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【事件名】宗教団体会員宛メールのHP無断公開事件
【年月日】平成25年3月21日
 東京地裁 平成24年(ワ)第16391号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論の終結の日 平成25年1月24日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 西垣内堅佑
同 馬場宏平
被告 イー・アクセス株式会社
同訴訟代理人弁護士 金子和弘


主文
 被告は、原告に対し、別紙アクセスログ目録記載17ないし22の各日時ころに、同目録記載のIPアドレスを使用して、同目録記載のアクセス先に接続していた者の氏名及び住所を開示せよ。
 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 主文第1、2項と同旨
2 主文第1項について仮執行の宣言
第2 事案の概要
 本件は、インターネット上のウェブサイトに掲載された記事により、著作権や著作者人格権が侵害されたとする原告が、その記事を掲載した者に対する損害賠償請求権の行使のために、いわゆる経由プロバイダである被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)4条1項に基づき、発信者情報(氏名及び住所)の開示を求める事案である。
1 前提事実(争いがないか、後掲の証拠(枝番のあるものはその全てを含む。以下も同じ。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告は、宗教団体「ワールドメイト」の会員であり、同団体の親睦団体「関東エンゼル会」の議長を務めている。(甲1)
イ 被告は、最終的に不特定の者に受信されることを目的として特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録するためにする発信者とコンテンツプロバイダとの間の通信を媒介する、いわゆる経由プロバイダである。
(2) 原告は、平成20年4月、「ご祈願&人形」という表題の電子メールを関東エンゼル会の会員らに送信した。その本文の内容は、別紙対照表の「本件メールの内容」欄に記載のとおり(ただし、下線を除く。)である。(甲1、9)
(3) 訴外株式会社paperboy&co.(以下「訴外会社」という。)が提供するレンタルサーバーを利用したインターネット上のウェブサイト「ワールドメイトの実態」(以下「本件サイト」という。)中の「脅しや強制はあるのか」と題するページ(URLは別紙記事目録記載(1)のとおり。以下「本件ページ」という。)上に、少なくとも平成22年5月3日ころから平成23年8月11日ころまでの間、同目録記載(2)の内容の記事(以下「本件記事」という。)が掲載されていたが、本件記事は、遅くとも平成24年8月31日ころまでには本件ページから削除された(なお、本件記事がいつまで本件ページに掲載されていたのかについては争いがある。)。(甲5、17ないし20)
(4) 原告は、平成23年11月16日、当庁に対し、訴外会社を相手方として、プロバイダ責任制限法に基づき、本件ページ上に本件記事を掲載した発信者の情報(IPアドレス及びタイムスタンプ(アクセス日時))の開示を求める仮処分命令を申し立て、当庁は、同月29日、上記発信者情報の仮の開示を命ずる決定をした。(甲6)
(5) 訴外会社は、平成23年12月1日付けで、原告に対し、上記仮処分決定に従って発信者情報を開示した。開示されたIPアドレス及びタイムスタンプの内容は、別紙アクセスログ目録記載1ないし22の各「IPアドレス」欄及び「日時」欄に記載のとおりである(以下、目録記載の番号に従い「アクセスログ1」のようにいう。)。(甲7)
(6) アクセスログ1ないし22のIPアドレスは、いずれも被告が管理するものである。被告は、アクセスログ1ないし16を既に消去していてこれを保有していないが、アクセスログ17ないし22に係るアクセス(以下「本件各アクセス」という。)をした発信者(以下「本件開示対象発信者」という。)の発信者情報を保有しているところ、本件開示対象発信者は一人である。
2 争点
(1) 本件メールが著作物であるか否か(争点1)
(2) 本件記事が本件ページ上に掲載されたことにより、原告の権利が侵害されたことが明らかであるか否か(争点2)
(3) 被告が原告の権利の侵害に係る発信者情報を保有しているか否か(争点3)
(4) 原告に被告から発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるか否か
(争点4)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(本件メールが著作物であるか否か)について
