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【事件名】“日航機墜落事故”ノンフィクションの表現類似事件(2) 【年月日】平成25年9月30日 知財高裁 平成25年(ネ)第10027号 著作権侵害差止等請求控訴事件 (原審・東京地裁平成23年(ワ)第33071号) (口頭弁論終結日 平成25年6月26日) 判決 控訴人(第1審被告) X 訴訟代理人弁護士 三村量一 同 澤田将史 同 岡田 宰 同 広津佳子 同 杉本博哉 同 堀口雅則 控訴人(第1審被告) 株式会社集英社 訴訟代理人弁護士 一井泰淳 被控訴人(第1審原告) Y 訴訟代理人弁護士 梓澤和幸 同 大城 聡 同 倉地智広 主文 1 控訴人らの原判決主文第1項及び第2項に対する控訴をいずれも棄却する。 2 原判決主文第3項を次のとおり変更する。 (1) 控訴人らは、被控訴人に対し、連帯して57万7720円及びこれに対する平成23年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 原判決主文第3項の請求に関し、被控訴人のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は、第1審において生じた費用はこれを8分し、その1を控訴人らの連帯負担とし、その余を被控訴人の負担とし、控訴費用はこれを全部控訴人らの負担とする。 4 この判決は、第2(1)項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 控訴人X(以下「控訴人X」という。) (1) 原判決中控訴人X敗訴部分を取り消す。 (2) 上記部分につき、被控訴人の控訴人Xに対する請求をいずれも棄却する。 (3) 訴訟費用は、第1、2審を通じて被控訴人の負担とする。 2 控訴人株式会社集英社(以下「控訴人集英社」という。) (1) 原判決中控訴人集英社敗訴部分を取り消す。 (2) 上記部分につき、被控訴人の控訴人集英社に対する請求をいずれも棄却する。 (3) 訴訟費用は、第1、2審を通じて被控訴人の負担とする。 第2 事案の概要 1 本件は、被控訴人が、控訴人Xが著述し、控訴人集英社が発行する原判決別紙書籍目録記載の書籍(以下「控訴人書籍」という。)に被控訴人の著述した書籍の複製又は翻案に当たる部分があり、その複製及び頒布によって被控訴人の著作権及び著作者人格権が侵害されたとして、控訴人らに対し、著作権法112条に基づき、控訴人書籍の複製、頒布の差止め及び廃棄を求めるとともに、民法709条及び719条に基づき、著作権侵害による著作権利用料相当損害金として168万円、著作権侵害及び著作者人格権侵害による慰謝料として各150万円、弁護士費用として50万円の合計518万円及びこれに対する不法行為後の日である平成23年10月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。 原審は、原判決別紙対比表の被告書籍欄記載の各記述(以下「控訴人各記述」といい、個別の記述は同表の記述番号欄記載の番号に従い、順次「控訴人第1記述」などという。)のうち、同表の当裁判所の判断欄に「○」印の付された各記述が、同表の原告書籍欄記載の各記述(以下「被控訴人各記述」といい、個別の記述は同表の記述番号欄記載の番号に従い、順次「被控訴人第1記述」などという。)のうち、当裁判所の判断欄に「○」印の付された各記述の複製又は翻案に当たると認め、控訴人らに対し、複製又は翻案に当たると認められた控訴人各記述のある第3章(113頁ないし160頁)を不可分的に含む控訴人書籍の複製、頒布の差止め及び廃棄、著作権利用料相当損害金2万8560円、慰謝料50万円及び弁護士費用5万2856円の合計58万1416円並びにこれに対する遅延損害金の支払を命じる限度で被控訴人の請求を認容し、被控訴人のその余の請求をいずれも棄却した。 控訴人らはこれを不服としていずれも控訴し、上記控訴の趣旨記載の判決をそれぞれ求めた。したがって、当審における審理判断の対象は、原審において被控訴人各記述の複製又は翻案に当たると認められた控訴人各記述に関する著作権及び著作者人格権侵害の成否等である。 2 前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、原判決を下記のとおり補正するほか、原判決の「事実及び理由」第2の1及び2のとおりであるから、これを引用する(以下、原判決を引用する場合、「被告」を「控訴人」と、「原告」を「被控訴人」と、それぞれ読み替える。略語についても同様である。)。 (1) 原判決3頁1行目及び2行目の「取り上げたが、この部分は、原告書籍に依拠して著述されたものである。」を「取り上げた。」と改める。 (2) 原判決4頁11行目の「前記の前提事実(2)のとおり、」を削り、同頁12行目末尾に次のとおり加える。 「控訴人Xはこれを否認するが、控訴人Xは、AやBらへの取材の際、被控訴人書籍を元に取材を行っているから、同人らに取材したからといって、控訴人書籍が被控訴人書籍に依拠している事実は何ら変わるものではない。」 (3) 原判決4頁13行目末尾に、改行の上、次のとおり加える。 「控訴人Xは、被控訴人各記述は全て事実の記載であると主張する。しかし、被控訴人が当時抱いた感情を忠実に記載したから事実の記載であるとの主張は、事実ないし事件を記述するに当たって、筆者が独自の観点で表現した部分までもが、筆者が「事実」に対してそう感じたことは「事実」であるから「事実」に当たる、と主張するに等しく、失当である。」 (4) 原判決4頁16行目の「創作性を」から同頁20行目末尾までを次のとおり改める。 「その内容には、作者の想像による創作は存在せず、事実の客観描写のみで構成されているものである。他方、被控訴人書籍は、本件事故で夫を失った遺族である被控訴人により執筆された手記であり、客観的な事実に加え、被控訴人が当時そのような感情を抱いたという事実を記載したものである。 そして、控訴人Xは、控訴人書籍を作成するに際して、本件事故の遺族等の関係者に直接取材し、事実をありのままに記述したのであるが、被控訴人書籍は、控訴人書籍との関係では単なる先行作品ではなく、事実関係を確認するための取材対象の一つにすぎない。