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【事件名】長嶋監督のインタビュー原稿漏洩事件
【年月日】平成27年2月27日
 東京地裁 平成24年(ワ)第33981号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成26年12月12日)

判決
原告 株式会社読売新聞東京本社
訴訟代理人弁護士 南賢一
同 細野 敦
同 大賀朋貴
同 木楓子
同 紺田哲司
同 藤浩太郎
同 桑田寛史
被告 A
訴訟代理人弁護士 吉峯啓晴
同 吉峯康博
同 高橋拓也
同 大井倫太郎
同 大河原啓充
同 中村栄治
同 朴鐘賢
同 吉峯真毅
同 吉峯裕毅


主文
1 被告は、別紙第一目録記載の各原稿を複製し、頒布してはならない。
2 被告は、別紙第一目録記載の各原稿並びにこれを記録したフロッピーディスク及びコンピュータのファイル等の磁気媒体並びにこれらを印字した紙媒体を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、30万円及びこれに対する平成22年12月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は、これを10分し、その9を原告の、その余を被告の負担とする。
6 この判決は、第1項及び第3項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 主文第1項同旨
2 被告は、別紙第一目録記載の各原稿に記載された情報の全部又は一部を使用し、又は第三者をして使用させてはならない。
3 被告は、別紙第一目録記載の各原稿に記載された情報の全部又は一部を、第三者に開示してはならない。
4 被告は、別紙第一目録記載の各原稿並びにこれに記載された情報の全部又は一部を記録したフロッピーディスク及びコンピュータのファイル等の磁気媒体並びにこれらを印字した紙媒体その他一切の媒体を廃棄せよ。
5 被告は、原告に対し、別紙第二目録記載の各物件を引き渡せ。
6 被告は、原告に対し、1100万円及びこれに対する平成22年12月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 訴訟費用は被告の負担とする。
8 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、プロ野球球団「読売ジャイアンツ」の終身名誉監督である訴外長嶋茂雄氏(以下「長嶋氏」という。)が脳梗塞により倒れた平成16年3月以降、原告の社内部署である運動部(以下「原告運動部」という。)が集積していた長嶋氏関連の取材メモやインタビューに基づく著作物である原稿(以下「長嶋氏関連原稿」という。)として、これを営業秘密として管理していたところ、原告の社員であった被告がこれを不正に取得し、当時被告の知人女性であったB(その後被告と婚姻。旧姓「C」。以下「B」という。)に送付して不正に開示した等と主張して、被告に対し、(1)著作権法に基づく差止等請求として、別紙第一目録記載の各原稿に対応する原告保有に係る長嶋氏関連原稿の一部(以下「本件各原稿」という。)は、職務著作として著作権法15条1項により原告が著作権を有する著作物であるところ、被告は、本件各原稿の複製物である別紙第一目録記載の各原稿を、平成22年12月11日から14日にかけて、元部下であったD(以下「D」という。)から電子メールに添付する方法で送付を受けてそのままBに電子メールで転送し、その際、これを複製して原告が有する著作権(複製権)を侵害したとして、著作権法112条1項に基づきその複製、頒布の差止め(請求の趣旨第1項)と、同条2項に基づき原稿及びこれを記録した媒体等の廃棄(請求の趣旨第4項)を求め、(2)不正競争防止法(以下「不競法」という。)に基づく差止等請求として、別紙第一目録記載の各原稿に記載された各情報(以下「本件各情報」という。)は、原告保有に係る長嶋氏関連原稿の一部に関する情報であり、原告の営業秘密(以下「本件営業秘密」という。)に当たるところ、被告は、これを原告運動部から不正に入手した上、Bに電子メールで送信して不正に送付したものであり、これは、原告保有に係る本件営業秘密を不正な手段により取得し、これを開示する行為であるから、不競法2条1項4号の不正競争に当たるとして、同法3条1項に基づき本件営業秘密の使用差止め、開示の禁止(請求の趣旨第2項、第3項)と、同条2項に基づき原稿並びに情報を記録した媒体等の廃棄(請求の趣旨第4項。なお、前記著作権法112条2項に基づく請求とは選択的併合)を求め、(3)所有権に基づく動産引渡請求として、被告が別紙第二目録記載の原告所有に係る長嶋氏関連原稿(58点。以下、それぞれ「本件物件1」ないし「本件物件58」といい、併せて「本件各物件」という。)を原告に無断で持ち出した上、紙媒体の形で不法に所持しているとして、本件各物件の所有権に基づく返還請求としてその引渡しを求め(請求の趣旨第5項)、(4)不法行為に基づく損害賠償請求として、前記被告の各行為は、原告の法的保護に値する利益を違法に侵害する行為であり、不法行為(民法709条)を構成するとして、無形損害1000万円及び弁護士費用100万円の合計1100万円並びにこれに対する最終の不法行為の日(Dからの電子メールをBへ転送した日)である平成22年12月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた(請求の趣旨第6項)事案である。
2 前提となる事実(証拠等〔各認定事実の末尾に摘示した。なお、書証の枝番号については、特に記載しない限り省略する。以下、同様である。〕の摘示のない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者等
ア 原告は、日刊新聞の発行及び販売に係る業務等を目的とする株式会社であり、石川県、岐阜県、愛知県、三重県以東の23都道県において、日刊新聞「読売新聞」(以下「読売新聞」という。)を発行している。
 原告は、株式会社読売新聞グループ本社(以下「読売新聞グループ本社」という。)の完全子会社であり、読売新聞グループ本社は、原告のほか、プロ野球球団である「読売ジャイアンツ」を運営する株式会社読売巨人軍(以下「巨人軍」という。)、株式会社読売新聞大阪本社及び株式会社読売新聞西部本社、株式会社中央公論新社等の子会社株式を所有している(以下、読売新聞グループ本社及びその子会社を総称して、「読売グループ」という。)。〔甲2の1、2〕
 巨人軍は、野球競技の運営に係る業務、野球選手の指導及び養成に係る業務などを目的とする株式会社であり、日本プロフェッショナル野球組織及びセントラル野球連盟を構成し、プロ野球球団である「読売ジャイアンツ」を運営している。〔甲4〕
 また、巨人軍は、平成14年7月に株式会社よみうりの組織再編により独立した株式会社として、「読売ジャイアンツ」を運営しているが、同月以前は、株式会社よみうりの一部門であったため、株式会社よみうりの代表取締役社長が球団オーナーに当たり、これ以外に、球団の管理業務と球団運営業務を統括する球団代表なる役職が設けられていた。同月の組織再編以降、巨人軍には球団オーナー及び代表取締役社長の命を受け、球団経営業務を統括する者として球団代表が設置された。〔弁論の全趣旨〕
イ 被告は、昭和50年4月、原告(当時の商号「株式会社読売新聞社」)に地方勤務採用で入社し、読売新聞の記者として取材及び記事の執筆業務に従事し、平成13年1月に読売新聞中部本社(当時)社会部長、平成14年10月に原告の編集委員に、平成16年6月1日に同運動部長となり、その後、同年8月、原告の従業員として巨人軍に出向となり、巨人軍の取締役球団代表兼編成本部長に就任した。
 被告は、平成22年10月12日に、原告を定年退職したが、その後も巨人軍の取締役球団代表等の職務は続けた。〔甲9〕
 被告は、平成23年6月には、巨人軍の専務取締役球団代表兼GM(ゼネラルマネージャー)・編成本部長・オーナー代行に就任したが、同年11月18日の巨人軍における株主総会決議によって、巨人軍の取締役を解任された。〔甲3、4〕
 また、同日に開催された巨人軍の取締役会において、巨人軍の球団代表兼GM(ゼネラルマネージャー)・編成本部長・オーナー代行の職についても解職された。
ウ Bはシンガポール在住の女性であり、被告の執筆の手伝いをするなどしていた。被告とBとは、被告が、平成12年に読売新聞社の社会部次長を務めていたときに、読売新聞社会面の連載記事を執筆するためにシンガポールに取材に行った際、Bが取材対象者になると同時に被告のアシスタントを務めたことで知り合った。原告とBとの間には、雇用関係等はない。なお、被告とBは、平成26年2月に婚姻した。
エ Dは、昭和59年から平成17年まで原告運動部に所属し、被告が運動部長であった当時、被告の部下であった。また、読売ジャイアンツの担当記者として取材を通して長嶋氏を知る関係にあり、平成20年1月から平成23年11月までは巨人軍に出向していた。
(2) 長嶋氏は、平成16年3月4日に脳梗塞を発症した。原告運動部の当時の部長はE(以下「E」という。)であり、被告は原告の編集委員であった。〔甲26〕
(3) 長嶋氏に関しては、株式会社日本経済新聞株式会社(以下「日本経済新聞社」という。)が発行する「日本経済新聞」(以下「日本経済新聞」という。)において、平成19年(2007年)7月1日ないし同月31日にかけて同紙の「私の履歴書」において連載記事が掲載された。〔乙7の1〕
 その後、同連載記事は、長嶋氏を著者とし、株式会社日本経済新聞出版社(以下「日本経済新聞出版社」という。)が発行する「野球は人生そのものだ」として、平成21年(2009年)11月に単行本化された。〔乙7の2〕
(4) 平成22年12月当時、原告運動部内に設置されていた記事編集機には長嶋氏関連原稿の一部である本件各原稿(甲48の1ないし55)が保存されていた。〔甲48の1ないし55〕
(5) 被告は、平成22年12月11日15時36分、同月13日13時52分、同月14日15時19分にDから3通の電子メールを受け取った。〔甲6の1ないし3〕
 この3通のDからの電子メールには、別紙第一目録記載1ないし16の表題と同一のファイル名及び内容の原稿(以下、別紙第一目録記載の番号に対応して「本件送信原稿1」ないし「本件送信原稿16」といい、それらを総称して「本件各送信原稿」という。)が添付されていた。
 被告は、これらファイルを、Bに対し、同日16時14分から16時18分に転送した。〔甲7の1ないし3〕
(6) 被告は、平成23年11月に巨人軍を解職となった後は執筆活動に従事し、平成24年3月26日には、訴外ワック株式会社(以下「ワック」という。)を発行所として、著書「巨魁」を出版した。〔甲5の1、2〕
(7) 平成24年5月26日、被告が稼働していたワックらに対し、同月18日付け仮処分決定(当庁平成24年(ヨ)第1708号仮処分命令申立事件。以下「本件仮処分決定」という。甲39)に基づく仮処分執行(以下「本件仮処分執行」という。)が行われた。〔甲40〕
(8) 本件仮処分執行に当たり執行補助者として立ち会った原告の法務部長であるF(以下「F」という。)は、平成25年3月21日付け陳述書(甲41)を提出している。同陳述書には、本件仮処分執行の際、Fは被告が使っていた机に長嶋氏関連原稿があるのを確認したこと、法務部主任であるG(以下「G」という。)が、原告運動部内に設置されている記事編集機に保存されていた原稿をプリントアウトしたものである「モニター」の束を発見したこと、それには「7月15日18時14分●秒」と印字されていたこと、原稿モニターの一番上のページに鉛筆で「88」「89」「90」「91」などの数字が縦に並んで書き込まれており、青い万年筆で線を引いている箇所もあったことなどが記載されている。〔甲41〕
(9) 原告は、平成24年11月30日付けで、本件訴訟を提起した。
 なお、原告ないし巨人軍と、被告、ワックとの間では、いずれも当庁に、以下の別件訴訟が係属している。
ア 平成23年(ワ)第39107号、同第39996号各損害賠償請求事件:原告読売巨人軍、被告A(一審判決言渡し後、控訴提起あり。乙69〔被告A陳述書〕)
イ 平成24年(ワ)第16097号、同第21086号各損害賠償等請求事件:原告A、被告株式会社読売グループ本社他2名(甲50、乙27、70〔F尋問調書〕)
ウ 平成24年(ワ)第23649号動産引渡請求事件:原告巨人軍、被告A(乙31〔F陳述書〕、43、61〔G陳述書〕)
エ 平成24年(ワ)第29930号動産引渡請求事件:原告巨人軍、被告ワック、被告補助参加人A(甲94〔A証人尋問調書〕)
(10) 被告は、平成25年3月末をもってワックを退社した。〔弁論の全趣旨〕
(11) 本件送信原稿1ないし16の内容がそれぞれ甲46の1ないし16のとおりであること、甲46の1ないし16の内容がそれぞれ本件各原稿の内容に対応していること、このうち、本件送信原稿9ないし11及び同15(甲46の9ないし11及び同15)がそれぞれ著作物性を有することについては当事者間に争いがない。
3 争点
(1) 著作権侵害の成否
