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【事件名】清武元巨人取締役著書の復刊事件(2)
【年月日】平成27年5月28日
 知財高裁 平成26年(ネ)第10103号 出版差止等請求控訴事件、出版契約無効確認請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成24年(ワ)第29975号(A事件)、平成24年(ワ)第10544号(B事件))
 (口頭弁論終結日 平成27年4月16日)

判決
控訴人 株式会社七つ森書館
訴訟代理人弁護士 岡邦俊
同 小畑明彦
同 前原一輝
被控訴人 株式会社読売新聞東京本社
訴訟代理人弁護士 喜田村洋一
同 升本喜郎
同 金子剛大
同 那須勇太
同 井上貴宏


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。

第2 事案の概要
 本判決の略称は、原判決に従う。
1 本件のうちA事件は、被控訴人が、控訴人に対し、控訴人が行う原判決別紙出版物目録記載の書籍(本件書籍)の発売等頒布は、新潮社から発行された著作者表示を「読売新聞社会部」、書名を「会長はなぜ自殺したか−金融腐敗=呪縛の検証」とする単行本(原書籍1)及びこの単行本が同社から同じ題名で新潮文庫として発行された書籍(原書籍2)について被控訴人が有する著作権(複製権、譲渡権及び翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権等)、さらに被控訴人の名誉権を侵害すると主張して、著作権法112条1項及び名誉権に基づき本件書籍の発売等頒布の差止めを求めるとともに、民法709条に基づく損害賠償金688万円及びこれに対する平成24年11月21日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、B事件は、被控訴人が、被控訴人と控訴人との間において、平成23年5月9日付けの原書籍1及び2に記載された著作物に関する出版契約書(本件出版契約書)において出版権の設定の対象とされた原判決別紙著作物目録記載の著作物(本件著作物)に関する出版権が控訴人に存在しないことの確認を求める事案である。
 原判決は、被控訴人は原書籍1及び2につき著作権及び著作者人格権を有すると認められるところ、本件出版契約書に係る契約(本件出版契約)が被控訴人と控訴人との間で成立したと認めることはできないから、控訴人が、本文が原書籍1及び2と同一であり、これに「本シリーズにあたってのあとがき」という表題の文章(本件あとがき)を付記した本件書籍を製本して、これを発売等頒布した行為は被控訴人の有する著作権(複製権、譲渡権及び翻案権)を侵害し、原書籍1及び2に、本件あとがきを被控訴人に無断で追加した本件書籍を製本した控訴人の行為は、被控訴人の意に反する原書籍1及び2の改変に当たるから、原書籍1及び2について被控訴人が保有する同一性保持権を侵害し、著作者名を「読売社会部C班」として本件書籍を発売等頒布した控訴人の行為は、著作者である被控訴人が決定した著作者名の表示である「読売新聞社会部」を被控訴人の意に反して改変した上、これを公衆へ提供したものであるから、原書籍1及び2について被控訴人が保有する氏名表示権を侵害するものであるところ、本件書籍の発売等頒布に係る差止請求はこれを認める必要性があり、また、控訴人による被控訴人の著作権(複製権、譲渡権及び翻案権)侵害に係る損害は126万円、控訴人による被控訴人の著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)侵害に係る損害は30万円、弁護士費用相当損害金は15万円であると判示して、A事件については、被控訴人の控訴人に対する請求を、本件書籍の発売等頒布の差止め並びに損害賠償金171万円及びこれに対する平成24年11月21日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を命ずる限度で認容し、その余は理由がないとして棄却し、B事件については、被控訴人と控訴人との間において本件著作物に関する出版権が控訴人に存在しないことを確認するとしてこれを認容したため、控訴人が、原判決を不服として控訴したものである。
2 前提事実
 原判決4頁12行目及び14行目の「、乙3」をいずれも削除するほかは、原判決の「事実及び理由」の第2の1記載のとおりであるから、これを引用する。
3 争点
 争点は、以下のとおりである。なお、争点(8)及び(9)は当審で追加されたものである。
(1) 確認の利益の有無
(2) 被控訴人は原書籍1及び2につき著作権を有するか
(3) 本件出版契約の有効性
(4) 著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権等)侵害の有無
(5) 名誉権侵害の有無
(6) 損害の有無及びその額
(7) 本件著作物に関する控訴人の出版権の有無
(8) 被控訴人による差止請求及び損害賠償請求が権利濫用に当たるか
(9) 損害賠償請求権による相殺の肯否
第3 争点に関する当事者の主張
 争点に関する当事者双方の主張は、以下の1のとおり付加、訂正等し、以下の2のとおり争点(1)(確認の利益の有無)、争点(3)(本件出版契約の有効性)、争点(4)(著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権等)侵害の有無)、争点(8)(被控訴人による差止請求及び損害賠償請求が権利濫用に当たるか)及び争点(9)(損害賠償請求権による相殺の肯否)についての当審における当事者の主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」の第3記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の付加、訂正等
