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【事件名】パチンコ・スロット用プログラムの著作権侵害事件(2) 【年月日】平成26年8月6日 知財高裁 平成26年(ネ)第10028号 損害賠償等請求控訴事件 (原審・東京地裁平成22年(ワ)第42457号) (口頭弁論終結日 平成26年7月2日) 判決 控訴人 大一電機産業株式会社 訴訟代理人弁護士 三木浩太郎 同 早川尚志 被控訴人 株式会社エレクス(以下「被控訴人会社」という。) 被控訴人 Y1(以下「被控訴人Y1」という。) 被控訴人 Y2(以下「被控訴人Y2」という。 被控訴人 Y3(以下「被控訴人Y3」という。) 上記4名訴訟代理人弁護士 小原望 同 古川智祥 同 飯塚一雄 同 岡井加女代 同 増田哲也 同 松井紗保 主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決中、金銭請求に係る控訴人敗訴部分を取り消す。 2 被控訴人Y1は、控訴人に対し、2億円及びこれに対する平成23年1月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被控訴人会社は、控訴人に対し、被控訴人Y1と連帯して、1億円及びこれに対する平成23年1月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 被控訴人Y2は、控訴人に対し、被控訴人Y1及び被控訴人会社と連帯して、5000万円及びこれに対する平成23年1月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 5 被控訴人Y3は、控訴人に対し、被控訴人Y1及び被控訴人会社と連帯して、5000万円及びこれに対する平成23年1月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は、控訴人が、被控訴人会社並びに控訴人の従業員であった被控訴人Y1、被控訴人Y2及び被控訴人Y3(以下、当該3名を併せて「被控訴人元従業員ら」という。)に対し、控訴人は、パチンコ・スロット用の呼出ランプ「デー太郎ランプシリーズ」(以下「原告製品」という場合がある。)を開発・製造するための技術情報として、「デー太郎ランプX(エックス)」を機能させるために作成されたソースプログラム(以下「原告ソースプログラム」という。)、「デー太郎ランプMZ(メガゼータ)」の電気設計図面(パチンコ用及びスロット用入出力装置電気回路図、代表灯中継器回路図を含む。以下「原告図面」という。)及び電子部品データベース(以下「原告データベース」という。また、原告ソースプログラム、原告図面及び原告データベースを併せて「原告技術情報」という。)を有しており、原告技術情報が営業秘密に当たるとした上で、被控訴人会社は、被控訴人Y1が指示し、被控訴人Y2が原告ソースプログラムを、被控訴人Y3が原告図面及び原告データベースをそれぞれ控訴人の承諾なく持ち出したことを知って、原告技術情報を取得したものであって、被控訴人会社の製造・販売に係る原判決別紙製品目録記載1(1)及び(2)の対象製品(以下、併せて「被告製品」といい、個別に特定する場合には「イ号製品」、「ロ号製品」という。)は、原告ソースプログラムの一部を改変して作成した原判決別紙製品目録記載2(1)及び(2)の対象プログラム(以下、併せて「被告プログラム」といい、そのソースプログラム及びオブジェクトプログラムを「被告ソースプログラム」「被告オブジェクトプログラム」という。また、個別に特定する場合には「イ号プログラム」、「ロ号プログラム」という。)をインストールし、原告図面及び原告データベースを使用して開発されたものであるから、被控訴人会社は、控訴人の営業秘密を不正取得行為が介在したことを知って取得・使用するとともに、原告ソースプログラムの著作権(複製権・翻案権)を侵害し、また、被控訴人Y1は、雇用契約上の信義誠実義務に違反して控訴人従業員の引抜行為を行ったなどと主張して、@被控訴人会社に対し、(ア)不正競争防止法3条1項に基づく差止請求として、被告製品の製造、販売又は販売の申出の禁止(請求の趣旨1項)、(イ)同法3条2項に基づく廃棄請求として、被告製品の廃棄(請求の趣旨2項)、A被控訴人会社に対し、(ア)著作権法112条1項に基づく差止請求として、被告プログラムの複製の禁止(請求の趣旨3項)、(イ)同法112条2項に基づく廃棄請求として、被告プログラムを記憶させた記憶媒体の廃棄(請求の趣旨4項)、B被控訴人会社、被控訴人Y1及び被控訴人Y2に対し、不正競争防止法4条(同法5条2項による推定)又は不法行為(著作権法114条2項による推定)、更に被控訴人Y2につき債務不履行に基づき、原告ソースプログラムに係る損害賠償請求として、4億9000万円の一部である5000万円(附帯請求として訴状送達の日の翌日である被控訴人会社につき平成23年1月28日、被控訴人Y1及び被控訴人Y2につき同月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の連帯支払(請求の趣旨5項)、C被控訴人会社、被控訴人Y1及び被控訴人Y3に対し、不正競争防止法4条(同法5条2項による推定)、更に被控訴人Y3につき債務不履行に基づき、原告図面及び原告データベースに係る損害賠償請求として、4億9000万円の一部である5000万円(附帯請求として訴状送達の日の翌日である被控訴人会社につき平成23年1月28日、被控訴人Y1及び被控訴人Y3につき同月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の連帯支払(請求の趣旨6項)、D被控訴人Y1に対し、雇用契約上の信義誠実義務違反又は不法行為に基づく損害賠償請求として、4億円の一部である1億円(附帯請求として訴状送達の日の翌日である平成23年1月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の支払(請求の趣旨7項)を求める事案である。 原判決は、被控訴人らの不正競争行為は認められず、被控訴人Y2及び被控訴人Y3が労働契約上の守秘義務に違反したとはいえず同被控訴人らの債務不履行も認められないから、不正競争防止法3条に基づく差止・廃棄請求、原告ソースプログラムに係る損害賠償請求のうち不正競争防止法4条及び被控訴人Y2につき債務不履行に基づくもの、並びに原告図面及び原告データベースに係る損害賠償請求は、いずれも理由がない旨、原告ソースプログラムに係る著作権侵害は認められないから、著作権法112条に基づく差止・廃棄請求及び原告ソースプログラムに係る損害賠償請求のうち不法行為に基づくものは、いずれも理由がない旨、被控訴人Y1の控訴人従業員に対する勧誘行為があったとしても、当該行為が違法であるとは認められず、雇用契約上の信義誠実義務違反又は不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない旨を判示して、控訴人の請求をいずれも棄却したため、控訴人が、これを不服として、控訴の趣旨2ないし5項(請求の趣旨5ないし7項に相当する。)記載の金員の支払を求める限度で控訴したものである。 2 前提となる事実(証拠等を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。) (1) 当事者 ア 控訴人 控訴人は、昭和46年に創業し、昭和56年に設立された株式会社であり、遊技場向け電子制御機器の製造、販売等を行っている。 イ 被控訴人会社 被控訴人会社は、平成21年2月5日に設立された株式会社であり、遊技場向け電子制御機器としてパチンコ・スロット用の呼出ランプ等の製造、販売等を行っている。 ウ 被控訴人元従業員ら 被控訴人Y1は、平成7年4月1日から平成20年7月20日まで、控訴人の従業員として勤務した後(最後の役職は営業部長)、被控訴人会社を設立し、被控訴人会社の代表取締役に就任している。 被控訴人Y2は、平成15年12月21日から平成20年9月20日まで、控訴人の従業員として勤務し、退職時当時は、開発部プログラム設計担当であった。被控訴人Y2は、控訴人に就職するに際して、「従業員として入社のうえは、次の事項を誓約し、厳守することを確認する。…(中略)…ニ.業務上の機密は、在職中はもとより退職後といえども一切漏洩しないこと。」との誓約事項が記載された平成15年12月21日付け労働契約書(甲3の2)に署名・捺印の上、控訴人に交付した。被控訴人Y2は、控訴人を退職した後、現在は、被控訴人会社の名古屋営業所において業務を行っている。 被控訴人Y3は、平成15年8月1日から平成20年9月20日まで、控訴人の従業員として勤務し、退職時当時は、開発部回路設計担当であった。被控訴人Y3は、控訴人に就職するに際して、「従業員として入社のうえは、次の事項を誓約し、厳守することを確認する。…(中略)…ニ.業務上の機密は、在職中はもとより退職後といえども一切漏洩しないこと。」との誓約事項が記載された平成15年8月1日付け労働契約書(甲3の3)に署名・捺印の上、控訴人に交付した。被控訴人Y3は、控訴人を退職した後、現在は、被控訴人会社の名古屋営業所において業務を行っている。 (2) 控訴人の技術上の情報 控訴人は、平成7年4月から平成20年9月まで、原告製品を開発し、その開発・製造のための技術情報として原告技術情報を有している。 (3) 被告製品の製造販売 被控訴人会社は、被告製品を製造・販売(販売の申出を含む。)しており、イ号製品は平成21年4月1日に販売が開始された(弁論の全趣旨)。 3 争点 (1) 被控訴人らの不正競争行為の有無(争点1) ア 原告技術情報が営業秘密に当たるか(争点1−1) イ 被控訴人らが原告技術情報を不正に取得したか(争点1−2) ウ 被控訴人会社が原告技術情報を使用したか(争点1−3) (2) 被控訴人Y2及び被控訴人Y3の債務不履行の有無(争点2) (3) 原告ソースプログラムに係る著作権侵害の有無(争点3) (4) 原告技術情報に係る損害賠償請求の損害額(争点4) (5) 被控訴人Y1に対する雇用契約上の信義誠実義務違反又は不法行為に基づく損害賠償請求の成否及び損害額(争点5) 第3 争点に関する当事者の主張 1 被控訴人らの不正競争行為の有無(争点1) (1) 原告技術情報が営業秘密に当たるか(争点1−1) (控訴人の主張) ア 原告技術情報の特定 原告技術情報は、原告ソースプログラム、原告図面(「データ郎ランプMZ(メガゼータ)」電気回路図(甲30の2)、パチンコ用及びスロット用入出力装置電気回路図(甲26の1、甲27の1)、代表灯中継器回路図(甲36の1))及び原告データベースである。 