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【事件名】雑誌標章“HEART”侵害事件(2)
【年月日】平成25年11月14日
 知財高裁 平成25年(行ケ)第10084号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成25年10月8日)

判決
原告 株式会社医学出版
被告 株式会社メディカ出版
代理人弁護士 三山峻司
同 井上周一
同 木村広行
同 松田誠司
同 種村泰一
同弁理士 齊藤整


主文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 原告の求めた判決
 特許庁が取消2012−300286号事件について平成25年1月8日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
 本件は、原告が有する下記商標登録(本件商標)について、被告が行った商標法51条1項に基づく商標登録取消審判請求に対し、特許庁がこれを認容する審決をしたことから、原告がその審決の取消しを求めた事案である。
 争点は、@原告による下記の本件使用商標1及び2(これらを併せて、単に「本件使用商標」ともいう。)と本件商標との類似性、A被告の業務に係る商品との出所混同を生ずるおそれの有無B原告の故意の有無である。
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、下記の本件商標(登録第5348154号)の商標権者である。本件商標は、平成22年1月21日に登録出願され、第16類「雑誌、新聞」を指定商品として、同年8月27日に設定登録を受けた(乙1の1・2)。被告は、原告による下記の本件使用商標の使用は、後記の引用商標である旧被告商標及び現被告商標を表題に付した被告の業務に係る商品である雑誌(被告雑誌)と出所混同を生ずるおそれがあるとして、商標51条1項に基づいて、本件商標の登録取消しを求める審判請求をした。特許庁は、これを取消2012−300286号として審理した上、平成25年1月8日、「登録第5348154号商標の商標登録は取り消す。」との審決をし、その謄本は同月18日、原告に送達された。
 (本件商標) 商標イメージ省略
 (本件使用商標1)(本件使用商標2) 1、2 とも商標イメージ省略
2 審決の理由の要点
(1) 引用商標
 被告は、循環器系疾患医療に関わる看護師を主な対象読者として、昭和62年11月1日に看護雑誌「HEART nursing」(被告雑誌)を創刊し、当該創刊時から平成16年3月頃に至るまで、16年以上、以下の態様からなる商標(旧被告商標)を使用してきた。同年4月ころから現在までは、下記の現被告商標を使用している(これらを併せて、単に「被告商標」ともいう。)。
 (旧被告商標) 商標イメージ省略
 (現被告商標) 商標イメージ省略
(2) 本件使用商標の使用及び本件商標と本件使用商標との類似性
 原告は、循環器系疾患医療に関わる看護師を主な対象読者とする月刊雑誌(原告雑誌)において、その題号として、平成23年8月頃からは「HEART」の欧文字からなる商標(本件使用商標1)を、平成23年12月1日発行の雑誌からは本件使用商標に登録商標であることを示す(R)の記号を付記した商標(本件使用商標2)を使用している。
 本件商標は、視覚上及び意味上から「HEART」の部分が特に注意を惹く部分といえるから、これが独立して自他商品識別機能を発揮し得るものであり、当該部分からは、本件使用商標と同様に「ハート」の称呼及び「心臓、心」などの観念を生ずるものとみるのが相当である。そうすると、本件商標及び本件使用商標ともに、称呼及び観念において共通するものであり、本件使用商標の使用は、本件商標に類似する商標の使用に該当する。また、本件商標の指定商品は、第16類「雑誌、新聞」であり、本件使用商標を使用する商品も循環器系疾患医療に関わる看護師を主な対象とする月刊誌(雑誌)であるから、本件使用商標の使用は、本件商標の指定商品についての使用に当たる。
(3) 出所混同のおそれ
 被告商標中の「HEART(HEΛRT)」が被告雑誌を表示するものとして、その需要者の間に広く認識されていること、本件使用商標が、被告商標の要部である「HEART(HEΛRT)」と称呼、観念を共通にし、かつ、外観においても近似した印象を与える互いに相紛らわしい類似の商標であること、本件使用商標が使用されている商品と被告商標が使用されている商品とは同一のものであって、両者の需要者も共通していることなどの事情を総合的に勘案すれば、本件使用商標を原告雑誌に使用したときには、これに接した需要者に対し、被告商標を想起させて、その商品が被告の業務に係る商品又は被告と経済的若しくは組織的に何らかの関連を有する者の業務に係る商品であるかのように、その出所につき誤認を生じさせるおそれがある。
