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【事件名】システム開発ソフトの著作権料未払い事件(2)
【年月日】平成25年11月27日
 知財高裁 平成25年(ネ)第10058号 未払著作権料請求控訴事件
 (原審・大阪地裁平成23年(ワ)第12939号)
 (口頭弁論終結日 平成25年10月7日)

判決
控訴人 亡P1訴訟承継人 P2
控訴人 亡P1訴訟承継人 P3
控訴人 亡P1訴訟承継人 P4
控訴人ら訴訟代理人弁護士 藤尾順司
被控訴人 株式会社なうデータ研究所
訴訟代理人弁護士 田中雅敏
同 宇加治恭子
同 山大地
同 鶴利絵
同 柏田剛介
同 生島一哉
同 新里浩樹
同 浦川雄基
同 小蜚佳
同 池辺健太


主文
1 控訴人らの控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人P2に対し、1282万6296円及びこれに対する平成18年12月1日から支払済みまで年8%の割合による金員を支払え。
3 被控訴人は、控訴人P3に対し、641万3148円及びこれに対する平成18年12月1日から支払済みまで年8%の割合による金員を支払え。
4 被控訴人は、控訴人P4に対し、641万3148円及びこれに対する平成18年12月1日から支払済みまで年8%の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
 以下、控訴人(原審原告)を「控訴人」と、被控訴人(原審被告)を「被控訴人」といい、原判決における「原告」を「控訴人」と、「被告」を「被控訴人」とする(本判決において、原則として、原判決で用いられた略語を使用する。)。
1 事案
 P1は、被控訴人の取締役であった。P1と被控訴人との間で、P1を著作権者と、被控訴人を使用者とし、P1は被控訴人に対し、P1が著作権(P5との共有)を有する電子計算機用のプログラムであるDSP(プログラムの著作物)の使用、複製、販売等を許諾することとし、他方、被控訴人はP1に対し、DSPの使用、複製、販売等につき使用許諾料を支払う旨の契約(本件使用許諾契約)を締結した。その後、被控訴人がアトリスに対して、同社のコンピュータにDSPを複製し、使用をすることを許諾したことから、P1の成年後見人が法定代理人として、被控訴人に対し、本件使用許諾契約に基づき、使用許諾料2565万2592円及びこれに対する平成18年12月1日から支払済みまで約定利率である年8%の割合による遅延損害金の支払を求めた(原審における訴訟係属中にP1は死亡したため、P1の相続人である控訴人らがP1の訴訟上の地位を承継し、被控訴人に対し、控訴人P2は使用許諾料1282万6296円及びこれに対する同日から上記割合による遅延損害金、控訴人P3及び同P4は、それぞれ使用許諾料641万3148円及びこれに対する同日から上記割合による遅延損害金の支払を求めた。)。
 これに対して、被控訴人は、被控訴人がP1に技術顧問料として月額50万円を支払い、また被控訴人が有する診療支援知識ベースの著作権をP1に譲渡することとし、その代わり、P1は、被控訴人がアトリスへDSPを貸与したことに関する過去分の請求を不問とすること等を内容とする合意(本件合意)が成立したから、P1の被控訴人に対する請求権は消滅したなどと反論した。
2 原審の判断
 原審は、P1と被控訴人との間で本件合意が成立したことにより、アトリスへのDSPの貸与に関し、P1の被控訴人に対する請求権が存在したか否かにかかわらず、その請求はできないものとなったと判断して、控訴人らの請求をいずれも棄却した。
 控訴人らは、原判決の取消し等を求めて、控訴を提起した。
3 判断の基礎となる事実及び争点
 原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」「1 判断の基礎となる事実」及び「2 争点」(原判決2頁21行目ないし4頁7行目)記載のとおりであるから、これを引用する。
第3 当事者の主張
 以下のとおり付加、訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当事者の主張」(原判決4頁8行目ないし8頁11行目)記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決8頁2行目ないし4行目を、次のとおり改める。
 「上記の諸事情に照らすと、P1と被控訴人との間で、本件合意が成立したと認めることはできない。
イ また、以下のとおり、本件合意に係るP1の意思表示には要素の錯誤があり、本件合意は無効である。
(ア) P1は、被控訴人から虚偽の説明を受けたため、@被控訴人のアトリスへのDSPの使用許諾の目的やインストールされたDSPの数を正確に把握できず、A被控訴人がP1に譲渡した診療支援知識ベースには経済的価値がないことを認識できなかった。したがって、本件合意に係るP1の意思表示には、要素の錯誤があった。
(イ) 被控訴人は、被控訴人がP1に対して譲渡するとした診療支援知識ベースについて著作権を有していなかった。すなわち、診療支援知識ベースは、富士通から請け負ったサン社が株式会社コニカメディカルを経由して、被控訴人に開発を委託して作成されたものである。プログラムの開発委託においては、開発委託契約書中で、開発業者は委託業者に完成したプログラムの著作権を譲渡する旨合意するのが通常である。したがって、診療支援知識ベースの著作権は株式会社コニカメディカル又はサン社が保有していたものと考えるのが合理的である。
