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【事件名】猫の写真の看板事件
【年月日】平成26年5月27日
 東京地裁 平成25年(ワ)第13369号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成26年2月25日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 本島信
同 古谷祐介
同 田村直也
同 古川敬嗣
被告 株式会社アンダーカバー
同訴訟代理人弁護士 菊田行紘
同 大塚智倫
同 吉野史紘
同 中島惠
被告 株式会社三越伊勢丹
同訴訟代理人弁護士 太田大三
同 若林功
同 吉田桂子


主文
1 被告株式会社アンダーカバーは、原告に対し、292万円及びこれに対する平成25年6月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告と被告株式会社アンダーカバーとの間においてはこれを50分し、その1を同被告の負担とし、その余を原告の負担とし、原告と被告株式会社三越伊勢丹との間においては原告の負担とする。
4 本判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告に対し、連帯して1億2150万円及びこれに対する平成25年6月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、本判決確定の日から1週間以内に、別紙謝罪広告目録の第1に記載のとおりの謝罪広告を第2に記載の要領で1回掲載せよ。
3 被告株式会社アンダーカバー(以下「被告アンダーカバー」という。)は、本判決確定の日から1週間以内に被告アンダーカバーのウェブサイトトップページ上に別紙謝罪広告目録の第1に記載のとおりの謝罪広告を3か月間掲載せよ。
4 被告株式会社三越伊勢丹(以下「被告三越伊勢丹」という。)は、本判決確定の日から1週間以内に被告三越伊勢丹のウェブサイトトップページ上に別紙謝罪広告目録の第1に記載のとおりの謝罪広告を3か月間掲載せよ。
第2 事案の概要
 本件は、写真家である原告が、被告三越伊勢丹の店舗内に被告アンダーカバーが設置した猫の写真等を多数並べて貼り付けた看板(以下「本件看板」という。)に
 原告が撮影した猫の写真又はその複製物を加工したものが使用されていたことについて、被告アンダーカバーについては原告の著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害行為があり、被告三越伊勢丹については被告アンダーカバーの上記侵害行為を幇助し、又は被告アンダーカバーに看板の設置場所を漫然と提供したことに過失があると主張して、被告らに対し、不法行為(民法709条、719条、著作権法114条3項)に基づく損害金1億2150万円及びこれに対する不法行為後の日(訴状送達日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払並びに著作権法115条に基づく名誉回復措置を求めた事案である。
1 争いのない事実等(後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実を含む。)
(1) 当事者等
ア 原告は、猫等の写真を撮影する写真家であり、別表記載の5冊の写真集の著者である。これらの写真集に掲載された猫の写真はいずれも原告が撮影したものであり、原告はこれらの写真の著作権及び著作者人格権を有している。(甲1〜5、弁論の全趣旨)
イ 被告アンダーカバーは紳士服、婦人服、子供服等服飾品の企画、製造、販売を業とする株式会社、被告三越伊勢丹は百貨店を経営する株式会社である。被告アンダーカバーは、被告三越伊勢丹が経営する伊勢丹新宿本店3階の婦人服売場内にテナントとして出店している(以下、当該売場を「本件売場」という。)。
(2) 本件看板(甲6〜11、乙8、弁論の全趣旨)
ア 本件看板は、別紙「訴状別表の見方」の添付写真@のとおり、猫を被写体とする写真又はその複製物(等倍又は縮小若しくは拡大コピーしたもの)を猫の顔の部分を中心に切り取った上、猫の目の部分をくり抜く加工を施したものを多数並べて貼り付けたものである。本件看板の背後には照明が設置され、猫の目の部分から光が漏れるようになっている。
