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【事件名】星座板の著作物性事件
【年月日】平成25年4月18日
 大阪地裁 平成24年(ワ)第9969号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成25年2月22日)

判決
原告 株式会社大和科学教材研究所
同訴訟代理人弁護士 三山峻司
同 井上周一
同 木村広行
同 松田誠司
被告 株式会社クラフテリオ
同訴訟代理人弁護士 平井康博


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 被告は、別紙被告製品目録記載の製品を作成し又は頒布してはならない。
(2) 被告は、前項の製品及びその半製品を廃棄せよ。
(3) 被告は、原告に対し、330万円及びこれに対する平成24年9月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は被告の負担とする。
(5) 仮執行宣言
2 被告
 主文同旨
第2 事案の概要
1 前提事実(証拠等の掲記がない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
 原告は、「小、中学校文部省学習指導要領に準拠せる理科教材、工作機械の研究並びに製造販売」等を目的とする会社である。
 被告は、「教育用の教材、器材の仕入及び販売」等を目的とする会社である。
(2) 原告による星座板の作成及び頒布(甲3の1〜5、甲4の1〜4)
 原告は、昭和55年頃、星座板を作成し、昭和57年4月1日、「星の観察C型」という商品名で販売を開始した。
 原告は、上記星座板の改良を重ね、平成13年頃、これを電子情報化して別紙原告星座板記載の星座板(以下「原告星座板」という。)を作成し、「星・月の動きA型」という商品名で販売を開始した。
 原告星座板は単体で販売・使用されるものではなく、時刻等を記載した別の板(以下「マスク円盤」という。)と組み合わせて販売・使用されるもの(以下組み合わせたものを「原告製品」という。)である。
(3) 被告の行為
 被告は、平成24年6月頃から、別紙被告製品目録記載の製品(以下「被告製品」という。)を作成し、頒布している。
 被告製品も、原告製品と同様に、被告星座板とマスク円盤を組み合わせて販売・使用されるものである。
2 原告の請求
 原告は、被告に対し、前記被告の行為について、@ 原告星座板に対する原告の複製権、譲渡権、氏名表示権及び同一性保持権を侵害するものであるとして、著作権及び著作者人格権に基づき、被告星座板の作成及び頒布の差止め並びに被告星座板及びその半製品の廃棄を求めるとともに、A 上記著作権若しくは著作者人格権侵害に係る不法行為又は一般不法行為に基づき、330万円の損害賠償及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。
3 争点
(1) 著作権(複製権及び譲渡権)侵害の成否 (争点1)
ア 原告星座板の著作物性(著作権の帰属) (争点1−1)
イ 原告星座板と被告星座板の同一性等(著作権侵害) (争点1−2)
(2) 著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)侵害の成否 (争点2)
(3) 一般不法行為の成否 (争点3)
(4) 損害額 (争点4)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(原告星座板の著作物性)について
【原告の主張】
 星座板は、天体の現象を記号によって客観的に表現するものである。天球を平らな円盤状に投影するので、東西南北が等間隔にならず南の空ほど歪みが大きく、実際の星空とは見比べにくくなる。また、観測地の緯度の違いによって、見える星空の範囲(日本を観測場所とする場合には、一定範囲の緯度〔例えば、沖縄県宮古島付近:北緯25度、北海道利尻島付近:北緯45度〕に対する地平線を示すマスク円盤の丸い窓枠によって画される。)が変わり、緯度の違いにより星の見える時刻も変わる。そこで、特定の観測場所における特定の観測日時に天空を見上げた際に、いかに天空に近い感覚で見やすくするかという点に表現上の工夫が必要となる。
 したがって、各種素材の取捨選択、配列及びその表示の方法に関しては、星座板作成者の個性、学識、経験等が重要な役割を果たすものであり、これらの点において作成者の創作性が表出しているものである。
