判例全文 line
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【事件名】“獄中画”展覧会事件(2)
【年月日】平成25年9月30日
 知財高裁 平成25年(ネ)第10040号 損害賠償請求控訴事件(原審・東京地裁)
 (口頭弁論終結日 平成25年7月24日)

判決
控訴人兼被控訴人 X(以下「第1審原告」という。)
被控訴人兼控訴人 救援連絡センター(以下「第1審被告」という。)
訴訟代理人弁護士 川村理


主文
1 第1審原告の控訴及び当審における拡張請求に基づき、原判決を次のとおり変更する。
(1) 第1審被告は、第1審原告に対し、31万9000円及びうち5万9000円に対する平成22年8月24日から、うち6万円に対する同年9月10日から、うち20万円に対する同月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 第1審原告のその余の請求(当審における拡張部分を含む。)をいずれも棄却する。
2 第1審被告の控訴を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを20分し、その1を第1審被告の負担とし、その余を第1審原告の負担とする。
4 この判決は、1(1)に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 第1審原告
(1)ア 原判決を次のとおり変更する。
イ 第1審被告は、第1審原告に対し、550万円及びうち50万円に対する平成22年8月16日から、うち230万円に対する同月24日から、うち230万円に対する同年9月10日から、うち40万円に対する同月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(なお、第1審原告は、当審において、原審における550万円に対する同月10日からの遅延損害金の支払請求につき、上記のとおり、一部拡張し、一部減縮した。)。
(2) 第1審被告の控訴を棄却する。
(3) 訴訟費用は、第1審、2審とも、第1審被告の負担とする。
(4) 仮執行宣言
2 第1審被告
(1)ア 原判決中第1審被告敗訴部分を取り消す。
イ 上記取消部分につき第1審原告の請求をいずれも棄却する。
(2)ア 第1審原告の控訴を棄却する。
イ 第1審原告の拡張請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は、第1審、2審とも、第1審原告の負担とする。
第2 事案の概要(以下、原判決の略称に従う。)
1 本件は、刑務所に被収容中の第1審原告が、第1審原告制作に係る複数の絵画を第1審被告に預けていたところ、(1)第1審被告が第1審原告の許諾なく、そのうち1枚の絵画(本件絵画)を、第1審被告主催のギャラリーでの展示会(本件展示会)で展示するとともに、同展示会のパンフレット(本件パンフレット)に同絵画の複製を掲載して頒布したことが、第1審原告の同絵画に係る展示権、複製権及び譲渡権等を侵害する不法行為に当たる、(2)本件パンフレットに本件絵画とともに第1審原告の氏名を掲載したことが、第1審原告の同絵画に係る氏名表示権を侵害する不法行為に当たる、(3)本件パンフレット及び本件案内文書(本件パンフレット等)に第1審原告の氏名を受刑者として記載したことが、第1審原告のプライバシーを侵害する不法行為に当たる、(4)第1審被告が第1審原告から預かった絵画を紛失して返還しなかったことが、債務不履行又は不法行為に当たる、(5)本件訴訟における第1審被告の不当な応訴態度が不法行為に当たる、とそれぞれ主張して、第1審被告に対し、著作権侵害に係る損害として100万円、氏名表示権侵害に係る慰謝料として100万円、プライバシー侵害に係る慰謝料として150万円、絵画の紛失に係る損害として100万円及び不当な応訴態度に係る慰謝料として100万円の、合計550万円並びにこれに対する本件展示会の初日である平成22年9月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 原判決は、(1)第1審被告が本件絵画を本件展示会で展示したことは第1審原告の本件絵画に係る展示権を侵害しないが、同展示会のパンフレットに同絵画の複製を掲載して頒布したことは第1審原告の本件絵画に係る複製権及び譲渡権を侵害する、(2)本件パンフレットに本件絵画とともに第1審原告の氏名を掲載したことは、第1審原告の本件絵画に係る氏名表示権を侵害しない、(3)本件パンフレット等に第1審原告の氏名を受刑者として記載したことが、第1審原告のプライバシーを侵害する不法行為に当たる、(4)第1審被告が第1審原告から預かった絵画を紛失して返還しなかったことが、債務不履行又は不法行為に当たる、(5)本件訴訟における第1審被告の応訴態度が不法行為に該当するとはいえない、とした上で、(1)につき損害金9000円、(3)につき損害金20万円、(4)につき損害金合計6万円及びこれらに対する平成22年9月10日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を命ずる限度で第1審原告の請求を認容した。
