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【事件名】インタビュー談話の転載事件
【年月日】平成25年3月25日
 東京地裁 平成24年(ワ)第4766号 出版差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成25年1月30日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 江川勝一
被告 B
同訴訟代理人弁護士 鍛治利秀
同 浅野晋
同 山田勝彦
同 山本雄一朗


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙書籍目録記載の書籍の印刷、出版、販売又は頒布をしてはならない。
2 被告は、原告に対し、110万円及びこれに対する平成24年3月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、株式会社朝日新聞社の全国版社会面に、別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を、見出し、被告の肩書き及び氏名は各10ポイント、その余の部分は8ポイントの活字で、縦2段抜き、横5センチメートルの大きさで、1回掲載せよ。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告がその著者の一人である別紙書籍目録記載の書籍(以下「被告書籍」という。)中の被告執筆部分に、「A Man of Light」(「光の人」)と題する映画作品(以下「本件映画」という。)中の20:00(20分)から21:05(21分5秒)までの部分(以下「本件インタビュー部分」という。)に係る原告の著作権(翻案権)又は著作者人格権(同一性保持権)を侵害する部分が含まれていると主張し、著作権法112条1項に基づき、被告に対し、被告書籍の出版等の差止めを求めるとともに、著作権又は著作者人格権侵害の不法行為責任に基づく損害110万円(慰謝料100万円及び弁護士費用10万円)及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成24年3月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、また、著作権法115条の著作者としての名誉又は声望を回復するための適当な措置として、謝罪広告の掲載を求める事案である。
1 前提事実(証拠等の記載のない事実については争いがない。)
(1) 当事者等
ア 原告は、平成3年3月に早稲田大学人間科学部人間健康科学科を卒業し、アメリカ合衆国(以下「米国」という。)カリフォルニア州において、教育分野のドキュメンタリー映画製作等を行っている者である。
イ 被告は、平成3年当時、早稲田大学人間科学部教授を務めていた者である。
(2) 本件映画(甲1、25)
ア 本件映画は、平成13年頃、米国カリフォルニア州所在のアカデミー・オブ・アート・カレッジにおける原告の修士過程卒業制作作品として製作された。
イ 本件映画は、約24分間の映像及び音声から成る映像作品である。
 本件映画のうち、原告が、被告による著作権(翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)侵害を主張する部分は、20:00(20分)から21:05(21分5秒)までの部分(本件インタビュー部分)であり、その内容は、次のとおりである。
(ア) 画面には、右手にコップを持ち、室内のソファに座る男性(C博士)の姿が映されている。
(イ) 女性(原告)の声で日本語のナレーションが入り(以下「原告ナレーション部分」という。)、その後、C博士がこれに対し回答し(以下「博士回答部分」という。)、上記回答に合わせて、画面下部に字幕が流れる(以下「本件字幕部分」という。)。原告ナレーション部分、博士回答部分及び本件字幕部分の内容は別紙1のとおりである(なお、別紙1記載の博士回答部分は原告提出の反訳文に基づくが、甲1によれば、一部に本件映画の音声と別紙1記載の博士回答部分が異なる部分がある。)。
ウ 被告書籍(甲2)
(ア) 被告書籍は、平成21年5月31日に株式会社集英社から第1版が発行された書籍であり、被告と他2名との対談又は鼎談を収録した部分と論述部分から成る。
(イ) 被告書籍第一部の「いのちと戦争」と題する章中の、「ゲノム研究も戦争から」と題する論述部分は、被告の執筆に係るものであり、その中には、93頁1行目から4行目までの「…Aさんが、カリフォルニアのビデオ映像の大学院での卒業制作として、その過去と未来とを結びつけ、バイオエシックスの問題意識から学問研究を展開している私を取材しながら、『光の人』というドキュメンタリー映画を制作しました。」との記述に続けて、同頁5行目から14行目までに、別紙2のとおりの記載がある(以下「被告記述部分」という。)。
 そして、被告記述部分に続いて、93頁15行目から94頁1行目には、C博士の発言について、「原爆を投下したアメリカという国の、研究者としての意識や反省がほとんど感じられない話しぶりに、私はショックをおぼえ失望しました。」との記載があり、さらに、他の例を引いた上で、95頁8行目ないし11行目に、「このときのことを思いだすたびに、D博士が語られたように、良識ある科学者たち自身はもちろん、私たち非専門家がいのちの担い手として、バイオエシックスの考え方をふまえて積極的に警鐘を鳴らし、専門家たちにいのちの大切さを教えていかなければならない、という思いを新たにするのです。」と締めくくられている。
