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【事件名】NTTコムへの発信者情報開示請求事件
【年月日】平成26年1月27日
 東京地裁 平成25年(ワ)第18124号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 平成25年12月4日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 櫻町直樹
被告 エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 五島丈裕


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、原告が、インターネット上に開設されたウェブログ(ブログ)中に投稿された別紙投稿記事目録記載のURL、タイトル及び内容の記事(以下「本件記事」という。)により、原告の名誉感情及び著作権(複製権、公衆送信権)が侵害されたことが明らかであって、本件記事の投稿者に対する損害賠償請求権の行使のためには、上記投稿者に係る発信者情報の開示を受ける正当な理由があると主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)4条1項に基づき、いわゆる経由プロバイダである被告に対し、別紙発信者情報目録記載の発信者情報の開示を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実以外は、証拠等を末尾に記載する。)
(1) 当事者等
ア 原告は、「A’」の名で芸能活動をしている者である(甲2の1)。
イ 被告は、最終的に不特定の者に受信されることを目的として特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録するためにする発信者とコンテンツプロバイダとの間の通信を媒介する、いわゆる経由プロバイダであり、「特定電気通信役務提供者」(プロバイダ責任制限法2条3号)に該当する。
(2)ア 原告は、平成23年4月10日、原告がインターネット上に開設していたブログに、「やっぱりハッピーでえ〜(*^o^*)」と題する記事(以下「本件原告記事1」という。)を掲載した(甲18の1)。
イ 原告は、平成24年3月21日、上記ブログに、「バーチャルで遊んでてください!!訂正、追記」と題する記事(以下「本件原告記事2」という。)を掲載した(甲16の1)。
(3)ア 株式会社サイバーエージェントが提供するブログサービスを利用してインターネット上に開設されたブログである「嘘を暴く快感!!嘘を見逃すな!!」と題するブログ(以下「本件ブログ」という。)には、別紙投稿記事目録記載のURL、タイトル及び内容の平成25年1月20日付け投稿に係る記事(「本件記事」)が掲載されていた(甲1の1ないし3)。本件ブログには、「妄想が激しく、嘘つきのジャニヲタa”(a’)について数々の嘘を暴き、真実を追求しております。」とのサブタイトルが付されており、上記タイトル及びサブタイトルは、本件ブログ中の記事(本件記事を含む。)を表示する際に、記事の左上に表示される(甲1の1)。
イ 本件記事の発信者に係るIPアドレスは、別紙投稿記事目録の「IPアドレス」欄記載のとおりである。
(4)ア 本件記事のうち、「帝劇枠…」との部分から「どうやって調べてるんでしょうね…」までの部分(別紙投稿記事目録添付の記事において、枠線で囲まれた部分のうち、前半のもの。以下「本件転載部分1」という。)は、本件原告記事2の一部を転載したものである(甲1の1、16の1)。
イ 本件記事のうち、「やっぱりハッピーでぇ〜(*^o^*)」との部分から「投票してね」までの部分(その下に掲載された写真及びイラストの部分を含む。別紙投稿記事目録添付の記事において、枠線で囲まれた部分のうち、後半のもの。以下「本件転載部分2」といい、本件転載部分1と併せて「本件転載部分」という。)は、本件原告記事1を転載したものである(甲1の1、18の1)。
(5) 被告は、本件記事の発信者に係る別紙発信者情報目録記載の発信者情報(以下「本件発信者情報」という。)を保有している。
2 争点
(1) 権利侵害の明白性の有無
ア 著作権(公衆送信権)侵害の明白性の有無
イ 名誉感情の侵害の明白性の有無
(2) 発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無
第3 争点に対する当事者の主張
1 争点(1)(権利侵害の明白性の有無)
(原告の主張)
(1) 著作権侵害の明白性の有無について
