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【事件名】人気漫画家の“似顔絵”無断掲載事件
【年月日】平成25年7月16日
 東京地裁 平成24年(ワ)第24571号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論の終結の日 平成25年6月6日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 小倉秀夫
被告 B


主文
1 被告は、原告に対し、50万円及びこれに対する平成24年9月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを8分し、その7を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、400万円及びこれに対する平成24年9月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、漫画家である原告が、被告に対し、@被告が原告の描いた似顔絵を無断で画像投稿サイトに投稿したことは、原告の著作権を侵害し、かつ、その名誉又は声望を害する方法で著作物を利用する行為として原告の著作者人格権を侵害するものであり、また、A被告がその削除を求めた原告からあたかも殺害予告を受けたかのような記事をツイッターのサイトに投稿したことは、原告に対する名誉毀損に該当するものであると主張して、不法行為に基づき400万円の損害賠償及びこれに対する不法行為日以降の日である平成24年9月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、各項目末尾掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)
(1) 原告は、『海猿』、『ブラックジャックによろしく』、『特攻の島』等の作品で知られる漫画家であり、訴外有限会社佐藤漫画製作所(以下「佐藤漫画製作所」という。)は、原告の制作した漫画作品の著作権の管理等を行う特例有限会社である。なお、『海猿』は、これを原作としてテレビドラマ化、映画化がされている。
(2) 佐藤漫画製作所は、同社の運営する「漫画 on Web」というウェブサイトの販売促進活動の一環として、同サイトで原告の作品を購入した顧客に対し、その希望する人物の似顔絵を原告が色紙に描き、これを贈与するというサービスを提供していた。
(3) 被告は、平成24年3月20日頃、上記サイトを通じて、原告の作品である『特攻の島』第3巻及び第4巻を購入し、佐藤漫画製作所に対し、上記サービスの一環として、昭和天皇及び今上天皇の似顔絵を描き贈与するよう申し入れた。原告は、上記サービスの趣旨に従い、昭和天皇及び今上天皇の似顔絵各1枚(いずれも正中線より右側部分のみ。乙2の1・2、乙3。以下、これらを併せて「本件似顔絵」という。)を描き、佐藤漫画製作所がこれを被告に送付した。
(4) 被告は、同月24日、ツイッターのサイト(以下「本件サイト」という。)に、「天皇陛下にみんなでありがとうを伝えたい。陛下の似顔絵を描いてくれるプロのクリエイターさん。お願いします。クールJAPANなう、です。」と投稿し、その後、本件似顔絵のうちの1枚を撮影した写真をTwitpicという画像投稿サイトにアップロードした上、本件サイトに「陛下プロジェクトエントリーナンバー1、A。海猿、ブラックジャックによろしく、特攻の島」と投稿して、上記画像投稿サイトへのリンク先を掲示した。また、被告は、同日、本件似顔絵のうちの残る1枚を撮影した写真を上記画像投稿サイトにアップロードした上、本件サイトに「はい応募も早速三通目!盛り上がって来たねぇ陛下プロジェクト。なんとまたAさんの作品だ!なんか、萌えますな。萌え陛下。」と投稿して、上記画像投稿サイトへのリンク先を掲示した(以下、被告によるこれら一連の行為を「本件行為1」という。)。
 これに対し、原告が、「お客様のリクエストには極力お応えするのですが、政治的、思想的に利用するのはご遠慮ください。あくまで個人的利用の範囲でお応えしたイラストです。」と投稿したところ、被告は、「あ、はいゴメンなさい。賛同していただけると思ったのですが、届きませんでしたか...ごめんなさい。消します。」と投稿し、その後、本件似顔絵の写真を上記画像投稿サイトから削除した。(甲1、2、4、6、7、9、乙2の1・2、乙3)
