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【事件名】TVテロップの“フォント”事件(2)
【年月日】平成26年9月26日
 大阪高裁 平成25年(ネ)第2494号 損害賠償等請求控訴事件
 (原審・大阪地裁平成22年(ワ)第12214号)
 (口頭弁論終結日 平成26年7月9日)

判決
控訴人(一審原告) 株式会社視覚デザイン研究所
同訴訟代理人弁護士 溝上哲也
同訴訟復代理人弁護士 河原秀樹
被控訴人(一審被告) 株式会社テレビ朝日ホールディングス(旧商号:株式会社テレビ朝日)
同訴訟代理人弁護士 伊藤真
同 平井佑希
被控訴人(一審被告) 株式会社IMAGICA
同訴訟代理人弁護士 鈴木純


主文
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 主位的控訴の趣旨
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人株式会社テレビ朝日ホールディングス(以下「被控訴人テレビ朝日」という。)は、控訴人に対し、804万4575円(ただし、729万3825円の限度で被控訴人株式会社IMAGICA[以下「被控訴人IMAGICA」という。]と連帯して)及びうち729万3825円に対する平成22年4月8日から、うち67万5675円に対する平成23年12月11日から、うち7万5075円に対する平成24年3月25日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払え。
(3) 被控訴人IMAGICAは、控訴人に対し、被控訴人テレビ朝日と連帯して、729万3825円及びこれに対する平成22年4月8日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払え。
(4) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
(5) 仮執行宣言
2 予備的控訴の趣旨
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人テレビ朝日は、控訴人に対し、731万3250円及びうち663万0750円に対する平成22年4月8日から、うち61万4250円に対する平成23年12月11日から、うち6万8250円に対する平成24年3月25日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人IMAGICAは、控訴人に対し、663万0750円及びこれに対する平成22年4月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
(5) 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 事案の要旨
(1) 本件は、フォントベンダーである控訴人が、テレビ放送等で使用することを目的としたディスプレイフォントを製作し、番組等に使用するには個別の番組ごとの使用許諾及び使用料の支払が必要である旨を示してこれを販売していたところ、控訴人が使用を許諾した事実がないのに、@被控訴人テレビ朝日において、(ア)前記フォントを画面上のテロップに使用した原判決別紙「番組目録」及び同「追加5番組目録」記載の番組を制作・放送し、(イ)同「配給目録」及び同「追加5番組配給目録」記載のとおり配給し、(ウ)同「番組目録」記載の番組を収録した同「DVD目録」記載のDVD及び同「追加5番組目録」記載の番組を収録した同「追加DVD目録」記載のDVDを販売し、A被控訴人IMAGICAにおいて、前記フォントを使用して原判決別紙「番組目録」記載の番組の編集を行ったと主張し、これら行為は、(a)主位的に、故意又は過失によりフォントという控訴人の財産権上の利益又はライセンスビジネス上の利益を侵害した共同不法行為を構成する、(b)予備的に、控訴人の損失において法律上の原因に基づかずにフォントの使用利益を取得したものであり不当利得を構成するとして、被控訴人らに対し、主位的には不法行為に基づき、予備的に不当利得の返還として、以下の使用料相当額の金員及び各行為後の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案である。
ア 被控訴人テレビ朝日関係
 不法行為に係る損害額は、以下の(ア)ないし(エ)の合計額804万4575円、不当利得に係る返還請求額は、以下の(ア)及び(ウ)の合計額731万3250円(いずれもイと重複する部分につき被控訴人IMAGICAとの連帯支払)。
(ア) 原判決別紙「番組目録」記載の番組(1033回分)及び同「DVD目録」記載のDVD(23作品)における上記フォントの使用料相当額:663万0750円
(イ) (ア)に係る弁護士費用相当額:66万3075円
(ウ) 原判決別紙「追加5番組目録」記載の番組(90回分)及び同「追加DVD目録」記載のDVD(4作品)における上記フォントの使用料相当額:68万2500円
(エ) (ウ)に係る弁護士費用相当額:6万8250円
イ 被控訴人IMAGICA関係
 不法行為に係る損害額は、上記(ア)及び(イ)の合計額729万3825円、不当利得に係る返還請求額は、上記(ア)の663万0750円(いずれも被控訴人テレビ朝日との連帯支払)。
(2) 原審は、控訴人が主張する不法行為及び不当利得のいずれの成立も認められないとして、控訴人の請求をいずれも棄却したことから、控訴人が控訴した。
 以下、略称は、本判決で特に示すものを除き、原判決のものによる。また、証拠の掲記については、枝番の全てを含むときはその記載を省略する。
2 前提となる事実
 以下のとおり原判決を補正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」欄の1記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決3頁17行目末尾に、「被控訴人テレビ朝日は、平成26年4月1日、商号を「株式会社テレビ朝日」から「株式会社テレビ朝日ホールディングス」に変更した。」を加える。
(2) 原判決5頁4行目の「5〜」を「甲B5〜7」と改め、13行目から16行目までを、次のとおり改める。
 「控訴人は、本件フォントソフトを販売するに当たり、その使用許諾契約(以下「本件使用許諾契約」という。)の条項として、本件フォントをテレビ放送等の著作権を有する作品で商用使用する場合には、本件使用許諾契約と別に、個別の使用許諾契約と使用料の支払が必要であることを定めた。」
3 争点
(1) 主位的請求(不法行為)関係
ア 被控訴人らによる本件フォントの使用と不法行為該当性 (争点1)
イ 損害の有無及び額 (争点2)
(2) 予備的請求(不当利得)関係
 不当利得の成否 (争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(被控訴人らによる本件フォントの使用と不法行為該当性)について
【控訴人の主張】
(1) 本件での「法律上保護される利益」について
ア 本件タイプフェイスは、可読性よりもデザイン性が重視されるディスプレイフォントとして、独創性及び創作性の価値があり、タイプフェイスが著作物とされる要件である「顕著な独創性及び優れた美的特性」を備えている。しかし、本件では、控訴人は、審理の長期化等を避けるために、あえて著作権法による保護を求めることはしない。
イ 本件フォントは、上記のとおり独創性及び創作性の価値があり、多大な費用、労力、時間を投資して創作・製作されたものであり、業界において高く評価されている。このように、テレビ番組等での使用を目的としたディスプレイフォントは、一揃いのタイプフェイスとして、さらには、一文字単位でも、財産的価値を有するものとして商取引の対象とされており、本件フォントも同様である。これらの点から、本件フォントは、一揃いのタイプフェイスとしてはもちろん、その文字数、データの形式(アウトライン形式か、データ形式か、その他の画像形式かなど)、表象される媒体の如何を問わず、知的財産(知的財産基本法2条1項)として法律上保護されるべき利益に係る「知的財産権」であり、本件では、この利益が侵害されている。仮に本件フォントや本件タイプフェイスに著作物性が認められないとしても、そのことから直ちに本件フォントが法律上保護される利益でないとはいえないし、本件の被控訴人らのように、本件フォントを放送番組やDVDに最初に化体した者の無断利用行為に対して法的な保護を与えたところで、著作権に匹敵するような法的保護となるものではない。
ウ ディスプレイフォントにおいては、フォントソフトを購入しさえすれば何の制限もなく自由に使用できるという売切りタイプの販売形態はほとんどなく、使用目的又は使用期間に制限が課され、その制限外での使用には別途使用許諾契約を締結し、所定の使用料を支払うとの形態が採られている。そして、控訴人も、本件フォントソフトを販売するに当たり、本件フォントをテレビ放送やDVDに使用するには別途使用許諾契約を締結し、使用料を支払う必要がある旨を、購入時の使用許諾契約書、外箱、説明書、インストール時に表示される使用許諾契約規定に明示しており、購入者との間で、これを内容とする本件使用許諾契約を締結している。このような控訴人のライセンスビジネス上の利益は、法的保護に値する利益であり、本件ではこの利益が侵害されている。
(2) 本件番組等への使用
