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【事件名】システム開発ソフトの著作権料未払い事件 【年月日】平成25年5月28日 大阪地裁 平成23年(ワ)第12939号 未払著作権料請求事件 (口頭弁論終結日 平成25年3月27日) 判決 原告 亡P1訴訟承継人P2 原告 亡P1訴訟承継人P3 原告 亡P1訴訟承継人P4 上記3名訴訟代理人弁護士 藤尾順司 被告 株式会社なうデータ研究所 同訴訟代理人弁護士 田中雅敏 同 宇加治恭子 同 鶴利絵 同 柏田剛介 同 生島一哉 同 新里浩樹 主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、原告P2に対し、1282万6296円及びこれに対する平成18年12月1日から支払済みまで年8%の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告P3に対し、641万3148円及びこれに対する平成18年12月1日から支払済みまで年8%の割合による金員を支払え。 3 被告は、原告P4に対し、641万3148円及びこれに対する平成18年12月1日から支払済みまで年8%の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 P1と被告は、DSPと称するプログラムについてソフトウェア使用許諾契約(以下「本件使用許諾契約」という。)を締結し、被告は、DSPの使用又は複製、販売に対し使用許諾料を支払う旨を約していたところ、P1は、被告が株式会社アトリス(以下「アトリス」という。)のコンピュータにDSPをインストールし、その使用を許諾したとして、本件使用許諾契約に基づく使用許諾料の支払を求める本件訴訟を提起したが、P1が死亡したため、P1の相続人である原告らは、P1の地位を承継し、各自の法定相続分に応じ、被告に対し、本件使用許諾契約に基づく使用許諾料の支払を求めた。 1 判断の基礎となる事実 以下の各事実は当事者間に争いがないか、掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる(証拠の記載のない事実は当事者間に争いがない。)。 (1) 当事者等 原告P2はP1の妻であり、原告P3及び原告P4はP1の子である。P1は、本件訴訟の提起日(平成23年7月28日)の後である平成24年3月27日に死亡したため、相続人である原告らが、本件訴訟における原告の地位を承継した。 被告は、設計・製図用コンピュータソフトウェア及びコンピュータを活用した医療・診断用ソフトウェアの製造・販売等を目的とする株式会社である。 (2) DSPとソフトウェア使用許諾契約 ア P1は、P5と共に、電子計算機用のプログラムであるDSP(Designer's Spread Sheetの略称。当初「設計計算用スプレッドシート」と呼ばれ、ウインドウズ環境に移植しライセンス・ロック機能を付加した後は「NaU DSP」と呼ばれたが、全体を通じ単に「DSP」と呼ぶ。甲24)を開発した。DSPは、著作権法上のプログラム著作物であり、P1及びP5はその共有著作権者であった。 DSPは、複数の条件を満たす最適解を導くシステム作成の開発環境を提供するものであり、DSP環境下で作成された、前提条件や選択関係を記述したファイルを、ルールベースファイルと呼ぶ。 イ P1は、平成9年4月1日、P5の代理人としての地位も兼ね、被告との間で、DSPについて、使用環境において非独占的に使用する権利、複製、販売する権利、及び修正、変更する権利を許諾する旨の本件使用許諾契約を締結し、被告は、DSPの使用許諾料として、1CPU(電子計算機1台)につき総額240万円(P1に124万円、P5に116万円配分される。)を支払うこと、使用許諾料の支払期限は動作確認検査後1か月以内とし、これを遅滞した場合、年利8%の遅延損害金を支払うことを約した(甲1)。 (3) DSPのインストール 被告は、平成16年7月31日、アトリスとの間で取引基本契約を締結し(甲23)、アトリスが行う携帯電話会社のためのシステム開発の一貫として、ルールベースファイル作成の委託を受け、システム開発のためにアトリスの保有するコンピュータ複数台にDSPをインストールし、同年8月以降、アトリスから、1億1976万円(消費税別)の支払を受けた(同金員が何の対価であるかについては争いがある。)。 2 争点 (1) 使用許諾料の発生 (争点1) (2) 使用許諾料の額 (争点2) (3) 紛争解決に係る合意の成立及びその効果 (争点3) 第3 当事者の主張 1 原告の基本主張(請求原因) (1) 被告は、平成16年8月から平成19年10月ころまでの間、アトリスの事務所内のコンピュータ100台以上にDSPをインストールし、その使用をアトリスに許諾した。 (2) P1と被告は、平成16年1月ころ、本件使用許諾契約上の使用許諾料を売上金の40%と定め、そのうち51%をP1が取得する旨の合意をした。 (3) 被告が、アトリスから受領した1億1976万円(消費税別)は、DSPの使用をアトリスに許諾した対価である。 (4) よって、原告らは、被告に対し、未払使用許諾料2565万2592円(1億1976万円の40%のうちP1の取得分51%に消費税相当額を加算した額)を各自の法定相続分で分割した額(原告P2につき1282万6296円、原告P3及び原告P4につき各641万3148円)並びにこれに対する支払期限後の平成18年12月1日から支払済みまで約定利率年8%の割合による遅延損害金の支払を求める。 2 争点1(使用許諾料の発生)について 【原告らの主張】 被告は、平成16年8月から平成19年10月ころまでの3年以上にわたり、アトリスの事務所内のコンピュータ合計100台以上にDSPをインストールして、その使用をアトリスに許諾したものであるが、その用途はルールベースの検収作業に限定されず、被告、アトリス及びその発注元の共同による開発作業自体にも使われていた。 このような実態に照らせば、被告による上記インストールを含む一連の行為は本件使用許諾契約上の「使用」又は「複製」に該当し、使用許諾料が発生することは明らかである。 アトリス社に対するDSPのインストールは、検収目的での短期間の貸与にすぎないとの被告の主張は、理由がない。 【被告の主張】 被告がアトリスのコンピュータ約20から30台にDSPをインストールしたことは認めるが、これは単に成果物であるルールベースファイルが実際に動作するかの検証と、正しく動作しなかった場合にその原因を究明することを目的とするものであり、実際にもそれ以外の目的で使用されたことはない。DSPを使用させた期間も業務委託期間中に限定され、その後は、アトリスにDSPの返還を求めるとともに、インストールしたDSPにロックをかけ、使用できない状態になっている。 アトリスからの委託業務が発注元において正式採用となれば、ルールベースファイルの動作環境たるDSPが多数販売でき、P1も相当額のライセンス料を受けることが見込まれていたが、DSP販売の前提である開発過程で、被告がP1に多額の使用許諾料を支払うことは予定されていなかった。 上記インストールは、納品物の動作検証のための貸与に過ぎず、本件使用許諾契約上の「使用」や「複製」には当たらないというべきであるし、被告が受領した金員は、役務提供の対価であってDSP使用の対価ではないから、使用許諾料は発生しない。 3 争点2(使用許諾料の額)について 【原告らの主張】 本件使用許諾契約上の使用許諾料については、平成16年1月ころ、当初の定めを変更して、前記1(2) のとおり、被告の売上金額(税別)を著作権算定料の基準額とし、共有著作権者であるP1及びP5の著作権比率を40%、そのうち51%をP1に支払うこととされた。 被告は、DSPを複製し、使用を許諾した対価として、アトリスより1億1976万円(消費税別)を受領したのであるから、原告らに対し、前記1(4)記載の金員を支払うべきことになる。 【被告の主張】 本件使用許諾契約における使用許諾料の定めは、DSPを複製してこれを販売する場合を想定したものであり、検収目的に限定した短期間の貸出しはその射程外にある。 また、被告がアトリスから受領した金員は、全てルールベースファイル作成などの委託業務への対価たる業務委託料であるから、使用許諾料の定めは適用されない。 