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【事件名】雑誌標章“HEART nursing”事件(2)
【年月日】平成26年1月17日
 大阪高裁 平成24年(ネ)第2044号、同年(ネ)第2655号 不正競争行為差止等請求控訴、同附帯控訴事件
 (原審・大阪地裁平成23年(ワ)第12681号)
 (口頭弁論終結日 平成25年10月3日)

判決
控訴人兼附帯被控訴人(1審被告) 株式会社医学出版(以下「控訴人」という。)
同訴訟代理人弁護士 加嶋是
被控訴人兼附帯控訴人(1審原告) 株式会社メディカ出版(以下「被控訴人」という。)
同訴訟代理人弁護士 三山峻司
同 井上周一
同 木村広行
同 松田誠司
同 種村泰一


主文
1 控訴人の本件控訴を棄却する。
2 被控訴人の附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
3 控訴人は、その発行する看護雑誌に別紙控訴人標章目録記載1及び2の標章を使用し又はこれを使用した看護雑誌を販売し、引渡し、販売若しくは引渡しのために展示してはならない。
4 控訴人は、別紙控訴人雑誌目録記載の雑誌を廃棄せよ。
5 控訴人は、被控訴人に対し、2016万円及び内50万円については平成23年10月19日から、内1966万円については平成24年9月15日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 訴訟費用(控訴費用、附帯控訴費用を含む。)は第1、2審とも控訴人の負担とする。
7 この判決の3項及び5項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人の控訴の趣旨
(1) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人の附帯控訴の趣旨
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 控訴人は、その発行する看護雑誌に別紙控訴人標章目録記載1及び2の標章を使用し又はこれを使用した看護雑誌を販売し、引渡し、販売若しくは引渡しのために展示してはならない。
(3) 控訴人は、別紙控訴人雑誌目録記載の雑誌を廃棄せよ。
(4) 控訴人は、被控訴人に対し、2016万円及び内50万円については平成23年10月19日(訴状送達日の翌日)から、内1966万円については平成24年9月15日(附帯控訴状送達日の翌日)から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 訴訟費用は第1、2審とも控訴人の負担とする。
(6) 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は、被控訴人が、控訴人に対し、控訴人が別紙控訴人雑誌目録記載1の雑誌を刊行する行為が不正競争防止法(以下「法」という。)2条1項1号の不正競争に当たるとして、法3条に基づき控訴人が上記雑誌の題号として使用する別紙控訴人標章目録記載1の標章(以下「控訴人標章1」という。)の使用差止め及び上記雑誌の廃棄を求め、法4条本文に基づき損害賠償(弁護士費用のみ)及びその遅延損害金を請求した事案である。
 原審が、被控訴人の請求のうち、控訴人標章1の使用差止め、上記雑誌の廃棄及び損害賠償の一部を認容したところ、控訴人が控訴した。
 控訴人は、原審判決後である平成24年8月1日発行の同年8月号から別紙控訴人雑誌目録記載1の雑誌の題号を同目録記載2のとおり変更し(以下、同目録1及び2記載の雑誌を併せて「控訴人雑誌」という。)、控訴人標章1の一部に代えて別紙控訴人標章目録記載2の標章(以下「控訴人標章2」といい、控訴人標章1と併せて「控訴人標章」という。)の使用を開始したところ、当審において、被控訴人は附帯控訴を行い、使用差止めを求める標章として原審における請求対象のほか控訴人標章2を追加するとともに、損害賠償請求において原審で請求した弁護士費用とその遅延損害金に加えて営業上の利益(逸失利益)の侵害を主張して損害額を拡張し(附帯控訴状送達日の翌日以降の遅延損害金を含む。)、主位的に法5条1項、予備的に同条3項1号に基づいて、自己が受けた損害の額を算定し請求している。
2 前提事実(争いのない事実及び掲記の証拠・弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 当事者
 被控訴人は、学術用書籍・新聞・映像及びコンピューターに関連する書籍の出版並びに販売業務等を目的とする会社である。
 控訴人は、書籍・雑誌・新聞の編集・企画・出版・印刷及び雑誌・書籍の輸入・販売・卸業務等を目的とする会社である。