2 争点
(1) 原告は本件映画の著作者及び著作権者であるか。
(2) 被告記述部分の作成は原告の翻案権を侵害するか。
(3) 被告記述部分は、原告の同一性保持権を侵害するものか。
(4) 差止請求の可否
(5) 損害賠償請求の可否・損害額
(6) 謝罪広告の要否
第3 当事者の主張
1 争点(1)(原告は本件映画の著作者及び著作権者であるか。)について
(原告の主張)
(1) 原告が著作者であることについて
 本件映画は、原告が、その卒業制作として制作指揮を執り、脚本制作、演出、編集等、本件映画の全体的形成に創作的に寄与したものであるから、原告は本件映画の著作者に当たる(著作権法16条)。
(2) 原告が著作権者であることについて
 原告は、本件映画のためにシナリオを作成し、構想を立てた上で必要な資料を収集し、スタッフを選定した上で雇用し、製作の全過程を指揮して本件映画を完成させたものであり、本件映画を製作する意思を有する。また、原告は、本件映画製作に関わる各種契約を締結したものであり、本件映画製作に関する法律上の権利義務が帰属する主体である。加えて、原告は、本件映画の関する経済的な収入・支出の主体となる者でもある。
 以上によれば、原告は、本件映画の製作に発意と責任を有する者であるから、本件映画の映画製作者(著作権法2条1項10号)であるところ、上記(1)のとおり、原告は本件映画の著作者でもあるから、本件映画の著作権は原告に帰属する(同法29条1項)。
(3) 本件映画のクレジットには、「著作権者 ライフサイクル研究所」と表示されるが、上記研究所(現在の商号は「Ganbare Nippon!」)は原告が代表者を務める法人であり、原告が、便宜上、著作権者としてその名前を表示したものにすぎない。
(被告の主張)
 原告が本件映画の著作者の一人であることは認めるが、著作権者であることは否認する。本件映画の著作権はライフサイクル研究所が保持している。
2 争点(2)(被告記述部分の作成は原告の翻案権を侵害するか。)について
(原告の主張)
(1) 原告は、本件映画の製作に当たり、本件映画のテーマとC博士との関係を発見し、同博士の研究、業績等を調査した上、本件映画に同博士のインタビューを組み込むことを決定し、シナリオを作成し、自ら同博士からインタビューの約束を取り付け、本件映画のテーマに従って質問をした。その上で、原告は、同博士との質疑応答のうち、本件映画のテーマに相応しい部分のみを取り上げて編集し、本件インタビュー部分を構成したものである。
 したがって、本件インタビュー部分には、原告の思想感情が表現されており、かつ、原告の個性が表れているから、創作性がある。
(2) 本件インタビュー部分の表現上の本質的特徴は次の点にある。
ア 原告がC博士に対し行ったインタビューを内容とするものであること。
イ 原告からC博士への質問は、米国が日本に投下した原爆による被害者とヒトゲノム計画との関係であること。
ウ C博士の回答は、原爆の被害者から得られた何らかのデータがヒトゲノム計画の基礎データとされたことを認める内容であったこと。
エ C博士の回答は、ヒトゲノム計画の研究について肯定的な態度のものであること。
(3)ア 別紙対応表記載のとおり、被告記述部分からは、本件インタビュー部分の上記本質的特徴をいずれも直接感得し得る。
イ 他方で、被告記述部分には、被告により、本件インタビュー部分とは別の、新たな創作的表現が付加されている。
(ア) すなわち、本件インタビュー部分は、原告が、「犠牲者たちがヒトゲノム計画に利用された事実に関してC博士のお考えをお聞きしました」と、抽象的な質問をし、これに対し、C博士が「ゲノムプロジェクトの礎の一つになり得た」との抽象的な回答をしたというものであり、上記質問及び回答からは、C博士が、原爆の犠牲者から得られた何らかのデータがヒトゲノム計画の基礎とされたことを認める回答をしたことが感得できるにとどまる。これに対し、被告記述部分には、原告の質問内容に関し、ヒトゲノム計画に利用されたデータを、「とくに血液データによる遺伝子情報」と特定している部分や、C博士の回答に、「被爆者の遺伝子の調査」、「被爆者のデータ」等の表現を付加した部分が存在する。
(イ) ヒトゲノム計画とは、人間のDNAの塩基配列をすべて明らかにする試みをいうところ、DNAはどの組織器官の体細胞にも含まれていることから、ヒトゲノム・遺伝子解析の試料としては、血液、組織、細胞、体液、排泄物等のものがあり得るのであって、学術的にみて、ヒトゲノム計画に利用されたデータが血液データに限定されるということはあり得ない。
 このような前提の下、本件インタビュー部分は、C博士に対し、ヒトゲノム計画に利用されたデータの種類を限定することなく抽象的な形で質問をし、C博士が、抽象的な回答をしたというものであり、「血液データ」という具体的内容を一切含むものではない。にもかかわらず、被告記述部分は、上記のとおり、「特に血液データによる遺伝子情報を」という文言を付加することにより、本件インタビュー部分を、血液データのヒトゲノム計画への利用という具体的事実について質問をし、C博士がこれを認める具体的発言をしたという内容に歪曲したものであり、被告記述部分には、被告による新たな創作的表現の付加が認められる。
