判例全文 line
line
【事件名業務管理ソフトの著作者人格権侵害事件
【年月日】平成26年3月25日
 東京地裁 平成25年(ワ)第5210号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成26年2月6日)

判決
原告 株式会社ビーエスエス
被告 インターナショナル・システム・サービス株式会社
同訴訟代理人弁護士 池田浩一郎


主文
 原告の請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告の著作物であるBSS−PACK製品について、著作者名を「株式会社ビーエスエス」と表示せよ。
2 被告は、原告の著作物であるBSS−PACK製品に、BSS−PACK以外の「ISS−PACK」などの名称を使用してはならない。
3 被告は、保有するBSS−PACKの全ソースコードのうち中核部(ミドルソフト)の営業秘密プログラムの「SCtsusin」のプログラムの記述を一切変更してはならない。
4 原告がBSS−PACKの著作者であることを確保するため、上記3のプログラムを被告が変更して譲渡等している場合にはその記述を元に戻し、これを媒体に書き出して被告の責任において全譲渡先に再配付せよ。
5  BSS−PACK製品が原告の著作であることの名誉を回復するため、別紙謝罪文を日本経済新聞全国版に掲載せよ。
6 被告は、原告に対し、160万円及びこれに対する平成25年5月17日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、「BSS−PACK」という統合業務管理パッケージのソフトウェア製品(以下「BSS−PACK製品」という。)に含まれる別紙原告営業秘密プログラム目録記載1(1)〜(7)の7本のプログラム(以下「原告各プログラム」という。)の著作者人格権を有するところ、被告が、BSS−PACK製品について、同目録記載1(2)のプログラム(以下「原告プログラム(2)」という。)のソースコードの記述を変更し、ISS−PACKという名称を付し、原告名を表示せずに販売し、原告の著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)を侵害したとして、著作権法112条1項及び2項に基づき、@ BSS−PACK製品につき、著作者名を「株式会社ビーエスエス」と表示すること、A BSS−PACK製品に、BSS−PACK以外の名称を使用しないこと、B 原告プログラム(2)の記述を一切変更してはならないこと、C 同プログラムを被告が変更して譲渡等している場合にはその記述を元に戻し、これを媒体に書き出して被告の責任において全譲渡先に再配付すること、また、D 同法115条に基づき謝罪文を掲載することを求めるとともに、E 著作者人格権侵害の不法行為に基づく損害賠償金160万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成25年5月17日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実等(各項目末尾掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実を含む。)
(1) 当事者
 原告は、ソフトウェア開発とその販売等を目的とする株式会社である。
 被告は、情報処理技術やシステムの開発設計販売及びプログラミングの販売サービス等を目的とする株式会社である。
(2) 著作権登録等(甲7、乙1の1〜5)
ア 原告は、BSS−PACKシステムを開発してBSS−PACK製品として製品化し、同システムに関連する下記の各題号のプログラムについて、原告を著作者とするプログラム著作物として著作権登録を経た(以下、これらのプログラムを「本件各登録プログラム」と総称し、順に、「本件登録プログラム1」、「本件登録プログラム2」などという。)。
(ア) BSS−PACKクライアント(メニュークリエイト)
 表示番号 P第4574号
 登録日 平成7年10月16日
(イ) BSS−PACKサーバー(UNIX)
 表示番号 P第4724号
 登録日 平成8年1月16日
(ウ) BSS−PACKサーバー(WindowsNT版)
 表示番号 P第5363号
 登録日 平成9年3月14日
(エ) 部品マイスター
 表示番号 P第5814号
 登録日 平成10年2月13日
(オ) 部品ビュー
 表示番号 P第6339号
 登録日 平成11年5月13日
