間の定めのない継続的契約であり、20年もの長期間に及んでいるのであるから、その解消は合意解約又はやむを得ない理由に基づく解約申入れによらなければならない。
(イ) ところが、被告X1は、平成24年9月5日、原告の承諾なく一方的に原告から独立した。また、本件独立は、やむを得ない理由に基づく解約申入れでもない。
 したがって、本件独立は、被告X1による本件所属契約の債務不履行に当たる。
(ウ) 被告らは、本件覚書を根拠に、被告X1が原告からABプロに移籍することについて、原告、被告ら及びABプロの間に合意が成立した旨主張する。
 しかし、本件覚書は、原告が有していた被告X1の出演料支払請求権をABプロに移転させること等に伴う金銭の精算を含めた相当額の移籍金の支払について円満な解決に至ることを前提として締結されたものであり、原告、X2及びABプロの間では、本件覚書の効力を生じさせる停止条件として被告X1が原告に対し相当額の移籍金を支払うこと、当該移籍金の具体的金額及び支払条件等の詳細は追って協議して決定することが合意された。また、上記停止条件の合意に当たっては、原告、X2及びABプロはもちろん、被告らにおいても、当該移籍金についての協議の存在及び内容を開示し、又は漏らしてはならないことが当然の前提となっていた。移籍金の支払が確立した商慣習であることは、下記ウ(原告の主張)(イ)のとおりである。
 なお、本件覚書が締結されたのは平成24年7月頃であるが、上記の停止条件があることから日付は記載されなかった。
 しかるに、被告X1は、原告の承諾を得ることなく、同年8月14日、新事務所の設立も視野に入れて原告からの独立を考えていることを公表した。これにより上記移籍金についての協議を進める前提が崩され、協議を行うことさえできなくなったため、上記停止条件は成就せず本件覚書は効力を生じなかった。
(被告らの主張)
(ア) 被告X1が原告から独立しABプロの所属になることは、原告、被告ら及びABプロの間で合意されていた。このことは、本件覚書が締結され、ABプロが原告の債務を一切引き受けない旨、X2が顧問として引き続きABプロの利益になるよう全面的に協力する旨合意していたことからも明らかである。なお、本件覚書が締結されたのは、平成24年8月下旬ないし9月上旬である。
 原告は、本件所属契約終了を前提に、同年7月20日、原告従業員に対し退職勧告を行った上、同年8月分の本件事務所の賃料を支払わなかったもので、原告が本件所属契約の終了に同意していたことは明らかである。
(イ) 原告は、相当額の移籍金の支払が本件覚書の効力を生じさせる停止条件であった旨主張するが、本件覚書には移籍金に関する定めは一切なく、口頭でも移籍金について定めていない。原告主張の移籍金支払の商慣習が存在しないことは、下記ウ(被告らの主張)のとおりである。また、移籍金の協議自体がなかったのであるから、被告らが移籍金についての協議の存在及び内容を開示し、又は漏らしてはならない旨の義務を負うことはあり得ない。
(ウ) そもそも被告X1が本件独立に至ったのは、原告の財務状態が悪化し、資金繰りに窮するようになったことから、X2が被告X1に対し、これ以上会社を続けていけない、やめさせてほしい旨懇願したからである。現に、被告X1にもギャラが支払われず、原告の従業員も全員解雇され、原告は事実上の解散状態となっていたため、被告X1は原告を辞めざるを得なかった。
イ 被告会社による債務不履行の有無
(原告の主張)
 被告会社は、従前原告が行っていた被告X1のマネジメント作業を行うことのみを目的として設立され、実際、同作業以外はほとんど何も行っていない会社である。このような事情のため、被告会社は、設立と同時に、原告との間で、被告X1を原告の専属的所属タレントとして活動させる旨の合意をした。
 しかるに、前記ア(原告の主張)のとおり、被告X1は原告の承諾なく一方的に本件独立を断行し、被告会社も被告X1と共同して本件独立を計画し断行したから、被告会社の上記行為は、原告に対する債務不履行に当たる。
(被告らの主張)
 原告と被告会社との間に原告主張のような合意は存在しない。
 また、本件独立が原告の同意に基づくものであったことは上記ア(被告らの主張)のとおりである。
ウ 損害額
(原告の主張)
(ア) 本件独立により、原告は、これまで20年以上の長きにわたって多大な労力及び費用をかけて形成維持してきた「X1」という商業的価値を一方的に奪われ、その後も、被告X1が上記商業的価値を利用して芸能活動を継続していることにより、本来原告が得るべき利益を奪われ続けている。
(イ) 芸能界においては、通常、タレントが所属プロダクションから独立する場合、当該タレントは、当該プロダクションが将来にわたって得られたであろう利益の一部に相当する移籍金を支払うことが確立した商慣習になっており、当該移籍金の額は、慣習上、当該タレントの芸能活動により当該プロダクションが過去2年間に得た粗利益相当額を下らないものとされている。
 被告らは、本件独立に際し、上記商慣習に反し、原告に対し何らの金銭的対価も支払っておらず、原告には移籍金相当額の損害が発生している。被告X1の芸能活動による原告の平成22年及び平成23年の売上げは合計6億7774万0625円、粗利率は20%であるから、この間の原告の粗利益は1億3554万8125円であり、原告が被った損害の額はこれを下らない。
