判例全文 line
line
【事件名】ワイナリー案内看板の著作物性事件B
【年月日】平成25年7月2日
 東京地裁 平成24年(ワ)第9449号 不正競争防止法、著作権侵害・損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成25年6月4日)

判決
原告 株式会社黄菱
被告 株式会社シャトー勝沼
同 訴訟代理人弁護士 早川正秋
同 甲光俊一
同 大西達也


主文
 原告の請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、605万3000円及びこれに対する平成20年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、原告が、(1) 別紙原告図柄目録記載の図柄(以下「本件図柄」という。)並びに別紙原告看板目録1及び2記載の各看板(以下総称して「本件各原告看板」といい、それぞれ「本件原告看板1」「本件原告看板2」という。)は原告が著作権を有する著作物であり、被告が別紙被告看板目録1及び2記載の各看板(以下総称して「本件各被告看板」といい、それぞれ「本件被告看板1」「本件被告看板2」という。)を製作した行為は、本件図柄及び本件各原告看板の複製権(著作権法21条)、貸与権(同法26条の3)、翻案権(同法27条)、二次的著作物の利用に関する原著作者の権利(同法28条)を侵害する旨、(2) 本件図柄及び本件各原告看板は原告の商品等表示に当たり被告が本件各被告看板を利用する行為は不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争行為に当たる旨、(3) 被告の上記各行為は原告に対する不法行為(刑法233条、235条、246条、253条に当たる行為)である旨を主張して、被告に対し、不法行為(民法709条)及び不正競争防止法4条に基づく損害賠償を求めた事案である。
2 当事者間に争いのない事実等(争いのない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 原告は、広告業等を目的とする株式会社である。
(2) 被告は、酒類の製造及び販売等を目的とする株式会社であり、山梨県内において、観光ワイナリーを運営している。
(3) 原告と被告は、平成10年頃から、被告のワイナリーの広告看板に関する契約を複数回締結し、原告は、同契約に基づき、本件各原告看板を含む多数の被告のワイナリーの広告看板を製作し、道路脇等に設置した。
(4) 被告は、原告以外の業者に依頼して本件各被告看板を製作させ、本件被告看板1を山梨県山梨市牧丘町483付近に、本件被告看板2を山梨県甲州市勝沼町1135付近に設置した。
3 本件の争点は、@本件図柄及び本件各原告看板が著作物に当たるか(争点1−1)、A原告が本件図柄及び本件各原告看板の著作権者であるか(争点1−2)、B被告による著作権侵害の有無(争点1−3)、C被告による不正競争行為(不正競争防止法2条1項1号)の有無(争点2)、D被告による不法行為(刑法に該当する行為)の有無(争点3)、E被告が賠償すべき原告の損害の額(争点4)である。
第3 争点に関する当事者の主張
1 本件図柄及び本件各原告看板の著作物性(争点1−1)
(1) 原告の主張
ア 本件図柄及び本件各原告看板には、次の点に創作性がある。
(ア) ワインが任意の工場で熟成しワイングラスの中に注ぎ込まれるまでのストーリーを、一つの統一された美的な物語風のシンプルな表現の中に文字にも酵母のふつふつ感を表現し、見る人の心にワイナリーとワインの熟成するイメージが浮かんで素早く見る人が興味を抱き、その場所に心が寄せられるように、思想・感情を込め、また、見えざる手が招くような物語風にて創作表現した。
 ワイナリーをイメージさせる黄色を色調として、ワイングラスの形状はインパクトのある白抜きにして、背景は力強い生命力あふれるすがすがしいシアン(青)色にし、文字の色調も生命力あふれるシアンにあわせ、さらに文字に酵母のふつふつ感を表現した。
 中央に無色(白)の左右対称のなだらかなアール線と上下をほぼ同じ長さの横直線で構成した安定感のあるグラスに、濃い青色と無色(白)の自然のコントラストの変化を表現し、無色(白)のグラスの上の、濃い青色の背景に、アーチ型をした柔らかい黄色を彩色することにより絵柄に輝きを与えた。
 グラスの上のアーチ型をした柔らかい黄色は、構成全体から見て横ラインの上下は精神活動の中で自然に黄金分割(1対1.618)の比率になり、絵画性としての美的感覚を表現した。
 無色(白)のグラスの中にバランスのとれた濃い青色の背景色を彩色して、融和的な自然感を与え、絵柄全体を構図として一つのまとまりとした。
(イ) 本件原告看板1には、前記(ア)に加え、マーケティングのエリア戦略上の集客誘導効果を高めるために、矢印と目的地までの距離を同時に表現した。
(ウ) 本件原告看板2には、前記(ア)(イ)に加え、面積が制限されるのでアーチ型の文字を横に上下2列に表現して訴求力を生かした。
イ 図案、その他量産品のひな形又は実用品の模様として用いられることを目的とするものについては、それが純粋美術としての性質を有するものであるときは、美術の著作物に当たるところ、前記アによれば、本件図柄及び本件各原告看板は、美術性を訴求しており、純粋美術としての性質を有する。