(5) しかし、被告は、本件サイトに、同月25日、「毒をもって毒を制すということで、大手マスコミと同じ手法を取ってみた。」などと投稿し、同月26日には、「どんな手を使っても注目を集めて伝えたいことがあるんです。」、「Aさんにも○害予告されましたし、あちこちから狙われてますのでw俺の交友範囲は右から左、官から暴、聖から貧まで幅広いですが、危険情報ばかり流しているので...アブナイJAPANというのに少しまとめてありますので、アホかと思ったらtogetterで検索を。」と投稿した(以下、被告によるこれらの投稿を「本件行為2」という。)。(甲2、9)
(6) 本件サイト及び上記画像投稿サイトにおける被告の上記(4)及び(5)の投稿内容は、被告により特にブロックされた者以外の者において自由に閲覧することができる設定とされていた。
2 争点
(1) 本件行為1についての違法性(著作権若しくは著作者人格権侵害)及び責任
(2) 本件行為2についての違法性(名誉毀損)及び責任
(3) 損害額
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件行為1についての違法性及び責任)について
(原告の主張)
 被告が本件似顔絵の写真を無断で画像投稿サイトにアップロードした行為は、原告の著作権(公衆送信権)を侵害するものである。被告は、本件似顔絵につき被告に著作権がないこと及びこれをアップロードすることにつき原告又は佐藤漫画製作所から許諾を得ていないことを知っていたのであるから、上記著作権侵害につき故意がある。
 また、被告が本件似顔絵の写真を本件サイトでの前提事実1(4)の投稿記事と共にアップロードする行為は、原告がこのような政治色の強いプロジェクトに賛同しているとの誤解を公衆に生じさせるものである。原告は『特攻の島』という第二次世界大戦時の日本を舞台とする漫画を連載しており、天皇崇拝者と誤解されると、その作品が色眼鏡で見られるおそれが生ずるものであるから、本件行為1は、原告の名誉又は声望を害する方法で著作物を利用する行為として、原告の著作者人格権を侵害するものである。被告は、公衆に上記のような誤解を生じさせる目的で本件似顔絵を利用したものであるから、上記著作者人格権侵害につき故意又は過失がある。
(被告の主張)
 上記プロジェクトは、その場限りの冗談企画であり、政治的思想に基づくものではない。被告は、過去に原告の同様のイラストをアップロードしたときは、原告から事後報告で承諾を受けており、今回、原告に事前承諾を打診したものの、返答を得られなかった。被告としては、何か問題があったとしても、後で軽く謝罪すれば済む程度の認識であり、著作権侵害の故意はない。
(2) 争点(2)(本件行為2についての違法性及び責任)について
(原告の主張)
 本件行為2の「○害予告」が「殺害予告」を意味することは、ツイッターの利用者であれば容易に想像がつくことである。殺害予告は威力業務妨害罪となり得る行為であり、また、他人に対して殺害予告を行うような者は精神的に正常ではないと受け取られるから、原告が被告に対して殺害予告をしたとの事実を摘示することは、原告の社会的評価を低下させるものである。したがって、本件行為2は、原告の名誉を毀損するものであり、そのことにつき被告には故意又は過失がある。
(被告の主張)
 被告は、原告から「全力で潰します。」とツイートされ、大きな恐怖心を抱いた。このように、原告は、被告の企画を妨害しようとしており、「○害予告」は「妨害予告」の意味で投稿したものであるから、原告に対する不法行為となるものではない。
(3) 争点(3)(損害額)について
(原告の主張)
 原告のような、その作品がテレビ番組や映画の原作としても用いられるクラスの漫画家が、特定の主義・主張の広告等として用いられる作品を制作する場合の報酬の相場は100万円(本件似顔絵それぞれにつき各50万円)を下ることはない。したがって、原告は、被告に対し、著作権侵害に基づき、100万円の使用料相当損害金の損害賠償請求権を有する。
