判例全文 line
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【事件名】絵画の鑑定証書事件B
【年月日】平成26年5月30日
 東京地裁 平成22年(ワ)第27449号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成26年3月7日)

判決
原告 A
原告 B訴訟承継人 C
原告ら訴訟代理人弁護士 矢田次男
同 清永敬文
同 吉田桂公
被告 株式会社東京美術倶楽部
被告 訴訟代理人弁護  東松文雄


主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 被告は、別紙文書目録記載の文書を作成し又はこれを頒布してはならない。
2 被告は、原告A(以下「原告A」という。)に対し、508万8000円及びうち200万円に対する平成22年8月29日(訴状送達の日の翌日)から、うち308万8000円に対する平成25年7月27日(同月19日付け訴えの変更申立書送達の日の翌日)から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告C(以下「原告C」という。)に対し、508万8000円及びうち200万円に対する平成22年8月29日(訴状送達の日の翌日)から、うち308万8000円に対する平成25年7月27日(同月19日付け訴えの変更申立書送達の日の翌日)から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 仮執行宣言
第2 事案の概要
本件は、画家である亡D(平成4年2月20日死亡。以下「D」という。)の絵画につき、原告A及び原告Cが、Dの絵画の著作権を相続により取得して各2分の1の割合で共有するとして、被告に対し、絵画の鑑定証書の裏面にDの絵画の複製物を添付している被告の行為は、原告らが共有する著作権(複製権)を侵害するものであると主張して、@著作権法112条1項に基づき、Dの制作にかかる別紙文書目録添付にかかる絵画目録記載の絵画(油彩作品566点、水彩作品187点、版画作品106点の合計859点)につき裏面にその複製物を添付した文書である鑑定証書の作成頒布の差止めと(請求の趣旨第1項)、A民法709条、著作権法114条2項に基づき、複製権侵害による逸失利益として、原告らそれぞれに対し、508万8000円及びうち200万円に対する平成22年8月29日(訴状送達の日の翌日)から、うち308万8000円に対する平成25年7月27日(同月19日付け訴えの変更申立書送達の日の翌日)から、各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を(請求の趣旨第2項、第3項)、それぞれ求めた事案である。
1 前提となる事実等(証拠の摘示のない事実は、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告Aは、Dと、Dの妻である承継前原告B(平成25年8月27日死 亡。以下「承継前原告B」という。)との間の長女であるE(平成9年4月19日死亡。以下「E」という。)の夫である。
 原告Cは、原告Aの子であり、承継前原告Bから原告の地位を承継した。
 原告らは、Dの絵画の著作権を相続により取得し、これを各持分2分の1の割合で共有する。
イ 被告は、美術品の展覧及び売買等を目的とする株式会社である。〔甲2〕
(2) Dの画家としての業績等
 Dは、美術展覧会を開催して会員及び公募の作品を発表し、一般の鑑賞に資するとともに、美術に関する研究調査を行い、海外美術との交換展覧会などを開き、昭和22年に、美術文化の振興発展に寄与することを目的とする社団法人である二紀会の創立に参加し、昭和25年に同会同人賞、昭和27年には同会同人優賞、昭和47年には同会菊華賞、昭和49年には同会黒田賞を受賞するなど、洋画家として数多くの業績を残した。
(3) 被告の行為
 被告は、絵画の鑑定業務も行っており、絵画の所有者がその所有する絵画を売買等する際に、それらの者から依頼を受けるなどして、Dの作品について、「東京美術倶楽部鑑定委員会」名で「鑑定証書」と題する書面を作成し、ホログラムシールが貼付された鑑定証書の裏面に、作品のカラーコピーをパウチラミネート加工して添付している(以下「本件行為」といい、鑑定証書の裏面に添付される絵画のカラーコピーを「本件コピー」という。)。〔甲3、23、乙2〕
2 争点
(1) 本件行為が複製に当たるか
(2) 著作権法47条の2の準用又は類推適用の可否
(3) 原告らの請求が権利の濫用に当たるか
(4) 著作権法32条1項適用の可否
(5) 本件行為につきフェア・ユースの法理に基づき違法性が阻却されるか
(6) 損害発生の有無及びその額
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(本件行為が複製に当たるか)について
〔原告らの主張〕
(1) 本件行為により鑑定証書に添付される本件コピーは、依頼を受けた鑑定対象の絵画(以下「原画」という。)をカラーコピーしたものであり、原画に依拠して作成されたものである。そして、本件コピーについて原画との同一性を確認できることは明らかであり、本件コピーは、原画の内容及び形式を覚知させるに足りるものであるから、原画の複製に該当する。
(2) この点に関して被告は、複製物に鑑賞性が看取し得る場合に限り複製権の侵害になると主張するが、鑑賞性は複製の要件とされていないし、そもそも、絵画は、その描く対象、構図、色彩、筆致等によって構成されるものであり、一般的に創作的要素を具備するものであって、それ自体が鑑賞性を備えるものであるから、当該絵画の内容及び形式を覚知できるものを再製した以上、その絵画が有する鑑賞性も備えるものであって、絵画の複製に該当するか否かの判断において、絵画の内容及び形式を覚知させるものを再製したか否かという要件とは別個に、鑑賞性を看取し得るか否かという要件を定立する必要はない。