被控訴人書籍の記載内容については、それが事実として確認できた内容や当時遺族の抱いた感情を記載したものと確認できるものは、これを忠実に控訴人書籍に反映させるのはノンフィクションの性質上当然のことであり、これらがいずれも事実の記載である以上、控訴人書籍に共通する記載があったとしても、著作権侵害を構成するものではない。 控訴人各記述については、本判決別紙「控訴人Xの主張」記載のとおり、被控訴人各記述との間に共通部分があったとしても、これらの共通部分は、客観的な事実の記載であるか、本件事故の遺族である被控訴人等が当時そのような感情を抱いたという事実の記載であるから、いずれも被控訴人の思想又は感情を表現したものではない。仮に、これらの記述によって、被控訴人が抱いた感情が表現されているとしても、これらの表現はありふれたものであり、記載の順序も時系列に従ったものにすぎない。 また、控訴人第5記述における「敗残兵のように」のような特定の単語を用いることによる短い比喩表現を創作的表現として著作権法による保護の対象とすることは、最初にそのような単語を用いた比喩を用いた者に排他的独占権を与えることになるため是認されるものではなく、このような極めて短い文章表現は著作物性を満たさない。 さらに、控訴人Xは、控訴人書籍を作成するに当たり、被控訴人だけではなく、A、B、C記者及びD歯科医師にも取材をしている。控訴人各記述のうち第4、第7ないし第9、第13ないし第16、第19、第21、第23及び第24の各記述については、控訴人Xがこれらの関係者への取材等によって確認した客観的事実を記載したものであり、被控訴人書籍の記載のみを根拠とするものではない。したがって、これらの記述は、被控訴人書籍に依拠して記載されたものではない。」 (5) 原判決5頁1行目末尾に、改行の上、次のとおり加える。 「控訴人各記述のうち、被控訴人各記述と表現において類似、共通するのは、単語や短いフレーズ程度にすぎない。すなわち、控訴人各記述は、表現それ自体ではない部分や表現上の創作性が認められない部分において被控訴人各記述と同一性が認められるにすぎず、被控訴人各記述の複製又は翻案には当たらない。」 (6) 原判決7頁21行目の「その精神的損害は、」の次に「著作権侵害に基づくものにつき150万円、著作者人格権侵害に基づくものにつき150万円の合計」を加える。 第3 当裁判所の判断 当裁判所は、被控訴人の請求は、控訴人らに対し、第3章を不可分的に含む控訴人書籍の複製、頒布の差止め及び廃棄並びに損害賠償として57万7720円及びこれに対する平成23年10月19日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があると判断する。その理由は以下のとおりである。 1 争点①(被控訴人の著作権の侵害の成否)について (1) 控訴人各記述は被控訴人各記述を複製又は翻案したものであるか否か ア 複製とは、印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいうところ(著作権法2条1項15号参照)、言語の著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、これと同一のものを作成し、又は、具体的表現に修正、増減、変更等を加えても、新たに思想又は感情を創作的に表現することなく、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを作成する行為をいうと解される。 また、言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁)。 そして、著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照)、既存の著作物に依拠して作成又は創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、複製にも翻案にも当たらないというべきである。 本件においても、控訴人各記述と被控訴人各記述との間で表現上の共通性を有するものについては、その共通性(同一性)を有する部分が事実それ自体にすぎないときは、複製にも翻案にも当たらないと解すべきであるし、それが、一見して単なる事実の記述のようにみえても、その表現方法などからそこに筆者の個性が何らかの形で表現され、思想又は感情の創作的表現と解することができるときには、複製又は翻案に当たるというべきである。 イ 以上を踏まえ、次に、被控訴人各記述と控訴人各記述との表現上の共通性を認定した上で、控訴人各記述が、被控訴人各記述と同一であるか、あるいは、被控訴人各記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、これに接する者が被控訴人各記述の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものであるか、及び、被控訴人各記述のうち控訴人各記述と同一性を有する部分が思想又は感情を創作的に表現したものであるか否かを判断する。 (ア) 控訴人第2記述について 被控訴人第2記述と控訴人第2記述とは、朝元気に家を出た人が、その夕刻に死ぬなんて被控訴人にはどうしても信じられなかったこと、悪夢だと思ったこと、夫のいない生活を考えたこともなかったこと、これから一人になると思うと、涙が止めどなく溢れてきたこと、被控訴人は周囲に知られないよう涙をふいたことを著述している点及びその著述の順序においてほぼ共通し、同一性がある。 控訴人第2記述は、上記認定の表現上の共通性により、被控訴人第2記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しており、控訴人第2記述に接することにより、被控訴人第2記述の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものといえる。 そして、被控訴人第2記述中の上記同一性のある部分は、被控訴人の当時の認識や行動に加え、夫が生存を期待し難い飛行機事故に遭遇したとの報に接した被控訴人の驚愕や困惑、悲しみや絶望感を表現したものであり、これらの感情の形容の仕方や叙述方法の点で被控訴人の個性ないし独自性が表れており、表現上の創作性が認められる。 