ア 本件送信原稿1ないし8、同12ないし14及び同16の著作物性の有無
イ 本件各送信原稿の職務著作性の有無
ウ 差止請求が認められる要件としての著作権侵害のおそれの有無
(2) 本件営業秘密につき不競法違反の成否
ア 秘密管理性の有無
イ 有用性の有無
ウ 非公知性の有無
エ 被告による不正取得行為、不正開示行為の有無
オ 営業上の利益の侵害のおそれの有無
(3) 本件各物件の被告による占有の有無及び所有権に基づく引渡請求権の存否
(4) 不法行為に基づく損害賠償請求の成否
ア 違法性阻却事由ないし被告の故意ないし過失の有無
イ 原告の損害の有無及びその額
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア(本件送信原稿1ないし8、同12ないし14及び同16の著作物性の有無)について
〔原告の主張〕
(1) 本件送信原稿1ないし8、同12ないし14について
 被告は、本件送信原稿1ないし8、同12ないし14については、インタビューした際の録音内容を反訳・記録したものにすぎず、その素材の取捨選択、配列等に執筆者自身が創意を働かせたり、賞賛等の思想、感情が表現されたりしたものとはいえず、著作物性は認められないと主張する。
 しかし、インタビュー及びその記事化という営為は、単にインタビュー対象者の発言を機械的に記録・反訳するというものではなく、どのような質問・追加質問をするかという点や、どのようにインタビュー結果を取捨選択・加除訂正するかという点についてインタビュアーの個性が発揮されるものであり、どのような言葉を使って質問するか、どの順番で質問するか等についてもインタビュアーの個性が表れる。インタビュアーの力量・個性によって、インタビュー記事の出来映え・掘り下げる内容の深さ・記事全体の雰囲気等が異なってくるものである。
 この点、本件において、本件送信原稿1ないし8、同12ないし14が作成された際のインタビューは、インタビュー対象者と原告の記者のみで行われたものであり、原告の記者において、適切な質問の選択・趣旨不明の部分の追加質問等を行っていることはいうまでもない。また、これらの原稿の内容からして、原告の記者において、インタビュー結果を原稿化するに当たって、インタビュー結果の取捨選択・表現の加除訂正等を行っていることもまた、当然のことであり、そのような作業を行っていなければ、本件送信原稿1ないし8、同12ないし14のような読みやすい原稿になっているはずもない。
 加えて、本件においては、特に、原告運動部の記者が、それまでに築き上げた長嶋氏との間の人間関係を元に、長嶋氏の人間像に切り込んだものであり、各記者は、どういう言葉を選び、どのようなタイミングで質問をすれば印象的な言葉を引き出せるかを考えながらインタビューしているのであって、このことからも本件送信原稿1ないし8、同12ないし14について、著作物性が認められることは、自明である。
(2) 本件送信原稿16について
 被告は、前記(1)に加えて、本件送信原稿16については、長嶋氏の発言内容を忠実に記載した一言発言録か、あるいは、その発言内容をほぼ録音どおりに反訳・記録したものにすぎないから著作物性がないなどと主張する。
 しかし、本件送信原稿16に係るインタビューには単独インタビューも含まれており、その場合には、原告の記者において、適切な質問の選択・趣旨不明の部分の追加質問等がされていることはいうまでもない。
 また、これらの原稿の内容からして、原告の記者において、インタビュー結果を記事化するに当たって、インタビュー結果の取捨選択・表現の加除訂正等もされている。
 さらに、本件送信原稿16においては、それぞれの長嶋氏の発言の背景等が注釈の形で説明されており、そこには執筆した記者の創意が働いているものであって、著作物性が認められることは明らかである。
〔被告の主張〕
(1) 本件送信原稿1ないし8、同12ないし14について
 本件送信原稿1ないし8、同12ないし14は、いずれも長嶋氏に、その生い立ち(本件送信原稿1)、大学時代の思い出(本件送信原稿2)、天覧試合の様子(本件送信原稿3)、引退試合の思い出(本件送信原稿4)、監督時代の思い出(本件送信原稿5)、ON時代の記憶(本件送信原稿6)、21世紀の巨人軍のあり方(本件送信原稿8)、メジャーリーガーバリー・ボンズとの対談録(本件送信原稿12)、訴外井上康生氏との対談録(本件送信原稿13)、オリンピックの思い出(本件送信原稿14)についてインタビューしたり、訴外王貞治氏に長嶋氏にまつわる思い出についてインタビューした際の録音内容をそのままほぼ忠実に機械的に反訳ないし記録したメモにすぎず、その素材の取捨選択、配列、組み立て、その文章の表現等について、執筆者自身が創意を働かせたり、賞賛、好意、批判、断罪、情報価値等に対する評価等の思想、感情が表現されたものとはいえない。
(2) 本件送信原稿16について
 特に、本件送信原稿16については、その大半は、長嶋氏付きのスポーツ新聞記者であれば誰しもが同じ内容の発言を同時に耳にし、100人の記者がいれば、100人が全く同じように長嶋氏の発言内容を忠実に記載したと思われる一言発言録か、あるいは、その発言内容をほぼ録音どおり忠実に機械的に反訳ないし記録したメモにすぎないのであって、その素材の取捨選択、配列、組み立て、その文章の表現等について、執筆者自身が創意を働かせたり、賞賛、好意、批判、断罪、情報価値等に対する評価等の思想、感情が表現されたものとはいえない。
 したがって、これらの原稿の作成者が仮にDら原告運動部員らであったとしても、著作物性は認められない。
2 争点(1)イ(本件各送信原稿の職務著作性の有無)について
〔原告の主張〕
(1) 職務著作に当たることについて
 本件各原稿を含む長嶋氏関連原稿は、過去の取材時の原稿及び新規取材に基づく原稿からなるところ、これらは、いずれも原告の発行する読売新聞に掲載される記事にするために作成されたものである。そして、@長嶋氏関連原稿は、長嶋氏が平成16年3月4日に脳梗塞で倒れた際に、当時の運動部長の指示に基づき、読売新聞に掲載することを予定して集積・蓄積されたものであること、A長嶋氏関連原稿を執筆した各記者においても、長嶋氏関連原稿が集積された経緯からして、各原稿が読売新聞に掲載されることを前提に作成しており、その著作権が当初から原告に帰属することを了解していること、B文章の内容自体からしても、単なるメモ等ではなく、記事として紙面に掲載することが想定されていたものであることなどの各事実からしても、長嶋氏関連原稿が備忘録的・資料的な性質の文書などではないことは、明らかである。
 例えば、記事編集機内の川上氏に関連する原稿(甲48の37、同39)のサマリー部分には「校閲部の事前校正を受け」との記述があるところ、被告が主張する備忘録的な意味合いを含む性質の文書ないし資料的な意味合いの文書であれば、わざわざ校閲部が校正することは新聞社の常識としてあり得ないから、原告運動部が読売新聞に掲載することを予定して集積・蓄積した原稿であることは明らかである。
 したがって、本件各原稿及びこれに基づく本件各送信原稿が、原告の発意に基づき、原告の記者らが職務上作成した著作物に当たることはいうまでもない。
(2) 被告の主張に対する反論
 被告は、本件各原稿の一部について、平成19年7月の日本経済新聞の連載記事「私の履歴書」等において公表された事実から、原告の職務著作に当たらないと主張する。
 しかし、そもそも、本件送信原稿1ないし6、同11の内容が、そのまま、日本経済新聞における平成19年7月の連載記事において公表された事実はない。原告は、日本経済新聞社が長嶋氏の回想録を掲載するに当たり、長嶋氏がリハビリ中で十分な取材対応ができない状況にあったこと等に配慮し、あくまでも長嶋氏のために、本件送信原稿1ないし6と同内容の資料について、参考資料との条件において日本経済新聞社側の使用を許可したという事実は存在する。もっとも、同社の記者も、この参考資料をそのまま記事にしたような事実はなく、長嶋氏に対して改めてインタビューを行ったり、補足取材や独自の追加取材を行ったりした上で記事を作成していることは、いうまでもない。
 したがって、本件各原稿の内容が、日本経済新聞社や原告以外の者の著作名義で公表されたという事実は一切存在せず、本件各原稿を含む長嶋氏関連原稿が今後公表される際には、原告自らの著作名義の下に公表されることは当然である。また、日本経済新聞社側も、記事掲載後に参考資料を原告に戻しており、このことは当該原稿について原告に著作権があると認識していたからこそといえる。
 以上のとおり、本件各原稿の著作権が原告に帰属しないという被告の主張は理由がない。
〔被告の主張〕
(1) 職務著作に該当しないこと
 本件各原稿を含む長嶋氏関連原稿は、いずれも原告運動部の部員らが、過去に自ら作成したインタビュー時等の取材メモ等を集めたものにすぎず、「職務上作成する著作物」には該当せず、かつ、「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」でもないから、職務著作性(著作権法15条1項)は認められない。したがって、これに基づく本件各送信原稿の著作権は原告には帰属しない。
(2) 「職務上作成」されたものでないこと
 著作権法15条1項にいう「職務上作成する著作物」に該当するか否かは、法人等の業務内容、著作物を作成する者が従事する業務の種類・内容、著作物作成行為の行われた時間・場所、著作物作成についての法人等による指揮監督の有無・内容、著作物の種類・内容、著作物の公表態様等の事情を総合勘案して判断するものとされているところ、本件においては、本件各送信原稿の元になった本件各原稿の作成者は、本件送信原稿9ないし11を除いて不明であり、その作成日付、場所、時間も定かではないが、その文面や体裁を見る限り、いずれも原告が発行する新聞記事になる前のインタビュー内容等を書き留めた取材メモ等にすぎず、必ずしもこれら文書の作成当時、全ての文書について、原告運動部の上司や管理職らからの具体的な指示があったわけではなく、かつ、記事編集機内に保存するわけではなく、記者自身が自らのジャーナリストとしての経験・知識・能力等を培うための備忘録的な意味合いを含む性質の文書、若しくは後に記事を作成する際に用いる資料的な意味合いの文書であるといえ、その内容自体、必ずしも原告発行の読売新聞の記事のみでなく、他社である日本経済新聞社の平成19年7月の連載記事「私の履歴書」やそれを書籍化した「野球は人生そのものだ」として公表された事実もあることなどからすれば、「職務上作成する著作物」には該当しないというべきである。
(3) 「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」でないこと
 本件送信原稿1ないし6、同11の内容は、平成19年7月の日本経済新聞の「私の履歴書」で公表されたものである。
 そのため、本件各送信原稿の元になった本件各原稿は、読売新聞の紙面等において、原告の著作の名義の下で公表されるものとは必ずしもいえない。
 したがって、この点からも、本件各原稿及びこれに基づく本件各送信原稿の著作権は原告に帰属しないというべきである。
3 争点(1)ウ(差止請求が認められる要件としての著作権侵害のおそれの有無)について
〔原告の主張〕
(1) 被告が原告の著作権を侵害するおそれが極めて高いこと
 被告が、本件各送信原稿を不正に取得した上、Bに不正に送付したのは、本件各原稿を利用した書籍出版等の企画を進め、経済的利益を得ることを企図した行動にほかならず、また、現在もなお、被告において、本件各原稿を利用した書籍出版等の企画を進め、本件各原稿を自らの著書等に利用しようとしている可能性は高く、原告の著作権を侵害するおそれが極めて高いことは明らかである。その詳細は、以下のとおりである。
(2) 被告とBとの関係性について
 被告は、自身の部下や同僚であった原告に所属する記者以上に執筆上の密接な協力関係を有し、その役割・貢献度を高く評価していたBに対し、「僕の部下のメモを出させたのです。」、「面白いので君に転送して感想を聞きたいと思いました。」などと記載した上、本件各送信原稿を転送し、これに対して、Bが、「大変興味深いメモをお送りいただきありがとうございます。」「新しい企画には、ついわくわくしてしまいますね。」などと返信している。その内容からすれば、被告がDに命じて本件各送信原稿を取得し、それをBに不正に転送したという一連の行動は、被告及びBにおいて、本件各原稿を利用した書籍出版等の「新しい企画」を進め、被告において経済的利益を得ることを企図したものにほかならない。
(3) 被告がDに対して長嶋氏関連原稿の送付を指示した理由
 被告は、Dに対して本件各原稿を含む長嶋氏関連原稿の送付を指示した理由に関して、Dが広報部参与という閑職にあり、巨人軍のH球団社長(以下「H球団社長」という。)からもDを何かに使ってやってほしいと頼まれていたことから、Dが原告運動部時代に集めた取材メモ等個人的に保有している資料を活用し、D自身が執筆等を行うことにより再起を図るために行った、Dが個人的に雑誌・書籍等に執筆することにより多角的な視点を身に着けて成長し、その力が認められれば、そのような閑職でなく執筆能力を活かした業務に復帰できるとの思いから協力を申し出たなどと主張する。