原告らの算定は、根拠を欠くものである。 4 争点3(合意による紛争解決の有無及びその効果)について 【被告の主張】 ア P1は、平成18年11月ころから、アトリスへのDSP貸与に伴う使用許諾料発生の有無を巡り、被告との間で紛争となった。 しかし、平成19年4月10日、P1及び当時の被告代表取締役であったP6を含む被告の役員6名の間で、P1が次期定時株主総会で取締役を辞任して、その後被告の技術顧問に就任し、技術顧問料として月額50万円の支払を受けること、診療支援データベース(診療支援知識ベース)に係る被告の著作権をP1に譲渡することを交換条件に、アトリスへのDSP貸与について、過去分は不問とすること、同年7月以降分は、役務提供の対価である受託開発費用の10%を使用料として支払うことなどを内容とする合意が成立した(その成立には争いがあるが、被告が主張する上記合意を便宜「本件合意」という。)。 したがって、アトリスへのDSP貸与を巡るP1と被告間の紛争は、本件合意によって既に解決しており、原告らの本訴請求権は存在しない。 イ 原告らは、P1が本件合意をするはずがなく、また、仮にそのような意思表示をしたとしても、錯誤により無効である旨主張する。 しかし、本件合意の内容が記載された書面(乙1。以下「乙1書面」という。)には、P1の署名があり、P1の真意を反映していることは明らかである。 また、P1は、DSPのインストール台数などを被告から知らされていたし、本件合意により、算定は困難ながら大きな利益となる診療支援データベース(診療支援知識ベース)の著作権を獲得し、月額50万円の技術顧問料を得るのであるから、本件合意をすることには十分な合理性があり、他にP1の錯誤を認めるべき事情はない。 したがって、原告らの主張は失当である。 【原告らの主張】 ア P1は本件使用許諾契約に基づいて当然に使用許諾料を請求できると考えていたのであるから、本件合意に応じるはずがない。後記イのような事情に照らせば、P1が診療支援知識ベースを必要としていたのであれば、被告ではなく、その発注元に相談すればよかったのであり、このように不利な条件に応じる理由はない。 被告も認めるとおり、被告からP1に対し、診療支援知識ベースに係る有体物や仕様書は交付されていない。 加えて被告は、前記2【原告らの主張】欄記載のとおり、アトリスに対し、DSPを大量かつ長期間に複製、使用させていたにもかかわらず、平成18年の時点で、P1に対し、販売目的の貸出しに過ぎないなどと虚偽の説明を行ったため、P1はアトリスとの契約内容やその使用実態を把握できていなかった。 このような事情からすれば、P1と被告との間で、本件合意があったとは考えられないし、仮に乙1書面にP1が署名をしていたとしても、錯誤により無効というべきである。 イ 乙1書面には、「診療支援知識ベースを譲渡することで相殺する」と記載されているが、診療支援知識ベースは、実用化のレベルに達しておらず、経済的価値を有するものではなかった。「相殺」は、対等額につき債務を免れるものなのであるから、仮にそのような合意があったとしても、P1の使用許諾料に係る債権を消滅させる効果があったとはいえない。また、そもそも診療支援知識ベースの著作権は、被告ではなく、その発注者が有しているのであるから、やはり上記合意によって、P1の債権を消滅させることはできない。 第4 当裁判所の判断 1 認定事実 前記判断の基礎となる事実、掲記の証拠(書証は枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 (1) P1と被告の関係(甲1、3、乙25) P1は、九州工業大学情報工学部の教授、名誉教授等の立場で教育、研究を行うと共に、情報処理システムの開発も行い、その一つであるDSPについては、研究室の助手であったP5との共同著作物とした。 被告は、DSPほか、P1ら数名の研究者が開発した情報処理システムを事業上利用することを目的として、平成8年11月1日に設立された会社である。 被告は、平成9年4月1日、DSPの著作権を共有するP5の代理人としての地位も兼ねたP1との間で本件使用許諾契約を締結し、DSPを用いてルールベースファイルを作成する権限、及びDSPを複製、販売する権限を得るとともに、1CPUにつきソフトウェアの使用許諾料総額240万円を支払う旨を約した。 (2) 臨床判断支援システム(CAFE)用知識テンプレートの開発委託(甲18〜20、乙6、7、14〜18、証人P7) サン・マイクロシステムズ株式会社(以下「サン社」という。)は、平成14年ころ、富士通株式会社(以下「富士通」という。)から、筑波大学附属病院におけるCAFEと称する診療判断支援システムの開発委託を受けた。サン社は、CAFEのうち、薬剤の併用禁忌などに関する「知識ベース」の部分にDSPの下で作成されたルールベースファイルをあてるべく、他社を経由して被告にその開発を委託した。サン社の担当者はP7であった。 被告は、P1と共同で、数年間にわたってその開発を進めた結果、「知識ベース」に係る成果物(乙7、14)を納品し、報酬として少なくとも合計5600万円の支払を受けたが、筑波大学附属病院で正式に採用されるには至らなかった。「知識ベース」のインターフェースには、P1及び被告が著作権者として表示されている。 (3) アトリスからの業務委託及びDSPのインストール(甲2、3、19、23、乙8〜13、25、証人P7、被告代表者) アトリスは、P7がサン社を退職後に設立し、代表取締役を務める会社である。アトリスは、平成16年、富士通から、大手携帯電話会社のALADINと称する顧客販売管理システムを新たに開発するよう依頼を受けた。アトリスは、その一部である料金割引オプションに係る部分につき、DSPの下で作成されたルールベースファイルをあてるべく、被告にその開発を委託した。 被告は、アトリスの事務所へ自社従業員を派遣するなどして開発に当たったが、その過程において、アトリスの保有するコンピュータの少なくとも数十台にDSPをインストールし、その状態を平成16年から平成19年までの数年間続けた。ただ、このインストールは、アトリスからの受託期間に限定することが想定されており、実際にもその期間終了後、アトリスがDSPを使用できないような措置がとられた。 被告は、平成16年8月から平成18年11月にかけて、相関検証先行調査費用及びデモンストレーションプログラム一式、相関検証継続調査費用及びプロトタイププログラム一式、相関検証プログラムの接続試験、案件巻取り開発費、シナリオテスト、相関ルールテスト、ルールベースリファクタリング費用、ルールベース開発技術移転費用、ルールベーステスト/不具合対応費用といった様々な名目で、アトリスから毎月500万円前後、総計1億1976万円の支払をうけたが、請求書上の名目は、設計者及びプログラマの人件費とこれについて生じる管理費及び出張旅費が、その相当部分を占めており、一方で、DSPの複製や使用の対価が費目に挙げられることはなかった。 (4) P1と被告との紛争(甲3、4、6、8〜14、乙22、25、被告代表者) ア 被告は、平成18年1月12日付けで、P1らが被告に使用を許諾しているソフトウェアについての著作権料算定基準表(甲3、以下「本件基準表」という。)を作成し、DSPほか2点については、売上金額(税別)を基準に著作権料を算定し、著作権比率を40%とし、該当年月を平成8年10月から12年3月、平成12年4月から13年3月、平成13年4月以降の3つに区分して、最後の期間につき、P1に51%、P5に49%を支払う旨を記載した。 イ P1は、平成18年10月ころ、アトリスの保有するコンピュータに、上記(3)のとおりDSPがインストールされていることを知った。P1は、このインストールの事実を被告から知らされておらず、使用許諾料の支払も受けていなかったことから、本件使用許諾契約に違反すると考え、被告に対し、同年10月から11月にかけて、電子メール及び通知書により、販売目的以外でDSPを大量に貸し出すことは契約違反であるとして、頒布した数量及び配布先の開示を求めたり、これを購入するよう求め、対価として、単価150万円、本数100本に40%を乗じた6000万円の支払を求めたりした。