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【事件名】「光市母子殺害事件」被告少年の実名本事件(2)
【年月日】平成25年5月30日
 広島高裁 平成24年(ネ)第354号 出版一時差止・損害賠償(甲事件)、損害賠償請求控訴事件(乙事件)

判決


主文
1 甲事件被告らの控訴に基づき、原判決主文第1項ないし第3項を取り消す。
2 上記取消しに係る甲事件原告の請求をいずれも棄却する。
3 甲事件被告らのその余の控訴をいずれも棄却する。
4 甲事件原告の控訴をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は、第1、2審を通じて、甲事件原告に生じた費用は甲事件原告の負担とし、甲事件被告ら及び乙事件被告らに生じた費用は甲事件被告らの負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 甲事件原告
(1) 原判決を次のとおり変更する。
ア 甲事件被告らは、別紙1物件目録記載(1)の図書の出版、配送、発送、頒布、販売等を一切してはならない。
イ 甲事件被告らは、別紙1物件目録記載(2)のウェブサイトにある記載を削除せよ。
ウ 甲事件被告Aは、甲事件被告Aが開設している「B」のウェブサイトに掲載している「『C被告が胃潰瘍で血便や吐血』と弁護団 2010/07/13」と題する記事、「広島法務局、C被告の人権救済申し立てに関する調査を中止 2010/07/14」と題する記事及び甲事件原告を実名で記載した記事をすべて削除せよ。
エ 甲事件被告Aは、甲事件被告Aが開設している「B」のウェブサイトに甲事件原告の実名を含む記事を掲載してはならない。
オ 甲事件被告らは、甲事件原告に対し、連帯して、1200万円及びうち1100万円に対する平成21年10月7日から、うち100万円に対する平成22年7月13日からいずれも支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。
(2) 訴訟費用は、第1、2審とも、甲事件被告らの負担とする。
(3) (1)オにつき、仮執行の宣言
2 甲事件被告ら
(1) 原判決中甲事件被告ら敗訴部分を取り消す。
(2) 上記取消しに係る甲事件原告の甲事件請求をいずれも棄却する。
(3) 甲事件原告は、甲事件被告Dに対し、1100万円及びこれに対する平成22年1月10日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし、1100万円及びこれに対する平成22年1月13日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で、乙事件被告E、乙事件被告F及び乙事件被告Gと連帯して)を支払え。
(4) 乙事件被告Eは、甲事件被告Dに対し、1100万円及びこれに対する平成22年1月9日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし、1100万円及びこれに対する平成22年1月13日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で、甲事件原告、乙事件被告F及び乙事件被告Gと連帯して)を支払え。
(5) 乙事件被告F及び乙事件被告Gは、甲事件被告Dに対し、甲事件原告及び乙事件被告Eと連帯して、1100万円及びこれに対する平成22年1月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(6) 甲事件原告は、甲事件被告Aに対し、495万円及びこれに対する平成22年1月10日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし、495万円及びこれに対する平成22年1月13日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で、乙事件被告E、乙事件被告F及び乙事件被告Gと連帯して)を支払え。
(7) 乙事件被告Eは、甲事件被告Aに対し、495万円及びこれに対する平成22年1月9日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし、495万円及びこれに対する平成22年1月13日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で、甲事件原告、乙事件被告F及び乙事件被告Gと連帯して)を支払え。
(8) 乙事件被告F及び乙事件被告Gは、甲事件被告Aに対し、甲事件原告及び乙事件被告Eと連帯して、495万円及びこれに対する平成22年1月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(9) 訴訟費用は、第1、2審とも甲事件原告及び乙事件被告らの負担とする。
(10) (3)ないし(9)につき、仮執行の宣言
第2 事案の概要
1 甲事件原告は、18歳当時に殺人事件(いわゆる光市母子殺害事件、以下「本件刑事事件」という。)を犯し、犯人として起訴され、死刑判決が確定している。甲事件被告Dは、本件刑事事件の差戻し控訴審判決(死刑判決)が言い渡された後、甲事件原告との面会などに基づき、甲事件原告に関する事柄を記載した書籍(「C君を殺して何になる―光市母子殺害事件の陥穽(かんせい)―」。以下「本件書籍」という。)を執筆し、甲事件被告Aを出版者として、これを出版した。
 甲事件は、甲事件原告が、本件書籍の出版によってプライバシー権などの人格権等が侵害されたとして、(ア)甲事件被告らに対し、本件書籍の出版、販売等の差止め及び甲事件被告Aが開設している「B」という名称のウェブサイト(以下「本件ウェブサイト」という。)に掲載されている本件書籍の紹介記事の削除を求め、(イ)甲事件被告Aに対し、本件ウェブサイトに掲載された甲事件原告に関する記事の削除及び本件ウェブサイトに甲事件原告の実名を含む記事を掲載することの禁止を求め、(ウ)甲事件被告らに対し、共同不法行為や債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づき、連帯して1200万円及びその遅延損害金の支払を求める事案である。
 乙事件は、甲事件被告らが、本件書籍をめぐる甲事件原告、本件刑事事件における甲事件原告の弁護人であった乙事件被告らの発言等により、名誉が毀損されたとして、共同不法行為に基づき、甲事件原告、乙事件被告らに対し、甲事件被告Dが1100万円及びその遅延損害金、甲事件被告Aが495万円及びその遅延損害金の支払を求める事案である。
 原判決は、甲事件について、本件書籍や本件ウェブサイトの記事により、甲事件原告のプライバシー権、肖像権などが侵害されたとして、甲事件被告らに対し連帯して33万円、甲事件被告Dに対し22万円、甲事件被告Aに対し11万円及びこれらの遅延損害金を甲事件原告に支払うよう命じ、その余の甲事件原告の甲事件請求を棄却し、甲事件被告らの乙事件請求をいずれも棄却したので、甲事件原告、甲事件被告らがそれぞれ控訴をした。
2 前提となる事実(証拠を掲記したもの以外は当事者間に争いがない。)
(1) 甲事件原告は、平成11年4月14日、本件刑事事件(いわゆる光市母子殺害事件)を引き起こし、犯人として起訴され、死刑判決が確定している。
(2) 本件刑事事件の概要、審理の経過は、次のとおりである(甲事件の甲25)。
ア 第1審判決が認定した本件刑事事件の概要
 本件刑事事件は、当時18歳の少年であった甲事件原告が、平成11年4月14日午後2時30分ころ、配水管の検査を装って上がり込んだアパートの一室において、当時23歳の主婦を強姦しようとしたが、激しく抵抗されたため、同女を殺害した上で姦淫し、その後、同所において、激しく泣き続ける当時生後11か月の同女の長女をも殺害し、その後、同所において、上記主婦管理の現金等在中の財布1個を窃取したというものである。
イ 本件刑事事件の審理経過
 本件刑事事件の第1審裁判所(山口地方裁判所)は、平成12年3月22日、上記犯罪事実を認定して、甲事件原告を無期懲役に処する旨の判決を言い渡した。
 第1審判決に対し、検察官が、量刑不当を理由に控訴を申し立てた。差戻し前の控訴審裁判所(広島高等裁判所)は、平成14年3月14日、第1審判決の量刑を相当として、検察官の控訴を棄却する旨の判決を言い渡した。
 差戻し前の控訴審判決に対し、検察官が上告を申し立てた。差戻し前の上告審裁判所(最高裁判所)は、平成18年6月20日、「原判決は、量刑に当たって考慮すべき事実の評価を誤った結果、死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情の存否について審理を尽くすことなく、被告人を無期懲役に処した第1審判決の量刑を是認したものであって、その刑の量定は甚だしく不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反する」として、差戻し前の控訴審判決を破棄し、本件刑事事件を広島高等裁判所に差し戻す旨の判決を言い渡した。
 差戻し後の控訴審裁判所(広島高等裁判所)は、平成20年4月22日、差戻し前の上告審が指摘した「死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情」は認められないとして、甲事件原告を無期懲役に処した第1審判決を破棄し、甲事件原告を死刑に処する旨の判決を言い渡した。差戻し後の控訴審判決に対し、甲事件原告が上告を申し立てたところ、差戻し後の上告審裁判所(最高裁判所)は、平成24年2月20日、上告を棄却する旨の判決を言い渡したので、甲事件原告を死刑に処した差戻し後の控訴審判決が確定した。
(3) 甲事件被告Dは、本件刑事事件の差戻し控訴審判決(死刑判決)が言い渡された後の平成21年10月7日(当時甲事件原告は28歳)、甲事件原告との面会などに基づき、甲事件原告に関する事柄を記載した本件書籍(「C君を殺して何になる―光市母子殺害事件の陥穽(かんせい)―」)を執筆し、甲事件被告Aを出版者として、これを出版した。
(4) 本件書籍の出版に関する甲事件原告及び乙事件被告らと甲事件被告らとの間のやりとりなどは次のとおりである。
ア 甲事件被告Aは、「H」という名称で出版業を営み、本件ウェブサイトを開設しているところ、平成21年9月27日ころ、本件ウェブサイトに、本件書籍の紹介記事(別紙2。以下「本件紹介記事」という。)を掲載した。
イ 甲事件原告は、平成21年10月5日、広島地方裁判所に対し、甲事件被告らを相手方として、本件書籍の出版、販売等の一時差止め等を求める旨の仮処分(以下「本件仮処分」という。)を申し立てた。
 広島地方裁判所は、同年11月9日、本件仮処分の申立てを却下する旨の決定をした。
ウ 本件書籍(初版4000部)は、平成21年10月7日、出版された。
エ 甲事件原告は、平成21年10月15日、広島地方裁判所に対し、本件書籍の出版差止め等を求めて、本件訴えを提起した。
オ 乙事件被告F及び乙事件被告Gは、本件刑事事件の甲事件原告の弁護人であったが、本件仮処分申立て後に、「週刊誌I」の記者から取材を受け、これに基づき、週刊誌I2009年(平成21年)10月23日号に、別紙3のとおり、「山口・光市母子殺害事件『元少年実名本』の驚く中身 弁護団vs著者・出版元」と題する記事が掲載された。