 これに対し、第1審原告及び第1審被告の双方がその敗訴部分につきそれぞれ控訴した。なお、第1審原告は、当審において、遅延損害金請求の一部につき請求を拡張し、減縮したほか、著作権侵害、著作者人格権侵害及びプライバシー権侵害の点に関する主張を追加した。
2 争いのない事実等、争点及び争点に関する当事者の主張
 争いのない事実等、争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり原判決を補正し、後記3のとおり、当審における当事者の主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」の第2の2及び3並びに第3記載のとおりであるから、これを引用する(以下、原判決を引用する場合は、原判決32頁18行目の「原告準備書面(3)」の部分を除き、「原告」を「第1審原告」と、「被告」を「第1審被告」と、それぞれ読み替える。)。
(1) 原判決4頁7行目の「頒布された。」の次に、「また、本件パンフレットは、同月16日、ギャラリーTENのウェブサイトに、本件展示会を紹介する記事とともに、掲載された。さらに、本件パンフレット自体も、東京芸術大学など二、三か所に置かれた。」を加える。
(2) 原判決4頁7行目から同8行目にかけての「乙6、23、53、弁論の全趣旨」を「乙6、23、53、76、81、弁論の全趣旨」と改める。
(3) 原判決5頁23行目末尾に、改行の上、次のとおり加える。
 「さらに、ギャラリーTENのウェブサイトには、平成22年8月16日、獄中画を展示するものであるなどとして本件展示会を紹介する記事とともに、本件パンフレットが掲載され、さらに、出品者として第1審原告の氏名が掲載された。これらの掲載は少なくとも平成25年5月4日まで継続された。〔乙81、弁論の全趣旨〕」
(4) 原判決8頁17行目の「氏名」の次に「及び受刑者であること等」を加え、同18行目の「氏名表示権」を「著作者人格権」と改める。
(5) 原判決8頁22行目冒頭から末尾までを「(6) 第1審被告の応訴態度ないしは第1審原告の絵画返却請求等への対応が不法行為に当たるか」と改める。
(6) 原判決9頁4行目末尾に次のとおり加える。
 「また、展示の条件は第1審原告の氏名を公表しないことなのであるから、本件パンフレット等の頒布は許諾に係る利用方法・条件を逸脱しており、展示権を侵害する。さらに、ギャラリーTENのウェブサイトには、現在に至るまで2年8か月以上本件絵画、第1審原告の氏名及び受刑者であることを展示中であり、展示権を侵害している。」
(7) 原判決9頁13行目末尾に、改行の上、次のとおり加える。
 「仮に第1審原告が展示について同意していたとしても、それは、第1審原告が、本件展示会につき救援誌上の絵画の展示会と誤解していたことによるものであり、心裡留保又は錯誤により無効である。
 また、第1審原告は、受刑者の人権を擁護する団体である第1審被告のAから救援誌に絵画を掲載したい旨伝えられていたし(乙16)、第1審被告は、第1審原告に対し、パンフレットを作成して頒布することや、パンフレット中に「有期懲役受刑者 府中刑」と表示した上氏名を公表することを全く告知していないのであるから、第1審被告の行為は詐欺に当たり、第1審原告の意思表示は無効である。」
(8) 原判決10頁19行目の「氏名」の次に「及び受刑者であること等」を加え、同20行目の「氏名表示権」を「著作者人格権」と改める。
(9) 原判決10頁22行目冒頭に「(1)」を挿入する。
(10) 原判決10頁24行目末尾に、改行の上、次のとおり加える。
 「仮に第1審原告が当初氏名公表の意思表示をしていたとしても、前記1記載のとおり、心裡留保、錯誤又は詐欺により無効である。
 (2) 本件絵画の題号は「イエス最後の祈り」であるのに、第1審被告が、本件パンフレット中の本件絵画のところに第1審原告の氏名等を掲載したために、これが本件絵画の題号であるかのような錯覚をさせるので、第1審原告の本件絵画に係る同一性保持権を侵害する。
 (3) 本件パンフレットには第1審原告が有期懲役受刑者であることが表示されているので、本件パンフレットの頒布は、著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為として、著作者人格権の侵害とみなされる(法113条6項)。」
(11) 原判決11頁26行目末尾に次のとおり加える。
 「Aが本件展示会の応募要領を掲載した2009年(平成21年)1月10日号の「救援」誌が第1審原告に到達していないことを初めて認識したのは、本件展示会の開催直前に、第1審原告から氏名の公表をしないでほしいとの手紙を受け取った時点である。また、2010年(平成22年)5月10日号の「救援」誌には、第1審原告の氏名が明記され、本件展示会の概要が記されているところ、これに対し第1審原告からは直前まで自己の絵画の出品について特段異議が述べられなかったため、Aらは第1審原告が、受刑者としての氏名公表を含め、本件展示会への出品を了解していると判断していた。」
(12) 原判決12頁24行目冒頭から末尾までを「6 争点(6)(第1審被告の応訴態度ないしは第1審原告の絵画返却請求等への対応が不法行為に当たるか)について」と改める。
(13) 原判決13頁14行目末尾に、改行の上、次のとおり加える。
