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【事件名】教育事業者雑誌模倣事件
【年月日】平成25年11月29日
 東京地裁 平成24年(ワ)第18701号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成25年8月28日)

判決
原告 ネットスクール株式会社
同訴訟代理人弁護士 塩川哲穂
被告 TAC株式会社(以下「被告会社」という。)
被告 X(以下「被告X」という。)
被告両名訴訟代理人弁護士 原口健


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告に対し、各自金7596万3738円及びこれに対する平成24年7月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、自ら若しくは第三者をして、下記(1)及び(2)に掲げる行為をし、又はさせてはならない。

(1) 原告と雇用契約を締結している社員と接触若しくは連絡をし、原告を退職することを勧奨指嗾すること。
(2) 原告と業務委託契約を締結している第三者と接触若しくは連絡し、原告との契約解消を勧奨指嗾すること。
3 被告会社は、別紙差止事項目録記載の各行為をしてはならない。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、@被告らの背信的な引き抜き行為があったなどと主張して、<ア>被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求(以下「不法行為請求@」という。)として、7137万4238円(附帯請求として訴状送達の日の翌日である平成24年7月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の支払(請求1項のうちの一部)、<イ>営業権に基づく差止請求として、原告従業員及び原告と業務委託契約をしている第三者との接触等の禁止(請求2項)を求めるとともに、A被告会社の簿記検定試験受験誌において、原告発行の簿記検定試験受験誌が切り離し式暗記カードを付けていることなどを模倣しているから、原告の商品等表示と被告の商品等表示が同一又は類似であり、原告の編集著作物の侵害であるなどと主張して、<ア>被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求(以下「不法行為請求A」という。)として、458万9500円(附帯請求として上記@<ア>と同様の遅延損害金)の支払(請求1項のうちの一部)を求めるとともに、<イ>被告会社に対し、不正競争防止法3条1項又は著作権法112条1項に基づく差止請求として、被告会社発行の簿記検定試験受験誌に切り離し式の暗記カードを添付する等して出版、発売等を行うことの禁止を求めた事案である。
1 前提事実(証拠等を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)
(1) 原告
 原告は、教育出版物の企画・編集・発行、各種資格取得に係る教育事業等を業務とする会社である。
(2) 被告ら
 被告会社は、教育出版物の企画・編集・発行、各種資格取得に係る教育事業等を業務とする会社である。
 被告Xは、平成19年10月原告に入社し、講座運営本部を統括するゼネラルマネージャー(GM)を務め、平成23年10月31日原告を退職した。被告Xは、現在、被告会社出版事業部の事業部長を務めている。
(3) 原告従業員の転職
 A(以下「A」という。)、B(以下「B」という。)、C(以下「C」という。)及びD(以下「D」という。)は、原告の従業員であったが、被告Xの退職と同時期に、原告を退職し、被告会社に転職した。
(4) 原告発行の簿記検定試験受験誌
 原告は、日本商工会議所主催の簿記検定試験の試験日3か月位前から、当該試験に照準を合わせた受験誌を刊行しており(以下、このような原告刊行の受験誌を総称して「原告受験誌」という場合がある。)、日商簿記3級第130回(平成24年2月26日実施)では、「日商簿記3級 第130回を完全予想! ラストスパート模試」(甲16の1以下「原告第130回受験誌」という場合がある。)、日商簿記3級第131回(同年6月10日実施)では、「日商簿記3級 第131回を完全予想! ラストスパート模試」(甲17の1以下「原告第131回受験誌」という場合がある。)を刊行した。
 (甲16の1、甲17の1、弁論の全趣旨)
(5) 被告会社発行の簿記検定試験受験誌
 被告会社は、日本商工会議所主催の簿記検定試験の試験日3か月位前から、当該試験に照準を合わせた受験誌を刊行しており(以下、このような被告会社刊行の受験誌を総称して「被告受験誌」という場合がある。)、日商簿記3級第130回(平成24年2月26日実施)では、「第130回をあてるTAC直前予想 日商簿記3級」(甲16の2以下「被告第130回受験誌」という場合がある。)、日商簿記3級第131回(同年6月10日実施)では、「第131回をあてるTAC直前予想 日商簿記3級」(甲17の2以下「被告第131回受験誌」という場合がある。)を刊行した。
 (甲16の2、甲17の2、弁論の全趣旨)
2 争点
(1) 不法行為請求@の成否及び損害額(争点1)
(2) 営業権に基づく差止請求の成否(争点2)
(3) 不法行為請求Aの成否及び損害額(争点3)
(4) 不正競争防止法3条1項に基づく差止請求の成否(争点4)
(5) 著作権法112条1項に基づく差止請求の成否(争点5)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 不法行為請求@の成否及び損害額(争点1)
(原告の主張)
ア 不法行為該当性
(ア) 被告らは、以下のとおり、原告の事業に重大な損害を与える目的をもって、組織的、計画的、密行的に、原告の人員の不意打ち的な集団引き抜きや原告の業務委託先に対する契約解消策動等を行っており、就業規則35条、社員契約書9条にも違反するものであって、不法行為に該当することは明らかである。
(イ) 被告Xは、原告において、講座運営本部を統括するゼネラルマネージャーの地位にあり、年収も逐次増額されて1000万円を支給されるなど、幹部社員として役員とほぼ変わらない待遇を受けてきた者である。ところが、被告Xは、平成23年4月の段階から、前提事実(3)の集団的な引き抜き策動を開始し、原告教材企画本部のE及びFは、被告Xと行動をともにしていたAから「他言無用」と釘をさされた上で、被告会社への転職を勧誘されていた(甲4)。