(ウ) C博士は、米国国立衛生研究所所属国立がん研究所生化学実験室で遺伝子構造・調節主任を務める著名な研究者であるから、同博士が、被爆者の血液データにつき、ヒトゲノム計画に利用されたことを認める旨の具体的発言をしたとすれば、「被爆者の血液データがヒトゲノム計画に利用された」という被告の自説を裏付け、また、戦争中に行われた非人道的、非倫理的行為を調査し、客観的資料によって裏付けるという被告の研究の根幹を達成する重要な証拠となる。被告は、上記目的で、上記創作的表現を付加して本件インタビュー部分を改変し、被告記述部分を作成したものであり、被告の上記行為は原告の翻案権を侵害するものに当たる。
(被告の主張)
(1) 原告の主張は争う。被告記述部分に、本件インタビュー部分とは別の、新たな創作的表現が付加された部分は存在しない。
(2) 被告記述部分は、本件インタビュー部分と字句の相違はあるものの、これと同様に、原爆投下が引き起こした悲惨な結果を直視し、その悲惨な結果を無反省に利用することの危険性を示唆し、研究者としてまずこれを反省することが大切であると論じているものであり、その趣旨は全く同一である。
 なお、本件インタビュー部分は、被爆者自身をヒトゲノム計画に利用する、という言い回しを含むものであるところ、被告記述部分は、これを、「被爆者の、血液データによる遺伝情報を、ヒトゲノムにつなげた」という表現に言い換えているが、ヒトゲノム計画に利用されるのが、被爆者自身ではなく、その血液データすなわち遺伝子情報であることは学術的常識である(乙2、3)。また、原爆投下後、米国は、放射能の被害実態を調査する目的で被爆者の血液データを採取したのであって、当時は、ヒトゲノム計画は存在していなかったのであるから、血液データによる遺伝情報をヒトゲノムに「つなげた」というのが正確な表現である。さらに、広島・長崎の原爆被害者に関する研究の分野においては、被爆者の血液を調査することにより、ヒトゲノム研究を行うことが当然の前提となっているのであって(乙4)、被爆者の血液データがヒトゲノム研究の際の調査対象とされたことを示す客観的資料が多数存在するのに対し、その他の試料が調査対象とされたことを示す資料は見当たらない。これに加えて、ヒトゲノム研究が行われるようになった1980年代後半には、多くの被爆者について、血液データくらいしか残っているデータがなかったことに照らせば、ヒトゲノム計画に利用されたデータが血液データであることは明らかである。
 被告は、このような見地から、学術的常識に基づき、本件インタビュー部分の不十分な部分を補足し、明確にしたものであり、その内容や意図を変更したものではないから、被告記述部分において、新たな創作的表現を付加した部分はない。
(3) また、仮に被告記述部分に新たな創作的表現の付加が認められるとしても、著作権法27条の趣旨が、著作者によって原著作物に付与された創作性を保護する趣旨であることに鑑みれば、著作者以外の者が、新たな二次的著作物を創作した場合であっても、それが著作者の意思に反しない場合には、著作者が原著作物に付与した創作性が害されていることにはならず、翻案権侵害には当たらないというべきである。
 そして、意に反する改変に当たるか否かは、著作者の主観的意図・嗜好のみに基づいて判断されるべきではなく、改変の目的、態様、慣行、社会通念に照らして判断されるべきであるところ、上記(2)のとおり、被告には、本件インタビュー部分に、原告の意図するもの以外の意味を加える意図はなく、学術的常識に基づき言葉を補足したにすぎない。また、原告は、平成23年1月3日、被告書籍に本件映画が引用されていることについて、「そういう素晴らしい御本に私の作品を引用いただきまして大変うれしくまた誇らしく思います。ありがとうございました。」と述べる(乙5)など、被告記述部分に関し何ら抵抗感を示さず、ただ、引用を感謝していたのであって、原告の主観面をみても、その意図に反する点はない。
(4) 以上によれば、被告記述部分の作成は、原告の翻案権侵害に当たらない。
3 争点(3)(被告記述部分は、原告の同一性保持権を侵害するものか。)について
(原告の主張)
(1) 争点(2)に関する原告の主張のとおり、被告記述部分は、本件インタビュー部分の表現上の本質的特徴を直接感得させるものであるが、本件インタビュー部分の表現を変更し、新たな別の創作的表現を付加したものであり、その同一性を損なうものである。
(2) 争点(2)に関する原告の主張でみたとおり、C博士が、米国が被爆者の血液データをヒトゲノム計画に利用しているとの具体的発言をしたことはなく、原告がそのような具体的事実に関する質問をしたこともないにもかかわらず、被告記述部分の読者は、C博士がそのような発言をしたと受け取ることになる。その結果として、原告は、C博士から、インタビューの内容を歪曲したとして責任追及されるおそれがあるし、少なくとも原告とC博士との信頼関係が破壊されることは十分に考えられる。また、そもそも、被告は、自説の裏付けとするため、意図的に本件インタビュー部分を改変したものである。被告が主張するように学問的な正確性を求めるのであれば、被告は原告の著作物を正確に引用した上で、別途、引用部分に対する被告の見解なり評価を加えればよかったのであり、引用部分に評価を差し挟むことは証拠のねつ造である。
