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【事件名】復元「江戸・明治地図」事件 【年月日】平成26年12月18日 東京地裁 平成22年(ワ)第38369号 著作権侵害差止請求事件 (口頭弁論終結日 平成26年10月9日) 判決 原告 株式会社エーピーピーカンパニー 同訴訟代理人弁護士 伊藤雅浩 同 小倉秀夫 被告 有限会社菁映社 被告 X 上記両名訴訟代理人弁護士 大川宏 同 亀岡知子 主文 1 原告と被告らの間において、原告が別紙物件目録記載2の地図の著作権を有することを確認する。 2 被告らは、前項の地図を、複製し、公衆送信(送信可能化を含む。)してはならない。 3 被告らは、第1項の地図及びその複製物を廃棄せよ。 4 被告らは、原告に対し、連帯して60万円及びこれに対する平成22年11月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 5 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 6 訴訟費用は、これを10分し、その9を原告の、その余は被告らの各負担とする。 7 この判決は、第4項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 原告と被告らの間において、原告が別紙物件目録記載の各地図の著作権を有することを確認する。 2 被告らは、前項の地図を、複製し、公衆送信(送信可能化を含む。)してはならない。 3 被告らは、第1項の地図及びその複製物を廃棄せよ。 4 被告らは、原告に対し、連帯して4550万円及びこれに対する平成22年11月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は、別紙物件目録記載の各地図(以下、「本件各地図」と総称し、同目録記載1の地図を「本件江戸図」、同2の地図を「本件明治図」という。)の著作権者であると主張する原告が、被告らが本件各地図につき著作権を有すると主張してこれらを複製ないし翻案し、また、被告X(以下「被告X」という。)と被告有限会社菁映社(以下「被告会社」という。)の代表者が原告の事業を妨害したことが不法行為に当たるとして、被告らに対し、@ 原告が本件各地図の著作権を有することの確認、A 著作権法112条1項及び2項に基づく本件各地図の複製等の差止め及び廃棄、B 不法行為(民法709条、719条1項、会社法350条)に基づく損害賠償金(本件江戸図の著作権侵害につき50万円、本件明治図の著作権侵害につき100万円、事業妨害行為につき1年当たり200万円、弁護士費用200万円。ただし、請求の趣旨の減縮はない。)及び不法行為の後である平成22年11月3日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。なお、本件各地図はDVD−ROMに収録されたものであるが、パソコンの画面に表示され、プリントアウトされる地図の著作物(著作権法10条1項6号)としての創作過程及び著作権の帰属等が争われている。 1 前提事実(争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実。なお、書証の枝番の記載は省略する。以下同じ。) (1) 当事者等 ア 原告は、マルチメディアコンテンツの開発、制作及びプロデュース等を行うことを目的とする株式会社である。 原告は、江戸時代及び現代の東京の各地図を収録したCD−ROMを含む「CD−ROM版 江戸東京重ね地図」(以下「江戸東京重ね地図」という。)並びに本件各地図及び現代の東京の地図を収録したDVD−ROMを含む「DVD−ROM BOOK for WINDOWS 三層 江戸明治東京重ね地図」(以下「江戸明治東京重ね地図」という。)を発行した。 Y(以下「Y」という。)は、これらを発行した当時、原告の代表者であった。 イ 被告会社はアニメーション映像の制作等を目的とする特例有限会社、被告Xは書籍の装丁、イラストレーション、地図の下図の制作等を手掛ける者である。 被告会社は江戸東京重ね地図の制作に、被告Xは江戸東京重ね地図及び江戸明治東京重ね地図の制作に、それぞれ関与した(ただし、関与の態様については当事者間に争いがある。)。 (2) 江戸明治東京重ね地図の発行に至る経過 ア 株式会社朝日新聞社は、平成6年10月頃、「復元江戸情報地図」と題する書籍を発行した。同書籍には、被告Xが制作に関与した江戸時代の東京の地図を現代の東京の地図に重ね合わせた地図(以下「復元江戸図」という。)が掲載されている。(甲71、75、乙1) イ 原告と被告らは、復元江戸図を利用して江戸時代と現代の東京の地図を重ねて表示することのできるパソコン用の地図ソフトウェアを開発することを計画し、その資金を調達するため、原告の提案により、被告会社が申請事業者となって財団法人マルチメディアコンテンツ振興協会(以下「MMCA」という。)に事業申請をした。MMCAは、情報処理振興事業協会(以下「IPA」という。)から、中小企業によるコンテンツ制作を支援する「マルチメディアコンテンツ市場環境整備事業」を委託されていた。MMCAと被告会社は、平成11年10月18日、被告会社がMMCAのために、江戸時代と現代の地図を重ね合わせる地図ソフトウェアを制作することを請け負う旨の開発請負契約を締結した。被告会社は、平成12年4月、MMCAに対し、上記事業の平成11年度予算コンテンツ制作成果物として、地図ソフトウェア「江戸〜東京デジタルマップ」(以下「MMCA版」という。)を納品した。(甲76、79、80、乙2、4、17) ウ 原告は、平成13年7月1日頃、江戸東京重ね地図(初版)を発行した。これは、江戸時代及び現代の東京の各地図をCD−ROMに収録し、これらをパソコンの画面上に重ね合わせて表示し、拡大縮小や時代間・地域間の移動等をすることのできる地図ソフトウェアを含むものであり、平成15年10月頃に一部内容を改めたもの(ISBN番号を異にするもの。