判例全文 line
line
【事件名】死刑囚の手記無断複製事件
【年月日】平成27年6月11日
 大阪地裁 平成26年(ワ)第7683号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成27年4月23日)

判決
原告 P1
被告 国
同代表者法務大臣 P2
同指定代理人 P3
同 P4
同 P5
同 P6
同 P7
同 P8
同 P9
同 P10
同 P11
同 P12
同 P13
同 P14
同 P15
同 P16
同 P17
同 P18
同 P19
同 P20


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は、原告に対し、300万円及びこれに対する平成26年5月26日からこの判決の確定の日まで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
(3) 本件につき、仮執行宣言を付する場合には、
ア 担保を条件とする仮執行免脱宣言
イ その執行開始時期を判決が被告に送達された後14日経過した時
とすることを求める。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
 本件は、死刑確定者として大阪拘置所に収容中の原告が、@大阪拘置所職員等が、信書を発信する手続に際し、原告の著作物である原稿を騙して提出させた行為、A同職員が同原稿の写しを原告の許諾なく作成した行為、B同職員が、その写しを大阪法務局訟務部職員に交付した行為、C同訟務部職員が同原稿の写し等に基づき書面を作成した行為が、いずれも違法な行為(A、Cについては著作権侵害行為として)であると主張し、国家賠償法1条1項に基づき、被告に対し、損害金300万円及びこれに対する原告が前記原稿を提出した日である平成26年5月26日から本件の判決確定の日まで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実。証拠等の掲記のない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 原告
 原告は、死刑確定者として大阪拘置所内に収容されている者であり、後記本件原稿の著作者である。
(2) 別件訴訟の経緯等(乙3、4)
ア 信書の発信申請
 原告は、平成25年4月1日、大阪拘置所長に対し、原告が作成した原稿(以下「本件原稿」という。)が同封された知人宛の信書(株式会社徳間書店(以下「本件出版社」という。)へ本件原稿を送付することを依頼する内容のもの。以下「別件信書」といい、本件原稿と併せて「別件信書等」という。)の発信を申請した。
イ 不許可処分
 大阪拘置所長は、同月5日、原告に対し、別件信書等の発信を許可しない旨の処分を行い(以下「別件不許可処分」という。)、別件信書等を返戻した。
ウ 訴訟の提起等
(ア) 原告は、同月27日、当庁に対し、別件不許可処分の取消しを求める訴訟を提起した(当庁平成25年(行ウ)第96号発信不許可処分取消請求事件。以下「別件訴訟」という。)。
(イ) 大阪地方裁判所は、平成26年5月22日、別件不許可処分は違法であるとしてこれを取り消す旨の判決(以下「別件一審判決」という。)を言い渡した。なお、被告は、本件原稿を原告に返戻し、その写しを所持していなかったため、別件訴訟の一審手続において、本件原稿の内容に即した反論をしなかった。
(ウ) 被告は、同年6月4日、大阪高等裁判所に対し、別件一審判決を不服として控訴した(以下「別件控訴事件」という。)。
(3) 被告により本件原稿の複製がなされた経緯等
ア 原告は、平成26年5月26日、大阪拘置所の担当矯正処遇官看守部長P21に対し、信書の発受をすることが予想される者を本件出版社とする「申告人追加願」と題する願箋(以下「本件願箋」という。)を作成、提出して、これにより、本件出版社を外部交通を許可する者に追加するよう願い出た(乙5、6)。
イ 大阪拘置所矯正処遇官副看守長P22(以下「P22副看守長」という。)は、同日、本件願箋の提出を受け、原告に本件原稿の提出を求め、これを受領した(乙6、13)。
