判例全文 line
line
【事件名】劇画「子連れ狼」実写映画化事件
【年月日】平成25年10月10日
 東京地裁 平成24年(ワ)第16442号 著作権確認等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成25年8月27日)

判決
原告 ラッキー17フィルムズ・エルエルシー
同訴訟代理人弁護士 山下淳
同 大杉真
被告 株式会社MANGA RAK
同訴訟代理人弁護士 藤井康弘


主文
1 原告が別紙著作物目録記載の著作物につき、平成24年1月16日から平成26年4月19日までの間、実写映画化権を有することを確認する。
2 被告は、第三者に対し、別紙著作物目録記載の著作物の独占的利用権が被告に帰属する旨並びに同著作物を基に実写映画及びこれに派生した実写テレビドラマシリーズを製作する原告の行為が被告の独占的利用権を侵害する旨を告知し、又は流布してはならない。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告に対し、(1) 別紙著作物目録記載の著作物(以下「本件原作」という。)について、平成24年1月16日から平成26年4月19日までの間、その翻案権の一部である実写映画化権(以下「本件実写映画化権」という。)を取得したと主張して、原告が、当該期間、本件実写映画化権を有することの確認を求めるとともに、(2) 被告が、本件原作の独占的利用権が被告に帰属する旨並びに本件原作を基に実写映画及びこれに派生した実写テレビドラマシリーズを製作する原告の行為が被告の独占的利用権を侵害する旨を告知したことが不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に当たると主張して、同法3条1項に基づく告知、流布の差止めを求めた事案である。
 なお、本件においては、原告が外国法人であることなどから準拠法が問題になるものであるが、我が国で創作された著作物に係る利用権の帰属に関する事案であり、我が国の法令が適用されるべきことに当事者間に明らかに争いがないので、これによることとする。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告は、アメリカ合衆国(以下「米国」という。)ニューヨーク州法に基づき設立された映画製作を主たる事業とする法人である。
イ 被告は、著作権、肖像権、商標権及びその他知的財産権の取得、管理、譲渡等を目的とする会社である。
(2) 本件原作
 本件原作は、昭和45年から昭和51年頃にかけて出版されて人気を博した漫画「子連れ狼」(以下「本件漫画」という。)の原作であり、Aが細かい描写や登場人物の台詞を含めて書き下ろした言語の著作物である。Bは本件原作に基づいて忠実に作画を行い、これにより本件漫画が作成された。(甲14の1及び2、甲15の1及び2、甲25)
(3) オプション契約及び譲渡担保契約の締結
ア オプション契約
(ア) Aと米国法人である1212エンターテイメント・エルエルシー(以下「1212エンターテイメント」という。)は、平成23年4月20日付けで、1212エンターテイメントがAから著作権の一部である実写映画化権等(実写版の映画及びこれに関する一切のリメイク版、続編等を製作するために必要な権利)を購入することができるオプション権を取得する旨のオプション契約(以下「本件オプション契約」という。)を締結した(ただし、どの著作物を対象とするかについては争いがある。)。(甲3の3)
(イ) 原告は、同月23日、1212エンターテイメントから本件オプション契約上の地位の移転を受けた。(甲5)
イ 譲渡担保契約
 原告、株式会社A作品普及会(以下「普及会」という。)及びAは、平成24年1月16日、本件オプション契約に定められたAの義務及び責任を担保するため、原告がオプション権を行使した場合に購入することができる権利を、Aから著作権の譲渡を受けた普及会が原告に譲渡する旨の譲渡担保契約(以下「本件譲渡担保契約」という。)を締結した。(甲1)
(4) 著作権の登録
 本件原作については、Aを著作者とする著作権の登録(表示番号第32969号)がされており、その譲渡に関して以下の登録がされた。(甲2)
