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【事件名】不正CADソフトの損害賠償請求権事件
【年月日】平成27年6月18日
 大阪地裁 平成26年(ワ)第7351号 債務不存在確認請求本訴事件、平成27年(ワ)第3281号 損害賠償請求反訴事件
 (口頭弁論終結日 平成27年4月27日)

判決
本訴原告・反訴被告(以下「原告」という。) 合同会社佐藤プランニング
同訴訟代理人弁護士 冨宅恵
同 西村啓
同 米澤晃
本訴被告・反訴原告(以下「被告」という。) テクラ株式会社
同訴訟代理人弁護士 村本武志
同 櫛田博之


主文
1 原告の本訴請求に係る訴えを却下する。
2 被告の反訴請求を棄却する。
3 訴訟費用は、本訴に要した費用は原告の負担とし、反訴に要した費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 本訴
 原告と被告との間において、別紙損害賠償債務目録記載の債務(以下「本件損害賠償債務」という。)は存在しないことを確認する。
2 反訴
 原告は、被告に対し、100万円及びこれに対する平成27年4月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件の本訴事件は、原告が被告に対し、原告と被告との間で本件損害賠償債務が存在しないことの確認を求めた事案であり、本件の反訴事件は、原告の本訴事件の訴え提起及び訴訟追行は、原告代表者による不法行為であるとして、会社法600条に基づき損害賠償として100万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成27年4月7日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実)
(1) 当事者
ア 原告は、鋼構造物製品の製作及び取付け等を業とする合同会社である(甲3)。
イ 被告は、フィンランド法人であるテクラコーポレーションが日本における販売子会社として100%出資して設立した建築・建設業界及びインフラ・エネルギー業界向けのソフトウェアを開発、販売する株式会社である(乙2の1及び2)。
(2) 本件本訴提起に至る経緯
ア 原告は、平成24年8月頃、インターネットを通じ、被告以外の業者から、建築・建設業界向け構造詳細設計用3DCADソフトウェアである「Tekla Structures(テクラ・ストラクチャーズ)18」(以下「本件ソフトウェア」という。)の不正コピー品であるインストール用DVDを購入した。
イ 原告は、上記DVDを用いて原告事務所のパソコンに本件ソフトウェアをインストールし、同月頃から平成26年6月頃までの間、本件ソフトウェアを利用して、業務として図面作成を行い、使用する鉄骨量の見積等を行っていた(甲3)。
ウ 原告は、同月18日、被告の担当社員であるP(以下「被告担当者」という。)から、本件ソフトウェアの不正コピー品による複製と利用の確認について連絡を受けた。
エ 原告は、本件ソフトウェアの不正コピー品を用いて、本件ソフトウェアを不正に利用していたことを認め、同月19日以降、被告との間で、本件ソフトウェアの不正利用による損害賠償問題の協議を重ねたが、当事者間で合意に至らなかった。
オ 以上の経緯を踏まえて、原告は、被告に対し、平成26年8月6日、15万1433円を超えて本件損害賠償債務が存在しないことの確認を求めて被告に対して本訴を提起した。
カ しかし、被告が、本件ソフトウェアの著作権者ではなく、したがって原告に対して本件ソフトウェアの不正利用についての損害賠償請求権を有しない旨主張することから、原告は、同年11月18日、訴えを変更して、本件損害賠償債務全部が存在しないことの確認を求めるようになった。
2 争点
(1) 本訴における確認の利益の有無(争点1)
(2) 原告代表者による本訴の提起及び訴訟追行が不法行為といえるか(争点2)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(本訴における確認の利益の有無)
(原告の主張)
 被告は、本件ソフトウェアの不正利用に関し、原告に対し、当初2400万円の損害賠償を求め、最終案でも650万円の損害賠償を求めていた。
 被告は、本件ソフトウェアの著作権者ではなく、著作権者から委任を受けて原告との間で損害賠償等の交渉をしたにすぎないなどと主張するが、実際に誰に請求権が帰属しているのか、被告にはいかなる権利が帰属しているのかという問題は、まさに本案で判断されるべき問題である。
 したがって、原告と被告との間で、本件損害賠償債務の不存在を確認する利益がある。