 「また、第1審原告は、発信制限のある中、費用を掛けて、第1審被告に対し、5通以上、Bに対し約20通の書類を郵送したり、C宛てに5、6通確認の書類を郵送したりして、第1審被告に対してクレームを述べたり、絵画の返還請求を申し入れたのに、第1審被告は、絵画の返却期限である平成22年9月19日から約1年5か月にわたり第1審原告の申入れを無視し放置したもので、これは不法行為に当たる。」
(14) 原判決13頁16行目の「応訴態度」の次に「ないしは第1審原告の絵画返却請求等への対応」を挿入する。
(15) 原判決14頁2行目冒頭から同頁11行目末尾までを次のとおり改める。
 「第1審被告による著作権侵害の損害は、ア ギャラリーTENに本件絵画を使用させ本件パンフレットを頒布させたことにつき20万円、イ 本件絵画を本件パンフレット等に使用した複製権侵害につき30万円、 ウ 本件パンフレット等の頒布による譲渡権侵害につき30万円、及び、エ 第1審被告が第1審原告の許諾なく利用方法及び条件の範囲を逸脱した条件で本件絵画を展示したことによる展示権侵害につき20万円の合計100万円である。
 本件展示会の入場者が一日に50人以上であったことが明らかであり、また、本件パンフレットは多数部印刷され、第1審被告から「救援」誌の読者2000名余に対し、ギャラリーTENから相当数の者に対し、それぞれ送付されたはずであるから、その合計は、入場者も含めて、2000ないし3000人又はそれ以上となる。
 なお、本件展示会が入場無料であったとしても、第1審原告の損害が軽減されるものではなく、むしろ、本件展示会がジャパンタイムズ紙やインターネット新聞にも取り上げられたというのであるから、第1審被告は、1億円を超える広告効果を得たに等しい。
 さらに、第1審被告が民法594条に違反して無許諾で第三者であるギャラリーTENに本件絵画を使用させ、本件パンフレットの頒布を許したこと、ギャラリーTENがウェブサイト上で現在まで2年8か月にわたり本件パンフレットを公表していることも著作権侵害による損害認定に当たり考慮されるべきである。」
(16) 原判決14頁12行目冒頭から同頁13行目末尾までを次のとおり改める。
 「(2) 著作者人格権侵害に係る慰謝料 100万円
 第1審被告による氏名表示権侵害に係る慰謝料は80万円、同一性保持権侵害に係る慰謝料は20万円が相当である。」
(17) 原判決14頁23行目末尾に次のとおり加える。
 「さらに、第1審被告は、ギャラリーTENのウェブサイトに本件パンフレットを転載し、かつ、第1審原告の氏名を受刑者として公表し、平成22年9月から平成25年5月現在まで2年8か月も公表している。」
(18) 原判決15頁1行目の「及び」を「並びに」と改める。
(19) 原判決15頁2行目から3行目にかけての「拡散させたこと」を「拡散させるとともに、約2年8か月にわたりギャラリーTENのウェブサイトに本件パンフレットを転載し、かつ説明中に第1審原告の氏名を受刑者として公表したこと」と改める。
(20) 原判決15頁8行目冒頭から同頁21行目末尾までを次のとおり改める。
 「絵画の価値を算定するに当たっては、作成に要した時間や労力等を考慮しつつ、第1審原告の技量が一定レベルに達していることから、肖像画の作成料金を参考にすべきである。そして、第1審原告がCを通じて貸し付けた絵画8点については、第1審原告の1日の労働を1万2000円に換算し、それぞれの制作に要した日数を乗じた額を損害額とすべきである。
 そして、紛失された絵画について、第1審原告が、身体障害に苦しみながら、獄中での自由時間の全てを使って、1点ごとに渾身で描いた作品であり、キリスト画は、1日当たり10時間描き続けたとしても、最低10日間を要する程度のもので、実際には、休庁日ごとに描いて、1か月以上をかけたものであって、これら絵画の制作過程や第1審原告の思い入れ等については慰謝料として算定されるべきである。
 以上を前提とすると、絵画の紛失による第1審原告の損害は以下のとおりとするのが相当であり、その合計額は100万円である。
ア Cを通じて貸与した分 合計83万4000円
 (ア) 「イエス最後の祈り」(乙21の写真4上)の絵画12万円、慰謝料6万円、合計18万円
 (イ) 「イエスの涙」(乙21の写真4下)の絵画9万6000円、慰謝料6万円、合計15万6000円
 (ウ) 「イエスの祝福」(乙21の写真3上)の絵画8万4000円、慰謝料5万円、合計13万4000円
 (エ) 「イエスのさとし」(乙21の写真3下)の絵画8万4000円、慰謝料5万円、合計13万4000円
 (オ) 「M」、「N」(乙21の写真2の上下)及び「イエスの眼差し」(写真5の下)の絵画(合計3点)各3万6000円ずつ、慰謝料各絵画につき1万4000円ずつ、合計15万円
 (カ) 「シスターの祈り」(乙21の写真5の上)の絵画6万円、慰謝料2万円、合計8万円
イ Bを通じて貸与した分 合計16万6000円
 絵画1枚につき損害金5〜8万円として3枚合計16万6000円
(絵画分10万6000円、慰謝料6万円)」
(21) 原判決16頁5行目末尾に次のとおり加える。
 「仮に遅延損害金として考慮する余地がないのであれば慰謝料名目とすべきである。」
(22) 原判決16頁6行目の「応訴態度」の次に「ないしは第1審原告の絵画返却請求等への対応」を挿入する。