(1) 原判決11頁5行目の「甲17」とあるのを、「甲18」と改める。
(2) 原判決12頁1行目の「著者者表示」とあるのを、「著作者表示」と改める。
(3) 原判決18頁8行目の「これ知り得べき」とあるのを、「これを知り得べき」と改める。
2 当審における当事者の主張
(1) 争点(1)(確認の利益の有無)について
〔控訴人の主張〕
 原判決は、仮に本件出版契約が有効であるとするとき、被控訴人は、少なくとも平成27年5月31日まで、本件著作物の全部又は一部を転載した書籍や、本件著作物と明らかに類似すると認められる内容の書籍、さらには、本件著作物と同一書名の書籍を、自ら出版することはもとより、第三者をして出版させることも許されないことになるという現在の権利又は法律関係に関する不安が存するところ、被控訴人はA事件において本件出版契約が無効であることを前提に本件書籍の発売等頒布の差止めを請求しているが、それとは別途に本件出版契約の無効そのものが確認されない限り、被控訴人の上記現在の権利又は法律関係に関する不安は除去されないから、被控訴人が被控訴人と控訴人との間において、控訴人が本件著作物に関する出版権を有しないことを確認する旨の確認判決を得ることには即時確定の利益があると判断した。
 このように、原判決は、「仮に同契約が有効であるとするとき」を前提として「現在の権利又は法律関係に関する不安が存する」という。しかし、確認の利益は弁論終結時において判断されるべきものであるところ、原審は、弁論終結時までにA事件について本件出版契約が無効であるとの判断に達し、その結果、原判決は、争点(3)(本件出版契約の有効性)の判断において、本件出版契約が無効であると判示しているのであるから、弁論終結時点において確認の利益が存するとの前提が失われたことになるのであって、上記判断はその前提と矛盾し失当である。
 また、被控訴人は、A事件の訴状において、本件書籍に記載されている金融関連事件について、「社会の犯罪に関する正当な関心というものは時の経過によって失われていくもの」(13頁)であり、「世間において格別の関心対象とはなっていない約15年も前の金融関連事件を再度取り上げているのであって、かかる行為に公益性はない」(17頁)旨主張している。このような、原書籍1及び2を復刊することの社会的・文化的意義を否定する被控訴人の言動からすれば、被控訴人が今後「本件著作物と同一書名の書籍を、自ら出版すること」や「第三者をして出版させること」があり得るはずがなく、これを理由として「現在の権利又は法律関係に関する不安」を除去する必要があるかのような被控訴人の主張は、禁反言の見地からも許されるべきではない
〔被控訴人の主張〕
 訴訟要件の一つである確認の利益の有無は、本案における判断とは無関係に判断されるものであるから、本件出版契約が有効であることを仮の前提として確認の利益を肯定しつつ、本案の判断において本件出版契約が無効であると判断した原判決に何ら矛盾はない。控訴人の主張は、訴訟要件についての理解を誤るものであり、失当である。
 また、被控訴人は、原審において、プライバシーに全く配慮しないまま実名で前科を公表することの必要性や公益性がない旨主張したにすぎず、原書籍1及び2を復刊すること自体の社会的・文化的意義を否定したことは一度もない。したがって、控訴人のこの点に係る主張は、原審における被控訴人の主張を曲解するものであり、失当である。
(2) 争点(3)(本件出版契約の有効性)について
〔控訴人の主張〕
ア 代理権に基づく本件出版契約の締結について
 原判決は、Dは被控訴人側の知的財産部から受けた指示に従って控訴人と折衝していたから、被控訴人がDに本件出版契約締結につき被控訴人を代理する権限を授与したと認められるべきである旨の控訴人の主張に対して、「読売新聞グループ本社の知的財産部は、Eから申入れがあった事実をDに伝えるとともにEから受信したメールをDに転送したにすぎず、Eの申入れをDに伝達したにとどまるから、Dに控訴人と折衝するよう指示したと認めることはできない。」と判断した。
 しかし、読売新聞グループ本社の知的財産部が、Dに対し、控訴人担当者であるEからの申入れの電子メールを転送するとともに、同申入れがあった旨を電話で連絡したのは、Dから原書籍1及び2に関する事実関係を確認し、Dに対して交渉を全部委ねたからであり、その直後に、Dが、原書籍1及び2の著作者代表者であるCに連絡している事実は、読売新聞グループ本社の知的財産部が、Dに対し、原書籍1及び2の復刻版の出版交渉の担当を指示するに当たり、著作者代表者であるCの意向に従って交渉するよう指示したことを示すものである。
 このように、読売新聞グループ本社の知的財産部が、Dに対し、Cの意向に従って控訴人と契約交渉するよう指示したのは、原書籍1及び2が非職務著作物であり、その著作権は本件執筆者9名が有すると判断しながら、本件就業規則(甲18)7条に該当する、社外で発行された非職務著作物については、著作権を外部的・形式的に被控訴人に帰属させて、本件執筆者9名の著作権を信託的に管理する内部的な方式を新たに採用していたからであって、信託契約上の受託者として著作権を信託管理する被控訴人としては、内部的・実質的に原書籍1及び2の著作権が帰属する本件執筆者9名の代表者のCに、契約の重要な部分の意思決定を委ねるとともに、本件出版契約に関しては、Cが被控訴人には在職していないことから、やむなくCに代えてDに代理権を付与して本件出版契約を締結させたのである。
 したがって、本件書籍の出版について、Dが被控訴人から授与された代理権に基づき、執筆者代表であるCの意向に従いつつ、控訴人との間で本件出版契約を有効に締結したことは明らかであるから、原判決の認定及び判断は誤りである。
