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【事件名】庭園デザインの著作権侵害事件
【年月日】平成25年9月6日
 大阪地裁 平成25年(ヨ)第20003号 工作物設置続行禁止仮処分申立事件

決定
債権者 P1
同代理人弁護士 奥村太朗
同 岡崎行師
同 市場健吾
同 辻岡信也
債務者 積水ハウス株式会社
同代理人弁護士 山田庸男
同 中世古裕之
同 浜口晴好
同 犬飼一博
同 森瑛史


主文
1 本件申立てを却下する。
2 申立費用は債権者の負担とする。

理由
第1 申立て
 債務者は、別紙物件目録記載の土地のうち、別紙図面1の着色された部分を占める庭園内において、別紙工作物目録記載の工作物設置工事を続行してはならない。
第2 事案の概要
 本件は、債権者が、大阪市北区に所在する複合施設である「新梅田シティ」内の庭園を設計した著作者であると主張して、著作者人格権(同一性保持権)に基づき、同庭園内に「希望の壁」と称する工作物を設置しようとする債務者に対し、その設置工事の続行の禁止を求める仮の地位を定める仮処分を申し立てた事案である。
1 前提となる事実(争いのない事実並びに後掲疎明資料及び審尋の全趣旨により容易に疎明された事実)
(1) 当事者(甲1、3、審尋の全趣旨)
ア 債権者は、庭園の設計等を業とする造園家であり、株式会社環境事業計画研究所(以下、株式会社についてはその表記を省略する。)の代表者である。
イ 債務者は、建築工事の請負及び施工等を目的とする株式会社である。
(2) 新梅田シティの概要(乙1、8)
ア 新梅田シティは、別紙物件目録記載の土地(以下同目録の記載に従い「本件土地1」などといい、全体を「本件土地」と総称する。)上に設置された複合商業施設であり、高層ビルである「梅田スカイビル」を中心に、高層ホテル、小規模ビル、地上及び地下の駐車場などが設置され、建物や構造物の底地を除く部分に、緑地、散策路、園風景などで構成された庭園(まとまりとしては2つあり、それぞれ、本件申立ての時点では、「花野/新・里山」、「中自然の森」と称されている。)のほか、噴水(列柱)、水路(カナル)などの庭園関連施設(以下、これらを総称して、便宜「本件庭園」と称する。ただし、「本件庭園」の範囲、内容について、当事者間に共通の認識があるわけではない。)が配置されている。
 新梅田シティは、平成5年7月に全面開業し、今般、開業20周年を迎える。
イ 本件土地は、南北方向は約240メートル、東西方向は約180メートルの南北に長い略長方形の形状で、南北を略三等分する位置に(やや南方が大きめ)、東西方向の通路が配置されており、この通路をもって区画を分けたときに、
(ア) 北部分は、そのほぼ全部が、上記庭園「花野/新・里山」となっており、北西角に駐車場及びその通路が配置され、
(イ) 中央部分に、南北方向中心線に対称的に東西方向に並ぶ2棟の高層ビルが最上階(40階)付近部分で連結され、その連結部分が「空中庭園展望台」とされている構造の上記「梅田スカイビル」が配置され、
(ウ) 南部分には、西側に高層ホテルが、中央には庭園「中自然の森」がそれぞれ配置され、東側に「ガーデン」と称する小規模ビル群や「サンクンガーデン」が配置される
との構成となっている。
ウ 本件土地の地積合計は、約4万1800平方メートルであり、うち、建物の底地部分を除いた敷地(以下これを「本件敷地」という。)は、約2万6400平方メートルである。
(3) 本件庭園の造成(甲9、30から36、39の1、2)
ア 債務者は、新梅田シティ開発計画の環境デザインについて、債権者が代表を務める環境事業計画研究所に対し、昭和63年10月7日、その基本構想の作成業務を委託し、平成元年4月20日にはその基本計画の作成業務を、同年12月ころにはその具現化手法の検討業務等を、いずれも積水ハウス・青木建設新梅田シティ開発協議会(以下「開発協議会」という。)の名義で委託した。
イ 環境事業計画研究所は、平成3年5月31日付で、新梅田シティ環境修景基本設計図と題する、新梅田シティの建物の敷地以外の部分のデザインに関する設計図を作成するほか、前記各業務委託契約に沿った成果物を債務者または開発協議会に納品し、平成3年6月20日には、開発協議会より、環境設計エリアの増加に伴う基本計画の見直し業務の委託を受けたほか、平成4年9月30日ころには、債務者及び青木建設より、それぞれの管轄区域において、環境デザインのイメージを現場に反映させるための監理業務の委託を受けた。
ウ 本件庭園は、環境事業計画研究所名義で作成された前記設計図その他に基づき、造成、造園された。
(4) 「花野、里山」エリアの改修(乙4、5)
 平成18年7月ころ、債務者は、新梅田シティ北側部分(前記(2)イ(ア)の部分)の庭園を、雑木林、竹林、棚田、野菜畑、茶畑などで構成される緑地による庭園とし、これを「新・里山」と称することとする改修を行った。(以下この改修を「平成18年改修」といい、改修前の当該部分を便宜的に「旧花野」、改修後のそれを「新里山」という。)。
(5) 本件工作物の設置計画(甲5、乙6)
ア 債務者は、建築家であるP2の発案を受け、新梅田シティの敷地内に「希望の壁」と称する巨大緑化モニュメント(以下「本件工作物」という。)を設置することを計画し、平成25年6月、これを別紙工作物目録記載の内容とすることを公表し、債務者から設置工事の委託を受けた竹中工務店は、本年9月末日を竣工予定として工事を開始した。
イ 本件工作物は、その計画によると、高さ9.35メートル、長さ78メートル、幅2メートル(プランターや植栽を含めると幅約3メートル。)のコンクリート基礎を有する鋼製構造物であり、本件土地の北東側、大型バス等の駐車場に至る通路と東側道路の間にある既設のカナルの西側にほぼ接するように、花渦の上空をまたぐ形で、南北方向に設置される(既存施設との関係でみると、本件土地のほぼ北端に位置する駐車場進入路の南端から、おおむねスカイビルの北面の延長線上に至る。)。
 花渦にかかる部分と通路部分には、地面に至る開口部2箇所(高さは前者が3メートル、後者が6メートル)が設けられるほか、地面に至らない中空の開口部が5箇所設けられる構造となっている。
