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【事件名】問題集の使用許諾料未払い事件
【年月日】平成26年9月30日
 東京地裁 平成25年(ワ)第14689号 使用許諾料請求事件
 (口頭弁論の終結の日 平成26年8月28日)

判決
原告 株式会社学書
同訴訟代理人弁護士 平田米男
同 平田伸男
被告 ラインズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 芳永克彦
同 内田雅敏
同 内藤隆


主文
1 被告は、原告に対し、63万5250円及びこれに対する平成25年9月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを11分し、その10を原告の、その余を被告の各負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、698万7750円及びこれに対する平成25年6月8日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告に対し、原告と被告との間の問題集等の使用許諾契約に基づき、未払使用許諾料の支払を求める事案である。被告は、請求原因事実を全て認め、被告の原告に対する損害賠償債権を自働債権とする相殺の抗弁を主張して、原告の請求を争っている。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 請求原因に係る前提事実
ア 原告は、図書教材の編集、発行、販売等を目的とする株式会社である。
 被告(旧商号セコムラインズ株式会社)は、コンピュータを手段とする教育及びそれに関連する教育器材の開発、販売、保守などを目的とする株式会社である。
イ 原告と被告は、平成17年11月9日、以下の約定により、原告が所有する教材を被告の提供する学習支援コンテンツ配信サービス「eライブラリ」において使用させることを内容とする再使用許諾権付き使用許諾契約(以下「本件使用許諾契約」という。)を締結した。
@ 使用許諾料
 被告は、原告に対し、使用許諾料として、公立小中学校1施設あたり月額1600円(税別)を支払う。なお、私立学校、自治体施設に導入の際の使用許諾料は、原則として学校若しくは施設毎に月額1600円(税別)とし、必要に応じて導入先の規模を考慮し別途協議する。
A 支払期日及び支払方法
 原告は被告からの再許諾契約件数実績の報告に基づき、各四半期末日(3月末、6月末、9月末、12月末)から1か月以内に前3か月間の使用許諾料の総額につき請求書を発行して、これを被告に請求し、被告は請求に基づいて請求月の翌月末までに原告の指定する銀行口座へ請求金額を支払う。
ウ 平成23年7月分から平成24年12月分までの教材使用許諾料は、別紙1記載のとおり、合計652万3440円であるところ、被告は17万0940円しか支払わない。
エ 平成25年4月分から6月分までの教材使用許諾料は、別紙2記載のとおり、合計73万9620円であるところ、被告は10万4370円しか支払わない。
(2) 相殺の抗弁に係る前提事実
ア 原告と被告は、平成17年11月1日、原告が平成15年度以降の全国公立高等学校入試問題の問題及び解答を編集してWordに入力し、Word及びPDFデータとして納品する業務委託契約(以下「本件契約」という。)を締結した(甲6)。
 原告は、被告に対し、本件契約に基づいてデータ(以下「本件納品物」という。)を納品し、被告は、原告に対し、以下のとおり業務委託料合計1050万円(消費税込み)を支払った。
 平成15年度から平成17年度まで 315万円
 平成18年度 105万円
 平成19年度 105万円
 平成20年度 147万円
 平成21年度 147万円
 平成22年度 231万円
イ 被告は、平成23年10月20日ころ、株式会社アート工房(以下「アート工房」という。)から、被告の提供する「eライブラリ」においてアート工房の製品である「Manavi 高校入試問題工房」(以下「本件問題集」という。)の内容が使用されているのではないかとの指摘を受けて、原告に本件納品物の調査を指示したところ、原告は、「製作にあたっては現状、株式会社アート工房様に使用許諾を得ておらず、『Manavi』製品を無断での使用の状況であり、株式会社アート工房様の著作権を侵害する内容であるという事実も判明致しました。」、「株式会社アート工房様から貴社への損害賠償、違約金に関しては弊社と致しましては弾力的に応対思案致します。」などと回答し、本件納品物と本件問題集は一部の解説の相違点を除いてほぼ同一であることを示す比較データを送付した(乙3ないし6、8の1の1ないし8の6の3)。
ウ 被告は、平成15年度分及び平成17年度分から平成22年度分までの本件納品物を「eライブラリ」において利用することができなくなったと判断し、弁護士に依頼して、アート工房との間で、同期間における本件問題集の利用許諾に関する交渉を重ね、平成24年9月26日、電子出版契約を締結し、本件問題集の平成17年版から平成22年版までにつき、以下の使用料合計555万円(消費税込み582万7500円)を支払う条件で利用許諾を得た(乙9)。
 平成17年版 50万円
 平成18年版 65万円
 平成19年版 80万円
 平成20年版 90万円
 平成21年版 110万円
 平成22年版 160万円
