判例全文 line
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【事件名】「生命の實相」復刻出版事件B
【年月日】平成26年2月7日
 東京地裁 平成25年(ワ)第4710号 著作物利用権確認請求事件
 (口頭弁論終結日 平成25年11月20日)

判決
原告 株式会社日本教文社
同訴訟代理人弁護士 脇田輝次
被告 公益財団法人生長の家社会事業団
被告補助参加人 株式会社光明思想社
上記2名訴訟代理人弁護士 内田智


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は原告に対し、原告が別紙書籍目録記載1ないし31の書籍について著作物利用権を有することを確認する。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
 本件訴えを却下する。
(本案の答弁)
 主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、被告に対し、出版使用許諾契約に基づく著作物利用権の確認を求めた事案である。
2 前提となる事実
(1) 当事者
ア 原告は、宗教法人生長の家(以下「生長の家」という。)の創始者であるP(以下「亡P」という。)の提唱により、各種書籍及び雑誌の刊行等を目的として、昭和9年11月25日に設立された株式会社である(当時の社名は株式会社光明思想普及会であったが、昭和21年7月28日、株式会社日本教文社と社名変更された。甲36、乙13、弁論の全趣旨)。
イ 被告は、亡Pの宗教的信念に基づき、諸種の社会事情による困窮家庭の援護、これに伴う社会福祉施設の経営、その他社会情勢の変遷に応じて社会の福利を図るための文化科学的研究の助成又は社会事業を営む世界各国団体との親善提携等により社会厚生事業並びに社会文化事業の発展強化を図ることを目的として、昭和21年1月8日に設立された財団法人であり、平成24年4月1日、公益財団法人に移行した(乙20、弁論の全趣旨)。
ウ 被告補助参加人は、書籍及び雑誌の刊行等を目的として、平成20年6月24日設立された株式会社である(丙6、弁論の全趣旨)。
(2) 亡Pの生前における同人の著作物の出版の状況
ア 別紙書籍目録記載1〜31の書籍(以下「本件書籍1」のようにいい、合わせて「本件書籍」という。)は、いずれも「生長の家」の創始者である亡Pの創作した著作物である(甲3、弁論の全趣旨)。亡Pは、昭和60年6月17日死亡した(乙20・1頁)。
イ 亡Pは、亡Pが保有していた本件書籍の著作権を、昭和21年1月8日の被告設立時の寄附行為又はその後の著作権譲渡により、被告に移転した(甲3、28、30、弁論の全趣旨)。
ウ 原告と被告は、昭和49年1月31日、「著作権使用(出版)契約書」と題する契約書をもって、被告が原告に対し被告が著作権を有する本件書籍を出版するための独占的排他的使用権を設定し、原告が被告に対し出版時に定価の10%を印税として支払う旨の著作権使用(出版)契約を締結した(甲2。以下「本件昭和49年契約」という。)。
エ 原告は、別紙「出版使用許諾契約一覧表」の各「初版発行日」欄記載の年月日頃、本件書籍の各初版を出版した(弁論の全趣旨)。
(3) 本件出版使用許諾契約
 原告と被告は、被告につき生長の家を代理人として、別紙「出版使用許諾契約一覧表」の各「出版使用許諾契約締結日」欄記載の各年月日、本件書籍について、概要以下の内容の出版使用許諾契約を締結した(甲5(枝番を含む。以下同じ)。以下、合わせて「本件出版使用許諾契約」という。)。
ア 印税 定価の10%を、当月入庫部数分の翌月末支払
イ 被告は、原告に対し、本件書籍に係る著作権を出版使用することを、著作権法63条に基づき許諾する。(甲5の1・約款1条1項)
ウ 前項の規定は、被告が、生長の家又はその被包括法人に対し、生長の家の教義宣布のため、著作権の使用許諾を行うことを妨げるものと解してはならない。(1条2項)
エ 被告に対する出版使用許諾期間は、各契約締結の日から3年間とする。この期間満了の3か月前までに、被告(代理人を含む。)、原告いずれかから文書をもって終了する旨の通告がない限り、この契約と同一条件で、順次自動的に同一期間ずつ延長せられるものとする。(3条)
オ 本著作物(本件書籍)の改訂版又は増補版の発行については、被告(代理人を含む。)原告協議のうえ決定する。(8条)