ウ 大阪拘置所矯正処遇官P10(以下「P10」という。)は、そのころ部下職員をして本件原稿の写しを作成させた。
エ 大阪拘置所長は、同年5月27日頃、大阪法務局訟務部職員に対し、本件原稿の写しを交付した(弁論の全趣旨) 。
オ P10統括は、同年6月6日、本件出版社について外部交通を許可する方針の者とは認められないとの意見の視察表を作成し、これに本件原稿の写しを資料として添付し決裁に回した(乙7、14)。
カ P10統括は、同月9日、本件原稿の写しを参照し、その要旨等をまとめた報告書(以下「本件報告書」という。)を作成した(乙8)。
キ P22副看守長は、視察表決裁を受けた上、同年6月10日、本件願箋により申告人の追加を願い出た本件出版社については、願意を取り計らわないとの告知を行い、本件原稿を原告に返戻した(乙6、7)。
ク 大阪拘置所長は、同月16日頃、大阪法務局訟務部職員に対し、本件報告書の写しを交付した(弁論の全趣旨 )。
ケ 大阪法務局訟務部職員は、同年7月24日、別件控訴事件において、本件報告書を引用するなどして本件原稿の要旨を記載した控訴理由書(以下「別件控訴理由書」という。)を提出した(乙9)。
(4) 信書の発受に関する法令等の定め
ア 刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「刑事収容施設法」という。)
 刑事収容施設法は、139条1項において、死刑確定者について発受を許す信書として、死刑確定者の親族との間で発受する信書(1号)、婚姻関係の調整、訴訟の遂行、事業の維持その他の死刑確定者の身分上、法律上又は業務上の重大な利害に係る用務の処理のため発受する信書(2号)、発受により死刑確定者の心情の安定に資すると認められる信書(3号)を掲げ、それ以外の信書についは、同条2項において、「その発受の相手方との交友関係の維持その他その発受を必要とする事情があり、かつ、その発受により刑事施設の規律及び秩序を害するおそれがないと認めるときは、これを許すことができる。」と定め、その140条において、刑事施設の長は、その指名する職員に、死刑確定者が発受する信書について、検査を行わせるものとしている。
イ 刑事施設及び被収容者の処遇に関する規則(以下「刑事収容施設規則」という。)
 上記アの刑事収容施設法の規定を受けて、刑事収容施設規則76条1項は、刑事施設の長は、受刑者及び死刑確定者に対し、信書を発受することが予想される者について、氏名、生年月日、住所及び職業(1号)、自己との関係(2号)、予想される信書の発受の目的(3号)、その他刑事施設の長が必要と認める事項(4号)を届け出るよう求めることができる旨規定し、同条2項が準用する同規則66条2項において、刑事施設の長は、必要があると認めるときは、受刑者及び死刑確定者に対し、上記各号に掲げる事項を証明する書類その他の物件の提出又は提示を求めることができる旨規定している。
ウ 大阪拘置所における取扱い(乙1)
 大阪拘置所長は、平成26年3月7日付け達示第2号「『死刑確定者処遇規程』の制定について」(以下、同別紙の「死刑確定者処遇規程」を「処遇規程」という。)を発出し、処遇規程17条1項において、死刑確定者の信書の発受の許否の判断に資するため、死刑判決が確定した旨の告知後速やかに、又は所管の統括が必要と認めた場合にはその都度、死刑確定者に対し、信書の発受をすることが予想される者について、処遇規程別紙様式1から3までに定める申告表の提出を求めるものとしている。
 そして、同条2項において、所管の統括が必要と認める場合には、当該死刑確定者に対し、申告表に記載された者との関係を証明する書類等の提出を求めるものとし、同条3項及び4項において、死刑確定者が申告表を提出した場合、所管の統括は、当該死刑確定者との関係、信書の発受を必要とする事情等を踏まえた可否の方針に関する意見を添え、所長の決裁を受け、その決裁が終了した後、速やかに信書の発受の可否に関する方針を当該死刑確定者に告知することとしている。
第3 争点及び争点に関する当事者の主張