(被告の主張)
 本件ソフトウェアの著作権者は、フィンランド法人であるテクラコーポレーションである。被告は、テクラコーポレーションが著作権を有する本件ソフトウェアを含むコンピュータ・ソフトウェア・プログラムの製品を日本国内で非独占的に販売する権利のほか、使用許諾(サブライセンシング)する権利を有するにすぎない。
 被告が、本件ソフトウェアの複製権侵害を理由とする損害賠償の交渉を原告としたのは、不正な本件ソフトウェアの利用を行っている原告との損害賠償等の交渉等をテクラコーポレーションから委任されたからであり、被告自らが原告に対して損害賠償請求権を有しないことは明らかである。原告と被告との間で、本件損害賠償債務が存在しないことを確認することにより原告とテクラコーポレーションとの間の本件ソフトウェアの不正利用を巡る紛争を抜本的に解決することはできない。
 したがって、原告の本訴請求に係る訴えは、確認の利益がなく不適法である。
(2) 争点2(原告代表者による本訴の提起及び訴訟追行が不法行為といえるか)
(被告の主張)
 原告代表者は、本訴提起以前の被告とのやりとりの中で、本件ソフトウェアの著作権を有するのは日本法人ではないテクラコーポレーションであることを認識し、少なくとも当然認識できていたはずである。また、原告代表者は、以前、有限会社ライフサービスの代表者として、本件ソフトウェアの前のバージョンについての使用許諾契約を被告ではない別会社を通じて締結していたこと等から、被告が本件ソフトウェアの著作権者でないことを承知していたはずであるから、被告が本件ソフトウェアの著作権者として原告に対して損害賠償請求権を行使するものでないことについても当然承知していたはずである。仮に、承知していなかったとしても、本件ソフトウェアの著作権の帰属については容易に調査可能
であるところ、原告はこれを怠り、本訴を提起したのだから、不当訴訟として少なくとも過失責任を負うものである。
 そして原告代表者が、本件ソフトウェアの著作権者が被告であると誤信していたとしても、本訴係属後、被告が著作権者でないことにつき被告によって立証がなされた後も訴訟を追行することは、被告が原告に対して損害賠償請求権を有しないことを承知しつつなされているものであり、故意による不法行為を構成する。
(原告の主張)
 原告代表者において、契約内容の詳細や知的財産に関する権利帰属関係を理解することは困難であり、実際、理解していない。原告は、被告担当者からの請求が苛烈かつ過大であったことから、損害賠償を請求してきた被告に対し、本件損害賠償債務が一定額を超えて不存在であることの確認を求めて本訴を提起したのである。しかし、被告によれば、被告が本件ソフトウェアの著作権者ではなく、不正利用を理由とする損害賠償請求権を有しないということであったため、不存在の確認の範囲を拡張し、本件損害賠償債務全部の不存在について公権的判断を求めたものであり、何ら不法行為性は認められない。
 また本訴の審理が継続させられることになったのは、被告が、裁判所提案に係る原告との間で損害賠償債務の不存在を確認する旨の和解案を拒否したためであるから、上記和解案を受け入れようとした原告が、そのため余儀なくさせられた訴訟追行について責任を負うものではない。
 被告が主張する事実関係を前提としても、原告による本訴の提起及びその後の訴訟追行が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く事情は認められず、これを不法行為である旨いう被告の主張は採用できない。
第3 当裁判所の判断
1 上記第2の1の前提事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実を総合すると、以下の事実が認められる。
(1) 著作権の帰属
 本件ソフトウェアの著作権者は、フィンランド法人であるテクラコーポレーションである(乙1の1及び2)。
(2) 本訴の提起に至る経緯等
ア 原告代表者は、平成18年、有限会社ライフサービスの代表者として、本件ソフトウェアの従前のバージョンについて、被告以外のライセンサーとの間で、ライセンス契約を締結したことがあった(乙4)。
イ 原告は、平成24年8月頃、インターネットを通じ、被告以外の業者から、本件ソフトウェアの不正コピー品であるインストール用DVDを購入した。
ウ 原告は、上記DVDを用いて原告事務所のパソコンに本件ソフトウェアをインストールし、同月頃から平成26年6月頃までの間、本件ソフトウェアを利用して業務として図面作成を行い、使用する鉄骨量の見積等を行っていた(甲3)。