(ウ) また、被告X1が本件独立後現に芸能活動を行い、その期間は3年を下回らないから、原告が本来得べかりし利益の額は本件独立後3年分の粗利益に相当する。平成20年6月1日から平成23年5月31日までの間の原告の粗利益は合計3億3976万0659円であるので、原告は、被った損害の内金として、上記(イ)の移籍金相当額の賠償を求める。
(被告らの主張)
 争う。原告主張の商慣習は存在しない。タレントがその所属するマネジメント会社との所属契約を終了させ他の会社等に移籍した場合に移籍金を支払うか否かは、ケースごとに当事者の合意によって決められるものにすぎない。
(2) 本件衣装の所有権侵害の不法行為による損害賠償請求について
ア 被告らによる所有権侵害の有無
(原告の主張)
(ア) 原告は、本件衣装の製作者から本件衣装の所有権を全て譲り受けた。
(イ) 被告らは、平成24年8月頃、本件独立に伴い、原告に無断で本件衣装の全てを旧倉庫から共同して持ち出し、その後、一部を破棄し、その余を現在に至るまで占有し続けている。これは、原告の本件衣装に対する所有権を侵害するものである。被告らは、合意に基づく占有移転である旨主張するが、そのような合意をした事実はない。
(ウ) 本件衣装の現在の保管場所がABプロの契約する倉庫であったとしても、ABプロを通じて被告らが間接的に占有していることになる。なお、被告X1は、平成25年3月11日、代理人を通じ、原告に対し、本件衣装の一部はカビが生えていたので被告X1において廃棄したがその余は返却したい旨述べており、被告らによる持出し及び占有の継続を自認している。
(被告らの主張)
(ア) 原告が本件衣装を所有していることは不知。
(イ) 被告X1は、平成24年7月頃、資金繰りに窮した原告からの申出により、やむなくABプロに移籍せざるを得なくなった。これに伴い、被告X1の衣装は、よりコストのかからない貸倉庫に移すことになり、同年8月頃、ABプロの従業員が原告から旧倉庫の鍵の提供を受けて、本件衣装をABプロが新たに賃借した倉庫に移動させた。すなわち、本件衣装の占有は、合意の上で、原告からABプロに移転したのであり、被告らは本件衣装の管理には一切関与していない。
 したがって、被告らが本件衣装の占有を取得したことはなく、原告の主張は前提において誤っている。
イ 損害額
(原告の主張)
 被告らによる前記アの共同不法行為によって、原告は、本件衣装の一部の所有権を喪失し、その余についても所有権の行使を完全に制限された結果、本件衣装の製作代金に相当する金額の損害を被った。
 本件衣装の製作代金は、合計4378万1083円である。
 被告らは、本件衣装の劣化を主張するが、本件衣装はいずれも各年、各用途ごとに製作されたもので、使用頻度は極めて少ない上、一流の演歌歌手である被告X1が着用したことにより、当該衣装には多大な経済的価値が生じている。
(被告らの主張)
 被告らは本件衣装を速やかに引き取ってもらいたいと考えてきたのであり、原告においてその実現はいつでも可能であったから、原告に損害は生じていない。
 さらに、衣装は着用しなくても経年劣化する。特に、本件衣装は全て舞台衣装として実際に着用されており、使用前と比して相当に劣化しているはずである。したがって、原告に、本件衣装の製作代金に相当する額の損害が生じていると考える余地はない。
(3) 本件譜面の所有権侵害の不法行為による損害賠償請求について
ア 被告らによる所有権侵害の有無
(原告の主張)
(ア) 原告は、本件譜面の各製作者から本件譜面の所有権を譲り受けた。
(イ) 原告は本件譜面を本件事務所に保管していたが、被告らはこれを原告に無断で持ち出し、自ら占有している。X2は、平成24年10月7日、ABプロの事務所となっていた本件事務所を訪れ、ABプロに対し、本件譜面、帳簿、名刺、パソコン、ブルーレイプレイヤー等原告の所有物一切の返却を求めたが、ABプロは、帳簿、名刺等の返却には応じたものの、本件譜面等の返却を不当に拒否したのであり、本件譜面に対する原告の占有が原告の意思に反して被告らに移転したことは明らかである。
 なお、被告X1は、平成25年3月11日、代理人を通じ、原告に対し、本件譜面の大部分を返却したい旨述べており、被告らによる持出し及び占有の継続を自認している。
(被告らの主張)
(ア) 原告が本件譜面を所有していることは不知。
(イ) 本件譜面は、原告が管理していたときのまま本件事務所に置かれており、持ち出されていない。本件譜面の管理を行っていたのはマネジメント会社である原告やABプロであり、本件譜面の占有は、合意の上で、原告からABプロに移転したのであって、被告らが占有を取得したことはない。
イ 損害額
(原告の主張)
 被告らによる上記アの共同不法行為により、原告は、本件譜面の所有権の行使を完全に制限された結果、本件譜面の製作代金に相当する金額の損害を被った。
 本件譜面の製作代金は、合計792万0845円である。
(被告らの主張)
 被告らは本件譜面を速やかに引き取ってもらいたいと考えてきたのであり、原告においてその実現はいつでも可能であったから、原告に損害は生じていない。
(4) 本件衣装の著作権に基づく差止請求について
ア 本件衣装の著作物性及び著作権者
(原告の主張)