(4) 原告の故意
 原告と被告は、ともに書籍・新聞等の出版等を事業目的とし、その名称から同業者(出版社)といえる者であり、原告雑誌と被告雑誌もまた、ともに「循環器看護に関わる看護師のための雑誌」であることからすれば、原告は、関連雑誌といえる被告雑誌の状況については十分な情報を得ていたはずであり、また、本件使用商標が被告商標と同じ「Times New Roman」と同等の書体で書されていることからしても、本件使用商標の使用を開始した当時、被告商標及び「HEART(HEΛRT)」が需要者の間において広く認識されていたことを知っていたことは明らかである。また、原告は、「HEART」の文字のみからなる登録商標を所有していないにもかかわらず、原告雑誌の表紙や宣伝広告、原告雑誌の創刊に当たっての執筆や編集企画の依頼文等において、本件使用商標の末尾に登録商標であることを示す(R)の記号を表示し使用していることから、原告が本件使用商標「HEART」を雑誌に使用する行為が周知な被告商標及び「HEART(HEΛRT)」との関係において混同を生ぜしめるおそれのあることを十分に認識しながら、その使用をしたことを裏付けるものである。
したがって、原告による本件使用商標を原告雑誌に使用する行為は、故意によるものといわざるを得ない。
(5) 以上のとおり、原告による本件使用商標を原告雑誌に使用する行為は、「商標権者が故意に指定商品についての登録商標に類似する商標の使用であって他人の業務に係る商品と混同を生ずるものをしたとき」に該当し、商標法51条1項の要件を具備するというべきである。
 したがって、本件商標の登録は、商標法51条1項の規定により、取消しを免れない。
第3 原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(本件使用商標と本件商標との類似性判断の誤り)
 本件商標は、「NURSE(R)」「HEART」「ナースハート」の3段からなるものであり、自他商品識別機能は、「NURSE(R)HEART」が一体として発揮しているにもかかわらず、審決が「HEART」の文字の大きさのみを重視して「HEART」部分を取り出し、本件使用商標との類似性を認めたのは誤りであり、本件使用商標の使用は、本件商標の類似商標の使用に当たらない。
 本件商標の「HEART」の部分が図形商標であれば、この部分が独立して自他商品識別機能を発揮し得るといえるが、本件商標は図形商標ではないのだから、「HEART」部分に自他商品識別機能があるとはいえない。文字商標は、標準文字で出願される場合が往々にしてあり、このことからも、本件商標で、「HEART」部分が大きく表示されているかは問題ではない。
2 取消事由2(出所混同のおそれに関する判断の誤り)
(1) 本件使用商標と被告商標の類似性について
 被告商標は「ハートナーシング」又は「HEART nursing」であるにもかかわらず、その一部である「HEART」を取り出して、本件使用商標と類似するとして出所混同を認めた審決の判断は誤りである。
ア 被告雑誌の題号は「ハートナーシング」であって、「HEART nursing」ではないのに、審決は、「ハートナーシング」が、その読みにすぎないと断定しており、誤りである。被告商標が「HEART nursing」であるとすれば、被告は最も重要な背表紙に雑誌題号である「HEART nursing」と表記するはずであるのに、「ハートナーシング」との表記を行っているのであるし、被告が自社広告において、雑誌題号を「ハートナーシング」と明示していることからも、被告雑誌が「ハートナーシング」であることは明らかである。「HEART nursing」は、雑誌の表紙に見られるデザインの一つにすぎず、「HEART」の部分は、そのデザインの一つを強調したものにすぎない。
イ 仮に、「HEART nursing」が被告雑誌の題号であるとしたとしても、「HEART」と「nursing」が一体として被告雑誌の題号をなしているのであり、「HEART」部分のみが被告雑誌の題号でないことは、「HEART」と「nursing」が一体で表記されていることからも明らかである。
 いかに小さく表記されているとはいえ、自他商品識別機能を有しているのは、「nursing」の部分である。
