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【事件名】“自炊”代行事件B
【年月日】平成25年9月30日
 東京地裁 平成24年(ワ)第33525号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成25年7月4日)

判決
 当事者の表示 別紙当事者目録のとおり


主文
1 被告株式会社サンドリームは、第三者から委託を受けて別紙作品目録1ないし7記載の作品が印刷された書籍を電子的方法により複製してはならない。
2 被告有限会社ドライバレッジジャパンは、第三者から委託を受けて別紙作品目録1ないし7記載の作品が印刷された書籍を電子的方法により複製してはならない。
3 被告株式会社サンドリーム及び被告Y1は、連帯して、各原告に対し、それぞれ金10万円及びこれに対する被告株式会社サンドリームにつき平成24年12月2日から、被告Y1につき同月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告有限会社ドライバレッジジャパン及び被告Y2は、連帯して、各原告に対し、それぞれ金10万円及びこれに対する被告有限会社ドライバレッジジャパンにつき平成24年12月2日から、被告Y2につき同月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は、これを5分し、その1を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。
7 この判決は、1項ないし4項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
 以下、被告株式会社サンドリームを「被告サンドリーム」、被告Y1を「被告Y1」、被告有限会社ドライバレッジジャパンを「被告ドライバレッジ」、被告Y2を「被告Y2」という。また、被告サンドリーム及び被告Y1を併せて「被告サンドリームら」、被告ドライバレッジ及び被告Y2を併せて「被告ドライバレッジら」、被告サンドリーム及び被告ドライバレッジを併せて「法人被告ら」という
第1 請求
1 主文1項及び2項と同旨
2 被告サンドリーム及び被告Y1は、連帯して、各原告に対し、それぞれ金21万円及びこれに対する被告サンドリームにつき平成24年12月2日から、被告Y1につき同月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告ドライバレッジ及び被告Y2は、連帯して、各原告に対し、それぞれ金21万円及びこれに対する被告ドライバレッジにつき平成24年12月2日から、被告Y2につき同月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、小説家・漫画家・漫画原作者である原告らが、法人被告らは、電子ファイル化の依頼があった書籍について、権利者の許諾を受けることなく、スキャナーで書籍を読み取って電子ファイルを作成し(以下、このようなスキャナーを使用して書籍を電子ファイル化する行為を「スキャン」あるいは「スキャニング」という場合がある。)、その電子ファイルを依頼者に納品しているから(以下、このようなサービスの依頼者を「利用者」という場合がある。)、注文を受けた書籍には、原告らが著作権を有する別紙作品目録1〜7記載の作品(以下、併せて「原告作品」という。)が多数含まれている蓋然性が高く、今後注文を受ける書籍にも含まれている蓋然性が高いとして、原告らの著作権(複製権)が侵害されるおそれがあるなどと主張し、@著作権法112条1項に基づく差止請求として、法人被告らそれぞれに対し、第三者から委託を受けて原告作品が印刷された書籍を電子的方法により複製することの禁止を求めるとともに、A不法行為に基づく損害賠償として、<ア>被告サンドリームらに対し、弁護士費用相当額として原告1名につき21万円(附帯請求として訴状送達の日の翌日〔被告サンドリームにつき平成24年12月2日、被告Y1につき同月4日〕から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の連帯支払、<イ>被告ドライバレッジらに対し、同様に原告1名につき21万円(附帯請求として訴状送達の日の翌日〔被告ドライバレッジにつき平成24年12月2日、被告Y2につき同月7日〕から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の連帯支払を求めた事案である。
1 前提事実(証拠等を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)
(1) 原告ら
 原告らは、小説家、漫画家、漫画原作者である(弁論の全趣旨)。
(2) 被告ら
 被告サンドリームは、第三者から注文を受けて、小説、エッセイ、漫画等の様々な書籍をスキャナーで読み取り、電子ファイル化する事業を行う株式会社である。被告Y1は、被告サンドリームの代表取締役である。
 被告ドライバレッジは、上記と同様の事業を行う特例有限会社である。被告Y2は、被告ドライバレッジの取締役である。
(3) 原告らの著作権
 原告X1は別紙作品目録1記載の作品を、原告X2は同目録2記載の作品を、原告X3は同目録3記載の作品を、原告X4は同目録4記載の作品を、原告X5は同目録5記載の作品を、原告X6は同目録6記載の作品を、原告X7は同目録7記載の作品をそれぞれ創作した者であり、上記各作品の著作権をそれぞれ有している(弁論の全趣旨)。
2 争点
(1) 著作権法112条1項に基づく差止請求の成否(争点1)
ア 法人被告らが原告らの著作権を侵害するおそれがあるか(争点1−1)
イ 法人被告らのスキャニングが私的使用のための複製の補助として適法といえるか(争点1−2)
ウ 原告らの被告サンドリームに対する差止請求が権利濫用に当たるか(争点1−3)
(2) 不法行為に基づく損害賠償請求の成否(争点2)
(3) 損害額(争点3)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 著作権法112条1項に基づく差止請求の成否(争点1)
ア 法人被告らが原告らの著作権を侵害するおそれがあるか(争点1−1)
(原告らの主張)
(ア) 著作権(複製権)侵害のおそれ