 本件フォントは、原判決別紙「番組目録」及び同「追加5番組目録」並びに同「DVD目録」及び同「追加DVD目録」記載のとおり、本件番組等において、テロップとして使用された。その回数は、テロップ数で5684回、文字数で6万7505文字と多数に及んでいる。
(3) 被控訴人テレビ朝日の責任
ア 被控訴人テレビ朝日の使用行為の態様
(ア) 本件番組等に使用されたテロップは、被控訴人テレビ朝日の担当者、又は番組制作会社の担当者といった被控訴人テレビ朝日の監督下にある者が、社内のテロップ製作システムにおいて、本件フォントを使用して製作したものと考えられる。
(イ) そうでないとしても、後述のとおり、本件各番組1の編集が行われた被控訴人IMAGICAの赤坂ビデオセンター編集室(以下「本件編集室」という。)のパソコンには、本件フォントの一部がインストールされていたことからすると、被控訴人テレビ朝日の担当者らは、本件フォントを本件編集室で使用するために持ち込み、本件フォントを使用して、本件各番組1のテロップを製作ないし修正したものと考えられる。
(ウ) 被控訴人らは、テロップの製作を外部のテロップ製作業者に発注していたと主張するが、時間的に切迫した状況下で行われるバラエティ番組の制作、編集作業として非現実的かつ不自然というべきであり、否認する。また、一つの番組の中に異なる方法で製作したテロップが混在することもあるから、テロップ製作を外注することがあったとしても、被控訴人テレビ朝日自身による製作も相当回数あったと考えられる。
 また、仮に外注されていたとしても、テロップ製作の外注先は被控訴人テレビ朝日の支配下にある子会社、グループ会社又は被控訴人テレビ朝日の指揮監督下にある会社と解されるし、被控訴人テレビ朝日のディレクターは、テロップの文言、設置場所、フォントの種類、大きさを決定し、テロップ製作業者に指示して製作させているだけであるから、テロップ製作会社の役割は単に具体的な作業を行う下請けにすぎず、テロップ製作の主体はあくまで被控訴人テレビ朝日であると評価されるべきである。
 また、番組自体の制作を委託した場合であっても、被控訴人テレビ朝日が番組を共同で制作したものと評価されるべきであるから、被控訴人テレビ朝日自体が、本件フォントの使用行為を行ったと評価されるべきである。
イ 被控訴人テレビ朝日の故意
 控訴人は、本件フォントをテレビ放送やDVDの制作に使用する際には、別途使用許諾契約の締結及び使用料の支払が必要である旨を明示しており、被控訴人テレビ朝日に対しても、平成18年8月に社員のAがロゴGを購入した際、平成21年3月26日に控訴人代表者と被控訴人テレビ朝日のBが面談した際、同年10月26日に控訴人の取締役のCが被控訴人テレビ朝日のDにメールを送った際のほか、旧フォントを販売していた時代も含めて、再三その旨を指摘・通知した。このように、被控訴人テレビ朝日は、本件フォントをテレビ放映に使用するには商用使用料の支払が必要であることを認識しており、このようなライセンスビジネスは社会的に承認されたものであった。しかも、被控訴人テレビ朝日は、平成18年8月にAが、平成19年7月に社員のEが、それぞれ本件フォントのうちのロゴGを購入して、被控訴人テレビ朝日としてその使用許諾契約まで締結していた。
 にもかかわらず、被控訴人テレビ朝日は、その使用料を支払うことなく、前記ア(ア)及び(イ)の自己製作の場合には自ら本体フォントを使用してテロップを製作し、同(ウ)の外注の場合でもテロップ製作業者を指揮監督して本件番組のテロップ製作に本件フォントを使用させた。このように、被控訴人テレビ朝日が、商用使用料の支払が必要であることを認識していたか、支払わなくとも構わないと認識して本件フォントを使用した以上、少なくとも未必の故意の不法行為が成立する。
ウ 被控訴人テレビ朝日の過失
 仮に前記ア(ア)のように被控訴人テレビ朝日がテロップ製作を外注し、外注先が製作したテロップを受領して、これを映像素材に合成して使用したとされる場合であっても、被控訴人テレビ朝日には、外注先から受領したテロップについて、本件フォント使用の有無を確認した上で、控訴人の使用許諾があるかを確認すべき注意義務があったというべきであり、このような確認をするだけで、控訴人のライセンスビジネスを侵害することを容易に回避できた。
 確かに本件フォントは旧フォントを修正したものではあるが、被控訴人テレビ朝日はフォントを頻繁に使用する立場にあり、その専門家ともいえる能力を有していて、本件フォントと旧フォントを容易に区別することができた。また、世間には多数のフォントが流通してはいるが、被控訴人テレビ朝日は、テロップ製作業者に対してフォントを指定して発注しているのであるし、被控訴人テレビ朝日自身、本件フォントソフトの使用許諾契約を2本締結しているのであるから、上記の注意義務を尽くすことに困難はない。さらに、外注の場合に権利処理は外注先が行うこととされていても、控訴人のライセンスビジネスを認識している場合には、このような権利処理の内部分担約束だけで免責されると考えるべきではない。カラオケリース業者の注意義務を認めた最高裁判所平成13年3月2日判決も考慮されるべきである。
 したがって、被控訴人テレビ朝日は、前記のとおりの注意義務を負うところ、そのような確認をしないまま、漫然と本件フォントを使用した注意義務違反がある。
エ 被控訴人テレビ朝日の悪質性(違法性)
(ア) 被控訴人テレビ朝日は、控訴人の許諾を得ることなく、控訴人が再三にわたって無断使用をやめるよう通知していたにもかかわらず、対価を全く負担せずに、長期間、多頻度かつ多数回にわたり、本件フォントの使用を継続し、本件フォントの製作に費やした控訴人の投資、労力にただ乗りして営利活動を営んだものであり、社会的に相当な範囲を逸脱した不正行為というべきである。
 確かに本件フォントは、旧フォントを修正したものではあるが、両者は同一性の範囲にはなく、アップデートされた本件フォントに係る契約条件については、旧フォントとは別に要保護性が認められるべきである。また、本件フォントが使用許諾なくテレビ番組に使用されることが、当然想定される範囲とはいえない。さらに、被控訴人IMAGICAの本件編集室のパソコンにインストールされていた本件フォントソフトは、違法にコピーされたものであり、被控訴人テレビ朝日が外注したという株式会社P1(以下「P1社」という。)が使用したとされる本件フォントソフト及び旧フォントソフトも、違法にコピーされたものであり、被控訴人テレビ朝日は、少なくとも違法コピーの使用を容易に確認することができたのに、それを怠って商用使用料の支払を免れた。
(イ) 特に、本件各番組2の5番の「二人の食卓」及び本件各DVD2の2ないし4番については、本訴提起後に本件フォントが無断で使用されたものである上、「二人の食卓」に至っては、訴えの変更によって損害賠償請求の対象となった後にまで無断使用を継続しており、社会的相当性の逸脱の程度が殊に顕著である。被控訴人テレビ朝日が、その制作を外部の番組制作会社である株式会社ユーコム(以下「ユーコム」という。)に委託していたとしても、遅くとも平成22年8月の本訴提起後は、「二人の食卓」において本件フォントが使用されていることを認識し、又は認識すべき状況にあるから、ユーコムに対し、本件フォントにつき控訴人の使用許諾があるかを確認し、無断使用の場合にはその使用を中止させるべきであったといえる。
オ まとめ
 以上によれば、被控訴人テレビ朝日は、本件フォントの使用について、故意又は過失による不法行為責任を負うというべきである。
(4) 被控訴人IMAGICAの責任
ア 被控訴人IMAGICAの使用
(ア) 被控訴人IMAGICAが本件各番組1の編集を行った当時、被控訴人IMAGICAの本件編集室の全てのパソコン(二十数台)とサーバーには、本件フォントのロゴG、ロゴ丸Jr及びラインGのうち1種類又は数種類がインストールされていた。上記各フォントは、本件各番組1の制作スタッフが持ち込んだものを、被控訴人IMAGICAが了承して上記編集室内に置いていたと考えられる。
 そして、これらはいずれも違法にコピーされたものである。
(イ) 本件各番組1でテロップとして使用されていたロゴG、ロゴ丸Jr及びラインGは、被控訴人IMAGICAの本件編集室内の各フォントによるものと考えられ、具体的には、被控訴人IMAGICAの編集スタッフが、ディレクター等番組制作スタッフの指示に従い、本件編集室内で本件フォントを使用し、本件各番組1のテロップを製作したものと考えられる。現に、被控訴人IMAGICAは、控訴人からの無断使用通知に対する回答において、「ご指摘の番組について、弊社顧客の制作会社が弊社編集施設にて当該番組の編集を行った際に、一部で御社のフォントが使用されていたことが確認されました。」と回答している。
(ウ) 被控訴人IMAGICAの本件編集室に入室していない外部のテロップ製作業者がテロップを製作したとの被控訴人らの主張は、上記本件フォントのインストール状況及びバラエティ番組の制作の実情に照らし、不自然である。
イ 被控訴人IMAGICAの故意
(ア) 被控訴人IMAGICAは、被控訴人テレビ朝日が、本件各番組1を上記のとおり放送し、他局へ配給し、さらにそれらの番組を本件各DVD1として販売することを知りながら、被控訴人テレビ朝日から直接又は間接的に委託を受け、本件各番組1の制作・編集に当たり、控訴人に無断で、本件編集室にある本件フォントを使用して、テロップを製作したものである。
