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【事件名】TVテロップの“フォント”事件
【年月日】平成25年7月18日
 大阪地裁 平成22年(ワ)第12214号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成25年5月14日)

判決
原告 株式会社視覚デザイン研究所
同訴訟代理人弁護士 栗原良扶
同 浜中孝之
同 余田博史
被告 株式会社テレビ朝日(以下「被告テレビ朝日」という。)
同訴訟代理人弁護士 伊藤真
同訴訟復代理人弁護士 平井佑希
被告 株式会社IMAGICA(以下「被告IMAGICA」という。)
同訴訟代理人弁護士 鈴木純


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 主位的請求
(1) 被告テレビ朝日は、原告に対し、804万4575円(729万3825円の限度で被告IMAGICAと連帯して)及びうち729万3825円に対する平成22年4月8日から、うち67万5675円に対する平成23年12月11日から、うち7万5075円に対する平成24年3月25日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告IMAGICAは、原告に対し、被告テレビ朝日と連帯して、729万3825円及びこれに対する平成22年4月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 予備的請求
(1) 被告テレビ朝日は、原告に対し、731万3250円及びうち663万0750円に対する平成22年4月8日から、うち61万4250円に対する平成23年12月11日から、うち6万8250円から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告IMAGICAは、原告に対し、663万0750円及びこれに対する平成22年4月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、フォントベンダーである原告が、テレビ放送等で使用することを目的としたディスプレイフォントを製作し、番組等に使用するには個別の番組ごとの使用許諾及び使用料の支払が必要である旨を示してこれを販売していたところ、原告が使用を許諾した事実がないのに、前記フォントを画面上のテロップに使用した番組が多数制作、放送、配給され、さらにその内容を収録したDVDが販売されたとして、番組の制作、放送、配給及びDVDの販売を行った被告テレビ朝日並びに番組の編集を行った被告IMAGICAに対し、被告らは、故意又は過失により、フォントという原告の財産権上の利益又はライセンスビジネス上の利益を侵害したものであり、あるいは原告の損失において、法律上の原因に基づかずにフォントの使用利益を取得したものであると主張して、主位的には不法行為に基づき、予備的に不当利得の返還として、原告の定めた使用料相当額の金員(主位的請求には弁護士費用が加算される。)の支払を求めた事案である。
1 前提となる事実
 以下の事実については、当事者間に争いがないか、掲記の証拠及び弁論の全趣旨により、容易に認定できる。
(1) 当事者(甲A1〜3)
ア 原告は、グラフィックデザインに関する視覚伝達情報の研究及び企画制作、コンピュータソフトウェアの開発及び販売等を目的とする株式会社であり、タイプフェイスを製作してこれをデジタルフォントとして販売し、あるいは使用許諾することを主たる事業とするところの、いわゆるフォントベンダーである。
イ 被告テレビ朝日は、@放送法によるテレビジョン、その他一般放送事業、A放送番組、録画物、録音物及び映画の制作、販売並びにその輸出入に関する事業等を目的とする株式会社である。
ウ 被告IMAGICAは、@各種映画用フィルムの現像、焼付、録音、合成、及びその他の加工仕上げ、A各種映像の電子的編集、録音、合成、複製及びその他の加工仕上げ等を目的とする株式会社である。
 被告IMAGICAは、平成18年4月3日、株式会社イマジカ(以下「イマジカ」という。)から映像関連事業の営業を吸収分割により承継した。イマジカが原告に対して本件の不法行為又は不当利得に基づく債務を負っていた場合、これらは上記吸収分割により、被告IMAGICAが承継した(本判決において、特段の必要がない限り、上記吸収合併前のイマジカの行為についても、被告IMAGICAと摘示する。)
(2) タイプフェイス及びフォント(甲B1、99〜101)
ア タイプフェイスとは、言語表記を主目的に、記録や表示など組み使用を前提として、統一コンセプトに基づいて製作された一揃いの文字書体のことであり(日本タイポグラフィ協会の定義によると、和文の場合、ひらがな、カタカナは清音字ゑ・ゐ・ヱ・ヰ・を除いた46字、漢字は教育漢字の1006字を一揃いの最少文字数とする。)、これをパソコン等で使用できるよう電子情報化したものをデジタルフォント、あるいは単にフォントという。
イ フォントは、文字の形状を、基準となる点の座標と輪郭線の集まりとして表現したアウトラインデータなどの形式で提供されるのが一般的であり、この形式によると、表示・印刷時に曲線の方程式を計算して描画する点の配置を決定するため、拡大・縮小・変形等の加工作業を行っても文字の形状が崩れず、曲線が滑らかに表示される。
ウ フォントは、通常、文字コードとの対照等の情報や、パソコン等にインストールするためのインストーラを付加してパッケージ化され、ソフトウェアの一種として販売又は使用許諾の対象とされる(この状態を、便宜上「フォントソフト」という。)。
エ フォントソフトを使用すれば、タイプフェイスに属する文字を使用し、これを紙媒体等に印刷し、あるいは他のソフトウェアで作成したファイルの一部に画像として埋め込むことができる(フォントソフトあるいはフォント自体と区別して論じる必要がある場合、フォントソフトを使用して作成された成果物を、便宜上「フォント成果物」という。)。
(3) 旧フォントの製作、販売(甲B11、16)
 原告は、平成7年にロゴG、平成8年にロゴ丸、メガG及びメガ丸、平成9年にロゴJr、ロゴ丸Jr及びラインG、平成10年にギガGと称する各タイプフェイス(以下「旧タイプフェイス」という。)を製作し、それぞれの年に、旧タイプフェイスをパソコン等で使えるようデータ形式としたソフトウェア(以下「旧フォントソフト」といい、これに属するフォントを「旧フォント」という。)を販売した。
(4) 本件フォントの製作、販売(甲B2の4、5〜、11)
 原告は、前記ロゴG、ロゴ丸、ロゴJr、ロゴ丸Jr、ラインG、ギガG、メガG及びメガ丸の各タイプフェイスの一部に変更を加え、平成15年5月、そのフォントソフトをCD?ROMに収納して、「VDL TYPE LIBRARYデザイナーズフォント」の名称で販売を開始した(以下「本件フォントソフト」といい、これに属するデジタルフォントを「本件フォント」、一部変更後のタイプフェイスの全体を「本件タイプフェイス」という。)。本件タイプフェイスの具体的形態及びその特徴に関する原告の説明は、別紙タイプフェイス目録記載のとおりである。
 原告は、本件フォントソフトを販売するにあたり、その使用許諾契約(以下「本件使用許諾契約」という。)の条項として、本件フォントをテレビ放送等に使用する場合には、本件使用許諾契約と別に、個別の原告の許諾及び原告への使用料の支払が必要であることを定めた。
(5) テレビ番組の放送等、DVDの販売
 被告テレビ朝日は、別紙番組目録記載のテレビ番組(以下「本件各番組1」という。)及び別紙追加5番組目録記載のテレビ番組(以下「本件各番組2」という。本件各番組1及び本件各番組2をあわせて「本件番組」という。)を、それぞれ別紙番組目録及び別紙追加5番組目録記載のとおり放送すると共に、別紙配給目録及び別紙追加5番組配給目録記載のとおり他のテレビ局へ配給し、また、別紙DVD目録記載のDVD(以下「本件各DVD1」という。)及び別紙追加DVD目録記載のDVD(以下「本件各DVD2」という。本件各DVD1及び本件各DVD2をあわせて「本件DVD」という。)をそれぞれ別紙DVD目録及び別紙追加DVD目録記載のとおり販売した(以下、各目録内の個々の番組及びDVDは、同目録内の番号によって特定する。)。
 被告IMAGICAは、本件各番組1につき、被告テレビ朝日の直接又は間接の委託を受け、編集業務を行った(本件各番組2については、編集業務を行っていない。)。
(6) 原告の許諾
 原告が、本件番組及び本件DVD(以下「本件番組等」と総称する。)に本件フォントを使用することについて、被告テレビ朝日、被告IMAGICA又はそれ以外の者に許諾を与えた事実はなく、被告テレビ朝日、被告IMAGICA又はそれ以外の者から使用料を受領した事実もない。
2 原告の基本主張
(1) 被告らは、本件各番組1を制作、編集するにあたり、原告の許諾を得ることなく、番組のテロップに本件フォントを使用し、被告テレビ朝日においてこれを放送し、他局へ配給の上、被告らにおいてその番組内容を本件各DVD1として制作、編集し、これを販売した。
