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【事件名】“意見書”の概要事件
【年月日】平成25年8月30日
 東京地裁 平成24年(ワ)第26137号 著作権及び出版権侵害差止請求事件
 (口頭弁論終結日 平成25年7月19日)

判決
原告 特定非営利活動法人風の谷委員会
被告 エコ・パワー株式会社(以下「被告エコ・パワー」という。)
同訴訟代理人弁護士 江木晋
被告 福島県
同訴訟代理人弁護士 鈴木芳喜
同 駒田晋一
同 湯浅 亮


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告に対し、「会津若松ウィンドファーム(仮称)事業に係る環境影響評価書」を回収せよ。
2 被告らは、原告に対し、連帯して201万1311円を支払え。
第2 事案の概要
1 前提となる事実(争いがないか、記載の証拠又は弁論の全趣旨により容易に認められる。)
(1) 原告は、災害救援活動、環境の保全を図る活動等を目的とする特定非営利活動法人であり、本件訴訟提起時には法人格なき社団であったが、本件訴訟係属中に法人格を取得した。
(2) 被告福島県は、以下の内容の福島県環境影響評価条例(平成10年福島県条例第64号。平成24年12月28日福島県条例第72号による改正前のもの。乙ロ3の1。以下「本件条例」という。)を定めている。
ア 事業者は、対象事業に係る環境影響評価を行った後、環境影響評価準備書(以下「準備書」という。)を作成しなければならない(14条)。
イ 準備書について環境の保全の見地からの意見を有する者は、事業者に対し、意見書の提出により、これを述べることができる(18条)。
ウ 事業者は、イで述べられた意見に配意して準備書の記載事項について検討を加え、事業の目的・内容に関わる事項の修正を要すると認めるときは環境影響評価をやり直し、事業の目的・内容に関わる事項及び準備書等に関する事項以外の事項の修正を要すると認めるときは、修正に係る部分について追加の環境影響評価(追加評価)を行う。そして、追加評価を行った場合には追加評価及び準備書に係る環境影響評価の結果に、追加評価を行わなかった場合には準備書に係る環境影響評価の結果に係る、次に掲げる事項を記載した環境影響評価書(以下「評価書」という。)を作成しなければならない(21条)。
(ア) 準備書の記載事項
(イ) 準備書に対し、イで述べられた意見の概要
(ウ) 知事の意見
(エ)  (イ)、(ウ)の意見についての事業者の見解
エ 事業者は、評価書を作成したときは、速やかに、知事に対し、評価書等を送付しなければならない(22条)。
オ 事業者は、評価書を作成した旨等を公告し、評価書等を、公告の日から 算して1月間、縦覧に供しなければならない(23条)。
(3) 被告エコ・パワーは、本件条例の対象事業(本件条例2条2項、4項、別表5号にいう第1区分事業)に当たる、「会津若松ウィンドファーム(仮称)事業」を計画し、「会津若松ウィンドファーム(仮称)事業に係る環境影響評価準備書」を作成し、平成23年10月21日、これを公告し、同日から同年11月21日にかけて縦覧に供した(弁論の全趣旨)。
(4) 平成23年11月6日から同年12月6日にかけて、以下の意見書が被告エコ・パワーに送付された(乙イ3の1〜7、乙イ3の11。以下、「本件意見書1」〜「本件意見書8」といい、合わせて「本件意見書」という。)。
ア 本件意見書1 「風の谷委員会」ことA作成のもの(乙イ3の1。甲2・4頁、甲3の1は原告において打ち直したもの。甲4・553頁のNo.8、557頁のNo.32、558頁のNo.33、560頁のNo.5に対応する。甲1の4、甲3の1から、作成者は原告の共同代表の1人であるAと認める。)
 乙イ3の1・2頁の部分(甲4・553頁のNo.8、557頁のNo.32、558頁のNo.33に対応する。)は、甲2・5頁で原告と異なる「R・K」作成名義で載っていること、甲3の1に含められていないことから、何人の作成にかかるかはさておき、原告において著作権侵害の対象としていないものと解される。
イ 本件意見書2 B作成のもの(乙イ3の2。甲2・6、7頁、甲3の2は原告において打ち直したもの。甲4・551頁のNo.2、3、552頁のNo.4、553頁のNo.11、558頁のNo.36、559頁のNo.39に対応する。甲3の2ではB、Cの共同作成名義になっているが、甲2・6頁で「K・H」作成名義で載っていること、乙イ3の2ではBの単独名義となっていることから、作成者は原告の構成員であるBと認める。)
 乙イ3の2・3頁2行目以下の部分(甲2・8頁の部分。甲4・553頁のNo.11に対応する。)は、甲3の2に含められていないことから、原告において著作権侵害の対象としていないものと解される。
ウ 本件意見書3 D作成のもの(乙イ3の3。甲2・14頁から17頁7行目まで、甲3の3は原告において打ち直したもの。甲4・552頁のNo.5、6、553頁のNo.12、554頁のNo.15、558頁のNo.34、35、37、560頁のNo.4に対応する。作成者は原告の構成員であるD。)