(23) 原判決16頁9行目から同頁10行目にかけての「100万円」を「60万円」と改める。
(24) 原判決16頁10行目末尾に、改行の上、次のとおり加える。
 「また、第1審原告の絵画返還請求等を第1審被告が放置したことにより第1審原告の被った慰謝料は40万円とするのが相当である。」
(25) 原判決16頁11行目冒頭から同頁13行目末尾までを次のとおり改める。
 「(6) よって、第1審原告は、第1審被告に対し、上記(1)ないし(5)の合計額である550万円及びこれに対する各不法行為の開始日(後記エについては、不法行為の開始日又は返還債務の履行期)である下記の各日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
ア 著作権侵害
(ア) ギャラリーTENに本件絵画を使用させ本件パンフレットを頒布させたことによる損害20万円、本件絵画を本件パンフレット等に使用した複製権侵害の損害30万円及び本件パンフレット等の頒布による譲渡権侵害の損害30万円につき、第1審被告が本件パンフレットの頒布を開始した(乙23)平成22年8月24日から
(イ) 第1審被告が第1審原告の許諾なく利用方法及び条件の範囲を逸脱した条件で本件絵画を展示したことによる展示権侵害の損害20万円につき平成22年9月10日から
イ 著作者人格権侵害による損害100万円につき平成22年8月24日から
ウ プライバシー侵害による損害
(ア) 第1審被告が第1審原告のプライバシーを守秘義務に反し本件パフレット等で公表し頒布したことによる損害50万円につき平成22年8月24日から
(イ) 第1審被告が本件展示会の開催前に第1審原告から氏名不公表を求められながらその後も本件パンフレット等を頒布し続けことによる損害50万円につき平成22年9月10日から
(ウ) ジャパンタイムズ紙及びインターネット新聞を通じて数十万人に情報拡散させたことによる損害50万円につき平成22年8月16日から
エ 絵画の紛失に係る損害合計100万円につき平成22年9月10日から
オ 第1審被告による放置及び不当な応訴態度に係る損害100万円につき平成22年9月19日から」
3 当審における当事者の主張
(1) 第1審被告の主張
 第1審被告は、原審における準備書面(3)において「第1審被告は、第1審原告が主張する本件展覧会のパンフレット送付数に関する主張については、特に争うものではない。」と主張したが、この主張は、錯誤に基づくものであり、かつ、真実に反することが明らかであるので、撤回する。
 本件パンフレットが「救援」誌の読者に送付された事実はない。「救援」誌は第三種郵便物として承認を受けており、本件パンフレットのようなものを同封することはできない。本件パンフレットは、東京芸術大学など二、三か所に置かれたにとどまり、広くは頒布されてはいない。
(2) 第1審原告の主張
 第1審被告による主張の撤回には異議がある。自白の撤回の要件を満たしていない。
 また、第1審被告は、第1審原告に対し、本件パンフレットを「救援」誌とともに封書で送付しており、第三種郵便物として送付していないことからしても、第1審被告の主張は失当である。第1審被告の主張は変遷しており、信用できない。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所は、第1審被告が本件絵画のカラーコピーを本件パンフレットに掲載してこれを頒布したことは、第1審原告の本件絵画に係る複製権及び譲渡権を侵害するものであり、また、第1審被告が本件絵画のカラーコピーを掲載した本件パンフレットに、著作者として第1審原告の氏名を表示したことは、第1審原告の本件絵画に係る氏名表示権を侵害するものであり、さらに、第1審被告が本件パンフレット等に受刑者として第1審原告の氏名を記載し、頒布し、また、ギャラリーTENのウェブサイトに受刑者として第1審原告の氏名が掲載されたことは第1審原告のプライバシーを侵害するものであり、さらにまた、第1審被告が第1審原告の絵画を紛失したことは不法行為に該当することであるものの、第1審被告の行為に第1審原告の本件絵画に係る展示権や同一性保持権を侵害するものや、法113条6項により著作者人格権を侵害する行為とみなされるものはなく、また、第1審被告の応訴態度や第1審原告の絵画返還請求等への対応が不法行為を構成するものではないと判断する。
 その理由は、後記1のとおり原判決を補正し、後記2のとおり当審における当事者の主張に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」の第4の1ないし8記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の補正
(1) 原判決17頁6行目冒頭に「(1)」を挿入する。
(2) 原判決17頁20行目の「当庁」を「東京地方裁判所」と改める。
(3) 原判決18頁13行目末尾に、改行の上、次のとおり加える。
 「(2) 第1審原告は、仮に第1審原告が展示について同意していたとしても、それは、第1審原告が、本件展示会につき「救援」誌上の絵画の展示会と誤解していたことによるものであり、上記同意は心裡留保又は錯誤により無効である旨主張する。