(2) 被告テレビ朝日は、本件各番組2を制作するにあたり、原告の許諾を得ることなく、番組のテロップに本件フォントを使用し、これを放送し、他局へ配給の上、その番組内容を本件各DVD2として制作し、販売した。
(3) 被告らの行為は、本件フォント又はそのライセンスビジネス上の利益という法律上保護された原告の利益を、故意又は過失により違法に侵害するものであるから、主位的に不法行為に基づく損害賠償として、原告が定めた1番組及びDVD1作品あたりの使用料に、被告らが制作、放送等した番組数及びDVD作品数を乗じ、これに弁護士費用を加算し、これに対する不法行為の後の日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
 本件各番組1及び本件各DVD1に関する部分については被告らの連帯支払を求め、本件各番組2及び本件各DVD2に関する部分については被告テレビ朝日にのみ支払を求める。
(4) 被告らの行為は、法律上の原因に基づかず、本件フォントの使用利益を悪意で利得し、そのために原告に使用料相当額の損失を被らせたものであるから、予備的に、不当利得の返還請求として、原告が定めた1番組及びDVD1作品あたりの使用料に被告らが制作、放送等した番組数及びDVD作品数を乗じた金額、並びにこれに対する悪意の受益の後の日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
 被告らの連帯支払を求める部分、及び被告テレビ朝日にのみ支払を求める部分は前記(3) に同じ。
3 争点
(1) 主位的請求
ア 被告らによる本件フォントの使用と不法行為該当性 (争点1)
イ 損害の有無及び額 (争点2)
(2) 予備的請求
 不当利得の成否 (争点3)
第3 争点に係る当事者の主張
1 争点1(被告らによる本件フォントの使用と不法行為該当性)について
【原告の主張】
(1) 本件フォントの法益性
ア 一般に、テレビ番組等での使用を目的としたディスプレイフォントは、一揃いのタイプフェイスとして、さらには、一文字単位でも、財産的価値を有するものとして商取引の対象とされている。
 ディスプレイフォントにおいて、フォントソフトを購入しさえすれば何の制限もなく自由に使用できるという売切りタイプの販売形態はほとんどなく、使用目的又は使用期間に制限が課され、その制限外での使用には別途使用許諾契約を締結し、所定の使用料を支払うとの形態が採られている。
 本件フォントは、可読性よりもデザイン性が重視されるディスプレイフォントとして、独創性及び創作性の価値があり、多大な費用、労力、時間を投資して創作・製作されたものであり、業界において高く評価されている。
 本件フォントは、一揃いのタイプフェイスとしてはもちろん、その文字数、データの形式(アウトライン形式か、データ形式か、その他の画像形式かなど)、表象される媒体の如何を問わず、法律上保護される利益を有しており、本件フォントによるライセンスビジネス上の利益も、法律上保護されるものである。
イ 原告は、本件フォントソフトを販売するに当たり、本件フォントをテレビ放送やDVDに使用するには別途使用許諾契約を締結し、使用料を支払う必要がある旨を、購入時の使用許諾契約書、外箱、説明書、インストール時に表示される使用許諾契約規定に明示しており、購入者との間で、これを内容とする本件使用許諾契約を締結している。
(2) 本件番組等への使用
 本件フォントは、別紙番組目録及び追加5番組目録並びに別紙DVD目録及び追加DVD目録記載のとおり、本件番組等において、テロップとして使用された。
(3) 被告テレビ朝日の責任
ア 被告テレビ朝日の使用
(ア) 本件番組等に使用されたテロップは、被告テレビ朝日の担当者、または番組制作会社の担当者といった被告テレビ朝日の監督下にある者が、社内のテロップ製作システムにおいて、本件フォントを使用して製作したものと考えられる。
(イ) 後述のとおり、本件各番組1の編集が行われた被告IMAGICAの赤坂ビデオセンター編集室のパソコンには、本件フォントの一部がインストールされていたが、これは、被告テレビ朝日の担当者らが、同編集室で使用するために持ち込み、本件フォントを使用して、本件各番組1のテロップを製作したものと考えられる。
(ウ) テロップの製作を外部のテロップ製作業者に発注していたとの被告らの主張は、時間的に切迫した状況下で行われるバラエティ番組の制作、編集作業として非現実的かつ不自然というべきであるが、仮にそうであったとしても、本件番組はいずれも局制作番組とされ、形式的にも実質的にも被告テレビ朝日が主体としてその制作を行ったものといえ、外注先は被告テレビ朝日の支配下にある子会社、グループ会社又は被告テレビ朝日の指揮監督下にある会社と解されるから、被告テレビ朝日自体が、本件フォントを使用したのと同視すべきである。
イ 被告テレビ朝日の故意
 原告は、前記のとおり、本件フォントをテレビ放送やDVDの制作に使用する際には、別途使用許諾契約の締結及び使用料の支払が必要である旨を明示しており、被告テレビ朝日に対しても、再三その旨を通知した。
 被告テレビ朝日は、遅くとも平成16年10月ころから現在に至るまで、本件番組の制作に当たり、上記アのとおり、本件フォントをテロップに使用して、別紙番組目録及び追加5番組目録記載のとおりに放送し、別紙配給目録及び追加5番組配給目録記載のとおり他局へ配給し、さらに本件DVDを制作し販売したが、被告テレビ朝日は、本件使用許諾契約に違反していることを知りながら、上記行為を行ったものである。
ウ 被告テレビ朝日の過失
 仮に被告テレビ朝日がテロップ製作を外注し、外注先が製作したテロップを受領して、これを映像素材に合成して使用したとされる場合であっても、被告テレビ朝日がフォントを頻繁に使用する立場にあり、その専門家ともいえる能力を有していたことなどからすると、外注先から受領したテロップについて、本件フォント使用の有無を確認した上で、原告の使用許諾があるかを確認すべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、そのような確認をしないまま、漫然と本件フォントを使用した注意義務違反がある。
エ 被告テレビ朝日の悪質性
 被告テレビ朝日は、原告の許諾を得ることなく、対価を全く負担せずに、長期間、多頻度かつ多数回にわたり、本件フォントの使用を継続し、本件フォントの製作に費やした原告の投資、労力にただ乗りして営利活動を営んだものであり、社会的に相当な範囲を逸脱した不正行為というべきである。
 特に、本件各番組2の5番の「二人の食卓」及び本件各DVD2の2〜4番については、本訴提起後に本件フォントが無断で使用されたものである上、「二人の食卓」に至っては、訴えの変更によって損害賠償請求の対象となった後にまで無断使用を継続しており、社会的相当性の逸脱の程度が殊に顕著である。被告テレビ朝日が、その制作を外部の番組制作会社である株式会社ユーコム(以下「ユーコム」という。)に委託していたとしても、遅くとも平成22年8月の本訴提起後は、「二人の食卓」において本件フォントが使用されていることを認識し、又は認識すべき状況にあるから、ユーコムに対し、本件フォントにつき原告の使用許諾があるかを確認し、無断使用の場合にはその使用を中止させるべきであったといえる。
オ まとめ
 以上によれば、被告テレビ朝日は、本件フォントの使用について、故意又は過失による不法行為責任を負うというべきである。
(4) 被告IMAGICAの責任
ア 被告IMAGICAの使用
(ア) 被告IMAGICAが本件各番組1の編集を行った当時、被告IMAGICAの赤坂ビデオセンター編集室の全てのパソコン(二十数台)とサーバーには、本件フォントのロゴG、ロゴ丸Jr及びラインGのうち1種類又は数種類がインストールされていた。上記各フォントは、本件各番組1の制作スタッフが持ち込んだものを、被告IMAGICAが了承して上記編集室内に置いていたと考えられる。
(イ) 本件各番組1でテロップとして使用されていたロゴG、ロゴ丸Jr及びラインGは、被告IMAGICAの上記編集室内の各フォントによるものと考えられ、具体的には、被告IMAGICAの編集スタッフが、ディレクター等番組制作スタッフの指示に従い、上記編集室内で本件フォントを使用し、本件各番組1のテロップを製作したものと考えられる。
(ウ) 被告IMAGICA編集室に入室していない外部のテロップ製作業者がテロップを製作したとの被告らの主張は、上記本件フォントのインストール状況及びバラエティ番組の制作の実情に照らし、不自然である。
イ 被告IMAGICAの故意
 被告IMAGICAは、被告テレビ朝日が、本件各番組1を上記のとおり放送、他局へ配給し、さらにそれらの番組を本件各DVD1として販売することを知りながら、被告テレビ朝日から直接又は間接的に委託を受け、本件各番組1の制作・編集にあたり、原告に無断で、自社の編集室にある本件フォントを使用して、テロップを製作したものである。
ウ 被告IMAGICAの過失
