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【事件名】商標“遠山の金さん”侵害事件(2)
【年月日】平成26年3月26日
 知財高裁 平成25年(行ケ)第10233号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成26年1月22日)

判決
原告 株式会社サンセイアールアンドディ
訴訟代理人弁護士 黒田健二
同 野本健太郎
同 池上慶
同 三木浩太郎
同弁理士 後藤憲秋
原告 株式会社第一通信社
訴訟代理人弁護士 秋山洋
被告 東映株式会社
訴訟代理人弁護士 田中克郎
同 中村勝彦
同弁理士 稲葉良幸
同 廣中健
同 太田雅苗子
同復代理人弁護士 宮澤昭介


主文
 原告らの請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 原告らの求めた判決
 特許庁が無効2012−890075号事件について平成25年7月5日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
 本件は、被告の登録商標(第4700298号商標、本件商標)に対する無効審判請求の不成立審決の取消訴訟である。争点は、商標法4条1項7号の該当性である。
1 本件商標(第4700298号商標)
 本件商標は、「遠山の金さん」の文字を標準文字により表してなり、平成14年11月12日に登録出願され、第9類「耳栓、加工ガラス(建築用のものを除く。)、アーク溶接機、金属溶断機、電気溶接装置、オゾン発生器、電解槽、検卵器、金銭登録機、硬貨の計数用又は選別用の機械、作業記録機、写真複写機、手動計算機、製図用又は図案用の機械器具、タイムスタンプ、タイムレコーダー、パンチカードシステム機械、票数計算機、ビリングマシン、郵便切手のはり付けチェック装置、自動販売機、ガソリンステーション用装置、駐車場用硬貨作動式ゲート、救命用具、消火器、消火栓、消火ホース用ノズル、スプリンクラー消火装置、火災報知機、ガス漏れ警報器、盗難警報器、保安用ヘルメット、鉄道用信号機、乗物の故障の警告用の三角標識、発光式又は機械式の道路標識、潜水用機械器具、業務用テレビゲーム機、電動式扉自動開閉装置、乗物運転技能訓練用シミュレーター、運動技能訓練用シミュレーター、理化学機械器具、写真機械器具、映画機械器具、光学機械器具、測定機械器具、配電用又は制御用の機械器具、回転変流機、調相機、電池、電気磁気測定器、電線及びケーブル、電気アイロン、電気式ヘアカーラー、電気ブザー、電気通信機械器具、電子応用機械器具及びその部品、磁心、抵抗線、電極、消防艇、ロケット、消防車、自動車用シガーライター、事故防護用手袋、防じんマスク、防毒マスク、溶接マスク、防火被服、眼鏡、家庭用テレビゲームおもちゃ、携帯用液晶画面ゲームおもちゃ用のプログラムを記憶させた電子回路及びCD−ROM、パチンコ型スロットマシン、その他のスロットマシン、ウエイトベルト、ウエットスーツ、浮袋、運動用保護ヘルメット、エアタンク、水泳用浮き板、レギュレーター、メトロノーム、電子楽器用自動演奏プログラムを記憶させた電子回路及びCD−ROM、計算尺」及び第28類「スキーワックス、遊園地用機械器具(業務用テレビゲーム機を除く。)、愛玩動物用おもちゃ、おもちゃ、人形、囲碁用具、歌がるた、将棋用具、さいころ、すごろく、ダイスカップ、ダイヤモンドゲーム、チェス用具、チェッカー用具、手品用具、ドミノ用具、トランプ、花札、マージャン用具、遊戯用器具、ビリヤード用具、運動用具、釣り具、昆虫採集用具」を指定商品(本件指定商品)として、平成15年6月20日に登録査定を受け、同年8月15日に設定登録されたものである(乙28の1)。
2 特許庁における手続の経緯等
(1) 審決に至る経緯及び原告らの主張する本件商標の無効原因
 原告らは、本件商標は、我が国で周知・著名な歴史上の人物である遠山景元(通称は金四郎)を容易に認識させるものであり、このようなものを商取引に使用する商標として、一民間企業である被告に商標登録を認めることは妥当でなく、本件商標は、遠山景元の著名性に便乗する行為であって、社会公共の利益に反し、又は社会の一般的道徳観念に反するおそれがある商標に該当するものといわざるを得ないから、本件商標は、商標法4条1項7号に該当すると主張し、平成24年9月7日、無効審判請求をしたところ(乙28の1。無効2012−890075号事件)、特許庁は、平成25年7月5日、「本件審判の請求は、成り立たない」との審決をし、同審決(謄本)は、同月16日に原告らに送達された。
(2) 審決の判断
ア 商標法4条1項7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」については、当該商標の構成に、非道徳的、卑わい、差別的、きょう激又は他人に不快な印象を与えるような文字、図形等を含む商標が、これに該当することは明らかである。また、当該商標の構成に、そのような文字、図形等を含まない場合であっても、当該商標を指定商品又は指定役務について使用することが、(a)法律によって禁止されていたり、(b)社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳的観念に反していたり、(c)特定の国又はその国民を侮辱したり、国際信義に反することになるなど特段の事情が存在するときには、当該商標は同法4条1項7号に該当すると解すべき余地がある。ただし、(a)商標法は、同法4条1項7号のほかに、同項各号の規定によって、公益との調整、既存の商標権者や既に同一又は類似の商標を使用している者との利益調整など、様々な政策的な観点から、登録されるべきでない商標を具体的かつ網羅的に列挙していること、(b)公の秩序又は善良の風俗を害するか否かの判断は、社会通念によって変化し、客観的に確定することが困難であること等に照らすならば、当該商標の構成それ自体ではなく、当該商標を使用することが、いわゆる公序良俗に反するとして同号に該当するとされる場合は、自ずから限定して解釈されるべきものといえる。
イ 「遠山の金さん」及び「遠山(金四郎)景元」の名称に関する辞書類における記載、史跡や墓、同人を登場人物とする書籍、台本、映画、テレビ、その再放送等の作品からすると、「遠山の金さん」とは、「遠山(金四郎)影元」の死後、同人をモデルとして、遅くとも明治時代の末ころから講談、歌舞伎、書籍類等を通じて作り上げられた架空の人物であって、昭和の初期から30年代までは、主として時代劇映画の主人公名として、その後は、時代劇テレビ番組、特に被告の制作に係るテレビ番組のタイトル名やその主人公名として、一般に広く知られるに至っており、その状態は、本件商標の登録出願時はもとより、本件商標の登録査定時を経て現在に至るまで継続しているものと認められる。
 他方、「遠山(金四郎)影元」とは、江戸時代の旗本で、天保年間に江戸北町奉行、後に南町奉行を務めたとされる実在した人物であり、同人の墓(東京都豊島区)や住居跡(東京都墨田区及び港区)のほか、北町奉行所跡(東京都中央区)やゆかりある地とされる「日本大正村」(岐阜県)及び「信州遠山郷」(長野県)に関するインターネット情報等においては、同人を紹介する際に、その略歴等のほかに、例えば、「小説・ドラマの『遠山の金さん』などでその名を知られる」、「ドラマや芝居でお馴染みの『遠山の金さん』こと『北町奉行遠山金四郎』」、「テレビドラマや映画でお馴染みの名奉行『遠山の金さん』」のように、看者の理解を容易にすべく、テレビドラマ等を通じて一般に広く知られた同人をモデルとする架空の人物である「遠山の金さん」を引用することが少なからず行われているというのが実情である。