 また、被告は、本件コピーのような縮小版では、鑑賞的色彩は看取し得ない旨主張するが、本件コピーは、それ自体として十分に鑑賞の対象になる。例えば、甲3の鑑定証書(以下「本件鑑定証書」という。)に添付の本件コピーは、226.06cm(2)(=12.7cm×17.8cm)の大きさであり、一般の絵はがき(官製はがきの大きさで148cm(2)〔=10.0cm×14.8cm〕)よりも大きく、それ自体として十分に鑑賞の対象となる。 社団法人日本美術家連盟ら作成の意見書(甲19)によれば、鑑定証書自体が鑑賞的価値を持ち、コレクション(収集)の対象となっているとのことであるから、被告の主張に理由がないことは明らかである。
(3) 以上のとおり、本件行為は原画の複製に当たり、原告らの著作権(複製権)を侵害するが、被告はこれを争っており、今後も被告が、原告らの承諾のないまま本件行為を続け、著作権を侵害するおそれは極めて高い。
 したがって、原告らは、著作権法112条1項に基づき、被告に対し、別紙文書目録記載の文書の作成及び頒布の差止めを求める。
〔被告の主張〕
(1) 「複製」とは、著作権法の条文上は有形的に再製することをいうところ、以下のとおり、美術の著作物の複製にあっては、第一に、美術の著作物の特性から、第二に、複製自体が幅のある概念であることから、複製物に鑑賞性が看取し得る場合に限り複製権の侵害になると解すべきである。
ア 絵画、版画、彫刻等の美術の著作物にあっては、これらの著作物が本来もつ特性である鑑賞性の有無が重要になる。また、応用美術の著作物性という論点においては、基本的に「純粋美術は著作権法で、応用美術は意匠法で保護される」といわれるように、美術の著作物には二種類あり、一つは、専ら鑑賞を目的とする純粋美術(絵画、彫刻など鑑賞目的の作品)、もう一つは、実用品に純粋美術が加わり、その工業価値に重点がある応用美術(実用品のデザイン)であることが前提となっている。
 このように、美術の著作物にあっては、鑑賞性の有無が重要となっているものである。
イ また、複製自体が幅のある概念であり、限定解釈をしなければ、妥当な結論が得られない場合がある。例えば、著作権法45条は美術の著作物等の原作品の所有者による展示に関する規定であるところ、著作物の原作品の所有者等は、原作品(オリジナル作品)を公に展示することができ、この場合、著作権者の許諾はいらないから、これは著作権者が有する展示権(25条)が制限される場合である。そして著作権法47条は、解説又は紹介を目的とする小冊子という限定が付されてはいるものの、展示された原作品を複製して解説書や案内書に掲載することができると規定しており、これは著作権法45条1項を実効あらしめるための規定である。なぜならば、展覧会で展示作品の適切な解説や紹介がなされると、鑑賞者がより深く作品を鑑賞することができ、鑑賞の意欲が増幅されることになり、そのためにカタログ等を頒布することも必要となるが、作品の解説又は紹介という性質上、こうしたカタログには展示作品の複製を掲載せざるを得ないという事情があるので、この限度で著作権者の許諾は要らないとしたものである。
 このように著作権法は、「複製による利用については著作権者、展示による利用については所有者」と、許諾の権能を振り分けているのである。
 これによると、著作権者が有する複製権の行使を無に帰するような場合、つまり鑑賞用の画集(豪華本)のような場合には、本質的な利用として著作権者が有する複製権が侵害される場合であり、複製に該当する。その判断基準は「紙質、規格(判型)、作品の複製形態等」であり、これらの要素から鑑賞用の書籍として市場において取引される価値を有するものといえるか否かが判断されることになる。美術の著作物の複製には、展示に伴う複製の場合と、それを超える鑑賞的色彩を有する複製の場合とがあることになる。このように、複製といっても幅のある概念であることが読み取れる。
ウ 上記ア及びイの観点からいえば、絵画の著作物の複製物といえるためには、複製物と主張されるものが、絵画としての鑑賞的色彩を有していなければならないと解されるところ、本件コピーは、大幅に縮小され、しかもパウチラミネート加工されているため、通常の注意力を有する者がこれを観た場合、画材、構図、色彩及び筆致等を感得することはできず、当該コピーは、絵画としての鑑賞的色彩を有しているということはできない。
 すなわち、鑑定証書添付の複製物では、美術の著作物の原作品やその鑑賞性を有した複製物が本来有する美的感動を伝えられないことが明らかであって、鑑定の目的のために鑑定証書を作る必要があり、鑑定証書作成の目的のために、同一性確認のため複製物を添付する必要があるのみであり、当該複製物には鑑賞性がない。
(2) 以上のとおり、本件コピーは原画の複製物には該当しないというべきである。
2 争点(2)(著作権法47条の2の準用又は類推適用の可否)について
〔被告の主張〕
(1) 画像の貼付された鑑定証書は、物故作品の市場流通に不可欠であること戦後の経済成長に絵画等の美術品に課される物品税の廃止が重なると、絵画の需要が一気に高まり、絵画市場の整備、成長が急速に進んだところ、その一方で、1960年代まで市場において保証基準(返品返金の基準)を提供してきた「所定鑑定人」の中に鬼籍に入る者が多くなり、次第に近代絵画の保証基準に齟齬を来すようになった。その結果、業者間あるいは業者・顧客間に作品の真贋に由来する紛争が目立ち始めたため、より正確性の高い鑑定が要求されることとなり、画商及び美術商らは協同して鑑定会の設立を目指し、その結果、東京美術倶楽部鑑定委員会が設立された。その背景には、正確性の低い鑑定制度のもとでは、物故作品の市場流通が不安定になり、結果的に物故作品の財産的価値が低下すること、画商及び美術商に、個人ではなく社会的に活動することが求められるようになってきたこと、統一的な鑑定基準の設定が必要であったことなどがあった。
