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【事件名】著作権移転登録に伴う国家賠償事件(2)
【年月日】平成25年6月20日
 知財高裁 平成25年(ネ)第10015号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成23年(ワ)第40129号)
 (口頭弁論終結日 平成25年6月6日)

判決
控訴人 X
被控訴人 国
代表者 法務大臣
指定代理人 中道衆矢
同 内田高城
同 田口重憲
同 所昌弘
同 吉野貴子


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、1626万円及びこれに対する平成24年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要
 本判決の略称は、以下に掲記するほか、原判決に従う。
1 本件は、著作物の題号を「受話器の象徴」とする6点の図柄について著作権の移転登録を受けた控訴人が、その登録申請に際し、文化庁長官に違法行為があったことにより、登録免許税相当額等の損害を被ったなどと主張して、被控訴人に対し、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償及び訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金の支払を求める事案である。
2 原判決は、文化庁長官の行為に違法はないとして、原告の請求を棄却した。そこで、控訴人は、これを不服として控訴した。
3 前提事実及び争点は、以下のとおり付加訂正するほか、原判決の「事実及び理由」の第2の1及び2に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決2頁5行目の次に改行の上、次のとおり加える。
 「(1) 平成15年10月14日、「著作物の題号」を「受話器の象徴」、「著作者」を「 A 」、「著作物の種類」を「美術の著作物」、「著作物の内容又は体様」を下記のとおりとする著作物について、同年9月11日に B から C 及び D への著作権(著作権法(以下「法」という。)27条及び28条に規定する権利を含む。)の譲渡があった旨の著作権の移転登録がされた(以下、この移転登録(著作権登録原簿の表示番号第19532号)に係る6点の図柄を「本件図柄」という。)。
  記
 「本著作物は「受話器の象徴」と題した六点からなる A が創作したアートであり、電話又は通信機器を主とする受話器のシンボルを表現したものである。『左手に受話器を持ち右手にペンを持っている』というイメージから話しやすい傾きと膨らみがこのデザインの基礎をなしている。受話器の形、種類は数多く想像できるが、本著作物は受話器としてのシンボルを目的としたため、最も分り易く、誰もがイメージしやすい形を表現した。」
(2) その後、平成22年4月8日、本件図柄に係る著作物の著作権の持分2分の1全部について、同年2月12日に C から E への譲渡があった旨の著作権の移転登録がされた。」
(2) 原判決2頁6行目の「(1)」を「(3)」と、同行目の「「受話器の象徴」」から8行目の「につき、」までを「本件図柄に係る著作物について、」と、同19行目の「(2)」を「(4)」とそれぞれ改める。
第3 当事者の主張
 当事者の主張は、以下のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」の第2の3に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 当審における控訴人の主張
(1) 原判決は、争点1に関し、文化庁長官や文化庁の担当職員が、法77条1号に規定する「著作権の移転登録」を申請した登録申請者に対して、登録をしたからといって、登録申請に係る著作物は「著作権法上の著作物にあらず」、「著作権の権利者という地位は保証されない」旨を説明すべき説明義務を負うことを定めた法令や根拠はなく、また、仮に文化庁長官が「著作物でないもの」や「著作物かどうか不明なもの」を著作権登録しているという事実を認識しているとしても、これにより文化庁長官が上記のような義務を負うこととなるわけではない旨判示した。
 しかしながら、法75条ないし77条の著作権の登録は、法1条に規定する法の目的を実現するためのものであるところ、文化庁長官が「著作物でないもの」や「著作物かどうか不明なもの」を登録しているという事実を認識しながら、登録申請の際に申請者から登録免許税を徴収し、著作権登録原簿に登録の記載をして登録行為を行うことは、法の目的に反し、信義則から派生する禁反言の原則にも反するものであるから、文化庁長官及び文化庁の担当職員は、信義則上、上記説明義務を負うというべきである。
 そして、文化庁長官及び文化庁の担当職員が、本件各登録の申請をした控訴人に対し、上記説明を行わなかったことは、信義則上の上記説明義務に違反し、職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったものであるから、国家賠償法1条1項にいう違法がある。
(2) また、法には、「著作物でないもの」や「著作物かどうか不明なもの」も登録できるという規定は一切存在しない。そうすると、「著作物ではないもの」や「著作物かどうか不明なもの」を登録している登録手続や著作権登録原簿の様式、記載方法等を規定した著作権法施行令及び著作権法施行規則は、無効となり、これらを制定した文部科学大臣の行為には、国家賠償法1条1項にいう違法がある。
2 当審における被控訴人の主張
(1) 法に規定する著作権に関する登録手続の制度趣旨に鑑みると、著作権の登録申請行為及びこれを文化庁著作権課担当職員が受け付けた行為は、法に規定する「著作物」として認められることを意味するものでないことは明らかである。そうすると、文化庁長官が、本件担当職員をして、本件各登録をさせたことにより、登録申請をした著作物が、法に規定する「著作物」として認められるとの期待を控訴人に抱かせるものであったとしても、その期待は、法的に保護される利益ではないことはもとより、信義則の適用によって保護される利益でもない。
