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【事件名】漫画「彼女の告白」映画化事件
【年月日】平成25年11月22日
 東京地裁 平成25年(ワ)第13598号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成25年9月6日)

判決
原告 甲
同訴訟代理人弁護士 伊藤真
同 平井佑希
被告 乙


主文
1 被告は、別紙被告作品目録記載の映画を上映してはならない。
2 被告は、その占有に係る別紙被告作品目録記載の映画が記録された映画フィルム及び電磁的記録媒体を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、金64万円及びこれに対する平成25年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は、これを4分し、その1を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
6 この判決は、1項から3項までに限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 主文1、2項と同旨
2 被告は、原告に対し、金118万8000円及びこれに対する平成25年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、被告の運営するウェブページ(URL省略)、被告のtwitter(アカウント名省略)及び被告の配信するメールマガジン(省略)において、別紙謝罪文目録記載の文章を掲載せよ。
第2 事案の概要
 本件は、漫画家である原告が、映画プロデューサー、映画監督等として活動している被告に対し、被告の製作・監督に係る短編映画「帰省」(以下「本件映画」という。)について、原告の許諾なく、原告の短編漫画である「彼女の告白」(以下「本件漫画」という。)を映画化し、映画祭において上映したなどと主張して、@著作権(二次的著作物に係る上映権)侵害のおそれを理由とする著作権法112条に基づく差止・廃棄請求として、本件映画の上映禁止、本件映画が記録された映画フィルム及び電磁的記録媒体の廃棄、A著作権(翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権・同一性保持権)侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求として、118万8000円(許諾料相当額8万円、慰謝料100万円及び弁護士費用10万8000円の合計額。また、附帯請求として訴状送達の日の翌日である平成25年6月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を含む。)の支払、B著作者人格権(氏名表示権・同一性保持権)侵害を理由とする同法115条に基づく名誉回復等の措置請求として、被告の運営するウェブページ等において、別紙謝罪文目録記載の文章の掲載を求めた事案である。
1 前提事実(証拠等を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)
(1) 原告
 原告は、漫画家であり、株式会社講談社において連載中である「もやしもん」のほか、これまで多数の作品を創作、発表している者である。
(2) 被告
 被告は、映画プロデューサー、映画監督などとして活動するとともに、映画に関するメールマガジンの発行等を行っている者である。
(3) 本件漫画
 本件漫画は、原告が創作した漫画であり、平成14年、「週刊モーニング(同年35号)」に掲載され、現在では「週刊甲」(平成15年2月21日第1刷発行)に収録されている。
 (甲1、9)
(4) 本件映画
 本件映画は、被告が製作・監督した映画であり、本件映画のクレジットには被告が「製作」「監督」として表示されている。本件映画は、平成22年に製作されたものである。
 (甲2、3)
(5) 本件映画の出展
 被告は、「東葛映画祭2010」(平成22年12月12日開催)、「第7回山形国際ムービーフェスティバル2011」(平成23年11月開催)、「第5回したまちコメディ映画祭in台東」(平成24年9月14日〜17日開催)の映画祭(以下「本件各映画祭」という。)に、本件映画を出展し、本件各映画祭において、本件映画が上映された。
 (甲3〜5、乙2、弁論の全趣旨)
2 争点
(1) 本件映画が本件漫画を翻案(映画化)したものであるか(争点1)
(2) 著作権法112条に基づく差止・廃棄請求の成否(争点2)
(3) 不法行為に基づく損害賠償請求の成否及び損害額(争点3)
