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【事件名】ジャズCD原盤製作契約事件
【年月日】平成25年11月20日
 東京地裁 平成24年(ワ)第8691号 著作権確認等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成25年9月2日)

判決
原告 OことP
同訴訟代理人弁護士 渡辺実
被告 有限会社東京サウンドシティ企画
同訴訟代理人弁護士 大久保誠太郎
同 播磨源二


主文
1 被告と原告との間で、原告が平成23年8月2日及び同月3日に行った歌唱の録音につき、原告がレコード製作者の権利を有することを確認する。
2 被告は、原告に対し、前項記載の録音を最初に固定したCDを引き渡せ。
3 被告は、原告に対し、20万円及びこれに対する平成24年7月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 この判決は、第3項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 当事者の主張
 本件は、原告が、被告に対し、@原告の歌唱を録音したCDについてのレコード製作者の権利を有することの確認、Aレコード製作者の権利又は所有権に基づき、マスターCDの引渡し、B原告が立て替えた伴奏代金20万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成24年7月14日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払、を求めた事案である。
1 請求原因
(1) レコード製作者の権利の確認請求について
ア 原告は、Oの芸名で活動するジャズ歌手である。
イ 原告は、 平成23年8月2日及び同月3日、 「I ’m a woman, Now −MIKI−」と題するアルバム(以下「本件CD」という。)用のジャズの歌唱を行い(以下「本件歌唱」という。),本件歌唱は、被告名義で依頼した録音スタッフによりマスターCD(以下「本件マスターCD」という。)に録音された(以下「本件録音」という。)。
ウ 原告は、被告に対し、平成22年11月11日、370万円を交付し、当該370万円を総費用額として、本件歌唱のレコード製作を行う合意をした。
エ 著作権法上「レコード製作者」とは「レコードに固定されている音を最初に固定した者」をいうが(2条1項6号)、物理的な録音行為の従事者ではなく、自己の計算と責任において録音する者、通常は、原盤制作時における費用の負担者がこれに該当するというべきである(東京地裁平成19年1月19日判決・判時2003号111頁)。
 原告と被告の間には、原告の歌唱をレコーディングすること、レコーディング費用には上記ウの370万円を充てることの合意しか存在しない。
 被告は、上記370万円を使用して本件録音を行ったのであるから、原告が本件録音のレコード製作者である。
オ しかるに、被告はこれを争う。
(2) 本件マスターCDの引渡請求について
ア 被告は、本件マスターCDを所持している。
イ (レコード製作者の権利に基づく引渡請求)
 本件マスターCDは、レコード製作者が、その複製権等を行使するために必要不可欠な物(従物)であるから、民法87条により、本件マスターCDのレコード製作者である原告が所持すべきものである。
ウ (所有権に基づく引渡請求)
 原告と被告は、上記(1)ウの合意の際、本件マスターCDの所有権が原告に帰属することを合意した。
(3) 立替金請求について
ア 被告は、本件録音に関し、株式会社ソウルメディアコーポレーション(以下「ソウル社」という。)に対し伴奏を依頼し、同社に所属するQとウィンドブレイカーズが伴奏を行った。
イ 原告は、平成23年10月21日、ソウル社に対し、被告の支払うべき未払演奏料20万円を代位弁済した(24万7777円を代位弁済したところ、後日、同社は、被告から4万7777円の支払があったとして原告に4万7777円を返戻した。)。
(4) よって、原告は、被告に対し、
