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【事件名】インタビュー談話の転載事件(2)
【年月日】平成25年9月10日
 知財高裁 平成25年(ネ)第10039号 出版差止等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成24年(ワ)第4766号)
 (口頭弁論終結日 平成25年7月25日)

判決
控訴人(原告) X
訴訟代理人弁護士 江川勝一
同 堀籠佳典
同 神保咲知子
被控訴人(被告) Y
訴訟代理人弁護士 山本雄一朗
同 鍛治利秀
同 浅野晋


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の当審における予備的請求を棄却する。
3 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、原判決別紙書籍目録記載の書籍の印刷、出版、販売又は頒布をしてはならない。
3 被控訴人は、控訴人に対し、110万円及びこれに対する平成24年3月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人は、控訴人に対し、株式会社朝日新聞社の全国版社会面に、原判決別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を、見出し、被控訴人の肩書及び氏名は各10ポイント、その余の部分は8ポイントの活字で、縦2段抜き、横5センチメートルの大きさで、1回掲載せよ。
第2 事案の概要
1 「A Man of Light」(「光の人」)は、控訴人の修士課程卒業制作作品である(本件映画)。「いのちを語る」と題する原判決別紙書籍目録記載の書籍(被告書籍)は、被控訴人がその著者の一人である。控訴人は、本件映画中の20:00(20分)から21:05(21分5秒)までの原判決別紙1記載の本件インタビュー部分に関する被告書籍の原判決別紙2の記述(被告記述部分)が、控訴人の著作権(翻案権)又は著作者人格権(同一性保持権)を侵害すると主張して、被控訴人に対し、@著作権法112条1項に基づく被告書籍の印刷などの差止めを求めるとともに、A著作権侵害、著作者人格権侵害に基づき、損害賠償110万円及び遅延損害金の支払を求め、合わせてB著作権法115条に基づく名誉回復等の措置としての謝罪広告を求めた。原判決は、控訴人の請求をいずれも棄却した。
 当審において、控訴人は、侵害された著作権として、翻案権に加え複製権を主張し、さらに、著作者人格権に関し、著作権法113条6項によるみなし侵害の主張を追加するとともに、予備的に、創作活動の内容を第三者によって無断で改変されないことに関する人格的利益侵害の不法行為に基づく損害賠償請求を追加した。
2 前提となる事実関係及び争点は、原判決2頁15行目以下の1、2に記載のとおりである。なお、(2)の争点は、「被告記述部分の作成は控訴人の著作権(翻案権ないし複製権)を侵害するか。」となり、(7)として「名誉声望毀損行為(著作権法113条6項)の成否」、(8)として、「著作権に基づかない人格的利益侵害による不法行為の成否」が加わる。
第3 当事者の主張
1 原審における主張
 原審における当事者の主張は、原判決4頁18行目以下の第3記載のとおりである。
2 当審における主張
(1) 控訴人
ア 自白の拘束力違反(争点(2)〈著作権侵害の成否〉に関し)
 「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)すなわち、著作物性は、財産関係をめぐる紛争に関する事実であり、まさに当事者の自主性・自律性を尊重すべき事実であるところ、被控訴人は、原審において本件インタビュー部分に著作物性があることを認めていた以上、自白の拘束力が認められるというべきである。したがって、自白の拘束力に反して、原告ナレーション部分、A博士回答部分、本件字幕部分の一部について著作物性を否定したのは弁論主義に反する。
イ 複製権侵害(争点(2)〈著作権侵害の成否〉に関し)
 被控訴人の被告記述部分における言葉の挿入が、仮に新たな創作的表現に当たらず、翻案権侵害にならないとしても、複製権侵害が成立する。
ウ 名誉声望毀損行為の成否(争点(7))
 被控訴人が、本件インタビュー部分を自説の根拠として援用できるよう被告記述部分に改変して被告書籍を出版したことは、「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」に当たり、控訴人の著作者人格権を侵害するものとみなされる(著作権法113条6項)。
エ 著作権に基づかない人格的利益侵害による不法行為の成否(争点(8))
 仮に、本件インタビュー部分と被告記述部分の共通部分に著作物性が認められないとしても、被控訴人が控訴人の実施・編集に係る本件インタビューの内容を改変し、これを控訴人が行ったインタビューの内容として、出版・公表した行為は、不法行為を構成するというべきである。
(ア)被侵害利益
 本件インタビュー部分が控訴人の創作活動の成果物である以上、控訴人はその内容が第三者により無断で改変されないことにつき、人格的利益を有するのは当然である。この人格的利益は、第三者の改変に係る部分に著作物性が認められるときは、同一性保持権(著作権法20条)により保護されるものであるが、改変に係る部分に著作物性が認められないからといって、上記の人格的利益が一切保護されないというのは妥当でなく、改変が社会的相当性を欠くような場合には、不法行為が成立する。
