判例全文 line
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【事件名】「ニコニコ動画」リンク事件
【年月日】平成25年6月20日
 大阪地裁 平成23年(ワ)第15245号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成25年4月18日)

判決
原告 P1
被告 株式会社ソシオコーポレーション
同訴訟代理人弁護士 平野耕司
同 山崎 哲
同 渡邊清朗
同 近藤美紀
同 楠 純一
同 高橋雅喜
同 田畑 哲
同 古川 亮


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、被告の運営するロケットニュース24に掲載された別紙記事記載の記事及び同記事に付された別紙コメント覧記載の書き込みを削除せよ。
2 被告は、原告に対し、別紙謝罪文1及び別紙謝罪文2記載の各謝罪文を、前項のロケットニュース24のウェブサイトのトップページ上にて、最上部及び最下部のバナー広告欄(468x60、300x250)に、白黒で6日間掲載せよ。
3 被告は、原告に対し、60万円及びこれに対する平成23年6月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 原告は、被告において、原告が著作者である動画を、自社の運営する「ロケットニュース24」と称するウェブサイト(以下「本件ウェブサイト」という。)に無断で掲載し、これに原告を誹謗中傷する別紙記事記載の記事(以下「本件記事」という。)を掲載し、さらに本件記事下部のコメント欄に、読者をして原告を誹謗中傷する別紙コメント欄記載の書き込み(以下「本件コメント欄記載」という。)をさせ、これを削除しなかったことが、原告の名誉を毀損するとともに、原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権、氏名表示権)を侵害するものであるとして、被告に対し、名誉権に基づき、本件ウェブサイトに掲載された本件記事及び本件コメント欄記載の削除を求めると共に、著作権及び著作者人格権侵害の不法行為に基づく名誉回復措置として別紙謝罪文1記載の謝罪文を、名誉毀損の不法行為に基づく名誉回復措置として別紙謝罪文2記載の謝罪文を、本件ウェブサイトに掲載するよう求めている。
 また、あわせて原告は、主位的に、著作権及び著作者人格権侵害の不法行為に基づく損害賠償の一部として30万円及びこれに対する損害発生日である平成23年6月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金並びに名誉毀損の不法行為に基づく損害賠償の一部として30万円及びこれに対する前記起算日から前記割合による遅延損害金を請求し、予備的に、被告の上記行為は、原告の肖像権を侵害するとして、被告に対し、肖像権侵害の不法行為に基づく損害賠償の一部として10万円及びこれに対する前記起算日から前記割合による遅延損害金並びに名誉毀損の不法行為に基づく損害賠償の一部として50万円及びこれに対する前記起算日から前記割合による遅延損害金を請求している。
1 判断の基礎となる事実
 以下の各事実は当事者間に争いがないか、掲記の各証拠又は弁論の全趣旨により容易に認められる(証拠の記載のない事実は当事者間に争いがない。)。
(1) 当事者
 原告は、平成23年6月当時、株式会社ニワンゴ(以下「ニワンゴ」という。)が提供するインターネット上の動画共有などのサービス(平成24年5月以降「niconico」と総称されるが、当時は「ニコニコ動画」と総称されていた。乙2)のニコニコプレミアム会員として、後記「ニコニコ生放送」による動画のライブストリーミング配信(テレビ番組におけるいわゆる生放送と同様、即時的な動画配信のことである。)等を行っていた。
 被告は、情報提供サービスなどを目的とする株式会社であり、様々なニュース等をとりまとめ、これに見出しと記事を加え、読者がコメントを投稿することのできるサービスとして、本件ウェブサイトを運営管理している。