 P1は、被控訴人から、診療支援知識ベースについては被控訴人とP1が共同著作権を有すると説明され、同説明を信じて、本件合意に係る意思表示をした。したがって、本件合意に係るP1の意思表示には、要素の錯誤があった。
(ウ) ALADINプロジェクトは平成18年11月で終了していたが、P1は、平成19年7月以降もその受託開発が続き、使用料を得ることができると誤信して、本件合意をした。したがって、本件合意に係るP1の意思表示には、要素の錯誤があった。
(エ) 診療支援知識ベースにつきP1と被控訴人が共同著作権を有する場合には、その著作権は、被控訴人とサン社との間のクロスライセンス契約の対象となっており、同契約では、相手方からの事前の書面による承諾なく、第三者に譲渡してはならないとされている。本件合意は、上記クロスライセンス契約に違反するものであったが、P1は、この点を認識していなかった。したがって、本件合意に係るP1の意思表示には、要素の錯誤があった。」
2 原判決8頁5行目の「イ」を「ウ」に改める。
3 原判決8頁11行目末尾を改行して、以下のとおり加える。
 「エ 本件合意は、以下のとおり、互譲に基づくものではないから、和解は成立していない。本件合意において、P1はDSPの過去の許諾使用料(2565万円余り)を放棄したのに対し、被控訴人は、診療支援知識ベースに対する被控訴人の著作権2分の1をP1に譲渡し、ALADINプロジェクトにおけるDSP貸出についての将来分の使用料を平成19年7月から支払うとした。しかし、ALADINプロジェクトにおけるDSP貸出は平成18年11月で終了しており、診療支援知識ベースは経済的価値がないのであるから、本件合意において被控訴人の譲歩はない。」
第4 当裁判所の判断
 以下のとおり付加、訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」の1及び2(原判決8頁12行目ないし17頁19行目)記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決15頁3行目末尾に、「控訴人P3も、原審における本人尋問において、P1から、本件合意の1項から5項(前記1(5)アの(アないし(オ)については聞いていた旨供述している。」と加える。
2 原判決15頁14行目末尾に、「なお、本件合意のされた後である平成19年6月24付けのP1から控訴人P3に宛てたメール中には、『アトリスで使われたDSPの版権料不払いの件についてですが、今すぐ裁判紛争を行いP10の責任追及をしようにも・・・資金的にはもちろん、精神的にも全くゆとりがない状態です。現状では棚上げするしか解はありません。』との記載部分がある。しかし、同メール中には、『頭を過去の紛争のために使い、専念すべき研究がおろそかになると、・・・今後の研究活動のチャンスの全てを失うことにつながりかねません。』との心情を述べた記載部分もあり、同記載からは、P1は、P5やP10に対し不満はあるものの、研究活動に専念することを選択したことが窺われる(甲28)。」と加える。
3 原判決15頁18行目から17頁4行目までを、以下のとおり改める。
 「(3) 錯誤の主張について
 控訴人らは、本件合意に係るP1の意思表示には、要素の錯誤があったと主張する。
 P1は、前記認定のとおり、なう社を設立して、被控訴人の取締役を辞任する一方で技術顧問の地位に就き、平成19年12月19日には、ソフトウェア使用許諾等契約と年間ライセンスに関する合意をして、これに基づき被控訴人から顧問料及び使用許諾料を受領している。これらはいずれも本件合意の成立を前提とするものであるから、仮に、本件合意に係るP1の意思表示に錯誤があったのであれば、本件合意が実施されているいずれかの過程で異議を述べるのが自然であるが、P1が、そのような行動を示した事実はないことに照らすと、本件合意を締結するに当たり、P1の意思表示に錯誤があったと解することはできない。
 控訴人は、本件合意に係るP1の意思表示に、以下のアないしエの点で錯誤があったと主張するが、同主張は、以下のとおり、いずれも採用の限りでない。
ア 控訴人らは、P1は、被控訴人から虚偽の説明を受けたため、@被控訴人のアトリスへのDSPの使用許諾の目的やインストールされたDSPの数を正確に把握できず、A被控訴人がP1に譲渡したCAFE用の「知識ベース」(乙7、14)には、経済的価値がないことを認識できなかったから、本件合意に係るP1の意思表示には、要素の錯誤があったと主張する。
 しかし、控訴人らの上記主張は、採用の限りでない。
 被控訴人は、委託されたルールベースファイルの開発を行うに当たり、アトリスにおいてその検収等を行う必要があったことから、DSPをアトリス保有のコンピュータにインストールしたと認められることからすると(乙25、被控訴人代表者)、アトリスへのDSPの使用許諾は、被控訴人がDSPやルールベースファイルの販売を行う前提としてされたものと理解され、被控訴人の説明は、必ずしも虚偽とはいえない。