(原告)
 原告が作成した本件メールには、「やっと「人形ムード」になった方も多いのではないでしょうか?」、「B先生が「伊勢神業」のお取次をしてくださるまでの貴重なこの時間は、私たちに「人形形代」をもっともっと書かせて頂くための時間ではないでしょうか?」などの原告が工夫した独自の言い回しが使用されている。これらは、事実をそのまま叙述したものでも単なる事務連絡でもなく、記述者が独自の評価をした上で、その意見として表明した、記述者の個性が表れた表現であり、本件メールは、誰が作成したとしても表現内容が同じになるとはいえない。したがって、本件メールは、著作権法2条1項1号の著作物に当たる。
(被告)
 本件メールの表現内容は、「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」(著作権法10条2項)に過ぎず、著作物に該当しない。本件メールの表現は、平凡かつありふれたものであって、記述者の個性が発揮されているとはいえない。
(2) 争点2(本件記事が本件ページ上に掲載されたことにより、原告の権利が侵害されたことが明らかであるか否か)について
(原告)
ア 別紙対照表から明らかなように、本件記事は、本件メールの全文をほぼそのまま記載したものであり、本件メールと同対照表の下線部分5箇所が相異するが、その相異も単語がわずかに削除されている程度に過ぎない。したがって、本件記事は、本件メールのデッドコピーであり、本件ページ上に本件記事を掲載されたことにより原告の本件メールの複製権及び公衆送信権が侵害されたことが明らかである。
 なお、本件ページは掲示板ではなく、1個のhtmlファイルに追記を重ねる方法、すなわち改訂版をアップロードする方法で作成されているところ、改訂版は追記を重ねるのみであって、本件記事は、改訂版にも同じように掲載されるから、改訂版をアップロードする度に、公衆送信権侵害は発生する。
イ 本件記事は、関東エンゼル会の会員以外の者に対して公表することを予定していなかったが、本件ページ上に本件記事を掲載されたことにより、本件ページにアクセスすれば、誰でも原告の著作物を閲覧できる状態に置かれたのであるから、本件ページ上に本件記事を掲載されたことにより原告の本件メールの公表権が侵害された。
 また、本件記事は、「脅しや強制はあるのか」というタイトルの下で、「寄附のノルマ」や心理的「圧力」や脅しと解されるものの例として掲載されたものであり、こうした方法により本件記事記載の情報が利用されると、原告が脅しや強制を行っている人物であるかのような印象を与える。そうすると、著作者である原告の名誉又は声望を害する方法により原告の著作物を利用したものであって、著作権法113条6項により、原告の著作者人格権を侵害する行為であるとみなされる。
(被告)
 原告の主張は争う。仮に原告の著作権が侵害されたものであるとしても、本件記事は、平成23年7月11日以前に訴外会社のサーバーにアップロードされて送信可能化された時点で既に権利侵害が発生し、その後は権利侵害の状態が継続しているだけであって、新たな権利侵害は生じない。
(3) 争点3(被告が原告の権利の侵害に係る発信者情報を保有しているか否か)について
(原告)
 アクセスログ17に係るアクセスがされた平成23年9月22日のわずか1か月前の同年8月11日には本件ページ上に本件記事が掲載されていたが、本件ページは、引用元の掲示板からの貼り付けを随時増やしながら更新されているので、同年9月22日時点でも本件記事が削除されていた可能性は低い。たとえ同日時点で本件記事が削除されていたとしても、ホームページである本件ページのログインIDとパスワードを保有するのは通常、一人であるから、本件各アクセスを行った発信者は一人である可能性が高いこと、同年8月11日には本件ページ上に本件記事が掲載されていたところ、同じURLの記事を近接した期間で更新している者は一人である蓋然性が高いこと、本件ページが平成22年5月ころから現在に至るまで、他の掲示板からの引用を追記していく形で連続性を保ったまま更新がされていること、本件ページに複数の管理人がいることを窺わせる事情もないことからすれば、平成23年8月11日時点における発信者と本件開示対象発信者は同一である。
 仮に同日時点における発信者と本件開示対象発信者が別人であるとしても、本件開示対象発信者は、ログインIDとパスワードを保有しながら、平成22年5月以降、本件記事を削除せずに放置し続けていたから、その点につき不法行為責任を負うし、本件ページを共同で管理していたことからすると、本件記事をアップロードする行為につき共同不法行為責任を負う。
 したがって、本件開示対象発信者は、プロバイダ責任制限法4条1項の発信者に当たり、被告はその発信者情報を保有している。
(被告)