 ニワンゴが「niconico」において提供するサービスには、ウェブサイト上で動画を共有してこれにコメントを付すことのできる「ニコニコ動画」、ライブストリーミング配信される動画を視聴することができる「ニコニコ生放送」などがある。「ニコニコ生放送」に配信される動画は、「niconico(平成23年6月当時はニコニコ動画)」の会員のみ視聴することができ、有料のニコニコプレミアム会員は、自ら「ニコニコ生放送」でライブストリーミング配信をすることもできる。また、「niconico」では、「タイムシフト機能」と称して、前記ライブストリーミング配信終了後も、一定期間、「ニコニコ生放送」の内容を視聴し得るサービスを提供している。
(2) 被告による本件ウェブサイトへの本件記事の掲載等(甲1、3、4、6、7)
 原告は、平成23年6月5日、カメラ等を持参し、自身が上半身に着衣をせず(頭に猫耳状の飾りと首に首輪状の飾りのみ。)、大阪市内のマクドナルド店に入店する模様や、原告自身が店員や警察官と対応する様子等を撮影し、これを動画として、「ニコニコ生放送」にライブストリーミング配信した(以下「本件生放送」という。)。原告以外の第三者(特定されていない。)は、本件生放送のうち、原告がマクドナルドに入店する直前から、駆けつけた警察官と共に交番へ赴き、注意を受けるまでの約15分間の部分(以下「本件動画」という。)を、動画共有サイト「ニコニコ動画」にアップロードし(本件生放送又は前記タイムシフト機能によって配信された内容を第三者が録画した上、「ニコニコ動画」にアップロードしたものと推測される。)、同サイトへアクセスした者であれば、いつでも視聴し得るようにした。本件動画内での原告などの発言内容は、別紙本件動画内発言記載のとおりである(発言者の明示がないものは原告の発言)。
 被告は、本件動画に着目し、同月9日、本件ウェブサイト内に別紙記事記載の記事(以下「本件記事」という。)を掲載するとともに、「ニコニコ動画」上の本件動画に付されていた引用タグ又はURLを本件ウェブサイトの編集画面に入力して、本件記事の上部にある動画再生ボタンをクリックすると、本件ウェブサイト上で本件動画を視聴できる状態にし、本件記事の末尾に、「参照元:ニコニコ動画」と記載した。
(3) その後の経過(甲5、乙1)
 本件記事の下部には、パソコン等の端末から誰でもコメントを書き込むことができるコメント欄があり、平成23年6月9日から同年8月1日まで、本件動画又は本件記事に対し、本件コメント欄記載の書き込みがあった。
 平成23年6月27日、原告が、被告に対し、本件動画を本件ウェブサイト上で視聴できる状態にしたことは、原告の著作権及び肖像権を侵害するとして抗議したところ、被告は、同日、本件ウェブサイトの編集画面から本件動画に付されていた引用タグ又はURLを削除して、本件ウェブサイト上で本件動画を視聴できないようにした。
 原告は、被告に対し、同年6月30日付けの通知書を送付し、「ロケットニュース24において、著作権及び肖像権を侵害した記事を配信していたことについて」、「本書到達後1ヶ月以内に慰謝料の一部として金員200万円を」支払うよう求めた。
 原告は、現在に至るまで、本件コメント欄記載の各書き込みについて、被告に対し、個別の書き込みを特定して削除を求めたことはなく、被告も、本件記事及び本件コメント欄記載を削除していない。
2 争点
(1) 著作権及び著作者人格権に基づく請求関係
ア 本件動画は映画の著作物に該当するか (争点1−1)
イ 公衆送信権侵害の有無 (争点1−2)
ウ 「引用」該当性 (争点1−3)
エ 報道の目的上正当な範囲内での利用といえるか (争点1−4)
オ 著作者人格権(公表権、氏名表示権)侵害の有無 (争点1−5)
カ 原告の損害 (争点1−6)
キ 名誉回復措置の必要性 (争点1−7)
(2) 名誉毀損に基づく請求関係
ア 本件動画及び本件記事の名誉毀損該当性 (争点2−1)
イ 違法性阻却事由の有無 (争点2−2)
ウ 本件コメント欄記載削除義務の有無 (争点2−3)
エ 原告の損害 (争点2−4)
オ 名誉回復措置の必要性 (争点2−5)
(3) 肖像権に基づく請求関係
ア 肖像権侵害の有無 (争点3−1)
イ 原告の損害 (争点3−2)
