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【事件名】類似“映画字幕制作ソフト”事件
【年月日】平成27年6月25日
 東京地裁 平成25年(ワ)第18110号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論の終結の日 平成27年4月28日)

判決
原告 株式会社カンバス
同訴訟代理人弁護士 平岡敦
同 安國忠彦
同訴訟復代理人弁護士 酒井陽春
被告 株式会社フェイス
同訴訟代理人弁護士 永井健三


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、「Babel」という名称の「コンピュータ上で動作する字幕制作のために利用されるソフトウェア」のプログラムを、複製、販売、頒布してはならない。
2 被告は、前項のプログラムを廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、4844万1393円及びこれに対する平成25年7月20日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告の製造、販売する「Babel」という名称の字幕制作用ソフトウェア(以下「被告プログラム」という。)は、被告が原告の著作物であるプログラムを複製又は翻案したものであるから、被告が被告プログラムを製造、販売することは原告の著作権(具体的には、複製権、翻案権ないし譲渡権と解される。)を侵害する旨主張して、被告に対し、著作権法112条に基づき、被告プログラムの複製や販売等の差止め及び同プログラムの廃棄を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償金4844万1393円及びこれに対する不法行為の後である訴状送達の日の翌日(平成25年7月20日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(証拠等を掲げた事実以外は、当事者間に争いがない。)
(1) 原告プログラム
ア 原告は、平成14年4月30日付けで、Softrade  International,Inc.(以下「Softrade」という。)から、英語の字幕制作ソフトウェアであるSST(以下「旧SST」という。)の日本国内での独占的な改変、複製、利用及び販売等のライセンスを取得した(甲6、7)。
 原告の代表取締役であるA(以下「A」という。)は、平成16年4月14日付けで、Softradeから旧SSTの著作権を買い取った(甲8)。
 Aは、平成18年5月30日付けで、原告に対し、原告が旧SSTを改良したものを国内で展開することに関し一切の異議を述べず一切の金銭的要求を行わないことなどを約した(甲9)。
イ 原告は、平成16年ころから平成18年1月ころにかけて旧SSTを改変し、日本語の字幕制作ソフトウェアであるSSTG1(以下「原告プログラム」という。)を完成させた(弁論の全趣旨)。
ウ 原告プログラムは、映画やDVD等の字幕制作ソフトウェア市場において、業界標準となっている。
 原告プログラムの販売価格は、基本編集機能が税込29万4000円であり、高等編集オプションが税込19万9500円のほか複数のインポート及びエクスポートのオプションがある(甲24)。なお、原告は、原告プログラムと9割強同等の機能を有するSSTG1Liteを税抜14万2000円で販売したことがある(甲79、乙8)。
(2) 被告プログラム
ア 被告は、従来、本格的な字幕制作ソフトウェアを保有していなかったが、平成22年ころから、業界標準である原告プログラムと同等の機能を目標として被告プログラムを開発した。
イ 被告は、平成24年11月開催の展示会において被告プログラムを展示し、平成25年2月1日から、被告プログラムの販売を開始した。被告プログラムの基本バージョンの販売価格は、税込15万7500円である(甲25)。
(3) 原告の元従業員
 原告プログラムの開発責任者であったB(以下「B」という。)は、平成22年5月15日に原告を退社した後、被告の従業員として勤務している。
 また、原告にて原告プログラムの開発に従事していたC(以下「C」という。)が被告プログラムの開発にも従事するなど、数名の元原告従業員が被告の業務に関わった(甲16、54、乙2)。
(4) 証拠保全手続の経過
ア 第1回証拠保全手続
 原告は、被告プログラムのソースプログラム等を対象とする証拠保全の申立てをし(千葉地方裁判所松戸支部平成25年(モ)第31号)、平成25年3月8日付け証拠保全決定に基づき、同年4月4日、被告の松戸事務所において証拠保全手続が実施された(甲27、28。以下「第1回証拠保全手続」という。)。