エ 本件意見書4 E作成のもの(乙イ3の4。甲2・17頁8行目以下、甲3の4は原告において打ち直したもの。甲4・551頁のNo.1、552頁のNo.7、553頁のNo.13、558頁のNo.38に対応する。作成者は原告の構成員であるE。)
オ 本件意見書5 F作成のもの(乙イ3の5。甲2・17頁、甲3の5は原告において打ち直したもの。甲4・559頁のNo.40に対応する。作成者は原告の構成員であるF。)
カ 本件意見書6 G作成のもの(乙イ3の6。甲2・9頁、甲3の6は原告において打ち直したもの。甲4・553頁のNo.9、10、14、555頁のNo.18、560頁のNo.2に対応する。作成者は原告の構成員であるG。)
キ 本件意見書7 H作成のもの(乙イ3の7。甲2・11頁、甲3の7は原告において打ち直したもの。甲4・554頁のNo.16、17に対応する。作成者は原告の構成員であるH。)
ク 本件意見書8 「日本野鳥の会会津 代表 I」作成のもの(乙イ3の11。甲2・12頁、甲39の4はこれを要約したものと思われる。甲4・555〜557頁のNo.20〜31、560頁のNo.3に対応する。甲16・2頁以下の文書は、意見書として被告エコ・パワーに提出されたものとは認められず、本件において表現を改変された証拠はない。作成者は、「日本野鳥の会会津」が「公益財団法人日本野鳥の会」の法人格と別個に法人格なき社団としての要件を備えていれば「日本野鳥の会会津」であり、そうでなければIと認められる。)
(5) 平成24年6月18日までに、被告エコ・パワーは、「会津若松ウィンドファーム(仮称)事業に係る環境影響評価書」(乙イ4はその第8章を抜粋したもの。甲4は、そこからさらに「事業者見解」部分をマスキングした抜粋である。以下「本件評価書」という。)を作成し、同日頃、本件評価書を福島県知事に送付した(弁論の全趣旨)。
 本件評価書には、別紙のとおり、本件意見書を含む住民意見を抜粋ないし要約した記載がある。
(6) 被告エコ・パワーは、平成24年8月10日、本件評価書を公告し(弁論の全趣旨)、同日から同年9月10日にかけて、本件評価書を縦覧に供した(争いがない。)。
2 当事者の主張
(原告の主張)
(1) 本件意見書は、被告エコ・パワーの環境破壊行為(国定公園内における大型発電施設建設行為)に対して、思想なり感情なりにより発現された意見(創意)が表現された著作物である。
 原告は、原告の各委員が提出する本件意見書1〜7の著作権及び出版権について、原告がその著作権の譲渡又は管理委託を受け、出版権の設定を受け、原告は本件意見書の原稿をまとめて出版を行った。
 また、原告は、新たに、日本野鳥の会会津支部長I、低周波音症候群被害者の会代表Jとの間でも著作権管理委託及び出版権設定契約を締結した。
(2) しかるに、被告らは、平成24年8月10日から同年9月10日にわたり縦覧に供した本件評価書において、先に送付した原告の管理する文書について、これを誰の著作物であるかを特定できないほどに改ざんしたばかりか、原稿趣旨を反映していない勝手な文章まで作成して、これを意見書として本件評価書を作成し発行したものである。
 本件評価書の発行は被告らの共同不法行為であり、行政手続法上必要なこの発行のために不可欠である本件意見書について、その著作者及び出版権者の権利侵害(本来著作者の持つ、氏名掲載又は不掲載の権限についての、承諾のない氏名削除)を行って発行された本件評価書は、本件条例に基づく評価書とは認められない。
(3) 被告らは即刻これを縦覧場所12か所より撤回回収して、回収したことを福島県議会に報告し、官報に掲載した上で、原告の求める権利が確認できる文書を発行(本件意見書原文の発行)し、さらに、このことにより生じている著作権者の名誉棄損(本件意見書のオリジナリティ侵害・毀損行為)に対し、201万1311円の損害賠償を求める。この賠償金額は、「2011年3月11日」の大震災とそれに伴う激甚災害が、一部福島県の不作為(東京電力株式会社の不法行為の容認)を含んでいることへの原告の意見を明示するために設定したものである。
(被告らの主張)
(1) 本件評価書は被告エコ・パワーが作成したものであり、被告福島県が作成したものではない。
(2) 本件意見書は、その作成者が、公告・縦覧された準備書に対して、本件条例の手続にのっとり自らの意見ないし感想を述べたものにすぎず、そこに文学的・学術的な思考が表現されているとはいえず、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲」に属するとはいえないから、「著作物」に当たらない。
(3) 本件意見書を作成したのは原告ではなく本件意見書記載の者であり、原告は本件意見書の著作権者ではないから、原告は本件意見書についての同一性保持権を有さない。
 なお、本件条例21条2項では、評価書に記載されるのはあくまでも意見書の概要であることが明確にされており、そのことは本件意見書の作成者も知った上で提出していると考えられるため、被告エコ・パワーが本件意見書の概要を本件評価書に記載したことは、本件意見書の作成者の意に反して改変したものとはいえない。
(4) 被告エコ・パワーは、本件条例21条2項に従い本件意見書の概要を本件評価書に記載し、縦覧に供したにすぎず、本件意見書を無断で出版することはしておらず、本件意見書を複製する原告の権利を侵奪したり、制限したりしたわけではない。