 したがって、本件各登録の申請及び本件各登録に関して、控訴人と被控訴人との間に信義則が適用される余地はなく、信義則から導かれる禁反言の原則が妥当する余地もないというべきであり、少なくとも国家賠償法上の違法を基礎づけるものではない。
(2) 控訴人は、法には、「著作物でないもの」や「著作物かどうか不明なもの」も登録できるという規定がないことを挙げて、著作権法施行令及び著作権法施行規則が無効である旨主張するが、その主張自体理由がない。
第4 当裁判所の判断
 当裁判所も、控訴人の請求は理由がなく、棄却すべきものと判断する。その理由は、以下のとおり付加訂正するほか、原判決の「事実及び理由」の第3の1に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決4頁20行目から25行目までを次のとおり改める。
 「ア そこで検討するに、法は、著作権は著作物の創作によって発生し、著作権の発生に登録その他の方式の履行を要しないとする無方式主義を採用しており(法17条2項)、著作権の発生を登録する制度は存在しない。
 一方で、法は、著作権は、その全部又は一部を譲渡することができ(法61条1項)、著作権の移転(相続その他の一般承継によるものを除く。)は、登録しなければ第三者に対抗することができないと規定し(法77条1号)、著作権の移転を公示する登録制度を設けて、当事者の意思表示によって生じた著作権の譲渡(移転)について登録を第三者に対する対抗要件としている。そして、著作権の移転登録は、申請又は嘱託により、文化庁長官が著作権登録原簿に記載し、又は記録して行うものとし(法78条1項、著作権法施行令15条1項)、登録の申請は、原則として登録権利者及び登録義務者が共同で(著作権法施行令16条ないし19条)、著作物の題号、権利の表示、登録の原因及びその発生年月日、登録の目的等の所定の事項を記載した申請書を登録の原因を証する書面等の所定の添付資料とともに文化庁長官に提出して行わなければならないとしている(著作権法施行令20条、21条)。文化庁長官は、@登録を申請した事項が登録すべきものでないとき、A申請書が方式に適合しないとき、B申請書に必要な資料を添付しないとき、C申請書に登録の原因を証する書面を添付した場合において、これが申請書に記載した事項と符合しないとき、D登録免許税を納付しないときなどの却下事由(著作権法施行令23条1項各号)の有無を審査し、却下事由が認められないときは、登録の申請の受付けの順序に従って著作権の移転登録を行うものとされているが(著作権法施行令22条)、この却下事由には、移転登録の対象とされた著作権の客体が法2条1項1号の「著作物」に該当しないことは含まれていないから、文化庁長官の審査権は、上記「著作物」の該当性に及ぶものではない(なお、文化庁長官官房著作権課が平成23年6月に発行した「登録の手引き」(乙4)には、「著作権の登録に関するQ&A」の「Q13 文化庁に登録されている著作物は、公的に認められた価値あるものなのでしょうか。」に対する「答」として、「A 著作権に関する登録の審査は、…登録の前提となる事実が行われているか否かを申請書等から形式的に審査するものであり、文化庁は登録されている著作物の内容には関知しておりません。」との記載がある。)。
 以上によれば、著作権の移転登録は、当事者の意思表示によって生じた著作権の権利変動を公示し、第三者に対する対抗要件となるものではあるが、移転登録の対象とされた著作権が発生していることや、その著作権の客体が法2条1項1号の「著作物」に該当することを公示すらするものでないことは、著作権の移転登録の制度上明らかであるから、文化庁長官は、著作権の移転登録申請があった際に、申請者に対し、その申請に係る登録がされたからといって著作権が発生するものではないとか、著作権の権利者という地位が保証されるものではないなどの説明を著作権の移転登録事務を担当する文化庁の担当職員(本件担当職員)にさせるべき職務上の法的義務を負うものとはいえないし、文化庁長官がかかる法的義務を負うものとする法令の定めや根拠はない。
 したがって、文化庁長官がかかる法的義務を負うことを前提に、文化庁長官の行為が国家賠償法1条1項の適用上違法となるとする控訴人の主張は、その前提を欠くものとして、理由がない。
イ この点に関し、控訴人は、当審において、文化庁長官が「著作物でないもの」や「著作物かどうか不明なもの」を登録しているという事実を認識しながら、登録申請の際に申請者から登録免許税を徴収し、著作権登録原簿に登録の記載をして登録行為を行うことは、法の目的に反し、信義則から派生する禁反言の原則にも反するものであるから、文化庁長官及び文化庁の担当職員は、信義則上、登録申請に係る著作物は「著作権法上の著作物にあらず」、「著作権の権利者という地位は保証されない」旨を説明すべき説明義務を負う旨主張する。
 しかしながら、前記アのとおり、文化庁長官の審査権は、申請者が著作権の移転登録の対象として申請書に記載した著作権の客体が法2条1項1号の「著作物」に該当するかどうかには及ばないのであって、文化庁長官が著作権の移転登録を行う際に「著作物でないもの」や「著作物かどうか不明なもの」を登録しているという事実を認識しているものとはいえないから、控訴人の上記主張は、その前提を欠くものとして、理由がない。」
2 原判決5頁4行目の次に改行の上、次のとおり加える。
 「(3) 控訴人は、法には、「著作物でないもの」や「著作物かどうか不明なもの」も登録できるという規定は一切存在しないから、「著作物ではないもの」や「著作物かどうか不明なもの」を登録している登録手続や著作権登録原簿の様式、記載方法等を規定した著作権法施行令及び著作権法施行規則は、無効となり、これらを制定した文部科学大臣の行為には、国家賠償法1条1項にいう違法がある旨主張する。
 しかしながら、控訴人が挙げる理由によって著作権法施行令及び著作権施行規則の規定が無効であると認めることはできないから、控訴人の上記主張は、採用することができない。」
第5 結論
 以上の次第であるから、控訴人の請求は理由がなく、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 土肥章大
 裁判官 大鷹一郎
 裁判官 齋藤巌
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