イ 秘密管理性 (ア) 原告技術情報は、控訴人において、出入りが制限された事業所内で、守秘義務を負う技術者等の特定の従業員のみがアクセス可能な状態で保管されていた。また、従業員は、原告技術情報を含む技術上の情報が秘匿性を有する性質のものであることを認識していた。 (イ) 具体的には、プログラムに関しては、専用の開発環境により作成されたバイナリファイルのみを配布可能とし、ソースコード(原告ソースプログラムを含む。)の配布を禁止していた。 図面及びデータベースについては、日頃から、開発で作成された図面等の元データの重要性を教育し、以下の管理を被控訴人Y3及びA(以下「A」という。)を中心とする特定の従業員6人にさせていた。 開発で作成された図面及び部品データベース等の元データ(原告図面及び原告データベースを含む。)は、原則として開発部以外への配布を禁止していた。 開発部から配布する図面(原告図面及び原告データベースを含む。)の種類及び配布先を「出図管理表」という書類により、管理させていた。 開発部から配布される図面は、元データではなく閲覧専用とするためにPDF化し、パスワードによりロックをした後、開発部以外へ配布していた。ただし、閲覧のみでは製品の製作に不都合が生ずるデータに関してのみ限定的に元データの配布を許可していた。 電気設計図面のうち、閲覧専用のPDF化されたデータに関しては、社内ネットワーク上の「品質管理部」が管理するフォルダ内に保存されていた。また、修正及び複製可能な元データに関しては対象製品の開発担当者のローカルなフォルダ(別のコンピュータから閲覧不可能なフォルダ)に保存されていた。 電子部品データベースに関しては、社内ネットワーク上の「開発部」が管理するフォルダ内に保存されていたが、専用のソフトがインストールされており、かつ電子部品データベースにアクセスするための設定がされた4人のコンピュータ以外はその内容にアクセスできない状態であった。 ウ 有用性及び非公知性 原告技術情報は、控訴人の技術者が時間と労力を費やして作成したものであり、製品製造のために不可欠な情報を提供するものであって、控訴人が営業活動により経済活動をするために役立つものである。 原告技術情報は公然と知られていない。 (被控訴人らの主張) ア 控訴人の主張イ(ア)は否認する。同イ(イ)及びウは否認ないし知らない。 イ 控訴人保有のデータのうち、経理関係のデータは特定の従業員のみがアクセス可能な状態であったが、原告技術情報は、控訴人の従業員であれば誰でも閲覧、コピー又は削除可能であった。また、原告技術情報には、機密事項である旨の記載がなく、これが客観的に機密事項であることの認識可能性はなかった。 被控訴人元従業員らがデータの重要性を具体的に知らされた事実はない。図面の種類や配布先が特定・管理されあるいは把握されていた事実や、原告技術情報について開発部以外への配布が禁止されていた事実はない。被控訴人元従業員らは、PDF化されたデータについては日常的に外部に配布されていたと記憶している。電子部品データベース以外の原告技術情報は、開発部以外の他部門でも制限なくアクセス可能であった。プログラムについても、配布が禁止されていた事実はなく、被控訴人元従業員らには控訴人が開発部以外への配布を禁止していたとの認識はない。 ウ 「出図管理表」(甲24の1〜9)は、製造委託先や社内の部署等に配付している図面の版(バージョン)をそろえるという意味での「管理」をするための帳表であり、情報の部外流出、社外流出を防ぐ趣旨のものではなかった。控訴人では、図面を製造委託先や社内の部署等に配付していたが、配付したタイミングにより図面の配布先(出図先)で保有する図面の版(バージョン)が揃わずに混乱を来したことがあった。そのため、「出図管理表」で、出図先にどの図面のどのバージョンが配布されているかを把握し、図面について何れの場所でも同じ版(バージョン)が配布されているようにしたのである(出図管理表を用いて版の管理をすることを考案したのは被控訴人Y3である。)。 (2) 被控訴人らが原告技術情報を不正に取得したか(争点1−2) (控訴人の主張) 被控訴人Y2は、控訴人を退職するに先立ち、原告ソースプログラムを控訴人の承諾なく持ち出し、不正の手段により取得した。被控訴人Y3は、控訴人を退職するに先立ち、原告図面及び原告データベースを控訴人の承諾なく持ち出し、不正の手段により取得した。被控訴人Y1は、上記の各行為を指示した。 被控訴人会社の代表者である被控訴人Y1は、原告技術情報が控訴人の承諾なく取得されたものであることを知って取得したのであり、不正取得行為が介在したことを知って取得した。 (被控訴人らの主張) 否認する。 (3) 被控訴人会社が原告技術情報を使用したか(争点1−3) (控訴人の主張) ア 使用の概要 被控訴人Y2は、控訴人の承諾なく持ち出した原告ソースプログラムに基づき、その一部を改変して被告ソースプログラムを作成し、これをコンパイル等して被告オブジェクトプログラムを作成した。被控訴人Y2は、被告オブジェクトプログラムを被告製品にインストールした。 被控訴人Y3は、控訴人の承諾なく持ち出した原告図面及び原告データベースに基づき、これを使用して、被告製品を開発した。 イ 原告ソースプログラムの使用 以下の原告ソースプログラムとイ号ソースプログラムの類似性によれば、イ号オブジェクトプログラムは、被控訴人Y2が控訴人の承諾なく持ち出した原告ソースプログラムに基づき、これを使用して作成されたことが確実である。 (ア) ランダムな12桁の文字列が完全に一致すること 控訴人は、遊技台の情報を表示させるためのLED(「7セグ」)の発光パターンとして、「0,1,2,3,4,5,6,7,8,9,a,b,c,d,E,F」に加えて、新製品を開発する機会に控訴人独自の変数をランダムに加えてきた。 控訴人がランダムに加えた変数は「,,-,P,r,o,n.L,A,I,t,u,U」(以下「本件12桁の文字列」という。)であり、12桁(12バイト)に及ぶが、このランダムな変数がそのままイ号オブジェクトプログラムの解析から検出された(甲15の5頁)。本件12桁の文字列は、控訴人の製品開発に合わせて偶然にプログラムに組み込まれたものであり、他のプログラマが偶然これと一致する文字列を思い付くことはあり得ない。 (イ) リモコン制御の時間判定の定数が一致していること リモコン制御処理は、ユーザのリモコン操作に対して、判定処理を実行するが、その場合、制御装置のどのカウンタを用いてどの程度の長さの定数で、リモコンからの入力信号の判断を行うかが問題となる。このカウンタの処理をどのように行うのかについては、プログラマが経験に基づき設計する事項であり、唯一の法則があるわけではない。かかる定数の組合せは無数に存在しており、その中からプログラマは知識と経験に基づいて設計する。 イ号オブジェクトプログラムを解析した結果、偶然では決して一致することのない時間判定のための定数がほとんど一致しており、時間判定に用いる定数としての(80,100)、(15,25,48)及び(12,20,24,32)が全て一致している(甲16の3頁、4頁、6頁)。 最後尾の「32」はビット数を表しているが、この「32」も数ある赤外線リモコンのフォーマットの中から「NECフォーマット」と呼ばれるフォーマットを採用したことにより、この位置に「32」が位置するのであり、必ずしも一致するというものではない。 (ウ) ポートの制御について処理が類似していること等 パチンコ又はパチスロに接続した際、どちらが接続されたのかを自動認識する処理を「デー太郎ランプX」では、ポート53、54、56及び57で行っているが、かかる処理についても類似する処理が多数存在している(甲17)。 a 「デー太郎ランプX」では、遊技台の出力情報を取得するための外部装置として入力変換器(パチンコ用)又は集中分配器(スロット用)を備えている。これらの外部装置をデー太郎ランプXに接続した際、プログラムにより、どちらが接続されたのかを自動認識する。 このような独特な構成を実現するための原告ソースプログラムの「inp_into_ps関数」について、イ号オブジェクトプログラムを解析した結果、両者の間には偶然では存在しないはずの多くの同一点が存在することが確認された。 b 原告ソースプログラムの「inp_into_dnr関数」において、「//取込終了処理」として記載されている「if {pDnr->pos >= 33}」の部分は、16ビットのデータを2回ずつ呼び出すため、0〜31で処理は終了しているが、ここでは17ビット分の33と比較し、それ以上であれば、終了処理を実行するという条件文になっている(甲17の3/10頁)。これは、本来であればプログラムのバグに近いものであるが、これでも処理に不具合が生じないため、33のままで修正がされていない。この数値についてもイ号オブジェクトプログラムは一致している(「#21H」の部分)。 ウ 原告図面の使用 被控訴人Y3が持ち出したと思われる原告図面は、電気回路図(甲30の2)、パチンコ用及びスロット用入出力装置電気回路図(甲26の1、甲27の1)及び代表灯中継器回路図(甲36の1)である。以下の、原告図面と、イ号製品の電気回路図(甲20の2)、パチンコ用及びスロット用入出力装置電気回路図(甲26の2、甲27の2)並びに代表灯中継器回路図(甲36の2)との類似性や、原告製品と被告製品とは極めて高い互換性があることからすれば、イ号製品の電気回路図、パチンコ用及びスロット用入出力装置電気回路図並びに代表灯中継器回路図は、いずれも被控訴人Y3が控訴人の承諾なく持ち出した原告図面に基づき、これを使用して作成されたことが確実である。 (ア) 「デー太郎ランプMZ(メガゼータ)」電気回路図(甲30の2)とイ号製品の電気回路図(甲20の2)との対比(本判決別紙機能説明図面1−1は甲30の2を、原判決別紙機能説明図面1−2は甲20の2を機能区分したものである。) a CPU1 同じCPUが使われている。 b 集中分配器接続部2 イ号製品の回路とは回路及びポートの配置が一致する。使用されている素子自体は異なるものの、個々の抵抗値は同一であり、実質的に同一の回路である。ノイズフィルタ回路に使われている素子及び回路構成が同一である。 