 被告は、被告プログラムのソースプログラムを構成するソースファイルのうちの一部のソースリストを任意に提示し、Drawer.cppというソースプログラム及びエクセル形式の字幕ファイルをエクスポートする機能を実現するソースプログラムを任意に閲覧に供したが、営業上の秘密にかかるとして記録は拒否した(甲22、28)。
 なお、同日(平成25年4月4日)、東京地方裁判所の証拠保全決定に基づき、被告の本店(東京)における証拠保全手続も実施されたが、被告が、被告プログラムのソースプログラムは松戸の事務所にあり、本店にはないと指示説明したため、同証拠保全手続は終了した(甲23、26)。
イ 第2回証拠保全手続
 原告は、平成25年4月6日時点で被告が販売している被告プログラムを作成するために用いられたソースプログラムのうち、プログラム言語C++で記述された周辺機能のライブラリ部分に含まれる13のプログラムのソースプログラムを対象とする証拠保全の申立てをし(千葉地方裁判所松戸支部平成25年(モ)第50号)、平成25年5月10日付け証拠保全決定(検証物提示命令を含む。)に基づき、同月17日、被告の松戸事務所において証拠保全手続が実施された(甲30、乙1。以下「第2回証拠保全手続」という。)。
 被告は、「本件検証の目的物としては、申立人のいうソースプログラムに該当するもの自体は一応存在すると思われるが、その更新日時が平成25年4月6日以前のものかどうかは、見てみないと分からない。」旨指示説明し、裁判官は、かかる指示説明に基づき、原告の確認を得て、「各ファイルは、いずれも更新日時が平成25年4月6日より後であるか、又は存在しない。」として、検証不能により証拠保全手続は終了した(乙1)。
2 争点
(1) 原告プログラムの著作権者(争点1)
(2) 被告プログラムは原告プログラムを複製又は翻案したものであるか(争点2)
(3) 原告の損害額(争点3)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(原告プログラムの著作権者)について
(原告の主張)
 原告プログラムは、原告が、総工数約60人月(作業者4名)をかけて旧SSTを改変して制作したものであるから、原告がその著作権を有している。二次的著作物の著作権は、原著作物の著作権と重畳的に働くものであり、1つの著作物のなかで二次的著作物の著作権と原著作物の著作権の範囲が異なるものではないから、原告は、二次的著作権者として、原告プログラム全体について著作権を有する。原告プログラムにおける部品の一つとして旧SSTをそのまま利用していたとしても、その部分だけを取り出して別物と評価することはソフトウェアの動作及び販売の実態を反映していない。
 Cは、原告との雇用契約により原告プログラムの制作に関与したものであるから、Cの作成したプログラムは原告の職務著作であり、その著作権は原告に帰属する。仮にCが原告の従業員ではなく外部の技術者であったとしても、同人は原告の指揮命令下で原告プログラムの制作に関与していたのであるから、同様である。
(被告の主張)
 原告プログラムは二次的著作物であるところ、原告が原著作物である旧SSTの著作権を有する証拠はない。仮に原告が自ら改変を加えた部分の著作権のみを主張する趣旨なのだとすれば、その部分が特定されていないことになるから、主張自体失当である。
 さらに、原告プログラムの制作には原告から業務委託を受けた外部の技術者であるCが関わっているが、Cがもともと作成していたプログラムの著作権は同人に帰属するから、それが原告プログラムに組み込まれたとしてもその部分の著作権者は原告ではない。
(2) 争点2(被告プログラムは原告プログラムを複製又は翻案したものであるか)について
(原告の主張)
 被告が、原告プログラムを複製又は翻案して、被告プログラムを制作販売したことは、以下の理由から認められる。
ア 被告は、原告プログラムのうちTemplate.mdbというファイルをそのまま複製して被告プログラムにおいて利用したものであるが、名称を変更するなどして複製を隠蔽しようとした。Template.mdbは、原告プログラム(SSTG1)及び旧SSTの機能全般に関する各種設定をおさめた重要な定義ファイルであり、そこに含まれるデータは、テーブル9個、クエリー2個、147個の項目数を含むという複雑なものであるから、著作物性が認められる。仮にそうでなくとも、Template.mdbのような定義ファイルは、字幕ソフトの機能を実現するソースプログラムと密接に結びつき、そのプログラムの一部を構成するものであるといえるから、制作の実態からして、著作物性が認められるべきである。
イ 原告が入手した被告プログラムのバージョン2.0.0.11(平成25年4月15日にリリースされたもの。以下「本件プログラム」という。)には、次のとおり、原告プログラムを動作させたときに生ずる不具合と同じ不具合が動作時に生じたり、原告プログラムと共通する特殊な仕様がある。これらが共通するのは不自然であって、被告プログラムが原告プログラムに依拠してこれを複製することにより制作されたことを推認させる。