 被告Xは、平成23年9月22日、原告本社ビル1階の喫煙所において、原告営業統括本部のG(以下「G」という。)に対し、被告会社への転職を勧誘した(甲6)。
 被告Xは、平成23年9月26日から同年10月5日にかけて、原告出版営業部のアシスタントマネージャーH(以下「H」という。)とメールでやりとりし、Hを極秘裡に喫茶店に誘い出し、原告への誹謗中傷を述べた上で、被告会社への転職を執拗に勧誘した(甲5)。
 被告Xは、平成24年2月1日、原告のI(以下「I」という。)に対し、メール送信し、同月7日、Aらととともに、Iをとんかつ屋に招き、その席で転職した場合の年俸等をオファーした。被告Xは、同月29日、Iを被告会社本社ビルに呼び、被告会社執行役員らと面談させ、転職した場合の待遇などに関する話をした。
(ウ) 被告X、被告会社取締役らは、平成24年2月15日、被告会社本社ビル5階会議室において、有限会社ワイ・エス・プランニング(以下「YSプランニング」という。)所属のJ(以下「J」という。)と面談し、「TAC(被告)は、資金力も豊富だ。その資金力を使って、これからネットスクール(原告)を本気でつぶしにかかる。」と述べた上で、「Jさんは、ネットスクール(原告)に関わっているようだから、ネットスクール(原告)の販促を辞めてもらいたい。」などと申し向け、原告との業務委託契約の解消を迫った(甲7)。
 なお、原告と業務委託契約を締結しているのは、YSプラニングではなく、Jであり、原告は、平成22年6月30日、Jと営業代行業務委託契約を締結し、以後、当該契約を更新している。
イ 損害額
 原告の損害額は、以下の合計7137万4238円である。損害の実情及び算出根拠は、甲13号証記載のとおりである。
(ア) 被告Xらによる原告従業員引抜等の行為によって生じた収益減少額1709万2447円(甲13・1頁)
(イ) 集団引抜行為等によって生じた業務支障に対応するため、正社員として新規採用することを余儀なくされたことによる平成24年3月末日限りでの負担額 360万8659円(甲13・1頁(1)a)
(ウ) 非常事態において責任をもって担当業務を承継遂行させるため、スタッフ(アルバイト)から正社員に引き上げざるを得なかったことによる平成24年3月末日限りでの人件費負担増加額 267万6821円(甲13・1〜2頁(1)b)
(エ) 上記事態に対応するため、新たにスタッフ(アルバイト)社員として採用せざるを得なくなったことによる人件費負担増加額 256万8175円(甲13・2頁(1)c)
(オ) 補充要員等の募集採用に直接要した費用 29万円(甲13・2頁(2))
(カ) 非常事態において責任をもって担当業務を承継遂行させるため、従前の賞与に特別上乗せ加算したことによる増加分総額 40万円(甲13・2頁(3))
(キ) 「講座」部門と「高校、大学、専門学校」部門における逸失利益被告Xらが担当していた「講座」部門と「高校、大学、専門学校」部門は、いずれも原告が戦略的成長部門と位置づけていたビジネスの基幹部門であった。
 平成23年11月から平成24年3月までの間、「講座」、「高校、大学、専門学校」両部門における上記伸び率から推計される収益見込額と被告Xらの集団退職後5か月間の収益総額(その後の5か月間も、従前の実績をそのまま維持したと想定した場合の額)との差額は、5か月分で1242万7261円(「販売管理費用」控除後)である。
 そして、原告が懸命の営業努力等をして徐々に回復を図ったとしても、被告Xらの所為による悪影響は、平成24年4月以降、少なくとも1年半(18か月間)は続くものと推定される。
 上記18か月の期間、原告に生ずる逸失利益(販売管理費控除後)の額は、平成23年11月から平成24年3月までの5か月間に原告が被った収益減少=実損害(「販売管理費用」控除後)の額とほぼ同程度と合理的に推計されるので、 5か月分の損害額1242万7261 円(「販売管理費用」控除後)を18か月分に引き直し計算すると、4473万8136円となる。
(計算式)12,427,261円×18÷5=44,738,136円
(被告らの主張)
ア 従業員の引き抜きについて
 そもそも、個人の転職の自由は最大限尊重されなければならないから、社員が在籍中に働きかけを行う場合といえども、単なる転職の勧誘をもって違法行為と評価することはできず、当該引き抜きが単なる転職の範囲を超え、社会的相当性を逸脱し、極めて背信的方法で行われた場合に初めて不法行為に該当するものというべきである。そして、社会的相当性を逸脱した引き抜き行為であるか否かは、転職する従業員の会社に占める地位、会社内部における待遇及び人数、従業員の転職が会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法等諸般の事情を考慮して判断すべきである。
(ア) まず、原告の従業員総数は約60名で、組織としては、社長のもとに管理本部、営業本部、講座運営本部、企画本部、教育開発本部の5部署があった。このうち最大の陣容は26名余りの教育開発本部であった。
 被告Xがゼネラルマネージャーとして統括を委ねられていた講座運営本部は、被告Xを含めて10名であった。被告X配下の従業員は9名で、うち被告X以外に被告会社に転職したのは2名である。
(イ) 被告Xが在職中に得ていた年収は前職の半分以下の金額であり、被告Xは期間1年の一契約社員にすぎなかった。
(ウ) B、A、C及びDは、自発的に退職の意思を固めたにすぎず、被告Xが転職、引き抜き勧誘を行った事実は一切ない。
 Bは、原告在籍時、講座運営本部に所属し、マネージャーとして被告Xの配下にあった。原告の自分に対する処遇に不満を募らせていたところ、被告Xが退職を表明したと聞きつけ、自ら行動をともにしたいと被告Xに頼み込んで、被告会社に転職したのであり、被告Xから働きかけを行ったことは一切ない。
 Aは、原告在籍時、教育開発本部に所属し、アシスタントマネージャー職にあった。原告若しくは役員らの顧客軽視の姿勢や従業員、アルバイト従業員に対する処遇に不審を抱き退職を決意する中で、別部署のBの動向を聞き及び、Bや被告Xとともに行動することとしたのである。
 Cは、原告在籍時、講座運営本部に所属し、アシスタントマネージャーとして被告Xの配下にあった。原告には平成21年10月に入社したが、同僚女性従業員に対する原告代表者のいじめを間近に見るなどし、1年を経ずして会社に失望し、被告Xとは全く別に退職を決意した後、上司であった被告Xに報告し、今後の身の振り方を相談する中で、被告会社に一緒に転職することとしたのである。