(2) 被控訴人の商品(甲3、4、乙68。以下、書証で枝番のあるものは、特に記載しなければ枝番の全てを含む。)
 被控訴人は、循環器疾患に係る医療に従事する看護師を主な読者とする雑誌(以下「被控訴人雑誌」という。)を、昭和62年11月1日から刊行している。当初は隔月で刊行していたが、昭和64年1月号以降は毎月刊行しており、平成元年からは、毎年2回、特定のテーマを設定した増刊号も刊行している。
 被控訴人雑誌の題号は、「HEART nursing」であり、創刊号(昭和62年11月号)から平成16年3月号まで、表紙に記載された題号のうち「HEART」の部分は、原判決別紙旧原告標章目録記載の標章のとおりであり、平成16年4月号以降は、原判決別紙原告標章目録記載の標章(以下「被控訴人標章」という。)のとおりである。
(3) 控訴人の行為(甲11、79、80、乙52、67)
 控訴人は、平成23年9月1日発行(同年8月15日発売)分(同年9月号)から、控訴人雑誌を刊行し、同24年7月1日発行(同年6月15日発売)分(同年7月号)までは同雑誌の題号として、控訴人標章1を使用していたが、同年8月1日発行(同年7月15日発売)分(同年8月号)からは、題号を「Heart/ハートケア」とし、表紙の題号の一部として、当審口頭弁論終結時に至るまで、控訴人標章2を使用している。
3 争点
(1) 被控訴人標章は、被控訴人の商品表示として需要者の間に広く認識されているか(争点1)
(2) 控訴人標章1及び2は、被控訴人標章と同一又は類似の商品表示であるか(争点2)
(3) 控訴人の行為は、被控訴人の商品(被控訴人雑誌)と混同を生じさせるものであるか(争点3)
(4) 被控訴人の損害額(争点4)
(5) 標章使用差止請求の可否(争点5)
(6) 控訴人雑誌の発行は、出版の自由等との関係から不正競争行為に該当しないといえるか(争点6)
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(被控訴人標章は、被控訴人の商品表示として需要者の間に広く認識されているか)について
 争点1に関する控訴人の主張及び被控訴人の主張は、原判決7頁20行目の末尾の後に改行して、当審における控訴人の主張を次のとおり加えるほかは、原判決「事実及び理由」第3の1記載のとおりであるのでこれを引用する。
 「また、被控訴人雑誌における誌名の表記には、「HEART nursing」のみではなく、これに日本語(片仮名の「ハートナーシング」)が振り仮名(ルビ)として併記されている(被控訴人雑誌の背表紙には縦書きの片仮名のみで「ハートナーシング」と表記されている。)。そして、日本語の記載については「ハート」と「ナーシング」とに分けられているわけではなく、字の大きさが違うわけでもない。
 かかる片仮名表示があるのに、英語の一部(「HEART」)だけが独立した標章として商品表示になることはない。」
(2) 争点2(控訴人標章1及び2は、被控訴人標章と同一又は類似の商品表示であるか)について
【被控訴人の主張】
 以下のとおり、控訴人標章は、被控訴人標章と同一又は類似の商品表示である。
ア 被控訴人標章
 被控訴人標章は、原判決別紙原告標章目録記載のとおり、アルファベットの大文字で「HEART」と横書きしてなる標章であり、書体は、いわゆる「Times New Roman」と同等のものが用いられている。
イ 控訴人標章
 控訴人標章1は、別紙控訴人標章目録記載1のとおり、アルファベットの大文字で「HEART」と横書きしてなる標章であり、書体は、いわゆる「Times New Roman」と同等のものが用いられている。
 控訴人標章2は、別紙控訴人標章目録記載2のとおり、初めの1文字のみアルファベットの大文字で、他は小文字で、「Heart」と横書きしてなる標章であり、書体はいわゆる「Times New Roman」によく似た、やや丸みを帯びたもので実質的に同系統の文字である。
ウ 類否
 被控訴人標章と控訴人標章(1及び2)は、外観、称呼及び観念において同一であり、両者は同一ないし類似していることが明らかである。
(ア) 外観
 被控訴人標章と控訴人標章1は、いずれも全ての文字がアルファベットの大文字で「HEART」と横書きしてなる標章であり、書体も共通である。
 控訴人標章2は、初めの1文字のみアルファベットの大文字で他は小文字であるが、小文字は大文字と大きさにおいて変わらず、又、書体もいわゆる「Times New Roman」によく似た、やや丸みを帯びたもので実質的に同系統の文字である。
(イ) 称呼
 被控訴人標章と控訴人標章1及び2の称呼は、いずれも「ハート」である。
(ウ) 観念
 被控訴人標章と控訴人標章からは、いずれも「心」「愛情」の観念が生じる。
【控訴人の主張】
 以下のとおり、控訴人標章(1及び2)は、被控訴人標章と同一又は類似の商品表示ではない。