(ア) 本件衣装のうちNHK紅白歌合戦への出演用に製作されたもの(別紙衣装目録記載1〜10−2)は、同番組における被告X1と他の演歌歌手との衣装対決が日本国民一般の共通の話題になるなど、被告X1の特異な芸風を反映して独自に製作されたものであり、これが模倣品であることはその性質上あり得ない。また、シャンソンコンサート等への出演用に製作されたもの(同目録記載11〜17)も、やはり被告X1の特異な芸風を反映して独自に製作されたのであって、一般のシャンソン歌手が着用しているロングドレスとは類似しない。
 このように、本件衣装はいずれも独自性が極めて強く創作性があり、美術の著作物に該当する。
(イ) 原告は、本件衣装の各製作者から、本件衣装に係る美術の著作物全ての著作権を譲り受けた。
(被告らの主張)
(ア) 歌謡番組やコンサートにおいては舞台映えのする装飾を施した審美的な衣装が使用されることは決して珍しいことではない。特に、演歌やシャンソン等のジャンルにおいては、歌手が本件衣装と類似する装飾を施した衣装を着用して歌唱する例が多く、本件衣装は一般的なデザインの舞台衣装である。
 したがって、本件衣装には創作性は認められず、著作物となり得ない。
(イ) 原告が著作権者であることは不知。
イ 著作権侵害のおそれの有無
(原告の主張)
 被告らは、平成24年8月末頃、原告に無断で本件衣装を共同して持ち出し、その後これらを現在に至るまで占有している。また、被告X1は、本件独立を断行した後、ABプロに所属し、現在も「X1」としてコンサート出演等の芸能活動を継続している。
 これらのことからすれば、被告らが本件衣装を複製、展示、譲渡、貸与又は変形することは可能かつ極めて容易であり、被告らによってこれらの行為がされることによって原告が本件衣装について有する著作権が侵害される蓋然性が極めて高い。
(被告らの主張)
 争う。
(5) 本件譜面に係る音楽の著作権に基づく差止請求について
ア 本件譜面に係る音楽の著作物性及び著作権者
(原告の主張)
 原告は、本件譜面の各製作者から、本件譜面に係る音楽の著作物(編曲物)の全ての著作権を譲り受けた。
(被告らの主張)
 原告は、本件譜面が音楽の著作物(編曲物)であると主張するところ、本件譜面がなぜ著作物といえるのか不明である。
 原告が著作権者であることは不知。
イ 著作権侵害のおそれの有無
(原告の主張)
 被告らは、平成24年8月末頃、原告に無断で本件譜面を共同して持ち出し、その後これらを現在に至るまで占有している。また、被告X1は、本件独立を断行した後、ABプロに所属し、現在も「X1」としてコンサート出演等の芸能活動を継続している。
 これらのことからすれば、被告らが本件譜面に係る音楽の著作物を複製、演奏、展示、譲渡、貸与又は編曲することは可能かつ極めて容易であり、被告らによってこれらの行為がされることによって原告が本件譜面に係る音楽の著作物について有する著作権が侵害される蓋然性が極めて高い。
(被告らの主張)
 争う。
(6) 被告X1に対する貸金返還請求について
ア 貸付けの有無
(原告の主張)
 原告は、平成15年3月31日、被告X1に対し300万円を弁済期及び利息の定めなく貸し付けた。
 これは、原告が、被告X1から、出演料の前借りの趣旨で貸付けの依頼を受けたところ、当時、原告は十分な現金を有していなかったため、原告の取引先社長であったX4から300万円を借り入れ、これを被告X1に貸し付けたものである。このことは、原告の当時の通帳(甲31)及び総勘定元帳(甲6)並びにその後の確定申告書(甲27〜29)の各記載から裏付けられる。
(被告X1の主張)
 被告X1が原告主張の貸付けを受けた事実はない。
 このことは、借用書が作成されておらず、X2でさえ被告X1から直接当該貸付けの話を聞いたわけではないことから明らかである。
 原告主張によっても、当該貸付けは利息の定めも弁済期の定めもなかったというのであり、貸付けかどうか疑わしい。
イ 消滅時効の成否
(被告X1の主張)
 原告主張の貸付けが存在したとしても、商人である原告の「営業のためにする行為」に当たるから、商法522条により平成20年3月31日をもって消滅時効が完成している。
(原告の主張)
 争う。
 被告X1は原告の取締役兼専属的所属タレントであって原告との内部的関係しかなく、被告X1に対する貸付けは原告の営業とは何ら関係しない。
(7) 被告X1への立替金請求について
ア 立替払の有無
(原告の主張)
 原告は、被告X1の依頼を受け、別紙花代金の立替払い一覧記載のとおり、被告X1が自ら、又は原告が被告X1に代わって花業者に注文し、被告X1が負っていた花代金支払債務合計324万5050円について立替払をした。
 上記の花は、被告X1がその個人的な友人・知人である芸能人等に対して送ったもので、原告は被告X1から、「払っといて」、あるいは「花を贈っといて」と言われて一方的にその代金支払を要求されていた。原告は、被告X1の有無を言わせぬ一方的な態度のため、やむを得ず代金を支払ってきた。
(被告X1の主張)
 原告が請求する花代金は、元々所属事務所である原告が負担すべきものである。タレントが花を贈る場合、逐一タレントから所属事務所に指示がされるのではなく、通常は所属事務所の業務として発注が行われる。多くの請求書の宛名が原告になっていることからも、原告が、当時、当然に当該花代金を原告が負担すべきものと考えていたことが明らかである。現に、被告X1は本件訴訟に至るまで一度も原告から花代金の請求をされておらず、原告が被告X1に対して支払う報酬と相殺する処理をしたこともない。
 なお、被告X1は、純粋に個人的な付き合いの知人・友人に花を贈る場合は自分で代金を負担し、請求書も被告会社宛てにしてもらっていた。