 原告星座板についてみると、以下の点において創作性を有するものであり、著作権法10条1項6号の著作物に当たる。
 また、原告は、原告星座板の著作者であるから、その著作権は原告に帰属する。
(1) 星座の選択
 国際天文学連合は、88個の星座を定めている。
 原告は、原告星座板を作成するに当たり、上記星座のうち学習用教材にふさわしいと考えた42個を抽出して表現した。
 88個の星座から42個の星座を選択する組合せは、合計23991387527607600000000000通り存在し、1個から88個までを選択する組合せは、合計309485009821344000000000000通り存在する。
 学習指導要領では特定の星座が学習対象とされているわけではないから、星座板作成者はこの膨大な組合せの中から、星座板上に表現される一つの組合せを決定するのであり、この選択に作成者の個性が表れている。
(2) 星座の特定方法
 星座は一定の領域として特定され、特定の領域に属する星は全て特定の星座に属する星として取り扱われる。
 したがって、星座板を作成する際には、特定の領域から任意の星を適宜選択して一つの星座を描くことになり、星座を星の集まりとして表現する方法は無限に近い。
 原告は、原告星座板を作成するに当たり、理科年表や星座に関する書籍を調べて、各星座を構成する星として好ましいものを選択しており、この選択に創作性がある。
(3) 星座線の結び方
 星座線は、上記(2)のとおり選択した特定の星座を構成する星を線でつないで表現したものである。これは星の選択によって当然に変化するものであり、星座線の結び方は無限にある。
 原告は、原告星座板を作成するに当たり、各星座の名称から看取することができるイメージに沿うように星座線を表現した。
 特に、カシオペア座について、通常はWの形状を構成する星のみが取り出されて表現されることが多いのに対し、原告星座板は、右足に相当する部分の星を表現し、これに星座線を付記している点に作成者の個性が表れている。また、白鳥座については翼の一方が3つの星、他方が2つの星で表現されるのが通常であるのに対し、原告星座板は、あえて両方の翼を3つの星で表現しており、表現上の個性が表れている。
(4) 星座名の記載
 星座板には、各星座の星座名を付記するのが通常であるところ、各星座につきどのような大きさで、どのようなフォントで記載するかについては何らの制限もなく、作成者が自らの選択で表現するものである。
 原告星座板も、各星座名を見やすいと感じるフォント、大きさ、位置を適宜選択して表現されたものである。
(5) 星の位置
 星の位置は、一定の期間の平均などを用いて表現するものであり、一義的に固定されるものではなく、時代によって変化するものであるから、表現の幅がある。
(6) 星座板上における星の位置の修正
 星座板上で天体を表現する場合、実際の天球上の位置をそのまま表現することはできず、方向、距離、位置関係などの要素のうちいずれかを正確にすれば、他の正確性を犠牲にしなければならない。
 すなわち、北極(南極)を中心とした、等間隔の放射線(赤径)、等間隔の同心円(赤緯)からなる極座標系に描かれるべき天体を平面(星座板)上に描くと、周辺になるにつれて天体の位置関係が円周方向に広がって星座の形が歪み、中央付近の星座が相対的に小さく表現されることになる。そこで、星座板作成者は、その知識、経験から、赤緯及び赤径に基づく表現と実際の夜空の様子との調和を求め、星座板上に天体を表現することになり、この点に作成者の個性が表れる。
 具体的にみると、原告星座板には、以下の特徴的な表現がされている。
ア 南十字星
 南十字星は中心から離れた位置にあるため、赤緯及び赤径に基づく描画では十字でなく、T字状に表現されるのに対し、原告星座板では、星空の様子に近づけるため、十字に見えるように表現されている。
イ さそり座
 さそり座も中心から比較的離れた位置にあるため、赤緯及び赤径に基づく描画では、さそりの尾の先端部分がかなり急角度で織り込まれたように表現される。これに対し、原告星座板では、あえてややその角度を緩和している。その他の星の位置も作成者のイメージに沿って修正しており、これらの点に創作性がある。
ウ リゲルケンタウリ、カノープス及びアケルナー
 これらも中心から離れた位置にあるため、赤緯及び赤径に基づく描画では各星を構成要素とする星座が歪むため、原告星座板ではそれぞれの位置を修正して表現している。
エ オリオン座