1 争点
 本件の争点は、公務員である大阪拘置所職員等による故意又は過失による違法行為の有無である。
2 争点に関する当事者の主張
(原告の主張)
 原告の主張する違法行為は以下のとおりである。
(1) 拘置所職員であるP22副看守長が、別件控訴事件の資料として利用することが本来の目的であるのに、外部交通許可申請書の審査のために必要であるかのように原告を騙して本件原稿を提出させた。この行為は、原告から本件原稿を詐取した犯罪に類する行為であり、違法である。
 なお、原告が、「申告人追加願」と題する願箋を作成した体裁となっているが、これはP22副看守長の指示により作成したものであって、原告が任意に作成し提出したものではない。
(2) 拘置所職員が原告の許諾なく本件原稿の写しを作成した行為及び大阪法務局職員が本件原稿の写しに基づいて本件控訴理由書を作成した行為は、いずれも本件原稿について原告が有する著作権を侵害する行為であり、違法である。
 原告は、本件原稿を複製することについて、被告に対し、黙示的にも許諾をしたことはない。
 また、著作権法42条における「著作物」は既に出版をされているものをいい、未発行の著作物は含まれないから、未発行である本件原稿の複製は著作権法42条により適法となるものではない。
(3) 大阪拘置所長が、大阪法務局職員に対して本件原稿の写しを交付した行為は、これを適法とする根拠はなく、原告の信書の秘密を侵し、また、原告の財産権を侵害する行為であり、違法である。
(被告の主張)
(1) 原告の主張(1)について
 P22副看守長が、原告に対して詐欺的な言動を行なったことは否認する。
 P22副看守長は、原告が本件願箋を作成、提出したのは本件原稿の出版を本件出版社に依頼するためと判断できたことから、原告に対し、本件出版社との関係を証明する書類として、送付しようとする原稿の提出を求め、その提出を受けたものである。
 また、P22副看守長は、担当職員から原告が本件原稿を発信したいと申し出ているとの連絡を受け、原告に対し、「申告人追加願」と題する願箋に本件出版社の住所及び追加申告を願い出る理由を記載して提出するよう指示したにすぎず、具体的にどのように記載するかを指示したことはない。
(2) 原告の主張(2)について
ア 原告による黙示の許諾
 原告は、別件信書等が刑事収容施設法139条各項に規定する信書に該当するかどうかが中心的な争点となる別件訴訟を提起したもので、当該訴訟手続において、本件原稿を含む信書の内容が明らかにされることも当然に想定されるから、本件原稿を含む信書の内容が明らかにされることや証拠として提出されること等について了解していたというべきである。
 したがって、原告は、別件訴訟において本件原稿が利用されることについて黙示の許諾をしていたというべきであるから、本件原稿の写し及び本件控訴理由書を作成した行為は、いずれも著作権を侵害するものとはいえない。
イ 本件原稿の写しの作成について
 P10統括が本件原稿の写しを作成したのは、 処遇規程17条3項の規定に基づく大阪拘置所長の決裁の過程において、疎明資料となる本件原稿の原本の紛失、汚損ないし破損を防止するためであり、その目的に照らし必要かつ合理的な措置であるといえ、「行政の目的のために内部資料として必要と認められる場合」(著作権法42条1項本文)に該当する。また、本件原稿について出版される見込みがあるか否か不明であることや、その一部のみを複製することによっては、上記目的を達成することはできないこと等を考慮すると、本件原稿全部の写しを作成することが「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」(同条項ただし書)に該当するとはいえない。
 よって、本件原稿の写しを作成する行為は、著作権法42条本文に規定する複製が許される場合に該当するから、同法21条に規定する複製権侵害にはあたらない。
ウ 本件控訴理由書の作成について
