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【事件名】データベースソフトの著作権確認事件B
【年月日】平成25年12月11日
 東京地裁 平成24年(ワ)第33631号 著作権確認請求事件
 (口頭弁論終結日 平成25年4月12日)

判決
原告 A
被告 中国塗料株式会社(以下「被告中国塗料」という。)
被告 中国塗料技研株式会社(以下「被告中国塗料技研」という。)
被告 大竹明新化学株式会社(以下「被告大竹明新化学」という。)
被告ら訴訟代理人弁護士 小山雅男


主文
1 本件訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告らは原告が「船舶情報管理システム」に対する著作権を有することを確認する。
(2) 訴訟費用は被告らの負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
 主文同旨
(本案の答弁)
(1) 原告の請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、被告らに対し、プログラムの著作物である船舶情報管理システムの著作権確認を求める訴訟である。
2 前提となる事実
(1) 当事者
ア 被告中国塗料は、塗料の製造販売等を業とする株式会社である(弁論の全趣旨)。
イ 被告中国塗料技研は、船舶の塗装情報管理システムの開発及び運用の請負等を業とする監査役設置会社であり、監査役の監査権限は会計監査に限定されていない(弁論の全趣旨)。被告中国塗料技研は、被告中国塗料の100パーセント子会社である(甲8・5頁、甲10・32頁)。
ウ 被告大竹明新化学は、塗料の製造販売等を業とする監査役設置会社であり、監査役の監査権限は会計監査に限定されていない(弁論の全趣旨)。
 被告大竹明新化学は、平成12年10月2日、信友株式会社(以下「信友」という。)を吸収合併した(争いがない。)。
 信友は、被告中国塗料の関係グループ会社の中で商社部門を担っていた会社であり、被告中国塗料の100パーセント子会社であった(甲6・30頁、甲7・10頁、甲10・1頁)。
エ 原告は、昭和37年4月、被告中国塗料に入社し、昭和60年、信友に出向し、昭和61年6月から平成4年5月21日まで信友の取締役であった。
 原告は、平成4年6月、被告中国塗料技研に出向し、平成4年5月21日から平成5年1月30日まで同社の代表取締役であった。
 原告は、平成5年1月、被告中国塗料技研を退社した。
 (甲4、5、甲6・30、31頁、甲18の1・2)
(2) 前訴
ア 前訴第1審判決
 原告は、被告中国塗料を被告として、別紙著作権目録記載の「船舶情報管理システム」(以下「本件システム」という。)の著作権確認及び本件システムに対する原告の開発寄与分の確認を求める訴えを、大阪地方裁判所に提起した(大阪地裁平成19年(ワ)第11502号)。
 大阪地方裁判所は、平成20年7月22日、概要以下の理由により、原告の著作権確認請求を棄却し、開発寄与分確認の訴えを却下する判決をした(甲6。以下「前訴第1審判決」という。)。
 被告中国塗料は、被告中国塗料が現在使用中の「船舶情報管理システム」なる著作物は原告が開発したものではなく、原告の開発したものは被告中国塗料には存在しない旨主張するところ、この主張についての判断に先立って、職務著作の主張について判断することとする(28頁)。
 本件システムは、そのプログラムの構成の詳細は明らかでないものの、船名、船種を始めとする船舶塗装に関する種々の情報を単独で、また,各情報を組み合わせた情報を随時任意に検索し、取り出せるようにしたものであって、電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものということができ、プログラムの著作物と評価することができる(30頁)。
 著作権法15条2項にいう「法人等の発意」があったというためには、著作物作成に向けた意思が直接又は間接に法人等の判断にかかっていればよいと解すべきであり、明示の発意がなくとも、黙示の発意があれば足りるものというべきである(32頁)。
 原告の本件システムの開発作成業務は、当初は信友の業務として、その後は被告中国塗料技研の業務として職務上行われたものであることが明らかであって、本件システムは、著作権法15条2項にいう「その法人等の業務に従事する者が職務上作成」したものである(33頁)。