ア 普及会を権利者とする譲渡の登録
 登録年月日:平成23年11月4日(同年10月17日受付)
 登録の目的:著作権譲渡の登録
 登録の原因等:平成23年5月10日に譲渡人・Aと譲受人・普及会との間に著作権(著作権法27条及び28条の規定する権利を含む。)の譲渡があった。
イ 原告を権利者とする譲渡の登録
 登録年月日:平成24年2月3日(同年1月24日受付)
 登録の目的:著作権譲渡の登録
 登録の原因等:平成24年1月16日に譲渡人・普及会と譲受人・原告との間に平成24年1月16日から平成26年4月19日までの間に譲渡担保契約による著作権(翻案権)のうち実写映画化権及びこれに派生した実写テレビドラマシリーズ化権の譲渡があった。
(5) 被告による権利主張
ア 被告(当時の商号はA劇画村塾株式会社)とAの間において、Aが被告に対し、被告が「子連れ狼」を含む著作物の原作等を利用するなどの事業を独占的に実施することを許諾する合意が成立した旨の記載がある平成20年2月18日付け「著作物利用に関する契約公正証書」(以下「本件公正証書」という。)が存在する。(乙4)
イ 被告は、シーエスデヴコ・エルエルシー(以下「シーエスデヴコ」という。)の代理人C弁護士(以下「C」という。)に対し、次のとおりの記載を含む原告代理人弁護士宛ての平成24年1月30日付け通知書(甲16)及び同年2月17日付け通知書(甲17)の写し(カーボンコピー)を送付した(以下、Cに送付されたものを「本件各通知書」と総称し、そのうち(ア)を「本件通知書1」という。また、これらの記載内容を「本件各記載」と総称し、そのうち(ア)を「本件記載1」という。なお、引用に当たっては、当事者の表記を本件におけるものに合わせるなど表現を一部改めた。以下同じ。)。
(ア) 平成24年1月30日付け通知書
 「カマラフィルムズ・エルエルシー又は原告が本件財産を基に映画の企画及び/又は製作を行おうとする試みは、被告及びそのライセンシーが本件財産の著作権に関して有する独占的権利を侵害するものであり、それにより貴職の依頼人は実質的損害及び法定の損害に対する重大な責任を負うことになります。」
(イ) 同年2月17日付け通知書
 「小職は、貴職の依頼人及び貴職に対し、小職の依頼人である被告が本件財産についての独占的映画化権を有する旨を通知し、貴職依頼人に対し、貴職依頼人が本件財産を基に映画の企画及び/又は製作を行おうとする試みは、被告が有する独占的権利を侵害するものである、と通知いたしました。」
 「回答がないという事実及びC宛の2012年1月20日付け貴職書簡における記載に鑑み、貴職依頼人がいまなお被告の権利の侵害行為を継続していると判断せざるを得ません。」
ウ 被告は、原告が、本件原作ないし本件漫画について実写映画化権等を有していることを争っている。
2 争点
(1) 原告が本件実写映画化権を有しているか(争点1)
ア 本件譲渡担保契約の対象となる著作物は本件原作であるか本件漫画であるか(争点1−1)
イ 原告が本件譲渡担保契約により本件実写映画化権を取得したか(争点1−2)
(2) 原告が被告に対し本件実写映画化権の取得を主張することが権利の濫用に当たるか(争点2)
(3) 被告による本件各通知書の送付が、不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に当たるか(争点3)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 本件譲渡担保契約の対象となる著作物(争点1−1)
(原告の主張)
 本件オプション契約及び本件譲渡担保契約は、原告が「子連れ狼」の実写映画を製作するために締結されたものであり、原告は本件漫画の作画部分を利用する意図を有しておらず、各契約当事者もその旨認識していた。したがって、本件オプション契約及び本件譲渡担保契約の対象となる著作物は本件原作である。
(被告の主張)
 本件譲渡担保契約により譲渡されるのはオプション権の行使により移転する権利であるところ、本件オプション契約に係る契約書の記載によれば、オプション権の対象となる著作物は本件漫画であると明記されているから、本件譲渡担保契約の対象は本件漫画である。
