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【事件名】商標“南京町”侵害事件 【年月日】平成26年3月6日 大阪地裁 平成24年(ワ)第1855号 損害賠償請求事件 (口頭弁論終結日 平成25年12月16日) 判決 原告 南京町商店街振興組合 訴訟代理人弁護士 井野邊陽 補佐人弁理士 前井宏之 被告 神戸瑞穂本舗株式会社 訴訟代理人弁護士 岡田清人 同 家木祥孝 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、1650万円及びこれに対する平成24年3月9日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 訴訟物 (1) 本件は、原告が、被告に対し、①原告の後記商標権を被告が侵害したとの不法行為(民法709条)②被告が、原告商標を含む商標「南京町」を組合規約ないしその他の合意に反して使用した債務不履行のいずれかに基づき、原告に生じた損害の賠償及びこれに対する請求の日(訴状送達日)の翌日から債務不履行に基づく請求に関し、商事法定利率である年6分(不法行為に基づく請求に関しては年5分)の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 (2) 原告は、訴え提起時には、②の請求につき、被告が原告の組合員であることを前提として、被告が、原告の規約(商店街振興組合法(以下「組合法」という。)43条に基づくもの)及びその委任にもとづいて定められた商標の使用規程に違反して、「南京町」の標章を使用した債務不履行があると主張し(以下「組合契約に基づく請求」という。)、これに基づく損害賠償請求をしていた。 原告は、上記商標権侵害に基づく請求及び組合契約に基づく請求を前提として人証の取り調べが実施された後の平成25年12月16日の本件口頭弁論期日(弁論終結日)において、被告が原告の組合員であった旨の主張を撤回し、新たに、「被告は、組合員らしく振る舞った者であるから、原告の規約等に拘束される」旨の主張(以下「組合契約以外の法律関係に基づく請求」という。)を追加した。 (3) 原告の上記(2)の各請求の関係は、単に権利を発生させる請求原因が異なるにとどまるものではなく、訴訟物自体が異なるものと理解せざるを得ない。原告は、前記期日において、組合契約に基づく請求に係る訴えを取り下げる旨の陳述をせず、被告も、それぞれについて請求があることを前提とする弁論をした。したがって、訴えの追加的変更により、上記(2)の請求の関係では、組合契約に基づく請求と、組合契約以外の法律関係に基づく請求の双方が存在すると理解するのが相当である。 以下、上記の理解を前提に、説示する。 2 前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実) (1) 当事者(甲1、2) ア 原告は、組合法に基づいて設立された、組合員の取扱品の販売に関する共同事業等を目的とする法人である。 その地区(組合法6条)は、神戸市中央区元町通1丁目1番1号等、栄町通1丁目2番1号等となっている。 イ 被告は、食料品の製造等を目的とする株式会社である。 (2) 原告の商標権 ア 原告は、次の登録商標(以下「原告商標」といい、登録にかかる権利を「原告商標権」という。)の商標権者である。 登録番号 第5193188号 出願年月日 平成20年3月12日 登録年月日 同年12月26日 指定商品及び役務の区分 第30類 第43類 指定商品及び役務 茶、氷、菓子及びパン、調味料、穀物の加工品、ぎょうざ、しゅうまい、肉まんじゅう、ハンバーガー、べんとう、即席菓子のもと、飲食物の提供 商標 略 イ 原告はまた、他の指定商品及び指定役務について、本件商標と同じ標章からなる商標権(登録番号第4020808号及び同5428267号。以下「原告関連商標」という。)の商標権者である。 (3) 被告による被告標章の使用(争いがない) ア 被告は、別紙被告標章目録1から6までの各標章(以下総称して「被告標章」といい、個別の標章は「被告標章1」などという。)