 上記鑑定委員会設立の背景からも明らかなとおり、正確性の高い鑑定制度のもとでは、物故作品の市場流通が安定・活発化し、その財産的価値が高まり、それと同時に鑑定により作品の真贋を極めることは、結果的に物故作家の相続人等の著作権継承者の名誉及び権利を保護することにもなるのである。
 以上の歴史、意義を有する鑑定は、現代の物故作品の市場流通において、必要不可欠なものとなっている。なぜならば、物故作品は、物故作家本人に真贋を確認することができず、元来真贋が明確でないものが多く、鑑定証書がなければ物故作品の真贋を担保するものはなく、買受希望者から敬遠されてしまうからである。また、物故作品の売却希望者からしてみれば、鑑定証書の有無により売却可能性及び売却価格が左右されることとなるため、鑑定証書は売却において重要な意味を有することになる。
 鑑定証書は、物故作品の流通において重要な付属物であり、作品とともに保管され、流通されることとなるが、作品と鑑定証書とは本来別々の物であり、鑑定証書を作品自体に固定することは物理的に不可能であるため、鑑定証書がどの作品のものであるのかを特定するためには、鑑定証書に鑑定対象作品の画像を添付する以外に有効な手立てはない。また、絵画の画題は、限定された特定の名称が用いられることが多く、作品間で重複することが多いため、文字(画題)だけで作品を特定することは困難であり、絵画の作品の特定のためには、画像の貼付が不可欠である。
(2) 著作権法47条の2の趣旨は、美術作品の譲渡等の取引を保護する点にあるところ、絵画の譲渡に不可欠な鑑定証書についても同条の趣旨が同様に当てはまること
 著作権法47条の2の趣旨は、美術作品の譲渡等に画像等の商品情報が不可欠である一方、画像等の掲載は著作権侵害となる可能性があり、譲渡等それ自体としては何ら著作権侵害とならない場合であるにもかかわらず、画像等の掲載に関する著作権侵害を理由に事実上譲渡等が困難となることがあるため、そのような事態を防止することにある。前記(1)のとおり、物故作品の譲渡等の流通には、鑑定証書が不可欠であり、かつ鑑定証書には鑑定対象作品の写真の添付が不可欠であるから、鑑定証書にも同条の準用又は類推適用を認めなければ、物故作品の市場流通を妨げる結果となり、同条の趣旨に反することになる。
 また、鑑定証書に貼付された本件コピーは、絵画を大幅に縮小したものであり、鑑賞的色彩を有するものではなく、さらにウェブ上の画像とは異なり、当該縮小カラーコピーが複製され、流通されることは容易に想定できないことからすれば、鑑定証書について著作権法47条の2の準用ないし類推適用を認めたとしても著作権者に実質的な不利益はない。
(3) 以上のとおり、本件行為については、著作権法47条の2を準用ないし類推適用する必要性が高く、またそれを認めた場合の著作権者の不利益も少ないことから、著作権法47条の2を準用ないし類推適用すべきである。
〔原告らの主張〕
(1) 著作権法47条の2は、「美術の著作物・・・の原作品又は複製物の所有者その他のこれらの譲渡又は貸与の権原を有する者」が、「その原作品又は複製物を譲渡し、又は貸与しようとする場合」には、「当該権原を有する者又はその委託を受けた者は、その申出の用に供するため、これらの著作物について、複製又は公衆送信・・・を行うことができる」と規定するものであるところ、被告は、「(原画の譲渡又は貸与の)権原を有する者又はその委託を受けた者」ではなく、また、鑑定証書は、「(原画の譲渡又は貸与の)申出の用に供するため」に作成されたものではない。
(2) また、著作権法47条の2によって許容される複製により作成される複製物に係る著作物の表示の大きさは50cm(2)以下とされているが(著作権法施行令7条の2第1項1号、著作権法施行規則4条の2第1項1号)、本件鑑定証書に添付された本件コピーの大きさは226.06cm(2)であり、50cm(2)を大きく超えている。
(3) さらに、著作権法47条の2は、平成21年の同法の改正によって新設された条項であり、その施行日は平成22年1月1日であるところ、同日以前に作成された鑑定証書(甲3の作成日は、平成19年7月25日である。)について、同条項を準用ないし類推適用することはできない。
(4) したがって、本件において、著作権法47条の2を準用ないし類推適用することはできない。
3 争点(3)(原告らの請求が権利濫用に当たるか)について
〔被告の主張〕
(1) 本件紛争に至った経緯は、原告らが被告の鑑定証書発行を差し止めるのではなく、鑑定行為そのものを差し止めることにある。このような経緯に鑑みれば、原告らの本件権利行使は、原告らの複製権それ自体の保護を目的とするのではなく、被告による作品の鑑定の妨害を目的とすることが明らかである。また、本件で鑑定証書添付の本件コピーが複製権侵害に当たると認定されてしまえば、被告としては鑑定業務を行うことが困難となり、ひいては鑑定証書の存在に支えられた日本の絵画流通市場の安定性が失われるおそれすら生じるのであり、原告らの得る利益に比べ、被告の受ける不利益の方がはるかに大きく、その不利益は被告にとどまらず、日本の絵画流通市場全体に及ぶのである。さらに、権利濫用を認めないとすると、結果的に著作権継承者にだけ鑑定業務の独占を許すという不合理な結果が招来されてしまう。なぜなら、実際のところ対象物の特定及び同一性確認のためには、鑑定証書に絵画のコピーを添付しないと鑑定証書は作れないところ、それが複製権の侵害になってしまうのでは、著作権継承者しか鑑定証書の作成ができなくなってしまうからである。
(2) 以上の事実からすれば、原告らの権利行使は、権利濫用(民法1条3項)として効力を否定されるべきである。
〔原告らの主張〕