c 外部表示灯接続部3、島通信部4、ランニング入出力部5、代表灯出力部6 イ号製品の回路と保護回路・ノイズ防止回路も含めて、回路及びポート配置が一致する。例えば、島通信部5のスイッチング回路に利用されている素子及び回路構成は同一である。ランニング入出力部5に利用されている素子及び回路構成も同一である。さらに、代表灯出力部6のスイッチング回路において、利用されているトランジスタ、コンデンサ、抵抗及び回路構成は同一である。 d 書き込み回路7 保護トランジスタを含めてイ号製品の回路と回路及びピン配置の全てが一致する。例えば、両回路の左端部分に存在するCPU書き込み端子配列が同一である。また、スイッチング回路に利用されているトランジスタ、コンデンサなど素子まで同一である。発振回路に使われている素子及び回路構成も同一である。 e リセット回路8 被控訴人Y3が控訴人を退職した後に、リセットICが製造中止となったため、異なる構成となっている。 f データ保持回路9 被控訴人Y3が新規に設計したと思われる。しかし、甲30の2の図面の基本部分の設計は、実質的にはB(以下「B」という。)等が行ったものであり、被控訴人Y3は、控訴人在籍当時、控訴人の既存の回路構成や部品の組合せをそのまま使って新規モデルを立ち上げるという基板設計を主に行っていたにすぎない。 g スイッチLEDランプ表示モジュール10 発光素子(LED)及びスイッチの数が異なるが、イ号製品と回路構成は全く同じである。 h 電源部(5V、15V)11 イ号製品も5V電源と15V電源が一致する。15V電源部は甲30の2とは異なるが、控訴人が次期製品として準備していた回路(甲30の3に対応する)には一致している。 i ワイヤーロック出力部 原告製品には過電流検出信号がCPUと接続されているため、同信号検出用抵抗R44、R48が必要であるが、他方、イ号製品は過電流検出信号がCPUと接続されていないから、本来、イ号製品において過電流検出用抵抗R44、R48は必要ないものである。しかるに、イ号製品にも原告製品と同じ位置に過電流検出用抵抗R44、R48が組み込まれている。 (イ) 原告製品のパチンコ用及びスロット用入出力装置電気回路図(甲26の1、甲27の1)とイ号製品のパチンコ用及びスロット用入出力装置電気回路図(甲26の2、甲27の2)の対比(原判決別紙機能説明図面2及び3は甲26の1、甲27の1を機能区分したものである。) 両者は構成や抵抗の組合せなどでほとんど同じである。 特に、甲26の1と甲26の2を対比すると、同一のロジックICとして、74HC595と74HC165が採用されている。そして、74HC595のQ1〜Q7と74HC165のP0〜P7の接続16本が一致している。 (ウ) 原告製品の代表灯中継器回路図(甲36の1)とイ号製品の代表灯中継器回路図(甲36の2)の対比(原判決別紙機能説明図面4は甲36の1を機能区分したものである。) 代表灯中継器の回路と部品点数は両図面で一致しており、両者はほぼ同一の回路である。リレー回路に、被控訴人らが主張するような設計不良の箇所は存在しない。 現在では、多くの代表灯が32V電源に対応しているため、新規に設計をすれば、8V電源を残すことは考えられない。甲36の2の図面が8V電源を残しているのは、甲36の1の図面を持ち出し、使用したからである。 甲36の1の図面において、原告製品には駆動回路の一番下の電流が流れる可能性のない箇所にダイオードが組み込まれているが、これは設計ミスによるものである。しかるに、甲36の2の図面においても、イ号製品に原告製品と同じ位置に本来は不要であるダイオードが組み込まれている。 (エ) 原告製品と被告製品との極めて高い互換性 原告製品は、遊技台から同時並行的に出力される(パラレル出力される)複数のデータ信号を、1ビットずつ逐次的に出力する(シリアル出力する)よう変換(パラレル/シリアル変換)し、このパラレル/シリアル変換を行う回路を「入力変換器/集中分配器」として呼出ランプ本体から独立させ、遊技台から出力される各種データ信号をパラレル/シリアル変換した後に呼出ランプ本体に入力する方式を採用するとともに、呼出ランプから代表灯中継器に対して「大当たり」「不正」「呼出」「サービス」の4種類の信号を伝送するために、3本の信号線を用い、「大当たり」と「不正」の信号についてはそれぞれ1本ずつ信号線を割り当て、「呼出」と「サービス」の信号については1本の信号線を共用し、信号を伝送する際の電圧を変化させることにより「呼出」と「サービス」の信号を判別する方式(代表灯中継器において、伝送される電圧が0〜10V未満のときは「呼出」信号、10V〜18Vのときは「サービス」信号と判断する)を採用している。 被告製品は、上記と全く同じ方式を採用しており、原告製品と極めて高い互換性を有する。 エ 原告データベースの使用 電子部品のシルク印刷マーク及びはんだパッドが酷似しているため、電子部品データベースが同じであると推測される。 オ その他の事情 本来、回路設計を行った後に、当該図面から実際に回路基板を製作し、それを実機に乗せてノイズ試験その他種々の試験・検証を行った上で、ようやく量販できる製品として完成するものであり、それらを全てクリアするためには通常11か月から12か月を要するというのが当業界の一般的な常識である。しかるに、被控訴人会社は、被控訴人Y2、被控訴人Y3らが控訴人を同時に退職した平成20年9月20日からわずか5か月後の平成21年2月末にはイ号製品を完成させ、同年4月から販売を開始した。このような短期間のうちに被告製品を完成・販売することができたのは、被控訴人Y3、被控訴人Y2が原告図面及び原告ソースプログラムを原告製品における設計ミスも含めてそのまま複製したからにほかならず、イ号製品が原告技術情報を持ち出すことなく開発されたことなどあり得ない。 (被控訴人らの主張) ア 控訴人の主張アのうち、被告オブジェクトプログラムを被告製品にインストールしたことは認め、その余は否認する。同イ(ア)のうち、本件12桁の文字列が一致することは認め、その余は否認する。同イ(イ)のうち被控訴人会社が信号判別のための定数として、80,100,15,25,48,12,20,24,32を使用していることは認め、その余は否認する。同イ(ウ)は否認する。同ウ柱書及び(ア)aは否認する。同ウ(ア)b〜i、ウ(イ)〜(エ)は不知又は否認ないし争う。同エ及びオは否認する。 イ 原告ソースプログラムの使用について 被控訴人Y2は、その技術及び知識を駆使し、被告ソースプログラムを設計し、これをコンパイルして被告オブジェクトプログラムを作成した。 (ア) 控訴人は、イ号オブジェクトプログラムの逆アセンブルによる原告ソースプログラムとの比較において、本件12桁の文字列が一致すると主張する。 しかし、本件12桁の文字列が一致するのは、被控訴人Y2が7セグメント表示部に文字を表示させる文字テーブルをプログラム中に記述する際に日頃からこのような文字列の並びを用いていることによるものである。 (イ) 控訴人は、リモコン制御処理において、時間判定の定数が一致していることを主張する。 しかし、被控訴人Y2は、通常、@基準数値から判定上限値までの数値と基準数値から判定下限値までの数値が同様の値になること、A決まりのある数列になること、B切りのよい数値になること、C基準数値から判定上限値・判定下限値までの数値が過大にならないことを方針として、そのいずれかの方針を満たすことを極力目指して数値を選択しており、これはプログラマとしての被控訴人Y2の習慣的なものである。また、「32」は32ビットを示すものであって、誰がプログラムを作成しても、この数字にしかなり得ない。 (ウ) 控訴人は、ポート制御について処理が類似していると主張する。 しかし、甲17でもイ号オブジェクトプログラムと原告ソースプログラムの不一致点が数多く指摘されている。したがって、イ号オブジェクトプログラムと原告ソースプログラムは別物であり、全く類似していない。 また、控訴人は、原告ソースプログラムのバグが33のままで修正がされていないが、この数値についてもイ号オブジェクトプログラムと原告ソースプログラムが一致すると主張する。 しかし、原告ソースプログラムにおいてはバグでも、被告プログラムにおいてはバグではない。被告プログラムではカウンタ値「0」でカウンタ値「1」〜「32」で行う処理の準備を行い、カウンタ値「1」〜「32」で1ビット目から16ビット目までの処理を行い、カウンタ値「33」で終了処理を行う内容になっているため、「33」でなければ正しく処理できない。バグであるか正常な処理であるかの違いが決定的なものであることはいうまでもなく、この点も原告ソースプログラムと被告プログラムが類似しないことを端的に示している。 ウ 原告図面の使用について 被控訴人Y3は、その独自の設計により、被告製品を開発した。 (ア) そもそも、甲30の2に記載された日付は、平成23年9月20日であり、被控訴人Y3が退職した後の日付になっており、甲30の2が被控訴人Y3の退職前に存在したことの立証はされていない。 (イ) 控訴人が採用しているCPUは「M3062LF」であるが、イ号製品では「M30620FCP」を採用している。仮に控訴人が主張するような回路やポート配置に一致する部分があるとしても、直列抵抗回路等極めて基本的な回路がほとんどであり、控訴人の回路図がなくても容易に設計が可能である。控訴人が類似性を主張する部分は、電気回路の設計者であれば誰でも思いつく、ごく一般的かつ初歩的回路にすぎない。被告製品で使用している素子は、一般に広く販売されている汎用部品ばかりであり、回路への接続についてもメーカーから公表された接続例などに準拠すれば、上記類似が発生することは必然である。加えて、被控訴人Y3は、控訴人在籍時に控訴人の呼出しランプの回路を設計していたのであるから、同じ設計者が、同じ方針又はアイデアの下に設計すれば、回路図の一部が類似してくることは、往々にしてあり得ることである。 パチンコ用ランプの回路では、マイコンのリセット回路やデータ保存回路などの方がよほど慎重な設計を要する。控訴人の回路図の単純な直列抵抗回路やトランジスタ回路だけを模倣し、繰り返しの検証作業が必要で設計に時間のかかるリセット回路やデータ保存回路を模倣しないというのはいかにも不自然、不合理であり、リセット回路やデータ保存回路が異なっているということは、被控訴人Y3による原告図面の持出しがないことを端的に物語っている事情である。 また、控訴人のリレー回路には致命的な設計不良が存在するが、被告製品にはそのような不良箇所が一切存在しないことは、被控訴人Y3が独自に設計したことを示している。 