イ 本件看板には、写真又はその複製物が多数用いられているが、このうち同別紙の添付写真A以下にシール番号1〜156を付した156枚が原告の撮影した写真又はその複製物を加工したものである。すなわち、これらの写真は、別表の「シール番号」欄に対応する「写真集名」欄に記載の原告の写真集の「頁」欄に記載された頁に掲載された写真(同一頁に写真が複数ある場合は本件看板に使用されたもの。以下「原告写真」と総称する。)を、「使用形態」欄に「現」とあるものは写真集に掲載された写真の現物を使用して、「コ」とあるものは写真集をコピーした上で、上記アの加工を施したものである。内訳は、現物が使用されたもの(以下「現物使用分」という。)が90枚、コピーして使用されたもの(以下「コピー使用分」という。)が66枚であり、原告写真の一部は、別表の「備考」欄に記載のとおり、本件看板の複数箇所に使用されている。
ウ 本件看板は、被告アンダーカバーの従業員が、原告写真及びこれ以外に収集した猫の写真に上記アの加工を施したものを並べてパネル(別紙「訴状別表の見方」の添付写真@のA〜E等のパネル。以下、A〜Eの各パネルを併せて「本件各パネル」という。)に貼り付け、これを本件売場に持ち込み、組み合わせて設置したものである。なお、本件看板に原告の氏名は表示されていない。
エ 被告アンダーカバーは、平成24年12月5日から平成25年1月30日頃までの間、本件看板を本件売場に設置した。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
 原告は、@ 被告アンダーカバーについては、原告写真に上記の各加工を施した上、現物使用分及びコピー使用分を並べて本件各パネルを作成し、本件各パネルを組み合わせて本件看板を作成して設置したという一連の行為が原告の複製権又は翻案権並びに同一性保持権及び氏名表示権の侵害に当たる旨、A 被告三越伊勢丹については、被告アンダーカバーによる著作権及び著作者人格件侵害行為を幇助し、又は漫然と本件看板の設置場所を提供したことについて過失があるので不法行為責任を負う旨主張している。
 被告アンダーカバーは、コピー使用分について複製権侵害が成立すること並びに現物使用分及びコピー使用分のいずれについても同一性保持権及び氏名表示権の侵害が成立することを争っていない。また、原告においても現物使用分については複製権侵害を主張するものではない。そうすると、本件の争点は、(1)被告アンダーカバーによる翻案権侵害の有無、(2) 被告三越伊勢丹の責任の有無、(3)原告の損害額、(4)名誉回復措置請求の当否であり、各争点についての当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 争点(1)(被告アンダーカバーによる翻案権侵害の有無)
(原告の主張)
ア 被告アンダーカバーは、現物使用分かコピー使用分かに関わりなく、原告写真のうち猫が写っている部分(多くはその顔の部分)だけを切り取った上で、猫の目の部分をくり抜く加工を施しており、かかる行為は原告の翻案権を侵害する。
イ 被告アンダーカバーは、原告写真に加工を施して作成した現物使用分及びコピー使用分の写真等を並べて本件各パネルを作成し、これらを組み合わせて本件看板を作成し、設置している。本件各パネル及びそれを組み合わせた本件看板は、単純に猫の写真の目を切り取ったものを展示しているのではなく、原告写真を含めた全ての猫の写真に加工を施した上、各写真のサイズや色合い等を考慮して配置し、グラデーションを出す等の考慮がされたものであり、一個の作品として被告アンダーカバーの創作的な表現となっている。
 以上のことから、本件各パネル及び本件看板を作成し、設置することにより被告アンダーカバーは原告の翻案権を侵害した。
(被告アンダーカバーの主張)
ア 被告アンダーカバーは、現物使用分及びコピー使用分のいずれについても、単純に猫の目の部分をトリミングしたにすぎない。それは何ら個性のない、ありふれた行為であるから、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより別の著作物を創作したものとはいえない。したがって、本件看板中の個々の写真について翻案権侵害は成立しない。