 したがって、被告記述部分における本件インタビュー部分の改変は、原告の意に反するものである。
(3) 以上によれば、被告記述部分は本件インタビュー部分に関する原告の同一性保持権を侵害するものに当たる。
(被告の主張)
(1) 原告の主張は争う。
(2)ア 同一性保持権の侵害に当たるか否かは、著作者の意に反して原著作物の創作的表現に同一性を損なわせる改変が加えられたか否かによって判断すべきであり、表現の変更が著作者の精神的・人格的利益を害しない程度のものであるとき、すなわち、通常の著作者であれば、特に名誉感情を害されることがないと認められる程度のものであるときには、意に反する改変とはいえず、同一性保持権の侵害に当たらない。
イ 争点(2)に関する被告の主張のとおり、被告は、被告記述部分において、学術的常識に基づき、本件インタビュー部分の不十分な部分を補足し、明確にしたにすぎず、その内容や意図を変更していないから、被告記述部分において、表現の付加、変更があるとしても、本件インタビュー部分の同一性を損なわせるような改変に当たらない。
ウ また、被告記述部分における表現の付加、変更は、上記のとおり、学術的正確性を期するため、言葉を補足したにすぎないものであり、通常の著作者であれば、特に名誉感情を害されることがない程度のものである。原告が平成23年1月3日付けの被告宛てメールにおいて、被告による表現の付加、変更に抵抗感を示すことなく、被告記述部分において本件映画が引用されたことを感謝していることからも、被告記述部分が原告の名誉感情を害するようなものでないことは明らかである。したがって、被告記述部分における表現の付加、変更は、原告の意に反するものに当たらない。
エ よって、被告記述部分は、原告の同一性保持権を侵害するものに当たらない。
4 争点(4)(差止請求の可否)について
(原告の主張)
 被告は、被告書籍を出版し、一般書店で販売することによって、原告の著作権及び著作者人格権を侵害し続けているのであるから、差止めの必要性があり、原告は、著作権法112条1項に基づき、被告に対し、被告書籍の印刷、出版、販売の差止めを求めることができる。
 原告は、本件訴訟係属前、被告書籍について、著作権侵害部分を削除した上で謝罪文を掲載した改訂版の発行を求めたところ(甲9)、被告は、「Bの著書『いのちを語る』は、現在増刷乃至改訂版の発行をする予定はありませんので、ご要望には応じられません。尚、将来増刷などを行うことになれば、ご指摘の箇所は削除いたします。」(甲11)と回答していたにもかかわらず、その後も被告書籍を広告(甲12の2)するなどしている。したがって、被告書籍について差し止める必要がある。
(被告の主張)
 原告の主張は事実については否認し、法的主張は争う。被告書籍を出版、販売しているのは株式会社集英社であり、被告ではない。
5 争点(5)(損害賠償請求の可否・損害額)について
(原告の主張)
(1) 被告は、被告書籍の著者として、被告書籍において著作権及び著作者人格権の侵害行為がないよう注意すべき義務を負うところ、上記義務を果たさず、故意又は過失により、被告記述部分により原告の著作権(翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害したのであるから、上記侵害行為につき損害賠償義務を負う(民法709条)。
(2) 原告は、被告による上記侵害行為により多大な精神的苦痛を被った。これを慰謝するに相当な金額は100万円を下回らない。
 また、原告は、本件の解決のため、原告代理人を依頼し、弁護士費用相当額の損害を被った。その額は10万円を下回らない。
(3) したがって、原告は、被告に対し、110万円及びこれに対する訴状送達日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。
(被告の主張)
 原告の主張は争う。
6 争点(6)(謝罪広告の要否)について
(原告の主張)
 被告は、被告記述部分により、故意又は過失により原告の著作者人格権を侵害したものであるから、原告は、その著作者としての名誉又は声望を回復するために適当な措置(著作権法115条)を請求することができるところ、同措置として、別紙謝罪広告目録記載の内容の謝罪文を請求の趣旨記載の方法で掲載することが必要である。
(被告の主張)
 原告の主張は争う。
第4 当裁判所の判断
1 準拠法
 前記前提事実(2)アのとおり、本件映画は米国内で製作されたものであるが、日本国民である原告の著作物であるから、我が国の著作権法による保護を受ける(著作権法6条1号)。また、我が国は文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下「ベルヌ条約」という。)の同盟国であるところ、著作権を保護するための救済方法の準拠法に関しては、ベルヌ条約5条(2)により、保護が要求される同盟国の法令の定めるところによるべきとされるから、日本国内における利用行為の差止請求等の準拠法は「保護が要求される国」である我が国の法律である。さらに、著作権侵害を理由とする損害賠償請求及び謝罪広告請求の法的性質は不法行為であり、法の適用に関する通則法17条により準拠法を決定するべきであるところ、本件において、同条にいう「加害行為の結果が発生した地」は日本国内であると認められるから、我が国の法律がその準拠法となる。