ア 原告が本件マスターCDのレコード製作者の権利を有することの確認、
イ レコード製作者の権利又は所有権に基づき、本件マスターCDの引渡し、
ウ 立替金20万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成24年7月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払
を求める。
2 請求原因に対する認否
(1) レコード製作者の権利の確認請求について
ア ア、イは認める。
イ ウ、エにつき、原告と被告とが本件歌唱のレコード製作を行う合意をしたこと、被告が、平成22年11月11日、原告から370万円を交付されたことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。
ウ 原告は被告と、遅くとも平成23年8月2日及び3日(本件録音)までに、次のような契約を結んだ。
(ア) 原告は歌手としてジャズを歌唱し、被告はこれを録音する。録音は最高水準のもので行う。
(イ) 被告は上記録音を基に市販用CD(本件CD)を製作する。本件CDを製作するに当たっては、原告の意向を最大限反映させる。
(ウ) 被告は本件CDの独占的販売権を取得する。
(エ) 原告は、被告に対し、CD製作費用250万円を支払う。原告は上記費用とは別にバンド費用として120万円を支払う。
(オ) 被告は原告に対し、1枚1500円以上で本件CDを交付する。枚数は決めなかった。
エ 被告はCDを製作するまでのノウハウ、音楽関係者とのコネクション等を総動員してCDを完成させ、その対価を総合すると本件CDの製作費は250万円以上である。
オ 被告が、本件CDについて著作権及びレコード製作者としての権利を有していることは、本件CD(甲1)のジャケット裏面に、被告名義で、「許諾を得ないレコードの複製からのレコード製作者の保護に関する条約」5条で定められている原盤権による保護を受けるために必要な(P)マークと、万国著作権条約3条1項で定められている著作権表示を表す(C)マークが付いていることからも明らかである。
(2) 本件マスターCDの引渡請求について
 アは認め、イの主張は争い、ウの合意は否認する。
(3) 立替金請求について
 アは認め、イは不知。
第3 当裁判所の判断
1 証拠等によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告は、Oの芸名で活動するジャズ歌手であり(争いがない。)、本件CDを含めて9枚のアルバムをリリースしている(原告本人)。うち6枚はレコード会社に製作を依頼し、原告は製作費を負担せず、レコード製作者の権利も保有していないが、直近の2枚は、原告が300万円ないし350万円の製作費の全額を負担し、アメリカ合衆国ニューヨークで録音を行い、原告がマスターCDを保有している(甲5、原告本人、弁論の全趣旨)。
(2) 被告は、レコードの製作・販売等を業とする特例有限会社であり、Rが唯一の取締役として被告を代表している(弁論の全趣旨)。
(3) 原告は、平成23年で歌手活動を開始して30周年を迎えることから、これを記念したCDアルバムの製作を企画し、被告に当該CDの製作を依頼した(争いがない。)。
 当初の計画では、アメリカのジャズメンと共演し、アメリカで録音を行い、ピアニストは日本から連れていく予定であった(甲5、乙4、11)。
 被告は、CD製作の総費用を、CDの製作費として250万円、共演者のギャランティ、同行スタッフの旅費等に120万円の合計370万円と見積もり、原告にその全額を負担することを依頼した(甲5、乙4、11、原告本人、弁論の全趣旨)。
 原告は、製作費を負担する原告に権利(レコード製作者の権利)が帰属することを被告に確認し、被告はこれを了承した(原告本人)。
 被告は、原告に対し、完成したCD3000枚を引き渡す約束をし、その後、引き渡す枚数を2000枚に変更した(乙11、12、原告本人)。
(4) 原告は、平成22年11月11日、被告に対し、370万円を支払った(争いがない。)。