 Dは、原告在籍時、教育開発本部に所属し、編集業務に携わる従業員であった。書籍編集に関する原告の姿勢に疑問を抱く一方で、事務職への配置換えを打診されるなどして原告で勤務を継続する意欲を喪失し、契約期間が満了となるのをきっかけに退職の意思を伝えていたところに、BやAを通じて被告Xが被告会社に転職して出版の仕事に携わると聞き、自ら同行を願い出たのである。
(エ) G及びHは、被告Xにとってダイエックス出版在籍時の部下であり、被告Xが原告に入社する際、代表者を紹介して同時期に入社した経緯があった。両名は、いずれも営業本部傘下の出版営業本部に所属し、Gはマネージャー、Hはアシスタントマネージャーであった。
 被告Xは、両名らが入社後、原告に対する不満を口にすることもあったのを聞き知っていたこともあり、責任感や配慮から退社に当たって自分の身の振り方を個々に明らかにし、再度行動を共にする意向があるかどうかを確認することにしたのである。
 被告XがGと接触したのは、退職表明の少し前の平成23年9月22日頃で、たまたま原告会社喫煙室でGを見かけ、1回限りごく短時間立ち話をしたにすぎない。Gからの返答はなく、被告Xから問い合わせや再度の声かけをしたこともない。
 被告XがHと接触したのは、原告に退職を表明した平成23年9月26日以降のことで、直接に話をしたのは1回限り、数日後のメールで残留の意向を明らかにされてからは勧誘などしていない。被告Xが、メールの中でHに対し、その上司である「…初めてLさんと飲みました。いい上司で安心しました。(少しだけ)心配をせずに辞められそうです。ぜひ頑張って下さい。」と返信している(甲5)ことからも、被告Xが元部下の状況を心配して声を掛けたにすぎないことが明らかである。
(オ) 以上のとおり、被告Xが自ら転職を打診したのは、せいぜいH、Gの2名だけで、両名はともに退職、転職に至っていない。他の4名は自発的な退職、転職にすぎず、これら全員について、被告会社が関与した事実もない。
 被告Xが転職を勧誘して被告会社に移籍した原告従業員は結局ゼロ名であり、仮に同時期に行動をともにした4名をカウントするとしても、講座運営本部から2名、教育開発本部から2名が抜けただけで、各部署の基盤が揺らぐことはなく、原告の業務に悪影響を及ぼすことはなかった。
(カ) 被告Xは、Iが被告Xと同様ダイエックス出版出身であったことから、退職時に個人的な挨拶程度は交わしているが、転職の打診すらしていない。被告Xの退職後、どうしても会いたいと意思表示をしたのはIである。被告Xは、Iが、Aに対するメールの中で、原告に対する愚痴を述べていると知ったこともあり、Iの状況を憂慮し、その希望を叶えるべく面談の機会を作った。Iは、被告会社に移籍して是非TAC税理士講座で働きたいとの意向を明らかにしたため、被告Xは、どの程度の収入を期待しているのかを確認する意味で当時の年収を聞いたが、Iに対し700万円の条件提示をして移籍を勧誘したことなどない。その後、被告Xは、Iを被告会社の担当者に引き合わせたが、担当者は、Iを通常の就職希望者同様に遇し、入社した場合の就労条件などを説明しただけで、転職勧誘等は一切行わず、現に転職に至らなかった。
イ 業務委託契約の解消の求めについて
(ア) 被告会社は、平成14年頃から、YSプランニングに対し、被告会社指定地域内の書店向けに、被告会社の出版物の継続的販促業務を委託することを内容とする業務委託契約を締結し、当該契約を更新していた。
 YSプランニングは、平成20年初め頃より、被告会社に対し、原告との取引の許可を何度か申し出たが、被告会社は、簿記関係出版物について直接的な競合が生ずることとなるので謝絶し続けた。ところが、YSプランニングは、原告と同種契約を締結した上、Jにおいて原告から「エリアマネージャー」の肩書きを得て、その出版事業に携わり、他の原告従業員とのメールの中で、被告会社との業務委託契約に基づき知り得た情報や感想を漏らすようなことまでしていた。
(イ) 被告Xは、YSプランニングと原告との関係を確認し、関係解消が確約されれば契約更改も検討するつもりで、平成24年2月15日、YSプランニングのK(以下「K」という。)、Jを被告会社に呼び出したのである。
 平成24年3月初旬、Jより同月末日でYSプランニングを退社する旨の報告文書が届いた。しかし、現に違反状態が長期にわたって継続され、信頼関係も崩れたことから、被告会社は、被告Xを通じ、同月12日、Kに対し、同月末日限りで契約を解消する旨申し出、Kより承諾を得た。
(ウ) 原告との業務委託契約を締結している相手方がYSプランニングかJかは結論に大きな影響を与えるものではない。
 けだし、まず、Jが契約当事者だとしても、それは、事実上、YSプランニングにおいて、被告会社と業務委託契約を締結しながら、原告からも委託を受けることが当該契約に抵触することを慮り、契約違反の指摘を受けることを免れるため、脱法的に対処した結果にすぎず、被告会社との関係で実質的な利益相反行為を構成する点で異なることはないからである。
 第二に、契約当事者がJであろうがYSプランニングであろうが、被告会社がYSプランニングとの業務委託契約の本旨に基づき、上記のような利益相反行為について指摘し、その解消をJもしくはYSプランニング側に求めることには合理的理由があり、当該要求を行うこと自体が原告に対する不法行為を構成するはずがないからである。
ウ その他
 原告の就業規則35条は、退職後2年間の競業避止義務を定めるが、合理性もなく無制限な制限を設けるもので明らかに無効である。被告Xの社員契約9条は、在籍中の競業他社からの引き抜きに応じないことのほか兼任、関与を禁止したもので、本件とそもそも関係がない。
エ 損害額について
 原告の主張イ(ア)〜(カ)の事実は不知、その金額は争う。同イ(キ)の事実は否認し、その主張は争う。
(2) 営業権に基づく差止請求の成否(争点2)
(原告の主張)
 差止の権利構成の一つに営業権が含まれることは、裁判例も肯認してきたところである。本件においては、被告らの直接的、反復的、侵害的な引き抜き行為等により、原告は、その事業に甚大な損害を蒙っており、損害賠償のみでは抑止効果が不十分であるため、営業権に基づいて、被告らが原告と雇用契約を締結している従業員と接触等を行うことの禁止を求める。
(被告会社の主張)
 原告の主張は争う。
(3) 不法行為請求Aの成否及び損害額(争点3)
(原告の主張)
ア 不正競争防止法2条1項1号該当性