被告の代表取締役であったP6は、P1に対し、電子メール及び同年12月22日付け文書により、被告の開発したルールベースファイルがALADINで採用されれば、DSPも大量に販売できることが見込まれており、アトリスへのインストールは、そのような販売を前提とした貸出しであって、それが認められずDSPを引き上げる場合には、アトリスを倒産に追い込む可能性があるなどと説明し、P1の求めに応じない姿勢を示した。 このころ、被告の代表取締役であったP6と取締役であったP1との間で、被告の経営方針に関する他の事項でも紛争が生じ、両者の信頼関係は次第に失われていった。 (5) P1と被告との交渉その他(甲5、7、15、20、乙1〜4、24、25、被告代表者) ア P1、P6、P5、被告の取締役であったP8、監査役であったP9、かつてP1の研究室に所属し、現在被告の代表者であるP10の6名は、平成19年4月10日、P1とP6の問題等を解決するために、被告の経営会議の名目で参集し、下記(ア)ないし(カ)の事項につき合意し、確認のために乙1書面を作成して、これに署名した。 (ア) P1は、被告と独立して新会社を設立する。P1の新会社と被告は独自に経営を進める。両社が協調して事業をする姿勢を対外的に示すためにP1は次の定時株主総会まで被告の取締役に留まるが、経営には関与しない。 (イ) 次の定時株主総会で被告の役員改選を行い、P1、P6及びP8は取締役を辞任する。次期役員の候補はP5及びP10とし、もう1名の取締役および監査役の候補についてはP10が考える。 (ウ) P9が所有する被告の株式60株をP10に譲渡する。P5は、次の定時株主総会を目処に200万円の増資をして、被告の持ち株を60株とする。 (エ) 速やかに被告の臨時株主総会を開催して、P10を取締役に選任する。 (オ) P1は、被告の取締役退任後、その技術顧問に就任し、被告は技術顧問料として月額50万円を支払う。 (カ) 被告は、富士通とのALADINプロジェクトにおいて、DSP貸出期間内は、受託開発費用の10%を版権の使用料として支払う。支払いの開始は平成19年7月とする。過去のALADINプロジェクトにおけるDSPの使用料は、被告が所有する診療支援知識ベースの版権をP1に譲渡することで相殺する。 イ P10は、平成19年4月17日に被告の取締役に就任し、P1は、同年5月、被告とは別法人の株式会社なうデータコンサルティング(以下「なう社」という。)を設立して、その代表取締役に就任した。 ウ 平成19年12月6日、P10が被告の代表取締役に、P5が被告の取締役に就任する一方、P1、P6及びP8は、被告の取締役を辞任した。 エ なう社、P5及び被告は、平成19年12月19日、ソフトウェア使用許諾等契約書(乙24)と年間ライセンスに関する合意書(乙2)の2通の書面を作成した。 なう社、P5及び被告の三者は、前者の契約書において、被告が第三者にライセンス販売する場合のDSPの価格及び保守契約料を、開発環境の販売、実行環境の販売及び開発に使用させる場合に分けて定め、被告が支払うライセンス料を、DSPの販売価格又は年間保守料の40%と定め、これをなう社及びP5に各20%ずつ支払うことを定めるほか、被告が、DSPを自社で利用して情報処理サービスを行った場合のライセンス料、被告がDSPを第三者に無償で貸し出すことができる条件等について定めた上で、それ以前になう社(なう社設立以前については、P1名義のものを指すと解される。)と被告との間で締結されていたDSPの使用許諾契約等は、同年4月1日をもって全て終了し、効力を失ったものとする旨を合意した。 また、なう社、P5及び被告の三者は、後者の合意書において、被告の第三者に対する、ALADINその他のシステム向けのDSPの年間ライセンスについて、被告がなう社及びP5に支払うライセンス料を合意すると共に、同合意は同年5月1日に遡って効力を生じる旨を定めた。 オ 被告は、P1に対し、平成19年12月までは毎月37万円の役員報酬を支払っていたが、平成20年1月から同年12月までは、顧問料として月額50万円を支払い、それ以降は月額10万円を支払った。 被告は、少なくとも平成22年10月から平成23年3月までの間、DSPのライセンス料及び年間保守料として、売上の20%に相当する金員を、なう社に支払った。 