 赤緯及び赤径に基づく描画と原告星座板を対比すれば、オリオン座を構成する3つの連続する中央の星の表現が顕著に相違する。原告星座板では、星空の様子に近づけるように表現している。
オ カシオペア座
 原告星座板では、赤緯及び赤径に基づく描画よりも、カシオペア座を構成するW状の中央に位置する星がやや強調して突出している点に特徴がある。
カ 白鳥座
 原告星座板では、白鳥座についても赤緯及び赤径に基づく描画を修正して表現しており、この点に特異性がある。
(7) 星の形
 星を表現する際には、点の大きさ、形を星ごとに異なるものとすることも可能であり、表現の幅がある。
(8) 天の川
 天の川は、川の流れのように見える無数の星の集まりをいい、銀河系の円盤部の恒星が天球に投影されたものであって、これをイメージとして描く方法は無限にある。
 原告星座板は、作成者のイメージに従って天の川を描いたものであり、創作性がある。
(9) 銀河の北極
 星座板を作成する際に銀河の北極を示すことは通常ない。
 原告星座板は、その創作意欲から特に銀河の北極部分を×印で描いたものであるから、創作性がある。
【被告の主張】
 星図は、星座早見盤に組み込まれるものであり、天空に存在する一定等級(ほとんどが4等星)以上の明るさの星(恒星)を記載し、その星々を線で結んで国際天文学連合所定の星座を客観的に表現するものである。情報の取捨選択、配列及びその表示方法に関しては、作成者の個性、学識、経験等が果たす役割はほとんどなく、文学、音楽、造形美術上の著作に比して、創作性を認める余地はほとんどない。
 特に、本件のような小学校教材用の星座早見盤のための星図(星座板)は、必要とされる情報やその形状から、原告が主張するような星座の選択、星座の特定方法、星座線の結び方、星座名の記載、星の位置、星の形、天の川、銀河の北極における表現には自ずと制約がある。
 これらのことからすれば、原告星座板には、著作物性がない。
2 争点1−2(原告星座板と被告星座板の同一性等)について
【原告の主張】
 以下のとおり、被告星座板は原告星座板を複製した物である。
(1) 有形的再製(実質的同一性)
ア 一致点
 前記1【原告の主張】のとおり、原告星座板における創作性は、星として描かれた点の数・位置、星座線の位置・形状、星座における具体的な星の特定と位置、星座名の具体的記載の位置・フォント、天の川の形状等とそれらを全体的に総合した一つの星座板という表現に表れている。
 被告星座板は、これらの点において原告星座板とほぼ完全に一致している。
イ 相違点
 原告星座板と被告星座板とを対比すると、後記【被告の主張】の相違点があることは認める。
 しかしながら、星名表記の相違は数百の星のうちわずか3つであり、単に外来語の発音の長音を表記する際に通常生じる微細な差異にすぎない。
 また、原告星座板において、星座の輪郭が描かれているのは42個の星座中10個であり、被告星座板は原告星座板に描かれた、これらの輪郭を除去したにすぎないものである。
 1等星から3等星までの色、背景色の相違についても、何ら特徴的な表現ではないし、夏及び冬の大三角形の表示の有無についても、星の位置が定まれば一義的に表現される事柄であって、何ら創作性のある表現ではない。
ウ 対比
 前記アの一致点は表現上の本質的な特徴における一致点であるのに対し、前記イの相違点は創作的な表現に関わるものではない。
 したがって、被告星座板は、原告星座板と表現上の本質的な特徴において実質的には同一のものであり、これを有形的に再製したものである。
(2) 依拠性
 被告星座板が原告星座板とほぼ完全に一致することからすれば、被告星座板が原告星座板に依拠して再製されたものであることは明らかである。
(3) 複製権侵害
 前記(1)、(2)のとおり、被告星座板は、原告星座板を有形的に再製したものであるから、被告による被告星座板の作成は、原告の複製権を侵害する。
(4) 譲渡権侵害
 被告は、被告星座板を不特定多数人に販売しているから、原告の譲渡権を侵害する。
【被告の主張】
 以下の点において、被告星座板は、原告星座板と相違するから、原告星座板を有形的に再製したものではない。
@ 1等星の色
 原告星座板はピンク色であるのに対し、被告星座板は黄色である。
A 2等星の色
 原告星座板は黄色であるのに対し、被告星座板はオレンジ色である。
B 3等星の色
 原告星座板は白色であるのに対し、被告星座板は赤色である。
C 背景色
 原告星座板は紫色がかった青色であるのに対し、被告星座板は灰色がかった青色である。
D 星座絵の輪郭
 原告星座板にはあるのに対し、被告星座板にはない。