第3 争点に対する当事者の主張
1 争点1−1(本件動画は映画の著作物に該当するか)について
【原告の主張】
 本件動画は、原告の表情や会話内容など、具体的には、猫耳と首輪を付けた原告の姿や、「ギガマック」、「裸で何が悪いんですか。」などといった会話を含んでおり、様々な思想を、視聴覚的効果を生じさせる方法で創作的に表現したものである。
 そして、本件動画は、もともと生放送で配信されたものであるが、何者かがこれをキャプチャーし、動画共有サイト「ニコニコ動画」にアップロードしたものであるから、「固定」(著作権法(以下「法」という。)2条3項)されたといえる。
 したがって、本件動画は、「映画の著作物」(法10条1項7号)に当たる。
【被告の主張】
 本件動画が「映画の著作物」に当たるとの主張は否認する。「固定」の要件を満たしているかが明らかでない。
2 争点1−2(公衆送信権侵害の有無)について
【原告の主張】
 被告が、本件ウェブサイトにおいて、本件記事の上部にある動画再生ボタンをクリックすると、本件ウェブサイト上で本件動画を視聴できる状態にしたことは、「送信可能化」(法2条1項9号の5)に当たり、原告の公衆送信権(法23条1項)を故意又は過失により侵害するものである。
 この点、被告は、本件動画を自身の管理する本件ウェブサイトのサーバに記録したわけではなく、「ニコニコ動画」で公開されていた本件動画にリンクを貼ったに過ぎない旨主張するが、本件動画を本件記事と一体のものとして視聴できる状態とし、これを商用目的で利用していたのであるから、損害賠償責任を免れるものではない。
【被告の主張】
 被告が本件ウェブサイト上で本件動画を視聴できる状態にしたことは認める。しかし、被告は、「ニコニコ動画」で公開されていた本件動画に付されていた引用タグ又はURLを本件ウェブサイトの編集画面に入力した、すなわち、リンクを貼って本件動画の所在を示したに過ぎない。本件動画そのものは、被告の管理するサーバに記録されたわけではなく、本件ウェブサイトの閲覧者が再生ボタンをクリックした場合も、本件動画のデータは、被告のサーバを経ることなく、「ニコニコ動画」のサーバから、閲覧者の端末へ送信されていた。
 したがって、被告は、本件動画を「公衆送信」しておらず、リンクを貼ったことは「送信可能化」にも当たらない。
3 争点1−3(「引用」該当性)について
【被告の主張】
 被告が本件動画へのリンクを貼った行為は、公平な慣行に合致し、かつ報道及び批評という目的上正当な範囲内で行われたものであるから、著作権の効力は及ばない(法32条)。
【原告の主張】
 原告は日光浴の帰りにマクドナルドに寄ったところを警察官に注意されただけであり、本件記事のように非常識などと一方的に書かれる筋合いはないし、報道や批評を理由に、被告による本件動画の無断利用が正当化されるものではない。
4 争点1−4(報道の目的上正当な範囲内での利用といえるか)について
【被告の主張】
 被告が本件動画へのリンクを貼った行為は、時事の事件の報道に伴う利用であり、報道の目的上正当な利用の範囲内にあるから、著作権の効力は及ばない(法41条)。
【原告の主張】
 前記3【原告の主張】欄記載と同じ理由により、被告による本件動画の無断利用が正当化されるものではない。
5 争点1−5(著作者人格権(公表権、氏名表示権)侵害の有無)について
【原告の主張】
(1) 公表権侵害
 被告が、本件動画を本件ウェブサイト上で視聴できる状態にしたことは、原告の同意を得ないで公表された著作物である本件動画を公衆に提供又は提示したものとして、原告の公表権(法18条)を故意又は過失により侵害するものといえる。
(2) 氏名表示権侵害
 本件動画の表題には、原告の変名である「P2」が使用されており、被告は、本件動画を上記のとおり公衆に提供又は提示したことにより、原告の氏名表示権(法19条)を故意又は過失により侵害した。
【被告の主張】
(1) 公表権侵害の主張について
 被告は、本件動画へのリンクを貼っただけであり、本件動画を公衆に提供又は提示したとはいえない。
 そもそも、本件動画は、原告自身が、登録会員数2946万人、プレミアム会員数175万にもなる「ニコニコ生放送」に配信した本件生放送の一部であるから、未公表の著作物には当たらない。