 本件工作物は、壁の両面をプランターとステンレスネットで構成し、これにツル性植物や多年草、あるいは中低木を植えることを予定している。
ウ 本件工作物が設置されるのは、おおむね本件土地9と本件土地11上であり、債務者が同土地を所有又は共有している
2 争点
(1) 本件庭園が著作物(著作権法2条1項1号)に当たるか。
(2) 債権者が本件庭園の著作者か。
(3) 本件工作物を設置することが、著作者の意に反する改変(著作権法20条1項)に当たるか。
(4) 本件工作物を設置することが、建築物の改変(著作権法20条2項2号)の規定若しくはその類推適用により、又はやむを得ないと認められる改変(同4号)に当たり、許容されるか。
(5) 債権者の著作者人格権の行使が権利濫用に当たるか。
(6) 保全の必要性
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件庭園が著作物(著作権法2条1項1号)に当たるか。)について
(債権者の主張)
ア 債権者の経歴、庭園分野における実績等
 債権者は、造園家であり、「ランドスケープ・アーキテクト」である。すなわち、土地における自然環境や歴史的背景などの諸要素を組み合わせ、都市空間、造園空間、まちなみの空間等を設計する専門的職能を有し、本件庭園の設計までに、大阪府民の森、万博記念公園、白鳥庭園「汐入の庭」、滋賀県陶芸の森等を設計した。
イ 本件庭園が債権者の思想を創作的に表現したものであることについて
本件庭園は、新梅田シティの「環境創造都市」という新しい都市概念のもと、水の循環、森との共生、垂直のランドスケープ、これらをつなぐ風水の考え方をコンセプトとし、@水の流れと円形の配置を意識した庭園デザインを表現したものであること、A本件庭園は全体として不規則な文様を象徴的に使用していること、B旧花野の水の流れや、地球を連想させる中自然の森、二重の姿を持つカナルなど、個々の要素もおのおの創作的な表現となっていること、Cそもそも梅田地区という大都会の中に、里山や森を作り出すという発想自体がきわめて独創的であること、D庭園の構想が建築物の設計に先立つこと、E地権者が統一コンセプト作りに協力していること、F本件庭園が、数々の賞を受け、国内外から高い評価を受けている、高い創作性を有するものである。
 なお、本件庭園は、建築の著作物のように、実用を旨とするものではないからこれには該当せず、あえて分類すれば、美術の著作物ないしこれに準ずるものに当たる。
ウ 「本件庭園」の範囲(著作物の範囲)
 本件庭園は、その要素がすべて新梅田シティ内に存するのみならず、各要素が水の流れという統一コンセプト(設計思想)により連結されていることから、構造的・物理的一体性を有するのであり、したがって「本件庭園」は、本件敷地(本件土地のうち、駐車場、駐輪場及び敷地地盤面から建築躯体が突出している部分を除く敷地部分をいう)全体に及んでいる。
 前提事実(3)記載の、債権者債務者間の構想設計等の業務においても、本件敷地全体が対象とされている。
 たとえ、通路や敷地部分であっても、例えば、本件で問題となる花渦、カナル沿いの通路やベンチは、親水空間に接するためのものであって、庭園を構成する要素になる。債務者主張のように、作品の要素ごとに分離して著作物性が判断されるものではない。
(債務者の主張)
ア 本件敷地は、梅田スカイビルの敷地であるから、著作物の例示のうちでは建築の著作物に該当するところ、これに著作物性を肯定するとすれば、単なる実用的な建物ではなく、建築家の文化的精神性が感得されるようなものでなければならないとされている。
 債権者は、本件敷地全体について、これを庭園であると主張するが、本件敷地内において、作者の創意工夫を見出し得る程度の特徴を有していたのは中自然の森(南側中央部分)と、旧花野だけであったが、これらにおいてすら、歴史的建築物のような建築芸術と同等に評価できるものではなく、水の流れ、円形配置のデザイン、不規則な模様、カナルの曲線などの表現手法は、ある程度大きな公園、庭園等によく見られるありふれたものであり、結局、本件庭園は、著作物性を有しない。
イ また、債権者が主張するコンセプトの一体性は、アイディアにとどまり、具体的な表現において具現化するものでないから、債権者主張のような事情から、本件敷地が一体として著作物となることはなく、本件庭園の構成要素は、区画・範囲が塀、通路、敷石等で明瞭に区別されているから、創作性の有無は、個々の区域ごとに判断すべきところ、本件工作物の設置予定場所付近には通路や水路が存するのみで、創作的な表現は何ら存在しないから、この区域の著作物性は、およそ認められない。
(2) 争点(2)(債権者が本件庭園の著作者か。)について
(債権者の主張)
ア 環境事業計画研究所は、債権者が設立し、債権者自身による設計を実現するための組織であって、同社における設計は原則としてすべて債権者が決定し、成果品のチェックも全て債権者により行われていたから、同社における成果品の著作者は、職務著作に該当しない限り債権者である。
 本件庭園は、債権者と環境事業計画研究所の共同名で公表されているから、職務著作(著作権法15条)の要件を満たさず、債権者が本件庭園(本件敷地)の著作者である。また、共同著作者であるとしても、保全の申立ては、保存行為として、債権者のみでできる。
イ 平成18年改修によって、債権者が著作権を失っていないこと
 債務者による旧花野から新里山への改変の概要は、@花野中央部の池を棚田に改装し、A草木に変えて樹木を植栽し、B一部を野菜畑、茶畑に改装、周辺部に高さのある樹木を植栽、というものである。
 その他の部分、すなわち通路や水路、噴水のデザインに変化がなく、棚田は元々の池のデザインを残して作られており、債権者の創作的表現が失われていないから、債権者はなお著作権を主張しうる。そうでないとしても、平成18年改修は、二次的著作物の創作にとどまるから、債権者はなお同一性保持権を維持している。
(債務者の主張)