 そして、本件漫画は、Aによる本件原作に基づきBが作画をして完成させたものであるから、本件漫画につき実写映画化権等を取得するためには、Aだけでなく、Bないしその権利を承継した者の承諾が必要である。ところが、原告は、その承諾を得ていないのであって、本件漫画の実写映画化権等を取得し得ないことは明らかである。
(2) 本件譲渡担保契約による本件実写映画化権の取得(争点1−2)
(原告の主張)
ア 原告は次のとおり、本件譲渡担保契約により、本件実写映画化権を取得した。
(ア) Aと1212エンターテイメントは、本件オプション契約を締結し、1212エンターテイメントがオプション代金35万ドルをAに支払うことにより、本件原作の実写映画化権等を100万ドルで購入することができるオプション権を取得する旨合意した。原告は、1212エンターテイメントから本件オプション契約上の地位の移転を受けるとともに、Aに対しオプション代金35万ドルを支払い、オプション権を取得した。
(イ) Aから本件原作の著作権を譲り受けた普及会、原告及びAは、平成24年1月16日、本件譲渡担保契約を締結し、本件オプション契約上のAの義務及び責任を担保するため、普及会が原告に対し、同日から平成26年4月19日までの間、本件原作の実写映画化権等を譲渡する旨合意した。
(ウ) 以上により、原告は、平成24年1月16日から平成26年4月19日までの間、本件原作を実写映画化する権利を取得し、その旨の登録を備えた。
イ よって、原告は、被告に対し、原告が、上記の期間、本件実写映画化権を有することの確認を求める。
(被告の主張)
ア 譲渡担保契約による権利の移転は確定的なものでなく、その効力は債権担保の目的を達するのに必要な範囲にとどまるから、原告は実写映画化権等の確定的な権利を取得していない。そして、確定的でない権利関係については確認の利益は認められないから、原告の訴えのうち本件実写映画化権の確認を求める部分は、確認の利益を欠くものとして、却下されるべきである。
イ 仮に確認の利益が認められるとしても、原告は譲渡担保権を有するにすぎず、確定的な権利を有しているわけではないから、本件実写映画化権自体の確認を求めることはできない。
(3) 権利の濫用(争点2)
(被告の主張)
ア 被告の独占的利用権
 Aと被告は、平成20年2月18日、本件公正証書により、Aが被告に対し、本件原作の全部又は一部を翻訳・翻案して著作物を作製して利用する事業に独占的に利用することを許諾する内容を含む「著作物に関する契約」を締結した。被告は、Aに対し、上記許諾等の対価として、平成19年6月14日から同年8月20日までに合計2億円を支払った。
イ 本件原作の著作権に関する原告の認識
(ア) 国内外における「子連れ狼」に関する報道状況に照らせば、原告は、本件オプション契約の契約上の地位の移転に際し、本件原作の権利関係をめぐってトラブルがあることについて一定の認識があった。
(イ) 原告は、本件譲渡担保契約の締結に際し、被告が本件原作の独占的利用権を有していることを知っていた。
(ウ) さらに、原告は、被告から本件オプション契約の内容の開示を求められた際、契約上の地位の移転を受けていたにもかかわらず、本件オプション契約について知らないかのように装って開示に応じず、被告がAに対する究明その他必要な手段を講じることを妨げた。
ウ 著作物の独占的利用権の取得について対抗要件を具備する方法はないから、独占的利用権の存在を知りながら著作権を譲り受けた譲受人が独占的利用権者に対して著作権の主張をすることは、著作権者の独占的利用権者に対する債務を引き受ける場合を除き、権利の濫用に当たると解すべきである。
 しかも、本件における上記各事情に照らせば、原告は、Aによる取引の不当性を認識しながら、信義則に反する経過で本件譲渡担保契約を締結したものというべきである。
 したがって、原告が先行する独占的利用権者である被告に対し本件実写映画化権の取得を主張することは、権利の濫用として許されない。
(原告の主張)