第3 当裁判所の判断
1 原告が、いかなる権利に基づいて本件評価書の回収や損害賠償を求めているのかは必ずしも明らかでないが、本件評価書(甲4)において本件意見書(乙イ3の1〜7、乙イ3の11)の表現を改変したことが、氏名表示権(著作権法19条)、同一性保持権(20条)、翻案権(27条)、出版権(80条)を侵害すると主張しているものと解し、以下検討する。
 なお、「低周波音症候群被害者の会 代表 低周波空気振動被害研究家 J」名義の書面(甲9、甲39の2)については、その作成日付が本件評価書の作成後であり、本件評価書において表現を改変された証拠はないから、同人作成の著作物については、その余の点につき判断するまでもなく、原告の主張は理由がない。
2 同一性保持権侵害等の成否について
(1) 氏名表示権(著作権法19条)及び同一性保持権(同法20条)は、著作者の一身に専属する著作者人格権であって、譲渡することができない(同法17条、59条)。
 本件意見書(乙イ3の1〜7、乙イ3の11)は、思想又は感情が創作的に表現された著作物(同法2条1項1号)であると認められるが、その著作者は、本件意見書の作成者である個々の自然人であって原告ではないから、原告が氏名表示権及び同一性保持権について侵害を主張することはできない。
(2) 本件意見書1(乙イ3の1)は、原告名義で作成されてはいるが、前記「前提となる事実」1(3)アで認定したとおり、その作成者は原告ではなくAであると認められる。
(3) 仮にその作成者が原告であったとしても、後記3(2)のとおり、評価書には意見の「概要」を記載することが本件条例で義務づけられており、意見を述べた者の氏名を表示することは本件条例で義務づけられていないのであるから、本件評価書において本件意見書の作成者の氏名を表示せず、その表現を改変したとしても、氏名表示権及び同一性保持権の侵害は成立しない。
3 翻案権侵害について
(1) 本件評価書の「表8.2−1(1)〜(9) 準備書についての住民意見の概要及び事業者見解」の「環境保全上の見地からの意見」欄、表8.2−2準備書についての住民意見の概要及び事業者見解」の「その他意見」欄(甲4)においては、本件意見書(乙イ3の1〜7、乙イ3の11)の表現の一部を抜粋したり、表現を要約したりしている。
(2) しかし、本件条例21条2項2号によれば、事業者は、評価書に「第18条第1項の規定により述べられた意見の概要」を記載することが義務づけられているのであるから、事業者に意見書を提出した者は、その意見における表現が評価書において意見の概要を表す限度で改変されることを当然に容認した上で意見書を提出したものとみなされる。
 本件意見書の各作成者も、評価書において意見の「概要」が記載されることを容認した上で本件意見書を被告エコ・パワーに提出したのであるから、本件評価書において意見の概要を表す限度で本件意見書の表現を改変したとしても、翻案権侵害は成立しない。
(3) なお、本件評価書を作成し、縦覧に供したのは事業者である被告エコ・パワーであって、被告福島県が本件評価書における本件意見書の表現の改変に関与した形跡はない。
4 出版権侵害について
(1) 出版権者は、設定行為で定まるところにより、「頒布の目的をもって、その出版権の目的である著作物を原作のまま印刷その他の機械的又は化学的方法により文書又は図画として複製する権利」を専有する(著作権法80条1項)が、被告エコ・パワーは、本件評価書を「頒布の目的をもって」複製しているものではないし、原著作物である本件意見書を「原作のまま」複製したものでもないから、本件評価書の作成やその縦覧のための複製について出版権侵害は成立しない。
(2) なお、被告福島県が、本件評価書の作成や複製に関与した形跡はない。
5 原告は、「著作権者の名誉毀損(パブリックコメントに於ける意見者のオリジナリティ侵害・毀損行為)」に対する損害賠償を請求するようであるが、甲1の1〜8及び甲39の3によっても、本件意見書の著作権が原告に帰属するとは認められず、本件意見書の著作権や同一性保持権は意見書の作成者である個々の自然人等に帰属し、原告は著作権や同一性保持権を有しないのであるから、原告がその毀損による損害賠償を求めることはできない。また、原告が著作権の管理権に基づく請求をするものであるとしても、本件証拠上、著作権者の名誉を毀損するような事実は認められない。
6 その他、原告は、会津若松ウィンドファーム事業による環境影響やその環境影響評価手続について種々主張するが、著作権侵害の成否に関連するものではないから、判断を要しない。
 原告の平成25年4月22日付け文書提出命令の申立ては、その必要性が認められないので、却下する。
7 以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく認められない。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 大須賀滋
 裁判官 小川雅敏
 裁判官 西村康夫
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