イ 本件各パネルやこれらを組み合わせた本件看板は、個々の著作物である猫の写真が一つのものに集合しているにすぎず、それぞれの写真を分離して個別的に利用できるから、いわゆる集合著作物に該当する。そして、この集合著作物を構成する個々の写真について翻案権侵害は成立しないから、本件各パネルや本件看板の作成及び設置が原告の翻案権を侵害することはない。さらに、被告アンダーカバーは、写真の大小等を考慮してグラデーションを付け、遠近感を出すことについては意識したが、写真の選択及び配置については作業者が任意に行ったものにすぎない。そもそも写真の大小の考慮やグラデーションを付けることはアイデアにすぎず、著作権上保護されるものではないから、本件各パネル及び本件看板が新たな著作物として保護されることはない。したがって、本件各パネル及び本件看板の作成及び設置行為は原告の翻案権を侵害しない。
(被告三越伊勢丹の主張)
 本件看板は、看板として設置する以前の本件各パネルの作成時点で写真が貼り付けられており、どのパネルをどのように設置するかも決定されていた。そのため、同時点において創作行為は終了しており、本件売場内で本件看板を設置する行為が翻案権侵害となることはない。
(2) 争点(2)(被告三越伊勢丹の責任の有無)
(原告の主張)
ア 被告三越伊勢丹は被告アンダーカバーが本件売場に本件看板を設置することを許諾していた。本件売場が提供されたことで本件看板は集客の意味を持つ看板として設置されたのであり、被告三越伊勢丹の協力がなければ被告アンダーカバーにおいて本件各パネルが作成されるにとどまっていたのである。したがって、被告三越伊勢丹は、被告アンダーカバーによる本件看板の作成及び設置に係る著作権及び著作者人格権の侵害行為を幇助したものといえる。
イ 仮に幇助が認められないとしても、被告三越伊勢丹は、百貨店であるという信用を利用して業務を展開している以上、テナントに対して違法・不当な行為をしないよう適切な管理監督をする条理上の義務がある。本件において、被告三越伊勢丹は、被告アンダーカバーから猫の写真を用いた看板を設置する旨の説明を受けていたから、著作権侵害とならないよう留意するよう伝え、明確な処理をしたか否かを精査する義務があった。それにもかかわらず、被告三越伊勢丹は著作権違反について確認することなく漫然と本件売場を提供したから、被告アンダーカバーと共に共同不法行為責任を負う。
(被告三越伊勢丹の主張)
ア 本件看板は被告アンダーカバーが作成したものであり、本件売場を提供したことをもって被告アンダーカバーの著作権及び著作者人格権侵害行為を幇助したことにならないことは明らかである。
イ 被告三越伊勢丹に、原告の主張するような義務があると解する法的根拠や具体的事情は存在しない。また、仮にそのような義務があったとしても、被告三越伊勢丹は被告アンダーカバーに対して著作権等の権利処理について問題が生じることのないよう依頼し、被告アンダーカバーからしっかりと対応する旨の回答を得ていたから、義務違反は存在しない。
(3) 争点(3)(原告の損害額)
(原告の主張)
 本件において被告らに故意又は過失があることは明らかであり、被告らの不法行為による原告の損害額は以下のとおり1億2150万円となる。
ア 著作権侵害について
 原告は、被告アンダーカバーがした加工を許諾することはなく、そのような原告の意思に反する加工ができるのは原告からポジフィルムを買い取った場合に限られるから、使用料(1枚当たり。以下同じ。)はポジフィルムの買取り(紛失)料金である50万円が相当である。仮にかかる主張が認められなくても、写真を一時的に看板やディスプレイに使用する場合の使用料は、原告の写真家としての属性を考慮すれば10万円とすべきであって、原告が無断で写真を使用したことからすれば違約金として5倍の使用料(50万円)を請求できてしかるべきである。
 したがって、著作権侵害による損害の額(著作権法114条3項)は、合計7800万円(50万円×156枚)となる。
イ 著作者人格権侵害について
 被告アンダーカバーは原告写真の猫の顔の部分のみを切り取り、目をくり抜くという嗜虐的な加工をしたものである。かかる行為は原告の写真家としての活動の本質を完全に無視するものである。また、原告は原告写真を撮影するために多大な労力をかけてきた。そのため、著作者人格権の侵害による慰謝料は3000万円が相当である。
ウ 弁護士費用
 被告らの行為と相当因果関係のある弁護士費用は1350万円である。
(被告アンダーカバーの主張)
ア 著作権侵害について
 著作権侵害が成立するのはコピー使用分の66枚のみである。