 乙事件被告Eは、本件刑事事件の甲事件原告の弁護人であったが、本件仮処分の申立て後である平成21年10月24日、仙台市で開催された市民集会に参加し、本件書籍の出版等について、発言した。
 乙事件被告Fは、平成21年11月26日の甲事件第1回口頭弁論期日の終了後、記者会見を行った。
カ 甲事件被告Dは、上記仮処分の申立て及び本件訴え提起の後に、「週刊誌J」の記者及び「週刊誌K」の記者から取材を受け(以下「本件週刊誌インタビュー」という。)、これに基づき、週刊誌J2009年(平成21年)10月27日号には、別紙4のとおり、「光市母子殺害事件『元少年』実名本著者の反論」と題する記事が、週刊誌K2010年(平成22年)2月9日号には、別紙5のとおり、「山口県・光市母子殺害事件 C君のことを、一番知りたがったのは普通のお母さんたちでした」と題する記事が掲載された。
キ 甲事件被告Aは、本件訴え提起後である平成22年7月13日、本件ウェブサイトに、「『C被告が胃潰瘍で血便や吐血』と弁護団 著者−A2010年7月13日(火曜日)04:15」、「当方は、相手方の心ない準備書面にたびたびキズつけられている。ぼく自身は精神科医から新たに『ポンタール』という頭痛薬の服用を許可され、精神安定剤も増えている一方だ。どうしてくれる?(原文ママ。以下同)ということである。」との記事(以下「本件記事1」という。)を掲載した。
 甲事件被告Aは、翌14日、本件ウェブサイトに、「広島法務局、C被告の人権救済申し立てに関する調査を中止」との記事(以下「本件記事2」といい、本件記事1と併せて「本件各記事」という。)を掲載した。
3 甲事件原告の甲事件請求原因
(1) 甲事件被告Dの甲事件原告との面会
ア 甲事件被告Dは、ジャーナリストである身分を偽り、取材目的を秘して、平成20年8月ころから、本件刑事事件のため広島拘置所に在所中の甲事件原告と面会するようになった。甲事件原告は、取材ではなく、友人として(プライベートなものとして)、甲事件被告Dとの面会を続けていた。
イ 甲事件被告Dは、甲事件原告と面会を続ける中で(平成20年10月27日から29日ころ)、甲事件原告に対し、「光市事件について何らか(の媒体)に文書をまとめて発表したい」旨述べた。これに対し、甲事件原告は、甲事件被告Dに対し、「何らか(の媒体)に文書を発表する際には必ずその原稿内容などを事前に確認させてくれるのか」と質問したところ、被告Dは、「そうである。」と答えた。また、甲事件原告は、その後、甲事件被告Dに対し、甲事件原告の親族、知人及び関係者の実名を出したり、その人たちの生活を脅かすようなことをしないことを約束するよう求めたところ、甲事件被告Dはこれを承諾した。さらに、甲事件原告は、甲事件被告Dに対し、知人(以下「本件知人」という。)が原告に宛てた手紙(以下「本件知人手紙」という。)を第三者に公開しないように念を押したところ、甲事件被告Dは、甲事件原告に対し、本件知人手紙を第三者に公開しない旨の誓約書を交付した。
(2) 本件書籍の出版
 甲事件被告Dは、平成21年8月ころまで、甲事件原告と面会等を繰り返し、これにより得た情報などにより、甲事件原告に関する事柄を記載した本件書籍(「C君を殺して何になる―光市母子殺害事件の陥穽(かんせい)―」)を執筆し、甲事件原告に内容確認の機会を与えず、その同意がないまま、同年10月7日、甲事件被告Aを出版者として、これを出版した。
(3) 本件書籍による権利侵害
ア プライバシー権の侵害
(ア) 本件書籍には、甲事件原告が広島拘置所内で甲事件被告Dと面会した際に述べた甲事件原告の私的な会話内容が記載されている。
 このような私的な会話内容は、甲事件原告が他人にみだりに知られたくない情報であるから、これを甲事件原告に無断で公開したことは、甲事件原告のプライバシー権を侵害するものである。
(イ) 本件書籍には、甲事件原告の実名が記載されている。甲事件原告の実名は、甲事件原告が他人にみだりに知られたくない情報であるから、甲事件原告の実名を公開したことは、甲事件原告のプライバシー権を侵害するものである。
(ウ) 本件書籍には、甲事件原告の親族が「L小学校の近くの戸建て住宅」に居住していると記載されているので、住宅地図などにより当該地域以外の者にも特定可能な状態となっている。甲事件被告Dは、甲事件原告に対し、甲事件原告の親族の生活を脅かすようなことをしないことを約束していたのであるから、甲事件被告Dが、甲事件原告の親族の居住地を具体的に記載したことは、甲事件原告のプライバシー権を侵害するものである。
(エ) 本件書籍には、甲事件原告が甲事件被告Dに宛てた最初の手紙(平成20年5月7日消印の手紙。以下「本件手紙1」という。)の写真が掲載され、その内容もそのまま引用されている。また、本件手紙1は、甲事件被告Dが、「私は検察やマスコミにリークすることは決してありません。」と記載した甲事件被告Dの甲事件原告宛ての手紙の返事であって、公開されないことが約束されていたものである。そうすると、本件手紙1は、公開することが予定されておらず、その性質上私生活に属する事柄であって、一般人の感受性を基準にすれば公開を欲しないものである上、甲事件被告Dが公開しないことを約束していたものであるから、甲事件被告Dが、甲事件原告に無断でこれを公開したことは、甲事件原告のプライバシー権を侵害するものである。
(オ) 本件書籍には、本件知人が甲事件原告に宛てた本件知人手紙の写真が掲載され、その内容もそのまま引用されている。甲事件被告Dは、甲事件原告に対し、誓約書を差し入れて、本件知人手紙を第三者に公開しないことを約束して、甲事件原告から、本件知人手紙の提供を受けていたものであるから、本件知人手紙は、公開することが予定されておらず、その性質上私生活に属する事柄であって、一般人の感受性を基準にすれば公開を欲しないものである上、甲事件被告Dが公開しないことを約束していたものであるから、甲事件被告Dが、甲事件原告に無断でこれを公開したことは、甲事件原告のプライバシー権を侵害するものである。
イ プライバシー権及び肖像権の侵害
 本件書籍には、中学校の卒業アルバムから複写した甲事件原告の顔写真が掲載されている。甲事件原告の顔写真は、甲事件原告が他人にみだりに知られたくない情報であるから、甲事件原告の顔写真を無断で公開したことは、甲事件原告のプライバシー権を侵害するものである。
 また、 上記顔写真は、本件刑事事件発生時から3年以上も前のものであり、およそ出版を想定していない中学校の卒業アルバムの写真であり、また、少年法61条違反であることも考慮すれば、顔写真を掲載する必要性ないし相当性はなく、無断で公開したことは、甲事件原告の肖像権を侵害するものである。
ウ 名誉権の侵害
 本件書籍は、甲事件原告の会話内容について、甲事件被告Dの勝手な解釈による思い込みを羅列していて、甲事件原告に対する誤ったイメージを読者に与えるものであり、また、甲事件原告の死刑判決が確定し、死刑執行されることを前提とした内容となっていて、あたかも甲事件原告が死刑になることが確定しているかのような印象を読者に与えるほか、甲事件原告が死刑相当であるとの否定的評価を行っている。したがって、本件書籍の上記内容は、甲事件原告の社会的評価を低下させるものであって、甲事件原告の名誉権を侵害するものである。
エ 著作者人格権等の侵害
 本件書籍には、本件手紙1のほか、甲事件原告の平成20年7月1日付け手紙(以下「本件手紙2」という。)の内容がそのまま引用されている。本件手紙1及び本件手紙2は、甲事件原告の著作物であるから、無断で使用したことは、甲事件原告の著作者人格権としての公表権(著作権法18条)及び著作権としての複製権(同法21条)を侵害するものである。
オ 成長発達権の侵害
 本件書籍は、タイトル及び内容に甲事件原告の実名が付され、また、中学校の卒業アルバムから複写した甲事件原告の顔写真、甲事件原告が甲事件被告Dに宛てた手紙も掲載され、甲事件原告の親族の居住地も記載されている。
 したがって、本件書籍が、少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を出版物に掲載してはならないと規定する少年法61条に違反し、同条によって保障された成長発達権を侵害するものである。
カ なお、本件書籍の内容には、公共の目的はなく、公益を図るものでもなく、その違法性を阻却する事由は存しない。
(4) 本件紹介記事による権利侵害
 本件紹介記事には、「「C君が死刑になることで、何か1つでも、社会にとって得るものがあってほしい」と願い、取材を続けた著者」との記載があって、甲事件原告が死刑になることを前提とするような書きぶりをしており、これは、甲事件原告の人格権を侵害するものである。
(5) 本件各記事による権利侵害
 本件各記事は、甲事件原告の実名を記載するもので、少年法61条に違反し、また、本件記事1は、甲事件原告の身体・健康・医療という他人に知られたくない情報を公表し、訴訟目的で裁判所に提出された甲事件原告の陳述書の一部を無断で原文のまま使用していて、甲事件原告のプライバシー権及び名誉権を侵害した。
(6) 本件週刊誌インタビューによる権利侵害
 甲事件被告Dは、本件書籍が出版された後に、「週刊誌J」及び「週刊誌K」の記者の本件週刊誌インタビューに応じ、甲事件原告が甲事件被告Dに宛てた手紙を公開するなどして、甲事件原告のプライバシー権及び名誉権を侵害した。
(7) 甲事件被告Dの債務不履行責任及び不法行為責任、甲事件被告Aの不法行為責任
 甲事件被告Dは、甲事件原告との間で、@事前に原稿内容等を確認させること、A本件知人が甲事件原告に宛てた手紙を第三者に公開しないこと、B甲事件原告の親族、知人及び関係者の実名を出したり、生活を脅かすようなことをしたりしないことについて合意をしていたが、これらに違反したものである。また、本件書籍は、甲事件原告の成長発達権、プライバシー権、名誉権、肖像権、著作権及び著作者人格権を違法に侵害するものである。
 したがって、甲事件被告Dは、甲事件原告に対し、債務不履行責任及び不法行為責任を負い、甲事件被告Aは、甲事件原告に対し、不法行為責任を負う。
(8) 甲事件原告の被害
 甲事件原告は、友人として(プライベートなものとして)甲事件被告Dと面会を続けていたが、甲事件被告Dに裏切られ、本件書籍が出版されたことによって、日々、精神的苦痛を覚え、精神的に不安定な状態に置かれており、精神安定剤の投与量を増加せざるをえない状況に至り、胃潰瘍を発症した。
 本件書籍の出版、販売等によって、甲事件原告の精神的苦痛が倍加され、甲事件原告が平穏な気持ちで生活を送ることが困難となるおそれがあり、本件書籍の読者が新たに増えるごとに、甲事件原告の精神的苦痛が増加し、甲事件原告の平穏な生活が害される可能性も増大する。
 また、甲事件原告は、本件書籍が出版され、甲事件原告の実名等のプライバシー情報が公開されたことによって、父親や友人との信頼関係を修復することが極めて困難になるとともに、甲事件原告の実名や顔写真が公知の事実となり、これを回復することは不可能である。