ア 前提事実(3)記載のとおり、債務者は、本件敷地の開発にあたって、債権者が当時代表取締役に就任していた環境事業計画研究所との間で業務委託契約を締結し、同契約に基づいて本件敷地の設計、監理が行われたものであり、同社の代表者である債権者は、同社の職務として本件敷地の創作を行ったものである。新梅田シティにおいて、設計管理者が債権者及び環境事業計画研究所とされているのは単に債権者が同社の代表者であり、同社のいわば顔と呼べるような存在であったことから個人名を併記したにすぎない。
 本件敷地の設計、監理は、債権者が職務から離れて一個人として行ったわけではなく、あくまで上記委託契約に基づいて職務上創作されたものであるから、本件庭園が仮に著作物であるとしても、その著作者は環境事業計画研究所である。そうでないとしても、債権者との共同著作物であり、権利行使は同社と共にしなければならない。
イ 本件敷地において、庭園と呼ぶにふさわしい部分は、北3分の1の新里山部分と、南側中央部分の中自然の森の2箇所である。そして、この2箇所は、区画、範囲がそれぞれ区別されていて、個別的に利用できる別個の著作物ということができる。
 このうち、本件工作物が影響を与える可能性があるものと考えられる部分は、新里山であるが、同部分は、前提事実(4)記載のとおり、債務者の設計により、平成18年に全面的に改修されたところ、この改修に債権者は設計者として関与しておらず、もはや当該部分の著作者たる地位にない。
 すなわち、旧花野は、その名のとおり中央部分に池を配し、その周辺全体で季節ごとに異なる花々を楽しむことができる場所として造園されたが、平成18年改修において、訪れる人々だけでなく、野鳥、昆虫及び植物など、様々な生き物が関わりをもちながら共生し、都市環境と自然が融合する場として成熟してゆくことを目指すという理念のもと、前提事実(4)記載のとおりの里山に改修したものである。
(3) 争点(3)(本件庭園に本件工作物を設置することが、著作者の意に反する改変(著作権法20条1項)に当たるか。)について
(債権者の主張)
ア 本件工作物の設置による影響
 本件庭園は、本件敷地全体に及ぶことは債権者主張のとおりであり、本件工作物は、一体性のある本件庭園を分断し本件庭園の中心的なコンセプトである水の流れを遮断するものであって、本件庭園に対する重大な改変に該当する。カナルの親水空間を破壊し、花渦を覆うものであるから、債務者主張の、新里山や中自然の森に直接物理的な変更を加えていないことは、改変を否定する事情にならない。面積比から改変の規模が小さいともいえない。
 なお、同一性保持権は、主観的なこだわりを保護するものであり、債務者主張の改変の程度を問題にするのは妥当でない。
イ 平成18年改修についてすら、債権者は改変に消極の意見を述べているのであって、債務者の主張は自身に都合のよい一部分を取り出して主張するものであり、当を得ない。まして、債権者が、本件庭園の改修につき、一般的に同意していたなどという事実はない。
(債務者の主張)
ア 著作物の品位を低下させず、本質的な表現上の特徴にかかわらない程度の変更や切除は、同一性保持権侵害に該当しないものである。
 本件工作物が設置される場所は、そもそも創作性のない単なる通路部分や防災上の空地であるし、その面積は、約234平方メートルであって、約2万6400平方メートルある本件敷地のわずか0.9パーセントにすぎず、長さも78メートルにとどまる。
 本件工作物の設置態様も、水路や花渦といった既存設備そのものには影響が全くないように配慮されているし、壁面に開口部を設けることによって、本件敷地の外からも本件敷地の中の様子が分かるようになっており、視覚的にも本件工作物によって本件敷地の分断が生じないよう配慮されている。
 したがって、本件敷地(ないし本件庭園)そのものに対する改変行為には当たらないし、そうでないとしても、同一性保持権を侵害する態様の改変に該当しない。
イ 黙示の合意
 債権者は、平成18年改修の時点で、花野の改修に関し、時代の風潮に合わなくなるなどの問題点に遭遇することや、花野が債務者の所有物であり、改装について、いったん手が離れた設計者に予め相談しなければならない直接的義務はない旨、債務者に述べている。
 このことからすると、債権者は、新梅田シティの商業施設たる性質にてらして、一定の周期で改装を行うことを当然に許容していたものである。
(4) 争点(4)(本件庭園に本件工作物を設置することが、建築物の改変(著作権法20条2項2号)の規定若しくはその類推適用により、又はやむを得ないと認められる改変(同4号)に当たり許容されるか。)について
(債務者の主張)
ア 著作権法20条2項2号の趣旨
 同号は、建物の居住者等の安全確保や利用上の利便性のため、更には建物に対して多大な投資をしていることもある所有者を経済面においても保護するために、建築物の使用に随伴する実用面で必要となる改変を許容するために設けられたものである。
 したがって、同号の適用にあっては、物理的観点から判断するのではなく、新梅田シティ全体の実用的、商業的、経済的観点から、その改変の必要性、合理性を判断すべきである。
イ 本件敷地が「建築物」に該当すること
 新梅田シティは、複合商業施設であり、本件敷地は、この商業施設への集客のための一つの手段として造作され、その来訪客の利用に供するために存するものであるから、複合商業施設と不可分一体のものである。このような施設においては、経済的あるいは商業的観点から、リニューアルは不可避であり、そのための改変は当然に予定されているものである。債権者が主張するような、純粋に鑑賞を目的とした庭園とはその様相を全く異にする。本件敷地は、実用品であることを前提にその著作物性の保護を図った「建築の著作物」に類似し、または建築物である梅田スカイビルと一体のものとして、著作権法20条2項2号の適用又は類推適用がされる。
ウ 本件工作物の設置が「模様替え」ないし「やむを得ない改変」に該当すること
(ア) 著作権法20条2項2号にいう「模様替え」は、建築基準法と同様の規範である必要はなく、社会通念上判断すれば足りるというべきである。
