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【事件名】上林暁作品集の編集著作権事件
【年月日】平成27年1月22日
 東京地裁 平成25年(ワ)第22541号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論の終結の日 平成26年11月25日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 金井重彦
被告 株式会社幻戯書房
同訴訟代理人弁護士 北村行夫
同 大井法子
同 杉浦尚子
同 雪丸真吾
同 芹澤繁
同 亀井弘泰
同 名畑淳
同 井上乾介
同 山本夕子
同 岩田裕介
同 吉田朋
同 石新智規
同 杉田禎浩
同 近藤美智子


主文
 原告の請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は,「ツェッペリン飛行船と黙想」と題する書籍(発行年月日平成24年12月9日,ISBN978-4-86448-010-7,著者C,発行者幻戯書房)の複製,販売をしてはならない。
2 被告は,前項記載の書籍を廃棄し,かつ,その版下のデジタルデータを消去せよ。
3 被告は,原告に対し,238万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は,被告の刊行書一覧表紙及びそのホームページのトップページ内の「お知らせ」欄に,原告に対する不法行為を説明した上で別紙謝罪文目録記載の謝罪文を掲載せよ。
第2 事案の概要
 本件は,原告が,被告による書籍の販売が原告の編集著作物の著作権及び著作者人格権を侵害すると主張して,被告に対し,著作権法112条,民法709条及び著作権法115条に基づき,書籍の複製,販売の差止め及びその廃棄等,著作権の行使につき原告が受けるべき金銭の額に相当する額の損害38万円と著作者人格権侵害により受けた精神的苦痛に対する慰謝料200万円との合計238万円及びこれに対する不法行為の後である訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払,謝罪文の掲載を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに各項末尾掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 故B(筆名「C」。以下「故C」という。)は,別紙「収録内容」記載の「ツエペリン飛行船と默想」から「第二局千日手再差し直し局観戦記」までの小説等合計125編を著述した。故Cは,昭和55年8月28日に死亡し,二次の相続を経て,長女D及び次女Eがその著作権を取得した。原告は,Dの子である。
(甲23)
(2) 被告は,平成24年5月8日に設立された文芸書等の発行を業とする株式会社であり,同年10月1日,会社分割により,同業の有限会社幻戯書房の権利義務を承継した(以下,有限会社幻戯書房のことも,単に「被告」という。)。
(甲30)
(3) 被告は,平成24年12月9日,別紙「収録内容」記載のとおりに配列した故Cの小説等合計125編(以下「本件編集物」という。)のほか,原告が著述した「解題」等を掲載した「第1 請求」の1掲記の書籍(以下「本件書籍」という。)2000部を発行し,以後,1冊3800円でこれを販売した。
(甲23,49)
(4) 被告は,平成25年3月19日,D及びEに対し印税としてそれぞれ30万4000円を支払い,原告に対し「解題」の原稿料として4万7500円を支払った。
(乙11ないし13)
2 争点
 原告が本件編集物の編集をしたか否かであり,これに関する当事者の主張は,次のとおりである。
(1) 原告
 原告は,本件編集物の編集に関与するに当たり,編集者が解説を執筆するとの方針を示したところ,被告の編集部員F(以下「F」という。)から,解説の執筆を依頼されたので,自ら本件編集物の編集をすることにした。そこで,原告は,筑摩書房発行の「C全集」増補決定版(以下「全集」という。)に収録されていない作品で,収録されている作品に類似するものを除くという前提で,故Cの小説等を収集し仕分けして,収録作品を選択し,これを創作,随筆,評論・感想,アンケート,自作関連及び観戦記のジャンルに分類し,それぞれのジャンルの中では年代順に配列して,本件編集物を編集した。
 このことは,原告が最終ゲラ手交後に備忘のためのメモを清書した配列案メモ(甲22)の内容が本件編集物に全面的に採用されていることからも,明らかである。