 しかし、H球団社長が「何かに使ってやってほしい」などといった発言をした事実や、Dにおいて、被告が主張するような申出を受けた事実などはなく、被告の主張は「部下のメモを出させた」とするBへの電子メール(甲7の1)の内容と矛盾することは明らかである。そもそも、球団社長及び球団代表は、巨人軍の人事の決定権限を有しているのであるから、Dが閑職にあり、その実力・適性に照らして不適当であると考えたのであれば、H球団社長や被告は、人事上の権限に基づき、適材適所の人事措置を講じればよいはずであり、H球団社長が「何かに使ってやってほしい」と進言したり、球団代表であった被告が「閑職ではなく執筆能力を活かした業務に復帰できる」と考えたりしたなどという主張自体が不自然である。
 また、被告のいう「執筆能力を活かした業務」が何を指すのか不明であるが、「広報部参与」という職務は、巨人軍のホームページやニュースリリースの文章をチェックするなど、新聞社でいうところの「デスク業務」に近い役割が求められており、まさに巨人軍の中では「執筆能力を活かした業務」である。
 被告が、業務上の必要性がないにもかかわらず、本件各原稿を含む長嶋氏関連原稿を、その地位を利用し、あえて部下であるDに対し、個人的に命じて取得したのは、取得直後にBに転送していることからしても、それを利用して書籍出版等の企画を進め、経済的利益を得ようとしたためであるとしか考えられない。このことは、本件仮処分執行において、巨人軍の暴露本である「巨魁」を発行しているワックらの事務所において、本件仮処分執行に立ち会った執行補助者であるFら複数の者が、被告の使用する机の上で、長嶋氏関連原稿をプリントアウトした「原稿モニター」(別紙第二目録記載の本件各物件)を発見し、原稿モニターに原稿の行数計算をした痕跡や、線を引いている箇所もあったことからも明らかである。
(4) 被告の解任前後の行動(原告内部文書の漏洩行為)
 被告は、被告が原告の「内部文書」なるものを用いて自己の経済的利益を不当に得ようとした事実はないと主張する。
 しかし、被告の著書「巨魁」にも内部文書に依拠した記述があり、また、被告自身が同書の「あとがき」において内部文書に依拠したことを認めていることからも、被告の前記主張が虚偽であることは明らかである。また、平成24年5月26日の本件仮処分執行において、執行対象物に該当する資料及び本件各物件のみならず、大量の内部文書が発見されており、第三者である民間の執行補助会社の社員もこれらを現認していることからも、被告が、原告の内部文書を大量に持ち出し、これらを所持していることは明らかである。
 さらに、被告は、巨人軍の内部情報・機密資料の漏洩を継続的に行っている。すなわち、平成23年11月18月に被告が巨人軍を解任される直前から、「週刊文春」が原監督の女性スキャンダルに絡む1億円問題に関する報道を行った平成24年6月までのわずか7か月余りの間に、巨人軍の内部情報を暴露する記事が次々と多数のメディアに掲載されているところ、このうち以下の@ないしHの9件に限っても、被告が情報源であることは明らかである。
@平成23年11月17日発売の「週刊文春」(平成23年11月24日号)
A平成23年11月17日発売の「週刊新潮」(平成23年11月24日号)
B平成23年11月21日発売の「週刊現代」(平成23年12月3日号)
C平成23年11月22日発売の「週刊朝日」(平成23年12月2日号)
D平成23年11月27日からの「文藝春秋」の記者による取材と同年12月10日発売の「文藝春秋」(平成24年1月号)
E平成24年3月15日付け「朝日新聞」朝刊等
F平成24年3月22日発売の「週刊文春」(平成24年3月29日号)
G平成24年4月2日発売の「週刊ポスト」(平成24年4月13日号)
H平成24年4月9日発売の「週刊現代」(平成24年4月21日号)
 また、これらの記事で暴露された内容は、直近に生じた事実に限られるものではなく、十数年も前から巨人軍に存在していた機密情報に依拠したものも含まれている。例えば、平成24年3月15日付の「朝日新聞」朝刊の契約金報道が扱う内部情報(前記E)は平成9年から平成16年頃から、平成23年12月10日に発売された「文藝春秋」(平成24年1月号)が扱う内部情報(前記D)は平成19年から平成22年頃から、平成24年3月22日に発売された「週刊文春」(平成24年3月29日号)が扱う内部情報(前記F)は遅くとも平成17年頃から、平成24年4月9日に発売された「週刊現代」(平成24年4月21日号)が扱う内部情報(前記H)は平成16年頃から、さらに、平成24年6月21日に発売された「週刊文春」(平成24年6月28日号)が扱う内部情報は平成21年頃から、それぞれ巨人軍内部に存在し、それまで一度も外部に公表されなかったにもかかわらず、被告が巨人軍の取締役を解任された平成23年11月を境に、わずか7か月余りの間に続けて掲載されたことは異常である。
 以上の事実からすれば、被告が、巨人軍の取締役等の地位を解任等された腹いせに、自らが球団代表時代に入手した巨人軍に関する機密資料及び内部情報を新聞社や出版社等に漏洩したことは明らかである。また、被告が、巨人軍を解任等されたことから収入を失ったため、巨人軍に関する機密資料や内部情報を積極的に漏洩し売りさばくことによって生計を立てていたことも推察される。
(5) 被告が本件各原稿の著作権を容易に侵害し得る状況にあること
 被告は、現在、貸与されていたパソコンやメールアドレスを使用できず、Dから受信した電子メールの添付ファイルデータないし当該添付ファイルをプリントアウトしたものも持っていない、Bもいかなる形式でも所持しておらず、現存もしていないものと思われると主張する。
 しかし、被告が、本件各送信原稿を不正に取得した上、Bに不正に送付したのは、本件各原稿を利用した書籍出版等の企画を進め、経済的利益を得ることを企図した行動であったこと、被告は巨人軍球団代表の解任前後に、原告の内部情報を持ち出し、外部に漏洩していることに鑑みると、被告が、現在においても、手元のパソコンにデータとして保存し、又はデータを記録したUSBメモリ、フロッピーディスク、CD−ROM、DVD等、自らの書籍に流用しやすい電磁的記録の形態で、本件各送信原稿を保有していることは優に推認できる。
 以上によれば、被告が、現在においても本件各原稿の著作権を容易に侵害し得る状況にあることは明らかである。
(6) 被告の時機に後れた攻撃防御方法の主張に対する反論
 被告は、原告の提出する平成26年10月27日付け「デジタル・フォレンジック調査報告書」と題する書面(甲89。以下「本件調査報告書」という。)につき時機に後れた攻撃防御方法として却下を求める。しかし、原告は、被告本人尋問の終了後遅滞なく、デジタルフォレンジックの観点から、被告が巨人軍の専務取締役球団代表を解任・解職された当時、被告が使用していたパソコンのハードディスクからデータ持ち去りの痕跡を探し出すことが可能かどうかを専門業者であるデロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー株式会社に確認したところ、痕跡を探し出すことは技術的に可能であるとの回答を得たことから、本件調査報告書(甲89)の解析作業を実施してもらったものであり、上記報告書の作成期間が短いことが同報告書の提出が容易であったという結論とは無関係である。原告は、弁論の経過からして、遅滞なく本件調査報告書(甲89)を提出したものであり、時機に後れたものであるということはできない。原告には、時機に後れた攻撃防御方法の提出に係る故意・重過失があったということもない。被告の却下申立てこそ濫用的申立てとして却下を免れないというべきである。
〔被告の主張〕
(1) 著作権侵害のおそれがないこと(著作権法112条1項)
 被告が、平成22年12月14日に3通の添付ファイル付き電子メール(甲7の1ないし3)をBに送信したのは事実である。しかし、当時、被告は巨人軍取締役球団代表兼編成本部長の職にあり、Dから球団代表室の貸与パソコンのアドレス宛に送られた電子メールを、後にそのままB宛に転送したにすぎないところ、被告は平成23年11月18日に巨人軍取締役球団代表兼編成本部長の職を不当に解任・解職されており、現在、貸与パソコンやアドレスを使用できる立場におらず、Dから受信した電子メールの添付ファイルデータないし当該添付ファイルをプリントアウトしたものを所持しているという事実はない。
 また、電子メールの受信者であるB自身も、当該電子メール及び添付ファイルについては、現在、いかなる形式においても所持しておらず、現存もしていない。
 被告が本件各原稿について、「現に侵害行為を行っている」という事実はなく、「将来、侵害行為を行うおそれ」もないから、原告の請求には理由がない。
(2) 原告の主張に対する反論
 原告は、著作権侵害のおそれがあるとする理由として、@被告がBに構成やストーリー等について助言を仰いできた、A平成23年6月から同年11月の間に頻繁に連絡を取り合っており、現在も親密な関係にある、B巨人軍を解任・解職された後、執筆活動ないし週刊誌等のメディアへの情報提供によって生計を立てている、C被告には原告に損害を与える目的がある、などとも主張する。
 しかし、@については、被告はBに対して若干の協力を仰ぐことはあったものの、それは一般人の視点を参考とするために有用だったからであり、下書きと呼べるほどのこともさせていない。社内の機密に触れない限度において、通常の私的な助手を用いる感覚でしたことにすぎない。
 次にAについては、被告とBは当時婚約者であって、その後婚姻もしたから、連絡を取り合っていることは当然である。
 Bについて、被告は平成25年3月までワックで雇用されていたし、同年3月11日には公益社団法人日本文藝家協会の一員としても認められ、現在も各種雑誌等への執筆や講演活動に精力的に活動しており、ジャーナリストとして生計を立てている。被告は、これまで一度も他社への情報提供によって生計を立てたことはないし、その必要もない。
 さらにCについては、被告にはあえて原告に損害を与えようとする目的はないし、そのような暇もない。また、本件各原稿は、その大半の内容が既に新聞記事や書籍等で公表されていたものであってもはや経済的価値に乏しく、たとえこれが公表されたとしても原告に損害が生じることはない。
 そもそも、本件各送信原稿は、被告がDの復権に協力する意図で、その個人的に保有する資料を任意に送ってもらったものである。しかし、Dからメールを受領した際、一瞥してこれらの資料が既に新聞記事や書籍等で公表されており利用価値に乏しいものと分かった。そのため、被告としては、これらを用いて自身の経済的利益を得るために出版等をすることなど思わなかった。そのことは、現在そもそも被告が本件各送信原稿を所持していないことからも明らかである。
 以上のとおり、被告においては、Dの取材メモである本件各送信原稿を用いて何らかの出版・公表をする意思は無く、その手段も存在しない。そのため著作権侵害のおそれはない。
(3) 本件調査報告書(甲89)が時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきであることについて
 本件調査報告書(甲89)の証拠申出は、時機に後れたものであるから、民訴法157条1項に基づき却下されるべきである。
 本件調査報告書(甲89)は被告本人尋問等が行われるよりも前の適切な時機に提出すべきだったことは明らかであり、提出できなかった特段の事情も一切存在しない。
 本件調査報告書(甲89)の当該デジタル・フォレンジックの対象となったパソコン及び電子データが保全されたのは平成23年12月6日であり、電子データの分析の実施は僅か3日間、報告書の作成も3日間という短期間で完了したのであるから、弁論準備手続が続いている間に提出できなかった事情は存在しない。
 原告には、訴え提起の段階から訴訟代理人弁護士が就任しており、また既に原告は同様のデジタル・フォレンジック手続により報告書(甲57)を証拠提出しているのであるから、本件調査報告書(甲89)を適時に提出しなかったことには故意又は重大な過失があるというべきである。
4 争点(2)ア(本件営業秘密につき、秘密管理性の有無)について
〔原告の主張〕
(1) 本件各原稿に記載された本件営業秘密は、原告保有に係る長嶋氏関連原稿の一部に関する情報である。本件営業秘密は、平成16年3月以降、読売ジャイアンツの担当記者らによって、原告運動部の記事編集機に集積され、以後、現在に至るまで、同編集機内にて保存・管理されてきた。原告運動部の記事編集機に保存されている電子ファイルにアクセスするためには、専用のIDとパスワードを入れてログインし、同編集機を起動させる必要があるところ、かかるIDとパスワードは、原告運動部の部長、及び部長の下で現場の記者と連絡を取りつつ取材方法や原稿のチェック、原稿出稿の可否を判断する役職で、取材を直接統括する責任担当者であるデスクのみが保有している。また、いったんログインした後においては、原告運動部員のみが、その業務のために同編集機を操作することを許されている。同編集機が設置されたフロアには常時、原告運動部員が在席していることから、部外者はもちろん編集局の記者であっても、原告運動部員以外の者が原告運動部のフロアに立ち入って同編集機にアクセスすればただちに誰何され、何をしているのかを問い詰められることになるため、原告運動部員以外の者が同編集機を操作するのは不可能である。