 さらに、甲事件原告は、今後社会復帰した際に、本件刑事事件の犯人であり、前科者であるとの偏見にさらされ、社会生活を送る上で、様々な障害となることが容易に予想される。
 以上により、甲事件原告は、慰謝料1100万円、弁護士費用100万円の合計1200万円の損害を被った。
(9) 甲事件原告の甲事件請求
 よって、甲事件原告は、
ア 甲事件被告らに対し、甲事件原告の人格権(成長発達権、プライバシー権、名誉権、肖像権、著作権及び著作者人格権)に基づき、本件書籍の出版、販売等の差止めを求め、
イ 甲事件被告らに対し、甲事件原告の人格権に基づき、本件ウェブサイトに掲載されている本件紹介記事の削除を求め、
ウ 甲事件被告Aに対し、人格権に基づき、本件ウェブサイトに掲載された本件各記事の削除及び甲事件原告の実名が記載された記事の掲載禁止を求め、
エ 甲事件被告らに対し、甲事件被告Dは、債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、甲事件被告Aは、不法行為による損害賠償請求権に基づき、連帯して、1200万円(慰謝料1100万円及び弁護士費用100万円)及びうち1100万円に対する平成21年10月7日から、うち100万円に対する平成22年7月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
4 甲事件被告らの甲事件請求原因に対する認否、反論
(1) 甲事件原告の権利が侵害されたとの主張は争う。
 本件書籍、本件紹介記事、本件各記事、本件週刊誌インタビューは、甲事件原告のプライバシー権、名誉権、肖像権、著作権及び著作者人格権を侵害するものではなく、また、少年法61条から成長発達権を認めることはできない。かえって、甲事件原告は、甲事件被告Dが甲事件原告の実名を記載するなどして本件書籍を出版することを同意していたのである。なお、甲事件原告の実名及び顔写真は、週刊誌などによって繰り返し報道されており、インターネット上でも広く公開されているので、公知の事実となっている上、本件刑事事件は、社会的に正当な関心事であるから、実名及び顔写真の公表は、表現の自由として許容されるものである。
(2) 甲事件被告らに債務不履行責任又は不法行為責任があるとの主張は争う。
 甲事件被告Dが、甲事件原告との間で、@事前に原稿内容等を確認させること、A甲事件原告の親族、知人及び関係者の実名を出したり、生活を脅かすようなことをしたりしないことを合意したことはない。甲事件被告Dは、甲事件原告に対し、本件知人手紙を第三者に公開しない旨の誓約書を交付したが、平成21年6月18日の面会において、本件知人手紙を本件書籍の中で引用させてほしい旨依頼し、甲事件原告の承諾を得ている。
5 甲事件被告らの乙事件請求原因
(1) 週刊誌Iの記事
ア 週刊誌I2009年10月23日号に、乙事件被告G、乙事件被告Fらに対する取材に基づき、「山口・光市母子殺害事件『元少年実名本』の驚く中身」と題する記事(以下「本件週刊誌Iの記事」という。)が掲載された。
イ 本件週刊誌Iの記事には、@甲事件原告が、本件書籍の出版、販売等の一時差止め等の仮処分の申立てをした理由として、本件書籍を出版する前に、甲事件原告と甲事件被告Dとの間に、本件書籍の原稿を甲事件原告に見せて確認させる約束があったのに、甲事件被告Dがこの約束を反故にしたと説明していること(以下「本件発言1」という。)、A乙事件被告Gが、甲事件原告が上記@の説明をしたと述べていること(以下「本件発言2」という。)、B乙事件被告Fが、甲事件被告Dについて、「当初、取材目的であることを明確に告げず、甲事件原告に心を寄せるひとりの女性として元少年(甲事件原告)に近づいた手法も認めがたい」と説明していること(以下「本件発言3」という。)、C乙事件被告Fが、本件書籍につき、「実名表記は話題性だけを狙ったものではないでしょうか。そもそもタイトルが、あたかも死刑が確定しているような誤った印象を与える極めて心ないものです」と説明していること(以下「本件発言4」という。)が記載されている。
ウ(ア) 本件発言1は、甲事件被告Dが、取材のためには取材対象者との約束も平気で反故するジャーナリストであるかのような間違った印象を与えるものであって、甲事件被告Dの社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものである。
(イ) 本件発言2は、甲事件被告Dが、取材のためには取材対象者との約束も平気で反故するジャーナリストであるかのような間違った印象を与えるものであって、甲事件被告Dの社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものである。
(ウ) 本件発言3は、甲事件被告Dが、出版のためには、ジャーナリストであることを秘し、女性であることを利用して取材対象者に取り入ることも辞さないジャーナリストであるかのような間違った印象を与えるものであって、甲事件被告Dの社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものである。
(エ) 本件発言4は、甲事件被告D及び甲事件被告Aが、あたかも話題性だけを狙って出版を行うジャーナリストであり、あるいは、甲事件被告Aが話題性だけを狙って出版を行う出版者であるとの間違った印象を与え、かつ、甲事件被告D及び甲事件被告Aが、あたかも死刑が確定しているような誤った印象を与える極めて心ないジャーナリストであり、あるいは、甲事件被告Aがあたかも死刑が確定しているような印象を与える極めて心ない出版者であるとの間違った印象を与えるものであって、甲事件被告D及び甲事件被告Aの社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものである。
(2) 本件記載に係る記事
ア 乙事件被告G及び乙事件被告Fらが週刊誌Iの記者に提供した本件仮処分の申立書に、「債務者(甲事件被告D)は、債権者(甲事件原告)が取材に応じない場合は、債権者にとって、ますます不利益な内容を書くかもしれないなどと脅迫的な言辞を用いて債権者に取材に応じることを強いるといった経緯もあった」旨の記載( 以下「本件記載」という。)があることが、本件週刊誌Iの記事の中に掲載された。
イ 本件記載は、甲事件被告Dが、出版のためには、取材対象者を脅迫することも辞さないジャーナリストであるかのような間違った印象を与えるものであって、甲事件被告Dの社会的評価を著しく低下させ、その名誉を毀損するものである。
(3) 乙事件被告Fの記者会見
ア 乙事件被告Fは、平成21年11月26日の甲事件第1回口頭弁論期日の終了後に、記者会見を行い、「甲事件被告Dは、甲事件原告に友人として接触しており、手段を選ばない取材で、その取材方法には取材者としての倫理観が欠如しており、営業目的が先行している」旨述べた(以下「本件発言5」という。)。
イ 本件発言5は、甲事件被告Dが、出版のためには、ジャーナリストであることを秘して取材対象者に取り入ることも辞さないジャーナリストであり、倫理観が欠如した手段を選ばない取材をする取材者の倫理観が欠落しているジャーナリストであるかのような間違った印象を与えるものであって、甲事件被告Dの社会的評価を著しく低下させ、その名誉を毀損するものである。
(4) 乙事件被告Eの市民集会での発言
ア 乙事件被告Eは、平成21年10月24日、仙台市内で開催された「今、裁判が恐ろしい」と題する市民集会において、「私たち(乙事件被告Eら)が実名を出すこと自体が彼(甲事件原告)の社会復帰を妨げると主張したことに対して彼ら(甲事件被告D、甲事件被告A及び両被告の代理人)は『彼は死刑、良くても無期懲役、社会に復帰することは基本的にない。したがって彼の更生を考える必要はない』と言います。それを聞いて私たちはびっくりしました」(以下「本件発言6」という。)、「確かに出版の自由を止めるということは重大なことかもしれない。ただしこの表現というものは彼を書くという名を借りて、あるいは実名をタイトルに載せるというセンセーショナルさに名を借りて出版というある種の営業行為だと思っています」(以下「本件発言7」という。)、「この出版について彼はこういうことを言っていました。『実名掲載することに関しては彼はその内容いかんで承諾する。だから原稿を見せてほしい。周りの人に迷惑がかからなければ自分は承諾する』そういう承諾前の状態であった。しかし彼の元には原稿は送られてきませんでしたし、実はこの本が売られた後にも彼には送られてきてない。出版しましたという報告もしていない。私どもが買い求めて彼のところに送ってはじめて彼の手元に届いたんです」(以下「本件発言8」という。)、「こうして、徹底的に利用され、また今回はこういう形で民間人に商売の道具として彼は利用されました」(以下「本件発言9」という。)と述べた。
イ 本件発言6は、甲事件被告らが、甲事件原告の更生を否定する人物、ジャーナリストないし出版者であるかのような間違った印象を与えるものであって、甲事件被告らの社会的評価を著しく低下させ、その名誉を毀損するものである。
 本件発言7は、あたかも甲事件被告らが甲事件原告を利用し、利益優先の営業行為として本件書籍を執筆し出版したジャーナリストないし出版者であるとの間違った印象を与えるものであって、甲事件被告らの社会的評価を著しく低下させ、その名誉を毀損するものである。
 本件発言8は、あたかも甲事件被告Dが、出版のためには取材対象者との約束も平気で反故にするジャーナリストであるかのような間違った印象や、取材対象に対して当該書籍すら送らないような不誠実なジャーナリストであるかのような間違った印象を与えるものであって、甲事件被告Dの社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものである。
 本件発言9は、あたかも甲事件被告らが、甲事件原告を商売の道具として利用し、利益優先の営業行為として本件書籍を執筆し出版したジャーナリストないし出版者であるとの間違った印象を与えるものであって、甲事件被告らの社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものである。
(5) 甲事件被告らの損害
ア 甲事件被告Dは、上記行為により、慰謝料1000万円、弁護士費用100万円相当の合計1100万円の損害を被った。
イ 甲事件被告Aは、上記行為により、慰謝料450万円、弁護士費用45万円相当の合計495万円の損害を被った。
(6) 甲事件被告らの乙事件請求
 よって、甲事件原告、乙事件被告らに対し、甲事件被告Dは、不法行為による損害賠償請求権に基づき、連帯して、1100万円及びこれに対する乙事件訴状送達の日の翌日(甲事件原告は平成22年1月10日、乙事件被告F、乙事件被告Gは同月13日、乙事件被告Eは同月9日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、甲事件被告Aは、不法行為による損害賠償請求権に基づき、連帯して、495万円及びこれに対する乙事件訴状送達の日の翌日(甲事件原告は平成22年1月10日、乙事件被告F、乙事件被告Gは同月13日、乙事件被告Eは同月9日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
6 甲事件原告、乙事件被告らの乙事件請求原因に対する認否、反論