(イ) 本件工作物の設置は、その設置の場所も本件敷地のほんの一部分であり、設置態様も、既存の構築物に対する毀損を全く伴わない。本件工作物設置は、世界的に著名な建築家であるP2の発案した「環境都市大阪」の実現を目指して進める緑化プロジェクトの趣旨のもとに創出されるものであり、緑の大切さ、素晴らしさを改めて体感し、環境活動や生物多様性の保全に関心を寄せる機会の創出に寄与するとともに、大阪の街に緑あふれる快適で楽しい癒しの空間を作出する高い公益性、公共性を有するプロジェクトの一環として行われるものである。
(ウ) 営利企業である債務者にとっては、新梅田シティ開業から約20年が経ち、相当程度古くなった本件敷地について、上記のような新しい発想と高い話題性をもった本件工作物の設置によりリニューアル(改装)を施すことによって、新梅田シティを活性化し、同施設及びその周辺の集客効果を高めるという債務者の事業上の効果、平成25年4月にオープンした他の複合商業施設との相乗効果も期待できる。このほか、債務者にとっては、上記(イ)のような活動の推進を通して企業の社会的責任を果たす役割も有する。
(エ) 上記に述べた商業的、実用的見地から集客力を高める、付加価値を高めることは、まさに「模様替え」ないし「やむを得ない改変」に当たる。本件工作物の設置が、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変に当たるものでもない。
(債権者の主張)
ア 著作権法20条2項2号の(類推)適用がないこと
(ア) 庭園とは、「鑑賞、逍遙などのため、樹木を植え、築山、泉池などを設けた庭。特に計画して作った庭」(広辞苑からの引用)をいい、本質的な目的は鑑賞にあり、建築物のような実用目的を有しないから、著作権法20条2項2号にいう「建築物」には該当しない。したがって、同規定の適用は受けない。
(イ) 同号にいう「模様替え」とは、建築基準法の解釈によると、既存のものを同一目的で材料等を変更することをいう。庭園に即していうと、例えば、土の道を砂利道にすることなどがこれに該当する。
 しかし、本件工作物の設置は、既存庭園に全く存在しないものを新たに設置するものであるから、何らこれに当たらない。
 また、同号が適用されるためには、@経済的、実用的な観点から必要な範囲の増改築であること、A個人的な嗜好に基づく恣意的な改変ではないことが必要であるが、本件工作物は、建築家であるP2が個人として目指す緑化プロジェクトのモニュメント(記念碑)と位置づけられており、実用性、経済性を欠いていることはもとより、その必要性自体を欠いている。
 したがって、同号の適用はもとより、類推適用の基礎もない。
イ 著作権法20条2項4号の適用がないこと
(ア) 同号の「やむを得ないと認められる改変」の意義について、過去の裁判例からは、同一性保持権が制約される場面は非常に限定されており、著作物の利用権が優越するといった判断を示すものはない。
(イ) 本件においては、債権者側の事情として、本件庭園は、我が国において著名な債権者による独創性、オリジナル性あふれる創作以来、債権者が著作者として表示されているところ、本件工作物が、本件庭園への強度の侵害を構成するものであり、しかもその侵害が公衆に公開されるものであること、債務者側の事情として、債務者は本件庭園の改変につき、著作者の許諾などの何らの権原を有していないこと、債務者の主張する本件庭園の実用性ないし本件工作物の公益性等は、抽象的なものにとどまり、具体的な法的意味を見いだし難いこと、代替措置や、当初の契約時を含め、改変についての事前の権原の取得の努力といった措置を講じていないこと、などの事情があり、これらを総合すると、やむを得ない改変であるとはいえない。
(5) 争点(5)(債権者の著作者人格権の行使が権利濫用に当たるか。)について
(債務者の主張)
 これまでに主張した事情(@本件敷地は、その性質上実用的、商業的目的による改変、変更の要請が極めて強く働くこと、A本件工作物の設置が債務者の事業や経済的目的に資すること、B本件工作物の設置の場所、規模、本件敷地の既存状態に対する影響、C本件工作物の公益的、公共的要請、D工事進捗の程度、E著作物の性質及び債権者保護法益の主観的性質、F債権者の被る損害の程度、G債務者との事前の協議の状況等)を総合すると、債権者の著作者人格権の行使は、権利の濫用に当たり、許されない。
(債権者の主張)
 債務者の主張を争う。
(6) 争点(6)(保全の必要性)について
(債権者の主張)
 債務者は、本件工作物の設置工事に既に着工しているところ、設置が続行された場合には、その撤去には大きな費用がかかり、債権者の権利回復は困難になる上に、設置工事の続行を禁止しても、債務者の不利益は格段に小さいことを考慮すると、保全の必要性があるというべきである。
(債務者の主張)
ア 本件工作物の設置による本件庭園への影響が軽微であること等に比して、本件仮処分の発令によって債務者の被る経済的損害は、信用毀損も含めると、回復しがたいものとなり、債務者に甚大な損害の負担を負わせることとなることを正当化するに足るほどの保全の必要性はないものである。
イ 本件工作物設置工事は、現在ほぼスケジュールどおり進行し、平成25年8月20日の審尋期日時点において、本件工作物の骨組みが完成し、後は植栽を残すだけの状態となっている。今後決定がされるまでには完成が見込まれる点からも、保全の必要性はない。
第3 判断
1 疎明資料(後掲各証拠のほか、全体につき甲1。以下枝番のある疎明資料は枝番を含む。)、前記第2の1の前提となる事実及び審尋の全趣旨によると、次の事実を一応認めることができる。
(1) 債権者の来歴等
 債権者は、大阪万博記念公園等、国内の著名な庭園の設計に携わり、日本造園学会賞等を受賞した造園家、ランドスケープ・アーキテクトであって、債務者自身も、梅田スカイビルのパンフレット(乙1)において、「斬新な感覚の環境設計家として高い評価を受け」ていると、債権者を紹介している。
 環境事業計画研究所は、債権者の計画を実現するために、債権者が設立した会社であり、新梅田シティの事業に関与した当時、約15名の職員がいた。
(2) 新梅田シティの開発経緯と債権者の関与(甲2、7、30から36、39の1、2、乙1)