カ 被告又は原告は、相手方がこの契約の条項に違反したときは、相当の期間を定めて書面により契約の履行を催告のうえ、この契約の全部又は一部を解除することができる。(14条)
キ 従前の昭和49年1月31日付け著作物使用(出版)契約書のうち本著作物(本件書籍)に関する内容は、この契約に継承されるものとし、従前の契約書のうち本著作物(本件書籍)に係る事項は、この契約の成立と同時に効力を失う。(16条1項)
(4) 本件更新拒絶
ア 被告は、平成19年6月19日付け「通告書」により、原告に対し、「生命の實相」頭注版及び愛蔵版(本件書籍15、16)の本件出版使用許諾契約3条の規定により、本件書籍15、16の各出版使用許諾は、現在の出版使用許諾期間の満了時(別紙「出版使用許諾契約一覧表」の本件書籍15、16の各「更新拒絶通知時における直近の更新時期」欄記載の年月日)をもって終了することを通告した(甲9の1。以下「本件更新拒絶1」という。)。
イ 原告と被告は、その後書面のやり取りを重ねたが(甲9の2、甲10の1・2、甲11の1・2)、被告は、平成21年1月13日付け「『履行催告』兼『契約解除』の通知」により、原告に対し、@「初版革表紙 生命の實相 復刻版」(本件書籍には含まれていない。)につき未払の印税を被告に支払うこと、A同書籍のマルC表示につき訂正のために必要な措置をとること、を催告するとともに、同書面到達後2週間以内にそれらが実行されない場合には、原被告間の本件昭和49年契約を将来に向かって解約する旨を通知した(甲12の1)。
ウ 原告は、平成21年1月26日付け回答書(甲12の2)をもって回答したが、被告の催告に係る行為を実行しなかった。
 被告は、平成21年2月4日付け「契約解除の確認及び通告書」により、本件昭和49年契約が将来に向かって解約されていることを確認するとともに、本件書籍1〜14、17〜31についても、現在の使用許諾期間の満了(別紙「出版使用許諾契約一覧表」の本件書籍1〜14、17〜31の各「更新拒絶通知時における直近の更新時期」欄記載の日)によって使用許諾が終了することを通知した(甲13の1。以下「本件更新拒絶2 」といい、 本件更新拒絶1 と合わせて「本件更新拒絶」という。)。
 原告は、平成21年3月25日付け「回答書」(甲13の2)をもって、本件更新拒絶2は有効なものとは認められない旨回答した。
(5) 前訴
ア 被告は、原告に対し、本件昭和49年契約に基づく「初版革表紙 生命の實相 復刻版」及び「初版革表紙 生命の實相第2巻『久遠の實在』復刻版」(いずれも本件書籍には含まれていない。以下「復刻版1」及び「復刻版2」といい、合わせて「復刻版」という。)の未払印税2740万円及び遅延損害金の支払並びに謝罪広告を求める訴えを提起した(当庁平成21年(ワ)第6368号。以下「前訴第1 事件」という。)。
 生長の家及び亡Pの遺族であるQは、被告及び被告補助参加人に対し、本件書籍(18、21〜25を除く。)の出版の差止等を求める訴えを提起した(当庁平成21年(ワ)第17073号。以下「前訴第2事件」という。)。
 原告は、被告に対し、本件書籍の出版権の確認を求めるとともに、被告及び被告補助参加人に対し、本件書籍(16〜30を除く。)の出版の差止等を求める訴えを提起した(当庁平成21年(ワ)第41398号。以下「前訴第3事件」といい、前訴第1、第2事件と合わせ、審級を通じて「前訴」という。)。
 当庁は、前訴第1ないし第3事件を併合の上、平成23年3月4日判決を言い渡した(以下「前訴第1審判決」という。)
 前訴第3事件に係る判断の要旨は以下のとおりである。
 本件出版使用許諾契約における許諾の内容が独占的排他的な出版権を設定するものであることを認めるに足りる証拠はない。かえって、本件出版使用許諾契約に係る契約書1条に、「甲は、乙に対し、この契約の表記の記載事項と約款に従い、本著作物に係る著作権を出版使用することを、著作権法第63条に基づき許諾する。」との規定があり、同規定中に「著作権法63条に基づき」と明示されているとおり、上記各使用許諾契約における許諾は、著作権法79条の出版権を設定する内容のものではなく、同法63条に基づく利用許諾に過ぎないというべきであるから、独占的排他的なものであるとはいえない。
 したがって、本件書籍について独占的排他的な出版権の設定を受けたとの原告の主張は採用することができない。(乙1・76、77頁)