 大阪法務局訟務部職員が作成した本件控訴理由書は、直接にはP10統括が作成した本件報告書を引用して作成したものである。本件報告書は、裁判所に本件原稿の内容及び形式を簡潔かつ正確に報告できるようにするため、創作的な表現を加えることなく、本件原稿の構成に沿って各話ごとにその要旨を簡潔に記載し、本件原稿を引用した方がより内容が伝わる場合(個人の人格を否定する記載、他民族を侮辱する記載、わいせつな記載等)については、本件原稿の記載内容をより正確に報告するため、本件原稿の一部を引用して記載したものであるから、本件原稿を翻案したものではなく複製したものといえる。
 そうすると、本件報告書を引用して本件控訴理由書を作成した行為も本件原稿の複製に該当するということになる。
 そして、これらの複製行為は、別件控訴審における利用のためにしたものであるから、いずれも、著作権法42条1項本文の「裁判手続のために必要と認められる場合」に該当し、同条項ただし書が規定する「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」にも該当しないから、いずれも複製権侵害にはあたらないということになる。
 なお、原告は、著作権法42条の適用のある著作物は、発行されたものに限られる旨主張するが、独自の見解であって失当である。
(3) 原告の主張(3)について
 国を当事者とする訴訟については、法務大臣が国を代表し(国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律1条)、法務大臣は、法務省の訟務部局の職員に同訴訟を行わせることができる(同法2条1項)。
 すなわち、刑事施設に収容されている者がその処遇等に関して訴訟を提起した場合に、刑事施設の長が、訴訟を担当する法務局訟務部職員に対し、請求原因とされる事実関係の認否を始め、背景事情や訴えに対する意見を参考となる資料とともに提出することは、当然に予定されている。そして、刑事施設の長が法務局訟務部職員に対して資料を提出する行為は、行政庁間における内部的な事務手続にすぎないから、このことによって、被収容者の権利を侵害することになるわけではない。
 したがって、本件において大阪拘置所長が大阪法務局訟務部職員に対し、本件原稿の写し及び本件報告書の写しを交付した行為は、職務上の法的義務に反するものではないから、国家賠償法1条1項に定める違法とはいえない。
第4 当裁判所の判断
1 後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる(前記前提事実を含む。)。
(1) 本件願箋の提出
ア P22副看守長は、平成26年5月26日、原告を収容する居室棟担当職員から、別件一審判決で原告の請求が認容されたことを前日の新聞報道で知った原告が、そのことを理由に、本件出版社宛てに原稿を発信したい旨申し出ているという電話連絡を受けた。そこでP22副看守長は、担当職員を介して原告に対し、「申告人追加願」と題する願箋に本件出版社の住所及び追加申告を願い出る理由を記載して提出するよう指示した(乙13、弁論の全趣旨)。
イ 原告は、同日、本件願箋を作成して提出した。本件願箋には、出願の趣旨及び理由として、次の記載がされていた(乙5)。
 「東京都港区<以下略> KK徳間書店との外部交通権の申請をしますので、事務取扱いを願ひます。私が同社に出版依頼を仕様とした処、御所は不許可にした。私は不服として才判所に提訴をした。提訴の中で、御所は外部交通権の申請もしていないと私を批判した。裁判の結果、私が勝訴をしたが、判決は違法と判示をする。違法とは御所は法律違反をしているので在り、同所(徳間)との交通権は認められて当然で在るから、この願箋を出すものです。徳間書店との法人に関して交通権を求めるもので在り、同店の個人ではない。」
(2) 本件原稿の提出等
 P22副看守長は、本件願箋が、本件出版社に出版依頼をするために原告の原稿を送付することの許可を求める内容であったため、どのようなものを送るのかについて確認が必要と考えた。そこで、P22副看守長は、P10統括の了解を得て、同日、原告に対し、本件出版社にどのような原稿を送るのかと尋ねたところ、原告は、裁判で勝った、以前不許可になった原稿である旨答えた。P22副看守長は、原告に対し、本件原稿を提出することができるか確認したところ、原告は、「極悪死刑囚の笑福転倒」と題する原稿用紙175枚からなる本件原稿を提出し、P22副看守長は、これを受領した(乙6、8、13)。