 仮に被告IMAGICAが本件フォントを使用してテロップを製作することをせず、テロップ製作業者が本件フォントを画像データ化して製作したテロップを番組に挿入するにとどまっていたとしても、極めて多種類のテロップを扱うことを業とする被告IMAGICAは、本件フォントがデザイン性の高いディスプレイフォントであり、テレビ放送での使用に当たって別途使用許諾が必要である旨容易に認識し得たのであるから、本件フォントを使用したテロップを用いる際には、創作者の許諾が得られているかを確認すべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、平成16年から約5年もの長期間、確認作業を何ら行わないまま、漫然と大規模かつ反復継続して本件フォントを使用した注意義務違反がある。
エ まとめ
 以上によれば、被告IMAGICAは、本件各番組1での本件フォントの使用について、故意又は過失による不法行為責任を負うというべきであり、この範囲では、被告テレビ朝日との共同不法行為が成立する。
【被告テレビ朝日の主張】
(1) 本件フォントの使用
 本件番組等における本件フォントの使用については不知。
(2) 本件フォントの法益性
ア 原告の主張は、一文字あるいは数文字のデジタルフォントが不法行為法の保護対象となることを前提とするが、情報伝達という実用的機能を持つ文字がそのような保護を受けるとすれば、その使用に重大な制約が生じ、多大な混乱が生じる。すなわち、被告テレビ朝日などの放送局において、発注先であるテロップ製作業者が使用するフォントの種類や当該フォントに係る使用許諾契約の有無、内容を確認することなど不可能であり、原告の主張するような注意義務を課されるとすれば、文字の商業使用が実際上不可能になるという、著しく不当な結果を招くことになる。
 また、タイプフェイスをデッドコピーして競合商品などに用いた場合に不法行為に該当するとの議論は存在するが、そこで法的保護の対象として想定されているのは、数千文字に及ぶ文字を一組とするタイプフェイスである。原告の主張は、このようなタイプフェイスに関する議論を、印刷又は出力された一文字あるいは数文字のフォント成果物の保護の議論に流用しており、到底認められない。
イ 本件フォントの製作に一定の費用と労力を投入したことは認めるとしても、原告が主張するほど多大なものではない。また原告は、本件フォントが可読性よりもデザインが重視されるディスプレイフォントであることを強調するが、そのようなフォントは、原告に限らず、他社もかねてから製作している。そのため、他のフォントと比べ、本件フォントが特別の独創性、創作性を有するものではなく、不法行為法上の要保護性を別異に扱うべきではない。
(3) テロップ製作の実態等
ア 被告テレビ朝日は、本件番組の制作当時、テロップ製作については、自社がソフトウェアライセンス契約を締結しているフォントソフト収録のフォントを用いる場合を除き、全てテロップ製作業者へ委託しており、番組の制作スタッフが、番組編集室内でテロップ製作をすることはなかった。
 テロップ製作業者は、被告テレビ朝日から受け取ったテロップ原稿(手書き又はワープロ原稿)に従い、フォントソフトから出力してテロップを製作し、画像データの形式で納品する。そのため、仮に本件番組のテロップに本件フォントが使用されていたとしても、被告テレビ朝日が出力したものではない上、アウトラインデータの形式で納品を受けたことはなく、被告テレビ朝日は本件フォントの使用主体ではない。
イ 被告IMAGICAの編集室設置のパソコンに、原告製作の本件フォントが存在していたようだが、多数の会社が使用する編集室であり、理由は不明である。なにびとかが同編集室を使用した際に(その者がテレビ使用について原告の許諾を受けていた可能性も高い。)、テロップの画像データと共に、当該テロップに用いられたデジタルフォント一式が、パソコンにデータとして残った可能性が高いと考えられる。
 いずれにせよ、被告テレビ朝日が、被告IMAGICA編集室のパソコンに本件フォントをインストールした事実も、それを使用してテロップを製作した事実もない。
(4) 不法行為該当性
ア 原告は、本件フォントのテレビ放送等への使用について別途の使用許諾契約締結及び使用料の支払が必要である旨本件フォントソフトのパッケージなどに記載し、被告テレビ朝日にも通知していたことを、不法行為成立の根拠として挙げる。
 しかし、原告の主張は、本件フォントソフト購入者との契約関係を、フォント成果物を使用するに過ぎない被告テレビ朝日のような第三者にまで及ぼそうとするものであり、債権法の解釈として誤っている。かかる主張は、原告の一方的な方針や告知によって、新たな知的財産権類似の権利(不法行為に対して保護すべきべき利益の対象)を創出できるというに等しく、認められる余地はない。
イ 本件フォントは、テレビ放送等での使用に何ら制限をせずに販売されていた旧フォント7725文字のうち343字を、タイプフェイスの同一性を損なわない範囲でわずかな形状の改変を施したものに過ぎず、その余の7382字は文字の大きさを拡大又は縮小したものがある程度で、形状自体には変更は加えられていない。
 被告テレビ朝日において、テロップに使用されているフォントが、本件フォントソフトから出力されたものか、旧フォントソフトから出力されたものかを知る術はなく、実際に被告テレビ朝日は、旧フォントソフトから出力されたものと考えていたのであるから、不法行為法上の故意又は過失もない。
ウ 「二人の食卓」の番組制作は、資本関係が一切ないユーコムに全て委託しており、権利処理業務及び契約業務、さらにデジタルフォントの決定等も全て同社が行っている。被告テレビ朝日は、同社から納品された番組につき、放送法や自社の放送基準に照らし問題がないか確認するが、当該番組における権利処理業務はユーコムの責任で行うものであり、被告テレビ朝日が個別に確認すべきものではない。そのため、「2人の食卓」に本件フォントが用いられていたとしても、これを放送する行為が不法行為を構成するものではないし、故意又は過失もない。
エ 放送番組のDVD化においては、原則としてテレビ番組の放送映像をそのまま用いるのであり、本件DVD内のテロップも、テレビ番組のテロップがそのまま収録されているに過ぎないのであるから、別途不法行為が成立することはない。
【被告IMAGICAの主張】
(1) 本件フォントの使用
 本件各番組1の一部において、本件フォントがテロップとして使用されていたことは認める。
(2) 本件フォントの法益性
 本件フォントが、法律上保護すべき利益を有するとの主張は争う。
(3) テロップ製作の実態等
 被告IMAGICAの赤坂ビデオセンター編集室のパソコンには、 Adobe 社の画像編集ソフトPhotoShop (以下「フォトショップ」という。)がインストールされており、文字を新たに打ち込み、テロップを編集することができる。
また、平成21年11月20日ころの時点で、同編集室のパソコンに、ロゴG、ロゴ丸Jr及びラインGの各フォントが保存されていたことは認める。
 しかし、本件各番組1を含め、被告IMAGICAがテロップの製作を行うことはなく、テロップの製作は、番組制作会社又は同社から委託を受けた受託会社の指示の下、テロップ製作業者が行う。
 被告IMAGICAの編集室には、同製作業者が製作したテロップが画像データの形式で納品され、同製作業者は、被告IMAGICAの編集室には入室しない。被告IMAGICAは、番組制作会社又は受託会社の指示の下、画像データ化されたテロップを放送用映像に合成し、文字の大きさ変更や着色、装飾、文字間の間隔調整等の作業を行うが、テロップ製作を行うわけではない。
 したがって、本件各番組1のテロップの一部に本件フォントが使用されているとしても、それはテロップ製作業者によるテロップ製作、画像データ化の過程で生じたものであり、被告IMAGICAの行為によるものではない。
(4) 不法行為該当性
ア 被告IMAGICAは、平成21年11月末ころ、原告から「弊社フォントの使用について」と題する文書を受領するまで、原告が本件フォントソフトを販売していることさえ知らず、原告と被告テレビ朝日との間で、過去にフォントの使用を巡る紛争が生じていることも知らなかった。
 被告IMAGICAは、上記文書受領後、直ちに必要な調査を実施し、その過程で発見された赤坂ビデオセンターの編集室のパソコンに保存されていたロゴG、ロゴ丸Jr及びラインGのデジタルフォントを抹消した上、被告テレビ朝日に対し、被告IMAGICAが編集に携わるテレビ番組において、原告製作に係るデジタルフォントを使用しないよう申入れを行った(その後、被告テレビ朝日制作のテレビ番組で本件フォントが使用されるという事態は止んだ。)。
 このような事実関係に照らせば、被告IMAGICAが、本件フォントの使用を認識していたとはいえず、故意の不法行為が成立しないことは明らかである。
イ 過失による不法行為について、原告は、被告IMAGICAに注意義務が課される根拠として、ディスプレイフォントをテレビ放送で使用するためには、別途使用許諾契約を締結しなければならないとの社会的規範が存在する旨主張するが、そのような使用許諾契約を要することなく使用が許されているフォントも多数存在しており、原告の主張には前提に誤りがある。