を、被告の販売する冷麺(以下「被告商品」という。)の包装、他人(生協等)が制作する広告などにおける商品名の表示として使用している。 被告商品は、原告商標の指定商品に該当する。 イ 被告はまた、次の登録商標(以下「被告登録商標」という。)の商標権者である。 登録番号 第5167278号 商標 神戸瑞穂本舗の神戸中華街 南京町ラーメン(標準文字) 出願年月日 平成20年6月17日 登録年月日 同年9月19日 指定商品及び役務の区分 第30類 指定商品及び役務 中華そばのめん、中華そばのつゆ、調理済み中華そば 3 争点 (1) 被告標章の使用が原告商標権を侵害するか (2) 被告が、原告の組合員であって、原告の組合契約上の義務に違反した債務不履行があるか(組合契約に基づく請求) (3) 被告に、組合員に類する地位があるものとして、原告の組合契約上の義務に違反した債務不履行があるか(組合契約以外の法律関係に基づく請求) (4) 被告標章の使用に関し、被告に先使用が認められるか。 (5) 原告の被った損害額 第3 争点に関する当事者の主張 1 争点(1)(被告標章が原告商標権を侵害するか)について (原告の主張) (1) 原告商標と被告標章の類否 ア 被告標章は、いずれもその要部は「南京町」の部分である。 イ 原告商標と被告標章の要部の称呼は共に「ナンキンマチ」で同一である。 ウ 観念は、共に、「神戸市中央区元町通、同区栄町通を所在地とする中華街」又は「神戸の中華街」であり、同一である。 エ 外観は、原告商標は、ややデザイン化されているとはいえ、普通に用いられる域を脱しない方法で表された南京町の文字よりなっており、被告標章と同一又は類似である。 したがって、被告標章は、原告商標に類似し、その使用は原告の商標権の侵害となる。 (2) 「南京町」が普通名称でなく、原告の名称を表したものであること(被告の主張に対する反論) ア 南京町が現在の位置に形成されたのは明治の初期といわれ、大正から昭和十二、三年にかけて、中国料理店をはじめ中国雑貨等の中華業種を扱う店舗が多くなったが、戦災による離散でさびれ、その後にはバーなどの営業が主流となり、昭和40年代において、神戸の中華街「南京町」は存在しなくなった。 イ 昭和52年に「南京町を復活させよう」と残った地元の商店主たちが原告を設立し、街づくり協議会を組織し、行政と協力しながら振興プランをまとめ、南楼門、あづまや、長安門などの南京町のシンボルを建設し、また、区画の整理を行った。 これらの事業には、行政からの補助金のほか、組合員からの賦課金が充てられたのであり、原告がなければ到底達成できないものであった。 また、独特の中国情緒を演出できるイベントとして「春節祭」を企画するなどのソフト面の貢献も行った。 ウ これらの原告の貢献により、南京町は、日本の中の中華街として戦前をしのぐ繁栄を取り戻し、今日に至っている。 このように「南京町」と呼ばれた地域は、形式的には明治時代からほぼ連続して神戸に存続していたが、南京町を実質的に表象する中華街は、戦中に消失し、以後再建されることなく約30年が経過し、昭和50年代前半までには、その場所に中華街が以前存在したというイメージさえも完全になくなった。 現在「南京町」と呼ばれる神戸の中華街は、過去の中華街をそのまま引き継いだものではなく、昭和52年に原告が法人として成立した後、その努力のもとにゼロの状態から計画的に新たに作り出されたものであるから、現在の南京町を形成させた主体は原告及びその組合員である。 エ 現実に、「南京町」(主として標準文字)は、組合設立後は、原告又はその構成員の業務に係る商品・役務を表示する標章として使用されている(甲68から76まで)。 このように、原告の設立後、その名称(略称)を指称する語として「南京町」(主として標準文字)の文字が使用された結果として、同文字は原告又はその構成員の業務に係る商品又は役務を表示する標章として広く知られるに至ったから、本件商標をその指定商品又は指定役務に使用した場合、商品の販売場所、生産場所、役務の提供場所を表示したものと理解されるというよりも、原告の名称(略称)を表示したものと理解・認識される。 