イ 消滅時効の成否
(被告X1の主張)
 原告主張の立替金が存在したとしても、当該立替払は商行為であり、別紙花代金の立替払い一覧中平成20年12月1日支払分までは商法522条により消滅時効が完成している。
(原告の主張)
 争う。
 当該花代金は、被告X1がその個人的な友人・知人である芸能人等に対し贈ったもので、原告の営業とは何ら関係しない。
(8) 被告会社に対する貸金返還請求について
ア 貸付けの有無
(原告の主張)
 原告は、平成14年2月27日、被告会社に対し1000万円を弁済期及び利息の定めなく貸し付けた。
 これは、当時、被告X1が被告となっていた民事訴訟において当該訴訟の原告に7000万円を支払う旨の和解が成立し、被告X1がこれを支払ったことにより資金不足に陥り、原告に対し、被告会社に1000万円を貸し付けるよう依頼したことによるものである。原告はこの依頼に応じて、平成14年2月27日、原告名義の銀行口座から被告会社名義の口座に1000万円を振り込んだ。このことは、原告の当時の通帳(甲33)及び総勘定元帳(甲8)の各記載から裏付けられる。
(被告会社の主張)
 被告会社が原告主張の貸付けを受けた事実はない。
 このことは、借用書が作成されておらず、当時の原告の経理担当者でさえ被告X1から直接当該貸付けの話を聞いたわけではないことから明らかである。
 原告主張によっても、当該貸付けは利息の定めも弁済期の定めもなかったというのであり、貸付けかどうか疑わしい。
イ 消滅時効の成否
(被告会社の主張)
 原告主張の貸付けが存在したとしても、商人である原告の「営業のためにする行為」に当たるから、商法522条により平成19年2月27日をもって消滅時効が完成している。
(原告の主張)
 争う。
 原告の被告会社に対する貸付けは原告の営業とは何ら関係しない。
(9) 被告会社への立替金請求について
ア 立替払の有無
(原告の主張)
 原告は、いずれも被告会社の依頼を受け、以下のとおり、被告会社所有の車両(以下「本件ロールスロイス」という。)に係る費用の立替払をした。
 なお、原告は、被告X1に原告の業務を行わせる際の社用車としてエルグランドを用意しており、被告X1による本件ロールスロイスの使用は専ら私用のためのものであった。
(ア) 自動車保険料
 原告は、平成15年から23年まで毎年12月頃、三井住友海上火災保険株式会社との間で本件ロールスロイスについて被告会社を被保険者とする自動車保険契約を締結し、上記保険会社に対し、各年の保険期間の間(12月19日から翌年12月19日まで。ただし、平成23年契約分は平成24年8月19日まで)、被告会社が支払うべき月額保険料合計327万2670円を立替払した。
 原告は、平成15年10月頃、被告X1から、有無を言わせぬ一方的態度で、被告会社を被保険者とする自動車保険契約を原告名義で締結するよう要求され、これに応じざるを得なかった。
(イ) 修理代金等
 原告は、別紙ロールスロイス修理代金等の立替払い一覧記載のとおり、被告会社が支払うべき本件ロールスロイスの修理代金等合計92万9691円を修理業者等に立替払した。
 被告会社は平成15年12月より前は本件ロールスロイスの修理代金等を自ら支払っていたが、原告は、同月になって、被告X1から「払っといて」と言われ一方的に請求書を渡されたり、「修理しといて」等と言われ一方的に修理代金等の支払を要求されたりするようになり、被告X1の有無を言わせぬ一方的な態度のため、これに応じざるを得なかった。
(ウ)  駐車場賃料
 被告会社は、平成13年5月、賃貸人X5との間で東京都世田谷区<以下略>所在の駐車場を月額3万3000円で賃借する旨の賃貸借契約を締結した。賃料は、平成14年12月以降、月額3万5000円となった。
 原告は、被告会社の依頼を受け、平成15年12月から平成24年4月までの間、毎月末日頃、被告会社が支払うべき上記月額賃料を立替払した。また、同年5月10日、同月20日までの日割り賃料2万5000円を立替払した。その合計額は356万円である。
 被告会社は平成15年12月より前は上記賃料を自ら支払っていたが、原告は、同月になって、被告X1から「払っといて」と言われ一方的に支払を要求されるようになり、被告X1の有無を言わせぬ一方的な態度のため、これに応じざるを得なかった。
(被告会社の主張)
 本件ロールスロイスは、専ら被告X1のタレント業務遂行に伴う移動にのみ使用される原告の社用車であった。すなわち、被告会社は、自己の所有する本件ロールスロイスを原告の社用車として使用することを認めたのであり、必要経費である自動車保険料、修理代金、駐車場料金等は当然に原告が負担するものとされていた。
 仮に原告主張のような立替払があったのであれば、原告は、被告会社に支払う報酬と相殺するのが簡便なはずであるが、そのような処理はされていない。
 なお、原告主張のエルグランドも原告の社用車であったが、これは原告従業員の移動や荷物の運搬に使われていた。
イ 消滅時効の成否
(被告会社の主張)
 上記立替金が存在したとしても、当該立替払は商行為であり、別紙ロールスロイスの修理代金等の立替払い一覧中平成18年3月31日支払分までは商法522条により消滅時効が完成している。
(原告の主張)
 争う。
 本件ロールスロイスは社用車でなかったから、同車に係る費用の立替払は原告の営業と何ら関係しない。
第3 当裁判所の判断