 なお、ベルヌ条約14条の2(2)(a)によれば、映画の著作物について著作権を有する者を決定することは、保護が要求される同盟国の法令の定めるところによるとされるから、本件映画の著作権の帰属に関しても、我が国の著作権法により判断するべきこととなる。
 以上を前提に、各争点について検討する。
2 争点(1)(原告は本件映画の著作者及び著作権者であるか。)について
(1) 本件映画の著作者について
 証拠(甲1、18、25)によれば、原告は、本件映画の内容を具体的に構想し、脚本(甲18)を作成し、映画の制作指揮を執り、演出、編集等を行ったものであって、本件映画の全体的形成に創作的に寄与した者であると認められるから、本件映画の著作者であると認められる(著作権法16条本文)。
 なお、本件映画の内容からは、本件映画において、被告の講義や研究内容から着想を得た部分が存在することがうかがわれ、また、本件映画の製作に当たり、被告の協力を得た部分が存在するものと認められるが(甲1、3、4、18)、本件映画の著作者に関する上記認定を左右するものとは認められない。
(2) 本件映画の著作権者について
ア 証拠(甲18、25)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、自己の修士卒業制作として、本件映画を製作することを発案し、本件映画の内容を具体的に構想して脚本を作成し、製作に従事するスタッフを選定して雇用し、これらのスタッフとの契約にかかる費用や各種経費、必要機材の購入、取材費用等を負担したものと認められるから、本件映画の製作に発意と責任を有する者に当たり、本件映画の映画製作者(著作権法2条1項10号)であると認められる。原告が本件映画の著作者でもあることは前記(1)のとおりであるから、本件映画の著作者が、映画製作者である原告に、本件映画の製作に参加することを約束していることは明らかであり、本件映画の著作権は、その完成時において、原告に帰属していたものと認められる(同法29条1項)。
イ この点、被告は、本件映画のクレジット表示から、本件映画の著作権は原告ではなくライフサイクル研究所に帰属すると主張する。
 確かに、証拠(甲1)によれば、本件映画の最後において、「著作権2002 ライフサイクル研究所」とのクレジットが表示されることが認められる。しかし、原告は、本件映画のクレジットに、ライフサイクル研究所が著作権者として表示されるのは便宜上のものであり、本件映画の著作権は原告に帰属している旨主張し、これに沿う内容の陳述書(甲25)を提出しているところ、ライフサイクル研究所(「Life Cycle Institute」。現在の商号は「Ganbare Nippon!」)が、原告を最高責任者(代表者)、書記役及び財務役として、平成13年に設立された法人であり、その取締役は原告のみであり、本店所在地も原告の住所地と同じであって(甲13ないし15)、実質的には原告の個人企業であると解されることを考慮すれば、原告の上記主張は信用性を有するものというべきである。
 ほかに、本件映画の著作権が原告から上記研究所に譲渡されたことなどをうかがわせる事情も存在しないことを考慮すれば、本件映画の著作権は、ライフサイクル研究所ではなく、原告に帰属していると認めるのが相当である。
(3) 以上によれば、原告は、本件映画の著作者であり、かつ、著作権者であると認められる。これに反する被告の主張は採用しない。
3 争点(2)(被告記述部分の作成は原告の翻案権を侵害するか。)について
(1) 著作権法は、著作権の対象である著作物の意義について、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(著作権法2条1項1号)と規定しているから、同法による保護の対象となるためには、当該作品に思想又は感情が創作的に表現されていること、すなわち当該作品が著作物に該当することが必要であり、思想、感情若しくはアイデアなど表現それ自体ではないもの又は表現上の創作性がないものについては、著作物に該当せず、同法による保護の対象とはならない。また、著作権侵害を主張するためには、当該作品全体に表現上の創作性があるのみでは足りず、侵害を主張する部分に思想又は感情の創作的表現があり、当該部分が著作物性を有することが必要となる。
 そこで、被告記述部分の作成が原告の翻案権侵害を構成するか否かを検討する前提として、本件映画のうち、原告が翻案権侵害を主張する部分である、本件インタビュー部分に著作物性が認められるか否かを検討する。なお、被告は、被告記述部分に新たな創作性がないことを主張するための前提として、本件インタビュー部分に創作性があることを認めているが(被告準備書面(1)5頁)、著作物性の有無は法的判断であるから、被告の上記認否に拘束されるものではない。
(2)ア 本件インタビュー部分の内容は、前記前提事実(2)イのとおりである。
イ 本件インタビュー部分のうち、原告ナレーション部分についてみると、同部分は、原告が、C博士に対し質問をしたこと及びその質問の内容(米国の日本への原子爆弾投下後に犠牲者がヒトゲノム計画に利用されたことについて、C博士の考えを聞いたこと)を、短く簡潔な表現で述べたものにとどまるものである。