ア 甲事件被告らの名誉が毀損されたことは争う。
イ 本件発言1ないし9、本件記載は、公共の利害に関する事項であり、その目的に公益性があり、その内容は真実であり、仮に、真実でないとしても、真実であると信じるにつき相当な理由があるから、違法性はない。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は、甲事件原告の甲事件被告らに対する甲事件請求及び甲事件被告らの甲事件原告及び乙事件被告らに対する乙事件請求は、いずれも理由がないものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
2 本件紛争に至る経緯
 前提事実、甲1ないし3、5ないし9、11の1、甲12、13、16の1、2、甲17の1ないし24、甲18、22、23の1ないし4、甲25、29、30、33の1ないし3、36、39、41、42、乙2の1、2、4ないし8、21、22、乙3ないし6、9の1、10、乙10の1、乙11の1、乙13の1、5、7、9、10、乙14の1、乙16、乙18の1、乙20、22、25の1ないし3、乙27の1、乙28、乙事件甲1、3、原審甲事件原告、同甲事件被告D、同甲事件被告A、同乙事件被告F、同乙事件被告G及び弁論の全趣旨によれば、本件紛争に至る経緯として、次のとおりの事実が認められる。
(1) 本件刑事事件とこれを犯した甲事件原告に対する社会的注目
ア 甲事件原告は、平成11年4月14日、主婦及び幼児の計2名を殺害して、本件刑事事件(いわゆる光市母子殺害事件)を引き起こし、犯人として起訴された。
イ 本件刑事事件の第1審裁判所(山口地方裁判所)は、平成12年3月22日、上記犯罪事実を認定して、甲事件原告を無期懲役に処する旨の判決を言い渡した。第1審判決に対し、検察官が、量刑不当を理由に控訴を申し立てたが、差戻し前の控訴審裁判所(広島高等裁判所)は、平成14年3月14日、第1審判決の量刑を相当として、検察官の控訴を棄却する旨の判決を言い渡した。
 差戻し前の控訴審判決に対し、検察官が上告を申し立てたところ、差戻し前の上告審裁判所(最高裁判所)は、平成18年6月20日、「原判決は、量刑に当たって考慮すべき事実の評価を誤った結果、死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情の存否について審理を尽くすことなく、被告人を無期懲役に処した第1審判決の量刑を是認したものであって、その刑の量定は甚だしく不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反する」として、差戻し前の控訴審判決を破棄し、本件刑事事件を広島高等裁判所に差し戻す旨の判決を言い渡した。
 差戻し後の控訴審裁判所(広島高等裁判所)では、乙事件被告E(主任弁護人)、乙事件被告F、乙事件被告Gらが、甲事件原告の弁護人となって弁護団を結成し、殺人、強姦、窃盗の故意を否認するなど公訴事実を全面的に争ったが、広島高等裁判所は、平成20年4月22日、第1審判決が認定した罪となるべき事実を認定した上、「死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情」が認められないとして、検察官の量刑不当の控訴を容れ、甲事件原告を無期懲役に処した第1審判決を破棄し、甲事件原告を死刑に処する旨の判決を宣告した。
 甲事件原告は、上記控訴審判決を不服として、上告したが、差戻し後の最高裁判所は、平成24年2月20日、上告を棄却する旨の判決を言い渡し、甲事件原告を死刑に処した差戻し後の控訴審判決が確定した。
ウ 本件刑事事件は、犯行当時18歳の少年であった甲事件原告が、白昼、配水管の検査を装って、夫不在の被害者方のアパートに上がり込み、何ら落ち度のない主婦及び幼児の計2名を殺害したという残虐な事件として世間の注目を浴びるとともに、遺族から犯行時少年であっても死刑に処して欲しいとの厳しい処罰感情が表明され、犯行当時少年であった甲事件原告を死刑に処すべきかどうかの問題がマスコミで大きく取り上げられ、世間一般の強い関心と注目を集めた。特に、差戻し後の控訴審では、甲事件原告の弁護団の訴訟活動や審理状況などが大きく報道され、それまでにも増して広く社会的関心を集め(甲35)、また、この間、本件刑事事件を初めとする少年による凶悪犯罪への対処や犯罪被害者の手続参加が社会問題となり、平成16年には犯罪被害者基本法が制定されるに至っていた。
(2) 甲事件被告Dが甲事件原告と面会するまでの経緯
ア 甲事件被告Dは、東京に居住する者であるが、平成18年3月、M株式会社に入社し、インターネットのニュースサイトの編集部で記者兼編集者として勤務するようになり、そのころ、ジャーナリストである甲事件被告Aと知り合った。甲事件被告Aは、その後、甲事件被告Dの相談に乗ったり、取材上のアドバイスをするようになった。
 甲事件被告Dは、平成19年1月ころ、M株式会社を退社し、同年4月、株式会社Nの内政部でデスク補助のアルバイトとして勤務するかたわら、フリーライターとして、雑誌、インターネットのニュースサイト等に記事を執筆していた。
イ 甲事件被告Dは、本件刑事事件についての報道や裁判のあり方に疑問を抱くようになっていたところ、差戻し後の控訴審が、平成20年4月22日、甲事件原告に対し、死刑に処する旨の判決を言い渡し、甲事件原告が、これを不服として、上告する状況となった。
 甲事件被告Dは、これを機に、本件刑事事件に関する取材をして何らかの原稿を執筆したいと企図し、広島拘置所在所中の甲事件原告に手紙を書いてみようと考え、甲事件被告Aから拘置所への手紙の出し方などの助言を得た上、同月30日、甲事件原告に宛てて手紙(甲1、乙2の3)を郵送した。この手紙には、甲事件被告Dが東京のフリーライターであり、甲事件原告と同じ昭和55年生まれであること、本件刑事事件の報道は一方的で、何が真実なのか、何故あのような事件が起こったのか知ることができず、甲事件原告やその家族との関係等がわからないこと、東京から広島まで行って甲事件原告と面会し、甲事件原告が本件刑事事件、被害者、裁判、報道及び弁護士について考えていることなどを聞き、本件刑事事件の真実に迫りたいと考えていること、今回の死刑判決は不当だと思っているので、その確定を避けるため、何かできることがあれば、やりたいと思っていること、検察やマスコミにリークすることは決してないことなどが書かれていた。
 甲事件原告は、上記手紙に対し、同年5月7日消印の本件手紙1(乙2の4)を返信したが、本件手紙1には、甲事件被告Dとの面会を楽しみにしていること、今は事件のことにふれることはできないが、甲事件原告の個人的なことなら話せるかもしれないなどと書かれていた。
 そこで、甲事件被告Dは、同月13日及び同月24日、甲事件原告に宛て、同年6月中に面会したいとして、その日時を問い合わせる手紙(甲17の1、2)を郵送した。
ウ 乙事件被告Fは、平成20年5月13日すぎころ、弁護団の一員として、甲事件原告に接見したが、その際、甲事件原告は、乙事件被告Fに対し、甲事件被告Dの同日付けの手紙を受け取っており、甲事件被告Dが甲事件原告との面会を希望している旨を告げ、甲事件被告Dが報道関係者か否か調査してほしいと依頼した。乙事件被告Fは、甲事件被告Dについてインターネットで検索したところ、甲事件被告Dとあるマスコミ関係会社との間で紛争が生じていることが判明したので、インターネット記事を書く記者ではないかと考え、甲事件原告にその旨を知らせた。
 甲事件原告は、これを聞いて、乙事件被告Fに対し、甲事件被告Dとは面会はしない、手紙も送付しないようにしてほしいとして、その旨を通知をするよう依頼した。そこで、乙事件被告Fは、甲事件被告Dに対し、同年6月3日付け通知書(乙2の5)を送付した。同通知書には、甲事件原告への面会の申出は断ること、甲事件原告へ手紙を差し出さないでほしいこと、甲事件被告Dが報道関係に身を置くことを隠して甲事件原告に手紙を差し出したとして、これが極めて不適正で、卑劣なことと考えることなどが記載されていた。
エ 甲事件被告Dは、甲事件原告の弁護団と折衝しても甲事件原告との面会許可は得られないだろうと考え、平成20年6月16日、直接、広島拘置所に赴いて甲事件原告との面会を申し込んだが、甲事件原告から、弁護団を通すようにと伝えられて断られ、面会することはできなかった。
 そこで、甲事件被告Dは、弁護団と折衝しようと考え、同日、乙事件被告Fに電話をかけ、同月19日には、乙事件被告Gにも電話をかけて、本件刑事事件の取材のため、甲事件原告に面会したい旨を申し出たが、いずれも断られた(乙37の2、3)。
オ 甲事件被告Dは、甲事件原告の理解を得ようと、甲事件原告に対し、同月23日付け及び同月27日付けの手紙(甲17の3、4、乙11の2、3)を郵送した。これらの手紙には、乙事件被告Fから上記通知書が来たこと、乙事件被告Fとの電話でのやりとりの中で、甲事件原告が甲事件被告Dに手紙を出したのは、取材のためとは思っていなかったからであると言われたこと、甲事件被告Dは、フリーランスなので、どこかの報道機関に所属しているわけではなく、甲事件原告から聞いた話を即座に記事にしようというつもりはないが、取材した結果、記事にすべきだと思うことがあれば、記事にしようという気持ちでいること、甲事件原告を死刑にすべきだという声が社会的に強くなったのは、甲事件原告が本件知人に宛てて書いた手紙の影響が大きいと思うので、本件知人を訪ねて話を聞きたいこと、そのために、本件知人の名前と住所を教えて欲しいこと、同世代の友人に聞いたところ、甲事件原告が差戻し後の控訴審で主張していることは、死刑を回避するため、弁護団が作り上げたストーリーだという意見ばかりであり、甲事件原告の言いたいことを書き手が忖度して書くと、記事の信憑性が損なわれるかもしれないため、甲事件原告の声をありのままに報道する方が事実として受け入れられるのだと実感しているなどと記載されていた。
 これに対し、甲事件原告は、甲事件被告Dに対し、平成20年7月1日付けの手紙(乙2の6)を返送したが、この手紙には、心の準備ができていないため、現時点では面会することができないこと、安易に取材に応じて、被害者らにさらなる悲しみをひろげることは本意ではないこと、面会の日は、質問の主旨をよく理解した上で応えていくこととなること、甲事件原告としては、弁護人には、プライベートな付き合いであるとして、あくまで取材ではなく、友人に接するようにして、話し合える場所を確保したいこと、前向きに待っていてほしいことなどが書かれていた。
 甲事件被告Dは、甲事件原告に対し、同月7日付けの手紙(甲17の5)を郵送して上記手紙に対する謝礼と所感を述べ、さらに、同月22日付けの手紙(甲17の6、乙11の4)を郵送したが、この手紙には、同月12日に東京で開かれた「光市事件」報道を検証する会で乙事件被告Gと話し、甲事件原告と会えるかどうかは甲事件原告次第であると確認したこと、面会をお願いすること、甲事件原告は積極的に取材に応じて、もっとメディアに露出するべきだなどと書かれていた。
(3) 甲事件被告Dの甲事件原告との面会及び取材