 しかも、被告IMAGICAは、編集作業の過程で、テロップに使用されているフォントを視認する機会があるとはいえ、視認のみで誰によって製作されたいかなる種類のフォントかなど、テロップが画像データ化される以前の詳細な事情は知り得ない。本件フォントは、仔細に見れば、同業他社のデジタルフォントと異なることは認識し得るものの、一見しただけでの判別は著しく困難であるし、本件フォントそのものに、原告製作に係る旨の表示がされているわけでもない。そのため、被告IMAGICAにおいて、本件フォントをテレビ放送に使用するのに別途の使用許諾が必要であることなどを知る由もなく、原告の主張するような注意義務違反がないことは明らかである。
 また、原告の主張は、被告IMAGICAにおいて、番組制作会社に対し、使用許諾の有無や使用料支払の有無を確認すべき義務があるというに等しいが、そのようなことをしても、両者間の信頼関係が破壊されるだけで、原告の主張する法益(別途使用許諾契約を締結することにより、別途使用料を取得できる地位)を保護する上での実効性はほとんどなく、そのような義務を被告IMAGICAが負うとは考えられない。
 したがって、被告IMAGICAには、原告の主張するような確認義務違反はなく、過失による不法行為も成立しない。
2 争点2(損害の有無及び額)について
【原告の主張】
(1) 被告らの共同不法行為による損害
 原告が、本件各番組1及び本件各DVD1に係る被告らの前記共同不法行為によって被った損害は、以下アからウまでの合計729万3825円である。
ア テレビ番組に係る使用料相当額
 テレビ番組制作への本件フォントの使用料は、1番組1放送あたり5250円である。一方、被告らが本件フォントを無断で使用して制作した本件各番組1の種類及び番組数は、合計5種類・1033番組である。
 よって、本件各番組1に係る使用料相当額は、合計542万3250円である。
イ DVDに係る使用料相当額
 DVD制作への本件フォントの使用料は、1作品あたり5万2500円である。一方、被告らが本件フォントを無断で使用して制作した本件各DVD1の本数及びそれらに収録されている作品数は、合計4本・23作品である。
 よって、これらDVDに係る使用料相当額は、合計120万7500円である。
ウ 弁護士費用
 上記ア及びイの損害に係る不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、少なくともそれら合計金額の1割に相当する66万3075円である。
(2) 被告テレビ朝日の不法行為による損害
 原告が、別紙各番組2及び本件各DVD2に係る被告テレビ朝日の前記不法行為によって被った損害は、以下アからウまでの合計75万0750円である(ただし、「2人の食卓」で本件フォントが使用された計70回のうち57回は平成23年12月10日までの番組放送分、他の13回は平成23年12月17日から平成24年3月24日までの番組放送分である。そのため、後者に係る7万5075円の損害賠償については遅延損害金の起算点を平成24年3月25日、その他の67万5675円の損害賠償については遅延損害金の起算点を平成23年12月11日とする。)。
ア テレビ番組に係る使用料相当額
 テレビ番組制作への本件フォントの使用料は、1番組1放送あたり5250円である。一方、被告テレビ朝日が本件フォントを無断で使用して制作した本件各番組2の種類及び番組数は、合計5種類・90番組である。よって、本件各番組2に係る使用料相当額は、合計47万2500円である(そのうち、平成23年12月17日から平成24年3月24日までの13回の「2人の食卓」放送分に係る使用料相当額は、6万8250円である。)。
イ DVDに係る使用料相当額
 DVD制作への本件フォントの使用料は、1作品あたり5万2500円である。一方、被告テレビ朝日が本件フォントを無断で使用して制作した本件各DVD2の本数及びそれらに収録されている作品数は、合計4本・4作品である。
 よって、これらDVDに係る使用料相当額は、合計21万円である。
ウ 弁護士費用
 上記ア及びイの損害に係る不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、少なくともそれら合計金額の1割に相当する6万8250円である(そのうち、平成23年12月17日から平成24年3月24日までの13回の「2人の食卓」放送分に係る部分は6825円である。)。
【被告らの主張】
 否認し、争う。
3 争点3(不当利得の成否)について
【原告の主張】
 本件フォントをテレビ番組制作や放送、DVDで使用するには、別途の使用許諾契約締結及び使用料の支払が必要であり、実際にも、本件フォントを所定の商用目的に使用する事業者は、原告との間で別途使用許諾契約を締結し、使用料を支払っている。
 それにもかかわらず、被告らは、上記のとおり、原告に無断で、本件フォントを本件各番組1の制作・放送・配給及び本件各DVD1の制作・販売等に使用し、さらに被告テレビ朝日は、本件各番組2の制作・放送・配給及び本件各DVD2の制作・販売等に使用し続け、法律上の原因なく本件フォントの使用利益を得た(又は、使用料の支払を免れるという利益を得た)。これにより、原告は、かかる使用により本来支払を受けるべき使用料相当額の損失を被った。これらによる被告テレビ朝日の不当利得の額は、前記2(1) ア及びイ並びに(2) ア及びイの使用料相当額の合計731万3250円、被告IMAGICAの不当利得の額は、前記2(1) ア及びイの使用料相当額の合計663万0750円であり、被告らは、悪意の受益者に当たる。
【被告テレビ朝日の主張】
 否認し、争う。
 原告の主張は、原告が使用料を請求できることが前提となっているが、前記1で主張したとおり、その前提に誤りがある。
 したがって、被告テレビ朝日に利得はなく、原告の損失も存在しないのであるから、不当利得は成立しない。
【被告IMAGICAの主張】
 否認し、争う。
 本件フォントは、著作権法上の保護を受けるものではなく、社会的には使用料不要とされているものである。原告が一方的に定めた使用料を得ることができなかったとしても、それをもって損失と評価することはできないし、被告IMAGICAが利得を得たと評価することもできない。
 被告IMAGICAの利得は、被告テレビ朝日から受領する番組編集受託料であるが、これは被告テレビ朝日との番組編集委託契約によるもので、法律上の原因に基づくものといえるし、また、原告の損失において被告IMAGICAが利得を得ているという関係も存在しない。
第4 当裁判所の判断
1 認定事実
 前記前提となる事実、掲記の証拠(別段の記載がない限り、書証は枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告によるフォント販売等(甲B2、3、8〜11、14、15、19〜22、36?44、79、113〜115、甲D1?11、証人P2)
ア 原告について
(ア) 原告は、昭和63年に設立された会社であり、フォントベンダーとして多数のタイプフェイスを製作し、これをフォントソフトとして販売し、あるいは使用許諾している。
(イ) 原告は、広告、テレビ番組、DVD、テレビゲーム等で使用されることを念頭に、視覚的な印象を与えやすいフォントの開発に努めており、実際にも、原告の開発したフォントは、現在に至るまで上記媒体などで使用されており、デザイン性に優れ、バラエティ番組等にも使いやすいとして高く評価されている。
イ 旧使用許諾契約
(ア) 原告は、平成7年にロゴG、平成8年にロゴ丸、メガG及びメガ丸、平成9年にロゴJr、ロゴ丸Jr及びラインG、平成10年にギガGの名称で旧タイプフェイスを製作し、「デザイナーズフォント」と総称して、各製作年より、旧フォントソフトを販売した。
(イ) 原告が旧フォントソフト購入者との間で締結した使用許諾契約(以下「旧使用許諾契約」という。)では、旧フォントの無断複製、第三者への譲渡、貸与等は禁じられていたが、使用期間の制限はなく、用途の制限も存しなかった。このため、旧フォントソフトを正当に取得した者は、旧フォント及びフォント成果物を自由に使用することができ、テレビ放送等に旧フォントを使用する場合でも、別途料金を支払うことを要しなかった。
ウ 放送事業者への通知等
(ア) 原告は、テレビ番組でのテロップ使用頻度の増加など、自社の開発するフォントへの需要の高まりを踏まえ、ソフトウェア購入時の使用許諾契約とは別に、テレビ放送等でのフォント使用の際には、別途、商用使用許諾契約の締結と使用料の支払を要することとし、これを新たな収益源とするビジネスモデルへの転換を考え、平成12年5月15日付け書面で、被告テレビ朝日を含む放送事業者に対し、「ソフトウェア使用に関する同意書」、及び旧フォントの購入状況や外注先のテロップ製作業者について回答書の提出を求め、同意書を提出した場合には、特例として、旧フォントを無料で使用できることを通知した。