ア Aと被告の間で「著作物に関する契約」が成立したかには疑問がある上、当該契約は、Aが将来作成する著作物を含む多数の著作物の独占的利用を許諾する内容であり、Aに過大な負担を課すものであって、公序良俗に反し無効である。また、Aは、上記契約を解除している。したがって、被告が本件原作につき独占的利用権を有しているとは認められない。
イ 仮に被告が本件原作の独占的利用権を有しているとしても、原告は、オプション権を取得するに際し、そのことを知らなかった。原告はオプション代金35万ドルをAに支払っており、原告が本件オプション契約上の権利を担保するために本件実写映画化権の譲渡を受けてその旨の登録をするのは正当な権利行使であるから、原告が本件実写映画化権の取得を主張することが権利の濫用に当たることはない。
(4) 不正競争行為の有無(争点3)
(原告の主張)
ア 本件各記載は、本件原作の独占的利用権が被告に帰属し、本件原作を基に実写映画及びこれに派生した実写テレビドラマシリーズを製作する原告の行為が被告の独占的利用権を侵害することを意味するものと理解される。しかし、原告は本件原作の実写映画化権等を有するのであるから、本件各記載は、原告の営業上の信用を害する虚偽の事実である。
イ 原告と被告は競争関係にあるから、Cに対して本件各通知書を送付した被告の行為は、不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に当たる。
 よって、原告は、被告に対し、同法3条1項に基づき、被告が、本件原作の独占的利用権が被告に帰属する旨並びに本件原作を基に実写映画及びこれに派生した実写テレビドラマシリーズを製作する原告の行為が被告の独占的利用権を侵害する旨を告知し、流布する行為の差止めを求める。
(被告の主張)
ア 本件各記載における「本件財産」は、本件原作ではなく本件漫画を意味しており、原告は本件漫画について実写映画化権等を有するものではないから、本件各記載は虚偽ではない。
 仮に、本件各記載が本件原作に関するものであるとしても、前記(1)ないし(3)の被告の主張のとおり、原告は本件実写映画化権の取得を被告に主張することができず、かえって被告が本件原作の独占的利用権を有しているのであるから、本件各記載は虚偽の事実に当たらない。
イ 本件各通知の相手方であるCは、被告の独占的利用権に基づいて本件漫画の映画化を企画しているシーエスデヴコの代理人であり、被告が本件通知書をCに送付したのは、被告の原告に対する主張について認識を共通にするためである。したがって、Cに対する告知は、原告の営業上の信用を害するものとはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 前記前提事実、証拠(以下に個別に掲記するもののほか甲19)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 本件公正証書の内容(乙4、5)
ア 平成20年2月18日に作成された本件公正証書には、Aが被告に対し、被告が1800点余の著作物及びその原案、原作、脚本、構成を含む各著作物と今後制作される著作物を利用し、日本又は海外において、複製、譲渡、展示、翻訳・翻案して著作物を作成して利用するなどの事業を独占的に実施することを許諾する内容を含む合意が成立した旨の記載がある。
イ 被告及びその関係者は、Aに対し、平成19年6月から8月にかけて、合計2億円を支払った。
(2) Aの著作物に関する報道(乙8〜10)
ア 平成21年1月、米国において、「AとBの「子連れ狼」」のハリウッド実写映画化を希望していた監督が実写映画化のための権利を獲得することができず、実写映画化を断念したことが報道された。
イ 平成21年4月及び6月頃、日本の週刊誌が、Aが、自己の著作物について、被告に独占的利用を許諾しながら第三者に著作権を譲渡するなどしており、Aの著作物の利用に関する権利関係にトラブルが生じていることを報じた。
(3) 本件オプション契約の締結(甲3の3、甲5、21、22、25)
ア 原告は、平成23年3月頃、1212エンターテイメントに対し、Aとの間で、本件漫画「子連れ狼」の物語を実写映画化することに関する契約の交渉をすることを依頼し、1212エンターテイメントは、原告のために、Aと交渉を行った。原告は、本件漫画について、その物語に基づく実写映画の製作を希望しており、Bによる作画を利用する意図はなく、1212エンターテイメント及びAもその旨理解していた。