ア 甲事件被告Dは、上記(2)の経緯を経て、平成20年8月4日、事前の連絡なく、広島拘置所に赴き、甲事件原告との面会を申し込んだところ、甲事件原告がこれを承諾したので、甲事件原告と面会をした。甲事件被告Dは、翌5日も同拘置所に赴き、面会を申し込んだところ、この日も甲事件原告が承諾したので、甲事件原告と面会をした。
 上記各面会で、甲事件原告は、甲事件被告Dの質問に対し、上告趣意書を書いていること、甲事件原告の父のこと、本件知人のこと、被害者遺族への謝罪のことなどを話した。
 甲事件被告Dと甲事件原告との面会は、その後継続して行われたが、いずれも、1日1回、15分ないし30分程度であり(面会時間は15分であったが、しばしば延長された。)、甲事件被告Dは、あらかじめ、取材対象として興味を持つ事項について、質問事項を紙面に記載しておき、これに従って、甲事件原告に対し、質問し、甲事件原告がこれに回答すると、その回答を書き取るという方法で行われた。甲事件被告Dは、面会終了後間もなく、上記の内容(質問と回答など)をまとめて文章化し、この形で保存した。
 甲事件被告Dは、上記各面会後、甲事件原告に対し、同月7日付けの手紙(甲17の7)を郵送して面会の謝礼を述べ、また、被害者遺族に対し、同月8日付けの手紙を書いて取材の申入れをしたが、同月18日及び20日に電話での取材ができたにとどまった。
 他方、甲事件原告は、そのころ、接見した乙事件被告Fに対し、甲事件被告Dとは取材のためではなく、友人として面会しているなどと、事実と異なることを報告した(甲42)。また、他の乙事件被告らも、甲事件原告がマスコミ関係者である甲事件被告Dと面会していることを認識したが、本件紛争が発生するまで、これを問題視することはなかった。
イ 甲事件被告Dは、平成20年9月6日、甲事件原告から教えられたところに基づき、本件知人を訪ね、その話を聞き、同月8日、甲事件原告と面会し、本件知人の話を伝え、また、同月12日付けの手紙(甲17の8)を郵送して面会の謝礼を述べた。
 甲事件被告Dは、本件知人の取材をすることができたので、そのころ、甲事件原告の人物像を描く記事を雑誌に掲載したいと考え、知り合いの編集長にその話をもちかけたが、掲載を断られたため、更に取材を重ねて単行本を出版する計画を立て、差戻し後の控訴審で弁護団から甲事件原告の精神鑑定等を依頼された医師らに取材を申し入れたが、いずれも断られた。
ウ 甲事件被告Dは、平成20年10月27日、28日及び29日、甲事件原告と面会して甲事件原告の父母の話や女性観等について質問し、その話を聞いたが、その中で、同月28日、甲事件原告に対し、本件知人が甲事件原告に宛てた本件知人手紙を見せてもらいたいと話したところ、翌29日の面会終了直前、甲事件原告から「第三者には見せない」との自筆による書面の差入れを求められた。甲事件被告Dは、甲事件被告Aに相談したところ、甲事件被告Aから、とりあえず手紙を借り、引用する必要が出てきたら、その旨をきちんと説明すればよいとの助言を得たことから、同日、甲事件原告から求められたとおりの書面(甲2、乙13の9。以下「本件誓約書」という。)を作成し、これを甲事件原告に差し入れた。これに対し、甲事件原告は、甲事件被告Dに対し、同年11月4日付けの手紙(乙2の8)とともに、本件知人の甲事件原告宛ての本件知人手紙を郵送した。
 甲事件被告Dは、同年10月29日、甲事件原告から聞いた甲事件原告の父宅を訪ねたが、甲事件原告の義母らからは話を聞けたものの、父と会うことはできなかったため、同年11月16日、再度甲事件原告の父宅を訪ね、インターホン越しに、取材をした。
 甲事件被告Dは、同年12月8日及び10日、甲事件原告と面会し、甲事件原告から高校2年生時の担任であった女性教師の話を聞いたりした。
エ 甲事件被告Dは、上記のとおり、甲事件原告の人物像を描く単行本を出版しようとしていたが、応じてくれる出版社がなく、平成21年1月ころ、甲事件被告Aの出版の手伝いをしたことなどを契機として、甲事件被告Aとの間で、上記単行本を甲事件被告A(H)から出版することを合意した。また、甲事件被告Dは、そのころ、平成21年2月末をもって株式会社Nの仕事を辞め、同年4月から他の職場(非マスコミ関係)に就職することが決まったため、同年3月中、広島市に滞在して集中的に甲事件原告の取材をすることとし、甲事件原告に対し、同年2月12日付けの手紙(甲17の16)でその旨を知らせた。
 甲事件被告Dは、同年3月4日から同月16日ころまでの間、広島市に滞在し、ほぼ連日にわたって甲事件原告と面会し、また、甲事件原告から教えてもらった小学生時、中学生時、高校生時の同級生の自宅等を訪ねて取材した。その中で、甲事件原告の中学生時の同級生から卒業アルバム(以下「本件卒業アルバム」という。)を借りて、甲事件原告に見せたところ、甲事件原告が詳しく見たいと述べたので、同月12日、その全頁をカラーコピーして甲事件原告に差し入れた(乙2の7)。
オ 甲事件被告Dは、平成21年3月27日、甲事件原告と面会し、甲事件原告に対し、約1年、本件刑事事件を調べてきて、近いうちに単行本にしようと思っていること、本件知人の話が聞けたとき、一度、週刊誌の親しい編集者に記事にしたいと持ち込んだが断られ、それからは単行本にしたいと思っていたこと、今もまだ悩んではいるが、甲事件原告の実名を記載したいと思っていることなどを伝えた。これに対し、甲事件原告は、「それって、 僕の了解が必要なの。週刊誌Oとかは了解なしに書いてるよね。」、「結論から言うと、僕は書いてもらってかまいません。」などと答え、甲事件被告Dの執筆する単行本に甲事件原告の実名を記載することを承諾し、その理由として、匿名だったから甲事件原告への批判はあまり来ていないが、批判されるべきは甲事件原告であると思うからとの趣旨を述べた。(乙2の21)。
カ 甲事件被告Dは、甲事件原告に対し、平成21年5月18日付けの手紙(甲17の19)を郵送したが、この手紙には、3月までに甲事件原告から聞いたことをまとめて文章にしていること、甲事件原告の高校生時の窃盗事件について不審があるので説明してほしいことや甲事件原告の高校2年生時の担任女性教師を取材した際に言付かった伝言が記載されていた。
 これに対し、甲事件原告は、甲事件被告Dに対し、同月20日付けの手紙(甲18)を郵送し、その中で、上記窃盗事件の説明をし、またわからないところがあれば、尋ねてくれるよう書き添えた。
キ 甲事件被告Dは、平成21年6月18日、甲事件原告と面会し、単行本(以下、これが本件書籍として出版されたので、本件書籍という。)の執筆が難航していることを報告した上、本件知人が甲事件原告に宛てた手紙を本件書籍に引用することについて甲事件原告の同意を求めた。甲事件原告は、当初、難色を示したが、甲事件被告Dが説得に努めたところ、「僕の手紙だけが報道されているけど、あれはやりとりの中で書かれたものだから、それを引用するっていうのは、わかるんだよ。」と答え、上記引用に理解を示した。そこで、甲事件被告Dが、現在、本件知人に連絡がつかないが、本件知人が甲事件原告に宛てた本件知人手紙を本件書籍に引用することを手紙に書いて郵送していること、本件知人から上記手紙を閲読することの同意は得たが、引用については、同意を得ていないことを話すと、甲事件原告は、「僕が心配するのはそこなんだよ。勝手に引用したことで、何かDさんに不利益があるかもしれない。訴えられるかもしれない。」と気遣い、甲事件被告Dが、「それは、まあしょうがないじゃない。訴えられたら負けるだろうけど。」、「下手したら刑事罰かもしれないし。それはもう、しょうがないよね。」と話したところ、甲事件原告は、「そう。そんなふうに割り切っているんなら。」と答え、上記引用に同意した。
 また、甲事件被告Dは、甲事件原告に対し、甲事件原告が本件知人に宛てた手紙の中に足りない手紙があるので、甲事件原告がその手紙を持っていたら渡してほしい旨を依頼したところ、甲事件原告は、これを承諾した(乙2の22)。
ク 甲事件被告Dは、平成21年6月19日も甲事件原告と面会し、甲事件原告が甲事件被告Dに宛てた手紙を本件書籍に引用することの同意を求めたところ、甲事件原告は、甲事件原告が本件知人に宛てた手紙が公になってからは、手紙を書くときは公になってもいいような形で書いており、単行本に引用することで、甲事件原告に対する固定されたイメージや誤解が解けるのであれば、願ってもないことであると述べ、上記引用に同意した(乙25の3)。
ケ 甲事件被告Dは、平成21年8月4日から7日まで広島市に滞在し、連日甲事件原告と面会した(同月7日の面会が最終となったが、同日までの面会回数は25回に及んだ。)。
 同月4日の面会で、甲事件原告は、甲事件被告Dに対し、同年6月18日に約束した甲事件原告の本件知人宛ての手紙を送付することは、弁護団に反対の意見があるため、できない旨を話し、同月5日の面会では、第一審の弁護人のことなどについて話した。
 同月6日の面会で、甲事件被告Dは、甲事件原告に対し、本件書籍を概ね書き終わっており、同年9月ころには出版できると思うと伝えた上、甲事件原告が取材に協力してくれた理由を尋ねたところ、甲事件原告は、「甲事件被告Dが弁護側でも検察側でもない立場の人だと思ったからであり、逆に言えば、甲事件被告Dが書いたものを自分が読んで疎遠になる可能性があり、社会から賛同が得られても、甲事件原告は違うと思うかもしれないし、社会から批判されても、甲事件原告は賛同するかもしれない。ただ、甲事件原告や誰かのご機嫌取りみたいなことがわかったら、賛同できないと答えた。その後、話が被害者遺族に対する謝罪に及び、甲事件原告は、被害者遺族に面会に来てもらい、弁護団抜きで直接謝りたい」旨を述べた(乙25の2)。
 同月7日の面会で、甲事件被告Dは、甲事件原告に対し、「原稿書いている間に面会するのはたぶんこれが最後で、今度来るときは本を持ってくることになると思う。だから、これだけは書いてほしいっていうことがあれば考えるけど。」と話し、甲事件原告は、あらためて被害者遺族に対する謝罪の言葉を述べた。
コ 甲事件被告Dは、甲事件原告がキリスト教に入信した時期等を確かめるため、平成21年8月23日、広島市に赴き、翌24日、甲事件原告との面会を申し込んだが、甲事件原告から体調不良を理由に面会を断られた。そこで、甲事件被告Dは、同日付けで、甲事件原告の体調について気遣うとともに、質問事項を4点にまとめた手紙(甲17の22)を郵送し、甲事件原告に返信を依頼した。
 甲事件被告Dは、甲事件原告から上記返信がなかったため、同年9月9日付けの手紙(甲17の23)を郵送した。この手紙には、甲事件原告の体調を心配していること、8月24日の面会拒否に衝撃を受けたことのほか、本件書籍が同年9月末に出版されることなどが記載されていた。甲事件原告は、この手紙に対しても返信をしなかった。
サ 以上のとおり、甲事件被告Dと甲事件原告は、平成20年8月4日から平成21年8月7日までの約1年間に合計25回にわたり面会を行ったが、この間、甲事件原告が面会を拒否したことはなく、いずれも穏やかに行われ、甲事件原告は、甲事件被告Dの質問に素直に応じるなど、甲事件被告Dの取材に積極的に協力しており、甲事件被告Dは、信頼関係が得られているものと感じていた。
(4) 本件書籍の出版と出版差止めを巡る紛争
ア Pは、平成21年9月26日、新聞各社に対し、甲事件原告を実名表記し(甲事件原告の了解を得たとされる。)、甲事件原告本人と周辺を追ったルポルタージュの単行本(本件書籍)が10月に「H」から刊行される旨の記事を配信し(乙9の9)、これが翌27日付けの各新聞社の朝刊で報道された(甲3、4)。