a 法人被告らは、利用者から依頼のあった書籍については、著者、タイトル、ジャンル、出版社等のいかんに関わらず注文を受け付け、権利者の許諾を得ることなく、書籍をスキャンして電子ファイルを作成し、その電子ファイルを依頼者に納品している。
 当該行為は著作物を有形的に再製するものであり、複製権の侵害に当たる。
 そして、原告らは、いずれもわが国を代表する著名な作家であるから、法人被告らが注文を受けた書籍には原告作品が多数含まれている蓋然性が高いし、今後注文を受ける書籍にも含まれている蓋然性が高い。
b 原告らは、本件訴訟提起に先立つ平成23年9月5日、他の作家115名及び出版社7社(株式会社角川書店、株式会社講談社、株式会社光文社、株式会社集英社、株式会社小学館、株式会社新潮社、株式会社文藝春秋)と連名で、法人被告らを含む「自炊代行サービス」などと名乗るスキャン事業者約100社に対して、各事業者の事業の内容等に関する質問書(甲18)を送付した(甲19、21)。
 また、平成23年10月17日には、上記115名の作家に原告らを含めた122名の作家は、質問書に回答を行わなかった被告サンドリームに対し、通知人作家の作品について、スキャン事業を行うことは著作権侵害となる旨を告げた上で、今後は通知人作家の作品について、依頼があってもスキャン事業を行なわないよう警告するとともに、上記質問書における質問への回答を再度要請する通知書(甲25)を送付した(甲26)。
c 被告サンドリームは、これらの質問書や通知書に対し、何らの回答を行わなかった。他方、被告ドライバレッジは、今後は原告らを含む122名の差出人作家についてはスキャン事業を行わない旨回答し(甲23)、そのウェブサイトにスキャン対応不可の著作者一覧として原告らを含む122名の差出人作家のリストを掲載しつつ(甲24)、実際には原告作品を含む書籍についてスキャン事業を継続し、現に原告らの書籍について注文を受けてスキャニングを行っている。
 したがって、今後も、原告らの複製権が侵害されるおそれが認められ、原告らは、その侵害の停止又は予防を請求する権利を有する。
(イ) 被告サンドリームらに対する再反論
 原告らは、スキャン事業の実態及び侵害行為の事実を把握・確認するため、平成24年7月13日に、被告サンドリームの運営する「ヒルズスキャン」に対して試験的な発注を行っている。被告サンドリームは、当該発注に応じて、同年8月下旬にスキャン済みデータ及び裁断済み書籍を返却した(甲36)。
 当該発注に係る書籍の著作権者は、著作者がスキャン事業を許諾しない旨を明言した作家である(甲18)。それに対して被告サンドリームは質問書には回答もせず、スキャン及び裁断済み書籍の返却を行っている。
 被告サンドリームが現在は一時的に原告らの書籍のスキャンを行っていなくとも、再開のおそれ(将来における著作権侵害のおそれ)は依然として存在するのであるから、差止めの必要性が存することは明らかである。
(ウ) 被告ドライバレッジらに対する再反論
a 被告ドライバレッジは、著作権法上の「複製」といえるためには複製物の数の増加が必要であると主張するが、独自の見解にすぎない。
b 原告らは、スキャン事業の実態及び侵害行為の事実を把握・確認するため、平成24年7月31日に、被告ドライバレッジの運営する「スキャポン」に対して試験的な発注を行った。被告ドライバレッジは、当該発注に応じて、スキャン済みデータ及び裁断済み書籍を返却した(甲36)。
 被告ドライバレッジは、発注された書籍が原告らなどスキャン不可作家の作品であるか否かを目視によりチェックし、該当するものは返却していたと主張するが、原告らの作品のスキャン依頼に応じていた点は、上記のとおり明らかである。
 被告ドライバレッジが現在は一部の書籍のスキャンを行っていなくとも、著作権侵害のおそれ、差止めの必要性の判断において何ら影響を及ぼさない。
c 被告ドライバレッジらは、「(スキャン事業は)ユーザーが購入した書籍を対象としているから、その過程において、原告らには経済的損害は全くなく、損害発生のおそれがない」と主張するが、これ自体正しくない。当該主張を善解すれば、「@ユーザーは新書籍購入の対価を支払済みであり、Aスキャンデータはユーザーが自己使用するだけなので」原告らに損害はないという趣旨であろうが、そもそも、これらが事実である保障は何ら存しない。また、@についていえば、書籍とこれをスキャンした電子データとは質的に異なる媒体であるから、当初の価格設定(ないし著作権使用料の額)が異なる可能性は十分にある。さらに、Aについていえば、事後的な複製物の大量増加及び転々流通のおそれからすれば、少なくとも損害発生の「おそれ」は厳然として存する。
(被告サンドリームらの主張)
(ア) 原告らの主張(ア)に対する認否
 原告らの主張(ア)aは否認ないし争う。同(ア)bのうち、質問書(甲18)及び通知書(甲25)が被告サンドリームに送付されたこと(甲19、26)は認める。同(ア)c第1段落のうち、被告サンドリームが何らの回答を行わなかったことは認め、原告作品を含む書籍についてスキャン事業を継続し、現に原告らの書籍について注文を受けスキャニングを行っていることは否認する。同(ア)c第2段落は否認ないし争う。
(イ) 反論
 被告サンドリームは、現在、原告らの書籍は取り扱っておらず、原告らに対する権利侵害行為やそのおそれはない。具体的には、ホームページの会員専用ログイン・ページ(甲4のログイン欄)に、その旨を明記しており(乙1)、原告らの書籍が送付された場合は、スキャン(電子データ化)せずそのまま返送する対応を取っている。
(被告ドライバレッジらの主張)
(ア) 原告らの主張(ア)に対する認否
 原告らの主張(ア)a第1段落のうち、「著者、タイトル、ジャンル、出版社等の如何を問わず注文を受け付け」の部分を否認し、その余は認める。同(ア)a第2段落は否認ないし争う。同(ア)a第3段落は、原告らが我が国を代表する著名な作家であることは認め、その余は否認する。同(ア)bは認める。同(ア)c第1段落は、被告ドライバレッジが原告作品を含む書籍についてスキャン事業を継続している旨の主張は否認し、その余は認める。被告ドライバレッジは、そのサービスを許容しない作家の作品については、スキャン等の複製を実施しない方針である。被告ドライバレッジは、平成23年10月から平成25年1月までの間にチェック漏れにより、原告ら書籍557冊をスキャンしたことは認めるが、同期間の納品数と比較すると多数とはいえない。同(ア)c第2段落は否認ないし争う。
(イ) 「複製」の不存在