イ Aと1212エンターテイメントは、Aが上記物語の実写映画化を許諾することについて合意し、平成23年4月20日付けで、以下の内容の本件オプション契約を締結した。
(ア) 本件オプション契約の対象となる著作物につき、契約書の前文においては、「本件オプション契約はAが最初に日本で発表した作品である劇画「子連れ狼」シリーズに基づく実写版の映画(及びこれに関する一切のリメイク版、続編及び/又は前編並びにそれらの製作に必要な一切の付属的な権利)の製作に関する独占的権利並びに現在知られ又は将来開発される技術及びメディアその他一切の方法で配信する権利を購入するためのオプション権を得るための条件を定めたものである」と記載されており、本文中にも本件オプション契約の対象が劇画「子連れ狼」であることを前提とする規定がある(1条、14条等)。
(イ) Aは、上記(ア)の実写版の映画の著作に関する権利等がAに独占的に管理されていることを表明し、保証する。
(ウ) 1212エンターテイメントは、本件オプション契約の締結日から3年間、オプション権の代金として35万ドルをAに支払うことにより、上記の権利を購入するオプション権を有する。この権利は100万ドルで購入されるものとし、オプション代金は購入代金の一部に充当される。
ウ 原告は、平成23年4月23日に1212エンターテイメントから本件オプション契約上の地位を譲り受け、同月25日頃までに、Aの代理人に対し、オプション権の代金35万ドルを支払った。
(4) 本件オプション契約締結後の事情(甲6、24、乙1、2)
ア 被告は、原告代表者が映画「子連れ狼」の企画を行っているとの報道に接したことから、平成23年9月9日、原告代表者に対し、被告が漫画シリーズ「子連れ狼」の全世界における全ての権利(映画を製作し配給する独占的権利を含む。)の独占的ライセンスを受けている旨通知した。
イ Aは、同月15日頃、被告に対し、本件公正証書による著作物利用に関する契約が公序良俗に反し無効であるなどと通知し、同契約を解除する旨の意思表示をした。
ウ 原告は、被告から本件オプション契約の内容を開示するよう求められたが、同年12月9日頃、被告に対し、被告が本件原作に関する登録を経ていないこと、Aが本件原作に関する被告の権利を否定していることから、本件オプション契約の内容をその契約当事者でない原告に尋ねるのではなく、被告がどのような立場で開示を求めるのかを先に明らかにすべきである旨の通知をした。
(5) 本件譲渡担保契約の締結(甲1、2、18)
 前記(4)アの通知に接した原告がAに対し権利関係につき問い合わせたところ、Aが被告の主張する独占的権利の存在を否定したことから、原告は、A及びその頃までにAから本件原作に係る著作権の譲渡を受けていた普及会との間で、原告による本件原作の実写映画化の実現を確保するための方策を検討した。
 そして、原告、A及び普及会は、本件オプション契約に定められたAの義務及び責任を担保するため、原告がオプション権を行使した場合に購入することができる権利を、オプション権を行使することのできる期間が満了するまで、原告に譲渡するとともに、譲渡の登録をするものとする旨の合意に達し、平成24年1月16日、本件譲渡担保契約を締結した。
 本件譲渡担保契約には、@本件オプション契約に定められたAの義務及び責任を担保するため、A及び普及会が、同日から平成26年4月19日まで上記権利を原告に譲渡する、AA、普及会及び第三者のいずれも、上記の期間中は本件オプション契約の対象とされた作品に基づき派生的な作品等を開発又は制作する権利を有しない、BA及び普及会は、原告が、譲渡担保の目的で普及会より上記権利の譲渡を受けたことについて原告名義で登録することができることを確認し、合意する旨の定めがある。
 平成24年2月3日、本件譲渡担保契約に基づき、本件原作についての著作権(翻案権)のうち実写映画化権等を普及会から原告に譲渡する旨の登録がされた。
(6) 本件各通知の送付(甲16、17)