1 事実経過(争点(1)〜(3)関係)
 前記争いのない事実等に加え、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる(なお、書証の枝番の記載は省略する。以下同じ。)。
(1) 原告の設立等(甲1、37、原告代表者)
ア 原告は、昭和63年10月25日に設立され、専ら被告X1のための芸能プロダクションとして活動することが予定されていた。被告X1は、この頃、原告との間で本件所属契約を締結し、原告専属のタレントとして活動するようになった。
 原告の会社名「株式会社エービープロモーション」は、設立当時の代表者阿部の姓にちなんで名付けられたものである。
イ X2は、平成元年頃に副社長として原告に入社し、平成12年頃に代表取締役となった。
(2) 本件衣装及び本件譜面の管理(甲27〜30、原告代表者)
 被告X1が芸能活動を行うに当たり使用する舞台衣装や譜面は、所属プロダクションである原告が費用を負担して作成し、管理していた。
 本件衣装は、少なくとも平成20年頃以降、原告が賃借した旧倉庫に預け入れられており、その鍵は原告が本件事務所で管理していた。また、本件譜面は、原告が本件事務所で保管していた。
(3) 本件独立前の原告の経営状態(甲27〜29、原告代表者)
ア 原告の所属タレントは被告X1のみであり、原告の収入は専ら被告X1の出演者報酬であった。
イ 原告の売上げは、第31期(平成20年6月1日〜平成21年5月31日)が約3億8000万円、第32期(平成21年6月1日〜平成22年5月31日)が約4億5000万円、第33期(平成22年6月1日〜平成23年5月31日)が約3億1000万円であり、第31期及び第32期には営業利益が340万円ないし450万円程度あったが、第33期には、売上げの減少に比して支払制作費、販売費及び一般管理費がさほど減少しなかったことから約2300万円の営業損失が生じた。また、この期は前期に比し借入金が1000万円余り増加して約9500万円に、未払金が2000万円以上増加して約5000万円になり、原告の財務状態は悪化した。
ウ 平成24年に入ると、原告は、一時、従業員給与や被告X1への出演者報酬の未払、本件事務所の賃料の滞納が生じる状態となった。
(4) 本件独立に至る経過(甲18、32、34、37、乙1、3、4、原告代表者)
ア 原告が上記(3)のような財務状態に陥ったことから、X2とX3が相談した結果、X3が原告の経営に加わることになった。X3は、被告X1のプロデュースする飲食店の経営者であり、従前からX2と親しくしていた。当初はX3が社長に、X2が会長になるとの話があったが、原告の負債が過大なことから、平成24年7月頃までに、新しい芸能プロダクションを設立し、X3が社長、X2が顧問となって、被告X1を原告からこのプロダクションに移籍させるという話になった。そして、新たに設立するプロダクションの名称を原告の略称である「エービープロ」と酷似した「ABプロ」とすること、その事務所を従前の原告の事務所と同じ場所に置くことが了解された。
イ X2とX3は、上記アの話合いを踏まえて、当事者を原告(代表者X2)、X2及びABプロ(代表者X3)とする本件覚書を締結した。その内容は前記争いのない事実(3)のとおりであり、ABプロ及びX2の負債につき責任を負わないこと、X2が顧問としてABプロに協力することなどが明記された。なお、本件覚書の作成時期につき、原告は同年7月頃である旨、被告らはABプロが設立された同年8月22日以降である旨主張するところ、後記ウのとおり原告が従業員を退職させるなどしていることに照らし、同年7月20日頃までに締結されたと認めるのが相当である(本件覚書にはABプロの会社印及び代表者印が押されているが、設立準備のため既に印鑑等が作成されており、X3は設立後のABプロに効果が及ぶものとして本件覚書を締結したと考えられる。)。
ウ 原告は、同月20日頃、原告の全従業員を退職させ、同年8月以降は原告に在籍するのはX2のみとなった。また、原告は、同年7月20日、「株式会社エービープロモーション ABプロ口」名義の銀行口座を新たに開設し、以後、取引先が原告に支払う金銭の入金先は全て同口座とし、原告の負担すべき費用の一部も同口座から支払うようにした。さらに、原告は、同月末日を期限とする同年8月分の本件事務所の賃料を支払わなかった。このほか、原告は、同年8月28日、原告所有の社用車(エルグランド)を売却する契約を締結し、本件ロールスロイスに係る自動車保険契約を同月分をもって解約した。
エ 被告X1は、同月14日、記者会見を行い、原告の経営状態の悪化を理由に新事務所設立を視野に入れた原告からの独立を考えている旨発言した。
オ 同月22日、X3を代表者としてABプロが設立された。本店所在地は、登記上は品川区<以下略>とされたが、実際の事務所は本件事務所に置かれた。本件事務所は、この頃以降、ABプロの事務所として使用されるようになったが、X2は従前どおり自由に出入りすることができた。X2は、同月下旬頃、2回にわたり本件事務所を訪れ、原告の帳簿、通帳及び実印とX2の私物等を持ち帰ったが、従前原告が使用していたパソコン、ブルーレイプレイヤー等は回収しなかった。
カ ABプロは、同月24日、新たに倉庫(以下「新倉庫」という。)を賃借し、この頃、原告が管理していた旧倉庫の鍵を用いて本件衣装を旧倉庫から搬出して新倉庫に移し、以後、新倉庫で保管することとした。旧倉庫の賃料は月額15万1200円、新倉庫の賃料は月額7万1960円であり、原告は後日新倉庫の1か月分の賃料を負担するものとされた。