 「生活改善の鍵」「希望実現の鍵」「人生調和の鍵」(本件書籍には含まれていない。)については本件昭和49年契約に基づいて出版権を取得したものと認められるが、原告は復刻版1の印税の未払額1540万円を支払わなかったのであるから、本件昭和49年契約は被告の解約により催告期限の翌日である平成21年1月29日以降効力を失ったものというべきである。(乙1・77、78頁)
 以上のとおり、原告の前訴第3事件に係る請求はいずれも理由がないからこれを棄却する。(乙1・2、78、79頁)
 なお、前訴第1事件に係る判断の要旨は以下のとおりである。
 復刻版の著作権は、亡Pの寄附行為により、被告に帰属していたと認められる。(乙1・44〜56頁)
 原告は、本件昭和49年契約に基づいて、被告に対し、2740万円の印税の支払義務を負っていた。(乙1・56〜60頁)
 うち2690万円については、時効により消滅したものと認められる。(乙1・60〜63頁)
 復刻版1の第18版及び第19版の著作権表示として、復刻版1の著作権者は被告であるのに、これが亡R及びQであるかのような表示をしたことは、本件昭和49年契約の付随的な注意義務に違反する債務不履行に当たるとともに、被告の法律上保護に値する利益を侵害する不法行為を構成するものと認められるが、被告の社会的評価が低下したとは認められないから、謝罪広告請求は理由がない。(乙1・63〜65頁)
 以上のとおり、被告の前訴第1事件に係る請求は、原告に対し50万円及びこれに対する平成21年3月12日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却する。(乙1・2、63、79頁)
 おって、生長の家及びQの前訴第2事件に係る請求も、いずれも理由がないものとして棄却された。(乙1・2、65〜75、79頁)
 (以上につき、乙1)
イ 前訴第1審判決に対し、生長の家、Q及び原告がそれぞれ控訴し、被告も附帯控訴をしたが、知的財産高等裁判所は、平成24年1月31日、各控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する判決をした(知財高裁平成23年(ネ)第10028号、10039号。乙2。以下「前訴第2審判決」という。)。前訴第2審判決は、前訴第3事件に対する判断については、全面的に前訴第1審判決の判示を引用している。
 前訴第1事件については、前訴第1審判決と異なり、原告による著作権表示は誤った表示といえるが、不法行為及び債務不履行は構成しないとした。(乙2・11〜15頁)
ウ 前訴第2審判決に対し、生長の家、Q及び原告はそれぞれ上告及び上告受理申立てをしたが、最高裁判所は、平成25年5月27日、上告を棄却し、上告を受理しない旨の決定をした(最高裁平成24年(オ)第830号、平成24年(受)第1006号。乙3〜5、8)。
エ 被告は、原告から、前訴第1審判決の仮執行宣言に基づき、未払印税50万円を取り立てた(証人S[32頁])。
(6) 被告と被告補助参加人との間の出版契約
 平成21年6月15日から平成25年3月28日にかけて、被告と被告補助参加人は、「生命の實相」(本件書籍15、16)、「聖経 四部経」(本件書籍9)、「日々読誦三十章経 ブック型」(本件書籍5)、「人生の鍵シリーズ 無限供給の鍵」(本件書籍31)、「人生読本」(本件書籍20)につき、出版契約を締結した(丙1〜5)。
3 争点
(1) 前訴との二重起訴の有無(争点1)
(2) 本件更新拒絶の有効性(争点2)
第3 争点に対する当事者の主張
1 争点1(前訴との二重起訴の有無)について
(被告の主張)
 本件訴えは、前訴と当事者及び訴訟物を同じくするものであって、二重起訴の禁止に該当するから却下されるべきである。
(原告の主張)
 前訴は出版権の確認を求めた訴訟であり、本訴は著作物利用権の確認を求めるものであるから、二重起訴には該当しない。
2 争点2(本件更新拒絶の有効性)について
(原告の主張)
 本件更新拒絶は、以下の理由により無効である。
(1) 原告に何らの契約違反も存在しないこと
ア 「生命の實相」について
 本件書籍については、原告と被告の間で長年にわたり出版契約関係が継続してきており、この関係は、生長の家の文書伝道による布教活動が続く限りは当然のこととして認識されていたものである。したがって、この関係は法的にも十分に尊重、保護されるべきものであり、原告における重大な契約違反等の正当な事由のない限り、一方的に更新拒絶することは信義誠実の原則からしても許されない。