 被告は、平成24年1月30日頃及び同年2月17日頃、Cに対し本件各通知書を送付した。本件各通知書は、被告が「本件財産」の著作権に関して独占的権利を有し、原告による実写映画化の試みが被告の独占的権利を侵害するものである旨の本件各記載を含むものである。上記「本件財産」に関し、本件通知書1には、本件記載1に先立って、本件財産が「子連れ狼」を指すこと並びに本件財産は少なくとも劇画及び物語の双方の部分から成り立っていることが記載されている。
2 本件譲渡担保契約の対象となる著作物(争点1−1)について
(1) 原告は、本件譲渡担保契約による移転の対象となる著作物は、本件漫画ではなく、本件原作であると主張する。
 そこで検討すると、本件譲渡担保契約により原告が取得するとされたのは本件オプション契約に定められたオプション権を行使した場合に購入することのできる権利であるところ、本件オプション契約の契約書に契約の対象となるのが「Aが日本で発表した劇画作品」であると記載されていること、本件原作が同契約の締結までに発表されたことはうかがわれないこと、「劇画」とは言語と絵画が結合されて成るものであることからすると、契約書の文言上は、本件譲渡担保契約の対象は本件漫画であると解する余地がある。
 しかし、前記事実関係によれば、@本件オプション契約は、原告が、「子連れ狼」の物語に基づく実写映画を製作するために締結されたものであり、実写映画化するに当たっては時代(現代版とすることもあり得る。乙7参照)や場所(原告は米国法人であり、日本以外を舞台とすることも考えられる。)の設定を異にし得るので、Bによる作画を利用する必要はないこと、A原告は本件漫画の作画部分を利用する意図は有しておらず、1212エンターテイメント及びAもこれを認識していたこと、B作画部分をも利用して本件漫画の実写映画を製作するとすれば、Bないしその権利承継人から許諾を得る必要があるが、A及び普及会がBの作画を含む本件漫画の著作権を管理し、処分する権限を有していたとはうかがわれないにもかかわらず、原告及び1212エンターテイメントがBないしその権利承継人とは交渉を行おうとせず、本件原作の著作権者であったA(本件オプション契約当時)及び普及会(本件譲渡担保契約当時)との間でのみ交渉を行ったこと、C本件譲渡担保契約に基づいて本件原作につき著作権の譲渡の登録がされたことが明らかであり、これらの事情を総合すると、原告、A、普及会及び1212エンターテイメントは、本件漫画の原作、すなわち、本件原作についての実写映画化権等を設定するために本件オプション契約及び本件譲渡担保契約を締結したものと認めるのが相当である。
 なお、これらの契約書の文言上は、上記のとおり、本件漫画が契約の対象であるとされている。しかし、この点は、本件原作が公表されておらず、他の著作物と区別して契約書に記載し、対象物を特定することが困難であったことから、公表された本件漫画をもって契約の対象物の記載に代えたものと解することが可能である。そうすると、契約書の記載は上記のとおり解することの妨げにならないと考えられる。
 以上によれば、本件譲渡担保契約の対象は、本件原作であると認めるのが相当である。
(2) これに対し、被告は、本件譲渡担保契約の対象は本件漫画である旨主張するが、以上に説示したところに照らし、被告の上記主張は失当であるというべきである。
3 本件譲渡担保契約による本件実写映画化権の取得(争点1−2)について(1) 原告は、本件譲渡担保契約により本件実写映画化権を取得し、これにつき著作権譲渡の登録を経たことから、被告に対し、原告が本件実写映画化権を有することの確認を求めることができると主張する。
 そこで検討すると、前記認定事実及び前記2によれば、@原告は、平成26年4月19日までの間、本件実写映画化権を購入するオプション権を取得していたこと、Aところが、被告から本件漫画の実写映画化の独占的権利を有している旨の主張を受けたことから、A及び普及会と協議の上で、オプション権を行使した時に確実に原告に権利移転ができるようにする目的で、本件譲渡担保契約を締結したこと、B本件譲渡担保契約上、上記期間が満了するまで本件実写映画化権を原告に移転してその旨の譲渡登録をする一方、A及び普及会は上記期間中本件原作を利用した作品の開発又は制作をすることができないとされていることが明らかである。これらの事情に照らすと、本件譲渡担保契約は、原告が将来本件実写映画化権の移転を受けられるという権利を保全するために、換言すると、原告が本件原作の実写映画を製作することに対してA及び普及会はもとより第三者から一切の権利行使又は妨害行為をされないように、上記の期間中、当該権利を原告に確定的に移転するというものであると解することが相当である。