控訴人Xは、上記同一性のある部分は、被控訴人が当時抱いた感情ないしは当時の被控訴人の行動を記載したものであり事実の記載である、仮に、上記同一性のある部分によって被控訴人の感情が表現されているとしても、その表現はありふれたものである、上記同一性のある部分は極めて短い文章表現であり著作物性を満たさない、と主張する。 しかしながら、上記同一性のある部分は、その記述全体を通じて、被控訴人が抱いた上記の感情が表現されたものというべきであり、上記同一性のある部分を構成する個々の記述を取り出した上、事実の記載にすぎないとかありふれた表現であるとみるのは相当ではない。上記同一性のある部分は、その内容に照らすと、被控訴人が自ら感じたところについて被控訴人なりに表現を選択して叙述を行ったものと認められるから、その表現には被控訴人の個性が表れているとみるべきであり、被控訴人の思想又は感情を表現したものではないということはできない。控訴人Xの上記主張を採用することはできない。 (イ) 控訴人第4記述について 被控訴人第4記述と控訴人第4記述とは、大きなカメラを担いだ人たちが近づいてきたこと、なんて嫌なことをするのだろう、と思っていると、カメラにあったテレビ局の名前が目に入ったこと、それは息子が勤めるテレビ局だったこと、被控訴人は、あることを思いついてバスを降り、「息子があなたたちの会社に勤めています。少しでも早く現場に行きたいので、あなたの車に乗せてもらえませんか」と言ったこと、若者が「僕はAと同期で、お父さんのこと、聞いています」と言ったことを著述している点及びその著述の順序においておおむね共通し、同一性がある。 控訴人第4記述は、上記認定の表現上の共通性により、被控訴人第4記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しており、控訴人第4記述に接することにより、被控訴人第4記述の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものといえる。 そして、被控訴人第4記述中の上記同一性のある部分は、被控訴人の当時の認識や行動に加え、報道関係者の行動に当初嫌悪した被控訴人が、たまたま息子の勤務先と同じテレビ局の関係者であることを知って驚き、少しでも早く現場に到着したいとの思いから同人らとの同乗を依頼するに至る感情の流れを表現したものであり、これらの感情の形容の仕方や叙述方法の点で被控訴人の個性ないし独自性が表れており、表現上の創作性が認められる。 控訴人Xは、上記同一性のある部分は、被控訴人が当時抱いた感情ないしは当時のカメラマンや被控訴人の行動を記載したものであり事実の記載である、仮に、上記同一性のある部分によって被控訴人の感情が表現されているとしても、その表現はありふれたものである、と主張する。 しかしながら、上記同一性のある部分は、その記述全体を通じて、被控訴人が抱いた上記の感情の流れが表現されたものというべきであり、上記同一性のある部分を構成する個々の記述を取り出した上、事実の記載にすぎないとかありふれた表現であるとみるのは相当ではない。上記同一性のある部分は、その内容に照らすと、被控訴人が自ら感じたところについて被控訴人なりに表現を選択して叙述を行ったものと認められるから、その表現には被控訴人の個性が表れているとみるべきであり、被控訴人の思想又は感情を表現したものではないということはできない。控訴人Xの上記主張を採用することはできない。 (ウ) 控訴人第5記述について 被控訴人第5記述と控訴人第5記述とは、家族らが不安と疲労で敗残兵のようにバスから降り立ったことを著述している点及びその著述の順序において共通し、同一性がある。 控訴人第5記述は、上記認定の表現上の共通性により、被控訴人第5記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しており、控訴人第5記述に接することにより、被控訴人第5記述の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものといえる。 そして、被控訴人第5記述中の上記同一性のある部分は、バスに乗車した被控訴人などの事故機の乗客の家族らの行動に加え、同人らが抱いていた不安や疲労の感情を表現したものであり、その感情の形容の仕方の点で被控訴人の個性ないし独自性が表れており、表現上の創作性が認められる。 控訴人Xは、上記同一性のある部分は事実の記載にすぎないし、「敗残兵のように」との比喩表現はありふれたものであると主張する。 しかしながら、「敗残兵のように」との比喩表現は、形容の仕方として一般的であるとかありきたりとまでいうことはできず、家族が抱いていた不安や疲労の感情を表現するための表現方法としては他の多様な表現方法もあり得ることからすれば、かかる表現がされていることを理由に、上記同一性のある部分が被控訴人の思想又は感情を表現したものではないということはできない。控訴人Xの上記主張を採用することはできない。 (エ) 控訴人第7記述について 被控訴人第7記述と控訴人第7記述とは、若い警官から「事故当日の服装、所持品、肉体的特徴を詳しく話して下さい」と聞かれたが、背広の色さえ記憶していなかったこと、夫は若い頃から着替えは自分でする人だったこと、空港への車中も助手席の夫と向き合わず、前日自分で買ったと言っていたネクタイの柄もよく見ていなかったこと、覚えていたのはニナリッチのカフスボタン、朝磨いておいた靴くらいだったこと、身体的特徴は人並み以上に頭が大きいこと、髪の毛が多く、ヘアトニックをたくさんつける習慣があること、色白だが、このところゴルフ焼けをしていること、足の水虫のことなどを説明したことを著述している点及びその著述の順序において共通し、同一性がある。 控訴人第7記述は、上記認定の表現上の共通性により、被控訴人第7記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しており、控訴人第7記述に接することにより、被控訴人第7記述の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものといえる。 