(4) 著作権法115条に基づく名誉回復等の措置請求の成否(争点4)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 本件映画が本件漫画を翻案(映画化)したものであるか(争点1)
(原告の主張)
ア 本件映画と本件漫画は、別紙原告対比表のとおり、その基本的なストーリーや多くの台詞がほぼ同一であるのみならず、その登場人物名まで一致しており、本件漫画の表現上の本質的特徴を直接感得できるものである。
イ 著作権法における「依拠性」とは、偶然の符合ではなく、既存の著作物の表現上の本質的特徴部分に接して、それを維持した著作物が創作されれば足りるものである。
 被告は、劇団の演劇に基づいて本件映画を製作したと主張している。仮に被告の主張するとおり、真に被告が本件漫画を見たことがないのだとしても、本件漫画の二次的著作物である演劇には、本件漫画の表現上の本質的特徴部分が維持されており、被告はこれに接して、本件映画の製作に至っているのであるから、本件映画が本件漫画に「依拠して」創作されたものであることには変わりがない。
ウ 以上によれば、本件映画は本件漫画を翻案(映画化)したものである。
(被告の主張)
ア 原告の主張はいずれも否認する。
イ 被告は、本件漫画を見たことがない。本件映画は、本件漫画の映画化として製作していないので、本件漫画に依拠したものではない。被告は、劇団の演劇に基づいて本件映画を製作したものである。
ウ 原告は、基本的なストーリーや多くの台詞がほぼ同一と主張している。しかし、ストーリーは設定であり、本件漫画の中で描かれている「縁側」「家族の会話」などの設定がほぼ同一であることにより著作権侵害になるならば、似た設定のドラマ、映画、アニメ、小説など世の中に出ている創作物はほとんどが著作権侵害になってしまう。台詞に関しても全てが一致しているのでなく、原告の主張する「ほぼ」とは抽象的であり、主観でしかない。原告の主張には、登場人物名まで一致とあるが、「裕子」などは作り出された架空の名前でもなく広く一般的にありふれた名前であり、一致しているとしても著作権侵害にならない。
 映画は台詞のみではなく、構図、サイズ、撮影場所、編集点、音楽タイトルなどが複合されて初めて作品として成立する。それらを含めて判断しなければ本質的特徴部分が維持されているとはいえない。
(2) 著作権法112条に基づく差止・廃棄請求の成否(争点2)
(原告の主張)
ア 本件漫画の二次的著作物である本件映画の本件各映画祭における上映は、原著作物である本件漫画の著作者である原告の許諾なく行われたものであり、二次的著作物である本件映画について原告が有する上映権を侵害する行為である。
イ 被告は、複数回にわたり、本件映画を映画祭に出展し、上映している(その前提として、本件映画の記録されたフィルム又は電磁記録媒体等を保有している。)。また、被告は原告との話し合いの過程や、原告代理人からの通知に対して、本件映画が原告の著作権を侵害するものであることを争っている。
 このような被告の態度に鑑みれば、今後も被告が本件映画を上映するおそれは高いといわざるを得ない。
ウ(ア) 被告は、本件映画の上映行為については映画祭側が上映したものであり、被告が上映したものではない旨主張する。
 しかしながら、被告は、本件各映画祭に本件映画を出展したことは認めており、本件各映画祭は、被告の任意の応募行為に対応して本件映画を上映したものである。本件各映画祭における上映により、被告は映画の監督・製作者としての名声を得、また仮に入賞すれば賞金を得るなどの、有形無形の利益を享受するのである。
 そうすると、上映対象の確定、上映による利益の享受の点からして、被告が上映行為の主体ではないとは到底いえない。
(イ) 被告は、全ての映画祭は完成した日から1年未満でなければ出展及び応募ができないので、今後本件映画が他の映画祭で上映されることはない旨主張する。
 しかしながら、甲3〜5号証から明らかなとおり、現に本件映画は数年にわたって映画祭において上映されているのであり、被告の主張は事実に基づかないものである。また、本件映画が上映されるおそれは、映画祭における上映だけにとどまらず、各地に存在する映画館などにおいて上映される可能性も存在する。
(ウ) 被告は、本件映画を今後一切他者に見せることをせず、映画フィルム及び電磁的記録媒体を破棄してもよい旨を述べる。
 しかし、現に映画フィルム及び電磁的記録媒体を廃棄したものでもないし、そもそも本件において一貫して著作権侵害の事実を争っている被告が一時的に上映行為を差し控えると述べたとしても、侵害のおそれが失われるものではない。
(被告の主張)
ア 原告の主張ア及びイのうち、被告が本件各映画祭に出展したことは認め、その余はいずれも否認する。