イ 表見代理について
(ア) 民法110条の表見代理
 原判決は、「知的財産部がDに被告との折衝に当たって何らかの指示をしたとみるべき事実は何ら認められないから、原告がDに被告と折衝する代理権を授与したということはできない」と判断した。しかし、前記アのとおり、読売新聞グループ本社の知的財産部が控訴人の原書籍1及び2の復刊の申入れをDに連絡するに当たり、Dに本件出版契約の交渉を担当するよう指示し、契約条件を控訴人と交渉して合意するという法律行為の基本代理権を授与したことは明らかである。
(イ) 民法109条の表見代理
 仮に被控訴人がDに対し、上記(ア)のように契約条件を控訴人と交渉して合意するという法律行為の基本代理権を授与していなかったとしても、前記アのとおり、読売新聞グループ本社の知的財産部が控訴人の原書籍1及び2の復刊の申入れをDに連絡するに当たり、Dに本件出版契約の交渉を担当するよう指示したことは疑いの余地がない。そして、被控訴人は、その後、Dが被控訴人の従業員の肩書を表示し、読売グループのメールアドレスを使用して控訴人と本件出版契約の交渉を行うことを許容していた。
 したがって、被控訴人は控訴人に対し、本件出版契約について交渉し契約を締結する代理権の授与表示を行ったというべきである。
〔被控訴人の主張〕
ア 代理権に基づく本件出版契約の締結について
 Dが、読売新聞グループ本社の知的財産部から、控訴人の申入れがあった旨の連絡を受けたのは、原書籍1及び2の執筆担当者のうち社会部に所属する者の中で最年長者であったからにすぎず、連絡内容も控訴人からの原書籍1及び2の復刊の申入れに対して「誰に連絡をとればいいだろうか」ということを確認する趣旨のものにすぎなかった。
 また、原書籍1及び2は職務著作であり、著作者は被控訴人である。被控訴人は、原書籍1及び2について、信託管理する方式を新たに採用したこともなければ、内部的・実質的に原書籍1及び2の著作権が帰属する本件執筆者9名の代表者のCに契約の重要な部分の意思決定を委ねたこともない。控訴人は、「被控訴人が原書籍1及び2の著作権を信託管理している」と主張するのであれば、いつ、誰との間で、どのような内容の信託管理に関する契約が締結されたのかを主張立証すべきであるが、そのような主張立証もない。
 Dは、原書籍1及び2を出版した際の取りまとめ役がCであったため、読売新聞グループ本社の知的財産部から連絡を受けた際に、Cに連絡をとったにすぎず、知的財産部がDに対し、本件出版契約の交渉担当を指示するに当たり、Cの意向に従って交渉するよう指示したとする控訴人の主張は事実に反する。
 したがって、Dに本件出版契約の締結に関する代理権は授与されておらず、控訴人のこの点に関する主張は失当である。
イ 表見代理について
(ア) 民法110条の表見代理
 控訴人は、基本代理権の内容について、「控訴人と折衝する代理権」とか「契約条件を控訴人と交渉して合意するという法律行為の基本代理権」等と主張するが、これらがいかなる法律行為についての代理権をいうのか判然とせず、上記基本代理権が、本来の代理権である「本件出版契約を締結する代理権」といかなる点で異なるのか明らかでない。この点を措いても、前記アのとおり、被控訴人がDに対して控訴人が主張するような基本代理権を授与した事実はないから、控訴人のこの点に関する主張は理由がない
(イ) 民法109条の表見代理
 被控訴人がDに対して本件出版契約の交渉を担当することを指示していたなどの事実が存在しないことは、前記アのとおりであるから、本件において、民法第109条の表見代理が成立する余地はなく、この成立を否定した原判決に何ら誤りはない。
(3) 争点(4)(著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権等)侵害の有無)について
〔控訴人の主張〕
ア 同一性保持権侵害について
 原判決は、Cが執筆した本件あとがきについて、「上記記述の内容は本件書籍の本文の内容とは全く関係のない、Cの読売巨人軍における役職解任に関する記載であって、その記載内容からすれば原告の意に反していることは明らかであり、また、本文と密接な関係を有するあとがきという文章の性質に鑑みれば、これを本文と一体のものと考えるべきであるから、このように、原書籍1及び2に本件あとがきを原告に無断で追加した本件書籍を製本した被告の行為は、原告の意に反する原書籍1及び2の改変に当たるというべきである。したがって、上記被告の行為は原書籍1及び2について原告が保有する同一性保持権の侵害行為に該当すると認めるのが相当である。」と判断した。
 しかし、仮に、原書籍1及び2について職務著作が成立するという原判決の判断を前提としても、職務著作が成立する範囲は、原書籍1及び2の「本文」の部分に限定され、原書籍1及び2のあとがきは、本文とは別個の著作物であって、これについては、著作権法15条の各要件を何ら充足するものではないから、職務著作が成立する余地はなく、執筆者のC個人が著作者人格権を享有するものである。このことは、本件あとがきについても同様であって、Cは、原書籍1及び2のあとがきの著作者であって、Cが原書籍1及び2の復刻版としての本件書籍に本件あとがきを執筆すること自体は、何ら被控訴人の意に反するものではなく、本来、Cは、本件あとがきに自らの思想感情を自由に表現できるのであって、記載内容が被控訴人の意に反しているとしても、被控訴人が原書籍1及び2の本文について有する同一性保持権の侵害と評価される余地はない。
イ 氏名表示権侵害について