ウ 以上によれば、本件図柄及び本件各原告看板は、「美術の著作物」(著作権法10条1項4号)に当たる。
(2) 被告の主張
 本件図柄及び本件各原告看板は、純粋美術と同視できるようなものではなく、原告の主張するような創作性があるとは認められないから、著作物に当たらない。
2 本件図柄及び本件各原告看板の著作権者(争点1−2)
(1) 原告の主張
ア 原告代表者は、平成10年1月10日までに本件図柄を作成し、平成15年3月26日ころまでに本件各原告看板を製作した。
イ 原告代表者は、原告に対し、本件図柄及び本件各原告看板の各著作権を無償で譲渡した。
(2) 被告の主張
 本件図柄は被告の現在の代表者であるAが作成したものであり、本件各原告看板は本件図柄を元に原告に作らせたものであるから、原告代表者が本件図柄及び本件各原告看板の著作者であるとはいえず、原告がその著作権者であるともいえない。
3 被告による著作権侵害の有無(争点1−3)
(1) 原告の主張
ア 被告の行為
 被告は、平成20年5月30日ころまでに、本件図柄及び本件各原告看板に依拠して、本件各被告看板を製作した。
イ 複製権ないし翻案権侵害
 本件各被告看板は、いずれも本件図柄及び本件各原告看板に構図が類似しているほか、文字のふつふつ感の表現、グラスの平らな白抜き表現、黄色文字の表現、背景とグラスの中の文字に生命力を表現したシアン(青色)を採用しており、以上によれば、本件図柄及び本件各原告看板を複製ないし翻案したものである。
ウ 貸与権侵害
 貸与権は、貸与により得られる経済的利益の確保自体をねらいとして定められたものであり、原告は被告に対し、貸与権の許諾はしていないから、被告には貸与権侵害の行為がある。
エ 二次的著作物の利用に関する原著作者の権利の侵害
 本件各被告看板は、左端にワインボトルを表現したり、ワイングラスの上の黄色文字を横一列に並列したりしているが、これらの二次的著作物の利用の行為は、二次的著作物の利用に関する原著作者の権利の侵害に当たる。
(2) 被告の主張
 争う。
4 被告による不正競争行為の有無(争点2)
(1) 原告の主張
ア ユニークで知られた看板や表示は、商品を識別する機能を有する場合には、商品表示として不正競争防止法2条1項1号の保護対象となるものであり、本件図柄及び本件各原告看板も、グラスの概念を超えた新規性を有し、同号の営業表示に当たる。
イ 被告は、原告の営業表示に当たる看板を何ら許諾もなく無断で盗用して本件各被告看板を製作しており、周知の原告の商品等表示と混同のおそれがある。
ウ 被告は、故意により上記不正競争行為を行った。
(2) 被告の主張
 争う。
5 被告による刑法に該当する不法行為の有無(争点3)
(1) 原告の主張
 前記3(1)及び4(1)に述べた被告の行為は、刑法233条、235条、246条、253条に該当し、原告に対する不法行為に当たる。
(2) 被告の主張
 争う。
6 被告が賠償すべき原告の損害の額(争点4)
(1) 原告の主張
ア 被告の不法行為及び不正競争行為により原告に発生した損害は、次の(ア)ないし(エ)の合計額に消費税を加算したものであり、605万3000円を下らない。
(ア) 著作権侵害の損害 91万4100円
(イ) 著作権侵害による排除費用、廃棄処分費 190万円
(ウ) 平成20年5月30日からの著作権侵害の損害 100万2000円
(エ) 不正競争行為による損害 204万4000円
イ よって、被告は、原告に対し、民法709条及び不正競争防止法4条により、605万3000円及びこれに対する平成20年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払う義務がある。
(2) 被告の主張
 争う。
第4 当裁判所の判断
1 本件図柄及び本件各原告看板の著作物性(争点1−1)について
(1) 前記当事者間に争いのない事実等、証拠(乙5)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 本件図柄は、被告のワイナリーの広告看板の図柄とするために作成されたものであり、本件各原告看板は、原告が、本件図柄を利用して、車両等を被告のワイナリーに誘導するための広告看板として製作したものである。また、原告は、本件図柄を利用して、本件各原告看板のほかに複数の被告のワイナリーの広告看板を製作した。
イ 本件図柄は、別紙原告図柄目録記載のとおりであり、濃い青色の横長の長方形の背景の中央に、ステムの長さが短めのワイングラス様のグラスの形が大きく白抜きされ、グラスの上に黄色で「ワイナリー/工場見学」の文字がアーチ型に配置され、グラスの中に背景と同色で「シャトー」「勝沼」の文字が横書きに二段に配置されている。
ウ 本件原告看板1は、別紙原告看板目録1記載のとおりであり、本件図柄とほぼ同じ図柄の右側に白色の縦長の長方形の背景が配置され、背景部分の上部には左折を示す赤色の矢印が、下部には「2km」の赤色の文字が配置されている。
エ 本件原告看板2は、別紙原告看板目録2記載のとおりであり、上部に白色の横長の長方形の背景、下部に濃い青色の縦長の長方形の背景を配置し、白色の背景部分の上部には右折を示す赤色の矢印、下部には「2.7km」の赤色の文字が配置され、濃い青色の背景部分の上部には黄色で「ワイナリー」「工場見学」の文字が二段に配置され、その下に本件図柄中のグラスとほぼ同じグラス(中には「シャトー」「勝沼」の文字が横書きに二段に配置されている。)が配置されている。