 しかし、上記(1)において認定したところによれば、第1審原告は、本件展示会の開催前に、第1審原告の絵画がギャラリーで公に展示されることを知りながら、展示自体には何ら異議を述べなかったものである以上、本件絵画の展示に関する第1審原告の承諾が第1審原告の錯誤によるものとも、第1審原告の真意に基づかないものであったともいえない。
 また、第1審原告は、Aから「救援」誌に絵画を掲載したい旨伝えられていたし、第1審被告は、第1審原告に対し、本件パンフレットを作成して頒布することや、本件パンフレット中に「有期懲役受刑者 府中刑」と表示した上氏名を公表することを全く告知していないのであるから、第1審被告の行為は詐欺に当たる旨主張する。
 しかし、前記争いのない事実等及び上記認定事実並びに弁論の全趣旨に照らすと、第1審原告の上記主張を前提としたとしても、上記のAらの行為が故意による欺罔行為に当たるものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 さらに、第1審原告は、展示の条件は第1審原告の氏名を公表しないことであるから、本件パンフレットの頒布は許諾に係る利用方法・条件を逸脱しており、展示権を侵害するとか、ギャラリーTENのウェブサイトには、現在に至るまで2年8か月以上本件絵画及び第1審原告の氏名、受刑者であることを展示中であり、展示権を侵害しているなどとも主張する。しかし、展示権は原作品についてのみ認められるものである以上、本件パンフレットやギャラリーTENのウェブサイトへの本件絵画のカラーコピーの掲載が第1審原告の本件絵画に係る展示権を侵害するものということはできない。
 よって、第1審原告の上記各主張はいずれも採用することができない。」
(4) 原判決20頁1行目冒頭から同21頁22行目末尾までを次のとおり改める。
「3 争点(3)(本件パンフレットに本件絵画の著作者名として第1審原告の氏名及び受刑者であること等を表示したことが著作者人格権の侵害に当たるか)について
(1) 氏名表示権について
 著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際して、著作者名を表示しないこととする等の権利を有する(法19条)。そうすると、著作者は、著作物の公衆への提供又は提示の際に、著作者名を表示しないこととする権利を有することとなる。
 前記第2の2(3)において認定したとおり、第1審被告は、本件パンフレットに本件絵画を掲載するに当たり、著作者として第1審原告の氏名を表示しているところ、これは、本件絵画の公衆への提供に際し著作者名を表示しないこととすることを内容とする第1審原告の氏名表示権を侵害するものである。
 なお、第1審原告は、前記第2、2(3)、同(4)及び前記1(1)のとおり、「アンデパンダン展」が「救援」誌上の絵画の展示会であると認識して、本件絵画を含む複数の絵画を第1審被告に送付した際に、それらの絵画を「匿名」又は変名で掲載することを第1審被告に求めたことはなかったこと、その後本件展示会の開催直前に、第1審被告からの手紙により、展示会が「救援」誌上ではなく、公開のギャラリーで行われることを知ったことから、急遽、自己の氏を表示せず、「(第1審原告の名)」のみの表示とすることを申し入れたことに照らせば、第1審原告は、「救援」誌上の展示会を前提として、第1審被告に送付した本件絵画を含む各絵画について、その著作者名として自己の氏名を表示する意思を有していたものにすぎず、公開のギャラリーにおいて本件絵画を展示する際や、一般に頒布される予定の本件パンフレットに本件絵画等を掲載するに際し、著作者としてその氏名を表示することを承諾していたものと認めることはできない(本件パンフレットについては、本件絵画のカラーコピーを掲載することが複製権侵害となることは、前記2のとおりである。)。そして、他に第1審原告が、第1審被告において本件パンフレットに本件絵画を掲載するに当たり、著作者として第1審原告の氏名を表示することを承諾していたことを認めるに足りる証拠もない。
 さらに、上記に認定判断したところに加え、本件証拠上、第1審被告が、第1審原告に対し、本件パンフレットに本件絵画を掲載するに当たり、著作者として第1審原告の氏名を表示することの承諾を得ようとした形跡もうかがえないことも併せ考えると、第1審被告には、本件パンフレットに本件絵画の著作者として第1審原告の氏名を表示することによる氏名表示権の侵害について、少なくとも過失があるものと認められる。
 なお、氏名表示権は著作者人格権の一つであるところ、著作者人格権は、著作者の精神的活動の所産として創作された著作物と著作者との人格的なつながりに基づいて、当該著作物の上に存する著作者の人格的利益を保護するものであり、特に氏名表示権は、著作者が著作物の創作者であることを表示し、あるいは、表示しない利益を保護するためのものであるから、かかる著作者の利益は、一般人が、著作物とは無関係に有する、自己が受刑者であることを公表されないことについての利益(プライバシー)とは異なる性質のものである。本件においては、この受刑者であることを公表されないことについての第1審原告の利益は、法19条の氏名表示権で保護されるべき著作者の利益とは別個のプライバシー侵害の問題として、別途、後記4において判断することとする。
(2) 同一性保持権について