(イ)被控訴人の行為は社会的に許容された限度を超えていること
 被告書籍の被告記述部分は、控訴人によるA博士に対するインタビューの内容として、控訴人の質問とA博士の回答がそれぞれ括弧書きで記載されており、あたかも実際のインタビューの内容をそのまま引用したかのように表現されているが、実際には、そうではなく、実際のインタビューにはない、広島と長崎の被爆者の血液データによる遺伝子情報が利用された旨の発言があったように表現が改変されている。被控訴人が本件インタビュー部分を被告書籍で引用する際に、本件インタビュー部分の内容に改変を加えた理由は、控訴人にとって明らかではないが、被控訴人が、広島と長崎の被爆者の血液データによる遺伝子情報を、ヒトゲノムにつなげたとする説の提唱者であることに照らせば、自説の根拠として援用できるようにするために、本件インタビュー部分の表現に自説に都合のよい改変を加えたものであることが強く推測される。本件インタビューの実施者等が控訴人であることが明示されており、そこに記載されたインタビューの内容等についての個人的・社会的・学術的な評価や批判を控訴人に向ける記載態様となっている。
 また、被告記述部分において、インタビューの発言は当事者の発言を括弧書きし、実際の発言をありのまま再現し、被控訴人が何らの編集・改変を加えていない印象を与える態様で記載されている。
 この改変に係る部分は、被控訴人の創作に係るものであるから、これを控訴人のインタビューの内容とすることは、実質的に「著作者名義の冒用」(著作権法121条)である。
 本件インタビュー部分は、もともと、ヒトゲノム計画に血液データが利用されたという見解の根拠にはなり得ないものであったのに、被控訴人の改変によって、当該見解の根拠になり得るものとなったのであるから、被控訴人の改変は、インタビューの意味・内容を質的に変化させるものである。被控訴人は、本件インタビューの内容を引用する必要があれば、本件インタビューの内容を正確に引用した上で、引用部分に対する被控訴人の見解なり評価なりを加えればよく、本件のような改変をする必要はない。
 以上のとおりであるから、被控訴人が控訴人の実施・編集に係る本件インタビューの内容を改変し、これを控訴人が行ったインタビューの内容であるとして、出版・公表した行為は、不法行為(民法709条)を構成する。
(2) 被控訴人
ア 控訴人主張アないしウに対し
 いずれも争う。
イ 著作権に基づかない人格的利益侵害による不法行為の成否に対し
 そもそもヒトゲノム計画に血液データを利用することは常識であって、争いがない上、被控訴人が自説の根拠とするために本件インタビュー部分に言葉を加えたわけではない。また、ヒトゲノム計画に利用するのが血液データであることは、そもそも常識であるから、これによって新たな評価・批判等は生じない。さらに、被控訴人の行為が翻案権及び同一性保持権の侵害に当たらない以上、これをもって、被控訴人の行為が社会的相当性を欠くことにはならない。
 以上より、被控訴人が本件インタビュー部分に言葉を付加した行為が、社会的相当性を欠く事情はなく、被控訴人の同行為に控訴人主張の不法行為も成立しない。
第4 当裁判所の判断
 当裁判所も、控訴人の本訴請求はいずれも理由がないものと判断する。準拠法については、原判決13頁2行目以下の「1 準拠法」に記載のとおりであり、控訴人の主張に理由がないことは、次に示すとおりである。
1 翻案権侵害ないし複製権侵害(争点(2))について
(1) 本件映画は、ノンフィクションを内容とするドキュメンタリー映画であり、その著作権が控訴人に帰属することは、原判決14頁の(2)アで説示されているとおりであるところ、そのうちの本件インタビュー部分は、控訴人がA博士に対して質問をしたのに対して(本件ナレーション部分)、同博士が回答する様子を録画したものの一部分を映画の一場面として採用し(博士回答部分)、これに翻訳字幕を付した(本件字幕部分)ものである。
 他方、被告記述部分のうち、「広島と長崎の被爆者の、とくに血液データによる遺伝情報を、ヒトゲノムにつなげたというのは、どういうわけですか?」は、A博士に対する控訴人の質問を紹介する記述であり、「おっしゃるように、」から始まるA博士の発言と同様に、かぎ括弧で囲まれている。被告記述部分は、これを全体としてみれば、過去に本件インタビューが行われ、それに対してA博士が回答をしたこと及びその内容を、被控訴人が紹介する態様の記述として、要約して表現したもので、著作物である本件映画を紹介し、それに対する被控訴人自身の思想、感情を記載し表現した体裁となっている。
 そこで、両者を著作権法上の翻案ないし複製の有無の観点から対比するに、まず、本件インタビュー部分のうちの控訴人の質問部分と、被告記述部分のうちの控訴人の質問紹介部分とは表現において共通する部分はなく、別個の創作的表現となっていて、その部分において、控訴人の表現上の本質的な特徴を被告記述部分から感得することはできない。被告記述部分のうちの控訴人の質問を紹介する部分はかぎ括弧で括られているが、このかぎ括弧が、本件インタビュー部分における控訴人質問部分を、表現として引用する趣旨で付されたのではなく、その内容を紹介する趣旨に出たものであることは、上記でみたように表現において共通する部分がないことから明らかである。