 してみれば、「遠山の金さん」の文字からなる本件商標をその指定商品について使用した場合、これに接する取引者、需要者は、これを歴史上実在した人物である「遠山(金四郎)影元」を表したものとして看取、理解するというよりは、むしろ時代劇、特に被告の制作に係るテレビ番組のタイトル名やその主人公名を表したものとして認識するとみるのが相当である。
ウ 本件商標は、取引者、需要者をして、時代劇、特に被告の制作に係るテレビ番組のタイトル名やその主人公名を表したものとして認識されるものである。そして、被告が本件商標を採択し、登録出願した目的は、被告による「遠山の金さん」を主人公とする時代劇制作の実績に鑑みれば、自己の制作に係る時代劇において使用する「遠山の金さん」の語に蓄積された信用と顧客吸引力を保護するためであったといえる。
 してみれば、本件商標は、我が国で知られた歴史上の人物である「遠山(金四郎)影元」を認識させるものではなく、また、その登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合に該当するとはいい得ない。
 また、本件商標は、その構成態様に照らし、きょう激、卑わい若しくは差別的な文字又は図形からなるものでないことは明らかであるばかりでなく、本件商標をその指定商品に使用することが、社会公共の利益、社会の一般的道徳観念に反するものとはいえない。
 したがって、本件商標は、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれのある商標には該当せず、商標法4条1項7号に違反して登録されたものとはいえない。
第3 原告ら主張の審決取消事由
1 取消事由1(認定事実の誤り)について
(1) 審決は、「遠山の金さん」は架空の人物であり、歴史上実在した「遠山(金四郎)景元」とは別異のものである、「遠山の金さん」は、昭和の初期から30年代までは主として時代劇映画の主人公名として、その後は時代劇テレビ番組、特に被告の制作に係るテレビ番組のタイトル名やその主人公名として、一般に広く知られるに至っている、「遠山の金さん」の文字からなる本件商標に接する取引者、需要者は、時代劇、特に被告の制作に係るテレビ番組のタイトル名やその主人公名を表したものとして認識すると認定したが、これらはいずれも事実認定を誤ったものである。
(2) すなわち、「遠山金四郎」は江戸時代末期に江戸町奉行を勤めた実在の人物であり、下情に通じた名奉行として江戸市民から尊ばれ、当時から「遠山の金さん」と俗称されていたのであって、架空の人物名ではない。
 「遠山の金さん」こと「遠山金四郎」は、天保の改革時において歌舞伎を救済した(芝居小屋の取潰しから浅草猿若町への移転)ことから、歌舞伎関係者からも敬愛され、これをきっかけとして、同人を主人公とした「遠山政談物」が、明治26年11月に明治座柿落としで初演された「遠山櫻天保日記」を初めとして、数多く歌舞伎狂言の演目として上演され、「遠山の金さん」こと「遠山金四郎」は広く大衆に親しまれた。また、講談、書籍等においても「遠山政談物」は数多く取り上げられた。
 歌舞伎や講談における「遠山政談物」は、刺青を施した遊び人「遠山の金さん」が、悪党らと立ち回り、その際に刺青を見せておいた上で、次に白州に奉行「遠山(金四郎)景元として現れ、遂には悪党らに再び刺青を見せつけ、刺青を証拠として悪党を懲らしめるという、基本的な筋立て(パターン)をいずれも踏襲している。これにより、「遠山の金さん」こと「遠山金四郎」は、「庶民の味方・国民的ヒーロー」として広く認識されるに至った。
 その後、大正時代に入り、映画が登場すると、既に「庶民の味方・国民的ヒーロー」として庶民に親しまれていた「遠山の金さん」こと「遠山(金四郎)景元」は、好んで映画の題材とされ、上記基本的な筋立て(パターン)を踏襲した「遠山政談物」が競って制作された。昭和20年の終戦までに、被告以外の松竹、日活、東宝、マキノプロ、帝国キネマ等によって、「遠山政談物」が映画化され、「遠山の金さん」こと「遠山金四郎」は、国民の熱狂的な指示を受け、より一層「庶民の味方・国民的ヒーロー」として老若男女の間に浸透していった。
 明治の歌舞伎興行に遅れること半世紀以上経った戦後昭和25年に至り、被告が映画産業に参入し、上記基本的な筋立て(パターン)を踏襲した「遠山政談物」の映画の制作を開始したが、被告以外の新東宝、大映(京都)、松竹、宝塚映画等も戦前と同様に「遠山政談物」の映画を競作していた。
 また、テレビの普及とともに、昭和35年にはフジテレビが、また昭和42年には日本テレビが、それぞれ「遠山の金さん」を主人公としたテレビ番組をシリーズ化し、「遠山の金さん」こと「遠山(金四郎)景元」は、お茶の間にも浸透していった。被告が「遠山の金さん」を主人公としたテレビ番組をシリーズ化したのは、昭和45年からであり、そのスタートも他のテレビ局に遅れるものであった。
 さらに、「遠山政談物」は舞台公演されることも多いが、これらは被告が制作しているものではない。
(3) このように、「遠山の金さん」は、被告の制作に係るテレビ番組のタイトル名やその主人公名を表したものとして認識されるべきものでは決してない。
(4) なお、実在の人物をモデルとした小説、戯曲、映画等のいわゆる「モデル小説」において、当該作品中に描かれた人物は、そのモデルとされた実在の人物像からかけ離れた作者の想像上の産物ではないと考えるべきである。なぜなら、主人公が実在するからこそ、当該作品中の人物や物語を現実的で説得力のあるものとして描くことができ、読者等が当該作品や人物に共感や親しみを抱くことができるという点に「モデル小説」の本質があるからである。また、史実を忠実になぞったものでなくとも、読者等がモデルとして描かれた人物像を実在の人物像の「分身」、「鏡像」と認識し、両者を重ね合わせるという点において、「モデル小説」の本質が失われないからである。
2 取消事由2(商標法4条1項7号該当性の判断誤り)について
 審決が、本件商標が商標法4条1項7号に該当しないと判断したことは、誤りである。
(1) まず、審決が商標法4条1項7号を限定して解釈した前提が、誤りである。
 本件商標と同じく、国内外における歴史上著名な人物名、書籍・漫画の登場人物名からなる商標に関する審決例や裁判例において、上記条項は、必ずしも限定して解釈されてこなかった。これらの例では、@当該商標と出願人との関係(出願が剽窃的であるか否か)、A当該商標の利用状況(公益的事業その他第三者が広く利用しているか否か)、B出願の経緯・目的・理由(公益的利益を損なうことを知りつつ、利益を独占する意図があるか否か)、C当該商標に対する遺族の名誉感情、国民感情、一般的道徳観念(特定人による当該商標の独占が社会的に是認できるか否か)、D当該商標の禁止権の範囲(当該商標の禁止権が広きに失するか否か)を総合的に考慮して、実質的に商標法4条1項7号該当性を判断している。
(2) 上記判断枠組みに照らして、本件商標は商標法4条1項7号に該当する。
ア 当該商標と出願人との関係(出願が剽窃的であるか否か)
 「遠山の金さん」の名称は、そもそも江戸市民によって「遠山(金四郎)景元」の俗称として現に呼びならされてきたものである。また、明治期以降においては、「遠山政談物」が、講談、歌舞伎、書籍等に広く用いられ、「庶民の味方・国民的ヒーロー」として、大衆に好まれ親しまれてきた。
 他方、被告は、既に大衆芸能分野において、庶民が悪を裁く「庶民の味方・国民的ヒーロー」として有名であった「遠山の金さん」の物語を現代風に焼き直した映画・テレビ番組を制作したにすぎないのであって、被告が「遠山の金さん」の名称や「遠山政談物」を作り上げたわけではない。しかも、被告は、「遠山の金さん」こと「遠山(金四郎)景元」自身と地縁・血縁その他何らかのゆかりがある者ではない。