E 夏及び冬の大三角形の表示
 原告星座板にはないのに対し、被告星座板にはある。
F 星名表記
 原告星座板では、「アークトウルス」「フォマルハウト」「アケルナー」と表記されているのに対し、被告星座板では、順に「アルクトゥルス」「フォーマルハウト」「アケルナル」と表記されている。
G 北極星
 原告星座板では他の2等星と同様に直径約3oの大きさであるのに対し、被告星座板では直径約8oの大きさであり、直径約3oの大きさである他の2等星よりも大きく表現されている。
3 争点2(著作者人格権侵害の成否)について
【原告の主張】
 被告星座板には、原告の名称が表示されていないから、原告の氏名表示権を侵害する。また、被告星座板は、原告の意に反して「北極星」の文字の位置、「こぐま」の文字の位置等を変更したものであるから、原告の同一性保持権も侵害する。
【被告の主張】
 争う。
4 争点3(一般不法行為の成否)について
【原告の主張】
 前述したとおり、原告星座板は、原告が費用、時間、労力を投じて作成したものである。また、原告は、長年にわたる営業活動によって営業上の信頼や実績等を積んでおり、これらは、法律上保護されるべき利益である。
 被告は、原告星座板をほぼそのまま引き写して被告星座板を作成、販売しており、このような被告の行為は、原告の投資にただ乗りするものであり、故意又は過失によって、原告の法律上保護されるべき利益を侵害する。
【被告の主張】
 否認ないし争う。
5 争点4(損害額)について
【原告の主張】
 被告は、平成24年6月頃から、1月当たり200万円の売上げを得ており、利益率は3割を下回らない。
 したがって、原告は、被告の行為により、本件訴え提起までの間、少なくとも180万円の逸失利益に相当する損害を被った。
 また、原告は、被告の行為により、著作者人格権を侵害され、100万円に相当する損害を被った。
 弁護士費用50万円は本件と相当因果関係のある損害である。
【被告の主張】
 被告は、平成24年6月から平成25年1月17日までの間に、合計2万1777個の被告製品を販売し、合計359万1653円の売上げを得た。
 被告製品の仕入額は合計361万0626円であるから、被告は利益を受けていない。
第4 当裁判所の判断
1 争点1−1(原告星座板の著作物性)及び争点1−2(原告星座板と被告星座板の同一性等)について
(1) 著作物の複製
 著作物の複製(著作権法2条1項15号)とは、印刷、写真、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいい、既存の著作物に依拠することを要する(最高裁昭和53年9月7日第一小法廷判決・民集32巻6号1145頁参照)。
 また、著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法2条1項1号参照)、既存の著作物に依拠して創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、複製にも翻案にも当たらない(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。
(2) 星座板
 証拠(甲14〜17)及び弁論の全趣旨によると、星座板については、次のとおり説明することができる。
 星座板は、星座を観測する際に用いるもので、別紙の原告星座板や被告星座板のように、円形の平面に、天空の星を配し、星座線や星座名を記載し、天空に観測できる星や星座と比較し、容易に確認することができるようにしたものである。季節や時刻によって、観測できる領域が限られるので、その領域を限定するためのマスク円盤を組み合わせて使用する。
 天空に観測できる星の位置(実際の位置ではなく、地球上の観測者から見える位置関係であり、地球から天空を見た場合における、天球の球面上にその位置を求めることができる。)は、北極(南極)を中心とした等間隔の放射線(赤径)と等間隔の同心円(赤緯)からなる極座標上に特定することができる(観測年度を特定しさえすれば、誰が特定しても同じ位置となる。)。
 北半球で使用される星座板では、北極星を中心とした天球の北半分に加え、観測が予定される地点(緯度)から観測が可能な天球の南半分の一部が星座板に描かれる(観測地点の緯度が異なれば、観測が可能な天球の範囲も異なってくるが、日本国内で使用する星座板の作成者は、日本における観測地点の平均的な緯度を選択することが予想され、そこに個性を見出すことはできない。)。その際、天球における極座標上の位置を、そのまま円形平面の極座標に転記すると、中心(北極)から離れるに従い広がるため、複数の星の位置関係(これらの星によって構成される星座の形状)が実際に観測される位置関係(星座の形状)に比べ歪むことになる。