ア 被控訴人標章
 被控訴人は、被控訴人の商品表示として被控訴人標章を使用していない。被控訴人の商品表示は、「ハートナーシング」ないし「HEΛRT nursing」である。
 また、「HEART」は、「心臓」又は「循環器」を指す普通名詞であり、何ら独自性がないものであるから、被控訴人の商品表示である被控訴人雑誌の題号の要部でもない。被控訴人は、被控訴人雑誌のほかに「消化器外科ナーシング」、「オペナーシング」、「ブレインナーシング」などの題号を付した雑誌を刊行しており、このことからしても、被控訴人標章のうち「ナーシング」(看護のための専門誌)の部分の方が「ハート」の部分よりも重要である。
イ 類否
 以下のとおり、被控訴人の商品表示と控訴人標章(1及び2)とは、類似しない。
(ア) 外観
 被控訴人の商品表示である被控訴人雑誌の題号の外観は、控訴人標章1とも同2とも異なる。また、被控訴人雑誌の題号には、必ず片仮名表記で「ハートナーシング」と併記されているのに対し、平成24年7月号までの控訴人雑誌には「HEART」以外の片仮名表記はなく、「ナーシング」の記載もない。一方、同年8月号以降の控訴人雑誌には「Heart」以外に「ハートケア」という片仮名表記がある。
(イ) 称呼
 被控訴人の商品表示である被控訴人雑誌の題号から生じる称呼は、「ハートナーシング」であるのに対し、控訴人標章1、2から生じる称呼は、「ハート」であり、控訴人標章2から生じる称呼は、「ハートケア」である。明らかに異なっている。
(ウ) 観念
 被控訴人の商品表示である被控訴人雑誌の題号から生じる観念は、「心臓看護」又は「循環器看護」であるのに対し、控訴人標章1、2から生じる観念は、「心臓」又は「循環器」であり、類似しない。また、仮に観念が一致したとしても、この部分は雑誌の内容、分野を示すために必要な部分であるから、不正競争行為には当たらない。
(3) 争点3(控訴人の行為は、被控訴人の商品(被控訴人雑誌)と混同を生じさせるものであるか)について
 争点3に関する控訴人の主張及び被控訴人の主張は、次のとおり当審における主張を付加し、原判決の補正をするほかは、原判決「事実及び理由」第3の3記載のとおりであるのでこれを引用する。
ア 原判決10頁8行目の末尾の後に「なお、控訴人雑誌は、創刊時の企画編集の依頼文等から、対象読者が看護師であることは明らかである。控訴人は平成24年8月号から対象読者を研修医に変更したと主張するが、記事の内容は何ら変わっておらず、需要者は変更前と同様である。」を加える。
イ 原判決11頁23行目の「対象とするものである。」を次のとおり改める。
 「対象とするものであったところ、控訴人は、控訴人雑誌の平成24年8月号からは、記事の内容をレベルアップし、「レジデント(研修医)とコメディカルのためのハートケア誌」と変更し、研修医を主な対象読者層とすることによって、混同を避けているものである。」
ウ 原判決12頁5行目の「被告標章とは類似しないから、混同のおそれはない。」を、「控訴人標章1とは類似しないし、控訴人は、平成24年8月号以降は控訴人標章2を使用しているのであるから、混同のおそれは更になくなった。」と改める。
エ 原判決12頁19行目の末尾の後に「表紙の絵柄も、控訴人雑誌が毎号一貫して女の子と動物をデザイン化して特徴を出しているのに対して、被控訴人雑誌は毎号デザインを変えており抽象的な絵柄である。」を加え、21行目の末尾の後に改行して次のとおり加える。
 「(キ) さらに、平成24年8月号からは、表紙につき、大文字の「HEART」であったデザインを「Heart」と初めの1文字を除いて小文字にし、従来と比較して字体を太くし重量感を加えて、題号を「ハートケア」とすることによって、外観上一見して異なる雑誌であることを認識できるようにしており、表紙を比較すれば違う雑誌であることは一目瞭然である。従来よりいっそう混同のおそれはない。」
(4) 争点4(被控訴人の損害額)について
【被控訴人の主張】
ア 法5条1項に基づく請求について(主位的主張)
(ア) 控訴人の譲渡数量
 控訴人は、控訴人雑誌において、平成23年8月15日発売の創刊号(同年9月号)から同24年7月号まで(11か月分)は控訴人標章1を、同年8月号から同25年4月号まで(9か月分)は控訴人標章2をそれぞれ使用しているので、控訴人標章の利用期間は少なくとも併せて20か月分である。発行部数は1号当たり2000部であるので、合計販売部数は2000部に20か月を乗じた4万部である。
 控訴人は、裁判所から侵害行為による損害の計算をするために必要な書類の提出を命ぜられたのに、提出を命ぜられた文書を提出しない。控訴人が乙81以下として提出した各書証は、上記文書提出命令に沿う書類ではない上、その記載の大部分がマスキングされ、内容の信用性を確認することさえできない不十分なものである。