イ 上映は、映画祭側が上映したのであって、被告が上映したものではない。
 本件映画は、営利目的で製作されたものではなく、被告の自己資金で製作された自主映画である。全ての映画祭は完成した日から1年未満でなければ出展及び応募ができないので、今後本件映画が他の映画祭で上映されることはない。
ウ 本件映画は、趣味の範囲で製作したものであり、被告の自己資金で製作されている。本件映画で被告が得た金銭などは皆無である。非営利目的である自主映画のために、これ以上の時間、労力を使うことは意味がないと考える。そこで、本件映画を今後一切他者に見せることをせず、映画フィルム及び電磁的記録媒体を破棄してもよいと考える。
(3) 不法行為に基づく損害賠償請求の成否及び損害額(争点3)
(原告の主張)
ア 本件漫画の映画化は、著作者であり、著作権者でもある原告の許諾なく行われたものであり、原作者として原告の氏名も表示されていない。このような被告の行為は、原告の著作権(翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権・同一性保持権)を侵害する行為である。
イ 本件漫画と本件映画とは、ストーリーや台詞のみならず、その登場人物名まで一致している。被告は、本件漫画を読み、本件漫画の内容を熟知して本件映画の製作を行ったものであり、著作権及び著作者人格権侵害について故意の存することは明らかである。
 これに対して、被告は、本件訴訟に至る前の交渉の経緯において一貫して、本件映画は、劇団の演劇に基づいて、当該劇団の許諾を得て製作されたものである旨主張する。しかしながら、被告は、劇団名・上演日・上演場所を具体的に説明しておらず、当該劇団から許諾を受けたとの証憑を提示していない。
 仮に被告の主張が真実であるとしても、プロの映画プロデューサーとして映画を製作する以上、映画化に当たっては、例えば当該劇団にオリジナル脚本であるか否か、原作となった作品があるか否かなどを確認すべき注意義務を負うものであり、漫然と当該劇団からの許諾があったとして映画化を行った被告には、著作権及び著作者人格権侵害について、少なくとも重大な過失が存する。
ウ 本件漫画を映画化するとした場合、原作者である原告に支払われるべき著作権使用料は8万円を下らない(著作権法114条3項)。本件漫画は、過去に映画化されており、その際の著作権使用料は8万円であった(甲6)。
 また、本件漫画を許諾なく映画化され、同一性保持権が侵害されたこと、さらには原告の著作者人格権を侵害する本件映画が、原告の意に反して映画祭に出展され、公開され、不特定多数者の目の触れるところとなってしまった。本件漫画は、原告の現在の大ヒット作品である「もやしもん」などのテイストに作風を変更するきっかけとなった、原告の創作活動にとって「出発点」ともいえる、原告にとって極めて思い入れの深い作品である。そのような作品が、原告に無断で映画化され、あたかもオリジナル映画であるかのように公開され、不特定多数者の目に触れるに至ってしまった。このような被告の行為は、原告の本件漫画に対する思い入れを蹂躙するものであり、これにより原告が被った精神的損害は100万円を下らない。
 さらに、上記各損害と相当因果関係の存する弁護士費用相当額の損害は10万8000円を下らない。
(被告の主張)
ア 原告の主張はいずれも否認する。
イ 被告は、劇団の演劇に基づいて本件映画を製作した。小劇団は立ち上がり消えているもので、当時の連絡先に連絡を試みたものの不通で現在は使われていなかった。また、営利目的ではない自主映画だったので書面等の取り交わしはしていない。被告は、プロの映画プロデューサーとして製作前にオリジナルの確認は行っていた。
ウ 本件映画は、本件漫画を映画化したものではなく、著作権使用料を払う義務はなく、原告に許諾を受ける必要性もない。原告の主張には、「もやしもん」の作風を変更するきっかけになったとあるが、どのように作風が変化したのか立証がされていない。
(4) 著作権法115条に基づく名誉回復等の措置請求の成否(争点4)
(原告の主張)
ア 被告は、原告の意に反して本件漫画を映画化し、また本件映画の上映に際して原著作者として原告の氏名を表示しなかったものであり、被告の行為は原告の同一性保持権、氏名表示権を侵害する。
イ このような著作者人格権侵害行為が行われたことにより、著作者である原告の望まぬかたちで二次的著作物が人々の目に触れることになったのみならず、何も知らずに本件映画を目にした者からすれば、どちらが原作であるのか認識できず、むしろ原告こそが著作権侵害を行っているのではないかという疑念すら持ってしまう。
 このように傷つけられた原告の名誉又は声望は、慰謝料という金銭面によってのみでは、十分には回復せず、本件映画を目にした者に対して、本件漫画が原作であり、本件映画は著作権及び著作者人格権を侵害するものであったことを周知し、被告からの謝罪を受けることによって初めて、全面的に回復し得るものである。