(3) 本件原稿の写し、本件報告書の作成等
ア P10統括は、同日、部下職員をして、P22副看守長から受領した本件原稿の写しを作成させ、視察表に疎明資料として添付して決裁に回した(乙7、8)。
 また大阪拘置所長は、そのころ、大阪法務局訟務部職員に対し、本件原稿の写しを交付した(前提事実(3)エ)。
イ P10統括は、同年6月9日、別件控訴事件における控訴理由書を作成する際に利用することを目的として、本件原稿の写しを参考に、本件報告書を作成した。本件報告書は、原稿用紙175枚からなる本件原稿を、その提出の経緯と併せて概要についてA4の用紙に8頁でまとめたものであるが、その3(2)の「構成について」とする項には、ア欄からサ欄にかけて本件原稿のbPからbP1までの表題とその要旨を記載し、同(3)から同(5)にかけては、「被害者、死刑制度を揶揄等する記載」、「元内閣総理大臣など個人の人格を否定する記載」及び「ロスケ、支那のチャンコロ等の他民族を侮辱する記載」として、本件原稿のなかで、特徴的な一文や表現をそれぞれの項目につき数個を括弧書きで抜き出して記載し、またその他わいせつな記載が全編にわたって記載されていることを指摘するものであった(乙8、弁論の全趣旨)。
大阪拘置所長は、同月16日頃、大阪法務局訟務部職員に対し、本件報告書の写しを提出した(前提事実(3)ク)。
(3) 別件控訴理由書の作成(乙9)
 大阪法務局訟務部職員は、本件報告書を引用して、別件控訴理由書を作成した。
 そして別件控訴理由書には、その24頁から31頁にかけ、その4(1)に「本件原稿の内容」と題して、本件報告書同様、本件原稿の内容が記載されている。その具体的記載内容は、まずア欄に、「構成及びその概要」として、(ア)欄から(サ)欄にかけて、本件原稿でbPからbP1とされる項目の表題とその要旨を記載し、さらにイ欄からエ欄にかけて「犯罪被害者や死刑制度を批判する内容」、「元内閣総理大臣を誹謗中傷する内容」及び「他民族を侮辱する内容」として、本件原稿のなかの特徴的な一文や表現をそれぞれの項目につき数個を括弧書きで抜き出して記載しており、また、わいせつな表現の記載が多く含まれることを指摘している。
2 判断
(1) 原告の主張(1)について
ア 原告は、P22副看守長が本件原稿を取得した経緯が犯罪に類する行為であり違法であると主張する。
イ ところで、刑事収容施設法139条1項によれば、原告が本件出版社に発信しようとした信書は、当然に発受することができる信書ではなく、したがって同条2項により検査の対象となるところ、その検査方法を具体化したと解される刑事収容施設規則76条1項、66条2項、さらには同規則を受けて大阪拘置所長において定めた処遇規程によれば、大阪拘置所においては、死刑確定者から信書の発受が予想される者の申告表が提出された場合において、発受の可否を判断するために、所轄の統括が、必要があると認めるときは、当該死刑確定者に対し、申告表に記載された者との関係を証明する書類等の提出を求めることができるとされている(前提事実(4))。
 これにより本件についてみると、上記認定のとおり、原告は、本件出版社への出版を依頼するための外部交通を行うことを求めて本件願箋を提出したものであり、P22副看守長が、P10統括の了解を得て原告に本件原稿の提出を求めた行為は、所轄の統括において、発受の可否を判断するために本件原稿を必要があると認めて本件原稿を提出させた行為と評価できるから、刑事収容施設法上、当然に発受できない信書の発信を求める本件願箋への対処として適法なものといえる。
 この点につき原告は、P22副看守長が、別件控訴理由書作成の目的であるのに、原告の外部交通の審査のためであるかのように騙して提出させた旨主張する。