 加工又は改変行為が原告の意思に反するかどうかは著作者人格権の問題であるから、ポジフィルムの買取り料金を使用料とする原告の主張は認められない。また、原告と同じプロの犬猫写真家の写真を看板に使用する場合の1年間の使用料は1枚3万5000円であり、本件看板が展示されていたのが2か月程度であることからすれば、原告写真の1枚当たりの使用料相当額が5833円を超えることはない。また、本件看板において2回使用されている写真の2回目の使用分(6枚)の使用料相当額は逓減されるべきであり、上記使用料相当額の7割(4083円)を超えることはない。
イ 著作者人格権侵害について
 本件看板が設置されていた期間が短期間であること、被告アンダーカバーに原告をおとしめる動機や目的は一切ないこと、内容及び設置状況からすれば本件看板を見て原告写真を使用していると認識できる者は限られていること、被告アンダーカバーが原告に対して深く陳謝する旨を表明していることからして、原告の主張する慰謝料は高額にすぎる。
(被告三越伊勢丹の主張)
 争う。
(4) 争点(4)(名誉回復措置請求の当否)
(原告の主張)
 本件看板を見た者は、原告が猫の写真を切り取り、更に目をくり抜く加工をすることを認めるような犬猫写真家であると判断することになるから、原告の客観的名誉が害されることは明らかであり、別紙謝罪広告目録の第1に記載のとおりの謝罪広告がされる必要がある。
(被告アンダーカバーの主張)
 本件看板を見た者が原告の主張するような判断をすることは考えられず、上記(3)(被告アンダーカバーの主張)において指摘した事情からすれば、謝罪広告を認めることは相当でない。
(被告三越伊勢丹の主張)
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告アンダーカバーによる翻案権侵害の有無)について
 原告は、(1)原告写真の現物又はコピーに猫の目の部分をくり抜く加工を施す行為、(2)これらを並べて本件各パネルを作成し、さらに本件各パネルを組み合わせて本件看板を作成する行為が原告の翻案権を侵害する旨主張するので、以下、検討する。
(1) 証拠(甲1〜5、7〜11)及び弁論の全趣旨によれば、原告写真は、いずれも猫そのもの(別表のNo.1〜43等)又は猫を含む風景(同44〜73等)を被写体とした写真であること、被告アンダーカバーは、写真集に掲載された原告写真又はそのコピーに、猫の顔の部分を中心に切り取るか(別紙「訴状別表の見方」のシール番号1、2、5、7、8、9等)、又は猫のほぼ全身部分を切り取った(同3、4、6、10等)上、更にその目の部分をくり抜く加工を施したことが認められる。これらの加工はいずれも定型的で単純な行為であり、これによって新たな思想又は感情が創作的に表現されたということはできない。したがって、この点について原告写真の翻案権侵害をいう原告の主張は失当というべきである。
(2) 証拠(甲6〜11)及び弁論の全趣旨によれば、本件看板は、目の部分をくり抜いた猫の写真ないしその複製物を色彩あるいは大きさのグラデーションが生じるように多数(正確な数についての主張はないが、全部で数百枚に及ぶことは明らかである。別紙「訴状別表の見方」の添付写真@参照)並べてコラージュとしたものであり、全体として一個の創作的な表現となっていると認められる一方、これに使用された原告写真又はそのコピーのそれぞれは本件看板の全体からすればごく一部であるにとどまり、本件看板を構成する素材の一つとなっているということができる。そうすると、本件看板に接する者が、原告写真の表現上の本質的な特徴(原告が、それぞれの原告写真を撮影するに当たり、被写体の選択、シャッターチャンス、アングル、レンズ・フィルムの選択等を工夫することにより、原告の思想又は感情が写真上に創作的に表現されたと認められる部分。ただし、原告写真の表現上の本質的な特徴がどこに存在するかについて原告による具体的な主張はない。)を直接感得することができるといえないと解すべきである。
 したがって、本件各パネル又は本件看板の作成行為が原告の翻案権を侵害すると認めることはできない。
2 争点(2)(被告三越伊勢丹の責任の有無)について
(1) 原告は、まず、被告三越伊勢丹が被告アンダーカバーによる著作権及び著作者人格権の侵害行為を幇助したと主張する。