ワイヤーロック出力部について、被告製品においてもR44及びR48は合理的な理由があって採用された。すなわち、被控訴人Y3は、DC24VとDC32Vがショート(短絡)し、かつワイヤーロックの電線が板金などで短絡することもあり得ると考え、この場合にQ12の両端に負荷なしで電流が流れてQ12が破壊されることも想定し、R48を挿入して、上記のような場合にも、ヒューズ替わりの抵抗を使用し、発煙、発火を未然に防ぐことを考えて、R48を置いた。また、ワイヤーロックの片側はDC24Vを供給する一方、もう片側に何も置かなければ動作が不安定になるため、R44を置き、同電位とすることとした。このR44を置くことにより、機能検査をする際に用いる検査治具がより正確に動作するようにでき、より正確な動作の判断を期すことができるようになった。 中継基盤についていえば、シリアル方式の信号とパラレル方式の信号とを変換して互いに転送する仕組みの回路を設計するに当たって、74HC595と74HC165を使用することは、電気回路の設計者であれば誰でもが思いつく回路構成であり、その接続方法についても同様である。 また、代表灯中継器回路図に8V電源を残しているのは、8V電源を使用していた従来製品にも互換性を持たせるためであり、設計上合理的なことである。さらに、駆動回路の一番下の箇所に組み込まれたダイオードは、被告製品において不要なものではなく、目的をもって挿入されたものである。すなわち、被控訴人Y3は代表灯中継器を設計した際、被告製品では電流の流れを、甲36の2の回路図のQ4(2SC4081)からQ11(2SC4081)への片方向とすることにより、より安定した回路動作を実現するために、当該ダイオードを挿入したのである。 (ウ) 原告製品の呼出ランプと被告製品の中継器(又はその逆)については、それが正確な動作であるか否かは別として、変換ハーネスを使用すれば動作する可能性はある。 しかし、被控訴人Y3は、控訴人在籍中、不良品で返品されてきた原告製品の対応をほぼ一人でやっており、原告製品で採用された回路図については熟知していた。そのため、原告製品の汎用のICチップ周りの回路の設計方法等は、被控訴人Y3の知識・経験として自然と定着していたものであり、被控訴人Y3が被告製品を設計するに際して、汎用のICチップ周りの回路が原告製品の回路と同一又は類似のものとなってしまうことはむしろ当然のことであった。また、「呼出しボタン」も「サービスボタン」も遊技者がボタンを押すことにより信号が出力されるという同一の機能を有するものであり、かつ「サービスボタン」が滅多に使用されない機能であるため、「呼出しボタン」と「サービスボタン」の信号線を共用とすることは合理的な理由に基づくものであるし、信号判別の電圧帯域が同じである点についても、汎用部品であるツェナーダイオードの電圧帯域を信号判別のためにどのように割り付けるかは、被控訴人Y3に、控訴人における業務を通じて、その知識・経験として自然と定着していたものである。 このように、同一人物が汎用部品を使って設計する以上、同一又は類似の設計になってしまうことは当然であって、控訴人主張に係る動作可能性があったとしても、被控訴人Y3が原告図面を持ち出したことを何ら推認させるものではない。 エ 原告データベースの使用について 被控訴人Y3は、被告製品のはんだパッド部分の設計に当たり、各メーカー推奨のはんだパッドを参考にした。原告製品のはんだパッドがメーカー推奨パッドに準拠しているのであれば、一致ないし類似するのはむしろ当然である。かかる一致ないし類似は、被控訴人Y3が原告データベースを持ち出したことの推認根拠にはなり得ない。 また、シルク印刷も、主に配線等は直線で、部品の設置場所は単純な四角形や部品の外形などで描いており、単純な図形だけに、偶然に多少似通ってくることは十分あり得る。 仮に原告製品と被告製品で、そのはんだパッドやシルク印刷が一致ないし類似していたとしても、そのことと被控訴人Y3が原告データベースを持ち出したこととは関連性を有しない。 2 被控訴人Y2及び被控訴人Y3の債務不履行の有無(争点2) (控訴人の主張) 被控訴人Y2及び被控訴人Y3は控訴人との間で「労働契約書」を取り交わしており、同被控訴人らは、「業務上の機密は、在職中はもとより退職後といえども一切漏洩しないこと。」に合意している。また、被控訴人Y2及び被控訴人Y3と控訴人の労働契約に付随して、被控訴人Y2及び被控訴人Y3には、被用者として当然に守秘義務が課されている。 したがって、被控訴人Y2が原告ソースプログラムを、被控訴人Y3が原告図面を持ち出したことは、かかる労働契約の違反に当たる。 (被控訴人らの主張) 否認ないし争う。 3 原告ソースプログラムに係る著作権侵害の有無(争点3) (控訴人の主張) (1) 原告ソースプログラムの概要 原告ソースプログラムは、控訴人の発意に基づき、当時控訴人の業務に従事していた被控訴人Y2らプログラマが職務上作成した。 原告ソースプログラムは、合計31個のファイルから構成されており、合計2万8694行のC言語のプログラムであって、「デー太郎ランプX」が呼び出しランプとして機能できるように、これに対するC言語の指令を組み合わせたものとして作成されたものである。 原告ソースプログラムは、製品として魅力あるものとするための工夫が凝らされ、命令の組合せ、モジュールの選択、通信方式、解決手段の選択等について作成者の個性が表われている。 (2) 原告ソースプログラムとイ号ソースプログラムとの対比 ア ランダムな12桁の文字列が完全に一致すること 控訴人は、遊技台の情報を表示させるためのLED(「7セグ」)の発光パターンとして、「0,1,2,3,4,5,6,7,8,9,a,b,c,d,E,F」に加えて、新製品を開発する機会に控訴人独自にランダムに変数を加えてきた。 控訴人がランダムに加えた変数は「,,-,P,r,o,n.L,A,I,t,u,U」(本件12桁の文字列)であり、12桁(12バイト)に及ぶが、このランダムな変数がそのままイ号オブジェクトプログラムの解析から検出された(甲15の5頁)。本件12桁の文字列は、控訴人の製品開発に合わせて偶然にプログラムに組み込まれたものであり、他のプログラマが偶然これと一致する文字列を思い付くことはあり得ない。 本件12桁の文字列は、作成者の選択の幅が十分にある中から選択配列されたものということができるから、その表現には全体として作成者の個性が表われているものということができる。 イ リモコン制御の時間判定の定数が一致していること リモコン制御処理は、ユーザのリモコン操作に対して、判定処理を実行するが、その場合、制御装置のどのカウンタを用いてどの程度の長さの定数で、リモコンからの入力信号の判断を行うかが問題となる。このカウンタの処理をどのように行うのかについては、プログラマが経験に基づき設計する事項であり、唯一の法則があるわけではない。かかる定数の組合せは無数に存在しており、その中から作成者は知識と経験に基づいて設計するものであり、特に選択の幅ということに着目すれば、作成者の個性が表われており、創作性が否定されるものではない。 イ号オブジェクトプログラムを解析した結果、偶然では決して一致することのない時間判定のための定数がほとんど一致しており、時間判定に用いる定数としての(80,100)、(15,25,48)及び(12,20,24,32)が全て一致している(甲16の3頁、4頁、6頁)。 最後尾の「32」はビット数を表しているが、この「32」も数ある赤外線リモコンのフォーマットの中から「NECフォーマット」と呼ばれるフォーマットを採用したことにより、この位置に「32」が位置するのであり、誰がプログラムを作成しても一致するというものではない。 ウ ポートの制御について処理が類似していること等 パチンコ又はパチスロに接続した際、どちらが接続されたのかを自動認識する処理を「デー太郎ランプX」では、ポート53、54、56及び57で行っているが、かかる処理についても類似する処理が多数存在している(甲17)。 (ア) 「デー太郎ランプX」では、遊技台の出力情報を取得するための外部装置として入力変換器(パチンコ用)又は集中分配器(スロット用)を備えている。これらの外部装置をデー太郎ランプXに接続した際、プログラムにより、どちらが接続されたのかを自動認識する。 このような独特な構成を実現するためのプログラム「inp_into_ps関数」については、プログラムルーチンの工夫により作成者の創意や工夫が十分に現れているものであり、作成者の選択の幅が十分にある中から選択配列されたものであるから、その表現には全体として作成者の個性が表われている。 (イ) 原告ソースプログラムの「inp_into_dnr関数」において、「//取込終了処理」として記載されている「if {pDnr->pos >= 33}」の部分は、16ビットのデータを2回ずつ呼び出すため、0〜31で処理は終了しているが、ここでは17ビット分の33と比較し、それ以上であれば、終了処理を実行するという条件文になっている(甲17の3/10頁)。これは、本来であればプログラムのバグに近いものであるが、これでも処理に不具合が生じないため、33のままで修正がされていない。この数値についてもイ号オブジェクトプログラムは一致している(「#21H」の部分)。 (3) 依拠性 上記のとおり、イ号オブジェクトプログラムは、原告ソースプログラムに依拠して作成されたことが確実である。 被控訴人Y2は、原告ソースプログラムに基づき、その一部を改変して被告プログラムのソースプログラムを作成し、原告ソースプログラムに係る複製権及び翻案権を侵害した。 (被控訴人らの主張) (1) 控訴人の主張(1)のうち、原告ソースプログラムを控訴人のプログラマが作成したこと、原告ソースプログラムが合計31個のファイルから構成されていること、合計2万8694行のC言語のプログラムであること、「デー太郎ランプX」が呼び出しランプとして機能できるようにC言語の指令を組み合わせたものとして作成されたものであることは認め、その余は否認する。同(2)アのうち、本件12桁の文字列が一致することは認め、その余は否認する。同(2)イのうち、被控訴人会社が信号判別のための定数として、80,100,15,25,48,12,20,24,32を使用していることは認め、その余は否認する。同(2)ウ及び(3)は否認する。 (2) 被控訴人Y2は、その技術及び知識を駆使し、被告ソースプログラムを設計し、これをコンパイルして被告オブジェクトプログラムを作成した。 (3)ア 控訴人は、イ号オブジェクトプログラムの逆アセンブルによる原告ソースプログラムとの比較において、本件12桁の文字列が一致すると主張する。 しかし、本件12列の文字列は、控訴人が述べるとおり、ランダムに加えられたものであり、プログラマの個性が表現されているとはいい難いから、創作性が欠如している。本件12桁の文字列を含む「0,1,2,3,4,5,6,7,8,9,a,b,c,d,E,F, ,-,P,r,o,n,L,A,I,t,u,U」の文字列は、「7セグ」と呼ばれるデジタル表示板に数字や文字を表示する文字データを示すものであり、ある一つの文字を表示するためのデータを配列した表(データテーブル)の機能を有するものである。上記文字列は、0番目、1番目、2番目…n番目に「0」「1」「2」…というデータが入っているという、いわばデータテーブル上の位置関係を示すものにすぎず、その文字データがその順で並んでいるという以上に意味はない。 本件12桁の文字列が一致するのは、被控訴人Y2が7セグメント表示部に文字を表示させる文字テーブルをプログラム中に記述する際に日頃からこのような文字列の並びを用いていることによるものである。 イ 控訴人は、リモコン制御処理において、時間判定の定数が一致していることを主張する。 しかし、プログラムは、文学等の表現物とは異なり、表現する記号に制約があり、言語体系が厳格であること、コンピュータを経済的、効率的に機能させようとすると指令の組合せの選択が限定される性質を有するのであるから、時間判定のための定数がごときはおよそプログラマの個性が表れた表現とはなり難い。「32」は32ビットを示すのであって、誰がプログラムを作成しても、この数字にしかなり得ない。また、その余の数字も、一定の条件を満たす数値を単純に使用しているだけであって、その数値自体には何の工夫もなく、およそ創作性がない。 被控訴人Y2は、通常、@基準数値から判定上限値までの数値と基準数値から判定下限値までの数値が同様の値になること、A決まりのある数列になること、B切りのよい数値になること、C基準数値から判定上限値・判定下限値までの数値が過大にならないことを方針として、そのいずれかの方針を満たすことを極力目指して数値を選択しており、これはプログラマとしての被控訴人Y2の習慣的なものである。 ウ 控訴人は、ポート制御について処理が類似していると主張する。 しかし、甲17でもイ号オブジェクトプログラムと原告ソースプログラムの不一致点が数多く指摘されている。したがって、イ号オブジェクトプログラムと原告ソースプログラムは別物であり、全く類似していない。 控訴人は、接続先を自動認識する機能を特有の処理であると主張するが、一つの機械をパチンコ・パチスロ兼用で使えるように設計した場合には、上記判別機能は不可欠なもので非常にありふれたものである。 また、控訴人は、原告ソースプログラムのバグが33のままで修正がされていないが、この数値についてもイ号オブジェクトプログラムと原告ソースプログラムが一致すると主張する。 しかし、原告ソースプログラムにおいてはバグでも、被告プログラムにおいてはバグではない。被告プログラムではカウンタ値「0」でカウンタ値「1」〜「32」で行う処理の準備を行い、カウンタ値「1」〜「32」で1ビット目から16ビット目までの処理を行い、カウンタ値「33」で終了処理を行う内容になっているため、「33」でなければ正しく処理できない。バグであるか正常な処理であるかの違いが決定的なものであることはいうまでもなく、この点も原告ソースプログラムと被告プログラムが類似しないことを端的に示している。 4 原告技術情報に係る損害賠償請求の損害額(争点4) (控訴人の主張) (1) 被控訴人らは、控訴人の承諾なく被控訴人Y1の指示により、被控訴人Y2が原告ソースプログラムを持ち出し、被控訴人Y3が原告図面及び原告データベースを持ち出し、被控訴人会社において原告技術情報を不正に取得し使用して、被告製品を開発し販売した。控訴人は、被控訴人らの上記不正競争行為、債務不履行又は不法行為によって開発され、安価で販売された被告製品により、控訴人の主力製品である「デー太郎ランプMZ」及び「デー太郎ランプZ」について、被告製品との価格差のため販売数が減少し、また原告製品の価格を下げて販売せざるを得なかったため、大幅に売上げが減少して、多額の損害が生じた。 (2) 被告製品1台当たりの販売価格は1万6000円、販売台数は合計4万台を下らないため、被告製品の売上総額は6億4000万円を下らない。被告製品1台を製造するために要した追加的な費用の合計は5000円を上回らないため、売上総額に対する費用総額は2億円である。 そうすると、原告ソースプログラム並びに原告図面及び原告データベースに係る著作権法114条2項又は不正競争防止法5条2項に基づく控訴人の損害額は4億4000万円を下らない。また、著作権法又は不正競争防止法違反の行為を排除するために必要な弁護士費用は5000万円を下らない。 (3) よって、上記損害額4億9000万円のうち、控訴人は、被控訴人Y1及び被控訴人会社に対して、不正競争防止法4条又は不法行為に基づき、1億円の連帯支払を、被控訴人Y2に対して、不正競争防止法4条、不法行為又は債務不履行に基づき、被控訴人Y1及び被控訴人会社と連帯して、5000万円の支払を、被控訴人Y3に対して、不正競争防止法4条又は債務不履行に基づき、被控訴人Y1及び被控訴人会社と連帯して、5000万円の支払を求める。 (被控訴人らの主張) 否認ないし争う。 5 雇用契約上の信義誠実義務違反又は不法行為に基づく損害賠償請求の成否及び損害額(争点5) (控訴人の主張) (1) 被控訴人Y1が被控訴人会社を設立する経緯 ア 被控訴人Y1は、遅くとも平成20年3月頃には控訴人を退職して新会社を設立する構想を有しており、その頃から、控訴人の従業員のうち、営業部東京営業所所長であったC(以下「C」という。)、営業部大阪営業所所長であったD(以下「D」という。)、製造部製造課課長であったE(以下「E」という。)、開発部メカ設計担当であったA、開発部プログラム開発担当であった被控訴人Y2、開発部基盤(回路)設計担当であった被控訴人Y3のほか、関東営業所所長であったF(以下「F」という。)、福岡営業所所長であったG(以下「G」という。)、前大阪営業所所長であったH(以下「H」という。)、仙台営業所長代理であったI(以下「I」という。)ら控訴人の従業員数名に対して、「開発(Y3・Y2・A)と営業(F・C・G・H・I)を引き連れて出れば控訴人は潰れる」、「控訴人を一緒に潰そう」、「控訴人は近いうちに潰れる」などと申し向けて、控訴人を一斉に退職して被控訴人会社に転職するよう勧誘した。 イ 平成20年8月28日、Cが控訴人を退職した。同年9月20日、E、A、被控訴人Y2、被控訴人Y3が控訴人を退職した。平成21年2月15日、Dが控訴人を退職した。 ウ 平成22年6月の時点で、被控訴人Y1は被控訴人会社の代表取締役であり、C及びDは被控訴人会社の従業員である。また、E、A、被控訴人Y2及び被控訴人Y3は、ピースランド事業共同組合(平成20年8月29日成立)の所属であり被控訴人会社の名古屋営業所において業務を行っている。 (2) 控訴人の規模及び構成 控訴人は、資本金8000万円、従業員数59人(平成22年11月現在)であり、主に遊技場向け電子応用制御装置の開発・設計・製造・販売を行っている。 控訴人は、愛知県東海市所在の本社(名古屋営業所)の他、東京営業所、大阪営業所、福岡営業所、広島営業所、仙台営業所を有しており、取締役会の下位組織として、営業部27人、製造部21人、開発部7人及び管理部4人(平成22年11月現在)の人員である。 (3) 被控訴人Y1の行為態様 被控訴人Y1は、控訴人の従業員であり、控訴人のために誠実に職務に精勤する義務を負っていた。また、退職当時は幹部従業員として控訴人の重要な地位にあったにもかかわらず、被控訴人会社を設立の上、同社において原告製品と極めて高い互換性を有する安価な被告製品を早期に開発・製造・販売することによって控訴人の取引先を奪い、控訴人に極めて重大な損害を加えることを目的として、退職以前から組織的かつ計画的に、控訴人の営業部及び開発部の中核となる人材を一斉退職させるべく勧誘し、その結果合計6人を一斉に引き抜いたものであり、控訴人の規模や構成を考慮しても、被控訴人Y1の行為は社会的相当性を逸脱した組織的かつ悪質な背信的行為であり、雇用契約上の信義誠実義務に違反する行為である。 仮に、被控訴人Y1の行為について雇用契約上の信義誠実義務違反が認められないとしても、不法行為が成立する。 (4) 控訴人の損害 被控訴人Y1の引抜行為により、控訴人は、取引先を奪われたほか、主たる従業員が欠けたことによる業務の停滞、組織変更、残された従業員の負担の増加、製品開発の遅れが生じ、新たに従業員を採用することを余儀なくされた。そのため、控訴人は、被控訴人Y1の引抜行為により少なくとも控訴人の平成20年度の粗利益8億円の6か月分に当たる合計4億円分について、費用を支出したことに加えて得られるべき利益を失った。 (5) よって、控訴人は、被控訴人Y1に対し、雇用契約上の信義誠実義務違反又は不法行為に基づき、4億円の一部である1億円の支払を求める。 (被控訴人Y1の主張) (1) 控訴人の主張(1)及び(2)は不知ないし否認する。同(3)及び(4)は否認ないし争う。 (2) 控訴人は、被控訴人Y1らが控訴人を退職し、控訴人の社員を多数退職させて被控訴人会社を設立したことを被控訴人Y1による引抜行為であるなどと主張するが、被控訴人Y1が控訴人を退職したのは、顧客に納入した控訴人の製品にトラブルが発生し、この対応に関して被控訴人Y1と控訴人の役員らとの間に軋轢が生じ、被控訴人Y1が控訴人に失望したためである。 また、被控訴人Y1が、被控訴人Y3らを勧誘したのは被控訴人Y1の退職後であって、在職中においては具体的な勧誘行為は一切行っておらず、「控訴人会社は潰れる」などと言って誘った事実もない。被控訴人Y2は、被控訴人Y1から「会社設立したら一緒にやろうぜというお話はありましたね」と供述するが、これは従業員がよく口にする会社に対する愚痴の範疇に入るものであって、具体的な勧誘行為であるとは到底評価できない。その上、被控訴人Y1以外の6名の退職者も被控訴人Y1が勧誘したから控訴人を退職したのではなく、もともと控訴人における待遇面等に不満を持っており、その不満が原因で退職したものである。