カ P1は、平成21年2月4日に脳溢血となり、平成23年3月には後見開始決定がされ、原告P3が成年後見人に選任された。 原告P3は、同年7月28日、原告の法定代理人として本件訴訟を提起したが、P1が平成24年3月27日に死亡したため、その相続人である原告らが、本件訴訟における原告の地位を承継した。 2 争点についての判断 (1) 使用許諾料について 平成16年から平成19年までの間、被告がアトリスのコンピュータ数十台にDSPをインストールした事実は認められるものの、このインストールは、被告が、アトリスから委託された開発業務の実施のため、それに必要な期間に限定されたものであること、被告はアトリスから金員の支払を受けているが、名目上、役務の提供に対する報酬が大部分であることは、前記1(3)で認定したとおりである。 P1と被告が平成9年にした本件使用許諾契約は、DSPをインストールした電子計算機の所有者は、DSPを永続的に使用できることを前提とするものであり、これがアトリスに対する上記インストールに適用されるかは必ずしも明らかではない。また、平成18年1月の本件基準表も、売上金額が著作権利用の対価のみによるものではなく、役務の提供に対する報酬が含まれている場合に、P1に支払うべき額がどのように算定されるかを、明定するものではない。 結局のところ、本件使用許諾契約及び本件基準表によっても、被告がアトリスのコンピュータにDSPをインストールし、ルールベースファイル作成業務に使用した際に、被告のP1に対する対価の支払義務が発生するか否か、またその額がいくらであるかは明確ではないといわざるを得ないが、そうであるが故に、開発に使用するための一時的な貸出しの場合に多額の使用許諾料を支払うことはできないと考える被告と、DSPを第三者のコンピュータに複製し、使用させることで被告が対価を得ている以上、使用許諾料を支払うべきであると考えるP1との間に、紛争が生じたものと解される。 (2) 本件合意の成立について(事実認定の補足説明) 原告らは、P1が本件合意に応じるはずがないとして、本件合意の成立を否認し、乙1書面のP1名義の署名についても争っている。 そこで検討するに、P1が、新会社であるなう社を設立して、被告の取締役を辞任し、被告から技術顧問料を受領していることは前記1(5)で認定したとおりであるが、これらはいずれも本件合意で定められた内容であり、P1が本件合意の成立に関与していないとか、本件合意の内容を認識していないとすることは不合理といわざるを得ず、P1自身、平成20年4月17日付け電子メール(甲15)において、平成18年末に紛争があり、平成19年3月にはP1が被告の経営権を取得することも考えたが、被告はP10に任せ、自身は新会社を設立することを選択し、平成20年1月に現体制に移行して、技術顧問となった旨を述べている。 また、成立に争いのないP1の署名(乙5)との対比によれば、乙1書面中のP1名義の署名は、P1の自署であると考えても矛盾はないし、平成19年4月10日に被告の経営会議があり、P1らが出席して協議し、その場で乙1書面を作成して、確認の署名をしたとする被告代表者の陳述書(乙25)及び供述についても、これを覆すに足る証拠は提出されていない。 さらに、P1は、平成18年10月から11月にかけて、アトリスのDSPの使用について数量等の開示を求めたり、使用許諾料の支払を求めたりする文書や電子メールを被告に送付していたが(甲4、8の1、10の1、11の2)、本件合意成立後、P1自身が、被告に対し、本件合意以前の使用許諾料の支払を求めた等の事実は認められない(本件訴訟は、P1の成年後見開始決定後、その後見人である原告P3が提起したものである。)。 これらを総合すると、前記1(5) のとおり、平成19年4月10日にP1らが本件合意をし、その成立を証するために乙1書面を作成して、これに署名した事実を認定し、本件合意が成立したと認めるのが相当である。 (3) その他の原告らの主張について ア 原告らは、被告の開発したCAFE用の「知識ベース」(乙7、14)に経済的価値はなく、本件合意があったとしても、被告の支払義務を消滅させる効果は生じない旨主張する。 