(イ) 原告は、平成14年ころまでに、フォントソフトの販売とは別に、デジタルフォントのアウトラインデータの、一文字単位での販売も開始した。
(ウ) 原告は、平成15年3月3日付け書面で、被告テレビ朝日を含む放送事業者に対し、3年間にわたって実施してきた無料サービスを終了すること、同年4月1日以降、テレビ番組等の映像媒体で原告が製作したフォントを使用する場合には、所定の手続と商用使用料金の支払が必要となること等を通知した。
エ 本件フォントの販売
(ア) 原告は、平成15年5月以降、旧タイプフェイスの一部にわずかな修正を加えたものを、本件フォントソフトとして販売したが、タイプフェイスとしての同一性を損なわない範囲の修正であったため、メガ丸、メガG、ロゴG、ロゴ丸、ロゴJr、ロゴ丸Jr、ラインG、ギガGといった旧フォントの名称をそのまま承継した。
(イ) ロゴGについては、これを構成する7725の文字のうち343の文字に、肉眼で確認可能な程度の形状の変更がされ(例として、平仮名の「な」の修正は、別紙「ロゴG−判別資料−な」記載のとおりである。)、その余の文字については、大きさや配置に調整が加えられたものもあるが、肉眼で判別できるほどの修正は加えられなかった。本件フォントのうち、ロゴG以外のデジタルフォントにおける修正の範囲及び程度もほぼ同様である(例として、ロゴ丸における片仮名の「チ」の修正は、別紙「ロゴ丸−判別資料−チ」記載のとおりである。)。
(ウ) 本件フォントソフトのインストール時には、画面上に本件使用許諾契約の条項が表示され、その内容に同意した場合のみインストールを行うことができる仕組みとなっているが、本件使用許諾契約では、テレビ放送等でのデジタルフォントの使用を商用使用と位置付け、商用使用には、個別の商用使用許諾契約締結と使用料の支払が必要であるとされている。本件フォントソフトのユーザ登録カード、プラスティックケース裏面、商用使用のライセンス早見表等にも、同様の記載がなされている。
オ TVリースフォント
 原告は、本件フォントの販売開始と並行して、本件フォントを含む多数のフォントをテレビ放送等で使用する者との間で、年単位あるいは連続番組の単位で包括的な商用使用許諾契約を締結し、一括で使用料の支払を受ける事業を行うようになった(後にTVリースフォントと称するようになった。)。同契約において、原告と包括的な契約を締結した相手方は、使用するコンピュータの台数に応じた所定の使用料を支払えば、契約上の期間又は番組内では、本件フォントを含む多数のフォントを自由に使用できるとされる。
カ 複数者の使用
 なお、あるテレビ番組について商用使用許諾契約を締結するなどして本件フォントを使用する権限を有する者がいる場合に、原告が、同一番組に関係する他の者から、二重に使用料を受領することは予定していない。
(2) 他の事業者(甲B23〜34、46〜53、114、乙1〜22)
ア フォントベンダーと呼ばれる事業者は、原告以外にも多数存在し、多数のデジタルフォントあるいはフォントソフトが流通している。オペレーションシステムやソフトウェアに付属するものとして独立の対価の対象とされずに提供され、フォントの使用について特段の制限の存しないもの、インストールするコンピュータの台数に応じた対価を支払えば、その後のフォントの使用には制限がなく、フォント成果物の商用使用も自由なものもある。
イ 他方、テレビ番組や広告等、商用使用を予定して製作されたフォントについては、使用許諾契約において商用使用に制限を課しているものが多く、例として、基本的な使用許諾契約があれば、当該フォントを使用し印刷物等を配布することはできるが、テレビ番組等への使用については個別の許諾及び使用料の支払が必要であるとするもの、あるいは、年単位で包括的な使用料を支払えばフォント成果物の商用使用も自由とするもの、両者の形態を併用するものがあるなど、フォントベンダーによって様々である。
(3) 原告と被告テレビ朝日との関係(甲B19〜22、78、79、92〜94、97、114、115、124、甲D1〜11、証人P2)
ア 本件フォント販売開始前
(ア) 原告は、前記平成12年5月15日付け「ソフトウェア使用に関する同意書」による通知をした後(前記(1) ウ(ア))、被告テレビ朝日に対し、同年6月28日付け書面により、現在販売しているフォントは、紙ベースの印刷・広告媒体での使用を前提に許諾していること、テレビ放送等の映像媒体での使用許諾は含まれていないが、別途登録があれば、テレビ番組についても許諾を付加すること、現在、被告テレビ朝日では、原告のフォントを使用したテレビ番組(2タイトル)が放映されているので至急登録が必要であること、現状において、別途ロイヤリティの支払は必要でないことを通知した。
(イ) さらに原告は、被告テレビ朝日に対し、平成14年7月30日付け書面により、原告のフォントをテレビ番組に使用する際には、使用登録するようテレビ放送会社に求めていること、被告テレビ朝日が放映しているテレビ番組(9タイトル、11件)には、原告のフォントを用いて作成されたテロップが使用されているが、登録はなされていないこと、番組を被告テレビ朝日に納入した制作会社が、コンピュータ台数分のフォントソフトを購入していない可能性があるので、制作会社を知らせて欲しいこと、テロップが原告より購入したフォントソフトにより製作されたものであっても、番組で使用し放送する場合には、ロイヤリティの支払が必要であること、登録があれば、当分の間、ロイヤリティの支払を請求しない所存であること等を通知した。
(ウ) これに対し、被告テレビ朝日は、同年10月1日付け書面で、字種を組み合わせて用いることに対し、フォントベンダーが権利を行使する余地はなく、正当な方法で入手したタイプフェイスに含まれる字種を組み合わせることは使用行為であり、原告の要求はこれを越えるものであるとして、これを拒む旨回答した。原告は、同年11月6日付け書面により、番組の登録手続をとるよう再度求めたが、被告テレビ朝日は、同年12月20日付け書面でこれを拒んだ。
(エ) 被告テレビ朝日では、原告から前記(イ) 及び(ウ) の各通知を受けたため、原告の権利を認めるものではないが、トラブルを避ける趣旨で、テレビ番組の制作担当者らに、原告のフォントは使用せず、ノートパソコン等に原告のフォントをインストールしないよう、注意喚起をした。
(オ) 原告は、前記(1) ウ(ウ) のとおり、平成15年3月3日付け書面により、無料サービスは終了し、今後料金の支払が必要である旨を放送事業者らに通知したが、その際、被告テレビ朝日に対しては、系列局の番組を含む7タイトルで原告のフォントが使用されている旨を指摘した上で、年間一括契約すれば、原告製作のデザイナーズフォントを、1年間、自局のあらゆる番組に自由に使用することができ、その料金は1年180万円であること、番組1作品ごとに申し込む番組作品コースの場合、単発番組であれば1作品5000円、連続番組は1年以内であれば1作品6万円であることを通知した。
イ 本件フォント販売開始後
(ア) 複数の放送事業者が、原告との間で商用使用許諾契約を締結し、使用料を支払っているが、被告テレビ朝日においては、原告と商用使用許諾契約を締結することはせず、前記ア(エ) のとおり、原告のフォントを使用しないよう、社内で注意喚起していた。
(イ) 平成18年8月、被告テレビ朝日から番組制作業務を受注していた会社の従業員が、上記注意喚起を知らないまま、本件フォントソフトのうちのロゴGを原告から購入し、その際、ロゴGを年3回くらい特番に使用したいとして、ロゴGを10台のコンピュータで商用使用するためのライセンスパックの入手方法を原告に尋ねた。そのため、同年9月27日、原告が前記従業員に電話をして意向を確認したが、同従業員は、テロップについてはテロップ製作業者である株式会社P1(以下「P1社」という。)に発注しており、P1社が原告と契約しているので、不要である旨を回答した。
(ウ) 平成19年7月にも、被告テレビ朝日の従業員が、本件フォントソフトのうちロゴGを購入したが、法人である被告テレビ朝日として、原告と商用使用許諾契約を締結することはなかった。
(エ) 原告は、前記アのとおり、平成15年3月までは、被告テレビ朝日に対し、原告のフォントをテレビ番組に使用している旨を指摘していたが、同年5月の本件フォントソフト販売開始後は、平成21年11月20日付け書面により被告IMAGICAに通知をするまでの間、被告テレビ朝日の番組等で本件フォントが使用されていることを指摘したり、これに抗議したりすることはなかった(なお原告は、原告代表者が平成21年3月26日に被告テレビ朝日のP4と面談した際、本件フォントの無断使用を口頭で指摘した旨主張する。同日、原告代表者と前記P4が面談した事実は認められるが(甲B97)、かかる指摘があったことを裏付けるに足りる適確な証拠がない上、原告は従前そのような指摘を書面で行っていたのに、このときだけ口頭でしたとするのは不合理であることも考え合わせれば、原告が主張するようなやりとりがあったとは認められない。)。
(4) テロップの製作と本件フォントの使用(甲B12、13、45、57、61、68、76、93、95、甲C1〜13、乙24、26、丙1、証人P2、証人P3)