 したがって、公表権侵害は認められない。
(2) 氏名表示権侵害の主張について
 被告は、本件動画へのリンクを貼っただけであり、本件動画を公衆に提供又は提示したとはいえないため、氏名表示権侵害は認められない。
6 争点1−6(原告の損害)について
【原告の主張】
 被告の著作権侵害及び著作者人格権侵害により、原告は精神的苦痛を被った。その慰謝料は30万円を超えるが、本件訴訟ではその一部である30万円を請求する。
【被告の主張】
 争う。
 財産権たる著作権侵害については、特別の事情がない限り、慰謝料の発生は否定される。本件で被告は、原告の抗議を受けて直ちに本件ウェブサイト上で本件動画を視聴できないようにしたのであるから、慰謝料が発生すべき特別の事情があるとはいえない。
7 争点1−7(名誉回復措置の必要性)について
【原告の主張】
 原告の名誉を回復する措置として、被告には、別紙謝罪文1記載の謝罪文を本件ウェブサイトに掲載させる必要性がある。
【被告の主張】
 争う。
8 争点2−1(本件動画及び本件記事の名誉毀損該当性)について
【原告の主張】
 被告は、本件ウェブサイトにおいて、本件動画と共に、「警察官の注意を受けた。」、「優しく諭されていることを良いことに、反省する様子さえ見えない」、「彼の非常識な行動」、「以前にも奇妙な行動を生放送していたことがある」、「今回は裸で町に繰り出した」、「周りの迷惑を考えてもらいたいものだ」などと原告に対する偏見を助長する本件記事を掲載した。
 被告のこのような行為は、原告の名誉を毀損するものである。そのため、原告は名誉権に基づき、本件記事の削除を請求することができるし、また、被告には故意又は過失も認められるため、不法行為も成立する。
【被告の主張】
 被告は本件動画へのリンクを貼っただけであり、本件動画に何らの編集等をしていない。そして、原告が本件生放送を配信した目的は、常識から乖離した行動によって飲食店店員、他の来店客及び警察官を困惑させ面白がるものである。
 本件記事は、原告のこのような行動を正当に批評したもので、これによって原告の社会的評価が低下するものではなく、被告が原告の名誉を毀損する行為をしたとはいえない。
9 争点2−2(違法性阻却事由の有無)について
【被告の主張】
 本件記事は、@公共の利害に関する事実に係り、A専ら公益を図る目的でなされており、B摘示された事実は真実である、あるいは、論評の前提としている事実が重要な部分で真実で、論評としての域を超えていない。
 そのため、本件記事が原告の社会的評価を低下させるものであったとしても、違法性は阻却される。
【原告の主張】
 本件記事の違法性が阻却される根拠について、被告の主張は、以下のとおり、いずれも理由がない。
(1) 公共の場において上半身裸が悪いという法的根拠はなく、そもそも飲食店は公共の場ではないから、公共の利害に関する事実とはいえない。
(2) 原告は日光浴の帰りにマクドナルドに寄ったところを警察官に注意されただけであり、非常識などと一方的に書かれる筋合いはないし、殊更にこれを記事にし、商用目的で積極的に流布したことは悪質であり、専ら公益を図る目的であったとはいえない。
(3) 本件記事は、被告の都合のいいように独善的な誇張がされており、摘示された事実、あるいは、論評の前提とする事実の重要な部分が真実であるとはいえないし、論評などといえるものでもない。
10 争点2−3(本件コメント欄記載削除義務の有無)について
【原告の主張】
 本件コメント欄記載は、原告を誹謗中傷し、その名誉を毀損するものであるが、これらは被告の本件記事及び本件動画の掲載が発端となって書き込まれたものである。そのため、被告は、原告の名誉権を侵害することがないよう本件コメント欄記載の全てを削除すべき義務を負っており、また、この義務を怠ったことによる不法行為責任を負うものである。
 なお、被告は、本件コメント欄記載の個別的削除を検討するとしているが、原告が求めているのは、本件記事と一体を成す本件コメント欄記載の削除であり、本件記事の削除よりも先に、本件コメント欄記載の個別的削除を求めることはない。
【被告の主張】