(イ) 被控訴人IMAGICAは、控訴人から本件フォントの無断使用の指摘を受けて、一部で控訴人のフォントが使用されていたことが確認された旨を回答しておきながら、控訴人が被控訴人テレビ朝日のライセンスの有無を尋ねる質問の回答を守秘義務を理由に拒んだり、本件編集室にインストールされていた状況を証拠化して明確に被控訴人IMAGICAの関与を否定することもしておらず、被控訴人テレビ朝日と歩調を合わせていることから、被控訴人IMAGICAには故意がある。
ウ 被控訴人IMAGICAの過失
 仮に被控訴人IMAGICAが本件フォントを使用してテロップを製作することをせず、テロップ製作業者が本件フォントを画像データ化して製作したテロップを番組に挿入するにとどまっていたとしても、極めて多種類のテロップを扱うことを業とする被控訴人IMAGICAは、本件フォントがデザイン性の高いディスプレイフォントであり、テレビ放送での使用に当たって別途使用許諾が必要である旨容易に認識し得たのであるから、本件フォントを使用したテロップを対価を得て用いる際には、創作者の許諾が得られているかを確認すべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、平成16年から約5年もの長期間、確認作業を何ら行わないまま、漫然と大規模かつ反復継続して本件フォントを使用した注意義務違反がある。
エ まとめ
 以上によれば、被控訴人IMAGICAは、本件各番組1での本件フォントの使用について、故意又は過失による不法行為責任を負うというべきであり、この範囲では、被控訴人テレビ朝日との共同不法行為が成立する。
【被控訴人テレビ朝日の主張】
(1) 本件フォントの使用について
 本件番組等における本件フォントの使用については不知。被控訴人テレビ朝日は、本件フォントと旧フォントとで字体の相違があることを知らなかった。控訴人は、本件番組における本件フォントの使用回数を主張するが、いかなる基準を用いて本件フォントと旧フォントを区別して積算したか不明である。
(2) 本件フォントの法益性について
ア 本件フォントは著作物と認められないところ、知的財産法は、情報保護制度として、どのような情報に保護を与えるか、保護を与える場合にはどのような利用行為に保護を与えるか、どのような場合に保護を制限するか、などについて立法判断をして制定されているのであるから、その知的財産という「情報保護」の規律対象としては完結しているのであり、その点について一般不法行為法による「補充」をすることはできない。
イ 本件フォントの法的利益性に関する控訴人の主張は、一文字あるいは数文字のデジタルフォントが不法行為法の保護対象となることを前提とするが、情報伝達という実用的機能を持つ文字がそのような保護を受けるとすれば、その使用に重大な制約が生じ、多大な混乱が生じる。すなわち、被控訴人テレビ朝日などの放送局において、発注先であるテロップ製作業者が使用するフォントの種類や当該フォントに係る使用許諾契約の有無、内容を確認することなど不可能であり、控訴人の主張するような注意義務を課されるとすれば、文字の商用使用が実際上不可能になるという、著しく不当な結果を招くことになる。
 また、タイプフェイス全体をデッドコピーした競合商品を販売する場合において、著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情があるとして、不法行為が成立する余地を否定するものではないが、そこで法的保護の対象として想定されているのは、数千文字に及ぶ文字を一組とするタイプフェイスであり、控訴人の主張は、このようなタイプフェイスに関する議論を、印刷又は出力された一文字あるいは数文字のフォント成果物の保護の議論に流用しており、到底認められない。また、上記の例と異なり、本件では、フォントソフトを正規に購入したテロップ製作会社から納入されたフォント成果物を放送に使用するにすぎない点で、取引における公正かつ自由な競争として許される範囲を甚だしく逸脱するものではない。
 控訴人が本件フォントの製作に一定の費用と労力を投入したことは認めるとしても、控訴人が主張するほど多大なものではない。また控訴人は、本件フォントが可読性よりもデザインが重視されるディスプレイフォントであることを強調するが、そのようなフォントは、控訴人に限らず、他社もかねてから製作している。そのため、他のフォントと比べ、本件フォントが特別の独創性、創作性を有するものではなく、不法行為法上の要保護性を別異に扱うべきではない。
(3) テロップ製作の実態等について
ア 被控訴人テレビ朝日は、本件番組の制作当時、テロップ製作については、自社がソフトウェアライセンス契約を締結しているフォントソフト収録のフォントを用いる場合を除き、全てテロップ製作業者へ委託しており、番組の制作スタッフが、番組編集室内でテロップ製作をすることはなかった。
 被控訴人テレビ朝日は、テロップ製作業者に対し、例えば「ゴナG」とフォントを指定することはあるが、旧フォントと本件フォントとで字体の相違があることを知らなかった。被控訴人テレビ朝日は、本件フォントソフトを用いたフォント成果物によるテロップの使用は控えていたが、旧フォントソフトを用いたフォント成果物によるテロップの製作依頼やその使用は、フォントソフトの使用許諾契約上も何らの問題もないが故に、これを認めていた。
 テロップ製作業者は、被控訴人テレビ朝日から受け取ったテロップ原稿(手書き又はワープロ原稿)に従い、フォントソフトから出力してテロップを製作し、画像データの形式で納品する。そのため、仮に本件番組のテロップに本件フォントが使用されていたとしても、被控訴人テレビ朝日が出力したものではない上、アウトラインデータの形式で納品を受けたことはなく、被控訴人テレビ朝日は本件フォントの使用主体ではない。
イ 被控訴人IMAGICAの本件編集室設置のパソコンに、控訴人製作の本件フォントが存在していたようであるが、多数の会社が使用する編集室であり、理由は不明である。なにびとかが本件編集室を使用した際に(その者がテレビ使用について控訴人の許諾を受けていた可能性も高い。)、テロップの画像データと共に、当該テロップに用いられたデジタルフォント一式が、パソコンにデータとして残った可能性が高いと考えられる。
 いずれにせよ、被控訴人テレビ朝日が、被控訴人IMAGICAの本件編集室のパソコンに本件フォントをインストールした事実も、それを使用してテロップを製作した事実もない。
(4) 不法行為該当性について
ア 控訴人は、本件フォントのテレビ放送等への使用について別途の使用許諾契約締結及び使用料の支払が必要である旨本件フォントソフトのパッケージなどに記載し、被控訴人テレビ朝日にも通知していたことを、不法行為成立の根拠として挙げる。
 しかし、控訴人の主張は、本件フォントソフト購入者との契約関係を、フォント成果物を使用するにすぎない被控訴人テレビ朝日のような第三者にまで及ぼそうとするものであり、債権法の解釈として誤っている。かかる主張は、控訴人の一方的な方針や告知によって、新たな知的財産権類似の権利(不法行為に対して保護すべき利益の対象)を創出できるというに等しく、認められる余地はない。
 また、平成18年8月と平成19年7月にAとEがそれぞれ本件フォントの「ロゴG」のフォントソフトを購入し、ユーザー登録カードを返送したことは争わないが、それらフォントソフトは使用されなかった。本件において問題とされるのは、本件フォントソフトの成果物を放送使用したことが不法行為に該当するかであり、Aらが購入した本件フォントソフトについて使用許諾契約が締結されたか否かは関係がない。
 なお、平成21年3月26日に控訴人代表者がBに対して本件フォントの無断使用を指摘したことはない。
イ 本件フォントは、テレビ放送等での使用に何ら制限をせずに販売されていた旧フォント7725文字のうち343字を、タイプフェイスの同一性を損なわない範囲でわずかな形状の改変を施したものにすぎず、その余の7382字は文字の大きさを拡大又は縮小したものがある程度で、形状自体には変更は加えられていない。
 被控訴人テレビ朝日において、テロップに使用されているフォントが、本件フォントソフトから出力されたものか、旧フォントソフトから出力されたものかを知る術はなく、実際に被控訴人テレビ朝日は、旧フォントソフトから出力されたものと考えていたのであるから、不法行為法上の故意又は過失もない。
ウ 「二人の食卓」の番組制作は、資本関係が一切ないユーコムに全て委託しており、権利処理業務及び契約業務、さらにデジタルフォントの決定等も全て同社が行っている。被控訴人テレビ朝日は、同社から納品された番組につき、放送法や自社の放送基準に照らし問題がないか確認するが、当該番組における権利処理業務はユーコムの責任で行うものであり、被控訴人テレビ朝日が個別に確認すべきものではない。そのため、「二人の食卓」に本件フォントが用いられていたとしても、これを放送する行為が不法行為を構成するものではないし、被控訴人テレビ朝日には故意又は過失もない。
エ 放送番組のDVD化においては、原則としてテレビ番組の放送映像をそのまま用いるのであり、本件DVD内のテロップも、テレビ番組のテロップがそのまま収録されているにすぎないのであるから、別途不法行為が成立することはない。
【被控訴人IMAGICAの主張】
(1) 本件フォントの使用について
 本件各番組1の一部において、本件フォントがテロップとして使用されていたことは認める。
(2) 本件フォントの法益性について
 本件フォントが、法律上保護すべき利益を有するとの主張は争う。