(ア) 原告プログラムには、生成した字幕ファイルをエクセル形式でエクスポートする機能があるところ、原告プログラムには、原告の過誤により、中身がxlsx形式であるにも関わらず、ファイル名はxlsという古い形式のまま生成してしまうというバグが存在していたため、原告プログラムにより生成された新しいエクセル形式のファイルを実際にエクセルで開こうとすると、エラーメッセージが生ずるという不具合があったが、本件プログラムにも同様の不具合が存在する。
(イ) 原告プログラムと本件プログラムは、字幕ウィンドウのハコ全体に対する表示属性の設定がハコ内に入力される字幕全てに適用されないというバグや、縦書きで英字のピリオドを入力すると左下に表示されるバグ、字幕の表示位置の指定方式が古くからある固定的なピクセル指定方式であること、入力した字幕の全文検索において字幕全体が自動的に検索対象となる仕様となっていないこと、字幕を挿入する際の字幕番号の採番方法が小数点以下の番号を付加するというものであること、エクセル形式でエクスポートする際に英語の言語設定などをするとハングアップすることなどの特異な点においても共通する。
ウ 被告には、原告の元従業員が複数勤務しており、なかでもBは原告プログラムの元開発責任者であり、退職時に原告保有のソースプログラムを持ち出したことが疑われる状況が存在するから、被告プログラムが原告プログラムに依拠して制作されたといえる。
エ 原告プログラムと被告プログラムは、その機能及びユーザーインターフェイスが類似しているにもかかわらず、被告プログラムの価格は原告プログラムの価格の約3分の1と低廉である。原告は、総工数約60人月かけて旧SSTを改変して原告プログラムを開発したのに対し、被告は、従来本格的な字幕制作ソフトウェアを保有していなかったにもかかわらず、多くみても3名の人員で2年余りの開発期間しかかけていないのであるから、被告が原告プログラムを複製又は翻案したことが推認できる。
オ 被告は、原告プログラムと被告プログラムとでは設計思想が異なるなどと主張するが、両者とも字幕の挿入箇所を時間で管理しているという点では何ら変わりはない。また、被告プログラムがC++とC#という二つのプログラム言語で組まれている点についても、そもそも被告が二つのプログラム言語を使用しているのは不合理である上、C++で記述された原告プログラムのソースプログラムをC♯に変換することは容易であるから、複製を否定する根拠とはならない。さらに、被告の主張する処理速度の違いについても、この違いは、原告プログラムを複製した上、一部分に変更を加えただけでも生じ得るものであるから、複製を否定する根拠とはならない。
カ 被告は、第2回証拠保全手続の際、裁判所の検証物提示命令に対して、平成25年4月6日時点で販売されていた被告プログラムのソースプログラムは存在しないとし、その理由として、バージョン管理を一切行わず、常にプログラムに上書きをしていく形で不具合等の修正を行っているなどと、到底あり得ない虚偽の申告をした。かかる指示説明が虚偽であることについては、第1回証拠保全手続の際の検証結果において、VisualSourceSafeを使ってバージョン管理を行っていたことの形跡が残っていたことからも明らかである。
 なお、原告が第1回証拠保全手続において撮影し裁判官の指示により消去したビデオカメラデータを復旧したところ、原告プログラムと被告プログラムにはいずれも全く同じ「円周率(VC7はmath.hに定義有り)」というコメントや定数名、定義名が存在した。
 このように、被告は、検証対象物が存在したにもかかわらず、存在しないと虚偽の説明をし、それによって検証物提示命令に従わなかったものであるから、民事訴訟法232条1項、224条1項、3項により、被告プログラムは原告プログラムを複製又は翻案したものであると認められるべきである。
(被告の主張)
 以下のとおり、被告プログラムは、原告プログラムを複製又は翻案したものではない。
ア 被告が、被告プログラムに旧SSTとの互換性を持たせるために原告プログラムのTemplate.mdbのデータを利用したことは認める。しかし、これは表のフォーマットを定義した情報に過ぎず、創作性がないから著作権侵害とはならない。また、Template.mdbは旧SSTの制作者が制作したものであり、原告は制作者ではない。
イ 原告の主張する原告プログラムと本件プログラムとの共通点については、以下のとおり、いずれも複製ないし翻案の根拠とはならない。
(ア) 本件プログラムにおいてエクセルのエクスポートの際にエラーメッセージが出るのは、被告プログラムの開発段階において、開発者がエクセル2003年版(拡張子は「xls」)で作業していたため、エクセル2007年版(拡張子は「xlsx」)で開こうとするとエラーメッセージが表示されるに過ぎず、バグではないから、複製の根拠とはならない。