 よって、文書提出命令に従わない控訴人について、民訴法224条1項又は3項による真実擬制が認められるべきである。同条1項については、提出を命ぜられた文書には、控えめにみても少なくとも毎号2000部以上の売上部数が記載されていたと思料される。同条3項については、上記命令において提出を命ぜられた各文書は、いずれも控訴人の日常業務の過程で作成されるその支配領域内にある帳簿類等であるから、相手方である被控訴人において、上記各文書の記載内容を具体的に特定して主張することは著しく困難である。
(イ) 被控訴人雑誌の単位数量当たりの利益
 被控訴人雑誌の卸売価格1260円を基礎とした売上金額から変動経費である図書印刷費を控除して上記卸売価格で除すると、1部当たりの利益は820円である。すなわち、被控訴人が控訴人らの侵害行為がなければ譲渡できた被控訴人雑誌の単位数量当たりの利益は820円である。なお、被控訴人において、被控訴人雑誌の編集及び出版に当たっては、種々の経費が発生しているが、損害額の算定の基礎となる利益額を算出するに当たり、変動経費のみを控除すべきであって、固定費は控除すべきではない。
(ウ) 損害額
 被控訴人は、上記(イ)の単位数量当たりの利益820円に販売部数4万部を乗じた額である総額3280万円の損害を被った。
(エ) 被控訴人の販売能力(法5条1項本文)
 被控訴人雑誌については、平成14年以降は月刊号だけでも毎号概ね4000から5000部程度が印刷されているところ、控訴人雑誌の発行部数はおおよそ2000部程度であり、被控訴人雑誌の印刷部数に比して2分の1から3分の1にすぎず、被控訴人雑誌の増刷は1000部単位で印刷を発注しているので、被控訴人が控訴人雑誌の部数程度を販売できたことは明らかである。
イ 同法5条3項1号に基づく請求について(予備的主張)
(ア) 控訴人雑誌の売上高
 控訴人雑誌の定価は1部当たり2000円である。
 控訴人雑誌の譲渡数量は全体で4万部であるところ(上記ア(ア))、定価の2000円を乗じると総売上高は8000万円である。
(イ) 相当な使用料率
 控訴人雑誌の発行は出版業に当たるので、社団法人発明協会発行「実施料率〔第5版〕」の「パルプ・紙・紙加工・印刷」の分野の平成4年度から10年度までの実施料率(イニシャル無し)の平均値は5.3である。また、周知表示に係る混同惹起行為は、法的・機能的にみれば商標権侵害に類似するが、商標権侵害の損害額として相当使用料額を請求する裁判例においては、料率を10%とする事例は珍しくない。
 以上に、本件における控訴人による控訴人標章の使用行為は悪質なものであるなどの事情を勘案すると、本件において、相当な使用料率は20%を下らない。
(ウ) 損害額
 被控訴人の損害額は、総売上高である8000万円に相当な使用料率20%を乗じた1600万円となる。
ウ なお、本件において、被控訴人の損害額が損害額を立証するために必要な事実を立証することが当該事実の性質上極めて困難であるときに当たる場合には、法9条に基づき相当な損害額の認定を求める。
エ 弁護士費用
 本件事案の性質、審理の経過等諸般の事情を総合考慮すると、控訴人による本件不正競争行為と相当因果関係のある被控訴人の弁護士費用相当額の損害は336万円である。
オ 以上のとおり、被控訴人の損害は、少なくとも合計2016万円を下回ることはない。
【控訴人の主張】
ア 法5条1項に基づく請求(主位的主張)について
(ア) 控訴人の譲渡数量
 控訴人は、平成24年8月号から誌名と標章を変更して「Heart/ハートケア」とし、今後は「HEART」の標章を使用する予定はない。控訴人雑誌の印刷部数は、創刊号は2500部印刷したが、その後は1号当たり1400部である。印刷部数が1号当たり2000部であることは否認する。
 さらに、版元へ残す分や著者等に対する贈呈分等もあり、印刷部数の全てが出荷されるわけではない。控訴人雑誌は返品率も高い。結局売上部数は別紙「Heart売上一覧表」の売上合計欄記載のとおりであり、平成23年9月号から同25年4月号までの売上部数合計は、同表の「売上合計」欄記載の数値合計(記載のない月は「2013年売上」欄の数値)1万0877部である。
 なお、控訴人は、文書提出命令に従って乙81〜86号証を提出している。また、これにより控訴人雑誌の毎号の販売部数が2000部であるとする被控訴人の主張事実が真実でないことは明らかであるから、被控訴人主張の真実擬制などは働かない。
(イ) 被控訴人雑誌の単位数量当たりの利益
 被控訴人が控訴人の侵害行為がなければ譲渡できた被控訴人雑誌の単位数量当たりの利益が820円であるとする主張については否認する。なお、被控訴人雑誌と控訴人雑誌は内容も体裁も全く異なるのであって、被控訴人雑誌の利益額の主張には意味がない。
(ウ) 損害額