 したがって、被告の出願は剽窃的なものというべきである。
イ 当該商標の利用状況(公益的事業その他第三者が広く利用しているか否か)
 「遠山政談物」は、明治時代以降、講談や歌舞伎等において広く用いられてきた題材であり、特に歌舞伎では多くの演目が存在し、現代でも上演されている。「遠山の金さん」の名称は、我が国の重要無形文化財にされている日本固有の伝統芸能であり、ユネスコの無形文化財に指定されている世界文化遺産である歌舞伎を初めとして、講談や書籍等の大衆文化において広く使用されているものであるから、本件指定商品について、被告が「遠山の金さん」の名称を独占的に使用することは、大衆文化の維持発展において支障が生じるおそれが大きい。
 しかも、遠山家が代々領主を務めた長野県飯田市遠山郷において組織されている遠山講、遠山郷観光協会の有志によって結成された遠山金四郎調査隊の企画実行する「遠山金四郎プロジェクト」、その他、市による有形文化財指定や東京都教育委員会による旧跡指定といった公益的な事業ないしこれに準ずる事業の遂行にとっても、支障が生じるおそれが大きい。
ウ 出願の経緯・目的・理由(公益的利益を損なうことを知りつつ、利益を独占する意図があるか否か)
 「遠山(金四郎)景元」が歴史上実在の人物であり、同人に関係する屋敷跡等が文化財として指定されていること、「遠山政談物」は、明治・大正・昭和を通じて大衆に広く受けられていたことは、本件商標出願日以前から顕著な事実であり、被告がかかる事実を知悉していたことは容易に推認できる。被告は、「遠山の金さん」の名称を永続的に使用することが伝統芸能や公益事業に影響を及ぼすことを知りながら本件商標を登録出願したものであって、公益を犠牲にして専ら私益を図ろうとするものといえ、許されない。
エ 当該商標に対する遺族の名誉感情、国民感情、一般的道徳観念(特定人による当該商標の独占が社会的に是認できるか否か)
 被告は、既に大衆芸能分野において著名であった「遠山の金さん」の物語を現代風に焼き直した映画・テレビ番組を制作したにすぎない者であって、「遠山(金四郎)景元」と地縁・血縁その他何らかのゆかりがある者ではない。他方、遠山家に関係の深い長野県飯田市遠山郷の農民らによって遠山講が組織されており、これらの者にとって、被告が「遠山の金さん」の名称を独占することは到底是認できるものではない。また、国民が共通して「庶民の味方・国民的ヒーロー」と敬愛する感情を抱く「遠山の金さん」の名称を独占することは、国民一般の不快感や反発を招く。
オ 当該商標の禁止権の範囲(当該商標の禁止権が広きに失するか否か)
 本件商標は、「遠山の金さん」の文字を標準文字で表したものである。本件商標は、「遠山金四郎」や「名奉行として知られている遠山金四郎」とも観念が類似し、被告が指定商品について本件商標に基づき主張できる禁止権の範囲は極めて広範である。したがって、大衆芸能はもちろん、公益事業ないしこれに準ずる事業の遂行に重大な支障を生じさせるおそれがある。
第4 被告の反論
1 取消事由1(認定事実の誤り)に対して
(1) 「遠山金四郎」は実在した人物であるが、同人に関する史料は乏しく、彫り物についても確証がなく、逸話は他人のものであるという説もあり、「遠山金四郎」を題材とした講談、歌舞伎等の各作品は、歴史上の人物である「遠山金四郎」そのものの実際の人物像や同人が歴史上実際に行った行為等の歴史事実を史料に基づいて忠実を再現したものではなく、歴史上の人物としての同人そのものとは別異の架空の人物を主人公とした架空の物語に他ならず、また、一般にもそのように認識されているということができる。「遠山(金四郎)景元」が存命中から「遠山の金さん」と呼ばれていた根拠は、実質的には1つの文献における間接的な引用しかない。また、明治以降においても、「遠山の金さん」が「遠山金四郎」の俗称として一般的に通用していたとはいえない。
(2) そして、歌舞伎等の「遠山政談物」において、「遠山金四郎」が遊び人と奉行の二つの顔を持ち、桜吹雪の刺青を証拠に悪党を懲らしめるという場面のないものもあり、「遠山金四郎」の人物像及び物語は必ずしも確立されていない。
(3) いわゆる「遠山の金さん」のイメージを昭和45年以降現在に至るまで定着させてきたのは、被告のテレビシリーズである。昭和45年以前に、番組のタイトル名に「遠山の金さん」の文字が使用されたテレビ番組は、わずかに昭和35年の「遠山の金さん捕物帳」(KTV、フジテレビ 全13回、放送期間は3か月弱)、昭和36年の「講壇ドラマ遠山の金さん」(NHK 全4回、放送期間は1か月弱)、及び昭和42年の「遠山の金さん」(日本テレビ 放送回数・放送期間は不明)の3番組のみであり、その他に「遠山の金さん」をタイトルに冠した作品はない。その後、被告の制作にかかる「金さん」テレビシリーズは、約40年にわたって放映され、全7シリーズ合計750話を超える人気長寿番組となり、例えば、Aが主演する「名奉行遠山の金さん」シリーズは合計10年にわたって放映され、視聴率も20%を超えることも少なくなく、全話の平均視聴率でも14%を記録しているほか、再放送も盛んに繰り返されている。テレビ放送が日本全国に情報を瞬時に発信できるメディアであり、最も効果的な周知性・著名性の獲得手段であることは顕著な事実であるから、かかるテレビ放送というメディアを介して約40年の長期にわたって放送されたことにより、被告の「金さん」テレビシリーズ及びその番組タイトル名である「遠山の金さん」と、そこで活躍する架空の人物としての「遠山の金さん」のイメージが、我が国の一般的な国民に広く知られ、浸透していたことは明らかである。
(4) 「遠山金四郎」を題材としたテレビドラマの主演俳優による舞台は、被告が制作したものでないが、これらの舞台公演全50公演のうち、ダントツに多いのはB主演の舞台(45公演)である。B主演の舞台は、B主演の被告の「金さん」テレビシリーズが放映中の昭和51年に公演が開始されており、被告の「金さん」テレビシリーズで正に「遠山の金さん」の役を演じているBが主演していることから、それが実際に被告の制作であるか否かにかかわらず、観客は、被告の「金さん」テレビシリーズのスピンオフであり、「金さん」テレビシリーズの「遠山の金さん」と同じ演技を舞台で見ることができると考えて観劇していたものと考えることができる。したがって、被告の「金さん」テレビシリーズの主演俳優による舞台が多く公演されていたという事実によって、「遠山の金さん」といえば、被告の「金さん」テレビシリーズのタイトル名及びその主人公名であるとの取引者、需要者の認識が希釈化されたものではなく、むしろ強化されたとみるべきである。
2 取消事由2(商標法4条1項7号該当性の判断誤り)に対して
(1) 商標法4条1項7号の規定の構造及び趣旨、同条の他の規定との関係等に鑑みて、同号は限定して解釈すべきである。すなわち、商標法4条1項7号が、公益保護を目的とするいわゆる一般規定であることは異論のないところであり、同号の適用に当たっては、「公益保護」という枠を超えることはできない。公益とは無関係な私人間の権利関係の調整については、本来これを目的として設けられた商標法4条1項8号、10号、15号の個別の条項の該当性の有無によって判断すべきであること、従前は本号の規定の解釈により登録を排除していた日本国内又は外国で周知な商標について不正の目的でなされた出願については、商標法4条1項19号が設けられたこと等を考慮すれば、本来これらの個別の条項に該当するか否かで解決すべきものについては、同7号の適用を認めるべきではない。