(1) 被告が、原告らの著作権を侵害していることから、原告らはこれを差し止め、その損害の賠償を求めるために、本件訴訟を提起したものであり、被告による作品の鑑定の妨害を目的とするものではない。
(2) この点に関して被告は、本件行為を認めないとなると、著作権継承者にだけ鑑定業務の独占を許す結果になる旨主張するが、被告以外の主な鑑定団体(例えば、日本洋画商協同組合など)では、著作権者の許諾を得た上で鑑定証書への原画のコピーの添付を行っているのであり、かかる実務からして、著作権継承者にだけ鑑定業務の独占を許すことにはならない。むしろ、被告による本件行為は、鑑定業界の慣習に反するものである。
(3) また、例えば、絵はがきであっても鑑賞の対象になるところ、前記のとおり、本件鑑定証書に添付された本件コピーは絵はがきよりも大きく、それ自体として十分に鑑賞の対象になるものであり、特に、本件のように、パウチラミネート加工をされることで、かえって、鑑定証書添付の本件コピーの保存性は高まり、永続的に鑑賞が可能になってしまう。そして、仮に、真作との鑑定結果が真実は誤りであった場合、贋作のカラーコピーを添付したことで、本来の真作が贋作であるとみなされるおそれも高まる。これが著作権者の意思に反することは明らかである。
(4) さらに、被告の本件行為は、鑑定料(1点につき6万円)の収益を得るとの商業目的のものであり、公益性はない。
 実際、被告は、鑑定料・鑑定日・受付方法をそのホームページに掲載して広告宣伝をした上、鑑定の依頼を募り(甲4)、平成19年には、少なくとも2190作品の鑑定証書を作成したものと推測されるが、これによる売上げは、1億3000万円を超える莫大なものである。
 著作権者の許諾も得ずに、商業目的に、複製絵画の添付という形で著作権を利用してかかる莫大な収益を上げるなど言語道断である。
(5) 以上のとおり、原告らの本訴請求は、何ら権利の濫用ではない。
4 争点(4)(著作権法32条1項適用の可否)について
〔被告の主張〕
(1) 鑑定証書は、絵画が真作であることを証する鑑定書であって、鑑定証書に絵画のコピーを添付したのは、その鑑定対象である絵画を特定し、かつ、鑑定証書の偽造を防ぐためであるところ、そのためには、一般的にみても、鑑定対象である絵画のカラーコピーを添付することが確実であって、添付の必要性・有用性も認められることに加え、著作物の鑑定業務が適正に行なわれることは、贋作の存在を排除し、著作物の価値を高め、著作権者等の権利の保護を図ることにもつながるものであることなどを併せ考慮すると、著作物の鑑定のために当該著作物の複製物を利用することは、著作権法の規定する引用の目的に含まれるといわなければならない。
(2) 本件コピーは、ホログラムシールを貼付した表面の鑑定証書の裏面に添付され、表裏一体のものとしてパウチラミネート加工されており、本件コピー部分のみが分離して利用に供されることは考え難いこと、鑑定証書は、絵画の所有者の直接又は間接の依頼に基づき1部作製されたものであり、絵画と所在を共にすることが想定されており、絵画と別に流通することも考え難いことに照らすと、鑑定証書の作製に際して、本件コピーを添付することは、その方法ないし態様としてみても、社会通念上、合理的な範囲内にとどまるものということができる。
(3) また、一般的な鑑定団体では、著作権者の許諾を得ないことが通常とされており、これは日本洋画商協同組合鑑定登録委員会の文書(乙1)からも明らかである。
 以上によれば、本件行為は、著作権法32条1項に規定する適法引用に当たる。
〔原告らの主張〕
(1) 被告の本件行為は公正な慣行に合致しないこと
ア 被告以外の主な鑑定団体では、著作権者の許諾を得た上で鑑定証書への絵画のコピーの添付を行っており、著作権者の許諾を得ることは鑑定業界の慣習であって、これが公正な慣行であるが、このことは、以下の点からも明らかである。
 すなわち、美術鑑定人一覧(「美術の窓の年鑑 美術界データブック2011」332頁以下、株式会社生活の友社平成23年4月発行、甲18)に基づき、日本画、書、洋画の美術鑑定人について、原告ら側で調査したところ、被告以外の美術鑑定人は、以下の@ないしBのいずれかの方法によっている。
@ 作家の遺族(著作権者)が、自ら鑑定人として鑑定を行っている
A 作家の遺族(著作権者)が鑑定委員会に加わり、当該鑑定委員会において鑑定を行っている
B 当該作家の鑑定委員会が組織され、作家の遺族(著作権者)の同意を得た上で、当該鑑定委員会において鑑定を行っている
 上記Bについて、当該作品の著作権者の行方が分からないなど、当該著作権者と連絡が取れない等の事情がある場合に、当該作品の贋作が出回ることを防止するために、やむを得ず、当該著作権者の同意がないまま当該作品の鑑定が行われることがあるが、これは飽くまでも例外的な取扱いであり、この場合には、当該作品を最も多く取り扱う画商が鑑定に加わるなど、鑑定の品質が確保されるように対応されている。
イ この点に関して被告は、日本洋画商協同組合の鑑定証書も被告の鑑定委員会と同様の対応、すなわち、著作権者からの許諾を前提とせずに、鑑定証書に絵画のコピーを添付していることが乙1の末尾から推察される旨主張するが、以下のとおり、日本洋画商協同組合では、著作権者からの許諾を前提とせずに、鑑定証書に複製絵画を添付することはしていない。すなわち、日本洋画商協同組合では、鑑定を実施する前に、必ず作家の遺族(著作権者)を調査し、遺族(著作権者)と連絡が取れる場合には、必ず鑑定を実施することについて同意を取得することとしており(乙1の末尾の記載の「日本洋画商協同組合は、鑑定登録業務を実施する前に出来る限りご遺族・著作権継承者の方をリサーチし、ご協力、御同意を受けております。」の部分は、この趣旨である。)、原則として、同意が得られない場合には、鑑定は実施しない。