(2) 原告は本件図柄及び本件各原告看板が「美術の著作物」(著作権法10条1項4号)に当たると主張するので、以下、検討する。
ア 著作権法2条1項1号は、著作物について「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と規定し、同条2項は「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」と規定している。これらの規定に加え、著作権法が文化の発展に寄与することを目的とするものであること(同法1条)、工業上利用することのできる意匠については所定の要件の下で意匠法による保護を受けることができるとされていることに照らせば、純粋な美術の領域に属しないいわゆる応用美術の領域に属するもの、すなわち、実用に供され、あるいは産業上利用されることが予定されている図案やひな型などは、鑑賞の対象として絵画、彫刻等の純粋美術と同視し得るといえるような場合を除いては、著作権法上の著作物に含まれないものと解される。
 これを本件についてみると、本件図柄は、その外形上明らかに被告のワイナリーの広告等の図柄として作成されたものであり、また、本件各原告看板は、本件図柄を利用して製作された広告看板そのものであって、いずれもいわゆる応用美術の領域に属するものと認められる。
 そして、本件図柄及び本件各原告看板は、訴求力のある広告効果を持たせるような配色、図柄の形状、字体の選択、各素材の配置等について一定の工夫がされているとはいい得るものの、広告の対象となる被告の名称及び施設の種類を表す文字とグラスの図柄の単純な組合せからなるもので、これらが、社会通念上、鑑賞の対象とされ、純粋美術と同視し得るものであると認めることは困難である。
イ さらに、著作権法上の著作物として保護されるためには「思想又は感情を創作的に表現したもの」(同法2条1項1号)であることを要するが、前記著作権法の趣旨に鑑み、ありふれた表現にすぎないものは、「創作的に表現したもの」には当たらないというべきである。
 これを本件図柄及び本件各原告看板についてみると、@ワイナリーの広告看板に「ワイナリー」や「工場見学」という文字、ワイナリーへの方向を示す矢印及び距離、ワイングラスを想起させる図形を表示することは、一般的であると解されること、Aグラスの上及び中に配置した文字のバランスに工夫があるとしても、素材を用いて図柄を作成する上での配置としてありふれたものの域を出ないし、グラスの形状にも、格別の創作性は認められないこと、B文字のうち「シャトー勝沼」の部分は毛筆体を思わせるやや角張った特徴のある書体であるが、書体の形態は文字の有する情報伝達機能を発揮するため必然的に一定の制約を受けるものであるから、書体に著作物性を認めるためには書体が顕著な特徴を有するといった独創性があることを要するところ、上記文字の書体にそのような独創性があるとは認められないこと、C広告看板の背景や素材に濃い青色と白色と黄色、あるいはこれらの色と赤色を採用して組み合わせることは、他の看板においても見られるものであって(乙3)、ありふれたものにすぎないこと、D本件図柄及び本件各原告看板を一体として見たとしても、文字と図柄の単純な組合せにすぎず、全体として一つのまとまりのある表現物として創作性を有しているとは認められないことからすれば、著作権法上保護されるに足りる創作性があるということはできないと解される。
ウ 以上のとおりであるから、本件図柄及び本件各原告看板は著作権法上の著作物に当たらないと判断することが相当である。
(3) よって、その余の点を判断するまでもなく、本件図柄及び本件各原告看板の著作権侵害に基づく原告の請求は理由がない。
2 被告による不正競争行為の有無(争点2)について
 原告は、本件図柄及び本件各原告看板が原告の周知の商品等表示に当たるとして、被告に不正競争防止法2条1項1号の周知表示混同惹起行為があると主張する。
 しかしながら、本件図柄及び本件各原告看板には、被告の名称である「シャトー勝沼」の文字が記載されており、原告がこれを自らの商品又は営業を示す表示として用いたことを認めるに足りる証拠はない。
 よって、不正競争防止法4条に基づく原告の請求は理由がない。
3 被告による刑法に該当する不法行為の有無(争点3)について
 原告は、被告が本件各被告看板を製作・設置・使用する行為が、刑法233条、235条、246条、253条に該当すると主張するものと解される。
 しかしながら、原告は上記各条に該当する事実があることを具体的に主張するものでないから、原告の主張は主張自体失当である。
4 結論
 以上によれば、争点4について判断するまでもなく原告の各請求は理由がないから、いずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 長谷川浩二
 裁判官 清野正彦
 裁判官 橋彩


(別紙)原告図柄目録 (画像省略)
(別紙)原告看板目録1(画像省略)
(別紙)原告看板目録2(画像省略)
(別紙)被告看板目録1(画像省略)
(別紙)被告看板目録2(画像省略)
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/