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【事件名】ワイナリー案内看板の著作物性事件B(2)
【年月日】平成26年1月22日
 知財高裁 平成25年(ネ)第10066号 不正競争防止法、著作権侵害・損害賠償請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成24年(ワ)第9449号)
 (口頭弁論終結日 平成25年12月10日)

判決
控訴人 株式会社黄菱
被控訴人 株式会社シャトー勝沼
訴訟代理人弁護士 早川正秋
同 大西達也


主文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、197万2000円及びこれに対する平成20年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、1、2審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言。
第2 事案の概要等
 なお、呼称は、審級による読替えを行うほか、原判決に従う。
1 事案の概要及び本件訴訟の経過
 控訴人は、原審において、本件図柄及び本件各控訴人看板につき控訴人が著作権を有する著作物であると主張した上で、@被控訴人が本件各被控訴人看板を製作した行為は、本件図柄及び本件各控訴人看板の複製権(著作権法21条)、貸与権(同法26条の3)、翻案権(同法27条)、二次的著作物の利用に関する原著作者の権利(同法28条)を侵害する、A本件図柄及び本件各控訴人看板は控訴人の商品等表示に当たり、被控訴人が本件各被控訴人看板を利用する行為は不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争行為に該当する、B被控訴人の上記各行為は控訴人に対する不法行為(刑法233条、235条、246条、253条に当たる行為)であるとして、被控訴人に対し、民法709条及び不正競争防止法4条に基づく損害賠償として、605万3000円及びこれに対する不法行為日である平成20年5月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
 原審は、平成25年7月2日、控訴人の請求を棄却する旨の判決を言い渡したところ、控訴人は、同月16日、197万2000円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で控訴し、同年9月6日、控訴審において不正競争防止法に基づく損害賠償請求部分を取り下げた(同月24日の経過で同意擬制。)。
2 前提事実及び争点
 本件の前提事実及び争点については、次のとおり原判決を補正するほか、原判決2頁12行目から3頁2行目に判示したとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 原判決2頁12行目の「又は」の後ろに「証拠ないし」を付加し、「弁論の全趣旨により」の後ろに「容易に」を付加する。
(2) 原判決2頁22行目の末尾に改行の上「(5) 原告は、平成23年9月21日、米国において本件図柄を著作権登録した(甲1の1、1の2)。」を付加する。
(3) 原判決2頁25行目から最終行の「被控訴人による不正競争行為(不正競争防止法2条1項1号)の有無(争点2)、D」を削除し、同3頁1行目の「争点3」を「争点2」に、「E」を「D」に、同2行目の「争点4」を「争点3」に補正する。
第3 当事者の主張
 次のとおり原判決を補正するほか、原判決3頁3行目から同7頁5行目までのとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
1 原判決5頁24行目の「争う」の前に、「被控訴人が各被控訴人看板を控訴人とは別の看板業者に作成させたことは認めるが、著作権侵害の点は」を挿入する。
2 原判決5頁25行目から6頁10行目までを削除する。
3 原判決6頁11行目の「5」を「4」に、「争点3」を「争点2」に補正し、同13行目の「及び4(1)」を削除する。
4 原判決6頁17行目の「6」を「5」に、「争点4」を「争点3」に補正する。
5 原判決6頁19行目から7頁3行目までを次のとおり補正する。
 「ア 被控訴人の不法行為によって控訴人に発生した損害は、@著作権侵害の損害91万4000円、A著作権侵害による排除費用、廃棄処分費用190万円、B平成20年5月30日からの著作権侵害の損害100万2000円の合計額に消費税を加算したものであり、197万2000円を下回らない。
イ よって、被控訴人は、控訴人に対し、民法709条により、197万2000円及びこれに対する平成20年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払う義務がある。」
第4 当審における当事者の主張
1 控訴人
(1) 本件図柄の著作物性について