ウ 審決は、被告雑誌が「ハート」と呼称されていると認定しているが、被告雑誌は「ハートナーシング」とのみ呼称されており、「ハートナーシング」が「ハート」と呼称されてきたとの点について、客観証拠に乏しい。
エ さらに、わが国で循環器系の雑誌を出版し、店頭で販売されている主要出版社は、原告と被告のほか、メディカルビュー社であるところ、メディカルビュー社発行の雑誌の題号「Heart View」の「Heart」も独立して目立つ表示となっており、被告主張からすれば、これも「HEART」ということになってしまい不都合であるから、「HEART nursing」のうち、「HEART」が独立して識別機能を有していないことは明らかである。
(2) 出所混同のおそれについて
 原告の調査によれば、需要者が被告雑誌である「ハートナーシング」を「ハート」と呼称しているとの事実は存在せず、読者、書店、執筆者、取引業者はことごとく、「ハートナーシング」とのみ呼称し、被告雑誌を「ハートナーシング」と認識していることは明らかである。
 また、原告雑誌の読者の一部には看護師が含まれるとしても、原告雑誌は、研修医、コメディカル(薬剤師、理学療法士、診療工学士、作業療法士、看護師、検査技師)及び非循環器専門医の開業医及び理学部学生等の幅広い読者を対象としているのであり、原告雑誌の主な読者を看護師であると認定した審決の判断は誤っている。
 さらに、雑誌業界についていえば、読者は単に雑誌題号を見て雑誌を買ってくれるほど甘くはなく、立ち読みをして雑誌の中身(コンテンツ)を十分に吟味して、購入するかどうかを判断している。そのために、例えば、「週刊サッカーマガジン」、「週刊サッカーダイジェスト」など似たような雑誌名が複数存在しても、混乱も混同も実際には生じていない。
 現実に、本件使用商標と被告商標との相紛らわしい混同は全く発生しておらず、出所混同のおそれがあるとした審決の判断は誤りである。
3 取消事由3(故意についての判断の誤り)
 原告は、本件使用商標を使用する際に、被告雑誌を知らず、被告商標が広く需要者の間に認識されていると知って原告雑誌を創刊したわけではなく、故意はない。また、審決は、故意を示す事情として、本件使用商標が被告商標と同じ「Times New Roman」の書体であることを述べているところ、本件使用商標が被告商標と同じ「Times New Roman」の書体を利用しているとしても、当該書体は、通常のワープロで一般的に使用され、数百種類あるローマ字書体の中で、唯一太く表示されているものであって、通常どこの出版社でも雑誌や書籍に採用されているものであり、被告雑誌とは無関係である。また、原告の出版している他の雑誌においても、英字表記のものは全て「Times New Roman」の書体を使用しており、被告雑誌とは関係がない。
第4 被告の反論
1 取消事由1に対し
 本件商標は、1行で文字を書き連ねたものではなく、3段書きでなるものであり、上段に配された「NURSE」の文字部分のみが敢えて小さく斜体で書されている上に、該文字の末尾に登録商標であることを示す(R)の記号も付されている。これに対して、中段に配された「HEART」は大きなポイントである上に書体も異なっている。これらのことからすれば、視覚上、上段の「NURSE(R)」と中段の「HEART」の各文字はそれぞれ分離して認識・把握され得ると見るのが自然である。
 したがって、「これに接する需要者にとっては、構成の中心に最も大きく太字で表された『HEART』の部分が特に注意を惹く部分といえる。」との審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2に対し
(1) 本件使用商標と本件商標の類似性について
 被告雑誌の表紙に記載された被告商標中、「HEART」の部分は、「nursing」の部分よりも格段に大きく強調して表されてなるため、当該部分が特に注意を惹く部分であって、独立して自他商品識別機能を発揮し得る。そして、第三者による年間購読申込の際に「ハート」と略称され、被告の社内的にも「ハート」と略称されていることや、被告雑誌が読者や執筆者である看護師や医師らにおいて、通常、「ハート」と称呼されていることからすれば、審決における被告商標の「HEART(HEΛRT)」部分が独立して自他識別機能を発揮し得るとの認定に誤りはないというべきである。