 本件は、原告サンセイアールアンドディが保有していた「名奉行金さん」に係る商標登録に対し被告から無効審判請求を受け、当該商標について本件商標との関係で商標法4条1項11号に該当することを理由として無効とした審決が維持され、確定する一方(知財高裁平成22年(行ケ)第10152号事件判決)、被告は、株式会社大一商会らと共に、原告らが被告の「金さん」テレビシリーズの著作権を侵害する映像を使用するだけでなく、商品名を「CR Aの名奉行金さん」とするなどして、明らかに被告「金さん」テレビシリーズの有する顧客誘引力を不当に利用したパチンコ機を製造販売していたことに関し、著作権及び商標権侵害を理由に、原告らに対し、損害賠償等を請求する訴訟を提起したところ、原告らが、本件商標を無効にすることにより、自己が支払うべき損害賠償額を軽減することを目論んで、公益保護を目的とする争いであるかのような外形を整え、実際は自らの私益のために本件商標の登録を無効にせんとするものである。したがって、本件紛争の実質は、公益とは無関係な私人間の権利関係を巡る紛争にほかならないから、公益保護を目的とする7号を適用する余地はない。
(2) もっとも、本件商標は、同号を限定して解釈するか否かにかかわらず、そもそも同号に該当するものではない。
 すなわち、商標法4条1項7号は、@その構成自体がきょう激、卑わい、差別的若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形からなる商標のほか、商標の構成自体がそうでなくとも、A他の法律によってその使用等が禁止されている商標、B特定の国又はその国民を侮辱し、一般に国際信義に反する商標、C指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、又は社会の一般的道徳観念に反する場合、D当該商標の登録出願の経緯、目的に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反する場合に、当該商標の登録が公序良俗に反するとして同号に該当すると解されているところ、本件商標は、その構成自体がきょう激、卑わい、差別的若しくは他人に不快な印象を与えるような文字又は図形からなるものでないことは明らかである。また、本件商標は、その使用が他の法律等により禁止されていたり、特定の国又はその国民を侮辱したりするもの、国際信義に反するものでもなく、指定商品等について使用することが社会公共の利益に反し、又は社会の一般的道徳観念に反する場合にも該当しない。したがって、本件商標が同7号に該当し得る場合があるとすれば、その登録出願の経緯、目的に社会的相当性を欠くものがあると認められる場合と考えられる。
 しかしながら、本件商標の登録出願の経緯、目的には、社会的相当性を欠くとすべき事情はなく、商標法4条1項7号には該当しないことは明らかである。
ア 出願の剽窃性の有無
 本件商標は、被告自身の努力により全国的に周知・著名にした人気番組のタイトル名及びドラマの主人公名である「遠山の金さん」を商品化事業に使用することを意図して、当該ドラマの制作者である被告が出願したものであって、「剽窃的」な出願ではない。
イ 公益事業遂行の支障の有無
 「遠山政談物」が歌舞伎に利用され、歌舞伎が世界文化遺産であるからといって、「遠山政談物」までもが世界文化遺産に準じるものになるものではない。また、「家庭用テレビゲーム、おもちゃ、人形、遊戯器具等の販売」は、公益的事業でもなく、公益的事業に準じるものでもない。
 被告が本件商標を登録することによって、遠山講や地方自治体の文化財指定等の事業に支障をきたすことはないし、現に本件商標の登録以来被告が本件商標に基づく商標権を行使して、これらの事業の遂行を妨害した事実もない。
ウ 被告の本件商標出願の意図
 被告は、被告自身の制作に係る番組タイトル名又は主人公名である「遠山の金さん」に蓄積・化体した顧客吸引力を利用して商品化事業を行うことを意図して本件商標を出願し、登録したものである。すなわち、被告による本件商標の出願及び登録は、被告自身が制作したテレビドラマシリーズの大ヒットにより、被告自身が築き上げた顧客吸引力を正当に利用することを目的とするものにほかならないのであって、その出願の目的・理由において公益を犠牲にして専ら私益を図ろうとするものではない。このことは、被告のみが「遠山の金さん」シリーズの時代劇映画を作成してきたわけではないとしても、変わりない。
エ 遺族感情や国民感情
 「遠山の金さん」は、被告自身の制作に係る番組タイトル名又はその主人公名を想起させるものであるから、被告がこれを商標登録したからといって遠山家に関係の深い人々はもとより、国民一般の不快感や反発を招くことはない。本件商標の登録から既に10年が経過するが、本件商標の使用について何らかの異議申立てを受けたことはない。
オ 本件商標による影響
 本件商標は標準文字によるものであるが、本件商標に基づいて被告が主張することができる禁止権の範囲は、本件商標と同一の商標を本件指定商品に類似する商品又は役務について使用する行為及び本件商標に類似する商標を本件指定商品と同一又は類似する商品又は役務について使用する行為であり、他の登録商標と何ら変わるところはない。
第5 当裁判所の判断
1 認定事実
 証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。なお、以下、歴史上の人物である「遠山左衛門尉景元(通称金四郎)」を指す場合には「遠山景元」と表記し、歌舞伎や映画等における登場人物は役名で表記するが、複数の呼称がある場合には適宜その中から選択して表記する。
(1) 遠山景元の生存中の経歴、呼称
 遠山景元(通称金四郎)は、江戸時代後期に江戸町奉行等を歴任した人物であるが(甲1〔各枝番を含む〕、4の3、4の4、20の3、56の4、57の11、61の2)、信頼できる客観的史料が非常に乏しい(甲61の2)。
 同人の呼称についても、存命中から「遠山の金さん」と呼ばれていたという文献が存在し(甲4の4、57の11)、広辞苑の第二版(昭和44年5月発行)以降には同旨とも解される記載があるが(甲1の2の1、1の2の2以下)、甲4(各枝番を含む)と甲57の11は、いずれも同じ作者藤田覚の著述であり、しかも、当時の幕臣である大谷木醇堂が景元死後に書いたとされる遠山景晋「対策則」という文献のみを根拠とするものであって(甲57の11では明示されていないが甲4の4と同じと解される。)、存命中に作成された客観的歴史資料に基づく見解ではない。また、昭和30年5月に発行された初版の広辞苑には呼称についての記載がなく(甲1の1の1、1の1の2)、昭和30年当時、歌舞伎や文芸の関係者の間はともかくとして、一般にかかる呼称が普及していたかどうかは疑問であるといわざるを得ず、そこから長期間遡った、遠山景元存命中の一般的な通称が「遠山の金さん」であったと推測することは困難である。以上の検討によれば、遠山景元存命中の呼称が「遠山の金さん」であったと認めるに足りる証拠はない。
 また、遠山景元は、下情に通じた名奉行であったとの評判についてはある程度信頼できるものであるが(甲1〔各枝番を含む〕、2、4の4、7、56の5、57の11)、同人は若くして家督を継ぎ結婚したという記述もあり(甲4の4)、若年時に放蕩無頼の暮らしをしていたという逸話(甲7、9の1、56の4、56の5)については、別人のものであるという説(甲4の4、57の11参照)や不確かな話・作り話という説(甲20の3、57の7)がある。また、天保の改革を実行した水野忠邦の芝居小屋移転に反対したという逸話や将軍徳川家慶から裁判ぶりについて讃辞を送られたという逸話の真偽はともかくとして(甲4の4、6、7、56の4、57の11、60の4)、具体的な判官としての仕事ぶりの逸話は別人のものという説(甲56の4、57の11)もあるなど、詳細は必ずしも明らかではない。