(3) テロップ製作の実態等について
 被控訴人IMAGICAの本件編集室のパソコンには、 Adobe 社の画像編集ソフトPhotoShop(以下「フォトショップ」という。)がインストールされており、文字を新たに打ち込み、テロップを編集することができる。また、平成21年11月20日ころの時点で、本件編集室のパソコンに、ロゴG、ロゴ丸Jr及びラインGの各フォントが保存されていたことは認める。
 しかし、本件各番組1を含め、被控訴人IMAGICAがテロップの製作を行うことはなく、テロップの製作は、番組制作会社又は同社から委託を受けた受託会社の指示の下、テロップ製作業者が行う。
 被控訴人IMAGICAの本件編集室には、同製作業者が製作したテロップが画像データの形式で納品され、同製作業者は、被控訴人IMAGICAの本件編集室には入室しない。被控訴人IMAGICAは、番組制作会社又は受託会社の指示の下、画像データ化されたテロップを放送用映像に合成し、文字の大きさ変更や着色、装飾、文字間の間隔調整等の作業を行うが、テロップ製作を行うわけではない。
 したがって、本件各番組1のテロップの一部に本件フォントが使用されているとしても、それはテロップ製作業者によるテロップ製作、画像データ化の過程で生じたものであり、被控訴人IMAGICAの行為によるものではない。
(4) 不法行為該当性について
ア 被控訴人IMAGICAは、平成21年11月末ころ、控訴人から「弊社フォントの使用について」と題する文書を受領するまで、控訴人が本件フォントソフトを販売していることさえ知らず、控訴人と被控訴人テレビ朝日との間で、過去にフォントの使用を巡る紛争が生じていることも知らなかった。
 被控訴人IMAGICAは、上記文書受領後、直ちに必要な調査を実施し、その過程で発見された本件編集室のパソコンに保存されていたロゴG、ロゴ丸Jr及びラインGのデジタルフォントを抹消した上、被控訴人テレビ朝日に対し、被控訴人IMAGICAが編集に携わるテレビ番組において、控訴人製作に係るデジタルフォントを使用しないよう申入れを行った(その後、被控訴人テレビ朝日制作のテレビ番組で本件フォントが使用されるという事態は止んだ。)。
 このような事実関係に照らせば、被控訴人IMAGICAが、本件フォントの使用を認識していたとはいえず、故意の不法行為が成立しないことは明らかである。
イ 過失による不法行為について、控訴人は、被控訴人IMAGICAに注意義務が課される根拠として、ディスプレイフォントをテレビ放送で使用するためには、別途使用許諾契約を締結しなければならないとの社会的規範が存在する旨主張するが、そのような使用許諾契約を要することなく使用が許されているフォントも多数存在しており、控訴人の主張には前提に誤りがある。
 しかも、被控訴人IMAGICAは、編集作業の過程で、テロップに使用されているフォントを視認する機会があるとはいえ、視認のみで誰によって製作されたいかなる種類のフォントかなど、テロップが画像データ化される以前の詳細な事情は知り得ない。本件フォントは、仔細に見れば、同業他社のデジタルフォントと異なることは認識し得るものの、一見しただけでの判別は著しく困難であるし、本件フォントそのものに、控訴人製作に係る旨の表示がされているわけでもない。そのため、被控訴人IMAGICAにおいて、本件フォントをテレビ放送に使用するのに別途の使用許諾が必要であることなどを知る由もなく、控訴人の主張するような注意義務違反がないことは明らかである。
 また、控訴人の主張は、被控訴人IMAGICAにおいて、番組制作会社に対し、使用許諾の有無や使用料支払の有無を確認すべき義務があるというに等しいが、そのようなことをしても、両者間の信頼関係が破壊されるだけで、控訴人の主張する法益(別途使用許諾契約を締結することにより、別途使用料を取得できる地位)を保護する上での実効性はほとんどなく、そのような義務を被控訴人IMAGICAが負うとは考えられない。
 したがって、被控訴人IMAGICAには、控訴人の主張するような確認義務違反はなく、過失による不法行為も成立しない。
2 争点2(損害の有無及び額)について
 原判決「事実及び理由」の「第3 争点に係る当事者の主張」欄の2記載のとおりであるから、これを引用する。
3 争点3(不当利得の成否)について
 原判決「事実及び理由」の「第3 争点に係る当事者の主張」欄の3記載のとおりであるから、これを引用する。
 ただし、原判決20頁7行目末尾に行を改めて、次の文を加える。
 「本件フォントは、知的財産基本法によって「知的財産権」とされ、そのライセンスビジネス上の利益と併せて不法行為によって保護される法律上の利益があるから、それをテロップに利用して利益を受けた被控訴人テレビ朝日には利得があるというべきである。また、被控訴人テレビ朝日は、「ロゴG」の使用許諾契約を2回にわたり締結しているから、その使用料を免れたことは利得に当たる。」
第4 当裁判所の判断
1 認定事実
 以下のとおり、原判決を補正するほかは、原判決「事実及び理由」の「第4 当裁判所の判断」欄の1(20頁26行目から31頁9行目まで)の記載のとおりであるから、これを引用する。
(1)  原判決21頁3行目の「115、」の後に「144、」を加える。
(2) 原判決22頁7行目から8行目にかけての「特例として、」を「特別に」と改める。
(3) 原判決23頁5行目から11行目までを、次のとおり改める。
 「(ウ) 本件フォントソフトに同梱された「フォントソフトウェア使用許諾契約書」では、@「本製品およびタイプフェイスデザインの著作権その他一切の権利は、株式会社視覚デザイン研究所および書体デザイナーに帰属しています。本製品は、使用権のみの販売となります。」、A「(使用権について)お客様が1製品につき1台のコンピュータ上で使用する場合に許諾されます。複数のコンピュータにインストールすることは許されません。」、B「(使用権の範囲)このフォントパッケージには、下記の使用権が含まれています。◇デザイン、広告、販促、印刷など紙媒体で使用する。◇ロゴタイプ…に使用する。…◇WEBページの文字表現として使用する。」、C「(使用権の範囲外)下記の商用使用には、個別の使用許諾契約と使用料の支払いが必要です。…◇テレビ放送、ゲームソフトウェア、情報サイン、その他著作権を有する作品で使用する。」等と記載されていた。
 また、同様の記載は、本件フォントソフトのプラスチックケース裏面や、控訴人のホームページ上での本件フォントソフトの購入画面でもされている。そして、本件フォントソフトのインストール時には、画面上に本件使用許諾契約の条項が表示され、その内容に同意した場合のみインストールを行うことができる仕組みとなっている。」
(4) 原判決24頁15行目の「124、」の後に「140〜143、152〜156、」、「甲D1〜11、」の後に「乙29及び30、」を加え、25頁18行目から21行目までを、次のとおり改める。
 「(エ) 被控訴人テレビ朝日では、控訴人から前記(イ)の通知を受けたことから、平成14年9月27日、社内関係部署宛に、「文字フォントの放送使用に関する注意」を配布した。そこでは、控訴人からフォントの放送使用に関して契約を求めてきており、一般フォントの著作権は最高裁判所の判例で否定されているが、契約をした場合は法律関係が生じ、対価を支払わないことは債務不履行となることから、今後は、放送使用について制限があるものや契約を求めてくるものは購入しないこととし、放送使用フリーのフォントを使用する等の対応が好ましいとされていた。
 また、被控訴人テレビ朝日では、平成19年9月6日、社内各局の番組制作担当者宛に「フォント使用に関する注意事項について」を配布した。そこでは、フォントベンダーとの間で使用料支払をめぐるトラブルが発生していることから、番組で使用するフォントは基本的に被控訴人テレビ朝日指定のものを使用し、番組単位で勝手にフォントソフトを購入しないこととする等とされていた。」
(5) 原判決26頁10行目から18行目までを、次のとおり改める。
 「(イ) 平成18年8月、被控訴人テレビ朝日から番組制作業務を受注していた株式会社メディア・バスターズの従業員であったAが、上記注意喚起を知らないまま、本件フォントソフトのうちのロゴGを控訴人から購入し、控訴人にユーザー登録カードを返送したが、同カードには、「会社名/部課名」として「株式会社テレビ朝日/制作部」と記載されていた。また、Aは、上記購入に際し、ロゴGを年3回くらい特番に使用したいとして、ロゴGを10台のコンピュータで商用使用するためのライセンスパックの入手方法を電話で控訴人担当者に尋ねた。そのため、同年9月27日、控訴人担当者がAに電話をして意向を確認したところ、Aは、テロップについてはP1社に発注しており、P1社が控訴人と契約しているので大丈夫である旨を回答したが、それに対して控訴人担当者は、P1社とは契約していない旨を伝えた。また、Aが購入した前記の本件フォントソフトは、被控訴人テレビ朝日内で前記の方針と反していたことから、番組で使用されることはなかった。」
(6) 原判決26頁19行目から21行目までを、次のとおり改める。