 原告は、「HEART nursing」に加えて「ハートナーシング」も被告商標の一つであると主張するならまだしも、背表紙や広告に「ハートナーシング」の表示があることのみをもって被告商標は「HEART nursing」ではないと断ずるが、被告雑誌の表紙に大きく「HEART nursing」の商標が長年使用されてきた事実からすれば、「HEART nursing」が被告商標であることは明らかである。また、原告は、被告があたかも「ハートナーシング」の表示のみをもって被告雑誌を広告しているように主張するが、被告は、自らのウェブサイトにおいて、被告雑誌の表紙写真とともに「HEART nursing」の商標を大きく表示し、サイトのタイトルや文中の題号表記も、すべて「HEART nursing」で統一している。
(2) 出所混同のおそれについて
 被告商標中の「HEART」部分が被告雑誌を表示するものとして20年以上の長きにわたり使用されてきたことに加え、販売実績、宣伝広告実績、及び需要者の認識等を考慮すれば、当該部分が原告雑誌の発刊された時点において需要者の間で周知となっていたとの認定は極めて自然であり、審決に違法性はない。
 そして、被告雑誌の読者の中には、実際に原告雑誌と混同して購入した者や、誤認して購入するおそれを感じる者が存在しているのであって、被告商標に類似する本件使用商標を原告雑誌に使用したときには、これに接した需要者に対し、その商品が被告の業務に係る商品等であるかのように、その出所につき混同を生じさせるおそれがあるという審決の認定に誤りはない。
3 取消事由3に対し
 原告は、本件使用商標を、被告が被告商標を使用している商品と同一の類型に属する商品、すなわち、循環器系疾患医療に関わる看護師等を主な対象とした月刊誌(原告雑誌)に使用しているところ、同医療分野を対象とした定期刊行物としては、被告の知る限り、株式会社日総研出版の発行する隔月誌「呼吸器・循環器 急性期ケア」が存在する程度であって、他には見当たらず、このような状況の下、被告雑誌は、当該分野における主要雑誌として、需要者である医師や看護師等に広く認識され、被告商標の付された被告雑誌が長年継続して販売されてきたのであるから、同一分野の月刊誌を新たに出版しようとする原告が、被告商標の付された被告雑誌の存在を知らなかったとするのは明らかに不自然である。しかも、原告は、被告商標に酷似した商標「ハートナース/HEART nursing」を過去において出願し、周知な被告商標に類似することを理由に登録を拒絶された経緯があるのであるから、原告は、被告商標の存在を十分に認識し、かつ、当該被告商標が周知であることを十分に認識していたはずである。
 また、原告は、書体の採択に固執し、「Times New Roman」の採択が故意を示すものではない旨の主張に終始する。しかし、審決は、原告が被告と同業者であること、及び原告雑誌と被告雑誌とが同種雑誌であることを前提として、原告は、古くから出版されている被告雑誌に関する情報を十分に得ていたと考えられる点や、同等の書体を用いている点、原告は「HEART」のみからなる商標を保有していないにもかかわらず、原告雑誌の表紙や同雑誌の宣伝広告、執筆依頼等において、本件使用商標の末尾に登録商標であることを示す「(R)」の表示を使用していること等を総合的に勘案した上で、原告における故意を認定しているのであって、審決の判断に違法性は認められない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件使用商標と本件商標との類似性判断の誤り)について
(1) 原告は、本件商標の自他商品識別機能は、「NURSE(R) HEART」一体として発揮しているにもかかわらず、審決が、本件商標中の「HEART」部分の文字の大きさのみを重視して本件使用商標との類似性を認めたのは誤りであり、本件使用商標の使用は、本件商標の類似商標の使用に当たらないと主張する。
ア 本件商標は、前掲のとおり、「NURSE(R)」「HEART」「ナースハート」の各文字を上下3段に横書きしてなるものであるところ、最上段の「NURSE(R)」部分は最も小さな斜字体で表され、その下の中段に最も大きく「Times New Roman」の書体の大文字体で「HEART」と表され、最下段には、「HEART」部分よりもやや小さい文字で「ナースハート」と表されている。「HEART」部分が5文字であるのに対し、「ナースハート」部分は6文字であるために、「ナースハート」部分は各文字の大きさは小さいものの、横幅としては、「HEART」よりも広がった形となっている。
 一方、本件使用商標1及び2は、本件商標と同じ「Times New Roman」の書体の大文字体で記されており、その外観において、本件商標の「HEART」部分をそのまま抜き出したような体裁となっている。本件使用商標2には、右下に、一般に当該商標が登録商標であることを意味する(R)の記号が付されている。