(5) 原告は、平成22年11月17日、被告に対し、税理士からのアドバイスに基づき、上記370万円の支払について、「CD代 2000枚」とした領収書の交付を求めたが、結局、その領収書は交付されなかった(乙12、原告本人)。
(6) 被告は、平成23年3月11日、原告に対し、アメリカの演奏者のギャランティーとして合計1万3000ドル、ピアニストへのギャランティーとして16万6666円が必要となること等を説明するとともに、「いろいろな問題(リクエスト)を(ママ)あるかと思いますが、必要経費がありません。Oさん[判決注:原告]からいただいた金額はあくまでもCD、2000枚の商品代金と演奏者のギャランティーの一部をいただいております。宣伝活動費及び等(ママ)の経費は一切頂いておりません。」などと記載したメールを送付した(乙4)。
(7) 平成23年4月頃、被告代表者のRがアメリカに入国できないため、CDの録音はアメリカでなく日本で行うことに変更されたが、製作費総額は変更されなかった(甲5、乙11、原告本人)。
 原告は、アメリカの演奏者に代わり、ソウル社に所属する「Qとウィンドブレイカーズ」に演奏を依頼することにし、被告はソウル社に演奏を依頼した(争いがない。)。
 被告は、原告に引き渡すCD枚数を1500枚に変更した(甲5・7頁、乙2、5、6(乙5、6については枝番を含む。以下、他の書証についても枝番があるものについては枝番を含む。)、原告本人)。
(8) 原告は、平成23年8月2日及び3日、東京都内のソニー・ミュージックスタジオで本件歌唱を行い、被告は、ソニーミュージックエンタテインメントのエンジニアであるSを通じ、本件歌唱をSACD(スーパーオーディオCD)、DSD(ダイレクトストリームデジタル)という高品質の録音方法で録音し(本件録音)、本件マスターCDを作成した(甲1、5、乙5、8〜11、原告本人)。原告は本件マスターCDをもらえるか被告代表者に尋ねたが、被告代表者は黙って本件マスターCDを持ち去った(原告本人)。
(9) 被告は、ソウル社に支払うべき演奏料金のうち24万7777円を支払っていなかった(争いがない。)。原告と被告との間では、この演奏料金は上記370万円に含まれていた(争いがない。)。
 原告は、平成23年10月21日、ソウル社に対し、上記24万7777円を立て替えて支払った(甲2、原告本人)。
 被告は、平成23年12月11日、ソウル社に4万7777円を支払い(乙2)、ソウル社は原告に4万7777円を返戻した(弁論の全趣旨)。
 被告は、平成24年7月24日、ソウル社に5万円を支払っている(乙3)が、この分はソウル社から原告に返戻されていない(弁論の全趣旨)。
(10) 原告は、平成23年10月22日に被告に送付したメールで、契約書のドラフトの郵送又はFAXを求めた(乙1)が、結局、原被告間で契約書が交わされることはなかった(争いがない。)。
(11) 被告は、平成23年10月29日、原告に対し、本件CD500枚、サンプル50枚を送付した(乙5)。
(12) 平成23年11月2日、本件CDは完成した(甲1、乙9)。
 本件CDには、以下の記載がある(甲1、乙9)。
「Music director:O
 Sound co-ordinator:Q
 Recording engineer:S(Sony Music)
 Recording:Sony Music Studios TOKYO,Japan
 For 02.03 days in August 2011
 Masterring engineer:S(Sony Music)
 Matrix:Tokyo Sound City Planning Co.,Ltd.Japan.」
「(p)&(c)2011 TOKYO SOUND CITY PLANNING CO.,LTD.Tokyo,Japan.
 Manufactured by TOKYO SOUND CITY PLANNING CO.,LTD.Made in Japan.
 Distributed by IMPEX RECORDS JAPAN.Warning;All rights reserved.
 Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.」
 (P)は、「許諾を得ないレコードの複製からのレコード製作者の保護に関する条約」5条に基づく、レコード製作者が方式主義国で保護を受けるための表示であり、(C)は、万国著作権条約3条1項に基づく、著作権者が方式主義国で保護を受けるための表示である。
 本件CDに同梱されているブックレット(乙8)は、被告が作成した(乙11)。
 本件CDは、消費税込み3255円(税抜価格3100円)である(甲1、乙9)。
 本件CDは、原告及び被告において直接販売するほか、CDショップやオーディオ店でも販売されたものと思われる(乙10)が、原告はレコード会社と契約書を交わしていない(原告本人)。被告がレコード会社と何らかの契約書を交わしたのかどうかは不明である。
 原告は、一切の実演家報酬及びレコード製作者としての原盤印税を受領していない(弁論の全趣旨)。
(13) 被告は、平成23年11月28日、原告に対し、本件CD800枚を送付した(乙6)。
(14) 被告代表者は、平成23年12月11日、原告のマネージャーであるTに対し、「原盤権について渡すことは出来ません。」などと記載したメールを送付し、Tは、「残りのCD200枚Oさんに納品してはどうですか?初めの約束通り。鍵盤(ママ)権については供給なのか譲渡なのか弁護士先生にも相談して内容を協議してみてはどうですか?お互いの主張を友好的に協議したらどうかと。実際、原盤とはどう使われるべきなのか説明もして欲しい。Oさんにとっては、今のRさんに不安要素があるので原盤を手元に持ちたいとしていると思います。」などと返信した(乙2)。
(15) 被告代表者は、平成24年1月27日、原告に対し、「Oさんのい言う(ママ)通り、なんの契約も交わしていないのですから‥‥、何も拘束力のある制約わ(ママ)ありませんね。まだ、何枚CDを引き渡すか? 今はっきりしているのはOさんから弊社の銀行に370万を振り込まれたことだけです。」などと記載したメールを送付した(甲4)。
(16) 原告は、平成24年3月26日、本訴を提起した(当裁判所に顕著)。
2 レコード製作者の権利の確認請求について
(1) 著作権法上の「レコード製作者」とは、「レコードに固定されている音を最初に固定した者」(著作権法2条1項6号)をいうが、ここでいう「固定した者」とは、物理的な録音行為の従事者ではなく、自己の計算と責任において録音する者、通常は、原盤制作時における費用の負担者がこれに該当するというべきである(東京地裁平成19年1月19日判決・判時2003号111頁)。
(2) これを本件についてみると、平成22年11月11日に原告が被告に370万円を交付したことは争いがないところ、上記1(3)のとおり、この370万円は本件CDの製作費全額として交付し、その際、レコード製作者の権利は原告に帰属させるという合意があったというのであり、その後も本件CDの製作費の負担やレコード製作者の権利の帰属を変更するような合意はされなかったことが認められるから、本件CDのレコード製作者は原告であり、本件歌唱を録音した本件マスターCDが作成された時点で、原告が本件CDのレコード製作者の権利の全部を原始的に取得したものというべきである。
(3) 被告の主張について
ア 被告の主張が変遷していること
 被告は、本件CDの「レコード製作者の権利」が原告に帰属することを争っているところ、被告の主張は、以下のとおり変遷している。
(ア) 平成24年10月4日付け被告準備書面(1)における主張
 原告がCD製作を被告に依頼した際、原告と被告は概要以下の合意をした。
@ 原告は、被告が原告の歌唱を録音しCD化すること及び被告によるCDの販売を許諾する。
A 被告は、原告に対し、販売用CDの完成後、一定枚数のCDを、市販価格の半額で引き渡す。
B Aの代金は、原告が被告に対しあらかじめ前払いする。
C CDの著作権及びレコード製作者の権利は、全て被告に帰属する。
 被告は、上記合意に基づき、原告のために良質なCDを作成したが、CDの製作費は500万円を超えるものとなってしまった。
(イ) 平成24年10月30日付け被告準備書面(2)における主張
 原告は、平成22年11月11日、被告に370万円を振り込んでいるが、これは完成後のCD2000枚の商品代金とスタジオミュージシャンの報酬であり、被告はこれを原告に説明し、原告は異議を述べていない。
 被告と原告との間では、最終的に、完成したCD2000枚ではなく、1500枚を引き渡すこととされていた。原告には1300枚を引渡済みである。
(ウ) 平成25年4月23日付け被告準備書面3における主張
 原告と被告は、遅くとも平成23年8月2日及び3日までに、概要以下の契約を締結した。