オ このことは、原告と同様の、組合法に基づく法人が商標登録出願した「錦市場」「近江町市場」「黒門市場」などが、商標登録されていることからも裏付けられる。 (3) 原告商標が「南京町」の書体に着目して権利化されたものでないこと 原告関連商標の審査において、特許庁審査官は、原告商標と同様のデザインの商標が、「ややデザイン化されているとはいえ、普通に用いられる域を脱しない方法で表された『南京町』の文字よりなる」としており、原告商標は、書体に着目して登録されたものではなく、前記(2)の事情を総合すると、標準文字からなる「南京町」とも類似すると認められるものである。 (被告の主張) (1) 商標対比の前提事情 ア 「南京町」が普通名称であること 「南京町」は、それ自体として中華街の意味を有しており、全国的にはもちろんのこと、兵庫県の隣接府県においても、そもそも「南京町」の用語のみでいわゆる「神戸の中華街」を指すものであることは自明ではない。 原告提出の証拠によると、「南京町」の名称は、明治10年ころから神戸の中華街を指す言葉として使用されており、地元神戸においても、一般人の認識からすれば、「南京町」がいわゆる神戸の中華街を指し、それが神戸市中央区の元町通りと栄町通にまたがるエリア一帯を指すことの認識は可能であるが、原告又はその構成員の業務の出所を表示するものとの認識を持つことはまずない。 したがって、「南京町」の語は普通名称にすぎない。なお、以上の経過から明らかなとおり、「南京町」の語は、原告が創造した用語ではない。 イ 原告商標はロゴ商標であること アのとおり、「南京町」の語は普通名称であるから、「南京町」という標準文字自体には、商標権としての効力がなく、原告商標「南京町」はあくまでロゴとしてのみ商標権の効力を有するものである。特に、原告商標では、「町」の文字の右側の「丁」の部分が特徴的部分となる。 (2) 原告商標と被告標章の類否 次のとおり、原告商標と被告標章とは、外観、称呼及び観念のいずれにおいても、一般消費者が誤信をするおそれは全くないため、類似しない。 ア 外観 被告標章は、いずれも「南京町冷麺」又は「南京町生冷麺」等の表記がされており、当該文字が一体となって成立しているものであるから、類否判断にあたっては、被告標章全体を観察すべきである。そうすると、原告商標と、被告標章は、その文字数等も異なり、外観上の類似性は全くない。 仮に、「南京町」の部分に着目したとしても、上記(1)イのとおり原告商標はロゴ商標であり、文字の太さなど字体が異なる上、被告標章は、原告商標を特徴づける「町」の字体を使用していないから、当該部分においても、外観上類似はしない。 イ 観念 被告標章は、いずれも「南京町冷麺」あるいは「南京町生冷麺」等の表記がされており、一体として商品を指し示すものであるから、観念的に分離することはできない。 全体としてみた場合に、原告商標と被告標章とが示す観念は全く異なり、類似性がない。 ウ 称呼 被告各商標は、冷麺のパッケージに用いられているところ、商品はあくまで冷麺であるから、これを「南京町」と略称することはあり得ない。 したがって、称呼において類似しない。 (3) 被告標章の被告登録商標との類似 前提事実2(3)のとおり、被告は「神戸瑞穂本舗の神戸中華街 南京町ラーメン(標準文字)」との商標の商標権者であるところ、本件で問題となっている被告商品「南京町冷麺」は「南京町ラーメン」の類似の関連商品であり、「南京町冷麺」についても、上記商標権の権利範囲に属する。 2 争点(2)(被告が、原告の組合員であって、原告の組合契約上の義務に違反した債務不履行があるか(組合契約に基づく請求関係))について (前記第2の1(2)による撤回前の原告の主張) (1) 被告の組合員資格 被告は、遅くとも後記規約の制定手続当時、原告の組合員であった。被告は、平成24年3月7日、原告により書面により脱退の意思表示をしたものであるが、原告の定款上の規定により、原告の事業年度の終了時である同年6月30日まで、原告の組合員であった。 (2) 原告における規約等の制定 原告は、平成21年8月28日に開催された通常総会において、南京町商店街振興組合規約(以下「本件規約」という。)を定めた。本件規約(11条)においては、原告の事業として、①組合員が統一的なルールをもって使用すべき商標を指定し、その使用に関する規程を定めること、②組合員は、所要の手続を経て指定にかかる商標を使用できること、原告が使用料を徴収することができること、③商標の管理に関する規程の制定を理事会に委任すること等を旨とする商標の共同使用事業を行うことが定められた(甲19)。 これを受け、原告の理事会は、平成21年9月25日、「商標『南京町』共同使用規程」と題する規程(以下「本件規程」という。)を定め、即日施行した(甲20)。 (3) 本件規程の内容 本件規程は、前項記載の規約にいう商標として、本件登録商標のほか、標準文字を含め、「南京町」(以下、本件規程が規律の対象とする原告商標を、「規約対象商標」という。)を指定し、その使用に関し、 ア 規約対象商標は、組合が管理し(2条)、原告組合員がこれを使用するには理事会の承認を得る必要があり、規約対象商標の使用を希望する者は、これを使用しようとする日の2か月前までに、原告に対し使用申込書を提出した上、原告に設置される商標審議委員会の答申を経て、理事会においてその申込みの許否が判断されること(3条) イ アの承認を受けた組合員は、原告の定める使用基準(a.規約対象商標は、店舗名につけて(店舗名と連続した表現で)の使用だけを許可する、b、現在本件登録商標以外の規約対象商標を使用している場合等は、本支店をあらわすために使用している場合を除き、申込書記載の期間内に変更すること等)に則って使用すべきこと ウ 規程に違反して規約対象商標を使用する者があった場合、原告は、是正を求めることができ、その違反使用によって当該組合員が得た利益を売上額の50パーセントと推定し、原告の損害額と推定することができることなどをそれぞれ定めた。 (4) 本件規程の修正 同規程は、平成22年4月13日の開催の理事会において、別紙の様式1(商標南京町についての説明書)と、様式2の「商標南京町使用申込書」の内容が修正された(甲21、22の1・2)。 (5) 被告標章の使用が本件規程に違反すること ア 原告の組合員は、本件規程の効力発生により、標準文字を含む「南京町」の標章につき、その使用しようとする日の2か月前までに、原告に必要な書類、物品を添付した使用申込書を提出して、その申込みをしなければならない。 イ 被告もまた、アの義務を負うところ、被告商品である「南京町冷麺」「南京町生冷麺」を、遅くとも平成23年4月27日までに上記申込みをすべき義務があったのに、これを怠り、遅くとも平成23年6月27日から、上記標章を付した被告商品を販売した。 ウ したがって、被告は、本件規程にいう「違反使用者」に当たり、本件規定上の違反使用者が負う責任を負担しなければならない。 (6) 被告の、権利濫用の主張は、否認し、争う。原告は、違反使用者に対しては的確に対処している。 (被告の主張) (1) 原告の主張が前提を欠くこと 第2の1(2)のとおり、原告は、被告が組合員であるとの主張を撤回し、被告は当初から組合員ではなかったとするのであるから、原被告間の組合契約に基づく請求は成り立たない。 (2) 理事会において定めた本件規程が組合規約の委任の範囲を超えており、当該規程が無効であること ア 通常総会の決議の効力の範囲 本件規約11条は、原告は「地区のブランド的価値を向上させるため、理事会の議決を経て、組合員が統一的なルールをもって使用すべき商標を指定し、その使用に関する商標共同使用規程を定め、本商標を登録することができる」、「商標登録の出願は、理事会の議決を経なければならない」、「本商標の使用を希望するものは、商標使用許諾規程で定めた事由に該当する場合、本組合との間で書面をもって使用許諾契約を締結しなければ、本商標を使用できない」、「本組合が行う商標の管理に関する商標管理規程は、理事会で定める」とされているのみである。 