(2) さらに、本件営業秘密を含む長嶋氏関連原稿は、通常の原稿とは異なり、同編集機の「保存フォルダ」という特別のフォルダにおいて厳重に保存・管理されており、しかも、その集積された経緯からして、その内容のみならず、その存在自体が極秘であり、原告以外の第三者にその内容・存在を知られることなど絶対に許されるものではないことは明白であった。このような本件営業秘密の性質上、被告を含む原告運動部に所属する部員の誰しもが、本件営業秘密が極めて秘匿性の高い重要な機密情報であることを熟知していた。
 したがって、本件営業秘密には、秘密管理性がある。
〔被告の主張〕
(1) 被告がDから電子メールで送付を受けた本件各送信原稿は、Dが個人的に保有していた取材メモ等のファイルであって、原告運動部の記事編集機内にあった本件各原稿ではない。
 よって、秘密管理性は認められない。
(2) 原告は、本件各送信原稿は、Dが原告の記事編集機から自らの業務用パソコンに送信したものであると主張するが、本件各送信原稿である甲46の1ないし16の書式及び体裁は、記事編集機内において通常新聞記事として編集しやすいよう縦書きで保存されるものとは異なっている。
 また、Dは平成22年12月当時、既に読売巨人軍ファンサービス部長ないし広報部参与となっていたものであるから、記事編集機が原告運動部員のみに操作が許されているものであり、同編集機内において厳重に保存・管理されていたという原告の主張が仮に事実だとすれば、平成22年12月当時にDが原告運動部の記事編集機にアクセスすることは不可能なはずである。これをDに易々と開示したものであれば、そもそも秘密として管理されていることにはならないことは明らかである。
 以上により、秘密管理性は認められないというべきである。
5 争点(2)イ(本件営業秘密につき、有用性の有無)について
〔原告の主張〕
 本件営業秘密は、いずれも、長嶋氏らの発言やプレーの状況を客観的に記載したのみならず、その発言やプレーの背景、これらに関連するエピソードまでが詳細に記されており、これらは、豊富な実務経験を有する原告運動部の記者の長期にわたる取材努力により、まとめることができたものである。本件営業秘密は、原告運動部の担当記者らの多大な労力及び創意工夫による取材活動の結晶であり、原告において発行する読売新聞の記事のための原稿となるものであって、極めて貴重な取材内容が集約された原告の財産である。もし、原告の同業他社や、記者その他執筆活動に従事する者が本件営業秘密を入手した場合には、何らの労力や創意工夫を要することなく、その情報を利用して、これを紙面化ないし書籍化することによって、多額の経済的利益を得ることが可能となる。
 よって、本件営業秘密には有用性が認められる。
〔被告の主張〕
 原告が本件営業秘密として主張する本件各送信原稿の内容は、一度新聞記事や雑誌等に利用され外部に公表済みの内容ばかりであり、内容自体特に何らの新規性や発展性もなく、もはや利用価値に乏しいため、これによって原告が多額の経済的利益を得ることも不可能であり、有用性はない。
6 争点(2)ウ(本件営業秘密につき、非公知性の有無)について
〔原告の主張〕
 本件営業秘密に含まれる長嶋氏に係る原稿の情報は、原告において厳重に秘密管理されており、公然と知られていないものであるから、非公知性も認められる。
 したがって、原告保有に係る本件営業秘密は、不競法2条6項にいう営業秘密に当たる。
〔被告の主張〕
 前記5〔被告の主張〕のとおりであり、原告の主張する本件営業秘密には非公知性も認められない。
7 争点(2)エ(本件営業秘密につき、被告による不正取得行為、不正開示行為の有無)について
〔原告の主張〕
 被告は、本件営業秘密が記録された本件各送信原稿のワードファイルを、原告運動部から不正に入手した上、これをシンガポール在住のBに電子メールで送信して不正に送付した。被告のかかる行為は、原告保有に係る本件営業秘密を不正な手段により取得し、これを開示する行為であるから、不競法2条1項4号の不正競争行為に該当する。
〔被告の主張〕
 被告は、Dに対して、Dが個人的に保有していた取材メモ等のファイルの提出を求めただけであって、いかなる意味においても不正の手段により原告が本件営業秘密として主張する本件各原稿記載の情報を取得したという事実はないし、そもそも不正取得行為自体が存在しない。もちろん、被告がDに対し、記事編集機にアクセスするよう不正開示を依頼した事実もない。
 よって、被告の行為は「不正競争」に当たらない。
 また、被告は、川上氏に関する原稿が記事編集機内に存在したことを知らなかった。
8 争点(2)オ(本件営業秘密につき、営業上の利益の侵害のおそれの有無)について
〔原告の主張〕
(1) 被告は、不正に取得した本件営業秘密を自らの著書等に利用するおそれが極めて高く、本件営業秘密が被告の著書等によって公表されることになれば原告が多大な損害を被ることになる。
(2) 被告が、平成22年12月に、わざわざ部下のDに命じて、電子メールで長嶋氏関連原稿の一部である本件各送信原稿を送付させていることからすると、被告自身、手元で、コンピュータの入力データ、データを記録したUSBメモリ、フロッピーディスク、CD−ROM、DVD等の電磁的記録の形態で、本件営業秘密の全部又は一部を、所持・保有していることは明らかである。そして、かかる電磁的記録は、第三者への転送や利用が極めて容易である。したがって、この観点からも、被告が本件営業秘密を第三者にさらに転送したり利用したりすることにより、原告の営業上の利益が侵害されるおそれは極めて高いといえる。
〔被告の主張〕
 本件において被告が本件各送信原稿を用いて何らかの出版・公表をする意思はなく、いかなる媒体においても同物件を所持していないためその手段もない。さらに、同物件にもはや財産的価値もない。そのため、営業上の利益の侵害のおそれはない。
9 争点(3)(本件各物件の被告による占有の有無及び所有権に基づく引渡請求権の存否)について
〔原告の主張〕
 被告は、原告所有に係る別紙第二目録記載の本件各物件を、原告に無断で持ち出した上、紙媒体の形で占有している。本件各物件は、原告運動部の記者らが作成した長嶋氏関連原稿そのものであり、原告運動部の記事編集機から直接印刷された物であって、原告がその所有権を有する。
 原告は、被告が本件各物件を占有することについて、これを許可したことは一切ない。よって、被告は、本件各物件について何ら占有権原を有していない。
 したがって、原告は、被告に対し、本件各物件に係る所有権に基づく返還請求権として動産引渡請求権を有する。
〔被告の主張〕
 原告が主張する本件各物件について、被告が所持している事実はない。原告の主張する内容も標目のみで不明であるから、正確な反論すら困難なものである。
 被告が本件各物件を所持していることに関して原告が最大の拠り所とする証拠は、本件仮処分執行の際に本件各物件を発見したなどとするFの証言であるが、その証言自体信用性に乏しいものである上、それまでに提出された陳述書等とも矛盾する内容を含んでいるものである。しかも、Fの証人尋問の後に提出された2012年(平成24年)5月26日付け「報告書」と題する書面(甲88。以下「F報告書」という。)は、同人が本件仮処分執行の直後にパソコンで作成したとする書面であるが、印刷の元となったデータは削除されて現存しないとするなど不自然なものであり、Fの証言に沿った内容のものを後に創作した可能性が高く、その疑いを払拭するためにデジタル・フォレンジックを行うことは容易であるにもかかわらずこれを行わないなどの事実からすれば、F報告書(甲88)は信用性が認められない。
 以上のとおり原告の主張立証は不十分であり、その請求は認められないというべきである。
10 争点(4)ア(不法行為に基づく損害賠償請求につき、違法性阻却事由ないし被告の故意、過失の有無)について
〔原告の主張〕
(1) 被告は、Dに対し記事編集機内の長嶋氏関連原稿を送付するように命じたのであり、Dの再起を図るためにDが個人的に保有していた取材メモ等の提出を求めたという事実はそもそも存在しないし、本件各送信原稿の内容を第三者に開示することについて、原告において包括的同意を行ったとは到底いえない。
 被告による長嶋氏関連原稿の一部である本件各送信原稿の不正取得・不正開示が、自己の書籍等の出版を行い、経済的利益を得ることを企図したものであったことは明らかである。そもそも、Dの再起を図るために同氏が個人的に保有管理するファイルを送信させた、という被告の主張は破綻しており、被告は、原告の法的保護に値する利益を違法に侵害する意図をもって、長嶋氏関連原稿の一部である本件各送信原稿の不正取得・不正開示行為を行っているのであるから、被告の故意が認められることは明らかである。
(2) 以上のとおり、被告の行為は、原告の法的保護に値する利益を違法に侵害する行為として、故意による不法行為を構成する。
〔被告の主張〕
(1) 被告がDからファイルが添付されたメールを受け取った事実は確かにあるが、これはDの再起を図るため、Dが個人的に保有していた取材メモ等の提出を求めたにすぎず、不正に入手したものではない。仮に、本件各送信原稿が、Dが原告運動部の次長の了解を得て記事編集機から取り出したものだとしても、その時点で外部の第三者に開示することにつき原告の包括的同意があったと評価できるため、違法性は否定される。
(2) 被告は、原告の兄弟会社である巨人軍のH球団代表の依頼に基づき、Dの再起を図るために、Dが個人的に保有管理するファイルであると信用し、その資料の有効的な活用方法を検討するという限定的な目的において、これまでに私的な助手として仕事を手伝わせ、その有能さを高く評価していたことから信頼のできるBにそれを見せてその率直な意見を聞いたにすぎず、このことは、何ら違法な行為ではなく、故意・過失もない。
11 争点(4)イ(不法行為に基づく損害賠償請求につき、原告の損害の有無及びその額)について
〔原告の主張〕
(1) 本件における被告の各行為は、原告運動部の記者らが多大な労力と創意工夫により作成した、原告の貴重な財産であり、かつ原告の重要な機密情報である長嶋氏関連原稿を、自らの著書等において盗用することを目的として不正に入手し、原告に無断で複製した上で第三者に送付し、何ら権原なくこれを不法に占有しているというものである。かかる被告の行為は、原告の法的保護に値する利益を違法に侵害する行為として、不法行為(民法709条)を構成する。
 新聞社が将来、新聞紙上に掲載するために厳重に保存している原稿は、その存在すら公表してはならない秘密であることは、記者であれば当然の常識である。職務上知り得た情報を報道目的以外に使用したり、ましてや、他の記者が作成した原稿を盗んだり、外部に流出させたりすることは絶対に許されない行為であり、報道倫理上、最も恥ずべき行為である。被告は、長年の記者生活でこうした記者としての規範を熟知していたにもかかわらず、原告運動部の記者が作成した原稿を自らの著書等に盗用して利益を得るという不当な目的のために卑劣な行為に及んでいる。
 原告は、被告のかかる不正行為により、少なくとも1000万円の無形損害を被った。
(2) 原告は、本件訴訟遂行を訴訟代理人弁護士に委任しているところ、被告の不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用は、100万円を下らない。
(3) なお、被告は、原告主張の無形の損害とは何を指すのか不明であると主張するが、法人において無形の損害が発生した場合においても民法710条が適用され(最高裁昭和34年(オ)第901号同39年1月28日第一小法廷判決・民集18巻1号136頁。以下「昭和39年最判」という。)、同条による財産以外の損害賠償の額については、裁判所が各場合における諸般の事情を斟酌し、自由心証をもって量定すべきものであるから、その根拠が示される必要はない(大審院明治43年(オ)第71号同年4月5日第一民事部判決・民録16号273頁。以下「明治43年大審院判決」という。)が、新聞社である原告にとって極めて重要な機密情報を第三者に漏洩されるということの影響の甚大さに鑑みると、被告における無形の損害の額が1000万円を下らないことは明らかである。
(4) よって、被告は、原告に対して、民法709条及び同710条に基づき、慰謝料として1000万円及び弁護士費用100万円の合計1100万円及びこれに対する不法行為日(被告からBへの電子メールの転送が行われた複製権侵害の日)である平成22年12月14日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。
〔被告の主張〕
(1) 原告の主張については否認ないし争う。
(2) 本件各送信原稿は、そのほとんどが既に一度新聞記事や書籍等で利用され外部に公表済みのものであるか、実質的にも既に公知の事実が記載されているもの、あるいは記事として掲載するのに耐え得る内容ではないものばかりで、もはや財産的価値の乏しいものであった。現実にも、その内容が外部に公表されたり、原告に損害が生じた事実は一切なく、かつ現に被告やBは本件各送信原稿につき媒体を問わず占有していないのであるから、原告の法的保護に値する利益を侵害することもあり得ず、損害は発生していない。