ア 本件土地は、債務者、青木建設ほか2社が所有するものであったが、昭和62年、上記4社は、各所有地を個別に開発するのではなく、共同事業として本件土地全体を開発することを合意し、開発協議会を発足させ、その事務局を債務者に置いた。開発協議会は、単に超高層ビルを建築するのではなく、都市機能のひとつのまとまりという意味での「都市」を生み出すというコンセプトを採用した。
イ 開発協議会の担当者が、債権者のそれまでの著作等から、本件土地にどのような環境デザインを行うべきかを債権者に打診したところ、環境事業計画研究所は、昭和63年7月21日付で、新梅田シティの環境デザインの基本構想を作成するにあたっての検討事項等を列挙した環境デザイン基本構想・企画見積書を作成し、債務者は、同年10月7日、前記企画見積書の内容で、新梅田シティの環境デザイン基本構想を作成するよう環境事業計画研究所に委託し、委託料650万円の支払を約した(甲30)。
ウ 開発協議会は、昭和63年12月には、事業者として債務者及び青木建設、建築ディレクターとして建築家のP3、環境ディレクターとして債権者がそれぞれ参画するディレクターズ・ユニオン・コンソーシアムを発足させ、建築と環境について、一体的かつ対等の立場で協議、決定することとした。
エ 環境事業計画研究所は、平成元年2月1日付け環境デザイン基本計画仕様書を作成し、@新梅田シティの骨格構造の分析、A都市軸の設定、B各ゾーンの整備方針、C「中自然」計画の検討、D環境形成要素配置計画、E環境装置計画、F環境デザイン基本計画、及びG環境形成のためのコスト試算が必要であると提言し、同年2月末にマスタープランを、同年4月末に基本計画を、同年5月末にプレゼンテーション用図書をそれぞれ作成することを提案し、債務者は、同年4月20日、環境事業計画研究所に対し、前記基本計画仕様書の内容に沿って、新梅田シティの環境デザイン基本計画を作成する業務を、委託料1872万円で委託した(甲31)。
オ 環境事業計画研究所は、平成元年4月付けで、新梅田シティ開発計画の「環境形成マスタープラン主旨説明書」(甲9)を作成した。このマスタープランにおいて、債権者は、野生に近い自然を都市の骨格とし、シンボライズされた自然の表現として、宇宙の存在、生命の存在、生態系(自然の循環、輪廻)を発信することとし、スカイビルを神殿にみたて、そこから自然界、生命界を表現する「中自然の森」に水が流れ込み、その水が、循環して北側の森に至る様子を表現した。
カ 開発協議会は、平成元年12月ころ、@野の花を素材として自然の風景をローコストで再現する「はなののののはな」のデザイン及び生育に関する調査研究、Aリスの導入調査、及びB樹木調達指導を内容とする環境デザイン具現化手法の検討業務を、委託料721万円で環境事業計画研究所に委託し(甲32)、さらにそのころ、C新梅田シティ固有の空間演出手法について、建築家等実施設計者とのデザイン協議、D重要な環境デザイン要素を抽出し、実施設計を指導する総合監修、E植栽の実施設計、F周辺公園改修についての基本計画の作成、及びG外構工事費の概算と維持管理費の想定を内容とする環境デザイン監修等業務を、委託料1349万3000円で委託したが、その際、環境設計を進めるにあたって青木建設、竹中工務店の建築側が行う領域と、環境事業計画研究所の環境側が行う領域について、詳細な取決めをした(甲33)。
キ 環境事業計画研究所は、平成3年5月31日付けで、新梅田シティ環境修景基本設計図を作成した。同設計図は、新梅田シティの建物の敷地以外の部分につき、平面図、断面図、立面図、共通詳細図及び部分詳細図によって、基本的な土地の形状、樹木、植栽、ベンチ等の配置を定め、舗装等の素材を指定し、水の循環に関わる噴水、水路、池、花渦等の配置やその具体的な構造を定めるものであり、個別の図面に債権者名義の押印がある(甲39)。
ク 開発協議会は、平成3年6月20日、花の生育実験追跡調査、及び環境設計エリアの増加に伴う基本計画の見直し業務を、委託料472万9500円で環境事業計画研究所に委託し、さらに、平成4年9月30日ころ、債務者及び青木建設は、新梅田シティの外構工事のうちそれぞれが管轄する区域において、他工事との取り合い、水景の演出方法、素材の選択や配置などの検討を行い、環境デザインのイメージを現場に反映させるための監理業務を、委託料1751万円と309万円で環境事業計画研究所に委託した(甲35、36)。
(3) 新梅田シティの開業等(乙1、8、9ないし16)
ア 本件庭園が、前記基本設計書等に基づいて造成、造園され、新梅田シティが平成5年7月に開業したことは、前記前提となる事実記載のとおりである。また、新梅田シティは、複合商業施設として、前記前提となる事実記載に加え、以下の施設等を有している。
(ア) 梅田スカイビルは、空中庭園部分には屋上展望台、展望エリア、スカイレストランが設置され、東西の高層ビルには、オフィス、スポーツクラブ、クリニック、ショールーム、映画館、多目的ホール、店舗、バスターミナル等が入居している。
 また、空中庭園直下の中央広場は、各種のイベント会場として、年中多彩な行事が開催されている。
(イ) 中自然の森の東側には、「サンクンガーデン」、「ガーデン5」等の小規模ビルのほか、飲食店街である「滝見小路」、「スターポケット」などがある。
イ 新梅田シティの受賞歴(甲17、38)
 新梅田シティは、都市景観大賞、大阪府みどりの景観賞最優秀賞(平成5年)、大阪都市景観建築賞大阪府知事賞、関一都市創造大賞エクセレント賞の受賞対象となった。
 このうち、大阪府みどりの景観賞においては、巨大超高層建築物に自然のドラマを組み込むことへの試みが展開されていることなどが評価され、設計者としては、債権者と環境事業計画研究所が併記された。
(4) 平成18年改修及び債権者の対応(甲4、26、乙4、5、20)
ア 旧花野は、当初、花が咲き乱れる野原をイメージし、通路、噴水、水路、池等の間に野生の草花を植えた施設であったが、前記前提となる事実(4)記載の平成18年改修により、水路の終着点にあった池を棚田とし、草花を植えていた部分を雑木林、野菜畑、茶畑等として、田園地帯にある里山をイメージした一角へと改装されたが、地形、通路、噴水、水路の形状、配置は変更されていない。