 さらに、江戸時代後期から同人が刺青を入れていたという説もあるとはいえ(甲4の4、6、57の11)、当時刑罰の対象となっている刺青等が実際に彫られていたかどうかという点は確証がないし(甲4の4、7、20の3、56の5、57の11、61の2、62の2)、刺青の図柄についても「女の生首」説と「桜吹雪」説等があり、しかも、遠山景元が刺青をしていたと述べる旧幕臣の中根香亭自身が両方の説を別の著述で記載したとされており、定かではない(甲4の4、7、61の2、64の3)。
 以上のように、遠山景元が、「遠山の金さん」として遊び人に扮して町中に出かけて悪事を目撃し、その後、白州の場面で桜吹雪の刺青を証拠に悪党を懲らしめたという一連の逸話が、客観的史実に基づくものであると認めるに足りる証拠はない。
(2) 遠山景元ないし遠山金四郎が登場する歌舞伎、演劇等の内容
ア 主として被告以外の制作に係る作品等
(ア) 歌舞伎、狂言
 明治10年には、「接木根岸礎」、明治23年には「根岸花遠山桜」との演目で遠山金四郎を主人公とする芝居が上演されたが、当時、遠山金四郎は刺青をしていなかった(甲61の2)。その後、明治26年に明治座において竹柴其水作「遠山桜天保日記」との演目で歌舞伎が上演され、Cが主人公遠山金四郎を演じた際に刺青を見せるシーンが登場したが、当時は桜吹雪の刺青ではなく、女の生首であった(甲4の4、56の3、57の4、57の7、57の11、61の2)。その後も、大正時代にかけて「敵討護持院ヶ原」、「遠山桜接橋」、「遠山政談」、「遠山桜」、との演目で金四郎ないし遠山金四郎が登場する歌舞伎が演じられた(甲44の1、44の2、56の3、57の4。「天保日記」は、「遠山桜天保日記」の1つとされているが、遠山金四郎という登場人物はいないと思料される〔甲56の3〕。)。同時期の狂言「遠山の金さんと鼠小僧」では、「遠山左衛門尉」との役名の人物が登場した(甲19の1、19の2)。なお、その後、いわゆる遠山政談物は、映画やテレビの普及等の影響を受け、歌舞伎で演じられない時期があったものの、平成20年以降復活し、現在に至るまで断続的に演じられている(甲57〔各枝番含む。〕)。
 これらの演目では、遊び人に扮した奉行である遠山金四郎が悪事を目撃した際に桜吹雪の刺青を見せ、その後白州でもう一度桜吹雪の刺青を示して、これを証拠に悪党を懲らしめるという場面がないものもあり、当初からストーリーが必ずしも確立されていたわけではなかった(甲44の3、45の2、45の3、56の3、57の9、57の10、乙34)。
(イ) 映画
 大正13年には、松竹、帝国キネマ、マキノプロによって、「花の春遠山桜」、「情熱の火」、といった遠山金四郎を主人公とする映画が上演された(甲20の3ないし20の5、64の3)。
 昭和に入って、日活、河合、帝国キネマ、松竹、大y、新興キネマによって、遠山金四郎を主人公とする「遠山桜金さん奉行」、「刺青名奉行」、「刺青奉行」、「金四郎半世紀」、「若様奉行」、「天保入墨奇談」、「仇討二番原」、「刺青判官」、「染血の鬼面」、「お江戸春化粧」、「お洒落旗本」、「かごや判官」、「花の春遠山桜」、「手柄の銀次」、「踊る百萬両」、「人情百萬両」、「弥次喜多道中記」、「魔像百萬両」、「千両判官」、「天保江戸桜」、「江戸錦遠山桜」、「渦巻く浮雲城」、「昨日消えた男」といった映画が上演されたが、正確な役名は不明である(甲20の3ないし20の5、64の3、弁論の全趣旨)。このうち、表題に「遠山の金さん」ないし「遠山」及び「金さん」という文字が入っているのは、昭和4年の日活の「遠山桜金さん奉行」と昭和7年の松竹の「遠山の金さん」のみである。ただし、この当時から、遠山金四郎と思われる人物が町民に扮して悪党と立ち回った後、白州の場面で桜吹雪の刺青を見せて悪党を懲らしめるというストーリーのものがあったことがうかがわれる(甲20の4)。
 戦後も、被告以外に、新東宝、松竹、東宝、大映、大映京都によって、「大江戸の鬼」、「遊侠の群れ」、「江戸ッ子判官」、「金さん捕物帖 謎の人形師」、「怪盗まだら蜘蛛」、「鉄火奉行」、「次男坊判官」、「男一匹」、「お役者小僧 江戸千両幟」、「怪盗と判官」、「唄祭り 江戸っ子金さん捕物帳」、「青空剣法 弁天夜叉」、「遠山の金さん捕物控 影に居た男」、「伝七捕物帳 髑髏狂女」、「朱桜判官」、「弁天小僧」、「大暴れ東海道」、「伝七捕物帳 幽霊飛脚」、「晴れ姿勢揃い 剣侠五人男」といった映画が上演された(甲20の5、弁論の全趣旨)。これらも同様のストーリーであったことがうかがわれる(甲20の4)。
(ウ) 講談
 講談でも、遠山景元に関するものが演じられた。大正14年12月1日発行の「幕政秘聞/刺青奉行遠山左衛門」(甲47の1、47の3)には、「・・・流石に遠山の金さんです、萬延元年六十四を以て病死いたし本郷丸山の本妙寺にその石碑は今以て残り居ります、花の春遠山櫻と題した講談これを以て終りといたします。」との記載があり、演目自体に「遠山の金さん」という表現はないが、この当時から「遠山景元」という登場人物を指して「遠山の金さん」と呼ぶことがあったことがうかがわれる。
(エ) テレビ番組
 テレビ番組としては、日本テレビが昭和32年に全29回のシリーズものとして「金四郎江戸桜」、単発ものとして「大江戸人気男遠山の金さん」を放映したほか、KTV、フジテレビが昭和35年に「遠山の金さん捕物帳」という全12回のシリーズを、NHKが昭和36年に「講壇ドラマ遠山の金さん」全4回のシリーズを、日本テレビが昭和42年に「遠山の金さん」という全11回のシリーズを放映した。昭和50年以降のTBS、CALの放映した「江戸を斬る」の第2シリーズ(昭和50年)から第8シリーズ(平成5年)までには、主役として遠山金四郎が登場し、平均して視聴率約20%を獲得した。「江戸を斬る」は、松竹の作品であって、被告自身も制作に協力しているが、被告制作のものとは異なり、「遠山金四郎」は「遠山の金さん」とは呼ばれず、「遠山様」、「金四郎様」、「若様」等と呼ばれ、また、ナレーションで「遠山桜」という言葉が出てくるものの、桜吹雪の刺青を悪党の集合場所や白州で積極的に開陳はしないという特徴があった。NHKが平成10年に遠山金四郎が主役ではなく登場する時代劇として「オトコマエ!」「オトコマエ!2」を放映した。(以上、甲23、53ないし55、64の3、65ないし72、75の1、乙35、37)
(オ) 演劇、舞台
 舞台でも、昭和32年には「遠山桜江戸ッ子奉行」という演目が(甲41)、昭和44年11月には「いれずみ判官 遠山の金さん」という演目が(甲43)上演されたほか、昭和50年から被告放映の「遠山の金さん」で主人公を務めたBが、昭和51年から「遠山の金さん・江戸の一番星」等の演目を舞台で演じた(甲73、77の1、77の2、78ないし80)。それ以外にも松竹制作の「江戸を斬る」シリーズ、被告放映の「遠山の金さん」シリーズで「遠山金四郎」役を務めたD、Aが、舞台で公演をしている(甲74、75の1、75の2、76の1ないし76の6)。
 このうち、「遠山桜江戸ッ子奉行」では、遠山金四郎は町民として「文吉」を名乗り、「文ちゃん」と呼ばれているが、ストーリー自体は町民に扮していた判官の遠山金四郎がその後白州の場面で桜の刺青を証拠に悪党を懲らしめるというものであり、白州の幕では、遠山金四郎が自らのことを「遠山桜の金さん」と称する場面もある(甲41)。
(カ) 書籍、漫画