 被告は、原告が被告との協議なしに、「生命の實相」頭注版(本件書籍15)を文庫本としてリニューアルする計画を進めてきたと指摘するが、原告が生長の家との協議の下に進めていた「生命の實相」のリニューアル計画には何らの契約違反も存在しないのであるから、被告の「生命の實相」頭注版40巻、愛蔵版20巻(本件書籍15、16)に関する更新拒絶には、正当な理由は全く認められず、無効な更新拒絶である。
イ その他の書籍について
 仮に前訴第1審判決が認定したとおり復刻版の印税について未払があるとしても、@復刻版は、「生長の家」の草創期に発行された雑誌「生長の家」に掲載された亡Pの著作物を、「生命の實相」の初版本として編集した単行本であること、A「生命の實相」頭注版、愛蔵版は、上記初版本の出版後に発行された雑誌「生長の家」に掲載された著作物を加えて、それぞれ40巻ないし20巻の編集著作物として編集された全集版であり、復刻版とは内容、編集、構成を異にしていること、B復刻版については、「生命の實相」頭注版、愛蔵版において作成されている本件出版使用許諾契約書が作成されていないこと、C原告は未払と認定された復刻版の印税を長年に亘り亡P及びその相続人に支払ってきていること、D時効が成立するまでの長きにわたり被告が原告に復刻版の印税支払の請求をしなかったのは、復刻版の著作権が亡Pに帰属していることを十分認識していたからであること、E当時被告の理事長であったTが、復刻版の印税が被告にではなく亡Pに支払われていることを確認していること、F被告が主張するように2740万円もの著作権収入の未払を看過してその大半が時効になるまで放置していたとすれば、重大な善管注意義務違反を犯してきたことになるであろうこと、等を総合すれば、仮に復刻版の印税の未払が認定されるとしても、これが本件出版使用許諾契約の契約違反となることは有り得ないことである。
 したがって、仮に復刻版について印税の未払があるとしても、これをもって本件更新拒絶の理由とすることは許されない。
(2) 管理者である生長の家の意思に反した通告であること
 本件出版使用許諾契約の約款第3条には、期間満了により契約を終了させる場合には、被告の代理人である生長の家を含めた文書による通告を必要とすると定められている。これは、生長の家の宗教活動を円滑に推進するためには、生長の家、原告、被告の三者が一体となって一致協力して共通の目的たる生長の家の真理の普及伝道に当たることが不可欠であるとの共通の認識によるものである。しかるに、本件更新拒絶について生長の家からは何の意思表示もされていない。そればかりか、生長の家は、被告の本件更新拒絶を承認しておらず、被告の行為を生長の家の宗教活動を妨害する敵対行為であると看做し、被告に対し著作権等侵害差止請求事件(前訴第2事件)を提起している。
 したがって、被告単独の更新拒絶の通告は、本件書籍の出版等の管理者である生長の家の意思に反してなされたものであるから、本件出版使用許諾契約の約款第3条に定める更新拒絶の要件を欠如するものである。
(被告の主張)
(1) 原告は、被告が長年にわたり何度も申し入れをしていた「生命の實相(頭注版)」(本件書籍15)のリニューアル(新版発行)につき、言を左右して応じようとしなかった。販売部数の激減(20年で7分の1)に対して原告は何ら有効な手当を行ってこなかった。被告からの質問(甲6の1「質問書」)に対して、原告は急遽、全く唐突に、「頭注版」(通常の判型)とサイズはもとより書籍商品として全く性質の異なる「文庫」化の回答をした(甲6の2「回答書」)。原告は上記「回答書」において既に取締役会で決定したものであるとし、「頭注版」のリニューアル(新版発行)の具体的意思があるのかとの被告の質問(甲6の1「質問書」及び甲7の1「再質問書」)を全く無視する態度であった。
 原告は、前訴において明らかになったとおり、既に平成19年6月19日(甲10の1「通告書」)の段階で、復刻版について、著作権者である被告に対する印税支払(合計2570万円の多額に上る)を「意図的に」行っていなかった。