 「複製」といえるためには、オリジナル又は複製物に格納された情報を格納する媒体を有形的に再製することに加え、当該再製行為により複製物の数を増加させることが必要である。けだし、当該再製行為により複製物の数が増加しない場合(情報と媒体の1対1の関係が維持される場合)には、市場に流通する複製物の数は不変であり、著作者の経済的利益を害することがないからである。言い換えれば、「有形的再製」に伴い、その対象であるオリジナル又は複製物が廃棄される場合には、当該再製行為により複製物の数が増加しないのであるから、当該「有形的再製」は「複製」には該当しない。
 これを本件について見ると、本件訴訟において問題となっている小説及び漫画に関する限り、「スキャポン・サービス」(被告ドライバレッジのスキャン事業)においては、複製物である書籍を裁断し、そこに格納された情報をスキャニングにより電子化して電子データに置換した上、原則として裁断本を廃棄するものであって、その過程全体において、複製物の数が増加するものではないから、「複製」行為は存在しない。
 以上のとおり、本件訴訟において問題となっている小説及び漫画に関する限り、スキャポン・サービスにおいては、「複製」が存在せず、著作権(複製権)侵害は成立しない。
(ウ) 著作権(複製権)侵害のおそれ
a 被告ドライバレッジは、原告らを含むスキャン対応不可の作家の作品については、目視によりチェックを行い(丙1)、該当する書籍については着払いにて返却しているから、原告らの複製権が侵害されるおそれはない。
b 仮にスキャポン・サービスにおいて、複製権の侵害があるとしても、ユーザーが購入した書籍を対象としているから、その過程において、原告らには経済的損害は全くなく、損害発生のおそれがなく、差止請求権は発生しない。
イ 法人被告らのスキャニングが私的使用のための複製の補助として適法といえるか(争点1−2)
(被告サンドリームらの主張)
 著作権法30条1項は、個人的等の限られた範囲内において使用することを目的とする複製を認めており、被告サンドリームは、その使用者のために、その者の指示に従い、手足として補助者的立場で電子データ化を行っており、基本的に同項の範囲内を逸脱していない。
 書籍の所有者が、既に所有している本を個人的に読むことを目的としており、書籍の著作権者に、実質的な意味での権利侵害や実損害は存在しないからである。
(被告ドライバレッジらの主張)
(ア) 著作権法は、私的利用に伴う複製については著作権者の権利は及ばない旨を規定している。その趣旨は、私的領域に関する法の介入を排除することによって個人のプライバシーを保護することにある。したがって、この趣旨を全うするために必要な範囲において、第三者が私的利用の抗弁を援用することが認められるべきである。
 スキャポン・サービスにおけるユーザーは個人であり、そのプライバシーは保護されるべきであるところ、被告ドライバレッジのスキャポン・サービスにおける行為が著作権侵害と判断されると、ユーザーがどのような種類の本を嗜好しているかなどのプライバシーに属する事項が開示される危険があり、この危険を排除するために、被告ドライバレッジはユーザーの有する私的利用の抗弁を援用する。
(イ) 著作権法30条1項の「使用する者が複製する」とは、使用者自身が物理的に自ら複製する場合だけではなく、「補助者による複製」をも含むべきである。けだし、主体性の判断の際には、物理的な行為を行う者ではなく、「複製」に向けての因果の流れを開始し支配している者が「複製」の「主体」と判断されるべきであるし、「複製の自由」が書籍の所有権に由来するものであることに照らしても、書籍の所有者が複製の主体であるというべきだからである。
 そして、各種業務のアウトソース化が拡大した今日においては、「補助者」には、秘書や事務員のように使用者の業務を日常的に補助している者に限定されず、「複製」のみを業務として委託される「業者」をも含むというべきである。
 これを本件についてみると、被告ドライバレッジは、ユーザーから書籍を送付してもらい(所有権の移転はない)、その依頼に応じて市販の裁断機を利用して書籍を裁断し、スキャナーを利用してスキャンを行い、生成されたデジタルデータをユーザーに納品している。しかも、その単価は他の業者よりも高額であり、電子データ及び裁断本の販売も行っていない。さらに、被告ドライバレッジの顧客は、医者・弁護士等の専門家であり、当該専門家の情報へのアクセスを容易にするため専門書の電子化を図ることは社会的に有用である(多忙な専門家に「自炊」を強いることは社会的コストが高すぎる)。以上の点を総合的に考慮すれば、規範的にみて、スキャン等の行為の主体はユーザーであって、被告ドライバレッジでないことは明らかである。
(原告らの主張)
(ア) 被告サンドリームらの主張について
a 被告サンドリームらの主張は否認する。
b 被告サンドリームらは、スキャン事業は「個人が自己の所有する書籍のスキャン(電子データ化)を行うこと」と同様で「実質的な意味での権利侵害や実損害は存在しない」と主張するが、両者がいかなる意味で「同様」なのか、何ら具体的な論証をしていない。被告サンドリームらは、「書籍の所有者が、既に所有している本を個人的に読むことを目的として」いるから、「実質的な意味での権利侵害や実損害は存在しない」と主張したいようであるが、個々のユーザーの個別の発注目的など被告らには把握できていないはずであり、目的云々は被告サンドリームらの希望的観測にすぎない。
c 複製の主体は法人被告らであって、その行為が著作権法30条1項の要件を欠くことは明らかである。
 法人被告らの利用者は、単に書籍を法人被告らに送付しているにとどまり、スキャン等の複製に関する作業に関わることは一切ない。
 一方、法人被告らは、@書籍がまだ裁断されていない場合は複製作業の準備作業として裁断を行い、A裁断された書籍をスキャナーで読み取って、電子ファイルを作成し、Bオプションサービスが選択された場合には、その電子ファイルに対し、書籍名等を識別可能なファイル名の設定、OCR処理の実行等の様々な処理も行って、電子ファイルを加工する、という複製にかかる一連の作業のすべてを実行している(甲4、5、12〜17)。
 そして、法人被告らは、独立した事業者として、自らサービス内容を決定し、インターネット上で宣伝広告を行うことにより利用者を誘引し、法人被告らに注文した不特定多数の利用者から対価を得て、上記の作業を行っている。
 以上に照らせば、法人被告ら自身が複製にかかる作業のすべてを行っているのであって、法人被告らが複製の主体であることは明らかであり、利用者の「手足」とみることはできない。