 書籍や漫画でも、遠山景元ないし遠山金四郎が取り上げられた。昭和8年に、長谷川伸が「刺青判官」を連載したが、これがその後の映画の原作となった(甲20の3、64の3)。昭和29年9月20日発行の書籍「刺青奉行遠山の金さん」(甲22の1、22の2)では「遠山の金さん」が題名に使用され、桜吹雪の刺青が表紙に描かれている。また、昭和36年11月3日発行の漫画「遠山金四郎」(甲42の1、42の2)でも、遠山金四郎が町民から「金さん」と呼ばれる場面があるほか、桜吹雪の刺青を証拠に悪党を懲らしめる場面がある。
イ 被告作成による遠山金四郎に関するテレビ番組等
 被告は、昭和24年に設立された会社であり、映画の制作、配給やラジオ・テレビ番組の企画・制作・販売等を行っている(乙1)。
(ア) 被告は、昭和25年から昭和40年にかけて、遠山金四郎を主人公とする「いれずみ判官 桜花乱舞の巻」、「いれずみ判官 落花対決の巻」、「女賊と判官」、「お馴染み判官」、「遠山の金さん 飛びっちょ判官」、「素浪人奉行」、「血ざくら判官」、「勢ぞろい喧嘩若衆」、「喧嘩奉行」、「荒獅子判官」、「長脇差奉行」、「海賊奉行」、「はやぶさ奉行」、「火の玉奉行」、「たつまき奉行」、「江戸っ子判官とふりそで小僧」、「ご存じいれずみ判官」、「さいころ奉行」、「さくら判官」、「橋蔵のやくざ判官」、「いれずみ判官」等の題名で公開された劇場用映画を制作、配給し、テレビ放映用の時代劇ドラマ番組として、昭和45年から平成19年にかけて、「遠山の金さん捕物帳」、「ご存知遠山の金さん」、「遠山の金さん」、「名奉行遠山の金さん」等のタイトルの下に、合計750話を超える全7シリーズを制作した(甲64の3、乙9ないし27、36、弁論の全趣旨)。そのうち、A主演に係る「名奉行遠山の金さん」、「遠山の金さんVS女ねずみ」及び「金さんVS女ねずみ」は、昭和63年4月21日から平成10年10月31日までの間に全218話が放映され、その視聴率は、最高で21.9%、全話平均で14.0%である(乙27)。なお、これらの作品のうちの多数のストーリーは、本来判官であるが遊び人に扮した遠山の金さんこと遠山金四郎が町中で悪事を目撃した際に桜吹雪の刺青を見せ、その後、白州で桜吹雪の刺青を証拠にして白を切る悪党を懲らしめるものであったことがうかがわれるが、このような定番のストーリーは、陣出達朗の時代小説を原作とする、被告制作に係る昭和30年以降の映画や歴代テレビシリーズによって、最終的には定着したものである(甲7、61の2、64の3、乙10ないし26、31の1ないし31の5)。
(イ) その後、平成17年2月1日から10月18日までの間、CS放送「東映チャンネル」により、E主演に係る「いれずみ判官」、「さいころ奉行」及び「さくら判官」、F主演に係る「いれずみ判官」、G主演に係る「橋蔵のやくざ判官」、H主演に係る「遠山の金さん捕物帳」、I主演に係る「ご存知遠山の金さん」、J主演に係る「ご存じ金さん捕物帳」、B主演に係る「遠山の金さん捕物帳」、K主演に係る「遠山の金さん」及びA主演に係る「名奉行遠山の金さん」が再放送された(乙27)。その他、昭和50年から平成25年までの間、多数の地上波放送局及びCS放送局において、被告の制作に係る映画及びテレビ放映用番組の再放送が放映された(乙27)。
(3) 遠山景元に関する史跡、文化財等
ア 遠山景元を描いた「遠山金四郎景元画像」が、千葉県いすみ市の市指定文化財として保存されている(甲10)。
イ 東京都豊島区巣鴨の本妙寺にある遠山景元墓が、東京都指定旧跡として保存されている(甲11)。この遠山景元墓には、平成7年に建設された「下情に通じた江戸時代屈指の名奉行といわれ、遠山の金さんとして様々な伝説がある」などと書かれた碑(甲11)がある。
ウ 東京都中央区八重洲の北町奉行所跡には、昭和43年に建設された「『いれずみ奉行』として名高い遠山左衛門尉景元(遠山金四郎)は天保十一年(一八四〇)三月から三年の間北町奉行の職にあった。」などの碑文の彫られた碑(甲12、85の1)がある。
エ 遠山景元の知行地であったといわれる千葉県いすみ市岬町岩熊地区には、平成4年に建設された「景元は才幹あり、小普請奉行・作事奉行・勘定奉行・北町奉行・大目付・南町奉行を歴任して世に名奉行として知られる。特に天保の改革に際し、事績あがる。」との碑文の彫られた碑(甲13)がある。
オ 東京都墨田区菊川の「遠山金四郎屋敷跡」付近には、遠山景元の説明板・石碑(甲14、15、85の2)が建てられている。平成19年に作成された説明板(甲14)には「・・・遠山左衛門尉景元です。通称は金四郎。時代劇でおなじみの江戸町奉行です。」との記載がある。この石碑は、都営新宿線菊川駅のスタンプの図柄にも使用され、「遠山金四郎」の文字と奉行をうかがわせる御用の文字の入った提灯、十手とともに用いられている(甲16)。
カ 各地の地方公共団体や観光協会等は、インターネット上で遠山金四郎に関する名所を観光スポットとして紹介し、地域振興を図っている。すなわち、東京都豊島区等は、「遠山金四郎」の名称を利用して遠山景元墓を紹介している(甲27ないし30)が、うち、「東京都立染井霊園MAP」(2010年4月(第2版)発行)で「本妙寺」に係る紹介文として、「ご存知、桜吹雪の金さん\遠山金四郎景元\江戸時代の旗本。江戸町奉行を勤めた。小説・ドラマの『遠山の金さん』などでその名を知られる。」との記載がある(甲28)。
キ 「巣鴨地蔵通り商店街振興組合」に係る「巣鴨散策周辺の名所探訪」のウェブサイトに、「巣鴨周辺マップ」上に「遠山の金さんの墓」という表示がある(甲30)。
ク 東京都墨田区等は、「遠山金四郎」の名称を利用して遠山景元の屋敷跡を紹介している(甲31ないし33)が、公式ウェブサイト「すみだ」に係る「すみだ散策ツアー」のうちの「本所・両国・錦糸町コース」の見出しの下、「長谷川平蔵住居跡、遠山金四郎住居跡(歩く時間の目安:10分以上)」に係る紹介文において、「そして、その同じ場所に40年後、ドラマや芝居でお馴染みの『遠山の金さん』こと『北町奉行遠山金四郎』も屋敷を構えました・・・背中の桜吹雪の刺青はフィクションのようですが、彼もまた有能な役人だったということです。」との記載が(甲31)、「江戸東京商店街・買物独案内 舟めぐりまち歩き」のウェブサイトでも(鬼平)長谷川平蔵の役宅跡につき、「遠山の金さんこと、遠山金四郎の下屋敷になりました。」との記載がある(甲33)。
ケ 東京都港区は、「港区産業・地域振興支援部 産業振興課」に係る「MINATOあらかると」のウェブサイトに、「港区江戸古地図めぐり」の見出しの下、「『遠山の金さん』の屋敷を求めて」として、「◆遠山金四郎屋敷跡(第2東洋海事ビル)◆」を紹介しているが、この中に、「このあたりに遠山左衛門尉(さえもんのじょう)こと金四郎景元の屋敷があったとか。テレビドラマや映画でお馴染みの名奉行『遠山の金さん』は、背中の『桜吹雪(遠山桜)』で有名ですが、実在の金四郎も若いときに放埒し、彫り物を入れていたと伝えられています。」との記載がある(甲34)。
コ 特定非営利活動法人東京中央ネットは、「中央区のまちづくり」のウェブサイトに、「八重洲界隈」の見出しの下、「名奉行 遠山の金さん(北町奉行所跡)」を紹介しているが、その中に、「その北町奉行所にはサクラ吹雪の刺青でおなじみ、遠山の金さんこと遠山左衛門尉景元が任務にあたっていました。・・・実際には刺青があったという記録はなく、テレビや映画での作り話のようです。」との記載がある(甲35)。
サ 岐阜県恵那市明智町(日本大正村)は、ウェブサイトに、「旗本領主\遠山家累代の墓所」の見出しの下、「名奉行遠山金さんも合祀されていると言われている」、「遠山桜」の各ページで、「土地の人はこれを『遠山桜』と呼び江戸時代に名を馳せた江戸町奉行で、時代劇や芝居で有名な『遠山の金さん』こと遠山金四郎(遠山左衛門慰景元)の“遠山桜”を偲ぶことができます。」と記載し、「遠山家累代の墓所」及び「遠山桜」を紹介している(甲36、37)。