以下「改訂版」という。)が発行された。(甲1、85、86、乙91) 江戸東京重ね地図の江戸図は、被告会社が、@ 復元江戸図の版下データ又はその下図と、A 復元江戸図に含まれないエリアについて被告Xが制作した下図(16面)(乙72。以下「本件江戸下図」という。)をコンピュータに取り込んで作成したベクタデータを用いて作成した。 エ 原告と被告Xは、平成14年11月1日付けで、被告Xが原告に対し、平成13年6月1日から5年間、原告が復元江戸図を江戸東京重ね地図に使用することを許諾することなどを内容とする契約(以下「本件第1契約」という。)を締結した。(甲2) また、原告と被告Xは、平成14年12月1日付けで、被告Xが原告に対し、同日から5年間、原告が復元江戸図を江戸明治東京重ね地図に使用することを許諾することなどを内容とする契約(以下「本件第2契約」という。)を締結した。(甲4) オ 原告は、平成16年7月頃、江戸明治東京重ね地図を発行した。これは、本件江戸図、本件明治図及び現代の東京の地図をDVD−ROMに収録し、これらをパソコンの画面上に重ね合わせて表示し、拡大縮小や時代間・地域間の移動等をすることのできる地図ソフトウェアを含むものである。(甲90、検甲1) 本件江戸図は、江戸東京重ね地図(改訂版)の江戸図を基に、一部修正するなどして制作された(修正等の主体及び内容については争いがある。)。 本件明治図は59面に分割して制作され、そのうちの29面は被告Xが作成した下図を、19面は株式会社人文社(以下「人文社」という。)が作成した下図を用いて制作された。残りの11面の下図は、当初は人文社が作成したが、その後被告Xが作成し直した。 (3) 原告による本件各地図の利用 ア 原告と財団法人東京都歴史文化財団は、平成16年3月17日、原告が東京都江戸東京博物館(以下「江戸博」という。)に江戸時代及び明治時代の地図を設置することを内容とする委託契約(以下「本件委託契約」という。)を締結した。原告は、同契約に基づいて本件江戸図及び本件明治図の拡大版を江戸博の床面に設置した。(甲9) イ 原告及び人文社は、平成18年5月1日、ヤフー株式会社(以下「ヤフー」という。)の子会社である株式会社アルプス社(以下「アルプス社」という。)との間で、人文社がアルプス社に対し、ヤフーが提供するサービスに使用するため、原告が著作権を有するとされる本件各地図のデータを提供することを内容とするデータ使用許諾契約(以下「本件使用許諾契約」という。)を締結した。ヤフーは、平成19年1月から3月までの3か月間、上記データを利用した「Yahoo!古地図」という名称のサービス(以下「本件サービス」という。)を提供した。(甲74) (4) 被告らの行為 ア 被告Xは、平成18年12月頃までに、ヤフー、人文社及びアルプス社に対し、人文社が本件使用許諾契約に基づき提供したデータにつき原告が何らの権利も有していないという内容の通知書を送付した。(甲100) イ 被告らは、平成19年3月頃、原告が設置した上記(3)アの本件明治図の拡大版の代わりに、被告らを著作権者と表示した明治時代の地図を江戸博に設置した。 ウ 被告らは、不動産会社に対し、マンションの広告に使用するための江戸時代の地図データを交付した。同会社は、平成21年8月頃、マンションの広告(以下「本件広告」という。)に江戸時代の地図を付した。(甲15) エ 被告らは、平成22年9月までに、書籍「大江戸探見」の著者に対し、同書籍に掲載するための江戸時代の地図データを交付した。(甲50、73) 2 争点及び争点に関する当事者の主張 (1) 本件江戸図の著作権の帰属 (原告の主張) ア 本件江戸図の制作の経過は次のとおりであり、これに何を掲載し、何を掲載しないかの最終的な決定権限は原告が有していた。 (ア) Yないし原告の従業員(以下「Yら」ということがある。)は、平成13年2月頃、被告会社から江戸東京重ね地図の制作のため作業中であった地図データを引き継ぎ、@ 隣接するグリッド間のずれの補正作業、A 現代図とのずれの補正作業、B 御府内八十八ケ所等の参詣コース、花鳥風月の名所、岡場所、名物、名店、「鬼平犯科帳」に登場する場所等の文字情報や別紙アイコン目録記載のアイコンを選択して掲載する作業を行った。上記作業により完成した江戸図は江戸東京重ね地図の初版に収録された。 (イ) Yらは、上記初版の江戸図に変更を加え、改訂版の江戸図を制作した。 (ウ) Yらは、上記改訂版に相当の修正を加えて、より正確性の高い本件江戸図を完成した。 イ 以上のとおり、Yらは、被告会社から受領した地図データを用いて初版の江戸図を制作し、初版の江戸図を用いて改訂版の江戸図を制作し、改訂版の江戸図を用いて本件江戸図を制作し、次のとおり、これらの各過程で、それぞれ表現上の創作性を付加した。 (ア) 復元江戸図と本件江戸図は道路やため池の形状が異なり、MMCA版と本件江戸図は道路の形状が異なるところ、これらは原告が次のようにずれの補正を行ったことにより生じたものである。 隣接するグリッド間のずれの補正(上記ア(ア)@)は、隣接するどちらのグリッドを修正するのか、片方を修正するのか両方を修正するのか、道や河川全体の形状をどのように補正するのかなどの判断を行うという創作性を付加する作業である。 現代図とのずれの補正(同A)は、現代の地図に地形を合わせる必要があるのかを判断した上で必要に応じて地形を合わせるという創作性を付加する作業であり、また、照合する現代の地図が違うものであれば創作性の内容も異なる。復元江戸図は東京地図出版のミリオン版現代図、江戸東京重ね地図の江戸図及び本件江戸図は国土地理院発行の現代地図と照合しているから、この意味からも、復元江戸図と本件江戸図は別個の地図である。 (イ) 文字情報やアイコンの選択と掲載(同B)は、名物・名店については現代も引き続いて営業している店舗を選ぶなどの思想感情に基づく取捨選択をしたものであり、Yらの個性が反映されている。 ウ Yらによる制作作業は職務著作に当たるので(著作権15条1項)、本件江戸図の著作権は原告にある。 