そうして、本件規約の制定課程において、上記の規制の対象となる商標がどのようなものであるかという最も重要な点は、組合員に一切知らされなかった。 イ したがって、上記規約は、原告の理事会が中心となって今後何らかの商標を制定する旨を定めた程度でしか拘束力を有さず、原告理事会が任意に商標を作成し、違反した場合の制裁を含む規程の制定まで定める権限を委任するものではない。 本件規程は、上記の総会で定められた規約の委任の範囲を超えたものであって、無効であるか、又は個々の組合員の同意が前提とされていたと理解するほかない。そして、被告はそのような同意をしていない。 ウ また、原告商標のみならず、標準文字「南京町」までを対象とする本件規程は、第三者の権利を侵害するおそれがあり、現に被告商標との抵触のおそれがあるものであるから、このような意味でも、本件規程は被告に対し効力を有しない。 (3) 権利濫用 原告は、他にも標準文字標章「南京町」を使用する業者や組合員がいるにもかかわらず、それらを不問にして、被告のみを狙い撃ちして本訴提起しており、原告の権利行使は、権利濫用に当たる。 3 争点(3)(被告に、組合員に類する地位があるものとして、原告の組合契約上の義務に違反した債務不履行があるか(組合契約以外の法律関係に基づく請求))について (第2の1(2)により変更された原告の主張) (1) 被告は原告の組合員ではないが、組合員らしく振る舞ったこと 原告が組合員として把握していた株式会社ミズホ・ヌードルと被告は別法人であるから、被告は、いかなる時点においても、原告の組合員であったことはなかった。 もっとも、被告は、組合員資格がないにもかかわらず、組合費を自己の名義で納入するなどして組合員として振る舞っていた以上、本件規程の適用を免れない。 (2) 本件規程の内容及び被告が本件規程の義務に違反したことは、前記2の(原告の主張)の(2)から(5)記載のとおりである。 (3) したがって、被告は、本件規程の違反による責任を負う。 (被告の主張) 原告の主張を争う。 4 争点(4)(被告標章の使用に関し、被告に先使用が認められるか)について (被告の主張) 株式会社ミズホ・ヌードルは、平成6年頃より「南京町ラーメン」、「南京町冷麺」やその関連商品の販売を開始し、その後も継続的に販売活動を続け、販売範囲も広範囲に及んでいた。同社は、平成19年3月ころ、被告に対し、中華麺販売の事業を譲渡し、その後被告は、平成20年6月17日に、被告登録商標を出願し、同年9月19日に登録を得ている。 したがって、被告による被告標章の使用は、被告登録商標の権利行使として、ないし商標法32条1項により適法である。 (原告の主張) 否認し争う。 5 争点(5) (原告の被った損害額)について (原告の主張) (1) 債務不履行に基づく請求関係 被告の主張によると、被告は、被告商品の販売により、平成22年から平成24年までの間に、3462万9931円(うち1684万1112円は使用料)を下らない利益を得たものである。同金額は、本件使用規程による推定により、被告の損害額となる。 弁護士費用は346万2993円を下らない。 (2) 商標権侵害に基づく請求関係 原告商標の登録(平成20年12月26日)後の被告商品の販売等は、原告商標権の侵害となるところ、被告の主張によると平成21年から平成24年までの被告商品販売による利益額は、4283万4988円(うち2065万6747円は使用料)を下らない。同金額は、原告の損害となる。 弁護士費用は428万3498円を下らない。 (3) よって、被告は、原告に対し、不法行為ないし債務不履行に基づく上記損害の賠償(一部請求)として、合計1650万円及びこれに対する請求の日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年6分(債務不履行に基づく商事法定利率。不法行為に基づく場合は、年5分)の割合による金員の支払を求める。 (被告の主張) (1) 原告の主張を争う。組合である原告は、被告と競合する販売業者ではなく、原告には損害は生じていない。 (2) 被告商品の売上の推移からみて、「南京町」のブランドは売上に寄与しておらず、被告は被告標章の使用による利益を得ていない。 第4 判断 1 組合契約に基づく請求及び組合契約以外の法律関係に基づく請求について 本件においては、前記第2の1記載のとおりに訴訟物を把握すべきところ、①組合契約に基づく請求については、被告が、原告の組合員であるとの基本的な請求原因事実の主張が撤回されたものであるから、その余の点を考慮するまでもなく、それ自体失当に帰する。また、②組合契約以外の法律関係に基づく請求については、組合契約以外に、原被告間に何らかの法律関係が成立したことを基礎づける事実の主張を欠く(組合員らしく振る舞ったことによってそのような法律関係が生ずる根拠はない。)上、その法律関係に基づいていかなる具体的な権利義務が発生したのかも不明と言わざるを得ないから、やはり主張自体失当である。そうすると、原告の、組合契約に基づく請求も、組合契約類似の関係に基づく請求のいずれも、その余の点を検討するまでもなく、理由のないことが明らかである。 したがって、以下では原告の請求のうち、商標権侵害に基づく請求について判断する。 2 商標権侵害に基づく請求について (1) 背景事情 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。 ア 原告商標の権利化の経緯等 原告は、平成6年3月11日、指定商品を第41類の「娯楽施設の提供、演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営」として、原告商標と同様の構成の商標を商標登録出願し、平成9年7月4日、その登録を得ていたが(甲13、14)、その後の平成20年3月12日に、前提事実記載のとおり、原告商標を出願し、同年12月26日、その登録を経た(甲11、12)。 イ 原告組合員に対する原告商標等の使用規制の経緯 原告は、平成21年8月28日に開催された原告の通常総会において、原告の定款上の目的に、「地区のブランド的価値の向上に必要な事業」を加入し、また、原告の組合員資格につき、「組合の地区内において土地又は家屋に権利を有する者」とされていた規定を削除するなどの定款変更を決議し、あわせて、本件規約を制定した。本件規約には、組合の事業として、理事会の議決を経て、組合員が統一的なルールをもって使用すべき商標を指定することなどの定めがあったが、反面、規約上、具体的な商標の特定はされていなかった(甲19)。 原告は、平成21年9月25日開催の原告の理事会において、登録された原告商標のほか、標準文字を含めた商標「南京町」について、使用規制の対象とする旨の本件規約を定め、平成22年4月15日、組合員及び組合員以外の者に対する説明会を開催して、その旨の周知をした(甲21、22の1・2)。 (2) 原告商標について ア 外観及び称呼 原告商標は、「南京町」の各漢字を、ほぼ同じ大きさの毛筆調の字で組み合わせて構成されたものである。「町」の字の旁の部分が「丂」の書体となっている。 また、下記観念をもとに、「なんきんまち」の称呼を生ずる。 イ 観念 (ア) 原告商標は、「南京」と「町」を組み合わせたものであるところ、「南京」は中華人民共和国江蘇省に所在する都市の名称であり、転じて中国由来の物品を指すことがあり、また、「町」は、人家の密集している所を道路で分けた一区域の称、商店の建ち並んだ繁華な土地(「広辞苑」第6版)を意味する語である。 したがって、「南京町」との語で、中国にゆかりのあるいわゆる中国人街(中華街、チャイナタウン)との観念を生じ、「南京町」の語意を「中国人街」とする辞書(大辞林)も存在する(乙7)。 (イ) 証拠(甲34、54、乙2)によれば、「南京町」という呼び名は、江戸時代、長崎にやってきた中国人を「南京さん」と呼んだことに始まること、明治の初めころ、横浜、神戸において、中国人が集まって住む一角が形成され、南京町と呼ばれるようになったこと、その後、横浜においては、中華街と名前を変更したが、神戸は南京町と称したこと、大正15年には、南京町50周年記念を催したが、戦後の混乱期に衰退したこと、昭和52年に、「南京町商店街振興組合」である原告が設立されたこと、以上の事実が認められる。 