 星座板は、天空における星座の位置等を把握するために用いられるものであり、上記のとおり歪んだままの状態を表現したのでは、必ずしも使用目的に適するものではない。そこで、星座板を作成するに当たっては、その使用目的に適うように、星及び星座の天球における極座標上の位置を、そのまま円形平面の極座標に転記するのではなく、実際に天空を観測した場合の星座の形状等を反映するように修正することが行われている。そのような修正をするに当たっては、実際の観測における星の位置関係を反映させる必要があることに加え、星座板自体の大きさの制約から、その修正をした後における星の位置関係等を含む表現の幅は限られたものとならざるを得ず、表現自体として差異化する(個性を表現する)ことのできる部分は少ない。
(3) 原告星座板と被告星座板との比較
 原告星座板と被告星座板を比較すると、星の数や位置、星座線の位置や形状、天の川の形状が一致していることが認められる。
 星座板の作成過程(前記(2))に加え、原告星座板と被告星座板における星の位置関係や天の川の形状が一致していることからすると、被告星座板は、原告星座板に依拠して作成されたことが推認される。
 他方で、原告星座板と被告星座板との間に、前記第3の2【被告の主張】のとおりの相違点があることについては争いがない。
(4) 原告星座板及び被告星座板の一致点における創作性
 以下のとおり、原告が原告星座板と被告星座板の一致点として主張する点は、いずれも表現上の選択の幅が狭く、ありふれた又は平凡な表現であって創作性がないから、被告の行為は複製に当たらないというべきである。
ア 星座の選択
 原告は、88個の星座の中から星座を選択するには膨大な数の組合せがありうるのであり、その選択に作成者の個性が表れており、創作性を有する表現である旨主張する。
 そこで検討すると、証拠(甲5)によれば、古代からいろいろな星座が認識されてきたが、幾多の変遷を経たのち、1930年、国際天文学連合において、1928年に開催された第3回総会までの議論を受けて、星座の境界は1875年分点における時圏、赤緯圏を使用し、星座の総数は88とすると定められたことが認められる。
 前記(2)で説明した星座板の役割からすると、観測地点の緯度が異なれば、見える星座は異なる(甲16)から、日本国内で販売・使用されるものであることを前提として星座板(星図)を作成するのであれば、専ら南半球でしか見ることができない星座など、88個の星座のうち日本国内で観測することが不可能な星座は除くのが当然である。
 また、小学校学習指導要領理科編によれば、第4学年において月や星を観測し、月の位置と星の明るさや色及び位置を調べ、月や星の特徴や動きについての考えを持つことができるようにするとされていること(甲24)、原告製品(原告星座板)及び被告製品(被告星座板)は、いずれも小学校4年生を対象として、上記学習指導要領で定められた学習のための教材として販売されていること(甲4の1〜3、甲10の1・2)が認められる。
 したがって、教育目的から観測に適する主要な星座を選択し、観測に適さない星座を除くのが当然である。
 そうすると、学習用教材としての星座板に載せることのできる星座の数及びその種類の選択の幅は、自ずと限定されたものとならざるを得ない。
 現に、原告及び被告以外の業者が作成した星座板をみると、くじゃく座を除いた原告星座板及び被告星座板に掲載された星座は全て他の業者が作成した星座板にも掲載されている。そして、他社星座板に掲載されているにもかかわらず、原告星座板及び被告星座板に掲載されていない星座について、上記のような教育的観点などから数を減らすということ以上に、作成者の何らかの個性が表現されているとする主張立証はない。むしろ、証拠(甲37)によれば、原告は、使用する学年に合わせて星の数を増減しており、小学校5年生・6年生用には66星座としているところ、原告星座板は小学校4年生用であることから42星座としたことが認められる。
 これらのことからすれば、星座の選択自体について創作性のある表現であるということはできない。
イ 星座の特定方法及び星座線の結び方
 証拠(甲5、6、19〜23、37〔枝番省略〕)によれば、星座はその境界線で区切られた領域により定められており、星座線の結び方や星座絵のデザインについて学術的な取り決めはないこと、1つの星座の星座線に複数のバリエーションがありうることは認められる。