エ 原告と被告Xは、本件第1契約において江戸東京重ね地図の江戸図の著作権が、本件第2契約において本件江戸図の著作権が、いずれも原告に帰属することを確認した。 オ 以上によれば、本件江戸図の著作権は原告に帰属するが、被告らはこれを争っている。 よって、原告は、被告らに対し、本件江戸図の著作権が原告に帰属することの確認を求める。 (被告らの主張) ア 江戸東京重ね地図の江戸図の制作 (ア) 初版の江戸図は、被告会社が制作したMMCA版の江戸図と同じである。仮にMMCA版と初版の江戸図が異なるとしても、被告会社が修正作業を行ったのであり、原告は一切関与していない。 すなわち、被告Xは、下図の作図の際に、現代図と重なるように作図し、また、グリッドの四辺について隣接するグリッドと二重にして隣接部がずれないように工夫し、さらに、それでもずれが生じた部分は、被告会社が江戸城を含む部分を中心としてずれを修正したのであり、原告が隣接するグリッドや現代図とのずれの補正作業をしたことはない。別紙アイコン目録記載のアイコンについても、被告Xの指示に基づいて被告会社がデジタル化して登載したものであり、原告の関与はない。 (イ) 改訂版の江戸図は、被告会社が被告Xの指示に基づいて初版の江戸図に修正を加えて制作したものである。 (ウ) 被告会社は、IPAとの間で、MMCA版の著作権をIPAと被告会社の共有とする旨の合意をし、IPAにその対価を支払った。また、江戸東京重ね地図のソフトウェアのうちエンジン部分の制作を株式会社ソフトウェア・ファクトリーに依頼して代金を支払った。したがって、江戸東京重ね地図の江戸図の著作権者は、資金面からみても被告会社である。 イ 本件江戸図の制作 本件江戸図は、改訂版の江戸図に、被告Xが修正、変更を行ったか、又は被告Xの承諾の下に原告が修正、変更を行ったものである。 ウ 著作権について 本件江戸図は復元江戸図及び本件江戸下図をデジタル化しただけのものであるから、これらの地図の複製である。本件江戸図には、復元江戸図の下図及び本件江戸下図の本質的特徴である、安政3年の街並みを再現して、道路、河川等の地形を現代の東京の地図に合わせて作図したという特徴がそのまま表れ、付加、修正された情報はごくわずかであるから、独自の創作性は認められない。 仮に、本件江戸図について、表現上の創作性が付加されているとしても、これを行ったのは原告ではないから、原告が本件江戸図の著作権を取得することはない。さらに、原告が表現上の創作性を付加したとしても、原告は本件江戸図のうち原告が創作性を付加した部分のみについて著作権を有するにとどまる。 (2) 本件明治図の著作権の帰属 (原告の主張) ア 被告Xは、本件明治図の下図59面のうち29面の色彩図及び文字図を作成し、残りの30面は原告の委託を受けた人文社が作成した。 人文社は、上記色彩図及び下図をスキャンしてベクタデータ化し、文字情報を掲載した。 イ 原告は、これらを基に、以下の作業を行って本件明治図を完成させた。 (ア) 素材の追加 Yらは、各種の資料から多数の施設等の情報を抽出し、その中から正確な場所が判明し、明治時代の地図に盛り込む意義があると考えた約9800件を選択して、地図に掲載した。 (イ) 地番及び標高の追加 Yらは、表示上の見やすさとバランスを考慮して、街区の四隅等の特徴的な場所にのみ地番を追加し、標高を記載した。 ウ 上記イのYらの作業については、原告の職務著作が成立する。また、人文社と原告は、人文社の作業により発生した一切の権利が納品とともに原告に移転する旨合意し、原告と被告Xは、本件第2契約において、本件明治図の著作権が原告に帰属することを確認した。 したがって、本件明治図の著作権は原告に帰属するが、被告らはこれを争うので、原告は被告らに対し原告が本件明治図の著作権者であることの確認を求める。 エ これに対し、被告らは以下のとおり主張するが、被告Xが作成した色彩図及び文字図は、既存の地図にトレーシングペーパーをあててトレースしたり、郵便地図の文字情報を転記したりしただけのもので、表現上の創作性が認められないから著作物に当たらない。また、被告Xが、人文社が作成した下図や本件明治図の制作過程において、文字や位置の誤りの指摘等の校正作業を行ったとしても、具体的な表現行為を行ったものではないから、被告Xが著作者となることはない。 (被告らの主張) ア 被告Xは、当初制作した29面の色彩図及び文字図のほか、人文社が作成した下図が使用に耐えなかったために19面の色彩図と文字図を追加で制作し、残りの11面についてのみ人文社が作成した下図を使用した。被告Xは、人文社が下図をスキャンしてデジタルデータ化したものについて、複数回の校閲を行い、人文社がデジタル地図を完成させた。 イ 本件明治図のうち色彩図及び文字図を用いて制作した部分は、その複製物にすぎず、色彩図等を制作した被告Xが著作者である。また、人文社の作成した下図を用いて制作した部分についても、被告Xの著作物であるか、又は少なくとも被告Xは共同著作者である。 ウ 原告は情報を付加したなどとして著作権を主張する。しかし、地番や標高の追加に意味はないし、どのような基準で掲載の対象を選択したのか不明であり、あるいは、配置や配置方法に選択の余地はないか極めて限られているから、創作性は認められない。 さらに、仮に原告が表現上の創作性を付加したとしても、本件明治図は被告Xが作成した下図の二次的著作物であるから、原告は本件明治図のうち原告が創作性を付加した部分のみについて著作権を有するにとどまる。 (3) 本件各地図の著作権侵害の有無等 (原告の主張) ア 本件江戸図の複製ないし翻案 (ア) 被告らは、本件広告に使用された江戸時代の地図データを不動産会社に交付するために本件江戸図の一部を複製ないし翻案した。また、「大江戸探見」に掲載するために本件江戸図の一部を複製した。 (イ) 本件江戸図の利用許諾料は50万円であるから、本件江戸図の複製ないし翻案物を本件広告に掲載したことによる原告の損害額は50万円である(著作権法114条3項。