 本件コメント欄記載も、本件記事同様、原告の名誉を毀損するものではない。
 ただ、被告は、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律の趣旨に従い、原告が削除を求めるコメントを具体的に特定すれば、被告としても削除を検討する旨原告へも回答してきた。それにもかかわらず、原告は、現在に至るまで具体的な特定をせず、むしろ、そのような特定を拒否している。
 そのため、被告としては削除の対象となるコメントを特定できず、削除義務を負うものではないし、不法行為責任を負う理由はない。
11 争点2−4(原告の損害)について
【原告の主張】
 被告の名誉毀損行為により、原告は精神的苦痛を被った。その慰謝料は50万円を超えるが、主位的請求ではその一部である30万円を、予備的請求ではその一部である50万円を請求する。
【被告の主張】
 争う。
12 争点2−5(名誉回復措置の必要性)について
【原告の主張】
 原告の名誉を回復する措置として、被告には、別紙謝罪文2記載の謝罪文を本件ウェブサイトに掲載させる必要性がある。
【被告の主張】
 争う。
13 争点3−1(肖像権侵害の有無)について
【原告の主張】
 被告が、原告の容姿等が映った本件動画を、原告に無断で本件ウェブサイトに掲載し、また、警察官から注意を受けたという原告にとって不本意な部分を殊更に取り出して本件動画及び本件記事を掲載したことは、原告の肖像権を故意又は過失により侵害するものといえる。
【被告の主張】
 被告は、第三者が公開していた本件動画へのリンクを貼っただけで、被告が本件動画を公表したわけではない。そのため、そもそも被告は、原告の肖像を利用したとはいえない。
 仮に被告が肖像を利用したと認められるにしても、本件動画は原告自身が撮影し、公表した本件生放送の一部であるから、もはや原告に肖像の公表を禁止する権利は認められるべきでない。また、本件動画の内容及び目的が、常識から乖離した行動によって飲食店店員、他の来店客及び警察官を困惑させ面白がるものであることからして、本件動画における原告の肖像権は法的保護に値しない。加えて、被告は、原告のこのような行動に批評を加えるという正当な目的の下、本件動画へのリンクを貼ったに過ぎないのであるから、原告の受忍すべき限度を超えるものでもない。
 したがって、本件動画も、これに批評を加えた本件記事も、原告の肖像権を侵害するものとはいえない。
14 争点3−2(原告の損害)について
【原告の主張】
 被告の肖像権侵害により、原告は精神的苦痛を被った。その慰謝料は10万円を超えるが、予備的請求ではその一部である10万円を請求する。
【被告の主張】
 争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1−1(本件動画は映画の著作物に該当するか)について
 本件動画(その前提となる本件生放送を含む。)は、原告が上半身に着衣をせず飲食店に入店し、店員らとやり取りするといった特異な状況を対象に、主として原告の顔面を中心に据えるという特徴的なアングルで撮影された音声付動画であって(甲3、4)、一定の創作性が認められる。
 また、前記判断の基礎となる事実記載のとおり、原告が利用したニコニコ生放送には、タイムシフト機能と称するサービスがあり、ライブストリーミング配信後もその内容を視聴することができたとされるから、本件生放送は、その配信と同時にニワンゴのサーバに保存され、その後視聴可能な状態に置かれたものと認められ、「固定」されたものといえる(法2条3項)。
 したがって、本件生放送の一部である本件動画は、「映画の著作物」(法10条1項7号)に該当し、その著作者は原告と認められる。
2 争点1−2(公衆送信権侵害の有無)について
(1) 被告は本件動画を送信可能化したか
 原告は、被告において、本件記事の上部にある動画再生ボタンをクリックすると、本件ウェブサイト上で本件動画を視聴できる状態にしたことが、本件動画の「送信可能化」(法2条1項9号の5)に当たり、公衆送信権侵害による不法行為が成立する旨主張する。