(ア) 商品の形態は、本来的には商品の出所を表示することを目的として選択されるものではないが、@特定の商品形態が同種の商品と識別し得る独自の特徴を有し、かつ、A当該商品形態が、相当期間継続的かつ独占的に使用されるか、又は、短期間でも強力な宣伝等が伴って使用されたような場合には、結果として、商品の形態が商品の出所表示の機能を有するに至り、かつ、商品表示としての形態が需要者の間で周知になっている場合には、不正競争防止法2条1項1号(周知表示混同惹起行為)の適用があることは、裁判例も肯認してきたところである。
(イ) 原告受験誌は、@切り離し式の暗記カードをつけてきたこと(甲16の1・15頁裏面の次に添付、甲17の1・15頁裏面の次に添付)、Aイベント(インターネット上、また会場に集客して行う試験前の予想大会)を設営して受講生を募集し、上記イベントを上記受験誌の宣伝販売等と連動させてきたこと(甲16の1・15頁裏面、甲17の1・15頁裏面、甲18の1)、B表題を印刷した本扉頁をつける旧来のオーソドックスな手法に捉われることなく、表題を印刷した本扉頁を省略する編集形態を採ってきたこと、C読者の目につきやすい表紙の裏面も有効活用するため、あえて裏面部分にダイレクトに文字を印刷してきたことの4点において、同種の商品と識別し得る独自の特徴、独創性を有するものである。
 別紙「素材の選択と配列等編集に関わる比較」(以下「本件比較表」という。)の上段に記載のとおり、上記@及びAは、被告Xらによる原告のノウハウ等の横流しにより、被告会社が、従前の編集形態(甲16の2)を一変させ、被告第131回受験誌(甲17の2)から、原告が独自に考案した切り離し式の暗記カードを書籍の中に組み込む手法等を模倣するようになるまで、同種の商品と識別し得る原告の受験誌独自の特徴であった。
 被告は、ダイエックス出版刊行の「無敵の簿記」(乙1)が、原告受験誌の原初形態であったなどと主張するが、両者は、誌面作り・編集に対する基本的なコンセプト・立脚点の根本的な相違から、その誌面形態、編集形態に顕著かつ重大な差異があり、それが両者の販売部数の格差と密接不可分の相関関係を有していた。
(ウ) 本件比較表上段に記載のとおり、原告は、平成20年4月20日の初版刊行時(第119回)から、原告が独自に考案した切り離し式の暗記カードを書籍の中に組み込むなどの編集形態等で、原告受験誌を各回刊行してきた(上記初版刊行日は、甲15・4頁の中段)。なお、本件比較表に付記したとおり、B本扉頁を省略する形態は、平成22年8月20日(第126回)からである。
 原告受験誌は、切り離し式の暗記カードを書籍の中に組み込むなどの原告が独自に考案したモデルが功を奏し、それらの特徴的な編集形態等が受講者層から高い評価を受けて、過去4年間、簿記検定試験受験誌の分野で、1級・2級・3級ともに首位の販売シェアを占めてきたのであり(甲14付属資料U−2のイ)、学習者、受講者を惑わす被告会社の不正競争行為がなければ、これまでの実績を下回ることなど起こり得なかった。上記事実だけからも、周知性及び混同惹起性の要件を充足していることは、明白である。
(エ) @切り離し式の暗記カードをつけることについては、原告受験誌の従前から続けてきた形態(甲16の1・15頁裏面の次に添付、甲17の1・15頁裏面の次に添付)と、被告第131回受験誌からの形態(甲17の2・G頁の次に添付)との比較により、同一であることは明白である。
 Aイベント(試験前の予想大会)との連動については、被告受験誌は、第131回から、原告受験誌の従前から続けてきたイベントと連動させる紙面形態(甲16の1・15頁裏面、甲17の1・15頁裏面、甲18の1)を模倣するようになった。すなわち、被告第131回被告誌(甲17の2)では、表表紙(厚紙)の表面左下に「第131回日商簿記検定 TAC無敵の予想大会 使用教材 詳細は裏表紙へ」との印字をし、裏表紙(厚紙)の裏面下段に「TAC 日商簿記検定第131回無敵の予想大会 のお知らせ」とのタイトルを付して、開催日時・場所を掲載する形態を採るに至っている。被告会社は、第131回試験向けで連動型としては初めて模倣し、受験誌(甲17の2)に掲載のうえ実施した事実(3級用には、平成24年5月20日、TAC渋谷校にて実施)はあるが、第131回段階では、WEB上ではなく、物理的な場所(会場)で実施しており、原告受験誌の従前から続けてきたWEBと連動させる紙面形態と完全に同一ではない。しかし、イベント(試験前の予想大会)と連動させる紙面形態という点において、類似であることは明白である。そして、被告会社のホームページの抜粋記事(甲18の2)、被告Xが原告ビジネスモデルを推進する部門の責任者であったことなどから、被告会社が今後原告のモデルを完全に模倣してくる可能性が極めて高い。
 B表題を印刷した本扉頁を省略する編集形態、C裏面も有効活用するため、裏面部分にダイレクトに文字を印刷していることの2点については、双方の受験誌の紙面形態等を比較すれば、それらの同一性を容易に判定できる。
イ 編集著作物の侵害
(ア) 原告は、携帯に便利で暗記理解するための最有効手段として、独自に切り離し式の暗記カードという素材を考案のうえ選択し、平成20年4月20日の初版刊行時(第119回)から、原告受験誌の中に組み込むこととした(甲16の1・15頁裏面の次に添付、甲17の1・15頁裏面の次に添付)。
 そして、原告は、暗記カードという素材を読者に強調するために、毎号の原告受験誌の表紙(表面)には暗記カード付きと必ず明示し、原告の素材選択の特色を表示してきた(甲16の1及び甲17の1の各表紙の表面)。
 暗記カードの形態については、平成20年4月20日の初版刊行時(第119回)から一貫して、受験者が切り離しカードとして持ち歩き利用できるように、暗記カードに網目もしくはミシンマークを施し(甲16の1・15頁裏面の次に添付したカード実物を参照)、サイズも縦6センチメートル横10センチメートルと継続実施してきた。
 原告は、暗記カードを、毎号の受験誌で必ず特定の部位、すなわち巻頭部、前付け部分で「日商x級の合格(とお)り方」、「ファイナルチェックリスト」の次の部位(甲16の1・15頁裏面の次に添付、甲17の1・15頁裏面の次に添付)に挿入添付することにしている。その理由は、受験者が、受験直前にこの本で予想問題を学習するに当たり、自己の学習姿勢と学習した全知識をチェックしたうえで、本人がもっとも効果的な学習方法をとるために、受験者がまず最初に重要仕訳に想到してもらうようにするためである。