そして、被控訴人第7記述中の上記同一性のある部分は、被控訴人の当時の認識や行動に加え、夫の服装や身体的特徴について聴取された被控訴人が、意外にも明確な記憶がなく不十分な説明しかできなかったことに対する困惑や後悔を表現したものであり、そのための事実の選択や叙述方法の点で被控訴人の個性ないし独自性が表れており、表現上の創作性が認められる。 控訴人Xは、上記同一性のある部分は、被控訴人の警官とのやりとりや被控訴人が当時思い出すことのできた夫に関する事情を記載したものであり事実の記載である、仮に、上記同一性のある部分によって被控訴人の感情が表現されているとしても、その表現はありふれたものである、と主張する。 しかしながら、上記同一性のある部分は、その記述全体を通じて、被控訴人が抱いた上記の感情が表現されたものというべきであり、上記同一性のある部分を構成する個々の記述を取り出した上、事実の記載にすぎないとかありふれた表現であるとみるのは相当ではない。上記同一性のある部分は、その内容に照らすと、被控訴人が被控訴人なりに事実を選択して叙述を行ったものと認められるから、その表現には被控訴人の個性が表れているとみるべきであり、被控訴人の思想又は感情を表現したものではないということはできない。控訴人Xの上記主張を採用することはできない。 (オ) 控訴人第8記述について 被控訴人第8記述と控訴人第8記述に関し、原審が複製又は翻案であると認定判断した部分は、体育館は折からのひどい暑さで、まるで蒸し風呂だったこと、昨夜から着ている服も汗まみれだったが、やむを得なかったことを著述している点及びその順序においてほぼ共通し、同一性がある。 しかし、被控訴人第8記述中の上記同一性のある部分は、被控訴人の認識した不快感やそれに対する諦めの気持ちを表現したものとしてはありふれたものであり、表現上の創作性があるとはいえないし、記述の順序もありふれており、被控訴人の個性が表れているということはできない。 したがって、被控訴人第8記述中の上記同一性のある部分は、思想又は感情を創作的に表現したものであるとはいえない。 (カ) 控訴人第9記述について 被控訴人第9記述と控訴人第9記述とは、館内に日航の用意した新聞がたくさん積まれていたこと、第一面に単独機として過去最大の事故であることが大きな文字で記載されていたこと、犠牲者の顔写真の中には、夫の顔もあったこと、テレビでは、生存者の劇的な救出場面が繰り返しうつし出されたが、見ようとする人はほとんどいなかったことを著述している点及びその著述の順序において共通し、同一性がある。 控訴人第9記述は、上記認定の表現上の共通性により、被控訴人第9記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しており、控訴人第9記述に接することにより、被控訴人第9記述の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものといえる。 そして、被控訴人第9記述中の上記同一性のある部分のうち、体育館内に日航の用意した新聞がたくさん積まれていたこと、第一面に単独機として過去最大の事故であることが大きな文字で記載されていたこと、犠牲者の顔写真の中には、夫の顔もあったことは、いずれも事実の記載にすぎない。これに対し、テレビでは生存者の劇的な救出場面が繰り返しうつし出されたが、見ようとする人はほとんどいなかったことについては、単にその事実を記述しただけでなく、生存者の劇的な救出場面を見ることに耐えられないほどに、被控訴人や乗客の家族らが深い悲しみの中にあったことやその無念さを表現したものである。そうすると、被控訴人第9記述中の上記同一性のある部分は、被控訴人が当事者としての視点から上記の各事実を選択して、当日の館内の被控訴人の置かれた状況や犠牲者の家族の様子を淡々と記述することによって、被控訴人や乗客の家族らの深い悲しみを表現したものとみることができ、上記同一性のある部分全体として被控訴人の個性ないし独自性が表れており、思想又は感情を創作的に表現したものと認められる。 控訴人Xは、上記同一性のある部分はいずれも事実の記載であり、仮に、上記同一性のある部分によって被控訴人や家族らの感情が表現されているとしても、その表現はありふれたものである、と主張する。 しかしながら、上記同一性のある部分については、当日の体育館内の被控訴人が置かれた状況や犠牲者の家族の様子を淡々と記述しながら、テレビでの生存者の劇的な救出場面を捉えて、被控訴人や犠牲者の家族が抱いていた深い悲しみ等を表現したものであり、被控訴人なりに事実を選択してその叙述を行ったものと認められるから、その表現には被控訴人の個性が表れているとみるべきであり、被控訴人の思想又は感情を表現したものではないということはできない。控訴人Xの上記主張を採用することはできない。 (キ) 控訴人第13記述について 被控訴人第13記述と控訴人第13記述とは、その場で着衣のネーム、所持品のカード、免許証などで確認できた遺体は、家族が呼び出されること、家族は戦々恐々として呼出しを待ったこと、呼出しは、死を確認することであったこと、呼び出されないよう生への望みを少しでもつなごうとしていたこと、館のステージ横に乗客の座席が張り出されたこと、被控訴人はこの時初めて夫が前から5番目の右側、つまりコックピットの下あたりに座っていたことを知り、生きている可能性が皆無に近いと認識したこと、機体は右に傾き、前方から山に激突していたこと、この表は相撲の星取表のように、遺体が確認されるたびに黄色に塗りつぶされていったこと、後部座席から始まり、夫のいた前方はいつまでも空白が残ったことを著述している点及びその著述の順序においてほぼ共通し、同一性がある。 控訴人第13記述は、上記認定の表現上の共通性により、被控訴人第13記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しており、控訴人第13記述に接することにより、被控訴人第13記述の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものといえる。 そして、被控訴人第13記述中の上記同一性のある部分は、遺体の身元確認についての状況や墜落の際の事故機の状況、これらを踏まえての被控訴人の認識に加え、被控訴人や家族らが抱いた呼出しへの恐怖や呼び出されないことへの期待、夫の生存が期待し難いことへの絶望感や夫の生死がいつまでも判明しないことへの不安を表現したものであり、これらの感情の形容の仕方や叙述方法の点で被控訴人の個性ないし独自性が表れており、表現上の創作性が認められる。 