 そして、著作権法30条1項は、@個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的とし、かつAその使用する者が複製することを要件としている。複製行為の主体は、上記のとおり法人被告らであるから、法人被告らについてこれらの要件を判断すべきこととなる。
 そうすると、法人被告らは、不特定多数の利用者に電子ファイルを使用させることを目的として複製しているから、法人被告ら自身が個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的としている場合には当たらず、上記@の要件を欠くことが明らかである。また、電子ファイルを使用する者は利用者であるのに対し、複製の主体は法人被告らであるから、上記Aの要件も欠くことが明らかである。
(イ) 被告ドライバレッジらの主張について
a 被告ドライバレッジらの主張は否認する。
b 上記(ア)cと同じ。
ウ 原告らの被告サンドリームに対する差止請求が権利濫用に当たるか(争点1−3)
(被告サンドリームらの主張)
(ア) 書籍については、明治初期(1880年代)から古本売買という商取引が行われ、その場合、著作権者には対価が全く還元されない。年間1300億円超とも言われる古本の流通量との比較から考えると、私的使用を前提とするスキャン代行の規模自体は微々たるものである。
 また、かつては、レンタルレコード(CD)やコピー業者をめぐり、権利者への対価支払が業界的に制度化されてきた経緯もある。その意味では、スキャン代行は、対価支払制度の将来の実現に向けた模索的、過渡的、価値不確定な段階という評価もできる。
 そこで、著作権者への対価還元の仕組みを作ることは、著作権者側にとっても、本の所有者を含めたスキャンを行う側にとっても、有益なことである。例えば、日本複写機センターや出版社著作権管理機構(JCOPY)その他の事業者がスキャンを対象とし、包括契約を結んでいる著作物のスキャン代行を一度に申し込めるようにする仕組みはどうかという提案意見もある。
(イ) 以上のとおり、本件は、法的に見ても、社会的に見ても、評価や将来の制度設計について多様な意見があり得る問題といえる。
 そのような問題について、原告らが、権利侵害行為や損害の具体的な主張立証もなしに、本の所有者「本人」がスキャンしているわけではないという一事をもって、あたかもすべてのスキャン代行行為やスキャン代行業者が一律に「社会悪」であるかのような請求を行うことは、仮にスキャン代行が私的使用に該当しないと判断される場合であっても、権利の濫用に該当する。
(原告らの主張)
(ア) 被告サンドリームらの主張は否認する。
(イ) 被告サンドリームらは、スキャン事業が「多様な意見があり得る問題」であること等をもって、原告らの請求を権利濫用と主張するが、異論の存在の故に法律上の権利行使が権利濫用とされてしまうのならば、民事訴訟制度など成り立たないであろう。
 そもそも、権利濫用のような一般条項は、被告サンドリームらの主張するような抽象的理由で軽々に適用されるものではない。裁判例をみても、著作権の行使が権利濫用とされるのは、権利者が自ら当該著作権の侵害となる行為をしていたなどの特段の事情がある限界事例に限られており(東京地裁平成11年11月17日判決参照)、本件がそれに比肩するような事案であるとは到底いえない。
(2) 不法行為に基づく損害賠償請求の成否(争点2)
(原告らの主張)
ア 著作権法112条1項は、「…著作権者…は、その…著作権…を侵害するおそれがある者に対し、その侵害の…予防を請求することができる。」旨を定めている。したがって、著作権を現に侵害する行為はもちろん、著作権侵害をするおそれがある状況を作出することも、著作権法上、差止請求の対象となる違法な行為である。
イ 法人被告らは、原告ら多数の著作権者から、質問書や通知書によって、法人被告らの行為が著作権侵害行為となることを指摘され、その中止を求められたにもかかわらず、著作権侵害のおそれがある状況を自ら作出している。法人被告らは、質問書や通知書を無視して、その事業をそのまま継続し、ホームページ等において広く顧客を募集するなどして、自ら作出した著作権侵害のおそれがある状況を任意には解消しない姿勢を明確にしていたのであって、原告らに、訴訟手続をもって、原告作品のスキャニング行為の停止を求めざるを得なくせしめたのである。
ウ また、被告Y1は、被告サンドリームの代表者としてスキャン事業に主導的な関与をし、被告Y2は、被告ドライバレッジの代表者として、自ら原告らの質問書に回答し(甲23)、事業の運営統括責任者(甲12)、唯一の役員となり(甲3)、同じくスキャン事業に主導的な関与をしているのであるから、被告Y1は被告サンドリームと、被告Y2は被告ドライバレッジと、それぞれ共同して、上記ア及びイの違法行為を行っているものである。
エ 被告らは、法人被告らの事業が、原告らの著作権を侵害するおそれのある行為であることを知りながら、原告らからの質問書や通知書などを無視して事業を継続しているのであって、上記違法行為について、未必の故意(少なくとも過失)が存する。
 また、違法な事業を継続し、広く顧客を募集し続けて、原告らの著作権を侵害するおそれのある状況を作出し、それを継続していれば、原告らが侵害のおそれのある行為の停止を求めて訴えを提起すること、その場合には、相当の弁護士費用の支出を余儀なくされることは当然であり、被告らの対応と原告らの弁護士費用の支出とは相当因果関係が認められる。
オ 本件においては、被告らの対応によって発生せざるを得なくなった原告らの弁護士費用の支出について賠償を求める。
(被告サンドリームらの主張)
 原告らの主張は否認する。
(被告ドライバレッジらの主張)
ア 原告らの主張は否認する。
イ スキャン代行業者が増加する中、著作権者サイドの実務家から、その違法性について議論が提起されていたが、その主要な問題点は、デジタルデータ及び裁断本が転々流通することにより、作家及び出版社に収益が還元されないという点であった。
 被告ドライバレッジがスキャン代行事業を開始した当時から現在に至るまで、スキャン代行が違法であるとする法制度は整備されていないばかりか、スキャン代行を違法とする裁判例も存在しない。さらに、スキャン代行業者の最大手「ブックスキャン」を含む大手業者及び老舗業者に対しては訴訟提起自体もされていなかった。