なお、大江戸探見については損害賠償を請求しない。)。 (ウ) よって、原告は、被告らに対し、本件江戸図の複製及び公衆送信(送信可能化を含む。)の差止め並びに本件江戸図及びその複製物の廃棄と、損害賠償金50万円及び遅延損害金の連帯支払を求める。 イ 本件明治図の複製 (ア) 被告らは、江戸博に設置するために、本件明治図を複製した。 (イ) 本件委託契約により原告が受領した対価に照らすと、本件明治図の複製の利用許諾料は100万円を下らないから、本件明治図を複製したことによる原告の損害額は100万円である(著作権法114条3項)。 (ウ) よって、原告は、被告らに対し、本件明治図の複製及び公衆送信(送信可能化を含む。)の差止め並びに本件明治図及びその複製物の廃棄と、損害賠償金100万円及び遅延損害金の連帯支払を求める。 ウ 差止め等の必要性 被告Xは、原告のために本件各地図のデータを保有していた株式会社ネットアドバンスから本件各地図のデータの提供を受け、これを上記複製に用いたものであり、差止め及び廃棄の必要性がある。 (被告らの主張) ア 被告会社が不動産会社に対して交付した地図及び「大江戸探見」に掲載されている地図は、いずれも江戸東京重ね地図を制作する過程で被告会社が作成した地図を利用したものであり、本件江戸図に依拠していない。 イ 江戸博に設置した地図は、市販の江戸明治東京重ね地図に収録された本件明治図のデータ(ラスタデータ)をベクタデータに変換し、東京湾部分に現代の地図を合成し、ロゴタイプスペースを追加することにより作成した地図であり、本件明治図の複製に当たらない。 ウ 被告らは、本件各地図のデータを保有していないから差止め等の必要性はない。 エ 原告主張の損害額は争う。 (4) 原告に対する事業妨害の不法行為の成否 (原告の主張) ア 被告Xは原告が本件使用許諾契約を締結したアルプス社に対し「原告は本件各地図のデータについて何らの権利も有していない」旨の通知書を送付したが、前記(1)及び(2)(原告の主張)のとおり、原告は本件各地図の著作権者である。しかも、被告Xは原告に対し、本件第2契約により、本件江戸図の利用を第三者に再許諾することを許諾している。したがって、上記通知書の記載は虚偽であり、被告Xによる通知書の送付は不法行為に当たる。 イ 本件サービスは1日当たりのアクセス数が30万件を超える人気であったが、上記通知書が送付されたために開始後3か月で中止され、本件使用許諾契約も平成19年5月31日の期間満了により終了した。 ウ 被告会社の当時の代表者であるZは、被告Xと共に通知書を送付し、被告会社の代表者として職務を行うにつき第三者に損害を加えたのであるから、被告会社は会社法350条により損害賠償責任を負う。 エ 本件使用許諾契約においては、アルプス社が人文社にデータ使用料として年額200万円を支払う旨合意されている。そして、原告と人文社は、人文社が原告に対し上記データ使用料から手数料を差し引いた金銭を支払うことを合意していた。そうすると、被告らの事業妨害行為がなければ、現在まで上記合意に基づくデータ使用料が毎年支払われたはずであり、原告の逸失利益は平成19年以降少なくとも毎年200万円である。 よって、原告は被告らに対し上記損害賠償金及び遅延損害金の連帯支払を求める。 (被告らの主張) ア 本件江戸図は復元江戸図の複製物又は復元江戸図を原著作物とする二次的著作物であり、原告が利用許諾をするためには被告Xの許諾が必要であるところ、被告Xはこれを許諾していない。したがって、被告Xが送付した通知書の記載は虚偽でない。なお、仮に本件第2契約により利用許諾が認められるとしても、同契約は平成19年11月30日に期間満了により終了したので、原告は少なくとも同日以降は原著作物である復元江戸図を利用する権利を有していない。 イ 本件サービスは平成19年3月31日までの試用期間として行われたものであり、本件使用許諾契約が期間満了後も継続したはずであるとはいえない。しかも、本件使用許諾契約により対価を受領するのは人文社であり、同契約の終了により原告に損害が発生することはない。 (5) 弁護士費用の額 (原告の主張) 本件における弁護士費用の額は200万円が相当である。 (被告らの主張) 争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1) (本件江戸図の著作権の帰属)について (1) 本件江戸図の制作経過につき、原告は、Yないし原告の従業員が被告会社から受領した地図データを用いて江戸東京重ね地図(初版及び改訂版)の江戸図を制作し、更にこれを用いて本件江戸図を制作したと主張するのに対し、被告らは、被告会社が制作したMMCA版の江戸図がそのまま江戸東京重ね地図に収録され、被告Xがこれを基に本件江戸図を制作したと主張する。 (2) そこで判断するに、前記前提事実に加え、証拠(個別に掲記したもののほか、甲82、乙87、証人Y、証人Z、被告X。ただし、以下の認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 ア 江戸東京重ね地図の江戸図の制作 (ア) 被告会社は、MMCA版及び江戸東京重ね地図に収録する江戸図を制作するために、復元江戸図の版下データ又はその下図をコンピュータに取り込み、画像編集ソフトを使用するなどしてベクタデータ化した。また、被告Xは、平成12年8月頃までに、復元江戸図に含まれない地域について本件江戸下図を作図し、被告会社が同様にベクタデータ化した。(甲6、乙72) (イ) 被告会社は、上記作業の途中である同年4月、MMCA版を完成させた。被告会社とIPAは、同年5月12日、MMCA版の著作権をIPAと被告会社の共有とする旨の合意をした。ただし、MMCA版は、MMCAへの納期に間に合わせるために完成という形をとったものであり、ソフトウェアのエンジンの性能の面からも搭載されているエリアの面からも市販する製品とするには不十分なものであった。(甲80、83、乙2、4、5、17)。 (ウ) 被告会社は、平成13年初め頃、原告に対し、その時点での地図データを引き渡した。