 また、原告は、暗記カードという素材の内容ないし配列等についても、創作と工夫を凝らしてきた。内容については、直前回もしくはその前の回の日商簿記試験の内容を徹底的に分析し、その模擬試験本の4回分の予想問題(第1予想、第2予想、第3予想、ウラ予想)を総合的に反映した重要な仕訳内容などを、暗記カードの内容に反映させる独自の編集を行ってきた。配列については、2級、3級の簿記試験受験者向けでは、試験本番で特に重要な設問の第1問の解答率をアップさせるための配列とした。試験本番では5問が出題されるが、スタートからつまずかないようにするためには、特に第1問が重要であり、その受験対策として、暗記カードを予想される設問に対する重要な仕訳方法を受験者に頭の中で具体的に要約整理してもらえる配列にしたのである。
 さらに、原告は、簿記に関する重要な仕訳を、暗記しやすくするため、平成20年頃から、日商簿記2級の工業簿記の範囲を暗記カードの内容に取り入れて試験内容に符合させる等の改良も重ねてきた。
(イ) 本件比較表のとおり、予想イベントとの連動という素材の選択は、平成20年4月20日の初版刊行時(第119回)から4年間、原告受験誌(甲16の1、甲17の1)のみが行ってきたことであり、被告受験誌を含め他の受験誌は、全く採用していなかった(甲16の2)。
 被告会社は、第131回試験向けでイベント連動型としては初めて模倣し、受験誌(甲17の2)に掲載のうえ実施した事実(3級用には、平成24年5月20日、TAC渋谷校にて実施)はあるが、第131回段階では、WEB上ではなく、物理的な場所(会場)で実施しており(甲17の2裏表紙の裏面の下段に記載されている開催場所)、原告受験誌の従前から続けてきたWEBと連動させる紙面形態(甲16の1・15頁裏面、甲17の1・15頁裏面)と、完全に同一ではない。すなわち、被告第131回受験誌(甲17の2)では、表表紙(厚紙)の表面左下に「第131回日商簿記検定 TAC無敵の予想大会 使用教材詳細は裏表紙へ」との印字をし、裏表紙(厚紙)の裏面下段に「TAC日商簿記検定第131回 無敵の予想大会 のお知らせ」とのタイトルを付して、開催日時・場所を掲載する形態を採っている。しかし、被告会社のホームページの抜粋記事(甲18の2)などから、被告会社が今後原告の素材選択の手法を完全に模倣する可能性が高い。
(ウ) 日商簿記試験の受験誌でも本扉頁をつける編集方法が一般的であった(被告会社の甲16の2)。しかし、原告は、受験者に対して受験勉強の内容を簡潔明瞭、かつ、ストレートに訴求できるようにするため、本扉頁を省略する編集形態を独自に考案し、平成22年8月20日(第126回)から、継続実施してきた。
 被告は、本扉頁を省略する編集形態を、第131回(甲17の2)から、切り離し式の暗記カードなどの素材とワンパックで完全に模倣するに至ったものである。
(エ) 本の表紙の裏面は、白紙とすることが受験紙一般の編集形態であり、現に被告受験誌も白紙にしてきた(甲16の2)。これに対して、原告は、受験者を激励する文言や試験直前の予想情報を、表紙の裏面で受験者が一番目につきやすい部位に、ダイレクトに印字する編集形態ないし紙面構成を早くから採ってきた。
 被告会社は、この編集形態についても、第131回(甲17の2)から完全に模倣するに至った。
ウ 損害額
 原告の損害額は、以下の合計458万9500円である。損害の実情及び算出根拠は、甲14号証記載のとおりである。
(ア) 被告会社が原告のビジネスモデル等を完全模倣した被告第131回受験誌刊行による原告の収益減少額 96万1450円(甲14・1頁A)
 原告受験誌は、原告独自のノウハウ等が功を奏し、これまで簿記検定試験受験誌の分野で、各級1位の販売シェアを占めてきたのであり(甲14の付属資料U−2のイ)、被告会社の不正競争行為がなければ、これまでの実績を下回ることなど起こり得なかった。
 原告のノウハウ等を完全模倣した被告第131回受験誌の発刊によって、原告第131回受験誌は、販売数の減少を余議なくされ、それによる収益減少額(平成24年3月から5月までの3か月間)は、上記のとおりである(算出根拠は、甲14の付属資料U−1に示すとおりである)。
(イ) 今後、被告会社が、第132回以降も原告のノウハウ等を模倣した被告受験誌を刊行し続けることにより原告が蒙る損害の額 362万8050円(甲14・2〜3頁B)
 今後出版する第132回以降の原告受験誌については、平成24年6月から1年半の間に限っても、原告には、少なくとも上記(ア)と同等同額の損害が発生することが確実に見込まれる。
 甲14号証の付属資料U−2のロ)が示すとおり、被告会社の違法な不正競争行為の継続により、原告の出版事業が平成24年6月から1年半の間に蒙る損害の金額は、362万8050円と算定される。
(被告らの主張)
ア 不正競争防止法2条1項1号該当性について
 商品の形態とは、商品の形状、模様、色彩、光沢等外観上認識し得るものをいい、専ら外形的で可視的な要素を主体として成り立つものである。原告が模倣、類似性を主張する要素は、いずれも単なるアイデアもしくは原告の用語例に従えば「編集形態」とか編集方針のように不可視的なものにすぎないから、これらが商品の形態として営業表示ないし商品等表示と認められる余地はない。
 原告受験誌は、もともと被告Xが在籍していたダイエックス出版刊行の受験誌「無敵の簿記」の編集方針と同様のものを、移籍した同被告の具申に基づきアイデアとして採用したにすぎない。
 例えば、被告Xの指揮のもとで、ダイエックス出版から平成15年9月24日に発行された「無敵の簿記2級03年11月/04年2月検定向け」は、切り離し式暗記カードを綴じ込み、「『無敵の簿記』愛読者限定の大特典!」と謳って、直前的中答練、模擬試験等の案内、宣伝を行い、本試験後の解答速報会開催の告知を掲載するなどしており、表紙の裏面に文字をダイレクト印刷している。原告が自らの商品等表示と同一と主張する編集方針は、そのほとんどが上記「無敵の簿記」のそれと共通するもので、もとより継続的かつ独占的に使用されてきたものなどではない。
 周知表示混同惹起行為の主張をする以上、原告主張の編集形態等が受験者層の間で原告の営業表示として周知であり、その類似により原告受験誌と被告受験誌について商品の出所に関する混同が生じたことを主張、立証しなければならないはずである。要は、第131回以降の受験誌について、受験誌を購入する受験生らが、原告受験誌と被告受験誌を取り違えて購入したり、少なくとも購入する可能性を生じたと客観的に認められることが必要となるが、購入者は、受験誌購入に当たり、認識し得る外観、具体的には主として外表紙の題号やそこに付された出版社名、商号などに注目して出所(出版社)を識別し、購入に至るのである。