 被告ドライバレッジは、上記のような動向を認識して事業を開始することとし、もともと個人的又は家庭内使用を目的とするスキャン代行、具体的には医学書等の専門書を中心としたスキャン代行サービスを開始した。
 まず、被告ドライバレッジは、デジタルデータの販売を行うことのないよう利用者から送付された本をスキャンした後はサーバーからデジタルデータの削除を行った。被告ドライバレッジは、ユーザーの側で裁断本の転売が行われることのないよう、裁断本の返却は行わないこととした。さらに、顧客ターゲットは医師、弁護士等の専門職にある者を中心とし、デジタルデータ転売の危険性を防止した。
 以上のとおり、被告ドライバレッジ及び被告Y2に法益侵害の認識はなかった。
(3) 損害額(争点3)
(原告らの主張)
 原告らが、原告ら代理人弁護士に支払うべき弁護士費用のうち、少なくとも別紙弁護士費用計算記載の金額は、不法行為と相当因果関係の認められる損害である。
 したがって、原告らは、被告サンドリームらと被告ドライバレッジらそれぞれに対し、損害賠償金として、各21万円(147万円の7分の1)の支払を求める。
(被告サンドリームらの主張)
ア 原告らの主張は否認する。
イ 本件訴訟において、原告らは、そもそも実損害の発生を主張せず、権利侵害に関する金銭賠償請求を行っていない。そのような場合、損害金額が認められないのであるから、弁護士費用の相手方負担を認める法的理由はない。
(被告ドライバレッジらの主張)
 原告らの主張は否認する。
第3 当裁判所の判断
1 著作権法112条1項に基づく差止請求の成否(争点1)について
(1) 後掲の証拠等によれば、以下の各事実がそれぞれ認められる。
ア 被告サンドリームの事業概要
 被告サンドリームは、「ヒルズスキャン24」の名称でスキャン事業を行っている。
 被告サンドリームのウェブサイトの記載(平成24年11月現在のもの)では、そのスキャン事業の概要は以下のとおりである。@利用者は、ウェブサイトにおいて、無料会員登録をした後、会員ページにログインして利用を申し込む。A対象の書籍は、最大A3サイズまでの書籍である(ただし、辞書、専門書等で極度に薄い紙質のものなどは除く。)。Bサービス料金は、5営業日以内に納品される「通常納品」の場合は1冊240円、15営業日以内に納品される「15営業日納品」の場合は1冊180円、90営業日以内に納品される「のんびり納品」の場合は1冊100円、72時間以内に納品される「特急納品」の場合は1冊360円、24時間以内に納品される「超速納品」の場合は1冊480円であり(1冊の基準は500頁)、カバースキャン等の有料オプションサービスも用意されている。C利用者は、指定された住所に書籍を送付するが、アマゾン等のオンライン書店から直送することもできる。D被告サンドリームは、書籍を裁断した上で、スキャナーで読み取ることにより、書籍を電子的方法により複製して、電子ファイルを作成する。電子ファイルのフォーマットは、PDF形式又はJPEG形式(有料オプション)がある。E完成した電子ファイルは、利用者がインターネット上のダウンロード用サイトからダウンロードするが、希望により電子ファイルを収録したDVD、USBメモリ等の媒体を配送する方法により納品される。
 被告サンドリームは、スキャン作業の具体的な詳細については明らかにしていない。
 なお、その後の被告サンドリームのウェブサイト(平成24年12月29日のもの)では、会員専用ログイン画面の最下部に、原告らの書籍のスキャンには対応していない旨が記載されている。(以上につき甲4、5、乙1、弁論の全趣旨)
イ 被告ドライバレッジの事業概要
 被告ドライバレッジは、「スキャポン」の名称でスキャン事業を行っている。
 被告ドライバレッジのウェブサイトの記載(平成24年11月現在のもの)では、そのスキャン事業の概要は以下のとおりである。@利用者は、ウェブサイトにおいて、無料会員登録をした後、会員ページにログインして利用を申し込む。A対象の書籍は、A4サイズまでの書籍である(雑誌のように静電気が発生してスキャンに支障が出るもの、辞書やタウンページ等のように薄い頁の書籍等を除く。)。被告ドライバレッジのウェブサイトの「著作権について」と題するページには、スキャン対応不可の著作者一覧として、原告らを含む著作者120名の氏名が記載されている。Bサービス料金は、「スキャン料金」が1冊200円、書籍到着後7〜10日で納品を行う「お急ぎ便」(ブックカバースキャン、OCR処理がセット)が1冊380円であり(1冊は350頁までであり、以降200頁ごとに1冊分の追加料金が付加される。)、他に「通販直送便」のプランがあるほか、ブックカバースキャン等の有料オプションサービスも用意されている。C利用者は、書籍を指定された住所に送付するが、アマゾン等のオンライン書店から直送することもできる。D被告ドライバレッジは、書籍を裁断した上で、スキャナーで読み取ることにより、書籍を電子的方法により複製して、電子ファイルを作成する。電子ファイルのフォーマットは、PDF形式(セルフサービスでJPEG形式に変換可能)である。E完成した電子ファイルは、利用者がインターネット上のダウンロード用サイトからダウンロードするが、希望により電子ファイルを収録したDVDを配送する方法により納品される。
 上記Dのスキャン作業については、被告ドライバレッジの事務所に設置されたスキャナーとコンピュータを接続したシステムにおいて、電動裁断機等で裁断した書籍をスキャンし、その結果をPDFファイルで保存し、保存されたPDFファイルはJPEG形式に変換される。上記システムでは、JPEG形式のファイルに対して、Hough変換処理(紙粉によるスジノイズ検知)や各頁の縦横サイズ計算(縦横のサイズが異なる頁を検知)を行う。上記システムによるデータ不良のチェックが完了すると、検品システムに目視検品が可能なリストが表示され、主に外注スタッフが検品システムにログインし、リストに表示されたファイルを目視で全頁検品する。この検品により、頁折れ、ゴミの付着の有無、紙粉スジの有無、傾斜、歪み、糊の跡、頁の順番、落丁、重複等がチェックされる。目視による検品の後、書籍をありのまま再現し、スキャンにより生じたノイズを取り除くために、事務所内のスタッフが画像ソフトによる修正作業を行う。修正作業後、PDFファイルのファイル名入力作業が行われる。(以上につき甲12〜17、24、丙2)
ウ 作家122名の質問に対する法人被告らの対応