 そして、本件使用商標の具体的使用方法や取引実情について見るに、証拠(甲1、6、7、29、乙1ないし4、36、39、43。なお、特に断らない限り、証拠番号には枝番号を含む。以下、同じ。)によれば、@原告は、昭和57年に株式会社キャドテックスとして設立され、平成10年に株式会社医学出版に商号が変更された株式会社であり、雑誌及び書籍の出版等を事業目的としていること、A原告は、平成22年1月21日に本件商標の登録出願をなし、同年8月27日に設定登録を受けたこと、B月刊誌「HEART」(原告雑誌)の平成23年8月15日発行の同年9月号(創刊号)から、原告雑誌において「Times New Roman」の書体の大文字体で記された本件使用商標1の使用を開始し、同年12月からは本件使用商標1の右下に、通常、登録済みの商標であることを示すためのマークとして用いられるノの記号を付した本件使用商標2を使用するようになったこと、Cその後、平成24年8月号からは頭文字より後ろを小文字表記とした「Heart」との下記商標(本件使用商標3)を使用していること、C本件使用商標1ないし3は、いずれも、原告雑誌の表紙上段において、通常の雑誌においても誌名が記載される部分に大きく目立つ態様で、原告雑誌の雑誌名を示すものとして表示されていること、などがそれぞれ認められる。
 他方、原告は、原告雑誌において、雑誌名を表するものとして、「ナース」あるいは「ナースハート」を使用するものではなく、その他本件商標を「ナースハート」として使用した形跡は窺われない。
 (本件使用商標3) 商標イメージ省略
 さらに、証拠(甲3、14、弁論の全趣旨)によれば、原告は、審判手続において、本件商標の中核が「HEART」である旨を述べている上、本件商標は、「HEART」と同一又は類似の商標が出願登録時に存在しなかったことにより、本件商標が登録になった旨を自認していたこと、原告雑誌の2011年12月号に本件商標を基に、「HEART」に(R)の記号を付した本件使用商標2の使用をした旨述べていたことが認められる。また、原告の有する本件商標とは別の商標(「ハートナース」、「HEARTCARE」、「HEARTNURSE」、「ハートケア」を四段書きにしてなる商標・登録第5339612号)について、被告が本件審判請求とほぼ同時期に本件使用商標と同様の商標の使用につき、商標法51条1項に基づく商標登録取消請求をしたところ、原告は、その審判手続においては、当該商標と本件使用商標との類似性を争っていた(甲14)にもかかわらず、本件審判手続においては、本件商標と本件使用商標との類似性がない旨の主張をせず、本件商標と本件使用商標の類似性を争っていなかったことが認められる。
イ 以上を総合すると、本件商標の外観から、「HEART」部分が、「NURSE(R)」あるいは「ナースハート」の文字部分を凌駕して、需要者において「HEART」部分のみに注目するとまでは言い難いものの、上記に認定した取引実情等や、原告自身が登録商標であることを示す(R)の記号を付して、本件使用商標2を使用しており、本件審判段階においても、本件使用商標が本件商標の使用であることを争っておらず、かえって、「HEART」が中核であると自認していたとの経緯をも踏まえれば、本件商標のうち、「HEART」の部分が自他商品識別機能を有する部分として、本件使用商標との類似性を認めるのが相当である。
(2) これに対し、原告は、本件商標において、「NURSE(R)」部分が自他識別機能を有する旨主張するが、当該部分は小さく表示されているにもかかわらず、独立して自他識別機能を有することについての具体的根拠を示しておらず、また、証拠を精査しても、これを認めるような事情は窺われないから、上記主張は採用できない。また、原告は、文字の結合商標において「HEART」との一部分が識別性を有することはあり得ない旨主張するようであるが、独自の見解であって採用の限りではない。
(3) したがって、本件商標と本件使用商標との間に類似性を認めた審決の判断に誤りはなく、原告の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(出所混同のおそれに関する判断の誤り)について
(1) 後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 被告及び被告商標について