(2) 被告
 原告が本件編集物の収録作品を選択したとか,収録作品を配列したということはない。Fは,平成24年6月27日,原告から,「編者が解説ないしあとがきを執筆する必要があるように思いますが」との記載のある電子メールを受け取ったが,収録作品が充分にあるかどうかが明らかでなかったので,これに対し返事をしなかったにすぎず,原告の考えに同意したわけではない。
 また,原告の清書した配列案メモ(甲22)は,本訴提起後に作成されたものであるし,その基になったメモは,存在するのであれば証拠として提出されるはずであるから,存在するとは考えられない。
第3 当裁判所の判断
1 前記前提事実に,証拠(甲1ないし21,34ないし36,38ないし40,51,乙2,7,14ないし20,証人F,原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
(1) 被告の編集部長Gは,平成22年5月,杉並郷土博物館で開かれていた「C展」を訪れ,故Cの未発表の原稿があることを知って,故Cの未発表の作品や全集未収録の作品の刊行を企画し,被告の編集会議でその企画が了承された。
(2) 上記企画については,Fが担当することになったが,作品の原稿の分量が少なく,刊行の見通しは低かったところ,Fは,平成24年4月に故Cの日記帳を入手して,太平洋戦争を軸とした日記を中心に未発表,全集未収録の作品を年代順に配列した構成を企画し,改めて,被告の編集会議で了承された。Fは,原告が故Cの作品の著作権者の一人であるDの子であることから,原告に会い,同年内に出版物としてまとめることについて原告の同意を得た。
(3) 原告は,平成24年6月25日,Fに対し,被告が出版しようとする書籍の構成について,全集に準じるものと創作集や随筆集又は文庫などの再編集版に準じるものがあることを示し,原告としては,前者が自然であるものの,被告が作品を取捨選択してうまくまとめられるのであれば後者でもよいと思っているが,被告がどのような構成を考えているのかを示すよう求める電子メール(甲6)を送信した。Fは,同月26日,原告に対し,故Cの日記を中心とした単行本の出版が可能かどうかを尋ねるとともに,これができない場合は創作集や随筆集に準じるものにしたいと思っており,その際には,作品が揃った段階で構成や方針,タイトルを提案したい旨を伝える電子メール(甲7)を送信した。原告は,同月27日,Fに対し,「日記の件について母と話し合いましたが,今回の本には入れないという結論になりました。」,創作集や随筆集に準じるものについては,「「抜すい」,未発表,未収録からお好きなものを選んで,お好きな文字表記で出していただいて構いません。」,「編者が解説ないしあとがきを執筆する必要があるように思いますが,それはそちらでやっていただくことになろうかと思います。」などと記載した電子メール(甲8)を送信した。Fは,同月28日,原告に対し,日記を出版しないことを了承したので,他の原稿について改めて提案したい旨を伝える電子メール(甲3)を送信した。
(4) 原告は,平成24年6月頃から,故Cに関する資料等を管理していた故Cの妹Hの自宅で小説等の原稿,雑誌や新聞の切抜きを探したり,C文学館から故Cの小説等を取り寄せたりし,全集との重複の有無,執筆や発表の時期等を確認して,これらを被告に送付し,同年9月21日には,Fに対し,手元にある故Cの小説等をすべて送付した旨を伝える電子メール(乙15の1)を送信した。
(5) Fは,平成24年9月25日,原告に対し,原告から送付された故Cの小説等を中心に構成案を作成しており,一両日中に打合せをしたい旨を伝える電子メール(乙15の2)を送信した。Fは,同月28日の打合せにおいて,原告に対し,故Cの小説等を「T(創作的)」,「U(評論的)」,「V(随筆的)」,「アンケート」,「【保留中】」に分類し,分類した項目の中は未発表のものを先に,既発表で全集未収録のものを後にして,それぞれ年代順に並べるという構成案(甲21)を示し,また,解説の執筆を依頼した。原告は,解説の執筆を承諾して,これに相当する「解題」を執筆した。