ウ そこで、原告は、別紙謝罪文目録記載の文章を掲載することを求めるが、その媒体としては、被告及びその製作する映画に強い関心を有する者たちが目にするであろう、被告の運営するウェブサイト、被告のtwitter及び被告の配信するメールマガジンが適当であると考える(甲7)。
(被告の主張)
 原告の主張はいずれも否認する。
 被告は、本件漫画を映画化していないので、著作権及び著作者人格権の侵害には当たらない。被告としては、行っていないことに対して認知や謝罪はできない。
第3 当裁判所の判断
1 本件映画が本件漫画を翻案(映画化)したものであるか(争点1)について
(1) 著作権法27条は、「著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。」と規定するから、「翻案」は「映画化」を含む概念である。
 そこで、「翻案」の意義について検討するに、「翻案」とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。そして、著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照)、既存の著作物に依拠して創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、翻案には当たらないと解するのが相当である(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。
 以上に照らすと、本件映画が本件漫画を翻案(映画化)したものであるといえるためには、被告が本件漫画に依拠して本件映画を製作し、かつ、本件映画に接する者が本件漫画の表現上の本質的な特徴を直接感得することができることが必要である。
(2) そこで、まず、本件映画に接する者が本件漫画の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるか否かを検討する。
ア 証拠(甲1)によれば、本件漫画は、全18頁(「週間甲」3〜20頁)であり、その登場人物、設定場面、ストーリー及び台詞は、別紙認定対比表の本件漫画欄記載のとおりである。
 本件漫画のストーリー展開は、「@父母が3年ぶりに東京から帰省する息子(達彦)の到着を待っていたところ、息子ではなく、(達彦を装った)若い女性(南裕子)が現れた。A父母は、その女性から性転換を告白されたため、その女性を息子と誤解し、さらに、父は、その結婚の報告に対して男同士の結婚であることを理由に反対した。しかし、B父母は、これを契機として、父母の秘密を告白することを決め、その女性に対し、父が女性であって父母が女性同士であったことを告白し、さらに、父が息子を出産したことを話した。ところが、C到着した息子は、父母とその女性が和んでいるから芝居がばれていると思い、父母に対し、その女性が自分の彼女であり、自分がニューハーフになった役での芝居を頼んだことを話した。そして、息子は、父母とその女性がどんな話をしていたのかを聞いたが、誰も答えなかった。」というものである。
 他方、証拠(甲2)によれば、本件映画は、約14分33秒(本編前後のクレジットを含む。)であり、その登場人物、設定場面、ストーリー及び台詞は、別紙認定対比表の本件映画欄記載のとおりである。
 本件映画のストーリー展開は、上記の本件漫画のストーリー展開と同じである(ただし、「南裕子」は、本件漫画では「達彦」の彼女であるのに対し、本件映画では「達彦」の婚約者であるという違いはある。)。
イ 以上のとおり、本件映画は、登場人物やストーリー展開が本件漫画と同じであり、台詞も本件漫画と多くの部分が同じである。
 確かに、本件映画と本件漫画は、その設定場面において、本件映画が日本家屋の縁側、本件漫画が主として日本家屋の座敷であるという違いや、本件映画には、本件漫画にはない性転換手術についての会話、父が裕子の顔に杯をかける場面、母が父に対して秘密を話すことを促す場面があるなどの違いがあり、それらの点において、本件漫画と異なる創作性が認められる。しかしながら、本件漫画は、息子(達彦)の彼女(婚約者)である裕子が、達彦を装って性転換を告白したために、達彦の父母が裕子を達彦であると誤解し、達彦(実は裕子)に対し、自分達夫婦が実はともに女性であること及び達彦は父(実は女性)が出産したことを告白するという奇抜なストーリー展開とそれを支える台詞や登場人物の感情の動きについての描写に、その表現上の本質的な特徴があるといえるのであって、その表現上の本質的特徴部分において、本件映画は本件漫画と同一である。