イ 本件各登録プログラムの各著作権は、金融機関や被告を譲渡担保権者とする譲渡担保の対象として移転されるなどしたが、本件登録プログラム1〜3及び5については平成18年2月1日に、本件登録プログラム4については同年9月27日に、原告に移転した。さらに、原告は、各著作権を株式会社サンライズ・テクノロジーに譲渡し(以下「本件譲渡」という。)、その後の移転を経て、現在は日本電子計算株式会社が各著作権を保有している。
(3) 被告による販売(乙2、弁論の全趣旨)
 被告は、平成18年8月1日より前に、ISS−PACKという名称の統合業務管理パッケージのソフトウェア製品を販売していた。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
 本件の争点は、(1) 原告各プログラムの創作性(争点1)、(2) 被告による著作者人格権侵害の有無(争点2)、(3) 被告の賠償すべき損害額(争点3)である。
(1) 争点1(原告各プログラムの創作性)について
(原告の主張)
 BSS−PACKシステムは、@ ソフトウェア部品群(実際の業務処理を行うための膨大な量のプログラムでありそれぞれ三相構造を有するもの)、A 関数インターフェース部(ソフトウェア部品の三相間の連動を主目的とするプログラム)、B OSインターフェース部(特定のOSに対応し、OSごとの特殊性を吸収してソフトウェア部品群の動作に影響が出ないようにするプログラム)及びC 営業秘密部から成る。原告各プログラムは営業秘密部を構成する7本のプログラムで、全てのBSS−PACK製品に共通するものであり、その内容は別紙原告営業秘密プログラム目録記載2のとおりであって、次のとおり、いずれも創作性を有する。
 すなわち、原告各プログラムは、ソフトウェア部品群、関数インターフェース部及びOSインターフェース部の働きをそれらのプログラムの背後でコントロールしてシステムを全体として有機的に稼動させるための特別なプログラムであり、業務処理を行うソフトウェア部品群を実際に稼動させるためには原告各プログラムが不可欠である。原告各プログラムは、著作権法10条3項の規約や解法に該当せず、ありふれた業務処理の定型性もない、原告の創作プログラムである。
 従前の同種ソフトウェアには営業秘密部に該当するプログラムがなかったが、このようなソフトウェアは実際の運用に混乱が生じやすく、大規模な企業基幹システムとしての利用には障害が多かった。これに対し、BSS−PACKシステムは、独創的で創造的な原告各プログラムが稼動することにより、業務処理を行うプログラムであるソフトウェア部品群が何千本に増えたとしても問題なく稼動するという、極めて画期的で革命的なものである。
(被告の主張)
 原告各プログラムはその記述が思想又は感情を創作的に表現したものとはいえないから、創作性があるとはいえない。
(2) 争点2(被告による著作者人格権侵害の有無)について
(原告の主張)
ア 被告は、平成18年8月2日以降、BSS−PACK製品について、(ア)原告プログラム(2)の中のハードロックチェックプログラムの記述を削除するなどして変更し、(イ) ISS−PACKとの名称を付して、(ウ) 著作者である原告の氏名を表示せずに、ISS−PACK製品として販売した。
 BSS−PACKシステムを構成するソフトウェア部品群は、ハードロックキーを装着するか、原告プログラム(2)のソースコードの記述を変更するかしないと稼働しないにもかかわらず、同日以降原告に対してハードロックキーの注文がなく、被告が原告プログラム(2)の記述を変更したことが明らかである。
イ 原告は、被告に対し、平成18年8月1日までの被告の行為について著作者人格権を行使しない旨の許諾をしていたが、同月2日以降はこのような許諾をしていないから、上記(ア)(イ)は同一性保持権を、上記(ウ)は氏名表示権を、それぞれ侵害する。
ウ 原告各プログラムは本件各登録プログラムとは別のプログラムであり、本件譲渡の対象となっていない。
(被告の主張)
ア 被告は、平成18年8月2日以降にISS−PACKという製品を販売していないし、原告プログラム(2)の記述の変更もしていない。
 ISS−PACKの名称は、商品名としてブランド化された名称であり、被告のみならず、株式会社サンライズ・テクノロジー及び日本電子計算株式会社も使用しているから、同日以降にISS−PACKという名称の製品が販売されているとしても、被告が販売したものではない。
イ 本件譲渡は、各著作権の譲受人がBSS−PACK製品を販売するためにされたものであるから、原告各プログラムは本件各登録プログラムに含まれている。原告が著作者人格権を行使するのは本件譲渡の趣旨に反する。
(3) 争点3(被告の賠償すべき損害額)について
(原告の主張)
 平成18年8月2日から平成25年3月1日までの上記(2)の著作者人格権侵害により原告に生じた損害は、160万円である。