 「(ウ) 平成19年7月、被控訴人テレビ朝日の社員であるEは、本件フォントソフトを購入し、控訴人にユーザー登録カードを返送したが、同カードには、「会社名/部課名」として「テレビ朝日制作1部『独占!女だらけの60(120)分レディGo!』」と記載されていた。また、Eは、その頃、控訴人に対し、上記購入した本件フォントソフトを4本の番組において使用することの許諾申込みをしたが、被控訴人テレビ朝日内で前記の方針と反していたことから、その後、控訴人に対し、上記本件フォントソフトの購入とライセンスの請求を制作会社に変更するよう求め、控訴人はそれを了解した。そして、制作会社である株式会社創輝は、控訴人に対し、実際に使用した2番組分の使用料を支払った。」
(7) 原判決26頁22行目から27頁8行目までを、次のとおり改める。
 「(エ) 控訴人は、前期(1)ウのとおり、平成15年3月までは、被控訴人テレビ朝日に対し、控訴人のフォントをテレビ番組に使用している旨を指摘していたが、同年5月の本件フォントソフト販売開始後に、番組を特定して控訴人のフォントの無断使用を指摘したのは、平成21年10月26日のメールにおいてであった。」
(8) 原判決27頁19行目の「テロップの文言」の後に「(手書きやテキストファイルにより作成する。)」を加える。
(9) 原判決27頁10行目の「95、」の後に「146、147、」を加え、  「26、」の後に「41、42、」を加え、23行目の末尾に次の文を加える。
 「本件各番組1の3番について本件当時に被控訴人テレビ朝日が作成して使用していたテロップ発注用紙では、フォント指定欄の12の候補の中に、「ロゴ丸B」、「ロゴGB」、「ロゴGE」との記載があった。また、テロップ製作会社が作成していたテロップ発注用紙では、フォント指定欄に特段の候補の記載はなかった。」
(10) 原判決27頁26行目から28頁1行目にかけての「赤坂ビデオセンター編集室(以下「本件編集室」という。)」を「本件編集室」と改める。
(11) 原判決28頁7行目の「文字間隔の調整」を「文字の大きさや文字間隔の調整、文字の修飾」と改める。
(12) 原判決28頁9行目の「被告テレビ朝日に限らず、」から10行目の「利用され、」までを、「多数の放送事業者や番組制作会社によって利用されていたが、制作会社を含めて被控訴人テレビ朝日関連が主たる利用であった。」と改める。
(13) 原判決29頁7行目の「開示していない。」の後に、「また、被控訴人テレビ朝日は、P1社以外のテロップ外注先を開示していない。」を加える。
(14) 原判決29頁7行目末尾に行を改めて次の文を加える。
 「エ P1社による旧フォントの使用許諾の届出
 P1社は、平成14年8月、控訴人に対し、購入した旧フォントソフトについてユーザー登録カードを返送し、被控訴人テレビ朝日関係の4番組等について使用登録をした。」
(15) 原判決29頁11行目から17行目までを次のとおり改める。
 「(ア) 控訴人は、被控訴人テレビ朝日から本件各番組1の編集業務を受託していた被控訴人IMAGICAに対し、平成21年11月20日付け書面により、本件各番組1の3番組等で本件フォントが無断使用されていること、控訴人がフォントソフト購入者との間で締結している本件使用許諾契約では、テレビ放送やDVD等に控訴人のフォントを使用する場合には、予め控訴人に登録をし、個別の使用許諾契約と使用料の支払が必要とされていることなどを通知するとともに、被控訴人IMAGICAが上記番組の編集に使用しているデジタルフォントについて、購入履歴、番組の制作担当責任者名、控訴人のフォントを使用する事業所等について回答するよう通知した。」
(16) 原判決29頁21行目の「原告から」から22行目の「共に、」までを削除する。
(17) 原判決30頁3行目の「原告から」から5行目末尾までを、次のとおり改める。
 「「ご指摘の番組について、弊社顧客の制作会社が弊社編集施設にて当該番組の編集を行った際に、一部で御社のフォントが使用されていたことが確認されました。ただし、お問い合わせの内容につきましては、当該顧客との取引に係わる守秘義務がある都合上、弊社からはご回答しかねる次第です。また弊社への文字フォントの持込が画像データで行われるケースが多く、弊社側ではフォントの特定が難しいという状況もあります。」、「今回のご指摘を受けて、弊社としても改めて御社フォントの不適切な使用が行われないよう必要な措置を取ると同時に関係者への周知徹底を図り、また当該顧客へ今後の対応策について申し入れ・協議を行っていく所存です。」と回答した。」
2 事実認定の補足説明
(1) 本件番組における本件フォントの使用の有無及び程度(先に引用した原判決「事実及び理由」第4の1(イ)イ)
 原判決31頁12行目から26行目までの記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、同頁22行目から26行目までを次のとおり改める。
 「そのため、本件番組の全てにおいて、本件フォントが使用されたと断定することはできず、本件フォントが使用された番組を厳密に特定することも困難である。
 この点について、控訴人は、「な」と「ち」以外に「も」、「ら」、「そ」、「や」、「ん」、「こ」、「よ」についての本件フォントと旧フォントとの違いを明らかにした上で(甲B144)、被控訴人らにとって本件フォントと旧フォントを見分けることは容易であり、本件番組における本件フォントの使用回数は、テロップ数で5684回、文字数で6万7505文字になるとして、甲C14を提出する。しかし、旧タイプフェイスと本件タイプフェイスの相違は、控訴人自身が述べるとおり、タイプフェイスの同一性を損なわない範囲で僅かなデザインの改変やバージョンアップを施したものにすぎず(控訴人の原審での平成23年10月20日付第6準備書面2頁)、控訴人が明らかにする各文字の相違は、そのような差異を念頭に置いた上で、その識別を目的としてテロップを注意深く観察すれば、判別し得ないものでないとしても、そのような認識や注意なくテロップを見る場合に通常判別し得るものとは認められない。また、控訴人が提出する甲C14についても、それらの画面に本件フォントが使用されているとする根拠が明らかでなく、直ちに採用することはできない。
 もっとも、前掲の証拠及び本件フォントが平成15年5月から販売されていることを考慮すると、補正して引用した原判決1(4)イのとおり、本件番組のうち相当の回数にわたって、本件フォントが使用されたと推認することができる。」
(2) 被控訴人らによる本件フォントを使用したテロップ製作の態様(前記補正して引用した原判決「事実及び理由」第4の1(4)ア)
ア 前記引用した原判決「事実及び理由」第4の1(4)ウのとおり、被控訴人テレビ朝日は、1社の1番組の証拠にとどまるとはいえ、多額のテロップ製作費用を外部の業者に支払う状態が少なくとも4年弱にわたって継続している実態が認められることや、前期補正して引用した同1(5)ア(ウ)のとおり、被控訴人IMAGICAも、控訴人に対する回答において、文字フォントの持込みが画像データで行われることが多いとしていること、原審証人Eも平成14年以降は外部のテロップ製作業者への委託しかしていなかったと証言していること(19頁)からすると、前記引用した原判決「事実及び理由」第4の1(4)ア(ア)のとおり、被控訴人テレビ朝日では、テロップの製作について、P1社などのテロップ製作会社に委託することが多かったと認められる。
イ 控訴人は、被控訴人テレビ朝日は、その担当者又は番組制作会社の担当者といった被控訴人テレビ朝日の監督下にある者が、社内のテロップ製作システムにおいて、本件フォントを使用して製作したと主張する。
 確かに、控訴人が提出する証拠(甲B54ないし66、70ないし77、117ないし123)では、各番組のアシスタントディレクター等がテロップを製作するといった趣旨の記載がある。しかし、それらは、甲B54及び55を除き、本件番組に関するものではない。また、甲B54は、本件各番組1の3番の番組に関する記載であるが、そこでは単にテロップの字体等をアレンジする旨が記載されているにすぎない。他方、甲B55は、番組制作会社の従業員のブログであるが、そこでは、同人が平成19年4月から本件各番組2の1番の番組のアシスタントディレクターをしており、「フォトショップで色を加工したり切り抜いたり、テロップも全部ADが打っていて、フォントもいろいろ工夫して使うし、「!」と「!」のあいだの文字間やカタカナはちょっと文字サイズを大きくするだとか、細かい決まりもたくさんある。」との記載がある。しかし、先に補正して引用した原判決「事実及び理由」第4の1(4)ア(イ)(ウ)で認定した外注によるテロップの製作過程においても、番組の担当者は、テロップの文言を手書きやテキストファイルで作成するほか、テロップ製作業者から納付されたテロップの画像データを用いてテロップを加工している。したがって、上記のような甲B55の記載は、テロップ製作を外注する場合でも番組担当者が行っていることであり、同記載から控訴人主張のように認めることはできず、他に控訴人の上記主張を認めるに足りる証拠はない。
ウ また、控訴人は、被控訴人IMAGICAの本件編集室のパソコンに本件フォントの一部がインストールされていたことからすると、被控訴人テレビ朝日の担当者らは、本件フォントを被控訴人IMAGICAの本件編集室で使用するために持ち込み、本件フォントソフトを使用して、本件各番組1のテロップを製作ないし修正したと主張する。
 しかし、本件編集室は、被控訴人テレビ朝日に限らず、多数の放送事業者や番組制作会社が時間制で利用するものであることからすると、被控訴人テレビ朝日関係での利用が主たるものであったとはいえ、被控訴人テレビ朝日の担当者が本件フォントソフトをインストールしたものであると断定することも、本件番組のテロップが上記の本件フォントソフトを使用して製作ないし修正されたと断定することもできない。