 この点からしても不法行為に基づく損害賠償請求は認められないというべきである。
第4 当裁判所の判断
1 前記第2、2の前提となる事実、証拠(甲1ないし95〔なお、甲89の時機に後れた攻撃防御方法であることを理由とした却下の申出に対する判断は後記する。〕、乙1ないし70、証人D、証人F、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、同認定を覆すに足りる的確な証拠はない。
(1) 平成16年3月4日に長嶋氏が脳梗塞を発症したことを契機として、原告運動部の当時の部長であったEは、原告に長嶋氏に関連する記事を体系的にまとめた原稿が存しなかったため、原告運動部の全記者に対し、これまでの長嶋氏に関する取材結果を原稿の形式にして、全て記事編集機に送信するよう指示をし、100回以上の長期連載ができるくらいの原稿を集めるよう求めた。
 被告は、当時、原告の編集委員であったが、その後の同年6月1日に、原告運動部の部長に就任した。〔甲9、26、69〕
 被告は、その約2か月後の同年8月13日に、原告従業員として巨人軍に出向となり、取締役球団代表兼編成本部長に就任した。〔甲9〕
(2) 原告は、長嶋氏がリハビリ中で十分な取材対応ができない状況にあったことから、日本経済新聞社から依頼を受け、記事編集機に存する長嶋氏関連原稿と同一の内容であるD作成に係る取材メモを提供した。その結果、日本経済新聞は、平成19年7月1日ないし同月31日にかけて日本掲載新聞紙上の「私の履歴書」欄において31回にわたり長嶋氏の連載記事が掲載された。〔証人D尋問調書35、43頁、乙7の1、弁論の全趣旨〕
 「私の履歴書」欄の各連載のタイトルは、以下のとおりである。
 「(1) 再起−見果てぬアテネの夢」
 「(2) 野球との出会い」
 「(3) 中高時代」
 「(4) 認められた大アーチ」
 「(5) 立教大へ」
 「(6) 鬼の砂押監督」
 「(7) チチキトク」
 「(8) 砂押排斥運動」
 「(9) メジャーへの思い」
 「(10) 背番号3」
 「(11) 4打席4三振」
 「(12) 新人王」
 「(13) 天覧試合」
 「(14) 好敵手・村山さん」
 「(15) 苦悩−プロは命懸けで練習」
 「(16) ON砲」
 「(17) 電撃結婚」
 「(18) V9と川上監督」
 「(19) 引退勧告」
 「(20) 現役引退」
 「(21) 最下位」
 「(22) セ連覇−起死回生」
 「(23) 伊東キャンプ」
 「(24) 解任の影」
 「(25) 辞任会見」
 「(26) 浪人12年」
 「(27) 巨人復帰」
 「(28) 背番号33」
 「(29) 栄光」
 「(30) ON監督対決」
 「(31) 伝統の中で」
 前記「(2) 野球との出会い」には、「最初ボールの芯はビー玉でゴルフボールが芯になるのは四、五年先のこと。ビー玉に真綿を巻いたが、柔らかすぎた。次に帯締めの細いひもをグルグル巻いた。これは硬くていい感じだった。ところがなかなか針が通らず、お袋が親指や人差し指を針で刺し、バーッと血が噴き出す。それを私がふいてあげた。いまだにあの光景がよみがえる。」、「そのボールで翌日ホームランを打った。うれしいから持ち帰って『このボールでホームランを打ったよ』と息を弾ませ報告するが、『ああ、よかったね』というだけで愛想がない。野球を全く知らなかったから無理もなかった。」との記載があり、これとほぼ同旨の内容の記載が、本件送信原稿1(甲46の1)の「長嶋生い立ち」とする原稿中にある。
 また、前記「(6) 鬼の砂押監督」には、「そのうち『お前はまだグラブに頼っているのか。そんなもの捨ててしまえ』と怒鳴る。エラーをするとすぐグラブを外せ、となる。骨折の危険もある。だが、素手で捕ると球際が強くなって変化に対応できるようになる。一番やさしいところでバウンドを処理するのがフィールディングの極意だ。真剣に球と勝負していくと、それが分かってくるから不思議だった。」との記載があり、これとほぼ同旨の内容の記載が、本件送信原稿2(甲46の2)の「長嶋立大時代」とする原稿中にある。
 その後、前記「私の履歴書」連載の連載記事については、長嶋氏を著者とし、日本経済新聞出版社が発行する「野球は人生そのものだ」として、平成21年(2009年)11月に単行本化された。〔乙7の2〕
(3) また、1994年(平成6年)10月31日の産経新聞夕刊には、日本シリーズ優勝決定後の記者会見において「セオリーや定石を超越した上の段階で戦えました。私は変わったタイプの男ですから、毎晩シミュレーションしてシナリオをつくり、情報とのバランスをとりました。」との記事が掲載されたところ(乙8の3)、これとほぼ同旨の内容の記載が、本件送信原稿16(甲46の16)の「長嶋語録」とする原稿中にある。
 さらに、2002年(平成14年)12月3日の東京読売新聞の朝刊の記事には、「ボンズ−長嶋、野球対談 バットに夢を見続けて=特集」と題し、「長嶋『ボンズさんは38歳と、野球人としては高齢なんですが、昨年は73本塁打というメジャー新記録を作り、今年は打率3割7分で首位打者。年齢を重ねる度に成績が上がる秘けつは何ですか?』 ボンズ『まず、丈夫な体に産んでくれた両親に感謝する。それと、父は野球とバスケットボール、叔父はアメリカンフットボール、兄弟は野球と、スポーツファミリーの環境がよかったんじゃないかな』」との内容が掲載されたところ(乙5)、これとほぼ同旨の内容の記載が本件送信原稿12(甲46の12)の「長嶋ボンズ対談」とする原稿中にある。
 2004年(平成16年)1月1日の東京読売新聞の朝刊の記事には、「元日第3部 アテネ五輪特集 夢対談 長嶋茂雄vs井上康生」と題し、「井上『一本を取ること、技を追究することへのこだわりはしっかり持っています。誰が見ても投げれば勝負は決まるわけですから。ただ、大阪の4回戦では絞め技で勝ってますし、試合では何が何でも勝ちたい、しがみついてでも勝つという気持ちを忘れてはいけない。その気持ちを忘れない中で、練習では技を磨いて、攻撃的な柔道を追究しています』」との内容が掲載されたところ(乙6)、これとほぼ同旨の内容の記載が本件送信原稿13(甲46の13)の「長嶋井上対談」とする原稿中にある。
(4) 平成22年10月12日に、被告は、原告を定年退職した。〔甲9〕
 その後も、被告は、巨人軍の取締役球団代表等の職務を続けた。
(5) 被告の元部下であるDは、当時原告から巨人軍に出向し、広報部参与の地位にあったところ、平成22年12月10日金曜日の午後、東京都中央区東銀座所在の原告運動部に赴いた。その際、原告運動部の部長が不在であったことから、Dからみて仕事の後輩であり、原告運動部の筆頭次長であったI(以下「I」という。)から記事編集機の操作方法を教わることとし、IはDにこれを教えた。〔証人D尋問調書7頁、甲69、5頁〕
 これによりDは、記事編集機の保存フォルダから長嶋氏関連原稿である本件各原稿の一部(甲48の1ないし36、同40ないし55)を見つけ、これらをいったん通常の記事が並ぶ画面に移動させた後、同日15時48分ないし16時06分にかけて、東京都千代田区<以下略>所在の巨人軍の球団事務所に置かれたDの業務用パソコンのメールアドレスに送信した。〔甲48の1ないし36、同40ないし55、甲69〕
 Dは、球団事務所に戻った後、メールを開封し、テキスト形式で送信された本件各原稿の一部(甲48の1ないし36)を、ワードファイルに貼り付ける作業を行い、文字化けについても修正した。その際に、「これはデータ管理システムからのメールです。」との記載を削除し、これらをテーマ毎に合体させた。また、これら本件各原稿には、タイトルとして「長嶋I」「長嶋L」等、D以外の執筆者を示す記載があったところ、これらのタイトルも全て削除した上で、Dにおいて表題を付けた。なお、Dは、本件各原稿中にDが執筆者であることを示す「(D)」との記載があるものについてはそのまま残し(甲46の9ないし11)、「(敬称略)」として本件各原稿のうち敬称が付されていないものについては(甲48の15、同16)、そこに登場するD以外の人名に一つ一つ敬称を付す●(省略)●と共に、「敬称略」との記載自体も削除した。こうしてDは本件各原稿から本件送信原稿1ないし14を作成し、それらに別紙第一目録記載1ないし14のとおりの表題を付した。〔甲46の1ないし14〕
 なお、Dは証人尋問において、本件送信原稿9(甲46の9)に自身の名前を残しているのになぜLの記載を削除したのか等の質問に関し、記憶がないが、時間もないので文字化け以外は手を入れないで送ったと思う旨証言している。〔証人D尋問調書33頁〕
 Dは、上記のようにして作成した本件送信原稿1ないし14を、翌日の土曜日である平成22年12月11日15時36分に、被告に対し、電子メール(以下「第1のメール」という。)に添付して送信した。被告に宛てた電子メールには、「A代表殿 長嶋終身名誉監督へのインタビュー、著名人との対談、Dの原稿等を添付しました。よろしくお願いします。D」と記載されている。〔甲6の1〕
(6) Dは、前記同様に、本件各原稿の一部(甲48の40ないし55)のテキストファイルについても、これらをワードファイルに貼り付け、多数の文字化けのうち一部を除き修正する等して「長嶋語録」と題する本件送信原稿16(甲46の16)を作成した。文字化けについては、「東京ド穽ム」、「プロデビュ穽」等、複数箇所においてそのままとなっている。なお、Dは、本件送信原稿16の作成に当たって、例えば、【印象に残っている表情】(甲48の54)等については削除し、「−−障害(判決注:ママ)を通しての、主なコメント」(甲46の16、6頁下9行)との題を付すなどしたほか、本件各原稿にはIが聞いたこと及び目撃したことと、それらについてのIの感想が記載されている部分(甲48の51、文章中下から5行目ないし4行目、同2行目)があるが、そこから「Iが聞いたなかでも、一番、衝撃を受けたコメント。」との一文を全て削除するほか、「Iは」との部分のみを削除して目撃者及び感想を持った者を特定しない形とする(甲46の16、5枚目下4行)ほか、D自身が聞き出した内容につき、「本紙・Dさんが・・・聞き出した。」とある部分(甲48の52、文章中4ないし5行目)を、「Dが・・・聞き出した。」(甲46の16、末行)と修正するなどし、また、記者名として「M」との記載があるもの(甲48の55)について、M(以下「M」という。)の氏名を削除するなどの改変を加えている。
 Dは、翌週の月曜日である同月13日の13時52分に、被告に対し、上記のようにして作成した本件送信原稿16(甲46の16)を添付して電子メール(以下「第2のメール」という。)を送信した。その電子メールには、「A代表殿 長嶋終身名誉監督の追加です。語録を集めました。D」と記載されている。〔甲6の2〕
(7) Dは、同日、再び東銀座にある原告本社に向かい、再度Iに断った上で記事編集機を操作し、川上氏に関連する記事編集機の保存ファイル内にあった本件各原稿の一部(甲48の37ないし39)を、同日15時45分ころ、Dの業務用パソコンに送信した。〔甲48の37ないし39〕
 Dは、前記同様に、本件各原稿の一部(甲48の37ないし39)のテキストファイルをワードファイルに貼り付け、多数の文字化けを全て修正する等して、「川上監督」と題する本件送信原稿15(甲46の15)を作成した。なお、Dは、本件送信原稿15を作成に当たって、本件各原稿には記載されていた川上氏の長男の記事作成当時の年齢及び生年月を削除し、本件各原稿の一部(甲48の37ないし39)中の「ように思う。」として執筆者のL(以下「L」という。)の感想が記載された部分(甲48の37、文章中下3行目)も削除するなどの修正を加えたほか、文章末尾に付された「(L)」との執筆者を示す記載も削除するなどの改変を加えている。〔甲46の15、48の37〕
 Dは、同月14日15時19分に、被告に対し、上記のようにして作成した本件送信原稿15を添付して、電子メール(以下「第3のメール」という。)で送信した。その電子メールには、「A代表殿 川上さんのコメントや関連のものを添付しました。D」と記載されている。〔甲6の3〕
 なお、Dは、被告に対し前記第3のメールを送信する際に、本件各原稿にはない独自の記載として、「川上さんの話『私が選手、コーチ、監督としてユニホームを着ていた36シーズンの間に、巨人軍は2639勝(2010年までの全勝利数5314勝の約半分)をあげました。中島治康、三原脩、藤本定義、水原茂さん――。叱られ、励まされ、勇気付けられた大先輩の監督の顔が懐かしく心に浮かびます。私は野球を愛し、チームを愛し、命を削って戦いました。私が監督を命じられた1961年の巨人軍は、戦力不足の弱いチームでした。・・・温故知新。先陣たちの熱い思いに応えるためにも力を結集し、さらなる発展を願っています』」との10行の文章を付加した。この文章について出典は記載されていない。〔甲46の15〕
 Dは、証人尋問において、第1のメールないし第3のメールに添付した本件各送信原稿はいずれも自らが作成したものであるとし、自分は川上に対する取材を行っておらず、川上に関する原稿を個人的に保有もしていないところ、川上氏に関連して付加されたこの10行の文章について、どこからもってきたものか記憶がないが、自分で作ったものではないかと思うなどと証言している。〔証人D尋問調書22、24ないし25頁〕