 被告は、昭和56年に設立された株式会社であり、医療分野の学術用書籍・専門誌の出版及びDVDの制作並びに各種セミナー及び研究会の開催等を事業目的とし、医学・看護などの医療系分野を専門とする出版社である(甲2、乙5、弁論の全趣旨)。
 被告は、循環器系疾患医療に関わる看護師を主な対象読者として、昭和62年11月1日に「HEART nursing」(和文表記はハートナーシング)との表題の被告雑誌を創刊し、当該創刊時から平成16年3月頃に至るまで、16年以上、被告雑誌の表紙の雑誌名を表示する部分において、旧被告商標を使用し、平成16年4月頃から現在に至るまで、上記と同じ態様で、現被告商標を被告雑誌の表紙に使用している(甲30、乙6ないし8)。
 被告雑誌は、書店等において、医療雑誌のコーナーにいわゆる面出しの状態で陳列されて販売される場合もある。(甲6、7、乙36)
 また、被告は、自身のホームページにおいて、被告雑誌に関するページに現被告商標を用いているほか、被告雑誌を文字で表記する際にも、「HEART」の横にフォントを小さくした「nursing」を横に並べる形で表記している。(乙44)
イ 被告雑誌の販売・宣伝の状況等について
(ア) 被告雑誌の発行部数は、各号につき概ね4000部を超えており、平成3年から平成23年までの1年当たりの発行部数は、5万部ないし8万部である(乙9、10)。
 また、被告雑誌の読者は、主として、心臓血管外科、循環器科及び集中治療室(ICU)に勤務する看護師であるところ、これらの診療科に所属する看護師の総数は、平成21年11月時点において、全国で合計約6万4500人と推定される(乙13)。
 さらに、被告雑誌は、病院・医療センターなどによって定期購読をされ、これらの施設に所属する看護師も読者となっている(乙16〜21)。
(イ) 被告は、少なくとも平成16年から20年までの間において、日本循環器看護学会学術集会のプログラムや学会誌に、被告商標又はこれを付した被告雑誌の表紙を掲載することにより広告活動を行った(乙22〜26)。
 また、被告雑誌の創刊時(昭和62年11月)に、その創刊を記念した「HEART nursing」と題するセミナーを開催、その後も同名のセミナーを年1回平成2年まで開催し、被告商標を付した被告雑誌の周知活動を行った(乙27)。
ウ 原告雑誌について
 原告雑誌は、循環器系疾患医療を扱う看護師を主な読者対象としており、書店等において、医療雑誌のコーナーにいわゆる面出しの状態で陳列されて販売される場合がある。(甲6、7、29、乙3、4、36、39)
(2) 件使用商標と被告商標の類似性について
 被告旧商標は、前記のとおり、「HEART」の右の「RT」の下部あたりに「nursing」との記載部分を配置してなり、被告現商標は、「HEART」の右横下に「nursing」と記載されてなるところ、いずれについても、「HEART」は、「Times New Roman」の大文字書体で「nursing」よりも格段に大きく、太く示されており、「HEART」部分の文字は、「nursing」の文字から明瞭に区別することができ、被告商標に接した需要者等は、大きく記された「HEART」部分を強く意識することが多いものと認められる。そして、上記認定のとおり、「HEART」は、被告雑誌の表紙に表題を示すものとして、大きく記され、証拠(乙31〜37)によれば、広く「HEART」として呼称されるなどして被告雑誌を示す商品表示として機能していると認められることからすれば、「HEART」部分は被告商標の要部であると認められる。
 以上を前提として、本件使用商標と被告商標の類否について見ると、両者は、「ハート」との称呼を生じ、観念についても上記と同様に、「心」、「心臓」との観念を生ずるものである点で共通する。また、外観について、被告旧商標は、本件使用商標1及び2と酷似しており、被告現商標は、「Λ」と「R」の表記においてデザインがやや異なっているものの、単なる書体の違いにすぎず、需要者がそこから受ける意味合いや呼称、全体から受ける印象に大きな違いはない。さらに、取引の実情についてみると、本件使用商標及び被告商標は、いずれも看護師を主たる対象とする月刊誌において、表紙の雑誌題名を記す部分に使用され、書店においていわゆる面出しの状態で陳列販売される場合もある。これらのことからすれば、本件使用商標と被告商標とは類似するものと認められる。
(3) 出所混同のおそれについて
 以上を踏まえ、「他人の業務に係る商品…と混同を生ずる」おそれがあるか否かについて検討する。