 本件では、原告受験誌の外表紙は、第130回、第131回で下帯位置の色が青から緑に変更された点を除き、題号、コピー文の内容及び配置、合格者が胴上げされているカラフルな表紙絵イラストやこれらの配色がすべて同一で、当該表紙のデザイン、色彩自体が一定の商品等表示性を獲得しており、購入者はこれと「ネットスクール出版」という表記により原告の受験誌であることを識別すると思われる。
 他方、被告受験誌外表紙は、第130回、第131回で、題号、コピー文やデザイン、色彩が異なり、もとより原告受験誌との類似性も認められない。なおかつ、第130回では「TAC直前予想」という大書のほかに、下帯位置に「資格の学校TACの〜」と白抜き中書表記、右中段下寄りに「TAC簿記検定講座」の黒字小書表記、右下隅に「TAC出版」と出版社名表記が重なっており、第131回でも「TAC直前予想」「『簿記のTAC』だから、」という大書表記2箇所を含め、合計5箇所に「TAC」の表記がある。このようにくどいほど被告会社の標章が明記されているのであるから、編集形態、方針の類似により被告受験誌を原告受験誌と取り違える(混同)ことなど、およそ想起し難い。
イ 編集著作物の侵害について
 原告主張の4つの編集方針のうち、素材の選択又は配列に該当する余地があるのは、せいぜい切り離し式暗記カードの綴じ込みだけであり、他は、文字どおりの方針もしくはアイデアの類で、素材を選択又は配列したものとは評価し得ない。編集著作物の保護というのは、純粋な編集方法というアイデアを保護するのではなく、具体的な編集物に具現化された編集方法を保護するものである。
 また、切り離し式暗記カードの綴じ込みさえも、既に昭和63年頃には他出版社で学習参考書などに採用、実施されていた手法であり、日商簿記試験受験誌でも以前に行われていたのと同じアイデアを採用しただけであるから、編集著作物としての創作性を生ずる余地などない。
 したがって、原告主張の4つの編集方針に関し、原告受験誌に編集著作権の成立を認めることはできないし、もとより被告第131回受験誌に原告の編集著作権の侵害など存在しない。
ウ 損害額について
 原告の主張ウ(ア)のうち、原告第131回受験誌の販売数が減少し、収益が減少したことは不知、これが被告TACの不正競争行為によるものであることは否認し、その主張は争う。同ウ(イ)は否認する。
(4) 不正競争防止法3条1項に基づく差止請求の成否(争点4)
(原告の主張)
 被告の模倣行為は、公正かつ自由な競争原理によって成り立つ取引社会において、著しく不公正な手段を用いて原告の法的保護に値する出版事業活動上の利益を侵害するものであるため、原告は、不正競争防止法3条1項に基づいて、被告受験誌に切り離し式の暗記カードを添付する等して出版、発売等を行うことの禁止を求める。
(被告会社の主張)
 原告の主張は争う。
(5) 著作権法112条1項に基づく差止請求の成否(争点5)
(原告の主張)
 被告会社の模倣行為は、原告の有する編集著作権を侵害するものであるから、原告は、著作権法112条1項に基づいて、被告受験誌に切り離し式の暗記カードを添付する等して出版、発売等を行うことの禁止を求める。
(被告会社の主張)
 原告の主張は争う。
第3 当裁判所の判断
1 不法行為請求@の成否及び損害額(争点1)について
(1) 従業員の引き抜きについて
ア 後掲の証拠等によれば、以下の各事実が認められる。
(ア) 原告は、平成23年8月8日当時、管理本部(総務・人事部、経理部)、営業本部(出版営業本部、法人営業部)、講座運営本部(講座企画運営部、直販・広報部)、企画本部(企画・編集、企画・開発、学習者支援企画部)及び教育開発本部(教材開発部)の組織構成であり、取締役3名のほか、兼務の者を除いて、ゼネラルマネージャー(GM)2名、マネージャー(M)6名、アシスタントマネージャー(AM)8名、一般従業員6名、スタッフ(アルバイト従業員)23名、エリアマネージャー7名(労働契約以外の契約形態の者)の人的構成(合計55名)であった。被告Xは、講座運営本部のゼネラルマネージャーであり、同本部直販・広報部のマネージャーを兼ねていた。Bは同本部講座企画運営部のマネージャー、Cは同本部直販・広報部のアシスタントマネージャー、Aは教材開発本部教材開発部のアシスタントマネージャー(開発担当)、Dは同部の一般従業員(編集担当)であった。また、Gは営業本部出版営業部のマネージャー、Hは同部のアシスタントマネージャー、Iは教材開発本部教材開発部のアシスタントマネージャー(開発担当)であった。
(甲5、6、10、乙12〜16、原告代表者本人、被告X本人、弁論の全趣旨)
(イ) 被告Xは、昭和54年、大栄教育システム株式会社(後に「ダイエックス株式会社」以下「ダイエックス」という。)に入社し、その出版部門である「大栄出版」(後に「ダイエックス出版」)の創設に関わり、平成7年5月には、専務取締役事業本部長に就任した。Xは、平成17年4月、ダイエックスの営業譲渡に伴い、その営業譲渡を受けた会社(ロイヤル商事)に移籍し、平成19年10月、原告に入社した。G及びHは、被告Xのダイエックス在籍時の部下であり、被告Xと同時期に原告に入社した。また、Iは、平成10年、ダイエックスに入社し、その後、転職を経て、平成23年6月、原告に入社した。
(甲22、乙16、被告X本人)
(ウ) 被告Xは、平成23年9月22日、原告の喫煙所で顔を合わせたGに対し、原告を退職して被告会社に就職するので一緒に来ないかと勧誘したが、Gは肯定的な返事をしなかった。その後、被告Xは、Gに対して同様の勧誘をしなかった。
(甲6、乙16、被告X本人)
(エ) 被告Xは、平成23年9月26日、Hに対し、「極秘で2人で会いたいんだけど、悪い話ではありません!」などと記載されたメールを送付し、同月29日、喫茶店において、Hに対し、被告会社に就職するので一緒に来ないかなどと勧誘した。しかし、Hは、同年10月4日、被告Xに対し、「正直悩みましたがNSに残ることに決めました。」などと記載されたメールを送付し、被告Xの勧誘を断った。その後、被告Xは、Hとメールのやり取りをしているが、Hに対して同様の勧誘をしなかった。
(甲5、乙16、被告X本人)
(オ) 被告Xは、平成23年10月31日、原告を退職し、同年11月1日、被告会社に入社し、平成24年3月1日、被告会社出版事業部の事業部長に就任した。B、A、C及びDは、被告Xと同様に、平成23年10月31日、原告を退職し、同年11月1日、被告会社に入社した。
(乙12〜16、被告X本人)