したがって、現在、特に関西一円では、「南京町」の語から、「神戸の中国人街」、具体的には、神戸市中央区の元町通と栄町通の区域が観念されるということができる。 (3) 原告商標の識別力 ア 原告は、被告標章と原告商標とが類似であることの前提として、原告商標の書体に格別の意味はなく、標準文字で表現される「南京町」も、原告を指すものとして自他識別力がある旨を主張する。 しかしながら、前記(1)によると、原告商標のロゴデザイン(字体)を捨象して、標準文字「南京町」としてみた場合には、単に神戸市中央区の元町通と栄町通の区域(いわゆる中華街)を指称するものとして、原告設立以前から長年にわたって使用されてきた一般的な名称であるといわざるを得ず、自他識別標識として機能するということはできない(商標法3条1項3号、4号に該当し、登録要件を欠くことに帰する。)。 そうすると、原告商標は、特徴的な字体を含む外観を一体としてみた場合にのみ出所識別標識として機能するものであり、その範囲でのみ商標権としての効力を有するというべきである。 イ また、原告は、組合法に基づいて設立された、商店街の振興等を目的とする法人であるところ、原告自身は、原告商標の指定商品等を製造販売等する事業者ではなく、中央区の元町通と栄町通の区域に所在する事業者すべてが原告の組合員であるといった事情も認められない。むしろ、証拠(原告代表者本人)によると、原告の定款上の地区内には約140店の店舗があるが、うち、原告に加入するのは81店舗にすぎない。 さらに、証拠(甲69ないし76)のほか、本件全証拠及び弁論の全趣旨によっても、原告商標の指定商品の需要者として想定される一般消費者において、「南京町」の語自体が原告を指すものとして、周知性を獲得したとは認められない。原告が、その定款上の地区の復興、環境整備等に尽力したことをもって、そのような周知性の獲得の根拠とすることもできない。 したがって、原告の主張する事情を考慮しても、「南京町」の語自体は一定の区域を指称する一般的な名称であり、原告商標の識別力は、特徴的な字体を含む外観にあるとの前記アの判断は左右されない。 ウ 原告は、上記(2)イ(イに関して、他の商店街振興組合が有する、標準文字に近い「黒門市場」、「錦市場」、「近江町市場」が、自他識別標識として機能することを前提に特許庁において商標権として認められていることを主張するが(甲35ないし40参照)、「市場」については、卸売がされる場所、あるいは小売店の集合としての意味を有するのに対し、「町」は、前述のとおり、市街地の一区域等を表すのであって、単純に同視することはできないし、当該商標の対象とする商品役務の具体的な取引態様の実情を捨象して、商標登録要件やその権利範囲を論ずることはできないから、採用できない。 (4) 被告標章の由来及び原告と被告の関係等 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。 ア 被告代表者P1が代表取締役を務めていた株式会社ミズホ・ヌードルは、平成6年ころから(ただし、取引書類の上で確認できるのは、平成12年ころから。乙3の1参照)、上記中華麺に「南京町ラーメン」や「南京町冷麺」の標章を付して販売等をしていた。 その後、上記株式会社ミズホ・ヌードルは、株式会社ミズホ・フーズコーポレーションと商号を変更した後、上記中華麺の販売等の事業を、平成18年12月に設立された被告に事業譲渡し、被告が右事業上の地位を承継することとなった(乙3の1ないし21、20、22、被告代表者本人)。 その後の平成20年6月17日、被告が被告登録商標を出願し、同年9月19日、その登録を得たことは、前提事実記載のとおりである。 イ 上記株式会社ミズホ・ヌードルは、長年にわたって原告の組合員であったところ(争いがない。)、被告は、上記の事業の譲受の事実それ自体は、取引先には通知したものの、原告に告知等することはなかった。