イ 債権者は、旧花野が新里山に変更されたことについて、債務者に抗議文を送付したが、その趣旨は、突然、設計者に何の連絡もなく衣替え(通路や水路の骨格を残したまま花畑を他の畑等に改修したことを指す趣旨と解される。)したことを暴挙と指摘し、関与した債権者に、その心構えをすべく予め知らせるのが礼儀ないし道義であるのに、これが遵守されなかったことを非難するものであったが、同抗議文の中で、旧花野は債務者の所有であり、改装について、いったん手が離れた設計者にあらかじめ相談しなければならない直接的義務はないとの認識も示した。
(5) 本件工作物の設置工事の着工に至る経緯(甲10、14、乙6、21ないし25)
ア 平成24年10月、債務者代表取締役会長は、P2から、本件工作物の発案を受けてこれに賛同し、この実現に向けた作業に着手した。
 同年12月19日、上記構想が報道されたことを契機に、債務者は、債権者に対し、儀礼上上記構想を説明する必要があると考え、同月21日、これを債権者に説明した。
 この説明段階における設置個所の案は、新里山の南側に、緑化壁を東西方向に設置するというものであった。これに対し、債権者は、南側ではなく北側ではだめなのか等の異議を述べた。
イ 債務者は、P2と協議するなどして、債権者が代替案として示した新里山北側への設置案や、これに加え、新里山の東側(現在の設置個所付近)にも、南北方向の緑化壁を設置する案を作成したうえ、平成25年1月7日、債権者と再度の協議の機会を設けた。その後の経緯については不明確な部分もあるが(債務者従業員は、1月7日に甲14号証の図面が作成され、同月28日には、東側への設置が決定した旨述べる(乙21)が、甲14号証には2月17日の日付と会談場所が明確に記載されており、かつ、新里山内への配置案も併記されていることから、同人は、債権者と債務者の交渉経緯を正確に陳述していない可能性がある。)、遅くとも同年4月ころまでには、設置場所を現在の案とする建設計画を立案した。同年6月17日、債務者が本件工作物の設置を報道発表し、そのころ、竹中工務店の施工により着工したことは前記前提となる事実記載のとおりである。
 なお、債務者は、上記報道発表において、本件工作物が、新里山や中自然の森とつながり、空間が広がるなどとして、本件工作物が本件庭園と一体となる旨の説明をした。
(6) 債権者におけるカナル・花渦の位置づけ(甲7、8、21)
 債権者は、その著書等で、新梅田シティにおける水の循環について、中自然の森の北端にある9本の列柱滝より注がれ、中自然の森の渓谷、渓流を抜け、一旦地中に導かれた後、本件敷地の東南端付近にある「渦巻き噴水」で地表に湧き出し、本件敷地の東側道路付近にある略直線上のカナル(運河)を北上して「花渦」に吸い込まれ、旧花野の湧水から出て小川を下り、再度循環する旨の説明をしており、これによると、「花渦」はカナルの最下流に位置し、都市的世界を循環してきた水は、「花渦」を通過して田園的世界である旧花野または新里山に至ることになる。同時に債権者は、旧花野について、将来何年先か分からないが、いつか別の建物が建てられる予定であるとの認識も示している(甲7)。
 なお、カナル、花渦等の施設は、公開空地(大阪市総合設計許可取扱要綱実施基準にいう空地又は空地の部分)にあたり、散策、休息に供されることが予定されている。
2 争点についての判断
(1) 争点(1)(本件庭園が著作物(著作権法2条1項1号)に当たるか。)及び、争点(2)(債権者が本件庭園の著作者か。)について
ア 著作物性について
(ア) 前記1で述べたところによれば、本件庭園は、新梅田シティ全体を一つの都市ととらえ、野生の自然の積極的な再現、あるいは水の循環といった施設全体の環境面の構想(コンセプト)を設定した上で、上記構想を、旧花野、中自然の森、南端の渦巻き噴水、東側道路沿いのカナル、花渦といった具体的施設の配置とそのデザインにより現実化したものであって、設計者の思想、感情が表現されたものといえるから、その著作物性を認めるのが相当である。
(イ) 債務者は、本件庭園の構成や水の循環の表現形態がありふれたものであるとして、疎明資料(乙28ないし31)を提出する。
 しかしながら、仮に池、噴水といった個々の構成要素はありふれたものであったとしても、前記構想に基づき、超高層ビルと一体となる形で複合商業施設の一角に自然を再現した本件庭園は、全体としては創造性に富んでいるというべきであり、これをありふれていると評価することは到底できず、債務者の主張は採用できない。
イ 著作者について
(ア) 債務者または開発協議会の契約の相手方や基本設計図等の名義がいずれも環境事業計画研究所であることは既に述べたとおりであるが、前記構想の前提となる思想、感情の主体は債権者であり、本件庭園の著作者は債権者というべきである。
(イ) 債務者は、職務著作の規定(著作権法15条1項)が適用される旨を主張するが、前記1(1)で述べたとおり、環境事業計画研究所は、債権者がその計画を実現するために設立した小規模な法人であること、本件庭園の設計者として、環境事業計画研究所のみが表示された例はないこと、債務者も、債権者個人を新梅田シティの環境ディレクターとして表示していること等を総合すると、環境事業計画研究所が本件庭園の著作者になるとは考えられず、債務者の主張は採用できない。
ウ 著作物の範囲
(ア) 債権者は、本件土地から建物の存在部分を除いた本件敷地全体が、債権者の著作物である旨を主張する。
 債権者が新梅田シティ全体についての環境計画の作成を委託されたことは前述のとおりであるが、必ずしも庭園の一部とはいえない通路や広場までを債権者の著作物とすることは広汎に過ぎるというべきであり、著作物として認めることができるのは、債権者の思想または感情の表現として設置された植栽、樹木、池等からなる庭園部分に加え、水路等の庭園関連施設から構成される本件庭園と、これと密接に関連するものとして配置された施設の範囲に限られるというべきであるが、その範囲では、本件庭園を一体のものとして評価するのが相当である。
(イ) 債務者は、本件庭園を一体として評価すべきではなく、通路等で区分される区画ごとに創作性の有無を検討すべきであると主張し、これを前提に、本件工作物が設置される区画には、水路等のありふれた要素しかなく、何らの創作性も認められないから、同一性保持権の行使は認められない旨を主張するが、上記説示したところに照らし、採用できない。