控訴人Xは、上記同一性のある部分は、客観的状況あるいは被控訴人が当時抱いた感情を記載したものであり事実の記載である、仮に、上記同一性のある部分によって被控訴人や家族らの感情が表現されているとしても、その表現はありふれたものである、と主張する。 しかしながら、上記同一性のある部分は、その記述全体を通じて、被控訴人や家族らが抱いた上記の感情が表現されたものというべきであり、上記同一性のある部分を構成する個々の記述を取り出した上、事実の記載にすぎないとかありふれた表現であるとみるのは相当ではない。上記同一性のある部分は、その内容に照らすと、被控訴人なりに表現を選択して叙述を行ったものと認められるから、その表現には被控訴人の個性が表れているとみるべきであり、被控訴人の思想又は感情を表現したものではないということはできない。控訴人Xの上記主張を採用することはできない。 (ク) 控訴人第14記述について 被控訴人第14記述と控訴人第14記述とは、午後、作業衣と長靴のE運輸大臣と黒服のF日航社長が体育館に見舞いに来たこと、申し訳ないと詫びる言葉が空々しく、違う世界の話に聞こえたことを著述している点及びその著述の順序において共通し、同一性がある。 控訴人第14記述は、上記認定の表現上の共通性により、被控訴人第14記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しており、控訴人第14記述に接することにより、被控訴人第14記述の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものといえる。 そして、被控訴人第14記述中の上記同一性のある部分は、運輸大臣や日航社長の見舞いの様子に加え、同人らに対して被控訴人が抱いた怒りの感情を表現したものであり、その感情の形容の仕方の点で被控訴人の個性ないし独自性が表れており、表現上の創作性が認められる。 控訴人Xは、上記同一性のある部分は、運輸大臣と日航社長の見舞いの状況や被控訴人が当時抱いた感情を記載したものであり事実の記載にすぎず、仮に、上記同一性のある部分によって被控訴人の感情が表現されているとしても、その表現はありふれたものであると主張する。 しかしながら、被控訴人の感情が表現された上記部分は、その内容に照らすと、被控訴人が自ら感じたところについて被控訴人なりに表現を選択して叙述を行ったものと認められるから、その表現には被控訴人の個性が表れているとみるべきであり、被控訴人の思想又は感情を表現したものではないということはできない。控訴人Xの上記主張を採用することはできない。 (ケ) 控訴人第15記述について 被控訴人第15記述と控訴人第15記述とは、一刻も早く親類の安否を知りたいと思う家族が日航の幹部を容赦なく罵倒し、F社長の顔に水を浴びせたことを著述している点及びその著述の順序において共通し、同一性がある。 しかしながら、被控訴人第15記述中の上記同一性のある部分は、犠牲者の家族らの日航幹部に対する怒りや一部の人達の行動等の、当時における客観的な事実を記述したものにすぎず、その表現としても被控訴人の個性が表れたものとはいえず、表現上の創作性があるとまではいえない。 したがって、上記同一性のある部分は、被控訴人の思想又は感情を創作的に表現したものとは認められない。 (コ) 控訴人第16記述について 被控訴人第16記述と控訴人第16記述とは、遺体収容がこの日から比較的身元確認の容易な後部座席が終わり、いよいよ尾根の上の方の収容が始まったらしいこと、細かく分断され、その上、火災に遭ったため、むざんな遺体が増えてきたらしいこと、確認が困難になってきたことを著述している点及びその著述の順序においてほぼ共通し、同一性がある。 しかしながら、被控訴人第16記述中の上記同一性のある部分は、当時の遺体の収容状況や身元確認の困難さについての客観的な事実を記述したものにすぎず、その表現としても被控訴人の個性が表れたものとはいえず、表現上の創作性があるとはいえない。 したがって、上記同一性のある部分は、被控訴人の思想又は感情を創作的に表現したものとは認められない。 (サ) 控訴人第19記述について 被控訴人第19記述と控訴人第19記述とは、暑さで腐敗による悪臭がひどく、3000人の自衛隊員たちは、防毒マスクをつけて作業していることが報じられていたこと、愛する者が殺された上、人に嫌われるほど腐敗させられていることを著述している点及びその著述の順序においてほぼ共通し、同一性がある。 控訴人第19記述は、上記認定の表現上の共通性により、被控訴人第19記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しており、控訴人第19記述に接することにより、被控訴人第19記述の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものといえる。 そして、被控訴人第19記述中の上記同一性がある部分は、自衛隊員による遺体の身元確認作業の状況を記述しながら、愛する者の悲惨な状況に対する被控訴人や遺族の悲しみや怒りを表現したものであり、その形容の仕方や叙述方法の点で被控訴人の個性ないし独自性が表れており、表現上の創作性が認められる。 控訴人Xは、上記同一性のある部分は、当時の客観的な事実ないしは被控訴人を含む遺族が当時抱いた感情を記載したものであり事実の記載である、仮に、上記同一性のある部分によって被控訴人や遺族の感情が表現されているとしても、その表現はありふれたものである、と主張する。 しかしながら、上記同一性のある部分は、その記述全体を通じて、被控訴人を含む遺族が抱いた上記の感情が表現されたものというべきであり、上記同一性のある部分を構成する個々の記述を取り出した上、事実の記載にすぎないとかありふれた表現であるとみるのは相当ではない。上記同一性のある部分は、その内容に照らすと、被控訴人が自ら感じたところを被控訴人なりに表現を選択して叙述を行ったものと認められるから、その表現には被控訴人の個性が表れているとみるべきであり、被控訴人の思想又は感情を表現したものではないということはできない。控訴人Xの上記主張を採用することはできない。 (シ) 控訴人第21記述について 被控訴人第21記述と控訴人第21記述に関し原審が複製又は翻案であると認定判断した部分については、息子が夕方、戻ってきたこと、ねぎらって弁当を出したが、手をつけなかったこと、幕の内の中のはんぺんのにおいが遺体とそっくりだと言ったこと、息子はその日見たひつぎに入っていた手足や内臓、陥没した遺体について話したことを著述している点及びその著述の順序においてほぼ共通し、同一性がある。 控訴人第21記述中の上記部分は、上記認定の表現上の共通性により、被控訴人第21記述の上記部分と表現上の本質的な特徴の同一性を維持しており、控訴人第21記述の上記部分に接することにより、被控訴人第21記述の上記部分の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものといえる。 そして、被控訴人第21記述中の上記同一性のある部分は、Aの行動や同人と被控訴人との会話の内容を記述しながら、Aが遺体の酷い状況について抱いた嫌悪感や恐怖感等の感情を表現したものであり、そのための事実の選択や叙述方法の点で被控訴人の個性ないし独自性が表れており、表現上の創作性が認められる。 控訴人Xは、上記同一性のある部分は、当時の客観的事実の記載であるし、仮に、上記同一性のある部分によってAの感情が表現されているとしても、その表現はありふれたものである、と主張する。 しかしながら、上記同一性のある部分は、その記述全体を通じて、Aが抱いた上記の感情が表現されたものというべきであり、上記同一性のある部分を構成する個々の記述を取り出した上、事実の記載にすぎないとかありふれた表現であるとみるのは相当ではない。上記同一性のある部分は、その内容に照らすと、被控訴人が被控訴人なりに事実を選択して叙述を行ったものと認められるから、その表現には被控訴人の個性が表れているとみるべきであり、被控訴人の思想又は感情を表現したものではないということはできない。控訴人Xの上記主張を採用することはできない。 (ス) 控訴人第22記述について 被控訴人第22記述と控訴人第22記述に関し原審が複製又は翻案であると認定判断した部分については、被控訴人が、気づくと、藤棚の下にあった椅子に腰を下ろしたこと、若い男が近づいてきたこと、「ご家族の方ですか」と話しかけられ、「そばにいてください」と言ったこと、誰かに話したかったこと、被控訴人は、夫を捜すために大阪の自宅から送られたズボンの切れ端を持っていたことを著述している点においておおむね共通し、同一性がある。 控訴人第22記述中の上記部分は、上記認定の表現上の共通性により、被控訴人第22記述の上記部分と表現上の本質的な特徴の同一性を維持しており、控訴人第22記述の上記部分に接することにより、被控訴人第22記述の上記部分の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものといえる。 被控訴人第22記述中の上記同一性のある部分は、夫の遺体と対面した直後に藤棚の下に呆然と座っていた被控訴人と新聞記者との会話の内容やその際の被控訴人の行動などを記述しながら、被控訴人が当時抱いていた絶望感や深い悲しみを表現したものであり、そのための事実の選択や感情の形容の仕方、叙述方法の点で被控訴人の個性ないし独自性が表れており、表現上の創作性が認められる。 控訴人Xは、上記同一性のある部分は、当時の客観的事実ないし被控訴人の当時の気持ちを記載したものであり事実の記載であるし、仮に、上記同一性のある部分によって被控訴人の感情が表現されているとしても、その表現はありふれたものである、と主張する。 しかしながら、上記同一性のある部分は、その記述全体を通じて、被控訴人が抱いた上記の感情が表現されたものというべきであり、上記同一性のある部分を構成する個々の記述を取り出した上、事実の記載にすぎないとかありふれた表現であるとみるのは相当ではない。上記同一性のある部分は、その内容に照らすと、被控訴人なりに事実や表現を選択して叙述を行ったものと認められるから、その表現には被控訴人の個性が表れているとみるべきであり、被控訴人の思想又は感情を表現したものではないということはできない。控訴人Xの上記主張を採用することはできない。 (セ) 控訴人第23記述について 被控訴人第23記述と控訴人第23記述とは、16人が夫の火葬に立ち会ったこと、遠地であり、ひつぎに入れるものがなかったことを著述している点において共通し、同一性がある。 控訴人第23記述は、上記認定の表現上の共通性により、被控訴人第23記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しており、控訴人第23記述に接することにより、被控訴人第23記述の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものといえる。 そして、被控訴人第23記述中の上記同一性のある部分は、夫の葬儀の際の状況に加え、遠地であったため十分な弔いができないことに対する被控訴人の悲しみや無念さを表現したものであり、そのための事実の選択や叙述方法の点で被控訴人の個性ないし独自性が表れており、表現上の創作性が認められる。 控訴人Xは、上記同一性のある部分は、当時の客観的事実の記載であるし、仮に、上記同一性のある部分によって被控訴人の感情が表現されているとしても、その表現はありふれたものである、と主張する。 しかしながら、上記同一性のある部分は、その記述全体を通じて、被控訴人が抱いた上記の感情が表現されたものというべきであり、上記同一性のある部分を構成する個々の記述を取り出した上、事実の記載にすぎないとかありふれた表現であるとみるのは相当ではない。上記同一性のある部分は、その内容に照らすと、被控訴人が被控訴人なりに事実を選択して叙述を行ったものと認められるから、その表現には被控訴人の個性が表れているとみるべきであり、被控訴人の思想又は感情を表現したものではないということはできない。控訴人Xの上記主張を採用することはできない。 (ソ) 控訴人第24記述について 被控訴人第24記述と控訴人第24記述とは、「G君の好きだったスコッチウイスキーを遺体にかけてあげよう」と副社長が言い、遺体にウイスキーをかけたこと、その時、すさまじい勢いで白煙が上がったこと、「G君、長い間、会社のために働いてくれてありがとう」と副社長が言い、皆泣いたことを著述している点及びその著述の順序において共通し、同一性がある。 