 控訴人雑誌の販売の有無とその数量によって、被控訴人雑誌の販売数量に影響を与えるものではない。雑誌の販売は記事等の内容により左右されるもので、表紙題号の一部のデザインにより左右されるものではないので、被控訴人に損害はない。
 また、被控訴人雑誌の購読者は固定化していて増刷しても購読者が増えるということはないので、被控訴人には、現状以上の販売能力はないといえる。
イ 法5条3項1号に基づく請求(予備的主張)について
(ア) 控訴人雑誌の売上高
 控訴人の譲渡数量については、別紙「Heart売上一覧表」の売上合計欄記載のとおりであって、創刊号を含めて単純に平均値をとれば、売上部数は約580部である。また、定価は2000円でも卸値は1400円である。
(イ) 使用料率
 上記【被控訴人の主張】イ(イ)において被控訴人の主張する当該分野の使用料率は技術分野における実施料率を指すのであって、本件のような標章の一部使用に関するデータではない。出版業界では、雑誌においてジャンルを示す部分は一般普通名詞で表示されることが多く、そこに同一又は類似性があっても使用が許されるので、使用料率などあり得ない。なお、20%と考える理由もない。
ウ 本件においては、仮に題号の一部の表示が類似していたとしても、控訴人雑誌の発行・販売により、被控訴人雑誌の売上が変動するという関係にない。すなわち、被控訴人による上記ア、イいずれの主張についても、控訴人の行為と被控訴人の主張する損害の間には因果関係がないので、上記法5条1項、3項の規定を適用することはできない。
(5) 争点5(標章使用差止請求の可否)について
【被控訴人の主張】
 控訴人は1審判決後も上記不正競争行為を継続しているのであって、控訴人標章1を使用したバックナンバーについても継続して販売されている。そして、平成25年9月号を見る限り、少なくとも控訴人標章2については今後とも使用を継続しようとしていることは明らかである。したがって、控訴人標章1についても同2についても差止めの対象とされるべきであるし、その必要性もある。
【控訴人の主張】
 控訴人は、控訴人雑誌につき平成24年8月号から誌名と標章を変更して、「Heart/ハートケア」とし、今後も発行を継続していく予定であるが、「HEART」の標章については今後使用する予定はなく、平成24年7月号以前の発行分については既に販売を中止している。現に使用していない標章の使用の差止めを求めることは許されない。
(6) 争点6(控訴人雑誌の発行は、出版の自由等との関係から不正競争行為に該当しないといえるか)について
【控訴人の主張】
 商品が雑誌の場合は、他の商品とは異なり、出版の自由が保障されるべきであるので、題号の中に他人の商品表示を含んだとしても直ちに他人の商品表示を使用したものとすべきではないし、一般的な書体である「Times New Roman」を使用して類似したとしても、不正使用には当たらず、出版の自由の範囲として許される。
【被控訴人の主張】
 争う。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所は、@被控訴人標章は、被控訴人の商品表示として需要者の間に広く認識されているものであり(争点1)、A控訴人標章は1、2とも、被控訴人標章と類似の商品表示であり(争点2)、B控訴人の行為は被控訴人雑誌と混同を生じさせるものであり(争点3)、C被控訴人の損害については2016万円及びその遅延損害金であると認め(争点4)、D控訴人の行為は差止の対象になるもの(争点5)と考える。その理由は以下のとおりである。
1 争点1(被控訴人標章は、被控訴人の商品表示として需要者の間に広く認識されているか)について
 当裁判所も、争点1につき、被控訴人標章は、被控訴人の商品表示として需要者の間に広く認識されているものと認める。その理由は、以下のとおり付加補正するほかは、原判決「事実及び理由」第4の1記載のとおりであるからこれを引用する。
(1) 原判決14頁5行目文頭の「被告は、」の前に「控訴人は、そばに「ハートナーシング」という日本語の片仮名表記があることから、日本人は日本語にのみ引きつけられ、文字の大きさは問題ではない旨強調するが、片仮名表記は文字が極めて小さく、「HEART」が特に需要者の注意を引く部分であることに変わりはない。」を、9、10行目の「英単語であり、」の後に、「かつ、基本的な単語であって、我が国でも上記の意味が広く認識されているものといえ、」をそれぞれ加える。
(2) 原判決16頁22行目の「と呼称してきた」を「と呼称するなど「HEART」の部分に注目してきた」と、同頁最終行の「しかしながら、」を「しかし、書店担当者は書籍の正式名称を正確に把握し、混同していないことはむしろ当然であり、だからといって、書店で購入する者が必ずしも同様の認識を持つということにはならないし、」と、それぞれ改める。