エ 平成18年改修の影響
 債務者は、平成18年改修を理由に、債権者は著作者でないと主張する。
 その主張の趣旨は明らかではないが、仮に当初の設計により債権者が著作権を取得したとしても、旧花野を新里山に変更するという大幅な平成18年改修があった以上、債権者は本件庭園全体について著作権を失ったとする趣旨か、あるいは、本件庭園の創作性を通路等で区分される区画ごとに評価すべきであるとの前記主張を前提に、本件工作物が設置される区画には著作権は成立せず、本件工作物の西側に存在する新里山についても、債権者はもはや著作者ではない以上、同一性保持権の行使は認められないとする趣旨のいずれかと解される。
 しかしながら、平成18年改修の内容が、通路、水路といった地形の基本はそのままに、池を棚田に、草花を樹木や野菜畑に変更するといったものであることは前記1(4)で述べたとおりであるから、これによって、債権者が本件庭園の著作者でなくなると解することはできないし、本件庭園の著作物性を区画ごとに分断して論じるべきでないことも、既に述べたとおりであるから、いずれにせよ債務者の主張は採用できない。
(2) 争点(3)(本件工作物を設置することが、著作者の意に反する改変(著作権法20条1項)に当たるか。)について
ア 改変について
 本件工作物の設置態様は、前提となる事実(5)記載のとおりであり、カナル西側の通路上に、カナルにほぼ接する形で、かつ花渦を跨ぐように設置される。
 上記設置場所である通路は、カナルから花渦に至る水の循環を鑑賞し、あるいは散策、休息等をする人が訪れる範囲であるから、庭園及び庭園関連施設と密接に関連するものということができ、著作物としての本件庭園の範囲内にあるというべきである。
 本件工作物の設置態様は、カナル及び花渦に直接物理的な変更を加えるものではないが、本件工作物が設置されることにより、カナルと新里山とが空間的に遮断される形になり、開放されていた花渦の上方が塞がれることになるのであるから、中自然の森からカナルを通った水が花渦で吸い込まれ、そこから旧花野(新里山)へ循環するという本件庭園の基本構想は、本件工作物の設置場所付近では感得しにくい状態となる。また、本件工作物は、高さ9メートル以上、長さ78メートルの巨大な構造物であり、これを設置することによって、カナル、花渦付近を利用する者のみならず、新里山付近を利用する者にとっても、本件庭園の景観、印象、美的感覚等に相当の変化が生じるものと思われる。
 そうすると、本件工作物の設置は、本件庭園に対する改変に該当するものというべきである。これが改変に当たらない、あるいは軽微であって同一性保持権の侵害となる改変には当たらないとする債務者の主張は、上記説示に照らし、採用できない。
イ 債権者の意思
 債務者は、本件庭園の著作物としての性質や、平成18年改修に対する債権者の抗議の内容に照らし、本件庭園の改変につき債権者の黙示の同意があるかのような主張をする。
 しかしながら、債務者または開発協議会と環境事業計画研究所との前記各契約において、著作権については何らの取り決めもされておらず(したがって、この種契約における権利処理の慣行等につき何ら主張疎明のない本件の事情のもとでは、法令に基づく権利処理が前提とされていたとみるほかない。)、また、平成18年改修に対する債権者の態度は、全体としては抗議であって、これに将来の改変に対する黙示の承諾が含まれていると解することはできない。
ウ まとめ
 以上によれば、本件工作物の設置は、著作者である債権者の意思に反した本件庭園の改変に当たるというべきである。
(3) 争点(4)(本件工作物を設置することが、建築物の改変(著作権法20条2項2号)の規定若しくはその類推適用により、又はやむを得ないと認められる改変(同4号)に当たり、許容されるか。)について
ア 著作権法20条2項2号の類推適用
 既に述べたとおり、本件庭園は、自然の再現、あるいは水の循環といったコンセプトを取り入れることで、美的要素を有していると認められる。
 しかしながら、本件庭園は、来客がその中に立ち入って散策や休憩に利用することが予定されており、その設置の本来の目的は、都心にそのような一角を設けることで、複合商業施設である新梅田シティの美観、魅力度あるいは好感度を高め、最終的には集客につなげる点にあると解されるから、美術としての鑑賞のみを目的とするものではなく、むしろ、実際に利用するものとしての側面が強いということができる。
 また、本件庭園は、債務者ほかが所有する本件土地上に存在するものであるが、本件庭園が著作物であることを理由に、その所有者が、将来にわたって、本件土地を本件庭園以外の用途に使用することができないとすれば、土地所有権は重大な制約を受けることになるし、本件庭園は、複合商業施設である新梅田シティの一部をなすものとして、梅田スカイビル等の建物と一体的に運用されているが、老朽化、市場の動向、経済情勢等の変化に応じ、その改修等を行うことは当然予定されているというべきであり、この場合に本件庭園を改変することができないとすれば、本件土地所有権の行使、あるいは新梅田シティの事業の遂行に対する重大な制約となる。
 以上のとおり、本件庭園を著作物と認める場合には、本件土地所有者の権利行使の自由との調整が必要となるが、土地の定着物であるという面、また著作物性が認められる場合があると同時に実用目的での利用が予定される面があるという点で、問題の所在は、建築物における著作者の権利と建築物所有者の利用権を調整する場合に類似するということができるから、その点を定める著作権法20条2項2号の規定を、本件の場合に類推適用することは、合理的と解される。
イ 模様替え
 本件工作物の設置は、本件庭園の既存施設であるカナルや花渦を物理的に改変せずに行うものであることから、著作権法20条2項2号が定める中では、「模様替え」に相当すると解される。債権者は、建築基準法の解釈として、本件工作物の設置は「模様替え」に当たらない旨を主張するが、本件庭園は建築物そのものではなく、著作権法の定めを建築基準法と同一に考える必要もないから、債権者の主張は採用できない。