 また、被控訴人テレビ朝日又は被控訴人IMAGICAの担当者が、恒常的に本件編集室で本件フォントソフトを使用してテロップを製作したと仮定した場合、本件編集室に被控訴人テレビ朝日用の専用室はなかったのであるから、あるパソコンにはあるフォントが保存されているが、別のパソコンには保存されていないという状態は不自然といわざるを得ないし、1社の1番組の証拠にとどまるとはいえ、被控訴人テレビ朝日が多額のテロップ製作費用を外部の業者に支払う状態が少なくとも4年弱の間継続していた実態が認められる以上、担当者が持ち込んだノートパソコンでテロップを製作する場合があったとしても、本件編集室内におけるテロップ製作が恒常的に行われていたとは認め難い。
 そうすると、本件編集室において、本件フォントソフトを使用して本件番組のテロップが作成ないし編集されていたとは認めるに足りないといわざるを得ないが、仮に本件編集室内のパソコンにインストールされた本件フォントソフトが、本件番組のフォントの製作や編集に使用されたことがあったとしても、臨時的ないし例外的なものにすぎなかったと考えられる。
 以上の点について控訴人は、被控訴人IMAGICAが、前記補正して引用した原判決「事実及び理由」第4の1(5)ア(ウ)のとおり、控訴人から本件番組のうちの3番組等を特定して本件フォントの無断使用を指摘されたのに対し、「ご指摘の番組について、弊社顧客の制作会社が弊社編集施設にて当該番組の編集を行った際に、一部で御社のフォントが使用されていたことが確認されました。」と回答した点を指摘しており、確かにこの回答文の記載は、それだけを見ると、本件編集室において本件フォントソフトを使用して番組編集が行われたという趣旨にも読める。しかし、被控訴人IMAGICAが、同時に、一種の弁解として、「弊社への文字フォントの持込が画像データで行われるケースが多く、弊社側ではフォントの特定が難しいという状況もあります。」とも記載していることや、被控訴人テレビ朝日に対して、自社が編集業務を行うテレビ番組では控訴人のフォントを使用しないよう申し入れたことからすると、被控訴人IMAGICAが確認したのは、番組制作会社が持ち込んだテロップ画像データ中に控訴人のフォントが用いられていたということであったとも考えられる。そうすると、被控訴人IMAGICAの上記回答書の記載をもって、本件編集室において、パソコンにインストールされた控訴人のフォントソフトを使用して編集作業を行ったと認めることはできない。
エ 本件でのテロップの作成態様について、控訴人はその他にも縷々主張するが、いずれも可能性を指摘するものにすぎず、前記判断を左右するものではない。
(3) 控訴人による被控訴人テレビ朝日に対する本件フォントの無断使用を告知した時期(前記補正して引用した原判決「事実及び理由」第4の1(3)イ(エ)控訴人は、補正して引用した原判決「事実及び理由」第4の1(3)イ(エ)で認定した平成21年10月26日より前の同年3月26日に、控訴人代表者が被控訴人テレビ朝日のBと面談した際、本件フォントの無断使用を口頭で指摘した旨主張する。
 しかし、控訴人取締役Cの陳述書(甲B142)によっても、その面談の主たる目的は、控訴人が新たに販売を開始したTVリースフォントの契約を要請するものであったと認められ、面談後にその様子をBが社内の関係者に送信したメール(乙37。控訴人は、改ざんの可能性を指摘してその信用性を否定するが、乙38ないし40及び弁論の全趣旨に照らして採用できない。)において、Bは同面談時に控訴人が本件フォントの無断使用を指摘した旨を述べていないことからすると、同面談時に控訴人代表者が本件フォントの無断使用を指摘したとは認めるに足りない。また、控訴人代表者が仮にそのような指摘をしていたとしても、Bの印象に残らない程度の簡単な指摘にとどまっていたと推認される。
(4) 控訴人と被控訴人テレビ朝日の間の本件フォントの使用許諾契約の成否(前記補正して引用した原判決「事実及び理由」第4の1(3)イ(イ)(ウ))
ア 平成18年8月に、Aが本件フォントソフトを購入し、控訴人にユーザー登録カードを返送したことは、先に補正して引用した原判決「事実及び理由」第4の1(3)イ(イ)のとおりである。
 しかし、Aは、番組制作会社の従業員であるから、上記の事実をもって、控訴人と被控訴人テレビ朝日との間に本件フォントに関する使用許諾契約が成立したと認めることはできない。この点について、控訴人は、Aが番組制作会社の従業員であることを否認するが、被控訴人テレビ朝日が番組制作会社の会社名まで明示していることから、前記のとおり認めるのが相当である。
 また、この点を措くとしても、Aが購入した本件フォントソフトに係る使用許諾契約の記載は、先に補正して引用した原判決「事実及び理由」第4の1(1)エ(ウ)のとおりであるところ、そこにおける「フォントソフトウェア使用許諾契約書」等の記載内容からすると、そこに定められた条項は、購入した本件フォントソフトの使用に係るものにすぎず、本件フォントないし本件タイプフェイスの一般的な使用に係るものとは認められない。したがって、Aの上記行為によって仮に被控訴人テレビ朝日と控訴人との間に使用許諾契約が成立したとしても、被控訴人テレビ朝日が、テロップ製作会社が製作したフォント成果物を番組テロップに使用しない義務を負うとは認められない。
イ 平成19年7月に、被控訴人テレビ朝日の社員のEが本件フォントソフトを購入して控訴人にユーザー登録カードを返送したこと、控訴人に本件フォントの使用許諾を申し込んだことは、先に補正して引用した原判決「事実及び理由」第4の1(3)イ(イ)(ウ)のとおりである。
 しかし、その後Eは、控訴人に対して、本件フォントの購入とライセンスの請求を番組制作会社に変更するよう求め、控訴人もそれを承諾したのであるから、この件について、控訴人と被控訴人テレビ朝日との間に本件フォントについて使用許諾契約が成立したとは認められない。また、仮に使用許諾契約が成立したとしても、被控訴人テレビ朝日が、テロップ製作会社が製作したフォント成果物を番組テロップに使用しない義務を負うとは認められないことは、先に述べたとおりである。
3 争点1(被控訴人らによる本件フォントの使用と不法行為該当性)について
(1) 控訴人が主張する本件フォント又はそのライセンスビジネス上の利益について
ア 現行法上、創作されたデザインの利用に関しては、著作権法、意匠法等の知的財産権関係の各法律が、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に排他的な使用権を設定し、その権利の保護を図っており、一定の場合には不正競争防止法によって保護されることもあるが、その反面として、その使用権の付与等が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのないようにするため、各法律は、それぞれの知的財産権の発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、その排他的な使用権等の及ぶ範囲、限界を明確にしている。
 上記各法律の趣旨、目的にかんがみると、ある創作されたデザインが、上記各法律の保護対象とならない場合には、当該デザインを独占的に利用する権利は法的保護の対象とならず、当該デザインの利用行為は、各法律が規律の対象とする創作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である(以上の点につき直接に判示するものではないが、最高裁判所平成13年(受)第866号号、同第867号平成16年2月13日第二小法廷判決・民集58巻2号311頁、同裁判所平成21年(受)第602号、同第603号平成23年12月8日第一小法廷判決・民集65巻9号275頁参照)。
イ 本件では、控訴人は、本件フォントの著作権侵害を理由とする請求をしないことを明らかにしているほか、意匠法や不正競争防止法による保護も一切主張していない。したがって、控訴人が主張する本件フォントという財産法上の利益とは、上記の知的財産権関係の各法律が規律の対象とする創作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益として主張される必要がある。
 ところで、本件で控訴人は、本件フォントは知的財産であり、法律上保護される利益(民法709条)であると主張している。ここで控訴人が主張する法的利益の内容・実体は必ずしも明らかでないが、不法行為に関する控訴人の主張からすると、他人が本件フォントを無断で使用すれば、本件フォントの法的利益を侵害するものとして直ちに違法行為となり、無断使用について故意又は過失があれば不法行為を構成するという趣旨であると解される。しかし、この主張は、本件フォントを他人が適法に使用できるか否かを控訴人が自由に決定し得るというに等しく、その意味で本件フォントを独占的に利用する利益を控訴人が有するというに等しいから、そのような利益は、たとえ本件フォントが多大な努力と費用の下に創作されたものであったとしても、上記の知的財産権関係の各法律が規律の対象とする創作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益とはいえず、前記のとおり法的保護の対象とはならないと解される。