(3) 原判決17頁9行目の末尾の後に改行して、「控訴人は、被控訴人雑誌の題号は「ハートナーシング」であり、その片仮名表記が付されていることから、日本語表記がある以上、その一部だけが被控訴人の商品表示となることはない旨主張するが、片仮名による日本語表記は被控訴人標章に比べて極めて小さい文字で行われており(甲3の140〜280)、被控訴人標章が有する識別力を減ずるものではない。」を加える。
2 争点2(控訴人標章1及び2は、被控訴人標章と同一又は類似の商品表示であるか)について
 当裁判所も、争点2につき、控訴人標章1及び2は、被控訴人標章と類似の商品表示であると認めるが、その理由は、以下のとおり当審において付加された控訴人標章2についての判断を加え補正するほかは、原判決「事実及び理由」第4の2記載のとおりであるから、これを引用する(原判決における「被告標章」を「控訴人標章1」と読み替える。以下、同じ。)。
(1) 原判決17頁23行目の末尾の後に、「控訴人標章2は、別紙控訴人標章目録記載2のとおり、初めの1文字のみアルファベットの大文字で他は小文字で「Heart」と横書きしてなる標章であり、書体はいわゆる「Times New Roman」によく似た、やや丸みを帯びたもので実質的に同系統の文字である。」を加える。
(2) 原判決18頁6行目の末尾の後に「控訴人標章2の外観は、控訴人標章1の「HEART」の文字のうちアルファベット大文字で表現された「EART」部分を「eart」というアルファベット小文字に変更したものであるが、変更された「eart」の各小文字は、「H」の大文字の大きさと一般に対応する小文字の大きさではなく(一般に、アルファベットの大文字に対応する小文字の縦寸法は大文字の高さの2分の1である。)、小文字でありながら従前の大文字とほとんど同じ大きさであって、特に高さはほとんど「H」の大文字と揃っている。また、最初の「H」だけが大文字であるという控訴人標章2の外観の特徴についても、英語表記において初めの1文字のみを大文字にすることはありふれた表記であり、ここで大文字を使用することに格別の特徴や意味が見出せないことからすると、控訴人標章1に比べて同2の文字は若干太目であることを考慮しても、全体として見た場合には、控訴人標章2は同1と同様、外観においても被控訴人標章と類似するといえる。」を加える。
3 争点3(控訴人の行為は、被控訴人の商品(被控訴人雑誌)と混同を生じさせるものであるか)について
 争点3につき、当裁判所も、控訴人の行為は、被控訴人雑誌と混同を生じさせるものであると考える。その理由は、以下のとおり当審において付加された控訴人標章2についての判断を加え(原判決における「被告標章」を「控訴人標章1」と読み替える。)、補正するほかは、原判決「事実及び理由」第4の3記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決19頁10行目の末尾の後に次のとおり加える。
 「さらに、控訴人は、平成24年8月号から控訴人雑誌の内容を変更して、記事の内容をレベルアップし、「レジデント(研修医)とコメディカルのためのハートケア誌」と変更し、研修医を主な対象読者層とすることによって、混同を避けていると主張する。しかし、確かに雑誌の表紙には上記記載があるものの、文字は小さく、その記載内容も、依然として看護師を含めた「コメディカル」も対象読者であるという表記である(乙67の12〜19)。特集記事のタイトルや内容説明等には依然として「ナース」、「看護師」、「看護力」等の記載も多く見受けられる(甲91)ものであって、かかる読者層に向けた記事・内容について明確な変更があったとも認められず、現に需要者が変わったとも認められない。かかる変更によって混同が防止できるようになったとは認められない。」
(2) 原判決19頁17行目の「前記2のとおり、被告標章が」を「前記のとおり、控訴人標章1及び2が」と改める。
(3) 原判決19頁23行目の「陳列方法」から24行目の「からすれば、」までを「対象読者の相違(同普j並びに表紙の題号において使用されている文字の変更等(同(キ))からすれば、」と改める。
(4) 原判決20頁9行目の「陳列方法」から11行目の「明らかであり、」までを削除し、13行目末尾の後に改行して、次のとおり加える。
 「表紙の題号において使用されている文字の変更等(同(キ))については、争点2における判断のとおり、控訴人標章2は被控訴人標章と類似しており、かかる変更をもっては需要者の混同を阻止し得ないものと認められる。」
4 争点1ないし3について判断したところによれば、控訴人は、控訴人標章を使用した控訴人雑誌の発行を継続することにより法2条1項1号の不正競争行為を行ってきたものであり、これにより被控訴人は営業上の利益を害されたものということができ、かつ、控訴人が上記不正競争行為を行うにつき故意又は少なくとも過失があることは明らかである。