@ 原告は歌手としてジャズを歌う。被告はこれを録音する。録音は最高水準のもので行う。
A 被告は上記録音を基に市販用CD(本件CD)を製作する。本件CDを製作するに当たっては、原告の意向を最大限反映させる。
B 被告は本件CDの独占的販売権を取得する。
C 原告は、被告に対し、CD製作費用250万円を支払う。原告は(被告準備書面3・1頁に「被告は」とあるのは誤記と認める。)上記費用とは別にバンド費用として120万円を支払う。
D 被告は原告に対し(被告準備書面3・1頁に「原告は被告に対し」とあるのは誤記と認める。)、1枚1500円以上で本件CDを交付する。枚数は決めなかった。
 被告は、上記契約に基づき、自己のノウハウ、コネクション等を総動員して本件CDを完成させた。これらの対価を総合すると製作費は250万円以上である。
(エ) 被告代表者Rの平成25年5月31日付け陳述書(乙11)における陳述
 被告は、平成22年10月30日、原告と次のとおり約定した。
@ 被告は原告の演奏を録音しCD一式を製作する。
A 原告はCD3000枚を370万円で買う。
B 原告は被告に対し、本件原盤にかかるアーティストの実演について、著作権法上の一切の権利を独占的に譲渡する。
C 本件原盤に関わる全ての権利(所有権、レコード製作者の有する一切の権利を含む。)は被告に帰属する。
D 被告は前2号により本件原盤の全部又は一部を独占的に利用してレコードを複製し、これに適宜の商標を付して、国内、国外を問わず自由に頒布できる。
E 被告は原告の承諾なく、本件原盤の全部又は一部を再編集して使用することができる。
F 被告は原告の承諾なく、本件原盤を第三者に使用させることができる。
G 被告は本件原盤のネットワーク配信(衛星放送を使った音楽配信を含む。)による使用を、原告の承諾なく行うことができる。
 その後、売買するCDの枚数は3000枚から2000枚に変更され、さらにその後にまた枚数を減らすことになったが、減らす枚数は決まっていなかった。原告には1400枚を引渡済みである。
イ 被告準備書面3における主張について
 最終的な主張である被告準備書面3における主張(上記ア(ウ))において、被告は、原告から交付された370万円が、CD制作費用250万円及びバンド費用120万円の合計であることを認めている。
 そして、同準備書面では、レコード製作者の権利の帰属について、特に製作費の負担者と異なる者に帰属させるとの合意をしたとの主張はない。
 同準備書面には、本件CDの製作費は250万円以上である旨の主張があるが、製作費の全額として想定された額を全額負担するとの合意をした場合、別段の合意のない限り、その負担者が完成したレコードのレコード製作者となり、レコード製作者の権利の全部を原始的に取得するものというべきであり、実際の製作費が当初の想定を超え、超過分を負担した者がいたとしても、当該負担者がレコード製作者の権利の全部又は一部を取得することはないと解するのが相当であるから、上記主張は、原告のレコード製作者の権利を否定する理由となるものではない。
ウ 陳述書(乙11)における陳述について
(ア) もっとも、被告代表者のRは、上記被告準備書面3の後に作成した陳述書(乙11)において、370万円はCD3000枚(後に2000枚、後にまた減少)の売買代金であり、レコード製作者の権利は被告に帰属する旨の合意をした旨陳述しているので、念のためこの陳述につき検討する。
(イ) この点、@原告が、平成22年11月17日付けの被告宛てメール(乙12)において、370万円につき「CD代 2000枚」とした領収書の発行を求めていること(上記1(5))、A被告が、平成23年3月11日付けの原告宛てメール(乙4)に「Oさんからいただいた金額はあくまでもCD、2000枚の商品代金と演奏者のギャランティーの一部をいただいております。」と記載していること(上記1(6))、B本件CD(甲1)には、レコード製作者として被告の名が表記されていること(上記1(12))、C原告のマネージャーであるTが、平成23年12月11日付け被告代表者宛てメール(乙2)において「残りのCD200枚Oさんに納品してはどうですか?初めの約束通り。」と記載していること(上記1(14))は、一見、被告代表者の上記陳述に沿うかのようにみえる。
(ウ) しかし、@の点については、原告本人尋問の結果によれば、確定申告のための税理士からのアドバイスによるものであって、税理士はレコード製作者が誰かや原盤権が誰に帰属するかを頭に入れた上でのアドバイスではなかったというのであって、当事者間の実際の合意を反映したものではなかった可能性があり、また、実際には領収書は発行されなかったのであるから、370万円がCD製作費であったことと矛盾するとまではいえない。