控訴人第24記述は、上記認定の表現上の共通性により、被控訴人第24記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しており、控訴人第24記述に接することにより、被控訴人第24記述の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものといえる。 そして、被控訴人第24記述中の上記同一性のある部分は、夫の葬儀の際の出来事を記述しながら、副社長や被控訴人らが抱いていた悲しみや故人となった夫への感謝の気持ち等を表現したものであり、そのための事実の選択や叙述方法の点で被控訴人の個性ないし独自性が表れており、表現上の創作性が認められる。 控訴人Xは、上記同一性のある部分は、当時の客観的事実の記載であるし、仮に、上記同一性のある部分によって副社長や被控訴人の感情が表現されているとしても、その表現はありふれたものである、と主張する。 しかしながら、被控訴人第24記述中の上記同一性のある部分は、その記述全体を通じて、副社長や被控訴人が抱いた上記の感情が表現されたものというべきであり、上記同一性のある部分を構成する個々の記述を取り出した上、事実の記載にすぎないとかありふれた表現であるとみるのは相当ではない。上記同一性のある部分は、その内容に照らすと、被控訴人が被控訴人なりに事実を選択して叙述を行ったものと認められるから、その表現には被控訴人の個性が表れているとみるべきであり、被控訴人の思想又は感情を表現したものではないということはできない。控訴人Xの上記主張を採用することはできない。 (タ) 控訴人第25記述について 被控訴人第25記述と控訴人第25記述とは、被控訴人は「人の価値はひつぎをおおって定まる」を思い出し、「あなたは立派でした」と紙に書き、ひつぎに入れたこと、これに被控訴人の夫への感謝をこめたことを著述している点及びその著述の順序においてほぼ共通し、同一性がある。 控訴人第25記述は、上記認定の表現上の共通性により、被控訴人第25記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しており、控訴人第25記述に接することにより、被控訴人第25記述の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものといえる。 そして、被控訴人第25記述の上記同一性のある部分は、夫の葬儀の際に被控訴人が抱いた想いやその際の被控訴人の行動に加え、被控訴人の夫に対する感謝や尊敬の念を表現したものであり、そのための事実の選択や叙述方法の点で被控訴人の個性ないし独自性が表れており、表現上の創作性が認められる。 控訴人Xは、上記同一性のある部分は、当時の客観的事実の記載ないしは被控訴人が当時抱いていた想いを記載したものであり事実の記載であるし、仮に、上記同一性のある部分によって被控訴人の感情が表現されているとしても、その表現はありふれたものである、と主張する。 しかしながら、上記同一性のある部分は、その記述全体を通じて、被控訴人が抱いた上記の感情が表現されたものというべきであり、上記同一性のある部分を構成する個々の記述を取り出した上、事実の記載にすぎないとかありふれた表現であるとみるのは相当ではない。上記同一性のある部分は、その内容に照らすと、被控訴人が被控訴人なりに事実を選択して叙述を行ったものと認められるから、その表現には被控訴人の個性が表れているとみるべきであり、被控訴人の思想又は感情を表現したものではないということはできない。控訴人Xの上記主張を採用することはできない。 (チ) 控訴人第26記述について 被控訴人第26記述と控訴人第26記述とは、夫が骨となってこの日の深夜に自宅へ戻ったこと、8月12日に自宅を出て以来、7日と17時間ぶりであったことを著述している点において共通し、同一性がある。控訴人第26記述は、上記認定の表現上の共通性により、被控訴人第26記述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しており、控訴人第26記述に接することにより、被控訴人第26記述の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものといえる。 被控訴人第26記述の上記同一性のある部分は、夫の遺骨が自宅に戻った時期に加え、被控訴人が抱いた無念や悲しみを表現したものであり、そのための事実の選択や叙述方法の点で被控訴人の個性ないし独自性が表れており、表現上の創作性が認められる。 控訴人Xは、上記同一性のある部分は、当時の客観的事実の記載であるし、仮に、上記同一性のある部分によって被控訴人の感情が表現されているとしても、その表現はありふれたものである、と主張する。 しかしながら、上記同一性のある部分は、その記述全体を通じて、被控訴人が抱いた上記の感情が表現されたものというべきであり、上記同一性のある部分を構成する個々の記述を取り出した上、事実の記載にすぎないとかありふれた表現であるとみるのは相当ではない。上記同一性のある部分は、その内容に照らすと、被控訴人が被控訴人なりに事実を選択して叙述を行ったものと認められるから、その表現には被控訴人の個性が表れているとみるべきであり、被控訴人の思想又は感情を表現したものではないということはできない。控訴人Xの上記主張を採用することはできない。 ウ さらに、控訴人各記述が、被控訴人各記述に依拠して作成されたか否かについて判断する。 この点、控訴人各記述のうち被控訴人各記述と同一性を有する部分は、いずれも、その対象となる事実や感情の選択や形容の仕方、叙述方法や記載の順序などが共通していることは、前記イにおいて検討したとおりである。これに加え、証拠(甲6、乙1、乙4、乙6の1及び2、乙7の1及び2、乙10の1、被控訴人本人)によれば、控訴人Xは、控訴人書籍第3章部分の執筆のために、平成22年5月21日から同月27日にかけて、A、被控訴人、B、Cなどの関係者に順次取材しているが、同月21日にAに取材した際には既に被控訴人書籍を閲読済みであり、これらの関係者への取材は、被控訴人書籍に記載された内容を踏まえて行われたと考えられること、控訴人X自身、被控訴人書籍中の被控訴人の認識についての記述はそのまま用いた旨供述していることなどに照らすと、控訴人各記述は、いずれも被控訴人各記述に依拠して作成されたと認めるのが相当である。 