 原告に対し本件システムの開発作成業務を明示的に命じたのは被告中国塗料の専務取締役(当時)であるBであったから、その作成について被告中国塗料の発意があったことは明らかであるが、実際に業務を行った信友及び被告中国塗料技研による明示の発意があったとは証拠上認め難い。しかし、信友は被告中国塗料の関連会社であり、被告中国塗料技研も被告中国塗料の子会社であって、いずれも被告中国塗料と業務運営上あるいは経済上ほぼ一体的な立場に立つ会社とみ得る。Bは、被告中国塗料の社内組織上の理由から原告を被告中国塗料の社外で船舶情報管理システムの開発作成業務をさせようとして信友や被告中国塗料技研に出向させ、原告はその業務内容を信友及び被告中国塗料技研に頻繁に報告しその指示を仰いでいる。以上の事実によれば、本件システムの作成が、信友及び被告中国塗料技研(の代表者)の黙示の発意に基づくものであることを優に推認することができる。この推認を覆すに足りる証拠はない。(33頁)
 そうすると、本件システムは、著作権法15条2項のいわゆる職務著作に当たり、その著作者は信友ないし被告中国塗料技研であるということができる(34頁)。
 よって、原告の請求のうち、本件システムについて原告が著作権を有することの確認を求める請求は理由がないから棄却し、本件システムに対する原告の開発寄与分がどれほどの割合であるかの確認を求める訴えは不適法であるから却下する(35頁)。
イ 前訴第2審判決
 原告は控訴し、控訴審において、原告が被告中国塗料又は信友及び被告中国塗料技研との共同著作権を有することの確認を求める予備的請求を追加したが、知的財産高等裁判所は、平成22年12月22日口頭弁論を終結し、平成23年3月15日、概要以下の理由により、原告の控訴を棄却し、予備的請求を棄却する判決をした(知財高裁平成20年(ネ)第10064号。甲7。以下「前訴第2審判決」という。)。
 原告の著作権確認請求に関する判断は、次のとおり加えるほかは、前訴第1審判決記載のとおりであり、本件システムは、職務著作(著作権法15条2項)に該当し、その著作者は信友又は被告中国塗料技研であると認められるから、原告が作成した部分があるとしても、その著作権を有するものではない(8頁)。
 本件システムは、被告中国塗料の社内稟議を経ての代表者の決裁という明確な発意に基づいて開発が開始され、被告中国塗料が全額出資する完全子会社である信友に対して、当該開発業務の委託と必要に応じての資金援助が行われるとともに、追加のプログラムのリース契約等も締結されたものであり、信友においても、「新造船受注情報システム」が会社としての事業計画とされていたのであるから、本件システムの作成は、法人としての信友の発意に基づくものであると認められる。また、信友と同様に被告中国塗料が全額出資する完全子会社である被告中国塗料技研についても、被告中国塗料と業務運営上一体的な立場に立つ法人であって、平成4年6月に本件システムの開発に従事していた原告が同社に代表取締役として出向した際も、船舶情報管理システムの開発業務が同社に移管され、田中電機工業株式会社(田中電機)に対して本件システムのプログラム作成のための支払を行っているのであるから、その後の本件システムの作成は、法人としての被告中国塗料技研の発意に基づくものと認められる。
 以上のとおり、本件システムの開発が、原告が在籍中の出向元である被告中国塗料の指示により開始され、被告中国塗料の完全子会社である信友及び被告中国塗料技研がその意向を受けて法人として本件システムの開発を発意しているのであるから、両社において当該開発業務に従事する原告が、その職務上作成した本件システムのプログラムの著作者は、その作成時における契約や勤務規則等の別段の定めがない限り、法人である信友又は被告中国塗料技研となるものと認められ(著作権法15条2項)、上記別段の定めについての主張立証はないのであるから、結局、本件システムのプログラムの著作者は、信友又は被告中国塗料技研、あるいはその双方であると認めるべきである。(10頁)
ウ 原告は上告するとともに上告受理を申し立てたが、最高裁判所は、平成24年2月28日、原告の上告を棄却し、本件を上告審として受理しない旨の決定をした(最高裁平成23年(オ)第1066号、同23年(受)第1203号。甲1。以下、これら一連の訴訟を「前訴」といい、原告が本件システムの著作権を有しないことを被告中国塗料との間で既判力をもって確定した前訴第1審判決を「前訴確定判決」ということがある。)。
3 当事者の主張
(原告の主張)
(1) 信友又は被告中国塗料技研が原告に対して「発意」を行ったとされる時点においては、原告は発意者たる信友又は被告中国塗料技研の取締役・代表取締役であり、両社を代表して当該「発意」を原告に行ったことになる。