しかし、作品の著作権者の行方がわからないなど著作権者と連絡が取れない等の事情がある場合があり、かかる場合には、当該作品の贋作が出回ることを防止するために、やむを得ず著作権者の同意がないまま当該作品の鑑定を行うことがあるが、後に当該作品の著作権者から連絡があれば、鑑定についての同意を取得するようにしている(乙1の末尾の記載の「しかしながらどうしてもご連絡の取れない場合もあり、御当該の方及びお気づきの点が御座いましたら是非当組合までご一報賜りますようお願い申し上げます。」の部分は、この趣旨である。)。ただし、かかるケースは、飽くまでも例外であり、現在同組合が鑑定を行っている50名余りの作家のうちのわずか3名にすぎず、そのほかの作家については、鑑定について著作権者の同意を得ている。そして、この場合にも、当該作品を最も多く取り扱う画商が鑑定に加わるなど、鑑定の品質が確保されている。なお、日本洋画商協同組合では、鑑定の品質を確保するために、作家ごとに鑑定委員会を組織し、各鑑定委員会において、当該作家について深い見識を有する委員が鑑定に携わっているが、被告では、作家ごとに鑑定委員会が分けられておらず、同じ委員が全ての作家の鑑定を行っている。前記美術鑑定人一覧(甲18)を見ると、Dを含め、同じ作家について、上記@からBの鑑定をした鑑定人と重複して、被告も鑑定人として記載されているものがある。この場合、当該作品の著作権者は、上記@からBの鑑定については同意しているが、被告による鑑定については同意しておらず、原告らも、被告による鑑定については同意していない。それにもかかわらず、被告は鑑定を行っているのであり、著作権者の意思を踏みにじるものというほかない。
ウ 以上のとおり、被告以外の鑑定団体においては、当該作品の著作権者の行方がわからないなど、当該著作権者と連絡が取れない等の事情がある場合を除き、そもそも鑑定を行うことについて、当該著作権者の同意を得ている。そして、著作権者は、鑑定を行う際には、鑑定証書に絵画のコピーを添付することを認識しており、かかる添付についても同意しているのであって、これが公正な慣行である。
 したがって、被告の本件行為は、かかる公正な慣行に合致しておらず、著作権法32条1項所定の要件を満たさない。
(2) 被告の本件行為は著作権法32条1項所定の「引用」にも該当しないこと
ア そもそも「引用」とは、紹介、参照、論評その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録することをいう(最高裁第三小法廷昭和55年3月28日判決・民集34巻3号244頁)。
 なお、現行著作権法32条1項は、「引用」について、「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない」と規定するところ、上記最高裁判決は、旧著作権法についてのものであるが、現行の著作権法の解釈についてもそのままあてはまるとされている。
 したがって、「引用」は、紹介、参照、論評等の目的で行われるものであり、自己の著作物と利用される他人の著作物との間に紹介、参照、論評等の関係がなければ、「引用」には該当しない。
 そして、被告の主張する原画の複製の目的は、鑑定証書の対象物の特定であり、鑑定証書(自己の著作物)と対象物(他人の著作物)との間に紹介、参照、論評等の関係がないことは明らかである。
イ したがって、そもそも被告の本件行為は、「引用」にも該当しない。
5 争点(5)(本件行為につきフェア・ユースの法理に基づき違法性が阻却されるか)について
〔被告の主張〕
(1) フェア・ユースの法理については、我が国の著作権法には同法理を定めた規定はなく、米国における同法理を我が国において直接適用すべき必然性も認められないから、同法理を適用することはできないとの議論がある。
 しかしながら、著作物を取り巻く急激な環境の変化に適切・迅速に対応し、利用の円滑化を図るためには、立法による解決を待つだけでは足りず、裁判所による積極的な司法判断が期待されるところであり、また、我が国の著作権法においても、その個別の権利制限規定としてフェア・ユースの法理は既に内在しているのであるから、我が国の現行著作権法に、一般的な権利制限規定としてフェア・ユースの法理を定めた規定がないことは、同法理を適用できないことの理由にはならない。
 また、本件行為について複製権侵害を認めてしまえば、不当な結果が招来されることは明らかであり、本件のような場面でこそ、フェア・ユースの法理が適用される必要がある。
(2) ところで、著作権法は、その目的において、「この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする」(著作権法1条)と定めるとおり、著作者の権利を保護する一方で、著作物の社会的、公共的な性格に鑑み、一定の場合に同法30条以下の権利制限規定で著作者の権利を制限している。
 この観点からいえば、本件行為は、形式的にも原告らの複製権を侵害するものではないが、仮に形式的に権利を侵害しているとしても、実際には権利者の権利を不当に侵害するものではない。
 すなわち、その利用目的は、鑑定証書の対象物の特定にあり、その利用態様は、原画を大幅に縮小してカラーコピーしたものをパウチラミネート加工して鑑定証書の裏面に貼付しているだけで、鑑賞的色彩を全く有しておらず、さらにウェブ上の画像と異なり、当該縮小カラーコピーが複製され、流通することは容易に想定できないのであり、実質的な違法性はないといわなければならない。
 にもかかわらず、そのような行為に杓子定規に著作権法を適用し、安易に複製権侵害を認定してしまえば、絵画流通市場全体に不利益をもたらす結果となり、それが妥当でないことは明らかである。
(3) 以上のとおり、本件行為については、フェア・ユースの法理を適用し、複製権侵害を否定すべきである。
〔原告らの主張〕