(5) 本件独立及びその後の状況(甲15〜17、30、37、原告代表者)
ア 被告X1は、同年9月5日頃、原告から独立し、新事務所を設立する旨の記者会見を行った。これ以降、被告X1は、ABプロ所属のタレントとして芸能活動をしている。
イ X2は、同月25日旧倉庫へ赴き、本件衣装が搬出されていることを確認した。また、同月30日に本件事務所に赴いたが、出入り口の鍵の暗証番号が変更されていたため中に入ることができず、X3と会うこともできなかった。X2は、同年10月7日再度同所を訪れ、原告の帳簿、名刺等を回収した。その後、X2がABプロの顧問に就任することはなかった。
ウ 原告は、同年12月24日到達の内容証明郵便により、被告X1に対し、所有権に基づく返還請求として、本件譜面及び本件衣装を返還するよう求めた。被告X1は、平成25年3月頃、原告に対し、当時の代理人弁護士を通じ、ABプロが管理している衣装のリスト及び譜面の有無を記載したリストを送付するとともに、衣装及び譜面を返却する意向があることを伝えた。その後、原告がこれらの返却を受けることはなく、その結果、現在に至るまで、本件衣装は新倉庫に、本件譜面は本件事務所に、それぞれ保管されている。
エ 原告は、同年4月23日到達の内容証明郵便により、被告X1に対し、被告らに対する貸付金及び立替金合計3050万8142円(ただし、内訳は定かでない。)の支払を求めた。原告がこれ以前に被告らに対し貸付金あるいは立替金の支払を求めたことはない。
2 争点(1)ア及びイ(被告らによる債務不履行の有無)について
(1) 本件所属契約が平成24年9月5日頃に事実上終了したことは前記争いのない事実(4)のとおりであり、原告は、これは被告X1が原告の了解なく一方的に独立したものであるので、本件所属契約の債務不履行に当たる旨主張する。
 そこで判断するに、上記認定事実によれば、X2とX3は、原告の経営状態が悪化して被告X1への報酬の支払が滞りかねないとの状況下で、被告X1の芸能活動を継続させるため、それぞれ原告及び設立準備中のABプロの代表者として、被告X1が今後在籍すべき芸能プロダクションとしてABプロを新たに設立し、被告X1を移籍させ、X2も顧問としてABプロの利益になるよう協力するとともに、その芸能活動に必要な資産を引き継ぐこととする一方、原告の債務はそのまま原告に残すものとして本件覚書を締結したことが明らかである。そうすると、本件覚書に従った手続が順調に進んだ場合には、被告X1はABプロに移籍し、原告は廃業することが予定されていたとみることができる。このことは、新たに設立されるプロダクションの名称が原告の略称と酷似しており、本件事務所を引き続き使用するとされたこと、原告が同年7月下旬以降全従業員を退職させ、本件事務所の賃料の支払をやめ、社用車の売却手続を行うなど、原告の廃業に向けた手続が対外的にも見える形で種々進んでいたことからも裏付けられる。実質的に考えても、被告X1は原告の唯一の所属タレントであり、原告の収入は専ら被告X1の出演料だったのであり、原告の財務状況が悪化し、従業員給与や被告X1への報酬の未払、本件事務所の賃料支払の遅滞等も生じていた状況下で、被告X1がABプロに移籍してもなお原告を存続させるべき理由は見当たらない。
 そして、被告X1がABプロに移籍して原告を廃業することは、本件覚書の当事者である原告はもとより、被告らも当然に了解していたと解され、本件独立はこれに従ったものであるから、原告は被告X1による本件独立に同意していたというべきである。
(2) これに対し、原告は、被告X1が原告に対し相当額の移籍金を支払うことが本件覚書の効力を生じさせる停止条件であった、また、被告らが当該移籍金についての協議の存在及び内容を開示し、又は漏らしてはならないことが当然の前提となっていたが、被告X1が記者会見で協議の存在を公表したため前提条件が崩れ、移籍金の支払もされなかったため、本件覚書は効力を生じていない旨主張する。
 しかし、本件覚書に移籍金について何ら記載がないこと、移籍金の支払について具体的協議がされなかったことは原告も認めるところである。また、原告は、被告X1を唯一の所属タレントとする会社であって、ABプロを設立して被告X1を移籍させた後は廃業することが予定されていたことは上記のとおりであるから、そのような会社について原告が主張する移籍金支払の必要性についての議論が妥当することはないし、原告が主張する移籍金支払の商慣習の存在を認めるに足りる証拠もない。
 したがって、原告の上記主張は失当である。
(3) 以上のとおり、本件独立は原告の同意の下に行われたものであるから、これをもって被告X1の債務不履行に当たるということはできない。
(4) 原告は、被告会社についても本件独立につき債務不履行がある旨主張するが(争点(1)イ)、本件独立が原告の同意に基づくものである以上、被告会社について債務不履行を認める余地はない。
(5) 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告らに対する債務不履行による損害賠償請求は理由がない。
3 争点(2)ア(被告らによる本件衣装の所有権侵害の有無)について
(1) 本件衣装の保管場所が旧倉庫から新倉庫に移転したことは前記1(4)カ認定のとおりであり、原告はこれにより原告の所有権が侵害された旨主張する。