エ 被告は、原告の行為についての法的検討、対応に加えて、アート工房との交渉や契約等につき、弁護士の助言を受けて処理し、弁護士に対し、52万5000円を支払った(乙10、11)。
オ 被告は、平成24年10月24日、原告に対し、平成16年分を除く本件納品物はアート工房の著作権を侵害したものであり、被告はアート工房に対して著作物の利用許諾の対価として582万7500円及び弁護士費用52万5000円の合計635万2500円を支払わざるを得なくなったとして、同額の債務不履行に基づく損害賠償債権を自働債権として原告の本件使用許諾契約に基づく同額の教材使用許諾料債権とその対当額において相殺するとの意思表示をした。
カ 被告は、平成25年7月17日、原告による本訴の提起が訴権を濫用した不法行為に該当し、訴額の10%に当たる63万5250円がこれと相当因果関係のある弁護士費用であるなどと主張して、同額の不法行為に基づく損害賠償債権を自働債権として原告の本件使用許諾契約に基づく同額の教材使用許諾料債権とその対当額において相殺するとの意思表示をした。
2 争点
 本件の争点は、被告が相殺の自働債権として主張する、(1)本件契約の債務不履行に基づく損害賠償債権の成否及び(2)本訴の提起に係る不法行為に基づく損害賠償債権の成否である。
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件契約の債務不履行に基づく損害賠償債権の成否)について
(被告の主張)
 本件契約において、解答には解説を付すことも含まれるところ、平成17年度分から平成22年度分までの本件納品物は、本件問題集のデッドコピーであることが明らかであり、原告の行為は、アート工房の編集著作権、イラストや解説の著作権を侵害し、不法行為に該当する。そうすると、本件納品物の納品は本件契約の債務の本旨に従った履行とはいえず、原告は債務不履行責任を負う。
 そして、被告がアート工房に対して原告同様の責任を負う可能性もないとはいえないのであって、被告は、本件契約の債務不履行により、アート工房との間で本件問題集の利用許諾契約を締結することを余儀なくされたのであり、被告がアート工房に支払った平成17年版から平成22年版までの6年分の582万7500円の利用許諾料は、新規発注の平成24年版の料金が252万4500円であることや原告が受け取った平成17年度分から平成22年度分までの本件契約の業務委託料が合計840万円であること等に照らして、全額が本件契約の債務不履行と相当因果関係のある損害である。また、被告は、原告に対する法的責任追及の検討作業、アート工房との解決交渉や契約について弁護士に依頼する必要があり、弁護士費用として52万5000円を支払わざるを得なかったから、これについても、全額が本件契約の債務不履行と相当因果関係のある損害である。
 したがって、被告は、原告に対し、本件契約の債務不履行に基づき、635万2500円の損害賠償債権を有する。
(原告の主張)
 本件契約において、解答に解説を付すことは含まれず、解説はサービスで付けただけである。本件契約の本質は仕事の完成を請け負う請負契約であって、全国公立高校入試問題をWordに入力した成果物を完成させて被告に納品すれば債務の本旨に従った履行となり、債務不履行にはならない。
 本件問題集は全国公立高校入試問題をデータにしたもので、その著作権は各都道府県の教育委員会(国語については物語等の作者)にあり、本件問題集の素材の選択や配列、イラストや解説にはいずれも創作性が認められないから、本件納品物がアート工房の著作権を侵害するとの被告の主張には理由がなく、被告がアート工房に対して支払った利用許諾料相当額は債務不履行に基づく損害には当たらない。また、アート工房との交渉や契約締結については弁護士を依頼する必要性があるとはいえないから、弁護士費用についても相当因果関係があるとは認められない。
(2) 争点(2)(本訴の提起に係る不法行為に基づく損害賠償債権の成否)について
(被告の主張)
 相殺の抗弁に理由があることは明らかであり、原告の主張は事実に反するのみならず背信的なものと言わざるを得ないから、原告による本訴の提起は、訴権を濫用した不法行為に該当する。そして、少なくとも訴額の10%に当たる63万5250円が不法行為と相当因果関係のある弁護士費用となるので、被告は、原告に対し、本訴の提起に係る不法行為に基づき、63万5250円の損害賠償債権を有する。
(原告の主張)
 被告は、請求原因事実を全て認めて、相殺の抗弁を主張しているところ、公立高校入試問題の著作権はアート工房になく、また、損害額は被告が一方的に主張しているものであって、債務不履行との相当因果関係等が明らかでないから、本訴の提起が著しく相当性を欠くとは認められず、不法行為に当たるとはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件契約の債務不履行に基づく損害賠償債権の成否)について
(1) 債務不履行の成否について
 証拠(甲6、乙47ないし52の3)によれば、本件契約は、解答に解説を付すことを含む内容の契約であると認められる。
 そして、証拠(乙26ないし35の各2、3、乙36の1ないし乙46の2)及び弁論の全趣旨によれば、本件納品物は、本件問題集と、レイアウト、活字の大きさ、文字の改行位置など全てが一致し、ごく一部の解説の有無等において相違するほか、大部分が本件問題集のデッドコピーであると認められる。そうすると、原告が全国公立高校入試問題の問題及び解答、解説を編集してデータ化したとはいえず、本件納品物は、債務の本旨に従った履行とはいえない。