 また、『特攻の島』の作者である原告が、天皇崇拝者と誤解される方法で本件似顔絵を使用され、著作者人格権が侵害されたことにより被る精神的苦痛を慰謝するのに必要な金員は200万円(本件似顔絵それぞれにつき各100万円)を下らない。
 さらに、原告が著名な漫画家であること、ツイッターという利用者の多いネットサービスで本件行為2に係る事実摘示がされ、原告の名誉が毀損されたことからすれば、これに伴う原告の精神的苦痛を慰謝するのに必要な金員は100万円を下らない。
(被告の主張)
 争う。被告は、原告の指摘を受け、原告に謝罪をした上、画像投稿サイトから速やかに本件似顔絵の写真を削除しており、これを見た者もほとんどいなかったはずである。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件行為1についての違法性及び責任)について
(1) 本件似顔絵は、原告が昭和天皇及び今上天皇の似顔絵を創作的に描いたものであって、美術の範囲に属するものであるから、原告は、これにつき著作権及び著作者人格権を有するものと認められる。
(2) 前記前提事実(6)のとおり、被告が本件似顔絵の写真を投稿した画像投稿サイトの投稿内容は、被告により特にブロックされた者以外の者において自由に閲覧することができる設定とされていたところ、被告は、これに上記写真をアップロードしたのであるから(本件行為1)、これにより、原告が本件似顔絵について有する著作権(公衆送信権)を侵害したものというべきである。
(3) また、前記前提事実(4)によれば、被告は、自作自演の投稿であったにもかかわらず、被告が本件似顔絵を入手した経緯については触れることなく、あたかも、被告が本件サイト上に「天皇陛下にみんなでありがとうを伝えたい。」「陛下プロジェクト」なる企画を立ち上げ、プロのクリエーターに天皇の似顔絵を描いて投稿するよう募ったところ、原告がその趣旨に賛同して本件似顔絵を2回にわたり投稿してきたかのような外形を整えて、本件似顔絵の写真を画像投稿サイトにアップロードしたものである(本件行為1)。本件似顔絵には、「C様へ」及び「A」という原告の自筆のサインがされていたところ、「C様」は、被告が本件サイトにおいて使用していたハンドルネームであった(乙2の1・2、弁論の全趣旨)。
 上記の企画は、一般人からみた場合、被告の意図にかかわりなく、一定の政治的傾向ないし思想的立場に基づくものとの評価を受ける可能性が大きいものであり、このような企画に、プロの漫画家が、自己の筆名を明らかにして2回にわたり天皇の似顔絵を投稿することは、一般人からみて、当該漫画家が上記の政治的傾向ないし思想的立場に強く共鳴、賛同しているとの評価を受け得る行為である。しかも、被告は、本件サイトに、原告の筆名のみならず、第二次世界大戦時の日本を舞台とする『特攻の島』という作品名も摘示して、上記画像投稿サイトへのリンク先を掲示したものである。
 そうすると、本件行為1は、原告やその作品がこのような政治的傾向ないし思想的立場からの一面的な評価を受けるおそれを生じさせるものであって、原告の名誉又は声望を害する方法により本件似顔絵を利用したものとして、原告の著作者人格権を侵害するものとみなされるということができる。
(4) 以上のとおり、本件行為1は、原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権を違法に侵害するものであり、被告にはそのことについての故意があったと認められる。
(5) これに対し、被告は、過去に原告の同様のイラストをアップロードしたときは、原告から事後報告で承諾を受けており、今回、原告に事前承諾を打診したものの、返答を得られなかったと主張する。しかし、原告が事前又は事後に前記画像投稿サイトへの本件似顔絵の掲載を承諾していたことはなく、被告の上記主張を採用することはできない。
 また、当時、「漫画 on Web」(前記前提事実(2))に、顧客に贈与した似顔絵についての著作権の説明や警告表示等がなかったとしても、その有無にかかわらず、上記(3)のような形でその似顔絵の写真を画像投稿サイトに投稿することが許されないことは当然であるから、この点は上記の判断に影響しないというべきである。
2 争点(2)(本件行為2についての違法性及び責任)について
