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【事件名】ワイナリー案内看板の著作物性事件
【年月日】平成25年6月5日
 東京地裁 平成24年(ワ)第9468号 著作物頒布広告掲載契約に基づく著作物頒布広告掲載料未払請求事件
 (口頭弁論終結日 平成25年4月15日)

判決
原告 株式会社黄菱
被告 株式会社シャトー勝沼
同訴訟代理人弁護士 早川正秋
同 甲光俊一
同 大西達也


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、200万円及びこれに対する平成24年3月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、別紙目録記載の図柄(以下、それぞれ「図柄1」などという。)につき著作権を有すると主張する原告が、被告は、上記図柄を案内用看板に表示して使用し、上記図柄に係る原告の著作権を侵害していると主張し、被告に対し、著作権侵害の不法行為責任に基づく損害賠償として、200万円及びこれに対する平成24年3月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実以外は、証拠等を末尾に記載する。)
(1) 当事者等
ア 原告は、広告宣伝等を業とする株式会社であり、X(以下「原告代表者」という。)は原告の代表取締役である(甲80、原告代表者)。
イ 被告は、ワイン等の製造、販売等を業とする株式会社である(被告代表者、弁論の全趣旨)。
(2)ア 被告は、平成10年頃から、原告との間で、被告の経営するワイナリー等の案内看板の設置等を内容とする契約(以下「本件各契約」という。)を順次締結し、山梨県内において、原告に、図柄2(以下「本件図柄」という。)を使用した案内看板を設置させ、その管理等を委託するようになった(甲9ないし16、19の1ないし3)。
イ 被告は、その後、下記場所において、原告とは別の業者に依頼して、図柄3ないし12を表示した案内看板を設置した(甲7、52ないし61、原告・被告各代表者)(以下、原告準備書面等における表記に従い、下記(ア)ないし(コ)を併せて、「Eコース」という。)。
(ア) 山梨県笛吹市一ノ宮町169番地 図柄3
(イ) 同県甲州市勝沼町勝沼2504番地 図柄4
(ウ) 同市勝沼町菱山1399番地 図柄5
(エ) 同市勝沼町勝沼2078番地 図柄6
(オ) 同市勝沼町勝沼2078番地 図柄7
(カ) 同市勝沼町勝沼2078番地 図柄8
(キ) 同市勝沼町勝沼2078番地 図柄9
(ク) 同市勝沼町勝沼字東1956番地 図柄10
(ケ) 同市勝沼町勝沼菱山4729番地 図柄11
(コ) 同市勝沼町勝沼菱山4729番地 図柄12
 図柄3ないし12は、本件図柄の字体や文字の配置を一部変更し、これに、距離や方角等を示す文字(「3km」、「次の信号右折」、「手前に右折」、「左折500m」等)や矢印、進行方向を示す簡略な道路図等を付加したものである。
ウ 原告は、平成24年3月14日、被告に対し、上記アの契約に基づく広告掲載料等の未払金合計400万円を書面到達時から7日以内に支払うよう通知する書面(甲1)を発出し、同書面は同月15日に被告に到達した(甲2)。
 さらに、原告は、同月21日、被告に対し、上記400万円が支払われなかったことなどを理由として、原告と被告との間の全契約を同日付けで解除する旨の書面(甲3)を発出し、同書面は同月22日に被告に到達した(甲4)。
2 争点
(1) 「Eコース」における著作権侵害の成否
(2) 損害額
第3 争点に対する当事者の主張
1 争点(1)(「Eコース」における著作権侵害の成否)
(原告の主張)
(1) 本件図柄の著作物性
 本件図柄は、原告代表者が、ワインが工場で熟成しワイングラスの中に注ぎ込まれるまでのストーリーを、統一された美的な物語風のシンプルな構図の中に表現し、見る人の心にワイナリーとワインの熟成するイメージが浮かんで興味を抱き、その場所に心が寄せられるように工夫し、思想・感情を込めて創作したものである。また、本件図柄は、見る人がワインの熟成する酵母の沸々感やワイナリーを心の中にイメージできるように、見えざる手が招くような物語風に表現したものであり、具体的には、ワイナリーをイメージさせる黄色を基調として、ワイングラスはインパクトのある白抜きとし、背景色は生命力あふれるすがすがしいシアンにし、さらに、文字はシアンに合わせた色合いとし、酵母の沸々感を感じられる字体としたものであって、思想又は感情を創作的に表現したものに当たる。