 そして、原告はこの譲渡について登録を経たことによりその権利を被告に主張することができるものであり、さらに、原告が本件実写映画化権を有することを被告が争っていることから(前記前提事実(5))、確認の利益も認められる。
 したがって、原告は被告に対し原告が本件実写映画化権を有することの確認を求めることができる。
(2) これに対し、被告は、譲渡担保契約は権利を確定的に移転するものではなく、その効力は債権担保の目的を達するのに必要な範囲にとどまるから、原告は、本件実写映画化権を確定的な権利として取得しておらず、確認の利益がないなどと主張する。
 しかし、本件譲渡担保契約は、「譲渡担保」という語を用いているものの、金銭債権を被担保債権として物件の所有権を移転するという一般的な譲渡担保契約とは異なるから、その効力を判断するに当たっては、契約の具体的な内容により決すべきである。そして、前記説示に照らせば、被告を含む第三者に権利主張ができなければ本件譲渡担保契約の目的を達することができないし、本件譲渡担保契約の内容もその目的に沿うものといえるから、原告は被告に対し本件実写映画化権の取得を主張し、その確認を求め得るものと解すべきである。
 したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
4 権利の濫用(争点2)について
(1) 被告は、本件の事情の下で原告が被告に対し本件実写映画化権の取得を主張することは権利の濫用に当たると主張する。
(2) そこで判断するに、まず、被告の主張は、被告がAとの間の本件公正証書による契約に基づき本件原作について独占的利用権を有することを前提とするものであるが、@上記契約はAの現在及び将来の全ての著作物に関して独占的利用権を付与するものでありながら、本件公正証書に対価に関する定めがなく、これ以外にも対価について合意したことをうかがわせる証拠がないこと、A被告は独占的利用権取得のための対価として合計2億円を支払ったというが、その支払がされたのは本件公正証書作成の約6か月ないし8か月前である上、一部は被告以外の者が支払ったものであることなどの点で不自然であり、被告が本件原作につき独占的利用権を有するとはにわかに認め難い。
 さらに、被告が独占的利用権を有するとしても、その権利は著作権者の利用許諾に基づく債権的権利であるから、その後に著作権の全部又は一部の譲渡がされた場合には、我が国の著作権法上、譲受人に対抗することができないものである。そうすると、著作権の譲受人がその取得に先行する独占的利用権の存在を知っていたことのみから、譲受人の被許諾者に対する著作権の主張が権利の濫用になると解するのは相当でなく、その権利主張が権利の濫用に当たるか否かは、著作権の取得経過等に関する事情を総合的に考慮して決すべきものである。
 本件についてこれをみると、前記認定事実によれば、@本件オプション契約締結前に我が国及び米国において本件漫画の権利関係についてトラブルがあると報じられたことがあるものの、原告がこのような報道に接していたと認めるに足りる証拠はなく、原告が被告の独占的利用権について知っていたとは認められないこと、A被告又は被告から許諾を受けた者が現に実写映画化に着手したり、その企画がある旨報道されたりした事実があるとはうかがわれず、原告が被告の存在を知らなかったことにつき過失があるともいえないこと、B原告は、被告からの権利主張に接するより前に、Aが著作権者であるとの表明及び保証を信じて35万ドルもの代金を支払ってオプション権を取得したこと、Cその後、被告から権利主張を受けたため、Aに権利関係を確認したところ、被告に独占的利用権はないとの説明を受けたので、本件オプション契約上の自らの権利を保全するための手段を講じることにしたこと、D本件譲渡担保契約はこのような経緯で締結されたものであり、これにより原告が、本件実写映画化権の移転を受けてその旨の登録を経たものであることが明らかである。このような事情に照らせば、本件公正証書に係る契約の効力にかかわらず、原告の被告に対する本件実写映画化権の主張は正当な権利行使に当たるというべきであって、被告の主張する諸事情を考慮しても、原告の権利主張が権利の濫用に当たるということはできないと判断するのが相当である。