シ 遠山郷観光協会は、「信州遠山郷」のウェブサイトに、「遠山の金さんと遠山\遠山つながりで桜吹雪にあやかろう!遠山金四郎プロジェクト」の見出しの下、「遠山金四郎景元は、天保の改革で取り潰されそうになった芝居小屋を救うなどの功績によって、のちに刺青姿の名奉行として時代劇のヒーローになりました。・・・信州遠山氏の出自が美濃だとすれば、信州遠山と金さんとの関係が見えてきます。」と記載し、イベントの情報を紹介している(甲38)。
(4) 「遠山の金さん」の呼称やイメージの定着に対する寄与
ア 「遠山の金さん」の呼称の定着の経過
 昭和30年に発行された初版の広辞苑には呼称についての記載はなく(甲1の1の1、1の1の2)、「遠山の金さん」という呼称は、それ以降に一般国民の間で定着したものと推認される。
 フリー百科事典Wikipediaの「遠山景元」の項目では、「テレビドラマ(時代劇)『遠山の金さん』のモデルとして知られる」(甲7)と紹介されているが、この記載と、同人の史跡、文化財を紹介したホームページ上の説明(甲28、34、35)は、いずれも、インターネットの普及以降に作成されたものと考えられ、比較的最近のものであると推認される。同人にまつわる碑や説明板も、比較的最近建設されたものが多いことは上記(3)のとおりである。したがって、「遠山景元」が「遠山の金さん」と古くから呼称されていたことを必ずしも裏付けるものではない。
 フリー百科事典Wikipediaの「遠山の金さん」の項目(甲55)には、作品一覧として、「E主演の東映時代劇シリーズ」では、「いれずみ判官(東映)」、「血ざくら判官(東映)」、「はやぶさ奉行(東映)」、「火の玉奉行(東映)」、「たつまき奉行(東映)」及び「さくら判官(東映)」との表示があり、また、テレビドラマでは、「遠山の金さん捕物帳(フジテレビ)」、「遠山の金さん(日本テレビ)」、「遠山の金さん捕物帳(NET)(関西地区はMBS)」、「ご存知遠山の金さん(NET)(関西地区はMBS)」、「ご存じ金さん捕物帳(NET)(関西地区はMBS)」、「遠山の金さん(NET→テレビ朝日)(関西地区はこの作品以降ABC)」、「名奉行遠山の金さん(テレビ朝日)」、「遠山の金さん(テレビ朝日/2007年版)」との表示がある。このように、被告制作以外の作品についても多数挙げられている。
 もっとも、遠山金四郎に関する歌舞伎、演劇等の上演の経過は、上記(2)で説示したとおりであって、昭和45年以降は特に被告作成のテレビの時代劇の放映期間が長期間にわたっている上に継続的であり、放映本数も多く、しかも、テレビという大衆娯楽を媒介とするものであり、少なくとも歌舞伎や演劇等以上に国民への影響を強く与えるものであったことは否定できない。
イ 被告の寄与
 そうすると、「遠山景元」と「遠山の金さん」の呼称が関連付けられるようになったのは、被告の制作したテレビドラマや映画単独の成果とは認められないが、少なくとも、昭和45年以降は被告の制作したテレビドラマや映画の影響が強く、査定時を含めた近時における「遠山の金さん」の呼称の普及やイメージ造りにおいてもかなりの程度の貢献をしたものと認められる。
(5) 原告サンセイアールアンドディと被告の関係等
ア 被告は、原告サンセイアールアンドディが登録を受けた「名奉行金さん」という商標(標準文字。指定商品:第28類「遊戯用器具」)に関し、無効審判請求をした結果、平成22年4月5日、類似商標であることを理由に無効審決が出された(乙28の2)。原告サンセイアールアンドディは、当該審決を不服として取消訴訟を提起したが、平成23年2月28日、知的財産高等裁判所により請求棄却の判決が下され(甲3)、当該審決は平成24年2月9日に確定した(乙28の2)。
イ 被告は、原告らが、「CRAの名奉行金さんXX」というパチンコ遊技機を製造販売した(乙38)ことに関し、著作権及び商標権侵害を理由に、原告らに対する損害賠償等を請求する訴訟を東京地方裁判所に提起し(甲49の1)、現在、訴訟が係属中である。
ウ なお、株式会社第一商会は、被告から許諾を受けて、本件商標をパチンコ遊技機に使用している(乙32の1、32の2、33)。
2 取消事由1について
(1)ア 「遠山景元」と「遠山の金さん」との同一性
 上記認定事実によれば、江戸時代後期に実在した遠山景元は、江戸町奉行等を歴任し、名奉行として賛辞されていたことまでは認められるものの、その具体的な呼称や仕事ぶりは不明な点が多く、現時点で「遠山の金さん」につき抱かれているストーリー、すなわち、桜吹雪の刺青を肩に彫った名奉行の遠山金四郎が、江戸の町中で「金さん」として遊び人に扮していたときに悪事を目撃した際に示した桜吹雪が、その後の白州での裁判時に決定的な証拠となって悪党を懲らしめて活躍するというストーリーと、必ずしも一致しているとは認められない。また、遠山金四郎が登場する歌舞伎等のストーリーが当初から確立していなかったことは上記のとおりであって、このことからしても、近時定着した上記ストーリーは、実在した遠山景元の仕事の忠実な再現というよりは、虚構を交えた娯楽性のある創作物という側面は否定し難い。
 そうすると、「遠山の金さん」は、あくまでも「遠山景元」をモデルとした人物を主人公としたテレビ番組のタイトル名や主人公名と認められ、モデルが存在する点において必ずしも架空の人物ということはできないとしても、歴史上実在した人物そのものではなく、その限度で審決の認定判断に誤りはない。
 確かに、遠山景元の史跡では、本人を紹介するに当たって「遠山の金さん」と同一であることを前提とした記載がなされている例も見られるが、「遠山の金さん」に触れない紹介もある上に、「遠山の金さん」に言及した記載も、比較的最近になってから書かれたものばかりであるし、「遠山景元」の実際の史実に基づく行動を前提としたものではなく、分かりやすく親しみを抱かせる目的での記載とも評価されるのであって、上記認定を左右しない。
イ 「遠山の金さん」という呼称の指すもの
 また、遅くとも昭和の初期から、歌舞伎や演劇等において、「遠山景元」という登場人物を指して「遠山の金さん」と呼ぶことがあったと認められるが、これも映画等の主人公の呼称として知られたことによる影響であって、当然に歴史上の人物である「遠山景元」を指したものとは認められない。
 さらに、テレビ放送開始後は、テレビ番組における時代劇のタイトル名や主人公名として「遠山の金さん」が使用されたと認められ、テレビの持つ甚大な影響力の結果、「遠山の金さん」の文字からなる本件商標に接する取引者、需要者は、これを時代劇のタイトル名や主人公名として認識するに至ったものと認められる。そして、被告の制作に係るテレビ番組はタイトル名に「遠山の金さん」そのものが含まれていることが多いこと、その放送期間や放送回数が圧倒的に多いことからすると、同業他社が「遠山の金さん」ないし「遠山金四郎」を主人公とする番組を作成してきた一定の実績を踏まえても、遅くとも本件商標の登録査定時(平成15年6月)においては、特に被告の制作に係るテレビ番組のタイトル名や主人公名を想起させるものと認められる。
ウ 小括
 したがって、審決の認定判断に誤りはない。
(2) 原告らの主張に対する判断