(8) 被告は、これら第1のメールないし第3のメールを受信して、原告から業務上貸与を受けていたパソコンでこれを開封し、同パソコンを通じ、Bに対し、平成22年12月14日16時14分から16時18分に転送した。第1のメールを転送するに当たって、被告はBに対し、「僕の部下のメモを出させたのです。面白いので君に転送して感想を聞きたいと思いました。」と、第2、第3のメールを転送するに当たっては、それぞれ、「これもどうじゃ”!」、「またまたどうじゃ」などと電子メールに記載している。〔甲7の1ないし3、甲47〕
 これに対しBは、同日21時58分に、被告に対し、「A代表 大変興味深いメモをお送りいただきありがとうございます。つい先ほど帰宅しメールを拝見したため、まだすべてを読ませていただいたわけではないのですが、いくつかおうかがいをさせていただきたく、後ほどお電話にてお話できますでしょうか?新しい企画には、ついわくわくしてしまいますね。」とするメールを返信した。〔甲8〕
 なお、Dは、平成23年8月1日にも、被告に対し、「A代表殿 先日、依頼のあった川上さんの『伝説』の連載15回分を添付します。日刊スポーツの大阪版に連載されたものです。」等と記載して、川上に関連する記事を送信した。〔甲51〕
(9) 被告は、平成23年11月11日、読売ジャイアンツのコーチ人事の決定過程を巡り、原告の親会社である読売新聞グループ本社の代表取締役らを批判する記者会見を開いた。
 被告は、同月18日に巨人軍を解職されたため、その後は執筆活動に従事し、平成24年3月26日にはワックから「巨魁」を出版した。〔甲5の1、2〕
(10) 平成24年5月26日、被告が稼働していたワック、株式会社ウイルアライアンス(以下「ウイルアライアンス」という。)、フイルムヴォイス株式会社(以下「フイルムヴォイス」という。)及び被告に対し、本件仮処分決定に基づく仮処分執行が行われた。仮処分調書の執行に立ち会った者の欄には、ワック、ウイルアライアンス及びフイルムヴォイスのいずれもの代表取締役であるN(以下「N」という。)、債権者代理人として細野敦、立会人としてO、Pの氏名がそれぞれ記載されているほか、執行官小澤信裕の援助を受けた旨も記載されている。ワックほかの代表者であるNは、執行官に対し、「ワック、ウイルアライアンス、フイルムヴォイスは、いずれも関連会社で、この事務所を使っています。Aは、ここを使っていましたが、今はほとんど使っていません。Aの机は残っています。」と説明した。〔甲40〕
 同日の仮処分の執行には、担当執行官宮本英一のほか、執行補助者として、株式会社OZAWA法生社所属のSのほか、有限会社法生社所属のQ@、QA、QB、QC、QD、QE、QF、QG、QH、QI、Q?が立ち会った。〔乙32、執行補助者名簿〕
 同日行われた本件仮処分執行においては、執行対象とされた文書番号1ないし番号126の文書のうち、番号1(2枚、「新戦力獲得費用一覧(発生時)」と題する資料)、番号17(1枚、「2004年7月15日付『野間口貴彦様』と題する書面」、番号120(1部、「平成16年12月14日付『株式会社読売巨人軍 定時取締役会』と題する資料及び添付資料一式」)、番号126(1部、「平成16年9月14日付『株式会社読売巨人軍 定時取締役会』と題する資料及び添付資料一式」)に対する債務者らの占有を解いて執行官保管とされ、債権者がそれらの使用を許された。その余の文書は発見できなかったので執行不能とされた。なお、債務者側から、執行官保管となった文書のうち「目録番号17番は同一文書ではない。同126番の不動文字以外の手書き部分は、当該文書ではない。」との主張があったことが仮処分調書の特記事項に残されている。〔甲40〕
 本件仮処分執行に当たり執行補助者として立ち会った原告の法務部長であるFは、平成25年3月21日付け陳述書(甲41)を提出している。同陳述書には、本件仮処分執行の際、Fは被告が使っていた机に長嶋氏関連原稿があるのを確認したこと、法務部主任であるGが、原告運動部内に設置されている記事編集機に保存されていた原稿をプリントアウトしたものである「モニター」の束を発見したこと、それには「7月15日18時14分●秒」と印字されていたこと、原稿モニターの一番上のページに鉛筆で「88」「89」「90」「91」などの数字が縦に並んで書き込まれており、青い万年筆で線を引いている箇所もあったことなどが記載されている。〔甲41〕
 そして、証人Fは、証人尋問において、前記モニターの束は、記事編集機のシステムが変わる2007年(平成19年)以前にプリントアウトした体裁のものであり、出力日が7月15日となっていたと証言している。〔証人F尋問調書5ないし6頁〕
 Fが作成したとされる2012年(平成24年)5月26日付けF報告書(甲88)には、「本日、東京都千代田区<以下略>のワック株式会社で行った占有移転禁止の仮処分で、大量の巨人軍の内部資料が確認されました。執行状況と保全された4件以外に私が確認した文書は以下の通りです。」とし、「2.その他の資料」として、「ワックの執行現場では、Aが使用していた机の上に、厚さ約3センチの読売新聞の原稿のモニターがクリップに挟まれて置かれていました。これは、一緒に現場で資料の確認をしていたR法務部長とGと一緒に確認しました。この原稿は、運動部がデスク編集機に保存している長嶋茂雄氏に関する未使用の原稿で、Aがデータとして外部に流出させていることが確認されていましたが、Aはデスク編集機から直接、プリントアウトして紙でも持ち出していました。モニターの『出力』部分には7月15日18時14分●秒と印字されていました。(年は印刷されていませんでした)。各モニターは上から順に『長嶋D1』『長嶋D2』『長嶋D3』などと並んでいて、D原稿のほかに『長嶋L』、『長嶋甲』、『長嶋I』の原稿モニターが全てそろっていました。(このほか、R部長が『長嶋乙』と『長嶋丙丁』のモニターも現認)。モニターの一番上には鉛筆で、『88』『89』『90』『91』などの数字が記載されり(判決注:ママ)、青い万年筆で線を引いているところもありました。私たちは、Aが読売新聞の機密資料まで持ち出していることを後で証言してもらうために、近くに立っていた株式会社OZAWA法生社の『QCさん』を呼んで、モニターの束がAの机の上にあったことを覚えておいてほしい旨、伝えました。」と記載されている。〔甲88〕
 被告代理人弁護士は、平成24年6月1日及び2日にワックらの事務所及び被告の自宅に巨人軍の書類がないかどうかを確認し、これらは存在しないと結論付けた旨につき、別件訴訟において主張した。〔弁論の全趣旨〕
(11) 被告は、シンガポールに向けて出国する前日である平成24年8月8日に、ワックの事務所において、以下の資料をスキャンしてTIFファイル化した。〔甲60の1、甲66の1ないし5、甲75、被告A本人尋問調書24頁〕
・平成15年12月1日付の「2004年度 監督・コーチおよび選手年俸(予定額)」と題する平成16(2004)年度における巨人軍の監督・コーチや選手等の年俸予定額の総額や主要選手の年俸予定額が記載された資料(甲66の1の1)
・平成14年12月2日付の「2003年度 監督・コーチ、選手年俸(予定)」と題する平成15(2003)年度における巨人軍の監督・コーチや選手等の年俸予定額の総額や主要選手の年俸予定額が記載された資料(甲66の1の2)
・平成15年度及び平成16年度における全ての監督・コーチや選手の年俸、契約金、報酬加算金、インセンティブ等を一覧にした資料(甲66の1の3)
・平成16年10月28日付の巨人軍における組織改編、事務所移転等について記載された資料(甲66の2)
・平成16年10月25日付の巨人軍の選手関係者への貸付金に関する経緯報告について記載された資料(甲66の3)
・スポーツ用品メーカーとの間のライセンス契約に関して、巨人軍が得られるロイヤリティ等を算定した資料(甲66の4)
・平成16年8月まで巨人軍の球団社長であったSが同月に新たに球団社長に就任したH及び同じく球団代表に就任した被告のために作成した「2004年8月 引継ぎ事項」と題する選手の契約条件等に関する引継事項が記載された資料(甲66の5)
 被告は、前記資料を外付けハードディスクにデータで保存し、これをシンガポールに持参した。前記資料は、被告がシンガポールから帰国する前日である同月18日の午後0時17分ないし32分頃の約15分間に、シンガポールのB方において、Bのパソコンにデータがコピーされ、「KiyoDataAug2012」フォルダに保存された。
 被告は、前記資料につき、前記第2、2(9)記載の別件訴訟エ(当庁平成24年(ワ)第29930号動産引渡請求事件)の証人尋問において、巨人軍の機密資料だとは思わないが内部資料ではあると思う、たまたま手元にあったがなぜそれが存在したのか分からない、本件仮処分執行時にも存したか否か不明である旨を証言している。〔甲94、31ないし33、35頁〕
(12) 原告は、平成24年10月30日、シンガポール高等裁判所に、Bを相手方として、長嶋氏関連原稿に関連して建物への立入り及び捜索許可命令の申立てをし、同日その旨の命令(アントンピラ命令)を得た。〔甲56の1、2〕
 同月31日、同年11月1日の2日間にわたり、シンガポールのBの自宅において、アントンピラ命令に基づく執行が行われた。
(13) 原告は、平成24年11月30日付けで、本件訴訟を提起した。
 前記第2、2(9)記載の別件訴訟ウにおけるFの陳述書及びGの陳述書は、同年12月10日付けで作成された。〔乙31、61〕
(14) 被告は、平成25年3月末をもってワックを退社した。〔弁論の全趣旨〕
(15) 平成25年4月15日、原告とBとの間で前記アントンピラ命令に基づく執行等に関し、シンガポールにおける和解が成立した。〔甲58の1、2〕
 同年10月31日に、川上氏の死亡に関連する記事として、本件送信原稿15(甲46の15)に記載された内容の一部が読売新聞に掲載された。〔甲70〕
(16) 平成26年2月に、被告とBは婚姻した。
(17) 原告における記事編集機の概要、情報の取扱い状況等は、以下のとおりである。〔甲86〕
●(省略)●
(18) Dは、記事編集機に入稿した原稿について、原告においては、その後記者の手元の記事を削除する旨の指示はなく、それぞれの記者の考えに基づいて削除がされない限りは、その後も記者のパソコンにもそのまま残されている旨証言している。〔証人D尋問調書28、47頁〕
(19) 本件調査報告書(甲89)の時機に後れた攻撃防御方法であることを理由とした却下の申出に対する判断は、以下のとおりである。
 被告は、本件調査報告書(甲89)の証拠申出は、時機に後れたものであるから、却下されるべきであると主張する。
 確かに、本件調査報告書(甲89)は、平成26年8月27日の第2回口頭弁論期日に行われた被告本人尋問の後の同年10月27日に作成され、同日被告代理人事務所に直送され、同年11月14日に行われた第3回口頭弁論期日において書証申出がされたところ、その後同年12月12日に行われた第4回口頭弁論期日において口頭弁論が終結されたものである。しかし、本件調査報告書(甲89)の内容(平成23年11月4日以降の巨人軍等から被告への貸与パソコンへの接続状況等)、その提出時期、被告が巨人軍等の機密情報を持ち出し電子メールデータごと保持していることという原告の立証趣旨(原告の平成26年10月31日付け最終準備書面34頁)と本件訴訟物との関連性及びそれまでの当事者双方の主張立証の状況等に鑑みると、本件調査報告書(甲89)の提出はやむを得ないものであり、その提出はいまだ時機に後れたものということはできず、かつ、これにより訴訟の完結を遅延させるものとまでは認められないというべきである。
 したがって、被告の上記申立ては理由がない。
2 争点(1)ア(本件送信原稿1ないし8、同12ないし14及び同16の著作物性の有無)について
(1) 本件各送信原稿の内容は、甲46の1ないし16のとおりであることにつき当事者間に争いがなく、原告の記事編集機内の本件各原稿(甲48の1ないし55)から本件各送信原稿が作成された過程は前記1(5)ないし(7)で認定のとおりであるところ、本件送信原稿9ないし11、同15(甲46の9ないし11、同15)が著作物に当たることについては当事者間に争いがない。
(2) そこで、本件送信原稿1ないし8、同12ないし14及び同16(甲46の1ないし8、同12ないし14及び同16)の著作物性について検討する。
 著作権法は、著作権の対象である著作物の意義について、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(著作権法2条1項1号)と規定しており、当該作品等に思想又は感情が創作的に表現されている場合には、当該作品等は著作物に該当するものとして同法による保護の対象となる。ここで、「創作的」に表現されたというためには、厳密な意味で独創性が発揮されたものであることは必要ではなく、作者の何らかの個性が表れたものであれば足りるというべきであるが、文章自体がごく短く又は表現の選択の幅に制約があるため他の表現が想定できない場合や、表現が平凡かつありふれたものである場合には、作者の個性が表れたものとはいえないから、創作的な表現であるということはできない。