 原判決は、本件書籍の「読売社会部C班」との著作者表示について、「本件書籍は、原書籍1及び2の復刻版であるにもかかわらず、その著作者名を原書籍1及び2のように「読売新聞社会部」とはせず、「読売社会部C班」とするものであること、原告は、本件書籍の著作者名を「読売社会部C班」とすることに強く異議を述べていることが認められる。かかる事情に鑑みると、著作者名を「読売社会部C班」として本件書籍を発売等頒布した被告の行為は、著作者である原告が決定した著作者名の表示を原告の意に反して改変した上、これを公衆へ提供したものと認められるから、被告の上記行為は、原書籍1及び2について原告が保有する氏名表示権の侵害行為に該当すると認めるのが相当である。」と判断した。
 しかし、仮に、原書籍1及び2について職務著作が成立するという原判決の判断を前提としても、控訴人は、平成23年2月、本件書籍を「読売社会部C班」との氏名表示で復刊することなどを内容とする宣伝パンフレットをDの承諾を得て作成し、約5000部を書店、取次店、新聞社などに配布したから、被控訴人は、本件書籍の氏名表示を現に知り、又は知り得たはずであり、被控訴人が、本件書籍の出版前から「強く異議を述べている」かのような原判決の認定は事実に反する。
 また、「読売社会部C班」との氏名表示は、原書籍1及び2の「読売新聞社会部」との氏名表示に従い、その表示の範囲内でこれを正確化したにすぎず、法19条2項の趣旨に照らせば、被控訴人が有する氏名表示権を何ら侵害するものではない。
〔被控訴人の主張〕
ア 同一性保持権侵害について
 原判決の「本文と密接な関係を有するあとがきという文章の性質に鑑みれば、これを本文と一体のものと考えるべき」との判示は常識的で妥当な解釈である。そして、本件あとがきの内容は本件書籍の本文とは全く関係のない、Cの読売巨人軍における役職解任に関する記載であり、その記載内容からして被控訴人の意思に反していることは明らかであり、本件あとがきを追加して本件書籍を製本した行為が、被控訴人の意に反する本件書籍の改変に該当し、同一性保持権の侵害に該当することは明らかである。
 したがって、控訴人のこの点に関する主張は理由がない。
イ 氏名表示権侵害について
 氏名表示権侵害を否定するためには、氏名表示の変更について被控訴人の承諾があったことが必要であるが、控訴人の主張はかかる承諾の存在を主張するものではないから失当である。この点を措くとしても、被控訴人は、本件書籍の著作者名を「読売社会部C班」とすることに対して、出版前の交渉の過程で複数回にわたって異議を述べたほか、本件書籍の出版前に提訴したB事件の訴状においても強く異議を述べており、控訴人の主張は明らかに事実に反する。原書籍1及び2は、被控訴人の編集局社会部に所属する延べ41人の記者の取材に基づき、編集局社会部全体が総力を挙げてまとめあげた書籍であることを世間に示す趣旨で、被控訴人の氏名表示権の行使として、あえて「読売新聞社会部」と表示したのであるから、原書籍1及び2の復刻版である本件書籍の著作者名の表示を、「読売新聞社会部」から「読売社会部C班」に変更することは、被控訴人として、断じて許しえないものであった。さらに、Cの記者会見(平成23年11月11日)以降における被控訴人を含む読売新聞グループとCとの激しい対立状況において、被控訴人は、本件書籍の著作者名を被控訴人と敵対関係にあるCの個人名を冠した「読売社会部C班」とすることについて強く反発し、控訴人に対して異議を述べていたことは明らかである。
 また、上記のとおり、原書籍1及び2の著作者名の表示が「読売新聞社会部」とされた経緯やCと被控訴人を含む読売新聞グループが敵対している状況に鑑みれば、本件書籍の著作者名を被控訴人と敵対関係にあるCの個人名を冠した「読売社会部C班」に変更することは、被控訴人にとって看過できない変更であって、「読売社会部C班」との表示が、「読売新聞社会部」との氏名表示に従い、その表示の範囲内でこれを正確化したものとはいえない。
 したがって、控訴人のこの点に関する主張は失当である。
(4) 争点(8)(被控訴人による差止請求及び損害賠償請求が権利濫用に当たるか)について
〔控訴人の主張〕
 原判決の認定に従えば、被控訴人の被用者であるDは、使用者である被控訴人の出版事業を執行する過程において、自ら契約締結権限がないことを知りながら、控訴人関係者にそれを秘し、真意に出たものとしか解しようのない数々の虚言を弄して、無効な本件出版契約をあえて締結させ、控訴人に本件書籍の出版を実行させたことになる。このようなDの常軌を逸する言動は、偽計業務妨害罪に該当するほどの悪質な不法行為であり、控訴人は、これによって、印刷済みの本件書籍の販売の差止めを受けるとともに、社会的評価を著しく失墜させるという、莫大な損害を被り、その金額は優に1千万円を超えている。被控訴人は、控訴人からの復刊の申入れをDにのみ告知し、他に正当な代理人を選任するなどの適切な対応をとった形跡がないから、無権限のDが、原書籍1及び2の復刊に関する折衝を控訴人との間でみだりに行っていることを知り、又は知り得たのに、漫然と放置し、本件出版契約に関するDの行動を全く監督せず、被控訴人自ら著作権・著作者人格権侵害の原因を作り出し、被害を拡大したことが明らかである。
 そうすると、使用者である被控訴人が、被用者であるDの被控訴人の出版事業を執行する過程における上記不法行為の結果として控訴人が行った本件書籍の出版について、差止請求及び損害賠償請求をすることは、権利(原書籍1及び2の著作権・著作者人格権)の濫用として許されない。
〔被控訴人の主張〕
 控訴人は、権利濫用を根拠付ける事実関係について何ら立証していないから、控訴人の主張は失当である。
 この点を措くとしても、本件出版契約の締結には、被控訴人の社内規定に従って部長職以上の者の了解を得ることが必要とされていたにもかかわらず、Dがこれを怠ったことにより、被控訴人が何ら関与しないところで同契約が締結されたのであって、被控訴人がDの行為を漫然と放置していた事実はない。この点は、原判決が、「本件出版契約の契約締結交渉における一連の事実を考慮すると、原告に帰責性がなく」と認定していることからも明らかである。