もっとも、平成21年3月から脱退までの原告に対する賦課金(組合費)の納入や、原告の本件規約を議決した平成21年8月28日の通常総会における議決権行使の委任は、被告(神戸瑞穂本舗株式会社)名義で行われ、原告も、平成25年12月16日の本件口頭弁論期日まで、これに特段の異議を述べることはなかった(甲18、113、被告代表者本人及び弁論の全趣旨)。 (5) 被告標章の構成及び使用態様(甲8ないし10(枝番を含む)) 被告は、その製造(ライセンス製造を含む)、販売する中華麺(家庭において調理する生麺)又はこれを生協において販売する際の案内に、被告標章を付している(なお、被告標章5は、広告媒体において、上記中華麺の特徴を「神戸中華街「南京町」に伝わる冷麺です」と文章で記述したにすぎず、標章の商標としての使用に該当しないから、類否を論ずるまでもなく、理由がない。)。 被告標章の構成及び要部は次のとおりである。 ア 外観 被告標章1は、「南京町冷麺」、同2は「神戸南京町れーめん」、同3、4は「南京町冷麺」、同6は「南京町生冷麺」の字を、一般的な書体である隷書体調、ないし(丸)ゴシック体調の漢字ないし平仮名で縦又は横書きに均一に記したものであり、そのデザインに特徴的な部分は認められない。(被告標章1には、平仮名で「なんきんまち れーめん」との添字がされているが、これも読み方を示す以上のものではない。) イ 称呼 被告標章1、3及び4は、「なんきんまちれいめん」、同2は、「こうべなんきんまちれいめん」、同6は「なんきんまちなまれいめん」の称呼を生ずる。 ウ 観念 前記(2)イのとおり、「南京町」が、中国人街、ないし神戸の中華街を示す一般名称であり、「冷麺」は、冷やして食する(中華風、ないし朝鮮半島を含め大陸由来の)麺類を指す(なお、西日本においては、いわゆる「冷やし中華」が「冷麺」と称されることは公知の事実に属するところ、被告商品も、このタイプの食品であると認められる。)から、被告商品の需要者と想定される一般消費者が、被告標章に接した場合、「神戸の中国人街(南京町と称される区域)に何らかのゆかりがある冷麺(冷やし中華)」程度の観念を生ずる。 エ 被告標章の要部について 被告標章は、「(神戸)南京町」と、「冷麺」「れーめん」「生冷麺」をそれぞれ組み合わせたものといえ、外観上いずれかの部分に特徴的な区分は認められず、観念上も、「冷麺」は、商品そのものの名称であるが、「(神戸)南京町」の部分も、前述のとおり単に神戸市中央区の元町通と栄町通の区域(いわゆる中華街)を指称する一般的な名称であるから、結局一般的な名称の組み合わせにすぎず、いずれの部分にも独立した出所識別機能があるとは認められない。したがって、被告標章において、「南京町」の部分が独立して要部となることはないというべきである。 なお、上記のとおり、被告標章はそれ自体としてはほとんど出所識別機能を有しない反面、被告商品(甲8)及びその広告(甲9)には、被告の商号が明記されており、これらが出所識別標識として機能するものと言わざるを得ない。 (6) 類否判断 上記を前提として、被告標章と原告商標を対比すると、「南京町」という、一部共通する部分がある称呼、観念を合わせ考えても、同部分は被告標章の要部とはいえない上、被告標章が、いずれも標準的な字体で構成され、原告商標の出所識別機能を果たす特徴的な字体(ロゴ)を想起、感得させるようなデザインがされていない以上、需要者である一般消費者において、被告商品の出所が原告であると誤認混同するおそれはないといわざるを得ず、結局、原告商標と被告標章はいずれも類似しないというべきである。 第5 結論 以上の次第で、原告の請求はその余の点を判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。(原告の平成25年4月9日付け文書提出命令申立て(平成25年(モ)第579号)は、提出を命ずる必要がないので、これを却下する。) 大阪地方裁判所第21民事部 裁判長裁判官 谷有恒 裁判官 松阿彌隆 裁判官 松川充康 別紙被告標章目録 略 |
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