 他方、インタビューを素材としこれを文章としたものであっても、取り上げる素材の選択、配列や具体的な用語の選択、言い回しその他の表現方法に幅があり、かつその選択された具体的表現が平凡かつありふれた表現ではなく、そこに作者の個性が表れていたり、作成者の評価、批評等の思想、感情が表現されていれば、創作性のある表現として著作物に該当するということができる。
 以上の観点から検討するに、本件送信原稿1ないし6(甲46の1ないし6)は、Dの付した別紙第一目録記載1ないし6の表題に内容が要約されているとおり、これらはいずれも長嶋氏の生い立ちからプロ野球選手として活躍し、選手としての引退後も読売ジャイアンツの監督として活動した時期について、本件送信原稿8(甲46の8)は「長嶋21世紀の巨人」との表題に示されるとおり、将来にわたる読売ジャイアンツの展望等について、それぞれインタビューを受けた長嶋氏の返答を素材とし、これを一連の文章としたものである。また、本件送信原稿7(甲46の7)には「長嶋王さん語る」との表題が付されているが、読売ジャイアンツの同僚選手であった王貞治氏が長嶋氏について語っている部分、監督としての両氏についてのほか、王貞治氏自身について天覧試合での出来事やホームラン一般に関してインタビューを受けた際の王貞治氏の返答を素材とし、これを一連の文章としたものである。これらは、前記1(2)で一部認定した公表済みの同旨の文章と対比しても、また文章自体からしても、インタビューに対する応答をそのまま筆記したものではなく、用語の選択、表現や、文章としてのまとめ方等にそれなりの創意工夫があるものと認められるから、著作物性が認められるというべきである。
 また、本件送信原稿12ないし14及び同16(甲46の12なしい14及び同16)については、長嶋氏がメジャーリーグのボンズ選手、柔道家の井上康生氏との対談や、長嶋氏が五輪についてインタビューを受けた内容、長嶋氏が折りにふれ取材記者等に語った内容を文章に表現したものであり、これらについても同様に、前記1(3)で一部認定した公表済みの同旨の文章と対比しても、また文章自体からしても、インタビューに対する応答をそのまま筆記したものではなく、用語の選択、表現や、文章としてのまとめ方等にそれなりの創意工夫があるものと認められるから、これらについても著作物性が認められるというべきである。
 以上によれば、本件送信原稿1ないし8、同12ないし14及び同16については、いずれも著作物性が認められる。
(3) この点に関して被告は、本件送信原稿1ないし8、同12ないし14及び同16はいずれもインタビューや発言をそのまま機械的に録音したメモにすぎず、執筆者自身の思想、感情が表現されたものとはいえないから著作物性がないと主張するが、前記(1)(2)のとおり、文章化した執筆者の創意工夫が認められるものであるから、著作物というべきである。
 したがって、被告の上記主張は採用することができない。
3 争点(1)イ(本件各送信原稿の職務著作性の有無)について
(1) 本件各送信原稿が、原告の職務著作に当たるかにつき判断する。
 前記1で認定した事実によれば、本件各送信原稿の元になった本件記事編集機内の長嶋氏関連原稿である本件各原稿は、D、I、L、Mらの原告運動部員らが、原告の発行する新聞等の記事として掲載することを目的として取材活動を行って入手した情報を文章化したものであり、法人である原告の発意に基づき、その業務に従事する者が職務上作成した著作物であり、職務著作に当たるものと認められる。
 そうすると、著作権法15条1項により、本件各原稿の著作者及び著作権者は原告であるということができるから、それと実質的に同一ないし二次的著作物と認められる本件各送信原稿の著作者ないし原著作者は原告であると認めるのが相当である。
(2) 被告は、本件各原稿は原告運動部の部員らが集めた資料的な意味しか持たないものであるから、職務上作成されたものとはいえず、職務著作に当たらない旨主張する。
 被告の主張の趣旨は判然としないが、原告運動部の部員らが集めた資料的な意味を有する文書であっても、前記(1)のとおり、これらは職務上作成されたことが明らかな文書であるから、被告の上記主張は採用することができない。
 また、被告は、本件各原稿の一部が日本経済新聞社から「私の履歴書」等として公表され、その後単行本化されたこと等から「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」に当たらないとも主張する。
 しかし、本件各原稿は、前記(1)のとおり原告運動部の部員らが集めたものであるところ、これにつき日本経済新聞社が公表した「私の履歴書」等に提供するためにされたものとは認められないから、将来的には原告において発行する新聞記事等として発表することを予定して作成されたものとして、「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」に当たるものと解される。
 したがって、被告の上記主張は採用することができない。
4 争点(1)ウ(差止請求が認められる要件としての著作権侵害のおそれの有無)について
(1) 被告は、Dから電子メールで送付を受けた本件各送信原稿を複製し、原告とは関係のない全くの第三者であったBに対し電子メールに添付して送信することによって、原告が有する本件各送信原稿についての複製権を侵害していることに照らせば、本件各送信原稿についての複製、頒布の差止めを命ずる必要性が認められるというべきである(主文第1項)。なお、後記6のとおり、被告においては、Dから送付を受けた本件各送信原稿につき、記事編集機内から取得したもので原告においては営業秘密として管理されているものに当たるとの認識を欠くものと解されるところ、Dから送付を受けた本件各送信原稿について、Dらが職務上著作した職務著作物に当たるものであることは被告の経歴等に照らし認識できたことは明らかであるから、複製、頒布の差止めを命ずる必要性について肯定することができるというべきである。
 なお、著作権法112条2項は、著作権侵害の行為を組成した物、侵害の行為によって作成された物又は専ら侵害の行為に供された機械若しくは器具の廃棄その他の侵害の停止又は予防に必要な措置を請求できると定めるところ、原告の求める請求の趣旨第4項に係る廃棄等請求のうち、「その他一切の媒体」とする部分については、無限定であり廃棄の対象や範囲も明確ではないところ、前記1で認定した事実に照らせば、主文第2項掲記の内容につき差止請求権の実現のため必要な範囲のものと認めることができるから、その限度で認めるのが相当である(主文第2項)。
(2) この点に関して被告は、本件各送信原稿を現在所持しておらず、複製、頒布の差止めの必要性はない旨主張する。
 しかし、前記のとおり、被告がBに対し送信した電子メールにおいて、本件各送信原稿を複製して複製権侵害を行っていること、前記1(10)で認定したとおり、被告は本件仮処分執行の後、ワックの事務所、被告の自宅等に巨人軍の書類がない旨を確認したとしていたところ、その後の平成24年8月8日に巨人軍と関連する書類である前記1(11)の各文書をTIFファイル化するなどしており、これら文書が被告の上記確認の後もなぜ存在したのかや、TIFファイル化した経緯について、被告は被告本人尋問の際に明確な供述をしていないことからすると、本件各送信原稿の複製、頒布の差止めを命ずる必要性を否定できないというべきである。
 したがって、被告の上記主張は採用することができない。
5 争点(2)ウ(本件営業秘密につき、非公知性の有無)について
(1) 原告主張の本件営業秘密について、その非公知性につき検討する。
 不競法2条6項にいう「公然と知られていない」とは、当該情報が刊行物に記載されていない等、保有者の管理下以外では一般に入手することができない状態にあることをいうものと解される。
 これを本件についてみると、前記1(2)で認定したとおり、原告は、本件営業秘密とされる内容と同一であるとするDのメモにつき、特段の秘密保持に関する契約等も締結することなく、日本経済新聞社に「私の履歴書」として連載することを予定して提供している。そして、原告が本件営業秘密であると主張する内容の一部につき、これとほぼ同旨の内容が日本経済新聞の「私の履歴書」に連載され、これは「野球は人生そのものだ」として単行本化もされているほか、前記1(3)で認定したとおり、東京読売新聞を含む全国紙の報道により公知となっている内容も存するものである。
 そして、原告は、長嶋氏関連原稿は、いずれも原告の営業秘密に該当するものとして記事編集機に保存されたものであるとするところ、前記1(2)、(3)で認定したとおり、記事編集機に保存された内容には既に公知となったものも多数含まれていることからすると、記事編集機に保存された内容の全てが非公知であるとは認められないこととなる。
 これらを踏まえれば、本件営業秘密のうちの川上氏関連原稿に係る部分についても、平成25年10月31日にその一部が新聞記事として公表されるまでの分について非公知であるとの立証がないことに帰するほか、川上氏関連原稿につき、川上氏に対する取材を全く行っていないDにおいて、なぜ本件送信原稿15(甲46の15)の10行の文章を付加することができたのかについても合理的な説明がされていないことからしても、川上氏関連原稿の非公知性については原告による立証がされたものとは認め難い。
 以上の検討によれば、本件営業秘密が不競法2条6項所定の秘密管理性及び有用性を有するか否かはともかく、少なくとも非公知であるとの立証はないというべきである。
(2) この点に関して原告は、長嶋氏関連原稿の一部が日本経済新聞の「私の履歴書」に連載され、また「野球は人生そのものだ」等で単行本化された事実をもってしても本件営業秘密の非公知性は失われない旨主張するが、前記(1)の非公知性の意義に照らし、原告の上記主張は採用することはできない。
 また、原告は、「私の履歴書」等に掲載されていない事実も本件営業秘密の中には含まれると主張して具体例も挙げるところ、これらはいずれも個別的なエピソードにすぎない上に、原告が非公知の例として挙げる●(省略)●(甲46の4、下3行目以降)などは、原告の挙げる本件送信原稿4(甲46の4)の当該3行の記載自体を参酌しても、それ自体は営業秘密たり得る技術上ないし営業上有用な情報とは認められないというべきである。
 したがって、原告の上記主張は採用することができない。
 さらに原告は、本件営業秘密には原告の記者と長嶋氏との強い信頼関係に基づく背景事情があり、これらは長嶋氏発言に基づく記事中の情報に含まれる性質のものではなく、少なくともこれらについては非公知性が認められるとするが、その背景事情として原告が挙げる事実についても、いずれも長嶋氏の発言の際の客観的な状況や記者の感想等が記載されているにすぎず、発言の際の状況については非公知性に疑問があるほか、営業秘密に当たる有用な情報とも認め難いというべきである。
 したがって、原告の上記主張は採用することができない。
6 争点(2)エ(本件営業秘密につき、被告による不正取得行為、不正開示行為の有無)について
(1) 次に、本件営業秘密につき、被告による不正取得行為があったといえるかについて判断する。
 不競法2条1項4号にいう不正取得行為とは、窃盗、詐欺、強迫その他刑罰法規違反に該当する行為やそれと同等の違法性を有する公序良俗違反の行為を通じて営業秘密を取得する行為をいうものと解される。
 これを本件についてみると、被告がDから第1のメールないし第3のメールを受信した平成22年12月当時において、Dは、原告から巨人軍に出向中であって、本来前記1(17)で認定したとおりの厳重な管理下にある記事編集機の原稿を入手できる立場にはなく、これは原告運動部の元部長であった被告においても認識していたところと認められる。その一方で、Dは、前記1(2)で認定のとおり日本経済新聞社に対して長嶋氏に対する取材メモを提供するなど、Dは少なくとも長嶋氏に関連する取材メモを有しているとの認識を被告が有していたとしても不合理ではない状況が存在する。また、川上氏に関連する記事が記事編集機に存することを被告が認識していたと認めるに足る証拠はなく、Dも、自らが付け加えたとする川上氏に関連する10行の記載につき、記事編集機にはない内容であるにもかかわらず、これがどこからもたらされたものか説明することができない。
 そして、前記1(5)ないし(7)で認定したとおり、Dは、記事編集機から被告に第1のメールないし第3のメールを送信する際に、記事編集機の原稿であることを示す記載をすべて削除し、タイトルも変更した上で、D以外の執筆者の記載を削除するだけでなく、D以外の人物には一つ一つ敬称を付してDに付された敬称については削除し、さらには読売新聞を示す「本紙」との記載や川上氏の長男の年齢など執筆時期が特定できる内容、Iが衝撃を受けたとする事実や同人の感想であることが分かる記載も削除するなどした結果、第1のメールないし第3のメール自体には、記事編集機に存した原稿であることを窺わせる記載は全くないばかりか、かえってD自身が作成したメモであるかのような体裁となっていることが認められる。そして、D自身も、被告に宛てた第1のメールに「Dの原稿等を添付しました。」と記載しており、被告が明示的にDに記事編集機にある本件各原稿を含む長嶋氏関連原稿等を送付するよう指示した事実についても、これを認めるに足りる証拠は存しない。