 他方で、星座は、恒星の配置を便宜的な形象、すなわち神話・伝説上の存在に見立てて、天球を区分したものであるところ(甲25)、星座に属する星の中から特定の星を選択して星座線で結び、当該形象を表すことは一般に行われている。
 また、星の明るさは、肉眼で観測することのできる最も暗い星が6等星であるから(甲7の1)、星座線で結ぶ星を選択するに当たっては、それ以上の明るさを有する恒星の中から選択する必要があるし、星座名で表される神話・伝説上の存在を表すのに、ふさわしい恒星を選択して星座線で結ぶ必要もある。
 これらのことからすると、星座の特定方法及び星座線の結び方に係る表現の選択の幅は相当に狭いといわなければならない。
 原告星座板についても、原告の主張及び証拠(甲4の2〜4)によれば、各星座に属する1等星から4等星までの恒星の中から、各星座の名称が表象する形象を表現するのにふさわしい星を選択して星座線で結んだというにすぎないのであって、平凡かつありふれた表現であるというべきである。
ウ 星座名の記載
 原告は、星座名の記載について、文字のフォント、大きさ及び位置に創作性がある旨主張する。
 しかしながら、星座名自体はあらかじめ決まっているものであるし、前記アの学習用指導教材であるという販売・使用の目的や星座板自体の大きさ等も考慮すれば、文字のフォント、大きさ、位置等の選択の幅は狭いことが明らかである。原告星座板をみても、文字のフォント、大きさ及び位置は平凡かつありふれたものであるといわざるを得ず、何らかの作成者の個性を看取することはできないから、創作性のある表現であるとはいいがたい。
エ 星の位置
 原告が主張するとおり、星の位置は時代によって変化するものである。しかしながら、前記アのとおり、原告星座板も被告星座板も日本国内で販売・使用される小学校4年生向けの学習用指導教材であるから、現代の星の位置を前提とせざるを得ないのであって、選択の幅は著しく狭いというほかなく、この点に創作性を認めることはできない。
 なお、星座板に実際に記載される星の位置について、星座板という平面に記載することによる制約上、修正の必要があることは、後記オのとおりである。
オ 星座板上における星の位置の修正
 原告は、星座板に天体を表現する場合、実際の天球上の位置をそのまま表現することはできないから、星座板作成者は、赤緯及び赤径に基づく表現と実際の夜空の調和が図られるように表現するのであり、この点において作成者の個性が表れると主張する。
 そこで検討すると、まず、証拠(甲14〜17)によれば、前記(2)のとおり、天球の球面上にある星座を、平面である星座板に描く場合、外延に近いほど天体の位置関係が円周方向に広がり、星座の形が歪むのに対し、中心付近では星座が相対的に小さく表現されることが認められる。
 このため、星座板の作成者は、その使用目的に適うように、すなわち、観測者が、星座板と実際に観測できる星座を照らし合わせたときに確認することが容易となるよう、極座標上における星の位置関係(星座の形状)を修正して描くことがある。原告も、最初の星座板を作成するに当たっては、原告星座板に表された星座について実際の星空に見える姿に近づけるべく、実際に星座を観測しながら、星の位置を調整する作業を行ったことが認められる(甲25〜27〔枝番省略〕)。
 原告星座板における具体的な修正の内容として、次のような修正を指摘することができる。
 原告星座板では、南十字星を構成する4つの星が、理科年表の図(極座標上の星の位置を示したもので、南十字星を構成する星を互いに結ぶ直線を交差させたものが、十字でなく丁字となる。)と異なり、星を互いに結ぶ直線が交わり十字を作っている(甲17、23。もっとも、他社の作成する星座板でも同様のことが行われている。)。また、さそり座の尾の先端の星が、理科年表の図(極座標上の星の位置を示したもので、尾の部分を直線でつなぐと、鋭角で折りたたまれるようになる。)と異なり、尾の部分をつないだ直線が、折りたたまれているようではあるが、その角度が、やや緩やかとなっている(甲17、甲21の1・2)。
 中心付近であっても、原告星座板では、カシオペア座の中央に375 ・ある星が、理科年表の図(両端の星をつなぐ直線より出ずに、両脇の星とつなぐ線が直角より広い。)や他社の作成した星座板と異なり、やや突出して記載されている(両端の星をつなぐ直線より出ており、両脇の星とつなぐ線がほぼ直角で交差する。)。