 この点に関し、原告は、原告ナレーション部分に関し、ヒトゲノム計画に利用された対象(利用されたデータの種類)を特定していない点に特徴がある旨主張する。
 確かに、本件において、原告が、被告記述部分において「血液データによる遺伝子情報」との文言を付加したことが著作権等の侵害に当たる旨主張していることなどからは、原告ナレーション部分において、ヒトゲノム計画に利用された対象を特定していないことに、原告の何らかの思想又は感情が込められていることがうかがわれる。
 しかし、原告は、原告ナレーション部分において原告のどのような思想又は感情が表現されているのか、すなわち、上記表現を選択したことが原告のどのような思想に基づくものであり、原告ナレーション部分から、上記思想を感得することができるのかどうかなどの点に関し具体的に主張しておらず、同部分に表現されているという思想又は感情の具体的内容は明らかではない。また、著作物性の検討における「思想又は感情」とは、創作的に表現されたものでなければならないとされるところ、「ヒトゲノム計画」が、人のDNAの塩基配列(遺伝情報)をすべて明らかにする試みであり(甲16)、その試料等として、血液、組織、細胞、体液、排泄物及びこれらから抽出した人の体の一部並びに提供者の診療情報、その他研究に用いられる情報が挙げられている(乙2)ことからすれば、ヒトゲノム計画に利用される対象試料が何であるかを特定し、又はこれを特定しないことにより、学術的に何らかの違いが生じるものとは解されず、原告ナレーション部分から、何らかの思想又は感情の表現を感得することは困難である。
 この点、原告は、C博士が米国政府機関所管の組織である国立衛生研究所(NIH)に所属する、ノーベル賞クラスともいわれる遺伝子学の研究者であることから、同博士に、ヒトゲノム計画に利用された原爆被害者のデータの種類を特定した質問をするかどうかには特別な意味がある旨も主張する。しかし、原告ナレーション部分が、前記のとおりの短く簡潔な表現であることからすれば、原告の主張するような、背景事情を前提とした原告ナレーション部分の意味を、原告ナレーション部分から表現として感得することはできないというべきである。加えて、原告ナレーション部分に原告の思想又は感情が表現されているとみるとしても、これが創作的に表現されているとみることは困難である。
 以上によれば、原告ナレーション部分に著作物性は認められない。
ウ 次に、本件インタビュー部分のうち、博士回答部分についてみると、同部分におけるC博士の発言は、原告の脚本等に基づくものではなく、同博士の考えに基づくものであると認められる。なお、C博士の発言は、原告の質問に対する回答としてされたものではあるが、原告の質問内容は、「アメリカが日本に原爆を投下した後、犠牲者たちがヒトゲノム計画に利用された事実についてC博士のお考えをお聞きした」という抽象的かつ概略的なものであって、その回答内容を限定するようなものではない。そうすると、博士回答部分の内容に、思想又は感情を創作的に表現した部分が存在するとしても、上記創作性は、C博士に帰属するものであり、原告に帰属するものではないというべきである。そして、博士回答部分は、同博士の一連の発言を録画したものであり、C博士が同部分記載の発言をしたという事実をそのまま伝達するものであるから、伝達の仕方等において原告の思想又は感情が表現されているとみることもできず、原告の思想又は感情を創作的に表現したものに当たらない。
 この点に関し、原告は、C博士との質疑応答から、本件映画のテーマにふさわしい部分のみを抜き出し、本件映画の一部とした点に原告の思想又は感情の表現がある旨主張する。しかし、前記2(1)のとおり、著作権侵害を主張するためには、侵害を主張する部分に思想又は感情の創作的表現があることが必要となると解されるのであって、本件インタビュー部分の制作過程において、C博士との質疑応答という素材からどの部分を切り出すかという点に、原告の思想又は感情が表出されているとしても、本件インタビュー部分のみから、上記思想又は感情を感得することはできないものというべきである。
 なお、原告の主張は、本件映画の構成として、20:00(20分)から21:05(21分5秒)までの部分に本件インタビュー部分を組み込んだことを著作物性の根拠として主張するものであるとも解される。しかし、前記3(1)のとおり、著作権侵害を主張するためには、当該作品全体に著作物性があるのみでは足りず、侵害を主張する部分が著作物に該当することが必要となるところ、本件映画の構成に原告の思想又は感情の創作的表現があり、著作物性があるとしても、これを、本件インタビュー部分の著作物性の根拠とすることはできない。
エ(ア) さらに、本件字幕部分についてみると、本件字幕部分は、博士回答部分を原文として、これを日本語に翻訳したものと認められるから、その内容に係る表現は、博士回答部分に由来するものであり、本件字幕部分の創作的表現であるとは認められない。そうすると、本件字幕部分については、博士回答部分の翻訳に当たり、訳語及び訳文の選択において個性の表出の余地があるにとどまり、このような個性の表出が認められる限りにおいて、創作的表現があるものとして著作物性が認められるにすぎないというべきである。したがって、訳語及び訳文の選択の範囲が限定され、個性の表出の余地がないような場合には、そもそも当該表現は原告の創作的表現であるとは認められない。また、被告記述部分に、本件字幕部分と表現において共通する部分があるとしても、同共通部分が、博士回答部分の内容に由来するものであるなど、原告が創作的に表現したものでない部分に係る場合には、被告記述部分は、本件字幕部分の創作的表現を利用したことにならず、本件字幕部分の翻案権を侵害したと評価することはできないということになる。