 また、本件図柄は、背景を濃い青色として力強い生命力を表現し、中央に無色(白)のグラスを配置し、左右対称のなだらかな曲線等によりグラスに安定感を与え、濃い青色と無色(白)の自然のコントラストを表現し、さらに、グラス内に背景色と同じ濃い青色を配置することにより、背景色のすがすがしさ・生命力と、白いグラスとのコントラストを自然に融合させ、絵柄に一体化したまとまり感を与えたものである。さらに、本件図柄は、グラス上にアーチ型をした柔らかい黄色を配置して絵柄に輝きを与え、その横ラインの上下を、自然に黄金分割の比率としたものである。
 以上のとおり、本件図柄は構成、線、量、色において美術性を有し、見る人の心にストレートに響くよう、シンプル化した中にも個性をもって表現されたものであり、思想又は感情を創作的に表現したものとして、著作物に当たる。
(2) 原告代表者は、本件図柄を創作し、平成10年1月10日、本件図柄に係る著作権を原告に譲渡した。
 原告代表者は、平成23年9月、アメリカ合衆国(以下「米国」という。)において、本件図柄につき著作権登録を受けているのであって、原告代表者が本件図柄の著作者であることは、日本を含むベルヌ条約の加盟各国で認知されているところである。
(3) 原告は、本件各契約の締結により、本件図柄を被告に「貸与」し、さらに、集客戦略の一環として、本件各契約が存続する間に限り、Eコースにおいて、本件図柄を変形した図柄であり、原告の著作物である図柄3ないし12を看板に表示して使用することを無償で許諾した。上記図柄のほか、図柄1も原告の著作物である。
 しかるに、被告が、本件各契約に基づく金員の一部を支払わず、また、原告と被告との間の信頼関係を破壊するような言動を取ったことから、原告は、本件各契約を、平成23年3月21日をもってすべて解除した。
(4) したがって、同月22日以降のEコースにおける図柄3ないし12の使用は、原告の著作権(貸与権)を侵害するものに当たる。
(被告の主張)
(1) 原告の主張は、事実については否認し、法的主張は争う。
(2) 本件図柄が著作物に該当しないこと
ア 本件図柄は、青色の背景色に白いワイングラス(ブランデーグラス)を配置し、背景色と同色の青色文字で「シャトー勝沼」と描いたものであるが、まず、「シャトー勝沼」の文字については、裁判例上、「デザイン書体は一般に、専ら美の表現のみを目的とする純粋美術作品とはいえず、また通常美術鑑賞の対象とされるものではない。」、「すなわち文字は元来情報伝達のための実用的記号(の一種)であるところ、デザイン書体は、かかる事実を前提に情報伝達という実用的機能を担い、かつ、当該機能を果たすために使用される記号としての文字に、美的形象を付与すべくデザインしたものであって、そのこと自体から、実用に供されることを目的とするものということができる。」と判示されているとおりであり、著作物に当たらないものである。また、青色と白色を組み合わせた本件図柄の色遣いは、道路からよく見えるように選択されたものであり,これと同様の色遣いは,他の看板にも多数みられるものであって,創作性を認めるべきようなものではない。
イ 以上のとおり,本件図柄は,見る者の審美的感情に呼びかける等,純粋美術と同視できるようなものではなく,かつ,その構成において作者の創作性が表れているとみられるようなものでもないから,著作権法保護されるべき「著作物」に当たらない。
(3) 本件図柄の著作権が原告に帰属するものではないこと
ア 仮に,本件図柄が著作物に該当するものであるとしても,本件図柄は,次のとおり、被告代表者であるY(以下「被告代表者」という。)が作成したものであるから、原告に著作権が帰属するものではない。