 したがって、被控訴人による差止め及び損害賠償請求権の行使が権利の濫用と評価されるものでないことは明らかである。
(5) 争点(9)(損害賠償請求権による相殺の肯否)について
〔控訴人の主張〕
 仮に、控訴人が、原判決の判断のとおり、被控訴人に対し著作権・著作者人格権侵害を原因として171万円の損害賠償債務を負担するとすれば、控訴人は、Dの偽計業務妨害行為によって被った前記(4)の〔控訴人の主張〕で述べた損害について、Dの使用者である被控訴人に対し、民法715条に基づく損害賠償請求権を有するので、同損害賠償請求権を自働債権とし、被控訴人の上記損害賠償請求権を受働債権として、対当額において相殺する旨の意思表示をする。
 そして、民法509条の相殺禁止の原則は、受働債権が人的損害の場合で、相殺される側に現金での弁済を得させる必要性が大きい場合や、一方的に損害を被った被害者が腹いせのために故意に不法行為を行うのを防止する場合には合理性があるが、双方過失による事故で損害が(特に相手方の損害が)物損の場合には、相殺の主張を認めてもなんら不都合はない。本件では、被控訴人及び控訴人は法人であり、受働債権である著作権侵害等を理由とする被控訴人の損害賠償請求権は、人身損害のように特に現金で弁済を得させる必要性が大きい債権ではない。また、控訴人の不法行為としての本件書籍の出版は、被控訴人の使用者責任の対象であるDの偽計業務妨害行為と同時並行して行われたものであり、少なくとも控訴人が「腹いせのための不法行為」としての出版を事後的に行なったものではない。さらに、被用者Dについては明白な故意が成立し、被控訴人の監督責任の不履行は未必の故意によると評価し得るものの、被控訴人及び控訴人双方の被った損害は、外形的にはいずれも過失により生じた財産的損害であるから、「双方過失による事故」に該当する。
 したがって、上記相殺の抗弁の主張は、民法509条に抵触しない。
〔被控訴人の主張〕
 控訴人は、損害の発生の事実及び額、Dの行為と損害との間の因果関係等、民法715条の使用者責任の要件に該当する事実を具体的に主張立証していない。
 この点を措くとしても、民法509条の規定は、自働債権と受働債権がともに不法行為から生じた損害賠償請求権の場合であっても適用される。また、控訴人が本件における相殺の主張が民法509条の趣旨に反しない根拠として指摘するものは、双方の過失により物損が生じた交通事故の事案についてのものであり、本件とは全く事案を異にする。
 したがって、本件では控訴人による相殺が民法509条に抵触することは明らかである。
第4 当裁判所の判断
 当裁判所も、著作権法15条1項に基づき原書籍1及び2の著作者は読売新聞社であって、同社が有していた著作権及び著作者人格権を被控訴人が包括承継したものであり、本件出版契約が被控訴人と控訴人との間で成立したと認めることはできないから、控訴人が、本文が原書籍1及び2と同一であり、これに本件あとがきを付記した本件書籍を製本して、これを発売等頒布した行為は被控訴人の有する著作権(複製権、譲渡権及び翻案権)を侵害し、原書籍1及び2に本件あとがきを被控訴人に無断で追加した本件書籍を製本し、著作者名を「読売社会部C班」として本件書籍を発売等頒布した控訴人の行為は、原書籍1及び2について被控訴人が保有する同一性保持権及び氏名表示権をそれぞれ侵害するものであって、本件書籍の発売等頒布に係る差止請求についてはこれを認容すべきであり、また、控訴人による被控訴人の著作権(複製権、譲渡権及び翻案権)侵害及び著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)侵害に係る不法行為による損害賠償請求については、171万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成24年11月21日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余は理由がないから棄却し、さらに、被控訴人と控訴人との間において本件著作物に関する出版権が控訴人に存在しないことを確認するのが相当であると判断する。
その理由は、以下のとおりである。
1 争点(1)(確認の利益の有無)について
(1) 争点(1)(確認の利益の有無)についての判断は、原判決23頁16行目の「(甲3、4、乙2、4)」とあるのを「(甲3、4、乙2)」と訂正し、次のとおり、当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の第4の1のとおりであるから、これを引用する。
(2) 当審における控訴人の主張に対する判断
ア 控訴人は、原判決は、「仮に本件出版契約が有効であるとするとき」を前提として、このような場合には現在の権利又は法律関係に関する不安が存するから、控訴人が本件著作物に関する出版権を有しないことを確認する旨の確認判決を得ることには即時確定の利益があると判断したが、他方において、原判決は、争点(3)(本件出版契約の有効性)の判断では、本件出版契約が無効であると判示しているのであるから、原判決の上記確認の利益についての判断は、「仮に本件出版契約が有効であるとするとき」との前提が失われたこととなり、その前提と矛盾し失当である旨主張する。