(イ) 本件字幕部分及び博士回答部分の内容は別紙1のとおりであり、例えば、「戦争という人類の悲劇の時代に」から「よい例だと思います。」までの部分についてみると、「it’s a sort of (a) classical example」を「歴史的にもみられるよい例だと思います。」と訳すなど、直訳的表現ではなく独自の工夫といえる点が存在し、また、「using it developing something new, and something wonderful」の部分を「making plows out of sword」の訳部分に組み込み、「剣から鋤(新たな素晴らしいもの)を作り出す」と訳している点についても、表現上の工夫を見出すことができる。また、その他の部分についても、必ずしも博士回答部分の表現をそのまま訳したものではなく、日本語としての分かりやすさ等を考慮して語順を入れ換えた部分などがみられるのであって、本件字幕部分については、訳語及び訳文の選択につき、原告の創作的表現であるということのできる点が存在するものと認められる。
オ 以上のとおりであって、本件インタビュー部分のうち、思想又は感情の創作的表現に当たるものとして著作物性が認められるのは本件字幕部分のみにすぎず、また、その創作性の範囲は上記エでみた範囲に限定されるものというべきである。
カ なお、本件インタビュー部分の著作物性を、原告ナレーション部分、博士回答部分及び本件字幕部分の組合せという観点で検討しても、冒頭に、博士回答部分の基礎となった質問を簡潔に要約したナレーション形式で示し、続けて回答部分を流すとともに、画面上にその日本語訳を字幕形式で流すという構成はありふれたものであり、著作物性は認められない。また、前記前提事実(2)イのとおり、本件インタビュー部分は本件映画の一部であり、その中には、原告ナレーション部分、博士回答部分及び本件字幕部分のほか、映像も含まれるものであるが、原告は、原告ナレーション部分、博士回答部分及び本件字幕部分のみを被侵害部分として摘示している上(訴状3頁、原告第1準備書面1頁)、被告記述部分は文章表現であって、被告記述部分による被侵害部分は言語表現部分のみに限られると解されるから、上記映像部分における創作的表現の有無を加味して本件インタビュー部分の著作物性の有無を検討するのは相当ではない。
(3) したがって、本件字幕部分についてのみ、被告記述部分による翻案権侵害の成否を検討する。
 本件字幕部分と被告記述部分を対比すると、両者は、その、訳文としての具体的表現において、大きく異なるものであるということができる。したがって、上記(2)エでみた、訳語及び訳文の選択における原告の表現上の工夫を、被告記述部分から感得することはできず、両部分は、その本質的特徴を異にするものであるというべきである。
 この点に関し、原告は、上記部分の表現上の本質的特徴は、C博士が原爆の被害者から得られた何らかのデータがヒトゲノム計画の基礎データとされたことを認めたこと及び同博士がヒトゲノム計画の研究について肯定的態度であることにあり、被告記述部分中の上記部分からも、上記本質的特徴を感得することができると主張する。しかし、上記特徴は、博士回答部分の内容に由来するものであるところ、上記(2)ウのとおり、博士回答部分の内容における創作性は、C博士に帰属するものであって原告に帰属するものではないから、被告記述部分が上記の点において本件字幕部分と共通しているとしても、本件字幕部分の、原告に係る創作的表現を利用したことにはならない。
 したがって、被告記述部分の作成は、本件字幕部分に係る原告の翻案権を侵害するものに当たらない。
(4) 以上によれば、その余の点について検討するまでもなく、被告記述部分の作成は、本件インタビュー部分の翻案権を侵害するものに当たらない。
4 争点(3)(被告記述部分は、原告の同一性保持権を侵害するものか。)について
(1) 著作権法20条に規定する著作者がその著作物の同一性を保持する権利を侵害する行為とは、他人の著作物における表現上の本質的な特徴を維持しつつその表現に改変を加える行為をいい、他人の著作物を素材として利用しても、その表現上の本質的な特徴を感得させないような態様においてこれを利用する行為は、原著作者の同一性保持権を侵害しないと解すべきである。
(2)ア 争点(2)に関する当裁判所の判断のとおり、本件インタビュー部分のうち、本件字幕部分以外の部分については、著作物性が認められないから、この部分につき、同一性保持権侵害は問題となり得ない。また、本件字幕部分についても、被告記述部分が本件字幕部分と訳文としての表現において大きく異なるものである以上、被告記述部分が本件字幕部分の表現上の本質的特徴を維持しているものということができないことは、争点(2)に関する当裁判所の判断でみたとおりである。
 したがって、被告記述部分の作成は、原告の同一性保持権を侵害する行為に当たらない。