 本件図柄は、広告掲載媒体に使用されているものであるが、十分に美的鑑賞の対象になり得るものであり、明らかに著作物といえる。本件図柄における文字は、思想、感情を表現するものとして、絵柄に融合しており、絵柄の美術性に含まれている。美術を鑑賞するのにバラバラに分解して鑑賞することはなく、一体として鑑賞すべきである。過去の芸術の分類は今日では成り立たないのであって、芸術は生活機能の新たな手段と位置付けられてきていることも踏まえて、思想、感情の表現の有無を判断すべきである。本件図柄は、画面いっぱいに、大胆にグラスが描かれ、構図的バランスが、ずしりと重量感を与え、色彩感覚と美的に表現され、見る人の心を惹きつけてやまないのであって、ありふれた平凡な絵柄ではなく、美術性と創作性を兼ね備えている。
(2) 本件図柄の帰属について
 被控訴人代表者A(以下「被控訴人代表者」という。)の別件訴訟第一審における供述(乙5)は偽証である。被控訴人代表者は自ら広告看板の図案を考えたこともイメージしたこともないから、乙2の看板の図柄を「卵形」、「だ円形」と表現するなど虚偽の供述をすることになった。また、乙2の看板以外の横長の看板(甲99、100〔各枝番含む。〕)ではワイングラスが図柄として使用されているにもかかわらず、乙2の看板は横の長さが長いから、意図的にだ円形の中に看板を入れてワイングラスのことは考えなかったという虚偽の供述をすることになった。このように被控訴人代表者の供述が虚偽であるとすると、本件図柄は控訴人代表者が考えたことが明らかになる。
(3) 被控訴人の不法行為責任について
 控訴人は、被控訴人に対し、契約書(甲10の1、12、15、17、19、29の1、109、190)を作成した契約が継続することを前提に、本件図柄の使用を許可した。これは、控訴人と被控訴人間の合意である。このことは、広告掲載申込書(甲109)の掲載条件の下段に「特別条項」として「デザイン類似転用不可」、「製作類似転用不可」と明記されている。本件図柄の使用について控訴人の許可なく使用した場合は、民法709条の不法行為に該当し、それに対する損害賠償責任が発生する。
2 被控訴人
(1) 本件図柄の著作物性について
 本件図柄のグラスの形状、文字の配置・表示や書体、配色などはいずれもありふれたものであり、作成者の個性の表出は認められず、見る者に特別な美的感興を呼び起こすには足りない。本件図柄は、あくまで案内看板のために作成されたもので、色遣いも濃淡を組み合わせていなければ、遠近法を採用するという技法も用いられておらず、ポスターの図案の域にも達しない非個性的な平板な構図にすぎないもので、到底美術作品の域に達するものではない。また、平成10年以降、被控訴人のワイン工場への誘導案内看板として路傍に設置されてきた看板図柄について、これを美術作品としてとらえる認識は控訴人にも被控訴人にもなかったはずである。
(2) 本件図柄の帰属について
 控訴人の主張は争う。被控訴人の主張は原審で述べたとおりであり、被控訴人代表者が考案した絵柄である。
(3) 被控訴人の不法行為責任について
 控訴人の主張は争う。控訴人と被控訴人との間で作成された契約書(甲10の1等)には、いずれも本件図柄の作成、利用について触れられていない。
第5 当裁判所の判断
1 当裁判所は、控訴人の当審における追加主張をふまえても本件図柄に著作物性は認められず、被控訴人には不法行為責任は認められないから本件控訴は棄却されるべきものと判断する。
 その理由は、次のとおり原判決を補正するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 原判決10頁4行目から11行目までを削除する。
(2) 原判決10頁12行目の「3 被控訴人による刑法に該当する不法行為の有無(争点3)について」を「2 被控訴人による刑法に該当する不法行為の有無(争点2)について」と補正する。
(3) 原判決10頁17行目の「4 結論」を「3 結論」に、同18行目の「争点4」を「争点3」に補正する。
2 控訴人の当審における主張に対する判断
(1) 本件図柄の著作物性について
 控訴人は、本件図柄を一体として鑑賞した場合、本件図柄における文字は、思想、感情を表現するものとして、絵柄に融合しており、絵柄の美術性に含まれているし、本件図柄は、画面いっぱいに、大胆にグラスが描かれ、構図的バランスが、ずしりと重量感を与え、色彩感覚と美的に表現され、見る人の心を惹きつけてやまないのであって、ありふれた平凡な絵柄ではなく、美術性と創作性を兼ね備えていると主張する。
 控訴人は、本件図柄が被控訴人からの依頼で作成したものであることを否定するととともに(乙5・2頁)、広告看板用の図柄であることを否定するが(甲228)、本件図柄は芸術作品としてではなく、あくまでも広告業におけるマーケティングの一環として作成されたものであるし(乙5・1、2頁)、芸術作品として展示や販売に供されたというように、広告看板以外の目的に使用されたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、本件図柄は、あくまでも広告看板用のものであり、実用に供され、あるいは、産業上利用される応用美術の範ちゅうに属するというべきものであるところ、応用美術であることから当然に著作物性が否定されるものではないが、応用美術に著作物性を認めるためには、客観的外形的に観察して見る者の審美的要素に働きかける創作性があり、これが純粋美術と同視し得る程度のものでなければならないと解するのが相当である。このような観点から見ると、本件図柄のグラスの形状には、通常のワイングラスと比べて足の長さが短いといった特徴も認められるものの、それ以外にグラスとしての個性的な表現は見出せない。また、ワイナリーの広告としてワイングラス自体が用いられること自体は珍しいものではない上に、図柄が看板の大部分を占めている点も、ワイナリーの広告としてありふれた表現にすぎない。そして、本件図柄を全体的に観察すると、上記ワイングラスの大きさや形状に加えて、被控訴人の商号及びワイナリーや工場の見学の勧誘文言が目立つような文字の配置と配色がなされていることが特徴的であるが、これも、一般的な道路看板に用いられているようなありふれた青系統の色と補色に近い黄色ないし白色のコントラストがなされているにとどまる。