 しかし、確認の訴えの適法性を基礎付ける訴訟要件としての確認の利益は、本案における判断とは無関係に判断されるべきものであるから、仮に本件出版契約が有効であることを想定した場合には確認の利益があるとして確認の訴えの適法性を是認して本案の審理を行い、本案において本件出版契約が無効であると判断することは何ら矛盾するものではない。そして、前記のとおり、仮に審理の結果、本件出版契約が無効であることを理由として本件書籍の発売等頒布の差止めが認められたとしても、本件出版契約が無効であるとの判断には既判力が及ばないのであるから、それとは別途に本件出版契約の無効そのものが確認されない限り、被控訴人の上記現在の権利又は法律関係に関する不安は除去されない以上、本件著作物に関する出版権を有しないことを確認する旨の確認判決を得ることには即時確定の利益があるというべきである。
 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
イ また、控訴人は、被控訴人が、A事件の訴状において、原書籍1及び2を復刊することの社会的・文化的意義を否定する言動をとっていることからすれば、被控訴人が今後「本件著作物と同一書名の書籍を、自ら出版すること」や「第三者をして出版させること」があり得るはずがなく、これを理由として「現在の権利又は法律関係に関する不安」を除去する必要があるかのような被控訴人の主張は、禁反言の見地からも許されるべきではない旨主張する。
 しかし、被控訴人は、A事件の訴状において、「(2)プライバシー権侵害について違法性阻却事由がないこと」との標題の下に、「被告書籍(判決注:本件書籍を意味する。)では、事件関係者の前科等…が記載されているが、社会の犯罪に関する正当な関心というものは時の経過によって失われていくものであり、事件関係者が事件に関与した時から約15年経過した現在に至っては、彼らの前科等がもはや社会の正当な関心事でないことは明らかであり、今になって実名とともに公表する必要性は全くない。」(13頁)と、また、「(4)もっぱら公益を図る目的のものでないことが明白であること」との標題の下に、「被告による被告書籍の出版が、公益を図る目的のものでないことは明白である。すなわち、被告書籍は、世間において格別の関心対象となっていない約15年前の金融関連事件を再度取り上げ、そこで逮捕、起訴等された者など、多数の事件関係者を、そのプライバシー等に全く配慮しないまま、ことさら実名で復刊しているのであって、かかる行為に公益性はない。」(17頁)とそれぞれ記載することによって、プライバシー等に配慮することなく事件関係者について実名で前科等を公表することの必要性や公益性がない旨主張したにすぎないのであって、原書籍1及び2を復刊することの社会的・文化的意義を否定する言動をとった事実は認められない。
 したがって、控訴人の上記主張もまた採用することができない。
2 争点(2)(被控訴人は原書籍1及び2につき著作権を有するか)について
 争点(2)(被控訴人は原書籍1及び2につき著作権を有するか)についての判断は、原判決の「事実及び理由」の第4の2のとおりであるから、これを引用する。
3 争点(3)(本件出版契約の有効性)について
(1) 争点(3)(本件出版契約の有効性)についての判断は、原判決42頁5行目及び11行目の「乙34の2、4」とあるのを、いずれも「乙34の2、3」と改め、次のとおり、当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の第4の3のとおりであるから、これを引用する。
(2) 当審における控訴人の主張に対する判断
ア 控訴人は、読売新聞グループ本社の知的財産部は、Dに対し、Cの意向に従って控訴人と契約交渉するよう指示したのであって、このような指示をしたのは、原書籍1及び2が非職務著作物であり、その著作権は本件執筆者9名が有すると判断しながら、本件就業規則(甲18)7条に該当する、社外で発行された非職務著作物については、著作権を外部的・形式的に被控訴人に帰属させて、本件執筆者9名の著作権を信託的に管理する内部的な方式を新たに採用していたからであって、信託契約上の受託者として著作権を信託管理する被控訴人としては、内部的・実質的に原書籍1及び2の著作権が帰属する本件執筆者9名の代表者のCに、契約の重要な部分の意思決定を委ねるとともに、本件出版契約に関しては、Cが被控訴人には在職していないことから、やむなくCに代えてDに代理権を付与して本件出版契約を締結させたものである旨主張する。
 しかし、前記(4)ア(原判決39頁16行〜41頁15行)のとおり、知的財産部がDに被告との折衝に当たって何らかの指示をしたとみるべき事実は認められない上、原書籍1及び2は職務著作であって、著作権法15条1項に基づき、原書籍1及び2の著作者は、読売新聞社であり、同社が原書籍1及び2の著作権を有し(同法17条)、その後、被控訴人が読売新聞社の著作者たる地位を包括承継するのに伴い、原書籍1及び2につき著作権を有するに至ったと認められるから、本件執筆者9名が原書籍1及び2の著作権を取得した事実はなく、そのため、被控訴人が、本件執筆者9名との間の信託契約上の受託者として本件執筆者9名の著作権を信託的に管理した事実も認められない。
 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
イ また、控訴人は、読売新聞グループ本社の知的財産部が控訴人の原書籍1及び2の復刊の申入れをDに連絡するに当たり、Dに本件出版契約の交渉を担当するよう指示したものであるから、本件出版契約について交渉し契約を締結する代理権の授与表示を行ったというべきであり、または、契約条件を控訴人と交渉して合意するという法律行為の基本代理権を授与したものであるから、民法109条又は110条の表見代理が成立する旨主張するが、同主張に理由がないことは、前記(5)(原判決42頁18行〜43頁21行)のとおりである。
4 争点(4)(著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権等)侵害の有無)について