 さらに、原告星座板では、オリオン座の中央にある3つの星が、理科年表の図(一直線上にない)や他社の作成した星座板と異なり、一直線上に記載されている。
 しかしながら、原告が主張する上記の修正点(他社星座板との相違点)は、指摘されなければ、ほとんど認識することができない程度の差異である(甲8の1・2、乙1〜4)。
 そもそも、原告が著作者としての個性が現れているとして指摘する上記修正・変更の目的は、前記のとおり、実際に観測できる星の位置関係(星座の形状)と星座板上に描かれる星の位置関係(星座の形状)の違いを少なくするように調整をするものであったり、特徴点をやや強調するものであったりするものである。このようなことは、星座板の使用目的からすれば当然に行われる事柄であって、多かれ少なかれ、他社も行っていることである(甲16〜23〔枝番省略〕)。
 このような目的のもと、修正作業が行われた結果、異なる表現となりうるとしても、前記のとおり、共通する部分の方が圧倒的に多くならざるをえず、異なる表現とすることのできる部分はわずかであって、星座板の作成者の個性が表れるような表現となることは考えがたい。むしろ、一定の目的がある以上、選択の幅は、むしろ収束する方向へ働くのであり、現に、上記のとおり、その結果には大差がないことからすれば、平凡かつありふれたものと評価するほかない。
 したがって、これらの点についても、創作性のある表現ということはできない。
カ 星の形
 原告は、星を表現するに当たり、点の大きさ、形を星ごとに異なるものとすることも可能であるから、表現の幅がある旨主張する。
 しかしながら、星を表現するに当たって、原告星座板で用いられている丸や星印の表現は特段の特徴があるものではないし、等級に応じて大きさを変えたり、色分けをしたりしている点も平凡かつありふれたものというほかない(なお、1等星から3等星までの色分けは、相違している。)。
キ 天の川
 原告は、天の川をイメージとして描く方法が無限にあり、原告星座板の天の川も作成者のイメージに従って描いたものであるから、創作性がある旨主張する。
 しかしながら、証拠(甲8の1・2、甲18の1〜5、乙1〜4)によると、他社の作成する星座板には、原告星座板と同様に、天空と同系色(白っぽくしたもの)で天の川を描いたものが複数ある。また、それらの星座板と原告星座板に描かれた天の川の各形状(輪郭)は、細部で異なるものの、似通っていることが認められる。そして、原告星座板と他社の作成する星座板に描かれた天の川の各形状(輪郭)に係る細部の相違点について、何らかの特徴や表現上の個性が表れているとする具体的な主張立証はない。むしろ、天空で観測できる天の川に近いイメージを星座板上に再現しようとすると、その色彩や輪郭などを含む表現が、結果として、一定の範囲に収束しているものというべきである。
 これらのことからすると、原告星座板に描かれた天の川の表現についても、平凡かつありふれたものというべきである。
ク 銀河の北極
 原告は、星座板を作成する際に銀河の北極を示すことは通常なく、原告星座板に銀河の北極部分を×印で描いている点に創作性がある旨主張する。
 しかしながら、そもそも原告星座板の商品カタログ、商品パッケージ及び商品自体(甲4の1〜4)を見ても、星座板に表示された×印(天の川で囲まれた領域のほぼ中央に位置する。)が銀河の北極を示していることに関する説明が見当たらない。
 その点を置くとしても、銀河の北極は特定の恒星を指すものでもなく、天球上で観測可能な点でもないのであって、前記アで述べた星座板の使用目的からしても特段の注意を引くものではない。仮に、これを選択して表現した点に何らかの作成者の個性が認められうるとしても、星座板の表現全体に占める割合が著しく僅少であり、特徴のある表現として感得することも困難であることからすれば、この部分のみをもって著作物性を認めるのは相当でないというべきである。
(5) まとめ
 前記(4)で検討したところによれば、被告星座板は、表現上の創作性を認めがたい部分において、原告星座板と同一性を有するにすぎないから、被告の行為は複製に当たらないというべきである。
 なお、原告は、原告星座板に高度の創作性が認められないとしても、実質的に同一のもの(デッドコピー)についてのみ複製権侵害が成立すると解釈することで、第三者の表現に対する不当な制約となることは避けられるから、原告星座板の著作物性を肯定すべきであると主張する。しかしながら、そもそも創作性のない表現は著作権法上の著作物として保護を受けることはできないものであり、これと実質的に同一のもの(デッドコピー)を複製したとしても著作権(複製権)侵害が成立することはないというべきであり、上記主張を採用することはできない。