 原告は,平成24年10月5日から同月11日にかけて,Fに対し,「1.小説・詩 2.随筆 3.評論・感想 4.アンケート 5.将棋観戦記」に分類すること,書名を「ツェッペリン飛行船と黙想」にすること,故Cの小説等のうちの5点を「2.随筆」に含めることなどを提案する電子メール(甲12ないし15)を送信した。Fは,同月12日,原告に対し,「T 創作 U 随筆 V 評論・感想 W アンケート X 観戦記 Y 自作関連」に分類することを提案する電子メール(甲19)を送信した。原告は,同月14日,Fに対し,分類は最終的に被告が判断して構わないが,最初に詩,最後に観戦記を置き,他をその間に置くという構成は崩したくない旨を伝える電子メール(甲10)を送信した。Fは,同月18日,「T(創作的)」,「U(随筆)」,「V(評論・感想)」,「W(アンケート)」,「X(将棋観戦記)」,「●(自作について)」に分類し,分類した項目に故Cの小説等を配列した構成案(乙19)を作成し,これに基づき,同年11月2日まで,原告と校正ゲラ等のやり取りをして,本件編集物ができ上がった。
(6) 原告が被告に送付した故Cの小説等は,未完成のもの,途中でなくなっているもの,全集と重複するものや対談等の記事を除き,本件編集物に収録された。
2 上記認定の事実に基づき,検討する。
(1) 原告が被告に送付した故Cの小説等は,ほぼ全部が本件編集物に収録され,また,原告は,本件編集物の編集に当たり,Fに対し,書名,分類項目やその順序,一部の小説等が属する分類項目などについて提案等をしたものである。
(2) しかしながら,被告が故Cの未発表の作品や全集未収録の作品の刊行を企画したのであり,被告は,故Cの小説等が著作物であることから,原告に刊行の話を持ちかけ,原告も,著作権者の一人の子であり,故Cの孫として,日記掲載についての著作権者の意向を伝えたり,故Cの作品を集め,分類等について意見や希望を述べたものである(原告も,陳述書(甲1)において,遺族を代表して出版に携わることになった旨述べている。)。そして,原告が自らの考えだけで故Cの小説等の選択や配列を確定したことを認めるに足りる証拠はない(原告は,平成24年11月3日に作成したものとして,甲22(配列案メモ)を提出する。甲22に記載された故Cの小説等の配列と本件編集物の配列とはほぼ一致しているところ,原告は,本人尋問において,甲22について,原告がその写しを当裁判所に提出した平成25年8月26日の直前に,備忘のための手書きのメモをパソコンで打ち直したものであると陳述する。これによれば,原告は,平成24年11月3日に甲22を作成したものではないし,甲22の基となった手書きのメモを所持していながら,これを書証とするのではなく,あえて,パソコンで打ち直した甲22を書証としたというのであるから,甲22があるからといって,その基となった手書きのメモがあったとは考え難い。)。
 これらの事情を併せ考えると,原告が本件編集物の編集に関与したとしても,これを編集著作の観点からみれば,企画案や構想の域を出るものとはいえないのであって,これをもって,原告が本件編集物を編集したということはできず,他にこのことを認めるに足りる証拠はない。
(3) 原告は,Fから解説の執筆を依頼されたので,自ら本件編集物の編集をすることにしたと主張するところ,確かに,Fは,解説の執筆の依頼に先立ち,原告から「編者が解説ないしあとがきを執筆する必要があるように思いますが」との記載のある電子メールを受け取っている。しかしながら,解説の執筆の依頼はその3月後であり,Fが故Cの小説等の配列を原告の考えに委ねる趣旨をも含めて解説の執筆を依頼したことを窺わせるような事情はない。そして,原告がFから解説の執筆を依頼された後も,故Cの小説等の配列は,原告の考えだけでされたわけではなく,かえって,原告は,分類について最終的に被告が判断して構わない旨を伝えるなど,故Cの小説等の配列の確定を被告に委ねていたとみられるのである。原告の主張は,採用することができない。
(4) したがって,本件編集物の著作権が原告に帰属したということはできず,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,すべて理由がない。
3 よって,原告の請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判官 三井大有
 裁判官 藤田壮
 裁判長裁判官高野輝久は,転補につき署名押印することができない。
裁判官 三井大有


(別紙)謝罪文目録
謝罪文
 当社から発行しましたCの作品集「ツェッペリン飛行船と黙想」について,編者がA氏であるにもかかわらず,その表示を行わず,A氏の編集著作権並びにその人格権を侵害したことについて,事実を認め謝罪します。
 平成 年 月 日
 株式会社幻戯書房
 代表取締役

※(別紙)収録内容は添付省略
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