 しかし、前記判断の基礎となる事実記載のとおり、被告は、「ニコニコ動画」にアップロードされていた本件動画の引用タグ又はURLを本件ウェブサイトの編集画面に入力することで、本件動画へのリンクを貼ったにとどまる。
 この場合、本件動画のデータは、本件ウェブサイトのサーバに保存されたわけではなく、本件ウェブサイトの閲覧者が、本件記事の上部にある動画再生ボタンをクリックした場合も、本件ウェブサイトのサーバを経ずに、「ニコニコ動画」のサーバから、直接閲覧者へ送信されたものといえる。
 すなわち、閲覧者の端末上では、リンク元である本件ウェブサイト上で本件動画を視聴できる状態に置かれていたとはいえ、本件動画のデータを端末に送信する主体はあくまで「ニコニコ動画」の管理者であり、被告がこれを送信していたわけではない。したがって、本件ウェブサイトを運営管理する被告が、本件動画を「自動公衆送信」をした(法2条1項9号の4)、あるいはその準備段階の行為である「送信可能化」(法2条1項9号の5)をしたとは認められない。
(2) 幇助による不法行為の成否
 ところで、原告の主張は、被告の行為が「送信可能化」そのものに当たらないとしても、「ニコニコ動画」にアップロードされていた本件動画にリンクを貼ることで、公衆送信権侵害の幇助による不法行為が成立する旨の主張と見る余地もある。
 しかし、「ニコニコ動画」にアップロードされていた本件動画は、著作権者の明示又は黙示の許諾なしにアップロードされていることが、その内容や体裁上明らかではない著作物であり、少なくとも、このような著作物にリンクを貼ることが直ちに違法になるとは言い難い。そして、被告は、前記判断の基礎となる事実記載のとおり、本件ウェブサイト上で本件動画を視聴可能としたことにつき、原告から抗議を受けた時点、すなわち、「ニコニコ動画」への本件動画のアップロードが著作権者である原告の許諾なしに行われたことを認識し得た時点で直ちに本件動画へのリンクを削除している。
 このような事情に照らせば、被告が本件ウェブサイト上で本件動画へリンクを貼ったことは、原告の著作権を侵害するものとはいえないし、第三者による著作権侵害につき、これを違法に幇助したものでもなく、故意又は過失があったともいえないから、不法行為は成立しない。
(3) 小括
 以上より、公衆送信権侵害の不法行為が成立する旨の原告の主張は採用できない。
3 争点1−5(著作者人格権(公表権、氏名表示権)侵害の有無)について
(1) 公表権侵害について
 原告は、本件動画の公開が、人格権である公表権(法18条)の侵害に当たると主張する。
 しかし、原告は、被告による本件動画へのリンクに先立ち、本件生放送をライブストリーミング配信しており、しかも原告の配信動画の視聴者数については、「常時400人以上であり、特に企画番組は人気で、この日は数千人の視聴者を超え」(訴状)ていたとされる。そうすると、著作者である原告自身が、本件生放送を公衆送信(法2条1項7号の2)の方法で公衆に提示し、公表(法4条1項)したのであるから、本件生放送の一部にあたる本件動画について、公表権侵害は成立しない。
(2) 氏名表示権について
 原告は、本件動画の「公衆への提供若しくは提示」に際し、原告の変名である「P2」を無断で使用し、原告の氏名表示権を侵害した不法行為が成立する旨主張する。
 しかし、本件記事自体に原告の実名、変名の表示はなく、本件ウェブサイトに表示された本件動画のタイトル部分に被告の変名が含まれていたに過ぎない(甲1)が、前記2記載のとおり、被告は、本件動画へのリンクを貼ったにとどまり、自動公衆送信などの方法で「公衆への提供若しくは提示」(法19条)をしたとはいえないのであるから、氏名表示権侵害の前提を欠いている。
 また、原告自身、本件生放送において、原告自身の容貌を中心に撮影した動画を配信し、原告の実名をも述べていることに加え、「ニコニコ生放送」で本件生放送やその他の動画を配信する際にも「P2」の変名を表示していたことがうかがわれる(甲1、3、4、乙1、弁論の全趣旨)のであるから、上記「公衆への提供若しくは提示」を欠くことを措いて考えたとしても、本件ウェブサイト上の上記表示が原告の氏名表示権の侵害になるとは認められない。
 したがって、この点に関する原告の主張も採用できない。