(ア) 原告らを含む作家122名と出版社7社は、平成23年9月5日付け質問書(以下「本件質問書」という。)をもって、法人被告らを含むスキャン事業者約100社に対し、作家122名はスキャン事業における利用を許諾していないとした上で、作家122名の作品について、依頼があればスキャン事業を行う予定があるかなどの質問を行った。これに対し、被告ドライバレッジは、同月15日付け回答書をもって、作家122名の作品について、利用者の依頼があってもスキャン事業を行うことがない旨回答した。その後、被告ドライバレッジは、そのウェブサイトの「著作権について」と題するページに、スキャン対応不可の著作者一覧として原告らを含む著作者120名を掲載した。被告サンドリームは本件質問書に回答しなかった。(甲18、23、24、弁論の全趣旨)
(イ) 原告らを含む作家122名と出版社7社は、被告サンドリームが本件質問書に回答しなかったため、平成23年10月17日付け通知書(以下「本件通知書」という。)をもって、本件質問書にも記載したとおり、作家122名が自らの作品をスキャンされることを許諾していないなどとして、被告サンドリームがスキャン事業において通知人作家の作品をスキャンすることは著作権(複製権)侵害に該当するとした上で、今後は、作家122名の作品について、依頼があってもスキャン事業を行なわないよう警告するとともに、本件質問書と同内容の質問書を添付して回答するよう求めた。しかし、被告サンドリームは、本件通知書に対しても回答しなかった。(甲25、弁論の全趣旨)
(ウ) 原告ら代理人である前田哲男弁護士は、調査会社に対し、スキャン事業における利用を許諾していない作家の作品について、法人被告らがスキャンに応じるか否かの調査を依頼した。調査会社に依頼された協力者は、平成24年7月13日、被告サンドリームに対し、原告X6の作品である「課長島耕作」(全17巻)及び甲(本件質問書及び本件通知書の作家122名の一人である。)の作品である「沈黙の艦隊」(漫画文庫版全16巻)のスキャンを申し込んだ。被告サンドリームは、同年8月24日、協力者に対し、スキャンによって作成されたPDFファイルを収録したUSBメモリを納品するとともに、同月28日、裁断済みの書籍を返送した。また、協力者は、同年7月31日、被告ドライバレッジに対し、原告X6の作品である「部長島耕作」(全13巻)及び甲の作品である「沈黙の艦隊」(全32巻)のスキャンを申し込んだ。被告ドライバレッジは、協力者に対し、同年8月14日、スキャンによって作成されたPDFファイルを収録したDVDを納品するとともに、同年9月2日、裁断済みの書籍を返送した。(甲36)
(2) 以上に基づいて、法人被告らが原告らの著作権を侵害するおそれがあるか(争点1−1)について検討する。
ア 複製の主体等について
(ア) 著作権法2条1項15号は、「複製」について、「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」と定義している。
 この有形的再製を実現するために、複数の段階からなる一連の行為が行われる場合があり、そのような場合には、有形的結果の発生に関与した複数の者のうち、誰を複製の主体とみるかという問題が生じる。
 この問題については、複製の実現における枢要な行為をした者は誰かという見地から検討するのが相当であり、枢要な行為及びその主体については、個々の事案において、複製の対象、方法、複製物への関与の内容、程度等の諸要素を考慮して判断するのが相当である(最高裁平成21年(受)第788号同23年1月20日第一小法廷判決・民集65巻1号399頁参照)。
 本件における複製は、上記(1)ア及びイで認定したとおり、@利用者が法人被告らに書籍の電子ファイル化を申し込む、A利用者は、法人被告らに書籍を送付する、B法人被告らは、書籍をスキャンしやすいように裁断する、C法人被告らは、裁断した書籍を法人被告らが管理するスキャナーで読み込み電子ファイル化する、D完成した電子ファイルを利用者がインターネットにより電子ファイルのままダウンロードするか又はDVD等の媒体に記録されたものとして受領するという一連の経過によって実現される。
 この一連の経過において、複製の対象は利用者が保有する書籍であり、複製の方法は、書籍に印刷された文字、図画を法人被告らが管理するスキャナーで読み込んで電子ファイル化するというものである。電子ファイル化により有形的再製が完成するまでの利用者と法人被告らの関与の内容、程度等をみると、複製の対象となる書籍を法人被告らに送付するのは利用者であるが、その後の書籍の電子ファイル化という作業に関与しているのは専ら法人被告らであり、利用者は同作業には全く関与していない。
 以上のとおり、本件における複製は、書籍を電子ファイル化するという点に特色があり、電子ファイル化の作業が複製における枢要な行為というべきであるところ、その枢要な行為をしているのは、法人被告らであって、利用者ではない。
 したがって、法人被告らを複製の主体と認めるのが相当である。
(イ) この点について、被告サンドリームらは、著作権法30条1項の適用を主張する際において、被告サンドリームは、使用者のために、その者の指示に従い、補助者的な立場で電子データ化を行っているにすぎないとし、また、被告ドライバレッジらは、同項の「使用する者が複製する」の解釈について、「複製」に向けての因果の流れを開始し、支配している者が複製の主体と判断されるべきであるし、複製の自由が書籍の所有権に由来するものであることに照らしても、書籍の所有者が複製の主体であると判断すべきであると主張する。
 著作権法30条1項は、複製の主体が利用者であるとして利用者が被告とされるとき又は事業者が間接侵害者若しくは教唆・幇助者として被告とされるときに、利用者側の抗弁として、その適用が問題となるものと解されるところ、本件においては、複製の主体は事業者であるとされているのであるから、同項の適用が問題となるものではない。もっとも、被告らの主張は、利用者を複製の主体とみるべき事情として主張しているものとも解されるので、この点について検討する。
 確かに、法人被告らは、利用者からの発注を受けて書籍を電子ファイル化し、これを利用者に納品するのであるから、利用者が因果の流れを支配しているようにもみえる。
 しかし、本件において、書籍を電子ファイル化するに当たっては、書籍を裁断し、裁断した頁をスキャナーで読み取り、電子ファイル化したデータを点検する等の作業が必要となるのであって、一般の書籍購読者が自ら、これらの設備を準備し、具体的な作業をすることは、設備の費用負担や労力・技術の面において困難を伴うものと考えられる。