5 争点4(被控訴人の損害額)について
 被控訴人は当審において請求を拡張し、主位的に法5条1項に基づく損害賠償請求をするので、この点について判断する。
 前提事実、証拠(甲104、108、乙80、81、87〜89)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおり認められる。
(1) 控訴人の譲渡数量
 控訴人が、控訴人雑誌において、平成23年8月15日発売の創刊号(同年9月号)から同24年7月号まで(11か月分)は控訴人標章1を、同年8月号から少なくとも同25年4月号まで(9か月分)は控訴人標章2を、それぞれ使用していることについては、前提事実のとおりである。
 以上を前提として、控訴人雑誌の譲渡数量につき、被控訴人は1号当たり2000部であるので、合計4万部であると主張したことに対し、控訴人は合計1万0877部である旨主張し、控訴人はその数量を示す証拠として控訴人代表者が作成した「Heart売上一覧表」(乙93)を提出した。
 控訴人は、乙93の裏付けとして奥村印刷株式会社作成の請求書写し(乙80、81、87)を提出し、印刷部数が全て譲渡されているわけではないと主張して、控訴人作成の納品書写し(乙82〜86、90、94、95)や取引先作成の返品伝票書式(乙74〜78)等を証拠として提出する。
 しかし、印刷部数については上記印刷会社の押印のある請求書の写し(乙80、81、87)があり、マスキング部分はあるものの、請求書内の他の項目につき、少なくとも品名については確認することができるものが提出されている(これらの書証と弁論の全趣旨によれば、控訴人雑誌の印刷部数の合計は2万9860部であると認められる。)が、納品数の主張につき提出されている控訴人作成の納品書写しについては、ほとんどの欄がマスキングされており、書名が「HEART」と記載されている欄1行だけが僅かに確認できるにすぎず、いつ発行のものかについての記載もなかったり、手書きの記入によるものが大部分である。また、返品数の主張について提出されている返品伝票等の書類は書式の提示のみで数値の裏付けとなるものは提出されていない。さらに、控訴人の主張する売上数量は、印刷部数から比較すると極めて数字が低く、その点においても不明瞭である。結局控訴人の主張の中で、裏付けがあるといい得るのは控訴人雑誌の各号の印刷部数のみである。
 したがって、一般的に印刷部数は譲渡数量と等しいわけではないものの、本件においては、納品数や返品数の立証がないので、控訴人の譲渡数量は、控訴人の主張する別紙「Heart売上一覧表」記載の印刷部数合計2万9860部と認めるのが相当である。
 なお、被控訴人は、控訴人が文書提出命令に従わなかったとして、民訴法224条1項又は3項の制裁規定の適用を主張するが、上記認定の控訴人雑誌の発行部数を前提としても、後記のとおり被控訴人の請求額全額を超える損害の発生が認められるので、被控訴人の上記主張を検討するまでもない。
(2) 被控訴人雑誌の単位数量当たりの利益
 株式会社廣済堂作成の「御見積明細書」写し(甲108)によって裏付けがされている被控訴人役員作成の「報告書」(甲104)によれば、平成24年における被控訴人雑誌の利益の平均は、卸売価格1260円を基礎とした売上金額から変動経費である図書印刷費を控除して上記卸売価格で除した820円であると認められる。すなわち、被控訴人が控訴人の侵害行為がなければ譲渡できた被控訴人雑誌の単位数量当たりの利益は820円であると認めることができる。
 なお、上記甲104によれば、被控訴人雑誌の編集、出版等に要する経費としては、図書印刷費のほかに、外注費(表紙、装丁デザイン費等)、原稿料、企画料、出張旅費、新聞図書費、編集会議費等があることが認められるが、図書印刷費以外のこれらの経費は、控訴人が発行し譲渡した控訴人雑誌の数量分を被控訴人が発行・譲渡するに当たって追加的に必要となる経費とはいえないから、上記利益の算定において控除する必要はない。
(3) 損害額
 したがって、法5条1項によれば、被控訴人は、上記(2)の単位数量当たりの利益820円に譲渡数量2万9860部を乗じた額である総額2448万5200円の損害を被ったものということができる。
(4) 被控訴人の販売能力(法5条1項本文)
 被控訴人雑誌については、平成14年以降は月刊号だけでも毎号概ね4000から5000部程度が印刷されているところ(甲22、23)、控訴人雑誌の発行部数はおおよそ2000部弱程度であり、被控訴人雑誌の印刷部数に比して2分の1から3分の1にすぎず、被控訴人雑誌の増刷は1000部単位で印刷を発注しているので、被控訴人が控訴人雑誌の部数程度を販売できたことは明らかである。なお、控訴人による同項ただし書の事情の主張立証はない。