 この原告から原告に対する「発意」の内容は、必然的に原告個人の内的意思ということになる。その内容とは、本件システムの著作権を原告が有し、これを活用する最適の設備である被告中国塗料の業務活動に使用させ、かつ、それに伴い適正な使用料を原告が受領するというものであった。
(2) ということは当該「発意」は、取締役個人とこれが代表する会社間の自己取引に該当する。この自己取引については、取締役と会社間の行為であり、かつ、その内容が本件システムの著作権の帰属が原告になるか信友又は被告中国塗料技研になるかの点において当事者間で利害相反することから、行為当時の商法265条1項が適用され、取締役会の承認がなければ無権代理であって無効となる。
(3) そこで、原告は、被告中国塗料技研に対し、平成24年10月17日付け書面によって、3週間の熟慮期間を指定して、上記自己取引の承認を行うか否かの催告を行った。
 しかし、被告中国塗料技研は、平成24年10月19日付け回答書において、「理解が困難な事柄に関する催告につき、その諾否を回答することなど、到底でき兼ねます。」という回答を代理人を通じて行った。これにより、被告中国塗料技研の回答がなされないことが確定したので、民法114条後段の規定によって、上記自己取引の承認は拒絶されたものとみなされた。
(4) ということは、原告と信友(被告大竹明新化学)又は被告中国塗料技研間の上記自己取引は旧商法265条1項に規定する取締役会の承認が得られなかったことになり、無効であることが確定した。そうであるならば、信友又は被告中国塗料技研から原告への「発意」も法的にはなかったことになり、本件システムの著作権は信友又は被告中国塗料技研に移転せず、原著作者である原告個人の下に留まる。
(5) したがって、原告は、被告らに対し、本件システムの著作権を有することの確認を求める。被告らは上記「発意」の否定にもかかわらず、原告への本件システムの著作権の帰属を否定し続けているから、確認の利益は存在する。
(6) もし上記「発意」が旧商法265条1項の適用を受けないのであれば、これは通常の法律行為となり、信友(被告大竹明新化学)又は被告中国塗料技研の取締役会の承認を要せずに直ちに有効となる。したがって、上記(2)の「発意」の内容に従って本件システムの著作権は原始的に原告に帰属する。
(7) そもそも著作権法15条2項に定める「職務著作」なるものは、被用者の著作物を雇用者である法人が何の補償もなしに一方的に?奪する制度であり、憲法29条1項の財産権不可侵の規定に違反する。
 仮にこれを適用したとしても、基本的人権に対する規制立法と同様の慎重な利益衡量がなされた上で、「限定的合憲解釈」が施されなければならない。その場合、著作を行った被用者の労働契約の内容、期間、被用者の地位、職務内容などを考慮した上で、著作に対する十分な補償が支払われているかどうかが厳格に審査されなければならない。
(8) 本件提訴は前訴確定判決の内容に基づくものであるから、既判力の発生する基準時たる事実審の最終口頭弁論終結時(平成22年12月22日)以後の事由(上記(3)の平成24年10月19日付けの被告らの拒否回答から派生した法律効果)によることは明らかなので、前訴確定判決には抵触しない。
(9) 被告らは、訴訟物が不特定であると主張するが、前訴第1審判決は、「原告が別紙著作権目録記載の「船舶情報管理システム」について著作権を有する旨の確認を求める」とし、訴訟物を特定し、前訴第2審判決も追認している。訴訟物が不特定だという被告らの主張はナンセンスである。
(被告らの主張)
(1) 訴訟物の不特定
 請求の趣旨第1項では、「船舶情報管理システム」に対する著作権とあるのみで、どのような内容の著作権なのか全く明らかでない。すなわち、原告が本訴で確認を求める著作物の特定(原告主張の著作権の特定)がなされておらず、これがなされない限り、本訴は不適法と断ぜざるを得ない。
(2) 前訴確定判決の既判力との抵触前訴確定判決により、原告・被告中国塗料間において、原告が本件システムの著作権を有しないことが確定した。
 しかるに、原告は、本訴にて、再度、被告中国塗料に対して本件システムの著作権の確認を求めているのであるから、本訴は前訴確定判決の既判力に抵触し、不適法却下を免れない。
(3) 訴権の濫用
 前訴確定判決の既判力は、被告中国塗料技研、被告大竹明新化学には及ばない。