(イ) 原告プログラムと本件プログラムに一部原告の主張するような共通点があるとしても、その類似性には合理的な理由があり、不自然とはいえないから、これらは複製又は翻案の根拠とはならない。
ウ Bが原告退職時に原告保有のソースプログラムを持ち出したことはなく、原告の主張は客観的事実に基づかない虚言である。
エ 原告は、原告プログラムと被告プログラムは機能及びユーザーインターフェイスが類似しているなどと主張するが、そもそも類似しているという指摘自体誤っている上、仮に類似している部分があるとしても、同じ字幕制作ソフトであり原告プログラムが業界標準であることからすれば当然のことであるから、複製の根拠とはならない。また、原告が原告プログラムを47万円で販売したことがあるとしても、原告はSSTG1Liteを14万2000円で販売するなどしており、被告プログラムの販売価格が原告プログラムに比べて低廉であるとの主張は前提において事実に反する。なお、原告が原告プログラムの開発にかけたのは総工数約12人月プラスαであるから、被告の開発期間等との比較は前提において誤りがある。
オ 原告プログラムと被告プログラムとでは、設計思想が根本的に異なっており、字幕を映像に入れるタイミングについて、原告プログラムは映像を基準にするが、被告プログラムは絶対時間を基準にするという違いがある。また、原告プログラムはC++というプログラム言語だけで組まれているが、被告プログラムはC++とC#という二つのプログラム言語で組まれており、C++からC♯への移植性は低いため移植は容易ではない。さらに、原告プログラムと被告プログラムとではインポートとエクスポートの処理速度が大きく異なり、被告プログラムは原告プログラムより平均3.96倍の速度で処理できる。原告プログラムは、プロジェクトファイルの保存形式がテンプレートファイル(Template.prj)を使用したAccess形式であるが、被告プログラムは、テンプレートファイルを必要とせずAccess形式でもない。
カ 被告は、第2回証拠保全手続の際、概略、「プログラムはその都度更新しているが、ソースプログラムの履歴管理はしていない。開発技術者は4月6日時点で販売されていたのがどのバージョンかもすぐには分からない。今ここですぐに開示できるのが、検証対象物である平成25年4月6日現在で販売している被告プログラムのソースプログラムなのかどうか分からない。検証対象物もどこかにあると思うが、すぐに探し出せるかどうか。」ということを述べたが、改変前のソースコードが存在しないとは言っていない。被告プログラムは、第2回証拠保全期日当時は販売開始から3、4ヶ月で販売数も多くはなく、まだ顧客の意見や要望を聞きながらプログラムを変更している時期であり、必要があればその都度最新版を配布すれば足りる状況であったため、履歴管理をしていなかったものである。被告は、開発者が共同して作業する際にはVisualSourceSafeを使用していたが、主として被告プログラムの開発に当たっていたCが単独で作業をする際には使用していなかったため、全体として履歴管理がなされていないものである。したがって、第2回証拠保全手続の際、被告が虚偽の説明をしたり検証物提示命令に従わなかった事実はない。
(3) 争点3(原告の損害額)について
(原告の主張)
 被告は、被告プログラムを少なくとも75個販売したところ、原告プログラム1個当たりの原告の粗利益額は57万3573円であるから、原告の被った損害額は、著作権法114条1項により、4301万7975円となる。
 また、原告は、被告による廉価な被告プログラムの販売に対抗するために、SSTG1Liteを本来販売可能であった価格より低額である14万9100円で販売せざるを得なくなった(現に、本件提訴後に、原告は、同ソフトの価格を20万7900円に値上げしている。)。原告は、これにより、少なくとも、(20万7900円−14万9100円)×利益率0.715×販売個数129個=542万3418円の損害を被った。
 したがって、原告は、合計4844万1393円の損害を被っている。
(被告の主張)
 否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
 本件事案に鑑み、まず争点2につき判断する。
1 争点2(被告プログラムは原告プログラムを複製又は翻案したものであるか)について
 本件は、原告プログラムと被告プログラムそれぞれの具体的表現が不明である事案であるところ、当裁判所は、本件全証拠に照らしても、被告プログラムが原告プログラムを複製又は翻案したものであることを認めるに足りず、かえって、両者の重要な相違点からすれば、被告プログラムが原告プログラムの表現上の本質的な特徴を直接感得することができる著作物ではない可能性が十分にあると判断する。以下では、その理由を、原告の主張を踏まえながら述べる。