4 争点2−1(本件動画及び本件記事の名誉毀損該当性)及び争点2−2(違法性阻却事由の有無)について
(1) 原告は、本件ウェブサイトに本件記事及び本件動画を掲載した被告の行為が、原告の名誉を違法に毀損するものであるとし、本件記事の削除と共に、不法行為に基づく損害賠償等を求めている。
 この点、本件記事は、ある男性が上半身裸で街中を歩き、マクドナルドに入店して注文をした後、警察官に任意同行を求められ、交番内にて注意を受けたこと、その男性がその一連の模様を撮影し、「ニコニコ生放送」に動画配信したこと、その男性が以前には皇居周囲の堀に入浴剤を入れ、その模様も「ニコニコ生放送」で配信したことといった事実を摘示すると共に、これらの事実を前提に、その男性の行動が非常識で、周囲に迷惑をかけるものであったなどの意見ないし論評を表明するものである。本件記事自体は、原告の実名に触れているわけではなく、対象とする「ある男性」が原告であることを特定する情報を含んでいるわけではないが、少なくとも原告の容貌及び実名を含む本件動画が、本件記事と一体のものとして視聴可能な状態に置かれていた時期においては、「ある男性」が原告であることは特定可能であったと解される。そして、本件記事の上記のような内容は、一般読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、原告の社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものであったと見る余地があることは否定できない。
(2) しかし、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損においては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、その意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、その行為は違法性を欠くと解される(最高裁昭和55年(オ)第1188号同62年4月24日第二小法廷判決・民集41巻3号490頁、最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁参照)。
 そこで検討するに、本件記事が対象とするのは、インターネットを通じて不特定多数の者に動画配信を行うことを目的に、公道や飲食店などといった公の場で上記(1)記載のような撮影をした原告の行動であるから、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的は専ら公益を図ることにあるといえる。そして、意見ないし論評の前提となっている上記(1)記載の事実については、証拠(甲3、4)及び弁論の全趣旨(原告自身、これらの事実を積極的に争っていない。)によれば、いずれも真実であると認められる。また、本件記事中の「非常識な行動」、「周りの迷惑を考えてもらいたいものだ。今後、同様の行為を繰り返すべきではないだろう。」などの表現は、人身攻撃にまで及んでいるとはいえず、本件動画の内容や撮影場所なども考慮すれば、意見ないし論評の域を逸脱しているとはいえない。
 したがって、被告が本件ウェブサイトに本件記事を掲載し、あわせて本件動画へのリンクを貼ったことに違法性はないというべきである。
(3) 以上より、本件記事及び本件動画の本件ウェブサイトへの掲載が原告の名誉を違法に毀損するものである旨の原告の主張は採用できず、これを前提とする本件記事の削除及び損害賠償請求等の請求には理由がない。
5 争点2−3(本件コメント欄記載削除義務の有無)について
 原告は、本件コメント欄記載は原告の名誉を毀損するものであるが、被告による本件記事及び本件動画の掲載が発端となって書き込まれたものであるから、被告において、本件コメント欄記載を全て削除すべき義務を負っており、また、これを怠ったことで不法行為責任を負う旨主張する。