ウ 著作権法20条2項2号のあてはめ
 本件への適用を考えるに、著作権法20条は、1項において、著作者が、その著作物について、意に反して変更、切除その他の改変を受けず、同一性を保持することができる旨を定めた上で、2項2号において、建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変については、前項の規定を適用しない旨を定めている。
 著作権法は、建築物について同一性保持権が成立する場合であっても、その所有者の経済的利用権との調整の見地から、建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変について、特段の条件を付することなく、同一性保持権の侵害とはならない旨を定めているのであり、これが本件庭園の著作者と本件土地所有者の関係に類推されると解する以上、本件工作物の設置によって、本件庭園を改変する行為は、債権者の同一性保持権を侵害するものではないといわざるをえない。
エ 債権者の主張について
(ア) 債権者は、著作権法20条2項2号が適用されるためには、@経済的、実用的な観点から必要な範囲の増改築であること、A個人的な嗜好に基づく恣意的な改変ではないことが必要であり、本件工作物の設置は、そのいずれの要件も欠くから、同号は適用されない旨を主張する。
 しかしながら、同号の文言上、そのような要件を課していないことに加え、著作物性のある建築物の所有者が、同一性保持権の侵害とならないよう増改築等ができるのは、経済的、実用的な観点から必要な範囲の増改築であり、かつ、個人的な嗜好に基づく恣意的な改変ではない場合に限られるとすることは、建築物所有者の権利に不合理な制約を加えるものであり、相当ではない。
 以上によれば、同号の文言に特段の制約がない以上、建築物の所有者は、建築物の増築、改築、修繕又は模様替えをすることができると解されるのであり、その理は、債権者と債務者の関係にも類推されるというべきである。債務者の主張はこの理をいうものとして理由があり、これに反する債権者の主張は採用できない。
(イ) もっとも、建築物の所有者は建築物の増改築等をすることができるとしても、一切の改変が無留保に許容されていると解するのは相当でなく、その改変が著作者との関係で信義に反すると認められる特段の事情がある場合はこの限りではないと解する余地がある。債権者が、本件工作物の設置はP2個人のプロジェクトのモニュメントであり、実用性、経済性、必要性を欠くと主張する点も、その趣旨を述べたものとして理解することもできるが、前記1で述べたところに照らすと、なお採用できないというべきである。
 すなわち、本件庭園は、複合商業施設である新梅田シティと一体をなすものであり、市場動向や流行に従って、その設備を適宜に更新していく必要があることは、債権者も理解していたはずであること、債権者は、本件庭園の設計当初から、旧花野について、将来新たな建築がされることを予見していたこと、平成18年改修の際も、一定の改変は受忍するともとれる趣旨を述べていること、債務者は、本件工作物を設置する場所の検討に当たって、一応、債権者の意見を聴取し、一定程度反映させていること、以上の点を指摘することができるのであって、これらを総合すると、本件工作物の設置について、本件庭園の著作者である債権者との関係で、信義に反すると認められる特段の事情があるとまではいえない。
オ まとめ
 以上によれば、本件工作物の設置は、著作者である債権者の意に反した本件庭園の改変にはあたるものの、著作権法20条2項2号が類推適用される結果、同一性保持権の侵害は成立しないことになる。
3 結論
 以上によると、被保全権利について、債務者の抗弁の疎明があったことになるから、その余の争点について判断するまでもなく、債権者の本件申立てを却下することとする。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 谷有恒
 裁判官 松阿彌隆
 裁判官 松川充康


(別紙)物件目録
1 所在 大阪市北区大淀中一丁目
  地番 1番1
  地目 宅地
  地積 227.00平方メートル
2 所在 大阪市北区大淀中一丁目
  地番 1番2
  地目 宅地
  地積 274.44平方メートル
3 所在 大阪市北区大淀中一丁目
  地番 1番3
  地目 宅地
  地積 151.96平方メートル
4 所在 大阪市北区大淀中一丁目
  地番 1番4
  地目 宅地
  地積 47.70平方メートル
5 所在 大阪市北区大淀中一丁目
  地番 1番5
  地目 宅地
  地積 4581.22平方メートル
6 所在 大阪市北区大淀中一丁目
  地番 1番10
  地目 宅地
  地積 118.90平方メートル
7 所在 大阪市北区大淀中一丁目
  地番 1番11
  地目 宅地
  地積 118.90平方メートル
8 所在 大阪市北区大淀中一丁目
  地番 1番16
  地目 宅地
  地積 196.33平方メートル
9 所在 大阪市北区大淀中一丁目
  地番 1番17
  地目 宅地
  地積 6831.56平方メートル
10 所在 大阪市北区大淀中一丁目
  地番 1番18
  地目 宅地
  地積 8325.54平方メートル
11 所在 大阪市北区大淀中一丁目
  地番 1番20
  地目 宅地
  地積 15623.80平方メートル
12 所在 大阪市北区大淀中一丁目
  地番 1番21
  地目 宅地
  地積 299.09平方メートル
13 所在 大阪市北区大淀中一丁目
  地番 1番22
  地目 宅地
  地積 4780.89平方メートル
14 所在 大阪市北区大淀中一丁目
  地番 1番23
  地目 宅地
  地積 226.28平方メートル

(別紙)工作物目録
 設置位置 別紙図面2中のア、イ、ウ、エ、アを結ぶ直線で囲まれた部分
 高さ 9.35メートル
 長さ   78メートル
 幅     2メートル

(別紙図面1)(図面省略)
(別紙図面2)(図面省略)
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/