(1) そもそもフェア・ユースの法理については、我が国の著作権法には、同法理を定めた規定はなく、米国における同法理を我が国において直接適用すべき必然性も認められない。
 したがって、同法理を適用することはできず、フェア・ユースの法理を適用し、複製権侵害を否定すべきであるとの被告の主張に理由がないことは明らかである。
(2) また、被告は、フェア・ユースの法理を適用すべきとする理由として、その利用目的は、鑑定証書の対象物の特定にあり、その利用態様は、原画を大幅に縮小カラーコピーしたものをパウチラミネート加工して鑑定証書の裏面に貼付しているだけで、鑑賞的色彩を全く有しておらず、さらにウェブ上の画像と異なり、当該縮小カラーコピーが複製され、流通することは容易に想定できないから実質的な違法性はないことを挙げているが、独善的なものであり、以下のとおり理由がない。
ア まず、本件コピーの利用目的が鑑定証書の対象物の特定にあるとしても、真贋の鑑定証書としては、当該絵画のキャンバスや用紙の支持体の隅や裏面に剥離できない偽造防止装置を施した固有番号を貼付し、その番号と鑑定証書を対応させる方法によることの方が、鑑定証書に複製絵画を添付する方法よりも有効である(甲19)。このように、鑑定証書の対象の原画を特定する方法として、著作権者の許諾を得ないままに絵画のコピーを利用する以外の方法もあるのであり、その利用目的をもって、本件コピーの利用を正当化することはできない。
イ 次に、被告は、本件コピーは、鑑賞的色彩を全く有していない、また、当該縮小カラーコピーが複製され、流通することは容易に想定できないと主張するが、鑑定証書は、それ自体として十分に鑑賞の対象になるものである上、本件のように、パウチラミネート加工をされることで、鑑定証書添付の本件コピーの保存性は高まり、永続的に鑑賞が可能になる。また、本件コピーがさらに複製(コピー)され、流通するおそれもある。著作権者の意思に反して、当該絵画の鑑賞が永続的に可能とされ、また、さらに複製(コピー)され流通するなど、許されてはならないことは明らかである。
ウ そして、鑑定は、必ず客観的に正しいというものではなく、誤りであることもあるが、被告はこの点を何ら考慮していない。
 に、真作との鑑定結果が誤りで、贋作であった場合、本件のように、鑑定証書に原画のカラーコピーを添付したことで、本来の真作が贋作であるとみなされるおそれも高まるが、これが著作権者の意思に反することは明らかである。
(3) さらに、フェア・ユースの法理を規定する米国著作権法107条は、著作物の使用が商業性を有する場合は、フェア・ユースは成立し難いと解されている。そして、被告の本件行為は、鑑定料(1点につき6万円)の収 益を得るとの商業目的のために行われており、本件コピーの使用は、まさに商業性を有するものである。
 実際、被告は、鑑定料・鑑定日・受付方法をそのホームページに掲載して広告宣伝をした上、鑑定の依頼を募り(甲4)、平成19年には、少なくとも2190作品の鑑定証書を作成したものと推測されるが、これによる売上げは、1億3000万円を超える莫大なものである。
 当該著作権者の許諾も得ずに、商業目的に、本件コピーの添付というかたちで著作権を利用して、かかる莫大な収益を上げるという被告の本件行為について、フェア・ユースの法理が適用されるなど不当極まりない。
(4) 以上のとおり、被告の主張に理由がないことは明らかである 。
6 争点(6)(損害発生の有無及びその額)について
〔原告らの主張〕
(1) 本件行為により被告が受けた利益
 本件行為により被告が受けた利益は、原告らの損害額として推定されるが(著作権法114条2項)、その正確な金額は不明であるところ、本件行為により被告が受けた利益を算出すると、以下のとおり1017万6000円となる。
(2) 鑑定1点当たりの被告の利益
 作品1点当たりの被告の鑑定費用は6万円である(甲4)。そこで、1点当たりの鑑定により被告が受ける利益は、その80%である4万8000円と想定される。
(3) 被告が鑑定したDの作品数
 Dの作品について、被告が鑑定し、鑑定証書の裏面にその作品の複製物を付した件数は、平成18年10月25日から平成22年6月25日までの間で、212件に及ぶ(乙19、甲23の1ないし212)。
 なお、原告Aが本件コピー(甲23の1ないし212)について検証したところ、甲23の33、甲23の47、甲23の82、甲23の91、甲23の147、甲23の158、甲23の173、甲23の206及び甲23の208の絵画については、真作ではない疑いがあることが判明した。真作との鑑定結果が真実は誤りで、贋作であった場合、鑑定証書に当該絵画のカラーコピーを添付したことで、本来の真作が贋作であるとみなされるおそれも高まり、これが著作権者の意思に反することは明らかであるが、本件では、まさにこのような事態が発生している可能性があるのである。
(4) 本件行為により被告が受けた利益
 以上のとおり、本件行為により被告が受けた利益は、1017万6000円(=1点4万8000円×212件)となる。
(5) 原告らの損害額
 したがって、原告らは、被告の本件行為により、1017万6000円の損害を被っている。
 原告らの持分はそれぞれ2分の1であるから、原告らは、被告に対して、それぞれ508万8000円の損害賠償請求権を有している。
〔被告の主張〕
 否認ないし争う。
第4 当裁判所の判断
1 証拠(甲1ないし23の212、乙1ないし19、調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、同認定を覆すに足りる的確な証拠はない。
(1) Dは著名な洋画家であり、風景画を中心に多数の作品を残しており、原告らは、相続により、その著作権を持分各2分の1の割合で取得した。