 しかし、上記認定のとおり、原告が提出した本件原稿については、その写しが本件願箋の決裁に必要な資料として添付されたというのであるから、その提出が審査のために必要であるとして求められたこと自体はこれを完全には否定できない。したがって、その後に大阪拘置所職員が、原告が提出した本件原稿の写しを作成したり、さらには本件報告書を作成したりして、原告が認容していなかった目的に用いられたとしても、P22副看守長の行為が本件原稿を騙して提出させたとまで認めることはできない。
 また、原告は、P22副看守長が本件願箋の提出を促し指示して作成させた旨、すなわちP22副看守長が本件原稿の詐取を目的に手続をさせたようにさえ主張するが、本件願箋を記載したのは原告自身であり(争いがない)、本件願箋提出がなされたことについては、原告が前日に別件第一審判決を知って本件原稿を本件出版社に送付しようとしたことに契機があるのであるから、原告の意向に沿って作成されたと理解される本件願箋が、P22副看守長の本件原稿詐取目的により作成させられたものとはおよそ考えられず、原告の主張を採用することはできない。
エ したがって、P22副看守長が本件原稿を取得した経緯が犯罪に類する行為であり違法であるとの原告主張は失当であって採用できない。
(2) 原告の主張(2)について
ア 原告は、大阪拘置所職員等が本件原稿の写しを原告の許諾なく作成した行為、大阪法務局訟務部職員が別件控訴理由書を作成した行為が、いずれも原告が本件原稿について有する著作権を侵害する違法な行為である旨主張する。
イ 原告による黙示の許諾
 被告は、原告が別件訴訟を提起したことにより、本件原稿の複製を黙示に許諾していたものと主張する。
 確かに原告が、本件原稿に関する信書の発信不許可の取消しを求める別件訴訟を提起したことからすれば、別件訴訟の第一審手続において本件原稿が証拠提出されていなかった(争いがない)とはいえ、その内容も審理において問題にされ、そのため本件原稿が証拠として提出されることが当初から見込まれていたといえる。しかし、現に原告は、自らその証拠提出をしていたわけではないし、また本件原稿をP22副看守長に交付した当時、別件一審判決が言い渡されただけであって控訴もされていなかったというのであるから、本件原稿の取扱いを巡る訴訟を提起したからといって、その一事から、拘置所職員による本件原稿の複製について、原告が黙示に許諾していたと推認することはおよそできない。
 したがって、原告による黙示の許諾をいう被告の主張は失当である。
ウ P10統括の本件原稿の写しの作成について
 処遇規程には、死刑確定者が申告表を提出した場合、所轄の統括は、当該死刑確定者との関係、信書の発受を必要とする事情等を踏まえた可否の方針に関する意見を添え、所長の決裁を受けるものと定められているところ(前提事実(4)ウ)、P10統括は、前記認定のとおり、信書の発受の可否についての判断資料とするためP22副看守長を介して本件原稿の提出を受けたものである。そして、本件願箋についての意見を添えて決裁を受けるに際し、その資料として本件原稿の写しを作成して添付したものであるが、本件原稿の原本によらず、写しを作成して添付する行為は、原本の紛失、汚損等のおそれを考慮すれば合理的で、当該職務の遂行として適切な方法であるといえるから、これは処遇規程に定める申告表が提出された場合に行うべき職務に必要な行為として写しを作成したものといえる。
 そうすると、P10統括の行為は、著作権法42条1項本文に定める「行政の目的のために内部資料として必要と認められる場合」に該当するといえる。
 したがって、P10統括が本件原稿の写しを作成した行為は、著作権を侵害する違法な行為とはいえない。
エ 別件控訴理由書の作成について
(ア) 原告は、原告の許諾なく作成した本件原稿の写しを利用して別件控訴理由書を作成する行為は、本件原稿についての原告の著作権を侵害するものである旨主張する。