 すなわち前訴において被告から復刻版の印税支払を求められた原告は、主位的に復刻版の著作権は被告に属していないから印税を支払わないと争った(予備的に時効の抗弁を主張して結果として被告への支払を免れた)。この原告の態度は、文化庁において被告に著作権が帰属する旨の著作権登録された「生命の實相」(昭和7年1月1日初版発行)の著作権公示を殊更に無視し、不当な判断に立った理由無き主張であり争いであった。
 かつまた、原告は復刻版について昭和61年発行の第12版から奥付の著作権者表示を勝手に変更(甲29の2)し、従来の、被告が著作権者である旨の(真実の)「理長」印(検印)(甲29の1)を、被告の了解無く勝手に削除(検印省略と表示)した挙げ句、第18版及び第19版においては不当にも真実と異なる著作権者の表示(マルCマーク)(甲29の3)を違法かつ不当に作出したものである。
 このように原告は、客観的に上記のごとく出版社として最も基本的な著作権者に対する「印税支払」の義務を被告に対して履行せず、さらに被告から支払を求められた裁判において常識的にも成り立ち得ない不当な主張を継続して最高裁まで争った。著作権表示(理長印の削除及び不当なマルCマーク)についての違法かつ不当さも出版社として基本的な義務に違反して悪質である。
 このような原告との間で、本件出版使用許諾契約を更新しないことにつき、原告から権利濫用とか信義則違反などと言われる筋合いは全くない。原告こそ、本件更新拒絶時点において既に被告に対して印税支払をせずに2570万円もの多額の損害を与えた違法かつ不当な出版社である。
(2) 原告は、更新拒絶については生長の家とともに意思表示ないし決定をすべき義務があったと主張するが、そのような特殊な義務の存在は否認し、争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(前訴との二重起訴の有無)について
 被告は、本訴は前訴と訴訟物を同じくする二重起訴であると主張する。
 しかし、前訴第3事件のうち原告から被告に対する訴えは、原告が、被告に対し、著作権法79条に規定される出版権の確認を求めた訴訟であり、同法63条に規定される著作物利用権(著作物の利用許諾を受けた者の債権的な権利)は訴訟物となっていなかったものと認められる(乙1、2、8)。
 したがって、本訴は前訴との二重起訴には該当しないし、原告の出版権確認請求を棄却した前訴第1審判決の既判力が本訴に及ぶこともない。
2 争点2(本件更新拒絶の有効性)について
(1) 原告は、本件出版使用許諾契約の約款第3条によれば、更新拒絶は、被告単独でなく代理人である生長の家とともにその意思表示をすべき義務があり、生長の家の意思に反した本件更新拒絶は無効である、などと主張する。
 本件出版許諾契約は、原告と、被告の代理人である生長の家との間で、被告のためにすることを明示して締結されたものであり(甲5)、その約款第3条には、「期間満了の3ヵ月前までに、甲(代理人を含む。)、乙いずれかから文書をもって終了する旨の通告がない限り、この契約と同一条件で、順次自動的に同一期間づつ延長せられるものとする。」との条項があるところ(上記条項中、「甲」は被告、「乙」は原告、「代理人」は生長の家である。なお、証人Sの証言中、代理人は当時の生長の家の代表役員であったU個人であるかのような部分[23、27頁]があるが、本件出版許諾契約の文言、委任状(甲4・7頁、乙23・5頁)の文言、昭和63年4月19日付け生長の家常任理事会議事録別紙4(甲4・5頁)、昭和63年5月10日付け生長の家定例理事会議事録別紙4(乙23・3頁)に「本部[判決注:生長の家]が社会事業団からの受任者として新たに加わる」とあること等に照らして採用し難い。)、上記条項中の「甲(代理人を含む)」にいう「(代理人を含む)」との文言は、生長の家が契約当事者本人である被告の「代理人」として3条所定の通告を行う場合があることを意味するものと解され、上記文言を根拠として、更新拒絶は被告と生長の家の連名で行うことを必要とすると解釈することは、文理上明らかに困難である。
 したがって、原告の解釈は失当であり、被告は、単独で本件出版許諾契約の更新拒絶の意思表示をなし得るものである。
(2) 本件出版許諾契約は3年ごとに更新される期間の定めのある契約であるが、前身である本件昭和49年契約から数えて30年以上にわたって更新されてきたことなどを考慮すれば、被告の更新拒絶権も無制限のものではなく、正当な理由がない場合には権利濫用として許されない場合があり得るというべきである。