エ 被告は、テクラコーポレーションから、本件ソフトウェアの不正利用につき確認するよう指示を受け、被告担当者において、平成26年6月18日、原告代表者に対し、原告が本件ソフトウェアを不正コピー品により利用しているのではないかとの確認の電話をした(乙8)。
オ そうしたところ、原告代表者は、本件ソフトウェアの不正コピー品を用いて、本件ソフトウェアを不正に利用していたことを認め、同月19日、被告担当者及び被告代表者と、本件ソフトウェアの不正利用に対する賠償額等について話し合いを持ち、その後も被告担当者と電話で話し合うなどしたが、結局、解決には至らなかった。なお、上記エの期間を含めて、この間、被告から原告に対し、被告が求めている損害賠償はフィンランド法人であるテクラコーポレーションが原告に対して有する損害賠償請求権に基づくものである旨の積極的説明はなされなかった。(甲3、乙8、9)。
カ 原告は、同年8月6日、被告が本件ソフトウェアの著作権者であるとの理解のもと、原告の行為が被告に対する不法行為を構成し本件損害賠償債務を負う
ことを自認した上で、その額が15万1433円を超えて存在しないことの確認を求めて被告に対して本訴を提起した。
(3) 本訴提起後の経緯
ア 原告は、平成26年9月16日の第1回口頭弁論期日において、上記(2)エの主張を内容とする訴状を陳述し、これに対して被告は、答弁書を陳述し、被告は、本件ソフトウェアの著作権者ではないから当事者適格を欠く旨主張して本訴請求に係る訴えの却下を求めた。
イ 被告は、また、同年10月23日の第1回弁論準備手続期日において、被告第1準備書面を陳述して、本件損害賠償債務について原告に対する損害賠償請求権を有するのは被告ではなくテクラコーポレーションであるから、本訴請求に係る訴えには確認の利益がない旨の主張をした。
ウ 原告は、同年12月1日の第2回弁論準備手続期日において、訴えの変更申立書を陳述して、本件損害賠償債務全部が存在しないことの確認を求める旨訴えの変更をした。
エ 被告は、平成27年1月16日の第3回弁論準備手続期日において、訴えの変更申立書に対する答弁書を陳述して、本訴請求に係る訴えが不適法である理由についての答弁書及び被告第1準備書面の主張を再度引用し、本訴請求に係る訴えの却下を求めた。
オ 裁判所は、同期日において、当事者双方に対し、原告と被告との間で本件損害賠償債務が存在しないことを確認する内容の和解を勧告したところ、原告はこれに応じることができる旨回答し、被告において検討することとなった。
カ しかし、被告は、上記和解に応じない旨回答した。
キ 原告は、平成27年3月3日の第4回弁論準備手続期日において、原告準備書面(1)を陳述し、被告を相手取って本訴提起に至った経緯について、被告代表者と原告代表者間の交渉内容等に関する事実を主張した。
 同期日では、これを受けて、被告において上記準備書面の反論と被告代表者の陳述書を提出することが予定され、その提出期限が同年4月3日とされた。
ク 被告は、同年4月3日、原告準備書面(1)について認否反論する被告第2準備書面を提出し、さらに、原告による本訴の提起及びその後の本訴の追行が不法行為であるとして反訴を提起し、同月17日に被告担当社員と被告代表者の陳述書の写しを裁判所に提出した。
ケ 同年4月27日の第5回弁論準備手続期日において、原告が不存在の確認を求める被告に対する本件損害賠償債務につき、被告においても原告が同債務を負わないことを認める旨が再度確認され、同日に口頭弁論期日が指定され、同日、本件事件について口頭弁論が終結された。
2 争点1(本訴における確認の利益の有無)について
(1) 確認の訴えは、その対象が無限定であること等から、原告の権利又は法律的地位に危険や不安定が現存し、これを解消するために、原告と被告間で当該請求について確認判決をすることが必要かつ適切であることが認められる場合に許容される。
これにより本訴についてみると、本件ソフトウェアの著作権者がテクラコーポレーションである以上、原告が確認対象としている本件ソフトウェアの不正利用を巡る損害賠償請求権は、被告が主張するとおりテクラコーポレーションに帰属すべきものである。ただ、原告と被告との間では、被告が上記損害賠償請求権の行使主体となって本件ソフトウェアの不正利用を巡る損害賠償債務の額について交渉がされていたのであり、しかも、上記交渉の間において、上記損害賠償請求権は本来テクラコーポレーションに帰属する旨が必ずしも明確に認識されていなかった様子がうかがえるというのであるから、本訴提起段階においては、被告に対する関係で本件ソフトウェアの不正利用を理由とする損害賠償債務の有無に係る原告の地位について、危険ないし不安定が存していたということができる。
しかし、本訴提起を受けてする被告の応答は、上記1(3)記載のとおりであっ