 第1審原告は、本件絵画の題号は「イエス最後の祈り」であるのに、第1審被告が、本件パンフレットに転写した本件絵画の下部に第1審原告の氏名等を掲載したために、これが本件絵画の題号であるかのような錯覚をさせるので、第1審被告の上記掲載行為は第1審原告の本件絵画に係る同一性保持権を侵害する旨主張する。
 確かに、前記第2の2(3)ウ認定のとおり、本件パンフレットに転写 された本件絵画の下に、「X 有期懲役受刑者 府中刑」と記載されている。
 しかし、乙6によれば、本件パンフレットに転写された他の絵画についても、同様に絵画の下に著作者の氏名、執行を受けている刑の内容等及び収容先が記載されており、しかもこれらの絵画の中には風景画や動物を描いたものなど、人名とは関係のない事項を題材とするものもあることが認められる。そうすると、第1審原告の氏名等の記載が本件絵画の題号であると認識されるものとは認められない。
 したがって、第1審原告の上記主張はその前提を欠き採用することはできない。
(3) 法113条6項に係る主張について
 第1審原告は、本件絵画の転写された本件パンフレットには第1審原告が有期懲役受刑者であることが表示されているので、本件パンフレットの頒布は、法113条6項の著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為として、著作者人格権の侵害とみなされる旨主張する。
 しかし、本件パンフレットにおける本件絵画の利用形態は、本件展示会を宣伝する目的の本件パンフレット上に、本件展示会へ出品される他の10点の絵画を縮小してカラーで掲載されたものと共に、本件絵画がカラーで本件パンフレットの中央付近に縮小の上転写されているというものである(乙6)。このような本件絵画の利用形態に照らすと、本件絵画の利用方法自体が第1審原告の著作者としての社会的名誉又は声望を害するものであると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 なお、第1審原告は、本件パンフレットに第1審原告が有期懲役受刑者であること等が表示されていることを著作者人格権侵害の根拠として主張するが、上記表示が第1審原告のプライバシーを侵害するものであるとしても、第1審原告の著作者としての社会的評価の低下をもたらすものとは直ちにはいえない。
 したがって、第1審原告の上記主張を採用することはできない。」
(5) 原判決22頁2行目の「頒布された」の次に「ほか、ギャラリーTENのウェブサイトには、平成22年8月16日から少なくとも平成25年5月4日までの間、獄中画を展示するものであるなどとして本件展示会を紹介する記事とともに、本件パンフレットが掲載され、さらに、出品者として第1審原告の氏名が掲載された」を挿入する。
(6) 原判決22頁2行目、同10行目、同行目から同11行目にかけて、同11行目から同12行目にかけて及び同21行目から同22行目にかけての各「本件パンフレット等」をいずれも「本件パンフレット等及びギャラリーTENのウェブサイト」と改める。
(7) 原判決22頁8行目及び同14行目の各「本件パンフレット等の頒布」の次にいずれも「及びギャラリーTENのウェブサイトでの第1審原告の氏名の表示」を挿入する。
(8) 原判決22頁12行目の「53」の次に「、81」を加える。
(9) 原判決22頁15行目末尾に、改行の上、次のとおり加える。
 「なお、ギャラリーTENが前記第2の2(3)ウの内容の本件案内文書を作成しているほか、前記2(1)で認定したところに照らすと、第1審被告において、ギャラリーTENのウェブサイトにおいて、本件展示会の紹介がなされる際に第1審原告の氏名が表示されることも予見し得たものというべきであり、そうすると第1審被告はギャラリーTENのウェブサイトにおける第1審原告の氏名の表示によるプライバシー権侵害についても、少なくとも過失により幇助行為を行ったものというべきであり、不法行為責任負う。」
(10) 原判決23頁2行目の「していたこと」の次に「(少なくとも、前記第2の2(3)イ認定のとおり、Aは、第1審原告が平成20年5月に府中刑務所に移送されてしばらく後に第1審原告に対する「救援」誌の送付を停止しており、平成21年8月頃から再度送付を始めたというのであるから、Aにおいて、2009年(平成21年)1月10日号の「救援」誌が第1審原告に送付されていない可能性があることは十分認識し得たものといえる。)」を挿入する。
(11) 原判決23頁8行目末尾に次のとおり加える。
 「なお、2010年(平成22年)5月10日号の「救援」誌(乙2)には、本件展示会の開催概要が記載され、出品者として第1審原告の氏名が記載され、また、会場がギャラリーTENであることが記載されているものの、上記「救援」誌には、本件展示会での絵画の展示の際に、出品者の氏名や出品者が課された刑の内容、出品者の収容先等が公表される旨の記載はないことに照らすと、仮に第1審原告が上記「救援」誌を受領していたとしても、上記認定を左右するものではない。」
(12) 原判決24頁3行目冒頭から末尾までを「6 争点(6)(第1審被告の応訴態度ないしは第1審原告の絵画返却請求等への対応が不法行為に当たるか)について」と改める。
(13) 原判決24頁3行目末尾に、改行の上、「(1) 第1審被告の応訴態度について」を加える。
(14) 原判決25頁23行目末尾に、改行の上、次のとおり加える。