 このような電子ファイル化における作業の具体的内容をみるならば、抽象的には利用者が因果の流れを支配しているようにみえるとしても、有形的再製の中核をなす電子ファイル化の作業は法人被告らの管理下にあるとみられるのであって、複製における枢要な行為を法人被告らが行っているとみるのが相当である。
 また、被告らは、法人被告らが補助者にすぎないと主張する。利用者がその手足として他の者を利用して複製を行う場合に、「その使用する者が複製する」と評価できる場合もあるであろうが、そのためには、具体的事情の下において、手足とされるものの行為が複製のための枢要な行為であって、その枢要な行為が利用者の管理下にあるとみられることが必要である。本件においては、上記のとおり、法人被告らは利用者の手足として利用者の管理下で複製しているとみることはできないのであるから、利用者が法人被告らを手足として自ら複製を行ったものと評価することはできない。
(ウ) さらに、被告ドライバレッジらは、「複製」といえるためには、オリジナル又は複製物に格納された情報を格納する媒体を有形的に再製することに加え、当該再製行為により複製物の数を増加させることが必要であり、言い換えれば、「有形的再製」に伴い、その対象であるオリジナル又は複製物が廃棄される場合には、当該再製行為により複製物の数が増加しないのであるから、当該「有形的再製」は「複製」には該当しない旨主張する。
 しかし、著作権法21条は、「著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。」と規定し、著作権者が著作物を複製する排他的な権利を有することを定めている。その趣旨は、複製(有形的再製)によって著作物の複製物が作成されると、これが反復して利用される可能性・蓋然性があるから、著作物の複製(有形的再製)それ自体を著作権者の排他的な権利としたものと解される。
 そうすると、著作権法上の「複製」は、有形的再製それ自体をいうのであり、有形的再製後の著作物及び複製物の個数によって複製の有無が左右されるものではないから、被告ドライバレッジらの主張は採用できない。
イ 被告サンドリームが原告らの著作権を侵害するおそれについて
 上記(1)アのとおり、被告サンドリームは、平成24年11月現在において、そのスキャン事業として、会員登録をした利用者から利用申込みがあると、有償で、書籍をスキャナーで読み取ることにより、電子的方法により複製して、電子ファイルを作成している。
 そして、上記(1)ウのとおり、原告らを含む作家122名及び出版社7社は、被告サンドリームに対し、本件質問書において、作家122名は、スキャン事業における利用を許諾していないとした上で、作家122名の作品について、依頼があればスキャン事業を行う予定があるかなどの質問を行ったが、被告サンドリームは、本件質問書に対して回答しなかった。また、原告らを含む作家122名及び出版社7名は、被告サンドリームに対し、本件通知書において、今後は、作家122名の作品について、依頼があってもスキャン事業を行なわないよう警告するなどしたが、被告サンドリームは、本件通知書に対しても回答しなかった。その後の調査会社の調査によると、被告サンドリームは、原告X6及び甲の作品について、スキャンを依頼され、スキャンによって作成されたPDFファイルを収録したUSBメモリを納品した。
 以上に照らすと、被告サンドリームのウェブサイト(平成24年12月29日のもの)では、会員専用ログイン画面の最下部に、原告らの書籍のスキャンには対応していない旨が記載されている(上記(1)ア)としても、被告サンドリームが原告らの著作権を侵害するおそれがあると認めるのが相当である。また、被告サンドリームに対する差止めの必要性を否定する事情も見当たらない。
ウ 被告ドライバレッジが原告らの著作権を侵害するおそれについて
 上記(1)イのとおり、被告ドライバレッジは、平成24年11月現在において、そのスキャン事業として、会員登録をした利用者から利用申込みがあると、有償で、書籍をスキャナーで読み取ることにより、書籍を電子的方法により複製して、電子ファイルを作成している(丙2によると、現時点における被告ドライバレッジのスキャン事業も同様であると認められる。)。
 上記(1)ウ(イ)及び(ウ)のとおり、原告らを含む作家122名及び出版社7社は、被告ドライバレッジに対し、本件質問書において、作家122名は、スキャン事業における利用を許諾していないとした上で、作家122名の作品について、依頼があればスキャン事業を行う予定があるかなどの質問を行った。被告ドライバレッジは、作家122名の作品について、利用者の依頼があってもスキャン事業を行うことがない旨回答し、その後、そのウェブサイトの「著作権について」と題するページに、スキャン対応不可の著作者一覧として原告らを含む著作者120名を掲載した。その後の調査会社の調査によると、被告ドライバレッジは、原告X6及び甲の作品について、スキャンを依頼され、スキャンによって作成されたPDFファイルを収録したDVDを納品した。
 このように、被告ドライバレッジは、本件質問書に対し、作家122名の作品について、利用者の依頼があってもスキャン事業を行うことがない旨を回答するなどしている。しかし、調査会社の調査によると、被告ドライバレッジは、原告X6及び甲の作品について、スキャンを依頼され、スキャンによって作成されたPDFファイルを収録したDVDを納品しているし、被告ドライバレッジは、チェック漏れとしながらも、平成23年10月から平成25年1月までの間において、原告作品を合計557冊スキャンしたことを認めている。
 以上に照らすと、被告ドライバレッジが原告らの著作権を侵害するおそれがあると認めるのが相当である。また、被告ドライバレッジに対する差止めの必要性を否定する事情も見当たらない。
(3) 次に、法人被告らのスキャニングが私的使用のための複製の補助として適法といえるか(争点1−2)について検討する。
 被告らは、法人被告らのスキャニングについて、そのスキャン事業の利用者が複製の主体であって、法人被告らはそれを補助したものであるから、著作権法30条1項の私的使用のための複製の補助として、法人被告ら行為は適法である旨主張する。
 しかし、上記(2)のとおり、本件において著作権法30条1項の適用は問題とならないし、また、本件における書籍の複製の主体は法人被告らであって利用者ではないから、被告らの主張は事実関係においてもその前提を欠いている。