そして、退職をした各人が担当していた業務は、他の従業員を充てれば十分に遂行できるものであって、これらの者が一斉に退職したからといって、控訴人の業務に支障を与えるものではなかった。 したがって、被控訴人Y1には、控訴人に不満を持っていた従業員を勧誘するに際して、控訴人の事業に重大な支障を生じさせる目的があったわけではなく、また当該従業員の退職により控訴人の事業に重大な支障を来すことの認識があったわけでもない。 第4 当裁判所の判断 1 被控訴人らの不正競争行為の有無(争点1)について (1) 原告技術情報が営業秘密に当たるか(争点1−1)について ア 不正競争防止法2条6項にいう「秘密として管理されている」といえるためには、当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることが認識できるような措置が講じられ、当該情報にアクセスできる者が限定されているなど、当該情報に接した者が、これが秘密として管理されていることを認識し得る程度に秘密として管理していることを要するというべきである。 イ 前記第2の2の前提となる事実並びに証拠(甲3の2・3、甲26の1、甲27の1、甲30の2、甲36の1、甲41、45の1、乙28、29、被控訴人Y1本人、被控訴人Y2本人、被控訴人Y3本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告ソースプログラム及び原告図面について、次の事実が認められる。 (ア) 控訴人は、資本金8000万円、主に遊技場向け電子応用制御装置の開発・設計・製造・販売を業とし、愛知県東海市所在の本社(名古屋営業所)のほか、東京営業所、大阪営業所、福岡営業所、広島営業所、仙台営業所を有し、平成20年4月当時、営業部31人、製造部23人、開発部5人、品質管理部3人及び管理部5人の従業員数合計67人の会社である。 (イ) 原告ソースプログラムは、合計31個のファイルから構成され、合計2万8694行のC言語のプログラムであって、「デー太郎ランプX」が呼び出しランプとして機能できるように、これに対するC言語の指令を組み合わせたものとして、控訴人に勤務するプログラマが作成したものである。この原告ソースプログラムについては、プログラマが、控訴人から貸与されたデスクトップパソコンのハードディスクに作成中のプログラムを保存し、プログラムが製品に実装できる状態になった段階で、当該デスクトップパソコンと社内ネットワークでつながっている控訴人のサーバーにフォルダを作成し、当該フォルダ内に原告ソースプログラムのデータファイルをコピーして保存する取扱いがされていた。 (ウ) 原告図面は、「デー太郎ランプMZ(メガゼータ)」電気回路図(甲30の2)、パチンコ用及びスロット用入出力装置電気回路図(甲26の1、甲27の1)及び代表灯中継器回路図(甲36の1)であって、控訴人に勤務する回路・基板設計者が作成したものである。この原告図面については、回路・基盤設計者が、控訴人から貸与されたデスクトップパソコンのハードディスクに、CADプログラムをインストールした上で、作成中の回路図面等を保存し、回路を製品化する段階で、当該デスクトップパソコンと社内ネットワークでつながっている控訴人のサーバーにフォルダを作成し、当該フォルダ内に原告図面のデータファイルをコピーして保存する取扱いがされていた。 ウ 控訴人は@原告ソースプログラムについては、バイナリファイルのみを配布可能とし、ソースコードの配布を禁止し、A原告図面については、控訴人の従業員に対して元データの重要性を教育し、元データの開発部以外への配布を原則禁止し、開発部から配布する原告図面の種類及び配布先を「出図管理表」により管理させ、開発部から配布される図面は、元データではなく閲覧専用とするためにPDF化し、パスワードによりロックをした後、開発部以外へ配布し(ただし、閲覧のみでは製品の製作に不都合が生ずるデータに関してのみ限定的に元データの配布を許可していた。)、B電気設計図面のうち、閲覧専用のPDF化されたデータに関しては、社内ネットワーク上の「品質管理部」が管理するフォルダ内に保存され、修正及び複製可能な元データに関しては対象製品の開発担当者のローカルなフォルダ(別のコンピュータから閲覧不可能なフォルダ)に保存し、C電子部品データベースに関しては、社内ネットワーク上の「開発部」が管理するフォルダ内に保存されていたが、専用のソフトがインストールされており、かつ電子部品データベースにアクセスするための設定がされた4人のコンピュータ以外はその内容にアクセスできない状態であった旨主張する。 そして、証人Bの証言中には、秘密保持に関しては日頃から外部に情報が漏れないように常々指導してきたから本人らは十分理解していたと思う旨の供述部分があるが、これを否定する被控訴人Y2本人及び被控訴人Y3本人の各供述や、控訴人が従業員に対して日頃から情報管理について格別の指導を行っていたことを裏付ける客観的な証拠はないことに照らし、上記証言はそのままに信用することができない。そして、他に、控訴人が従業員に対して、原告ソースプログラム及び原告図面が控訴人の営業秘密に当たること並びにその取扱いに特に慎重を要することなどについて、指導、研修教育等、注意喚起をするための特段の措置を講じていたことを認めるに足りる証拠はなく、控訴人のその他の主張についても、これを認めるに足りる証拠はない。 エ かえって、証拠(甲24の1〜9、乙28、29、被控訴人Y2本人、被控訴人Y3本人)によれば、次の事実を認めることができる。 (ア) 控訴人のサーバー内に保存された原告ソースプログラム及び原告図面のデータファイル並びに上記各データファイルが格納されたフォルダにアクセスするに際して、パスワードの設定はされておらず、また、上記各データファイル及びフォルダには、「社外秘」、「秘密」等、これが秘密事項であることをうかがわせるような表示はなかった。そのため、控訴人の従業員であれば、控訴人の社内ネットワークにつながっているパソコンを使って、部署を問わず、また、管理職か一般職かを問わず、上記各データファイルにアクセスして、原告ソースプログラム及び原告図面を閲覧し、さらに、使用しているパソコンのハードディスクに、上記各データファイルをコピーすることができる状態であり、また、当該コピーをした者の氏名・所属・日時等を記録・管理することもされていなかった。 (イ) また、控訴人の従業員であれば、控訴人のサーバーに格納された原告ソースプログラム及び原告図面のデータをプリントアウトして紙媒体で使用することができる状態であって、プリントアウト及びその使途について、特段の制約は設けられていなかった。 (ウ) 出図管理表(甲24の1〜9)は、原告図面を製造委託先や控訴人の他部署に配布するに当たり、配布した図面の版を管理・把握する目的で作成されたものであって、原告図面の社外流出を防止する目的で作成されたものではなかった。そのため、出図管理表には、プリントアウトした原告図面を持ち出した者の氏名・所属・日付も特に記載されない上、出図管理表に記載しない業者に対しては原告図面を出してはならないとの控訴人内のルールがあったわけでもなかった。実際、製造委託先とは異なる業者から原告製品の製造費用の見積もりを取り寄せる際には、出図管理表に記載することなく、当該業者に対して、プリントアウトした原告図面を交付することも頻繁に行われていた。 (エ) 控訴人本社ビルは、裏口については警備会社のIDシステムを導入して指紋認証のセキュリティシステムによって出入りが管理されていたが、正面玄関にはかかるセキュリティシステムはなく、本社ビル内の部屋のドアには、サーバーが置かれた開発室、総務・経理の事務室、資材・製造・営業の事務室も施錠等はされておらず、控訴人の従業員であれば、各部屋に自由に出入りすることができた。 オ 以上認定の事実によれば、控訴人においては、原告ソースプログラム及び原告図面にアクセスした者にこれが営業秘密であることが認識できるような措置が講じられていたとはいえず、また、原告ソースプログラム及び原告図面にアクセスできる者が限定されていたともいえず、その他、原告ソースプログラム及び原告図面に接した者が、これが秘密として管理されていることを認識し得る程度に、控訴人において、秘密として管理していたと認めることはできない。 したがって、原告ソースプログラム及び原告図面は、不正競争防止法2条6項の「秘密として管理されている」との要件を欠き、同項所定の「営業秘密」に該当するということができない。 (2) 以上によれば、原告技術情報は、いずれも不正競争防止法2条6項の「営業秘密」ということができないものであるから、原告技術情報が営業秘密に該当することを前提とする控訴人の不正競争防止法に基づく損害賠償請求は、被控訴人らが原告技術情報を不正に取得したか(争点1−2)、及び被控訴人会社が原告技術情報を使用したか(争点1−3)の点について判断するまでもなく、理由がない。 2 被控訴人Y2及び被控訴人Y3の債務不履行の有無(争点2)について (1) 原告ソースプログラム及び原告図面は、前記1のとおり、不正競争防止法上の「営業秘密」に当たらないから、仮に被控訴人Y2及び被控訴人Y3がこれを持ち出したとしても、不正競争防止法上違法となるものではないが、被控訴人Y2及び被控訴人Y3は、別途、控訴人との間で、労働契約書(甲3の2・3)を取り交わし、「従業員として入社のうえは、次の事項を誓約し、厳守することを確認する。…(中略)…ニ.業務上の機密は、在職中はもとより退職後といえども一切漏洩しないこと」を誓約していることから当該契約の内容に応じた秘密保持義務を負い、また、労働契約に基づいて信義則上発生する付随義務として守秘義務を負うことになる。 (2) しかし、前記1認定のとおり、原告ソースプログラム及び原告図面については、これが秘密であることをうかがわせる表示はなく、控訴人の従業員であれば、控訴人の社内ネットワークにつながっているパソコンを使って、何らの制約もなしに、そのデータファイルにパスワードなしにアクセスし、これを閲覧し、ファイルをコピーし、プリントアウトすることができ、プリントアウトしたものの使途についても特段の制約は設けられていなかった。また、コピーやプリントアウトした者の氏名・所属・日時等を記録・管理することもされておらず、控訴人においても、従業員に対して、原告ソースプログラム及び原告図面が控訴人の「業務上の機密」に当たること及びその取扱いに特に慎重を要することなどについて、指導、研修教育等、注意喚起をするための特段の措置を講じた事実も認められない。