 原告雑誌及び被告雑誌はともに、循環器系疾患医療に関わる看護師を主たる読者とする雑誌である点で共通し、店頭で医療雑誌として販売されるという点でも共通しているところ、そのいずれもが雑誌の表題を示す表紙部分に「HEART」と「Times New Roman」書体でほぼ同じ大きさ、配置で表題が示されており、両雑誌がいわゆる面出しの状態で医療雑誌のコーナーで陳列販売される場合があり、雑誌を購入する読者にとって、最も識別力を有するのは雑誌の表題部分であると推認されることからすれば、一見して紛らわしいものである。そして、上記のとおり、被告雑誌が、循環器系疾患医療に関わる看護師用の月刊誌として、周知されていることからすれば、需要者が原告雑誌を広く知られている被告雑誌と混同するおそれは十分に認められる。加えて、実際に、需要者において原告雑誌と被告雑誌を混同し、あるいは、混同のおそれを感じている者がいることが認められる(乙14、15、17ないし21、34、35、37、40)
 そうすると、本件使用商標の使用は、被告の業務に係る被告雑誌と混同を生じるおそれのあるものと認められる。
 この点、原告は、実際に原告雑誌と被告雑誌を間違えて購入した旨や、混同のおそれを感じている旨が記載された医療関係者等の陳述書である上記各証拠(乙14、15、17ないし21、34、35、37、40)の信用性に疑義を差し挟むが、いずれも具体的な根拠に欠けるものであり、上記に認定した事情に鑑みれば、混同を生ずるおそれを感じる需要者が存在するというのは容易に推測できるところであり、内容自体に合理性があることからすると、その信用性に疑いを生ずべき事情を認めることはできない。
 また、原告は、原告雑誌の需要者は、看護師に限られるものではなく、幅広い読者を対象にしており、主要読者の認定において審決の判断が誤りである旨主張するが、審決は、看護師以外の読者がいることを排除しているものでなく、主たる読者が看護師であると認定しているにすぎないものであるところ、証拠(乙38)によれば、原告自身が原告雑誌の創刊に当たり、「循環器科の看護師を読者対象とする」旨を述べているのであり、原告雑誌の内容自体からも、循環器疾患医療に関わる看護師を主な対象とするものであると認められることからすれば、審決の認定に誤りはなく、原告の上記主張は採用できない。
 さらに、原告は、被告雑誌を「ハートナーシング」と呼んでいることや、被告雑誌と原告雑誌を混同したことはない旨の記載又はその旨の選択肢にチェックの付された医療関係者や書籍販売関係者のアンケート結果(甲8ないし10、26ないし28など)を提出するほか、被告雑誌の雑誌名は「ハートナーシング」であるとし、被告自身が「ハートナーシング」との表記を利用している例や、被告雑誌の背表紙に「ハートナーシング」との記載がなされていることなどを指摘し、「HEART」を被告商標の要部と認定した審決は誤りであると主張する。しかし、本件では、被告雑誌に示された被告商標「HEART nursing」の商標的利用と本件使用商標の使用による出所混同のおそれが問題となっているのであり、原告の主張は、上記認定を左右するものではない。また、原告の指摘するとおり、医療関係者の中に、被告雑誌を「ハートナーシング」と呼んでいる者がいるとしても、「ハート」と呼称されていることを否定することになるものではない。
 以上により、原告の取消事由2には理由がない。
3 取消事由3(故意についての判断の誤り)について
 原告は、本件使用商標を使用する際に、被告雑誌の存在を知らず、本件使用商標を使用したことは被告雑誌とは無関係であり、原告に故意はないと主張する。
 商標法51条1項における商標権者の「故意」とは、商標権者が、指定商品について登録商標に類似する商標等を使用するに当たり、その使用の結果、他人の業務に係る商品と混同を生じさせること等を認識していたことをもって足りるものと解される。そして、原告は、前記のとおり、平成23年8月ころから、「HEART」という雑誌名の原告雑誌に本件使用商標1を使用し、同年12月1日発行分から本件使用商標2を使用しており、これらの本件使用商標開始時において、原告にかかる認識があったか否かについて検討する。
(1) 上記認定のとおり、原告は、昭和57年12月24日に設立された書籍の出版等を事業目的とする株式会社であり、平成10年1月5日、株式会社医学出版に商号が変更されていることから、医療分野に関連する雑誌を刊行していたものと推認することができ、同じく医療分野の学術用書籍や専門誌を刊行していた被告とは競業する関係にあったものといえる。そして、被告は、原告による本件使用商標の使用開始までの間、20年以上の長期間にわたり、被告商標を被告雑誌の表紙の目立つ表題部分に用いており、それが循環器系疾患医療に関わる看護師らの間でよく知られたものであったこと、原告自身が、循環器系の主要な雑誌として、原告、被告のほかにメディカルビュー社の3社による雑誌が存在する旨述べるなど、被告雑誌が主要な循環器系の雑誌であることを自認する主張をしており、雑誌を創刊する際には、競合する主要な他誌について調査するのが通常であることを考え合わせると、原告において、本件使用商標の使用の際、被告雑誌及び被告商標の存在を認識していたものと推認できる。