 「(2) 第1審原告の絵画返却請求等への対応について
 第1審原告は、発信制限のある中、費用を掛けて、第1審被告に対し5通以上、Bに対し約20通の書類を郵送したり、C宛に5、6通確認の書類を郵送したりして、第1審被告に対してクレームを述べたり、絵画の返還請求を申し入れたのに、第1審被告は、絵画の返却期限である平成22年9月19日から約1年5か月にわたり第1審原告の申入れを無視し放置したもので、これは不法行為に当たる旨主張する。
 そして、前記第2の2(5)認定の事実、証拠(乙14、24、33)及び弁論の全趣旨によれば、第1審原告が、平成22年9月19日に本件展示会が終了した後、第1審被告に対して直接又はC若しくはBを通じて、繰り返しC又はBを通じて第1審被告に預けた絵画の返却を求めていたこと、これに対し、第1審被告は、絵画を紛失していたためにその求めに応じることはできず、Aが、第1審原告に対し、平成23年3月24日付けの手紙(乙33)により、本件絵画は返却するが、その余の絵画が行方不明となっており探しているなどと返信するに至ったこと、その後、第1審原告がAに対し、同年4月4日付けで手紙を送り、これに対し、Aが同月14日消印のはがきにおいて、本件絵画は返却するが、Cから送付を受けた9枚の絵画は見当たらず、探しているなどと回答したこと、第1審原告が第1審被告代表者宛に平成23年8月5日到達の内容証明郵便により損害賠償請求をしたが、第1審被告がこれに応答しなかったため、同年12月13日、第1審原告が本件訴訟を提起したことが認められる。
 以上によれば、第1審被告は、本件展示会が終了した後、第1審原告の絵画の返却の求めに対し直ちに返答することなく、本件展示会の終了後約6か月が経過して初めてAにおいて絵画が行方不明であること等を告げたというのであるから、第1審被告の対応において迅速さに欠ける面があったことは否定できない。しかし、上記認定のとおり、Aが第1審原告に対して回答をした後は、第1審原告の問い合わせについて応答をするなどしたり、前記第2の2(5)及び(6)認定のとおり、「救援」誌に絵画の一部を紛失したことに関するおわびを掲載したり、平成24年2月及び同年3月にはA においておわびの手紙を送付していること(乙38、39)に照らすと、第1審原告がその他種々主張する点をも考慮しても、第1審原告の上記の請求に対する第1審被告の対応の態様が不法行為を構成するような違法なものであるとまでいうことはできない。
 したがって、第1審被告の第1審原告の絵画返却請求等への対応が不法行為を構成するとの第1審原告の主張は理由がない。」
(15) 原判決26頁10行目の「(乙8、11、21、検証の結果)」を「(乙8、11、21、82、83、原審における検証の結果)」と改める。
(16) 原判決26頁14行目冒頭から同頁18行目末尾までを次のとおり改める。
 「なお、第1審原告は、本件パンフレットがギャラリーTENのウェブサイト上で公表されていることも損害額の算定に当たり考慮されるべきである旨主張するが、この点を考慮しても上記認定額とするのが相当である。また、証拠(乙23、81)及び弁論の全趣旨によれば、本件パンフレットは、平成22年8月16日にはギャラリーTENのウェブサイトに掲載され、同月24日付けの郵便で第1審原告に送付されていることが認められる。そうすると、遅くとも同日までには本件絵画の複製権侵害行為がなされているものと推認でき、上記損害についての遅延損害金は、第1審原告の請求するように、不法行為の日の後である同月24日から起算するのが相当である。」
(17) 原判決27頁2行目末尾に、改行の上、次のとおり加える。
 「また、第1審原告は、第1審被告による頒布のみならず、ギャラリーTENによる頒布を考慮すると、頒布数は3000人以上となるとも主張する。しかし、第1審被告が上記部数以上に本件パンフレットを頒布したことを裏付ける的確な客観的証拠はなく、第1審原告の上記主張を採用することはできない。」
 (2) 氏名表示権侵害に係る慰謝料
  前記(1)認定の本件パンフレットでの掲載態様やその頒布の態様、ギャラリーTENのウェブサイトでの掲載の態様、その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば、第1審被告による第1審原告の氏名表示権の侵害行為により第1審原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、5万円と認めるのが相当である。また、前記(1)イにおいて認定したところに照らすと、遅延損害金の起算日は、第1審原告の主張する平成22年8月24日からとすべきである。」
(18) 原判決27頁3行目の「(2)」を「(3)」と改める。
(19) 原判決27頁5行目の「頒布されたことは、」を「頒布され、また、ギャラリーTENのウェブサイトにおいて第1審原告が受刑者であることが公表されたことは、」と改める。
(20) 原判決27頁10行目の「頒布されたこと」の次に「、及び第1審原告の氏名がギャラリーTENのウェブサイトで公表されたこと」を挿入する。