ア 本件転載部分は、原告が、自己の経験・体験した事柄等を、感想、感情等を交えて表現したものであり、また、文体、言い回し、単語の選択等はもちろんのこと、絵文字等を随所に用いて、自己の表現したいことを適切に伝達できるように工夫がされているものであって、原告の個性が発揮されているものであるから、思想又は感情の創作的表現に当たり、著作物に該当する。また、原告が本件転載部分の著作者であることは、原告がその会員ID及びパスワードを利用してログインしたブログ記事編集画面に、本件転載部分を含む記事が表示されていること(甲16ないし18〔枝番を含む。〕)から明らかである。
イ 本件記事は、本件転載部分において、本件原告記事1及び2を原告の許可なく転載したものであり、原告の著作権(複製権、公衆送信権)を侵害する。
ウ 被告は、本件記事において本件転載部分を掲載することは適法な引用(著作権法32条1項)に当たる余地があると主張する。
 しかし、本件ブログは、専ら原告に対する誹謗中傷を目的として開設されたものであり、本件記事も、原告の誹謗中傷が目的であることが強く推認されるものであるから、引用の目的自体が公序良俗に反するものである。また、本件記事は、原告のブログ記事2件を脈絡なく掲載した上、断片的かつ一方的な情報や誤った前提に基づき、独自の推論によって原告を「嘘つき」などと一方的に述べるものにすぎない。
 したがって、本件記事における本件転載部分の掲載は、「報道、批評、研究その他引用の目的上正当な範囲内で」行われたものではなく、適法な引用に当たらない。
 仮に、記事自体の掲載が適法な引用と認められるとしても、顔写真について掲載する必要はなく、この点で原告の著作権(公衆送信権)を侵害するというべきである。
(2) 名誉感情の侵害の明白性の有無について
ア 原告は、以前は「A”」の名で活動していたものであるところ、本件記事における「a”」は「A”」を、「a’」は「A’」を英訳したものであり、「a」は「a”」を略したものであるから、いずれも原告を指すものである。また、本件記事には、原告のブログ記事が転載されており、原告の顔写真も掲載されているのであるから、本件ブログ及び本件記事が原告を対象としていることは容易に同定可能であるところ、「妄想が激しく、嘘つき」、「数々の嘘を暴き」という表現は、原告の名誉感情を著しく害するものである。
イ 最判平成22年4月13日民集64巻3号758頁は、不特定多数の者によって様々な内容の記事が投稿されている場合において、それまでに投稿されていた記事の内容や議論の状況を踏まえた内容の投稿については、社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる場合に限り、人格的利益侵害が認められる旨の判断を示しているが、本件において、本件記事に先行する投稿・議論はそもそも存在しないから、上記最判の射程は及ばず、単に名誉感情を害するものであれば、人格的利益侵害が認められるべきである。
 また、仮に、人格的利益侵害が認められる場合が「侮辱の程度が強度で、社会通念上許容される限度を超える侮辱行為であると認められる場合」に限定されるとしても、本件ブログが、原告を誹謗中傷することを目的として開設されたものであることを踏まえれば、本件記事における「妄想が激しく、嘘つき」等の表現は、原告の人格を攻撃することを意図したものというほかなく、社会通念上許容される限度を超えて原告を侮辱するものに当たる。
ウ 言論の応酬の法理は、双方が顕名という対等な立場にあることを前提とするものであるから、原告は顕名で原告ブログを開設している一方、本件記事の投稿者は匿名で本件ブログを開設しているという本件のような状況において適用されるべきものではない。また、本件ブログ内には、原告に対する罵詈雑言ともいうべき表現が多用されており、およそ言論の応酬と評するに値しないというべきである。
エ 本件ブログには、本件記事のほかにも、別紙「投稿記事一覧」のとおり、原告の名誉を棄損し、又は侮辱等する記事が多数投稿されているところ、本件記事の投稿者は、本件ブログの過去記事についても自己が投稿したことを自認している上、本件ブログは、ID、パスワード等による管理によって、記事を投稿できる人物が限定されているものであり、本件ブログ内の記事の投稿者は、すべて同一人物であることがうかがわれるのであるから、本件記事以外の記事につき、権利侵害が明白であることは、本件記事に係る発信者情報の開示の要件を基礎付けるものに当たるというべきである。
(3) 以上によれば、本件記事の投稿が原告の権利を侵害することは明白である。
(被告の主張)
(1) 著作権侵害の明白性の有無について
ア 原告は、原告が本件原告記事1・2の著作者であること及び本件転載部分1・2に著作物性があることを立証しなければならない。
イ 仮に、本件原告記事1・2につき原告に著作権が認められる場合であっても、本件記事において本件転載部分を掲載することは、適法な引用(著作権法32条1項)に当たる余地がある。