 この点について、控訴人は、本件タイプフェイスないし本件フォントが知的財産基本法上の「知的財産」(同法2条1項)であり、控訴人は「知的財産権」(同2項)を有すると主張するが、同法上の「知的財産権」とは、「法令により定められた」権利又は法律上の利益であるところ、タイプフェイスに関しては、その法的保護のあり方について未だ議論がされている途上にあること(乙28)からすると、本件タイプフェイスないし本件フォントが仮に同法上の「知的財産」に当たるとしても、「知的財産権」に当たると解することはできない。
 また、控訴人は、被控訴人らは本件フォントを放送番組やDVDに最初に化体した者であり、このような者の無断利用行為に対して不法行為による法的な保護を与えたとしても、著作権に匹敵するような法的保護となるものではないと主張し、F教授の意見書(甲E8)においても同様の見解が述べられている。しかし、本件フォントは本来広告、ロゴタイプ、ウェブページ、テレビ番組等の商業的な利用を想定していること(前記補正して引用した原判決1(1)エ(ウ))からすると、この見解による場合であっても、通常想定する媒体での本件フォントの無断利用行為があれば直ちに不法行為としての違法性を有することになり、本件フォントを他人が適法に使用できるか否かを控訴人が自由に決定し得るというに等しいことに変わりはないから、そのような独占的利用の利益が、上記の知的財産権関係の各法律が規律の対象とする創作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益であるということはできず、法的保護の対象とすることはできない。また、上記の主張が、本件フォントを放送番組やDVDに最初に化体して使用する行為のみについて無許諾の利用行為を違法とするものであることから、著作権法が規律の対象とする利益とは異なる利益の保護を主張する趣旨であるとしても、ある創作物の利用行為をどこまで創作者の許諾に委ねるかは、まさに知的財産権関係の各法律が種々の観点から勘案して定めている事柄であるから、上記の点をもって、上記の知的財産権関係の各法律が規律の対象とする創作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益であるということはできない。
ウ 他方、控訴人は、そのライセンスビジネス上の利益も本件での法律上保護される利益(民法709条)として主張しており、この趣旨は、控訴人が本件フォントを販売・使用許諾することにより行う営業が被控訴人らによって妨害され、その営業上の利益が侵害されたという趣旨であると解される。そして、その趣旨であれば、上記の知的財産権関係の各法律が規律の対象とする創作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を主張するものであるということができる。
 もっとも、我が国では憲法上営業の自由が保障され、各人が自由競争原理の下で営業活動を行うことが保障されていることからすると、他人の営業上の行為によって自己の営業上の利益が侵害されたことをもって、直ちに不法行為上違法と評価するのは相当ではなく、他人の行為が、自由競争の範囲を逸脱し、営業の自由を濫用したものといえるような特段の事情が認められる場合に限り、違法性を有するとして不法行為の成立が認められると解するのが相当である。
(2) 被控訴人テレビ朝日の不法行為の成否について
ア 前記認定事実のとおり、現在の我が国では、多数のフォントベンダーの下で、多様なフォントが多様な条件の下で流通しているが、本件フォントのように、テレビ番組や広告等の商用使用を予定して製作されたフォントについては、内容は様々であるものの、使用許諾契約において商用使用に制限を課しているものが多く、対価を支払ってフォントを使用する企業も多い。このことからすると、フォントを開発して販売又は使用許諾をするという営業活動は、広く商社会において受け入れられており、その営業上の利益も、フォントが著作物等に該当しないといったことのみをもって要保護性を欠くなどということはできない。もっとも、多様なフォントベンダーから多様なフォントが多様な条件で販売されていることからすると、フォントの商用使用に個別に使用料の支払を要するという控訴人のような営業方針が、商慣習になっているとか社会的規範を形成するに至っているとまで認めることはできない。
イ 前記認定事実のとおり、被控訴人テレビ朝日は、初めて平成14年に控訴人から旧フォントの無断使用について許諾料を支払うよう求められて以降、控訴人らのフォントについては、著作権は成立しないとの立場を取りつつも、トラブルを避けるために自ら契約しないようにするという方針を採ってきている。
 そして、本件においても、被控訴人テレビ朝日は、本件番組のテロップ作成をP1社等のテロップ製作会社に委託し、その成果物の納付を受けて番組を編集したにとどまっており、自ら本件フォントソフトを使用してテロップを作成したとは認められない。
 また、番組制作会社のAが本件フォントソフトを購入した際も、前記方針の下に番組には使用せず、社員のEが本件フォントソフトを購入し、番組使用の使用許諾を申し込んだときも、前記方針の下に番組制作会社を契約者とし、その制作会社において使用許諾を得た上で番組に使用している。
 以上の点からすると、被控訴人テレビ朝日は、本件フォントに係る控訴人の営業活動と衝突する事態を回避するという方針を採ってきたということができる。
ウ 前記認定のとおり、被控訴人テレビ朝日の本件各番組1の番号3に係る外注先であるP1社は、商用使用に制限がない時期から旧フォントソフトを使用して被控訴人テレビ朝日の番組のテロップを製作しており、被控訴人テレビ朝日も、テロップ発注用紙において、単に旧フォントの名称でもある「ロゴ丸B」等とのみ記載して、使用するフォントを指定していた。そして、実際にP1社がテロップを製作した本件各番組1の番号3のテロップには、本件フォントと旧フォントとが混在して使用されているものが存するが、本件フォントは、旧フォントにタイプフェイスの同一性を損なわない範囲で僅かなデザインの改変やバージョンアップを施したものにすぎず、ロゴGの場合には、肉眼で確認可能な程度の形状の変更がされたのは旧フォントの7725文字のうちの343文字にとどまることからすると、被控訴人テレビ朝日の担当者にとっても、両者を判別することは極めて困難であったと認められる。そして、本件各番組1の他の番組中でも、本件フォントと旧フォントとが混在していることからすると、これらの事情は、他のテロップ製作業者においても同様であったと推認される。
 これらからすると、フォント成果物たるテロップの画像データの納付を受けた被控訴人テレビ朝日が、本件フォントと旧フォントとを識別した上で、P1社が製作したテロップ成果物の中に本件フォントが使用されていると認識していたと認めることは困難である。そうすると、被控訴人テレビ朝日が、テロップ中に本件フォントが使用されていることを認識していながら、あえてそのテロップを用いて番組を制作していたとはいえない。
エ もっとも、控訴人は、被控訴人テレビ朝日は控訴人から再三にわたり無断使用を指摘したにもかかわらず、番組での本件フォントの使用を続けたと主張する。
 しかし、控訴人が平成15年5月の本件フォントソフト販売開始後、平成21年10月26日まで、番組を特定して控訴人のフォントの無断使用を指摘したことがなかったことは、先に認定したとおりである。そして、仮に控訴人が主張するとおり、同年3月26日に控訴人代表者がBに対して番組における控訴人のフォントの無断使用の事実を告げていたとしても、Bの印象に残らない程度の簡単な指摘にとどまっていたと推認されるのであり、本件フォントを使用したとされる番組の特定がされたともうかがわれない以上、その程度の指摘に対して被控訴人テレビ朝日が直ちに内部調査等の対応を取らなかったとしても、被控訴人テレビ朝日が本件フォントの無断使用の事実を認識しながらあえて番組に本件フォントを使用し続けたと見ることはできない。
 かえって、被控訴人テレビ朝日は、控訴人から正式通知のあった上記平成21年10月26日の後、同様の同年11月20日の被控訴人IMAGICAへの通知を経て、同年12月3日放送分以降、番組で本件フォント及び旧フォントのいずれの使用もしないようになった(ユーコムに制作を委託していた本件各番組2の番号5の「二人の食卓」を除く。)のであるから、ここでも被控訴人テレビ朝日は、本件フォントに係る控訴人の営業活動と衝突する事態を回避するという行動を取ったということができる。
 また、上記「二人の食卓」については、その後の平成22年10月9日からテロップ中の本件フォントの使用が開始されたが、同番組はユーコムに制作を請け負わせており、被控訴人テレビ朝日は完成された番組の納品を受ける立場にあり、番組制作に伴う権利処理はユーコムにおいて行うこととされていたのであるから、被控訴人テレビ朝日としては、使用するフォント関係の権利処理もユーコムにおいてしかるべき処理がされていると考えていたものと認められる(原審証人E24頁)。したがって、「二人の食卓」についても、被控訴人テレビ朝日が、本件フォントの無断使用を知りながらあえて使用し続けたと認めることはできない。
 なお、控訴人は、本件フォントを発売する以前に、被控訴人テレビ朝日に対し、番組を特定して、旧フォントの無断使用を指摘したことがあるが、それ以前の旧フォントソフトでは、購入時の使用許諾契約中で商用使用の制限が定められていなかったのであり、その後に控訴人が商用使用を一方的に制限しても、購入者の法的地位を変更することはできないから、被控訴人テレビ朝日が番組のテロップで旧フォントを使用し続けたことをもって、不当な行為であるということはできない。