しかし、証拠(乙6、7、14)及び弁論の全趣旨によれば、「知識ベース」は、被告がP1と共同で数年間をかけて開発したもので、その成果物には少なくとも5600万円もの対価が支払われており、その内容など(乙7、14)も考え合わせれば、一定の経済的価値を有するものと認められ、筑波大学附属病院で採用されなかったとの一事をもって、一概に経済的価値が否定されるものではない。 また、原告らは、前提となる「知識ベース」の著作権を、被告が有していなかったとも主張するが、前記1(2) で認定した事実によれば、「知識ベース」は被告及びP1の共同著作物であると認められる一方、本件合意に先立ち、被告及びP1の共有著作権が発注者などの他者に譲渡されたことを認めるに足りる証拠はないから、本件合意の当時、被告は「知識ベース」の共有著作権者であったといえる。 イ 原告らは、P1はインストールされたDSPの数量や「知識ベース」の経済的価値等を正確に把握していなかったこと等を理由に、本件合意には錯誤がある旨主張する。 しかし、P1は、アトリスのコンピュータにインストールされたDSPの厳密な数量を知らなかったとしても、平成18年10月の時点で、アトリスの事務所において、DSPがインストールされている状況を現認しており(甲8、19)、P6への同年11月16日の電子メール(甲11の2)でも、DSPを統合した開発環境が40セットを超え、セットごとに2つのDSPがインストールされていることを直接知った旨記載している上、100台のコンピュータにDSPがインストールされたことを想定した金額の請求を行っている(甲6、10)のであるから、この点で意思表示を左右するような認識の欠如があったとは言い難い。 また、P1は、「知識ベース」を被告と共同で開発した当人であり、その内容及び価値について、認識に欠けていたとはいえない。 ウ P1は、前記認定のとおり、なう社を設立し、被告の取締役を辞任する一方で技術顧問の地位に就き、平成19年12月19日には、ソフトウェア使用許諾等契約と年間ライセンスに関する合意をして、これに基づき顧問料や使用許諾料を受領しているが、これらはいずれも本件合意を前提とするものであるから、P1に錯誤があったのであれば、いずれかの時点で、本件合意に沿った手続の進行に異議を述べるべきものと思われるが、そのような事実は認められない。 エ 以上のとおり、対価の不存在又はP1の錯誤を理由に、本件合意の効力を否定する旨の原告らの主張は採用できない。 (4) 本件合意の効力について 乙1文書には、ALADINプロジェクトのためのDSP貸出しについて、平成19年7月以降、受託開発費用の10%を使用料として支払う一方、過去のDSPの使用料については、診療支援知識ベースの版権の譲渡と相殺する旨の記載がある。これは、DSPの使用料を支払う理由はないとする被告(当時の代表取締役はP6)と、使用料の支払いを求めるP1との間で紛争となり、それを解決する一内容として、本件合意以前のDSPの使用料については、支払うことを要しない旨を定めたものと解されるから、相殺という言葉は使われていても、民法上の契約である和解の一種と考えられ、その効果はP1及び被告に帰属したものといえる。 そして、これまでに検討したとおり、本件合意が成立したと認められ、これを無効とする理由が認められない以上、P1が、本件合意以前に、アトリスへのDSPの貸与に関し、使用許諾料の請求権を有していたか否かに関わりなく、本件合意成立後は、被告にその支払を求めることはできなくなったというべきであり、P1の地位を承継した原告らについても同様である。 3 結論 原告らの請求は、平成16年8月31日から平成18年11月30日を納入日として被告がアトリスから支払を受けた金員につき(甲2の1〜27)、本件使用許諾契約及び本件基準表に基づく使用許諾料の支払を求めるものであるから、上記検討したところによれば、いずれも理由がないことに帰する。 よって、主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第21民事部 裁判長裁判官 谷有恒 裁判官 松川充康 裁判官 網田圭亮 |
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