 すなわち、本件記事において、本件転載部分は、「※下記2つの記事ですが、その部分を分かりやすく、文字を大きくしております。」という文章に続けて、URLと共に掲載されている上、本件掲載部分1・2の最後には、区切りを示す記号(◇◆◇◆…)が挿入され、その後に、本件転載部分の内容を検証する内容が記載されているのであって、上記体裁は、引用して利用する側の当該発信者の記事と、利用される側の本件転載部分とを明確に区別して認識できるものといえる。
 また、本件記事は、原告が、特別枠で当選したコンサートチケットを他人に譲ったことが真実である旨弁明する内容の本件原告記事1・2に対し、チケットの画像を掲載したり、他者の話を紹介したりするなどして、その矛盾点や疑問点を指摘したものであり、当該発信者の投稿記事である本件記事が主で、本件転載部分1・2が従といえる関係があり、正当な範囲内の引用と評価できるものである。
 したがって、本件記事における本件転載部分1・2の掲載は、正当な範囲内で行った適法な引用に当たると解する余地がある。
(2) 名誉感情の侵害の明白性の有無について
ア 人が自己の人格的価値について有する主観的な評価である名誉感情は、内心の問題であり個人差も大きいことから、これが法的に保護されるとしても、それは、侮辱行為の違法性が強度で、社会通念上許容される限度を超えた場合に限られるというべきである。すなわち、誰であっても名誉感情を害されることになるような、看過し難い、明確かつ程度の甚だしい侵害があるような場合に、初めて、社会通念上許容される限度を超えたものと認められる余地がある。
イ 本件記事において、その対象者は明示されておらず、「妄想が激しく、嘘つき」や、「数々の嘘」をついた者が原告であるか否かは明らかではない。
 また、本件記事の発信者は、原告が当該発信者等について侮辱や名誉棄損に当たる投稿をしたり、弁護士等を名乗って嫌がらせや脅迫に値するメッセージを送信したりしている旨主張しているところ、原告が、当該発信者を誹謗中傷するような投稿をしたり、又は当該発信者の指摘をけん制したり、穏やかでない気持ちにさせるようなメッセージを送信したりしている場合には、当該発信者が「妄想が激しく、嘘つき」等と摘示したとしても、上記摘示は、当該発信者が自己の正当な利益を擁護するため行ったやむを得ない行為であり、その方法、内容において適当と認められる限度を超えないものであると評価する余地がある。
 以上によれば、本件記事の投稿は、社会通念上許容される限度を超えないものであるか、又は言論の応酬の法理により、その違法性を欠くものであり、侮辱行為として不法行為までを構成するものではない。
(3) したがって、本件記事の投稿により、原告の法的保護に値する利益が侵害されたことが明白であるとは認められない。
2 争点(2)(発信者情報の開示を受けるべき正当な理由の有無)
(原告の主張)
 原告は、本件記事の発信者に対し、著作権侵害又は名誉感情の侵害を理由として、不法行為に基づく損害賠償請求等を行う準備をしており、上記権利行使のために本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
(被告の主張)
(1) 原告の主張は争う。
(2) 原告記事は、インターネット上で既に公開されたものであり、その内容も、アイドルグループのコンサートチケットの当選に係る投稿記事の真実性の弁明というものにすぎないものであるところ、当該文章に係る著作権を行使して得られるはずの利益に係る損害は想定し難い。
 したがって、本件記事の投稿による著作権侵害により、原告に損害が発生することは考え難いから、著作権侵害を理由とする損害賠償請求権の行使のために必要であることを理由として本件発信者情報の開示を受けることにつき、正当な理由があるとはいえない。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(権利侵害の明白性の有無)
(1) 著作権侵害の明白性の有無について
ア 甲16の1・2、17の1・2、18の1・2、21によれば、本件原告記事1・2は、いずれも原告が作成したものであると認められる。
イ(ア) 本件転載部分1は、本件原告記事2の一部を転載したものであるところ(前記前提事実(4)ア)、同部分は、原告がチケットを譲った相手に対する意見や疑念を表現したものであり、 具体的には、 「帝国枠・・・今は疑惑の、Bさん、あなたに、譲りましたよね???誰の名前かいてありましたか???私に、脅迫されたようなこといってましたが事実確認した電話のあとに、you3の記事アップですか・??うまく出来てますね???でも、脅迫されてるとは思えないほど、ふてぶてしい態度でしたね・・・」などの記載がある。本件転載部分1は、その内容や記載の順序、文体等に照らし、原告の個性が表出されているものと認められる。