 したがって、本件映画を鑑賞した者は、映画と漫画という表現形式の相違や設定場面の若干の相違といった点を超えて、本件映画から本件漫画の表現上の本質的な特徴を直接感得することができると認められる。
ウ そして、本件映画は、上記のとおり、本件漫画と登場人物、ストーリー展開が同じであり、台詞も本件漫画と多くの部分が同じであることなどに照らすと、被告は、本件漫画を読んだ上で、本件映画を製作・監督したと認めるのが相当であるから、本件映画は本件漫画に依拠して製作されたと認められる。
 これに対し、被告は、劇団の演劇に基づいて本件映画を製作したなどと主張する。しかしながら、被告は、その劇団名、演劇名等を明らかにしていないから、被告の主張は容易に採用できない。
(3) したがって、本件映画は、本件漫画を翻案(映画化)したものであると認められる。
2 著作権法112条に基づく差止・廃棄請求の成否(争点2)について
(1) まず、被告が、本件映画の原著作物(本件漫画)の著作者である原告の、本件映画に係る上映権を侵害したか否かについて検討する。
 上映とは、著作物(公衆送信されるものを除く。)を映写幕その他の物に映写することをいい(著作権法2条1項17号)、上映権は、著作物を公に上映する権利である(同法22条の2)。また、当該著作物が二次的著作物である場合には、原著作物の著作権者は、二次的著作物の上映権を有する(同法28条)。
 前記1のとおり、本件映画は本件漫画の二次的著作物であり、原告は本件映画の上映権を有するから、原告の許諾なく本件映画を公に上映した場合には、原告の本件映画に係る上映権を侵害したことになる。
 原告は、被告の具体的な上映行為として、本件各映画祭における上映を主張する。確かに、被告が本件各映画祭に本件映画を出展し、本件各映画祭において、本件映画が上映されたことは認められる(前提事実(5))。しかしながら、上記のとおり、上映とは、著作物を映写幕その他の物に映写することであるから、本件各映画祭において、その主催者ではなく、被告が本件映画を上映したとは直ちにいい難い。
 この点、原告は、本件各映画祭では、被告の応募行為に対応して本件映画を上映したものであり、被告は、映画監督・製作者としての名声や入賞すれば賞金を得るなどの利益を享受するから、被告が上映行為の主体である旨主張する。しかしながら、被告の出展が本件各映画祭における上映の契機であることや、原告の主張する被告の利益を考慮したとしても、被告が本件各映画祭における上映の枢要な行為をしたとは認め難いし、その他これを認めるに足りる証拠もない。
 したがって、被告が本件各映画祭において本件映画を上映したとは認められないから、被告が原告の本件映画に係る上映権を侵害したとは認められない。
(2) 続いて、被告が原告の本件映画に係る上映権を侵害するおそれについて検討する。
 証拠(枝番号を含めて甲8〜12)及び弁論の全趣旨によれば、株式会社講談社の編集担当者らは、平成24年9月中旬頃、本件映画の存在を知ったこと、その後、上記編集担当者らは、被告と2回面談し、被告に対し、本件映画が本件漫画の著作権を侵害するものであることを前提として、@原告に対する謝罪、A本件映画の頒布、上映、公衆送信の禁止、B本件映画の原盤フィルム及び複製物の引渡しなどを求める同年10月付け(日付記入未了)の和解案(以下「本件和解案」という。)を提案したこと、被告は、本件映画が劇団の演劇に基づいて製作されたものであり、本件漫画を見ていない旨を主張したこと、原告代理人は、原告及び株式会社講談社を代理して、 被告に対し、 同年1 2 月6 日付け「御連絡」と題する書面を送付し、本件和解案に同意する否かの連絡を求めたこと、被告は、同月7日付けで、上記編集担当者らに対し、自ら作成した示談契約書と題する書面を送付し、その1条6項には、「本件映画は類似、模倣、依拠などして製作はされておらず、本件映画が本件書籍とは独立して創作したものであり著作権侵害には当たらない。」と記載されていたこと、被告は、同月17日付け書簡で、原告代理人に対し、本件漫画を見たことはないので著作権を侵害したという認識はなく、本件和解案は、一部の条項は受け入れることができるものの、謝罪を含む全ての条項を受け入れることはできないなどと通知したことがそれぞれ認められる。
 以上のとおり、被告は、上記の交渉において、本件映画が本件漫画の著作権(翻案権)を侵害することを争っており、これは本件訴訟においても変わらない。このような被告の対応に照らすと、被告が自ら本件映画を上映するおそれがあると認めるのが相当である。
 したがって、被告が原告の本件映画に係る上映権を侵害するおそれがあると認められる。
 なお、被告は、本件映画が記録されたフィルム及び電磁的記録媒体を廃棄してもよい旨主張するが、実際に廃棄は行われていないから、上映権侵害のおそれは否定されない。