(カ) 被告Xは、平成24年2月7日、とんかつ屋において、Iと面談し、被告Xの計らいにより、Iは、同月29日、被告会社において、その担当者から就労条件の説明を受けた。その後、被告Xや被告会社担当者は、Iと面談することはなく、Iは原告を退職することはなかった。
(甲22、乙16、弁論の全趣旨)
イ 以上に基づいて、従業員の引き抜きについて検討する。
 実際に原告を退職したB、A、C及びDについては、これらの者の陳述書(乙12〜15)をみても、被告Xの勧誘が原告の退職の契機であった旨の記載はない。むしろ、同人らは、それぞれ退職の理由(Bについては子どもをサポートする時間の確保等、Aについては会社の経営姿勢に対する疑問、Cについては会社の将来性に対する不安等、Dについては希望する編集職から事務職への配置替えに対する不満)を具体的に述べており、それぞれ信憑性が認められる。そうすると、被告XとB、A、C及びDは、同じ時期に原告を退職して被告に就職しているものの、これによって直ちに被告らの引き抜き行為が推認されるものではないし、その他これを的確に認めることができる証拠もない。
 E及びFについては、原告の主張によっても、Aが転職の勧誘を行ったのであり、当該勧誘が被告らの指示で行われたなどの被告らの関与を示す事情は見当たらない。
 G及びHについては、確かに、被告Xは、G及びHに対して行動をともにするように勧誘しているが、当該勧誘はいずれも1回限りである上、その態様が社会的相当性を逸脱したものであるとも認められない。しかも、G及びHは原告を退職したものではない。
 Iについては、被告XがIと面談した経緯が必ずしも判然としないものの、Iは、被告会社において、担当者の就労条件の説明を受けた後、被告Xや被告会社担当者は、Iと面談することがなかったことに照らすと、被告XがIを勧誘したと認めるに足りる事情は存しない。
 以上に照らすと、被告Xがその退職時に原告従業員に対してした働きかけは、社会的相当性を逸脱したものとは認められない。
 原告は、違法な行為を基礎付ける事情として就業規則35条(甲2)や社員契約9条(甲1)の存在を主張するが、これらの競業禁止義務や兼業禁止規定が存在するからといって、上記被告Xの行為が違法となるものとはいえない。
ウ したがって、被告らが違法な引き抜き行為を行ったとは認められない。
(2) 業務委託契約の解消の求めについて
ア 原告は、被告らが、平成24年2月15日、原告の業務委託契約先であるJに対し、原告との業務委託契約の解消を求めた旨主張する(なお、原告の従前の主張では、業務委託契約の相手方はYSプランニングであった。)。
 上記のとおり、原告は、業務委託契約の相手方について、YSプランニングからJに主張を訂正しているが、これを裏付けるJとの契約書は提出されていない。また、原告代表者は、その本人尋問において、JがYSプランニングを退職した後に業務委託契約を締結した旨供述しているが、JのYSプランニング退職は平成24年3月末である(乙9の1、乙10の1)から、原告代表者の供述に従えば、被告らが業務委託契約の解消を求めた同年2月15日よりも後に、原告とJとの業務委託契約が締結されたことになり、事実関係が矛盾することになってしまう(なお付言すると、原告は、準備書面においては、Jとの業務委託契約の締結日を平成22年6月30日と主張している。)。
 以上のとおり、原告の主張と原告代表者の供述は整合しておらず、この点についての原告の主張を採用することはできない。
 被告らが業務委託契約の解消を求めた平成24年2月15日において、JはYSプランニングの従業員であったのであるから、その当時において、原告の業務契約締結の相手方がJであったとは認め難い。
イ そこで、念のため、原告の業務契約締結の相手方がYSプランニングであるとして検討する。
 証拠(甲7、乙8、16、被告X本人)によれば、被告会社は、平成14年頃、YSプランニングとの間で、首都圏郊外エリア・北関東エリア全域における書店向け販売促進業務を委託する旨の契約を締結し、当該契約が更新されていたこと、当該契約書4条1項(ただし、平成17年10月1日付けのものである。)では、YSプランニングの善管注意義務が定められていること、被告Xは、平成24年2月15日、J及びKに対し、原告とYSプランニングとの業務委託契約の解消を求めたことがそれぞれ認められる。
 そして、原告とYSプランニングとの業務委託契約は、被告会社とYSプランニングのものと同様の契約であると推認されるが、原告と被告会社が簿記検定試験受験誌等の分野において競合することを考えれば、YSプランニングは被告会社に対する善管注意義務を全うできないおそれがあったというべきである。
 そうすると、被告らがYSプランニングに対して原告との業務委託契約の解消を求めたことが社会的相当性を欠くとはいい難い。
ウ したがって、被告らがYSプランニングに対して原告との業務委託契約の解消を求めたことが違法とは認められない。
(3) 小括
 以上のとおり、被告らが違法な引き抜き等を行ったとは認められないから、その余について判断するまでもなく、不法行為請求@は理由がない。
2 営業権に基づく差止請求の成否(争点2)について
 前記1のとおり、被告らが違法な引き抜き等を行ったとは認められないから、その余について判断するまでもなく、営業権に基づく差止請求は理由がない。
3 不法行為請求Aの成否及び損害額(争点3)について
(1) 不正競争防止法2条1項1号該当性について
ア 原告受験誌は、@切り離し式の暗記カードをつけてきたこと、Aイベントを設営して受講生を募集し、上記イベントを上記受験誌の宣伝販売等と連動させてきたこと、B表題を印刷した本扉頁をつける旧来のオーソドックスな手法に捉われることなく、表題を印刷した本扉頁を省略する編集形態を採ってきたこと、C読者の目につきやすい表紙の裏面も有効活用するため、あえて裏面部分にダイレクトに文字を印刷してきたことの4点において、同種の商品と識別し得る独自の特徴、独創性を有するなどとして、上記@〜Cの形態が不正競争防止法2条1項1号の商品等表示として保護される旨主張する。
 そこで検討するに、不正競争防止法2条1項1号は、他人の商品等表示として需要者の間に広く認識されているものと同一又は類似の商品等表示を使用等する行為を不正競争行為と規定することにより、周知な商品等表示の持つ出所表示機能を保護するものである。そして、商品の形態は、商品の機能を発揮したり商品の美感を高めたりするために適宜選択されるものであり、本来的には商品の出所を表示する機能を有するものではないが、ある商品の形態が他の商品に比べて顕著な特徴を有し、かつ、それが長期間にわたり特定の者の商品に排他的に使用され、又は短期間であっても強力な宣伝広告等により大量に販売されることにより、その形態が特定の者の商品であることを示す表示であると需要者の間で広く認識されるようになった場合には、商品の形態が同号により保護されることがあるものと解される。