 乙事件被告F及び乙事件被告Gは、これにより、甲事件被告らが本件書籍を出版する予定であることを知った(それまで、甲事件原告から、乙事件被告らに対し、 本件書籍の出版に関する報告は何らされていなかった。)。
 乙事件被告Gは、同日、本件ウェブサイトを確認し、同サイトに別紙2の本件紹介記事(甲5)が掲載されており、「H」が本件書籍の販売を受け付けていることを知り、翌28日、甲事件原告と接見した。甲事件原告によれば、甲事件被告Dとの間で、甲事件被告Dが甲事件原告に対し、発行前に本件書籍の原稿を見せるとの約束をしたとのことであった。そこで、乙事件被告Gは、同日、他の乙事件被告らと打ち合わせた上、翌29日、乙事件被告らの連名で、甲事件被告らに対し、出版の一時差止めを求める書面(甲7、8)を送付した。
 その後、乙事件被告Gと甲事件被告Aは、何度か電話でやりとりをした後、同年10月4日、乙事件被告Gの事務所において、乙事件被告Gらと甲事件被告らとによる協議がもたれ、甲事件原告側が本件書籍の原稿を出版前に見せるよう求めたのに対し、甲事件被告側がそれは報道の自由に反するとして、双方が歩み寄らず、協議は決裂した。
イ 甲事件原告は、平成21年10月5日、広島地方裁判所に対し、甲事件被告らを相手方として、本件書籍の出版、販売等の一時差止めを求める本件仮処分の申立てをした。
 本件仮処分の申立書(乙30)には、甲事件原告と甲事件被告Dとの間に、出版予定の書籍の原稿内容などを甲事件原告が事前に確認するとの合意がされたのに、甲事件被告Dがこれに違反したとの記載とともに、「甲事件被告Dは、甲事件原告が取材に応じない場合には、甲事件原告にとって、ますます不利益な内容を書くかもしれないなどと脅迫的な言辞を用いて甲事件原告に取材に応じることを強いるといった経緯もあった」との記載(本件記載)もされていた。
ウ 甲事件被告Aは、平成21年10月7日、本件書籍の初版4000部を出版し、 うち1 冊を宅配便で甲事件原告宛に発送した( 乙1 7 の3 、4)。
 甲事件原告は、広島地方裁判所に対し、同月15日、本件書籍の出版差止め等を求めて本件訴訟(甲事件)を提起し、本件訴訟が係属することとなった。
 甲事件被告Aは、同月16日、2万部を増刷し、その後、更に1万部を増刷した。
エ 広島地方裁判所は、平成21年11月9日、本件仮処分の申立てを却下した(乙1))
(5) 本件書籍出版後の状況
ア  週刊誌I」は、本件仮処分の申立て後、本件仮処分の双方の主張を記事にする趣旨で、双方を取材し、乙事件被告F及び乙事件被告Gも、「週刊誌I」の記者から、取材を受けた。
 上記取材の中で、「週刊誌I」の記者に対し、乙事件被告Gは、本件仮処分の申立てをした理由について、甲事件原告が、甲事件原告と甲事件被告Dとの間に、本件書籍を出版する前に、本件書籍の原稿を甲事件原告に見せて確認させる約束があったのに、甲事件被告Dがこの約束を反故にしたことにあると説明していると述べ(本件発言2)、乙事件被告Fは、甲事件被告Dについて、「当初、取材目的であることを明確に告げず、甲事件原告に心を寄せるひとりの女性として元少年(甲事件原告)に近づいた手法も認め難い。」(本件発言3)、「本件書籍について、実名表記は話題性だけを狙ったものではないでしょうか。そもそもタイトルが、あたかも死刑が確定しているような誤った印象を与える極めて心ないものです。」(本件発言4)などと述べた。
 その後、「週刊誌I」2009年10月23日号が発行され、これには、「山口・光市母子殺害事件『元少年実名本』の驚く中身」と題する本件週刊誌Iの記事が掲載され、その中に本件発言2ないし4が掲載されたほか、乙事件被告Gらが「週刊誌I」の記者に提供した本件仮処分の申立書から本件記載が引用された。本件週刊誌Iの記事の内容は、別紙3のとおりである(乙事件甲3)。
イ 乙事件被告Eは、本件仮処分の申立て及び本件訴訟の提起の後である平成21年10月24日、仙台市で開催された「仙台市民集会 裁判員制度の時代の死刑と人権」と称する市民集会(以下「本件集会」という。)に出席した。
 乙事件被告Eは、本件集会の席上、本件仮処分及び本件訴訟の双方の主張に関して、「私たちが実名を出すこと自体が彼(甲事件原告)の社会復帰を妨げると主張したことに対しては、彼(甲事件原告)は死刑、そして、良くても無期懲役、そして今、無期懲役は事実上終身刑だから社会に復帰することは基本的にはない。従って、彼の更生を考える必要はないということを主張しています。私どもは、それを見てびっくりしたわけですね。」(本件発言6)、「確かに出版の自由を止めることは、大変重要な、あるいは重大なことであるかもしれないわけですけれども、私は、この表現というのは、彼を救うということに名を借りて、あるいは実名をタイトルに載せるということのセンセーショナルさに名を借りて、出版という手段でもって行った一種の営業行為じゃないかというふうに思っているわけです。」(本件発言7)、「実名を掲載するということに関しては、彼はその内容如何によって承諾すると。だから原稿を見せてほしい。それで、周りの人やそういう人たちに迷惑がかからなければ、自分は、承諾するという、いわゆる承諾前の状態にあったわけです。しかし、彼の元には原稿が送られてきませんでしたし、実は、この本は売られたわけですけれども、売られた本自体も彼の所に送られてきていないし、出版しましたという報告も来ていないわけです。結局、私どもが買い求めて、彼の所に送って初めて彼の所に届いたわけです。」(本件発言8)、「こういう形で徹底して彼は利用されたわけです。また今回はこういうかたちで民間人に商売の道具として彼は利用されたのです。」(本件発言9)などと発言した。
ウ 甲事件被告Dは、本件仮処分の申立てないし本件訴え提起後に、「週刊誌J」の記者及び「週刊誌K」の記者から取材を受けた。
 その後、「週刊誌J」(2009年10月27日号)が発行され、これには、「光市母子殺害事件『元少年』実名本著者の反論」と題する記事が掲載された。同記事の内容は、別紙4のとおりである(甲16の2)。
 また、上記取材の中で、甲事件被告Dは、「週刊誌K」の記者に対し、本件手紙1を提供し、その後、「週刊誌K」(2010年2月9日号)には、「山口県・光市母子殺害事件 C君のことを、一番知りたがったのは普通のお母さんたちでした」と題する記事が掲載されたが、同記事には、本件手紙1(封筒を含む)の写真が掲載された。同記事の内容は、別紙5のとおりである(甲16の1)。
エ 乙事件被告Fは、平成21年11月26日に開かれた本件訴訟(甲事件)第1回口頭弁論期日の終了後、記者会見を行い、甲事件について、「甲事件被告Dは、甲事件原告に友人として接触しており、手段を選ばない取材で、その取材方法には取材者としての倫理観が欠如しており、営業目的が先行している」と発言した(本件発言5)。
オ 乙事件被告F及び乙事件被告Gら甲事件原告訴訟代理人らは、平成22年7月12日に開かれた本件訴訟の第4回弁論準備手続期日において、同日付け準備書面を陳述したが、同準備書面には、「本件書籍の出版により、甲事件原告が受けた損害について」と題し、甲事件原告が同年5月下旬から胃潰瘍を発症し、血便や吐血等の症状を呈しているが、これは、この間の一連の経緯によりストレスを受けたことに加え、甲事件被告らに反論する書面を短期間にまとめる作業をしたことによって更にストレスが高まったことに起因するものと思量されるとして、本件書籍の出版は、速やかに差し止められるべきであるとの記載があった( 記録上明らかである。)。
 甲事件被告Aは、同年7月13日、本件ウェブサイトに、本件訴訟の進行を伝えるものとして、本件記事1(「『C被告が胃潰瘍で血便や吐血』と弁護団 著者−A 2010年7月13日(火曜日)04:15」、「当方は、相手方の心ない準備書面にたびたびキズつけられている。ぼく自身は精神科医から新たに『ポンタール』という頭痛薬の服用を許可され、精神安定剤も増えている一方だ。どうしてくれる?(原文ママ。以下同)ということである。」)を掲載し、翌14日、本件記事2(「広島法務局、C被告の人権救済申し立てに関する調査を中止」)を掲載した。本件記事1の前段は、乙事件被告Fらが上記準備書面で明らかにした事実であり、本件記事1の後段は、上記弁論準備手続期日において提出された甲事件原告の陳述書(甲29)の12枚目の記載を引用したものであり、本件記事2は、甲事件原告が同陳述書の6枚目で明らかにした事実であった。
(6) 本件書籍の内容
 本件書籍(乙事件甲1)の概要は、次のとおりである。
ア 本件書籍の題名
 本件書籍の題名は、「C君を殺して何になる―光市母子殺害事件の陥穽(かんせい)―」であり、甲事件原告の実名が含まれ、これが表紙に記載されている。
イ 本件書籍の表紙の帯
 表紙の帯には、「死刑か無期懲役か」との記載のほか、Q弁護士の「本書には、比類ないほど赤裸々に、かつ正確に、関係者の「言の葉」がおさめられている。それらをどのような枝でつなぎ、幹につないで、木とするか。「葉を見て木を見ず」では、事件の全体像は見えてこない。」とのの後記解説中のコメント、甲事件原告の「拘置所のなかで、よくしてくれる刑務官の先生もいるんだよ。それによって僕はここまで来られた面もあって、そういう先生がいなかったら僕はダメだったと思う。そんな親しくなった先生たちに(死刑を)執行させるというのは、先生たちの負担を考えるとよくないと思う。だから、僕はここ(広島拘置所)じゃなくて、大阪(拘置所)か福岡(同)で執行されたいと思う。」との本文中の発言及び被害者遺族の「彼を死刑にすることで、この国がいい方向になるかどうかはわからないけれども、本当の問題は、死刑をしたくないんだったら、どうしたら犯罪が減らせるかっていうことを、言論に携わる方たちが、一生懸命掘り下げてやらないといけないんです。」との本文中のコメントが記載されている。
ウ 本件書籍の構成
 本件書籍は、「序章 予期せぬ返事」、「1章 少年時代」、「2章 父親」、「3章 不謹慎な手紙」、「4章 謝罪」、「5章 虚構」、「6章 弁護士」、「7章 死刑」、「終章 当事者」の9章に章別されており、文中では、甲事件原告は実名で記載されている。
 本件書籍の末尾には、「C君の「言の葉」に込められた魂の逡巡を読み解いてほしい」との題名で、Q(弁護士)の解説が付せられている。
エ 本件書籍の本文
(ア) 本件書籍の本文中には、甲事件被告Dと甲事件原告との面会での甲事件原告の発言、甲事件被告Dの取材時に係る甲事件原告の親族、知人(本件知人を含む。)、同級生、担任教師、被害者遺族等の発言が記載されているほか、甲事件被告Dの「C君を死刑に処することの意味を考えてみてほしいと思う。」との思いが披瀝されている。
(イ) 本件書籍の「序章 予期せぬ返事」の本文中には、甲事件原告が甲事件被告Dに宛てた平成20年5月7日消印の本件手紙1(乙2の4)及び同年7月1日付けの手紙(本件手紙2)の内容が引用され、また、同章の冒頭頁の裏面に本件手紙1の一部が写真で掲載されている。
(ウ) 本件書籍の「第2章 父親」の冒頭には、本件卒業アルバムから取られた甲事件原告の中学校卒業時の正面向きの顔写真が掲載されている。また、同章の本文中には、甲事件原告の親族の居住地が「L小学校近くの戸建て住宅」であると記載されている。