 また、P1は、アトリスのコンピュータにインストールされたDSPの正確な数までは知らなかったとしても、平成18年10月の時点で、アトリスの事務所において、DSPがインストールされている状況を現認していること(甲8、19)、P6への同年11月26日の電子メール(甲11の2)でも、DSPを統合した開発環境が40セットを超え、セットごとに2つのDSPがインストールされていることを直接知った旨記載していること、使用許諾料の請求金額の算定に当たり、100台のコンピュータにDSPがインストールされたことを前提としていること(甲6、10の1)等の諸事実を総合すれば、P1に意思表示の内容を左右するような重大な認識の欠如があったとはいい難い。
 また、前記1(2)認定のとおり、@「知識ベース」は、被控訴人とP1が共同で数年間をかけて開発したものであり、その成果物には少なくとも5600万円もの対価が支払われていること、A「知識ベース」の開発成果の品質等(乙7、14)、B「知識ベース」が筑波大学附属病院で採用されなかったのは、大学側の薬に関する説明が不十分であったことにも原因があると推測され、「知識ベース」の開発成果に固有の問題があったとまでは断定できないこと(証人P7)、C「知識ベース」は薬剤の併用禁忌などに関するソフトであり、利用する病院ごとに作り替えなければならない部分もあるが、薬剤の併用禁忌に関する一般的なデータに関する部分など汎用性がある部分もあることなどを総合すれば、筑波大学附属病院で採用されなかったとの一事をもって、「知識ベース」の経済的価値が否定されるものではない。また、P1は、「知識ベース」の共同開発者であり、その内容及び価値についての認識を欠いていたとはいえない。
 以上によると、これらの点において、P1の意思表示に錯誤があったと認めることはできない。
イ 控訴人らは、被控訴人が「知識ベース」の著作権を有していなかったにもかかわらず、P1は、「知識ベース」について被控訴人が共同著作者の一人であると説明され、これを信用して本件合意をしたのであるから、P1の意思表示に錯誤があったと主張する。
 しかし、控訴人らの上記主張も、採用の限りでない。
 前記1(2) で認定した事実によれば、「知識ベース」は被控訴人及びP1の共同著作物であると認められる。そして、本件全証拠によるも、本件合意に先立って、「知識ベース」の著作権全体が、被控訴人及びP1から第三者に譲渡されたとの事実を認めることはできないから、控訴人らの主張は、その前提を欠き、失当である。
ウ 控訴人らは、ALADINプロジェクトは既に終了していたが、P1は、平成19年7月以降もその受託開発が継続し、使用料を得られるものと誤信していたから、本件合意に係るP1の意思表示には、要素の錯誤があったと主張する。
 しかし、本件全証拠によるも、P1の認識において、本件合意時、ALADINプロジェクトの進行状況に照らし、受託開発を継続させ、使用料を得ることを認識し、期待していたと認めることはできない。この点に関する控訴人らの上記主張は、採用の限りでない。
エ 控訴人らは、「知識ベース」の著作権は、被控訴人とサン社との間のクロスライセンス契約の対象とされ、譲渡は禁止されていたにもかからず、P1はその点を認識していなかったから、本件合意に係るP1の意思表示には、要素の錯誤があったと主張する。
 しかし、上記クロスライセンス契約において譲渡禁止の特約がされているとしても、P1が被控訴人から「知識ベース」の著作権の譲渡を受ける余地は十分にあると解されるから、譲渡禁止の特約があり、P1はその点を認識していなかったからといって、当然に要素の錯誤に該当するとはいえない。
(4) その他の控訴人らの主張について
 控訴人らは、「知識ベース」(乙7、14)に経済的価値はなく、本件合意があったとしても、被控訴人の支払義務を消滅させる効果は生じない旨主張するが、前記のとおり、「知識ベース」に経済的価値がないとはいえない。
 また、控訴人らは、前提となる「知識ベース」の著作権は、被控訴人ではなく発注者側が取得したので、本件合意によってP1の債権は消滅しないと主張する。しかし、被控訴人は「知識ベース」の共同著作者として、その著作権を有していることは、前記認定のとおりである。」
4 原判決17頁5行目の「(4)」を「(5)」と改める。
5 原判決17頁14行目末尾を改行して、以下のとおり加える。
 「なお、控訴人らは、本件合意においてP1は多額の債権を放棄したのに対し、被控訴人は譲歩していないので、和解が成立することはない旨主張する。
 しかし、控訴人らの主張は失当である。
 前記認定のとおり、被控訴人がアトリスのコンピュータにDSPをインストールして使用させた事実に起因して、P1の被控訴人に対する何らかの請求権が生じるか否かは不明であり、仮に請求権が生じたとしても、その額は不明確であること、他方、P1は、本件合意により、被控訴人の取締役退任後も技術顧問として月額50万円の顧問料を受領する権利を取得したのみならず、被控訴人から「知識ベース」の共同著作権の譲渡を受けたことに照らすならば、本件合意が互譲の基礎を欠くと評価することはできない。原告の上記主張は、失当であり採用することはできない。」
6 結論
 以上のとおり、控訴人らの請求はいずれも理由がない。したがって、本件控訴は理由がないので、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第1部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 八木貴美子
 裁判官 小田真治
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