控訴人Xは、控訴人各記述の一部について、被控訴人をはじめとする関係者への取材の結果確認した事実を記載したものであり、被控訴人書籍の記載のみを根拠に記載したのではないと主張する。しかしながら、控訴人各記述のうち被控訴人各記述と同一性を有する部分の対象となる事実や感情の選択や形容の仕方、叙述方法や記載の順序の共通性に照らすと、被控訴人各記述に全く依拠することなしに控訴人各記述を記述し得たと考えることは困難であり、控訴人Xが関係者に取材を行い、被控訴人各記述にある事実関係について確認を行ったことのみをもって、控訴人各記述が被控訴人各記述に依拠して作成されたことを否定することはできない。控訴人Xの上記主張を採用することはできない。 エ 以上のとおりであって、控訴人各記述のうち、本判決別紙「控訴人Xの主張」の当裁判所の判断欄に「〇」印を付した記述(以下「当裁判所が複製又は翻案を認めた控訴人各記述」という。)については、対応する被控訴人各記述を複製又は翻案したものと認められる。 (2) 控訴人Xは複製又は翻案及び譲渡に係る利用の許諾を得たか否か 原判決32頁2行目の「認めるに足りる証拠はない。」の次に、改行の上、次のとおり加えるほか、原判決「事実及び理由」第3の1(2)に記載のとおりであるから、これを引用する。 「ウ 控訴人Xは、被控訴人が控訴人Xに対して被控訴人書籍を用いて事実の正確な著述をするよう求めた以上、被控訴人による複製又は翻案についての許諾が存在する旨主張する。 しかしながら、被控訴人が上記のとおり控訴人Xに対し事実の正確な著述を求めたからといって、これによって直ちに、被控訴人が被控訴人書籍について複製又は翻案することを許諾したと認めることができないのは明らかである。被控訴人書籍の複製又は翻案に至る程度にその記述を利用するためには、その旨の明示ないし少なくとも黙示の許諾が必要であるところ、被控訴人についてこれらを認めるに足りる証拠がないことは前記のとおりであり、控訴人Xの上記主張は理由がない。」 (3) 以上によれば、控訴人Xは、当裁判所が複製又は翻案を認めた控訴人各記述を不可分的に有する控訴人書籍の第3章を著述することによって、被控訴人の被控訴人書籍の著作権(複製権又は翻案権)を侵害し、控訴人集英社は、上記のとおりの控訴人書籍を頒布することによって、被控訴人の被控訴人書籍の著作権(譲渡権又は著作権法28条に基づく譲渡権)を侵害したと認められる。 2 争点②(被控訴人の著作者人格権の侵害の成否)について 原判決を以下のとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」第3の2に記載のとおりであるから、これを引用する。 (1) 原判決33頁7行目及び8行目の「別紙対比表の当裁判所の判断欄に○と記載した被告各記述に対応する原告各記述について」を「当裁判所が複製又は翻案を認めた控訴人各記述に対応する被控訴人各記述について」に改める。 (2) 原判決33頁11行目の「頒布した」を「印刷し頒布した」と改める。 3 争点③(控訴人らの故意又は過失の有無)について 原判決「事実及び理由」第3の3に記載のとおりであるから、これを引用する。 4 争点④(被控訴人の損害の額)について 原判決を以下のとおり補正するほか、原判決「事実及び理由」第3の4に記載のとおりであるから、これを引用する。 (1) 原判決34頁3行目の「2万8560円」を「2万5200円」と改める。 (2) 原判決34頁7行目の「原告各記述を」から同頁9行目末尾までを「当裁判所が複製又は翻案を認めた控訴人各記述は、合計すると控訴人書籍の約4.38頁分(79行÷18行/1頁)であり、本文290頁からなる同書籍の約1.5%分に相当する。」と改める。 (3) 原判決34頁11行目の「2.856円」を「2.52円」と、同頁12行目から13行目の「2万8560円」を「2万5200円」と、それぞれ改める。 (4) 原判決35頁1行目及び2行目を次のとおり改める。 「(計算式)1680円×0.1×0.015=2.52円 2.52円×1万部=2万5200円」 (5) 原判決35頁12行目の「慰謝料の額は50万円とするのが相当である。」を「慰謝料の額は、著作権侵害に基づくものにつき25万円、著作者人格権侵害に基づくものにつき25万円の合計50万円とするのが相当である。」と改める。 (6) 原判決35頁13行目の「5万2856円」を「5万2520円」と改める。 (7) 原判決35頁15行目の「弁護士費用の額は、」から同頁17行目末尾までを「弁護士費用の額は5万2520円とするのが相当であると認める。」と改める。 5 以上によれば、被控訴人の請求は、控訴人らに対し、当裁判所が複製又は翻案を認めた控訴人各記述を不可分的に有する第3章(113頁ないし160頁)を含む控訴人書籍の複製、頒布の差止め及び廃棄並びに損害賠償として57万7720円及びこれに対する共同不法行為後の日であることの明らかな平成23年10月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきところ、原判決はこれとは異なる限度で失当であって、本件控訴の一部は理由がある。 なお、控訴人Xの主張には、控訴人書籍の一部についてのみ著作権及び著作者人格権侵害を認めながら、第3章を含む控訴人書籍を複製・頒布の禁止及び廃棄の対象とすることは過大であり違法であるとの部分がある。しかしながら、控訴人書籍の第3章が上記の著作権侵害等に係る記述を不可分的に含む以上、第3章を含む限度で控訴人書籍を差止め及び廃棄の対象とすることが過大であるとはいえず、控訴人Xの上記主張は理由がない。 6 よって、主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第3部 裁判長裁判官 設樂隆一 裁判官 田中正哉 裁判官 神谷厚毅 |
(別紙)控訴人Xの主張 【凡例】○:複製又は翻案と認められる.×:複製も翻案も認められない
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