Yないし原告の従業員は、MMCA版の不十分な点を補って市販可能な製品とするため、受領したデータを使用して、隣接するグリッド間のずれ及び現代図(なお、現代図には、江戸東京重ね地図及び江戸明治東京重ね地図を通じ、被告会社が国土地理院から使用承認を得た同院発行の地形図をデジタル化したものが用いられた。乙11、15、16)とのずれを補正し、岡場所、現在まで存在している名物や名店、池波正太郎の「鬼平犯科帳」に登場する場所等(下記ウ(ア)B)を選択して文字情報として掲載する作業を行い、江戸東京重ね地図(初版)に収録する江戸図を完成させた。上記初版は同年7月頃発行された。(甲77、85) (エ) 上記(ア)及び(ウ)の被告会社及び原告の作業を通じ、作成中の地図データをプリントアウトしたものにつき、被告Xが修正すべき箇所を指摘し、被告会社や原告がこれに応じた修正作業を行うことが繰り返された。 (オ) 江戸東京重ね地図は好評を博し、同年9月頃に増刷がされた。Yないし原告の従業員は、初版の発行後もデータの訂正作業を続けて江戸図の一部を修正し(下記ウ(イ)参照)、この修正を反映した改訂版が平成15年10月頃に発行された。(甲86、乙91) (カ) 江戸東京重ね地図の制作費用の大半はIPAからの補助金約5000万円が充てられたが、不足分は原告と被告会社が折半して負担した。被告Xは、以上の作業に対する対価として、原告及び被告会社から合計1200万円を受領した。 イ 本件江戸図の制作 Yないし原告の従業員は、改訂版の発行後も江戸図の河川や道路等の地形及び地名等の表示の一部を変更し(下記ウ(ウ)参照)、江戸明治東京重ね地図のための本件江戸図を完成させた。(甲88、89) ウ 各地図の比較 (ア) 復元江戸図及び本件江戸下図と初版の江戸図 江戸東京重ね地図(初版)の江戸図には、復元江戸図及び本件江戸下図に記載されていなかった、@ 御府内八十八ケ所等の複数の参詣コースに該当する場所に別紙アイコン目録記載2〜8のとおりのアイコンが付され、A 同目録記載1、9〜43の植物、鳥、時の鐘等のアイコンが、江戸図の広い領域にわたり、当該植物の名所等の所在地に、アイコンの数ないし大きさ及び配置に工夫がみられる態様で表示され、B 岡場所、現在まで存在している名物や名店、池波正太郎の「鬼平犯科帳」に登場する場所等の文字情報が記載されている。これらのアイコンは被告会社が外注したデザイナーが作成したものである。(甲85、乙72、73) (イ) 初版の江戸図と改訂版の江戸図 深川北付近の川の名称につき初版の「六間堀」を改訂版では「五間堀川」と訂正するなどの修正が加えられた(甲87)。 (ウ) 改訂版の江戸図と本件江戸図 仙台堀付近の河岸の名称を追加する、南伝馬町付近に越後屋、塩瀬本店等の名称を追加する、下高田村付近の道と水路の形状を変更する、高田馬場付近の道の形状を変更する、本所御蔵前付近の道の形状を変更する、池袋村付近の道の形状及び川の流路を変更する、深川付近の河岸の名称を追加し、道の位置を修正する、両国付近の町及び河岸の名称を追加し、「葛飾郡」の文字を削除し、道の形状を変更する、葛飾付近の地形や地勢を変更するなどの修正が加えられた。(甲25、88、89) エ 著作権の帰属に関する合意等 (ア) 原告と被告Xは、江戸東京重ね地図について本件第1契約を、江戸明治東京重ね地図について本件第2契約を締結した。各契約には、それぞれに用いられるプログラムマスターの著作権が原告に帰属する旨の定めがある。(甲2、4) (イ) 原告と被告会社の間では、平成13年6月頃に江戸東京重ね地図の制作販売に関する覚書が締結されたが、被告会社は江戸明治東京重ね地図の制作に関与していないので、本件江戸図の著作権に関する合意はされていない。(甲24) (3) 原告は、(a) Yないし原告の従業員が、@ 被告会社から受領した地図データに、隣接するグリッド間のずれ及び現代図とのずれを補正し、文字情報及びアイコンを選択して掲載するという作業を加えて江戸東京重ね地図の初版の江戸図を作成し、A 初版の江戸図に変更を加えて改訂版を作成し、B 改訂版の江戸図に変更を加えて本件江戸図を完成させたこと、(b) 原告が本件江戸図に何を掲載し、何を掲載しないかの最終的な決定権限を有していたことを根拠に、原告が本件江戸図の著作権を有すると主張するので、以下、検討する。 ア 原告の上記主張(a)のうち、アイコンに関する部分以外は、上記認定のとおり、Yらが行ったと認められる。これに対し、アイコンの掲載に関しては、原告はYらが行ったことを裏付ける証拠を何ら提出しないから、その主張は採用できない。 イ 上記主張(a)のうちアイコン以外の点については次のように解することができる。 (ア) まず、隣接するグリッド間のずれ及び現代図とのずれの補正は、より正確な地図を作成するための作業であり、その性質上直ちに創作性のある表現を付加する行為とは認め難い。また、補正の内容によっては表現上の創作性を認める余地があるとしても、地図のどの部分にどのような補正を加えたかなど、補正の具体的内容は明らかでない。したがって、これにより表現上の創作性を付加したと認めることはできない。 (イ) 次に、文字情報の選択及び掲載についてみるに、Yらが、初版の江戸図を作成するに際し、文字情報として掲載する施設を選択し、復元江戸図及び本件江戸下図に記載されていなかった岡場所、名物、名店、「鬼平犯科帳」に登場する場所等(前記(2)ウ(ア)B)を掲載したことは認められる。そうすると、これらを地図上に記載するに当たり、その配置や文字のフォント、サイズ、色等の選択に独自の個性が現れていれば、表現上の創作性を付加したものとして原告の著作権を認める余地がある。しかし、初版の江戸図のどこに誰がどのような表現方法で何を掲載したかは、本件の関係各証拠上、明らかではない。したがって、この点においてもYらが表現上の創作性を付加したと認めることはできない。 (ウ) さらに、改訂版及び本件江戸図の作成に際し、前記(2)ウ(イ)及び(ウ)のとおりの変更が加えられているが、これらの変更は、利用者の指摘や関係者の調査を踏まえてより正確な地図にするために元の地図の地形や地名等を訂正するもので(証人Y)、表現上の創作性を付加するものとは断じ難い。また、個々の表現態様(甲25、87〜89)をみても、他の地図には見られない個性が現れているとはうかがわれない。したがって、これらをもって表現上の創作性を付加したと認めることはできない。 ウ 以上によれば、上記初版、改訂版及び本件江戸図の制作に際し、Yらが新たに表現上の創作性を付加したとは認められない。そうすると、原告の前記主張(b)について、仮に原告がそのような決定権限を有していたとしても、表現上の創作性が付加されたことが認められない以上、この点を著作権取得の根拠とすることはできない。 (4) したがって、原告が本件江戸図の著作権を取得したと認めることはできないから、本件江戸図の著作権確認請求は理由がない。 2 争点(2) (本件明治図の著作権の帰属)について (1) 原告は、被告X及び人文社が作成した下図を基にYないし原告の従業員が創作的な表現を付加して本件明治図を制作したので、原告が著作権を有すると主張するのに対し、被告らは本件明治図は被告Xが作成した地図の複製物にすぎない旨主張する。 (2) そこで判断するに、前記前提事実に加え、証拠(個別に掲記したもののほか、甲82、乙86、証人Y、被告X。ただし、以下の認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 ア 江戸明治東京重ね地図の企画等 (ア) 原告は、江戸東京重ね地図の発行後、これに明治時代の地図を加えた三層の重ね地図の発行を企画した。このうち江戸図及び現代図は江戸東京重ね地図のものを利用したが(ただし、江戸図については前記1(2)のとおり一部修正された。)、明治図については明治時代に作成された地図等から下図を作成し、これに基づいてデジタル化し、江戸及び現代の地図を重ね合わせて表示できる地図を制作することとした。原告は、その制作費約5000万円を自己資金及び第三者からの出資金で賄った。(甲68) (イ) 原告は、本件明治図を制作するための下図の作成等を被告Xに依頼し、平成14年12月頃本件第2契約を締結した。本件第2契約には、@ 被告Xが、原告に対し、復元江戸図を使用して江戸明治東京重ね地図用のプログラムマスターを制作し、複製、頒布することなどを許諾する、A 江戸明治東京重ね地図用のプログラムマスターの著作権法上の権利は原告に帰属する旨の規定がある。原告は、被告Xに対し、被告Xが後記作業をすることの対価として560万円を支払った。(甲4、69) (ウ) 原告は、本件明治図に係る下図をデジタル化するなどの作業を人文社に依頼することとし、人文社との間で、原告が人文社に本件明治図制作の作業を依頼すること、人文社は原告に成果物に係る権利を移転することを合意した。(甲26) イ 下図の作成 (ア) 本件明治図は59面から成るところ、被告Xは、原告の依頼に基づいて、そのうち29面につき、大日本帝国陸地測量部が明治14年頃に作成した地図等を参考にして、明治時代の地形や建物を描いて彩色を施した色彩図及び白黒で大まかな境界線を描いて地名等の文字を記載した文字図を作成した。その一部は、別紙明治地図3−4及び同5−5中のX絵図及びX文字図のとおりである。(甲28、29、乙24〜26、38〜41) (イ) 残り30面の下図は、原告の依頼を受けた人文社が、明治時代に制作された上記地図を透明フィルムに焼き付けたものを切り貼りするなどして作成した。しかし、人文社が作成した30面のうち19面については、そのままでは使用することができなかったため、被告Xが改めて色彩図(以下、上記(ア)の色彩図と併せて「本件色彩図」という。)及び文字図(以下、上記(ア)の文字図と併せて「本件文字図」という。)を作成し、それを本件明治図の下図として利用した。(甲27、乙24、27〜37、46〜51)。 ウ 本件明治図の制作 (ア) 人文社は、本件色彩図及び人文社が作成した下図について画像編集ソフトを使用してベクタデータ化した。その際、Y、被告X及び人文社の関与の下で、文字フォント、地図記号の形状、区画の色分けを決定し、また、被告Xが一部の彩色、地名、地図の表情付け(地図に表示された建物等の形状を変更したり、色彩を追加したりする作業)その他の描画方法、地図記号等について指示した。人文社は、これらに従って、彩色、本件文字図に記載された地名等の文字情報及び地図記号の掲載等の作業を行った。 被告Xは、人文社が作成した上記地図データをプリントアウトした地図について、建物の形状や配置、道路の形状、地名及び字界の訂正、地図記号の記載等について細部にわたる指摘をし、人文社はこれに応じてコンピュータ上での修正作業を行い、更にプリントアウトした地図について、被告Xが指摘をするという工程を数回繰り返し、地図データを制作した。ただし、被告Xは人文社に対し以上のような指摘をするにとどまり、デジタル化された地図面上の記載を自ら修正、加筆等することはなかった。 (乙19、27〜37、52〜54、86) (イ) Yないし原告の従業員は、(ア)の地図データについて、次の作業を行った。(甲30〜34、52〜55、60、62、65〜67) a 59面の地図をつなげるため隣接するグリッド間のずれの補正を行い、また、現代及び江戸時代の地図との重ね合わせを可能にするためこれらの地図とのずれの補正を行った。 b Yらは、東京明覧、帝都郊外発展誌、すがも総攬等の資料から、地名、郵便局、出版社、新聞社、政治家・官僚・華族・文化人等の邸宅、飲食店、旅館・ホテル等の施設の情報を約1万7600件抽出し、その中から正確な場所が判明し、明治時代の地図に盛り込む意義があると考えられる約9800件を選択した。そして、このような情報を地図面上に青字で縦書きに記載し、また、邸宅名の右上により小さな文字で爵位を付記したり、施設名の右上に寄席、てんぷら等施設の種類を付記したりした。 c 街区の四隅等特定の場所に地番の記載を追加し、交差点の一部その他地図内の要所に標高の記載を追加した。 