(21) 原判決27頁20行目の「それらの」から同頁22行目の「したがって、」までを「上記書証(乙25)には、ジャパンタイムズ紙やインターネット新聞に取り上げられた旨の記載があるにとどまることから、これらの紙上に本件展示会の紹介記事が掲載されたにとどまり、出品者の詳細等が掲載されたものではないと考えるのが自然である上に、第1審被告において、ジャパンタイムズ紙やインターネット新聞に対し、本件パンフレット等の第1審原告が受刑者であることを表示した書面を提供したことを認めるに足りる証拠もない以上、」と改める。
(22) 原判決29頁3行目の「頒布部数、」の次に「ギャラリーTENのウェブサイトで第1審原告が受刑者であることが公表されたこと、」を挿入する。
(23) 原判決29頁4 行目及び同頁7行目から8行目の各「頒布」の次にいずれも「及びギャラリーTENのウェブサイトでの第1審原告が受刑者であることの公表」を挿入する。
(24) 原判決29頁18行目の「からすれば、」から同頁19行目から同20行目にかけての「同日から」までを「、前記第2の2(2)イ認定のとおり、ギャラリーTENのウェブサイトに第1審原告が受刑者であることが公表されたのも平成22年8月16日であることからすれば、本件展示会の最終日である同年9月19日から」と改める。
(25) 原判決29頁21行目の「(3)」を「(4)」と改める。
(26) 原判決29頁26行目の「16万6000円」の次に「。いずれも慰謝料を含む。」を挿入する。
(27) 原判決30頁14行目末尾に次のとおり加える。
 「ウェブサイト(乙82、83)に記載された肖像画の制作料金についても、そもそも上記各ウェブサイトに記載された金額は、絵画制作を依頼した際に支払うべき対価を示したものにすぎず、当該絵画の価値そのものを示すものではないし、上記各ウェブサイトにおける絵画の制作方法は、紛失された第1審原告の絵画の制作方法と必ずしも同一であるとは解されないのであるから、上記各ウェブサイトに記載された絵画の制作料金が直ちに、第1審原告の絵画の客観的価値が第1審原告主張の価額であることを根拠付けるものとはいえない。
 また、第1審原告は、上記の思い入れ等につき慰謝料として考慮されるべきである旨主張するが、本件全証拠によっても、第1審被告による第1審原告の絵画の紛失により、第1審原告に財産的損害の賠償によっても填補し尽くせないほどの無形損害が発生したと認めるには足りず、第1審原告の上記主張を採用することはできない。」
(28) 原判決30頁19行目から20行目にかけての「(乙11、21)」を「(乙11、21、82、83)」と改める。
(29) 原判決32頁5行目の「損害」を「財産的損害」と改める。
(30) 原判決32頁6行目末尾に、改行の上、次のとおり加える。
 「また、第1審原告は、上記金額を慰謝料として請求する旨の主張もするが、前記ア認定のとおり、絵画の紛失により第1審原告に無形損害が発生したと認められない以上、第1審原告の上記主張を採用することはできない。」
(31) 原判決32頁10行目「提出されており、」を「提出されているほか、原審において、第1審被告訴訟代理人が第1審被告代表者の意向を確認しながら訴訟を追行していたこともうかがえる(乙78、79、弁論の全趣旨)。そして、」と改める。
(32) 原判決33頁2行目末尾に、改行の上、次のとおり加える。
 「(3) その他第1審原告は種々原審の訴訟指揮等を論難するが、本件全証拠によっても、原審の訴訟指揮等に違法は認められないし、他に原判決を取り消すべき手続の法律違反も認められない。また、審理不尽をいう点を含めその余の第1審原告の種々主張する点もいずれも採用の限りではない。」
2 当審における当事者の主張に対する判断
 第1審被告は、本件パンフレットは「救援」誌読者に送付されておらず、東京芸術大学など二、三か所に置かれたにとどまり、広くは頒布されてはいない、第1審被告が、原審において、第1審原告が主張する本件展覧会のパンフレット送付数に関する主張については、特に争うものではないと主張したが、この主張は、錯誤に基づくものであり、かつ、真実に反することが明らかであるので、撤回するなどと主張する。
 しかし、「救援」誌が第三種郵便物として認可されており(乙25〜28)、日本郵便会社の手引き上、第三種郵便物はこれとともに他の文書を送付し得ないこととされているとしても(乙77)、第1審原告に対しては本件パンフレットが送付されていること(乙23、弁論の全趣旨)などに照らすと、「救援」誌が第三種郵便物として認可されているからといって、実際に本件パンフレットが「救援」誌読者に送付されなかったと断じることはできない。また、乙76はDの陳述書にすぎず、これをもって上記の第1審被告の原審における主張が真実に反することを裏付けるものと認めるには足りない。加えて、他に第1審被告の上記主張が真実に反することを認めるに足りる証拠はない。
 よって、第1審被告の上記主張を採用することはできない。
第4 結論
 以上によれば、第1審原告の原審における請求及び当審における拡張請求は、主文掲記の損害賠償請求及び遅延損害金請求の限度で理由があり、その余は理由がなく、また、第1審被告の控訴は理由がないので、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 設樂隆一
 裁判官 西理香
 裁判官 神谷厚毅
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