イ なお、原告は、対象となる著作物は本件映画全体であるとも主張するが、被告記述部分は、10行からなる文章表現であって、約24分間にわたる映像作品である本件映画の表現上の本質的特徴を直接感得させるものではないから、被告記述部分の作成が、本件映画に係る原告の同一性保持権を侵害するものであるということもできない。
ウ その他、原告は、被告記述部分が本件インタビュー部分の引用の形式を採っている以上、これを正確に引用するべきであるにもかかわらず、自説の裏付けとするため、これを改変し、意図的に証拠をねつ造したものであり、これにより、原告は、C博士から、インタビューの内容を歪曲したとして責任追及されるおそれがあるし、少なくとも原告とC博士との信頼関係が破壊されることは十分に考えられるとも主張するが、このような事情が同一性保持権侵害の成否を左右するものではない。
5 小括
 以上によれば、その余の点について検討するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないことに帰着する。
第5 結論
 したがって、原告の被告に対する請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 大須賀滋
 裁判官 小川雅敏
 裁判官 森川さつき


(別紙)書籍目録
題号 いのちを語る
著者 日野原重明、アルフォンス・デーケン、B
発行者 大谷和之
発行所 株式会社集英社
発行年月日 平成21年5月31日第1刷発行

(別紙)謝罪広告目録
 私は、「いのちを語る」と題する書籍にA氏が製作した映画「光の人」中のC博士とのインタビューをA氏の承諾を得ないまま一部改変の上掲載したものであり、これにより同氏の著作権及び著作者人格権を毀損し、ご迷惑をおかけしました。
 よって、ここに深くお詫び申し上げます。
 早稲田大学名誉教授 前恵泉女子学園大学学長 B

(別紙1)(原告ナレーション部分)
 「アメリカが日本に原爆を投下した後、犠牲者たちがヒトゲノム計画に利用された事実に関してC博士のお考えをお聞きしました。」
(博士回答部分)
 「Well, of course, the atomic bomb was a great tragedy, and killed a lot of people. I think ever there was a war, that’s sorts of conflicts that tragedy was inevitable. And so it actually was quite wonderful that what started out something irregular tragedy is now based in part for the genome project which really has the capacity to help tremendous number of people, to improve medicine, to improve life and people, to make health better all around the world. I think it’s a sort of classical example making plows out of sword what left residual terrible period and history using it developing something new, and something wonderful. It was very negative, but becoming very positive. I think that’s a good thing.」
(本件字幕部分)
 「そうですね、もちろん、原爆は多くの人命を奪った大変な悲劇でした。戦争であり、衝突があったのですから悲劇は避けられないものでしょう。悲劇であったことが今では多くの人々を救い、薬を改善し、人と命を向上させ、世界中をより健康にする可能性を持ったゲノムプロジェクトの礎の一つになりえたことは素晴らしいことです。戦争という人類の悲劇の時代に剣から鋤(新たな素晴らしいもの)を作りだすというのは歴史的にも見られるよい例だと思います。ネガティブなことが非常にポジティブなものになりつつあります。良いことだと思います。」

(別紙2)(被告記述部分)
 「そのなかで、彼女はC博士という、ノーベル賞クラスといわれている遺伝学の専門家にインタビューしています。
 『広島と長崎の被爆者の、とくに血液データによる遺伝情報を、ヒトゲノムにつなげたというのは、どういうわけですか?』
 C博士は、その理由を述べ、あとでこう言っています。
 『おっしゃるように、アメリカの専門家による被爆者の遺伝子の調査はありました。日本人の被爆者のデータをもとに、ヒトゲノム解析プログラムができたのも、そのとおりの事実です。私自身は戦争には反対です。でも、戦争は起こってしまった。その悲劇はそれなりに受け止めるとともに、戦争によってであっても、人間の未来のために使えるデータを得たとしたら、それはどんどん使って、未来を明るくして生きていけばいいんです。』」
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日本ユニ著作権センター
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