 そうであるから、原告は、被告に対し、本件契約の債務不履行に基づく損害賠償義務を負う。
(2) 損害額について
ア 被告は、@被告がアート工房に対して支払った本件問題集の平成17年版から平成22年版までの利用許諾料合計582万7500円(税込み)、A同契約交渉等に係る弁護士費用52万5000円を損害として主張する。
イ そこで検討するに、@利用許諾料については、本件納品物は本件問題集のデッドコピーであり、アート工房から著作権侵害、不法行為等に基づく責任追及を受ければ、被告においてそのまま利用することができないこと、原告が受け取った本件契約に基づく平成17年度分から平成22年度分までの業務委託料は合計840万円であること、平成24年版の本件問題集の料金は252万4500円であること(乙9)に加えて、前記前提事実(2)の原告と被告との交渉経緯に照らせば、全額が本件契約の債務不履行と相当因果関係のある損害であると認められる。
 また、A弁護士費用についても、アート工房から著作権侵害、不法行為等に基づく責任追及を受ければ、被告においてこれに応対するために弁護士に依頼せざるを得なくなるものであり、原告は、少なくとも本件問題集のデッドコピーを納品する時点において、これを予見することができたと認められ、かつ、前記イ記載の各事情に照らすと、その金額は、アート工房との利用許諾契約締結のために必要かつ相当な金額であると認められるから、52万5000円全額が本件契約の債務不履行と相当因果関係のある損害であると認められる。
ウ 原告は、本件問題集の著作権はアート工房にはないから被告がアート工房に対して支払った金額は債務不履行に基づく損害でないなどと主張するが、少なくとも入試問題の写真等に基づきアート工房が作成したイラストや解説については著作物性が認められ、これらを含めて全体をデッドコピーした本件納品物について、被告がアート工房の利用許諾なしに商業的に提供し続けることは不可能であるから、被告がアート工房との間で本件問題集の利用許諾契約を締結して利用許諾料及び弁護士費用を支払ったことは、本件契約の債務不履行と相当因果関係のある損害であると認められる。原告の主張は、採用することができない。
(3) したがって、被告は、原告に対し、本件契約の債務不履行に基づく損害賠償債権635万2500円を有していたから、これを自働債権とする相殺により、同額の前記前提事実(1)ウの教材使用許諾料債権が消滅したものである。
2 争点(2)(本訴の提起に係る不法行為に基づく損害賠償債権の成否)について
(1) 訴えの提起は、提訴者が主張する権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて訴えを提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り、相手方に対する違法な行為となる(最高裁昭和63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)。
(2) 本件についてこれをみるに、前記1で認定したとおり、本件納品物は本件問題集のデッドコピーに当たるところ、証拠(甲7、乙4、6、12ないし13の2、乙15の1、2、乙17の1ないし18の2、乙20の1ないし21の2、乙23の1、2)によれば、原告は平成23年12月ころまでは本件納品物がアート工房の著作権を侵害し原告が損害賠償責任を負う旨自認していた事実及び被告が平成24年10月ころから平成25年7月ころまでにかけて繰り返し本訴請求債権と本件契約の債務不履行に基づく損害賠償債権との相殺の意思表示をし、訴えを提起することは不法行為となる旨警告していた事実が認められる。他方、本件訴えの請求原因事実については当事者間に争いがなく原告の請求自体には法律的根拠があると認められる。また、証拠(乙14、16、19)によれば、原告は、平成24年11月ころからは、一貫して、本件納品物は著作権侵害に当たらず、債務不履行はないなどと主張してきた事実が認められる。
 これらの認定事実に加えて、少なくとも本件契約の債務不履行に基づく損害賠償債権の損害額については、原告がこれを争うことに一応の合理性があると認められるから、本訴の提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとまではいえない。
(3) したがって、本訴の提起に係る不法行為に基づく損害賠償債権はないから、これを自働債権とする相殺をしても、63万5250円の前記前提事実(1)エの教材使用許諾料債権は消滅しない。
3 以上によると、原告の請求は、平成25年4月分から6月分までの本件使用許諾契約に基づく使用許諾料63万5250円及びこれに対する訴状送達の日の翌日の後であり、弁済期(証拠(甲8の1ないし9)により請求月の翌月末は平成25年8月末日であると認められる。)の翌日である平成25年9月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるが、その余は理由がない。
 よって、上記の限度で原告の請求を認容し、その余を棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 高野輝久
 裁判官 藤田壮
 裁判官 宇野遥子


別紙1及び別紙2は省略
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