(エ) 本件書籍の「第3章 不謹慎な手紙」の冒頭頁の裏面に本件知人が甲事件原告に宛てた複数の手紙のうちの1通の一部が写真で掲載され、同章の本文中において、その内容が引用されている。また、甲事件原告が本件知人に宛てた手紙の内容もその一部が引用されている。
オ 本件書籍は、甲事件被告Dの甲事件原告に対する上記取材等に基づいて執筆されており、また、その趣旨は、甲事件原告に対する世間一般のイメージ(凶悪な犯罪者)と異なる甲事件原告の具体的な人間像を甲事件被告Dの感性で捉え、その情報を社会に報道する趣旨のものということができ、その観点から、あえて甲事件原告の実名を記載し、手紙等の写真も掲載したものということができる。
3 本件書籍の出版によって甲事件原告の権利が侵害されたか(甲事件)。
(1) 甲事件原告は、本件書籍が無断で出版されたことにより、甲事件原告のプライバシー権、肖像権、名誉権、著作者人格権等、成長発達権が侵害されたと主張する。
(2) 確かに、上記2のとおり、本件書籍には、甲事件原告が広島拘置所内で甲事件被告Dと面会した際に述べた甲事件原告の会話内容、甲事件原告の実名、甲事件原告の親族が「L小学校の近くの戸建て住宅」に居住していること、甲事件原告が甲事件被告Dに宛てた最初の手紙(本件手紙1)の写真とその内容、本件知人が甲事件原告に宛てた手紙(本件知人手紙)の写真とその内容、中学校の卒業アルバムから複写した甲事件原告の顔写真、甲事件原告が甲事件被告Dに宛てた本件手紙2の内容が記載されており、また、甲事件被告Dは、甲事件原告に対し、本件知人手紙を第三者に公開しない旨の本件誓約書を差し入れていた。
(3)ア しかし、前記2で認定したとおり、甲事件被告Dが、甲事件原告に対し、平成20年6月23日付け及び同月27日付けの手紙により、自己が報道機関に所属していないフリーランスであって、甲事件原告から聞いた話を即座に記事にするつもりはないが、取材した結果、記事にすべきだと思うことがあれば、記事にしようと思っている旨を伝えて、面会を求めたところ、甲事件原告が、平成20年8月4日、甲事件被告Dとの面会を承諾して、初めて両者の面会が実現し、その後、甲事件被告Dと甲事件原告は、平成21年8月7日までの約1年間に継続して25回にわたって面会し、その中で、甲事件原告は、甲事件被告Dが事前に用意していた多岐にわたる質問に答えるなどして、甲事件被告Dが取材対象として興味を有する事項について、素直に情報を提供し、もって、甲事件被告Dの取材に積極的に協力していたのである。また、甲事件原告は、本件書籍の出版と甲事件原告の実名表記については、平成21年3月27日の面会において、本件知人手紙の引用については、同年6月18日の面会において(甲事件被告Dが平成20年10月29日に差し入れた本件誓約書は撤回されたことになる。)、甲事件原告が甲事件被告Dに宛てた手紙の引用については、平成21年6月19日の面会において、いずれも同意しているのである。さらに、甲事件原告は、甲事件被告Dが同年9月9日付けの手紙で本件書籍が同月末に出版されることを伝えても、出版予定日の同月末に至っても、異議を述べなかったのである。
 したがって、甲事件原告は、甲事件被告Dが甲事件原告の提供した情報を基に本件書籍を執筆し、これを発行することを同意していたものというべきであり、両者のやりとりに照らせば、その中には、本件書籍の中に、甲事件原告から提供された手紙の写真を掲載することも含まれていたものというべきである。
イ これに対し、甲事件原告は、甲事件被告Dとの間で、事前に原稿内容等を確認させること、甲事件原告の親族、知人及び関係者の実名を出したり、生活を脅かすようなことをしないことを合意したと主張し、その旨供述するが、甲事件原告の甲事件被告D宛ての手紙や甲事件被告Dの甲事件原告宛ての手紙、甲事件被告Dの面会記録には上記合意をうかがわせるものはない上、甲事件原告が、本件書籍が出版されることを知らされ、出版予定日に至っても、異議を述べていなかったことに照らすと、一審原告の上記供述は、到底採用することができず、他に、上記主張を認めるに足りる証拠は存しない。
ウ 本件書籍の内容についても、前記2で認定したとおりであって、あたかも甲事件原告が死刑になることが確定しているかのような印象を与えたり、甲事件原告が死刑相当であるとの否定的評価を行って、甲事件原告の社会的評価を低下させるようなものと認めることはできない。むしろ、甲事件原告に対する世間一般のイメージ(凶悪な犯罪者)と異なる甲事件原告の具体的な人間像を甲事件被告Dの感性で捉え、その情報を社会に報道する趣旨のものということができるのである。
 また、甲事件原告の中学校卒業時の写真の掲載は、甲事件原告の明確な承諾はないものの、甲事件原告が本件書籍の出版に同意していたことに加え、甲事件原告に対する社会的関心が高く、そのような関心は正当なものといえることなどを考慮すれば、少年法61条を考慮しても、報道の自由として許されるものであって、違法なものとはいえない。
 さらに、甲事件原告の親族が「L小学校近くの戸建て住宅」に居住していると記載したことも、この程度の居住地の記載が甲事件原告のプライバシーを侵害するものとはいえない。
 その上、甲事件原告は、本件手紙1、2の掲載について、著作権(著作権法21条)、著作者人格権(同法19条)を侵害すると主張するが、本件手紙1、2の公開については、プライバシーの面からその法的保護を図れば足りるのであって、著作権ないし著作者人格権によって保護を図るものではないと解されるが、そうでないとしても、甲事件原告から提供された手紙の写真を掲載することが承諾されていたというべきであることに加え、本件手紙1、2が甲事件被告Dに交付された経緯やその引用が承諾されていたこと、甲事件原告が甲事件被告Dの取材に積極的に協力した上、本件書籍の出版に同意していたことなどの事情に照らせば、その公開がこれらの著作権法上の権利を侵害する違法なものと認めることはできない。
 加えて、一審原告は、成長発達権(少年法61条違反)が侵害されたと主張するが、少年法61条からそのような権利を認めることは困難である。
(4) したがって、一審原告の上記(1)の主張は、いずれも採用することができないものというべきである。
4 本件紹介記事によって甲事件原告の権利が侵害されたか(甲事件)。
(1) 甲事件原告は、本件紹介記事には、「「C君が死刑になることで、何か1つでも、社会にとって得るものがあってほしい」と願い、取材を続けた著者」との記載があって、甲事件原告が死刑になることを前提とするような書きぶりをしており、甲事件原告の人格権を侵害するものであると主張する。
(2) 確かに、上記2のとおり、本件紹介記事には、上記の記載が存する。
(3) しかし、上記2によれば、本件紹介記事には、本件書籍の題名である「C君を殺して何になるー光市母子殺害事件の陥穽(かんせい)ー」との記載があるほか、「再び最高裁の判断を待つC被告は、どのような心境で過ごしているのか。」、「彼の心の深層に迫る。」との記載もあり、これらを総合すれば、本件紹介記事は、死刑判決に疑問を呈しているともいえるのであって、甲事件原告の死刑を前提とするような書きぶりであるということはできない。
(4) したがって、甲事件原告の上記(1)主張は、採用することができない。
5 本件各記事によって甲事件原告の権利が侵害されたか(甲事件)
(1) 甲事件原告は、本件各記事は、甲事件原告の実名を記載するもので、少年法61条に違反し、また、本件記事1は、甲事件原告の身体・健康・医療という他人に知られたくないプライバシー情報を含み、訴訟目的で裁判所に提出された甲事件原告の陳述書の一部を甲事件原告に無断で原文のまま使用するもので、プライバシー権及び名誉権を侵害するものであると主張する。
(2) 確かに、前記2で認定したとおり、甲事件被告Aは、本件ウェブサイトに本件記事1(「『C被告が胃潰瘍で血便や吐血』と弁護団 著者−A 2010年7月13日(火曜日)04:15」、「当方は、相手方の心ない準備書面にたびたびキズつけられている。ぼく自身は精神科医から新たに『ポンタール』という頭痛薬の服用を許可され、精神安定剤も増えている一方だ。どうしてくれる?(原文ママ。以下同)ということである。」)及び本件記事2(「広島法務局、C被告の人権救済申し立てに関する調査を中止」)を掲載した。また、本件記事1の前段は、乙事件被告Fらが同月12日付け準備書面で明らかにした事実であり、本件記事1の後段は、同日の弁論準備手続期日において提出された甲事件原告の陳述書(甲29)の記載を引用したものであった。
(3) しかし、上記2のとおり、本件各記事が掲載された平成22年7月当時、本件刑事事件の被告人である甲事件原告については、社会一般の正当な関心事となっていて、甲事件原告の実名が既に一部メディア(週刊誌O、月刊誌R、文庫本「S」)により報道され(乙2の9ないし20)、インターネット(乙7の1ないし5)上でも甲事件原告の実名や写真が多数公開されていた上、甲事件原告自身が、本件書籍において実名を報じることを許諾していたのである。また、甲事件原告(当時29歳)は本件訴訟(甲事件)の原告であり、本件各記事は、本件訴訟の進行を伝えるものとして、掲載されたものである。
 そうすると、甲事件被告Aが本件各記事により甲事件原告の実名を報道したことは、少年法61条に照らしても、違法ということはできない。また、本件記事1に記載された情報は、甲事件原告や乙事件被告Fらが、本件訴訟(甲事件)において、その請求を理由付けるために主張、陳述したものであり、これら民事訴訟における訴訟資料は、原則として一般公開され、何人も閲覧を請求することができ、利害関係を疎明した第三者であれば、その謄写等を請求することができる上、本件記事1に係る甲事件原告の健康状態に係る情報は、特別に保護すべきほどのプライバシーに属する情報ということもできないから、甲事件被告Aが、本件訴訟(甲事件)の手続から入手した甲事件原告の上記健康状態に係る情報を公開したからといって、これが違法であるということはできず、本件記事2も、同様に違法ということはできない。
(4) したがって、甲事件原告の上記主張は、いずれも採用することができない。
6 本件週刊誌インタビューによって甲事件原告の権利が侵害されたか(甲事件)
(1) 甲事件原告は、甲事件被告Dが、本件書籍出版後、「週刊誌J」及び「週刊誌K」の記者のインタビューに応じ、甲事件原告の甲事件被告D宛の手紙を公開するなどして、甲事件原告のプライバシー権及び名誉権を侵害したと主張する。
(2) 確かに、上記2のとおり、甲事件被告Dが、本件書籍出版後、「週刊誌J」及び「週刊誌K」の記者のインタビューに応じ、その際、甲事件原告の甲事件被告D宛の本件手紙1を提示するなどし、これが上記週刊誌の記事に掲載された。
(3) しかし、上記2のとおり、甲事件原告は、本件書籍の出版や甲事件原告が甲事件被告Dに宛てた手紙の引用等に同意していたところ、本件書籍の出版後、これを否定して出版差止めを求める本件仮処分の申立てをするなどの紛争が生じたため、甲事件被告Dは、上記週刊誌のインタビューで、上記紛争における自己の主張を述べたものにすぎず、また、掲載された手紙の写真は不明瞭なものでしかないから、甲事件被告Dの上記(1)の行為が違法なものということはできない。