 Dの作品には、別紙絵画目録記載のとおり、例えば、「パリー風景」と題する作品が42点、「ムフタール通り」と題する作品が36点、「モンマルトル」と題する作品が14点もあるように、「パリー風景」等、フランスを中心とし欧州の地名を付した同一の作品名の絵画が多数あるほか、同一の作品名について制作年が不明のものも多数ある。〔乙7〕
(2) 被告の本件行為により、平成19年7月25日付け鑑定証書(甲3、本件鑑定証書)に添付された本件コピーの元の絵画は、「サン・ドニ風景」と題する油彩、キャンバス作品であり、その大きさは縦45.5cm、横53.0cmで、面積は2411.5cm(2)である。
 他方、本件鑑定証書に添付された本件コピーは、上記絵画を縮小カラーコピーしたものであり、ホログラムシールが貼付された鑑定証書の裏面にパウチラミネート加工されて添付されている。その大きさは、縦12.7cm、横17.8cmで、面積は226.06cm(2)であり、官製はがき(縦14.8cm、10.0cm、面積148cm(2))よりも若干大きく、元の絵画との面積比でみると、その約9.3%に当たる。
(3) 被告は、平成18年10月25日から平成22年6月25日までの間に、Dの作品につき本件鑑定証書を含む212件の鑑定証書を作成し、本件鑑定証書と同じく、その裏面に絵画をカラーコピーしたものをパウチラミネート加工して添付しているところ、これらも本件鑑定書等と概ね同程度の大きさである。〔乙19、甲3、23の1ないし212。なお、甲23の41は甲3と同じ。〕
 このうち「パリー風景」とのみ題する作品(副題のあるものを含まない)は30件ある。〔乙19〕
(4) 被告は、日本画家37名、洋画家67名の物故画家について鑑定を行っているところ、Dの作品について鑑定依頼を受けて鑑定をするに際しては、鑑定代として3万円、依頼作品が真作と判断した場合に発行される鑑定証書発行代として3万円の、合計6万円を依頼人から受領している。〔乙2、4、12〕
(5) 被告は、画家が同じ画題を使用する傾向が強く、鑑定対象作品を特定するためと、鑑定証書の偽造防止の観点から、鑑定証書に対象絵画の縮小コピーを添付する扱いとしている。前記(1)のとおり、Dの作品には、「パリー風景」、「ムフタール通り」等の画題は多数あり、その他にも「パリー」等、フランスの地名等の同じような固有名詞が用いられているものも多いことから、絵画の縮小コピーの添付なしには、対象絵画を確実に特定することは困難な状況にあるとしている。〔乙2、7、弁論の全趣旨〕
(6) 被告以外の鑑定団体が行う物故画家の鑑定証書の発行に際しては、絵画の縮小コピーが添付されているものがある(乙8の2、3)ほか、調査嘱託の結果によれば、日本洋画商協同組合鑑定登録委員会においては、平成23年1月1日から同年12月31日までの1年間で69名の画家を鑑定対象として142件の鑑定を実施し、鑑定証書(縦12.5cm、横18.2cm)を120件発行しているところ、その鑑定証書の裏面には絵画のコピー(カラー。縦12.9cm、横17.9cm)がパウチラミネート加工されて添付されており、その絵画のコピーの添付も含めて、当該絵画の著作権者(遺族)から鑑定の許諾を得ていること(ただし、著作権者である遺族の同意につき一件の例外があるが、異議の申立ては受けていないとする。)、北海道絵画商協同組合鑑定委員会においては、平成23年に、4名の画家を対象として7件の鑑定を実施し、うち6件について鑑定証書(15cm×10cm)を発行し、その鑑定証書にラミネート加工した絵画のコピー(鑑定証書と同サイズであり、ほとんどが白黒)を貼り合わせており、著作権者である遺族の許諾は全く得ていないこと、長野県美術商協同組合鑑定委員会においては、平成23年に、3名の画家を対象として6件の鑑定を実施し、うち4件につき鑑定証書を発行し、その際、鑑定証書に絵画のコピーを添付しているとの回答があった(ただし、著作権者である遺族の同意を得ているかについては回答がない。)。なお、当裁判所の行った6団体に対する調査嘱託の結果は、上記の ほか、1団体については回答せず〔ギャラリーAYA〕、1団体については質問にかかる鑑定業務を行っていない〔株式会社ギャルリーためなが〕というものであった。
2 争点(1)(本件行為が複製に当たるか)について
(1) 著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、これと同一のものを作成し、又は、具体的な表現に修正、増減、変更等を加えても、新たに思想又は感情を創作的に表現することなく、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを作成する行為をいうと解されるところ、本件鑑定証書に添付された本件コピーは、元の絵画の写真撮影を経て作成された縮小カラーコピーであり、その大きさは縦12.7cm、横17.8cmであって、被告自身が原画との同一性が確認できるよう作成しているとするものであって、本件行為は概ねこれと同様の行為であり、それら本件コピーの作製方法や、被告が本件コピーを鑑定証書に添付する目的からしても、原画の表現上の本質的な特徴との同一性を維持し、これに接する者がその表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものであることは明らかである。
 したがって、このような本件コピーを作成することを含む被告の本件行為は著作権法上の「複製」に該当するというべきである。
(2) この点に関して被告は、本件コピーは、美術の著作物の複製が著作権法上の複製に該当するために必要な鑑賞性を備えないから、本件行為は「複製」に該当しない旨主張する。
 しかし、絵画の複製について、「複製」の要件とは別途、その複製物とされる物につき鑑賞性を看取し得るか否かを要件とすべきとする法的根拠はなく、「複製」に当たるか否かについては前記(1)で示した基準により判断すべきものである。
 したがって、被告の上記主張は採用することができない。