エ 本件明治図と本件色彩図の比較(別紙明治地図3−4及び5−5参照。同記載の「X絵図」が本件色彩図、「X文字図」が本件文字図、「APP明治図」が本件明治図に対応する。) 本件色彩図は、マイラー用紙に鉛筆書きで地形、建物、地図記号等を描き、緑、赤、青等のマーカーで彩色した地図であり、文字の記載はない。 本件明治図は、本件色彩図の彩色部分について全て異なる色調で彩色されているほか、本件色彩図で彩色されていない部分が彩色され(道が黄色に彩色されていることなど)、また、細かな描線による地形の表情付けの表現、地図記号の形状や位置が変更されている。さらに、本件明治図には、本件文字図に記載された地名、建物の名称のほか、上記ウ(イ)bにより付加された施設等の名称及び地番等の文字情報が記載されている。(甲57、58、65〜67) (3) 上記事実関係を前提に、原告が本件明治図の著作権を有するかを判断する。 ア Yらが行った作業のうち隣接するグリッド間等の補正(上記(2)ウ(イ)a)について創作的な表現を付加したと認められないことは、本件江戸図につき前述したところと同様である。一方、地名その他の情報及び地番等の記載(同b及びc)については、地図に掲載すべき情報を独自の基準で選択した上で、その配置、文字の色、大きさ等にそれなりの工夫をして地図面上に記載したものであり、著作権の発生根拠となる創作的な表現行為に当たるということができる。そして、Yらの行為については本件江戸図と同様に職務著作が成立すると認められるから、原告に著作権が発生すると解される。 イ 次に、人文社における作業についてみるに、その担当従業員らは下図を基に地名その他の文字情報、地図記号等を地図面上に記載し、彩色を施して本件明治図を完成させたというのである。そして、下図と本件明治図を比較すると、まず、被告Xが下図を作成した部分については、上記(2)エのとおり、本件明治図には本件色彩図とは色彩や地図記号の形、地形の表情付けにおいて異なる表現が用いられ、一見して全体から受ける印象が異なることからすれば、本件色彩図に表現上の創作性が付加されたものと認められる。また、人文社が下図を作成した部分についても、下図を作成し、これを本件明治図として完成させる過程で、上記と同様に表現上の創作性が付加されているとみることができる。そして、原告と人文社の間に人文社の権利を原告に移転する旨の合意があること(前記(2)ア(ウ)参照)に照らすと、人文社の担当従業員らによる成果については、原告に著作権が帰属すると解するのが相当である。 なお、人文社における作業に当たっては、被告Xが細部にわたり、繰り返し指示及び指摘を行い、これが地図面上の記載に反映されているということができるが、実際の表現行為(コンピュータへの入力作業)は人文社の側で行ったのであり、これが被告Xの手足として行われたにすぎないとは認められない。そうすると、被告Xの指示等があったことは著作権の帰属につき上記のように解することの妨げにならないというべきである。 ウ 以上に加え、前記認定のとおり、江戸明治東京重ね地図は原告が企画したものであり、その制作費用は原告の側が負担したこと、被告Xは、原告の依頼を受けて本件明治図の制作作業に関与し、対価を受領するとともに、江戸明治東京重ね地図に係る著作権法上の権利が原告に帰属する旨の本件第2契約を締結していることといった事情を考慮すれば、本件明治図についての著作権は原告に帰属すると判断するのが相当である。 エ これに対し、被告らは、@ 本件明治図のうち本件色彩図及び本件文字図に対応する部分はこれらの図面の複製にすぎない、A 文社が下図を作成した部分についても被告Xが著作者となる、B 本件明治図は被告Xが作成した下図の二次的著作物であるから、原告は原告が創作性を付加した部分についてのみ著作権を有すると主張する。 しかし、@について、本件明治図が本件色彩図に表現上の創作性を付加したものと認められることは上記のとおりである。また、本件文字図は具体的な地形すら記載されていないものであり(別紙明治地図3−4及び5−5参照)、本件明治図がその複製とはいえないことは明らかである。Aについて、上記イで説示した作業経過に照らし、被告Xを著作者と認めるに足りる証拠はない。Bについて、上記(2)エで説示したところに照らし、本件明治図につき、本件文字図はもとより、本件色彩図の表現上の本質的特徴を感得することができるとは認められない。したがって、被告らの主張はいずれも採用することができない。 (4) 以上によれば、原告が本件明治図の著作権を有すると認められるところ、被告らはこれを争い、しかも後記3(2)のとおりその侵害行為を行っているから、確認の利益が認められる。 したがって、原告の被告らに対する本件明治図の著作権確認請求は理由がある。 3 争点(3) (本件各地図の著作権侵害の有無等)について (1) 本件江戸図の複製ないし翻案について 前記1に判断したとおり、原告が本件江戸図の著作権を有しているとは認められないから、本件江戸図の著作権侵害の主張は前提を欠く。 なお、本件広告及び大江戸探見の地図と本件江戸図を比較すると、地名や地形、施設の場所等に複数の相違点があり(甲15、50、72、乙64、66、74〜78)、他方、被告会社は、本件江戸図の完成前に江戸東京重ね地図の制作過程で江戸時代の地図をベクタデータ化しており(前 記1(2)ア)、これを利用して本件広告及び大江戸探見のための地図を提供することが可能である。そうすると、本件広告及び大江戸探見に用いられた地図が本件江戸図に依拠していると認めることはできない。 したがって、本件江戸図の著作権侵害に基づく損害賠償請求及び差止め等の請求は理由がない。 (2) 本件明治図の複製について ア 前記前提事実並びに証拠(甲12、49、乙67、68)及び弁論の全趣旨によれば、被告らは、本件明治図を複製し、東京湾に当たる部分に他の地図を合成した上、著作権者として被告X及び被告会社の名前を表示して江戸博に設置したことが認められる。 