 ところで、別件控訴理由書は、本件報告書を引用して作成したものであるので、まず本件報告書作成行為そのものの適法性が問題とされなければならないが、証拠(乙8)によれば、本件報告書は、本件原稿の提出を受けた経緯及びその体裁等の外観的特徴を説明報告するとともに、その3(2)部分において、別件控訴事件の裁判所に対し、判読が困難な自筆で記載され、当て字も多用されている本件原稿の内容及び形式を簡潔かつ正確に報告できるようにするため、175枚ある本件原稿について、創作的な表現を加えることなく、本件原稿の構成に沿って各話ごとにその要旨を簡潔に記載し、必要に応じて、本件原稿の記載の一部を、他と区別して括弧書きにして引用しているものであるから、その作成行為は、本件原稿の著作権の利用を問題とすべき上記3(2)部分に限っても翻案に当たらず複製にすぎない。
 そして、本件報告書は、別件控訴事件に提出するために作成されたものであることからすれば、その作成のためにした複製行為が著作権法42条1項本文に定める「裁判手続のために必要と認められる場合」に該当することは明らかである。また、本件報告書は、前記のとおり175頁にもわたる本件原稿につき簡潔に概要を記載したもので、裁判手続に必要と認められる合理的範囲でその内容を記載したものといえるから、これが特に原告の著作権を不当に害するものとして同項ただし書きを問題とする余地もない。
 そうすると、本件報告書の3(2)部分を引用して作成されたと認められる別件控訴理由書も、結局、本件原稿を複製して作成したものということになるところ、この複製行為が著作権法42条1項本文に定める「裁判手続のために必要と認められる場合」に該当することは明らかであるといえるし、また、原告の著作権を不当に害するものとして同項ただし書きを問題とする余地がないことも本件報告書についてみたものと同様である。
 したがって、本件報告書及び別件控訴理由書を作成する行為は、いずれも原告の著作権を侵害する違法な行為とはいえない。
 なお、原告は、著作権法42条における「著作物」には未発行のものは含まれないから、本件原稿の複製について同条1項は適用されない旨主張するが、日本国民の著作物であれば著作権法の保護を受けるものであり(同法6条1項)、他にこれを制限する規定もないことからすれば、原告の主張は理由がない(本件原稿は、未公表の原稿であるが、その写しが行政機関内で利用されたことによっては公表されたとはいえないし、また別件訴訟及び本件訴訟においても、その内容は本件報告書で示された概略程度でしか知り得ないので、これまた本件原稿が公表されたとはいえず、いずれにしても、本件において、著作権法18条の公表権侵害の問題は生じない。)。
(3) 原告の主張(3)について
ア 原告は、大阪拘置所長が大阪法務局訟務部職員に対し、本件原稿の写しを交付した行為が、財産権あるいは信書の秘密を侵すなどとして違法である旨主張する。
イ しかし、大阪拘置所の在監者が国を相手として同拘置所における処分の取消しを求める訴訟を提起した場合、大阪拘置所長が、国の指定代理人である大阪法務局訟務部職員に対し、同拘置所長が訴えに関する事実関係や背景事情等について意見を述べ、参考となる資料を交付する行為は、自らの所管する事務について訴訟が提起された行政庁として当然なすべき行為であるといえる。また、大阪拘置所も大阪法務局も、いずれも国家行政組織の一機関にすぎないから、大阪拘置所長が大阪法務局訟務部職員に対して資料を交付する行為等は、行政庁内部の事務手続にすぎないともいえる。
ウ したがって、大阪拘置所長が本件原稿の写しを大阪法務局訟務部職員に交付した行為は、適法な職務の一部であり、原告の財産権に対する侵害や、信書の秘密に対する侵害と認められるものでもないから、違法な行為とはいえない。
(4) まとめ
 以上によれば、原告の被告に対する、大阪拘置所職員等の行為が違法な行為であることを理由とする国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求は、その余の判断に及ぶまでもなく理由がない。
3 結論
 よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 森崎英二
 裁判官 田原美奈子
 裁判官 大川潤子
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/