(4) したがって、甲事件原告の上記主張は、採用することができない。
7 甲事件原告の甲事件被告らに対する甲事件請求の当否について
(1) 甲事件原告は、本件書籍が無断で出版されたことによって、甲事件原告のプライバシー権、肖像権、名誉権、著作者人格権等、成長発達権が侵害され、本件紹介記事によって、甲事件原告の人格権が侵害され、本件各記事によって、甲事件原告のプライバシー権及び名誉権が侵害され、本件週刊誌インタビューによって甲事件原告のプライバシー権及び名誉権を侵害され、甲事件被告Dについては、債務不履行及び不法行為責任があり、甲事件被告Aについては、不法行為責任があるとして、(ア)甲事件被告D及び甲事件被告Aに対し、本件書籍の出版、販売等の差止め及び甲事件被告Aが開設している本件ウェブサイトに掲載されている本件書籍の紹介記事の削除を求め、(イ)甲事件Aに対し、本件ウェブサイトに掲載された甲事件原告に関する本件各記事の削除及び本件ウェブサイトに甲事件原告に関する記事を掲載することの禁止を求め、(ウ)甲事件被告D及び甲事件被告Aに対し、共同不法行為や債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づき、連帯して1200万円及びその遅延損害金の支払を求める。
(2) しかし、上記説示のとおり、甲事件原告の主張する上記の権利侵害はいずれも認められないのである。したがって、甲事件原告の甲事件被告らに対する甲事件請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないものというべきである。
8 本件週刊誌Iの記事に係る甲事件原告、乙事件被告らの本件発言1ないし4が甲事件被告らの名誉を毀損したか(乙事件)。
(1) 甲事件被告らは、甲事件原告の本件発言1、乙事件被告Gの本件発言2、乙事件被告Fの本件発言3が甲事件被告Dの名誉を毀損し、本件発言4が甲事件被告D及び甲事件被告Aの名誉を毀損したと主張する。
(2) 確かに、上記2のとおり、甲事件原告が、乙事件被告Gと平成21年9月28日に接見した際、本件発言1(甲事件原告と甲事件被告Dとの間に、本件書籍を出版する前に、本件書籍の原稿を甲事件原告に見せて確認させる約束があったのに、甲事件被告Dがこの約束を反故にした旨)を述べ、甲事件原告の代理人弁護士である乙事件被告らが、本件仮処分の申立てについて、週刊誌Iの取材を受け、記者に対し、乙事件被告Gが本件発言2(甲事件原告の本件発言1と同旨)を述べ、乙事件被告Fが本件発言3(当初、取材目的であることを明確に告げず、甲事件原告に心を寄せるひとりの女性として元少年(甲事件原告)に近づいた手法も認め難い)」、本件発言4(本件書籍について、実名表記は話題性だけを狙ったものではないでしょうか。そもそもタイトルが、あたかも死刑が確定しているような誤った印象を与える極めて心ないものです)を述べ、これらの発言内容が本件週刊誌Iの記事として掲載された。
(3)ア ところで、民事裁判における各当事者の事実関係の主張は、一方当事者から見た事実の主張でしかなく、双方の提出する証拠に基づき、裁判所によってその真否を判断される性質のものである上、相手方も当該裁判において反論ができるものである。また、民事裁判における当事者の主張は、正当な裁判を受けるため必要なものであって、不当に制限されないよう保護されなければならないものである。したがって、民事裁判における各当事者の事実関係の主張は、悪意でことさら必要のない名誉毀損の事実を繰り返すなど、正当な裁判活動として許容される範囲を逸脱していると評価される場合以外は、違法なものとはいえないというべきである。また、民事裁判は、原則公開されていることも考慮すれば、裁判外で裁判での主張を述べたり、説明したりすることも、上記に準じて取り扱われるのが相当である。
イ 上記見地に立って検討すると、本件仮処分における双方の主張は、正当な裁判活動として不当に制限されないよう保護されるべきものということができるところ、本件週刊誌Iの記事は、このような本件仮処分における双方の主張を記事にする趣旨のものであって、申立人である甲事件原告と相手方である甲事件被告らの双方について、取材をして、本件仮処分についての双方の言い分を記事にしたものである。
 そうすると、甲事件原告の本件発言1は、甲事件原告が本件仮処分を申し立てた理由の説明であり、甲事件被告らの反論も掲載されているから、そもそも、違法なものということはできない。また、乙事件被告Gと接見した際の発言であるから、これが甲事件被告Dの社会的評価に影響を与えるようなものではなく、甲事件原告が乙事件被告Gを通じて本件発言1をしたとみることもできない。
 また、乙事件被告Gの週刊誌Iの記者に対する本件発言2は、本件仮処分の手続における甲事件原告の主張を説明したものにすぎず、甲事件被告らの反論も掲載されているから、違法なものとはいえない。
 さらに、乙事件被告Fの本件発言3、4も、同様に、本件仮処分の手続における甲事件原告の主張を説明したものでしかなく、甲事件被告らの反論も掲載されているから、違法なものということはできない。
(4) したがって、甲事件被告らの上記主張は、いずれも採用することができない。
9 本件週刊誌Iの記事として掲載された本件記載が甲事件被告らの名誉を毀損するか(乙事件)。
(1) 甲事件被告らは、乙事件被告らの提供により、仮処分申立書に記載された本件記載(債務者(甲事件被告D)は、債権者(甲事件原告)が取材に応じない場合は、債権者にとって、ますます不利益な内容を書くかもしれないなどと脅迫的な言辞を用いて債権者に取材に応じることを強いるといった経緯もあった)が週刊誌Iの記事になったことは、甲事件被告らの名誉を毀損するものであると主張する。
(2) 確かに、上記2のとおり、仮処分申立書に本件記載が存し、これが乙事件被告らによって週刊誌Iの記者に提供され、これが週刊誌Iの記事として掲載された。
(3) しかし、本件記載は、本件仮処分の手続における甲事件原告の主張を掲載したものでしかないから、上記8(3)アの説示のとおり、違法なものということはできない。
(4) したがって、甲事件被告らの上記主張は、採用することができない。
10 乙事件被告Fの記者会見での本件発言5が甲事件被告Dの名誉を毀損するか(乙事件)。
(1) 甲事件被告Dは、乙事件被告Fの本件発言5は、甲事件被告Dの名誉を毀損すると主張する。
(2) 確かに、上記2のとおり、乙事件被告Fは、平成21年11月26日の甲事件第1回口頭弁論期日の終了後に、記者会見を行い、「甲事件被告Dは、甲事件原告に友人として接触しており、手段を選ばない取材で、その取材方法には取材者としての倫理観が欠如しており、営業目的が先行している」旨の本件発言5をした。
(3) しかし、乙事件被告Fの本件発言5は、甲事件における甲事件原告の主張の説明として述べられたものにすぎないから、上記8(3)アの説示のとおり、違法なものということはできない。
(4) したがって、甲事件被告Dの上記主張は、採用することができない。
11 乙事件被告Eの市民集会での本件発言6ないし9が甲事件被告らの名誉を毀損するか(乙事件)
(1) 甲事件被告らは、乙事件被告Eの本件集会での本件発言6ないし9が甲事件被告らの名誉を毀損すると主張する。
(2) 確かに、上記2のとおり、乙事件被告Eは、本件集会の席上、本件仮処分及び本件訴訟の双方の主張に関して、「私たちが実名を出すこと自体が彼(甲事件原告)の社会復帰を妨げると主張したことに対しては、彼(甲事件原告)は死刑、そして、良くても無期懲役、そして今、無期懲役は事実上終身刑だから社会に復帰することは基本的にはない。従って、彼の更生を考える必要はないということを主張しています。私どもは、それを見てびっくりしたわけですね。」(本件発言6)、「確かに出版の自由を止めることは、大変重要な、あるいは重大なことであるかもしれないわけですけれども、私は、この表現というのは、彼を救うということに名を借りて、あるいは実名をタイトルに載せるということのセンセーショナルさに名を借りて、出版という手段でもって行った一種の営業行為じゃないかというふうに思っているわけです。」(本件発言7)、「実名を掲載するということに関しては、彼はその内容如何によって承諾すると。だから原稿を見せてほしい。それで、周りの人やそういう人たちに迷惑がかからなければ、自分は、承諾するという、いわゆる承諾前の状態にあったわけです。しかし、彼の元には原稿が送られてきませんでしたし、実は、この本は売られたわけですけれども、売られた本自体も彼の所に送られてきていないし、出版しましたという報告も来ていないわけです。結局、私どもが買い求めて、彼の所に送って初めて彼の所に届いたわけです。」(本件発言8)、「こういう形で徹底して彼は利用されたわけです。また今回はこういうかたちで民間人に商売の道具として彼は利用されたのです。」(本件発言9)などと発言した。
(3) しかし、本件発言6ないし9は、いずれも本件仮処分や本件訴訟の手続における甲事件原告の主張や甲事件被告らの主張に対する反論の説明として述べられたものにすぎないから、上記8(3)アの説示のとおり、違法なものということはできない。
(4) したがって、甲事件被告らの上記主張は、いずれも採用することができない。
12 甲事件被告らの乙事件請求の当否について
(1) 甲事件被告らは、本件発言1ないし9、本件記載により、甲事件被告らの名誉が毀損されたとして、甲事件原告及び乙事件被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、甲事件被告Dについては、連帯して1100万円及びこれに対する乙事件訴状送達の日の翌日(甲事件原告は平成22年1月10日、乙事件被告F、乙事件被告Gは、同月13日、乙事件被告Eは同月9日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、甲事件被告Aについては、連帯して495万円及びこれに対する乙事件訴状送達の日の翌日(甲事件原告は平成22年1月10日、乙事件被告F、乙事件被告Gは同月13日、乙事件被告Eは同月9日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) しかし、上記説示のとおり、本件発言1ないし9、本件記載が甲事件被告らの名誉を毀損したとは認められないのである。したがって、甲事件被告らの甲事件原告及び乙事件被告らに対する乙事件請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないものというべきである。
第4 結論
 よって、甲事件被告らの控訴は一部理由があるから、原判決主文第1項ないし第3項を取り消した上、上記取消しに係る甲事件原告の請求をいずれも棄却し、甲事件被告らのその余の控訴及び甲事件原告の控訴はいずれも理由がないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

広島高等裁判所第4部
 裁判長裁判官 宇田川基
 裁判官 近下秀明
 裁判官 丹下将克


(別紙省略)
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