 次に、本件インタビュー部分のうちの本件字幕部分と被告記述部分のうちのA博士発言の紹介部分とを対比すると、両者は、その訳文としての具体的表現において大きく異なり、後者の紹介部分からは、本件字幕部分における訳語及び訳文の選択についての控訴人の表現上の工夫、すなわち本質的特徴を感得することはできず、両者がその本質的特徴を異にすることは明らかである。
 そして、被告記述部分において、本件インタビュー部分のうちの博士回答部分を英語で紹介する記載はなく、被告記述部分のうち博士回答部分についての日本語による紹介部分は、被控訴人独自の記述表現であって、博士回答部分の本質的特徴を感得することができる記載ではない。
(2) 著作物について翻案権ないし複製権侵害が成立するには、当該著作物が、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得できるものであることが必要である(最高裁昭和53年9月7日第一小法廷判決・民集32巻6号1145頁、最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。
 本件においてこれをみると、(1)で検討したとおり、被告記述部分のうちの各部分とも本件インタビュー部分の本質的特徴を感得できるものではない。被告記述部分を総体としてみた場合も、本件インタビュー部分を要約して紹介する記述表現となっており、本件インタビュー部分の表現上の本質的特徴を直接感得できるものではない。したがって、本件インタビュー部分と被告記述部分とは、表現上の本質的特徴を異にするものであるといわざるを得ず、本件インタビュー部分の著作物性、あるいは著作権の帰属などについて検討するまでもなく、被告記述部分の作成について、控訴人が著作権者であると主張する本件インタビュー部分の翻案権ないし複製権を侵害するものということはできない。
 そもそも、控訴人が本件インタビュー部分について本質的特徴と主張するのは、いずれもインタビューの内容面についてであり、表現上の創作性についての本質的特徴というべきものではない。控訴人が、インタビューの内容についてA博士と打合せを行った上で、約30分に亘るA博士の回答部分から約65秒のシーンを選択し、本件映画のテーマに沿う的確な部分を選択していたものであるとしても、被告記述部分は、それを感得できるようなものではない。
2 名誉声望毀損行為の成否(争点(7))について
 著作権法113条6項は、著作者の名誉声望を害する態様での著作物利用行為に対して、著作者人格権侵害行為とみなすものであるところ、前記のとおり、被告記述部分は、控訴人の著作物と表現上の類似性を欠き、元の著作物の創作的表現は感得できないのであるから、控訴人の著作物を利用したとはいえない。したがって、被告記述部分について著作者人格権の侵害は成り立たず、同条項適用の前提を欠いている。また、著作者の名誉声望とは、著作者がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価をいい、人が自己の人格的価値について有する主観的な評価は含まれないと解されるところ、被告記述部分に、控訴人の社会的評価を低下させるものが含まれているということはできない。著作権法113条6項の名誉声望毀損行為をいう控訴人の主張は採用できない。
3 著作権に基づかない人格的利益侵害による不法行為の成否(争点(8))について 控訴人は、本件インタビュー部分が控訴人の創作活動の成果物である以上、その内容が第三者により無断で改変されないことにつき人格的利益があり、その侵害としての不法行為が成立する旨主張する。しかしながら、控訴人のそのような利益は、著作権法が規律の対象とする利益と同一であるということができ、保護された利益が共通であるから、著作権侵害ないし著作者人格権侵害が成立しないのに、別途不法行為が成立することはない(最高裁平成23年12月8日第一小法廷判決・民集65巻9号3275頁参照)。控訴人は、人格的利益の内容について、「名誉権、プライバシー権又はこれに類似した人格的利益」とも主張しているところ、名誉権侵害が成立しないことは前記に述べたとおりであり、その他の利益侵害についてはその内容が明らかとされていない。
 控訴人は、結局のところ、被控訴人が本件インタビュー部分を正確に引用しなかったことを問題としているものと解されるが、被告記述部分は、本件インタビュー部分における表現を感得できない表現形式で記述したものであり、著作権を侵害する態様の記述とはなっていないのであるから、被告記述部分の作成をもって、不法行為が成立するということはできない。また、控訴人が、被控訴人の行為が、インタビューの内容等について、個人的・社会的・学術的な評価や批判を控訴人に向ける記載態様であり、社会的相当性を欠く旨主張するが、被告記述部分からそのような内容を読み取ることはできないし、控訴人の主張する被控訴人の不当な意図については、いずれも控訴人の陳述のほかに客観的な証拠を欠いており、採用することはできない。
第5 結論
 よって、本件控訴及び当審における予備的請求のいずれにも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 塩月秀平
 裁判官 中村恭
 裁判官 中武由紀
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