 しかし、当裁判所は、原告には復刻版の印税の支払につき本件昭和49年契約の債務不履行があり、原被告間の信頼関係は既に破壊されていると認められることから、本件更新拒絶は権利濫用に当たらないと判断する。以下、説明する。
(3) 証拠等によれば、以下の事実が認められる。
ア 亡Pは、昭和5年に創刊された月刊雑誌「生長の家」に数々の論文等の言語の著作物を発表してきた。
 亡Pが、これらの著作物の内容を整理し、順序立て、説明を補うなどして編纂した書籍が、「生命の實相」の題号を付して、次のとおり出版された。
(ア) 戦前
@「生命の實相<革表紙版>」(全1巻)
 初版発行昭和7年1月1日
A「久遠の實在」(副題「生命の實相第2巻」)
 初版発行昭和8年12月25日
B「生命の實相<黒布表紙版>」(全20巻)
 初版発行昭和10年1月25日から昭和16年12月25日
C 「生命の實相< 革表紙版( 地・水・火・風・空・教・行・信・證)>」(全9巻)
 初版発行昭和10年10月1日から昭和14年3月15日
D「生命の實相<豪華大聖典>」(全1巻)
 初版発行昭和11年11月22日
E「生命の實相<縮刷中聖典>」(全1巻)
 初版発行昭和12年6月1日
F「生命の實相<ビロード表紙版>」(全9巻)
 初版発行昭和13年3月20日から昭和14年3月15日
G「生命の實相<菊版>」(全13巻)
 初版発行昭和14年5月20日から昭和16年10月15日
H「生命の實相<人造羊皮版>」(全9巻)
 初版発行昭和14年11月20日から昭和15年6月20日
I「生命の實相<満州版(乾・艮・兌・離)>」
 初版発行昭和18年8月15日から昭和20年5月5日
(イ) 戦後
@「生命の實相<新修特製版・普及版>」(各全20巻)
 初版発行昭和24年11月10日から昭和28年4月25日
A「生命の實相<地の巻>」(全1巻)
 初版発行昭和28年11月20日
B「生命の實相<水の巻>」(全1巻)
 初版発行昭和30年3月5日
C「生命の實相<布装携帯版>」(全40巻)
 初版発行昭和31年11月10日から昭和35年5月15日
D「生命の實相<豪華版>」(全20巻)
 初版発行昭和35年6月15日から昭和37年1月10日
E「生命の實相<頭注版>」(全40巻)(本件書籍15)
 初版発行昭和37年5月5日から昭和42年1月20日
F「生命の實相<新装携帯版>」(全40巻)
 初版発行昭和42年3月1日から昭和45年6月10日
G「生命の實相<愛蔵版>」(全20巻)(本件書籍16)
 初版発行昭和45年10月15日から昭和48年12月15日
H「初版革表紙 生命の實相 復刻版」(復刻版1)
 初版発行昭和57年5月1日
I 「初版革表紙 生命の實相第2巻『久遠の實在』 復刻版」(復刻版2)
 初版発行昭和59年3月1日
 (以上につき、乙1・7〜9頁、弁論の全趣旨)
イ 被告は、亡Pが設立者として寄附行為を行い、東京都長官の許可を受けて、昭和21年1月8日に設立された。被告の寄附行為である「財団法人生長の家社会事業団寄附行為」には、次のような規定がある。
 「第五條 本団ノ資産ハ左ニ掲クルモノヨリ成ル
   一.基本資産
   ニ.P著作「生命の實相」ノ著作権」
 (乙1・10頁、弁論の全趣旨)
 上記寄附行為の文言などからすると、亡Pが被告に寄附行為として移転した権利は、「生命の實相」の著作権であり、著作権収入を得る権利だけであったとは認められない。
 亡Pが寄附行為を行った昭和21年1月8日当時、亡Pが月刊雑誌「生長の家」に発表した著作物を素材とし、これらを亡P自らが編集した編集著作物である「生命の實相」の題号を付した書籍は、戦前に10書籍が出版されており、それぞれの書籍はそれぞれの題号(版名を含む。)により識別できたにもかかわらず、被告の寄附行為には、「P著作「生命の實相」ノ著作権」と規定されているのみで、「生命の實相」の範囲を限定する文言や条項は存在しないことなどからすれば、亡Pが寄附行為により被告に著作権を移転した「生命の實相」とは、上記10書籍の著作物の全て(編集著作物としての著作権及びその素材となった著作物の著作権全て)であると解するのが相当である。
ウ 原告と被告は、昭和49年1月31日、被告が著作権を有する書籍につき原告に出版権を設定する本件昭和49年契約を締結したが、その別紙「版権所有出版物一覧表(49.1.31 現在)」には、「印税率10%」との記載があるほか、「書名」欄及び「初版年月」欄に「生命の実相全巻(各種各判)」、「昭7.1」との記載がある(甲2)。