(2) さらに、本件においては、後掲の証拠により、以下の事情が認められる。
ア 原告は、平成21年7月1日、「ハートナース」の下段に「HEART nursing」との横書き文字を2段書きしてなる、指定商品を第16区分「雑誌、新聞、その他の印刷物」とする商標の登録出願をしたが、同年12月21日、被告による「HEART nursing」の周知商標の存在を理由として、拒絶通知を受けた。その後、当該拒絶理由が解消されないとして、平成22年9月17日、拒絶査定がなされた。同査定における理由には、被告が看護系の雑誌として「HEART nursing」(被告雑誌)を本願の出願前である1987年11月1日に発行し、その発行部数は約1万部であるところ、市場規模がある程度限定される医療分野において、一定の周知性を有している旨が記載されている。(乙30)
イ 原告は、原告雑誌の創刊に当たり、平成23年5月13日付の「雑誌 『HEART(R)』企画編集のお願い」と題する病院の医師宛の書面を作成した。同書面には、平成23年秋に月刊誌として、「HEART(R)」と題する雑誌を創刊する予定であること、同雑誌は、循環器科の看護師を読者対象とするものであることが記載されており、同雑誌の企画編集を依頼する内容となっている。(乙38)
 また、原告による本件使用商標の開始後の事情ではあるが、被告は、原告に対し、平成23年10月ころ、本件使用商標1の使用が、被告が被告雑誌に用いている需要者の間に広く認識されている、被告商標のうちの「HEART」部分と同一又は類似の商品表示に当たるとして、不正競争防止法3条に基づき、@本件使用商標1の使用差止及びA原告雑誌の廃棄と、B同4条に基づく100万円の損害賠償を求めて大阪地方裁判所に訴えを提起した(別件訴訟)こと、同裁判所は、平成24年6月7日、上記の請求のうち、@及びAを認容し、Bのうち50万円及び遅延損害金の支払を認める一部認容判決をなしたこと、その後も、原告は、原告雑誌に本件使用商標を用いた上、平成24年8月号からは「HEART」を「Heart」と表記した前掲の本件使用商標3を原告雑誌の表紙に用いるようになったこと(甲29、36、乙3、4、29、30、39、40、43)が認められる。
(3) 以上のとおり、原告は、平成21年に被告雑誌と表題を同じくする「HEART nursing」の上段に「ハートナース」との表記を記載した横書き2段からなる商標の出願をし、被告雑誌名と同じ「HEART nursing」を含む商標の設定登録を受けようとしていた上、その際、被告雑誌の周知性を理由に商法法4条1項10号により商標登録を拒絶する旨の拒絶理由通知を平成21年12月21日に受け、被告雑誌の存在及び被告商標の周知性を十分に認識していたものと推認できる。それにもかかわらず、主たる読者を共通にする雑誌である原告雑誌の創刊に当たり、本件使用商標を利用したものである(なお、上記認定の別件訴訟において被告商標の「HEART」部分と類似の商品表示をしており誤認混同を生ずるとして一部認容判決がなされたにもかかわらず、原告は、その後も本件使用商標を継続し、さらに、本件使用商標3のとおり、大文字を小文字に表記を変えただけの社会通念上同一の商標の使用を継続している。)。これらのことに、上記で認定したとおり、本件使用商標と被告商標の類似性や、取引形態、使用形態の共通性、類似性を考慮に入れると、本件使用商標の使用が、被告の業務に係る被告雑誌と混同を生じさせることを当然に認識していたものと認めるのが相当である。
 したがって、原告において、本件使用商標を使用するに当たり、被告の業務に係る商品と出所混同を生じさせることについて故意を有していたものと認められるから、これと同旨の審決の判断に誤りはない。
 原告の取消事由3には理由がない。
第6 結論
 以上によれば、審決の判断に誤りはないから、原告の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 清水節
 裁判官 中村恭
 裁判官 中武由紀
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