 しかし、本件記事及び本件動画の掲載が原告の名誉を違法に毀損するものといえないことは前記4で論じたとおりであり、原告の主張はその前提を欠くものであるが、この点を措いて考えたとしても、そもそも本件記事は原告の実名に言及しておらず、本件コメント欄記載も原告の変名に触れるものこそあれ、その実名に触れるものはない。本件記事及び本件コメント欄記載と一体性のある体裁で本件動画(原告の容貌及び実名を含む。)へのリンクが貼られていた当初においては、本件コメント欄記載が原告に係る書き込みであることを一般読者が理解することはできたといえるが、前記2記載のとおり、被告は、平成23年6月27日に原告から抗議を受けると、直ちに本件ウェブサイトにおける本件動画へのリンクを削除し、その結果として、本件コメント欄記載が原告に係るものであることを特定できないようにしている。つまり、被告は、本件コメント欄記載によって原告の社会的評価が低下することを防止するための対応を適時にとっており、さらに加えて、本件コメント欄記載を全て削除する義務まで負うものではなく、同義務違反もないといえる。
 また、仮に本件コメント欄記載で触れられている原告の変名により、本件動画へのリンクの削除後も原告を特定できる余地があるとしても、本件コメント欄記載のコメント数は20ほどで、その内容は一様でなく、明らかに原告の名誉を毀損しないものを含む一方、本件コメント欄記載の前提となっている本件動画やその撮影に係る原告の行動に照らせば、原告の名誉を違法に侵害することが明白とまでいえるものを含むとは認められない。しかも、本件コメント欄記載の各コメントはそれぞれ独立していて、個別に削除することは可能であり、被告も原告が削除を求めるコメントを具体的に特定すれば削除を検討するとの意向を示している(平成25年1月18日第6回弁論準備手続期日)にもかかわらず、原告はそのような具体的特定をしようとしない。このような事情からすれば、やはり本件ウェブサイトを運営管理する被告において、本件コメント欄記載を削除すべき義務を負う状況にあるとはいえない。
 したがって、被告において、本件コメント欄記載の削除義務を負うものではないし、そのような義務を怠ったことによる不法行為責任を負うものともいえない。
6 争点3−1(肖像権侵害の有無)について
 原告は、本件動画及び本件記事を本件ウェブサイトに掲載したことは、原告の肖像権を違法に侵害し、不法行為が成立する旨主張するが、本件記事のような言語表現によって肖像権が侵害されることは想定できないため、以下では、本件動画へリンクを貼ったことが原告の肖像権を侵害するかについて検討する。
 まず、被告は、本件動画につき、原告自身が撮影し、公表したものであるから、もはや原告に肖像の公表を禁止する権利は認められるべきでない旨主張するが、原告が行った本件生放送は、ライブストリーミング配信時及びタイムシフトの期間のみ視聴されることを予定しており、タイムシフトの期間後に自身の肖像の映った本件動画が利用されることまで許容していたと認めることはできない。
 しかし、被告は、本件動画を公表したわけではなく、既に何者かによって「ニコニコ動画」にアップロードされ、公表されていた本件動画へリンクを貼ったにとどまるのであって、しかも本件動画は、肖像権者である原告の明示又は黙示の許諾なしにアップロードされていることがその内容や体裁上明らかではない映像であり、少なくとも、そのような映像にリンクを貼ることが直ちに肖像権を違法に侵害するとは言い難い。そして、被告は、前記判断の基礎となる事実記載のとおり、本件ウェブサイト上で本件動画を視聴可能としたことにつき、原告から抗議を受けた時点で直ちに本件動画へのリンクを削除している。
 このような事情に照らせば、被告が本件ウェブサイト上で本件動画へリンクを貼ったことが、原告の肖像権を違法に侵害したとはいえないし、第三者による肖像権侵害につき故意又は過失があったともいえず、不法行為が成立するとは認められない。
7 結論
 以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 谷有恒
 裁判官 松阿彌隆
 裁判官 松川充康


別紙記事(掲載を省略)
別紙謝罪文1(掲載を省略)
別紙謝罪文2(掲載を省略)
別紙本件動画内発言(掲載を省略)
別紙コメント欄記載(掲載を省略)
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