イ 被告代表者は、原告に被告の案内看板を製作させるに当たり、当初、青色の背景色に楕円形の白抜き部分を設け、その中に被告の社名である「シャトー勝沼」を青色で描き入れたものを作成させたが(乙10)、これでは面白みがなかったため、以前、ワイングラスに「シャトーカツヌマ」と描いたものを観光客に配布したことがあるのを思い出し、文字の収まりや全体の構図を考慮して、ブランデーグラスのように柄を短くプレートを大きめにするなどして本件図柄を完成させ、原告に指示して同図柄を表示した看板を製作させたものであり、本件図柄のデザイン、文字、色合い等は、すべて被告代表者の創作によるものである。
ウ 以上のとおり、本件図柄の著作者は被告代表者であって原告代表者ではないから、その著作権が原告に帰属することもない。
エ 仮に本件図柄が原告代表者の作成に係るものであるとしても、本件図柄は被告のために作成されたものであり、その中に被告を示す「シャトー勝沼」の表示があるのであるから、原告代表者が著作権を譲渡し被告に帰属させる意思であったことは明白である。
(4) 原被告間における契約は、甲9、11、13及び15号証各記載の広告掲載契約がすべてであり、Eコースに関し、原被告間に契約関係は存在しない。被告は、Eコースにおいて従前設置していた看板を交換するに当たり、誘導看板の図柄を統一したいと考えたことから、本件図柄を利用したデザインの看板を他の看板業者に作成させたものであるが、原告が本件図柄の著作権者ではなく、原被告間に本件図柄のデザインの独占使用契約等も存在しない以上、Eコースにおける本件図柄の利用に関し原告の許諾を得なかったとしても、何ら問題とすべき点はない。
2 争点(2)(損害額)
(原告の主張)
 原告は、被告の著作権(貸与権)侵害の不法行為により、本件図柄の貸与によって得られるべき利益を喪失した。
 本件図柄を広告看板に貸与する場合の著作物貸与・広告掲載料は年20万円であるから、Eコース合計10か所における損害額は200万円(20万円×10か所)となる。
(被告の主張)
 原告の主張は争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(Eコースにおける著作権侵害の成否)
(1) 本件図柄の著作物性
ア 著作権法は、著作権の対象である著作物の意義について、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(著作権法2条1項1号)と規定しているのであって、当該作品に思想又は感情が創作的に表現されている場合には、当該作品等は著作物に該当するものとして同法による保護の対象となる一方、思想又は感情若しくはアイデアなど表現それ自体ではないもの、又は表現が平凡かつありふれたものであるなどの理由により、表現上の創作性がないものについては著作物に該当せず、同法による保護の対象とはならない。そして、当該作品等が、「創作的」に表現されたものであるというためには、厳密な意味で作成者の独創性が表現として表れていることまでを要するものではないが、作成者の何らかの個性が表現として表れていることを要するものであって、表現が平凡かつありふれたものである場合には、作成者の個性が表現されたものとはいえず、「創作的」な表現ということはできないというべきである。
イ そこで、本件図柄について、上記意味における創作性の有無について検討するに、本件図柄は、やや紫がかった青色の横長の長方形の中に、縦横の長さがそれぞれその3分の2程度を占める大きさの白色のグラスを配置し、上記グラスのボウル内に、背景色と同色で、「シャトー勝沼」の文字を上下二段に分けて横書きし、さらに、グラス上方に、「シャトー勝沼」よりもやや小さい黄色の丸ゴシック文字で、アーチ状に「ワイナリー/工場見学」の文字を横書きしたものである。
ウ 本件図柄は、上記のとおり、背景色の中に、白色のグラスを大きく配置したものであるが、本件図柄が、被告の運営するワイナリー等への案内看板の図柄として制作されたものであること(前記前提事実(2))を考慮すれば、その図柄にグラスの形状を採用することはありふれたものというべきである。また、上記グラスの形状は、通常のワイングラスよりもプレート部分がやや大きく、軸が短いものであるということができるが(乙11)、上記形状は、グラスとして通常見られるものの域を出るものではないというべきであって、このような点に、作成者の個性の表出は認められない。