 そこで判断するに、原告は本件看板の作成行為及び本件売場への設置行為について著作権及び著作者人格権の侵害があると主張するところ、まず、本件看板の作成は被告アンダーカバーにより行われたものであって、作成行為自体に被告三越伊勢丹が関与したことをうかがわせる証拠はない。また、本件看板を本件売場に設置し、これを訪れた買物客らに見える状態に置くことは、それ自体として原告写真についての原告の著作権又は著作者人格権の侵害となるものではない(著作権法25条参照)。なお、原告は、本件各パネルを本件売場において組み立てて本件看板とする行為が著作権又は著作者人格権を侵害するものであって、被告三越伊勢丹はこれを幇助したとも主張するが、上記行為は複数のパネルを順番に並べるという単純な行為であって(甲6〜11参照)、これを独立の侵害行為とみることは相当でない。したがって、被告三越伊勢丹が被告アンダーカバーによる著作権等の侵害行為を幇助したと認めることはできない。
(2) 原告は、次に、被告三越伊勢丹には百貨店としてテナントに対して適切な管理監督をする条理上の義務があり、また、本件の状況下において被告アンダーカバーが著作権について明確な処理をしたか否かを精査する義務等があるところ、これらを怠ったことに不法行為責任を負う旨主張する。
 そこで判断するに、百貨店を経営する会社がテナントに対して著作権法に反する行為をしないよう適切な管理監督をする義務を負い、これに反したときは第三者に対して損害賠償責任を負うと解すべき根拠は見いだし難い。また、本件の関係各証拠上、被告三越伊勢丹が被告アンダーカバーによる著作権及び著作者人格権侵害の事実を知り、又はこれを容易に知り得たとは認められないから、原告の主張するような精査等の義務を負うと解することもできない。
(3) したがって、原告の主張はいずれも採用することができず、被告三越伊勢丹に対する原告の請求は理由がない。
3 争点(3)(原告の損害額)について
 以上によれば、被告アンダーカバーは、コピー使用分の66枚につき原告の複製権を侵害し、現物使用分及びコピー使用分により本件看板を作成した行為につき原告の同一性保持権及び氏名表示権を侵害したものであり、これらの行為につき被告アンダーカバーには少なくとも過失があると認められる。そこで、これにより原告が被った損害額について、以下、検討する。
(1) 著作権侵害について
ア 原告は、著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額(著作権法114条3項)につき、@ポジフィルムの買取り(紛失)料金相当額として、又は、A原告写真を看板等に使用する場合の使用料10万円の5倍に当たる額として、1枚当たり50万円が相当であると主張する。
イ そこでまず原告の上記@の主張についてみるに、原告は、同主張の根拠として、原告の意に反するような使用態様はポジフィルムを買い取った場合にのみ許されるからである旨主張している。しかし、原告の意に反する使用態様であることについては後記のとおり著作者人格権の侵害に係る慰謝料額の認定に当たり考慮すべき事柄である上、ポジフィルムを買い取ったとしても意に反した使用が許されることになるわけでない。したがって、原告の上記@の主張は失当というべきである。
ウ 次に原告の上記Aの主張についてみるに、原告は原告写真を看板に使用する場合の使用料は1枚当たり1回につき10万円となるべきであると主張するところ、後掲の証拠(ただし、書証の枝番の記載は省略する。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によれば、写真の使用を第三者に許諾している業者又は写真家のインターネットサイトには、ディスプレイや看板に本件と同様の大きさの写真を用いる場合の使用料を、1枚当たり5万円(3か月まで。甲12)、4万8000円(3か月まで。甲13)、3万5000円(1年間。犬猫の写真を専門とする写真家のもの。乙2)、5万円(乙5)、3万円(乙6)と設定しているものがあることが認められる。
 しかし、これらの使用料は、証拠(甲12、13、乙2、5、6)及び弁論の全趣旨によれば、いずれも使用を許諾された写真を一個の作品として、すなわち写真に現れた創作的な表現を直接感得し得る態様で看板等に用いることにより、写真それ自体が有する顧客吸引力を利用することを予定して定められたものと認められる。これに対し、本件看板においては、多数の猫の顔写真を用いたコラージュ看板を作成するための素材として使用されたものであって、個々の原告写真が一個の作品として使用されるものではない。したがって、上記認定の使用料は、本件における損害額算定の参考になるにとどまり、これを直接の基準とすることは相当でないと解される。