 そこで判断するに、前記1(4)カで認定したとおり、旧倉庫から本件衣装を移動させるに当たっては従前原告が管理していた鍵が用いられたこと、新倉庫の賃料は旧倉庫の約半分となり、1か月分の新倉庫の賃料を原告が負担するとされていたことに照らせば、原告は本件衣装を旧倉庫から新倉庫へ移動させることを承諾していたと認めるのが相当であり、被告らによる無断持出しであるとの原告主張は採用できない。そして、前記1及び2で判示した本件独立の経過によれば、本件衣装は、X2が本件事務所に置いたままにしたパソコン等や後述の本件譜面と同様に、被告X1のその後の芸能活動に使用され得るものであることから、従前被告X1の所属事務所として原告が行っていた本件衣装の管理が新たな所属プロダクションであるABプロに引き継がれたとみることができる。
(2)これに対し、原告は、被告X1が原告に対し、本件衣装を返却したい意向を持っている旨伝えたことから、無断持出しを認めていると主張する。
 しかし、前記1(5)ウ認定のとおり、原告が指摘する被告X1の応答は、原告から本件衣装の返却を求められたことに対し返却する意向を持っている旨伝えただけであり、無断持出しを認めているとは解されない。
(3) したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件衣装持出しに係る損害賠償請求は理由がない。
4 争点(3)ア(被告らによる本件譜面の所有権侵害の有無)について
(1) 前記1(5)ウ認定のとおり本件譜面は現在も本件事務所に保管されている のであり、被告らが本件譜面を持ち出したとは認められない。
 また、上記3(1)で本件衣装につき判示したのと同様に、ABプロは原告の業務を引き継いだことに伴い、芸能プロダクション活動に必要な本件譜面の保管を続けているものであって、原告もこれを了解していたというべきである。
(2) これに対し、原告は、被告X1が本件譜面を返却したい旨伝えたことから無断持出し等を認めている旨主張するが、上記3(2)で判示したのと同様の理由により、これを採用することはできない。
(3) したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件譜面持出しに係る損害賠償請求は理由がない。
5 争点(4)(本件衣装の著作権に基づく差止請求の可否)について
 原告は、本件衣装が美術の著作物に当たること及び原告がその著作権者であることを前提に、被告らに対し本件衣装の複製、展示、譲渡、貸与及び変形の差止めを求め、被告らによる著作権侵害のおそれを基礎づける理由として、@被告らが本件衣装を無断で持ち出したこと、A被告X1が原告に無断で本件独立を行い現在も歌手として芸能活動を継続していることを挙げる。
 そこで判断するに、@について被告らの無断持出しではないことは前記3の、Aについて本件独立が原告の同意に基づくものであることは前記2のとおりである。また、被告X1が現在も歌手として芸能活動を継続していることは、被告X1が本件衣装を着用する可能性があることは格別、複製、譲渡、貸与又は翻案するおそれがあることを基礎づけるとみることはできない。さらに、上記着用が美術の著作物の展示に当たるとみる余地があるとしても、以上に説示した本件の経過に照らせば、原告はこれを許諾していたというべきである。
 したがって、本件衣装に著作物性が認められ、原告がその著作権者であるとしても、原告の本件衣装の著作権侵害に基づく差止請求は理由がないというべきである。
6 争点(5)(本件譜面に係る音楽の著作権に基づく差止請求の可否)について
 原告は、編曲物である別紙譜面目録記載の各音楽について著作権を有する旨主張するが、その譜面を提出した同目録記載1〜3、5、7、15、16、19、20、23、24、30、32、56、58、61、64、65及び67の各音楽並びに譜面を提出しないそれ以外のもののいずれについても、原曲と対比していかなる部分に編曲物としての創作性があるのかについて何ら主張立証をしない。
 したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件譜面に係る音楽の著作権に基づく差止請求は理由がない。
7 争点(6)ア(被告X1に対する貸付けの有無)について
(1) 原告は、平成15年3月31日に被告X1に対し300万円を弁済期の定めなく貸し付けた旨主張し、これに沿う証拠であるとして、X2の供述(甲37、原告代表者)のほか、@平成15年3月31日の入出金が記録されたページの欄外に「X4さんより3,000,000→X1さんへ3,000,000貸付する」との手書きの記載がある原告名義の銀行口座の通帳(甲31)、A平成15年5月31日付けの貸方欄に「貸付金  X1 3,000,000」、借方欄に「長期借入金  X4 3,000,000」との記載がある原告の総勘定元帳中の「科目:現金」の部分(甲6)、B被告X1に対する貸付金300万円及び各年の未収利息9万円の記載がある原告の第31期〜第33期の決算報告書(甲27〜29)を提出する。