 また、本件図柄は、上記のとおり、グラスのボウル内に「シャトー勝沼」の文字を上下二段に分けて横書きで配置し、グラスの上方に、アーチ状に「ワイナリー/工場見学」の文字を配置したものであり、これらの文字は、見やすく分かりやすいよう配置され、表示されているものということができる。しかし、本件図柄の案内看板としての性質上、本件図柄の中に、被告の社名である「シャトー勝沼」の文字や、「ワイナリー/工場見学」の文字を含むことは当然のことであり、これらを見やすく、分かりやすい位置に配置することも、その性質から当然に要求されるものというべきである。また、文字をグラスのボウル内に配置することや、アーチ状に配置することもありふれたものであり、作成者の個性の表出を感じられるものではない。そうすると、上記文字の配置・表示は、案内看板における文字の配置・表示としてありふれたものというべきであり、創作性は認められない。
 なお、上記文字のうち、「シャトー勝沼」部分は、文字の太さや端部の形状に変化を持たせた、毛筆体に近い書体で描かれているものであるということができる。しかし、文字は情報伝達という実用的機能を有することをその本質というべきものであるから、文字の書体に著作物としての保護を与えるべき創作性を認めることは一般的には困難であり、当該書体のデザイン的要素が、見る者に特別な美的感興を呼び起こすに足りる程度の美的創作性を備えているような例外的場合に限り、創作性を認め得るにとどまるものというべきところ、本件図柄における「シャトー勝沼」の文字が、上記程度の美的創作性を有するものとは認められない。また、上記文字のうち、「ワイナリー/工場見学」部分は、丸ゴシック体で描かれているものであり、上記程度の美的創作性を認めることのできないものであることは明らかである。
 さらに、本件図柄の配色(やや紫がかった青色、白、黄色)については、他の看板にも見られるものであり、ありふれたものというべきである上(乙11)、本件図柄が被告の案内看板に採用される以前の被告看板においても、同様の配色が採用されていたことが認められるのであって(甲20の1の1、20の2の1、20の3の1)、上記配色が、本件図柄の作成に当たり新たに創作されたものとも認められない。
エ 原告は、本件図柄は全体として美術性を有し、美術の著作物に該当するとも主張する。しかし、本件図柄におけるグラスや文字の配置、色の選択、字体の選択等の各要素を全体として見ても、本件図柄が、全体として一つのまとまりのある絵画的な表現物として、見る者に特別な美的感興を呼び起こすに足りるだけの美的創作性があるものとは認められず、また、その構成において作者の個性が表れているものとも認められない。
 したがって、本件図柄に美術の著作物としての創作性を認めることはできない。
 原告は、米国において、本件図柄の著作権登録を受けている旨も主張するが(甲5の1ないし7)、本件において原告が問題とする本件図柄の利用行為がいずれも日本国内におけるものである以上、本件図柄の著作物性の有無は日本国法に基づき判断すべきものであり、米国における著作権登録の有無が上記判断に影響するものではない。
オ 以上のとおりであって、本件図柄に創作性は認められず、本件図柄が著作物に該当するものとは認められない。
カ 原告は、図柄3ないし12は本件図柄を変形したものであり、図柄1も含めて原告の著作物に当たる旨主張する。しかし、本件図柄に著作物性が認められないことは前記のとおりであるところ、図柄1は、本件図柄から色彩を除いたものであり、また、図柄3ないし12は、本件図柄の字体や文字の配置を一部変更し、これに、距離や方角等を示す文字(「3km」、「次の信号右折」、「手前に右折」、「左折500m」等)や矢印、簡略な地図等を付加したものであって、これらの点の付加又は変更により、これらの図柄に創作性が生じるものとは認められない。
キ したがって、図柄1ないし12のいずれについても、著作物性を認めることができない。
(2) よって、被告が「Eコース」において看板に図柄3ないし12を表示して使用することが、原告の著作権を侵害するものとは認められない。
2 以上によれば、その余の点について検討するまでもなく、原告の請求には理由がない。
第5 結論
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 大須賀滋
 裁判官 西村康夫
 裁判官 森川さつき
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