(エ) Aの点も、上記@の領収書記載要請を受けた後の被告代表者の認識を示したものにすぎず、370万円がCD製作費であったことと矛盾するとはいえない。
(オ) Bの点も、原告本人尋問の結果によれば、これがレコード製作者の権利を示すものとは気付かなかったというのであり、原告がレコード製作者の権利を有していることと矛盾するとまではいえない。
 なお、本件において、原告においても被告においても、レコード会社と原盤譲渡契約を締結したり、原盤印税を受領したりといった、レコード製作者としての対外的な行動を取った証拠は全くない。
(カ) Cの点も、原告がCD製作費を負担し、レコード製作者の権利を有しているとしても、被告が原告に(原告側で販売するため)一定枚数のCDを引き渡す合意をすることはあり得るから、被告の陳述を裏付けるものとはいえない。
 むしろ、370万円がCD3000枚の売買代金であったとすれば、完成したCD3000枚との引換給付とするのが自然であるし、CDの売買枚数が減少しても売買代金が全く変わらないのは極めて不自然である(370万円が3000枚の売買代金とすれば1枚当たり1233円であるが、1500枚の売買代金とすれば1枚当たり2466円である。)。
(キ) 被告は、本件CDの製作費について、「500万円を超えるものとなってしまった」(被告準備書面(1)3頁)とか「250万円以上である」(被告準備書面3・2頁)とか主張するものの、実際に支出した製作費の内訳について何ら主張立証しない(乙11の陳述書には、本件CDの製作費についての記載が全くない。)。原告がニューヨークで録音した過去のCDの製作費は300万円から350万円の間に収まっていたというのであるから(原告本人)、本件CDの製作費も原告の支払った370万円を超えるものではなかったと認められ、これに反する証拠はない。
(ク) そもそも、被告の主張には上記のとおり変遷があり、上記(ア)の陳述記載部分は訴状送達(平成24年7月13日)後10か月以上が経過した平成25年5月31日付け陳述書において初めてなされたものである上、被告代表者は本人尋問期日に出頭せず、上記陳述記載部分は反対尋問を経ていないのであるから、このような訴訟経過だけから見ても、被告代表者の上記陳述記載部分は到底信用することができない。
(4) 以上によれば、本件CDのレコード製作者は原告であり、原告がレコード製作者の権利を有していると認められるから、原告によるレコード製作者の権利の確認請求は理由がある。
3 本件マスターCDの引渡請求について
(1) 被告が本件マスターCDを所持(占有)していることは争いがない。
(2) マスターCDの所有権は、特段の合意がない限り、製作費を投じてマスターCDを製作させたレコード製作者に原始的に帰属するものとみるのが相当であり、本件においてこれと異なる合意をした証拠もないから、本件マスターCDの所有権は、レコード製作者である原告に原始的に帰属したものと認められる。
(3) 原告は、複製作業に必要な限度で被告に本件マスターCDの占有権原を与えていたものと思われるが、遅くとも本件訴状の送達をもって返還を請求し、被告は占有権原の抗弁を主張していないのであるから、原告は、被告に対し、所有権に基づき、本件マスターCDの引渡しを求めることができる。
4 立替金請求について
(1) 平成23年10月21日時点で、被告がソウル社に対し24万7777円の未払演奏料債務を負担していたことは争いがない。
(2) 原告は、平成23年10月21日、ソウル社に対し、上記24万7777円を立て替えて支払ったのであるから(上記1(9))、原告は、被告に対し、24万7777円の求償債権を取得した。
 被告がソウル社に4万7777円を支払い、ソウル社は原告に4万7777円を返戻したから(上記1(9))、原告の求償債権は4万7777円分減少した。
 被告は、その後、ソウル社に5万円を支払っている(上記1(9))が、被告のソウル社に対する債務は原告の第三者弁済により消滅しているから、上記支払があったからといって、原告の被告に対する求償債権が減少することはない。
(3) 以上によれば、原告は、被告に対し、第三者弁済に基づく求償金として20万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成24年7月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
5 以上によれば、原告の請求はすべて認められる。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 大須賀滋
 裁判官 小川雅敏
 裁判官 西村康夫
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