 そこで判断するに、@については、手書きの記載にとどまり、現金でされたという貸付けの経過が預金通帳に書き込まれた理由や時期は不明である。Aについては、原告主張の貸付けと時期が相違しており、原告が当時そのような会計処理をしたという以上の事実を示すとはいえない。Bについては、年3%の利息を受領すべきものとして記載されているところ、これは利息の定めがなかったとの原告主張と整合しない。これに加え、原告主張の貸付けに係る借用書等は作成されておらず、金員の交付を裏付ける直接的な証拠は存在しないこと、原告が被告X1に対し本件独立に関し紛争が生じるまで10年近くの間一度も返還を求めたことがないことを併せ考えれば、原告主張の貸付けがあったと認めるに足りないというべきである。
(2) これに対し、X2は原告主張に沿う供述をするが(甲37、原告代表者)、以上に説示したところに照らし、これを採用することはできない。
(3) したがって、原告の被告X1に対する貸金返還請求は理由がない。
8 争点(7)ア(被告 X1への立替金の有無)について
 証拠(甲7、乙2、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告X1と本件所属契約を締結した昭和63年頃から一貫して、被告X1が芸能関係者等に贈った花の代金は、請求書の宛先が被告X1になっているものも含めて全て支払い、被告X1に対しその代金を請求したことは一度もなかったこと、被告X1は、同じ日に同じ店に花を注文する場合でも、芸能活動の一環としてのものは原告宛てに請求されるようにし、芸能活動と無関係のものは被告会社宛てに請求されるようにしていたこと、原告が代金を支払った花の贈り先のほとんどは芸能人あるいは芸能関係者であることが認められる。
 これらの事実に鑑みれば、原告と被告X1の間には、被告X1が芸能活動の一環として贈る花の代金は、請求書の宛先を問わず原告が負担する旨の合意があり、原告は当該合意に基づいて別紙花代金の立替払い一覧記載の花代金を支払ったものというべきである。
 したがって、原告の主張は失当であり、原告の被告X1に対する立替金請求は理由がない。
9 争点(8)ア(被告会社に対する貸付けの有無)について
(1) 原告は、平成14年2月27日に被告会社に対し1000万円を弁済期の定めなく貸し付けた旨主張し、これに沿う証拠であるとして、X2及び原告の元従業員の供述(甲37、38、証人X6、原告代表者)のほか、@平成14年2月27日欄に1000万0840円が送金された旨の印字があり、その横に手書きで「Y1」と記載されている原告名義の銀行口座の通帳(甲33)、A平成14年5月31日付けの貸方欄に「貸付金 X1 10,000,000」との記載がある原告の総勘定元帳中の「科目:長期借入金」の部分(甲8)を提出する。
 そこで判断するに、@は手書きの書き込みにとどまる上、@とAは日付及び勘定科目が合致しておらず、Aは原告が当時そのような会計処理をしたという以上の事実を示すとはいえない。これに加え、原告主張の貸付けについては、会社間の取引であるのに借用書等は作成されておらず、弁済期の定めも定かでないこと、原告が被告会社に対し本件独立に関し紛争が生じるまで約10年間一度も返済を求めたことがないことに鑑みると、原告主張の貸付けがあったと認めるに足りないというべきである。
(2) したがって、原告が被告会社に1000万円を貸し付けた旨をいうX2等の供述を採用することはできず、原告の被告会社に対する貸金返還請求は理由がないと解すべきである。
10 争点(9)ア(被告会社への立替金の有無)について
(1) 証拠(甲10〜14、17、27〜29、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、本件ロールスロイスは被告会社の所有であり、専ら被告X1が移動する際に使用されていたこと、原告は、保険会社との間で、本件ロールスロイスについて被告会社を被保険者とする保険契約を締結しその保険料を支払っていたこと、本件ロールスロイスの修理代金等の請求書のうち被告会社宛てになっているのは車検の際の費用のみであり、その余の請求書はいずれも原告宛てになっていること、原告は請求書の宛先を区別せず支払を行っていたこと、原告は自己名義で駐車場を賃借してその賃料を支払い、これを経費として計上していたこと、原告は、これらを支出したという平成15年から約10年間にわたり本件ロールスロイスに係る諸費用を被告会社に対し請求していないことが認められる。
 上記事実関係によれば、原告は、所属タレントである被告X1が使用する本件ロールスロイスに係る諸費用を、被告X1のイメージを高め、あるいは維持するための経費として自ら負担することとして支払っていたものということができる。
(2) これに対し、原告は、原告には別の社用車があり、本件ロールスロイスを社用車とする必要はなかった旨主張する。しかし、原告のいう社用車(エルグランド)は本件ロールスロイスとは車種及び用途が異なるものであり、原告がこれとは別に被告X1のために本件ロールスロイスの諸費用を負担することは不合理でないから、原告の主張は失当である。
(3) したがって、原告の被告会社に対する立替金請求は理由がない。
第4 結論
 以上のとおり、原告の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 長谷川浩二
 裁判官 清野正彦
 裁判官 藤原典子


別紙【衣装目録】及び【譜面目録】省略
別紙【花代金の立替払い一覧】【ロールスロイス修理代金等の立替払い一覧】省略
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/