 そして、上記のような原告写真の使用の態様と、本件看板は、我が国有数の百貨店において多数の買物客らの目を引くように設置されたものであるが、その設置期間が約2か月にとどまったことなど本件に現れた諸事情を総合考慮すると、本件における原告写真の使用料は1枚当たり1回につき1万円と認めるのが相当である。
エ 原告は、さらに、本件においては使用料の5倍に相当する額を請求できると主張する。しかし、著作権法114条3項は、著作権の行使につき受けるべき金銭の額を損害額とする旨規定しているのであり、違約金ないし懲罰的損害賠償請求を認めたものではない。したがって、原告の主張を採用することはできない。
オ 以上に対し、被告アンダーカバーは、1枚当たりの使用料は5833円とすべきであり、2回使用された原告写真については使用料が逓減されるべきと主張するが、使用料を1万円と解すべきことは上記で判断したとおりである。また、証拠(甲12、13、乙2、5、6)及び弁論の全趣旨によれば、第三者に写真の使用を許諾している業者又は写真家の中には2回目以降の使用料を減額する者がいると認められるものの、減額することが一般的であると認めるに足りる証拠はない。したがって、被告アンダーカバーの上記主張を採用することはできない。
カ 以上によれば、被告アンダーカバーが原告の複製権を侵害したことによる原告の損害額は、66万円(1万円×66枚)と認めるのが相当である。
(2) 著作者人格権侵害について
 被告アンダーカバーは、原告写真の現物又はコピーを使用して本件看板を作成して原告の同一性保持権及び氏名表示権を侵害したものであるところ、同一性を侵害された原告写真が多数に及ぶ上、その改変行為は猫の目の部分をくり抜くという嗜虐的とも解し得るものであって、その性質上、原告の意に大きく反するということができる。また、証拠(甲1〜5、14、15)及び弁論の全趣旨によれば、原告は専ら猫や犬を被写体として撮影する写真家であり、原告写真が収録された写真集は、原告が長い年月を掛けて、世界各地を旅して作成したものであり、さらに、改変された写真の中には原告自身の飼い猫のものもあることが認められる。これらのことからすれば、被告アンダーカバーの著作者人格権侵害により原告が被った精神的損害は甚大なものであって、本件看板の設置期間が約2か月であること、被告アンダーカバーが原告に対し謝罪の意を表していることといった事情を考慮しても、本件における慰謝料の額は200万円をもって相当というべきである。
(3) 弁護士費用
 本件事案の内容、本件審理の経過及び認容額等に鑑みれば、本件と相当因果関係のある弁護士費用は26万円を相当と認める。
4 争点(4)(名誉回復措置請求の当否)について
 原告は、本件看板を見た者は原告が猫の写真を切り取りかつ目をくり抜く加工をすることを認めるような犬猫写真家であると判断することになるから、原告の名誉又は声望が害されると主張する。
 そこで判断するに、証拠(甲6〜11)及び弁論の全趣旨によれば、本件看板には原告写真以外の猫の写真を含む多数の写真又はその複製物に前記のような加工を施したものが並べられて一個の表現物となっていると認められ、これを見た者が本件看板に原告写真が使用されていることを認識する可能性は極めて低いものと解される。
 また、本件看板が本件売場に設置されていた期間が約2か月にとどまる上、本件看板の表面の相当部分は被告アンダーカバーの商品(被服等)で覆われ(乙7参照)、視認することが困難であったということができる。これらの事情を併せ考慮すると、
 本件看板の設置により原告の名誉又は声望が毀損されたと認めるには足りないから、著作者人格権侵害に基づく謝罪広告の掲載請求はいずれも理由がないというべきである。
第4 結論
 以上によれば、原告の請求は、被告アンダーカバーに対して292万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからその限りで認容し、その余についてはいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 長谷川浩二
 裁判官 橋彩
 裁判官 植田裕紀久


(別紙)省略
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