したがって、被告らは共同して本件明治図を複製し、本件明治図に係る原告の複製権を侵害したものと認められるから、原告は被告らに対し、本件明治図の複製及び公衆送信(送信可能化を含む。)の差止め並びに本件明治図及びその複製物の廃棄を求めることができる。 これに対し、被告らは、差止めの必要性がない旨主張するが、被告らが現に本件明治図の複製行為を行ったことに加え、本件明治図についての原告の著作権の存在を争っていることに照らし、被告らの主張を採用することはできない。 イ 進んで、本件明治図の著作権侵害による原告の損害額について判断するに、証拠(甲9、11)及び弁論の全趣旨によれば、@ 原告が江戸博に地図を設置した際の本件委託契約には、使用期間を2年間とし、江戸・明治両地図データ加工料を100万円、江戸・明治両地図追加データ作成・加工料を14万2858円、床面地図設置施工料を266万6666円とすることが定められていること、A 本件委託契約の使用期間満了後に引き続き締結された明治図及び江戸図に関する覚書によれば、平成18年4月1日から1年間の明治図及び江戸図の地図情報の利用料が50万円(税別)と定められていることが認められる。 これによれば、上記@の地図データ作成・加工料には江戸図及び明治図を拡大するなどの作業の対価が含まれ、他方、Aの利用料は1年間に限っての複製物の利用に係る対価であると解されるから、本件明治図の複製権の行使につき受けるべき金銭の額(著作権法114条3項)は50万円を下らないと判断するのが相当である。 したがって、原告は、被告らに対し、本件明治図の複製権侵害の不法行為に基づく損害賠償として50万円及び遅延損害金の連帯支払を求めることができる。 4 争点(4) (原告に対する事業妨害の不法行為の成否)について (1) 原告は、被告らが虚偽の内容の通知書を送付したことにより本件使用許諾契約が期間満了により終了したため、本件使用許諾契約が継続されていれば原告が受領できたはずの金額相当の損害が発生したと主張する。 (2) そこで、まず、被告Xが送付した通知書の記載が虚偽であるかどうかについてみるに、被告Xがアルプス社等へ送付したという通知書自体は証拠として提出されていないが、被告Xが同時期に他に送付した文書その他の証拠(甲16〜19、81、100)及び弁論の全趣旨によれば、江戸明治東京重ね地図に収録された地図データにつき原告がこれを第三者に利用許諾する権限を一切有しない旨の記載があったものと推認することができる。ところが、被告Xは、本件第2契約により、原告に対して江戸明治東京重ね地図の複製・頒布を含む二次的加工製品の製作・販売を許諾しているのであるから(甲4)、少なくとも同契約が期間満了となる平成19年11月30日までは原告は被告Xから改めて承諾を得なくても上記地図データの使用を第三者に許諾することができたと認められる。そうすると、上記通知書は少なくともその限度で虚偽の記載を含んでおり、被告Xの送付行為は違法であると解する余地がある。 (3) 次に、上記通知書の送付により原告に損害が発生したと認められるかについて判断する。 ア 前記前提事実に加え、証拠(甲74、81、100)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 (ア) 原告、人文社及びアルプス社は、平成18年5月1日に締結した本件使用許諾契約において、@ アルプス社が人文社に対し、江戸明治東京重ね地図に収録された地図に係るデータ等の年間使用料として200万円を支払うこと、A 契約期間は平成19年5月31日までとすること、B 期間満了の3か月前までに人文社又はアルプス社から契約終了の意思表示がされない場合には更に1年間継続し、以後も同様であることを約定した。 (イ) 被告Xは、平成18年12月までの間に、ヤフー、人文社及びアルプス社に対し、上記の通知書を送付した。アルプス社の担当者は、同月22日、人文社の担当者に対し、被告Xから本件使用許諾契約による許諾に根拠がないことなどを記載した内容証明郵便が送付されたため、状況を知らせてほしい旨のメールを送信した。 (ウ) ヤフーは、平成19年1月1日から同年3月31日までの間、試験的に本件サービスを提供したが、同日をもって本件サービスの提供を停止した。 (エ) 本件使用許諾契約は、更新されることなく、同年5月31日をもって期間満了により終了した。 イ 上記事実関係によれば、ヤフーは上記通知書を受領した後に本件サービスの提供を開始して3か月間これを継続しており、通知書の送付が本件サービスの提供の妨げになったとは直ちに認め難い。また、本件使用許諾契約には1年間の期間の定めがあり、更新拒絶事由を制限する規定もないところ、ヤフーは試験的に本件サービスを提供したというのであるから、本件使用許諾契約が当然に更新されることを前提とする原告の損害主張は、前提を欠くというほかない。そうすると、被告Xによる通知書の送付と本件使用許諾契約の終了との間に因果関係があると認めることは困難であって、通知書の送付により原告主張の損害が発生したと認めることはできない。 (4) 以上によれば、事業妨害の不法行為についての原告の請求は理由がない。 5 争点(5)(弁護士費用の額)について 本件事案の内容、本件訴訟の経過によれば、本件における著作権侵害の不法行為と相当因果関係があるものとして被告らに負担させるべき弁護士費用の額としては、10万円をもって相当と認める。 第4 結論 以上によれば、原告の請求は本件明治図に係る著作権確認及び差止め等の請求と60万円の損害賠償請求の限度で理由があるので、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官 長谷川浩二 裁判官 清野正彦 裁判官 橋彩 (別紙)物件目録 1 「DVD−ROM BOOK fo WINDOWS 三層 江戸明治東京重ね地図」に収録されている江戸地図 2 「DVD−ROM BOOK for WINDOWS 三層 江戸明治東京重ね地図」に収録されている明治地図 |
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