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、著作権侵害に基づく原告の請求には理由がない。
2 争点2(著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)侵害の成否)について
 前記1のとおり、被告星座板は、表現上の創作性がない部分において、原告星座板と同一性を有するにすぎないから、被告の行為については著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)侵害も成立しない。
3 争点3(一般不法行為の成否)について
(1) 著作権法は、著作物の利用について、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に独占的な権利を認めるとともに、その独占的な権利と国民の文化的生活の自由との調和を図る趣旨で、著作権の発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、独占的な権利の及ぶ範囲、限界を明らかにしている。同法により保護を受ける著作物の範囲を定める同法6条もその趣旨の規定であると解されるのであって、ある著作物が同条各号所定の著作物に該当しないものである場合、当該著作物を独占的に利用する権利は、法的保護の対象とはならないものと解される。したがって、同条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である(最高裁判所第一小法廷判決平成23年12月8日民集65巻9号3275頁)。
 このことは、同法2条1号及び10条の解釈に当たっても妥当するものと解される。
(2) 前記1のとおり、原告星座板は著作権法2条1号及び10条6号所定の著作物には当たらない。
 原告は、被告星座板と原告星座板が実質的に同一の形態(デッドコピー)であり、このような被告星座板を作成、頒布する被告の行為は、著作権法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するものであって、一般不法行為が成立すると主張する。
 しかしながら、星座板は、マスク円盤と組み合わせて販売されるものであり、原告星座板と被告星座板に組み合わされる各マスク円盤を比較すると、その違いは明瞭であって(甲4の1〜3、甲10の1・2)、商品全体としてみると、被告星座板を用いた被告製品が原告星座板を用いた原告製品のデッドコピーであるとはいえない。しかも、原告星座板と被告星座板の一致点として原告が強調する部分は、前記1で検討したとおり、ありふれた表現に属するものであったり、わずかな違いであったりすることからしても、小学校の教材用星座板の需要者にとって、星座板の選択、購入に影響を与えていることは考えにくいから、被告の行為をもって、自由競争の範囲を逸脱した違法な行為ということはできない。
 そもそも、原告が主張するこのような利益は、著作権法による保護の対象とされるべきものである。本件で著作権侵害が認められないことは前述のとおりであり、上記利益侵害を理由に不法行為が成立する余地はない。
 なお、星座板が実質的に同一の形態であることを理由に、不正競争防止法2条1項3号により保護される利益を想定するにしても、前提事実によれば被告の行為には不正競争防止法19条1項5号イの適用除外があり、不正競争が成立しうる余地はないものである。
 これらのことからすれば、本件で上記特段の事情があると認めることはできないから、被告の行為について一般不法行為が成立するということはできない。
 したがって、不法行為に基づく原告の請求にも理由がない。
4 結論
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求にはいずれも理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第26民事部
 裁判長裁判官 山田陽三
 裁判官 松川充康
 裁判官 西田昌吾


(別紙)被告製品目録
製品名: 「星や月の早見板」(〈月や星の動き〉星の早見板)
監修:  国立大学法人福岡教育大学教授 P1
品番:  No24-749

(別紙)原告星座板 略

(別紙)被告星座板 略
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