ア 映像の編集とテロップの製作
(ア) 平成16年から平成21年までの時期において、被告テレビ朝日では、バラエティ番組につき、自社で番組制作をする場合であっても、テロップの製作については、P1社など、テロップの製作を専門とする外部のテロップ製作業者に委託することが多かった。
(イ) 被告テレビ朝日がテロップの製作を外注する場合、担当者は、最終的な編集のための準備作業として、スタジオや屋外で撮影した映像素材を放送の所要時間に収まるようつなぎ合わせ、同時に、テロップの文言、画面上の配置場所、使用するフォントの種類等を指示するテロップ発注用紙を作成して、テロップ製作業者に送付し、テロップ製作業者は、受け取った発注用紙に従い、自社のフォントソフトを使用してテロップの画像データを製作し、被告テレビ朝日に納付した。
(ウ) 実際の放送用映像を作成するための最終的な編集は、大型の編集機器が設置された編集所で行う必要があるとされ、本件各テレビ番組1の編集は、被告IMAGICAがその委託を受け、被告IMAGICAの赤坂ビデオセンター編集室(以下「本件編集室」という。)で行われた。被告テレビ朝日などの番組制作担当者は、事前に準備した映像素材と、テロップ製作業者から納付されたテロップの画像データとを本件編集室に持ち込み、被告IMAGICAの担当者と共に専用の編集機器を操作して、放送用の映像を完成させるが、その過程で、映像素材にテロップを挿入した。その際、テロップの画像データを、画像編集ソフトであるフォトショップ又は前記編集機器で編集し、色や縁取りなどの加工、文字間隔の調整などを行った。
(エ) 本件編集室等の編集所は、被告テレビ朝日に限らず、多数の放送事業者や番組制作会社によって利用され、その利用に際しては、編集所及び編集機器の使用料、並びに編集機器を操作する所員の人件費を時間制で精算するため、平成22年ころまでは、上述のとおり、事前にテロップ製作業者に発注するのが原則とされ、編集所での編集作業中に、テロップの修正、追加が生じた場合には、テロップ製作業者に発注用紙をファクシミリで送り、メールの添付ファイルの形で、テロップの画像データの納付を受けるという方法がとられた。
イ 放送における本件フォントの使用
 本件番組は、いずれも被告テレビ朝日制作のバラエティ番組として放送され、他局に配信されたが、そのうち本件各番組1については平成16年10月から平成21年12月までの間、本件各番組2については平成16年2月から平成24年3月までの間、相当の回数にわたって、テロップの文字に本件フォントが使用された。
ウ P1社への支払
 被告テレビ朝日は、P1社へ委託した本件各番組1の番組3のテロップ製作業務に関し、平成18年5月から平成22年1月までの間、1か月のレギュラー番組のテロップ製作等につき●●●円前後、あるいは●●●●円前後の報酬を支払うことが多く、最高で約●●●●円の報酬を支払っている。また、年3回ほどのスペシャル番組のために、一回あたり、●●●●●●●●●●円前後の報酬を支払っている。その際、P1社は、毎月●●件の、月によっては●●●●を超えるテロップを製作して納品し、深夜あるいは時間外にも対応した(なお、本件訴訟において、被告テレビ朝日は、上記番組の上記期間についてのみ、P1社との取引内容を開示しており、その余の取引内容を開示していない。)。
(5) 被告IMAGICAへの通知とその後の経緯(甲D13〜15、乙25、丙1、証人P2、証人P3)
ア 被告IMAGICAへの通知等
(ア) 原告は、被告テレビ朝日から本件各番組1の編集業務を受託していた被告IMAGICAに対し、平成21年11月20日付け書面により、本件各番組1の一部で本件フォントが無断使用されていること、原告がフォントソフト購入者との間で締結している本件使用許諾契約では、テレビ放送やDVD等に原告のフォントを使用する場合には、予め原告に登録をし、個別の商用使用許諾契約と使用料の支払が必要とされていることなどを通知した。
(イ) 被告IMAGICAは、原告から本件フォントソフトを購入したことはなく、本件フォントの使用について、原告と商用使用許諾契約を締結したこともなかったが、原告から上記通知を受け、同月末ころ、社内調査を実施したところ、原告から指摘のあった番組の一部で、原告製作に係るフォントの使用が確認されると共に、本件編集室にある二十数台の各パソコンに、ロゴG、ロゴ丸Jr又はラインGのいずれか1つ又は複数のフォントが保存されていることが判明した(ただし、保存されていたフォントが旧フォントか本件フォントかは判然としない。)。
(ウ) 被告IMAGICAは、それらのフォントを全て消去すると共に、被告テレビ朝日に対し、自社が編集業務を行うテレビ番組では、原告製作に係るフォントを使用しないよう申し入れた上、原告に対し、同月27日付け書面により、原告から指摘のあったテレビ番組の編集時に、一部で原告製作に係るフォントが使用されていたことが確認されたことなどを回答した。
(エ) 同年12月3日放送分以降、本件各番組1で本件フォント又は旧フォントが使用されることはなくなった。
イ 本件各番組2の関係
(ア) 本件各番組2については、被告IMAGICAは編集業務の委託を受けておらず、前記通知の当時、放送が継続していたのは1番の番組と、5番の「二人の食卓」のみであったが、1番の番組では、平成19年8月2日の放送でロゴGが使用されて以降、本件フォント又は旧フォントの使用は確認されていない。
(イ) 「二人の食卓」について、平成21年11月末の時点では、原告のフォントの使用は認められなかったが、平成22年10月9日放送分からロゴGが使用されるようになり、番組が終了する平成24年3月24日まで、使用が継続された。
(ウ) 「二人の食卓」については、番組制作会社であるユーコムが、映像素材を編集し番組として完成させる業務や、これに付随する権利処理業務の一切を請け負っており、被告テレビ朝日は完成された番組の納品を受ける立場にあったため、被告テレビ朝日の担当者は、テロップと映像を合成する編集作業に関与していない。
ウ DVDの発売
(ア) 被告テレビ朝日は、平成21年9月30日と平成22年4月7日、本件各番組1の4番の番組の内容を収録した本件DVD1の発売を開始した。
(イ) 被告テレビ朝日は、平成21年7月15日から平成23年9月28日までの間に、本件各番組2の1番の番組内容を収録した本件DVD2の発売を開始した。
エ 本件編集室での他フォントの使用
 平成22年秋ころ、被告IMAGICAが原告以外のフォントベンダーの許諾を受ける形で、同社が製作したフォントを本件編集室内のパソコンにインストールしたため、被告テレビ朝日などの担当者が本件編集室を使用する場合、これを使用してテロップを作成し、フォトショップで加工して映像と合成できるようになった。
(6) 事実認定の補足説明
ア 本件番組における本件フォントの使用の有無及び程度
 証拠(甲B13、45)によれば、本件各番組1中の1番の番組ではロゴG、ロゴ丸Jr及びラインGが、2ないし4番の番組ではロゴG及びラインGが、5番の番組ではロゴGが使用されており、このうち2番及び3番の番組では、旧フォントと視覚的に判別可能な本件フォント(平仮名の「な」、片仮名の「チ」)が使用されていることが認められる。
 一方で、本件フォントと旧フォントの判別は極めて困難である上、本件各番組1における平仮名の「な」を見ると、平成18年4月、平成21年8月、同年10月の時点で本件フォントと旧フォントの混在が認められる(甲B12、C2の10−2、2の15−2、3の5−2、3の6−2、6の2の005)。
 そのため、本件番組の全てにおいて、本件フォントが使用されたと断定することはできず、本件フォントが使用された番組を厳密に特定することも困難であるが、前掲の証拠及び本件フォントが平成15年5月から販売されていることを考慮すると、前記(4)イのとおり、本件番組のうち相当の回数にわたって、本件フォントが使用されたと推認することができる。
イ 被告らによる本件フォントを使用したテロップ製作の有無
 前記認定したところによれば、本件各番組1は、いずれも本件編集室で編集が行われ、その相当数のテロップに本件フォントが使用されているが、平成21年11月末の時点で、本件編集室にある二十数台のパソコンに、ロゴG、ロゴ丸Jr又はラインGのいずれか1つ又は複数が保存されていたことから、被告テレビ朝日又は被告IMAGICAの担当者が、本件編集室において、上記パソコンにある本件フォントを使用してテロップを作成し、映像と合成する編集作業を行ったと認められるかが問題となる。また、被告テレビ朝日においても、編集室に持ち込まれたノート型パソコンを用いて、テロップを製作する場合があることは認めている。