イ これを本件についてみるに、商品の形態とは、需要者が通常の用法に従った使用に際して知覚によって認識することができる商品の外部及び内部の形状並びにその形状に結合した模様、色彩及び質感をいう(不正競争防止法2条4項参照)から、上記A、Bは、アイデアであるとはいえても、商品の形態であるということはできない。
 また、上記@について、具体的には、原告第130回受験誌では、A4版の紙面1枚のうち、縦29.7cm横20cmの部分について、縦約5.9cm横10cmに分けて切り目(ミシン目)を入れ、切り離しができる10個の暗記カードを作成し、カードの表に問題をカードの裏に解答を記載して、合計25個の暗記カードを添付している(甲16の1)。原告第131回受験誌でも同様に25個の暗記カードを添付している(甲17の1)。これらの暗記カードは、予想問題、答案用紙、解答・解説の合計95頁(第130回)又は90頁(第131回)からなる原告受験誌において6頁を占めるにすぎない。
 原告は、切り離し式の暗記カードをつけてきたことを商品の形態と主張するが、切り離し式という機能に着目するものであって、具体的な暗記カードの形態について主張するものではなく、このような暗記カードを受験誌である原告商品の形態と認めることは困難である。
 そして、証拠(乙1、4、5)によれば、「無敵の簿記 03年6月検定まるごと直前対策 2級」(ダイエックス出版・平成15年3月30日発行)では、B5版の紙面1枚のうち、縦25.7cm横16.8cmの部分について、縦約5.1cm横8.5cm・8.3cmに分けて切り目(ミシン目)を入れ、切り離しができる10個の暗記カードを作成し、カードの表に問題をカードの裏に解答を記載して、合計70個の暗記カードを添付していたこと、同様にB5版の書籍である「いざ!合格 無敵の社労士 2002−直前対策」(ダイエックス出版・平成14年7月17日発行)、「無敵の宅建2003−1」(ダイエックス出版・平成15年6月18日発行)でも、紙面1枚のうちに切り離しができる10個の暗記カードを作成して、暗記カード合計80枚を添付していたことがそれぞれ認められる。
 そうすると、仮に、切り離し式の暗記カードが商品の形態であるとして検討しても、目新しいものではなく、ありふれたものであって、他の商品と比較して顕著な特徴を有するものではないから、不正競争防止法2条1項1号の商品等表示として保護されるものではない。
ウ 上記Cの表紙の裏面にダイレクトに文字を印刷することは、商品の形態とは認めが難いし、仮に、これを商品の形態としてみても、上記「無敵」のシリーズ(乙1、4、5)で既に採用されているものであって、他の商品と比較して顕著な特徴を有するものではなく、不正競争防止法2条1項1号の商品等表示として保護されるものではない。
エ 以上のとおり、原告受験誌の切り離し式の暗記カード等は、不正競争防止法2条1項1号の商品等表示として保護されるものではない。
 したがって、その余について判断するまでもなく、被告受験誌が不正競争防止法2条1項1号に該当するとは認められない。
(2) 編集著作物の侵害について
ア 原告は、@切り離し式の暗記カード、A予想イベントとの連動、B本扉頁を省略する編集形態、C表紙の裏面部位にダイレクトに印字する編集形態を選択したとして、これらの4点において、編集著作物である旨主張する。
イ そこで検討するに、著作権法12条1項は、編集物でその素材の選択又は配列に創作性のあるものを著作物(編集著作物)として保護する旨を規定するが、これは、素材の選択・配列という知的創作活動の成果である具体的表現を保護するものであり、素材及びこれを選択・配列した結果である実在の編集物を離れて、抽象的な選択・配列方法を保護するものではないと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、原告は、上記A、Bについては、抽象的な選択あるいはアイデアを主張するにすぎないのであって、原告受験誌の具体的表現に基づいて主張するものではないから、上記A、Bが編集著作物であるとは認められない。
ウ 次に、上記@の切り離し式の暗記カードについて、原告は、模擬試験本の4回分の予想問題を総合的に反映した重要な仕訳内容などを暗記カードの内容に反映させる独自の編集を行い、また、試験本番で特に重要な設問の第1問の解答率をアップさせるための配列としたなどと主張する。
 しかし、被告第130回受験誌には暗記カードが存在しておらず(甲16の2)、原告が編集著作権の侵害を主張する被告第131回受験誌の問題の選択、配列の内容は原告第130回受験誌及び原告第131回受験誌の内容とは全く異なっており、原告の主張する切り離し式の暗記カードの編集著作物性の有無にかかわらず、侵害が成立しないことは明らかである。
エ 上記Cの表紙の裏面部位にダイレクトに印字する編集形態については、素材の選択、配列を主張しているものとは解されないから、編集著作物の主張として主張自体失当である。また、被告受験誌第130回は表紙の裏面は白紙であり(甲16の2)、原告が侵害を主張する被告受験誌131回は、表紙の裏面に印字があるものの、その素材の選択、配列は原告受験誌第130回、原告受験誌第131回のいずれとも大きく異なっている。
オ したがって、その余について判断するまでもなく、被告受験誌が原告の編集著作物を侵害するとは認められない。
(3) 小括
 以上のとおり、その余について判断するまでもなく、不法行為請求Aは理由がない。
4 不正競争防止法3条1項に基づく差止請求の成否(争点4)について
 前記3(1)のとおり、被告受験誌が不正競争防止法2条1項1号に該当するとは認められないから、その余について判断するまでもなく、不正競争防止法3条1項に基づく差止請求は理由がない。
5 著作権法112条1項に基づく差止請求の成否(争点5)について
 前記3(2)のとおり、被告受験誌が原告の編集著作物を侵害するとは認められないから、その余について判断するまでもなく、著作権法112条1項に基づく差止請求は理由がない。
6 結論
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 大須賀滋
 裁判官 小川雅敏
 裁判官 西村康夫
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