(1) 被告が、原告プログラムのTemplate.mdbのファイルデータを複製したことについては当事者間に争いがないが、旧SSTの著作権者ではない原告がTemplate.mdbの著作権者であると認めるに足りる証拠はない上、プログラムに著作物性があるというためには、指令の表現自体、その指令の表現の組合せ、その表現順序からなるプログラム全体に選択の幅があり、かつ、それがありふれた表現ではなく、作成者の個性が表れたものである必要があるところ、Template.mdbは定義ファイルである(争いのない事実)から通常の情報処理用のプログラムに比較して著作物性に疑問の余地があり得るといえ、かつその具体的な記述についての立証はないのであるから、同ファイル自体につきプログラムの著作物性を認めることもできない。したがって、被告が、原告プログラムのTemplate.mdbのファイルデータを複製したこと自体が著作権侵害に当たるとは認められない。ただし、かかる事実は、被告プログラムが原告プログラムを翻案したものであることを一定程度推認させるといえる。
(2) 本件プログラムのバグ等に関する原告の主張について
ア 原告プログラムでは、生成した字幕ファイルをxlsx形式で処理しようとするとエラーメッセージが生ずると認められるところ(甲36)、平成25年にリリースされた本件プログラムでも同様の特徴があると認められるが(甲37)、エクセルのファイル形式は平成19年(2007年)からxlsx形式であるから(弁論の全趣旨)、平成25年(2013年)に発売された製品(本件プログラム)がこのようなプログラムとなっていることは不自然と考えられ、これらの事実は、被告プログラムが原告プログラムを翻案したものであることを弱いながらも一定程度推認させるといえる(もっとも、原告プログラム及び被告プログラムの開発のいずれにも同じ技術者(少なくともC)が関わっているから(前記前提事実)、上記の事実はその結果である可能性も否定できない。)。
イ 原告は、本件プログラムには、字幕ウィンドウのハコ全体に対する表示属性の設定がハコ内に入力される字幕全てに適用されないというバグがあると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。また、原告は、本件プログラムの特徴である、縦書きで英字のピリオドを入力すると左下に表示されるバグ、字幕の表示位置の指定方式が古くからある固定的なピクセル指定方式であること、入力した字幕の全文検索において字幕全体が自動的に検索対象となる仕様となっていないこと、字幕を挿入する際の字幕番号の採番方法が小数点以下の番号を付加するというものであること、エクセル形式でエクスポートする際に英語の言語設定などをするとハングアップすることが原告プログラムと共通し、特異であると主張するが、日本語の字幕制作ソフトにおいてこれらの特徴が共通することが直ちに不自然であるとは言い難い。
(3) 原告は、原告プログラムと被告プログラムは、その機能やユーザーインターフェイスが類似しているにもかかわらず、被告プログラムの開発期間は長くみても33ヶ月しかなく、また被告プログラムの価格は原告プログラムの価格の約3分の1と低廉であるのは不自然であると主張するが、@両者の機能やユーザーインターフェイスには一定程度の相違点があると認められること(甲95、乙10ないし12)、A原告の主張する原告プログラムと被告プログラムの開発期間や価格に関する比較はその前提事実に疑問があること、B原告プログラム及び被告プログラムがいずれも日本語の字幕制作ソフトウェアであり、原告プログラムが業界標準であり被告プログラムが後発であること(前記前提事実)、C両者の制作には同じ技術者が携わっていること(前記前提事実)等を踏まえれば、両者の機能やユーザーインターフェイスが不自然に類似しているとか、被告プログラムの開発期間や販売価格が不自然なほど短く低廉であるとは認められない。
(4) かえって、被告の主張するとおり、字幕表示のタイミングの取り方が、原告プログラムでは映像の開始時間を基準とするのに対し、被告プログラムでは絶対時間を基準としており、原告プログラムと被告プログラムとでは、字幕を映像に入れる基準ないし管理方法が異なると認められること(乙9)、原告プログラムはC++というプログラム言語だけで組まれているが、被告プログラムはC++とC#という二つのプログラム言語で組まれていること(争いのない事実)、被告プログラムは原告プログラムと比較して平均3.96倍の速度でインポートとエクスポートを処理することができると認められること(乙13)という相違点があり、これらの違いは、字幕制作プログラムの全体の設計が異なる可能性があることを意味するから、被告プログラムが原告プログラムの表現上の本質的特徴を直接感得することができる著作物ではない可能性を示し、原告が主張する間接事実による推認を阻害する重要な間接事実であるといえる。