 前記前提事実(5)のとおり、被告は本件サイトに「Aさんにも○害予告されました」とする記事を投稿したものである(本件行為2)が、被告の主張するような「妨害予告」の意味であればこれを伏せ字にする必要はないから、上記投稿に接した通常のネットユーザーは、「○害予告」が殺害予告を伏せ字にしたものであり、原告が被告に対して文字どおり殺害予告をし、又は常軌を逸した攻撃的言動ないし危害の告知をしたと受け取るものと考えられる。そうすると、本件行為2は、被告が原告からそのような危害の告知を受けたとの事実を摘示する記事を投稿するものであり、これは原告の社会的評価を低下させるものであるから、原告の名誉を毀損する行為であると認められる。そして、以上に説示したところに照らせば、被告にはそのことについて故意又は少なくとも過失があると認めるのが相当である。
 これに対し、被告は、原告から「全力で潰します。」とツイートされ、大きな恐怖心を抱いたので上記の投稿に及んだと主張する。しかしながら、証拠(甲2、8)によれば、原告は、原告の妻(漫画家)も、被告からの要請に応じて今上天皇の肖像画を描いて送付していたことから、仮にその作品をアップロードしたときは全力でこれを阻止する趣旨を伝える目的で「奥さんのの(ママ)利用したら全力で潰します。」と投稿したにすぎず、その趣旨は、上記投稿内容から十分被告に伝わるものと認められる。そうすると、原告が被告に対して常軌を逸した攻撃的言動ないし危害の告知をしたものとは認められないから、原告が上記のツイートをしたことは、前記の判断を左右するものではない。
3 争点(3)(損害額)について
(1) 前記前提事実(1)及び(4)並びに前記1の認定判断のとおり、原告は、その作品がテレビ番組や映画の原作として用いられた経歴のある漫画家であるところ、被告は、自己の政治的傾向ないし思想的立場に賛同するプロの漫画家が存在することをアピールする目的で、原告の意思に反し、原告の筆名を明示して、本件似顔絵を公衆に送信するという形で利用したものである。もっとも、本件似顔絵の写真が画像投稿サイトにアップロードされていたのは4時間程度の間であって(甲2によれば、被告が画像投稿サイトに本件似顔絵を投稿したのが午後5時28分頃、これを削除したのが午後9時16分頃である。なお、甲4、6等に記載された時刻はこれと16時間の差があるが、掲載から削除までの時間に変わりはない。)、これを閲覧した者が多数に及んだとはいい難い。これらの事実を総合考慮すれば、原告が被告による本件似顔絵の著作権侵害により被った損害の額は、20万円と認めるのが相当である。
(2) 前記前提事実(5)並びに前記1及び2の認定判断によれば、被告は、@原告に無断で本件似顔絵の写真を画像投稿サイトにアップロードし、しかも、本件似顔絵を入手した経緯について触れることなく、あたかも原告が本件サイトにおける被告の政治的傾向ないし思想的立場に賛同して2回にわたり本件似顔絵を投稿してきたかのような記事を投稿し、これにより、原告の名誉及び声望を害する方法で本件似顔絵を利用し、また、A本件似顔絵を画像投稿サイトから削除するよう求めた原告に対し、意趣返しともとれる形で、「Aさんにも○害予告されました」と、原告から常軌を逸した攻撃的言動ないし危害の告知を受けたかのような記事を投稿し、原告の名誉を毀損したものである。
 もっとも、被告は原告の要請を受けた後は、画像投稿サイトから本件似顔絵の写真を速やかに削除したこと、上記のとおり、本件似顔絵の写真が画像投稿サイトにアップロードされていたのは4時間程度の間であって、これを閲覧した者が多数に及んだとも認め難いことも認められる。
 これらの事実を総合考慮すれば、被告が本件行為1により原告の著作者人格権を侵害したこと及び本件行為2により原告の名誉を毀損したことに伴う精神的苦痛を慰謝するにはそれぞれ15万円(合計30万円)をもってするのが相当である。
4 結論
 以上によれば、本件請求は主文の限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法64条本文、61条を、仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 長谷川浩二
 裁判官 清野正彦
 裁判官 植田裕紀久
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