また、原告図面については、製造委託先とは異なる業者から、原告製品の製造費用の見積もりを取り寄せる際には、当該業者に対して、プリントアウトした原告図面を交付することも頻繁に行われていたものである。 以上のような事情に鑑みれば、原告ソースプログラム及び原告図面は、上記労働契約書の「業務上の機密」には当たらず、また、労働契約に基づいて信義則上発生する付随義務としての守秘義務の対象たり得ないというべきである。 (3) また、前記(2)の点を措いて、非控訴人Y2が原告ソースプログラムを持ち出したかについて、その使用も含めて検討するに、控訴人は、ロ号プログラムの関係では具体的な主張・立証をしないので、イ号プログラムとの関係で検討する。 ア 控訴人は、この点について、本件12桁の文字列が一致すること、リモコン制御の時間判定の定数が一致していること、ポート制御の処理が類似し、「inp_into_dnr関数」についてバグに近い終了処理が被告プログラムにも存在すること、といった原告ソースプログラムとイ号ソースプログラムとの類似性によれば、イ号オブジェクトプログラムは、被控訴人Y2が控訴人の承諾なく持ち出した原告ソースプログラムに基づき、これを使用して作成されたことが確実である旨主張する。 イ しかし、証拠(乙28、被控訴人Y2本人)によれば、被控訴人Y2は、プログラム技術を専攻する専門学校を卒業後、プログラマとして20年以上勤務した後、控訴人に入社して、原告製品に係るプログラムの開発に4年半程度携わっていたことが認められる。このような被控訴人Y2のプログラマとしての経験年数や原告製品に係るプログラムの開発年数に照らすと、パチンコ・スロット用の呼出ランプについて、被控訴人Y2が同一の方針又はアイデアの下にプログラムを作成するのであれば、原告ソースプログラムとイ号ソースプログラムとの間に、被控訴人Y2の記憶、習慣、経験に基づいて、ある程度類似する点が見られたとしても格別不自然・不合理ということはできず、原告ソースプログラムとイ号ソースプログラムとの間に控訴人主張に係る上記各点について類似性があるというだけでは、被控訴人Y2による原告ソースプログラムの持ち出しが推認されるものではない。 ウ 本件12桁の文字列について、被控訴人Y2は、本人尋問において、ランプ上の表示に関する記述であって、必要になった順番に記述されており、これを記憶していた旨供述し、また、リモコン制御の時間判定の定数が一致していることについて、同被控訴人は、@基準数値から判定上限値までの数値と基準数値から判定下限値までの数値が同様の値になること、A決まりのある数列になること、B切りのよい数値になることなどを方針として数値を選択している旨供述をしており、控訴人主張に係るリモコン制御の時間判定の定数の数値及びその配列が比較的単純なものであることを考慮すれば、被控訴人Y2の上記各供述が不自然・不合理ということはできない。 エ また、ポート制御の処理が類似し、「inp_into_dnr関数」についてバグに近い終了処理が被告プログラムにも存在するとの控訴人の主張についても、そもそも甲17をみても、ポート制御の処理が類似しているとは直ちにいい難い。例えば、控訴人が独特な構成を実現するためのプログラムであると主張する「inp_into_ps関数」についてみると、控訴人から依頼を受けてプログラムを解析した株式会社システックは、解析対象の約3分の1を占める「処理1」の部分については、原告ソースプログラムと被告プログラムは一致していないとし、その余の「処理2」「処理3」の部分についても、「コードレベルでは一致していないが、処理の内容は、ほぼ一致している。」と報告するにとどまっている。また、「inp_into_dnr関数」についてみても、プログラムを解析した上記株式会社システックは、逆アセンブルした原告ソースプログラムとイ号オブジェクトプログラムについて、「コードレベルでは一致していない部分もあるが、処理の内容としては、ほぼ一致している。」、「【終了処理】については、…一致していない。」と報告するにとどまっている上、その終了処理について、被控訴人Y2は、本人尋問において、被控訴人Y2のプログラムの書き方である旨を供述するのであるから、バグに近いものとはいい難い。 したがって、ポート制御の処理が類似しているとは認め難い。 オ 以上のとおりであるから、被控訴人Y2が原告ソースプログラムを持ち出し、使用した事実は認められないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。 (4) 次に、同様に、前記(2)の点を措いて、飛行訴人Y3が原告図面を持ち出したかについて、その使用も含めて検討するに、控訴人は、ロ号製品の電気回路図の関係で具体的な主張・立証をしないので、イ号製品との関係で検討する。 ア 控訴人は、この点について、原告図面である電気回路図(甲30の2)、パチンコ用及びスロット用入出力装置電気回路図(甲26の1、甲27の1)並びに代表灯中継器回路図(甲36の1)と、イ号製品の電気回路図(甲20の2)、パチンコ用及びスロット用入出力装置電気回路図(甲26の2、甲27の2)並びに代表灯中継器回路図(甲36の2)の類似性や、原告製品と被告製品とは極めて高い互換性があることからすれば、イ号製品の電気回路図、パチンコ用及びスロット用入出力装置電気回路図並びに代表灯中継器回路図は、いずれも被控訴人Y3が控訴人の承諾なく持ち出した原告図面に基づき、これを使用して作成されたことが確実である旨主張する。 イ しかし、証拠(乙29、被控訴人Y3本人)によれば、被控訴人Y3は、大学卒業後5年程、設備機器の電気回路及び基盤の設計者として勤務した後、控訴人に入社して、原告製品の回路・基盤設計に4年半程度携わったほか、この間、原告製品の回路に関わる部品選定、生産管理、品質管理の業務も担当していたことが認められる。そして、被控訴人Y3は、本人尋問において、原告製品の回路や部品を記憶していた旨供述しており、被控訴人Y3の回路・基盤設計者としての経験年数や原告製品に係る担当業務に照らせば、被控訴人Y3の供述を信用できないとまでいうことはできず、パチンコ・スロット用の呼出ランプについて、被控訴人Y3が同一の方針又はアイデアの下に回路・基盤を設計するのであれば、原告図面とイ号製品の回路図との間に、被控訴人Y3の記憶、習慣、経験に基づいて、ある程度類似する点が見られたとしても格別不自然・不合理ということはできない。 ウ また、証拠(証人B)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人提出に係るイ号製品の電気回路図(甲20の2)、パチンコ用及びスロット用入出力装置電気回路図(甲26の2、甲27の2)並びに代表灯中継器回路図(甲36の2)は、いずれも控訴人がイ号製品を解析して作成した回路図であることが認められるから、同様に、被控訴人らにおいて、原告製品を入手してこれを解析して電気回路図、パチンコ用及びスロット用入出力装置電気回路図並びに代表灯中継器回路図を作成することも可能であることからすれば、原告製品とイ号製品の回路図との間に類似性があることや、両製品の間に互換性があるからといって、それだけでは、被控訴人Y3による原告図面の持ち出しが推認されるものではない。 エ そのほか、原告製品とイ号製品の回路図とを対比すると、ランニング入出力部、代表灯出力部、書き込み回路並びに外部装置であるパチンコ用及びスロット用入出力装置、代表灯中継器は類似するものの、上記以外の図面部分(CPU、集中分配機接続部、外部表示灯接続部、島通信部、リセット回路、データ保持回路、スイッチLEDランプ表示モジュール、電源部、ワイヤーロック出力部)は相違する点が多いと認められる。したがって、上記類似点が存在することから、被控訴人Y3が原告図面を持ち出し、使用したことを推認することは困難であり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。 (5) 以上のとおりであるから、控訴人の被控訴人Y2及び被控訴人Y3に対する秘密保持義務又は守秘義務の債務不履行に基づく損害賠償請求は理由がない。 3 原告ソースプログラムに係る著作権侵害の有無(争点3)について 控訴人は、ロ号プログラムについて具体的な著作権侵害の主張・立証をしないので、以下、イ号プログラムについて検討する。 (1) 控訴人は、遊技台の情報を表示させるためのLED(「7セグ」)の発光パターンとして、「0,1,2,3,4,5,6,7,8,9,a,b,c,d,E,F」に、ランダムな変数である「,,-,P,r,o,n.L,A,I,t,u,U」(本件12桁の文字列)を加えたが、本件12桁の文字列は、作成者の選択の幅が十分にある中から選択配列されたものであって、その表現には全体として作成者の個性が表われているとして、本件12桁の文字列については創作性があり著作物である旨主張する。 しかし、本件12桁の文字列を含む「0,1,2,3,4,5,6,7,8,9,a,b,c,d,E,F, ,-,P,r,o,n,L,A,I,t,u,U」の文字列は、「7セグ」と呼ばれるデジタル表示板に数字や文字を表示する文字データを示すものであり(甲15の5/20頁)、ある一つの文字を表示するためのデータを配列した表(データテーブル)の機能を有するものであって、その配列により、当該数字データ又は文字データがその順で並んでいるということを示すものであるが、このような文字列を組み込むこと自体はアイデアであると解される上、本件12桁の文字列の配列自体にも表現としての創作性があるとは認められない。 したがって、本件12桁の文字列は、プログラム著作物としての創作的な表現であるとはいえないから、控訴人の上記主張は理由がない。 (2) 控訴人は、リモコン制御の時間判定に用いる定数としての(80,100)、(15,25,48)及び(12,20,24,32)は、無数に存在する定数の組合せの中から、創作者が知識と経験に基づいて設計するもので、創作者の個性が表われており、創作性が否定されるものではない旨主張する。 しかし、上記数値は、リモコン制御の時間判定を規格上の基準値よりも幅を持たせて判断するためのものであると解されるが、この数値は原告製品が採用するリモコン制御のフォーマットの仕様により制約されるものと解される。そのような制約の中において、上記数値を選択したこと自体について創作性を認めることはできない。 したがって、控訴人の上記主張は理由がない。 (3) 控訴人は、ポート制御の処理が類似しており、控訴人の有する複製権及び翻案権を侵害すると主張する。