(1) 争点(4)(著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権等)侵害の有無)についての判断は、次のとおり、当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の第4の4のとおりであるから、これを引用する。
(2) 当審における控訴人の主張に対する判断
ア 控訴人は、仮に、原書籍1及び2について職務著作が成立するという原判決の判断を前提としても、職務著作が成立する範囲は、原書籍1及び2の「本文」の部分に限定され、原書籍1及び2のあとがきは、本文とは別個の著作物であって、これについては、著作権法15条の各要件を何ら充足するものではないから、職務著作が成立する余地はなく、執筆者のC個人が著作者人格権を享有するものであり、このことは、本件あとがきについても同様であって、Cは、原書籍1及び2のあとがきの著作者であって、Cが原書籍1及び2の復刻版としての本件書籍に本件あとがきを執筆すること自体は、何ら被控訴人の意に反するものではなく、本来、Cは、本件あとがきに自らの思想感情を自由に表現できるのであって、記載内容が被控訴人の意に反しているとしても、被控訴人が原書籍1及び2の本文について有する同一性保持権の侵害と評価される余地はない旨主張する。
 しかし、元来、著作物は、著作者の思想又は感情の創作的表現であることに鑑みれば、著作者が自己の著作物に掲載すべく執筆したあとがきは、著作物と一体をなすものとして、上記創作的表現と不可分の関係にあるということができ、この理は職務著作物についても妥当するというべきである。そうすると、原書籍1及び2について職務著作が成立する範囲は、原書籍1及び2の本文のみならず、本文と一体不可分の関係にあるあとがきにも及ぶから、原書籍1の「あとがき」及び原書籍2の「文庫化にあたっての付記」についても職務著作が成立し、上記各部分の著作者は読売新聞社ひいては同社を包括承継した被控訴人であるというべきである。そうすると、原書籍1及び2に本件あとがきを被控訴人に無断で追加した本件書籍を製本した控訴人の行為は、原書籍1及び2について被控訴人が保有する同一性保持権を侵害するものである。
 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
イ また、控訴人は、仮に、原書籍1及び2について職務著作が成立するという原判決の判断を前提としても、控訴人は、平成23年2月、本件書籍を「読売社会部C班」との氏名表示で復刊することなどを内容とする宣伝パンフレットをDの承諾を得て作成し、約5000部を書店、取次店、新聞社などに配布したから、被控訴人は、本件書籍の氏名表示を現に知り、又は知り得たはずであり、被控訴人が、本件書籍の出版前から「強く異議を述べている」かのような原判決の認定は事実に反するとともに、「読売社会部C班」との氏名表示は、原書籍1及び2の「読売新聞社会部」との氏名表示に従い、その表示の範囲内でこれを正確化したにすぎず、法19条2項の趣旨に照らせば、被控訴人が有する氏名表示権を何ら侵害するものではない旨主張する。
 しかし、被控訴人が本件書籍の著作者名を「読売社会部C班」とすることについて本件書籍の出版前から強く異議を述べていたことは、前記(2)(原判決44頁19行〜45頁8行)認定のとおりである上、被控訴人は、本件書籍の出版前である平成24年4月11日、B事件を提起し、本件書籍の著作者名として「読売社会部C班」と表示されることは被控訴人にとって耐え難い旨主張していたことが認められる。そして、前記(2)(原判決44頁19行〜45頁8行)のとおり、被控訴人は、原書籍1及び2の出版に当たり、その著作者名を「読売新聞社会部」とすることに決定して表示したものであるところ、前記第2の1(5)(原判決5頁19行〜6頁8行)のとおり、本件あとがきには、Cが、読売巨人軍の専務取締役球団代表兼GMの職にあった平成23年11月、読売新聞グループ本社代表取締役F会長を記者会見で告発して解任されたことや、同告発は既に報告し確定していたコーチ人事を「鶴の一声」で覆す同会長の球団私物化の非を訴えたものであった旨が記述されているなど、当時、被控訴人とCとの間に確執があったことが認められる。上記各事情に照らせば、著作者名を「読売社会部C班」として本件書籍を発売等頒布した控訴人の行為は、著作者である被控訴人が決定した著作者名の表示を被控訴人の意に反して改変した上、これを公衆へ提供したものであると認められるから、原書籍1及び2について被控訴人が保有する氏名表示権を侵害するというべきである。
 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
5 争点(5)(名誉権侵害の有無)について
 争点(5)(名誉権侵害の有無)についての判断は、原判決の「事実及び理由」の第4の5のとおりであるから、これを引用する。
6 争点(6)(損害の有無及びその額)について
争点(6)(損害の有無及びその額)についての判断は、原判決の「事実及び理由」の第4の6のとおりであるから、これを引用する。
7 争点(7)(本件著作物に関する控訴人の出版権の有無)について
争点(7)(本件著作物に関する控訴人の出版権の有無)についの判断は、原判決の「事実及び理由」の第4の7のとおりであるから、これを引用する。
8 争点(8)(被控訴人による差止請求及び損害賠償請求が権利濫用に当たるか)について