 そうすると、本件図柄には色彩選択の点や文字のアーチ状の配置など控訴人なりの感性に基づく一定の工夫が看取されるとはいえ、見る者にとっては宣伝広告の領域を超えるものではなく、純粋美術と同視できる程度の審美的要素への働きかけを肯定することは困難である。控訴人が著作物性の根拠として強調する点は、宣伝広告の効果を向上させるための工夫とも共通するものであって、必ずしも芸術性を高めるものではない。また、控訴人が主張するように、現代における芸術分野の区分の流動化が認められるとしても、本件図柄はあくまでも広告看板用に作成されたものであって、応用美術の範囲に属することに変わりはないというべきであるから、上記で判示した著作物性を認める判断基準が変わるわけではなく、本件図柄の著作物性を否定した上記判断を左右するものではない。
 さらに、控訴人主張のとおり、ペンチという道具を単純化してその一部を平面的にデフォルメして構図化したデザイン(甲221)や四角いキャンバスを二つの三角形に分けてそれぞれ単色で色づけしたデザイン(甲222)のように、一見ありふれた表現方法が用いられているものが芸術作品として取り扱われている例があるとしても、これらは、いずれも美術作品として一点限りで制作されるのであって、広告のために複数が作成される商業的作品とは相違する上、作成時期も本件図柄と違っていずれも昭和40年代の作品で美術史的な位置付けも異なり、あくまでも純粋に審美性を追求する見地からシンプルな配色やデザインがあえて使用されたとも評価できる。そうすると、遠方から確認しやすく、一般消費者である通行人や通行車両の注意を惹き、広告対象物への興味をわき上がらせる形態が一次的に要求される広告看板用の本件図柄とは、その配色や構図の目的や意味合いは自ずと異なり、著作物性の前提となる作成者の創作性の反映や見る者に対する審美的要素への働きかけの有無や程度も当然に異なってくるというべきである。したがって、上記のような美術作品の存在は、本件図柄につき純粋美術と同視できる程度の審美的要素への働きかけを否定した上記判断を左右するものではない。よって、本件図柄には著作物性は認められないというべきであり、その帰属について判断する必要もない。
(2) 本件図案につき著作物性が否定された場合の被控訴人の不法行為責任
 著作権法6条は、保護を受けるべき著作物の範囲を定め、独占的な権利の及ぶ範囲や限界を明らかにしているのであり、同条所定の著作物に該当しないものである場合、当該著作物を独占的に利用する権利は法的保護の対象とならないものと解される。したがって、同条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である(最高裁平成23年12月8日第1小法廷判決・民集65巻9号3275頁参照)。
 本件においても、上記(1)で述べたとおり、本件図案につき著作物性が認められない以上、特段の事情が認められない限り、被控訴人に不法行為責任は認められないというべきであるところ、特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
 この点について控訴人は、被控訴人との契約が継続することを前提に本件図柄の使用を許可した旨主張し、その根拠として、平成17年8月30日付け広告掲載申込書(甲109)の掲載条件欄に、括弧書きで「デザイン類似転用不可」、「製作類似転用不可」と手書きで記載されている点を指摘する。しかしながら、同契約書の表題はあくまでも「広告掲載申込書」であって、契約終了後の本件図案の使用に関する合意まで含むものと評価することは困難である。実際に、控訴人と被控訴人との間では、平成10年5月28日以降に広告看板の掲載に関する契約(甲10の1、12、15、17、19、29の1、190)が多数交わされてきたが、その中では看板の取付料と年間掲載料についてのみ合意してきたと認められ(甲109と同趣旨の手書きの記載はない。)、甲109の合意もその一環と解されるにすぎない。したがって、甲109の記載をもって、控訴人と被控訴人とが本件図案の使用に関して一定の合意をしたと認めることはできない。よって、被控訴人の本件図柄の使用につき何らかの法的利益を侵害したものといえるような特段の事情を見出すことは困難であって、被控訴人の不法行為責任を認めることはできないというほかない。
第6 結論
 以上より、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の請求は理由がなく、原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 清水節
 裁判官 池下朗
 裁判官 新谷貴昭
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