(3) そして、本件映画の上映禁止や本件映画が記録された映画フィルム及び電磁的記録媒体の廃棄について、その必要性を否定する事情は見当たらないから、原告の著作権法112条1項に基づく差止・廃棄請求はいずれも理由がある。
3 不法行為に基づく損害賠償請求の成否及び損害額(争点3)について
(1) 原告は、不法行為に基づく損害賠償について、著作権(翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権・同一性保持権)侵害を主張する。
 そして、前記1のとおり、本件映画は本件漫画を翻案(映画化)したものであるから、被告は、原告の本件漫画に係る翻案権を侵害したものである。また、本件映画は、本件漫画の翻案(映画化)に伴い、本件漫画を改変したものであるから、被告は、原告の本件漫画に係る同一性保持権を侵害したものである。
 他方で、前記2(1)のとおり、被告が本件各映画祭において本件映画を上映したとは認められないから、当該上映に際して原告の氏名が表示されていなくとも、被告が原告の本件漫画に係る氏名表示権を侵害したとは認められない。
 以上のとおり、被告は、原告の本件漫画に係る著作権(翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害したものと認められる。
 そして、前記1(2)ウのとおり、本件映画は本件漫画に依拠して製作されたと認められるから、被告は、原告の本件漫画に係る著作権(翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)の侵害について故意があったと認めるのが相当である。
 したがって、被告は、著作権(翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償責任がある。
(2) 続いて、著作権(翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)侵害に係る損害額について検討する。
 まず、証拠(甲6)によれば、本件漫画は、過去に映画化(テレビ用実写映画化)されており、その際の著作権使用料は8万円であったことが認められるから、著作権(翻案権)侵害に係る損害額(許諾料相当額)としては8万円を認めるのが相当である。
 また、本件映画の製作により本件漫画について原告の意思が全く反映されない改変が行われていることなどに照らすと、著作者人格権(同一性保持権)侵害に係る損害額(慰謝料額)としては50万円を認めるのが相当である。
 そして、本件訴訟の内容、認容額等に照らすと、不法行為に基づく損害賠償請求について、被告の負担すべき弁護士費用相当額は6万円と認めるのが相当である。
(3) したがって、原告の不法行為に基づく損害賠償請求は、64万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成25年6月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
4 著作権法115条に基づく名誉回復等の措置請求の成否(争点4)について
 前記3(1)のとおり、本件映画は、本件漫画の翻案(映画化)に伴い、本件漫画を改変したものであるから、被告は、原告の本件漫画に係る同一性保持権を侵害したものである(他方で、被告が本件各映画祭において本件映画を上映したとは認められないから、原告の本件漫画に係る氏名表示権の侵害は認められない。)。
 また、前記1(2)のとおり、本件映画は、本件漫画と登場人物、ストーリー展開が同じであり、台詞も本件漫画と多くの部分が同じであるにもかかわらず、被告は、本件映画が本件漫画を翻案(映画化)したものであることを争っており、本件映画が本件漫画を改変したものであることも争うものである。
 確かに、このような被告の対応は、原告の心情を害するものであることは想像に難くない。しかしながら、被告の同一性保持権侵害によって、具体的に原告の社会的名誉・声望が害されたことを認めるに足りる証拠はないし、その他損害賠償とともに名誉回復等の措置が必要であることを肯定する事情は見当たらない。
 したがって、原告の著作権法115条に基づく名誉回復等の措置請求は、理由がない。
5 結論
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 大須賀滋
 裁判官 小川雅敏
 裁判官 森川さつき
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日本ユニ著作権センター
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