 しかしながら、既に認定したとおり、本件編集室は、被告テレビ朝日に限らず、多数の放送事業者や番組制作会社が時間制で利用するものであり、本件編集室のパソコンに上記各フォントが保存された経緯は、証拠上不明といわざるを得ないため、被告ら以外の第三者により保存、使用された可能性が除外できないし、上記各フォントが本件フォントであるのか、旧フォントであるのかも判然としないのであるから、被告らが本件編集室内において、本件フォントを使用してテロップ製作を行ったことを直接示す事情とも言い難い。また、前記(3) イ(イ) 及び(ウ) で認定のとおり、平成18年8月と平成19年7月に、被告テレビ朝日の従業員ほかがロゴGを購入した事実はあるものの、本件番組におけるロゴGの使用開始は、平成16年に遡るものであり、上記購入とは符合しない。
 さらに、被告テレビ朝日又は被告IMAGICAの担当者が、定型的、継続的業務として本件編集室で本件フォントを使用し、テロップを製作したと仮定した場合、本件編集室で、あるパソコンにはあるフォントが保存されているが、別のパソコンには保存されていないという状態は不自然といわざるを得ないし、前記(4) ウで認定したとおり、1番組の証拠にとどまるとはいえ、多額のテロップ製作費用を外部の業者に支払う状態が継続している実態が認められる以上、担当者が持ち込んだノートパソコンでテロップを製作する場合があったとしても、本件編集室内におけるテロップ製作が定型的、継続的に行われていたとは認めがたい。
 以上によれば、被告テレビ朝日又は被告IMAGICAの担当者が、定型的、継続的業務として、本件編集室で本件フォントを使用し、テロップを製作していたと認めるに足りる証拠はなく、本件の証拠によれば、本件編集室で映像とテロップを編集する際の業務の流れは、前記(4)ア認定のとおりというべきである。
2 不法行為についての判断
(1) 本件タイプフェイスの保護について
ア 原告は、本件タイプフェイスをデータ形式にした本件フォントが、一揃いのタイプフェイスとしてはもちろんのこと、一文字単位でも法的な保護に値する利益を有する旨主張する。
 本件タイプフェイスの具体的形態は、前記第2の1(4) のとおりであって、著作権法2条1項1号の著作物に該当するものとは認められず(最高裁平成12年9月7日第一小法廷判決・民集54巻7号2481頁参照)、原告も、著作権法に基づく保護を求めているものではないが、本件フォントをテレビ放送等に使用することは、上記法律上保護された利益を侵害するものとして、不法行為に当たると主張する。
 しかしながら、著作権法による保護の対象とはならないものの利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解されるが(最高裁平成23年12月8日第一小法廷判決・民集65巻9号3275頁参照)、本件フォントを使用すれば、原告の法律上保護される利益を侵害するものとして直ちに不法行為が成立するとした場合、本件タイプフェイスについて排他的権利を認めるに等しいこととなり、このような主張は採用できない。
イ 原告は、前記アの主張とは別に、本件フォントに係るライセンスビジネスという営業上の利益が侵害された旨の主張もするところ、本件フォントをテロップに使用したテレビ番組が放送されたのは、被告らが、本件フォントソフトを使用してテロップを製作し、あるいは本件フォント成果物をテロップに使用したことにより、故意又は過失による不法行為が成立し、これによって、原告の営業上の利益が侵害された、あるいは、本件フォントに係る使用許諾契約上の地位が侵害された旨を主張すると趣旨と解される。そこで、次項以下では、前記認定事実に照らし、原告のかかる利益を侵害する不法行為が成立するか否かにつき、検討することとする(なお原告は、本件訴訟において、本件フォントを本件編集室のパソコンに複製されたことで、本件フォントソフトの販売利益を失った旨の主張はしないことを明確にしている。平成25年5月1日付け原告最終準備書面9頁)。
(2) 被告らによる本件フォントの使用及びその態様
 原告は、本件番組等に使用されたテロップは、被告テレビ朝日の担当者が、社内のテロップ製作システムで本件フォントを使用し、これを製作したものであると主張し、あるいは、被告らが、被告IMAGICAの本件編集室で、本件フォントの一部が保存されたパソコンを使用して、これを製作したものであると主張する。
 しかしながら、本件フォントが本件番組等のテロップに使用された経緯としては、前記1のとおり、被告テレビ朝日がテロップ製作業者にテロップの作成を発注し、納付を受けたテロップ画像を被告らの担当者が編集して放送したところ、これに本件フォントが使用されていた事実、被告テレビ朝日が、番組制作業者から、編集まで了した番組の納付を受けて放送したところ、これに本件フォントが使用されていた事実、及び被告テレビ朝日が本件番組の一部について、その内容を収録した本件DVDを販売した結果、それら本件DVDでも本件フォントが使用されることとなった事実は認定し得るものの、証拠上、それ以外の使用態様を認定することはできない。
 したがって、被告らが、本件フォントソフト又は本件フォント自体を使用してテロップを製作したことを前提とする原告の主張は、その余の点について検討するまでもなく理由がない。
(3) 本件番組における故意による不法行為
ア 原告は、本件番組において本件フォントが使用された経緯及び態様が前記(2) のとおりであったとしてもなお、被告らの行為は、故意による不法行為にあたると主張する。
 しかしながら、前記認定のとおり、被告らの行為は、本件フォントソフト又は本件フォント自体を使用してテロップを製作したわけではなく、テロップ製作業者等の第三者が本件フォントを使用し、フォント成果物として出力したテロップ画像を取得し、これを使用したに過ぎないものである。
 そして、前記(1)のとおり、本件タイプフェイスあるいは本件フォントに著作物性、排他性を認めることはできないから、フォント成果物を取得する際に、本件フォントに由来する文字であることを認識していたとしても、当然に原告に対する故意の不法行為が成立するものではない。
 また、前記1で認定したところによれば、被告らが、本件フォントについて、原告と本件使用許諾契約を締結したとは認められず、そのため、前記(1)のような原告の主張する利益との関係において、その侵害につき被告らの故意があったというためには、少なくとも、被告らにおいて、フォント成果物の納品元であるテロップ製作業者等が、原告との間で本件フォントの使用に制限を課す本件使用許諾契約を締結しており、かつ、これに違反している旨知っていたことを要するものと解される。
イ この点、原告は、被告テレビ朝日の不法行為責任については、テロップ製作業者等の故意を被告テレビ朝日の故意と同視すべきである旨主張する。
 しかし、原告が、本件フォントを販売するにあたりその使用に制限を課したとしても、それに拘束されるのは、その制限のあることを了解して原告と本件使用許諾契約を締結した本件フォントの購入者に限られる。つまり、仮にテロップ製作業者等が原告と本件使用許諾契約を締結した場合であっても、別の法主体である被告テレビ朝日がこれに拘束されるべき理由はなく、不法行為の成否を考えるに当たっても、テロップ製作業者等と被告テレビ朝日との間で法的地位に違いがあることは明らかである。
 そうすると、仮に、第三者であるテロップ製作業者等に本件使用許諾契約違反があれば、原告は、その者に対し、債務不履行責任等を追及しうるが、その後、フォント成果物を取得し、これを使用するに過ぎない被告テレビ朝日との関係においては、テロップ製作業者らとの間に長年にわたる取引関係などがあったとしても、テロップ製作業者等の故意を、被告テレビ朝日の故意と同視すべきとは認められず、両者の責任を同一視することはできない。
ウ そして、前記1で認定したところによれば、被告らにおいて、テロップ製作業者等が原告との間で、本件フォントの使用に制限を課す本件使用許諾契約を締結し、かつ、これに違反していることを知りながら、フォント成果物であるテロップ画像を取得し、本件番組に使用した事実は認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 そのため、本件番組について、被告らに故意の不法行為が成立する旨の原告の主張は、違法性など、故意以外の点を検討するまでもなく理由がない。
(4) 本件番組における過失による不法行為
ア 原告は、本件番組の制作、編集を行った被告らには、外注先から受領したテロップについて、本件フォント使用の有無を確認した上で、原告の使用許諾があるかを確認すべき注意義務があり、そのような確認をしないままこれを使用した点で過失があると主張する。しかしながら、前記1で認定したところによれば、原告の上記主張に関しては、以下の(ア) ないし(エ) の点を指摘することができるのであって、これらを総合すると、フォント成果物であるテロップ画像を取得して本件番組の制作、編集に使用する被告らに、テロップ製作業者等による本件フォントの使用につき、原告の正当な許諾があったかを確認し、許諾がないのであればその使用を中止すべき義務があったにもかかわらず、これを怠ったとの過失を認めることはできない。
(ア) 原告から旧フォントを購入した者は、旧使用許諾契約を締結していたとしても、特段の制限を受けず旧フォントをテレビ番組等で自由に使用できたのであるから、原告がその者に対し、今後は、放送等への使用には別途許諾が必要である旨を通知したとしても、このような一方的な通知によって、上記のような法的地位を変更することはできない。