(イ) 本件転載部分2は、本件原告記事1を転載したものであるところ(前記前提事実(4)イ)、同部分のうち、文字により表示された部分は、ブログ読者に対し心配をかけたことを詫びるとともに、その原因となった事実についての感想を述べ、さらに、誕生日を祝うメッセージ等を記載したものであり、具体的には、「全く無関係の方々に迷惑かけてしまった事や妹みたいに信頼してた子にまた裏切られたのはかなりダメージ湯島天神までいった私はかなりピエロです まあ、ピエロ良いじゃないですか そういう経験は人生の財産 帝劇枠当たった唯一の他人の証人だったんだけどね」などの記載がある。本件転載部分2は、その内容や記載の順序、文体等に照らし、原告の個性が表出されているものと認められる。
(ウ) したがって、本件転載部分のうち、文字によって記載された部分は、いずれも原告の思想又は感情を創作的に表現したものであると認められ、言語の著作物(著作権法10条1項1号)として著作物性を有し、原告は、その作成者として、その著作権(複製権、公衆送信権)を有するものと認められる。
ウ 本件記事は、「今回は、下記aの記事に出てくるニックネーム『C』とおっしゃる方に譲ったとされる、Dさん主演の舞台チケットについて、お話しさせていただきます。」「※下記2つの記事ですが、その部分をわかりやすく、文字を大きくしております。」との記載の次に、URLが表示され、それに続けて本件転載部分1を掲載し、さらに本件転載部分2を掲載したものであり、本件転載部分の後に、本件転載部分の記載に関するコメントを記載し、かつ、写真等を掲載したものである。コメントの具体的内容は、「aが帝劇枠で当選したチケットを『C』とおっしゃる方に、譲ったと書かれていますが、 その記事に『誰の名前かいてありましたか???』だなんて、おっしゃっておられます。でも、チケットには名前の記載などないそうよ!!その下の記事の中にも、『帝劇枠当たった唯一の他人の証人だったんだけどね』だなんて、書かれていますけど、チケットには当選者の氏名は記載されていないそうよ!!それなのに、『証人』だなんて・・・(笑)またまた、嘘をついていたってことよね!!」などとするものである(甲1の1)。
 本件記事の上記内容に照らし、本件記事は、本件原告記事1及び2における、原告が当選した舞台公演のチケットを他人に譲ったとの内容が虚偽であることを示し、批判することを意図したものであり、上記批判に用いることを目的として、本件転載部分1及び2を掲載したものであると認められる。
 しかし、本件記事においては、文字部分の大半を本件転載部分が占めている上、本件転載部分のうち、本件記事の投稿者が批判のために用いている部分は、「誰の名前かいてありましたか???」との部分と、「帝劇枠当たった唯一の他人の証人だったんだけどね」との部分のみにとどまるのであるから、本件記事において、本件原告記事1の全文(本件転載部分2)や、本件原告記事2のうち、24行に及ぶ部分(本件転載部分1)を引用する必要性があるとは認められない。
 したがって、本件記事における本件転載部分の掲載は、引用の目的上正当な範囲内で行われたものと認められず、適法な引用(著作権法32条1項)には当たらない
(2) 以上によれば、本件記事を本件ブログ上に投稿する行為は、本件転載部分(文字によって記載された部分)に係る原告の著作権(複製権、公衆送信権)を侵害するものと認められ、写真の著作権侵害又は名誉感情侵害の明白性について検討するまでもなく、本件記事の投稿により、原告の権利が侵害されたことは明らかであると認めることができる。
2 争点(2)(発信者情報の開示を受けるべき正当な理由)
(1) 原告は、本件記事の発信者に対し、著作権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権を行使する意向を示しているところ(当裁判所に顕著)、上記損害賠償請求権の行使のためには、被告の保有する本件発信者情報の開示を受けることが必要であると認められる。
 なお、この点に関し、被告は、本件記事の投稿による著作権侵害により原告に損害が発生することは考え難いと主張するが、本件記事の投稿が原告の著作権(複製権、公衆送信権)を侵害するものと認められる以上、原告に何らの損害も発生していないとはいうことができず、被告の上記主張を採用することはできない。
(2) したがって、原告には、本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があると認められる。
第5 結論
 したがって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 大須賀滋
 裁判官 小川雅敏
 裁判官 森川さつき
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