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て、被告は、原告が本件損害賠償債務を負わないことを一貫して認めており、そのことは反訴提起後も確認されているのであるから、現在においては、原告において、被告から本件ソフトウェアの不正利用に関する本件損害賠償を求められるという危険や不安定が存すると認めることはできない。また、本件ソフトウェアの著作権者はテクラコーポレーションであり、したがって、原告は、その自認する本件ソフトウェアの不正利用を理由とする損害賠償をテクラコーポレーションにしなければならないことが明らかにされている以上、その問題をさておき、原告と被告との間であえて原告が本件損害賠償債務全部を負わない旨の確認をすることが、必要かつ適切であるとも認められない。
(2) したがって、原告が被告に対して本件損害賠償債務の不存在の確認を求める本訴請求に係る訴えは、確認の利益がなく不適法であって却下を免れない。
3 争点2(原告代表者による本訴の提起及び訴訟追行が不法行為といえるか)について
(1) 被告は、原告代表者が、本件ソフトウェアの著作権を被告が有していないことを当然承知していた、また容易に調査可能であったとして、本訴を提起したのは、不当訴訟であり少なくとも過失責任を負う旨主張する。
 訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁判所第三小法廷昭和60年(オ)第122号損害賠償請求事件昭和63年1月26日判決・民集42巻1号1頁参照)。
 これにより本件についてみると、上記2で検討したとおり、本訴請求に係る訴えは、確認の利益がなく不適法なものといわなければならないが、本訴提起に至るまで、被告が原告による本件ソフトウェアの不正利用を理由とする損害賠償に関して交渉を行っていた経緯にあり、その交渉において当該損害賠償請求はテクラコーポレーションが原告に対して有する損害賠償請求権に基づくものである旨の積極的説明が被告からなされなかったこと等を考慮すれば、原告が、自らの損害賠償請求権を行使していると理解される被告との間で、本件損害賠償債務の額を確定する必要性を認めて本訴を提起したことが、裁判制度の趣旨に照らして著しく相当性を欠くとは認められないことは明らかである。
(2) また、被告は、被告が本件ソフトウェアの著作権者でないことの立証がなされた後も原告が訴訟を追行したことが不法行為にあたる旨を主張する。
 ところで被告は、原告の行為の違法性を主張するに当たって、本件ソフトウェアの著作権の帰属についての原告の認識あるいは認識可能性を特に問題としているが、本件において問題とすべきは同著作権の侵害を理由とする損害賠償請求権を被告自らが行使していた外観があるか否かである(なぜなら、交渉の相手方が真実は被侵害権利の権利者でなかったとしても、権利者でない者が、その権利侵害を訴えて損害賠償請求をしてきた場合に、その者に対する関係での債務不存在について確認の利益があるといえることは明らかであろう。)。そして、それが誤解に基づくものであれ、被告がこれを原告に行使していた外観があることは本訴提起に至る経緯から明らかであるし、これに加え、被告が本件損害賠償債務について存在しないことを確認する旨の和解に応じなかった経緯等からすれば、それが誤解であれ、被告から損害賠償請求がされているとして本訴を提起した原告が、被告との関係で法的地位に不安が残ると判断して、なお本訴を維持して、その関係での権利義務関係について公的判断を求めることは無理からぬことであって、著しく相当性を欠くとはいえず、むしろその経緯を無視する被告の主張は失当である。
(3) したがって、原告の本訴の提起及び訴訟追行が、不法行為を構成するとはいえないから、そのことを理由とする損害賠償請求には理由がなく棄却すべきである。
4 結論
 よって、原告の本訴請求に係る訴えは却下することとし、被告の反訴請求は棄却することとし、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 森崎英二
 裁判官 田原美奈子
 裁判官 中山知


別紙 損害賠償債務目録
 下記事実を前提とする原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償債務
 記
 原告が、平成24年8月頃、被告の許諾を受けずに、建築・建設業界向け構造詳細設計用3DCADソフトウェアである「Tekla Structures(テクラ・ストラクチャーズ)18」の不正コピー品を用いて自身のパソコンにインストールし、複製した。
 以上
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