オ 以上からすると、被控訴人テレビ朝日は、控訴人がフォントを開発して販売・使用許諾する営業活動を行っていることを認識しており、そのフォントに著作権は存しないという立場を取っていたものの、自社では控訴人のフォントを使用しないようにして控訴人の営業との衝突を回避する方針をとり、実際にもそれに沿った行動を取ってきており、テロップの製作を外注した本件番組についても、製作されたテロップ中に本件フォントが使用されていると認識しながらあえてそのようなテロップを使用し続けたとも認められないことからすると、被控訴人テレビ朝日がテロップに本件フォントを使用した本件番組を制作、放送、配信し、DVDを製作、販売した行為が、自由競争の範囲を逸脱し、営業の自由を濫用したものであると認めることはできない。
 もっとも、本件番組の一部を収録した本件DVDの中には、平成22年4月以降に発売されたものも含まれており、被控訴人テレビ朝日は、それらの発売時点においては、収録した番組中に本件フォントが使用されており、控訴人がその無断使用に抗議していることを認識していたと認められる。しかし、それらの番組中で本件フォントを使用したことについて違法性が認められないことは前記のとおりであるところ、放送番組は、二次利用も想定して制作されるものであることも併せ考えれば、適法に制作できた番組を後にDVDに収録して販売したからといって、自由競争の範囲を逸脱し、営業の自由を濫用したということはできない。
 また、仮に被控訴人テレビ朝日の担当者が、本件編集室内で本件フォントを使用してテロップを作成ないし編集することがあったとしても、それが臨時的、例外的なものであったと考えられることは先に述べたとおりであり、そのような使用行為がされたからといって、自由競争の範囲を逸脱し、営業の自由を濫用したということはできない。
カ 以上に対し、控訴人は、種々の主張をするので、検討する。
(ア) まず、控訴人は、P1社等のテロップ製作会社が使用した本件フォントソフト及び旧フォントソフトは、控訴人が販売した製品を違法にコピーしたものであり、このような違法コピーソフトを用いて製作されたテロップを使用したことが、被控訴人テレビ朝日の行為の違法性を基礎付けると主張する。
 しかし、仮にP1社等が使用した本件フォントソフト及び旧フォントソフトが、控訴人が販売した製品を無断でコピーしたものであったとしても、被控訴人テレビ朝日は、専門のテロップ製作会社に対してテロップ製作を発注しているのであるから、フォント使用に伴う権利処理についても、テロップ製作会社において適切に行われていると信頼していたと認められ(原審証人E7頁)、被控訴人テレビ朝日が、P1社等が無断でコピーしたフォントソフトを使用していることを知っていたという事情もうかがわれない。そして、このことは、前記のとおりユーコムに製作を委託していた「二人の食卓」についても同様である。したがって、控訴人主張の点をもって、被控訴人テレビ朝日の行為が自由競争の範囲を逸脱し、営業の自由を濫用したものであるということはできない。
 この点について、控訴人は、被控訴人テレビ朝日は、テロップ製作会社や番組制作会社を指揮監督し支配従属させていたのであるから、テロップ製作の主体は被控訴人テレビ朝日であると評価されるべきであると主張し、また、外注の場合に権利処理を外注先が行うこととされていても、控訴人のライセンスビジネスを認識している場合には、このような権利処理の内部分担約束だけで免責されると考えるべきではないと主張する。しかし、被控訴人テレビ朝日の行為が自由競争の範囲を逸脱し、営業の自由を濫用したものであるか否かを評価するに当たっては、同被控訴人自身の行為や認識を基礎にすべきものであり、その観点から、被控訴人テレビ朝日がどのような認識の下にどのような指示をしたかを問題とすべきである。そして、このような観点から被控訴人テレビ朝日のテロップ製作業者等に対する指示と認識を見ても、同被控訴人の行為が自由競争の範囲を逸脱し、営業の自由を濫用したものであるということができないことは、これまでに述べてきたとおりである。
(イ) 控訴人は、被控訴人テレビ朝日には、外注先から受領したテロップについて、本件フォント使用の有無を確認した上で、控訴人の使用許諾があるか否かを確認すべき注意義務があり、被控訴人テレビ朝日がこのような注意義務を尽くすことに困難はなかったと主張する。
 しかし、被控訴人テレビ朝日が、フォント使用に伴う権利処理について、テロップ製作会社や番組制作会社において適切に行われていると信頼していたと認められること、テロップ製作会社が製作したテロップや番組制作会社が制作した番組中に本件フォントが使用されていると認識しながらあえてそのようなテロップを使用し続けたと認められないことは、先に述べたとおりである。そして、テロップ製作会社や番組制作会社において、本件フォントを控訴人の許諾なく使用していると疑わせる事情があったとも認められない。したがって、そのような状況の下で、被控訴人テレビ朝日が、テロップ製作会社や番組制作会社に対し、本件フォントの使用の有無や控訴人の使用許諾の有無の確認をしなかったからといって、自由競争の範囲を逸脱し、営業の自由を濫用したものということはできない。
 この点について、控訴人は、最高裁判所平成12年(受)第222号平成13年3月2日第二小法廷判決(民集55巻2号185頁)を指摘する。しかし、同判決は、専ら音楽著作物を上映し又は演奏して公衆に直接見せ又は聞かせるために使用されるカラオケ装置につきリース業者がリース契約を締結して引き渡す場合の注意義務について判示したものであり、いわば著作物の利用行為に不可欠で、かつ著作権侵害を生じさせる蓋然性の高い装置を供給する者の注意義務を認めたというものであって、単に従来から使用されていた旧フォントと同じ名称でフォントを指定して専門のテロップ製作業者にテロップ製作を発注し、又は番組制作会社に番組の制作を発注した本件とは、事案を異にするというべきである。
キ 以上より、被控訴人テレビ朝日の行為について不法行為は成立しない。
(2) 被控訴人IMAGICAの不法行為の成否について
 被控訴人IMAGICAについては、本件各番組1のテロップの編集を行った行為についての不法行為の成否が問題となるが、前記のとおり、被控訴人IMAGICAは、被控訴人テレビ朝日がテロップ作成業者に発注して納付を受けたテロップの画像データに基づいて、本件編集室で編集機器を操作して、映像素材にテロップを挿入したにとどまり、また、本件DVDの製作については全く関与していない(本件編集室のパソコンに本件フォントソフトがインストールされていたからといって、本件番組を編集する際に定型的、継続的業務として本件フォントソフトを使用してテロップを作成したと認められないことは、先に述べたとおりであり、仮に本件フォントソフトを用いたテロップの作成や修正が行われることがあったとしても、臨時的、例外的なものにとどまっていたと考えられる。)。
 そして、被控訴人IMAGICAが、持ち込まれたテロップ画像データ中で使用されたフォントが、本件フォントであり、控訴人の許諾を得ずに使用されたと認識していたとは認められず、そのことを疑うべき特段の事情があったとも認められないこと、被控訴人IMAGICAは、平成21年11月20日に控訴人から本件フォントの無断使用の指摘を受けると、社内調査を実施し、インストールされていた本件フォントソフトを削除するとともに、被控訴人テレビ朝日に対しても自社が編集業務を行うテレビ番組では控訴人のフォントを使用しないよう申し入れ、その後、本件各番組1で本件フォント又は旧フォントが使用されることがなくなったことからすると、被控訴人IMAGICAの上記行為が、自由競争の範囲を逸脱し、営業の自由を濫用したものということはできない。
 したがって、被控訴人IMAGICAの行為について不法行為は成立しない。
4 争点3(不当利得の成否)について
 控訴人は、被控訴人らが、控訴人に無断で、本件フォントを本件番組の制作・放送・配給及び本件DVDの製作・販売等に使用したことが、控訴人に対する不当利得を構成すると主張する。
 しかし、このように本件フォントを無断使用したことが直ちに不当利得を構成するとした場合には、本件フォントを他人が適法に使用できるか否かを控訴人が自由に決定し得るというに等しく、その意味で本件フォントを独占的に利用する利益を控訴人が有するというに等しいことは、先に不法行為について述べたところと同様である。そして、そのような利益は法的保護の対象とはならないことからすると、被控訴人らが本件フォントを本件番組に使用したからといって、直ちにその使用行為が法律上の原因を欠き、被控訴人らが利得を得、控訴人が損失を受けたということはできない。
 また、控訴人は、控訴人と被控訴人テレビ朝日との間に本件フォントに関する使用許諾契約が成立しているとして、使用料を支払わないことが不当利得を構成すると主張するが、両者間に使用許諾契約が成立したと認められないことは先に2(4)で述べたとおりであるから、控訴人の主張は理由がない。
 したがって、控訴人が主張する不当利得の成立も認められない。
5 まとめ
 以上によれば、控訴人の本件請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第8民事部
 裁判長裁判官 小松一雄
 裁判官 本多久美子
 裁判官 松宏之
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