 しかし、ひとたび判決が確定した以上は、その判決内容に終局性を与えて紛争の蒸し返しを禁じ、判決内容の解決規範としての通用力を確保するという既判力の意義からしても、被告を増やしただけで前訴と請求(訴訟物)を同じくする本訴は、民事訴訟制度の趣旨・目的に照らして著しく相当性を欠き、信義に反することが明白であるから、訴権を濫用するものとして訴えを却下すべきである。
(4) 原告の主張(1)ないし(8)はいずれも否認ないし争う。
 本件システムに係る法人としての信友・被告中国塗料技研の各発意が、原告と信友・被告中国塗料技研間の自己取引であるわけがない。
 このため、被告中国塗料技研と被告大竹明新化学は、原告の各催告に対して、趣旨が全く理解困難につき、その諾否の回答をすることなど到底でき兼ねる旨の回答をしている。
第3 当裁判所の判断
1 訴訟物の特定について
 原告は、請求の趣旨として「「船舶情報管理システム」に対する著作権」と記載しているが、本訴において原告が被告らに著作権の確認を求める「船舶情報管理システム」とは、前訴において被告中国塗料に著作権の確認を求めていた別紙著作権目録記載の船舶情報管理システム(本件システム)を指していることが明らかであるから、本訴の訴訟物は、本件システムの著作権として特定していると認められる。
2 前訴確定判決の既判力について
(1) 前提となる事実(2)のとおり、原告と被告中国塗料との間において、前訴の事実審の口頭弁論終結時である平成22年12月22日時点で、原告が本件システムの著作権を有しないことは既判力をもって確定している。
(2) 原告は、信友又は被告中国塗料技研の「発意」は、原告が信友の取締役又は被告中国塗料技研の代表取締役として行ったもので、原告と信友・被告中国塗料技研間の自己取引に当たるところ、前訴口頭弁論終結後に被告中国塗料技研は自己取引の承認を拒絶したから、発意は無効であることが確定した、著作権法15条2項は憲法29条1項に違反する、などと主張するが、これらの主張はいずれも前訴口頭弁論終結前に主張することができた主張であるから、被告中国塗料との関係では、前訴確定判決の既判力に抵触し許されない。
(3) なお、念のため判断すれば、著作権法15条2項にいう法人等の「発意」は法律行為でないから、旧商法265条1項にいう自己取引の問題が生じるものでないことは明らかであり、また著作権法15条2項が憲法29条1項に反するものでないことも明らかであって、原告の主張は失当である。
3 被告中国塗料技研、被告大竹明新化学に対する訴えの適法性について
(1) 被告中国塗料技研、被告大竹明新化学は前訴の当事者でもその承継人等でもないから、前訴確定判決の既判力が及ぶわけではない(民事訴訟法115条)。
(2) しかし、前訴と訴訟物や当事者が異なるなどして前訴判決の既判力が及ばないとしても、後訴が実質的に見て紛争の蒸し返しといえるときは、後訴の提起は信義則に照らして許されないと解するのが相当である。
 これを本件についてみると、前訴における原告の請求のうち著作権確認請求の訴訟物は、本訴の訴訟物と同一である。
 前訴における被告は被告中国塗料1社であり、本訴における被告は被告中国塗料技研、被告大竹明新化学を含む3社であるが、被告中国塗料技研は被告中国塗料の100パーセント子会社であり、被告大竹明新化学も被告中国塗料の子会社であって、被告中国塗料と利害関係は共通している。
 本件システムは原告が被告中国塗料技研あるいは信友に在籍中に作成したものというのであるから、原告は、前訴において被告中国塗料技研及び被告大竹明新化学に対しても著作権確認請求を求めること、前訴において本訴と同様の主張をすることに何の支障もなかったものである。
 被告らとしては、前訴確定判決の確定により、本件システムの著作権の帰属に関する原告との紛争は解決されたものと信じても無理はなく、本訴において本件システムの著作権の帰属を再び争うことは、被告らの地位を不当に長く不安定な状態におくものといえる。
 以上の事実に照らせば、本訴は、実質的には前訴の蒸し返しというべきであり、本訴の提起は信義則に照らして許されないものと解するのが相当である。
4 被告中国塗料に対する訴えの適法性について
 上記2で述べたことに照らせば、被告中国塗料に対する関係においても、本訴の提起は信義則に照らし許されないものと解するのが相当である。
5 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 大須賀滋
 裁判官 小川雅敏
 裁判官 西村康夫
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