 したがって、被告らの主張は理由がない。
(4) 続いて、原告らの被告サンドリームに対する差止請求が権利濫用に当たるか(争点1−3)について検討する。
 被告サンドリームらは、本件は、法的に見ても、社会的に見ても、評価や将来の制度設計について多様な意見があり得る問題といえるなどとして、仮にスキャン代行が私的使用に該当しないと判断される場合であっても、権利の濫用に該当する旨主張する。
 しかしながら、被告サンドリームらの主張によっても権利の濫用に該当する事情は見当たらないし、上記(1)において認定した事実に加え、本件記録を精査しても、同様に権利の濫用に該当する事情は見当たらないから、被告サンドリームらの主張は理由がない。
(5) 小括
 以上のとおり、法人被告らが原告らの著作権を侵害するおそれがあると認めるのが相当であり、法人被告らに対する差止めの必要性を否定する事情も見当たらない。他方で、私的使用のための複製及び権利濫用の抗弁はいずれも理由がない。
 したがって、原告らの法人被告らに対する著作権法112条1項に基づく差止請求は理由がある。
2 不法行為に基づく損害賠償請求の成否(争点2)及び損害額(争点3)について
(1) 不法行為に基づく損害賠償請求の成否(争点2)について
ア 著作権者が、その著作権を侵害する者(又は侵害するおそれがある者)に対し、著作権法112条1項に基づく差止請求をする場合には、著作権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償を請求する場合と同様、その著作権者において、具体的事案に応じ、著作権取得に係る事実に加え、著作権侵害(又はそのおそれ)に係る事実を主張立証する責任を負うのであって、著作権者が主張立証すべき事実は、不法行為に基づく損害賠償を請求する場合とほとんど変わるところがない(損害賠償請求では、故意又は過失に加え、損害の発生及びその額を主張立証する責任を負う点が異なる。)。そうすると、著作権法112条1項に基づく差止請求権は、著作権者がこれを訴訟上行使するためには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権であるということができる。
 したがって、著作権者が、著作権法112条1項に基づく差止めを請求するため訴えを提起することを余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、著作権侵害(又はそのおそれ)と相当因果関係に立つ損害というべきである。
イ 以上に基づいて、被告サンドリームらに対する不法行為に基づく損害賠償請求の成否について検討する。
 前記1(1)ウに認定した被告サンドリームの対応に照らすと、このような被告サンドリームの対応によって、原告らは、被告サンドリームに対する差止請求を余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任したものと認められるし、被告サンドリームの過失も認められるというべきである。
 また、証拠(甲1、乙6)によれば、被告Y1は、被告サンドリームの代表者であるとともに、そのスキャン事業の責任者であったことが認められるから、被告サンドリームと同様に過失が認められ、被告サンドリームと共同して不法行為を行ったものと認めるのが相当である。
 したがって、原告らの被告サンドリームらに対する不法行為に基づく損害賠償請求は成立する。
ウ 続いて、被告ドライバレッジらに対する不法行為に基づく損害賠償請求の成否について検討する。
 前記1(1)ウ(ア)及び(ウ)に認定した被告ドライバレッジの対応に照らすと、このような被告ドライバレッジの対応によって、原告らは被告ドライバレッジに対する差止請求を余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任したものと認められるし、被告ドライバレッジの過失も認められるというべきである。
 また、証拠(甲3、12、丙2)によれば、被告Y2は、被告ドライバレッジの唯一の取締役かつ代表者であるとともに、そのスキャン事業の運営統括責任者であったことが認められるから、被告ドライバレッジと同様に過失が認められ、被告ドライバレッジと共同して不法行為を行ったと認めるのが相当である。
 したがって、原告らの被告ドライバレッジらに対する不法行為に基づく損害賠償請求は成立する。
(2) 損害額(争点3)について
 上記(1)のとおり、法人被告らに対する差止請求に係る弁護士費用相当額が因果関係のある損害である。
 そして、被告サンドリームらと被告ドライバレッジらがそれぞれ負担すべき弁護士費用相当額は、上記差止請求の内容、経過等に照らすと、原告1名につき10万円が相当である。
(3) 小括
 以上のとおり、原告らの被告サンドリームらに対する不法行為に基づく損害賠償請求は、原告1名につき10万円(附帯請求として被告サンドリームにつき訴状送達の日の翌日である平成24年12月2日から、被告Y1につき前同様の同月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の連帯支払を求める限度で理由がある。
 また、原告らの被告ドライバレッジらに対する不法行為に基づく損害賠償請求は、原告1名につき10万円(附帯請求として被告ドライバレッジにつき訴状送達の日の翌日である平成24年12月2日から、被告Y2につき前同様の同月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の連帯支払を求める限度で理由がある。
3 結論
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 大須賀滋
 裁判官 小川雅敏
 裁判官 西村康夫


(別紙)当事者目録
 原告 X1
 原告 X2
 原告 X3
 原告 X4
 原告 X5
 原告 X6
 原告 X7
 上記7名訴訟代理人弁護士 伊藤真
 同 平井佑希
 同 前田哲男
 同 福井健策
 同 北澤尚登
 同 久保利英明
 同 上山浩
 被告 株式会社サンドリーム
 被告 Y1
 上記2名訴訟代理人弁護士 本山信二
 被告 有限会社ドライバレッジジャパン
 被告 Y2
 上記2名訴訟代理人弁護士 橋淳
 同訴訟復代理人弁護士 西郷直子
 以上
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