 したがって、原告が本件フォントを販売した後も、契約上の制約を受けることなく旧フォントを使用し得る者が存在したといえるが、現に前記1(6) のとおり、一部の番組では、新フォントと旧フォントの混在が認められ、被告IMAGICAはもちろん、テロップ製作の発注者である被告テレビ朝日としても、従来から使用されている旧フォントと、ごく一部が変更されたに過ぎない本件フォントを区別することは、実際上極めて困難であったといえる。
(イ) 多数のフォントベンダーによる多数のフォントが流通しているが、無償で使用し得るもの、有償で正当に取得すれば使用に特段の制限のないもの、使用態様に制限があるもの、使用態様の制限はないが、期間制限があり更新が必要なものなど、その使用制限の有無、態様は様々であり、契約の当事者でない者が、これを区別することは極めて困難であるから、仮に、フォント成果物としてテロップを取得した者が、それを使用するにあたり、テロップの製作者におけるフォントの使用に正当な権限があるかを確認しなければならないとすれば、非常な困難を強いられるおそれがある。
(ウ) タイプフェイスあるいはフォントが、一定の財産的価値があるものとして有償取引の対象となっていることは原告主張のとおりであるものの、これらは歴史的、文化的に形成されてきた文字との同一性の範囲内にあるものとして流通しているのであるから、フォント成果物の流通過程において、前者の使用権限の有無を確認すべき義務があるとすれば、その流通に制約が課されることとなり、文字を使用した情報伝達やコミュニケーション自体を阻害するおそれが生じる。
(エ) 本件番組は、別法人である放送事業者、編集担当者、番組制作業者及びテロップ製作業者などが、業務を分担する形で制作されているが、このような場合、一般には、各人が受注した範囲で権利の処理を行い、必要な許諾を得るものとされており、特段の理由のない限り、それを前提として各人の業務を遂行することが許されると解される。
イ また、原告は、原告の主張する利益の要保護性と被告らによる本件フォントの使用態様とを対比して、被告らの行為は、社会的に相当な範囲を逸脱し、悪質であるとして、不法行為の成立を主張するが、被告らの故意が認められないことは前述のとおりであり、以下の事情を総合すると、被告らが、本件フォントが使用された本件番組等に関与した事実を前提としてもなお、これを違法と評価することはできず、この点からも不法行為に関する原告の主張は採用できないというべきである。
(ア) 原告の主張する本件フォントを取引対象とする営業上の利益、あるいは本件フォントの使用料を求める使用許諾契約上の地位について、これを法律上保護される利益と評価する余地はあるものの、既に述べたとおり、本件フォントは、旧フォントと比べ、一部の文字が若干修正されたに過ぎず、旧使用許諾契約のもとで自由に使用することができた旧フォントと同一性の範囲内にある。そのため、旧フォントの販売開始から約6年ないし9年が経過した後に、本件フォントの販売開始とあわせて使用許諾契約の条項に変更を加え、テレビ放送等での使用に制限を課し、別途使用料を求めることとしたとしても、その利益の要保護性を格別高いものと見ることはできない。
(イ) 被告らによる本件フォントの使用態様も、専らフォント成果物の使用にとどまり、被告ら自身が原告との間で本件使用許諾契約を締結し、これに違反して本件フォントソフト又は本件フォントを使用した事実は存しない。また、その目的、用途は、フォント成果物として当然想定される範囲内にあり、使用回数こそ相当数に昇るものの、各回当たりでは、本件タイプフェイスに属するフォントのごく一部をテロップとして使用したにとどまる。
ウ なお、原告は、被告らの行為が社会的に相当な範囲を超えて悪質、違法なものである根拠として、原告がかねてから被告テレビ朝日に対して、フォントの無断使用をやめるよう通知していたにもかかわらず、被告らが本件フォントの使用を継続したことを挙げるが、この点に関しても、以下のとおり、被告らの行為の悪質性、違法性を根拠づける事情は認められない。
(ア) 原告が被告テレビ朝日に対してフォントの無断使用を指摘する書面を送付していたのは、旧フォントが販売、使用されていた時期である。一方、被告らは、平成15年5月の本件フォントの販売開始後、被告IMAGICAが原告から平成21年11月20日付けの通知を受けるまでの間、被告テレビ朝日の番組等で本件フォントが使用されていることの指摘などを受けることはなかった。つまり、被告らにおいて、本件フォントが原告の許諾なく使用されていることを知り得る機会に欠けていたものである。
(イ) そして、平成21年に前記通知を受けた後においては、前記1(5) のとおり、同年12月3日放送分を最後に、当時放送継続中であった番組における本件フォントの使用が中止されている。すなわち、被告らは、上記通知を受け、本件フォントが原告の許諾なく使用されている可能性を認識した後は、本件使用許諾契約に基づく原告の利益を損なうことがないよう速やかな対応をとったものといえる。
(ウ) 被告テレビ朝日のみに関係する事情として、本件各番組2中の5番の番組(二人の食卓)においては、前記(イ) の対応後10か月ほどが経過した平成22年10月9日からロゴGの使用が開始され、本件訴訟においてこれが指摘された後もなお、平成24年3月24日までロゴGの使用が継続されている。しかし、同番組は、番組制作会社が権利処理業務も含めて制作を請け負っており、被告テレビ朝日は完成された番組の納品を受ける立場にあったため、上記ロゴGが旧フォントでなく本件フォントであったとしても、被告テレビ朝日の意思で本件フォントの使用が開始されたとはいえないし、本件フォントを一見してそれと識別することが困難であることは、既に述べたとおりである。
エ 以上を総合すると、本件番組に関し、原告が被告らの不法行為の理由として主張するところは、いずれも採用できない。
(5) 本件DVDに関する不法行為の成否
ア 原告は、本件DVDにおける本件フォントの使用について、本件番組における本件フォントの使用とは別に不法行為が成立すると主張している。
イ まず、被告IMAGICAとの関係においては、被告IMAGICAが本件各DVD1における本件フォントの使用に関わったことを認めるに足りる証拠はなく、この点で被告IMAGICAの不法行為が成立する余地はない。
ウ 続けて、被告テレビ朝日について検討するに、本件DVDは、いずれも被告テレビ朝日が放送したテレビ番組のいわゆる二次利用に位置付けられる。このような二次利用においては、番組内で利用されている著作物であれば、当該著作権者の別途の許諾が必要と解されるが、本件フォントはこれに当たらない。しかも、本件DVDの一部には、原告から被告IMAGICAに対する平成21年11月20日付けの前記通知後に販売が開始されたものも含まれているとはいえ、番組そのものは、いずれも上記通知の前に放送されたものであるから、本件DVDにおいて使用された本件フォントは、違法性を帯びることなく、文字としての流通過程に置かれたものといえる。
 以上によれば、本件DVDにおける本件フォントの使用が原告に対する不法行為を構成するとは解されない。
(6) 小括
 したがって、原告の被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がない。
3 不当利得についての判断
(1) 原告は、被告らが、法律上の原因なく本件フォントの使用利益を利得し、あるいは使用料支払を免れたことが、不当利得に当たると主張する。
 しかしながら、本件タイプフェイスには、著作物としての排他的権利性は認められないから、本件フォント成果物を取得し、これをテレビ番組等に使用することで、被告らが一定の利益を受ける面があったとしても、被告らが、「他人の財産又は労務によって利益を受け」(民法703条1項)たと評価することはできない。
 また、前記のとおり、被告らは、本件使用許諾契約の当事者とは認められず、同契約に基づく債務を負担する立場にないから、本件使用許諾契約に基づく使用料が支払われていないことをもって、原告の損失、あるいは被告らの利得と評価することもできない。
(2) また、仮に、第三者が、本件フォントの不正な使用を理由とする損害賠償責任又は本件使用許諾契約違反による債務不履行責任を負う場合を想定しても、原告は、この者に対する権利行使が可能であり、被告らがフォント成果物を取得しこれを使用したことによって原告の上記債権が消滅したり移転したりするものではなく、やはり損失は認められない。
(3) よって、被告らが本件フォントをテロップに使用したことについて、不当利得が成立するとすべき理由はなく、原告の被告らに対する不当利得返還請求はいずれも理由がない。
4 結論
 したがって、原告の請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 谷有恒
 裁判官 松阿彌隆
 裁判官 松川充康
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