 原告は、そもそも本件記事が、いついかなるアクセスによってコンテンツプロバイダのサーバーに記録されたのかを特定していない。そして、htmlファイルをアップロードする際に、単純に追記するだけではなく、過去に記載されていた部分を削除、訂正することもあるから、改訂版に本件記事が掲載されていたということはできない。
 仮に、改訂版をアップロードする度に送信可能化権侵害が生じると解することができるとしても、アクセスログ17ないし22のアップロードがされた当時、本件ページ上に本件記事が掲載されていたことの証明がない以上、被告が原告の権利の侵害に係る発信者情報を保有しているとはいえない。むしろ、アクセスログ14に係るアクセスまでは概ねファイルサイズが増加しているのに対し、平成23年9月20日のアクセスログ15に係るアクセスはファイルサイズが4760バイト減少し、本件ページから本件記事以外は削除されていないことからすると、本件記事は同アクセス時に削除されていたとみるのが合理的である。
 また、本件開示対象発信者が、単独の不法行為又は共同不法行為の責任を負うとしても、自ら特定電気通信の発信をしていなければ、プロバイダ責任制限法4条1項の発信者には当たらないから、被告は、原告の権利の侵害に係る発信者情報を保有していない。
(4) 争点4(原告に被告から発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるか否か)について
(原告)
 原告は、本件開示対象発信者に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の行使のために、被告に対し発信者情報の開示を求める必要があるから、原告には発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
(被告)
 原告の主張は争う。本件のように、不特定の閲覧者が受信する電気通信の送信自体に直接関与するコンテンツプロバイダ(訴外会社)が発信者情報を保有する場合には、経由プロバイダである被告に対し本件各アクセスの発信者情報の開示を求める必要はない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件メールが著作物であるか否か)について
 本件メール本文の内容は、別紙対照表の「本件メールの内容」欄に記載のとおり(ただし、下線を除く。)であり、「「人形形代」を書きまくりましょう!」、「やっと「人形ムード」になった方も多いのではないでしょうか?」、「B先生が「伊勢神業」のお取次をしてくださるまでの貴重なこの時間は、私たちに「人形形代」をもっともっと書かせて頂くための時間ではないでしょうか?」などの個性的な表現を含み、十数文からなる文章であって、誰が作成しても同様の表現になるものとはいえないから、本件メールは、言語の著作物に該当すると認められる。
 被告は、本件メールの表現内容は、事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道に当たると主張するが、本件メールは、個性的な表現を含むのであって、事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道に当たるということはできない。被告の上記主張は、採用することができない。
2 争点2(本件記事が本件ページ上に掲載されたことにより、原告の権利が侵害されたことが明らかであるか否か)について
 本件記事と本件メールの各記載内容を対照すると、別紙対照表のとおり、前記のような個性的な表現を含む本件記事の記載内容の大半が本件メールの記載内容と同一であり、異なる部分は、原告の氏名の一部を伏せ字として表示したり、「皆様の支部での「60万時間祈願」の状況はいかがでしょうか?」における「で」と「の状況」を削除するなど、些細な点に過ぎず、本件記事には本件メールの表現上の本質的な特徴の同一性が維持され、本件記事に接した者は本件メールの表現上の本質的な特徴を直接感得することができるから、本件記事は、本件メールを有形的に再製したものと認められる。
 したがって、本件記事をインターネット上のウェブサイトである本件ページにアップロードして掲載する行為は、原告が有する本件メールの複製権及び送信可能化権を侵害する。
 なお、被告は、いったん送信可能化された時点で権利侵害が発生し、その後は新たな権利侵害は生じないと主張するが、本件記事を本件ページに初めてアップロードした後においても、本件記事を含むhtmlファイルを再度アップロードして本件記事を自動公衆送信し得るようにすると、その都度送信可能化権の侵害が生じるというべきである。被告の上記主張は、採用することができない。
3 争点3(被告が原告の権利の侵害に係る発信者情報を保有しているか否か)について