3 争点(4)(著作権法32条1項適用の可否)について
 事案に鑑み、争点(4)につき判断する。
(1) 著作権法は、公表された著作物は、公正な慣行に合致し、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で引用して利用することができると規定されているところ(同法32条1項)、他人の著作物を引用して利用することが許されるためには、引用して利用する方法や態様が公正な慣行に合致したものであり、かつ、引用の目的との関係で正当な範囲内、すなわち、社会通念に照らして合理的な範囲内のものであることが必要であるから、「引用」に当たるか否かの判断においては、他人の著作物を利用する側の利用の目的のほか、その方法や態様、利用される著作物の種類や性質、当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度などを総合考慮すべきである。そして、旧著作権法(明治32年法律第39号)とは異なり、現行著作権法32条1項における「引用」として適法とされるためには、利用者が自己の著作物中で他人の著作物を利用した場合であることは要件ではないと解すべきである。
(2) 上記観点から、本件行為につき、著作権法32条1項所定の「引用」としての利用として許されるか否かについて検討する。
 前記1(5)認定のとおり、Dの作品に関する鑑定証書を作成するに当たり、鑑定証書に対象となった原画のカラーコピーを添付することについて、被告は、鑑定証書はそこに添付されたカラーコピーの原画が真作であることを証するために作成されるものであることから、鑑定証書の鑑定対象となった原画を、多数の同種画題が存する可能性のある中で特定し、かつ、当該鑑定証書自体が偽造されるのを防止する目的で行っていると認められること、そして、その目的達成のためには、鑑定の対象である原画のカラーコピーを添付することが最も確実であることから、これを添付する必要性、有用性が認められること、著作物の鑑定の結果が適正に保存され、著作物の鑑定業務の適正を担保することは、贋作の存在を排除し、著作物の価値を高め、著作権者等の権利の保護を図ることにもつながるものであることなどを併せ考慮すると、著作物の鑑定のために当該著作物の複製を利用することは、著作権法の規定する引用の目的に含まれるというべきである。
 そして、本件行為について、原画を複製したカラーコピーは、ホログラムシールを貼付した表面の鑑定証書の裏面に添付され、表裏一体のものとしてパウチラミネート加工されており、原画をカラーコピーした部分のみが分離して利用に供されることは考え難く、鑑定証書自体も、絵画の所有者の直接又は間接の依頼に基づき1部ずつ作製されたものであり、絵画と所在を共にすることが想定されているということができ、これら鑑定証書が原画とは別に流通している実態があることについての的確な証拠もないことに照らせば、鑑定証書の作製に際して、原画を複製したカラーコピーを添付することは、その方法ないし態様としてみても、社会通念上、合理的な範囲内にとどまるものというべきである。
 しかも、以上の方法ないし態様であれば、原画の著作権を相続した原告らの許諾なく原画を複製したカラーコピーが美術書等に添付されて頒布された場合などとは異なり、原告らが絵画の複製権を利用して経済的利益を得る機会が失われるなどということも考え難い。
 以上を総合考慮すれば、被告が、鑑定証書を作製するに際して、その裏面に本件コピーを添付したことは、著作物を引用して鑑定する方法ないし態様において、その鑑定に求められる公正な慣行に合致したものということができ、かつ、その引用の目的上でも、正当な範囲内のものであると認めるのが相当である。
 そうすると、本件行為は著作権法32条1項所定の「引用」として適法なものであるということができる。
(3)ア この点に関して原告らは、被告が著作権者である遺族の許諾なく行う本件行為は公正な慣行に合致するものではないから、適法引用の要件を充たさない旨主張する。
 しかし、前記1(6)で認定したとおり、被告の作成する鑑定証書と同程度の大きさの鑑定証書を発行し、絵画のコピーを添付するとの取扱いについては、著作権者の許諾を得ているとするところとそうでないとするところもみられるほか、許諾を得ているとするところでも、結局許諾のないままに行っているとするものもあることなどからすると、原画のカラーコピーを鑑定証書に添付するにつき、著作権者である遺族の許諾を得て鑑定証書に本件コピーを添付するという公正な慣行が存在すると認めることはできないというべきである。
 したがって、原告らの上記主張は採用することができない。
イ また、原告らは、「引用」は、紹介、参照、論評等の目的で行われるものであり、自己の著作物と利用される他人の著作物との間に紹介、参照、論評等の関係がなければ、適法引用には該当しない旨主張する。
 しかし、前記(1)のとおり、現行著作権法において「引用」は、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われることが要件であり、「引用」として適法とされるためには、利用者が自己の著作物中で他人の著作物を利用した場合であることは要件ではないと解すべきであるところ、本件行為について、引用の目的上正当な範囲内で行われたと認められることについても前記のとおりである。
 したがって、原告らの上記主張は採用することができない。
4 結論
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求には理由がないからこれらをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 東海林保
 裁判官 今井弘晃
 裁判官 実本滋
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