(5) 控訴人は、被控訴人雑誌の購読者は固定化していて増刷しても購読者が増えるということはないので、被控訴人には現状以上の販売能力はないと主張するが、全人口の中で、控訴人雑誌や被控訴人雑誌を購読する者は限られているとしても、控訴人雑誌のみを購読している者が存在しないと考える理由はないので、被控訴人雑誌を増刷すれば購読者が増えることはあり得るのであって、その可能性がないという証拠はない。
 また、控訴人は、雑誌の販売は記事等の内容により左右されるもので、表紙題号の一部のデザインにより左右されるものではなく、控訴人雑誌の販売の有無とその数量によって、被控訴人雑誌の販売数量に影響を与えるものではなく、したがって、法5条を適用することは許されず、被控訴人に損害はないと主張する。
 しかし、法5条は、不正競争による侵害訴訟において因果関係や損害の立証が困難であるために被害者の保護に欠けることから、特に立法されたものであって、不正競争行為と被害者の製品の販売減少との間に因果関係が成立し得ると考えられる法2条1項の不正競争行為の類型に限定して、民法709条、法4条の特則という位置づけで因果関係と損害の立証につき被害者の負担を軽減したものである。本件においては、上記のとおり、控訴人が被控訴人標章類似の標章を使用することによって、控訴人雑誌と被控訴人雑誌の混同のおそれがあり、商標権侵害類似の関係が発生するといえるのであって、少なくとも書店で陳列されて販売される場合には被控訴人雑誌と類似の商品表示を初めとする混同の可能性が存在することからすれば、同条適用の前提を欠くとはいえない。
(6) 本件事案の内容及び本件訴訟の経過等一切の事情を総合考慮すると、弁護士費用については、原審で認められた50万円のほか、当審の請求の拡張分に対して200万円の限度で本件と相当因果関係のある損害であると認める。
 そうすると、上記の法5条1項によって認められる損害2448万5200円に、原審で認められた弁護士費用50万円及び当審で新たに認められる200万円を加えた2698万5200円の損害が認められることになるところ、附帯控訴によって被控訴人が請求する損害額は、原審認容額50万円を含めて、2016万円であるから、その請求全額について理由がある。
6 争点5(標章使用差止請求の可否)について
 被控訴人は、控訴人は1審判決後も不正競争行為を継続しているのであって、控訴人標章1を使用した控訴人雑誌のバックナンバー(平成23年9月号から同24年7月号まで)についても継続して販売しており、差止めの必要性があると主張しているところ、弁論の全趣旨によれば、控訴人は、控訴人雑誌の発行に際し控訴人標章2については今後とも使用を継続することを明言していること、控訴人標章1を使用した控訴人雑誌の上記バックナンバーについても、原判決の言渡日後である平成24年7月時点においては販売を継続していたことが認められる。控訴人は回収の努力をしている旨主張するが、控訴人の主張によっても、回収を徹底させることは事実上困難であるとされており、既に廃棄が完了して存在しないという立証がなく、控訴人標章1についても使用の差止めを求める利益があるものと認められる。したがって、控訴人標章1についても同2についても、差止めの必要性が肯定できるから、差止めの対象となる。
7 争点6(控訴人雑誌の発行は、出版の自由等との関係から不正競争行為に該当しないといえるか)について
 控訴人は、商品が雑誌の場合は、他の商品とは異なり、出版の自由が保障されるべきであるので、題号の中に他人の商品表示を含んだとしても直ちに他人の商品表示を使用したものとすべきではないと主張する。しかし、他人の商品表示である雑誌の題号の標章として周知のものと類似の標章を題号に用いた雑誌を発行して需要者に混同を生じさせることが、出版の自由等の理由で正当化されるものでないことはいうまでもないところであって、控訴人の主張は独自の議論であり採用できない。
第4 結論
 以上のとおり、被控訴人の原審における控訴人に対する請求を、原判決主文第1ないし3項記載の限度で理由があるとして認容した原判決は相当であり、被控訴人の当審における附帯控訴に基づく控訴人標章2の使用差止め、控訴人雑誌目録記載2の雑誌の廃棄、及び1966万円の拡張請求は理由があるので、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、被控訴人の附帯控訴に基づき、拡張請求を認容することとして、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第8民事部
 裁判長裁判官 小松一雄
 裁判官 遠藤曜子
 裁判官 長井浩一は、退官につき、署名押印することができない。
 裁判長裁判官 小松一雄
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