当該主張は、控訴人が挙げるパチンコかパチスロかの自動認識処理(inp_into_ps関数の部分)及び取込終了処理を含む部分(inp_into_dnr関数の部分)についての創作性を前提として主張するものと解されるから、これらの部分の創作性について検討する。 ア まず、自動認識処理(inp_into_ps関数の部分)のプログラムが著作物性を有するかについて検討するに、同部分は、ソースコードで38行(空白行を除く)からなるプログラムである。 控訴人は、この点について、プログラムルーチンの工夫によりパチンコかパチスロかを自動認識できるようにしたところに創作性が認められると主張する。しかし、自動認識という新たな効果をもたらすプログラムであるとしても、そのような効果をもたらすプログラムとすることそれ自体はアイデアにすぎず、その指令の組合せとしての表現に創作性が認められなければプログラムとしての著作物性は認められない。控訴人の上記主張は、そのようなプログラム表現の創作性を主張するものではないから、それだけでは、自動認識処理(inp_into_ps関数の部分)の著作物性を認めることはできない。 仮に、同部分に著作物性が認められるとしても、逆アセンブルした原告ソースプログラムの自動認識処理部分(28行)とイ号オブジェクトプログラムの対応部分(34行)とを比較すると(甲17の9/10頁)、前記その表現方法は異なっており、イ号オブジェクトプログラムは、原告ソースプログラムを有形的に再製したものとも、表現上の本質的特徴を感得させるものともいえない(控訴人は、自動認識処理(inp_into_ps関数の部分)についての逆アセンブルした原告ソースプログラムとイ号オブジェクトプログラムの対応部分の類似性をるる主張するが、プログラムの表現としての類似性ではなく、処理内容の類似性を指摘するものにすぎない。)。 したがって、イ号オブジェクトプログラムの対応部分について複製権侵害及び翻案権侵害を認めることはできない。 イ 次に、取込終了処理を含む部分(inp_into_dnr関数の部分)の著作物性について検討するに、同部分は、ソースコードで29行(空白行を除く)からなるプログラムである。 控訴人は、取込終了処理「{pDnr->pos >= 33}」のバグを含む部分が一致することを、イ号ソースプログラムが原告ソースプログラムに依拠したことの根拠として主張するのみで、創作性についての具体的な主張をしないから、控訴人の主張からは、上記inp_into_dnr関数の部分の著作物性を認めることはできない。 仮に、同部分に著作物性が認められるとしても、逆アセンブルした原告ソースプログラムのinp_into_dnr関数(29行)とイ号オブジェクトプログラムの対応部分(56行)とを比較すると(甲17の3/10頁)、前記2(3)エのとおり、その表現方法は異なっており、イ号オブジェクトプログラムは、原告ソースプログラムを有形的に再製したものとも、表現上の本質的特徴を感得させるものともいえない(控訴人は、取込終了処理を含む部分(inp_into_dnr関数の部分)についての逆アセンブルした原告ソースプログラムとイ号オブジェクトプログラムの対応部分の類似性をるる主張するが、プログラムの表現としての類似性ではなく、処理内容の類似性を指摘するものにすぎない。)。したがって、イ号オブジェクトプログラムの対応部分について複製権侵害及び翻案権侵害を認めることはできない。 ウ 控訴人は、原告ソースプログラムのうち、その余の部分については、イ号オブジェクトプログラムとの共通点を何ら主張立証しないから、上記部分についても複製権侵害及び翻案権侵害を認めることはできない。 エ 以上によれば、原告ソースプログラムに係る著作権侵害は認められないから、その余について判断するまでもなく、原告ソースプログラムの著作権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。 4 被控訴人Y1に対する雇用契約上の信義誠実義務違反又は不法行為に基づく損害賠償請求の成否及び損害額(争点5)について (1) 前記第2の2の前提となる事実, 前記1(1)イ(ア)の認定事実並びに証拠(甲45の1、甲46、63の5〜7、甲64の4、甲65の4、甲66の3、乙27〜29、被控訴人Y1本人、被控訴人Y2本人、被控訴人Y3本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 ア 控訴人は、資本金8000万円、主に遊技場向け電子応用制御装置の開発・設計・製造・販売を業とし、愛知県東海市所在の本社(名古屋営業所)の他、東京営業所、大阪営業所、福岡営業所、広島営業所、仙台営業所を有し、平成20年4月当時、営業部31人、製造部23人、開発部5人、品質管理部3人及び管理部5人の従業員数合計67人の会社である。 イ 被控訴人Y1は、専門学校を卒業後、平成7年4月に控訴人に入社し、以後、主に営業部門を担当し、平成17年4月、営業部東京営業所所長、平成18年2月、営業部仙台営業所所長兼務、同年12月、営業部部長を歴任した。 ウ 被控訴人Y1は、平成17年ないし平成18年頃、納品した多数の控訴人取扱商品に不具合が生じたところ、顧客への対応方針について、控訴人の経営陣が下した判断に納得がいかず、また、当該対応方針に従って相当程度の超過勤務を余儀なくされたものの、残業手当が僅かしか支給されず、控訴人における待遇面について次第に不満を持つようになった。被控訴人Y1は、その後、平成20年3月ないし4月頃、納品した多数の原告製品に不具合が生じたところ、顧客への対応方針について、控訴人の経営陣が下した判断に対して再度納得がいかず、控訴人の経営方針等にはもはや付いていくことができないと感じ、退職を決意するに至った。 エ 被控訴人Y1は、平成20年7月20日付けをもって控訴人を退職した。 被控訴人Y1は、控訴人を退職後、被控訴人会社を設立することとし、控訴人の従業員のうち、少なくとも、開発部主任技師としてプログラム設計担当であった被控訴人Y2、開発部主任技師として回路設計担当であった被控訴人Y3、東京営業所課長代理であったC、製造部資材課課長であったE、開発部係長として外装設計担当であったA及び大阪営業所所長であったDに対して、被控訴人会社を設立すること、被控訴人を退職して被控訴人会社において働くことを勧誘した。 その結果、平成20年8月28日にCが、同年9月20日に被控訴人Y2、被控訴人Y3、E及びAが、平成21年2月15日にDが、それぞれ控訴人を退職し、その後、被控訴人会社において勤務している。 (2) 控訴人は、被控訴人Y1は、被控訴人会社を設立の上、同社において原告製品と極めて高い互換性を有する安価な被告製品を早期に開発・製造・販売することによって控訴人の取引先を奪い、控訴人に極めて重大な損害を加えることを目的として、「開発(Y3・Y2・A)と営業(F・C・G・H・I)を引き連れて出れば控訴人は潰れる」、「控訴人を一緒に潰そう」、「控訴人は近いうちに潰れる」などと申し向けて、退職以前から組織的かつ計画的に、控訴人の営業部及び開発部の中核となる人材を一斉退職させるべく勧誘し、その結果合計6人を一斉に引き抜いたものであり、控訴人の規模や構成を考慮しても、被控訴人Y1の行為は社会的相当性を逸脱した組織的かつ悪質な背信的行為であって、控訴人には被控訴人Y1による引抜行為により、取引先を奪われたほか、主たる従業員が欠けたことによる業務の停滞、組織変更、残された従業員の負担の増加、製品開発の遅れが生じ、新たに従業員を採用することを余儀なくされた旨主張する。 そして、証拠(甲25の1〜17)中には、被控訴人Y1が控訴人在職中から控訴人の従業員に対して、「営業部及び開発部の主なメンバーを引き連れて出れば控訴人は潰れる」旨述べて積極的に転職を勧誘したとの上記主張に沿う供述部分がある。 しかし、他方、被控訴人Y1、被控訴人Y2及び被控訴人Y3は、各被控訴人の本人尋問において、被控訴人Y1は、控訴人に対して退職の意思表示をした後、控訴人在職中に何名かの気の置けない同僚や部下に対して、新会社への転職の勧誘をしたものの、当時は未だ、被控訴人Y1には、退職後に設立する会社についての具体的・詳細な計画がなかったことから、同勧誘も、退職した後は独立して会社を立ち上げたいと思っているので、それが実現したときには一緒に働かないかとの漠然かつ抽象的なものにとどまっていた旨供述している。そして、控訴人の主張に沿う上記証拠(甲25の1〜17)は、控訴人の従業員の供述を聴取したメモであるが、当該供述部分については反対尋問を経ていないことから信用性が担保されているとはいい難い上に、いずれも平成20年3月ないし6月頃の被控訴人Y1の言動について、その2年後である平成22年3月ないし7月に、控訴人の従業員の供述を聴取し、これを書証化したものであって、記憶の減退・変容等により供述内容の信用性には多大な疑問があることから、反対証拠(被控訴人Y1本人、被控訴人Y2本人、被控訴人Y3本人)に照らし直ちには信用することはできず、他に控訴人の上記主張を認めるに足りる証拠はない。 そうすると、被控訴人Y1が被控訴人Y2、被控訴人Y3、C、E、A及びDに対して転職を勧誘するに際して、一斉退職を画策するなどして控訴人に対する積極的な加害目的を有していたとか、控訴人の信用を殊更おとしめたりするなどの不当な方法で勧誘等を行ったとの事情までは認められず、前記(1)認定のとおり、被控訴人Y1が、上記6名に対して被控訴人会社への転職の具体的な勧誘を行ったのは、控訴人を退職した後であり、当該勧誘行為によって上記6名がその自由な意思で転職を決意し、控訴人を退職したものである以上、被控訴人Y1による控訴人在職中又は退職後の勧誘行為が、単なる転職の勧誘の域を超え、社会的相当性を逸脱したものということはできない。 したがって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の被控訴人Y1に対する雇用契約上の信義誠実義務違反又は不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。 5 結論 以上によれば、控訴人の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却した原判決は相当である。よって、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 富田善範 裁判官 田中芳樹 裁判官 柵木澄子 |
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