 上記記載などからすれば、本件昭和49年契約により原告が出版権を設定された「生命の実相全巻(各種各判)」は、昭和7年1月1日以降に出版された「生命の實相」と題する書籍の各種各判に係る著作物であって、昭和49年1月31日現在において被告が著作権を有していたものを意味するものと解されるから、復刻版1の元となった「生命の實相<革表紙版>」(全1巻)(初版発行昭和7年1月1日)、復刻版2の元となった「久遠の實在」(副題「生命の實相第2巻」)(初版発行昭和8年12月25日)(乙1・9頁、弁論の全趣旨)はこれに含まれるものと認められる。
 復刻版は、被告が著作権を有する上記著作物を復刻した復刻版であって、当該著作物の複製といえるから、復刻版の著作権は被告に帰属するというべきである。
エ 原告は、昭和57年5月1日から平成20年5月1日までの間、復刻版1の初版ないし19版を出版し、昭和59年3月1日から同年5月25日までの間、復刻版2の初版ないし3版を出版した(甲29、乙1・9、56、90、91頁、弁論の全趣旨)。
 復刻版1の印税額は合計2820万円、復刻版2の印税額は1200万円となるが、原告は、そのうち復刻版1につき1540万円、復刻版2につき1200万円を、亡Pないしその相続人に支払い、被告に支払わなかった(甲25、32、33、乙1・58〜60、90、91頁、乙2・13頁、乙4・62頁、乙5・63頁、弁論の全趣旨)。
オ 被告は、原告に対し未払印税合計2740万円の債権を有していたところ、原告は、被告から平成21年1月13日付け「『履行催告』兼『契約解除』の通知」(甲12の1)によりその支払を催告されるもその支払をせず、うち2690万円については、前訴において原告が消滅時効を援用したため、これを回収することができなくなった。
 うち50万円については、被告は、平成23年3月4日言渡しの前訴第1審判決の仮執行宣言に基づき、これを回収した。
 (乙1、2、8、証人S[32頁]、弁論の全趣旨)
(4) 以上によれば、原告は、本件更新拒絶2がなされた平成21年2月4日時点において、被告に支払うべき復刻版の印税2740万円の未払があり、被告から平成21年1月13日付け「『履行催告』兼『契約解除』の通知」(甲12の1)によりその支払を催告されるもその支払をしなかったのであるから、このことは、本件昭和49年契約の債務不履行として本件昭和49年契約を解除するに十分な事実であるし、本件書籍については本件出版許諾契約に切り替えたことにより形式的には本件昭和49年契約の対象外となっているものの、原被告間の信頼関係を破壊するに十分な事実であるから、本件出版使用許諾契約の更新拒絶の理由としても十分な事実というべきである。
 その後、被告による前訴第1事件の提起によりようやく50万円のみは回収できたが、それまでに被告は少なからぬ労力や弁護士費用を費やすこととなったのであり、また、2690万円については、前訴において消滅時効の援用がなされたため起算日に遡って債権がなかったことになったが(民法144条)、多額の不払により信頼関係が破壊された事実までもなかったことになるものでもない。
(5) 原告は、復刻版の著作権は亡Pないしその相続人に帰属すると信じて、復刻版の印税は亡Pないしその相続人に支払ってきたのであり、原告がそのように信じたことには正当な理由があったなどとるる主張するが、復刻版の著作権が被告に帰属していることは前記のとおりであり、本件全証拠によっても、原告がそのように信じたことに正当な理由があったとは認められない。亡Pの遺産分割協議書において、亡Pの遺産として「復刻版 実相」が挙げられている(甲26・第3遺産目録64)としても、そのことは、亡Pの相続人らの認識を示すものにすぎず、上記認定を左右するものではない。
 その他、上記不払の事実にもかかわらず本件更新拒絶を権利濫用とすべきほどの事情は認められない。
3 以上によれば、本件更新拒絶はいずれも有効であるから、原告は本件出版使用許諾契約に基づく本件書籍の著作物利用権を有しない。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 大須賀滋
 裁判官 西村康夫
 裁判官 森川さつき
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