(1) 前記前提事実に、証拠(甲5ないし7、15、17ないし21)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件記事を含むhtmlファイルは、追記等本件記事以外の部分に変更を加えられつつ、何度か本件ページにアップロードされ、その結果、本件記事は、訴外会社のレンタルサーバー上に開設された本件サイトの一部である本件ページ上に、少なくとも平成22年5月3日ころから平成23年8月11日ころまでの1年3か月間以上にわたり継続的に掲載されていたこと、原告が、同年9月5日、訴外会社に対し、本件ページに本件記事をアップロードした者の氏名、住所等の発信者情報の開示を請求したところ、訴外会社は、これに応じなかったが、同年12月1日付けで、原告の申立てに基づく当庁の仮処分決定に従い、本件記事に係る発信者のIPアドレス及びタイムスタンプであるとして、別紙アクセスログ目録記載の発信者情報を開示したこと、同開示に係る情報によれば、同年8月21日から同年9月20日までに16回(アクセスログ1ないし16)、同月22日から同年10月11日までに6回(アクセスログ17ないし22)のアクセスがされているが、本件ページにアップロードされたhtmlファイルのサイズは、同年9月17日のアクセスログ14に係るアクセスまでは概ね増加し、同月20日のアクセスログ15に係るアクセスの際には4760バイト減少して、その後再び増加していること、これらのIPアドレスはいずれも被告が管理していて、かつ、少なくともアクセスログ17ないし22に係る本件各アクセスをした本件開示対象発信者は同一人であることが認められる。以上の事実によると、本件記事が掲載されていたことが明らかな同年8月11日とアクセスログ1ないし22に係る各アクセスとの時期は近接し、しかも、本件ページにアップロードされたhtmlファイルのサイズがアクセスログ14に係るアクセス時までは概ね増加していたのである。そして、本件サイトのいわゆる管理人が複数名であることを窺わせる事情が見当たらないことを併せ考えると、平成22年5月3日ころから本件ページを管理してきたのは本件開示対象発信者であり、アクセスログ1ないし16に係るアクセスを行ったのも本件開示対象発信者であって、かつ、少なくともアクセスログ14に係るアクセスまでは、本件開示対象発信者が、本件記事を含むhtmlファイルを本件ページにアップロードしていたものと認められる。
 そうであるから、アクセスログ1ないし22に係るアクセスについては、本件開示対象発信者がプロバイダ責任制限法4条1項にいう侵害情報の発信者に当たり、被告は、開示関係役務提供者に該当するということができる。
(2) もっとも、原告は、平成23年9月5日、訴外会社に対し本件記事に係る発信者情報の開示を求め、その後同月20日のアクセスログ15に係るアクセスの際に、本件ページにアップロードされたhtmlファイルのサイズがかなり減少しているから、本件記事が本件ページから同アクセス以降に削除された可能性を否定することはできない。しかしながら、仮に本件記事がアクセスログ15に係るアクセス以降に本件ページから削除されたものであるとしても、プロバイダ責任制限法4条1項において、自己の権利を侵害されたとする者が、開示関係役務提供者に対し開示を求めることができるのは、当該開示関係役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報であり、本件において、原告の権利の侵害に係る発信者情報は、本件開示対象発信者の情報にほかならない。
(3) したがって、被告は、原告の権利の侵害に係る発信者情報を保有していると認められる。
4 争点4(原告に被告から発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるか否か)について
 原告は、著作権等侵害による不法行為に基づく損害賠償請求権を行使する意向を示し、証拠(甲5ないし7、17ないし20)及び弁論の全趣旨によれば、そのために本件開示対象発信者の氏名及び住所の開示が必要であると認められるから、原告には被告から発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
 被告は、コンテンツプロバイダである訴外会社が発信者情報を保有する場合には、経由プロバイダに対し発信者情報の開示を求める必要がないと主張するが、訴外会社が発信者情報を保有しているとしても、現に情報の開示がされていない以上、被告に対し発信者情報の開示を求める必要性がなくなるというわけではないから、被告の上記主張は採用することができない。
5 以上のとおりであって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 高野輝久
 裁判官 三井大有
 裁判官 志賀勝


(別紙アクセスログ目録は、省略)
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