(被告の主張)
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(原告各プログラムの創作性)について
 原告は、原告各プログラムがプログラムの著作物(著作権法10条1項9号)に当たると主張する。
(1) 著作権法上保護される「著作物」というためには、思想又は感情を創作的に表現したものであることを要する(著作権法2条1項1号)ところ、プログラムは、「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」(同項10号の2)であり、所定のプログラム言語、規約及び解法(同法10条3項)に制約を受けながら、コンピュータに対する指令をどのように表現するか、その指令の表現をどのように組み合わせ、どのような表現順序とするかなどについて、保護されるべき作成者の個性(創作性)が表れることになる。
 以上によれば、プログラムに創作性があるというためには、指令の表現自体、その指令の表現の組合せ、その表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅があり、かつ、それがありふれた表現ではなく、プログラム作成者の個性、すなわち、表現上の創作性が表れていることを要するものと解される。
(2) 原告は、原告各プログラムについて、BSS−PACKシステムを構成する各部分の働きをコントロールしてシステム全体を稼動させる特別なプログラムであって、定型性のない原告の創作プログラムであり、極めて画期的なものであると主張するが、原告の主張からは、指令の表現自体、指令の表現の組合せ、表現順序等について、具体的にどのような表現上の創作性が表れているのかが明らかではないし、本件全証拠によっても、原告各プログラムに表現上の創作性があると認めることはできない。
(3) したがって、原告各プログラムが「著作物」に当たるということはできない。
2 争点2(被告による著作者人格権侵害の有無)について
(1) 原告は、被告が、平成18年8月2日以降、BSS−PACK製品について、(ア) 原告プログラム(2)の記述を変更し、(イ) ISS−PACKとの名称を付して、(ウ) 原告名を表示せずに、ISS−PACK製品として販売したことが、原告各プログラムの同一性保持権及び氏名表示権の侵害に当たると主張する。原告の主張のうち、(ア)の記述の変更については、原告が原告プログラム(2)のソースコードその他具体的な表現自体を明らかにしない以上、表現上の本質的特徴を維持しつつその外面的な表現形式に改変を加えたものであるかが明らかではないし、また、(イ)の名称の変更については、原告各プログラムはソフトウェア製品の一部を構成するプログラムにすぎず、ソフトウェア製品全体の名称を変更することが原告各プログラムの同一性保持権侵害に当たると解することは困難であるが、これらの点はひとまずおき、被告が同日以降にBSS−PACK製品をISS−PACK製品との名称で販売したとの原告主張の事実が認められるか否かを検討する。
 証拠(甲11の1及び2、19、乙2、3)及び弁論の全趣旨によれば、被告が平成15年頃に作成した「ISS−PACKのご紹介」との文書(甲11の1、乙2)が過去にインターネット上に公開されていたこと及び平成25年2月当時のNTC社のホームページ(甲11の2)の「ソフト開発」欄に「ISS−PACK」という製品が掲載され、同社の「会社案内」欄に仕入先のうちの一社として被告の名称が掲載されていることが認められるが、これらはいずれも、被告が、平成18年8月2日以降にBSS−PACK製品をISS−PACK製品として販売したことを裏付けるものではない。また、被告代表者作成の陳述書(甲13)及び日本電子計算株式会社作成の回答書(甲20)に「ISS−PACK」との製品名が記載されているが、これらの文書中に被告が同日以降同製品を販売したことをうかがわせる記載はない。
 以上によれば、被告が同日以降BSS−PACK製品をISS−PACK製品として販売したとは認められず、これを前提とする原告の上記主張はいずれも失当である。
(2) よって、仮に原告各プログラムが著作物に当たるとしても、被告が原告の氏名表示権及び同一性保持権を侵害した事実は認められない。
3 以上のとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求には理由がない。
 よって、原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 長谷川浩二
 裁判官 清野正彦
 裁判官 橋彩
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/