 加えて、被告は、平成22年12月当時、原告の関連会社である巨人軍の取締役球団代表の地位にあり、Dの再起を図るとの目的があったか否かについては措くとしても、職務に関連して読売ジャイアンツの元選手である長嶋氏や川上氏についての情報を入手すること自体は不自然なこととはいえず、その相当性はともかくとして直ちにBに対し電子メールを転送したことも、Bに対する電子メールの記載内容に照らし被告による違法ないし不正な取得を裏付けるものとはいい難い。
 以上によれば、被告がDから第1のメールないし第3のメールの送付を受けた動機については明らかとはいえないものの、被告においてこれらに添付されていた本件各送信原稿が記事編集機から取得されたものであるとの認識を持ち得るものと認めることはできないから、原告の主張する本件営業秘密につき、被告において、刑罰法規違反に該当する行為やそれと同等の違法性を有する公序良俗違反の行為を通じて営業秘密を取得したものとは認められないというべきである。
(2) この点に関して原告は、Dは被告からの少なくとも黙示の指示を受けて記事編集機から送信させたものか、あるいは被告においてDからの第1のメールないし第3のメールが記事編集機から取得されたことにつき認識していたことは明らかであると主張し、Dもこれに沿う証言をするところ、前記認定のとおり、Dは、記事編集機のタイトル等をすべて削除して独自のタイトルを付けた上、IやLなど、D以外の執筆者の氏名を削除するほか、「I」との記載を削除したり、「Dさん」とあるのを「D」と訂正するなどしており、文字化けが一部残されている一方で、敬称を一つ一つ付したり削除したりするなどしているところ、これらは客観的にみればDが執筆したメモの体裁を取るため行った行為であるとしか考えようのないものであり、仮に被告が記事編集機から取得されたものとの認識を有しているとすればこのようなことを行う必然性は全くないところ、Dは証人尋問においても、こうした削除等を行った理由につき合理的な説明をしていない。
 また、Dの証言においても、また原告の主張においても、厳重に管理されるべき営業秘密が多数保存された記事編集機の操作方法につき、なぜ原告運動部の部長不在のもとで同部次長であるIが直ちにDに教えたのか、またDが二度にわたり記事編集機を操作するのを許容したのかについての合理的な説明はされていない。
 したがって、被告の黙示の指示ないし被告において記事編集機から取得されたとの認識があったとの原告の上記主張は採用することができない。
(3) 以上の検討によれば、被告につき、不競法2条1項4号にいう「不正の手段により営業秘密を取得する行為」についても認められないというべきである。
7 争点(3)(本件各物件の被告による占有の有無及び所有権に基づく引渡請求権の存否)について
(1) 原告は、所有権に基づく返還請求権として、本件各物件の引渡しを請求する。原告の請求は動産の所有権に基づく物権的返還請求権であり、原告は、別紙第二目録各記載の表題のみで対象物の特定をするところ、返還の対象となる物は、その表題が印刷された原告が所有権を有すると主張する紙自体をいうものである。
 本件各物件の詳細について原告は何らの客観証拠を提出しないが、別紙第二目録記載の表題と本件各原稿(甲48の1ないし55)の「記事本文」に記載された表題とを対照すると、本件各物件のうち、本件物件1ないし6が甲48の40ないし45に、本件物件8ないし16が甲48の46ないし54に、本件物件17ないし20が甲48の5ないし8に、本件物件21ないし24が甲48の1ないし4に、本件物件25が甲48の12に、本件物件26ないし28が甲48の9ないし11に、本件物件29、同30が甲48の18、同19に、本件物件31、同32が甲48の14、同13に、本件物件33ないし38が甲48の31ないし36に、本件物件45ないし55が甲48の20ないし30に、それぞれ該当するものと認められるところ、本件物件7、同39ないし44、同56ないし58については、これと同様の表題が付された文書の存在を示す証拠すら存しない(なお、原告は甲48の37ないし39の記事本文の表題を明らかにしないものの、文章の内容からして川上氏関連原稿であると認められる。)。
 原告は、この点につき、本件仮処分執行の際に、本件各物件が存することをF、R、Gが確認したと主張し、Fもそれに沿う証言をし、それに沿う証拠(甲41〔Fの陳述書〕、甲88〔F報告書〕)も原告は提出する。
 しかし、本件各物件について、Fは別紙第二目録記載の表題のモニターがワックの事務所に存するのをR、Gらと確認したと証言するのみであり、本件物件57、同58についてはRが確認したとしてその具体的内容を明らかにせず(F尋問調書37頁)、また、本件各物件の紙自体は、すかしや模様等の特別の仕様が施されたものではないと認められるところ、Fは、本件各物件について「モニターの紙の色が多少くすんでいた」(F尋問調書20頁、甲41)とするところ、これをもって、その紙が、被告が原告運動部の部長であった平成16年当時に原告運動部において印刷されたそのものであるとするには、本件仮処分執行が平成24年5月であって、そこから約8年弱が経過していることからしても、若干の飛躍があるというべきである。
 さらにFは、記事編集機のプリントアウトの書式が2007年(平成19年)に変わった旨も証言するが、これを裏付ける何らの客観証拠も提出されていない。
(2) さらに原告は、Fが本件仮処分執行直後に報告書を作成していたとしてF報告書(甲88)を証拠として提出するが、同報告書は、被告が本件各物件を所持していたことを立証することのできる重要かつ有力な証拠であって、当初から提出されていてしかるべきであるにもかかわらず、原告は紙の報告書(F報告書〔甲88〕)の存在について全く主張せず、しかもF自身が本件訴訟のため作成した陳述書(甲41)においても全く触れるところがなく、Fの証人尋問終了後にはじめてその存在を明らかにして提出するに至ったものであるばかりか、同報告書(甲88)は、「報告書」と題する書面でありながら、誰に何の目的で報告したのかがその記載からは全く不明の文書であり、「社内上司への報告のため」作成された文書である(原告作成の証拠説明書の立証趣旨の記載)としながら決済ルート等も何ら記載されておらず、報告書であることを前提とすると、文書自体が著しく不自然である。
 しかもFは、F報告書(甲88)のデータはパソコンから既に消去されてしまっているとしており(乙70〔別件訴訟におけるF尋問調書10頁〕)、Fの証言を裏付け得る唯一の客観証拠として提出するものでありながら、消去されてデータが存しないとすること自体が不自然である上に、デジタル・フォレンジックを行って復活するのは容易であると被告から指摘されているにもかかわらず、これを行わない。
 以上によれば、本件各物件が原告の所有物であり、被告がこれを占有していることを前提とする本件各物件の引渡請求については、本件各物件の存在及び被告の占有についての立証をいずれも欠くものといわざるを得ず、認められないというべきである。
8 争点(4)ア(不法行為に基づく損害賠償請求につき、被告の故意ないし過失の有無)について
(1) 本件各送信原稿の複製権侵害について、前記4(1)で検討したとおり、被告においては、Dから送付を受けた本件各送信原稿について、Dらが職務上著作した職務著作物に相当することは被告の経歴等に照らして認識できたことは明らかであるから、複製権侵害について少なくとも過失があるものと認められるというべきである。
(2) この点に関して被告は、Bに対する第1のメールないし第3のメールの転送は、一般読者の目線からの率直な感想を聞くための行為であって、過失がない旨主張するが、原告の当時の職務内容に照らせば、直ちに信用することはできず、したがって、被告の上記主張は採用することができない。
9 争点(4)イ(不法行為に基づく損害賠償請求につき、原告の損害の有無及びその額)について
(1) 原告の損害について検討する。
 前記1で認定した事実によれば、被告の複製権侵害の不法行為によっては、原告が主張する機密情報漏洩等に基づく無形損害については発生していないものと認められる。
 一方、原告は、本件訴訟遂行を訴訟代理人弁護士に委任しているところ、原告の著作権侵害の不法行為と相当因果関係にある弁護士費用については、前記1で認められる事実経過等に照らせば、30万円であると認められる。
(2) 原告は、無形損害として少なくとも1000万円の損害を被った、仮に損害の算定が困難な場合であっても、昭和39年最判、明治43年大審院判決により、相当な損害額を認定すべきであると主張する。
 しかし、被告の本件各送信原稿についての複製権侵害の不法行為については、Bに対し複製物が送信されたにとどまり、送信時点から4年が経過した口頭弁論終結時点においても、本件各送信原稿について更なる複製等による拡散等がされたものと認めるべき証拠もなく、その他原告の主張する機密情報漏洩等に基づく損害ないしその他無形の損害が発生したとする証拠は何ら存せず、原告に無形損害が発生したこと自体が証拠上認められないものであるから、原告の主張はその前提を欠き、採用することができない。
(3) そうすると、原告の損害賠償請求は、被告に対し30万円及びこれに対する本件著作物の複製権侵害の不法行為の日である平成22年12月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(主文第3項)。
10 結語
 以上によれば、原告の請求は、主文第1項ないし第3項掲記の範囲で理由があるからその限度で認容することとし、その他は理由がないから棄却することとし、仮執行宣言については、主文第1項及び第3項については相当であるので付すこととするが、第2項については相当でないので付さないこととする。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 東海林保
 裁判官 今井弘晃
 裁判官 足立拓人


(別紙)第一目録
1 「長嶋生い立ち」と題する原稿
2 「長嶋立大時代」と題する原稿
3 「長嶋天覧試合」と題する原稿
4 「長嶋引退試合」と題する原稿
5 「長嶋監督時代」と題する原稿
6 「長嶋ON時代」と題する原稿
7 「長嶋王さん語る」と題する原稿
8 「長嶋21世紀の巨人」と題する原稿
9 「長嶋TV中継」と題する原稿
10 「長嶋ファン思い」と題する原稿
11 「長嶋打撃論」と題する原稿
12 「長嶋ボンズ対談」と題する原稿
13 「長嶋井上対談」と題する原稿
14 「長嶋五輪インタ」と題する原稿
15 「川上監督」と題する原稿
16 「長嶋語録」と題する原稿

(別紙)第二目録
原告の編集局運動部の記事編集機から出力された下記原稿

1 「長嶋I1」と題する原稿
2 「長嶋I2」と題する原稿
3 「長嶋I3」と題する原稿
4 「長嶋I4」と題する原稿
5 「長嶋I5」と題する原稿
6 「長嶋I6」と題する原稿
7 「長嶋I7」と題する原稿
8 「長嶋I8」と題する原稿
9 「長嶋I9」と題する原稿
10 「長嶋I10」と題する原稿
11 「長嶋I11」と題する原稿
12 「長嶋I12」と題する原稿
13 「長嶋I13」と題する原稿
14 「長嶋I14」と題する原稿
15 「長嶋I15」と題する原稿
16 「長嶋I16」と題する原稿
17 「長嶋D1」と題する原稿
18 「長嶋D2」と題する原稿
19 「長嶋D3」と題する原稿
20 「長嶋D4」と題する原稿
21 「長嶋D5」と題する原稿
22 「長嶋D6」と題する原稿
23 「長嶋D7」と題する原稿
24 「長嶋D8」と題する原稿
25 「長嶋D9」と題する原稿
26 「長嶋D10」と題する原稿
27 「長嶋D11」と題する原稿
28 「長嶋D12」と題する原稿
29 「長嶋D13」と題する原稿
30 「長嶋D14」と題する原稿
31 「長嶋D15」と題する原稿
32 「長嶋D16王」と題する原稿
33 「長嶋L1」と題する原稿
34 「長嶋L2」と題する原稿
35 「長嶋L3」と題する原稿
36 「長嶋L4」と題する原稿
37 「長嶋L5」と題する原稿
38 「長嶋L6」と題する原稿
39 「長嶋L7」と題する原稿
40 「長嶋L8」と題する原稿
41 「長嶋L9」と題する原稿
42 「長嶋L10」と題する原稿
43 「長嶋L11」と題する原稿
44 「長嶋L12」と題する原稿
45 「長嶋甲1」と題する原稿
46 「長嶋甲2」と題する原稿
47 「長嶋甲3」と題する原稿
48 「長嶋甲4」と題する原稿
49 「長嶋甲5」と題する原稿
50 「長嶋甲6」と題する原稿
51 「長嶋甲7」と題する原稿
52 「長嶋甲8」と題する原稿
53 「長嶋甲9」と題する原稿
54 「長嶋甲10」と題する原稿
55 「長嶋甲11」と題する原稿
56 「長嶋甲12」と題する原稿
57 「長嶋乙」と題する原稿
58 「長嶋丙丁」と題する原稿
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