(3) 以上によれば、原告の被告に対する本件実写映画化権の確認請求は理由がある。
5 不正競争行為の有無(争点3)について
(1) 原告は、本件各通知書の送付が不正競争行為に当たる旨主張するものである。
(2) そこで、まず、本件各記載が「虚偽の事実」であるといえるかについてみると、本件各通知書にいう「本件財産」は本件漫画を指すものと解されるが(前記1(6))、本件漫画は本件原作に基づいて作成されたものであり、本件漫画を利用して実写映画を製作する際には、当然に本件原作の創作性ある部分を利用することになる。そうすると、本件各記載に接した者は、本件各記載をもって、被告が本件漫画のみならずその原作である本件原作についても独占的に利用する権利を有し、本件原作を基に実写映画やこれに類する作品を製作する原告の行為が被告の権利を侵害するという事実を述べるものと理解すると解することができる。そして、前記1ないし4説示のとおり、原告は、本件原作の実写映画及びこれに派生した実写テレビドラマシリーズを製作する権利を有し、この権利を被告を含む第三者に対抗することができる一方、被告が原告に対抗し得るような本件原作の独占的利用権を有していたとはいえないから、原告が本件原作を基に実写映画等を製作する行為が被告の権利を侵害するということはできない。したがって、本件各記載は、虚偽の事実に当たるものと認められる。
(3) 次に、本件各通知書の送付が原告の営業上の信用を害するかどうかについて検討する。
 この点につき、被告は、本件各通知書の送付先であるCは、本件漫画の映画化についての被告の取引先であるシーエスデヴコの代理人であるから、Cに対して本件漫画の権利関係に関する通知をしても原告の営業上の信用を害することはないと主張する。しかし、同社と原告は共に映画の製作等に携わる会社であって、他人の権利を侵害するような映画の製作を試みている旨の事実が告知された場合には、事柄の性質上、映画製作会社としての原告の評価を低下させることになると認められる。そうすると、被告の主張する事実を前提としても、本件各記載が原告の営業上の信用を害することは明らかである。
(4) そして、原告と被告は、いずれも、著作物を利用した映画の製作に関する事業を行っており、原告は被告と競争関係にあるから、被告のCに対する本件各通知書の送付は、競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実の告知(不正競争防止法2条1項14号)に当たると認められる。したがって、原告は、同法3条1項に基づき、被告に対し、本件各記載と同旨の事実の告知及び流布の差止めを求めることができると判断するのが相当である。
6 結論
 以上によれば、原告の各請求はいずれも理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。ただし、主文第1項に係る仮執行宣言の申立てについては、相当でないので、これを付さないこととする。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 長谷川浩二
 裁判官 清野正彦
 裁判官 橋彩


(別紙)著作物目録
題号:子連れ狼
最初に公表された年月日:未公表
種類:言語の著作物
内容又は態様:江戸時代、公儀介錯人を勤める拝一刀は裏柳生の総帥、柳生烈堂の陰謀により妻を殺害された上に、幕府に逆らったという濡れ衣を着せられてしまう。一刀は一子、大五郎と共に、妻の仇をとるために暗殺者として裏柳生一門に立ち向かい、最後は烈堂と差し違える。裏柳生は滅び、一刀も死に、大五郎だけが残される。
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/