(5) 原告は、被告が第2回証拠保全手続の際に検証対象物が存在しないと指示説明したことは明らかに虚偽であるから、検証物提示命令に反する証明妨害があったと主張する。しかしながら、前記第2の1前提事実(4)イによれば、被告は、「本件検証の目的物としては、申立人のいうソースプログラムに該当するもの自体は一応存在すると思われるが、その更新日時が平成25年4月6日以前のものかどうかは、見てみないと分からない。」旨指示説明したものであるから、被告が原告の主張するような指示説明をしたとは認められない。
 さらに、原告は、被告が第2回証拠保全手続の際に、「申立人が主張するようなプログラムの履歴管理はしていない。修正すべき点があればその都度、又はある程度一括で更新(上書き)している。」旨指示説明したことが明らかに虚偽であるとも主張する。証拠(乙1)によれば被告がかかる指示説明をし、その理由として「履歴管理の必要性は一般論としては理解できるが、現実問題として、プログラムの修正箇所が多く、そこまで手が回らず、履歴管理は実施できていない。ただ、会社の方針として実施していないのではなく、相手方(会社)の規模、人員数や稼働状況等を考慮すると、必要に応じて、プログラムを更新していった方が合理的であり、履歴管理をおこなう優先順位はそれほど高くないと考えている。」旨述べた事実が認められるため、かかる指示説明が虚偽であるかにつき検討する。一般的に、商用で顧客に供するソフトウェアを開発する場合、開発の過程で生じたソースプログラムのバージョン管理を行うことは原告の主張するとおりであると考えられるが、前記第2の1前提事実(2)及び(4)のとおり、第2回証拠保全手続(平成25年5月17日)は、被告プログラムの販売開始(平成25年2月1日)から3、4ヶ月程度の時期に行われたから、当時はまだごく少数の顧客の意見や要望を聞きながら様々な箇所を修正・変更していた時期であって作業効率の観点から修正する都度履歴を残していなかった旨の被告の主張及びこれに沿う上記指示説明の内容も直ちに不自然とはいえない。さらに、原告は、被告がVisualSourceSafeを使用していたことから、履歴管理がなされていたはずだと主張するが、Cが単独でVisualSourceSafeの利用環境にないパソコンを用いて被告プログラムを開発したことがあったので履歴管理がなされていなかった部分があるという被告の主張内容もあながち不合理とはいえない。
 なお、原告は、第1回証拠保全手続において撮影し裁判官の指示により消去したはずのビデオカメラデータを復旧したところ、原告プログラムと被告プログラムにはいずれも全く同じ「円周率(VC7はmath.hに定義有り)」というコメントや定数名、定義名が存在する(甲22、71)と主張するが、かかる主張立証方法は、証拠保全手続における裁判官の指示をないがしろにするものであり到底認めることはできない上、いずれも簡単な内容をごく短い表記法によって記述したものに過ぎず、Cという同じ技術者が関与したことによる一致に過ぎないとも言い得る。
 以上のとおり、第2回証拠保全手続における被告の説明が虚偽である旨の原告の主張は、いずれも採用することができない。
(6) 以上によれば、原告の主張する間接事実のうち証拠上認められるものの一部(Template.mdbの複製の点、及びエクセルファイルをxlsx形式で処理する際のエラーメッセージの点)が、被告が原告プログラムを複製又は翻案したことを一定程度推認させるものであるとしても、前者は、被告プログラムに旧SSTとの互換性を持たせるために行われたことであり、後者は、原告プログラム及び被告プログラムの開発につき同じ技術者が関与していることなどから説明できるものであり、これらの事実が直ちに両プログラム全体の表現の同一性ないし類似性を根拠付けるものとはいえない。かえって、原告プログラムと被告プログラムには、字幕を映像に入れる基準ないし管理方法の違い、プログラム言語の違い、インポートとエクスポートの処理速度の違いといった重要な相違点があり、これらの事実からは、被告プログラムが原告プログラムの表現形式上の本質的な特徴を直接感得することができる著作物ではない可能性が十分にあるといえる。
 したがって、原告がその他るる主張する点も十分に考慮しても、被告プログラムが原告プログラムを複製又は翻案したものであると認めるには足りないというべきである。
 なお、原告の文書提出命令の申立てについては、前記説示に照らせば必要性が認められない上、被告プログラムのバージョン2.0.0.11のソースプログラムが存在すると認めるに足りる証拠もないことなどから却下する。
2 以上のとおりであって、原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。
 よって、原告の請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 沖中康人
 裁判官 廣瀬達人
 裁判官 宇野遥子
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