ア この点、原告らは、審決の認定判断が誤っているとるる主張するが、歴史上の人物である「遠山景元」と同人をモデルとした時代劇等のタイトルや主人公である「遠山の金さん」を何ら区別することなく、「遠山の金さん」と「遠山景元」を同一視したものであって、前提において誤りがある。被告のみが「遠山の金さん」を使用し、一連のイメージを単独で作り上げたものではないことは、原告の主張のとおりであるが、本件商標の登録査定時はもとより、それ以前から被告が「遠山の金さん」の呼称を頻繁に使用し、一連のストーリーを前提とした勧善懲悪の「遠山の金さん」のイメージ形成に業績を重ねてきたことは上記で説示したとおりであり、原告の見解は、これまでの被告が行ってきた業績や功労を過小に評価したものといわざるを得ず、採用できない。
イ なお、原告は、いわゆる「モデル小説」においては、当該作品中に描かれた人物は、モデルとされた実在の人物からかけ離れた作者の想像上の産物ではないというべきであるとも主張する。しかしながら、実在の人物をモデルとする作品であっても、当該作者が史実にどの程度基づいて当該人物を描いているかによって、実在の人物と同一視できるか否かが定まるのであり、すべてのモデル小説を同列に扱うことはできない。そして、本件では、上記認定事実のとおり、歴史上に実在した遠山景元の実際の通称や仕事ぶりについては客観的史料が乏しく、史実に即して主人公を描くことが困難であるために、「遠山の金さん」と実在の「遠山景元」とのかい離が大きいといわざるを得ないのである。したがって、現在、「遠山の金さん」として定着しているイメージは、実在の「遠山景元」と同一視できず、史実に基づかない出来事も含めて後から作り上げられた人物像というほかない。
3 取消事由2について
(1) 本件商標の商標法4条1項7号該当性を判断するに当たって、まず、原告が判断要素として主張した項目を中心に検討する。
ア 本件出願の剽窃性の有無
 上記認定事実によれば、被告は、「遠山の金さん」という名称をタイトル名ないし主人公名として初めて使用した者とはいえないが、昭和25年以降、「遠山の金さん」と呼ばれる主人公が登場する映画を多数作成し、昭和45年以降は、同名のテレビ番組を長期間にわたって多数制作してきたものと認められ、「遠山の金さん」の呼称やイメージを一般大衆に広めることに一定の寄与をした立場にあるといえる。
 したがって、被告は、遠山景元と血縁関係を有する者の関連する会社や同人の生育地と地縁を有する団体に当たるものではないが、本件商標の登録出願を剽窃的に行ったものということはできない。
イ  「遠山の金さん」の利用状況と本件商標による影響
 「遠山の金さん」という呼称自体は、被告以外の同業他社によりテレビドラマのタイトルや台詞の中で利用されるほか、歌舞伎や講談等においても台詞等で利用され、地方公共団体が遠山景元に関する史跡や文化財において同人を紹介する際に「遠山の金さん」を引き合いに出すことがあるのは、上記認定事実のとおりである。
 しかしながら、そもそも、「遠山の金さん」がテレビ番組のタイトル名ないし主人公名にすぎないことからすると、本件指定商品における本件商標の使用によって、「遠山景元」という歴史上の人物の名前を独占できるかという公益性のある社会的問題が生じる余地はなく、本件商標によって失われる公益は想定し難い。
 また、同業他社との関係でいえば、新たな時代劇の制作や放送は、本件指定商品の範囲外であり(商標法施行規則別表第38類、第41類参照)、類似商品又は役務に当たるとも考えにくく、直ちに影響があるとはいえない上に、作品制作に関連して行われる、本件指定商品に属する物品の販売等に関する制約は、同業他社に対する経済的活動の制約にすぎず、あくまでも私的な影響にとどまるものといわざるを得ない。歌舞伎等における影響についても、遠山政談物の上演が本件指定商品との関係で当然に禁止されると解することは困難である(同第41類参照)。
 なお、原告らとの関係では、パチンコ遊技機における本件商標の使用の有無に関して紛争が生じているが、これは私的な領域に関するものであり、公益性と関連のないことは多言を要しない。
 以上のとおり、現状の「遠山の金さん」の使用状況にかんがみても、本件商標の出願及び使用によって、公益が損なわれることは想定し難いといえる。
ウ 本件出願の経緯、目的、理由
 上記イのとおり、本件指定商品を前提とする本件商標の登録出願及び使用により公益性が損なわれるものでないということは、被告の登録出願の目的が、公益事業を不当に制約することにあったわけではないことをうかがわせるものといえる。
 また、被告が「遠山の金さん」シリーズの映画やテレビ番組の制作や配給をしてきたのは上記認定事実のとおりであって、「遠山の金さん」という語を商標登録出願することにより、形成してきたその信用や顧客吸引力を保護しようとすること自体は、商標制度の本質からして非難できるものでもない。
 なお、被告以外の同業他社も、「遠山の金さん」というタイトル名をつけた時代劇を制作しており原告と同様の立場であると認められ、「遠山の金さん」という文字を商標として登録出願する機会があったといえるから、かかる点においても、被告による本件商標の登録出願につき、先願主義の原則や公正な競争原理から見て、著しく不当と評価されるような側面は見出し難い。
エ 遺族の名誉感情、国民感情
 本件商標「遠山の金さん」があくまでも遠山景元をモデルとして作り出された主人公名にすぎないことは、繰り返し述べてきたとおりであるから、そもそも遠山景元の遺族感情や同人に関する国民感情を問題にする余地はない(なお、仮にモデルとなった人物である遠山景元の遺族感情を問題とするとしても、本件においては、遠山景元の遺族の有無は明らかにされていない上に、遺族感情に関する証拠は何ら提出されていない。加えて、国民が「遠山の金さん」について庶民の味方であるヒーローというイメージを抱いているとしても、そのことが直ちに本件商標を被告が登録出願したことに関して反対する意向であることには結び付かないし、本件では被告の本件商標保持に関する国民感情に関する証拠は何ら提出されていない。)。
オ 本件商標の禁止権の範囲
 被告が本件商標を登録したことによる法的、社会的影響については、公益的事業において歴史上実在した遠山景元を紹介するに当たって、通称として「遠山の金さん」の表現が併記されることがあるとしても、それは本件指定商品の範囲外で、類似する商品・役務に当たるともいえないから、公益的事業自体に支障が生じるとは考えにくい。確かに、本件商標が標準文字からなることや本件指定商品の種類からすると、遠山景元と関連のある公的機関・団体などが「遠山の金さん」という標章を付しておもちゃ・人形等の土産物や観光物品を作成することについては、一定の支障が生じるおそれは否定できないが、公益性ある文化事業に付随した営業行為に当然に公益性があるとはいえないし、上記のとおり、史跡での紹介等への利用自体は本件指定商品からすれば除外されており、加えて、本件指定商品に含まれる土産物や観光物品に「遠山景元」という歴史上の人物の名称を使用することまで制約されるわけではない。したがって、公益的事業等への影響は、限定的なものにとどまるというほかない。
カ その他の事情
 その他、本件商標が、きょう激、卑わい、差別的又は他人に不快な印象を与えるような表現を含むものでないこと、他の法律で使用が禁止されているものでないこと、特定の国や人々を侮蔑するようなものでないことは明らかである。
(2) 小括
 以上のように、商標法4条1項7号を限定的に解釈するまでもなく、本件において原告の指摘する事項を総合的に考慮してみても、本件商標が登録査定時において公益に反するものであるとは認められない。
第6 結論
 以上より、原告らの請求は理由がない。
 よって、原告らの請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 清水節
 裁判官 池下朗
 裁判官 新谷貴昭
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