控訴人は、被控訴人の被用者であるDは、使用者である被控訴人の出版事業を執行する過程において、自ら契約締結権限がないことを知りながら、控訴人関係者にそれを秘し、真意に出たものとしか解しようのない数々の虚言を弄して、無効な本件出版契約をあえて締結させ、控訴人に本件書籍の出版を実行させ、控訴人は、これによって、印刷済みの本件書籍の販売の差止めを受けるとともに、社会的評価を著しく失墜させるという、莫大な損害を被ったところ、被控訴人は、控訴人からの復刊の申入れをDにのみ告知し、他に正当な代理人を選任するなどの適切な対応をとった形跡がなく、無権限のDが、原書籍1及び2の復刊に関する折衝を控訴人との間でみだりに行っていることを知り、又は知り得たのに、漫然と放置し、本件出版契約に関するDの行動を全く監督せず、被控訴人自ら著作権・著作者人格権侵害の原因を作り出し、被害を拡大したのであるから、使用者である被控訴人が、被用者であるDの上記不法行為の結果として控訴人が行った本件書籍の出版について、差止請求及び損害賠償請求をすることは、権利(原書籍1及び2の著作権・著作者人格権)の濫用として許されない旨主張する。
 確かに、前記7(1)(原判決49頁6行〜50頁15行)のとおり、被控訴人社内の決裁権限に関する規定や運用を知り得ない控訴人が、当時読売巨人軍の球団代表であったCから契約書の検討はDを通じて被控訴人でやってもらう旨等の連絡を受けたことと相まって、当時被控訴人の社会部次長であったDに契約を締結する権限があると信じて本件出版契約の締結手続を進めたとしても、その当時としては無理のないことであって、本件出版契約の効力が被控訴人に及ばない結果になったことは、無権限であるにもかかわらずそれを秘して契約の締結手続を進めたDに主要な責任があると認められ、Dに控訴人に対する不法行為責任が認められれば、被控訴人は控訴人に対し使用者責任としての不法行為責任を負う余地がある。
 しかし、前記3(4)ア(原判決39頁16行〜41頁15行)のとおり、読売新聞グループ本社の知的財産部は、Eから原書籍1及び2の復刻版の出版についての申入れがあった事実をDに伝えるとともにEから受信したメールをDに転送し、Eの申入れをDに伝達したにとどまるから、Dに控訴人と折衝するよう指示したと認めることはできないし、被控訴人において、D及びCと控訴人との間の本件出版契約に関する交渉について何らの報告も受けていなかったことから、Dが原書籍1及び2の復刊に関する折衝を控訴人との間で独断専行していることを知り、又は知り得たのに、漫然と放置したとの事実を認めることはできない。他方において、前記7(1)(原判決49頁6行〜50頁15行)のとおり、その後、控訴人は、本件書籍の発売等頒布に先立ち、ゲラのチェックを進めるDから、「法務部に預けた」との連絡を受け、さらに、被控訴人の法務部長Gから、本件出版契約の有効性に疑義があると指摘され、仮に同契約が有効であるとしても合意解除をしたい旨申入れを受けていたにもかかわらず、被控訴人からDへの本件出版契約の契約締結に係る代理権授与の有無について何らの調査確認もせずに、一方的に本件書籍の発売等頒布に踏み切っている。これらの事実に鑑みれば、被控訴人が、本訴において、控訴人による本件書籍の出版について、差止請求及び損害賠償請求をすることが権利の濫用に当たり許されないとまでいうことはできず、本件全証拠によっても、控訴人の上記権利行使が権利の濫用に当たると評価し得るに足りる事実を認めることはできない。
 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
9 争点(9)(損害賠償請求権による相殺の肯否)について
 控訴人は、仮に、控訴人が、被控訴人に対し著作権・著作者人格権侵害を原因として171万円の損害賠償債務を負担するとすれば、控訴人は、Dの偽計業務妨害行為によって優に1千万円を超える損害を被り、同損害については、Dの使用者である被控訴人に対し、民法715条に基づく損害賠償請求権を有するから、同損害賠償請求権を自働債権とし、被控訴人の上記損害賠償請求権を受働債権として、対当額において相殺する旨の意思表示をするものであり、双方過失による事故で損害が物的損害の場合には相殺の主張を認めても何ら不都合はなく、民法509条の相殺禁止の原則は適用されない旨主張する。
 しかし、前記のとおり、被控訴人は控訴人に対し民法715条に基づく損害賠償責任を負う余地があるものの、債務が不法行為によって生じたときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができず(民法509条)、この理は双方の過失に基因する同一交通事故によって生じた物的損害による損害賠償債権相互間においても妥当するものである(最高裁昭和49年6月28日第三小法廷判決・民集28巻5号666頁参照)から、控訴人の主張する民法715条に基づく損害賠償請求権を自働債権として、被控訴人の著作権及び著作者人格権侵害による損害賠償請求権を受働債権とする相殺を被控訴人に対抗することはできない。
 したがって、控訴人の上記主張は、不法行為責任の有無を検討するまでもなく、主張自体失当である。
10 結論
 以上によれば、A事件について、被控訴人の控訴人に対する請求は、本件書籍の発売等頒布の差止め並びに損害賠償金171万円及びこれに対する平成24年11月21日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これらを認容し、その余は理由がないから棄却し、B事件について、被控訴人と控訴人との間において本件著作物に関する出版権が控訴人に存在しないことを確認することについては理由があるから、これを認容するのが相当である。
 したがって、原判決は相当であって、控訴人の本件控訴は理由がないから、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 富田善範
 裁判官 田中芳樹
 裁判官 柵木澄子
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